正写 あひ  おひ  源氏     上之巻 正写相生源氏  上 往昔(むかし)の源氏(げんじ)は五十 四帖(よでふ)。今(いま)この 源氏(げんじ)は十 余帖(よでふ)。三本(さんぼん)ならで猿(さる)の 毛(け)岩。足(た)らぬ趣向(しゆかう)もつれ〴〵を。 慰(なぐさ)むばかりの空(あざ)ものがたり。 婀娜(あだ)な処女(あね)さん小意気(こいき)な 年増(としま)。いづれも劣(おと)らぬ情(なさけ)の海(うみ)の。深(ふか)き縁(えにし)を うつし画(ゑ)に。ゑがけばこれも世態(せいたい)の。生写(しやううつし)とや 相生(おいおひ)源氏(げんじ)の敘(ぢよ) 往昔(むかし)の源氏(げんじ)は五十 四帖(よでふ)。今(いま)この 源氏(げんじ)は十 余帖(よでふ)。三本(さんぼん)ならで猿(さる)の 毛(け)岩。足(た)らぬ趣向(しゆかう)もつれ〴〵を。 慰(なぐさ)むばかりの空(あざ)ものがたり。 婀娜(あだ)な処女(あね)さん小意気(こいき)な 年増(としま)。いづれも劣(おと)らぬ情(なさけ)の海(うみ)の。深(ふか)き縁(えにし)を うつし画(ゑ)に。ゑがけばこれも世態(せいたい)の。生写(しやううつし)とや いふべからむ。五条(ごでう) あたりの夕顔(ゆふがほ)の。宿(やど)は浅香(あさか)が 住居(すまゐ)にとりなし。明石(あかし)の かたの婚礼(こんれい)は。 葵(あふひ)の上(うへ)の趣(おもむき)を擬(ぎ)し。 その継母(まゝはゝ)なる 隅田(すだ)の前(まへ)は。竊(ひそか)に 藤壷(ふぢつぼ)の更衣(かうい)を模(ぎ)す。 女三(によさん)の宮(みや)の飼猫(かひねこ)は ねう〳〵と啼(ない)て 妻(つま)を乞(こ)ひ。いぬきが雀(すゞめ)に あらねども。篭(かご)の鳥(とり)なる娼妓(おゐらん)浜荻(はまをぎ)。 いまだ口(くち)さへ開(ひら)かねば。にげたる噂(うはさ)も 聞(きゝ)およばず。これ等(ら)は後(のち)の話(はなし)物 して。まつ序(ぢよ)びらきを       なすにしこそ                         口ノ二                             口ノ三 もゝよ 〽御ぜんさまわたくしは   こんばんでちやうど十五日ぶりで    おめしになりましたから      どうぞそれだけ          あそばして            くださいまし みつ 〽十五ばんはおろか       いくばんでも    こしのつゞくたけ        やらせてとらさう      まづ〳〵かうゆつくりとして            たのしまうでは                 ないか                           上ノ一                          上ノ二 片貝 〽こよひのやうにいゝついたしても〳〵   そのたんびによいと思ふ事はございません    まことにがつかりといたしてきがとほく      なりましたツけいまだにまだ       からだぢうがひよろ〳〵いたすやうで         ございますどういたしたので                ございませう みつ 〽こよひはおれもひさしぶりで   手まへをだひてねるのだからかくべつに    せいをいれたゆへそれでよかつたのだらう   そのせへかおれもだいぶつかれておきかへるも     たいぎじやしかしいゝつしたらう五ツぐらゐまでは      おぼえてゐたかそれからはむちうであつた      みつ 〽なるほど    てまへは  ほかのもの   からみると  よつほど   させかたが   じやうずじや  そのうへこの   あぢのよい事は  どうしたものか   ほかのものも    ずゐぶん   ほねををる    やうすじやが   なか〳〵こうは       ゆかぬ  なかの   やうすでも  ちがつて    をるか  こよひは   とくと  あらた   めて  み やう  と それで あかりを つけたのじや ハテかうみた所では   さつぱりわからぬアゝこの  しまりのよい事ソレ〳〵また   おれもいきさうじやはへ いくせ 〽アゝいくモウ  どうもこんなによくツては                              上ノ三  いのちもこんもつゞきません   どうしてこうよくなります            だらう    またソレいきますヨ          フウ〳〵〳〵〳〵〳〵            スウ〳〵〳〵〳〵〳〵 あさか 〽ばか〳〵しいわが子の   わられるのをわざ〳〵たちぎゝを    するでもないがどうもきになつて                ならない  ヲヤ〳〵どうかこうかできた    さうで道たるさんのはないきの    あらい事まアけしからねへアゝしかし      これをきいたらおつな        きになつてきたヨ                             上ノ四 道たる 〽なぜそんなに   むねをどき〳〵と  させるのだなんにも   こわい事はないはな  よくきをおちつけて  ソレおれがのを     にぎつてみな    こんなになつてゐるヨ  これをいれてみなせへ   どんなにいゝこゝろもち         だらう   それだからおめへ    せけんでしぬの     いきるのとさはぐも      みんないゝからの            事だ おとせ 〽なんだかしらないが    かほばかりあつくツて   そしてからだが    ふるへてなりません     これでも      よいのかねへ 夕やみは是  はとくし   月のはて かへすわか     きこ  そのまにも      みむ 正写相生源氏上之巻                 東都 女好菴主人著     第一 北嵯峨(きたさが)のまき こゝに何(いづ)れの御 時(とき)にや。花洛北嵯峨(みやこきたさが)の片(かた)ほとり。表(おもて)に冠木(かぶき)の門(もん)を構(かま)え。庭(には)に 築山(つきやま)遣水(やりみづ)なんど。いと床(ゆか)しくもすみ做(な)したる。その家(や)の主人(あるし)は年(とし)の頃(ころ)。四十(よそぢ)ばかりの 寡婦(やもめ)にて。只(たゝ)一個(ひとり)の女児(むすめ)をもてり。いかなる筋目(すじめ)の人なりや。絶(たえ)て男(おとこ)といふものなけ れど。四時(ゑいし)の衣裳(いしやう)朝夕(あさゆふ)の暮(くら)しにさへも縡(こと)かゝす。婢女(はしため)二三人と六十(むそぢ)ばかりの。