KEIO-00187 書名 精養  刊      1/1冊 所蔵者 慶應義塾大学メディアセンター (備考) 管理番号 70100586325 撮影 株式会社カロワークス 撮影年月 平成27年8月  慶應義塾大学メディアセンター 【帙 表】 【題簽】 精養 【表紙】 小西家之忠臣 小西寅造          此主寅造   此主寅造 此主         貨輔 小西家之忠臣  貫輔 貫   寅造此主  重吉         士輔 此主小西寅造  貫輔     寅造書 重佶 程子(ていし)の説(せつ)に《振り仮名:不_レ偏|かたよらさる》之謂【レ点脱】中《振り仮名:不_レ易|かはらさる》 之《振り仮名:謂_レ庸|よふといふ》と中庸は則(すなはち)天地の理(り)に して《振り仮名:率_レ理|りにしたかふ》もの則道也道は日用 当行(とふこふ)の路(みち)にして君は則君の道 臣は則臣の道あり道の真(しん)を得(う)る者 是を賢達(けんたつ)の人と云《割書:予》か道たる漢(かん)に 張仲景(てふちふけい)有て能(よ)く医(い)の真(しん)理を 闢(ひら)くといへとも仲景 没(ほつ)して後(のち)道また 庸愚(やうぐ)の為(ため)に誤(あやま)り来ること遠(とふ)く大慨(おふむね)【概】 病をすることを思はすして体(たい)を養ふ ことをおもふて却而(かへつて)病を養ひ体(たい) を損(そん)するに至るなけくべきの甚し きにあらすや今 粤(こゝ)に《割書:予》か師 桜井(さくらい) 翁(おふ)医道(いどふ)之 真理(しんり)を観発(みひらい)て先賢(せんけん)も 《振り仮名:未_レ発|いまたはつせさる》の妙(めふ)理を極(きは)む是 実(しつ)に此道 の興隆(かふりゆう)する時を得たりと云へし雖(しかりと) _レ然(いへとも)老翁(ろふおふ)無為(むい)にして世(よ)に発(はつ)せん事 をおもわす《割書:予》師に学(まなん)でより此道 の天下に公(おゝやけ)ならさるをなけく故(ゆへ)に 是を禿毫(とくこふ)に書して素心(そしん)の万一を もつて普(あまね)く世上に施(ほとこ)すのみ蓋(けた)し 本末(ほんまつ)二 章(せう)を闕略(けつりやく)して猶(なを)病を去り 気発(きはつ)をたてゝ病者(ひよふしや)を介育(かいいく)する功業(かふけふ) もあらば《割書:予》か此書にのする所の補助(ほちよ) にもならんかと後(のち)の高識(かふしき)の君子(くんし) を俟(ま)つのみ          元玄堂主人述    治療(ぢりやう)と養生(ようしやう)の道(みち)を説(とく) 人 貴(たつと)きも賤(いや)しきも遁(のが)れがたきは病(やまひ)なり、士農工商(しのうこうせう)其(その) 外(ほか)遊民(ゆうみん)に至(いた)るまで、無病ならざれば其 勤(つと)め其 業(わざ)をなす こと能(あた)はず、天に不時(ふじ)の風雲(ふううん)あれば人に病の患(うれひ)あり、 今世に医道(いどう)を行(おこな)ふは甚(はなはだ)行(おこな)ひがたきものと心得、多く 病人を治療しあるひは医書に眼(まなこ)を曝(さら)し、又は病人を 多く殺(ころ)さゞれば医道に妙(みやう)を得ぬものと、愚人(ぐにん)思(おも)ふは 理(り)のやうなれど天理と人事(じんじ)を知らざるなり、如何(いかん)と なれば医書の源たる、傷寒論(しようかんろん)漢(かん)の張仲景(ちやうちうけい)の説処(とくところ) 其道を守りて、療するに病者の多少(たせう)に寄(よる)べからず、医道は 人 生(うま)れながら自然(しぜん)をもて備(そな)はれり、《割書:痛(いた)めて揉(もむ)ことをしり、草臥(くたびれ)|てさすることを知り、腹(はら)痛め》 《割書:ば苦(にが)きを喰(くら)ふ、大便(だいべん)けつすれば下(くだ)るを|思ひ、寒気(さむけ)して汗(あせ)することをしる》されば数(かず)を尽(つく)して妙に 