正写相生源氏  下 正 うつ   し 相生  げむじ         下之巻 【上部】 さぐり 〽じつは  おまへの あだな  しぐさに まよつた   をりから   御ぜんの    おふせ    さいはひ     にして    くらがりで     あふた    ときから     また     ひとしほ      あぢの     よいので     わすれかね       つら     おしぬぐツて       また      きたのさ 【下部】 浅 〽あなたが   さういふ  御しんせつな   おこゝろ     とも   ぞんじ    ませず   つひ    だまされ      たが    くやし      さに    めにかど     たてゝ    あら     だてゝ   さぞ    はしたない    ばゝアだと   おさげすみ       で   ございませう    あれはつひ       した     ことばの       はづみ        どう         ぞ        かん         にん       下ノ一        あ         そ        ばし          て       これ        からは      すゑ       ながく       かあい        がつて        くだ         さい         まし          よ         ヲゝ          モウ        よい事       うれ        しう       ござい          ます しとみ 〽あとでみすてる      くらゐなら   なんでこんなに       ほねををらう      いのちをすてるも         かねてのかくご           アゝどうも             この             いゝ事              ソレ             くわ              へて             ひつ             ぱる             〳〵 もゝよ 〽あさま    しい 此なりを  みつけ  られては   身の  ねがひ   もう  かなはい    でも   大じ    ない   これが    じつ    なら   しとみ    さん  かならず  みすてゝ  おくんな   はる    なヨ 【上部】 おとせ 〽たとへからだに    さはつても  あなたの事なら    いとひません  いつそずつうが     しましたが   こんなことを     はじめたら   さつぱりと     よくなりましたヨ 光 〽こんな事をしたならば   びやうきにさはるか        しらないが  かほをみてはがまんが         ならね   それともいやならよしに    しやうかアゝどうもこたへられぬ 【下部】 〽いつもの   おかぢの  おびくにが   まゐつた     から   さう    申さうと  きてみれば   まのわるさ    エゝ     じれつ      たい   こんな     事は   きかぬ    はうが   よつほど    ましだ 光 〽すこしのあひだ   こらへてゐな  モウ十六と   いふものだ       から    できない      事は     ないはづだが あかし 〽なんだかふちが     ひり〳〵と  いたくツて    なりません  なんなら     どうぞ   これツきり  ひとり   ねさせて  ください    まし 【上部】 光 〽手もあしもない きむすめより  としまは かくべつ させやうが じやうずな   せへか アゝいゝ〳〵〳〵 【下部】 〽せつないときは   おやをだせとげせわに    まうすがうそはない   このやうな      みやうだいなら    いつでもいやとは       いひません      ヲゝそれ〳〵     このよい事       フウ〳〵〳〵〳〵      エゝモ        どうしたら          よう        ござい          ませう 〽きけばあなたは  おくさまもあり  そのほかいくらと   いふかぎりなく     女をおたらし       なさる         との          事      そのやうに       きのおほい      おかたはじつに         きが          もめて          いやだ           ねへ         〽そのよに          わるぎの         あるものでは       ないどこから           そんな      うはさをきゝやつた 光 〽これさ   まア しづかに   しろ はてさて かしましい    女ども     じや いくせ 〽これ片かひさん   しつかりとして  そこをおはなしで       ないヨ   あんまり御ぜんが  しやうわるをあそばす          から  モウこつちもきかない     きになりました 生写(しやうゝつし)相生(あひおひ)源氏(げんじ)下之巻                                東都  女好菴主人著      第八  地蔵堂(ぢざうだう)のまき 竹(たけ)の柱(はしら)に萱(かや)の屋根(やね)。鯨(くじら)よる浜(はま)虎(とら)伏(ふ)す野辺(のべ)も。思(おも)ふ郎(をとこ)とくらすなら。何(なん)の厭(いと)はん なに怨襟(つら)からうと。むかし〳〵の流行(はやり)唄(うた)に。あるものながら是(これ)はこれ。その情態(じやうたい)の 切(せつ)なるを。物(もの)に喩(たと)へていふのみにて。実(じつ)にその事(こと)あるときは。少々(せう〳〵)否(いや)な漢士(をとこ)の傍(そば)でも 朝夕(あさやふ)楽(らく)に不自由(ふじゆう)なく暮(くら)すが倍(まし)ぞと思(おも)ふべし。されば音勢(おとせ)は吉光(よしみつ)に誘(いざな)はれたる夜(よる) の道(みち)。怖々(こわ〳〵)ながら走往(はせゆき)て。軒(のき)も傾(かた)ふく地蔵堂(ぢざうだう)。渾身(みうち)しとゞに濡(ぬれ)しぼたれ。間(ひま)もる風(かせ)の 身に染(しみ)て。それさへ心苦(こゝろくる)しきに。またもや降来(ふりく)る雨(あめ)の脚(あし)。生憎(あやにく)風(かぜ)のふき起(おこ)りて。堂(だう)の 板間(いたま)へばら〴〵と。音(おと)も厳(きび)しく降沃(ふりそゝ)ぐ。それのみならで今(いま)までは。消残(きえのこ)りたる燈明(みあかし) の。幽(かすか)ながらも心(こゝろ)の便(たより)と。思(おも)ひしものを吹入(ふきい)るゝ。烈(がげ)しき風(かぜ)にはしなくも。滅(きえ)ての 后(のち)は烏玉(うばたま)の。そことも別(わか)ぬ真闇暗(まつくらやみ)。たゞ怖(おそろ)しさの弥倍(いやまし)て。吉光(よしみつ)の傍(そば)にすり倚(よ)り 俯(うつぶ)きて物(もの)もいはず。