老爺(おやち)一人(ひとり) をめしつかひて。豊(ゆたか)ならねど貧(まづ)しくは。あらぬさまに世(よ)を送(おく)る。ころは如月(きさらぎ)の中旬(なかつかた)。野末(のずゑ) に春(はる)をしらせつる梅(うめ)の白(しろ)きははや萎(すが)れて。紅(くれなゐ)のみぞ盛(さかり)なる庭(には)に飛(とび)かふ小雀(こすゞめ)も 世間(せけん)しらずか母鳥(はゝとり)を。したふて翎(はがい)ふくらしつ。倶(とも)に餌(ゑ)ひろふしほらしさ。女児(むすめ)音勢(おとせ)は椽(えん) 端(はな)に。みて居(ゐ)たりしが後(うしろ)をむき《割書:おとせ|》〽アレ慈母(おつかあ)さん。御覧(ごらん)なさい。あれは大方(おほかた)昨日(きのふ)か一昨日(おとゝひ) 巣立(すだち)をいたしたのでございませうね。誠(まこと)にかあいらしいしやうございませんかトいふに母親(はゝおや) 浅香(あさか)はうなづき〽ほんにノウ鳥翔(とりつばさ)でさへあの様(やう)に。子(こ)を慈(いと)しがるは自然(しぜん)の情(じやう)。却(かへつ)て人(にん) 間(げん)はあれほどの。情がないと思ふか知らぬが。お前(まへ)の祖父(おぢい)さんは花華好(はでずき)で。常(つね)に立派(りつば)な 物(もの)好(この)み。辞世(なくなら)れた跡(あと)へ残(のこ)るは。この家屋敷(いへやしき)と借銭(しやくせん)ばかり。夫(それ)も他(ほか)なりや宜(よけ)けれども 荘官どのへ質に入れた。田地の元金三百両これは代々この家に伝(つた)はつた家督(かとく)田(でん) 地(ぢ)。手放(てはな)しては御先祖へ済ぬといふてゞ有たけれと。何をいふにも大金で。請戻(うけもど)す手(しゆ) 段(だん)もないうち。知つての通りお年のうへ。斯成(かうなつ)てみれは私の役目。何卒して取戻したら 草(くさ)葉の蔭て。祖父さまが。さぞお歓(よろこ)びなさらうと思つても男(おとこ)の手(て)でさへ。及はぬお金を 女(をんな)の身(み)で届か。ぬ事と明らめても朝(あさ)に晩(はん)に気にかゝり。神仏へも無理(むり)な願(ねがひ)。かけた お蔭か此間おまへにも噺(はな)した。通(とほ)り。室町(むろまち)さまがお前の噂(うはさ)を何処(どこ)から歟(か)お聞(きゝ)遊(あそ)ばし 是非〳〵あげろその代り。御 金(かね)は望(のぞ)み次第(しだい)に遣(やら)うと。順菴(しゆんあん)さんの。御取次(おとりつき)ヤレ嬉しや その金で。田地(でんぢ)は直(すぐ)に手元へ返る。とは思つてもおまへはまだやう〳〵取(とつ)て十四の 女児(むすめ)。十三年のその間。丹誠(たんせい)したも可愛(かあい)さと。また末(すゑ)始終(ししう)楽(たの)しみにもと。思(おも)つた                                    相生之壱 ものを御殿(ごてん)へあげ。室(むろ)町さまのお寝(ね)間のお伽(とぎ)。有(あり)がたいには違(ちがひ)もないが。花見遊山(はなみゆさん) も好(すき)にはならず。結構(けつかう)なものを給(た)べ美(うつく)しい衣裳(きもの)着(き)て。みかけ斗(ばか)りは羨(うらやま)しくても。 身(み)は侭(まゝ)ならぬ籠(かご)の鳥(とり)。傾城(けいせい)より少(すこ)し倍(ま)す。宮仕(みやづか)えも傍輩(はうはい)の。嫉(ねた)み媢(そね)みで苦労(くらう) も多(おほ)く。夫(それ)より結句(けつく)牛(うし)は牛(うし)。馬(うま)は馬(うま)つれ気(きは)は軽(かる)く。慈母(おふくろ)おいでか能天気(よいてんき)。けふは 初寅(はつとら)鞍馬(くらま)へ往(ゆか)う。支度(したく)しやれと無造作(むざうさ)の。暮(くら)しは実(じつ)の楽(たの)しみと。思(おも)へば いつそ御 断(ことは)りを。立(たて)やうかとは思(おも)ひながら。左様(さう)してみれば。お金(かね)が出来(でき)ず。 二ツよい事サテないものよ。と小唄(こうた)に謡(うた)ふも違(ちが)ひなしまア〳〵お前(まへ)の心(こゝろ)をも聞(きい)たうへでと 相談(さうだん)したら。わたしの安堵(あんど)家(いへ)の為(ため)。何(なん)の少(すこ)しも厭(いと)ひませう。親(おや)の為(ため)なら傾城(けいせい)に。沽(うら)れる 女児(むすめ)も沢山(たんと)ある。夫(それ)からみればお月(つき)さまと。泥亀(すつぽん)ほどな違(ちが)ひやう。人が聞(きい)たら果報(くわはう)や けて。死(し)なねばよいと申ませう。何卒(どうぞ)左様(さう)して祖父(おぢい)さんの。それほど苦労(くらう)になされ た田地(でんぢ)。とり戻(もど)して下(くだ)されば。お前(まへ)も一生(いつしやう)楽(らく)になる。三方(さんばう)四方(しはう)これほどな。冥加(めうが)に余(あま)つた 事(こと)はない。と器用(きよう)に挨拶(あいさつ)した故(ゆゑ)にその通(とほ)りを順庵(じゆんあん)さんへ申た所(ところ)夫(それ)ならば近々(ちか〳〵)のうち 御沙汰(ごさた)があらう。といはれたもモウ五六日。大方(おほかた)間(ま)もあるまいほどに。往(いき)たい 処(とこ)でも有(ある)ならば。今日(けふ)にも往(いつ)たがよいぞやト。実(げ)に児(こ)をおもふ親心(おやごゝろ)は。また格別(かくべつ) としられたり。折(おり)から来(きた)るはこの地(ち)の豪富(かねもち)。弓削道足(ゆげみちたる)といふものにて。この年(とし)は五十(ごじう) 可(ばかり)。されど気軽(きがる)で年(とし)よりは。若(わか)くみゆるが。日頃(ひごろ)の自慢(じまん)。この頃(ころ)流行(はやる)点取(てんとり)発句(ほつく)。浅(あさ) 香(か)も音勢(おとせ)もいひならひ。何処(どこ)の奉燈(はうとう)よしこの奉額(はうがく)。月次(つきなみ)運座(うんざ)衆議判(しやうぎはん)。萬者(はんじや) 披露(びろう)の初会(はつくわい)のと。持(もち)こまれては否(いや)ともいはれす。かの道足(みちたる)はこの道(みち)に古(ふる)く染(そま)りて巧者(かうしや) なり。女(をんな)に勝(かち)をとらせんと。折(をり)〳〵代句(だいく)もしてやるにぞ。音勢(おとせ)は叔(をぢ)さん〳〵と。隔(へだて)あらねば 道足(みちたる)もいと憎(にく)からず往(ゆき)かよひ。遊(あそ)ぶにはよき女子(をなご)の世帯(せたい)。誰(たれ)に遠慮(ゑんりよ)も内蔵(ないしやう)の ことまで裏(うら)なく語(かた)りあふ。