【表紙 題箋】 福 女源氏教訓□鑑 全 【資料整理ラベル】 TIAO 14 71 日本近代教育史 資料 【右丁】 【上部横書き】 女/源(げん)/氏(じ)/教(けう)/訓(くん)/鑑(かゞみ) 【一段目】 一 源氏(けんし)六十/帖(てう)注釈(ちうしやく) 一 同/本哥(ほんか)五十四/首(しゆ) 一 石山(いしやま)近江(おふみ)八景(はつけい)図 一 唐土(もろこし)瀟湘(しやう〳〵)八景(はつけい) 一 京/東山(ひがしやま)名所(めいしよ)図(のず) 一 女(おんな)不断(ふだん)身持(みもち)鑑(かがみ) 一 本朝(ほんてう)女中(ぢよちう)和文(わぶん)八/大家(だいか) 一 一休(いつきう)和尚いろは哥 一 女中之(ぢよちうの)一/生記(しやうき) 一 女中/風俗(ふうぞく)教訓(けうくん)鑑(かゝみ) 一 女/教訓(けうくん)宝(たから)ぐさ 一 七小町之物語 一 色紙(しきし)短冊(たんじやく)之式法 一 祇園祭礼 山鉾(やまぼこ)図 一 女/謡(うたひ)教訓之絵抄 一 四季(しき)之歌/尽(つく)し 【二段目】 一 三十六人歌/仙(せん)絵抄 一 年中(ねんぢう)行事(ぎゃうじ) 一 御所(ごしょ)言葉(ことば)之次第 一 香(かう)之紀品々秘伝 一 掛香(かけかう)匂(にほひ)袋(ふくろ)之法 一 琴(こと)三味線(しやみせん)之事 一 琵琶(びわ)并 笛(ふゑ)之記 一 双六(すごろく)之 因縁(ゐんゑん)之事 一 七夕(たなばた)詩歌(しいか)尽し 一 女たしなみぐさ 一 緒病(しよびやう)之 薬方(やくはう)付 一 女こしけの名方 一 年中 料理(れうり)指南 一 有馬(ありま)温泉之記 一 同 養生(やうしやう)の記 一 つれ〳〵四季の段 【三段目】 一 月(つき)のから名尽(なつくし) 一 男尼法体(おとこあまほつたい)の名尽 一 女中 文(ふみ)の封様(ふうじやう) 一 人々一代 守(まもり)り【送り仮名の重複】本尊(ほんそん) 一 女中名尽 相性(あいしやう)付 一 こよみの中だん 一 同 下段(げだん)之事 一 不成就日(ふしやうじゆにち)之事 一 小笠原(おかさはら)流 折形(をりかた) 一 源氏之(げんしの)略 系図(けいづ) 一 源氏六十 帖目録(てうもくろく) 一 同六十帖之 大意(たいい) 一 官位(くわんゐ)將(しやう)【「束」の下「衣」】(ぞく)の図抄 一 歌(うた)の読(よみ)かた之事 一 同かな遣(つかひ)之伝授 一 源氏壱部の大意 【下部横書き】 源氏哥(けんじうた)五十 四首(よしゆ) 【左丁 絵画 文字無し】 【欄外上部横書き】 石(いし)山 近江八景(あふみはつけい) 【挿絵内】 石山秋月(いしやまのあきのつき) 矢橋帰帆(やばせのきはん) 比良暮雪(ひらのぼせつ) 比叡山 堅田落雁(かたゝのらくがん) 唐崎夜雨(からさきのよるのあめ) 大津の浦 三井晩鐘(みつゐのばんしやう) 膳所城 粟津晴嵐(あはづのせいらん) 勢田夕照(せたのせきせう) 【右丁 上段】     【右丁 下段】  遠保帰帆(えんほのきはん)         山市晴嵐(さんしのせいらん) 風むかふ           松(まつ)たかき  雲(くも)のうき           里(さと)より      浪(なみ)         上(うへ)の峯(みね) たつと              はれて   見て            嵐(あらし)に 釣(つり)せぬ             しづむ    さき             山もと      に             の  かへる               雲(くも)   舟(ふな)人          江天暮雪(こうてんのぼせつ)          瀟湘夜雨(しやう〳〵のよるのあめ) 芦(あし)の葉(は)に           船(ふね)よする                         かゝれる             浪(なみ)に    雪(ゆき)も           こゑなき ふかき               夜(よる)の雨(あめ)    江の            苫(とま)より みぎはの              くゞる  色は夕べ            しづく   ともなし            にぞ                  しる 【左丁】  洞庭秋月(とうていのあきのつき)         漁村(きよそん) 秋に                夕照(せきせう)  すむ             浪(なみ)の色(いろ)や   水すさ               入日の ましく              跡(あと)に    さよ             猶(なを)見え   更(ふけ)て                て 月を              磯際(いそぎは)   ひたせる              くらき おきつ              木(こ)がくれ  しら浪(なみ)                 の里(さと)  遠寺晩鐘(えんじのばんしやう)          平沙落雁(へいさのらくがん) 暮(くれ)かゝる            まつあさる  霧(きり)より             あしべの友(とも)に     つたふ            さそはれ かねの音(ね)に                 て   遠方(をちかた)             空(そら)      人             ゆく みち   も                 かり  いそぐ             また     も   なり              くだるなり 【頭部欄外に横書き】 唐土瀟湘八景(もろこししやう〳〵はつけい)  【欄外上部横書き】 /洛(らく)/陽(やう)/東(ひがし)山之/啚(づ) 【右丁方枠内】             とりべの           みゝつか          おとはのたき      おくのゐん              大ぶつ               きよみづ          ゆぎやうの寺       ぜうらくじ                     六はら寺      ゑひす社            やすい御門跡     けんにんし       かうしん堂                               六だう      ちしゆ ふくろ水    三ねんさか   七くはんをん  めやみのちぞう   四条かけら   【左丁】 【右頁上段】 【枠内に題】 女 不(ふ)断(だん)身(み)持(もち)鑑(かゞみ) ◯髪(かみ)の結(ゆひ)やうのしな〳〵は兵庫(ひやうご) 吹(ふき)あげ角磐(つのあけ)わげ。くる〳〵丸わげ。 五だんわげ下(した)かみかうがい大嶋田(おほしまだ)小(こ) 嶋田(しまだ)當世(たうせい)やうのやつししまた抔(など) とてさま〳〵の結(ゆひ)やう有(あり)と雖(いへども) それ〳〵の風俗に似合たるやうに奥 さま【仮名の合字】女房家主嫁こしもとおゐま下 女のしなかたちをしたひ遊女たはれ め茶や女の賎しく。ばし【派手で世間の目をひく】成すがたをまね 給ふべからずにかうがいはひきゝ方がよし ◯額(ひたい)のすり様(やう)も右に同じ万端(ばんたん) のふうぞくしほらしくして目(め)にた たぬをよしとす大額(おおひたい)小額(こひたい)丸びたい くわたう口すりあげびたいみな人 この面躰(めんてい)の生(むま)れ付大がほ小かほ丸 がほ長き㒵(かほ)の姿(すがた)をはからひ作(つく)り給ふ べしされ共いつのころよりはやり初 けん彼すりあげびたいとて額の きはをあく迄すり上ひたいの程 を顔になし半かうずりのやうに すり上たりあとのあを〳〵とみゆ 【左頁上段へ続く】 【右頁中段】 紫(むらさき)式部(しきぶ)は上東門(しやうとうもん) ゐんの官女(くわんじよ)なり はじめは藤(ふぢ)式部 と申けるが源氏(けんじ) 物(もの)がたりの若紫(わかむらさき) の巻(まき)つとによろ しく書(かき)ける故(ゆへ)此(この) 名(な)を得(ゑ)たりと かや又は一 条院(でうゐん)の 御 乳母(ンめのと)の子(こ)なり 上東門院に奉(たてまつ)ら しむる事(こと)とて 我(わが)ゆかりのもの なり哀(あはれ)と思(おぼ)し めせと申さしめ 給ふ故 此(この)名(な)あり とぞ ◯千載集(せんざいしう)の哥《割書:ニ》 水鳥を  水のうへ とやよそに    みん 我も  うきたる     世を すごし   つゝ 【右頁下段】 【枠内に題】 本(ほん)朝(てう)女(ぢよ)中(ちう)和(わ)文(ぶん)八(はち)大(だい)家(か) 【水辺に立つ紫式部の図】 【左頁上段・右頁上段より続く】 るそうるさけれおこがましくすげ なき姿(すがた)を好(この)む事(こと)にはあるなり ◯眉(まゆ)にしんを入るゝ事 霞(かすみ)の内(うち)に弓張(ゆみはり) 月のほの〴〵とうつろふがごとく引給ふ べし墨(すみ)こく太(ふとき)は賤(いやしき)也◯白粉(おしろい)の事 因縁(ゐんゑん)淺(あさ)からず古(いにし)への美人(びじん)艶妍(ゑんけん)の粉(ふん) 黛(たい)にかる事あまねし只(たゞ)よき白粉(おしろい) をうすくぬりて其跡(そのあと)を清(きよ)き絹(きぬ)にて ぬぐひたるをよしとす粉(ふん)のすたらん事 をおしみてあつく賤(いやし)げなるは見ぐるし ◯お 歯黒(はくろ)といふは公家方(くげがた)の詞(ことば)なり され共 殿上(てんじやう)の事をさうしにかね黒(くろ) く眉(まゆ)ほそくきはめて上らうの御 姿(すがた) などゝ書(かけ)りかね共申べくや御所方(ごしよがた) にてふし水共ぬきすの水とも云(いふ)下 〳〵にてはつけがねといふとなり此 徳(とく) はをつよくなす薬也 春(はる)の始(はじめ)のつけ 初(ぞめ)には先(まつ)地神(ぢじん)に手向(たむく)べし◯手水(てうづ) の粉(こ)にもみぢまちりてよりあづきの 粉(こ)さゝげの粉(こ)緑豆粉(ぶんどうのこ)をつかふべしきめ こまかに美敷(うつくしく)あせぼにさび出ず◯ 髪(かみ)の油(あぶら)はくるみの油かみ黒(くろ)くしな  よく匂(にほ)ひ高(たか)からずしてよし 【左頁中段】 清少(せいせう)納云(なごん)は清原(きよはら) の深養父(ふかやぶ)の曾孫(ひまご) 元輔(もとすけ)の子(こ)也一 条(でう)の 院(いんの)后宮(こうぐう)の女 房(ばう)也 枕双紙(まくらざうし)の作者(さくしや)也 老(をひ)の後(のち)は四国(しこく)に落(おち) ぶれて有(あり)しよし 