【表紙 文字無し 資料整理番号のラベル】 JAPONAIS 4499 1517 F-三 【右丁 白紙】 【左丁】 抑昔(そも〳〵むかし)我朝(わかちやう)にさがの帝(みかど)の御 左大臣(さたいしん)公覚(かうくう?)ともてならひなき 臣下一人おはします然共公覚 に御代をつくへき御子なく かくてはいかゝすへきと大和(やまと)の国(くに) はつせの寺に詣して悲願懸 せぬ観音(くわんおん)のりしやうをあふき 三十三度のあゆみをは□□□ 子をこそし給ひけれ今□□□ めぬ観音のねかひのほともはや みちて程なく御子をまふけ給ふ しかも男(なん)□にて御(□)座(さ)□□夏(なつ)□ の□な□□花も□□□□□だ てよるとてゆり若殿□□□申 いつきかしつき給ひけり七さい にて御はかまめし十三にてうゐ かふりめし四位(しい)の少将(せうしやう)殿と申 奉る十七にては程なく右大臣 にならせ給ふ御い?らは名によそへ てゆり若大臣と名付申三 条みふの大 納言(なこん)あきときの卿(きやう) の姫(ひめ)君を迎(むか)へとらせ給ひな□ ひなふこそかしつかへれけれ 【右丁】 そも我朝と申は国とこよ□□ はしめてさていさなきといさなみ は彼国にあまく【「く」を脱字して左に〇を付け、右に「く」と書きつける】たり二はしらの 神と成て第一に日をうみ 給ふ伊勢の神明にてさた有 其次に月をうむ高野のにう の明神月よみのみこ是なり 其次(そのつき)に海をうむ津(つの)国にお立 あるひるこの宮ゑひす三良【「郎」の代用】殿 にておはします其次に神をう む出雲の国そさのおは大やし ろにておはします其外末社の ふるひとうは皆此神の惣社(やしろ)たり 【左丁】 神の本地をほとけとはよくも しらさることはかなほんぢの 神こそ仏とならせ給ひつゝ衆 生をけど【化度】し給ふなれそれは ともあらはあれ我朝と申は よつかい【欲界】よりはまさしくまわう の国と成へきをしんみつから ひらけ仏法こちの国となす大 まわうたけじだい天【他化自在天】にこしを かけ種々の方便めくらしていか にもして我朝をまわうの国と なさんとたくむによりて則天 下ふしきおほかりき此度のふし 【右丁】 きにはむ国【?】のむくり【蒙古の国】かほうきし て四万そうの舟共に打ほくの むくりとりのり【とり乗り】りやうさうと くはすいとふ雲とはしる雲 かれ四人の大将にてつくしの はかたに舟をよせせめ入とこそ 聞えけれ国にありあふ弓とり ふせきたゝかひけれともかれらか はなつとくの矢はふる春雨の ことし四はうてつはうはなち かけ天地をうこかしせめ入は 叶へきやうあらすして皆中 国へそひきしりそく 【左丁 絵画】 【右丁】 そも我国と申はそくさんへん と【粟散辺土】にてちいさしと申せともつた はれる三のたから是あり一には しんし【神璽】とて大ろくてんのまわう【第六天の魔王】 のをしてのはんこれあり二ツには ないし所とてあまてる神の御 かゞみ也三ツには釼ほうけんとて 出雲の国ひかみの山の大しやの 尾よりも取しれい釼也是みな 天下の重宝にて代々の御代に いこくよりきうい【九夷】おこつてあさ むけ共神国たるによりつく はう【つくばう】国となす事もなし今も 【左丁】 あまてるおほんかみのいすゝ川の 末つきすいせへほうへい【奉幣】奉り ないし所の御たくせんによりつゝ 討手をつかはすへしと諸社の ほうへいりんし【綸旨】の御神楽参ら せ給ひけり其中に取てもない し所の御たくせんはかたしけなう そ聞えける七ツにならせ給ひ し乙女か袖にたくしてすゝふり 立てしんたくあり た(む歟)くりか向 日よりして天か下のかんたちたか まかはらにしゆゑ【集会】していくさ評 定とり〳〵なりしかりとは申せ 【右丁】 ともむくりか大将りやうさう 諸て【「は」の誤記ヵ】うにはなつとくの矢かすみ よしのめされたる神馬のあしに たつ此きすいやさんそのために 神のいくさをのへられたり是に よつてけういとも力をえたりと せめ入也され共かれらかふるまひ 風ふかぬ間の花なるへしいそ き此度ほんふのいくさをはやめよ 神〳〵もむかはせ給ふへしほん ふのいくさの大将には左大臣か ちやくなんにゆりわか大臣をむく へきなりかの人討手にむくならは 【左丁】 諸神合力まし〳〵てこんかうの力 をそゆへき也もしさも有て下向 せはくろかねの弓矢を持へきなり をそくて此ことあしかりなん はやいそけ〳〵としんたく有 て神はあからせたまひけり 【右丁 絵画】 【左丁】 御ちゝ左大臣は御子のゆり若大 臣をめして下向せよとの御諚也 神多くと申り【「わ」に見えるが誤記と思われる】んげん【綸言】又は武名 なりけれは吉日をゑらひ都出 と風聞す扨神託【「詫」とあるは誤記】にまかせて かねの弓矢を持へしとてかちの 上手をめしよせ一所を清めかちや とさためせい〳〵【精誠】をつくして作り 立る弓のなかさは八尺五寸まはり は六寸二分矢つかは三尺六寸矢数 は三百六十三ねには八めのかふら を入弓も矢もくろかねにてひいて はかへすへからすと人魚のあふら 【右丁】 をさし給ふ国にありあふ弓とり みなたうの兵のにて一きも残 所はなしすてにえらひ【「ひ」を見せ消ちにして右に「む」と傍記】吉日は 弘仁七年かのえさる二月八日都 を立大臣殿の御せいは三十万 