《題:恋の湊 露の 出島》 恋(こひ)のみなと  露(なさけ)の出(で)しま序 躍(おどり)に金(かね)を懸(かけ)たる 拍子(へうし)利(きヽ)の孃(むすめ)も■(お)手(て)の 附(つく)べき旹(とき)に逢(あハ)ハねバ却(かへつ)て 親(おや)にてんてこ舞(まひ)をさせ 大金(おおがね)を執(と)る妾(めかけ)といへども 孕(はらミ)こぢれる其時(そのとき)ハ思(おも)ハぬ 所(ところ)へ縁(えん)にいヽ斯(かヽ)れバ生物(なまもの)に かつえて張形(はりかた)に提(とぼし)盛(ざかり)を 過(すご)しむだな■(へのこ)【門に由=ふぐり】に喰(く)ひ飽(あき)て腎虚(じんきよ)の 先途(せんど)を見(ミ)届(とヾ)けぬも侭(まヽ)にならぬハ 浮卋(うきよ)とハおまへと私(わたし)が身(ミ)の上(うへ)と鹿島(かしま)なるうらなき 恋(こひ)も掌(てのひら)を握(にぎ)りて常陸(ひたち)帯(おび)も結(むす)バず陸奥(ミちのく)に錦木(にしきヾ)も すたりて吸付(すいつけ)煙草(たばこ)が媒(なかだち)すると聞時(きくとき)ハ恋哥(こひか)一首(いつしゆ)をよむひまに 尻(しり)を敲(たヽひ)てすびきぬるこそ恋(こひ)すてふ身(ミ)の譽(ほまれ)ぞと又(また)も入(ひ)らざる御世話(おせわ) な㕝(こと)をスウ〳〵フウ〳〵ハア〳〵と余慶(よけい)な汗(あせ)をかくこと爾(しか)り  とつて二度ものおつ立し?まハ万作と  しるき ひつじの新板          當書山介【印】 【欄外書き込み】 japanais 211B(3) 〽おめへこのあいだの  うたに〽穴のなかハ   うめきにけりな    いたづらに◑【右半分黒の丸】 【右下】 ◑たヾ くじりても ながれでしかな  とハほん   とうの  こヽろいきを  よん  だな 【上】 〽それでも〽よの中に たえてしぼゝの なかりせバ人の心ハ たのしから  まし そんなことを いひ ながら にくい 人 だ ねへ いつ そ いき そうに なつた ヱヽ  モウ フン〳〵〳〵 【左頁】 上田島(うへだしま) 【地図】 しき しま 【右上】 ほヾ 国 【右下】 いんらん   国 【中】 よがる  国 【左上】 女 人 国 【左下】 し たい 国 【左下離】 さね 長 しま 〽そちハ けふゆ  しまの だい  さんで【今日湯島の代参で】 この  ぬれ か げん かへ どれ ない  ぢん【内陣】を うかヾ   ハふか どうじや  〳〵 〽モウ はづかし  くつて  なりま   せん 【左頁】 大名しま 湯  嶌 【右見開の右】 〽おれも さつき から見て  ゐるがよつほど   すきな    てあいだ    これで十五    六ばんも    やらかすだ      らう    これさ    ばあさま    せかつしやるな 〽ぢいさまよう   ござるか  しかも八九  百年ぶりだ  はやく   いれて   おくれ 【左上】 〽モウ〳〵   かな   らず   かハつて   おく?れ□□□【▲?】 【右見開の左】 ▲ないよ きがいき つヾけだよ こんやハ ねずにゐて やたらに島やら ねへかハいヽよ【やたらに島(を)やらねえ(より)かはいいよ?】  いくよ〳〵ドク〳〵〳〵        ヒチヤ         〳〵〳〵 【左見開の右】 〽なる ほど 一時 ほどたつ うちに おまへいくつ きをやつた  とおもふ 廿七八たびだ なんぼこんやハ しつゞけのやく そくでも口こそ きかねへがまらと ぼヽのてめへもあらァ ちつとやすんで酒 にでもしやう  じやァねへか ほんにおまへの ぼヽにもさげ すまれらァな それ〳〵 ドク〳〵 ヲヽ いヽ 〳〵〳〵 【左見開の左】 やたらじま 宝(ほう) 来(らい) 島(しま) 向嶋 五本手しま 【下段】 〽ぼヽか あつての つきゆき  はな見だ【月雪花見だ】 どうしても としまのハ【年増のは】 あんばいが  ちがふ    ハへ しんぞ【新造=新妻】 より かく べつ いヽ 〽かう して ゐる うち に◑ ◑だん〳〵 かりが ふやけ て きた 【左頁】 関東じま 佃島 【下段】 〽いや だよ そん な ことを せず に ほん とう に いれ て おく れ 柳 島 よこじま 【下段左】 〽だれが 【左頁】 きても こうわり  こんで【こう割り込んで(=横入れして?)】 やめ  られる ものか 入れたらこの ゑかきのなと  おなじことで   いく〳〵【?