今(いま)にそのしるし 有(あり)とかや ◯千載集(せんざいしう)に 菩提(ぼだい)といふ鳥(てう)に 結縁(けちゑん)の講(かう)じける 時 聴聞(ちやうもん)にまふで たりけるに人の もとよりとく帰(かへ)れ といひたりければ つかはしける もとめても  かゝる    蓮の  露を      をきて うき   よにまたは  かへる     物かは 【左頁下段】 【清少納言が宮中からの使者に歌を渡している図】 【右頁上部余白に囲みの題 右から読む】 一(いつ)休(きう)教(けう)戒(かい)以(い)呂(ろ)波(は)歌(うた) 【各々の頁上段に八首の歌が記されている】 い  いかにして   われのみ  われを   たつる  かわ   われを   すつれば  ひろきうきよを ろ  ろくなりし   心をわれ  とまからせ    て   かみや    ほとけも  またいかにせん は  はなは花  もみちは   もみち  そのまゝ     に   いわで    おしゆる  わかのりの道 に  にしひがし   きたやみなみの  また    ほかに  ひろきくに    あり  かくれがにせん ほ  ほんらいは  むいち   もつと     や  ろく     そ    どの  それはねごとか  はらすじのかは へ  へだてねば   むかしの    だるま    今のわれ  さても    たうとき  いきほとけかな と  とるものも  なければ   すつる  ものも    なし  もとの心に   もとの  身なれば ち  ちるはなに    さかぬ    むかしの   かくれ     がを  とはばや  はるのかぜ   ふかぬまに 【右頁中段】 【下段はむつきを贈る伊勢の図】 伊勢(いせ)は大和守(やまとのかみ) 継蔭(つぐかげ)か女(むすめ)也七 条(でう) の后(きさき)温子の官女(くわんじよ) 也 寛平(くわんへい)法皇(はうわう)の 御息所(みやすどころ)行明(ゆきあきら)親 王の母也いせの 御(ご)とたうとみて いふ也伊勢物語 をつくれり 摂津国 古曽戸(こそべ) といふところに いせ寺とて墓(はか)置 ◯詞花集(しくわしう)に  正月朔日 子(こ)を  うみたる人に  むつきつかわす  とて めづらしく  けふ   たち そむる   つるの     子は 千代  の むつきをかさぬ   べきかな 【左頁上段】 【一休伊呂波歌続き】 り  りにまよひ   ひせば    とがむる    世の中の   人の心の      なみ   かぜぞうき ぬ   ぬかね    ども   わがほう      けんは   するどにて   さわれば     きれる  せひの人かな る  るりめなふ   さんごの    玉も     ふみ    くだけ   われに     たふとき  によい   ほうじゆ有 を  おとなしの   たきのひびき       に    ゆめさめて   うまれぬ      さきの   ものとなりけり わ  わがぜんは   ほとけも     からず   そもからず    ねては     ゆめ      みる  さめてめしくふ か  かぜならで   たれか     つたへん   のりのみち    かたち   なければ     こゑは  そもさて よ  よの中の   そしり    ほまれ      を   いとはねば   心やすくも  すみぞめの袖 た  たれをかも   しる人に     せんある   たかさごの   まつに    ここん  の色も   かわらず 【左頁中段】  和泉式部(いづみしきぶ)は大江(おほゑ) 雅致(まさなり)の女(むすめ)和泉守 道貞(みちさだ)の妻(つま)となる 上東門院につかへ ては弁(べん)の内侍(ないし)と 申す実(まこと)のゑたる 哥(うた)よみのさまに こそ侍(はべ)らざめれ 口(くち)にまかせたる事 共かならず目(め)と まることヽも多(おほ) かり ◯拾遺集(しういしう)誹諧 法師(ほうし)の扇(あふぎ)を おとして侍(はべり)ける をかへすとて はかなくも  わすられ   にける  扇かな   おち    たり けりと  人もこそ しれ【「見れ」との説もあり】 【左頁下段の図 法師が不用意に扇を落としている】 【右頁上段一休伊呂波哥】 れ  れきぜん     に   めぐる    ゐんぐは   はくる〳〵       と   くるり〳〵       と  あとも   とゝめず そ  それもよし   これも   よしのゝ  はな   もみぢ  あきの   もみぢは  春のはざくら つ  月もわれ      も   おなし    ながめ       の   そら    はれて   くもなき里  すむ    に   こゝろかな ね  ねては    ゆめ   おきては    うつゝかげ     ぼうし    わが物      ならぬ   わかみ成けり な  なにごとも   きたらば    きたれ   さらば     され   ある   にまかせ      て  なきは   そのまゝ ら  らくはらく   くはくなり      けり   さとつては   ながるゝ水  のあとは   とゞめず む  むといふて   かのしやう      しう ゝ      は   むをとかず  たかくまなこを  つけてみるべし う  うんもん【注①】に   ほとけを  とへばかんし     けつ【注②】  しやかも    みろく      も   手を うちにけり 【注① 雲門宗の略。禅の五家七宗の一つ。唐末五代の雲門文偃(ぶんえん)を祖とするもの。宗祖以後約二〇〇年続いたが、南宋の末に衰滅し、日本には伝わらなかった。】 【注② 乾屎橛=乾いた棒状の糞とも、糞を拭うのに用いたへらとも解される。もっとも汚いもの、取るに足りないもののたとえに用いられる。ある僧が雲門宗の祖である雲門文偃に、仏とはいかなるものかと問うたところ、乾屎橛だと答えたとの故事に基づく。】 【右頁中段】    赤染右衛門(あかぞめのゑもん)は大和(やまと) 守(かみ)赤染 時用(ときもち)が子(こ) 也 実(じつ)は平(たいらの)兼盛(かねもり)が 女(むすめ)なりしがかれが 母(はゝ)を離別(りべつ)して のち時用(ときもち)に嫁(か)す る故也 御堂(みだうの)関白(くわんばく) 殿の栄行事(さかゆくこと)を しるして栄花(えいぐわ) 物語(ものがたり)をつくれり 源氏(げんじ)物語に並(ならび)て 世に称(せう)ぜらる 大(おゝ)江の匡衡(まさひら)の 室(しつ)となる ◯後撰集(ごせんしう)に  王昭君(わうせうくん)を  よめる なげきこし     道の    露     にも      まさり       けり なれ   こし里を   こふる    なみだは 【匈奴に嫁した王昭君に思いを馳せる赤染右衛門の図】 【左頁上段一休伊呂波哥続き】 ゐ  ゐきしにを   わすれぬ   人は    うかり      けり   まどろむ    人に  ことのはも     なし の  のちのよも   むかしも     今も   いきしに      も   わか身の上  すて    は   はてにけり お  おしやほしや   にくやかはひ    やそのま       まに    と    まる      心の  なき   ぞかなしき く  くやしきや   くやむ心を    わする      なよ   それも    ぼだいの  みち   しるべなれ や  やすしとや   無事これ    きにん     何事      も  しらぬが    ほんの いき  ぼとけかな ま  まよはねば   さとりも    さらに   なかりける  はなの道なる  山ぶき    のつゆ  け  けふだらに   またねん     ふつと    なをかへて     わがほつ     しやうを  よび   さまし     けり ふ  ふかしぎの   くどくの     うみの   そこぬけて   三ぜのしよ      ぶつ   かけ     も    とゝめず 【左頁中段】 大弐三位(だいにのさんみ)は右衛門 佐 宣孝(のぶたか)のむす め母は紫(むらさき)式部也 大弐成平(だいになりひら)が妻(つま) となるによりて 大弐三位と号(がう)す 又弁(べん)の局(つぼね)ともい ゑり狭衣(さごろも)の作(さく) 者(しや)也 源氏(げんじ) さ衣(さころも) とて世にならひ おこなわれ称美(せうび) せらる ◯千載集(せんざいしう)  物の名  かきのから 榊葉は   もみぢ      も  せしを    神かき      の  から   くれなひ      に 見え   わたる     かな 【山野に立つ大弐三位の図】 【右頁上段一休伊呂波哥続き】 こ  こひすてふ    手にも   とられぬ   きみゆへ     に   しやかも     だるま       も  身をやつしつゝ え  えりすつる   心にちりは    あらね共   すつる      心ぞ  ちりとこそ     なれ て  てる月を    心のうち       に   うつしては   よは    うき雲       の  すがた    なりけり あ  あめはれて   うきよの    かさを   ぬぎすてゝ  くま    なき月の  かけ  をなが   むる さ  さりとては   なかるゝ      水の   あとも     なき    身をも     心も  うつし  てやみん き  きくことも   なければ    とひも     なかり       けり  きかざるさきぞ  とふ   て    のちなれ ゆ  ゆくすゑも   またこしかた        も  ゆめなれば      何も  なき身     と  なりてくらさん め  めにはみて  はなには   かぎて    みゝに      きく   われも     ほとけ        に   かはら    ざり      けり 【右頁中段】 右近大将(うこんのだいしやう)道綱(みちつな)母は 右衛門佐 倫寧(つねやす)の 女(むすめ)也 東三条(とうさんでう)入道(にうだう) 兼家(かねいへ )公の室(しつ)也 本朝(ほんてう)古今(ここん)美人(びじん) 三人の内也きわめ たる哥の上手(じやうず)也 兼家公かよひ給ひ ける程(ほど)の事うた など書(かき)あつめて 蜻蛉(かげろう)日記(につき)と名付(なづけ) て世(よ)にひろめ        給へり ◯新古今集(しんこきんしう)に  入道(にうだう)摂政(せつしやう)久しく  まうでこざり  ける比びんかきて  