ぎにしるさるゝ其外以下の軍 兵は百万きとそ聞えける都を 立て其日八幡の御前にちんを とり明れは津の国なにはかたこ やのにちんをとり給ふさるほとに 王城の鎮守をはしめ奉りい くはんをぬきかへ鎧をめしせい れい【清麗】みさいの色の上にはやしやら 【左丁】 しん【神】のかたちけんし【源氏】雲にのり露にのり 一ツは国家を守らんため又は氏 子をまもらんため我かうぢこ〳〵 かたちにかけのそふことくさきに 立てそ守らるゝさて神たちの きによりて神風すゝしく吹けれは つくしにちん取むくりとも此よし を承て今度はまつ〳〵ひけや とて四万そうにとりのりてむ くりの国へそ引にけるさてこそ 天下もをたやかに国もめてたく おはしけれ大臣殿此よしそうもん【奏聞】 申されたりけれは内【内裏=天皇】よりのせんじ 【右丁】 には大臣か此度のけしやうには つくしのこくしをとらするそ いそひてまかりくたれとあり 大臣殿は九国にすまん物うさに したい申されけれとも国の守の ためなれはざいこく【在国】せては叶まし とかさねて勅使立けれはちから をよはすみたい所を引くして いそきつくしに下り豊後のこう に京を立さなから都にをとら すすまゐ給ふ又都にはくきやう せんきまち〳〵たりむくりか大将 は四人ときこゆるをせめて一人討 【左丁】 取てこそ軍にかちたるしるしは 有へけれけういは二さうの物なれは 何とか思ふて引つらん心のうちも さとりかたし先かうらい国へ打 わたり七百六十六国をせめした かへ其大せいをそつしはくさい国 をせめなひけ【なびけ=服従させる】其後むこくをせめん 事なんの子細の有へきとせん きしてつくしへせいをそこされける 大臣殿も吉日をえらひ御出と こそ聞えけれ新さうの大船百 よそうえだ船は数しらす其 外うら〳〵のれう舟かたせ舟 【右丁】 惣して舟数は八万そうむくりは 四万そうにてむかひけるに一はい ましてむかはれけるさて大臣殿の ござ御座船をはにしきをもつてかさ り立ともへ【船首と船尾】にいはふかみ〳〵六十 よしうのれい神たちいかき【斎垣】鳥 ゐ榊葉雲にひかりをましへ つゝほうくは大こをそうすれは 身の毛もよたつはかり 【左丁】 う月半に大臣ははや御座船に めされけりみたい【御台=将軍・大臣などの妻の尊称】なこりをおしみ ておなし舟にとの給へとも思ひも よらすとの給てをしこそとゝめ 給ひけれさて舟共のともへには 五色のへいをはき立て神風 すこしく吹けれはまゑんまかい【魔縁魔界】 もおそるへし昔のたとへを引 時は神功【「后」とあるは誤記】皇后のしんら【新羅】をせめ させ給ひしとき神あつめして むかはれしもかくやと思ひしられ たりむこくに陣取むくりとも 天の色をきつと見て二さう神 【右丁】 通のものなれはうつてのむく とおほしたりおなしちかふよせ ては叶まししほさかひへうち いてふせいて見むとせんきし て四まんそうのふねともにおほ くのむくりをとりのりたう【唐】と にほんのしほさかひちくら【筑羅】か おき【韓(から)と日本の潮堺にあたる海。また、どちらつかずのたとえ】にちんを取大臣の御座 舟をもちくらかおきへをし いたすかれもおそれてちかつ かすたかひにおそれてよりも せす五十よちやうをへたてつゝ 三とせのはるをそをくられける 【左丁】 むくりか大将りやうさう一陣に すゝみ出天をひゝかす大音にて 我らか軍の手たてには霧をふら するならひあり霧ふらせよと けちすれは承ると申てきりん 国の大将舟のへいた【舳板】につつたち あかつてあさきいきをつくいか なるしゆつをかかまへけん霧と 成てそふりにけるはしめはうすく ふりけるか次第〳〵にあつく成て 月とも日共見も分すこくう【虚空=大空・空中】は ちやうや【長夜】のことくにて一日二日 にてはれもせて百日百夜そふりに 【右丁】 けるさしもたけき弓とりも霧 のまよひにわろひれて弓のもと すゑをたにもしらされは引へき やうこそなかりけれ此霧計に おかされてさうはのみくつ【蒼波の水屑】と ならん【溺死する意のたとえ】 ことうかりなんとそなけきける大臣 殿は無念至極に思召今ならて いつのとき神の力をあふくへ きとおほしめされける間うしほを むすひててうづとし南無天照 太神宮其外六十余州の大小 の神祇此霧はらしてたひ給へと きせいを申させ給ひてけれは 【左丁】 あら有難やきせいのしるしはや 見えていせの国■【萩或は荻ヵ】あらしに霧 も程なくすみよしの松ふく風も すゝしくてまよひのやみもしら 山の雪よりはやくきえけれは いつしかかしまかんとり【舵取り…「かじとり」の変化した語】もよろこひ のほをそあけにける大臣殿は なのめならすに御よろこひ有て さらはいくさをはやめんとてはし舟 おろさせ給ひ熊大せいはむやく【無益】 思ふ子細の有そとて十八人を引 くしてむくりか船人そかゝられ ける 【両丁絵画 文字無し】 【右丁】 りやうさうくはすいこれをみて たうらうかをの【蟷螂が斧…弱者が身の程も知らずに強者に立ち向かう意】といさみつゝほこ をとはせつるきをなけしはう てつはうはなしかけ天地をうこ かしせめけれとも大臣ちつとも さはき給はすむくりか船へそ かゝられける舟のへさきにつか せたるくろかねのたての面には はんにやしんきやうくはんおん経 こんてい【金泥】にてかゝれたるそんせう