いヽく?】     だよ【この絵描きの名と同じ事でいくいくだよ】 〽だれ ぞ きやァ しま せんか いつ  そ▲ 【左上】 ▲きがせいて なりませんヨ サアどうしたんで こざいますはやく いれてよぢれつたいねへ 〽なんだかいつそ かハひくつて どうしやう⨁ 【下へ】 ⨁かと おもふ やうに なり ま すハ 【左頁】 あゐじま 八 𠀋 嶋 【下段】 〽ひごろの おもひで けふの  しゆひ へのこが いてへほど おへて【生へて】きた それかう したら どうだ〳〵 三 河 嶌 立じま 【右下】 〽しつかりつか  まつてゐなヨ ソレかうしてする  のもきが   かハつて  かくべついヽ 【左上】 〽アヽ いヽことハ いヽけれど  だれか きやア しまい  かねへ 恋(こひ)の湊(ミなと)露(なさけ)の出島(でじま)   名代(ミやうだい)聟(むこ)ハ娘(むすめ)の為(ため)に是ぞ出島の砂糖(さとう)の甘(うま)ミ いづれの島(しま)いづれの國(くに)にやありけん深圖(ふかづ)甞(なめる)といふ者(もの)あり 田畑(でんばた)あまた持て近郷(きんごう)にかくれなき郷士(ごうし)なりけるがきハめて 醜男(ふをとこ)にて色(いろ)ハ薄(うす)墨(ずミ)を流(なが)したるが如(ごと)く鼻(はな)ひらけ口大きく 目ハ猿(さる)の如し生得(しやうとく)色好(いろごの)ミにして足ることを知(し)らぬ小人(せうじん)なれバ 慾(よく)あくまで深(ふか)く常(つね)に物好ミにて家柄(いへがら)器量(きりやう)すぐれし うへに持参金(ぢさんきん)あまたある女房(にようぼう)をもたんものをと年(とし)ごろ さがしけれど醜男(ぶをとこ)にてかゝる好(この)ミあるゆゑに絶(たへ)てなし 深図甞(ふかづなめる)が従弟(いとこ)に出尾(だすを)九次郎といふ美男(ひなん)ありこのころ 食客(しよくかく)となりて朝暮(あけくれ)甞が碁(ご)将棊(しやうぎ)の相手(あいて)などして月 日を送(おく)りけるある時/助兵衛(すけべゑ)といへる道具屋(どうぐや)来(きた)りて 倘(もし)旦那(だんな)兼(かね)ておたのミの奥(おく)さま漸(やう〳〵)さがし先へ掛合(かけあつ)て 参(まゐ)りました名(な)ハさせ子といつて年(とし)ハ十七/粂三(くめさ)菊次郎(きくじらう)【岩井粂三郎と尾上菊次郎?】 を一ッにして菊五郎に愛敬(あいきやう)をもたせたやうな容貌(きりやう)持(ぢ) 参(さん)ハ二(ふ)タ箱(はこ)に田地(でんぢ)五百石/家柄(いへがら)ハ申に及バぬ大上(だいじやう)〻(〳〵)吉(きち)の 花(はな)よめご【花嫁御】なんと御相談(ごさうだん)被成【なされ・なさい】ませぬかと言(い)ハれて 甞(なめる)ハ有頂天(うてうてん)それハ奇妙(きミやう)自己(おれ)が思ふ通りの女房(にようばう) 何分(なんぶん)世話(せわ)をたのミいるといふに助兵衛/図(づ)にのりて 左様(さやう)なら仲人(なかうど)のしるしにまァ十五両(じふごりやう)も下さりまし そのかハりきつときめてあげませうしかし爰(こヽ)に ちつと六(むつ)ヶしいわけハ見合(ミあひ)でござりますそれも私(わたくし)が 申(まうす)とほりになさいますれバよし【、】いやとおつしやると この相談(さうだん)ハ出来(でき)ませぬといふに甞ハみだれ箱(ばこ)【蓋のない浅い箱】 より金(きん)十五両とり出(いだ)し是ハ仲人(なかうど)のしるしなり 扨(さて)また何がどうでも結(むす)ぶの神の貴公(きこう)ゆゑどう なりと仰(あふせ)のとほり御ゑんりよなくといふに助兵衛(すけべゑ) 金を押(おし)いたヾき是ハ早速(さつそく)ありがたうござりますと ふところへ入(い)れまづこうでござります先方(さきかた)の親(おや)ごの いハれますにハその聟(むこ)どのをまァこつちへ連(つれ)て ござれわしも逢(あひ)たし娘(むすめ)にも見せて氣(き)にさへ入る事(こと) ならすぐに祝言(しうげん)をさせてもいヽといふことでござります から娘御(むすめご)の氣(き)に入るところがかんじんでござります何(なん) とかう被成(なさい)ませぬか此方(こなた)に御同居(ごどうきよ)被成(なすつ)て御出被成【おいでなられ・なされ】 ます出尾(だすを)九次郎(くじらう)さまを見合につれ申(まうし)て参(まゐ)りま して親(おや)ごや娘ごに逢(あハ)せますれバあのいヽ男(をとこ)でハ氣(き) に入(い)るハ必定(ひつぢやう)そこで鳥渡(ちよつと)祝言(しうげん)の盃(さかづき)をしてすぐに