吉光もまた今(いま)さらに。よしなきとをしてけりと。男(をとこ)ながらも 何(なに)とやら。後(うしろ)視(み)らるゝ心地(こゝち)して。音勢(おとせ)が背(そびら)へ手(て)をうちかけ。千話(ちわ)も口舌(くせつ)も出(いで)ばこそ。 弱(よは)り給へど女子(をなご)を俱(く)し。怯(おそ)るゝ態(ふり)を視(み)するならいよ〳〵音勢(おとせ)が怖(おぢ)もせんと。自(みづから)心(こゝろ)を 励(はけ)まして。四方(よも)に眼(まなこ)を配(くば)り給(たま)ふ。現(げ)にそのむかし業平(なりひら)が。二條(にでう)の后(きさき)の凡人(たゞうと)にて。在(おは)せし折(をり)から 竊(ねすみ)出(いだ)し。芥川(あくたがは)の辺(ほとり)にて。雨(あめ)ふり雷(かみ)さへ鳴(なり)はためき。弓胡簶(ゆみやなぐひ)を自(みづか)ら負(おひ)て。戸口(とぐち)にたてりし その夜半(よは)も。思(おも)ひ出(で)られて物凄(ものすご)く。心(こゝろ)も滅(き)ゆるばかりなるに。猶(なほ)雨風(あめかぜ)の小止(をやみ)なく。一陣(ひとしきり) なる暴風(あらきかぜ)。吹来(ふききた)りしが椋(むく)の樹(き)の。堂(だう)の方(かた)にさし覆(おほ)ひし。枝(えだ)をぽつきと吹折(ふきをり)て。軒端(のきば)へ かけて摚(だう)と隕(おつ)る。その物音(ものおと)に駭(おどろ)きて。音勢(おとせ)は嗟(いな)やと吉光(よしみつ)に。力(ちから)を究(きは)めて抱(いだ)きつく。 此方(こなた)も同(おな)じく肝(きも)を消(け)し。音勢(おとせ)を直(ひた)と抱(いだ)きしめ。ほつと一息(ひといき)顔(かほ)と顔(かほ)。暫(しばら)くありて ざわ〳〵と。蔀(しとみ)を伝(つた)ひ地(ち)に落(おつ)るは。樹(き)の枝(えだ)なンどを吹(ふき)をりしと。心(こゝろ)づきては怖気(こわげ)も失(う)せ。始(はじ)め て匂(にほ)ふ伽羅(きやら)の香(か)は。音勢(おとせ)が髪(かみ)か白粉(おしろい)の。蘭麝(らんじや)の薫(かほ)りも憎(にく)からず。えならぬ心地(こゝち)にむく むくと。亀頭(あたま)を揚(あぐ)る若(わか)ざかり。吉光(よしみつ)はそのまゝに。音勢(おとせ)を膝(ひざ)へ引(ひき)あけて。物(もの)をもい                                下ノ一 はず口(くち)と口。怖(こわ)さながらも惚(ほれ)ぬいた。男(をとこ)に抱(いだ)きしめられて。忽地(たちまち)心(こゝろ)もあぢになり。舌(した) を出(いだ)せばスパ〳〵と。吸(すは)れていとゞ快(こゝろ)よく。思(おも)はず上気(じやうき)のありさまに。吉光(よしみつ)は手(て)を伸(のば)し。徐々(そろ〳〵) 音勢(おとせ)が内股(うちもゝ)へ。さしいれ給へば内股(うちもゝ)を。少(すこ)し広(ひろ)げて猶(なほ)すり倚(よ)る。その可愛(かあい)さも愖(たえ)が たく。まづ空割(そらわれ)よりだん〳〵と。心(こゝろ)静(しづ)かに撫(なで)まはし。指(ゆび)の腹(はら)にて玉門(ぎよくもん)を。探(さぐ)りてみればはや じく〳〵と。吐婬(といん)に湿(しめ)る左右(さいう)の渕(ふち)。いと和(やは)らかき肌(はだ)ざはり。絹羽二重(きぬはぶたゑ)も何(なに)ならず。さればそろ〳〵 一本(いつぽん)の。指(ゆび)をさしいれ玉門(ぎよくもん)の。上下(うへした)左右(さいう)をゆるやかに。いぢり廻(まは)せは愖(たえ)ずやありけん音勢(おとせ)は 頻(しき)りに上気(じやうき)して。耳(みゝ)と頬(ほう)とを赤(あか)くなし。鼻(はな)少(すこ)しつまらせて。吾(われ)しらず腰(こし)を動(うご)かし 男(をとこ)に直(ひた)と抱(いだ)きつき。更(さら)に前後(せんご)も覚(おぼ)えぬ体(てい)。吉光(よしみつ)ははやたまらず。火(ひ)の如(ごと)く勃起(おゑ)た る一物(いちもつ)あてがひてちよこ〳〵〳〵と。十度(とたび)ばかり腰(こし)をつかへば。その度毎(たひごと)に少(すこ)しツゝ。何時(いつ)の間(ま)にか 根元(ねもと)まで。しつくり這(はい)入れば内陝(うちせま)く。ぬきさしのたび雁首(かりくび)を。こすらるゝ心地(こゝち)よさ。 吉光(よしみつ)は舌(した)を伸(のば)し。音勢(おとせ)が口(くち)を甞(なめ)ながら。九浅一深(きうせんいつしん)の術(じゆつ)をつくし。突(つき)たつるほどに その快(こゝろ)よさ。何(なん)に譬(たと)へむものもなく。音勢(おとせ)はたゞフウ〳〵〳〵と。目(め)をねぶり物(もの)もいはず 力(ちから)を入(い)れて抱(いだ)きつき。身を少(すこ)し震(ふる)はすは。精(き)かいくならんと察(さつ)しれば。こなたも溜(たま)らずドク 〳〵〳〵と。湯(ゆ)の如(ごと)くなる腎水(じんすゐ)を。弾(はぢ)きこみツゝしめつける。今(いま)は怖(こは)さもうち忘(わす)れ。頓(やが)て眼(め)をあけ 莞爾(につこり)と。笑(わら)ふ靨(ゑくぼ)の愛敬(あいけう)女児(むすめ)。吉光(よしみつ)はたゝ可愛(かあい)さに。髣髴(はうほつ)として物(もの)も覚(おぼ)へず。殊(こと)に血気(けつき)の若(わか)大(だい) 将(しやう)。精(き)はゆきぬれど陰茎(いんきやう)は。猶(なほ)しやつきりと弱(よは)りもやらねば。そのまゝに抜(ぬき)もせず左右(さいう)の手(て)にて 抱(だ)き竦(すく)め。さツく〳〵と腰(こし)をつかへば。今度(こんど)は二人(ふたり)の陰水(いんすゐ)が。玉中(ぎやくちう)に充満(みち〳〵)たれは。ずるり〳〵と 大(おほい)に滑(ぬめ)り。外(そと)の方(かた)まで溢(あふ)れ出(だ)し。玉茎(たまぐき)の根元(ねもと)紅舌(さね)のうへ。空割(そらわれ)までもびた〳〵と。互(たがひ)にぬるゝ 花(はな)の雨(あめ)。しばらくありて二人(ふたり)とも一所(いつしよ)に精(き)をやりしまひ。懐紙(ふところがみ)におし拭(ぬぐ)ひ《割書:吉|》〽どうだ快(よ)かつたか ト顔(かほ)覗(のぞ)かれて問答(いらへ)もせず。たゞ赧(あか)らむる恍惚子(おぼこ)の情(じやう)。いとかあゆくぞ思(おも)はれける。兎(と)かくする まに鶏(とり)の声(こゑ)。遠近(をちこち)に聞(きこ)えツゝ。はや白々(しら〳〵)とあけ渡(わた)るに。雨(あめ)も止(や)み風も凪(なぎ)て。東(ひがし)の方の 晃々(きら〳〵)しきは。程(ほど)なく朝日(あさひ)の昇(のぼ)るなるへしされば二人は帯(をび)などを。しめ直(なほ)してたちあがり はや吉光(よしみつ)は堂(だう)の掾(えん)へ。たち出(いで)給ふその折(をり)から。向(むか)ふへ一挺(いつちやう)の駕(かご)を釣(つら)らせ。女子(をなご)三四人 前後(あとさき)に たち。その他(ほか)俱(とも)とおぼしきもの。十四五人もやありつらん。こなたを付(さし)て来(き)にければ遥(はる)かに                                       下ノ二 みかけて序(ついで)。