弘化丁未夏四月十三日信州犀川崩激六郡漂蕩之図 ことし春三月廿四日《割書:癸卯|立夏》夜亥乃上刻《割書:是時星隕ㇽコト如雨或云|今日西北ニ白虹ノ如キヲ見ト》わがしなのゝ地大にふるひ山くづれて谷を埋(うづ)み川かたふ きて陸をひたせりそが中にも殊に稀代乃大変と聞へしは更科ノ郡《割書:姨棄山|西三里余》平林むらなる虚空蔵(こくうそう)山《割書:又岩倉|山トモ》といへる 高ねいただき両端に崩れ《割書:一方高丗余丁長廿余丁|岩倉孫瀬ノ二村水中ニ陥ㇽ》名たゝる犀(さい)川をへだてゝ水内郡みぬち村にわたり《割書:久目路ノ曲橋|北一里余下》 岩(がん)石 巨(こ)木さながら堤防(つゝみ)をなし《割書:又一方高十五丁余長廿余丁|藤倉古宿ノ二村同地中ニ圧ス》さばかりの大河こゝに於て水一 滴(てき)もらす事なく下流 いくばくの船渡(せんと)《割書:長井村山小市|丹波島以下》一時水落舟くだけて人みな徒行(かちわたり)して逃(のが)れあへて踵(くびす)をぬらす事なし《割書:是辺急流ニシテ棹サスコト|難シト故ニ大縄ヲ曳舟ヲヤル》 《割書:或云コノ時小市ノワタリニ舟ヲ出ス者アリ操漕ステニ水央ニ至ントス忽焉トシテ山フルヒ川ワキ巨縄ヒトシクキレ大船《割書:馬舟|ヲ云》トモニクダケテ瀬脇ノ丘ニトブ《割書:川上|一里》|頓ニシテ水カレ地サケテ一箇ノ山河中ニワキ出ソコバクノ人馬アル処ヲシラズ只舟師ノヒトリ綱ヲトリ幸ニシテハルカノ山上ニ免ㇽ有ト方ニコレ山川位ヲ易ㇽト可謂カ》又 虫倉岳(むしぐらたけ) といへる大山 /半腹(なから)左右(さう)にくづれ《割書:伊折藤沢地京原|等ノ数村ヲ埋ム》 /戸尻(どじり)川の流ふさがる《割書:依之 五十里(イカリ)一ノ瀬中条|等ノ舎ヲ浸シ田ヲ没ス》をなじく山 /陰(かげ)澣花(すゝばな)川の水/源(かみ)またこと〴〵く 崩れともに水路通ずる事なし其余 /鹿谷(かや)猿倉(さるくら)境川 /聖(ひじり)浅川 /八蛇(やじや)鳥居川等すべて犀 /千隈(ちくま)ながれに/添(そ)へ西北 の地くづれ/裂(さけ)ことに甚く《割書:山林田園高低変替不可記|或ハ土沙水火ヲ湧発ス》流水井泉これがために/涸(か)る《割書:又温泉ニ出没アリ中二|温却テ冷ト変ㇽ有》/舎屋(いへや)たふれ/覆(くつがへ)り《割書:瓦屋最甚シト|萱舎も亦不_レ 一》 焔火(ほのほ)忽に発り老少相かへりみるにいとまなく壮者といへども/壓傷(おされきづゝくもの)なき事あたはず/適(たま〳〵)まぬがるゝもわづかに一身を 以て/避(さけ)るのみ《割書:在_二階上【一点脱】者|多不_レ及_レ死》就中善光寺《割書:二日三夜ニシテ|余焔消ス》新町《割書:水内山中ノ市会ナリ翌日午時二至テモ火勢倍熾ナリ時ニ|犀川ノ洪水サカシマニ湛ヘ上リ水火互ニゲキシ共ニ市中ヲ没ス》上はいなりや山に至り下飯山に及ひ延 焼する事連日にして/鎮(しづま)る〇《割書:当_二是時_一善光寺如来有_二開扉之大会_一而諸国 ̄ノ群参頗如_レ雲盛儀倍 ̄ス_二毎例_一 一時震動発火及四境殊本堂楼門鐘楼|経蔵等僅無_レ異矣別当大勧進雖_レ有_二小破_一不_レ及_二顚仆 ̄ニ_一倖 ̄ニ脱 ̄ル_二火災_一其余四十八院堂塔坊舎一瞬而悉付 ̄ス烏有 ̄ニ_一》 同廿八日《割書:丁|未》暁すゝ花川 /祖(そ)山 /黒波(くらなみ)辺の滞水はしめて通す《割書:於是丹波島一小船ヲ用ユト》 同廿九日《割書:戊|申》午刻又大に震ひ諸方多く/潰(つへゆ)る《割書:北越高田及今町殊ニ甚シ廿四日ノ災ニ超ㇽト云|四月廿九日同今町尽ク焼亡ス》                      《割書:或云治承二戊戌三月廿四日善光寺草創ノ後初回禄|応永丗四年丁未又災上スト二件今災ト支干ヲ同クス一|奇事ト云へシ》 四月七日《割書:丙|辰》巳刻大風にはかに発し雹降る《割書:是時西南 ̄ノ天如摩_レ墨大雨至_レ夜倍不_レ止|翌八日戸隠山滂沱トシテ洗ガ如ト云》 