至らんとは、諸芸(しよげい)を学(まな)ぶに均(ひと)しき愚(ぐ)の心なり、愚の志を もて数を尽すといへども何(なん)ぞ其妙に至らん哉、自(みづから)の病を 自治し病を去べき薬を究(きは)めて、他の病を治療なすべき 事ならずや、然れば多く病人を治療して妙に至るとは、 元来(もとより)天地自然の療治を知らねば、危(あやふ)き事(こと)にしてよく 薬を売捌(うりさばく)の妙なり、又医書のみ沢山(たくさん)渉猟(せうりやう)【左ルビ:みる】するとも、病 の根元(こんけん)と阿吽(あうん)と天地の自然を暗記(あんき)【左ルビ:あきらめ】せずんば、書の目(ふちやう) を沢山(たくさん)覚ゆるのみにして益(えき)なき事なり、世の諺(ことはざ)に病人 を多く殺さゞれば其妙に至らぬ抔(など)と、是人道を知ら さるなり、万物の霊(れい)たる人を試(ため)して其妙に至るとは 不仁不義也、試(ため)さるゝものこそ哀(あわ)れなり、医は既(すで)に仁 術(じゆつ)といふ病苦(びやうく)を救(すく)ふをもて仁なり、鳥(ちやう)【左ルビ:とり】獣(じう)【左ルビ:けだもの】虫(ちう)【左ルビ:むし】に至る迄 其薬を知り喰ふて病を愈(いや)す、《割書:犬(いぬ)猫(ねこ)は草を喰ふて吐(はく)ことを|知り、山野にすむ獣もくさ〳〵》 《割書:の物喰ふて体(からだ)を養(やしな)ふことを知り、鳥といへども皆同じ、蜘(くも)蜂(はち)に刺(さゝ)れ|芋(いも)の葉(は)にこすりて其痛みをさる、人蜂にさゝれし時、芋のはをもみて》 《割書:つくれば、その|痛みをさる也》是天地自然也、況(いわん)や人におゐておや、後世 病(やまひ)の名(な)累年(るいねん)にまし、医書薬法年々に起(おこ)り、悉(こと〴〵)く覚 ゆるには百歳を経(ふ)るとも尽しがたし、元万病一毒なり、 頭(かしら)痛(いた)めば頭痛(づつう)といひ、足痛めば脚気(かつけ)といふ、人名あるが 如し、《割書:権兵衛|八兵衛》皆病也、今病の名のみに苦み、療治をな すゆゑ治らざるなり、万病一毒なれば何ぞ其毒を 去に、手重(ておも)き事なし、されば万病治せずといふ事なし、 然るを此薬法は此病によし奇法(きほう)銘(めい)法と称(とな)ふること元 治定(ぢぢやう)なく当(あた)り不当りといふもの也、汗吐下(かんとげ)の三方より 外に病毒を去る方なし、又 腹中(ふくちう)にて病毒を消滅(せうめつ) せず胸膈(けうかく)より上は是を吐(と)し胸膈より下は是を下し皮(ひ) 表(ひやう)の毒(どく)は是を発す是汗吐下の三方也世人多くは 気より病を生ず其気 胃中(ゐちう)に鬱(むすぼ)れて労症(らうせう)を生じ 又は上衝(ぜうしよう)して乱心(らんしん)となる愚(ぐ)の甚(はなはだ)しきなり此症は薬を 用ひて愚を説(とか)ずんば治(ぢ)せず近世(ちかきよ)人 智(ち)をますが故に 労煩(らうはん)す又 美食(びしよく)をなすゆゑに病を生ず人 此理(このり)を弁(わきま) ふ時は病を生せず予(よ)が師(し)桜井祐之(さくらゐゆうし)上州の産(うまれ)にて妻(さい) 子の病を医(い)に頼(たの)み療治(りやうぢ)を受(うく)るといへども験(しるし)なく死す 祐之 壮年(わかきとき)より多病にして普(あまね)く医療を受るといへども 更(さら)に験(しるし)なきか故世に医療の治定(ぢぢやう)なき事を歎(なげ)きて 自(みづか)ら薬数品(くすりかずしな)【左ルビ:すひん】【注①】を集(あつ)め其 効(かう)なきを捨(すて)其効 有(ある)を用ひ て汗吐下(かんとげ)の薬剤(やくざい)を究(きは)め自(みづか)らの病を療する処 悉(こと〴〵)く 病を去り始て無病の人となる是 胃中(ゐちう)の毒を去る が故也 尚(なほ)九族(しんるい)【左ルビ:きうぞく】の病を療する事 数人(すにん)響(ひゞ)きに応(おう)して近(きん) 郷(がう)里人(さとびと)難症(なんせう)の治療を受く普(あまね)く験(しるし)有て無病の 