悪(わろ)しと。手(て)をもて音勢(おとせ)を推禁(おしとゞ)め。暫時(しば〳〵)堂内(だうない)にかくろひて。遣(や)り過(すご)さ んとし給ふほどに。かの人々(ひと〳〵)は急(いぞ)ぎ足(あし)。忽地(たちまち)堂(だう)の傍(ほと)りへ来(き)しを。何者(なにもの)ならんと吉光(よしみつ)は。扉(とびら)を 少(すこ)しおしひらき。顔(かほ)さし出(だ)して視(み)給ふとたん。此方(こなた)も視上(みあげ)て恟(びつく)りし〽《割書:ヲヤ| マア》こゝに入(いら)しつた ヨトいひツゝ階(きざはし)を駈(かけ)あがるは。日来(ひころ)寵愛(ちやうあい)の側室(そばめ)幾瀬(いくせ)。跡(あと)につゞきて片貝(かたかひ)桃代(もゝよ)。その 他(ほか)俱(とも)の若党(わかたう)小者(こもの)も。みな一容(いちやう)に肝(きも)を消(け)し。その処(ところ)へ蹲(うづく)まる。かくて三人(みたり)の側室(そばめ)等(ら) は。堂内(だうない)へ入(い)り音勢(おとせ)をみて。さてもしほらしきよい女児(むすめ)。それにこの吉光(よしみつ)の。館(やかた)へも 帰(かへ)られず。遊(あそ)びて在(おは)すものならん。とは思(おも)へども他(ほか)に人(ひと)なく。この辻堂(つぢだう)にいかにして。女児(むすめ)と 二人(ふたり)在(おは)すらん。と夫(それ)さへに不審(ふしん)はれず。片貝(かたかひ)は腰(こし)を屈(かゞ)め〽この頃(ごろ)仮初(かりそめ)の御(おん)ン出(いで)より。二三日 たてども御帰館(ごきくわん)なし。余(あま)りのことにおん身(み)のうへを。案(あん)じ過(すご)してまうし合(あは)せ。手人(てひと)斗(ばかり)り 連(つれ)まして。今朝(けさ)は頓(とう)からお迎(むか)ひ心(こごろ)。たしか御出(おいで)さきは嵯峨(さが)とやら。承(うけたま)はつたを宛(あて)にして 参(まゐ)りましたに思(おも)ひもかけず。どうして此処(こゝ)にといぶかれば。吉光(よしみつ)莞爾(につこ)と笑(ゑみ)給ひ〽ヲゝ左(さ) 様(う)か太儀(たいぎ)であつた。竟戻(つひもど)らうと思(おも)ふたが。少(すこ)しのわけで遅(おそ)うなり。僉(みな)のものにも苦労(くらう)を さした。こゝに居(を)るは音勢(おとせ)といふもの。其方(そち)達(たち)も心易(こゝろやす)う世話(せわ)をして遣(やつ)てくりやれ。 乗物(のりもの)まで宜気(ようき)が付(つい)た。折角(せつかく)の心(こゝろ)いれドレおれは駕(かご)に乗(のら)う。近(ちか)うよせいと仰(おふせ)の給た。 駕(かご)さしよすれば吉光(よしみつ)は。夫(それ)へひらりと乗(のり)給ふ。音勢(おとせ)はこれなる女子(をなご)どもの。容子(やうす)を見(み)るに側室(そばめ) なるべし。倘(もし)然(さ)もあらばこの身(み)をば。欝悒(いぶせき)ものになすらん。とおもへば己(おの)が心(こゝろ)から。何(なに)となう護身影(うしろめだ) くて。乱(みだ)れし髪(かみ)を搔(かき)あげなどしつ。果敢(はか〴〵)々々しくは物(もの)もいはず。幾瀬(いくせ)片貝(かたかい)桃代(もゝよ)等(ら)の。三人(みたり)は 夫(それ)と察(さつ)するから。なか〳〵快(こゝろよ)からねど重(おも)き君(きみ)の仰(おふせ)なるを。爭(いか)で疎略(そりやく)になすべきと。側(そば)へ 倚(よ)りて挨拶(あいさつ)し。いざわれ〳〵と連(つれ)だちて君(きみ)の御ン俱(とも)をし給へと。促(うなが)さるゝを僥倖(さいはひ)に。音勢(おとせ)は 頻(しき)りに言葉(ことば)を低(ひく)うし。三人(みたり)が跡(あと)に引副(ひきそふ)て。吉光(よしみつ)が駕(かご)に後(おく)れじと。喘々(あへぎ〳〵)行(ゆく)ほどに。生垣(いけがき)左右(さいう) に結(ゆひ)めぐらして。小(ちい)さき冠木門(かぶきもん)をたて。裡(うち)よりあまたの枝(えだ)うちかはせし。松(まつ)は緑(みどり)の色(いろ)をまし。 柳(やなぎ)桜(さくら)も折(をり)しり顔(がほ)に。さかりをみするその気色(けしき)。内(うち)ぞ床(ゆか)しきその在(あり)さまに。吉光(よしみつ)駕(かご)を駐(とゞ)め させ。しばし其(その)さまをうち視(み)やりて。こゝは誰(た)が住居(すまゐ)ぞや。と問(とは)せ給ふに日来(ひごろ)より。連哥(れんか)なシ どの御対身(おあいて)に。たび〳〵御前(ごぜん)へ召(めさ)れぬる。兎見傔仗(うさみけんぢやう)が家(いへ)なり。と聞(きこ)し召(めし)てたちまちに。心(こゝろ)の裡(うち)                                  下ノ三 におぼすやう。傔仗(けんぢやう)が女児(むすめ)小曽女(こそめ)といへるは。性質(うまれつき)孅弱(たをやか)にて。心の風流(みやび)も比(ならび)なし。と人(ひと)の噂(うはさ)に 聞(きい)たる事あり。僥倖(さいはひ)なれば立(たち)よりて。それをみばやと乗物(のりもの)の。戸(と)を引(ひき)あけて三人(みたり)を召(め)し。 〽こゝは兎見(うさみ)が宅(たく)とやら。おれは駕(かご)でよいけれど夕(ゆふべ)の雨(あめ)で路(みち)も濘(ぬか)り。歩行路(かちじ)は僉(みな)も大儀(たいぎ) であらうに。僥倖(さいはひ)傔仗(けんぢやう)は風雅(ふうが)な雄士(をとこ)。立(たち)よつて休息(きうそく)し。朝餉(あさげ)でも支度(したく)して。寛々(ゆる〳〵)館(やかた)へ 帰(かへ)らうほどに。其方(そち)たち先(まづ)前(さき)へ往(い)て。此事(このこと)を伝(つた)えよト仰(おほ)せによつて片貝(かたかひ)始(はじ)め。三人(みたり)は やをら門(もん)を入(い)り。しか〴〵のよし音信(おとなへ)ば。兎見(うさみ)は聞(きい)て思(おも)ひもかけぬ。こは有難(ありがた)き御来臨(ごらいりん)。さはれ 余(あま)りに早(はや)くして。いまだ掃除(さうじ)もゆきとゞかず。霎時(しばし)それにといひ捨(すて)て。頓(やが)て小奴(こもの)婢女(はしため)等(ら) を。いそがしたてゝ。遽(あはたゞ)しく。塵(ちり)うち払(はら)ひ御坐(ござ)を設(まう)け。いざ〳〵是(これ)へといふ間(ま)もなく。はや入(い)り 給ふ吉光公(よしみつぎみ)は。築山(つきやま)遣水(やりみづ)などいとをかしう。造(つく)り立(たて)たる庭(には)の面(おも)。かなた此方(こなた)と視(み)やり給ひ さて書院(しよゐん)へ通(とほ)り給へば。片貝(かたかひ)幾瀬(いくせ)桃代(もゝよ)音勢(おとせ)は。君(きみ)の左右(さいう)に坐(ざ)を卜(しむ)る。奥(おく)には傔仗(けんぢやう)衣服(いふく) を改(あらた)め。渾家(つま)の小弱木(こよろぎ)女児(むすめ)小曽女(こそめ)も。御 目見(めみへ)をさすべきに。髪(かみ)もかけあげ身(み)じまひも。早(はや) うせよと急立(せきたて)て。徐々(しづ〳〵)と御前(ごぜん)へ出(いで)。