【特59 767】 《題:《割書:コレラ|予防》命の後見《割書:末綱琢磨輯|》全》 緒言 〇 総論 〇 予防法 第一□□(空気カ) 〇 第二飲水 〇 第三居屋 〇 第四衣服 〇 第五食物 〇 虎列□(刺カ)流 行ノ際衆 人ノ心得 〇 消毒薬ヲ 用□ル理 由 〇 虎列□(刺カ)病 ニ□□□ ル時ノ心 得 〇 自□   末綱琢磨編輯 《割書:コレラ|予防》命□後見   東京 二書堂蔵 定価八銭五厘 【特59 767】    緒言 生命ノ貴重ナルハ衆庶ノ能ク知ル処ニテ 誰カ夭死短命ヲ欲スル者アラン哉百般法 方ヲ運ラシ以テ生命ノ保存ヲ希望スルハ 各人ノ通情にて苟モ性ヲ稟ル者ハ必ス此 心ヲ固有セザル者ナカルヘシ而唯タ之ヲ 希望スルモ其ノ之ヲ保存スル法方ト之ヲ 行ふ所以ノ理由トヲ知ラサレハ大ニ誤ル 【右丁】 事鮮ナカラス客歳各府県ニ於テ虎列刺流 行ノ際ニ当リ 官深ク衆庶ヲ憐ミ予防法 ノ令ヲ布達セレモ如何セン蠢爾タル細民 ハ予防法ノ何者タルヲ知ラサルニ由リ往 往布令ヲ尊奉セサル者アリ甚タシキニ於 は監察巡査ヲ謗罵敵視スルニ至る真ニ嘆 スルモ余リアリ彼ノ細民モ各々生命ノ貴 重ナルヲ熟知すると雖モ唯た予防法ノ理 【左丁】 由ヲ知ラサルニ由テ如此キ形況ニ至ルヘ シ若シ之レニ予防法ノ必要ナル理由ヲ了 鮮セシメハ 官ノ布令を俟タスノ自己ニ 予防ノ手段ヲ企ル事了然タリ是レ予ガ微 力ヲ顧ミステ此著アル所以ナリ然れも此 書タルヤ専ラ衆庶ニ了鮮シ易ク且ツ簡便 ニテ行ヒ易カラシムルヲ趣意トスル者ナ レハ文辞モ亦タ随テ拙陋ナラサルヲ得ス 【右丁】 看客其レ之ヲ領セヨ蓋シ衆庶能ク此書ヲ 暁リ且ツ実地ニ之ヲ行フキハ生命保存ノ 一助タル事予ノ信スル処なり冀クハ粗忽 ニ看過スル事勿レ  明治十三年三月 於東都万舎末綱琢磨識 【左丁】             末綱琢磨 著    総論 /虎列刺(これら)は/昔(むか)しの/虎狼利(ころり)にして/衆人(ひと〳〵)の/能(よく)/知(しる) /通(とほ)り/之(これ)より/懼(をそろ)しき/病(やまひ)はなし/昔(むか)しは/此病(このやまひ)の /伝播(ひろが)る/理由(わけ)を/知(しら)さるに/由(より)て/予防法(よぼふほふ)を/行(をこな)は ざりしも/輓□(ちかごろ)/医学大(いがく□ふ)ひに/開(ひらけ)と/其伝播(そのひろか)る/理(わ) /由(け)と/此(これ)を/防(ふせ)ぐの/法方(しかた)とを/究(きわ)め/専(もつは)ら/予防法(よほふほふ)               一【欄外)】 【右丁】 の必要(ひつよふ)なることを説諭(ときさと)せども衆人(しゆじん)は矢張(やはり) 昔(むか)しの思(をもひ)をなして更(さら)に之を行(をこ)なはし故(ゆへ)に 防(ふせ)ぎ得(う)べき虎列刺(これら)も次第(しだひ)に伝播(ひろが)りて遂(つい)に は防ぐべからざる場合(ばあひ)に立至る之(これ)誠(まこと)に嘆(なけ) かはしきことならずや衆人(しゆじん)力(ちから)を協(あわ)せ心(こゝろ)を 同(をな)じゆしく厳(きびし)く予防法(よほふほふ)を行(をこな)えば必(かなら)ず此病(このやまひ) に係る罹(かゝ)ることなかるべし 虎列刺病(これらびよふ)の原因(もと)を知(しる)ことは甚(はなは)だ困難(むづかし)きも 【左丁】 のにして西洋医家(せひよふいか)の論説(ろんせつ)も各々(をの〳〵)同(をなじ)からず 