同十日《割書:己|未》自巳至未刻暴風大雨木をぬく《割書:今日人ミナ以為犀川溢レ出ト資財ヲ相携テ走ル|同時諸国共ニ大風尾濃 ̄ノ間舎屋稍傾ト云》 午刻戸尻川くづれ通す《割書:是川安曇郡ニ出テ大安寺ニシテ犀川ニ入時ニ犀 干(ヒ)川ナレトモ尋常ノ洪水ニ減セズ小市|辺ノ堤防タメニ破ル先_レ是命有 ̄テ河内ノ粟(アワ)ヲ河東ニ徒シ老幼ヲ東山ニ仮居ナサシム》 こゝに犀川の流れ/停滞(とゞまる事)すでに月をこへ日 /二旬(はつか)に及び/沿流(ながれにそふ)の/村落(むら〳〵)水 /底(そこ)に/沈(しつ)み 上は筑摩安曇を/浸凌(ひた)し《割書:水内更科二郡ヲ貫キ |生野生坂宇留加辺》凡八九里その間山 /崛曲(つらなり)し川 /盤渦(めくり)し 幅員(はゞ)広狭又《割書:或三十余丁|モシクハ十余丁》測(はか)るべからす《割書:或云三月下旬岩倉ノ隤隄一旦盈コト七八尺|四月上旬ニ至リヤゝ広ク一昼夜ゼン〳〵三尺ニ不過ト》しかるに去ㇽ七日以来 暴風(かぜあらび)林雨(ながあめ)し或ハ溢れ或は泄(もれ)て第二の隤隄(つゝみ)水数丈を湛(たゝ)ふ《割書:同十二日水涯ノ高|コトナヲ二丈アリト》 同十三日《割書:壬|戌》午剋【尅は俗字】雨至未晴申下刻西南の山鳴動す《割書:コレ岩倉第一ノ隄クツレ激浪滔々トシテ|溢レ落ル声遠ク松代須坂中野ニ達ス》 《割書:是時僕昌言海津ノ西条山ニ在テ水声ヲキクコト良久ク|アタカモ耳ヲ衝ニ似タリ須臾ニシテ烽西ノ方真神ノ山上ニナル》俄にみる雲霧(うんむ)谷を出て東北にはしるを《割書:コレ水|烟ナリ》 時に疾(はやき)風いさごを飛し濆波(いかれるなみ)雨を/降(くだ)す魁(さき)水のほとばしるさま百万の奔馬(あれうま) を原野に駆(かる)がことく巨涛(おほなみ)のみなぎる天地を漂(たゞよは)す歟と疑ふ山岳ために 沸騰(わきあからんと)す《割書:是時真神山下|水嵩六丈六尺四寸》その水勢の迅速(すみやか)なる一道の水路南に向ひ小市小松原 を陥(をとしい)れ今里今井を経て御幣(をんべい)川に至り《割書:用水上堰|行程三里》はじめて千曲川に会す 又一道四屋中嶋を蕩尽(とらか)し南北原村《割書:千本松|ノ際》を過 /会(あひ)小森《割書:二軒|家》にして ともにちくまに入る日既に西山に没し又一道北川原梅沢鍛冶上 氷鉋(ひがな)を/浸(ひた)し丹波島を南へ廻り両大塚小島田を貫き八幡原 に推(をし)出す於_レ是みな海津に/湊(あつまる)ると《割書:時ニ千曲ノ水嵩ムコト二丈余|水上横田篠井辺ニ沂ㇽ》夜亥の初 にして東西五七里南北 /越路(こしち)に及ひ《割書:翌十四日申剋北越新潟ニ|魁水ハシメテ達スト凡五十里》高低となく 水ならぬ処なし《割書:丑剋ニ至り水勢ヤウヤク涸レ|暁天ニ悉乾キ三四ノ大川トナル》同十四日《割書:癸卯|晴 》迥(はるか)に奥の 郡《割書:陰徳沖|木島平》を望(のぞむ)に/渺茫(べうぼう)として長江の/際(かきり)なきに似たり 数日の後水ひき土かはき常のごとし 同十七日《割書:丙|申》未刻雷鳴 /驟(にはか)に至暴風屋を破る《割書:佐久郡|及甲州》 《割書:大雹蔽_レ 地稼苗|悉枯 ̄レ農桑廃_レ業》同廿八日《割書:丁|丑》日輪紅のことく光暉なし 五月廿日《割書:戊|戌》鹿谷川の湛水くづれ通す 六月廿日《割書:丁|未》雷公数処に落《割書:寺舎ヲヤキ|馬ヲソコナフ》 七月朔《割書:戊|寅》二日三日昼夜しは〳〵震ふ 同十九日《割書:丙|申》夜丑下刻諸方大震動人みな 庭上に仮ゐす《割書:暁澣花川ノ水源瀬戸川浦辺ノ|湛水クヅレ善光寺辺人家タメニ流ル》 けふ十月の未その/余波(なこり)《割書:或驟ニ震ヒ|或鳴動シテ至》猶しば〳〵也 凡四大種の中水火風のみは常に害をなす事 あれど大地に至ては殊なる事なしと覚へしに 恐てもをそるべきは唯 /地震(なゐ)也と長明師 の方丈の記に書給ひしも実也ける 【右丁 裏 白紙】 【左丁 表紙】 《題:《割書:弘化|丁未》信濃国大地震山川崩激之図 共二》 【印】善光寺 【資料整理番号】59-08C-02