板椽(いたえん)の端(はし)に蹲(うづく)まり思(おも)ひかけずも来臨(らいりん)の。辱(かたじけ)なきよし を申せば。吉光(よしみつ)はほゝ笑(ゑみ)み給ひ〽朝(あさ)まだきのおしかけ客(きやく)。さこそ便(びん)なくおもふらめど 忍(しの)びのうへのまたしのび。下部(しもべ)の他(ほか)は女子(をなご)ども。聊(いさゝか)も気(き)をおかず。近(ちか)う参(まゐ)つて四方八方(よもやま)の 噺(はな)しでもして聞(きか)せやれ。去来(いざ〳〵)々々と懇(ねんごろ)に。宣(のたま)ふほどに傔仗(けんぢやう)は。然(しか)らば御免(ごめん)と進(すゝ)みより。 いとおもしろき花(はな)のさま。君(きみ)にはいかゞ視(み)給ふらむ。夜半(よは)の嵐(あらし)に遺(のこ)りなく。もて参(まゐ)りし歟(か)と 思(おも)ひしに。さのみには散(ちり)も失(う)せず。まだその詠(なが)めの竭(つき)ざるは。君(きみ)が来(き)まさん准備(ようい)にか。草木(くさき)は 非情(ひじやう)なりと言(まう)せど。情(こゝろ)なくてやかくあるべき。と申せば御機嫌(ごきけん)麗(うるは)しく傔仗(けんぢやう)いしくも言(まう)し たり。さて伝(つた)えきく其方(そち)が女児(むすめ)。小曽女(こそめ)とかやは風流(みやび)にて。敷嶋(しきじま)の道(みち)を好(この)むとやら。知(し)るごとく 和哥(わか)の道(みち)は。この身(み)にも大好(だいすき)にて。哥(うた)よむ人と聞(きく)ときは。何(なに)やら床(ゆか)しく思(おも)ふなり。けふ爰(こゝ)へ 来(き)た甲斐(かひ)に。小曽女(こそめ)にもあひ。その詠草(えいさう)をも。みまほしく思(おも)ふなりと。仰(おふせ)にはつと傔仗(けんぢやう)が 〽仰(おふせ)までもいはず。頓(とく)お目見(めみへ)を願(ねが)はんと。存(ぞん)じては居(をり)ますれど閨(ねや)の姿(すがた)のみだれ髪(がみ)。それとり 揚(あげ)てと心(こゝろ)ならずも。遅(おそ)なはるにて侍(はべ)るやらん。まず寛々(ゆる〳〵)といらせ給へト兎(と)かくするまに 御酒(みき)殽(さかな)。朝餉(あさげ)の准備(ようい)もとゝのひて。婢女(はした)が運(はこ)ぶを傔仗(けんぢやう)がうけとりて御前(ごぜん)へも持(もち)いで                                    下ノ四 〽暴(にはか)のことにて行(ゆき)とゞかず。麁末(そまつ)ながらも御酒(みき)一献(いつこん)トいふを聞(きゝ)て傍(かた)へに侍(はべ)りし。片貝(かたかひ)はじめ 三人(みたり)の傍女(そばめ)。音勢(おとせ)もあとに引そふて。銚子(ちやうし)土器(かはらけ)を吉光(よしみつ)君(ぎみ)の。御 傍(そば)近(ちか)くへ進(すゝ)むれば 吉光(よしみつ)傔仗(けんぢやう)に会釈(ゑしやく)あり土器(かはらけ)をとりあげ給ふ。この折(おり)渾家(つま)の小弱木(こよろぎ)と小曽女(こそめ)は衣服(いふく) を更(あらた)めて。板椽(いたえん)の方よりする〳〵と。歩行(あゆみ)出(いづ)れば傔仗(けんぢやう)が〽すなはち是(これ)へ参(まゐ)りしは。妻(つま)小弱木(こよろぎ)と 小曽女(こそめ)にはべり。よき折(をり)を得(え)て御目見(おめみへ)を。いたすは渠等(かれら)が身(み)の僥倖(さいはひ)有がたうそんじまするト 演(のぶ)れば吉光(よしみつ)〽ヲゝ左様(さう)か。今いふ通(とほ)り遠慮(ゑんりよ)はない。サア〳〵近(ちか)うトあるにより小弱木(こよろぎ)小曽女(こそめ) もろともに。遥(はるか)末坐(ばつざ)にすゝみ倚(よ)る。かくて吉光(よしみつ)は御ン土器(かはらけ)を。先(まづ)傔仗(けんぢやう)に賜(たま)はりツゝいつの ほどにか御使(おつかひ)を。館(やかた)へ走(はし)らせ給ひけん。御 近習(きんじゆ)なる岩井蔀(いはゐしとみ)が。唐櫃(からひつ)二合(にがふ)舁(かき)になはせ 庭口(にはぐち)より進(すゝ)みいり。椽(えん)の端(はし)に手(て)をつかへて〽仰(おふせ)にまかせ品々(しな〳〵)を。舁(かき)齎(もたら)して参り候いかゞ 計(はか)らひまうさんトいへば吉光(よしみつ)うち笑(ゑ)み給ひ〽其処(そこ)へ出(だ)して並(なら)べいト仰(おふせ)に蔀(しとみ)は唐櫃(からひつ)の蓋(ふた) はね開(あけ)てとり出(だ)すは。黄金(こがね)作(づく)りの太刀(たち)一振(ひとふり)。巨勢(こせ)の金岡(かなをか)が絵(ゑ)まきもの。白銀(しろかね)五十枚(ごじふまい)台(だい)に 載(の)せ是(これ)は傔仗(けんぢやう)への御みやげ。また沈檀(ぢんだん)の寄木(よせき)にて造(つく)り役(まう)けし櫛(くし)の匣(はこ)。綾錦(あやにしき)の巻絹(まきぎぬ) 十 巻(くわん)これをば妻(つま)の小弱木(こよろぎ)へ。また高蒔絵(たかまきゑ)の短冊箱(たんざくばこ)染付(そめつけ)の香炉(かうろ)惟朱(つゐしゆ)の香合(かうがふ)。また 一角(えかふる)をもて彫(きざ)みたる。筆架硯屏(ひつかけんびやう)を始(はじめ)とし。世(よ)にも稀(まれ)なる名器(めいき)ども。旦(かつ)御ン小袖(こそで)一襲(ひとかさね)。こ れは小曽女(こそめ)にとらするとの。仰(おふせ)に三人(みたり)は額着(ぬかづき)て。その恩(おん)を謝(しや)し奉(たてまつ)り。蔀(しとみ)も御 次(つぎ)へ通(とほ)らせ て。さま〴〵に饗応(もてなし)けり。かくて御 盞(さかづき)の数(かず)重(かさ)なり。君(きみ)にも酔(ゑひ)を催(もよふ)し給ひ。御機嫌(ごきげん)斜(なゝめ)なら ざれば。三人の側室(そばめ)小弱木(こよろぎ)小曽女(こそめ)。音勢(おとせ)も今(いま)はうちとけて。盞(さかづき)数遍(すへん)めぐらすまゝに。そ の程々(ほど〳〵)に酔(ゑひ)を発(はつ)して。声(こゑ)さへ高(たか)くなりもてゆけば折(をり)こそよけれと小弱木(こよろぎ)は。予(かね)て侍女(こしもと)に 分携(いひつけ)おきけん。琴(こと)皷弓(こきう)三味線(さみせん)を。持来(もちきた)りて後(うしろ)へおく。小弱木は恵しやくして。 〽始(はじ)めての御ン入(いり)に慰(なぐさ)めまゐらす品(しな)もなく。さこそ鬱悒(いふむく)おぼすらめ。不束(ふつゞか)なれど小曽女(こそめ) 事。いさゝか糸竹(いとたけ)を習(なら)ひ覚(おぼ)え。音色(ねいろ)をかしういたし侍り。御 慰(なぐさみ)にはならずとも。御 笑(わら)ひくさも 一興(いつきやう)と。御景色(みけしき)をもうかゞはず。是(これ)へ器(うつは)をとりよせ侍(はべ)り。苦(くる)しからずは一曲(いつきよく)を。お聞(きゝ)にいれ侍(はべ) らんか。然(さ)はれ一人(ひとり)にてはその音色(ねいろ)も。静(しづか)に過(す)きて興(きよう)も薄(うす)し。御属々(おつき〴〵)の女中(ぢよちう)のうち何にまれ做(なし) 給はゞ。こよなう愛(めで)たく侍(はべ)るべし。