中(なか)らひなれば其処(そこ)へきて《割書:道|》〽何(なん)だ慈母(おふくろ)大分(でへぶ)真面目(まじめ)で 何(なに)かいふの《割書:浅|》〽ナアニ此(この)間(あひだ)お前様(まへさん)にもお噺(はな)した事サ《割書:道|》〽ムゝ音勢(おとせ)ばうの事(こと)か。ムゝ〳〵 彼(あれ)は至極(しごく)あの子(こ)の了簡(れうけん)がいゝコウ〳〵音勢(おとせ)ばう。室町(むろまち)さまは誠(まこと)に美男(いゝをとこ)でそ して女(をんな)をは滅法(めつほふ)可愛(かあい)がらツしやるといふ噂(うわさ)だ。お前(めへ)は僥倖(しあはせ)だ。此様(こん)なあどけねへ                                   上ノ二      のはまた一倍(いちばい)。可愛(かうい)がつて甞(なめ)たり乾(かは)かしたりさつしやるだらう。折角(せつかく)むつちりとした頬(ほう)ぺたを甞(なめ)な くされねへやうに気(き)をつけなヨ《割書:おとせ|》〽アレ否(いや)な叔(をぢ)さんだ。私(わたい)は其様(そん)なことはしらないヨ《割書:道|》〽お前(めへ)が知(し)らなくツ ても。先(さき)で教(おし)えて下(くだ)さらア。何(なん)ならマア其(その)めへに。自己(おれ)が教(をし)えてやらうか《割書:おと|》〽ホゝゝいやだノウトまだ 男(おとこ)にはあふみ路(ぢ)や。心(こゝろ)かたゝ歟(か)石山(いしやま)女児(むすめ)瀬田(せた)の夕照(せきせう)ほんのりと。面赧(かほあか)くして駈(かけ)てゆく《割書:浅|》〽どう もまだ彼通(あのとほ)りでございますから。今回(こんど)御殿(ごてん)へあげても。何様(どう)だらうかと。案(あん)じられますのサ 他(ほか)の子供(こども)をみるのに。モウ十四にもなれば些(ちつ)とは美心(いやらし)みが付(つく)ものでございますが。何故(なぜ)彼様(あんな)で こざいませう。その僻(くせ)まんざらな。馬鹿(ばか)でもないかと思(おも)ひひますが《割書:道|》〽夫(それ)ぢやアお前(めへ)が十四ぐらゐ のときは。余(よつ)ほど晒落(しやれ)て巧者(こうしや)に遣(やつ)たとみへるね《割書:浅|》〽何故(なぜ)エ《割書:道|》〽夫(それ)だツて十人並(しふにんなみ)マア。あのくらゐなものサ 今(いま)ツから。色気(いろけ)が沢山(たつふり)あつてみねへ。大変(たいへん)だ。しかしノウ。浅香(あさか)さん小帒(こぶくろ)と小女児(こむすめ)にやあア。 油断(ゆだん)がならねへといふ譬(たとへ)の通(とを)り。色気(いろけ)が出(で)めへが。體(からだ)が少(ちひ)さからうが。初花(はつばな)せへ咲(さ)きやア。随(ずゐ) 分(ぶん)間(ま)にあふと言事(いふこと)だせ《割書:浅|》〽勿論(もちろん)夫(それ)にしちやア些早(ちつとはや)い方(はう)かして。コウト去年(きよねん)の霜月(しもつき) あたりから。體(からだ)も汚(よご)れましたがね。何(なん)だか一向(いつかう)な孩児(ねゝ)さんで困(こま)りますヨ《割書:道|》〽何(なん)だか人の噂(うはさ)にやア。 室町(むろまち)さまは大(だい)の腎張(じんばり)で。得手(えて)ものも大(おほ)きいといふ噺(はな)しだ《割書:浅|》〽また馬鹿(ばか)をお言(いひ)なさるヨ 《割書:道|》〽なに〳〵そりやア正真(ほんとう)だ。しかし其様(そんな)な大物(たいぶつ)で。無二無三(むにむざん)に突(つき)かけられちやアト眉(まゆ)の間(あいだ)に 皺(しは)をよせ。案(あん)じる面持(おもゝち)こなたにも。たゞ案(あん)じるは其処(そこ)ばかり。霎時(しばし)兎角(とかう)の詞(ことば)もなく。しばらく 有(あつ)て声(こゑ)をひそめ《割書:浅|》〽お心易(こゝろやす)いから申ますが。実(じつ)は夫(それ)を案(あんじ)ますのさ。万一(ひよつと)して怪我(けが)でもして御(ご) 覧(らん)なさい。宜恥(いゝはぢ)ツかきでございますから《割書:道|》〽そこもあれば蓋(ふた)もありだか。ナニ〳〵まさか其様(そん)な 事もあるめへ。しかし浅香(あさか)さん。娼妓坊(ぢようろや)なんぞをみるのに。體(からだ)が大(おほ)きけりやア。十三でも十四で も。モウ鄽(みせ)へ出(だ)して客(きやく)をとらせるが。左様(さう)いふのは其処(そこ)の宅(うち)へ出入(でいり)の人(ひと)か。または他(ほか)の娼妓(ぢようろ)へ久(ひさし)く 馴染(なじん)で来(く)る客人(きやくじん)が。いづれ四十 以上(いじやう)の人に梳攏(みづあげ)をして貰(もら)ツて。夫(それ)から出(だ)しやす。左様(さう)せへす りやア。何様(どん)な強蔵(つよざう)に出会(であつ)ても。間違(まちがひ)ねへが。左様(さう)でねへと。悪(わる)くすると。怪我(けが)をして 困(こま)るといふ事だ《割書:浅|》〽ヲヤ〳〵左様(さう)かねへ。何故(なぜ)また四十以上の人(ひと)に。恃(たの)みますねへ《割書:道|》〽ハテサ若(わけ)エものは いざ戦場(せんじやう)と言(いつ)てみねへ。松(まつ)の根(ね)ツ子(こ)か。山椒(さんしやう)の擂子木(すりこぎ)のやうにして。突立(つきたて)るから溜(たま)らねへ。処(ところ)が 四十以上のものは。たとへ勃起(おこつ)ても何処(どこ)か和(やは)らかで。ふうわりとするだらう。其(その)うへお前(めへ)場(ば)かず                                    上ノ三 巧者(かうしや)で。なか〳〵雛妓(しんぞ)を痛(いた)めるやうなことはしねへサ《割書:浅|》〽フム左様(さう)かねへ《割書:道|》〽マアお前(めへ)なんざア何(いく) 歳(つ)のとき。何様(どん)な人に割(わら)れたか。大概(たいげへ)覚(おぼ)えがあらう。考(かんがへ)てみねへナ《割書:浅|》〽ホゝゝゝモウ久(ひさ)しい事(こつ)たから 其様(そん)な事は忘(わす)れ切(きつ)たのサ《割書:道|》〽イヤ〳〵そりやア嘘(うそ)だ初(はじ)めて割(わつ)て貰(もら)ツた人は死(しぬ)まで決(けつ)して 忘(わす)れるものぢやアねへとヨ。そりやア男(おとこ)でせへ左様(さう)だノ。夫(それ)からざらに成(なつ)ちやア一々(いち〳〵)覚(おぼ)えてノも ゐねへけれど《割書:浅|》〽お前(まへ)なんざア猶(なほ)の事さね《割書:道|》〽何故(なぜ)〳〵こりや一ばんきゝ所(どこ)だ。竟(つひ)にさせた 事もなくツて《割書:浅|》〽またお前(まへ)此様(こんな)な老婆(ばゝあ)がどうなるものかね《割書:道|》〽イヤまだ〳〵左様(さう)まんざら 捨(すて)たもんぢやアねへ。