出けるゆするつ  ぎの水入なから侍  けるをみて 絶ぬるか影  たに見へば     とふ べきをかたみの水は みくさゐにけり 【右頁下段 残された水を観察する道綱母の図】 【左頁上段一休伊呂波哥続き】 み  みゝもなく   目もなく   はなも     なき     ものを     なをつけ  そめて  仏とぞいふ し  しゆしやう      さに      まよひ     そめぬる      のりのみち  いたりゑぬれば   しゆしやうけもなし ゑ  ゑにかきし    道にまよ      へる   人   よりも    さとりに      まよふ  人そ   はかなき ひ  ひとはほとけ   ほとけは人よ   うき    しづみ     水と    なみとに  なぞかわり      けり も  もゝとせの   よはひも    われは   何かせん  きたらず   さらぬ  本の   身なれば  せ  せきすへて   たがとゞめ      けん   のり    のみち   おろか     なり      ける  人心かな す  すみやすき   心のおくの    かくれが       を    しら     でや  人の  わけまよふらん 京  きやうだらに   はやり小うた        も   高砂も     さいの   ぢやう〳〵   人はへだてじ 【左頁中段】 安嘉門院(あんかもんゐん)の四条(しでう) は為家(ためいへ)の室(しつ)為相(ためなり) の母(はゝ)也 阿仏(あぶつ)と号(がう) す為氏(ためうぢ)は腹(はら)がはり の子(こ)為相(ためなり)の兄(あに) なりし父(ちゝ)為 家(いへ) 末期(まつご)に為相に 播磨(はりま)の知行(ちぎやう)所を 為相(ためなり)にゆづり 置(をか)れしを為 氏(うぢ) 押領(をうりやう)しけり是 を訴(うつたへ)の為に鎌倉(かまくら)   へ下られし時の道の記を十六夜(いざよひ)日(につ) 記(き)と云その中《割書:ニ》 雲かゝる   さやの     中山   こえぬ     とは みやこ    に  つげよ あり明の   つき  【下段 道中の阿仏尼と有明の月の図】 【見開き二頁を八コマの図と説明文により女中一生記とする】 【右頁欄外余白に題の一部】 女(じよ)中(ちう) 【右頁上段 題 右から読む】 聟(むこ)入(いり) 【むこ入儀式の図】 むこ入は。祝言よりさきに 日がらを定めまいるなり むこ《割書:并》むこのおや仲人(なかふと) つれ立行むこの親なき は親ぶんの人同道して 行也。さかづき座つき《割書:二》出 むすめの親よりはじめ 聟(むこ)にさしむこより 一門中不残さかづきす るさかづきしうと《割書:二》納り ざうに出るすいものいで 其後ぬりさかづきにて 三こんまはりをさまる 【右頁下段 題 右から読む】 嫁(よめ)入(いり) よめいりして親の家出 跡(あと)にて門火を焚き死(し)人の やうに二たびかへらぬをしう 義とするまことにむすめ 人と成おやの手をはなれ 行よりしてはかる【我ヵ】父母事 を思ひかへむこのおやたちへ よくつかへ今迄の我おや のごとくしんじつに孝(かう)を つくしよくつかへへし。則 我おやへつかへるにをなし よめいりの夜行時二たび 此 家(いへ)へかへらぬと思ひ【日】定行べし 【右頁上段 題 右から読む】 祝(しう)言(げん)之(の)盃(さかづき) むこの家へ行と待上郎 手引して座えつき。さん ぼう出しうとしうとめ むこむかふ座にならびゐて よめよりさかづきはじめ。むこ にさすいつにても三こんづゝ うけてのむなり。一 門(もん)ぢう みな〳〵さかづきする むこはさかづきすむと立 べし。よめは物かずいはぬ がよしさかづきすみ色(いろ) なをし有。りやうりも成 程(ほど)しづかにくふべし 【右頁下段 題 右から読む】 新(にゐ)枕(まくら) しう義 食(くい)事万しまひ ねやに入《割書:ル》時は仲人むこ よめばかりにて。しうと より持せ行【持たせ行く】。さげ重(じう)ひら き仲人あいさつにてむこへ さけをすゝむる。此時はむこより のみよめへさす。むこもうち くつろぎ盃(さかづき)して。仲人よき 程にあいさつして次(つぎ)へたつ。 よめあいさつ。何か物かず 多(おゝ)くいふ事あしく。とかく 心はおちつきゐて成程うい 〳〵しきていこそよけれ 【左頁欄外に全体の題「右頁からの続き」右から読む】 一生(しやう)記(き) 【左頁上段 題 右から読む】 平(へい)産(さん)之(の)躰(てい) くはいにんに定りし時身持 大事也 目(め)にあしき事を見ず みゝにあしき事をきかず あしきあぢはひの物 食(しよく)せず 物ことはらたてず。しづかに くらすべし。心よき事にうつし よくつゝしむ時は。生(むま)るゝ子 おとなしく一 生(しやう)のとくなり 又髙き所の物 手(て)をのばし 取べからず。をもきものもつべ からずあたり月に灸すべ からず立(たち)ゐしげきはあしし 臥(ふす)ときは足(あし)をかゝめて臥べし 【左頁下段 題 右から読む】 産(さん)後(ご)養(やう)性(しやう) さんごには風にあたらぬやう すべし。又あせかく事もあしし。は やく男にちかづくべからず。七 夜(や)の 内生肴(なまざかな)くふべからず。或ははやく 髪(かみ)あらひ行水(ぎやうずい)など早(はや)くする はあしゝ。惣(さう)じてさんごにも物 しづかに養性(やうじやう)すべし。いかり かなしむ事いむべし。口(こう)ちうの そうぢは/爪(つめ)を取などおそくす べし。又生れ子物こゑあげぬ先(さき) にわたにて指をつゝみ。口の内の 古血(ふるち)を取べしのみこめば ほうそうおもき物としるべし 【左頁上段 題 右から読む】 子(こ)之(の)育(そだて)様(やう) 子をそだつる事母をやつね〴〵 心得有べし。たゝ一のごとく 氏(うぢ)よりそだちとてくいもの 万事(ばんじ)いやしからぬやうにすべし 又 食事(しよくじ)は多(おゝ)きより少(すく)なき 事よしいふくも子供の時より おほくきすれば年たけて 其くせうせず。少うすくきす べし。つよく泣(なか)する事どく なり。又ちいさきときに。人 だち多(をゝ)き所へつれ行こと なかれ気をのぼし。どくなり 我まゝになきやう《割書:二》そだてへし 【左頁下段 題 右から読む】 客(きやく)噯(あしらひ)之(の)所(ところ) 夫(をつと)の家(いへ)に客(きやく)来(きた)る時さつそく 言葉(ことば)をかけてよく〳〵念比(ねごろ)に 誰(たれ)人さまもあしらひ□□□□□□ 惣して上下(かみしも)の人あれ□□も あいさつつど〳〵に心がけべし 去(さり)ながら男のあいさつある内 さし出物いふにはたゝなかれ よき程に心得るべし物いひすぐ るは見ぐるし。或は客 食事(しよくじ)の時 中ば過にして。其客▢▢に あいさつすべし。又ちかづきにて なき客には夫(をつと)の引合(ひきあはせ)を待(まち)ゐ てあいさつをすべし 【見開き二頁にわたり女性風俗の図八図とその説明文】 【右頁 欄外余白にタイトル 右から読む】 女(おんな)風(ふう)俗(ぞく) 【右頁上段 公家の女性の図】 公家(くげ)【左に】「こうけ」 女御(によご)后(きさき)などとのふる。まことにしぜんと風義(ふうぎ)けだかく。 しゆせき【手跡】うづだかく。哥(うた)のさまをのづからにそなわり。 五つかさね衣(きぬ)に。ひのはかま【緋の袴】めしたる御ありさまひ                      ころはいゝ申                      にはあらねど                      古き繪(ゑ)本に                      畫師(ぐはし)の書たる                      を。見ぬ人のた                      めに。絵すがた                      のふうぞくを                      こゝにうつし                      しらしむる                      ものなり 【右頁上段 武家の女性の図】 武家(ぶけ) 北のかた。御前(ごぜん)様 奥(をく)さまなどゝいふ。武家(ぶけ)の女子(によし)は風俗(ふうぞく) しやんとして。衣服(いふく)すそみじかにきなし。すんと したるもよし。女子たしなみの外にぶだう【武道】も                       心かげありて                      よし。さふらい                      は言葉(ことば)に太刀(たち)を                      あらはすなどゝ                      世話(せは)にもいへば。                       そのさまにう                      は【柔和】にして。心は                      つよきをぶし                      の妻(つま)ともむす                      めともほめり 【右頁下段 禿と召使いを連れた太夫の図】 太(た)夫(ゆふ) 松といふ名はしんの帝(みかと)御狩(みかり)のとき大まをまつの 木陰(こかげ)にて御しのぎなされしより太夫といふしやく を松の木におくり給ふ此 縁(ゑん)をひゐて松とかへ名をいふ                       風俗(ふうぞく)そなはり                       て位あり衣服(いふく)                       こしのまはりに                       わた入ず打かけ                       姿(すがた)にかほりを                       ちらし引ふねと                       名付かふろの                       外(ほか)にめしつかひ                       の女郎をつれ                       出るなり 【右頁下段 天職の図】 天(てん)職(しよく)【左に】「てんじん」 梅ともいふ。