人となす師(し)祐之(ゆうし)十有八年 已前(いぜん)より江府(ゑど)に来(きたり)て今(こ) 年七十有五歳 頭(かしら)に白毛(しらが)を生せず眼(め)明(あきらかな)にして歯(は)の 患(うれ)ひを知(しら)ず精気(せいき)壮者(わかきものゝ)【注②】の如く実(じつ)に無病の老翁(らうおう)なり 予(よ)師に従(したがつ)て悉(こと〴〵)く道を学(まな)び吾(わ)が体(からだ)のやまひを療し 家族(かぞく)を治療なすに無(む)病となすこゝにおゐて四(よ) 方(も)の貴賤(きせん)の病を治療なすに百 発(はつ)百 中(ちう)にして 其 効(しるし)なきといふ事なし寔(まこと)に無病長生の術(じゆつ)張仲(ちようちう) 景(けい)以来(いらい)の法(ほう)にして真(しん)法也古人の語(ご)に病を攻(せむ)るに 毒薬(どくやく)を以てす生(せい)を養(やしな)ふに穀(こく)肉(にく)菓(くわ)菜(さい)を以てすと いへり然れば人々 食(しよく)を旨(うまし)として食するこそ生を 養(やしな)ふ第一にして薬をもて体(たい)を補(おきな)ふ理(り)なし近世 補薬(ほやく)持(ぢ)薬と称(しよう)して其 好(この)む物を禁(きん)食しその 【注① 左ルビ「すひん」は「数品」に付く】 【注② 振り仮名の「ゝ」は衍】 体(からだ)をおぎなはずして病を補(おきな)ひ或(あるひ)は薬にて其体を 養ふと心得(こゝろえ)病を子孫(しそん)のごとく大切(たいせつ)になし病 益々(ます〳〵) 盛(さかん)にして終(つい)に身(み)を失(うしな)ふものあり大(おゝ)いなる誤(あやまり)なり胃中(いちう) の毒(どく)を去(さ)る時は病なし然れば禁食(きんしよく)に及(およ)ばす然れ共(ども) 好む物といへども多く食すれば毒なり米は命を保つ 良薬(りやうやく)なれども多く食すれば脾胃(ひゐ)虚(きよ)して病を生ず 是(これ)則(すなはち)毒薬也 物(もの)の中(ちう)をよしとす身体髪膚(しんたいはつぷ)潤環(じゆんくわん)して 腹中(ふくちう)に毒なきときは無病なり目(め)耳(みゝ)口(くち)手(て)足(あし)のやまひと いへども皆胃中より発(おこ)り皮表(ひひやう)へ腫物(はれもの)出(いづ)るも胃中也 然るを其 悩(なや)む処(ところ)によりて治療し其 源(みなもと)を攻(せめ)ず既(すで)に ○疱瘡(ほうさう)を見るに初(はじ)め其 毒(どく)を下(くだ)さゞる故に胸膈(けうかく)へ 毒 上(のぼ)り或は毒のため精気(せいき)弱(よわ)きが故 一旦(いつたん)発表(はつひやう)の腫物(しゆもつ) 引込(ひきこみ)て死(し)するあり小児に下剤(げざい)を用るときは体 労(つか)るゝ と心得(こゝろえ)病を大切にする論(ろん)也胎毒 強(つよ)きは疱瘡 重(おも)く 毒 軽(かろ)きは疱瘡かろし爰(こゝ)におゐて初め其毒を下し 後(のち)発表(はつひやう)の薬を用ひ尚(なほ)胸膈(けうかく)のはるときはいかにも下(くだ) さずんば介(たすく)るに至(いた)らず小児の乳(ちゝ)を吐(はく)といふも胃中毒 強(つよ)くして食の納(おさま)るべき処に毒有が故に吐(と)す是 吐剤(とざい) を用ふるの症(しよう)○驚風(きやうふう)といへども同じ吐剤を用ゆる時は 速(すみやか)に生(いく)るに至る病によりて五 臓(ざう)六 腑(ふ)に説(とく)といへども理(り)を 説 而已(のみ)にして見難(みがた)きのみ世間に家伝秘法と称(とな)へ或は 一子相伝又は神仏の夢想(むさう)と名付て悉(こと〴〵)く秘(ひ)する 事医道を弁へざる賤き志なり病を治すべき薬は後世 迄も多く人に伝へるこそ仁也全く一箇にして金銭を 貪(むさぼ)るの欲(よく)也是天地自然の理(り)を弁(わきま)へさる也天地の空(くう) 中に生ずる造化の人体有て中空也水火風にて性を なす火風は形(かたち)なし物によりて形をなす《割書:水は其形を見る火|は木を焼(やく)によりて》 