といへば吉光(よしみつ)それこそ僥倖(さいはひ)。その相方(あひかた)は誰(され)にても。頓出(とくいで)よと宣(のたま)ふ                                   下ノ五 にぞ。さらばといひて片貝(かたかひ)は。三味線(さみせん)を掻(かい)とりつ幾瀬(いくせ)は皷弓(こきう)の役(やく)に居(を)れば。小曽女(こそめ)は琴(こと) のは柱(ぢ)をかけて。軈(やが)て弾出(ひきだ)す三人(みたり)の音色(ねいろ)。いづれも倍(まさ)ず劣(おと)らぬ曲(きよく)に。人々(ひと〳〵)心耳(しんに)を澄(すま)すばかり。霎(しば) 時(じ)は一坐(いちざ)寂(しづ)まりたり       第九  古今伝授(こきんでんじゆ)のまき この楽(たのしみ)も時(とき)過(す)ぎて。永(なが)き春日(はるひ)もはや闌(たけ)て。午(うま)の貝(かひ)吹(ふく)ころとはなりぬ。夫(それ)より吉光(よしみつ)は 辞退(じたい)する小曽女(こそめ)が詠草(えいさう)を請(こひ)とりて。端(はし)より次第(しだい)によみくだし。只管(ひたすら)称誉(しやうよ)し給ふほど に傔仗(けんぢやう)夫婦(ふうふ)も歓(よろこ)ばしきことに思ひてさま〴〵の追従(つゐしやう)言葉(ことば)を謁(つく)すうちに。女児(むすめ)小曽女(こそめ)は 哥(うた)の道(みち)を好(この)めるものから年(とし)もまゐらず。いと拙(つたな)くは候へど。あはれ君(きみ)の賢慮(けんりよ)をもて。古今(こきん) 伝授(でんじゆ)を賜(なまは)らば是(これ)に倍(まし)たること侍(はべ)らず。成(なる)べくは近(ちか)きほどに御許(みゆるし)あらば女児(むすめ)は元(もと)より。われ〳〵とて も生前(しやうぜん)の歓(よろこ)びにて候と。聞(きい)て吉光(よしみつ)欣然(きんぜん)とし。そはいと易(やす)き願(ねが)ひ也今(いま)直(すぐ)にと膝(ひざ)たて給ふを。 おし止(とゞ)め参(まゐ)らせて今(いま)は御遊(ぎよいう)の妨(さまたげ)なり。いつにても御閑暇(ごかんか)の折(おり)もて願(ねが)ひ奉(たてまつ)ると。いひ果ぬに吉(よし) 光(みつ)が。互(たがひ)に若(わか)き身(み)ながらも只管(ひたすら)懇望(こんまう)することを。寛々(ゆる〳〵)延(のば)すべきならす。真蘓枋(ますほ)の芒(すゝき)の 故事(ふること)あり。いざ〳〵准備(ようい)いたすべし。去(さり)ながらこの事(こと)は冷泉家(れいぜいけ)の極意(ごくい)にて。彼家(かのいへ) 伝授(でんじゆ)の法式(ほふしき)は七間(なゝま)を隔(へだて)一間(ひとま)毎(ごと)に。内(うち)より錠(ぢやう)をさし固(かた)め。其処(そこ)にて伝授(でんじゆ)をする事なれど それにてはいと手 重(おも)し。二間(ふたま)ばかりを隔(へだて)てなん。奥(おく)まりたる所(ところ)あらば案内(あんない)せよと立(たち)給へば 傔仗(けんぢやう)小弱木(こよろぎ)は先(さき)にたち。奥(おく)のかたへ案内(あんない)し参らす吉光(よしみつ)四辺(あたり)をみまはして。こゝの一間(ひとま)が宜(よか)らんと やがて其処(そこ)此処(こゝ)を建(たて)きりつ。待間(まつま)もあらず徐々(しづ〳〵)と入(いり)来(く)る小曽女(こそめ)が面(おも)ざしは三人(みたり)の側室(そばめ) 音勢(おとせ)等(ら)には聊(いさゝか)劣(おと)りたる方(かた)なれど。その風俗(ふうぞく)の跫然(しと)やかさは。いかなる宮腹(みやはら)の媛(ひめ)といふ とも是には過(すぎ)じとみゆる斗(ばか)り。おのづから愛敬(あいけう)づきて寝(ね)よげにみゆると業平(なりひら)が。詠(よみ)けん むかしも思ひ出(いだ)されて。心(こゝろ)恍惚(くわうこつ)となり給へば頓(やが)てすつとすり倚(より)ツゝ《割書:光|》〽古今伝授(こきんでんじゆ)の三鳥(さんてう)三 木(ぼく) それよりは三丁つゞけの。よいことを教(おし)えてやらう。此方(こつち)を向(む)きやれト衿首(えりくび)に手をかけて 引(ひき)よせ給へば。小曽女(こそめ)はいまだ恋(こひ)しらぬ心(こゝろ)ときめきたりといへどもその年(とし)もはや十七にて。男(をとこ) 欲(ほし)やの気(き)も出(いで)たるに。吉光(よしみつ)が艶姿(やさすがた)。いなにはあらぬ稲舟(いなふね)の。流(なが)れよる瀬(せ)の波(なみ)まくら。身(み)も 動(うこか)さで有(ある)ほどに。吉光(よしみつ)やがて口(くち)を吸(す)ひ。はや玉門(ぎよくもん)へ手を入(い)れて。探(さぐ)り給ふに年(とし)は年だけ                                    下ノ六 潤(うるほ)ひ出(いで)て二本(にほん)の指(ゆび)の。苦(く)もなくはいれば玉中(ぎよくちう)を。上(うへ)を下(した)へといろひ給ふに。小曽女(こそめ)は今更(いまさら)は づかしさに。顋(おとがひ)えりにさし入(い)れて。物(もの)をもいはず居(ゐ)るほどに。吉光(よしみつ)頻(しきり)に指先(ゆびさき)を。奥(おく)へつきいれ また口元(くちもと)へ。引出(ひきいだ)して紅舌(さね)のあたりを。くる〳〵捻(ひね)れば何(なに)となう。快(こゝろ)よく覚(おぼ)えツゝ。ずる〳〵精水(きみづ)を 出(いだ)すほどに。吉光(よしみつ)今(いま)は折(おり)よしと。前(まへ)をまくり内股(うちもゝ)を。左右(さいう)へ広(ひろ)げて一物(いちもつ)を。あてがひて小(こ) 刻(きざみ)に。腰(こし)をつかへど了得(さすが)は新開(あらばち)。少(すこ)しきしみて入(いり)かぬれば。唾(つばき)をどつしり塗(ぬり)つけて。また あてがひつちよこ〳〵と。突(つけ)ばたちまちずる〳〵と。這回(こたび)は苦(く)もなく根(ね)まてはいる。当下(そのとき)小曽女(こそめ)の 顔(かほ)をみるに。たゞ眼(め)をねぶり歯(は)をかみしめ。上気(じやうき)なしてや鼻(はな)つまらせ。スウ〳〵〳〵といふほどに。吉光(よしみつ)は しつかと抱(いだ)き。二三十 遍(へん)つき立(たつ)るに。その開中(かいちう)のしまりよさ。快(こゝろ)よき事 喩(たと)へんかたなく。竟(つゐ)じろ〳〵 精(き)をやり給へど。小曽女(こそめ)は始終(しじう)男(おとこ)の脊中(せなか)へ。手(て)はまはせどもしめもせず。精(き)をやつたるやらやらぬ やら。夫(それ)さへわからぬ新契(にいちぎり)。たゞわく〳〵と胸(むね)をとる。是(これ)そ恍惚子(おぼこ)の情(じやう)なるべし        第十  惚薬(ほれぐすり)のまき かゝる折(おり)から穴沢佐栗(あなさはさぐり)。ゆう〳〵君(きみ)の御 行方(ゆくゑ)を索(たづ)ねあてゝこゝへ来(きた)り。吉光(よしみつ)君(きみ)の耳(みゝ)に口(くち)。うち 低語(さゝやけ)ば笑(わら)はせ給ひ〽大(おほ)かた左様(さう)でありつらん。その准備(ようい)にと蔀(しどみ)にいひつけ。取(とり)よせ置(おい)た 黄金(こがね)千両(せんりやう)。