こつちへ引取(ひきと)り先(まづ)顔(かほ)を見(ミ)せるお聟(むこ)さま九次郎 さま御床入(おとこいり)の時分(じぶん)一寸(ちよつと)分廻(ぶんまハ)して入替り燈火(あかり)を 少(すこ)し闇(くら)くしてそれ屏風(びやうぶ)の中でだいて寐(ね)るやつさ 御祭(おまつり)さへ渡(わた)して【祭を渡す=性交する】仕舞(しまへ)バもうこつちのもの何(なん)と孔(こう) 明楠(めいくすのき)【諸葛孔明・楠正成】でござりませうといふに甞(なめる)ハ小首(こくび)をかたふけ 少(すこ)しおつな㒵(かほ)【=皃、貌】をせしが忽地(たちまち)こひざをはたとうち 妙計(ミやうけい)〻(〳〵)〻冝(よ)い知恵(ちゑ)だ〳〵おれよりハ事(こと)ハ知(しつ)てゐる 年(とし)ハ若(わか)し男(をとこ)もすこしハよからうし随分(ずいぶん)あれ なら氣(き)に入(い)るだらふ今(いま)からすぐに行(ゆく)がいヽと九次(くじ) 郎(らう)をよび右(ミぎ)のわけをたのミ甞(なめる)が好(よ)き着物を出(いだ)し 腰(こし)のもの下物(さげもの)まで氣(き)をつけて着(き)せ替(かへ)て見るに元(もと) より美男(びなん)の事(こと)なれバ源氏(げんじ)の君(きミ)も業平(なりひら)も及ぶまい となりふりに助兵衛(すけべゑ)ハ勇(いさ)ミたち天晴(あつぱれ)よき聟君 さま今(いま)に吉左右(きつさう)〳〵とうち連(つれ)いそぎ出てゆく斯(かく)て 助兵衛ハ彼(か)の家(いへ)に至(いた)り玄関(げんくわん)より右の趣(をもむき)を申し 入るに兼(かね)て約(やく)せしことなれバ早速(さつそく)座敷(ざしき)へ通し主人(しゆじん)も あひ娘(むすめ)させ子にも引合(ひきあハ)せなどするにさせ子ハ更(さら) なり家内(かない)のものども九次郎(くじらう)を挙(ほめ)【誉?】ざるハなかりけれ バ主人もよろこびて助兵衛(すけべゑ)にあまたの金銀(きん〴〵)をとらせ 娘の氣(き)にもいり我〻(われ〳〵)【我の字は𠨂】の氣にもいれバ約束(やくそく)の通り 二(ふ)タ箱(はこ)と五百石(ごひやくこく)の田地を附(つけ)つかハすへし幸(さいハ)ひ今日(けふ) ハ吉日(きちにち)なれバ祝言(しうげん)をさせ今夜(こんや)ハ此方(こなた)へ畄(と)め明日(あす) 聟(むこ)を同道(どう〳〵)にて娘も我〻(われ〳〵)【𠨂】も侶(とも)に行(ゆく)べしといふに いなミがた【否み難】けれバ冝様(よきやう)にとの挨拶(あいさつ)し金子(きんす)の礼(れい)をのべ 獨(ひとり)心(こゝろ)うれしく九次郎にも右(ミぎ)のおもむきをはなし 祝言(しうげん)ハすぐにするとの事(こと)また一夜(ひとよ)泊(とま)りたりとも かの事(こと)さへなけれバ言(いひ)わけハすむと色(いろ)〻(〳〵)とすヽめ けれバともかうも【=ともかくも】冝様(よきやう)にといふに早速(さつそく)其用意(そのようい)して 祝言(しうげん)も色(いろ)なほしもすミてはや床入(とこいり)になりけれバ 錦(にしき)の夜具(やぐ)に九次郎(くじらう)ハ寐(ね)ころぶ間(ま)もなく女子(をなこ)ども させ子をともなひ屏風(びやううぶ)のそば御(ご)きげんやうと立(たつ)て行(ゆく) 跡(あと)にさせ子ハはづかしく惚(ほれ)てハ居(ゐ)れどうい〳〵しく なんといふたらよからふと雪(ゆき)よりしろき㒵(かほ)ばせ【顔馳。顔つき】に ぱつとちらせし薄紅梅(うすこうばい)新枕(にいまくら)とぞ知(し)られたり九(く) 次郎(じらう)ハ手を取(とつ)てさァお這入(はいり)と夜着(よぎ)のうち思(おも)ハず さわる股(もヽ)と股ぐつとおへ立(たつ)一物(いちもつ)をしつかりと胯(また)へ はさミおれハ聟(むこ)の前(まへ)立なれバ瑕(きず)をつけてハ 甞(なめる)へたヽずと心で心(こゝろ)を叱(しか)つても聞入(きヽいれ)なきハ一物(いちもつ)にて 祢(やヽ)ともすれバ天恵(あたま)をあげどきん〳〵と脉(ミやく)をうち 筋(すぢ)をあらハす勢(いきほ)ひにいじるばかりハ冝(よ)からうと枕(まくら) の下(した)へ手(て)を入(い)れてじつとしむれバしめかへしたれ教(おし) へねど目(め)をねふり夜着(よぎ)の襟(えり)を㒵(かほ)へあて無言(たまつ)てゐる させ子(こ)が胸(むね)へ手をあて見(ミ)るにどき〳〵と動氣(どうき)の為(す) るハこわいのと恥(はづ)かしいのと嬉(うれ)しさに只(たヾ)じとして居(ゐ) たりける九次郎(くじらう)ハそろ〳〵と腹(はら)のしたへ撫(なで)おろし臍(へそ)【字は「𦜝」】 