心は天じんのえんをとりてなり風俗 太夫におとらずくらゐありていしやうつき同し く惣して太ゆふ天じんは丁ほ【帳簿】手跡(しゆせき)も見事に                 かきなし                 哥(うた)茶(ちや)のみち                 を心がけでは                 成がたし琴(こと)                 さみせんなど                 ないしやうにて                 は引どもさし                 きにてはひか                 ずはうたも                 うたはず                                                  【左頁欄外余白に題】 教(けう)訓(くん)圖(づ) 【左頁上段町人嫁の図】 町人 媳(よめ) 御新造(ごしんぞう)御部(おへ)屋御りやう人などいふ風俗はでなるは 見ぐるしふだんいしやうも大もやう成ものあしく昼(ひる)は姑(しうとめ)の きはをはなれず万心をくばり笑(をか)しき事にもさのみこへ立ず                    くるしきにも其                    色をみせず下部(しもべ)                    の者(もの)を友(とも)として                    長はなしせず                    よめのみちたる                    事は舅(しうと)姑(しうとめ)の                    善悪(ぜんあく)を朝夕(あさゆふ)                    にとひ真実(しんじつ)の                    子のことくかう                    成を道とす 【左頁上段妾の図】 妾(てかけ)【左に】めかけ 臥(ご)座(ざ)直(なを)しなどいふ。男の内より外に置(をく)を囲者(かこひもの)といふ いづれにても表だゝぬ事なれば一しほ衣服(いふく)かみの結(ゆひ)やう こうたう成にしゆくはなし。妾(てかけ)のみちたる事奥(をく)さまにめし                    つかはるゝ時は                    神のごとく尊(そん)                    敬(きやう)しほうばい                    下(した)〳〵の事を                    吉品(よしな)に申                    なし。みぢんも                    我かほゝせず                    法會物見参り                    せず身をかた                    くつとむべし 【左頁下段鹿恋の図】 鹿恋(かこひ) しかともいふ鹿(か)の字(じ)の心をとりてなりこれまでを 格子(かうし)女郎といふて日頃(ひごろ)見せへいださず。揚(あげ)やといふへ 行てつとむる。引ふねといふにあらずくがいをつとむる                    此風俗てん                    じん《割書:二》同じく                    いやしからず                    引。かたりの                    やうなるしよ                    さなし。ざし                    きの■【奥ヵに】しゆ                    えんのりやう                    をするのみ                    とぞ 【左頁下段端の図】 端(はし) 見世女郎の事なりみせ女良といふ■すがたあし きを見世女郎にするにあらず其おやかたのかつ 手にてみせにてもつとめさすなれば格子(かうし)■■■も                   ■■ろ■ま風(ふう)                   義(ぎ)■■■多(おゝ)                   し。しかし是                   までの。風俗(ふうぞく)町                   の女中などま                   なび給ふ事な                   かれ又此■■■                   ぶんへ町の■■                   かたらひ■の                   風俗(ふうぞく)いへ■べし 【右頁上段】 年よりて後室(こうしつ)などといふまことに女は両夫(りやうふ)に まみへずといふふることもあれどあるひはおやの おほせ又は子のためなどにふたゝび夫(をつと)にまみゆるも                   あり。いづれの                   道にても。ごけ                   のあいだは。け                   しやうやめてかみ                   をつ いたばね                   てをくが見よし                   第一身持かたく                   ふつ〳〵色の                   みち立こそ                   かんようなり 【右頁上段】 りん気は女のたんき短気はそんきとてりんきつの れば。えんをきられてもとりくやむにかひなく。殊(こと)さら りん気つよくいふほどつのるものなりしんびやう                 によくおつとを                 うやまふときは                 しぜんとその                 こゝろざしに                 はぢて夫(おつと)の                 悪性(あくしやう)やむもの                 なりよく〳〵                 をんなのたし                 なむべきは                 此みちなり 【右頁下段】 茶(ちや)たて女風俗(ふうぞく)多くの人にもまるゝゆへこゝろさま くだけてあいさつ万よくいしやうもよし すこしばし【華美】成もやうむねだかにし袖なりちい                 さくふり袖は                 すそと同じ                 くながしおび                 ふり袖は吉弥                 むすび長さ                 そでに同じ                 まことに                 酒あひのいつ                 きやうはいふ                 はかりなし 【右頁下段】 風呂(ふろ)屋の女風 俗(ぞく)茶屋におなじくおほくの風呂に 入《割書:ル》人々の氣(き)をとり物ごしやはらかにてよし 身もちもきれいなりさりながら町の女中此                 ふうぞくとて                 も見ならふべ                 からず町の                 女は外なり                 しやんとし                 てばしなるは                 あしくよく                 こゝろへある                 へき                  事なり             【左頁上段】 山の神とは異名(いみやう)なり。惣(さう)じて在(さい)へんの山に神の たゝりある山神のたゝりとてきうさんにきつ き事をいふあら手女の物こしはらたつるさまに                たとへていふ                惣たい女は腹(はら)                のたつ事あり                ともこは高(たか)に                いはす下さ                まの者(もの)にいけん                の事ありとも                ひそかにいひ                きかすこそ                女のふう也 【左頁上段】 妬(うはなり)とも書。日比くや〳〵【くよくよ】りん気ましりしをち【為落ち=手落ち】 あるにまかせてにくきそげめ【注】がしかたとすり こぎ取て打(うつ)てかゝる。しつかい京おしろいのさいしき                もほむらの                あせにながれ                をつる此繪(ゑ)の                さまを見て                かねて女などは                手を出しいかやう                成事にても人                をたゝくこと                なかれあとはつ                かしや 【注 「そげめろう」の略か。女をののしって言う語】 【左頁下段】 びくにの風俗近年はきりやうよきびくに出る 歯(は)はすいしやうをあらそひまゆほの〳〵とほそ くつくりくろいぼうしもしほらしくきなし                加賀笠(かがかさ)に                ばらおのせつ                た当世のは                やりぶしとて                うたひくわん                しんにあり                くまことに                おんなにはか                はりしひと                ふうぞく 【左頁下段】 山の神 後女打(うはなりうち)のこうべたるが【意味不明】しつとりんき心恚(しんい) のほむら火の車をいたゞききふねの宮居(みやゐ)あるひは 又思ひより【思い当る】の神社(しんしや)に参るあさましや又■■ぶし神                子に■らせ                なと■世■■                の夜叉(やしや)かくの                ごときの人ある                まじけれと心                のいましめに                図(づ)にしるせり                露(??)ばかりも                かくの心はもつ                べからず ゝ【右頁上段】 忠(ちう)孝(かう)五(ご)欲(よく)之(の)圖(づ) 【右頁中段】 女 教(けう)訓(くん)寳(たから)草(くさ)《割書:女一代の身をおさめ家をとゝのへ不断の|心もち古人のおしへを書あつめる物ならし》 ▲黒(すみ)にちかづく者(もの)は黒(くろ)くなり。