それをとらせて斯々(かう〳〵)せよト仰(おせふ)をうけて〽夫(それ)ならば恨(うら)み所(どころ)か大歓(おほよろこ)び。さぞ有難(ありかた)く 存(そんじ)ませうトいひツゝ佐栗(さぐり)は蔀(しどみ)より。金千両(かねせんりやう)をうけ把(とつ)て。下部(しもへ)に負(おは)せ道(みち)をはやめ。来(く)るとは 知(し)らでうち腹(はら)たつ。浅香(あさか)は椽(えん)に端居(はしゐ)して。長(なが)いものには捲(まか)れろと。喩(たとへ)にいへど余(あんま)りな手妻(てづま)つ かひの懐(ふところ)より。まだ怖(おそろ)しきあの換玉(かえだま)。吉光(よしみつ)さまでなからうなら。その往先(ゆくさき)を遂(おつ)かけて。 赤恥(あかはぢ)かゝすも知(し)つては居(ゐ)るが。左様(さう)したならば女児(むすめ)の身(み)に。崇(たゝ)りがあらうと。それも できず。悔(くや)し涙(なみだ)を堪(こら)える怨襟(つらさ)。佐栗(さぐり)雄士(をとこ)もちよくらもの。騙(だま)して何処(どこ)へか迯(にげ)おつた。 ホンニこれが何様(どう)したら。腹(はら)が医(い)やうと。こなたの空(そら)を。うち眺望(ながめ)ツゝ操言(くりこと)の。恨(うら)み烈(はげ)しき 折(をり)こそあれ〽浅香(あさか)は内(うち)歟(か)トいり来(く)る佐栗(さぐり)。それとみるより佐栗(さぐり)が胸逆(むなさか)。とらんとする 手(て)を緊(しつか)とおさへ〽抱(だい)て寝(ね)たときや可愛(かあいゝ)の。三百ぺんも言(いひ)ながら。精(き)をやりつゞけて死(し)ぬ〳〵と。 言(いつ)たを今更(いまさら)忘(わす)れて歟(か)。たとへこの身(み)は換玉(かえだま)でも。まんざら憎(にく)うはあるまいに。何(なん)で其様(そのよ) に腹(はら)たつのじや。しかし君(きみ)にも気(き)の毒(どく)との。仰(おほせ)につけこみ金千両(きんせんりやう)。まうし請(うけ)てお前(まへ)へ                                    下ノ七 進(しん)ぜる。是(これ)は御前(ごぜん)の思(おぼ)し召(めし)。とはいへわしが骨折(ほねをり)で。まうし請(うけ)たもお前(まへ)が恋(いと)しさ。その心(こゝろ) 根(ね)を汲(くみ)とつて。呉(くれ)ても宜(よい)ではあるまいか。トいふに浅香(あさか)は顔反(かほそむ)け。傍(かた)へをみれば千両箱(せんりやうばこ)。これ は。夢(ゆめ)かと了得(さすが)に仰天(ぎやうてん)。その腹立(はらたち)も何処(どこ)へやら。失(うせ)て莞爾(につこり)〽これはまア。正真(ほんとう)かエトいはせも放(あへ)ず 〽ほんの嘘(うそ)のと其(その)やうに。疑(うた)ぐり深(ふか)いも程(ほど)があるト蓋(ふた)うち開(ひら)けば山吹(やまふき)の花(はな)の露(つゆ)そふ 出出(ゐで)ならで。たまげ果(はて)たる斗(ばか)り也。当下(そのとき)佐栗(さぐり)はすり倚(よつ)て〽なんと何様(どう)じやト浅香(あさか)が膝(ひざ)を。 とんと敲(たゝけ)?ば其儘(そのまゝ)に佐栗(さぐり)にひたと抱(いだき)つき〽斯(かう)いふ実(じつ)のあるお方(かた)とは。今(いま)までしらぬ盲目(めくら)も 同然(どうぜん)。一回(いちど)なりとも吉光(よしみつ)さまの。お寝間(ねま)を穢(けが)しお情(なさけ)を。うけたは冥加(めうが)と申すもの。腹(はら)を立(たつ)た は了張(れうけん)ちがひ。是(これ)から申 佐栗(さぐり)さん。女児(むすめ)もをらぬ独住(ひとりずみ)。不便(ふびん)をかけて下(くだ)さりませト実(げ)に惚薬(ほれぐすり)は 佐渡(さど)が嶋(しま)より。出(で)るのが一番(いちばん)利道(きゝみち)と。川柳(せんりう)点(てん)も虚(うそ)ならぬ。佐栗(さぐり)は心(こゝろ)に仕(し)すましたり。少(すこ)し 萎(すが)れし花(はな)ながら。いまだ色香(いろか)も滅(きえ)うせず。殊(こと)に仕(し)こなし如在(ぢよさい)なく。また開中(かいちう)の味(あぢ)と いひ。多(おほ)く得(え)がたき年増女(としま)の手取(てとり)。興(きよう)ある事(こと)に思(おも)ひツゝ。そのまゝ直(すぐ)に口(くち)と口。チウ〳〵吸(すへ)ば舌(した) の根(ね)の。限(かぎり)を出(いだ)して快(こゝろ)よく。吸(すは)せながらに手(て)を伸(のば)し。佐栗(さぐり)が股(また)へさしいるゝ。当下(そのとき)佐栗(さぐり)が一物(いちもつ)は。 ヅキン〳〵と勃起(おゑ)たちて。木(き)よりも堅(かた)く筋(すぢ)ばりしを。浅香(あさか)は無手(むて)と握(にぎ)りつめ。また亀頭(あたま) より雁首(かりくび)の。あたりを撮(つま)み。または撫(なで)。余念(よねん)もあらぬ景勢(ありさま)に。佐栗(さぐり)も浅香(あさか)が内股(うちもゝ)へ。手(て)を 入(い)れてみれば吐淫(といん)の滑(ぬめ)り。する〳〵として手(て)もつけられず。さては十分(じふぶん)萌(きざ)したり。この斯(ご)を 外(はづ)さずしたゝかに。精(き)をやらして嬉(たのし)まんと。直(すぐ)さま横(よこ)におし転(こか)し。割(わり)こんで突(つき)いるれば。浅香(あさか)は もはや夢中(むちう)になり。玉茎(へのこ)の亀頭(あたま)が子宮(こつぼ)の口(くち)へ。はやとゞくか届(とゞ)かぬに。アツレいゝとの大(おほ) 嬌(よが)り。グウ〳〵スウ〳〵鳴(なり)たつるは。実(げ)に猪(ゐのしゝ)が鼻(はな)あらしを。吹(ふき)たつるにも異(こと)ならず。佐栗(さぐり)もこ れに浮(うか)されて。アゝわたしもそれいゝト互(たがひ)の嬌(よが)り坤軸(こんぢく)も。碎(くだ)くるばかりにみえにけり       第十一 丑(うし)の時(とき)詣(まうで)のまき 夜(よ)は深々(しん〳〵)と更(ふけ)わたり。艸木(くさき)も眠(ねぶ)る丑(うし)三(み)ツごろ。佐栗(さぐり)は時(とき)をとりちがへ。翌(あす)朝六(あけむ)ツには公(おおほやけ)の。 御用(こよう)あればと急(いそ)ぎ足(あし)。浅香(あさか)が家(いへ)を立(たち)いでゝ。俱(とも)をもつれずたゞ一人。小燈灯(こぢやうちん)をふり照(てら)して。 はやくも御所(こしよ)の門(もん)へ来(きた)り。きけば八(ヤ)ツ半(はん)ならんといふ。かくてはいまだ出仕(しゆつし)も早(はや)し。左様(さう)と知(し) つたら今(いま)しばし。浅香(あさか)と抱(だか)れて寝(ね)たものを。悔(くや)しき事ををしてけりと後悔(こうくわい)しツゝ                                   下ノ八 御 庭口(にはくち)なる。詰所(つめしよ)へ往(ゆき)て一休(ひとやす)と。折戸(をりど)ひらきて樹立(こだち)の間(ひま)。あゆむ処(ところ)に粲然(ちら〳〵)と。火影(ほかげ)に怪(あや)しみ 燈灯(ちやうちん)を。弗(ふつ)とふき滅(け)し身(み)を潜(ひそ)め。