の下(した)から玉門(おんこと)をさぐり見(ミ)るにうつすりと四五本(しごほん)生(はへ)て ふつくりとまだ手いらずの上開(じやうかい)なり中指(なかゆび)をつばにて ぬらし一本(いつほん)いれてそろ〳〵と人形(にんぎやう)を遣(つか)ふに少(すこ)しづヽ 鼻(はな)いきあらくあれもう其御手(そのおて)を御取(おとり)なすつて下(くだ) さいましよいつそもうといふ聲(こゑ)ともろともにおし うるほひ【潤い】が出(て)るともはやたまりかね是(これ)までなり とおきなほり胯(また)ぐらへわりこんでつわ【=唾】をたつぷり ぬりつけて玉門(おんこと)へあてがいてそろり〳〵と腰(こし)を遣(つか)ふ にぬめりかあるゆゑ天恵(あたま)ハ這入(はいれ)どいたいと見(ミ)へて のり出(いだ)すを娘(むすめ)の手(て)の下(した)よりかたをおさへまた そろ〳〵とあしらへバ玉門(おんこと)の奥(おく)の方(ほう)から薄(うす)き 水(ミづ)たら〳〵と出(で)る其拍子(そのひやうし)半分計(はんぶんばか)り這入(はいり)けり もうよしと大腰(おほごし)にすかり〳〵とするほどに顔(かほ)を しかめてあれもしへ【?もらへ?もヽへ?】いたい【痛い】けれどこらへて居(を)り ますからどうぞこれからかハゆがつて下(くだ)さりまし といふに九次郎(くじらう)たまりかねついどく〳〵と精(き)を遣(や) るに毛際(けぎハ)までぐつとは入(いり)し心地(こヽぢ)よさ是(これ)ハならぬ 今(いま)一ッむしかへさんと大腰(おほごし)にすかり〳〵とするほどに いつかいたミもうちわすれ男(をとこ)の首(くび)にしがミつき もういたくハ御(ご)ざいませんよそして中(なか)がむづがゆく なつて其(その)おこすりのたび〳〵にいつそ冝(いヽ)心持(こゝろもち)で ございますよ是(これ)がきの行(いく)といふのかへもつときつく してくださいましあれどうもおつな氣(き)になりました もつと奥(おく)をきつくといふにまたむく〳〵と發(おへ)返(かへ)す こヽぞと思(おも)ひ大腰(おほごし)にすかり〳〵と腰(こし)を遣(つか)ふに娘(むすめ)も 今(いま)ハたまりかね恥(はづ)かしきこともうちわすれあれもう どうも氣(き)が遠(とほ)くなりますよと歯(は)ぎしりをして しがミつきあつき淫水(いんすい)【滛】だく〳〵と出(いづ)ると供(とも)に九次(くじ) 郎(らう)もこらへかねて又(また)精(き)をやりそのまゝにてぞ寐入(ねいり)けり 扨(さて)夜(よ)も明(あく)れバおさせハ起(おき)寐乱(ねミだ)れ髪(がミ)を撫付(なでつけ)んと                      てしま十四 化粧(けワひ)の一(ひ)ト間(ま)へ引篭(ひきこも)る其間(そのま)に九次郎(くじらう)ハ下女(げぢよ)を呼(よん)で硯(すヾり) 箱(ばこ)を無心(むしん)なし何(なに)をや書置為(かきおきし)たりけん作者(さくしや)も是(これ)を知(し)る こと能(あた)ハず朝飯(あさめし)の支度(したく)よきと見(ミ)へ下女(げぢよ)の案内(あない)に掾(えん)へ出(いで)終(よ) 夜(すがら)させ子(こ)と吸合(すひあふ)たる口(くち)の廻(まハ)りの紅(べに)白粉(おしろい)洗(あら)ひ落(おと)すも残(のこ)り おしく盥(たらひ)の温湯(ぬるゆ)の手障(てざハ)りに又(また)思(おも)ひ出(だ)すさせ子(こ)が肌(はだ)不計(はからず) 移(うつ)す水鏡(みづかヾミ)雲霧(うんむ)の契(ちぎ)りにやつれし我(わが)【𠨂】面帰(かほかへ)りて甞(なめる)に咎(とが)め られんもうそ氣味悪(きミわる)く【薄気味悪く】思(おも)ひつヽそこ〳〵顔(かほ)を洗(あら)ひしまへバ 早(はや)此方(こなた)へと又(また)案内(あない)に次(つぎ)の間(ま)へ立出(たちいづ)れバ舅姑(しうと)【𠢎】二人(ふたり)を上座(しやうざ)に なし次(つい)で九次郎(くじらう)させ子(こ)が膳(ぜん)並(なら)べし席(せき)へつく〴〵と見(ミ)れバ 見(ミ)る程(ほど)似合(にあふ)た夫婦(ふうふ)と助兵衛(すけべゑ)下座(げざ)より平(ひら)の蓋(ふた)取持(とりもち)ながら せき立(たて)て早(はや)御帰宅(おきたく)もしかるべし又(また)追日(おひじつ)に吉日(きちにち)を撰(えら)ミて後(のち)の 