《割書:浅|》〽拾(ひろ)ひもされまいねホゝゝゝ《割書:道|》〽マア雑談(じやうだん)は串戯(じやうだん)。音勢(おとせ)ばうの事が正真(ほんとう)に 気(き)になるか《割書:浅|》〽それが実(じつ)に苦労(くらう)サ《割書:道|》〽夫(そん)なら自己(おれ)が。梳攏(みづあげ)をしてやらうじやアねへか。左様(さう)すれ ば大丈夫(だいじやうぶ)だ。エゝそれぢやア悪(わり)いか《割書:浅|》〽左様(さう)さねト考(かんが)へる《割書:道|》〽何(なに)も自己(おれ)が彼様(あん)な手(て)も足(あし)もねへ お玉杓子(たまじやくし)をみるやうなものを。是非(ぜひ)抱(だい)て寝(ね)てへといふのじやアねへが。左様(さう)して出(だ)せは大丈夫(だいじやうぶ)で おめへが安心(あんしん)にもならうかと思(おも)ふのだ。其処(そこ)でノ浅香(あさか)さん斯(かう)しやう。是(これ)からお前方(めへがた)は 立派(りつぱ)な身(み)のうへに成(なつ)て。銭(ぜに)も金(かね)も入(いる)めへけれど。既(すで)に娼妓(ぢようろ)の梳攏(みづあげ)でせへ。夫々(それ〳〵)の祝義(しうぎ)を してやるわけ。深窻(しんそう)に養(やしな)はれて。手(て)いらずをする訳(わけ)だから。自己(おれ)が小袖(こそで)一襲(ひとかさね)祝義(しうぎ)として。 金(かね)を十両はづみやせう。ハゝゝゝしかし一晩(ひとばん)で十両あんまり安直(あんちよく)でもねへノハゝゝゝ《割書:浅|》〽ナニそりやアマア何様(どう)でもよ いが。彼児(あのこ)が承知(しやうち)すれば宜(いゝ)がトはや十両の祝義(しうぎ)と聞(きい)てどうせ他人(たにん)に預(あづ)ける女児(むすめ)。とれば取得(とりどく)とい ふ気(き)になる《割書:道|》〽其処(そこ)はお前(めへ)からよく左様(さう)言聞(いひきか)して。何(なん)でも御殿(ごてん)へ出(で)るにやア。左様(さう) して往(いか)ねへと悪(わり)いからと言(いつ)てみねへ仔細(しせへ)はねへはナ《割書:浅|》〽夫(そん)なら左様(さう)言(いひ)ますから。晩(ばん)に 来(き)てみてお呉(くん)なさいナ《割書:道|》〽ムゝよし〳〵晩(ばん)に来(き)やせう      第二 初寝(はつね)のまき 浅香(あさか)は音勢(おとせ)を言諭(いひさと)し。何様(なん)でも左様(さう)せにやならぬといふから。音勢(おとせ)もそのみ否(いなみ) もせずその夜(よ)になれは道足(みちたる)は。まづ酒肴(さけさかな)など齎(もたら)して。母子(おやこ)に振舞(ふるまひ)時分(しぶん)はよしと。 予(かね)て設(まう)けの閨(ねや)へ入(い)る。浅香(あさか)は音勢(おとせ)が手(て)を把(とつ)て《割書:浅|》〽サア往(いき)な。そして叔(をぢ)さんか何様(どう)せう と。自由(じゆう)になつて居(ゐ)るのだヨ。これ〳〵この紙(かみ)を持(もつ)ていきナ《割書:おとせ|》〽なんだか私(わたい)は怖(こわ)いやうだ ねへ《割書:浅|》〽ナニサ怖(こわ)いことも何(なんに)もないはナ。道足(みちたる)さんが悪(わり)いやうにはしまいから。サア往(いき)なヨト                                上ノ四 いはれて恍惚子(おぼこ)の恥(はづ)かしく。面(かほ)あからめるを屏風(びやうぶ)を引(ひき)あけ《割書:浅|》〽夫(そん)ならお恃(たの)み 申ますヨ《割書:道|》〽委細(いさい)承知(しやうち)ス。コウ音勢(おとせ)ばう。マア帯(おび)を解(とき)な左様(さう)してこゝへ這入(はいつ)て寝(ね)る のだ《割書:おとせ|》〽ホゝゝゝ可笑(をかしい)ねへ《割書:道|》〽何(なに)もをかしい事はねへ。サア今夜(こんや)はお前(まへ)と自己(おれ)と御婚礼(ごこんれい)だ しかし薬鑵(やくわん)と土器(かはらけ)の婚礼(こんれい)は。神武(じんむ)以来(このかた)あるめへハゝゝゝ《割書:おとせ|》〽何(なん)だとへ《割書:道|》〽ナニ此方(こつち)の事ヨ さア〳〵早(はや)く這入(はいん)なと。いへど了得(さすが)に入(いり)かぬるを。道足(みちたる)手(て)を取(とつ)て無理(むり)に引(ひき)こみ《割書:道|》是(これ)サ 左様(さう)堅(かた)まつて居(ゐ)ちやアいけねへすつと此方(こつち)へかう倚(よつ)て。そして足(あし)をあげて自己(おれ)が足(あし)の うへゝあげるのだ。ムゝ左様(さう)〳〵。其処(そこ)でこの枕(まくら)の下へ手(て)をずいと入(い)れナ。夫(それ)から斯(かう)しやうと いふのだト道足(みちたる)左(ひだり)の手(て)を伸(のは)し。音勢(おとせ)が内股(うちまた)へずつと入(い)れると《割書:おとせ|》〽アゝレ叔(をぢ)さんトいひながら 股(また)をすぼめる《割書:道|》〽是(これ)サそれじやア往(いけ)ねへ《割書:おとせ|》〽夫(それ)でもくすぐつたいものヲ《割書:道|》〽マア其処(そこ)を少(すこ)し 我慢(がまん)しなくツちやア。刀祢(との)さまのお気(き)にやアいらねへ。サアこゝを広(ひろ)げなヨ《割書:おとせ|》〽斯(かう)かへ 《割書:道|》〽ムゝ左様(さう)だ〳〵ト手(て)をやつてむつくりとしたる額際(ひたひぎは)。なでゝみれば二三分(にさんぶ)ばかり。 もや〳〵として指(ゆび)まはさつれど。撮(つま)むほどにはまだならぬ。薄毛(うすげ)の容子(やうす)かあいら しく夫(それ)よりだん〳〵手(て)をやれば。両渕(りやうふち)高(たか)くふつくりとしたる。中(なか)にちよんぼり 埋(うづ)み紅舌(ざね)。そのまはりには長(なが)き毛(け)の。四五 本(ほん)はえて手(て)にさはる。其(その)心地(こゝち)よさ道足(みちたる)が。 一物(いちもつ)亀頭(あたま)を持(もち)あげて。ぴん〳〵と勃起(おゑ)たてば。音勢(おとせ)が手(て)を持(もち)そえて《割書:道|》〽サアこれを 握(にぎ)つてみな《割書:おとせ|》〽ヲヤト言(いつ)たばかり直(すぐ)に放(はな)す。其(その)手(て)を押(おさ)へ《割書:道|》〽しつかり握(にぎ)つて。上(うへ)へやつ たり下(した)へやつたりしてみなヨ《割書:おとせ|》〽をかしなもんだねへ《割書:道|》〽ナニ可笑(をかし)ものかトこゝに暫(しばら)く気(き)を 移(うつ)させ。そろ〳〵撫(なで)て玉門(ぎよくもん)へ。中(なか)ゆび一本(いつほん)はめてみるに。吐婬(といん)といふは更(さら)になけれど。 ずる〳〵はいれば先(まづ)しめたりと。予(かね)て准備(ようい)の通和散(つうわさん)。