然(され)ども方(ほふ)令仮(かり)に定(さだ)めたる説に拠(よれ)ば虎列刺(これら) 毒(どく)と名(なづ)ける「これらびりゆす」なる物(もの)ありて 種々(さま〳〵)の導(みちび)きに由(より)て人間(にんげん)を病(やま)しむると云(いへ)り 此毒(このどく)は眼(め)にも見(らへ)ず又(また)手(て)にも触(さわ)り得(え)さる物(もの) にして虎列刺病人(これらびよふにん)の吐(はき)たる物(もの)及(およ)び下泄者(くたさるもの) などの中(うち)にありて空気(くうき)と飲水(のみみづ)との媒介(なかたち)に 由(よ)り諸方(しよほふ)に伝播(ひろが)るものなり之(これ)を防(ふせ)ぐには 【右丁】 諸種(いろ〳〵)の薬(くすり)あれども唯(た)だ薬(くすり)のみを用ゆるも 決(けつ)して十分と思(をも)ふべからずかねて空気(くうき)飲(のみ) 水(みず)居屋(いまひや)衣服(きもの)及(およ)び食物(しよくもつ)などに能意(よくここころ)を用(もち)ひ てなるたけ清潔(きよら)かにするを肝要(かんよふ)とす之(これ)に 仍(より)て予防法(よぼうほう)及(をよ)び消毒薬(しよふどくやく)の必要(ひつよふ)なるなることを 知(しる)べし下条(しも)に於(をい)て予防法(よぼふほふ)を簡便(かんべん)に述(のべ)終(をわ)り に至(いた)り消毒薬(しよふとくやく)を用(もち)ゆるの理由(わけ)を書記(かきしる)すべ し 【左丁】   予防法(よぼふほふ)    第一(たいいち)空気(くうき) 空気(くうき)は色(い)ろ味(あじ)わい及(およ)び臭(にを)ひもなき透明(すきとほふ)り たる気体(きたい)にして凡(をよ)を世界(せかい)の中(うち)人間(にんげん)の棲息(すまひ) せる処(とこ)ろハ何所(いず〳〵)もこの気(き)のそ存在(そんさい)せざるは なし故(ゆゑ)に人間(にんげん)は空気(くうき)の中(うち)に在(あり)て断(たゑ)ず此気(このき) を呼吸(いき)するに由(より)て生命(いのち)を保(たも)つものとす恰(あたか) も魚(うを)の水中(みず)に在(ある)が如(ごと)し彼様(かよふ)に大切(たいせつ)なるも 【右丁】 のなれば最(もつ)とも新鮮(あたら)き空気(くうき)を呼吸(いき)すべし 元来(もと)空気(くうき)は酸素(さんそ)と窒素(ちつそ)との混合物(まざりもの)より成(なり) て其中(そのうち)に種々(さま〳〵)の瓦斯体(がすたひ)を含(ふく)めり其(その)酸素(さんそ)は 一番(いちばん)必要(ひつよふ)なるものにして人間(にんげん)の空気(くうき)を呼(い) 吸(き)して生命(いのち)を保(たも)つは全(まつた)くこの酸素(さんそ)に由(よ)る ものとす然(しか)れども酸素のみにては余(あま)り強(つよ) きがゆへに窒素(ちつそ)を加(くわ)ゑて適当(ほどよく)する者(もの)なり 空気(くうき)は人間(にんげん)の吸気作用(すいこむはたらき)に由(より)て口鼻(くちはな)及(をよ)び気(きの) 【左丁】 道(みち)を過(すぎ)て肺臓(はいぞふ)に達(たつ)し其部(そのぶ)の血液(ち)に混(まじ)りて 身体(からだ)の諸部(しよぶ)を養(やしな)ひ炭酸(たんさん)と成(なり)て復(ま)た血液(けつえき)と 共(とも)に肺臓(はいぞふ)に至(いた)り呼気作用(ふきだすはたらき)に由(より)て気道(きのみち)を過(す) ぎ口(くち)及(をよ)ひ鼻(はな)より外方(そと)に出(いづ)るものとすこの 