賢(けん)に近(ちか)づく者は明(あき)らか也。才ある者に近つけば ちゑをまし。かたくるしきに近付(つけ)ば愚人(ぐにん)となり。智者(ちしや)にちかつけば賢(けん)に 成《割書:ル》善人(ぜんにん)に近付ば功德(こうとく)を得。愚(ぐ)に近付ばくらく成。侫(ねい)人に近付ばへつらふ 心をこる也。教(をしへ)ずして人のあやまちをいかりにくむは大き成 無理(むり)なり。人を つかふによき事をばほめてあしきことをばゆるくすべし。あしき事おのつから直(なを)る 物なり。よき事したるをばもてなさずしてあしき事したるをゆるさざる時は 心よりしたがはざる故(ゆへ)。なをりがたくして。必(かならす) そむきはしるものなり ▲親(をや)にはよく孝行(かう〳〵)をつくすべし。孝は百行の宗(そう)なり。今の世の人は。ぐち なる親はむり多(をゝ)き故。孝行成りがたしと思へり。然れども是は道理(だうり)にあたら す。親より受(うけ)たる身(み)をそこなひやぶり。又は悪事(あくじ)にて命を捨(すつ)る類(たぐい)を 大 不幸(ふかう)といふ也。身を立(たて)仁道(じんたう)につとめ家名をあげて親の名を顕(あらは)すを 第一の孝行也とす。我親をはうやまはすして他人ばかり敬(うやま)ふは悖礼(ぶれい)【注】といふなり 子をあいするこゝろをもちておやにつかへば其身孝行の名をとるべし 親より金銀 家督(かとく)をゆつられたる者は。大方(たいはう)の人。親の恩(をん)はなしと思へり。または幼(よう) 少より奉公して親どもやしなひし故。かへつて親へ恩ありといふやから。世(よ)に多 し是は放逸(はういつ)なる云分(いゝぶん)也。 父母(ふし)の恩(をん)は大海よりもふかく須弥山(しゆみせん)より もたかしとなり一夜(や)の育(はくゝみ)一日のなさけ其 志(こゝろざし)のあつき事一 生(しやう)の内にも 謝(しや)しつくすへきや佛は父母の恩(をん)の深き事 無量(むりやう)の経巻(きやうぐわん)に盡しがたしとのへ給ふ 【注 「悖礼(はいれい)」。 孝経に、「不_レ敬_二其親_一。而敬_二他人_一者、謂_二之悖礼_一。とあるを引いている。】 【左頁中段】 ▲妻女(さいじよ)のみち正(たゝ)しからされば國(くに)ほろび家(いへ)ほろぶる事 昔(むかし)より其 数(かず) 多(おゝ)し妻(つま)才智(さいち)なれば夫(をつと)のわざはひすくなき物也。夫のあしき事をば かくし。よきをば顕(あら)はし。六 親(しん)をよく和合(わがう)せしめ賤(いや)しき夫(をつと)にてもよく 侑(した)ひ。おそれて貴(たつと)く見する也。家のさかへおとろへは妻(つま)の善悪(ぜんあく)による もの也。有 書(しよ)にいはく。己(をのれ)より富(とめ)る人の娘(むすめ)を妻とすべからず。かれ其(その) 富貴(ふつき)を心にさしはさんで。夫(をつと)をかろしめ。舅(しうと)姑(しうとめ)の気(き)にもいらず。我 心に奢(おごり)有ゆへ萬つ家のやぶれと成事ありて必(かなら)すほろぶるもの也 ▲悪敷妻(あしきつま)なれば夫もわざはひに逢(あふ)事 多(おゝ)し。つねに夫の悪事(あくじ)を語(かたり) 人にもかろく思はせ。我はいやしみ少しも恐(をそ)るゝ体(てい)なく。家内(かない)をみだすもの なり。貧(まづ)しく成ては夫婦(ふうふ)の口論(こうろん)たへぬ故。親もうれひおほし。夫婦は 一 同(とう)に孝行(かう〳〵)なればをやの心もたのしき也。女の心にたしなみ有べし ▲女の性(しやう)はみなひがみたるもの也。人我(にんが)の相(さう)有てわづかの事にもいかりて かほ赤(あか)くなり。貪欲(とんよく)はなはだしく恥(はぢ)をも忘(わす)れ。我身を愛(あい)して人へは 邪見(じやけん)なり。偽(いつは)り多(をゝ)くして詞(ことば)をたくみにし。さてくるしからぬ事をも とへばいはず。扨は思慮(しりよ)ふかきかと思へば浅(あさ)ましき事をもとはず語りに いひ出し。たばかりかざる事は男の智恵(ちえ)にもまさるやうにて。しかも人に 見すかさるゝ事 多(をゝ)し。物の哀(あはれ)をしらず。又少の事にも人を恨み人のうはさ をいひて常(つね)の慰(なぐさ)みとし。へつらひかざる故 損(そん)多(をゝ)く。絶(たつ)【字面は「湛」に見えるが文意からは「堪」ヵ】べき事にはよはくし て。よはかるべき事には我慢(かまん)をおこし。短慮(たんりよ)未練(みれん)にして行末(ゆくすへ)のかんかへなき 物なり。女の性はかく拙(つた)なきものなれども夫のかしこきは女もかしこく見ゆる也 【右頁上段 図 囲みの題】 名(みやう)よく 【右頁本文】 ▲女は明(あき)らか成 鏡(かゞみ)にて顔(かほ)の善悪(ぜんあく)を見べし。人は良友(よきとも)に身(み)の善悪(ぜんあく)をとひて しるべし。あしきを見て人よりいさむる事あらんに悦(よろこび)て聞(きく)。身持(みもち)を直(なを)さざる 人は悪敷(あしき)病を持て療治(りやうぢ)をきらふがごとし。又あしきを見て云(いは)ざるは誠(まこと)の 友(とも)にて有べからず。扨 友(とも)を求(もと)めんと思はゞ。我よりすぐれたると思ふ人をよく 見て常(つね)にしたしみまじはるべし。我に似(に)たる人を友(とも)とする事は益(ゑき)なき 事也。すぐれたる人にまじはらずは拙(つたな)き我身なをるべからず。いはんや我より おとる友(とも)ならば早(はや)く遠(とを)ざかるべし。無(なき)にはをとりつゐへ成ものなり ▲親(をや)の子をあはれむに誠のじひと。又あた成 慈悲(じひ)と有。誠のしひといふは 先 灸(きう)をくはへて病を治(ち)し。放埒(はうらつ)をさせずして藝能(げいのう)をつくべし。當ぶんは くるしけれども成長(せいちやう)しての悦(よろこ)び 数々(かず〳〵)なり。愚鈍(ぐどん)なる親は末(すへ)のかんがへもなく 當分(たうぶん)悦(よろこ)はせんと思ひて。甘(あま)き類(たぐひ)をくはせ。又一 切(さい)の食事(しよくじ)にあかす事故。五  臓(ぞう)をやぶりて一代の病者(びやうじや)となる。或(あるひ)は其内 死(し)するも有べし。灸(きう)はあつがるべし とてやかす藝能(げいのう)は氣づまりならんとておしへず。故(かるがゆへ)に無藝(ぶげい)ものと成て 恥(はぢ)をもかき事をもかく也。幼少(ようせう)の放埒(はうらつ)一生(しやう)なをらずして。先祖(せんぞ)の名をも下(くた)し かへつて親をも不 孝(かう)し。我身も置(をき)所なく。妻子(さいし)等(とう)にもなげかする也 ▲さしたる用(よう)もなきに人のもとへ行はよからぬ事也。用(よう)有て行たり共その 事はてなばとく帰るべし。久敷(ひさしく)居(ゐ)たるは。いとむつかし人にむかひ居ればことば             おほく身もくたひれ。心もしづかならず。萬つの懈怠(たいくつ)おこりて時をつい やし。たかひのために益(ゑき)なし。人中にまじはる事は大 事(じ)の物也。 我 覚(をぼ)えず して人え無礼(ぶれい)も有べし。又人より過分(くわぶん)のぶ 礼(れい)あれば堪忍(かんにん)しがたきもの也 【左頁上段 図 囲みの題】 酔眠欲(すいみんよく) 【商人が萬覚帳の傍で富の夢を見てまどろんでいる図】 ▲富貴(ふつき)なるはよけい他(た)へこぼるゝ物なれば。人の出入有てにぎやかとなり。 家うるほふ物也。され共その人 貪欲(とんよく)ふかく他(た)よりは非道(ひだう)の事にて。利(り) 錢(せん)を取。入れども人へは一錢(せん)もほどこさじとする類(たくひ)あり。かやうに不道(ふだう)に して富(とめ)る時はあやうくして。永(なが)く子孫(しそん)つゞく事なし。富(とむ)にしたかひて 人へものをほどこせば。人の出入つよくして敬(うやま)ふ物也。富(とみ)ても慈悲(じひ)なければ 人うとみて出入なくかへつてにくみそしる故。自然(しねん)に浅(あさ)ましき評判(ひやうばん)うくる物也 ▲富貴(ふつき)なる人貧(ひん)なる親類(しんるい)の所へは結構(けつかう)なるていにて行べからずとも人 大㔟(ぜい)にて行(ゆき)たりとも皆(みな)そとに置(をく)より外なし。只ひそかにして行べし 我富(わがとみ)成まゝに貧(ひん)成 親子(をやこ)のおり見舞(みまひ)なきと腹立(ふくりう)せり。大き成あやまり なり。働(はたらき)に隙(ひま)なく見まふ所へゆかず。道理(だうり)を考(かんが)へ見継(みつぎ)を送(をく)り遣(つか)はすが道(みち)成べし ▲貴人(きにん)より給る物をは辞退(じたい)せずして戴(いたゞ)くべし。返(かへ)すは礼にあらず又下より 上へ奉り物は軽(かろ)きものをつかふをよしとすべし。我と同じやう成心の人と 静(しづか)に物がたり仕(し)たるは嬉(うれ)しかるべきにさやうの人有まじければ多(おほ)くは氣(き)に あはざる人と出合(であひ)。少も違(ちが)はぬやうにと向(むか)ひ居(ゐ)たらんはひとりゐたるには はるかのおとり也。独(ひとり)ともし火のもとに書巻(しよくわん)をひらゐて見ぬむか【無我ヵ】の人を 友としたるこそこゆるかたなき慰(なぐさみ)にて心も清(きよ)まり。ちゑをもましてよし  古哥《割書:ニ》   尋ねくる友(とも)もうらめしひとりゐて。ちぎりさはらずたのむゆふへを ▲人に酒をしゐ呑(のま)する事よからぬ馳走(ちそう)なり。扨 数盃(すはい)しゐられて飲(のむ)人いと絶(たへ) がたくくるしみ。又は人の目あひを見て打すてんとしたり。或(あるひ)はにげんとするを とらへて無理(むり)にしゐ呑(のま)せぬれば。うるはしき人も忽(たちまち)狂人(きやうじん)のごとくに成也 【右頁上段 図中囲みの題】 食(じき)よく 【台所の図 中央では鯛を捌き、右脇では火を使っての調理、すり鉢での下ごしらえ 左端は配膳や下準備などに追われる人々の描写】、 又 息才(そくさい)なる人も目の前(まへ)に大 事(じ)の病者(びやうじや)と成て前後(ぜんご)しらず。た ふれふす。祝儀(しうぎ)の酒もりなどにてはいま〳〵敷事成べし明(あく)る日まで 頭(かしら)いたく物くはず。生(しやう)をかへたるごとくにて。昨日(きのふ)の事を覚えず。大事の所用(しよやう)を かきて煩(わづら)ひと成。かゝる馳走(ちそう)は慈悲(じひ)にもあらず礼儀(れいぎ)にも背(そむ)きたる事也 ▲人よりあたをする時に我又あたにてかへさんとすれば。さき又あたをなし 生(しやう)〻(〳〵)世(せ)〻(ゝ)にあたつくる事なし。あたをは恩(をん)にて報(はう)ずべし。先(さき)又 恩(をん)にて 報(はう)ずる物也。若(もし)その者(もの)報ぜず共。諸(しよ)天よりはうずるといへり ▲万の事十 分(ぶん)なればこぼれ出て跡(あと)へわざはひ入といへり。万の食(しよく)みてゝ 口にいさぎよき事あれば病おこる也。水を呑(のみ)ていさぎよきは少の間也 腹(はら)へあたりてやむは久しく苦敷(くるしき)也。病(やまひ)も起(をこ)りて後(のち)治(ぢ)せんとするより。前に よくふせぐべし。わざはひもをこりて後。おさめんとせんより常(つね)〻(〳〵)能(よく)つゝしむべし ▲食(しよく)はつねに少なく喰えば脾胃(ひい)をやしなひ。五臓うるをひ。長命也。大食は溢(あふ)れ て五臓の毒(どく)となる。たとへは多欲(たよく)は身を破(やぶ)り。小欲は身をたすくるがごとし。 山椒(さんしやう)を多(をゝく)くへば真氣(しんき)を散(さん)じ物を忘(わす)るゝ也。薬(くすり)も不断(ふだん)飲(のめ)ばきかず。きうも たへずすればきかぬ物也。人え異見(いけん)をいふにも。不断(ふだん)いへばきかず。間(ま)をおきて いへば恥(はぢ)て聞くがごとし一切の初(はつ)ものを先(まづ)少つゝ喰(くひ)。連とには多(をゝ)くくひてもあたら ぬ物也。薬のきくも毒(どく)のあたるも同じ事也。湯(ゆ)の山の人 常(つね)に入故きゝうすき如(ごとし) ▲上 手(ず)成 醫者(いしや)のあやまるはまれ也。まれ成あやまりを以てへたといふべきや。へた なるいしやの仕(し)あつるはまれ也。まれに仕(し)あてたるを以て上手とすべきや。 醫者(いしや)の あやまりはまれに有物也。 愚者(ぐしや)は一切の事にあやまらざることなし 【左頁上段 図中囲みの題】 色(しき)よく 【遊郭のお座敷】 ▲我身のあしきをいふ人あらば。是こそ我 師(し)也と思ひて近付くべし。我(わが)よきを云(いふ)者 あらば。是わが為にあた成と思ひしりぞくべし。又我いふ事を。それもよし。是も よしといふひとはまじはりてもせんなし。拙(つたな)き者(もの)は必(かなら)ず我あやまちをばかざる故 あしきといふ人をばいむもの也。君子(くんし)はあやまちをかくす事なくはやく改(あらため)て 非(ひ)をなをすといへり。常に人に勝(かた)んと思ふ心を止(やめ)て。わが智(ちへ)のたらざる事を。う れふべし。人のいふ事の合点(がてん)ゆかぬをば返して聞べし。其 理(り)くはしくさとる也 ▲欲(よく)をはなれては世のなかに腹立(はらたつ)事はなき物也。おしやほしやの欲(よく)よりいかりは おこる也。貪欲(とんよく)を止(やむ)る時は一切の苦(く)もやみいかりもやむ物也。一念にいかりを おこせば九ていこうの善根(せんごん)きゆるといへり。しんゐの火は即(すなはち)地ごくの火也 ▲悪としらばわづか也ともなすべからず。小悪をいとはぬ者(もの)は必ず大悪へたつり やすし。たとへば一銭の勝負(せうぶ)を。是はわづかなりとてする者は後は万銭の 勝負をもするがごとし。一善をなす者は必(かなら)ず万善(まんぜん)を思ひ我のみにあらず 人まですぐなる事を願(ねが)ふもの也。心もすなをにして正 道(たう)成こそ人の道也 ▲無理(むり)成おやにてもよくしたがふが子の孝行(かう〳〵)なり。然るに■■へ年 よりたる親をばないがしろにしていふ事をも用ひず万に胆(きも)いらせ。親のひを あげ我手がらをば顕(あら)はすやから数おほし。しかもさやうの者所帯(しよたい)を■持(もち) くづし。其時はかへつて親先祖(をやせんぞ)をもうらむる物也。親を不 孝(かう)せしものは 天 然(ねん)のゐんぐはにて又我子に不孝せらるゝ物なり。父はちゝたらずと云 とも子は子のみちをつくすがまことなり。仏法のなき国にては。父(ふ) 母孝養(ぼけうやう)のくどくを以て仏国へ生るゝといへり。よく〳〵心得べき事也 【右頁上段】 《割書:小野小町|一代由来》七(なゝ)小(こ)町(まち)物(もの)語(がたり)《割書:◯さうしあらひ|◯雨ごひ小町|◯かよひ小町|◯せき寺小町》《割書:◯そとは小町|◯あふむ小町|◯きよ水小町》 【本文】 小町は小野氏(をのうぢ)にて。其 先祖(せんぞ)を尋(たずぬ)れば。孝照天皇(かうせうてんわう)の御 子(こ) 天(あま)の たるひこおしくにの尊(みこと)より傳(つたは)りて。代々 近江(あふみ)の国。志 賀(か)のこほり 小野ゝ里に住(すむ)人也。依(よつ)て氏をかくいへり。父(ちゝ)の名はよしざ◯仁明(にんみやう) 天皇の御時。出羽(では)のぐんじになされたり。小町は其生れつき 誠にようがんびれいにて。色どりかざりをかゝざれ共だん くわの口びる桂のまゆ。かんばせは桃花(とうくわ)のごとく。はだへは 梨花(りくわ)にことならず。尤(もつとも)其時にぬきんでゝ。世上(せじやう)第一の美(び)人 なり。年(とし)若(わか)き人々心まよはずといふ事なく。筆(ふで)に つくし文(ぶん)をかざりて契(ちぎり)をもとむれども。父のぐんじ望(のぞ)み 有けるにや。堅(かたく)せいしてゆるさゞりければ。おのづからつれな かりけると也。元来(もとより)和哥(わか)をよく読(よみ)て代(いろ)々(〳〵)の集(しう)にゑらひ のせられ末(すへ)の世ゝ迄もとめる名をのこせり。小町が娣も能(よく) 哥よめるかし伝記(でんき)に見えたり。古今の序(じよ)に。小野々小町は 古(いに)しへの衣通(そとをり)姫のなかれ也。あはれなるやうにてつよからず。 いはゞよきおうなのなやめる所あるに似たり。つよからぬは。女 の哥なれば成べしと云々。右あらましは本 伝(でん)のをもむき也。 又玉つくり小町とて別人(べつじん)あるよしの説(せつ)あり。くわしく罷しる べき事也。七小町といふは。さうし謡(うたひ)ものなどに 出たる事なれば 只哥物語のたぐひに打任せて。是よりくはしき道に入べしと也 【左頁】 「さうし洗(あらひ)小町」 【上下左右に鉤かっこ付】            むかし大裏(だいり)にて御哥合の有ける           に。小町の相手(あいて)には大友(おほとも)の黒主(くろぬし)を     さだめられて小町には水辺(すいへん)の草(くさ)といふ題(だい)を遣(つか)はされ たり。黒主つく〳〵と思はれけるは。小町はすぐれたる哥の 上 手(ず)なれば。相手にはかなふまじ。何とそして其よむ所 の哥を聞出し。其うへにはからふべしと。小町のやかたに しのび行て立聞をせられしに。小町はかくぞともしらで 明日(あす)の哥 読(よま)ばやと。哥の題(だい)を取出してかくぞ詠(ゑい)ぜられたり 哥【丸で囲む】まかなくに何を種(たね)とてうき草の。浪(なみ)のうね〳〵おひしげるらん と読(よみ)。我ながら出来(でき)たりと悦(よろこ)び。たんざくに写(うつ)されたるを。 黒主物かげより聞すまし。やがて万葉集(まんようしう)にかき入て 置(をか)れけり。かくて翌日(よくじつ)清涼殿(せいれうでん)にて小町をはじめ。凡河内(おうちかうちの) 躬恒(みつね)。紀貫之(きのつらゆき)。壬生忠岑(みふのたゞみね)。左右(さう)にちやくざ有て。おの〳〵 哥を吟ぜられけるとき。小町が哥に過(すぐ)るはあらじとゑいかん【叡感】 ありければ。黒主是は万葉に入たる古哥也とて。すなはち したゝめか書たる本をゑいらんに入られたり。小町はおどろき涙に くれ。万葉集は我もしれるが。いか成家の本ぞやとくりかへし ながめて。此すみ色のあたらしく。文字(もじ)もしどろ成こそふしん に候へ洗(あら)ひて見侍候ふべしとそうもん申 ̄シ やがて御前にてあら はれければまかなくの哥斗。一字も残らず流(なが)れうせたり。 黒主大にはちて。じがい仕るべしと立けるを。御門御とゞめ有て 是皆和哥を大 切(せつ)に思ふより致(いたす)所也とて。却(かへつ)て御かん【感】有けると也 【右丁上段】 雨(あま)ごひ小町 紀貫之(きのつらゆき)の古今(こきん)の序(じよ)に。六人の 哥(うた)のひじりをのせられたり。小町 は其中の一人(ひとり)にて。殊(こと)にめでたき哥よみと也。ある年 天下大ひでりして。三/ヶ(が)月に及(およ)ひ雨のうるほひ無(なか)り しかば。民(たみ)のたねくさもみのらず。君(きみ)も臣(しん)も歎(なげ)きに思召 て。さま〴〵の御 祈(いのり)有けれ共其しるしもなし。かけまくも ゑいりよ【叡慮】止(やむ)事おはしまさず。きじん龍神(りうじん)をなだむるには 和哥の手向(たむけ)にしくはあらじと御せんぎ有て。其比和哥 のほまれ有とて小町をえらひ出されたり。小まちは 心にはゞかり恐(をそ)れ思ひけれども。みことのりを承り て辞(はい)し申にかなひがたく。むかしよりのれい地と聞へ し。しんぜんえんの池の汀(みぎは)にいたり。しばらく礼拝(らいはい)をな して此事かなへさせ給へと心にふかくちかひをなしてよめる 哥【〇で囲む】ことはりや日のもとなれば照(てり)もせめ。さりとては又 天下(あめがした)とは と。詠(えい)じければ此うたのとくによりて。天神(てんじん)地祇(ぢぎ)の御心を やはらげ。龍神(りうじん)もかんおうまし〳〵けん。大きにあめを ふらし。三日三夜におよびければ。久しく照(てり)かはける 国土たちまちうるほひわたりて。草木こと〴〵く 青き色をあらはし。しげりさかへける程に民の歎とゞ まり五 穀(こく)ぶによう成ける也。されば力をも入すして。天地 をうごかし目に見えぬ鬼神(きじん)をかんぜしむことわさは和哥 の道也とつたへり。ひとへに有がたきことどもなり 【右丁下段 小町が池のほとりで歌を詠んでいる】 ことはりや 日の本(もと) なれば てりも せめ さり とては また 天下(あめがした) とは 【右丁】 【見出し】「関寺(せきでら)小町」【上下四隅に鉤かっこ】 栄(さかへ)おとろふ世のならひ四位(しゐの)少将(せうしやう) のむくひの罪(つみ)の身につもりて錦(にしき) のしとねのおきふしを引かへて。関(せき)寺の辺(ほとり)に。はにふのこや をしつらひ住(すみ)けるを。小野ゝ小町とはしる人もなかりしに。 ころは七月七日。せき寺の住僧(ぢうそう)。ちご達をいざなひ。ほしに たむけの哥をよみて。なを山かげの老女(らうによ)の哥道(かだう)をきはめ たるよしを聞て。けいこのために尋ねけるが。小町は思ひも よらぬよし申されけれど是非(ぜひ)としいられて。そのあら ましを申べしと。神代(じんだい)より始(はじま)り。なにはづあさか山のことの 葉(は)は。哥の父母なるよし語(かた)り聞へければ。僧達(そうたち)かんじて 女の哥はまれなるに。老女(らうによ)の事はためしすくなくおぼへ 侍ふとて哥【〇で囲む】我せこがくべき宵(よひ)なりさゝがにの。くもの ふるまひかねてしるしも。といへる哥を尋ねしるゝに小町 答へてそれこそ衣通姫(そとをりひめ)の御哥也。