唾(つは)にてときこて〳〵と。陰茎(まら) の亀頭(あたま)より雁首(かりくび)の下(した)の方(はう)までよく塗(ぬり)つけ。さてまた音勢(おとせ)が玉門(ぎよくもん)のまはりへ べた〳〵塗(ぬり)まはせば《割書:おとせ|》〽何(なん)だエ誠(まこと)に気味(きみ)が悪(わる)いねへ。私(わたい)は浄水(ちやうづ)に往(いつ)て参(まゐ)らう《割書:道|》〽ナニ 気味(きみ)の悪(わる)いことはねへ。マア浄水(ちやうづ)は跡(あと)にしねへ。サア是(これ)からかうするのだトくつと割(わり)こみ 一物(いちもつ)を。押(おし)あてがふに道足(みちたる)は。その大(おほ)むかし名(な)に高(たか)き。弓削(ゆげ)の道鏡(だうきやう)が子孫(しそん)にて。道足(みちたる) まで三十八 代(だい)遥(はるか)の裔(すゑ)でも否(いや)といはれぬ。血脈(ちすぢ)のしるし歟(か)一物(いちもつ)は。並(なみ)に超(こえ)たる大(おほ)わざ                                     上ノ五 もの。年(とし)は取(とつ)てもしやんとこい。いきり切(きつ)ては鉄火(てつくわ)の如(ごと)く。血気(けつき)壮(さかん)の若(わか)ものにも なか〳〵劣(おと)らぬ威勢(いきほひ)なれば釜(かま)の蓋(ふた)をしたるごとく入(い)れものよりも入(い)れるものが。 四方(しはう)へ余(あま)つて這入(はいる)へき気色(けしき)なければ道足(みちたる)も。少(すこ)し困(こま)つた心持(こゝろもち)。されど宝(たから)の山(やま)にいり。 手(て)をむなしくはと通和散(つうわさん)を。またこて〳〵と塗(ぬり)まはし。脇(わき)の下(した)から手(て)をさしこみ。 両方(りやうはう)の肩(かた)をしつかりおさへ。乗(のり)かゝつてちよこ〳〵〳〵と小(こ)きざみに腰(こし)をつかへば。薬(くすり) の奇特(きどく)にずる〳〵と亀頭(あたま)ばかりははいつた容子(やうす)。音勢(おとせ)はこのとき上気(じやうき)して。耳(みゝ)と 頬(ほう)とを真赤(まつか)になし。顔(かほ)をしかめて《割書:おとせ|》〽アゝレ何(なん)だかはゞつたいやうでアゝせつないト 頻(しき)りに上(うへ)へ乗(の)り出(だ)すを。道足(みちたる)肩(かた)をしめつけ〳〵《割書:道|》〽今(いま)によくなるから些(ちつと)堪(こら)えナ。其(そん) 様(な)に痛(いた)くはあるめエ《割書:おとせ|》〽アゝ痛(いた)くはないけれと。をかアしいは《割書:道|》〽ナニ今(いま)にだん〳〵 よくなるから。腰(こし)を些(ちつと)ヅゝ動(うご)かしてみなトまたちよこ〳〵と早腰(はやごし)につかひけれ ば程(ほど)もなく。かの大物(たいぶつ)は毛際(けぎは)まで。ぬら〳〵〳〵と這入(はいり)しが元来(もとより)新開(しんかい)のしまりよ く。陰茎(まら)の亀頭(あたま)を赤子(あかご)の口(くち)でくわへて引(ひつ)ぱるやうなれば。道足(みちたる)は現(うつゝ)をぬかし。音(おと) 勢(せ)が頬(ほう)や口(くち)の端(はた)をべちや〳〵と甞(なめ)まはしその可愛(かあい)き事 喩(たと)へんかたなく 一生懸命(いつしやうけんめい)にだきしめれば。音勢(おとせ)もこのとき開中(かいちう)がむづ痒(がゆ)きやうに覚(おほ)え。何(ど) 処(こ)となく気持(きもち)よければ思(おも)はず道足(みちたる)が首筋(くびすじ)を両(りやう)の手(て)でしめつけ〳〵 《割書:フウ〳〵|  ハア〳〵》息(いき)づかひ。せわしくなれば道足(みちたる)ははや少(すこ)しも堪(こら)えられず頓(やが)てドキン〳〵 ドク〳〵〳〵と樽(たる)の吞口(のみくち)抜(ぬい)たるごとく腎水(じんすゐ)子宮(こつぼ)へはぢけかけ。アゝ〳〵ムゝ〳〵と夢中(むちう)の驕(よが) り。当下(そのとき)浅香(あさか)は兎(と)やあらんと抜足(ぬきあし)をして隔紙(からかみ)の。外(そと)へ来(きた)りつ身(み)を倚(よせ)かけ。 耳(みゝ)を澄(すま)して動静(やうす)をきくに。思(おも)ひの外(ほか)に出来(でき)たやうす。道足(みちたる)がグウ〳〵スウ〳〵 嬌(よが)るを聞(きい)てあぢな気(き)になり。年(とし)は取(とつ)ても永(なが)き年月(としつき)。一義(いちぎ)強(たえ)たる陰門(いんもん)へ。たち まちびしよ〳〵湿(しめ)り気(け)出(で)て。湯具(ゆぐ)さへ濡(ぬる)るばかりなれば。何(なん)となく上気(じやうき)して。 耳(みゝ)も真赤(まつか)になるばかり。はやその内に道足(みちたる)は。紙(かみ)をとつて拭(ふ)き方を。教(おし)えなど するやうすに。はや是(これ)までと徐々(そろり〳〵)。おのれが子舎(へや)へ帰りゆく。音勢(おとせ)はかねて噺(はなし)にも きゝ。其(その)身(み)も何時(いつ)ぞ交合(して)みたいと。思(おも)ふ心(こゝろ)はありながら。たゞ枕絵(まくらゑ)でみたばかり                                   上ノ六 どふいふ物(もの)歟(か)と思(おも)つたに今宵(こよひ)始(はじめ)めて味(あぢ)をしり。なるほど悪(わる)くもないやうだが 何(なん)だかはゞツたくつて。抜(ぬい)た跡(あと)まで例(いつも)とは。どこやら違(ちが)ツた心持(こゝろもち)。それにぬる〳〵 拭(ふい)ても〳〵。跡(あと)から流(なが)れる気味(きみ)わるさ本(ほん)や何(なに)かに書(かい)てある。苦労(くらう)をしたり 気(き)を揉(もん)で。するほどのものでもないと。真(しん)の甘美(うまみ)をまだしらぬ。恍惚子(おぼこ)心(こゝろ)ぞ道理(ことはり)なる     第二 室町(むろまち)のまき 爰(こゝ)に始(はじめ)より記(しる)したる。吉光公(よしみつきみ)と聞(きこ)えしは。日本一(につほんいち)の長者(ちやうじや)にて。国々(くに〴〵)数多(あまた)領(りやう)し たまひ。花洛(みやこ)室町(むろまち)に御所(ごしよ)をかまへ。住(すみ)給ふをもて如此(しか)いへり。この君(きみ)いまだ二十一 歳(さい)。 殊(こと)に容色(やうしよく)双(なら)びなく。女(をんな)にしてみま欲(ほし)き。やさ姿(すがた)にて在(おは)しければ。属々(つき〴〵)の女房(にようぼ)たち。 甲乙(たれかれ)となく慕(した)ひまゐらせ。どうぞ〳〵と居膳(すえぜん)は。七五三(しちごさん)やら五々三(ごゝさん)やら。料理(れうり)に愚(おろか)は なけれとも。