御輿入(おこしいり)と伴(ともな)ひ立出(たちいで)道(ミち)すがら助兵衛(すけべゑ)ハ九次郎(くじらう)に向(むか)ひまづ花(はな) 聟(むこ)の名代(ミやうだい)ハ首尾(しゆび)よく遣(や)つて退(のけ)たものヽ一夜(ひとよ)泊(とまり)ての御帰(おかへ) りなれバ甞(なめる)旦那(だんな)の疑(うたが)ハれん其時(そのとき)交合(いちぎ)ハ成(なさ)ざるよしおん身(ミ)も 固(かた)く断(ことハ)り玉へ我(われ)【𠨂】また弁舌(べんぜつ)利口(りこう)をもて旦那(だんな)をうまく言(い)ひ 解(とか)んと言葉(ことば)つがへて立戻(たちもど)り甞(なめる)が居間(ゐま)へ来(き)て見(ミ)れバ甞(なめる)ハ                     てしま十五 いまだ起出(おきいで)ずすつぽり夜着(よぎ)を引蒙(ひきかふ)り寐言(ねごと)と仕事(しごと)の まつ㝡中(さいちう)ゆゑ助兵衛(すけべゑ)九次郎(くじらう)ハ手(て)を束(つが)ね目(め)の覚(さむ)るのを 待(まつ)とハ知(し)らず《割書:甞》〽コレさせ子(こ)どのいくら和主(おぬし)が否(いや)がつても 㝡(も)う斯(か)う成(なつ)ちやア仕方(しかた)がねへどうぞ一畨(いちばん)させて 下(くだ)せへ成程(なるほど)和主(おぬし)がいふ通(とほ)り偽聟(にせむこ)の九次郎(くじらう)を替玉(かへだま)とした 狂言(きやうげん)ハ成程(なるほど)自己(おれ)が悪工(わるだく)ミ其腹立(そのはらだち)ハ尤(もつとも)だが初手(しよて)から自(お) 己(れ)が出(で)た段(だん)にやァ親立(おやたち)までも承知(しやうち)ハ有(ある)めへと助兵衛(すけべゑ)一(ひ)ト軍(ぐん) 策(さく)自己(おれ)を憎(にく)がる事(こと)ハねへまア〳〵一畨(いちばん)させてミな面(かほ)こそ醜(わる)いが 陰莖(まら)の味(あぢ)ハ九次郎(くじらう)などの及(およ)バぬ所(ところ)まァ斯(か)うなりねへ夫(それ) それ〳〵半分(はんぶん)這(はい)入つた㝡(ま)う少(すこ)しヱヽ左様(さう)しちやァいけねへ ョあれ〳〵せつ角(かく)這入(はいつ)たのに又(また)ぬけて仕舞(しまう)たァこれさ そんなにしやきばらずに直(すなほ)に成(なつ)てさせて呉(くん)なよヱヽ〳〵〳〵〳〵 それ見(ミ)ねへなとう【ろ?】〳〵すまたへ精(き)が往(いつ)たァヱヽ㝡(も)うこれさ おさせぼうや実(じつ)に能子(いヽこ)だ㝡(も)う少(すこ)しァレ此股(このまた)を開(ひろ)けて呉(く)んな それ又(また)這入(はいつ)た此度(こんど)ハ㝡(も)う放(はな)しやァしねへよソレ〳〵〳〵能(よ)からうがの どうだ〳〵ヱヽ又(また)其様(そん)な事(こと)をするよ頰(ほを)つぺたへ喰付(くひつい)たり左様(さう)                       てしま十六 引樒(ひつかい)【搔?】ちやァ痛(いた)い〳〵コレサ能子(いヽこ)だ㝡(も)う少(すこ)しおとなしくして 居(ゐ)て呉(くん)なよソレいく〳〵〳〵此(この)惣身(からだ)が鑠(とろ)けるやうだァヽいヽ〳〵よし〳〵〳〵 鼻(はな)を喰(く)ひ切(き)られても耳(みヽ)を引(ひつ)かきむしられても㝡(も)う構(かま)ハねへ 命(いのち)でも何(なん)でもおめへに呉(くれ)てやるよアヽいヽ〳〵〳〵又(また)いくよそれ〳〵いく よト大(おほ)もがきを聞居(きヽゐ)る助兵衛(すけべゑ)九次郎(くじらう)も貰(もら)ひ氣(き)ざしに巾(はヾ)つ たくなるを両手(りやうて)にじつと押(おさ)へ目(め)を見合(ミあハ)せ大(おほ)ため息(いき)斯(かく)て 甞(なめる)ハ妄想(もうざう)の夢(ゆめ)ハ破(やぶ)れてむつくりと起(おき)て居直(ゐなほ)る床(とこ)の中(なか)甞〽はて 夢(ゆめ)で有(あつ)たかなァト見廻(ミまハ)す此方(こなた)に助兵衛(すけべゑ)九次郎(くじらう)一夜(いちや)泊(どま)りの 誤(あやま)りあれバ㝡(いと)こハ〴〵に手(て)をつかへ《割書:おへ》〽ヘヱ御早(おはや)うト辞義(じぎ)すれバ 甞(なめる)ハ怒(いか)りの聲(こゑ)ふり立(たて)おのれ助兵衛(すけべゑ)よくも〳〵/我(われ)【𠨂】をたバかり 九次郎(くじらう)にさせ子(こ)の新開(あら)をしめさせたな吁(うんぬ)どうして呉(くれ)んずと 