われらも其ながれをくみ侍ると 有ければ僧達聞て。小野小町こそ衣通姫(そとをりひめ)のながれと聞つれ。 是はふしぎの事と思ひ哥【〇で囲む】侘(わび)ぬれば身をうき草のねをたへて。 さそふ水あらばいなんとぞおもふ。といふ哥を尋られければ。 それは文屋の康秀(やすひで)が三河の守(かみ)に成て下りし時。田舎(いなか)にて心 をもなぐさめようと我をさそひし程によみし哥也と申され ければ。僧達 驚(おどろ)き。侘びぬればの哥を我よみたりと承るは扨は 小町にてまし【別本にて】ます折ふし今日(けふ)の乞切尊(きつこうそん)。【「乞巧奠(きっこうでん)の誤記と思われる】たむけのぶがく【舞楽】をなし たまへとてこてふ【胡蝶】のまひをのそみしとなり 【左丁】 「そとは小町」【見出し 上下左右に鉤かっこ】 こまち百(もゝ)とせのうばと成 て都ちかく相坂(あふさか)山。あるひはしが から崎のあたりにはいくはひ【徘徊】し。道行人にものを乞(こひ) 命をつなぐたよりとし。其あり様の哀(あはれ)なる事左り のひぢに古(ふる)きあじか【蕢=竹・葦などで編んだ籠】に青き蕨(わらび)を入てかけ。右の手に やぶれたる笠(かさ)をもち。首(くび)に一ツのふくろには粟豆(あはまめ)のかれ 飯(いゝ)を入てかけ。うしろに一ツのふくろに。あかづきたる 衣を 入ておひ。笠の中(うち)には田の中なるくはいを拾(ひろ)ひもち。 道をたとりてゆきなやめり。有日大きなる卒都婆(そとは)の 朽(くち)たふれたるにこしを打かけて。やすらひゐたる折ふし。 高野山(かうやさん)の僧とをり合せ是を見て。仏体(ぶつたい)をきざめる そとはにこしかけたるこそやすからね。けふけ【教誨】してのけば やと立よりて。是成こつがひにん【乞丐人=こじき】。よの所に休(やすみ)候へ。是は忝く も仏のすがたを写(うつ)したるそとは【卒都婆】也と有ければ小町其そとは の起(おこ)りくどく【功徳】を委(くはし)くとひて。地水火風空(ちすいくはふうくう)の姿(すかた)をあらはせると いふいはれを聞て。我も仏体を得たる者(もの)なれば。何かへだての有 へきと。草木国土(さうもくこくど)しつかい成仏(じやうぶつ)の道理(だうり)を明らかにこたへられければ。 僧(そう)は大きに驚(おとろ)き誠に悟(さと)れる非人(ひにん)也とて。頭(かうべ)を地(ち)に付手を合て 三 度(ど)礼拝(らいはい)をなしいか成人のなれのはてぞと問(とひ)給へば。我は小野ゝ 小町にて侍ふ也。むつかしの御僧のけふけやとて。たはふれの哥に かくぞよまれけるとなり 哥【〇で囲む】極楽(こくらく)の中(うち)ならばこそあしからめ。そとは何かはくるしかるべき 【右丁】 「あふむ小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 陽成院(やうせいゐん)のみかどの御とき殊さら にしきしまの道をこのませおはし まして其比かんのう【堪能】の人々あまたの哥をよませら るれども。いまだ御こゝろにかなふほどの秀哥(しうか)なし爰(こゝ) に小野小町は百(もゝ)とせのうばとなりて関寺(せきでら)のへんに あるよしきこしめされ。かれはならびなき哥の上ず なれば。おもしろき事どもやあらんずらんと。ゑいりよ【叡慮】 をめぐらされ。まづ御あはれみの哥を下され。其へんか【返歌】に よりて。かさねて題(だい)を下さるべきとのせんしにより。 ちよくし小町のいほりにいたり。其をもむきをのべられ 御あはれみの御(ぎよ)せいをしめさるゝその御哥に 哥【〇で囲む】雲のうへはありし昔(むかし)にかはらねど見し玉だれの内やゆかしき 小町有がたくてうだいありてみかどの御哥をよみかへし侍(さふ)らはゞ はゞかりおほし。一 字(じ)の返哥をつかふまつるべしとて 返【〇で囲む】雲の上は有しむかしにかはらねど見し玉たれのうちぞゆかしき とよみたりければちよくしも大きにかんじ給ひ。凡(をよそ)三十一字見える をつらねてだに心のたらぬ哥もあるに一字の返哥といふ事は 誠(まこと)に妙(たへ)【「丹」に見えるが「妙」の略字と思われる。】なる哥よみ也。しかし哥のていにか様の事やあると 尋給ひければ。小町こたへて。されはとよ此ていをあふむか へしと申也 抑(そも〳〵)あふむといふ鳥はもろこしの名鳥(めいてう)にて人の 詞をさへつり。何そととへば何ぞとこたふ。されば此返哥をば。 あふむがへしと名付るなりとそ申されける 【左丁】 「清水(きよみつ)小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 小町はかくていく程なく世を去 て其名のみよに残れり。とくに 陸奥国(むつのくに)衣(ころも)の関(せき)の上人 諸国(しよこく)あんぎや有ける比。 都清水(みやこせいすい) 寺(じ)にさんけいしかなたこなたをながめ。音羽(をとは)のたきにいたり て古言(ふること)を思ひ出て。誠や此音羽の瀧にてをのゝ小町 哥【〇で囲む】何をして身の徒(いたづら)に左(たかひ)にけん瀧(たき)の景色(けしき)はかはらぬものを と。都のほとりを物に狂(くる)ひさまよひありきて読(よま)れけるは。今 の様に覚(おぼ)えていたはしくなどゝくちずさみ。かんるいをもよほ されければ。小まちのゆうれいこつせんとしてあらはれ出。 やさしき旅(たび)の御 僧(そう)やな。そのうたをうけたまはればわらは もそゞろあはれにさふらふなりそれにつき。市はら 野(の)と申所に小町の塚(つか)の候なりあはれたちこへて【出かけて行って】 あとをもとふらひ給へかしとありければ上人よろこび それこそ愚(ぐ)そうがのぞみにて候へ。みちしるべして たびたまへと市はら野にいたり。是こそ小町のつか にておはしませ。よく〳〵とふらひたまへとてかきけし て【ふっと消え】失(うせ)にけり。上人さては小町のゆうれいなりけるかやと いよ〳〵かんるいきもにめいじ。よもすがら御 経(きやう)どくじゆ【読誦】 し。有がたき御法(みのり)をのべて念比(ねんごろ)に弔(とひ)【「吊」は「弔」の俗字。「とふ(問う)」に「とむらう」の意あり。】給ひしが。其 夜(よ)の夢(ゆめ)に 小野ゝ小町 四位(しゐの)少将二人共に仏果(ぶつくは)【注】を得てれんだい【蓮台】のうへにがつ しやうしこんじきのひかりをはなちてとそつてん【兜率天】に とびさりたまふと見たまひしと也有がたき次第なり 【注 仏道修行という原因によって得られる成仏という結果。】 【右丁上段】 色(しき)紙(し)短(たん)冊(じやく)之(の)書(かき)様(やう) 同寸法 【四角枠内 縦書き部分】 竪 大  六寸四分   小 六寸 【四角枠内 横書き部分】 横 大小共に   五寸六分 【四角枠の下】 此色紙の図は 三光院殿(さんくわうゐんでん)御説也 【四角枠左】 ○御宸筆(こしんひつ)の短尺(たんじやく)ははゞ二寸長壱尺一寸八分 ○御製(ぎよせい)を平人の書時ははゝ一寸九分八分にも長一尺一寸六分 ○平人短尺ははゞ一寸八分長一尺一寸五分又一寸六分一分二分も △短冊(たんさく)に哥書様の事三つに折て三つ折の上の  折目の上一字あけて書始書留りは下七分あく様に  書留ル下の句は上の句に一字さげて筆を立て留は  上の句の留と同じ名有時は上の句の留りに一字上にて留 【四角枠右】 ○此折目の一字上より書始也 【四角枠内】 ほの〳〵とあかしのうらの朝霧に  しまかくれ行舟おしそ思ふ 【四角枠右】 ○題(だひ)有哥 《割書:若題あらば上の端より三分程を|明《割書:ケ》題(だい)を書上の折(をり)めより三分明哥を書《割書:ク》》 【四角枠内】 千代 我道をまもらば君を守るらん    よはひやゆづれ住吉の松 定家 【右丁下段】 源氏(けんじ)六十 帖(でう)目録(もくろく)《割書:并ニ本哥|五十四首》 きりつぼ  せきや   まきばしら  しゐがもと はゝきゝ  絵あはせ  梅がえ    あげまき うつせみ  松かせ   藤のうらば  さはらび 夕がほ   うす雲   わかな    やどり木 若むらさき 朝かほ   同下之巻   あつまや 末つむ花  おとめ   かしは木   うき舟 紅葉のか  玉かづら  よこぶえ   かげろふ 花のゑん  はつね   すゞむし   手ならひ あふひ   小てふ   夕ぎり    夢のうき橋 さか木   ほたる   みのり    山路の露 花ちる里  とこなつ  まぼろし   けい図 須磨    かゝり火  にほふ宮   目安 あかし   野あき   かうばい   同中の巻 みほつくし みゆき   竹かは    同下の巻 よもきふ  藤ばかま  はしひめ   引哥 【左丁下段】  桐壷(きりつほ) いとき   なき 初(はつ)もと  ゆひ   に ながき  よを 契(ちぎ)る   心(こゝろ)は むすび  こめつや 【右丁上段】 ぎをん御こしあらひ 【右丁下段】 【見出し】 きりつほ【源氏香の図 注】 【見出し下より本文】 此きりつほの巻は巻の中のこと ばをとりて名(な)としたるなり。きり つほとは大内(おほうち)にある御殿(ごてん)の名なり。その桐つほに ゐ給ふ更衣(かうい)なれはきりつほの更衣と申也。更衣 とは后(きさき)につぎたる女官(によくはん)にて此女官の御局(みつほね)にて みかどつねに御衣(きよい)をめしかゑ給ふ。更衣とはころも かゆるとよむゆへになつくるなり。此更衣はみかど 御てう愛(あひ)あさからす此御はらにいてき給ふ御子を 光源氏(ひかるけんし)の君と申なり此巻には更衣をみかと の御てうあひふかくありて。ひかる源氏のうまれ 給ふのちふかく煩(わつらひ)給ひてついにかくれ給ふ也又源氏 十二歳の御とし御元服(こけんぶく)まし〳〵て左大臣(さたいしん)の 御むすめあふひのうへと御こんれいの事まで ありみかとの御哥に○いときなきはつもともとゆひ にながきよをちぎる心はむすひこめつや○此 心はけんぶくの時の髪を紫(むらさき)のくみたるいとにて結(ゆ)ふ これをはつもとゆひといふなり。なかきよをちぎる 心とはあふひのうへをこよひ御そひぶしにとの心は むすびこめよとなり○源氏十三四五歳の御 としのことも此巻にこもりてあるなり 【左丁上段】 ぎをんのすゞみ床 【左丁下段】 箒木(はゝきぎ) 数(かず)ならぬ ふせ屋に おふる なの うさに あるにも あらで きゆる はゝきゞ 【注 源氏香の図があるのは違っている。源氏物語五十四帖のうち、最初(桐壷)と最後(夢浮橋)の巻は源氏香の図が無い。】 【右丁上段】 【見出し】祇園會(きをんゑ)行烈(ぎやうれつ)之(の)図(づ) 【小見出し】長刀鉾(なきなたほこ) 四条通 烏丸(からすまる)の東(ひかし) 東洞院(ひかしのとい)の西より出る也 〇此長刀は三条 小鍛冶宗親(こかぢむねちか)が              作 実(み)の長《割書:サ|》四尺 心(なかこ)壱尺 惣(そう)寸五尺なり。