《割書:形をみる風は木に|よりて音をなす》水気(すいき)は体(たい)に充満(しうまん)し発熱(ほつねつ)する是 火(ひ)息(いき)す る是風体を自在(じざい)にし言語(くちをきく)【左ルビ:げんぎよ】する是空中の玄(けん)也天地 万物(ばんもつ)を造化(さうくわ)すといへども気(き)より生ずる一物にして論(ろん) じ難(がた)し金(かね)は重(おも)きものといへども空(くう)有(ある)■(とき)は水上(すいしよう)に浮(うか)ぶ 生物(せいぶつ)と死(し)物と異(ことなり)といへども理(り)は同意(どうゐ)にして人の体(からだ)に 空あればこそ性(せい)をなす然るを魂魄(こんはく)有(ある)ものと思ふが 故(ゆへ)に病毒を攻(せむ)るの術(じゆつ)を失(うしな)ふ実(じつ)に魂魄有ものなれば 婦人 孕(はら)む■(とき)何(いづ)れよりか魂魄 飛(と)び来(きた)るや魂魄は阿呍(あうん) にして又 説(とき)がたし無心(むしん)は養生(ようじやう)の基(もとゐ)事に労煩(らうはん)なす 【注 ■は「日+之」・「時」の意ヵ】 故に病を生す大(おゝ)いに悦(よろこ)び大いに驚(おどろ)き大いに患(うれ)ふ皆(みな) 胃中(ゐちう)に悪気(あくき)を止(とゝむ)る故に病根(ひやうこん)となる既(すで)に○労症(らうしよう)を 見るに気(き)の発(はつ)する性(せう)又は気発せざる性より起(おこ)り同症(とうせう) にして上衝(のぼせ)【左ルビ:ぜうしやう】する時は○乱心(らんしん)と成(なる)是又愚の甚(はなはだし)きなり 狐(きつね)狸(たぬき)人に取付(とりつく)抔(など)と古(いにしへ)より云伝(いひつた)ふ万物(ばんもつ)の霊(れい)たる人に 獣(けだもの)の害(がい)を為(なす)べきや人たるもの能々(よく〳〵)思慮(しりよ)すべし皆 己(おのれ)と 念(ねん)を生じ人又取付といふが故に狐狸の真似(まね)を為(なす) なり鳥獣(てうじう)の類(るい)に狐狸の付たるを見ず故に人有て 狐を殺(ころ)す傍(かたはら)に居(ゐ)る人 不便(ふびん)に思ふ其人に取付て 害(がい)せし人に取付ず取付 程(ほど)の獣 強(つよき)を恐(おそ)れ弱き を恐れざる理なし神明(かみ)【左ルビ:しんめい】先祖(ほとけ)【左ルビ:せんぞ】の祟(たゝ)りも同じ神明 仏祖(ほとけ)たるもの祟(たゝ)るべきや皆(みな)己(おのれ)と念を生ずるなり又 世に加持祈祷(かぢきたう)をもて病を治せんとするもうけがた き事にして仏祖も飲食(いんしい)衣服(いふく)臥具(くわぐ)医薬(いやく)を《割書:法|華》 供養(くよう)すと説(と)くされば断食(だんじき)をし薬を呑(のむ)なとは 教(おし)えず薬を用ゆる上(うへ)祈念(きねん)せば一心のよる処にし て効験(かうけん)あらん祈念なして諸病を治せば修験(しゆげん)法(ほう) 師(し)に病にて死するものはなき筈(はづ)也死するものを 因縁(いんねん)定業(ぢやうごう)又は天命(てんめい)老少不常(らうせうふぢやう)と称(とな)ふるはよきぬ け道なり不時(ふぢ)の災難(さいなん)にて死するものは天命とも 因縁ともいふべきが全(まつた)く病のため死するものは胃 中の毒のため死するなり是(これ)療治(りやうぢ)のとゞかぬなり 病なくして壮年(わかく)【左ルビ:さうねん】に死するものを見ず無病の人八九十 年を経(へ)て枯木(かれき)の倒(たほ)るゝが如く死するものこそ定業(ぢやうごう) ともいふべし世の医(い)たるもの吾(わ)が体(からだ)の病を自(みづか)ら治し 妻子(さいし)眷属(けんぞく)の病を治し而后(しかふしてのち)他の病人を治療する こそ本意(ほんい)なれ然るを吾(わ)か病を他の医に頼(たの)むなど といふは元(もと)療治の治定(ぢぢやう)なきが故也人の命にかゝわる 業(わざ)くれをなすに治定なき術(しゆつ)をもて身の営(いとな)みと