窺(うかゞ)ひみれば吉光(よしみつ)が。寵愛(ちやうあい)深(ふか)き側室(そばめ)の桃代(もゝよ)。髪(かみ)をさば きて白打扮(しろでたち)。金輪(かなわ)にたてし蝋燭(らふそく)の。風(かぜ)のまに〳〵晃(きら)めくは。嗔意(しんい)の炎(ほむら)としられたり。傍(かたへ)に。 居(ゐ)るは岩井蔀(いはゐしとみ)。手(て)を捕(とら)へて物(もの)いふ風情(ふぜう)。何(なに)さま怪(あや)しと樹(こ)がくれて。それが動静(やうす)を伺(うかゝ)へは 蔀(しとみ)は桃代(もゝよ)が顔(かほ)をみあげて〽感得院(かんとくゐん)の修験(しゆげん)を恃(たの)んで。音勢(おとせ)を呪咀(のろふ)といふ事は。定(たし)かに聞(きい) たも嘘(うそ)ならず。音勢(おとせ)がこの頃(ごろ)ぶら〳〵病(やまひ)。医師(いし)よ祈祷(きとう)と御所(ごしよ)さまには。ありとあらゆる 御心配(おこゝろづかひ)。その病根(びやうこん)はおまへの所為(しわざ)。たとへ音勢(おとせ)に寵愛(ちやうあい)を。みかへられうとこれも時節(じせつ)。僻(ひが)むは 女子(おなご)の常(つね)とはいへ。大恩(だいおん)うけし君(きみ)が心(こゝろ)を。悩(なや)ます淫婦(いんふ)をみたは僥倖(さいはひ)。サア引縛(ひつくゝ)して庁所(やくしよ)へ拽(ひか)ふと。 いふに桃代(もゝよ)は抱(いだ)きつき〽お前(まへ)も余(あん)まり情(なさけ)ない。先頃(いつぞや)からして贈(おく)られた。文玉章(ふみたまづさ)もこゝにある。色(いろ)よい 返辞(へんじ)をしないのが。お気(き)にいらぬか知(し)らないが。その頃(ころ)は吾君(わがきみ)の。寵愛(ちやうあい)もまた他(ほか)ならず。夫(それ)を 忘(わす)れて他心(あだこゝろ)を。出(だ)しては済(すま)ぬと強面(つれなく)したも。吾儕(わたし)ばかりかお前(まへ)の身(み)をも。大事(だいじ)におもふ蔭(かげ)の深(しん) 実(じつ)。憎(にく)い女(をんな)とお恨(うら)みは。却(かへつ)てお前(まへ)の了張(れうけん)ちがひ。それは過(すぎ)にし昔(むかし)のこと。今(いま)は音勢(おとせ)にみかへられ有(ある)に 甲斐(かひ)なき桃代(もゝよ)が身(み)。人(ひと)を呪咀(のろふ)ば穴(あな)二ツと。いふも承知(しやうち)で奥庭(おくには)へ。夜更(よふけ)て一人(ひとり)の物詣(ものまうで)。それをお前(まへ) に見付(みつか)つたは。協(かな)はぬ験(しるし)の糠(ぬか)に釘(くぎ)。たとへ庁所(やくしよ)へ拽(ひつ)れりと。さのみ厭(いと)ひはせぬけれと。まんざらに憎(にく) い。女子(をなご)ぢやと。思(おぼ)さねばこそ玉章(たまづさ)の。数(かず)さへ送(おく)り給はりし。そのお心(こゝろ)の替(かは)らずは。今(いま)はどうなと 吾儕(わたし)が身(み)は。お前(まへ)任(まか)せにするほどに。何卒(どうぞ)この場(ば)は見遁(みのが)してト睨(ながしめ)にして蔀(しとみ)が顔(かほ)を。みツゝ も歎(なげ)く俤(おもかげ)は。雨夜(あまよ)の月(つき)に梅(うめ)が香(か)の。匂(にほ)ひこぼるゝばかりなるに。蔀(しとみ)はかねて浮岩(あこがれ)て 送(おく)る文(ふみ)さへそのまゝに。うち返(かへ)さりし腹(はら)たゝしさ。折(をり)もかなと思(おも)ふに僥倖(さいはひ)。かゝる容子(やうす)をみ にければ。疫(えやみ)の神(かみ)で敵(かたき)を撃(うつ)と。世(よ)の諺(ことわざ)にいふごとく。かく厳(きび)しくは威(をど)すものから。掻口(かきく) 説(どか)れて忽地(たちまち)に。魂(たましひ)天外(てんぐわい)に飛(とび)さりつツゝ。左様(さう)いふお前(まへ)の心(こゝろ)なら。何(なん)で吾儕(わたし)がこの事を。人(ひと)に洩(もら)し て難義(なんぎ)をかけう。いよ〳〵左様(さう)なら今(いま)こゝでと。抱(いだ)きよせて口(くち)を吸(すへ)ば。桃代(もゝよ)も蔀(しとみ)が衿(えり)へ手(て)を かけ。しめ付(つけ)て口と口。しばしは互(たがひ)に詞(ことば)もなし。暫(しばら)くあつて押(おし)こかし。其侭(そのまゝ)ぐつと割(わり)こめば。太(ふと)り 肉(じゝ)なる桃代(もゝよ)が陰門(いんもん)。ふくれあがりて紅舌(さね)低(ひく)く。その肌(はだ)ざはり艶麗(すべ〳〵)として。えもいは れぬ心地(こゝち)になり。蔀(しどみ)は急(せき)たち大(おほ)わざ物(もの)を。づぶ〳〵と押(おし)こめば桃代(もゝよ)は久(ひさ)しく遠(とほ)ざかり。男(をとこ)ほし                                 下ノ九 さに開中(かいちう)も。疼痛(うづく)ばかりの。折(をり)なれば。飽(あく)まで太(ふと)く逞(たく)ましき。大物(たいぶつ)を押(おし)こまれて。たゞ フウ〳〵と息(いき)をはづまし。夢中(むちう)になりて嬌(よが)り出(た)し。絶(たえ)も入なん在(あり)さまに。蔀(しとみ)は日来(ひごろ)したひ ぬる。ことにしあれば是(これ)もまた。更(さら)に前後(ぜんご)正体(しやうたい)なく。すかり〳〵と突立(つきた)て。ぬきもやらずに二ツ 玉(だま)。双方(さうはう)の陰水(いんすゐ)は。四(よ)ツの股(また)に溢(あふ)れ滴(したゝ)り。びちや〳〵ぐちや〳〵ずぼ〳〵と。たれに心(こゝろ)もおく 庭(には)の樹立(こだち)の他(ほか)に聞人(きゝて)なしと。心(こゝろ)弛(ゆる)して声(こゑ)をたて。余念(よねん)なくこそみえたりけれ        第十二 祝言(しゆうげん)のまき 室町御所(むろまちごしよ)の御連枝(ごれんし)なる。斯波捨若丸(しばすてわかまる)の奥御殿(おくごでん)。御次(おつぎ)御婢女(おはした)うち交(まじ)り。箒(はき)けはいとり〴〵 に。雑巾(ざふきん)がけの拭(ふ)き掃除(さうぢ)。三ン人よれは姦(かしまし)と。世話(せわ)にもいへる。女(をんな)の口々(くち〳〵)〽室町(むろまち)さまは美(うつく)しい。よい刀祢(との) さまじやと噂(うはさ)は聞(きい)ても。竟(つひ)にみあげた事もなし。明石(あかし)さまは御僥倖(おしあわせ)。ノウ小蝶(こてふ)どのわたしら も。何時(いつ)がいつまで御奉公(ごはうこう)。夫(それ)よりか御暇(おいとま)とり。よい良人(ていし)をもち孩児(やゝ)でも産(うん)だら。さそ嬉(うれ)しい 事であろ〽ヲヤ〳〵お前(まへ)は明石(あかし)さまの。今宵(こよひ)の御婚礼(ごこんれい)が羨(うらやま)しさに。急(きふ)に良人(ていし)を持気(もつき)におなりか ホンニ夫(それ)といへばアノ明石(あかし)さま。御年(おとし)こそお十六なれ。まだねつからな孺子(ねゝ)さんで。お形(なり)も小(ちい)さしあれでも まア肝心(かんじん)の。御床入(おとこいり)が。出来(でき)やうかいなト低語(さゝやけ)は〽何(なん)だかどうもむづかしさう。夫(それ)よりは後室(こうしつ)の壽田(すだ) の方(かた)さまはやう〳〵に。