だらに【尊称陀羅尼】の中よりもしやや〳〵 ひんしやといふもじか三とくふしき の矢さきと成てむくりかまなこ 【左丁】 をいつぶいたりふどうのしんこんに かんまん二つのもじかつるきと 成てとひかゝりおほくのむくりか くひをきる観音経のもじに おふいきうなんといふもじか金の たてと成てむくりか矢さきを ふせけはみかた一きも手もおは すさてこそ諸人ちからをえちん この合戦手をくたく大臣殿は 御らんしていつのれうそと仰有 てくろかねの弓のつるをとすれ は雲のうへまてひゝきあり三百 六十三すちの矢をのこりすく 【右丁】 なくあそはせはりやうさうは うたれぬくはすいはらきりぬ とふ雲はしる雲かれら二人は いけとられぬ其外以下のむくり ともあるひはうたれはらをきりて 海へ入てしするもあり四万艘 にとり乗たるむくりおほくうた れては【「わ」とあるは誤記と思われる】つる一万そうになる さのみはつみに成へしとてき しやうをかゝせたすけをき本ち へもとさせ給ひて日本はいくさ にかちぬとて八万そうの舟の内 よろこひあふにかきりなし大臣殿は 【左丁】 此まゝ御帰朝有ならはめてたかるへ き事共を此間の長陣に精気 をつくさせ給ひめのとの別符を 召て給けるはいつくにか島やある あかりて身をやすめんとの御諚 なり別符兄弟承てはしふね おろし尋るになみまに一ツの小島 ありげんかいか島是也味方の舟をは 忍ひやかにあけ参らせ御敷皮を のへ岩のかとを枕にせさせ申睡眠 ならせ給ふ大力のくせやらんね入てさう なくおきさせ給はすよるひる三日そ まとろみ給ふさる間別符兄弟は とせん【徒然】さの余に物語をそはしめける 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 おと〳〵【弟】か申けるはあらめてたや このきみ先度はつくし九か国を 給はらせ給ひうへみぬはしと御座 ありしかあまつさへ此度はおほく のむくりをせめほろほし給へは 日本国を他のさまたけなく 給はらせ給はんことのめてたさ に人のくはほうをねかはゝみな この君のやうにと申兄の別 符かこれを聞されはこそとよ そのことよ君はさやうにとみ給 はゝわれら兄弟はもとのまゝ にてくちはてんことこそくち 【右丁】 おしさよいさこのきみをうち 申しう【主】なくして御あとを ちぎやうせんと申おと〳〵か 是を聞あらもつたいなの御 たくみや候この君の御おんを あめ山にかうふり人となりし 我らそかしいにしへの御おんを わすれ申我らか手にかけ申 ならは天めいいかてのかるへき御 しあんあるへしあに此よしを 聞よりもさては汝は君と一た いよなつゐに此事もれ聞え なは我一人か科たるへしよそに 【左丁】 かたきはなきそとよわ【「は」とあるところか】殿とあふ てしなんとて刀のつかに手をかけて とんてかゝらんとす弟か是をみて けにとさやうに思召給はゝたとへ は手にかけころし申さすとも いきなから此島にすておき申て 帰るならは所はわつかの小島にて 十日はかりも御命何になからへ 給ふへき兄此よしをきゝおもし ろくも申されたる物かなさらは さやうにつかまつらんとていたは しや君をはけんかいか島にすて をき申本の舟にあかり余方【四方のこと】の 【右丁】軍兵をちかつけて申けるはいた はしや君はむくりか大将りやうさう かはなつ矢を御きせなか【着背長=大将などの着る正式の大鎧の美称】の引合【ひきあわせ=鎧を着脱するための胴の合わせ目】 うけとめさせ給ひて候うす手【うすで(薄手)=軽い傷】 にて御座有し間さり共〳〵と 頼みをかけししるしもなく終に むなしくならせ給ひて候御死 骸をもくか【くが=陸】にあけみたい所の御 めにかけたくは存候へとも諸神 諸仏をいはひたる御座舟にて有 間いたはしなから海底にしつめ 申て候さてあるへきにてあら されは舟出せよと下知すれは 【左丁】 みかたのくんひやう【ぐんびょう=軍兵】ともは夢の心ち して我をとらしとをしけす一ど にほをあけかちをとれは天ちも ひゝくはかりなりこのこゑともに 大臣殿は夢うちさまさせ給ひ てたれかあるとめさるれとも させ事申ものはなしこはいか にと思召かつはと【かっぱと=がばと】おきさせ給ひ てあたりを御らんありけれとも 人一人もなかりけりめしたる舟 を見給へはほをあけてこそ をしいたせ 【両丁絵画 文字無し】 【右丁】 さては別符は心かはりを仕る たとへ別符こそ心かはりをする ともなとや以下の軍兵ら我を はつれてゆかぬそやあの舟こち へとの給へとも皆舟共のをと たかく聞付申ものもなしせめ て思ひのあまりにや海上に とひひたつていきをはかりに およかせ給へとも舟はうき木の 物なれは風にまかせてはやかり けり力及はす大臣はうかりし 島に又もとりそなたはかりを見 をくりてあきれてたゝせ給ひけり 【左丁】 早離即離かいにしへ海岸波 島にすてられしも是ににたり と申せともせめてそれらはふたり にてかたりなくさむかたもあり 所はわつかの小島にて草木も さらになかりけりさうてんひろう をふして【このあたりの意味不明】月の出へき山もなし あしたの日は海より出又夕日も うみに入露の力はたのみなや 夜更て聞も浪の音岩まの 宿をたのめてやうちふすかた もぬれまさかまれにもこととふ 物とてはなみになかるゝむらかもめ 