なすは不仁不義也世人 加持祈禱(かぢきとう)を信要(しんやう)し補(ほ) 薬持薬を用ひ口あたりよく骨(ほね)おらず苦(くる)しまず して病は愈るものと心得(こゝろえ)良薬(りやうやく)口に苦(にが)しといふ古語(こご)を失(うしな) ふ今 難症(なんしよう)を治療すといへば不思議の事と思ひて 謗(そし)る者あらん元(もと)病を不具(かたわ)と心得 愈(いゑ)ざることゝ究(きはむ) るが故 愚人(ぐにん)思ふべし是も元(もと)治する術(じゆつ)なきが 故なり歎(なげ)かはしき事(こと)哉(かな)人体(にんたい)備(そなは)りて何ぞかたわ たらんや持病(ぢびやう)有(ある)べきや全く病毒のため唖(おし)聾(つんぼ)也 其毒をさる時は全(まつた)き人となる予が師(し)治療して 難症(なんしやう)を治し病苦を救(すく)ふ術を吾学んで行ふに 則治す爰(こゝ)におゐて広(ひろ)く世に伝(つた)へ道を学ばんと思 ふ人は予が門に至(いた)らば天地自然の理の治療を伝(つたへ) 無病の薬剤(やくざい)を授(さづ)け普(あまね)く万民の病苦を救(すく)ふ事 を希(こひねが)ふ而已(のみ)     病人 看病人(かんひやうにん)の心得を説 世に難症と称(とな)へ不治病と究(きわむ)るは古より治療の治 定なき故病者も不治(なほらぬ)と究(きわ)めその親族(しんるい)も不愈(なほらぬ)と 心得前世の宿業(しゆくごう)或は業病又は神仏の祟(たゝ)り抔(など)と 己より名付て生涯(しやうがい)不具(かたわ)と名付 置(おく)こと難(なげ)かはしきこと なり適(たま〳〵)天地の間に性(せい)を得(え)て病のため廃(すたれ)【左ルビ:はい】人となり 世を終(おわ)ること不幸(ふかう)是より大(おゝ)いなるはなし○癩病(らいびやう)と 称(しよう)する病は親(おや)の骨肉を受得(うけえ)て産(うま)るゝによりて 不治(ふぢ)の症と古(いにしへ)より云伝(いひつた)ふ是天地の間に有心(うしん)無心(むしん) 変化(へんげ)する理(り)を知(しら)ざる也 生(せう)有(ある)もの皆(みな)変(へん)す如何(いかん)となれ ば鳥(とり)獣(けだもの)といへども生(うま)るゝ時の羽(はね)毛(け)は年々抜 替(かわ)り魚(うを)虫(むし)迄(まで) も皆同し《割書:蚕(かいこ)ぬけかはり巣(す)をつくりて蝶(てふ)となり諸(もろ〳〵)の毛虫(けむし)も同じ蛇(へび)|もぬけかわり魚はこけかはり海老を見てしるべし孑孑(ぼうふり)》 《割書:化(くわ)して蚊(か)となる其|両三種をこゝにとく》無心(むしん)の木といへども初め種(たね)より生じて 年を経(へ)て大木となる是(これ)真(しん)より年々 成木(せいぼく)して皮(かわ)は 年々さる也されば親木の肉はいつかさり尽(つく)し実生(みしやう)の 時と変化(へんげ)す人 産(うま)るゝ時の骨肉年々成長して毛(け) 歯(は)も抜かはり皮肉(ひにく)も垢(あか)となり小児大人となればこれ 生るゝ時の骸(からだ)はぬぎ捨(すて)るなりされば親より受(うけ)る骸は ぬぎすてる精気(せいき)は親より譲(ゆづ)り受て見るに形(かたち)なし是 則天地の間に有心(うしん)無心(むしん)変化(へんげ)の理なり然(しか)れば癩(らい) 病 元(もと)病(やまひ)にして悪血(あくち)悪 肉(にく)吐下(とけ)して其病毒をさり 食(しよく)をもて体を補(おぎな)ふときは全(まつた)き人となる○唖(おし)聾(つんぼ)といへ ども不具(かたわ)にあらず病毒のため耳(みゝ)舌(した)不仁(ふじん)也小児 体(たい) 毒のため耳(みゝ)舌(した)《振り仮名:不_レ通|つうせず》唖といへども声(こゑ)あり聞(きか)ざる故いふこと をしらす然(しか)るを耳(みゝ)聞(きこ)ゆるは畜類(ちくるい)に近(ちか)し抔(など)といふこれ 毒 薄(うす)くして舌道(ぜつどう)不仁の症あるひは潤環(しゆんくわん)せざる故に痀(せ) 