立懸(たちかヽ)らんとする所(ところ)を九次郎(くじらう)袂(たもと)に取(とり)すがりはやまり玉ふな甞主(なめるぬし) まづ落居(おちつい)て助兵衛(すけべゑ)が演説(まうしのぶる)を聞(きヽ)玉へといふ九次郎(くじらう)を突飛(つきとば)し彼(か)の 妄想(もうさう)の濡陰莖(ぬれまら)も拭(ふ)かず助兵衛(すけべゑ)に打(うつ)て懸(かヽ)るを九次郎(くじらう)漸(やう〳〵)押止(おしとヾ)め 《割書:九》〽我兄(あにき)【𠨂兄】よく〳〵聞(きヽ)玉へ昨夜(さくや)一宿(いつはく)なしたるも是(これ)計策(けいさく)の一(ひと)ッにて矢張(やつぱり) 縁談(えんだん)とヽのへる一助(いちじよ)たらんといふ跡(あと)へ助兵衛(すけべゑ)少(すこ)しく首(くび)をあけ《割書:助》〽まづ                            てしま十七 聞(きヽ)玉へ先方(さきかた)の両親(ふたおや)はじめさせ子(こ)まで是非(ぜひ)とも今夜(こんや)婚礼(こんれい)と すゝめらるヽを辞退(こばミ)なバどうりで先(さき)に疑(うたが)ひが起(おこ)るまいとも言(いハ)れぬ ゆゑ其意(そのい)に任(まか)せて婚礼(こんれい)ハ昨夜(さくや)首尾能(しゆびよく)致(いた)したなれど何(なに)を申すも 先(さき)ハ未通女(おぼこ)九次郎様(くじらうさま)が受合(うけあふ)て決(けつ)して一義(いちぎ)ハなされぬ筈(はづ)。只(たヾ)夜着(よぎ)の 中(なか)へ這入(はいつ)た計(ばか)りハ御勘弁(ごかんべん)なくて叶(かな)ハぬ処(ところ)よく〳〵夜中(やちう)の趣(おもむき)ハ九次(くじ) 郎様(らうさま)より御聞(おきヽ)なされと言(い)ハれて甞(なめる)ハ嘲笑(あざわら)ひいや舌長(したなが)き申しぶん 假令(たとへ)させ子(こ)が未通女(おぼこ)にもせよ色直(いろなほ)しの床入(とこいり)に男(をとこ)が肌(はだ)をふらずして 何(なに)とて承知(しやうち)をなすべきや九次郎(くじらう)どのどうでござつたさぞ餅肌(もちはだ)で甘(うま) かつたらうの其方(そなた)ハ誠(まこと)の外(ほか)仕合(しあハせ)もの此甞(このなめる)ハ今(いま)の夢(ゆめ)に漸(やう〳〵)させ子(こ)を 抱(だい)て寐(ね)ていやがる処(ところ)を無理(むり)やりに大骨折(おほぼねをり?)で本望(ほんもう)を遂(とげ)たと思(おも)ふハ 夢(ゆめ)なれバ覚(さめ)て悔(くや)しいお身等(ミら)が㒵(かほ)ほんにぶつたり叩(たヽ)【扌卩】かれたりと いふめに逢(あつ)た此甞(このなめる)悔(くや)し涙(なミだ)が此通(このとほ)りと蚕豆程(そらまめほど)の泪(なミだ)をこぼせバ九次郎(くじらう) 近(ちか)くすり寄(よつ)て《割書:九》〽我兄(あにき)【𠨂兄】が腹立(はらたち)尤(もつとも)ながら実(じつ)に昨夜(さくや)ハ両親(ふたおや)への心休(こヽろやす)めに床(とこ)へ ハ入(い)れど決(けつ)して一義(いちぎ)ハいふまでなし毛一本(けいつぽん)だに引張(ひつぱら)ぬ此九次郎(このくじらう)が義心(ぎしん) 鉄石(てつせき)そのせつなさを推察(すいさつ)あれと皆(ミな)まで言(い)ハせず首(くび)うちふり涙(なミだ) 拭(ふき)つヽうるミこゑ【声】《割書:甞》〽是(これ)こなさんもいひ加減(かげん)に人(ひと)を安房(あほう)にするがいヽ                      てしま十八 枕(まくら)が物(もの)を言(い)ハぬで仕合(しあハせ)毛(け)の一本(いつほん)も引張(ひつはら)ぬとこりやおもしろい 其(その)證拠(しようこ)をどうして見(ミ)せる無證拠(むしようこ)な言(い)ひ分(わけ)ハ闇(くら)いぞ〳〵それ とも證拠(しようこ)が有(あ)らバ見(ミ)せよと伸引(のつひき)ならず詰寄(つめよせ)られ側(そバ)にハ手(て)に汗(あせ) 握(にぎ)る助兵衛(すけべゑ)九次郎(くじらう)ハ甞(なめる)をせかせいざ此時(このとき)と其證拠(そのしようこ)ハ斯(かく)の如(ごと) しとまくつて見(ミ)せる大男根(おほまら)厂(かり)の処(とこ)より鈴口(すヾぐち)を二ッに分(わか)れて畨(つが) ひの鳩(はと)の画(ゑ)これ御覧(ごらん)ぜよかヽることも有(あら)んと思(おも)ひて昨日(きのふ)出懸(でがけ)に 写(うつ)し置(おき)たる床(とこ)の間(ま)の探幽斉(たんゆうさい)が鳩(はと)の一軸(いちじく)《割書:甞》〽何(なに)探幽(たんいう)が鳩(はと)の 