【右丁】 汀の千鳥なくなを又ともゝ悲し くていとゝ明行夜もなくくれ 行日影もをそかりけれは露の 命草のはにやとすへきやうなけ れともなのりそ【海藻「ほんだわら」の古名】つみて命をつき【継ぎ】 うき日数をそをくらるゝいたは しこともなか〳〵に【なまじっか】申はかりもなか りけりさる間別符兄弟はつ くしのはかたへ舟をよせよろこひ の帰朝と風聞す豊後のこう に御座有みたい所はめつらしき きよく共をかまへさせ給ひ御出 おそしとまたさせ給ふところに 【左丁】 さはなくして別符兄弟うち つれて先御前【「前」の右肩に小さく「所」と傍記】さまさして参る みたい所は御らんしてあれはいつ もの御さきへのあんない申にこそ 参りつらんと人して聞召へきこと をおそく思召自身みすまちかく 御出有てめつらしの兄弟や何 とて君はおそくわたらせ給ふ そ兄弟しはし仰せ事をは申 さすかさねていかにとたつねさせ 給へは其時涙をなかすまねを して申さんとすれは涙落る 申さすはしろしめさる【理解なさる】ましいた 【右丁】 はしや君はむくりか大将りやう さうと申ものとをしならへく ませ給ひ二人なから海底にしつ ませ給ひて其後又も見えさせ 給はねはその思ひのみふかうして いくさにかちたるしるしもなく 御前へ参り候なりさりなから御 かたみの物をは給はつて候と御 きせなか【着背長=大将などの着る正式の大鎧の美称】とかねの弓御釼をそへ て参せ上るみたい所此よし御 らんして是はふしきの事共かな かたきとくませ給はんにいつの隙 に御かたみをとゝめてうみに入 【左丁】 給ふへきそや前後ふかくの事を 申物かなあはれもの兄弟を取 てをさへてかうもん【拷問】しめしとは はやとは思へともはかなき女性 の御事なれは心ひとつにくたし つゝれんちう【簾中】ふかく入給ひかた みの物をめしあつめいたきつか せ給ひてりうてい【流涕】こかれ【焦がれ】給ひ けれは御前中ゐの女房たち 一どにはつとなけきけれはよその たもとにいたるまてしほるはかりに あはれなり 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 其後別符兄弟うちつれてい そき都へのほりよろこひの帰朝 と風聞す天下のはんしやう世の きこえ何事か是にまさるへき と上下さゝめき給ひけり然と は申せとも大臣殿御帰朝なき間 天下くらやみのことし御父左大 臣御母みたい所老たけよはひ かたふき【年をとり】さかりの御子にをくるゝ 事は枯木に枝なきふせい【風情】つれ なき命にかへはやとなけき給 へとかひそなき内よりせんしには 大臣帰朝するならは日本国をと 【右丁】 思召つれ共うたれぬるうへちから なし詐にけしやうを折こなふへ きへつふ【別符】兄弟にはつくしの国司 をとらするそいそきまかり下 後家に宮つき【貴人に仕える】大臣かけうやう【孝養】 ねんころにとへ【弔え】とのせんしなり へつふ承てあんに相違のせんし かな日本国をと思ひてこそ君を はふりすて申たれめつらしからぬ つくしへとて又こそ下けるとかや へつふみち〳〵あんしけるはさも あれ我君のみたい所は天下一の 美人にてましませは風のたより 【左丁】 の玉つさを参らせてみんする にうけひき給はゝ然へしそむ き給はゝふしつけに申さんと 玉つさねん比にこしらへこれは 都よりの御状なりとてさゝけ けれはみたい所は都よりのふみ と聞召中〳〵うは書をたにも 御らんしあへすいそきひらいてみ 給へは思ひの外に引かへて別符か 方よりの玉つさなりあまりの 事のかなしさにふたつみつに引 さきかしこへかはとすてさせ給 命あれはこそとの給ひて御まほ 【右丁】 り刀をめしよせしがいせんとし 給へはめのとの女房参り御まほ り刀をうはひとり申御道理は さる事にてさふらへとも三てう【三条】 みふの御所よりも必御むかひの 参りさふらふへし御命をまつ たうし給へととかうなため奉る 世事をせぬ物ならはふとくしん【不得心】 なる別符にていかなる所存か たくむへきとめのとの女房か そはより世事をかく三とせの のち新枕我にかきらぬ事 なれともすまふ草もとり〳〵に 【左丁】 ひけはやなひくならひなり まみえん事はやすけれとも きみのむ国へ打手におもむ き給ひし時うたれみやに参り 千部のきやうをかきよまん と大ぐはんをたて七百余部は かきよみぬいま二百部は書 よます此しゆくぐはんじやうじゆ のゝちはともかくもとかきとゝ めてこれはみたいところの御 世事なりとてかへすつかひは いそきたちかへりへつふ殿 にたてまつるへつふひらいて 【右丁】 見奉るあらめてたやさては なひかせ給ふへきやしゆくくはん のあひたはいかほとのあるへき と百年をくらすこゝちし てあかしくらしまちゐたり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 其後みたい所かすの女房たち をめしあつめさせ給ひ命あれ はこそかゝることをもきくなれ は今もふちせに身をなけあと かきくれたく思へとも草の ゆかりも忍ふゆへそよくこゝろ もよしあしときみかおもかけの 夢うつゝにたちそふ時はまた しゝたる人とは見え給はす然 はいのりの物と聞あふまて命 おしきなり大臣殿此まゝ御帰 朝なきならは我も身をなけ むなしくなるへしさあらん時に 【左丁】 御かたみを山野のちりとなさん よりたつとき人にほうじあと をとはせ申さんとて御手なれの ひわことわこんしやうひちりき さうしの数をとりあつめたつ とき人にほうせらる四十二疋の 名馬ともみなてふくへひかれけ る三十二ひきの鷹いぬ【鷹狩に用いる犬】のきづ なを切てそはなたれける此ほと 有し鷹しやうたちも思ひ〳〵に ちらされける十二てうのたか共の あしおをといてそ放れける十二 てうの其中にみとり丸と申て 【右丁】 大たかの有けるか君のなこりを したひてたちさるかたもなかり けりみたい所は御らんしてあれは 君の御ひさうのみとりまるなる かつ【「わ」の誤記か】かれにのそみてあれはこそ 羽をたれひれふしてはゐたる らめあれ〳〵女房たちゑし をあたへてはなし給へと仰けれ 承るとは申されけれ共いつれも みな女房たちの事なれはゑ かふやうをしらすして飯を丸 めてそなふる此たかうれしけ にて此はんをくはへ雲はるかに 【左丁】 とひあかりはねうちのへてとひ けるか大しんとのゝ御座あるげん かいかしまにとひつきぬはんを はとあるいはのうへにをき我力 もそはなる岩ほにはねを やすめてそゐたりけるちく るい【畜類】といゝなから別符ましたる やさしさやと人皆いゝあゑり 【右丁 絵画 文字字無し】 【左丁】 あらいたはしや大臣殿はたゝうつ せるかけのことくにて岩まの 宿をたちいてみきはのかたを 見給へは此ほと見なれぬたか 一もと羽をやすめてそゐたり ける大臣あやしくおほしめし いそきたちより見給へはいに しへなれしみとり丸也あまり の事のうれしさにいそき立 より給ひてさて大臣か此島に ありとは何とて知てきたり けるそけに鳥類は必五通【「五神通(ごじんずう)」のこと=五種の不思議な超人的はたらき】ある とは是かとよ扨も是なるはんは 【右丁】 みたい所の御わさかや此はんを たはんよりなとふみはことつて なきそ豊後にいまたまし ますか都へ帰り給ひけるかふちは せになるならひ【世の移り変わりの激しいことをたとえていう語】かやいかに〳〵と とひ給へは心くるしきふせひにて 涙はかりそうかめける大臣殿は御 らんして今これほとの身と成て 御飯ふく【服】してあれはとていく程 命のなからへんてうるいなれ共 あのたかの見る所こそはつかし けれくそもあらてと思召かさも あれみとり丸か万里のなみち 【左丁】 をわけこしたる心さしのせつなき にいて〳〵さらはふくせんとて御 手をかけさせ給ひけれはうれし けにて此鷹か羽をたゝき爪 をかきおひざのまはりにひれふし て物いはぬはかりのふせいなり大臣 殿は御らんしてあらたよりもなや みとり丸汝は【右側に「か」と傍記】見ることく木葉た にもなき島なれは思ひの色をも 画やうすいかゝはせんと仰けれは 此鷹うれしけにて雲居はるかに とひあかる大臣殿は御らんしてしば しもかくて候へかしあら名残おし 【右丁】 のみとり丸やと仰けれはさはなく してみとり丸いつくよりとりて きたりけんならのかしい葉ふくみ て大臣殿に奉るそふかここく【蘓武が故国 注①】 の玉つさをかりのつはさにことつ てしも今こそ思ひしられたれ われも思ひはをとらしと御ゆひ をくひきり木葉に物をそあそ はしたるたんの落葉なりけれ はたゝ哥一首書付てをしたゝ み丸めて鈴付にゆひ付てはや 帰れよと有しかはうれしけにて 此鷹か三日三夜と申には豊 【左丁】 後の御所に参りけるまたさう てう【早朝】のことなるにみたい所はえん きやうたう【注②】して御座有しかみ とり丸を御らんして汝はこくう【虚空=大空】を かける物なれはいたらぬ所よも あらし物いふものにてあるなら は大臣殿の御行ゑをなとかは 申さて有へきそあらうら山 しのみとり丸やと仰けれは 此鷹うれしけにて御前さ して参りすゝつけをふりあけ ゐなをりたりみたいふしきに 思食【「めし」と読ませるヵ】くはしく見給へは木葉に 【注① 中国前漢の名臣蘓武が、匈奴に捕らわれ十九年間抑留されたが、降伏せずのちに雁に手紙を託し、故郷に帰ることができたことをさしている】 【注② 縁行道(えんぎょうどう) 経文や念仏を唱え、或は瞑想などしながら、仏堂や屋敷の縁側、長廊下などを歩くこと】 【右丁】 血の付たる有いそきとりあけ 見給へはいにしへの人のことつて に一首の哥にかくはかりとふ鳥 のあとはかりをはためく君うはの 空なる風のたよりをとかやうに よませ給ひつゝさては此世に大 臣殿はいまたなからへ給ふそや是 こそ命の有しるしなれかみなき かたにてあれはこそ木葉に物 をあそはしたれ硯とすみ筆 なけれはこそ血にて物をはあ そはしたれいさや硯を参せて おほしめされん事のはをくはしく 【左丁】 かゝせ申さんとてむらさきすゞ り【紫色の石の硯。