瘻(むし)となり病毒 強(つよ)くして虫(むし)を生じ○癲癇(てんかん)となり皆 毒のため種々(さま〴〵)の病を生ず此症は胃中の悪気(あくき)上 衝(しやう)して気 絶(ぜつ)す上気 下(くだ)る時は自然と生(せう)気となる 是 吐剤(とざい)を用るの症皆毒のため難症(なんせう)也されば是 不具(かたわ)にあらず不具なるもの成人(せいじん)すべき謂(いわ)れなし 是 殺蠱剤(さつちうざい)気発(きはつ)の療治をなす時は則治す○中 風此病も不治(ふぢ)の症と究(きわ)む此症は大いに悦(よろこ)び大い に驚(おどろ)き大いに患(うれ)ひ又は労煩(らうはん)なすか或は四十五十に して壮婦(わかきおんな)に交(まじは)る時は此病を生ず胃中に悪気を 止め精気(せいき)を失(うしな)ひ血気 潤環(じゆんくわん)せす故に手足不仁と なる発表(はつひやう)吐剤(とざい)を用ゆるの症故に此病は大便(たいべん)けつし 病 盛(さかん)になるときは朦々(まう〳〵)たり是吐剤を第(だい)一にし下 剤 発表(はつひやう)にて療する時は則治す既に傷寒(しやうかん)を病(やみ)て 耳舌不仁又は上衝して乱心(らんしん)するあり是 当座(とうざ)の 聾(つんぼ)唖(おし)中気乱心なりされば病の重(おも)きと軽(かろ)きとな れば治せざる事なし世人吐剤下剤に恐(おそ)るれど霍(くわく) 乱(らん)食傷(しよくせう)吐下せしによりて能(よし)といふ事は人 皆(みな)知(し)る 処(ところ)也吐剤下剤を用ゆれば其 体(たい)労(つか)るゝと心得(こゝろえ)病の ため体(たい)を労(つか)らす事を知らず病毒をさる時は食を もて其体を補(おぎな)ふ事 速(すみやか)なり傷寒平 愈(ゆ)する人五 十日六十日かゝり床(とこ)ずれ髪(かみ)ぬけ漸(やゝ)にして全快(ぜんくわい)する 人是 急(きう)に病毒をさらざる故也 薬毒(やくとく)残(のこ)りて害(かい)を なすと思(おも)ふものあり是 精気(せいき)有事(あること)を知(し)らざるなり 精気は毒を受ず食傷(しよくしやう)して吐事を弁(わきま)ふべし病 毒のさるまで薬を用ひずして半途(はんと)にて止(や)め病 動(うご) くが故 害(がい)をなすを薬毒と思ふは是世事の理 談(だん)を弁ふべし《割書:世の中の入組(いりくみ)たる掛合(かけあひ)そのつまる所 迄(まで)掛|合はされば小事も却て大事となるにひとし》 口当(くちあたり)よき薬 永(なが)く用ゆる時は病にあたらぬ故病 を助(たすけ)て体(たい)を損(そん)ず病を動(うごか)す時は苦(くる)しむ永く捨 置(おい)て命を縮(ちゞむ)るよりは少々(すこし〳〵)苦(くるし)みても愈(いゆ)るこそ本 意(ゐ)なれ人酒を呑(のみ)て酔(ゑふ)事は知れど薬を喰(くら)ふて 酔事を知らず命(いのち)を失ふ程(ほど)の病毒 酔(ゑは)ずんばその 毒さりがたし《振り仮名:於_二于爰_一|こゝにおいて》薬(くすり)《振り仮名:𥈅眩|めんけん》【注】せずんば其病 愈(いゑ)ずど 聖人(せいじん)の説(とく)也体を養(やしな)ふは食命を縮(ちゞむ)るは房事(ほうじ)病 中病後 禁(きん)ずるは婬事(いんじ)也多病の人あり一病を治 して余(よ)の病は余の薬をもて治すると心得(こゝろえ)ること不 明也 譬(たとへ)ば痰(たん)癪(しやく)頭痛(づつう)疝気(せんき)抔(など)と種々(さま〴〵)病有人その病 別々(べつ〳〵)と思ふ是 己(おのれ)の体(からだ)有事を知らぬと見えたり 食すれば胃中へ納(おさ[ま])り酒を呑(のむ)胃中へ納り薬をのむ 【注 「𥈅眩」は「瞑眩(メンゲン)」の誤ヵ。