人(ひと)の心(こゝろ)は貴賤(きせん)となく。常(つね)に眼(め)なれし物をば嫌(きら)ひ。珍(めづ)らしきを好(す)く ものにて。人品(ひとがら)のよき長髱(ながつと)や。或(ある)ひは地黒(ぢくろ)地白(ぢしろ)の福袿(かいどり)。大振袖(おほふりそで)の高髷(たかわげ)は。平生(つね)の 事(こと)にて面白(おもしろ)からず。紅白粉(べにおしろい)もうつすりと。水髪(みづがみ)嶋田(しまだ)か銀杏(いてう)くづしの。結(むす)び髪(かみ) さへ目(め)につきて。その風俗(ふうぞく)を好(この)み給(たま)へば。奥女中(おくぢよちう)も自然(おのづから)。それに移(うつ)りて 意気(いき)作(づく)りには。なすものながら下々(した〳〵)の。女(をんな)の如(ごと)くはえもならず。されど多(おほ)くの 側室(そばめ)のうち。別(わけ)て寵愛(ちやうあい)なし給ふ。片貝(かたかひ)といふ十九 歳(さい)。色白(いろしろ)にして鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。 眼(め)はぱツちりとして黒眼(くろめ)がち。一(ひと)たび睨(ながしめ)にみるときは。ぞつとするほど色気(いろけ)を含(ふく) む。桃代(もゝよ)といへるは二十二 歳(さい)。色(いろ)は少(すこ)し浅黒(あさぐろ)けれど。地躰(ぢたい)の艶(つや)は玉(たま)の如(ごと)く。口元(くちもと)眼(め) 元(もと)に愛敬(あいけう)あり。そのうへ気軽(きかる)で口(くち)まへよく。人(ひと)の気(き)をとる上手(じやうず)なり。また幾瀬(いくせ) とて太(ふと)り肉(じゝ)。標致(きりよう)はさのみ宜(よ)からねど。今(いま)流行(りうかう)の於多福(おたふく)出(で)。むつくりとして愛敬(あいけう) あり。殊(こと)に一義(いちぎ)の上手(じやうず)にて。男(おとこ)を泣(なか)す希代(きたい)の妙術(めうじゆつ)。自然(しぜん)に得(え)たる上開(じやうかい)は。是(これ)に上(うへ) 超(こ)すものもなく。この三人は殊(こと)さらに。吉光(よしみつ)が寵愛(ちやうあい)にて。下方(したがた)風(ふう)に身(み)をかざ らせ。夏(なつ)冬(ふゆ)素足(すあし)の花華(はで)作(づく)り。その余(よ)の側室(そばめ)七八 人(にん)。されば吉光(よしみつ)はかはる〳〵 閨(ねや)へも召(め)し。また此方(こなた)より。往(ゆき)給ひて一晩(ひとばん)に。三人五人の時(とき)もあり。また一人を抱詰(だきづめ)に 楽(たのし)み給ふ折(をり)もあり。しかるにけふは桃(もゝ)の節句(せつく)。祝(いわ)ひ日の事なれば。怨(うら)みツこいが有(あつ)                                 上ノ七 ては悪(わる)い。みな一同(いちどう)に歓(よろこ)ばせ。楽(たの)しみ給んと昼(ひる)の程(ほど)より。掛(かゝ)りの女中(ちよちう)に内意(ないい)あり。 はやるの暮(くれ)るや暮(くれ)ぬ間(ま)から。奥御殿(おくごてん)をたて切(きつ)て。飩子(どんす)の蒲団(ふとん)を敷(しき)つらね。 吉光(よしみつ)は中(なか)に坐(ざ)し。そのまはりに十人(じうにん)の側室(そばめ)をずつと並(なら)べおき。手自(てづから)竃(くじ)を 出(だ)し給ふ。まづ一番(いちばん)に当(あた)りしは。真(まこと)の陰茎(まら)にて本手(ほんて)にとり組(くみ)。二番(にばん)より五番(ごばん) までは。左右(さいう)の手(て)左右(さいう)の足(あし)に男質(はりかた)一本(いつほん)ツゝ結(ゆひ)つけて。側(そば)へ引(ひき)よせ嬌(よが)らすべし。また 六 番(ばん)は入(いり)かはり。真(まこと)の陰茎(まら)にて茶臼(ちやうす)となし。七 番(ばん)より十番までは。前(まへ)の如(ごと)く 男質(はりかた)で。嬌(よが)らせんとありければ。さては一番と六 番(ばん)の竃(くじ)こそ。肝心要(かんじんかなめ)なれと。堅(かた) 唾(づ)を呑(のん)で竃(くじ)をひくに。あけて悔(くや)しき他(ほか)の数(かず)。一 番(ばん)はかの手取(てとり)。幾瀬(いくせ)が当(あた)りと 大歓(おほよろこ)び。さてそれ〳〵の順(じゆん)にまかせ。右(みぎ)り左(ひだ)りへ引(ひき)つけて。まづ幾瀬(いくせ)が股(また)おしひ ろげ。会釈(ゑしやく)もなく突入(つきい)れ給へば。幾瀬(いくせ)は例(れい)の泣上手(なきじやうず)。はやスウ〳〵と泣出(なきいだ)し。手足(てあし)を からみもちあげ〳〵。アゝ〳〵どうもそれもつと。上(うへ)の方(はう)を力(ちから)をいれて。おつき遊(あそ) ばして下(くだ)さいまし。エゝモ體(からだ)が蕩(とけ)るやうだと。絶入(たえい)る斗(ばか)りの声(こゑ)を出(だ)し。身(み)を もがいて抱(だき)きつく。吉光(よしみつ)は左右(さいう)の手(て)。左右(さいう)の足首(あしくび)を働(うご)かせて。上(うへ)を下(した)へと突(つき) ながら。腰(こし)をくる〳〵幾瀬(いくせ)が望(のぞ)みに。ソレ上(うへ)かそれ奥(おく)かと。頻(しきり)にすか〳〵づぶ ずぶと。突(つき)立(たて)給(たま)へば男根(なんこん)は。はりさく如(ごと)く気(き)が満(みち)て。はや腎水(じんすゐ)も流(なが)れんとす るにぞ。われを忘(わす)れて両(りやう)の手(て)で。しつかと幾瀬(いくせ)を抱(いだ)きしめ。足(あし)を縮(ちゞ)めて ソレおれも。サア〳〵いくヨと口(くち)をすひ。ドツキ〳〵と。精(き)をやること限(かぎ)りなく。陰水(いんすゐ)あ ふれてだら〳〵〳〵と。蒲団(ふとん)へ流(なが)るゝその気味(きみ)よさ。夫(それ)に引(ひき)かえ四人(よにん)の女(をんな)は。今(いま)モウ いかうとする処(ところ)に。男質(はりかた)を引(ひき)ぬかれ。鳶(とび)に油揚(あぶらげ)さらはれし。心地(こおゝち)になつて物(もの) もいはず。幾瀬(いくせ)が頻(しき)りに嬌(よが)るをみて。たゞずる〳〵〳〵と陰門(いんもん)より。精水(きみづ)をながす 斗(ばか)りなり。夫(それ)よりもまた入(いれ)かはり。五筆和尚(ごひつおしやう)に異(こと)ならで。一回(いちど)に五人(ごにん)の女(をんな)を泣(なか)す この戯(たは)ふれにこの夜(よ)を明(あか)す。何(いづ)れも同(おな)じさまなれば。くた〴〵しくて書洩(かきもら)し つ。かくて吉光(よしみつ)さま〴〵の楽(たの)しみ。いまだ尽(つき)ざれど。