お二十九のわか後家(ごけ)さま。美(うつく)しいとは何(なん)の事。女(をんな)でさへ惚々(ほれ〴〵)するほど。いつその ことに壽田(すだ)さまに。遊(あそ)ばしたら宜(よ)さそなもの〽まさかになんぼ御美(おうつく)しくても。左様(さう)はならぬ訳(わけ)で あろ。しかし小蝶(こてふ)とん全躰(ぜんたい)は。明石(あかし)さまを直(すぐ)さまに。御所(ごしよ)へ御入輿(ごじゆよ)とある処(ところ)を。むかしは此方(こつち)へ 聟(むこ)をとり。婚礼(こんれい)さしてその後(のち)に。男(をとこ)の方(かた)へ引(ひき)とるが。日本(ひのもと)の礼(れい)とやら。どうぞ左様(さう)いたしたいと。 壽田(すだ)さまの御願(おねが)ひで今宵(こよひ)御所(ごしよ)さまが入(い)らせられ。御婚礼(ごこんれい)とのその噂(うはさ)。左様(さう)してみれば壽田(すだ) さまにも。お心(こゝろ)有(あつ)てのことかもしれない〽左様(さう)とも〳〵壽田(すだ)さまは。お年(とし)も盛(さか)りの若後家(わかごけ)で。 夫(それ)に男(をとこ)が大(だい)お好(すき)。先刀祢(せんとの)さまにも毎晩(まいばん)〳〵。三(みつ)ツも四(よ)ツも強(しゐ)つけて。竟(つひ)におかくれ遊(あそ)ばしたも。腎(じん) 虚(きよ)とやらいふお病(やま)ひさうな。夫(それ)から後(のち)はお一人住(ひとりすみ)。淋(さび)しうておなりなさるまい。明石(あかし)さまは鑓(まゝ)しい お子(こ)。どうやらちやつと横盤(よこばん)を。お切(きり)なさるもしれないトいふ口(くち)押(おさ)へて〽これさ〳〵。滅多(めつた)なことを いふまいぞ。何様(どう)でも此方(こつち)のかまはぬ事。ヲヤ御時計(おとけい)もモウ四ツ半。急(いそ)いで御掃除(おさうじ)しませうト 掃除(さうじ)も終(をは)ればはや九ツ。遠見(とほみ)の雑人(ざふにん)は走来(はせきた)り。御所(ごしよ)さまの御入(おいり)ざふと。知(し)らせに破驚(すは)やと奥表(おくおもて)                                     下ノ十 ざゝめきわたる御殿(ごてん)の賑(にぎ)はひ。かくて御婚礼(ごこんれい)の式(しき)も形(かた)の如(ごと)く。済(すみ)ての後(のち)に当主(たうしゆ)捨若(すてわか)。また 後室(こうしつ)壽田(すだ)の方(かた)とも。御ン盞(さかづき)事(こと)のありけるに。吉光(よしみつ)これを臠(みそな)はせば。年(とし)こそ少(すこ)し闌(ふけ)かたなれ。天(てん) 然(ねん)の姿色(ししよく)嬌嬈(たをやか)にて。錦(にしき)に包(つゝ)む玉(たま)ならずば。桃(もゝ)と桜(さくら)を一樹(ひとき)に咲(さか)せて。ながむる心地(こゝち)の せられければ暫(しばら)くは目(め)も離(はな)さず。その俤(おもかげ)に見蕩(みとれ)給ふ。壽田(すだ)の方(かた)も予(かね)てより。聞(きゝ)は及(およ)べと 吉光(よしみつ)君(ぎみ)が。御ン容貌(かほばせ)より立(たち)ふるまひ。優(ゆう)にやさしき御ンけはひ。光(ひか)る源氏(げんじ)も斯(かく)までにはと思(おも) ふ斗(ばか)りの御ンよそほひに。忽地(たちまち)心(こゝろ)悸(ときめ)きて。手(て)に持(もち)給ふ盞(さかづき)と。同(おな)じ色(いろ)にぞ赧(あから)むる。顔(かほ)を反(そむ)けて 坐(ざ)した給ふ。さま〳〵の御規式(ごぎしき)には。春(はる)の日(ひ)も闌安(たけやす)くして。はやくも初夜(しよや)の過(すぎ)ぬるほどに。頓(やが)て姫君(ひめぎみ) の御寝所(ぎよしんじよ)には。綾(あや)の褥(しとね)錦(にしき)の横(よぎ)。善(ぜん)をつくし美(び)をつくし。待受(まちうけ)給へば吉光(よしみつ)君(ぎみ)も御ン床着(とこぎ) を召換(めしかへ)られ。御寝間(おまま)へ入(い)らせ給ひけるに。明石姫(あかしひめ)は女中(ぢよちう)たちが。噂(うはさ)したる如(ごと)くにて。年(とし)に似(に)げなく 少(ちひ)さうて。御心(みこゝろ)さへもをさなければ。刀祢(との)の入(い)らせ給ひしを。恥(はづ)かしと思(おも)ふ気色(けしき)もなく。燈台(とうだい)の下(もと)に 人形(にんきやう)など。とり広(ひろ)げて居(ゐ)給ふほどに。吉光(よしみつ)は是(これ)を見(み)て。余(あま)りに稚過(をさなすぎ)ぬれど。却(かへつ)て可愛(かあい)き所(ところ)も ありと。側(そば)に居寄(ゐよつ)てこの人形(にんぎやう)は。格別(かくべつ)に秘蔵(ひさう)とみゆれど。室町(むろまち)へ来(き)給はんには。是(これ)にも倍(まし)たる 人形(にんぎやう)の。沢山(たくさん)あるを参(まゐ)らせん。と聞(きい)て明石(あかし)は歓(よろこ)び顔(がほ)。夫(そん)なら今(いま)から参(まゐ)りませう。と余(あま)り稚(をさな)き 御気色(みけしき)に。心(こゝろ)劣(おと)りはせらるれど。是(これ)は全(まつた)く稚心(をさなごゝろ)の。失(うせ)ざる故(ゆゑ)と心(こゝろ)に汲(くみ)とり〽今(いま)は夜(よる)にて夫(それ)は 便(びん)なし。翌(あす)こそ伴(ともな)ひ行(ゆく)べけれ。まづ〳〵今宵(こよひ)は諸俱(もろとも)に。歇(やす)むべければ床(とこ)の中(うち)へ。入(い)り給へと手(て)を 採(とつ)て。頓(やが)て床(とこ)へいり給ひ。吉光(よしみつ)は抱(いだ)きよせ口(くち)を吸(すは)んとし給へど。口(くち)をば堅(かた)く閉(とぢ)て開(ひら)かず。前(まへ)をまく りて手(て)をいるゝに。アレヨト強(つよ)く押(おさ)ゆるを。然(さ)はせぬものよとその手(て)を放(はな)ち。内股(うちもゝ)へいれてみるに 滑々(すべ〳〵)として薄毛(うすげ)もなく。夫(それ)より稍(しだい)に紅舌(さね)の辺(あた)り。また玉門(ぎよくもん)へ手(て)を臨(ののぞ)ませても。頻(しき)りに渾身(みうち)を 悶(もだ)ゆるのみ。にて陰門(いんもん)のやうす十二三の。小女児(こむすめ)に等(ひとし)へければ。斯(かく)てはなか〳〵用(よう)にも立(たゝ)じと。吉光(よしみつ) 君(きみ)は可笑(をかし)くも。また本意(ほい)なくもおぼされて。詞(ことば)だになく在(おは)しけり      是(これ)より後(のち)壽田(すだ)の方(かた)との色情(しきじやう)は。まさしく藤壷(ふちつぼ)の宮(みや)が姿(すがた)を借(か)り。三人(みたり)の側室(そばめ)音勢(おとせ)     が事。傾城(けいせい)浜荻(はまおぎ)が物(もの)あらがひは。葵(あふひ)のうへが赴(おもむき)を模(うつ)し。さま〴〵趣向(しゆかう)ありといへど。こゝに      丁数(ちやうすう)限(かぎ)りあれば。たゞそのさまを画(ゑ)にのみみせ。文(ぶん)は後(おく)れて二編(にへん)にあり。看官(かんくわん)是(これ)を察(さつ)し給へ 相生源氏下之巻 終                                  下ノ巻大尾