炭酸(たんさん)は甚(はなは)だ悪(あし)き者(もの)なれば若(もし)空気(くうき)の中(うち)に沢(たく) 山(さん)増(まし)とき空気(くうき)も亦(また)人間(にんげん)の生命(いのち)を保(たも)つこ と能(あた)はず縦令(たとゑ)ば芝居(しばい)などの如(ごと)き衆人(しゆじん)の群(あつ) 集(ま)る場所(ばしよ)に於(をひ)て頭痛(づつう)及(をよ)び嘔心(むかつき)を生(しよふ)ずるこ 【右丁】 とあるは則(すなは)ち空気(くうき)の中(うち)に炭酸(たんさん)の増(ま)すに由(よ) る者(もの)なれば以上(うゑ)の事(こと)は医者(いしや)に非(あら)ずとも衆(しゆ) 人(じん)の能(よく)知(し)り置(をく)べきことなり空気(くうき)を新鮮(あたらし)く するの法(ほふ)は別(べつ)に難(かた)き事(こと)に非(あら)ず容易(たやす)く行(をこな)ひ 得(う)べし其法(そのほふ)は窓(まど)の戸(と)又(また)は樟子(しよふじ)を開(ひら)き外方(そと) の新鮮(あたら)しき空気(くうき)を内方(うち)に流入(りゆうにふ)せしめと室(しつ) 内(ない)の悪(あし)き空気(くうき)と代(かわ)らしむるべし是(これ)を西洋(せいよふ) の語(ことば)に「べんちれゑしよん」と云(いゑ)り然(しか)しなが 【左丁】 ら能(よ)く用心(よふじん)せさるときは外方(そと)の寒冷(さむ)き空(くう) 気(き)の為(ため)に風邪(かせひき)を病(やむ)ことあり故(ゆゑ)に気候(きこをふ)寒冷(さむ) きは長(なが)く窓(まど)の戸を放開(ひら)かずして時々(をり〳〵) 開(ひら)き閉(とづ)るを良(よし)とす    第二(だいに)飲水(のみみず) 飲水(のみみす)は常(つね)に用(もち)ゆるものなれは其(その)大切(たいせつ)なる ことこゝに云迄(いふまて)もなきことなれども世の 人(ひと)は唯(た)だ大切(たいせつ)なるを知(しり)て之(これ)を安全無害(安全無害)の                五【欄外】 【右丁】 物(もの)として用(もち)ゆるも法方(しかた)を知(しら)さる者(もの)多(をふ)し故(ゆゑ) に飲水(のみゝつ)の為(ため)に腹痛(はらいたし)及(をよ)び下利(くだり)を起(をこ)すこと鮮(すく) なからず斯(か)く病(やま)ひを起(をこす)の原因(もと)を探(さぐ)るとき は他ね 種々(さま〳〵)あれども多分(たふん)は飲(の)み水(みづ)の不浄(ふじよふ)なる に由(よ)る万一(まんいち)之(これ)に虎列刺毒(これらどく)の混(まじ)ることある ときは忽(たちま)ち恐(をそ)るべき虎列刺病(これらびよふ)に罹(かゝ)るもの とす又(また)縦令(たと)ひ虎列刺毒(これらとく)の混(まじ)ることなきに もせよ以上(うえ)に申(まふ)す如(ごと)く腹痛(はらいたし)及(をよ)ひ下利(くだし)など 【左丁】 を起(をこ)すときは自然(しねん)虎列刺病(これらひよふ)の誘因(みちび)きとな ることあり故(ゆゑ)に飲水(のみゝす)は可及(なるたけ)的清潔(きよら)かなる ものを用(もち)ゆべし而(そ)して清潔(きよら)かなる飲水(のみゝず)を 用(もち)ゆるには先つ井戸(いと)を清潔(きよら)かにすべしと の目的(みこし)を達(たつ)するには排水溝(げすい)を能(よ)く通(つゆふ)ぜし め少(すこ)しも其内(そのうち)に悪水(あくすい)の潴(たま)らさる様(よふ)にする