高級品とされる】ゆゑんのすみ【油煙の墨】かみ五かさねに ふでまきそへみたいをはしめ たてまつりそのかす〳〵の女房 たち我をとらしとふみを書 とりあつめたるまき物よしなき わさとおほしたり女こゝろ程 ゆひかい【言甲斐】物はなし 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 みとり丸かすゝつけの【右に「に」と傍記】ゆひつけ かまへて今度はとくまいれと 仰けれは此たかうれしけにて 又雲居はるかにとひあかりはね うちのへてとひけるかむらさき 石のならひにてしほのみちひに したかひてとき〳〵おもくなる ほとに次第にひかれてさかり 今はと思ひてとひけるかおほく の文とかみとも露ふくみて おもくなりたゝ引にひかれつゝ 其まゝうみにひたつてむな しく成そむさんなるしまに 【右丁】 まします大臣殿鷹たにも 今はかよはねは何になくさみた まふへきそや此鷹の又も参ら ぬはもしも別符か方へもれ聞 えころされても有やらんと時 〳〵かよふいきたにもかきりの 色と見えさせ給ふ猶もいのちの すてかたくてみるめあをのりと らんとて岩まのやとをたち出 汀のかたを見給へはなみうち かゝる岩まに鳥のはを【「を」を見せ消ちにして右に「す」と傍記】こし見 ゆる大臣あやしく思召いそき とり上見給へは此程かよひし御 【左丁】 鷹也あまりの事のかなしさに かしこにとうとまろひゐて鷹 を御ひさのうへにかきのせありむ さんのありさまやとくはしく ていを見給へはしつむひとつ ことはりなりむらさきすゝり ゆゑんのすみそのかす〳〵の文 ともかしほにみたれて見えわか ねともこゝろしつかに見給へは とり〳〵にこそ見えにけれ是や 女性のはかなきはかみすみふて たに有ならはこれほとおほき いはほにていかほとも物をはかく 【右丁】 へきに硯を付るはなに事そや さても此鷹かきかい【鬼界ヶ島のこと】かうらい【高麗】 けいたん【契丹】国へもゆかすして又此 島にゆられきて二度物を思は する必生をうくる物こんはく二ツ の玉しゐありこんはめいとにおもむ けははくはうき世に有と聞我も 命のつゝまら【「ら」を見せ消ちにして「り」と傍記】て今をかきりの事 なれはめいとの道のしるへをしてつれて ゆけやみとり丸我をは誰にあつけ て何となれと思ふそとて此鷹に いたき付りうていこかれ給ひけり後 大臣の御歎君に見せはやとそおもふ 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 是は大臣殿島にての御歎豊後 のこうにおはしますみたい所の 御なけきは中〳〵申はかりもなし せめて思ひのあまりにやうさの宮 に参り給ひ七日籠り願書を かいてこめさせ給ふきみやうちやう らい【帰命頂礼=地に頭をつけて礼拝し深く帰依の情をあえあわすこと】そうひうしん【意味不明】若も大臣殿帰 朝のゑみをふくませ給ひ二度御目 に懸るならはうさのさうゑい申へし 玉のほうてんみかき立こかねの戸 ひらをのへひらきるりのかうらん【高欄】 やり渡ししやかうのきほうし【擬宝珠】み かき立みきりのいさこに金を 【左丁】 壁には七宝をちりはめて池には玉の 橋を懸井かき【井垣】はくはう【意味不明】ようらん【瑶欄】 けいしくはいらう【回廊】とはいてん【拝殿】四ツの ろう【楼】門玉のまくさ【まぐさ(楣)=窓や出入口の上に水平に渡した横木】をみかくへしとう りやうむねをうきやかにしんてんひさ しをひろ〳〵といかにもやうらく【瓔珞】むすひ さけけまんのはたは雲をわけし せんへいはく【紙銭幣帛】しゝこま犬金をもつ てみかくへし大塔としゆろうをいか にも高く雲の上にひかりを放て 作るへし四季のさいれいへちりへ し【意味不明】花のみゆきをなすへきなり 九本の鳥居高く立極楽浄土を まなふへし極楽外に更になし諸神 【右丁】 のしよけう浄土とすあゆみを 神にはこへは神たうよりも仏たう にきする方便是也其かいていの いん【注】も今も絶せすあらたなり ほうさい神にいたせはほたいのた ねをつゝむ也抑神と申はしん そくたるを姿とし正直たるを 心とすちりのうちにましはり我ら にゑんをむすへり本願かきり有 ならは我をはもうし給ふなようや まつて申と書留てくる〳〵と ひんまひて神前にとうとをき 七日七夜まとろまてしやうしん にそいのらるゝ 【注 海底の印…海底に現れ、日本の国土を形成したという大日如来の印】 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 まことに神のちかひにやいきの うらのつり人つりに沖へいてたるか みなみの風にはなされて北の 沖へなかれ行大臣殿の御座 有けんかいか島に吹つくる舟人 ともは島かけにあかりいとゝ物うき 折節に大臣殿を見付申けう かるいき物ありとてかなたこな たへにけさりておちてさうなく ちかつかす大臣殿は御らんして あらくちおしや扨ははや我すかた 人間とはみえさりけるや何と成 行こと共やとて御涙にむせはせ 【左丁】 給へは涙をなかすていを見てちつ と心かかうに成てさもあれ汝は いかなるいき物そととへは大臣うれ しく思召ありのまゝにかたらはや とおほしめすかもしも別符方 の者にてもありとやせんと思 召偽かうそ仰ける是は一とせ ゆりわか大臣殿む国へ打手に 御むきの時舟夫にさゝれてむ かひたりし者なりしかふしき に舟にのりをくれ此島に捨ら れて候大臣殿御帰朝のゝちは はや三年に成りと覚えたり 【右丁】 しかるへくは御労志に我を日本 の地につけてたへと仰けれは 舟人共か是を聞あら不便【ふびん】 の次第やなくし【なぐし(和し)=気軽な気持ち】する身にはなに はにつき物うき事のおほいそや 人のうへともおもはねはたすけて さらはもとらうする風のこゝろを しらぬなり我人果報めてたく