画(ゑ)を其処(そこ)に書(かい)たが證拠(しようこ)とハまだ受難(うけがた)いさんざつぱら夕辺(ゆふべ)ハ させ子(こ)を犯(とぼ)して跡(あと)で今朝(けさ)帰(かへ)りがけ書(かい)て来(き)たとて其手(そのて)を 喰(くら)ふ甞(なめる)ならず《割書:九》〽こりや御疑(おうたが)ひの深過(ふかすぎ)るあの探幽(たんいう)の鳩(はと)の画(ゑ)が 手本(てほん)無(なく)して書(かヽ)るべきか昨日(きのふ)出懸(でがけ)に書(かい)たる證拠(しようこ)ハ筆意(ひつい)を能(よく)〻(〳〵) 御覧(ごらん)あれと言(い)ハれて甞(なめる)ハ虫眼鏡(むしめがね)に是(これ)を写(うつ)して見(ミ)る処(ところ)が 実(じつ)に其場(そのば)によく〳〵見(ミ)て写(うつ)し取(とり)たる證拠(しようこ)とすべき筆意(ひつい)墨(すミ) 継(つぎ)寸分違(すんぶんたが)ハず成程(なるほど)感心(かんしん)九次郎(くじらう)どの是(これ)にて疑(うたが)ひすつ ぱり晴(はれ)た然(され)バ是(これ)より計策(けいざく)のすつぱり行(ゆき)し祝(いハ)ひ酒(ざけ)とそこ〳〵 床(とこ)を畳(たヽ)ませて手早(てばや)く手洗(てあら)ひ口(くち)そヽぎ朝(あさ)より酒宴(しゆえん)を催(もようセ)バ                        てしま十九 助兵衛(すけべゑ)九次郎(くじらう)漸(やう)〻(〳〵)と言(い)ひ分(わけ)立(たち)て大悦(おほよろこ)び供(とも)に其座(そのざ)に連(つら) なりて終日(ひめもす)【ひね?もす】座(ざ)𪥌(けう)【=興】を添(そへ)たりけり是(これ)より助兵衛(すけべゑ)が仲人(なかうど)にて させ子(こ)が方(かた)にハ衣類(いるい)諸道具(しよどうぐ)僉(ミな)〻(〳〵)新規(しんき)に鎌倉(かまくら)へ注文(ちうもん)成(な) して拵(こし)らへれバせきにせけども急(きう)にハ出来(でき)ず彼是(かれこれ)日数(ひかず) 六十日も空(むな)しく春(はる)の立過(たちすぎ)て待(また)るヽ甞(なめる)が男根(へのこ)の淋病(りんびやう)斯(かく) てハさせ子(こ)が支度(したく)出来(でき)ても床入(とこいり)叶(かな)ハぬ事(こと)なりとあせりて 医療(いりやう)を尽(つく)すといへども夏(なつ)ハ殊更(ことさら)此病(このやまひ)薬(くすり)の利目(きヽめ)遅(おそ)くして 終(つひ)に仲人(なかうど)助兵衛(すけべゑ)をもて病気(びやうき)ゆゑ全快(ぜんくわい)までまづ輿入(こしいり)を延(のハ) じ遣(や)り猶又(なほまた)竒薬(きやく)を尋(たづぬ)る時(とき)九次郎(くじらう)ハ本町(ほんちやう)河岸(がし)なる獅子(しヽ)の 看板(かんばん)といふ薬(くすり)を聞出(きヽいだ)して是(これ)を咄(はな)すに甞(なめる)大(おほい)によろこびつ 早速(さつそく)九次郎(くじらう)を買(かひ)に遣(や)りけりこヽに又(また)させ子(こ)が方(かた)にハ早(はや)諸(しよ) 道具(どうぐ)の整(とヽの)ひていざといふ時(とき)甞(なめる)が病氣(びやうき)に日延(ひのべ)となれバさせ子(こ) ハ勿論(もちろん)両親(ふたおや)までも氣(き)を揉(もミ)て何卒(なにとぞ)病氣(びやうき)速(すミやか)に全快(ぜんくわい)させん と神仏(かミほとけ)を祈(いの)るに付(つき)て氏神(うじがミ)へさせ子(こ)も日参(につさん)初(はじ)めけるが或街(あるちまた)にて九(く) 次郎(じらう)に計(はか)らず出逢(であ)ふ不審(いぶか)しさせ子(こ)ハ下女(げぢよ)に言(い)ひ付(つけ)て《割書:下女杉》〽貴(あ) 殿(なた)ハ甞(なめる)さまじやァございませんか病氣(びやうき)といふて婚礼(こんれい)を延(のバ)して置(おい)て外出(ほかで)歩行(あるき)                          てしま二十 お嬢(ぢやう)さまがお否(いや)になり外(ほか)に倍花(ますはな)出来(でき)ませしやと年増(としま)のいちごん と胸(むね)つけどもまさか途中(とちう)で咄(はな)しも出来(でき)ず是(これ)にハ子細(しさい)の有(ある)ことなれバ 此方(こなた)へ来(こ)よと或酒店(あるちやヽ)の奥(おく)まりたる二階(にかい)へ連行(つれゆ)き何(なに)か酒肴(しゆかう)の注文(ちうもん) なし《割書:九》〽まア〳〵一盃(いつぱい)呑(のミ)なせへ女中(ぢよちう)もおかしく思(おも)ふだらうがこれにハ いろ〳〵訳(わけ)あること私(わた)しもむねがどき〳〵して言(い)つたが冝(よ)かろかいふ まいかと実(じつ)にからだが震(ふる)へるやうだよ《割書:杉》〽なに貴君(あなた)一旦(いつたん)御祝言(ごしうげん)を遊(あそ) バした金粕(きんぱく)【金箔?】