予(かね)て北嵯峨(きたさが)の音勢(おとせ)が事。 お手医師(ていしや)順菴(ぢゆんあん)より聞(きゝ)給ひ。楊貴妃(やうきひ)西施(せいし)はものかはにて。吾(わが)朝(てう)の衣通姫(そとほりひめ)。小町(こまち)と                                 上ノ八 いふともこの処女(むすめ)に。なか〳〵及(およ)ぶへきならず。と聞(きゝ)給ふより見(み)ぬ恋(こひ)に。 浮岩(あこがれ)給ひて順菴(じゆんあん)に。よく計(はか)らへといひつけ給ふに。首尾(しゆび)よきお請(うけ)はなしたれど 順庵(じゆんあん)この頃(ごろ)風邪(ふうじや)とて。引籠(ひつこ)み御前(ごぜん)へ出(いで)されば。音勢(おとせ)がことは先(まづ)それなり。吉光(よしみつ) 頻(しき)りにその処女(むすめ)を。見(み)まほしく思(おぼ)されて。日来(ひころ)お気(き)に入(い)りの穴沢佐栗(あなさはさくり)に。この 事(こと)を命(おほ)すれば。表向(おもてむき)から召(め)すとまうせば。手重(ておも)くして急(きう)にはまゐらず。箇(か) 様(やう)々々(かやう)になし給はゞ。今日(けふ)にも明日(あす)にも自由(じゆう)の事(こと)と。聞(きい)て吉光(よしみつ)歓(よろこ)び給ひ。さあらば 今(いま)から忍(しの)びの供立(ともだて)。准備(ようい)しやれと命(おほせ)をうけ。佐栗(さぐり)はそれ〳〵へ通達(つうだつ)し。その 刻限(こくげん)をぞ侯(まち)にける。こゝに道足(みちたる)は甘(うま)く計(はか)り音勢(おとせ)が初物(はつもの)をしめて心(こゝろ)に歓(よろ)ひ。 今日(けふ)は天気(てんき)も殊(こと)によし。近々(ちか〳〵)に御殿(ごてん)へあがらは。出歩行(であるき)も自由(じゆう)ならず。嵐山(あらしやま)も 盛(さか)りときけば。花見(はなみ)がてらの野遊(のあそ)びに。連(つれ)てゆかんと割籠(わりご)など准備(ようい)なしつゝ 音勢(おとせ)を伴(ともな)ひ供(とも)の男女(なんによ)も二三 人(にん)。忍(しの)びやかに立出(たちいで)て。跡(あと)には母(はゝ)の浅香(あさか)一人(ひとり)。縁(えん)さきを 明(あけ)ひろげ。咲乱(さきみだ)れたる桜海棠(さくらかいどう)。かなたこなたを飛(とび)めぐる。蝶(てふ)の姿(すがた)の優(やさ)しさを うちながめてありける処(ところ)へ動也(とや)〳〵人(ひと)の足音(あしおと)は誰(たれ)なるらんと伸(のび)あがる。 その生垣(いけがき)の透間(すきま)より。裡(うち)を覗(のぞ)きて一人(ひとり)の侍(さふらひ)〽モシ〳〵この辺(へん)に浅香(あさか)といふ寡婦(やもめ)の 住居(すまゐ)が在(ある)との事(こと)。知(し)つてなら教(をし)えてト聞(きい)て浅香(あさか)は不審顔(ふしんがほ)《割書:浅|》〽ハイ〳〵その 浅香(あさか)と申まするは私(わたくし)でございますが。何(なん)の御用(ごよう)で何方(どちら)から《割書:侍|》〽ハゝア其方(そなた)が浅香(あさか)ど のか。サア分(わか)りました此方(こちら)へト会釈(ゑしやく)をすればその後(うしろ)に。立(たち)給ふは年(とし)の程(ほど)。二十(はたち)か 二十一二ばかり。色白(いろしろ)くして鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。眉(まゆ)は遠山(ゑんざん)の三日月(みかつき)の如(ごと)く。眼(め)清(すゞ)やか に唇(くちびる)赤(あか)く。いかにも威(ゐ)あつて猛(たけ)からぬその風俗(ふうぞく)は公家(くげ)にもあらず武家(ふげ)と も見(み)えぬ打扮(いでたち)は。綾(あや)の小袖(こそで)に二重飩子(にぢうどんす)の紺地(こんぢ)に雲龍(うんりう)を織出(おりだ)したる。被布(ひふ)の やうなる物(もの)を着(ちやく)し。黄金造(こがねつく)りの小刀(ちさかたな)。指貫(さしぬき)袴(はかま)もめし給はず。かの侍(さぶらひ)が伺(ことば)を 聞(きゝ)て〽思(おも)ふにましたる住居(すまゐ)の風流(ふうりう)少(すこ)しは噺(はな)せるものとみえる。しかし少(すこ)し の案内(あない)もせず。推(おし)かけ客(きやく)は困(こま)るであらう。其処等(そこら)はよう計(はか)らふて主人(あるじ)が 心(こゝろ)をつかはぬやうに。左様(さう)言(い)やれトいひなから切戸(きりど)を明(あけ)てしづ〳〵と入(いり)給ふに                                 上ノ九 浅香(あさか)は恟(びつく)りかの侍(さふらひ)が傍(そば)へゆきて声(こゑ)を低(ひそ)め《割書:浅|》〽何方(となた)さまでございますか御門(おかど) 違(ちがひ)を。遊(あそ)ばしたのではござりませぬかト訝(いぶか)りとへば点頭(うなづく)侍(さふらひ)〽其方(そなた)が浅香(あさか)どのに 相違(さうゐ)なくは。門違(かとちがひ)ではない彼(あの)お方(かた)は。辱(かたじけ)なくも。室町(むろまち)の吉光(よしみつ)さま。近曽(ちかごろ)お手医師(ていし) 順庵(じゆんあん)から。言(まう)し入(い)れた女児御(むすめご)音勢(おとせ)。頓(とう)にお迎(むか)へあるべき処(ところ)。順菴(じゆんあん)老(らう)が病気(ひやうき)ゆゑ 遲(おそ)くなつたをおまちかね。お忍(しの)ひでと御仰(おつしやる)から。御供(おとも)いたした在下(それがし)は。穴沢佐栗(あなさはさぐり)と 申すもの。心当(こゝろあた)りがござらうがな《割書:浅|》〽ハイ夫(それ)ならば覚(おぼ)えのあること。アゝ生憎(あやにく)に女児(むすめ)は 留守(るす)。女子(をなご)どもと私(わたくし)ばかりトいふを佐栗(さくり)が〽イヤこれお袋(ふくろ)。決(けつ)して心配(しんぱい)はいらぬ事 御 茶(ちや)弁当(べんたう)の准備(ようい)もあり。御供(おとも)の衆(しう)は銘々(めい〳〵)割籠(わりご)。茶(ちや)なり湯(ゆ)なりあればよし。 座敷(ざしき)には炉(ろ)もみえる。釜(かま)もかけてある容子(やうす)御 茶(ちや)一服(いつぷく)献(けん)じれば。跡(あと)はわれらがよい 様(やう)に。斗(はか)らふは宜(よ)けれども。肝心(かんじん)の女児御(むすめご)が留守(るす)とはハテサテ間(ま)の悪(わる)さしかしその内(うち) には帰(かへ)りもあらうサア〳〵早(はや)うお茶(ちや)〳〵ト急立(せきたて)られて夢(ゆめ)にだも思(おも)ひがけなき 貴人(あてびと)の暴(にはか)の御入(おいり)に気(き)もわく〳〵納戸(なんど)へ入(い)りて手(て)ばやくも脱(ぬい)で着(き)かへる晴着(はれぎ) の衣裳(いしやう)。