は順風次第に出すへく有とも うんつきはてなは猶しも遠く 放さるへし只果報をねかへ大 臣けにもと思召うしほをむすひて【両手で(水を)すくいあげて】 てうつとめされあらうらめしや 【左丁】 何とて日本の仏神は我をは すてはて給ふらん観音経のめい もんに入捨【「於」の誤記】大海けしこく風すい こせんほうひうたらせつ【注①】■せう はうへうたらせつの国におも むくと我一人か祈念によつて本 地の岸へつけてたへと祈精申 させ給へは誠に仏神も不便【ふびん】に おほしめさるゝか八大龍神波風 留にはかに順風吹きたり帆柱 のせみ口【柱の先端の綱や紐の取り付け口】には八大龍神こと〳〵く 面をならへ座せられたり船の へさきにはふどうみやうわうの 【注① 『観世音部菩薩普門品第二十五』の御経の文言。「入於大海假使黒風吹其船舫飄堕羅刹」】 【注② これも観音経の文言だと思われますが、特定できませんでした】 【右丁】 かうまのりけん【降魔の利剣】をひつさけてこん かうけんこ【金剛堅固】のさくのなは【縄】あくまを よせしとしゆこせらるゝかんまん 二ツの御まなしりともにはかうふく そうしやうてん【増長天】ひしやな天大光 天とらせつ【羅刹】天ふうてん【風天】水天火 天とう雨風波をしつめんため 上かい下かいの龍神しやしんの とくをとゝめてよるひる三日と 申にはつくしのはかたに吹付る ありかたしとも中〳〵に申計 はなかりけり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 舟人申けるはこれまてとゝけ たる忠に我にしはらくみや つかひ恩ををくれといひけれ は大臣けにもと思召ならはぬ わさをし給ひて恩をそをく らせ給ひけり国内つうけ【国内通計(こくないつうげ)=広く知られること】の事なれは別符のしんかつたへ 聞いきのうらのつり人かけう かる物をひろひきてやしなひ をくとつたへ聞いそきつれて 参れと御つかひたつそのころ なひかぬ木草もなしやかてく してそ参りける別符たち出 【左丁】 つくと見てあらけうかる物や おにかと見れは鬼にてもなし 人かとみれは人にてもなし只 かきとやらんはこれかとよ我に しはらくあつけよ都へくして のほり物わらひのたねとなさん とてをしとゝめ門わきのおき なにあつけやかてふちをそく はへける彼門わきのおきなと申 は年比大臣殿にかしつかへし者 なれとも御かほにも御あし手 にもさなからこけのむし給ひ 御せいもちいさくいろもくろく 【右丁】 有しにかはる御姿をいかてか 見しり申へきされともなさけ ふかきふうふにてありむさん とやせおとろへたるかきやと てかさねてふち【扶持】をそくはへ【加え】ける ある夜のねさめにおうちか むは【乳母】にかたりけるは扨もせんそ の君ゆりわか大臣殿む国へ 討手に御向有て其まヽ又も 御帰朝なき間其思ひのみふかふ してそゝろに年もよるそかし さてもみたい所はこうのちやう 屋にましますよなむは此よしを 【左丁】 聞よりもされはこそとよその 事よ別符殿のみたい所に心 をかけさせ給ひ御玉つさ【たより】のあり しかともさらになひかせ給はねは むねんしこくに思召此二三日さき ほとにまんなうか池にふしつけ 申けると聞是に付てもうき 命つれなく久になからへかゝる 事をも聞やとてせきあへす こそなきにけれ大臣殿は物こし【人づて】 にて聞召あらなにともなの事 ともや今迄命のおしかりつるも 君にやあふとおもふゆへ今は命 【右丁】 もおしからすと明なはいそき尋 行万なうか池に身をなけて 二世のちきりをなさはやと思ひ 入てそおはしける其後おうち かこゑとして今より後はいま 〳〵しうなくひそとこそ申 けれむは此よしを聞よりも 哀けに世中に心つよきは男 子也おうちのやうにつれなしこそ しうも別もかなしまね我ら日 比の御情只今のやうに思はれて いかにいふともなかふそとて又さめ 〳〵となきゐたりおうち此よし 【左丁】 聞よりもあらやさしのむは こせ【乳母御前】やさほと君を大事に思ひ 申さは物語してきかすへし かまへて口はしきくなおそろ しや彼別符のうしろみ【後見】の中 太はおきなかおいにてある間み たい所のふしつけられ給はん 事をおうちかねて承り是を は扨いかゝはせんと思ひあひしの ひとり姫みたい所と御同年に まかり成を御命にかはるへきかと 尋てあれはひめはなのめによろ こふて男子女子にはかきり 【右丁】 さふらふまし御しうの命にかは らんこそさいはひにてさふらへと 忍ひやかに申ほとにおうちあ まりのうれしさに姫をはみたい 所とかうしてまんなうか池に姫 かゐたりしちや【「ゆ」の誤記ヵ】うたいかゝきみを はかくし申たれかたみは是に有 そとてかすのかたみを取出しむは か手へこそわたしけれむははかた みをとり持て是は夢かやうつゝ かやさりなから君をたすけ参ら せしこそ歎の中のよろこひなれ しかりとは申せ共人間にかきらす 【左丁】 生をうけぬるたくひの子を思はぬ はなかりけり三かいのとく尊【三界の独尊】しや かむにによらい【釋迦牟尼如来】たにも御子のらこ ら尊者をは又みつけう【密教】ととき 給ふこんしつてうは子をかなしみ しゆらのなつきにはしをたつか よるの鶴は子をかなしみれんり の枝にやとらすやきうこうし