「𥈅」の音は「テン」】 胃中へ納(おさま)る食物の品(しな)によりて其納る処の異(ことな)る哉(や) いかなる物を食するとも胃中より外(ほか)納る処なし されば病の根元(こんげん)也其根元より諸方(しよほう)へ発(はつ)し病名を求(もと) む是万病一毒の験(しるし)胃中の毒をさる時は万病治す といふは此理(このり)也 然(しか)れば一病を治して余(よ)の病は後(のち)に愈(なほ) すなどゝいふは是療治の治定(ちぢやう)なき証拠(しようこ)也唯其 悩(なや)む 所を押付置(おしつけおく)而已(のみ)にして治すといふにてなし今病の 名(な)数多(あまた)にして一々 説(とく)に遑(いとま)あらず両 三種(さんしゆ)爰(こゝ)に説(と)く ◯脹満(ちやうまん)此病は胃中の毒 充満(じうまん)して皮表(ひひやう)をとぢ 腹満(ふくまん)す然(しか)るを腹中より水をとるの療治あり一旦(いつたん)効(かう) を得(う)るといへども日を経(へ)て又 元(もと)の如(ごと)く腹満すれば必 死す人無病なれば惣身(そうしん)より気発するものなれば此 病はまづ皮表(ひひやう)の毒を攻(せめ)気発(きはつ)をたて後(のち)下剤をもて 毒を下す元(もと)自然(しぜん)に水気(すいき)溜(たま)りたるやまひなれば自 然をもて其水気を下(くだ)すときは必治す◯痢病(りびやう)此病 は毒のため腹中 冷(ひへ)て雫(しづく)の如(ごと)く数度(すど)下(くだ)るの症然る を留(とめ)んと療する故(ゆへ)に腹中に毒 充満(じうまん)しあるひは肉(にく) 下ると思ふが故に治するの道(みち)を失(うしな)ふ温(あたゝ)めて其毒を 下す時は則(すなはち)治す是其 下(くだ)るべき病毒をさる故なり ○反胃(かく)【左ルビ:ほんい】此病は胃中食の納(おさま)るべき処に毒あるが 故吐す然るを留(とめ)んと療する故に不治(なほらず)是 吐剤(とざい)を以 其毒を吐捨(はきすて)る時は食の納る事を得(う)る○眼病(がんびやう) 種々(さま〳〵)名(な)づく此病は胃中より発(はつ)し眼(まなこ)に熱気(ねつき)生(しやう)ず る故に冷薬(れいやく)をもて療治し一旦(いつたん)の効(かう)を得る或は眼に 針(はり)を打(うつ)の療あり危(あやう)き事なり元胃中より発して 眼病(かんひやう)となる故に食(しよく)の過(すぎ)たる時 翌朝(よくちやう)に至りて目やに を生す胃中の毒 登(のぼ)る証(しるし)也いかなる眼病といへども 胃中の毒を下し吐剤(とさい)をもて毒をさり眼(め)のくもりを さる時は眼気(がんき)を盛(さかん)にし則 明(あきら)かにすさて老人(らうじん)の病又 大病の人あり下剤を用ゆる時は其 体(たい)労(つか)れたるに よりて死(し)すると思(おも)ふ其(その)労(つか)れたるは病毒のためならず や前(まへ)にも説(とく)如く腹中にて病毒の消(きゆ)るといふ事なし 又小便より病 取(と)れることゝ思ふものあり重(おも)き病の小 便よりとれべきや吐下より外(ほか)毒(どく)を去(さり)がたし毒 滅(めつ)す れば其体の精気(せいき)を得(う)る世人 能々(よく〳〵)此 理(り)を弁(わきま)ふべし 病人有て死(し)病と覚悟(かくご)し薬も呑(のま)ず食もくわず 抔(など)と云ものあれども天の理に逆(さか)ふ也 鳥(とり)獣(けだもの)虫(むし)に至(いた)る迄(まで) 死を恐(おそ)れざるなし況(いわん)や人においてをや人 上発(じやうはつ)気発(きはつ)せ ずんば病に負(まけ)るなり既(すで)に哀(あはれ)の物語(ものがたり)を《振り仮名:聞■|きくとき》は心(こゝろ)沈(しづ)み 勇(いさ)ましき物語を聞■は心 発(はつ)す然(しか)るを病人いまだ死 せざる前(まへ)より仏像(ぶつざう)を掛(かけ)念仏 三昧(さんまい)しかのみならず薬 を止(やめ)させ読経(どくきやう)し病 平愈(へいゆ)を祈(いの)るか無念往生(むねんわうじやう)を進(すゝむ) るにかあるなれとも病を去(さる)べき術(しゆつ)有(あつ)て死を急(いそ)ぐとは 苦痛(くつう)を遁(のがれ)んとあるべけれど其苦痛も薬(くすり)のあたらざる 故也一日半日たりとも生延(いきのび)るこそ天地への勤(つとめ)也 