の付(つい)た御新造様(ごしんぞうさま)の此御嬢様(このおぢやうさま)お陰(かく)し遊(あそ)バす事(こと)ハございませんじ ゃァございませんか倘(もし)正実(ほんとう)を被仰(おつしやら)ないと旦那様(だんなさま)へいつ付(つけ)て【言っつけて?】助兵衛(すけべゑ)どんを 呼付(よびつけ)て《割書:九》〽是(これ)さそれじやァ大変(たいへん)だ実(じつ)の事(こと)を咄(はな)すがの実(じつ)ハ私(わた)しハ九次郎(くじらう)と 言(い)つて甞(なめる)が家(うち)の食客(いそうろふ)さ此間(こないだ)ハ聟(むこ)になる甞(なめる)がほんの首替(くびがハ)りに往(いつ)た処(ところ)が 婚礼(こんれい)まで為(し)て往(ゆ)けと言(い)ハれたのハ嬉(うれ)【女㐂】しいけれど此事(このこと)が甞(なめる)へ知(し)れてハ飯(めし) の喰上(くひあ)ゲとハ思(おも)へどもおさせさんが此美(このうつ)くしい顔(かほ)を見(ミ)ちやァ跡(あと)も先(さき)も勘弁無(かんべんな) しに遣(や)りハ遣(やつ)たが其跡(そのあと)の軍策(ぐんさく)をバどう為(し)やうと考(かんが)へ最中(さいちう)甞(なめる)が病気(びやうき) 今日(けふ)ハ薬(くすり)を買(かつ)て来(こ)いと言(い)ひ付(つけ)られて出(で)た途中(とちう)お前方(まへがた)に出(で)つくハして 実(じつ)に面目(めんぼく)ない訳(わけ)サ《割書:杉》〽何(なに)貴君(あなた)斯(か)う成(なつ)ちやァ構(かま)ふことが有(あり)ますものかねへお嬢(ぢやう) さまとおさせ【お杉?】が膝(ひざ)一寸(ちよつと)衝突小須(つヽつきてうづ)【?】に往(いつ)て参(まい)りますよと衝(つヽ)とたち外(はづ)す                        てしま二十一 後(うし)ろを見送(ミおく)る九次郎(くじらう)おさせが側(そバ)へそつとより《割書:九》〽コウおさせさん私(わた)しが 彼処(あすこ)を出(で)る時(とき)ハ実(じつ)に天竺浪人(てんぢくらうにん)【逐電浪人。やどなし】だが左様成(さうなつ)ちやァお前(まへ)の内(うち)の老翁(おとつさん)や 義母(おつかさん)が私(わた)しを聟(むこ)にやァよもや為(し)めへ《割書:させ|子》〽もし左様成(さうなつ)たらお前(まへ)さんに連(つれ) られて何処(どこ)へでも迯(にげ)てお貰(もら)ひァますハ《割書:九》〽実(じつ)にそんなら嬉(うれ)【女㐂】しいよト言(い)ひ つヽ横(よこ)に押(おし)こかせバ《割書:させ》〽お杉(すぎ)が来(く)るといけませんよ《割書:九》〽何来(なにく)るとことァねへのだョ まァじつとしてお居(いで)なせへとぐつとまくつて割込(わりこめ)バ恥(はづ)かしさうに袖(そで)で 顔(かほ)かくしながらも早(はや)く為(し)てと言(い)ハぬ計(ばか)りの面持(おもゝち)ハ玉門(ぼヽ)の縁(ふち)から実頭(さねがしら)の しこりに言(い)ハずと知(し)られたり九次郎(くじらう)ハ早(はや)たまらずつばきたつぷり ぬり付(つけ)てぐヴ〳〵ぐッと三(ミ)こづきに根(ね)まで押込(おしこ)ミしつかり抱(だき)つき 《割書:九》〽どうだね先日(いつか)の晩(ばん)よりハ又冝(またい)ひ心持(こゝろもち)に成(なつ)たらうねといひつヽ 腰(こし)をそろ〳〵遣(つか)ふ其心地(そのこヽち)よさ得(え)も言(い)ハれずおさせハよがりの よまいごと《割書:さ》〽あァれェもヲいィよヲいイよヲ《割書:此所なミごしにつかふ|うちのよまいごとなり》そソヽれェヽ いィヽくゥヽゑェヽもヲヽ《割書:このところはやごしにつかふところの|よまいごとそのいきあいにてよミ玉へ》斯(かく)る所(ところ)へ下女(げぢよ)のお杉(すぎ) にお嬢(ぢやう)さま〳〵と言(い)ハれて覚(さむ)る夜半(よは)の夢(ゆめ)【𦴋】《割書:させ》〽ヲヤ九次郎(くじらう)さんハ何(と) 処(こ)へお往(いで)だへ《割書:杉》〽そんな名(な)の御方(おかた)ハぞんじませんよ《割書:させ》〽ヲヤどうしやうねへ 露(つゆ)の出(で)じま  終                           てしま二十二