を【意味不明】ねむり野外の床にふすと 聞いきとしいき生をうけぬる たくひの子を思はぬはなき物を 我身を分しひとり姫しうの命 にかへし事恨とはさらに思はねと 【右丁】 あらおしの姫やとてりうてい こかれなきけれはおうちもとも になく時こそ大臣殿はきこし めしともにつれてしのひねの せきとめかたき御なみたやる かたなふそきこえけるとに もかくにもおきなふう夫は 儀者とこそ聞へ侍れ 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 大臣殿はたゝ今も立出なのり て聞せはやとおほしめされけれ ともしはしと思ふ所存にて時節 をまたせ給ふかくて其年も うち暮あら玉の月にもなり けれは九国のさいちやう【在庁=「在庁の官人」の略】ら弓 のとうをはしめ別符殿をいはふ いたはしや大臣殿には御かほにも 御あし手にもさなから苔のむし 給へは苔丸と名付申矢とりの やくをそさしにける大臣弓場 に立せ給ひこゝにて運をきは めはやと思召あそこなるとのゝ 【左丁】 弓立のわるさよこゝなる殿の をしてのふるふとさん〳〵に悪口 し給ふ別符此よし聞よりも いつなんちか弓をいならふてさ かしら【悪口、差出口】を申そもとかしくは一矢い よ大臣殿は聞召いたる事は 候はねともあまりに人々の いさせ給へるか見にくきほとに 申て候別符聞てさほと汝か いぬ弓をさかしらを仕そぜひい しと申さはうさ八幡も御しけん あれ人手にはかくまし直に切 て捨へしとつく【疾っく】いよ【射よ】とせめかくる 【右丁】 大臣殿は聞召仰にて候ほとに 一矢いたくは候へとも引へき弓 か候はす別符聞てやさしく 申物かなつよき弓の所望か 又よはき弓の所望か同はつ よきゆみの所望にて候やすき 間の事とてつくしにきこゆる つよ弓を十ちやうそろへて 参らせ上る二三ちやうはりをし かさねはら〳〵と引おつていつ れも弓かよはくして事を かいたと仰けれは別符これを 見てきやつはくせものかなその 【左丁】 儀にて有ならは大臣殿のあ そはしたるかねの弓をいさせ よ尤しかるへしとてうさ八幡 の御宝殿にあかめをくかねの 弓矢を申おろし大臣殿に 奉るいつしかもとより【以前から、もともと】御たらし【貴人のもつ弓】 かゝりの松にをしあてゝゆらり とはつてすびきしてかねの御 てうつ【ちょうず(調度)=貴人のもつ矢】をうちつがひ的には御目 をかけ給はすくはんらく【観楽】して居 たりける別符のしんに目をかけ て大音あけて仰けるはいかにや 九国のさいちやうら我を誰と 【右丁】 思ふらんいにしへ島にすてら れしゆり若大臣か今はる 草ともえ出る道理にまかせ て我や見ん非道に任て別符 や見むいかに〳〵と有しかは大友 しよきやう【諸卿】松らたう【松浦党】一度に はらりとかしこまり君にした かひ奉る別符もはしりおり かうさんなりとて手をあはする いかてかゆるし給ふへき松らた うに仰付高手小手【人を後ろ手にして肘を曲げ、首から縄を掛けて厳重にしばり上げること】にいまし めかゝりの松にゆひ付自身 たち出給ひて汝か舌のさへつり 【左丁】 にて我に物を思はする因果の ほとをみせんとて口の内へ御手 を入舌をつかんて引ぬいてかし こへかはとなけ捨首をは七日七 夜に引くひ【のこぎりで罪人などの首を挽くこと】にし給へり上下 万民をしなへてにくまぬものは なかりけりいんくわ【因果】は手をかへ さぬ間としるへし 【両丁 絵画 文字無し】 【右丁】 弟の別符のしんをもおなしこと く罪科あるへかりしを島にて の申やうありのまゝに申さらは 汝をは流罪にせよとていきの うらへそなかされける其後大臣 殿こうのちやう屋へうつらせ給ふ みたい所此よしきこしめしひとへ に夢のこゝちして袂をかほに あてなから涙と共に出給ふあ はぬかさきの涙は理なれは 道理なりあふての今のうれしさ にことのはもたえてなかりけり何 つらさに涙をさふる【押さえる】袖にあまる 【左丁】 らんみたい所はうさのみやの御 しゆくくはんのよしを御物かたり 有けれは大臣なのめに【いい加減に】おほしめし 立させ給ふ御願はことのかすにて かすならす金銀珠玉をちり はめ給ふ其後大臣殿いきの うらの釣人に尋ぬへきしさい ありいそき参れと御使立いか なるうきめにかあふへきたゝ鬼 に神とるふせい【ひどく恐れることのたとえ】にてこうのちやう 屋へ参り庭上にひれふす大 臣殿は御らんして命のしうにて ある物かなにとておそれをはなし 【右丁】 給ふそそれへ〳〵と仰有てひろ ゑんまてめし出たれうれしき をもつらきをもなとかはかんを さるへきと御盃にさしそへて いきとつしま両国をうら人に くたしたひにけり善悪の二ツ を爰にて知へし 【左丁 白紙】 【右丁】 □□きのおきなをはし出させ給 □□つくし九ヶ国の惣まん所□ □にけり翁か姫のためにまん なうか池のあたりに御てらを立 給ひ一万町の寺領をよせ給ひ けると□やみとり丸かけうやう【孝養】 に都のいぬゐに神護寺と申 御寺を立給ひけり鷹のために 立たれは扨こそ今の世まても たかお山と申なれ大臣殿の御 諚につくしに住居をするな□ 物うき事もありなんとみたい 所を引くして都へのほ□□□ 【左丁 白紙 うすく資料整理番号があり】 JAPONAIS 4499 ■■■ ■■ 【裏表紙 文字無し】