二人(ふたり)の婢女(げぢよ)もたゞきよろ〳〵と。立騒(たちさは)ぐのみ詮方(せんすべ)しらず。浅香(あさか)は遥(はるか) 次(つぎ)の間(ま)にて。一礼(いちれい)すれば吉光(よしみつ)君(ぎみ)〽不意(ふい)に参(まゐ)つて最大(いかい)世話(せわ)。何(なに)かの事 佐栗(さぐり)から。逐(ちく) 一(いち)に聞(きい)たであらう。苦(くる)しうない近(ちか)う倚(よつ)て浮世(うきよ)ばなしをして聞(きか)しやれ。けふ はのどかで風(かぜ)もなし。庭(には)の手入(てい)れが届(とゞ)くとみえて。花(はな)もよう咲(さ)き植樹(うゑき)の刈込(かりこみ)。 小(ちい)さくても見所(みどころ)あるト讃(ほめ)給へば恐(おそ)れ入(い)りおづ〳〵彼所(かしこ)へ膝(ひざ)すりよせて。最前(さいぜん) 佐栗(さくり)が指図(さしつ)もあれば水屋(みづや)よりして把出(とりい)だす。水(みづ)さし茶碗(ちやわん)棗(なつめ)の茶入(ちやいれ)。茶筌(ちやせん)茶杓(ちやしやく) や蓋置(ふたおき)まで。法(ほふ)の如(ごと)くに飾(かざ)りたて《割書:浅|》〽憚多(はゞかりおほ)くはごさりまずが未熟(みじゆく)な手前(てまへ)の薄(うす) 茶(ちや)一(いつ)ぷく。さしあげましたうござりますが《割書:光|》〽イヤこれは奇妙(きめう)〳〵庭(には)のかゝり住居(すまゐ) の様子(やうす)。主人(あるじ)は大(おほ)かた風流(ふうりう)と。察(さつ)したに違(ちが)ひない《割書:浅|》〽ホゝゝ風流(ふうりう)も。風雅(ふうが)もはるか 前(まへ)の事(こと)。今(いま)はしがない寡婦(やもめ)のくらし《割書:光|》〽寡婦(やもめ)々々(〳〵)と言(い)やつても。みれば花香(はなか)もまた失(うせ)ず。さ かり久(ひさ)しきしら菊(きく)の。名残(なごり)の匂(にほ)ひなつかしく。慕(した)ふて来(く)る蟲(むし)もあらう《割書:浅|》〽これは〳〵御(ご) 前(ぜん)さまとした事か。こゝへ並(なら)べた茶器(ちやたうぐ)歟(か)。太刀(たち)刀(かたな)ではあるまいし。なんぼひねつたもの                               上ノ十 数寄(ずき)でも。古(ふる)いものが宜(よい)とつて。慕(した)ふはおろか此方(こつち)から。何卒(どうぞ)遣(つか)つて下(くだ)されとの。恃(たの) みもきゝ人(て)はございません。女は盛(さかり)の短(みじ)かいもので。二十前(はたちまへ)から三十 前後(ぜんご)それが過(す)ぎては 悪口(わるくち)にも老婆(ばゝあ)〳〵といひ立(たて)られ。果散(はか)ないものでございますト噺(はな)しのうちにはや沸(たぎ)る。 湯(ゆ)を汲(くみ)とりてさわ〳〵と。たてし薄茶(うすちや)の服加減(ふくかげん)。まう一服(いつぷく)と望(のぞ)まれて御意(ぎよい)に入(いつ)てか冥(めう) 加(が)なことと。また立(たて)かけるその折(おり)に。御指揮(おさしづ)うけて持出(もちいづ)る。台(だい)に乗(の)せたる綿端物(わたたんもの)。佐(さ) 栗(ぐり)は浅香(あさか)にうちむかひ〽これは御前(ごぜん)のおみやげもの。頂(いたゞ)かれたが宜(よか)らうトいはれて 浅香(あさか)は身(み)をしさり。御礼(おれい)申せば吉光(よしみつ)君(ぎみ)〽まず是(これ)は今日(けふ)こゝへ。尋(たづ)ねて来(き)た験(しるし)ばかり。用(よう)に たゝば身(み)も歓(よろこ)ぶ。これ佐栗(さぐり)いひつけた。ものが出来(でき)たらはやう是(これ)へ持(もつ)て来(き)やれ《割書:佐|》〽ヘイ畏(かしこ)まり ましたト館(やかた)よりして准備(ようい)ある。御酒(みき)御殽(みさかな)も幾種(いくいろ)か。それ〳〵の器(うつは)へ盛(も)りてこの家(や) の婢女(げぢよ)をも手伝(てつだ)はせ。所狭(ところせき)までおきならふれは。吉光(よしみつ)は杯(さかづき)とりあげ《割書:光|》〽花(はな)より団子(だんご)の 喩(たと)への通(とほ)り。月花(つきはな)を詠(なが)むるにも。酒(さけ)がなくては興(きやう)がない。コレ浅香(あさか)とやら酒(さけ)はどうじや。 ナニ不調法(ぶてうほう)とは嘘(うそ)であろ。みかけからして酒飲(さけのん)だら。どうやら元気(げんき)で面白(おもしろ)さう。サゝ飲(のん)たがよい身(み)が 酌(しやく)をしてとらさうトその有(あり)がたさになみ〳〵と。一(ひと)ツ受(うけ)たる杯(さかづき)を。やう〳〵干(ほ)すとまた一ツ。 強(しゐ)つけられて飲(の)む酒(さけ)に。果(はて)は殽(さかな)も御手自(みてづから)。ソレ手(て)が穢(よこれ)る口(くち)を開(あい)たと思(おも)ひの外(ほか)なる如(ぢよ) 在(さい)なさ。浅香(あさか)も元来(もとより)なる口(くち)を。遠慮(ゑんりよ)も今(いま)はうち忘(わす)れ《割書:浅|》〽サア佐栗(さぐり)さん今回(こんど)は貴君(あなた) 《割書:佐|》〽亦(また)わたくしかへ情(なさけ)ない。些(ちと)御前(ごぜん)へ上(あげ)るがよい《割書:浅|》〽夫(それ)でも余(あま)り無躾(ぶしつけ)な老婆(ばゝあ)とお呵(しかり)なさ れうかと《割書:光|》〽イヤ〳〵決(けつ)して呵(しか)りはせぬ。其方(そち)が杯(さかづき)まちかねた《割書:浅|》〽ヲヤ〳〵御前(ごぜん)が程(ほど)のよ さ。モウ二十 年(ねん)も若(わか)い時(とき)なら。お否(いや)であらうと無理無躰(むりむたい)。仕(し)やうもあらうに佐栗(さぐり) さん。年(とし)ほど哀(かな)しいものはない。貴君(あなた)がたも今(いま)のうち。情出(せいだ)してお遊(あそ)びさないホゝゝト 睨(ながしめ)に吉光(よしみつ)を視(み)るその愛敬(あいけう)。萎(すが)るゝ花(はな)の色(いろ)なくても。匂(にほ)ひ残(のこ)れる霜夜(しもよ)の菊(きく)。 これも一興(いつけう)ならんかと。女児(むすめ)が留守(るす)を物怪(もつけ)の僥倖(さいはひ)。今宵(こよひ)はこゝに草枕(くさまくら)。旅(たび)ならなく に宿(やど)ありて。慰(なぐ)さまんと思(おぼ)しつゝ佐栗(さぐり)を一人(ひとり)止(とゞ)めおき。その余(よ)の供(とも)は帰(かへ)さ れけり 相生源氏上の巻畢                               上ノ十一