一度(いちど) は死するものなれば決定(けつぢやう)の覚悟(かくご)を極意(ごくゐ)とし今 (し)ぬ 迄も死ぬまじと思(おも)ふ時は病に勝(かつ)也とかく病にまける 故に体(たい)をつからす既(すで)に愛欲(あいよく)の念慮(ねんりよ)有(ある)人 精(せい)を失(うしな) て死せざるあり恥(はづ)べき事(こと)なり必竟(ひつきやう)余念(よねん)を生ずる故 死をとげがたし試(ため)し見るに金銀(きん〴〵)のために死を惜(おし) む輩(ともがら)あり生(うま)るゝ時 持来(もちきた)る哉(や)天下の宝(たから)を預(あづか)り居(いる) といふ事を知らぬ愚(ぐ)の甚(はなはだ)しき也死する時こそ無(む) 念(ねん)無想(むさう)にして仏果(ぶつくわ)の生離(せうり)こそありたけれ命数(めいすう) 尽(つき)ざる命病のため失ふは天の性(せい)を知らぬなり父 母に受得(うけえ)し身体(しんたい)吾が骸(からだ)にあらず食せずんば 其体を養(やしな)ひがたし汗吐下(かんとげ)を覚悟(かくご)せば重病(おもきやまひ)には 至らず気発を第一にし世事を捨(すて)薬と食とを喰(くら) はんといふ事を工夫のみして体を養ふ事を思ふ べし又心なく人を遣(つか)ふ事を厭(いと)ふべし是平生の 心懸(こゝろがけ)にあり看病(かんびやう)するもの重病の人へは気の発 するやうになすこそ精(せい)を養(やしな)ふの第一 苦労(くろう)と成(なる) べき事きうするは体(からた)を損(そん)ずるの基(もとゐ)病人を看病(かんびやう)為(なす) には今日一日 限(かぎ)りの世話(せわ)と思ひ此人を本腹さす れば多くの金銀を囉(もら)ひ受(うけ)る事と己の心に極(きは)めて 世話(せわ)なすときは倦(あき)ず永(なが)く世話なすと思ふが故 疎略(そりやく) と成(なる)子 有(ある)もの子の看病(かんびやう)して他人を思ひやるべし 是皆心也 仮令(たとへ)報恩(ほうをん)なしとも天 報(むく)ゆる也是金銀に 勝(まさ)る徳(とく)あり一に看病二に薬といふ看病こそ肝要(かんやう)也 薬を煎(せん)じ水の分量(ぶんりやう)を取違(とりちが)ひ或は誥(つま)【詰の誤】りし薬へ湯(ゆ)をさし 又は未(いまだ)詰(つま)らざる薬をあけ抔(など)して病人に呑(のま)しむる事 是 不実意(ふじつゐ)のなす所なり煎薬(せんやく)は薬の気に功能(こうのう) 有物(あるもの)然るを不加減(ふかげん)にては効能(こうのう)遅速(ちそく)あり心を用ゆ べきの専要(せんやう)也 本末(ほんまつ)斯(かく)の如(ごと)く説(とい)ても其 智(ち)には及ぶべし 其 愚(ぐ)には及ばず和漢(わかん)先賢(せんけん)未発(みはつ)の治療後世に伝(つた)へ 我(わ)が門に至(いた)らば尚(なほ)看病なし安き術(じゆつ)を伝へ普(あまね)く世間に 弘(ひろ)めんと思ふ事(こと)爾(しかり)   《振り仮名:万-病一-毒有 ̄リ_二胃-中 ̄ニ_一|まんびやういちどくゐちうにあり》 《振り仮名:嘔-吐瀉-下亦発-気|おうどしやげまたはつき》   《振り仮名:老-少不-常|らうせうふじやう》 ̄ハ《振り仮名:愚-医 ̄ノ説|ぐいのせつ》 《振り仮名:無病長生帰_二此方_一|むびやうちやうせいこのほうにきす》   《振り仮名:胃中去 ̄テ_レ毒 ̄ヲ治 ̄ス_二万病 ̄ヲ_一|ゐちうどくをさつてまんびやうをぢす》 《振り仮名:吐-下発-気別 ̄ニ無_レ法|とげはつきべつにほうなし》   《振り仮名:古-今医-学皆為 ̄ス_レ説 ̄ト|ここんいがくみなせつとす》  《振り仮名:不_レ用 ̄ヒ_二証脈 ̄ヲ_一有 ̄ルコト_二奇効_一|しようみやくをもちひずきかうあること》          武陽東台麓隠士            元玄堂              渡邉祐二述               【印】【印】  于■天保十己亥歳春三月発鐫 【裏表紙】