を簡要(かんよふ)とす又(また)井戸(いど)の周囲(まわり)も石灰(いしばい)土にし堅(かし) く地面(じめん)を塗(ぬ)りて不浄(ふじよふ)なる水(みず)の流(なが)れ入(いる)こと 【右丁】 を防(ふせ)ぐべし井戸(いど)の近辺(きんべん)には決(けつ)して便所(べんじよ)を 置(おく)べからず之(これ)尤(もつと)も悪(あし)きことなり則(すなは)ち便所(べんじよ) に於(おい)て潴(たま)りたる大小便(だいしよふべん)は漸々(ぜんぜん)地下(ぢか)に竄(し)み 入(いり)て遂(つい)には井戸の水と混ることあり然る ときは大(をふ)ひに井戸(いど)の水(みす)を不浄(ふじよふ)ならしむる ものとす以上(うゑ)の事件(ことがら)に能(よ)く意(こゝろ)を注(そゝ)き井戸(いと) の水(みず)を清潔(きよら)かにするの法方(しかた)を知(しる)ときは次(つき) に貯水器(みずいれ)を選(ゑら)び用(もち)ゆべし貯水器(みずいれ)は一般(いちばん)に 【左丁】 木製(きつく)り或(ある)いは陶(すゑも)の製(ずく)りの物(もの)を良(よし)とす鉛(なま)り 錫銅(すづあかづ)ねるどの如(ごと)き金類(かなるい)にと製(こしら)ゑたるもの は甚(はなは)だ宜(よ)ろしからず又(また)貯水器(みずいれ)には蓋(ふた)を備(そな) ゑて常(つね)に能(よ)く蓋(ふた)を覆(をふ)て塵(ちり)の入(いら)さる様(よふ)にす べし    第三(だいさん)居屋(すまいや) 居屋(すまいや)は人間(にんげん)の日夜(にちや)棲息(すまい)する処(とこ)ろなれば最(もつ) とも清潔(きよら)かにすべし然(しか)しながら美麗(うつくし)く錺(かざ) 【右丁】 り粧(よそふ)うの趣意(りゆい)には非(あ)らず居屋(すまいや)は寒暑風雨(かんしよふうう) を防(ふせ)ぐの備(そな)ゑなれば美(び)を尽(つく)し善(せん)を極(きは)むる の錺(かざ)り物(もの)には非(あら)ざるなり蓋(けだ)し往昔(むかし)開(ひら)けざ るの時(とき)に於(をい)ては唯(た)だ寒暑風雨(かんしよふうう)を凌(しのぐ)ものと 為(なせ)しも近来(ちかごろ)医学(いがく)の駸歩(すゝむ)に随(したが)うて居屋(すまいや)も亦(また) 大(をふ)ひに身体(からだ)の健康(けんこふ)に拘(かゝ)わることを発明(はつめい)せ り故(ゆゑ)に居屋(すまいや)の建築(ふしん)は甚(はなは)だ大切(たいせつ)なるものな れば能(よ)く心(こころ)を用(もち)ゆべし建築(ふしん)の法(ほふ)は種々(さま〳〵)あ 【左丁】 れとも衛生学(ゑいせいがく)より論(はな)すときは唯(た)だ空気(くうき)の 流通(かよい)に便利(べんり)なるを以(もつ)て第一(たいいち)の目的(めど)とす然(さ) りながら是等(これら)の事件(ことがら)を細(こま)やかに述(のぶ)るとき は大(をふ)ひに煩雑(はんさつ)なれば唯(たゞ)居屋(すまいや)を清潔(きよら)かにす るの法方(しかた)のみを記(しる)すべし都(すべ)て居屋(すまいや)を清潔(きよら) かにするには朝夕(あさゆふ)室内(しつない)を洒掃(さいそふ)して少許(すこし)も 不浄(ふじよふ)なる塵(ちり)を留(とゝ)むべから若(もし)屋敷(やしき)の周囲(まわり)に 泥溝(どろみぞ)或(ある)いは塵潴(ちりため)などあるときは時(とき)々之(これ)を               八