此長刀あらたにして 疫病(やくびやう)瘧病(をこりやみ)に戴(いたゞ)かする時 平念(へいゆ)する事 忽(たちまち)にしてさま〴〵霊験奇瑞(れいけんきずい)多(をゝ)し 中ご短(みじか)くて難義(なんぎ)なる故 法橋(ほつきやう)和泉守(いつみのかみ)来金道(らいきんみち)寄進(きしん)仕《割書:リ|》 長《割書:サ|》八尺実(み)四尺 心四尺なり 古釼(こけん) 納置(をさめおき)近代(きんたい) 此長刀を鉾に用る也 【右丁下段】 「はゝ木々【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は哥の詞をもつて名つけ たる也。光源氏の十六歳のとき。 御うちの人いよの介(すけ)といふものゝ家(いゑ)。中(なか)川といふに 御いでありて。ひうかにいよの介がつまうつせみの君 のもとへ忍ひて逢(あひ)給ひてのち。うつせみの弟小君(こきみ)と いふを御 使(つかひ)にて御みつかはされけれ共。うつせみは 世のきこえ身をはぢてかくれて逢たてまつらす その時けんしよみてやり給ふ〽はゝきゞの心もし らでそのはらのみちにあやなくまどひぬるかな 此哥のはゝ木ゞといへるは美濃(みの)の国と信濃(しなのゝ)の【送り仮名の重複】国 の境(さかひ)に。そのはらふせ屋といふ所(ところ)に木あり。其木を とほくよりみれは箒(はゝき)をたてたるやうにて近(ちかつき)て みれはそれににたる木もなし。それゆへありとみて あはぬ心にたとへていふこと也。哥心は。はゝ木々を有 と思ひて立(たち)よりてみれは。みうしなふといゝならはし たるに。いまうつせみを見うしなひたるよとの心也。 うつせみかへし〽かすならぬふせ屋におふる身のう さにあるにもあらできゆるはゝ木々〇此心はかすなら ぬわかいやしき身なれ共。さだまりたるつまあるゆへ。 あるにもあられすかくれたるといへる心なり 【左丁上段】 【小見出し】天神山【▢で囲む】 油小路(あふらのこうち)   綾(あや)小路の    南より出る 〇天神は 菅丞相(かんしやう〴〵)の 霊(れい)なり 【小見出し】傘鉾(かさぼこ)【▢で囲む】四条 西洞院(にしのとい)の   西より出る 〇此 赤熊(しやぐま)を着(き) 棒(ぼう)ふりは昔(むかし)より 今に至(いたり)壬生村(みぶむら)の者毎年 出る役(やく)なり 【小見出し】太子山【▢で囲む】油小路高辻の 〇六 角堂(かくだう)の                北より出る はじめは林(はやし)なりしを 聖徳太子はだの 守(まも)り【いつも肌につけておく守り】をかけ ゆあみし給ひし故事也 【左丁下段】   空蝉(うつせみ) うつ  せみ   の 身(み)を  かへて   ける 木(こ)の   もとに 猶(なを)人がらの  なつ   かしきかな 【小見出し】函谷(かんこ)鉾 四条室町の東より出る 〇此 因縁(いんえん)はもろこしの 孟嘗君(まうしやうくん)秦(しん)の 兵(つはもの)に おそはれて夜中に函谷(かんこく)と いふ関(せき)所を通り鶏(にはとり)のまねをして 難(なん)をのがれし故事なり 【小見出し】木賊(とくさ)山【▢で囲む】 五条坊門油小路の東 ̄ヨリ        出 ̄ル 〇此山の気色(けしき)は 仲正の哥に  とくさかりそのはら山の木間(このま)より  みがゝれ出る秋のよの月《割書:此哥の心也》 【小見出し】孟宗(まうそう)山【▢で囲む】 烏丸四条北 ̄ヨリ                      出 〇俗に筍(たかんな)【「笋」は「筍」に同じ】山と云 此山は二十四孝にのする 孟宗孝行によつて寒中(かんのうち)に雪の中より 竹の子を取て母にあたへし古事也 【小見出し】白楽天(はくらくてん)山【▢で囲む】 室町通四条 ̄ヨリ 壱丁南松本町より出 ̄ル 道林(だうりん)禅師 楽天(らくてん)と ほうもんのてい也 【右丁下段】 「うつせみ【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は哥の詞をもつて名つけたる なり。源氏十六歳の夏のころ。 うつせみの君のつれなきに猶心をかけ給ひて。うつ せみの弟小君とひとつ車にしのひめしていよの介か もとへかくれ入給ひて見給ふに。うつせみはのきばの荻 といふうつせみのまゝ子と碁(ご)をうちてゐたり。碁 をうちしまひたる後のきばの荻(をき)とならびねたる 所へ。源氏の君忍ひより給ふ。おとをきゝてうつせみ きたるきぬをぬぎすてゝ出たるを。源氏はそれと しり給はす。思ひがけなきのきはの荻にあひて。 かへりさまにうつせみのぬきをけるきぬをとりて かへりてよみ給ふ〽うつせみの身をかえてげ【ママ】る木(こ)の もとに猶人がらのなつかしきかな。此哥の心は。 蝉(せみ)といふものはきぬを木のもとにぬきをく物 なり。身をかふとは蝉のもぬけにたとへ。人がらとは せみがらによそへてかのぬぎをきしきぬになぞ らへて。うつせみの君をなつかしく思ふとの心也。 かへしの心に〽うつせみの羽(は)にをく露(つゆ)のこがくれて しのひ〳〵にぬるゝ袖かな。此心は世間(せけん)を思ふゆへ あひがたけれ共。人しれす袖をしほるそとの心也 【左丁上段】 【小見出し】菊水(きくすい)鉾【▢で囲む】室町四条の北より出る 〇此因縁は費長房(ひちやうばう)の 告(つけ)に任(まか)せて九月九日に 赤(あか) ̄キ 袋(ふくろ)に菜【?】を入て ひぢにかけ高き所に上りて 菊花の酒を呑(のみ)て災難(さいなん)をのがれし古事也 【小見出し】飛天神(とひてんじん)山【▢で囲む】錦(にしきの)小路新町の東より出 ̄ル 〇此山は菅丞相(かんしやう〴〵)つくしの 大宰府(だざいふ)におはします 時 古里(ふるさと)の梅 東風(こち)ふかばの 御詠哥(こゑいか)に梅つくしへ飛しゐんえん也 【小見出し】蟷螂(かまきり)山【▢で囲む】西洞院(にしのとい)四条の北より出 ̄ル 〇此山は蟷螂(たうらう)が斧(をの)を もつて立車にむかふ ごとしといふ斉(さい)の荘公 の古事をつくれり 【小見出し】芦刈(あしかり)山【▢で囲む】綾(あやの)小路油小路の東より出る 〇此山は昔(むかし)津の国くさかの 里(さと)に左衛門といひし 人わびて夫婦(ふうふ)相わかれ 芦をかつてうりたるといふ古事也 【左丁下段】   夕顔(ゆふがほ) よりて   こそ それ  かと    も 見め  たそ かれに ほの  〳〵  みゆ【ママ】る 花の  ゆうがほ 【右丁】 【小見出し】鶏(にはとり)鉾【▢で囲む】四条の南より出る  此 鉾(ほこ)唐土(もろこし)尭(けう)の御代に訴(うつたへ)あらん者は この太鼓(たいこ)を打べし王直に聞 べしとて出しをかる 民(たみ) 其御心ばせをかんじて 終(つい)に公事(くじ)ざた【訴訟事件】なくおさまり太鼓うつ者も なくこけむして太鼓に鶏すをくいたると也 【小見出し】山伏(やまふし)山【▢で囲む】  室町錦小路北より出る ○此山は大みね  入の体【躰】なり 【小見出し】琴破(ことはり)山【▢で囲む】綾(あや)小路新町の西より出 ̄ル ○此山は戴安道(たいあんだう)王晞(わうき)【「睎」が用いられているが、正しくは「晞」】が  使者にむかつて  琴をわりし      いはれなり 【小見出し】花盗人(はなぬすひと)山【▢で囲む】東洞院松原の北 ̄ヨリ出 ̄ル ○此山のいはれほうしやう  五郎と云一説にかぢはら  源太ゑびらの梅を折すがた共云 【右丁下段】 「ゆふかほ【源氏香の図・注】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は歌の詞をもつて名と せり源氏の十六歳の夏より 十月まてのことをしるす。源氏六条のみやす所 のもとへ忍ひてかよひ給ふ道のほど。五条あたり を通り給ふに。ちいさき家にゆふかほの花のさき かゝりたるをなにの花そと問(とひ)給へは。内より白き あふぎにたき物の匂ひあるに。哥を書てたて まつる〽心あてにそれかとぞみる白露の光(ひかり) そへたる夕かほの花○此心はをしあて【当て推量】に源氏 の君にてましますよと。すいりやうして みれは。夕かほの花の光もひとしほそひ たるといふ心也けんしの御哥に〽よりてこそ それかともみめたそかれにほの〳〵見ゆる 花の夕かほ○此心はちかくへよりてこそ何とも 見わくへきに。よそめはかりにて夕かほとさた めたるはふしんなり。とかくしたしくなり たきといふ心也。それよりをり〳〵かよひ給ふ。 源氏のすみ給ふ所へむかへんと思召折ふし。かの 六条のみやす所のおんりやうあらはれて。 夕かほのうへをそはれむなしくなり給へり 【左丁上段】 【小見出し】月 鉾(ほこ)【▢で囲む】 四条新町の東より出る ○此鉾は 三日の月也 【小見出し】傘鉾(かさほこ)【▢で囲む】 綾の小路 新町の東より出る ○せんぢやうしの  かさぼこといふ 是も壬生(みぶ)村より役者(やくしや) はやし方の子共迄毎年出る 【小見出し】郭巨(くはつきよ)山【▢で囲む】俗に釜(かま)ほり山といふ 四条西洞院の東より出る ○此山の因縁(ゐんえん)は 郭巨といふ人母に孝 行成様。我(わが)子をうづまんとせしに 金の釜をほり出せし所なり 【小見出し】占出(うらで)山【▢で囲む】俗にあゆはひ上らう                     といふ ○神功皇后(しんくうくはうごう)三かん たいぢの時あゆを釣(つり)給ふ所也 【左丁下段】  若紫(わかむらさき) 手(て)につみ    て いつし  かも  みむ むら  さき    の ねに  かよひ     ける 野(の)べの  わかくさ 【注 夕顔の図ではない。正しくは、右から二番目と三番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】 【右丁上段】 【小見出し】放下(はうか)鉾【▢で囲む】 新町四条の北より出る ◯此鉾は 放下(はうか) 師(し)の 人形あり 【小見出し】磐戸(いはと)山【▢で囲む】新町五条坊門の南より出る ◯此山の由来は天照太神そさの おの尊(みこと)悪逆(あくぎやく)をなし 給ひし時 天(あま)の 岩戸(いわと)に入 給ふていなり 【小見出し】船鉾【▢で囲む】 ◯此鉾の因縁は仲哀(ちうあい)天皇 三韓を攻(せめ)させ給ひけれ共 利なくして帰らせ給ひしを 重(かさね)て皇后(くはうごう)むかはせ給ひ こまの国を打した かへ給ひ高麗(かうらい) の王は日本の犬也 と石壁(せきへき)に書給ふてい也 【右丁下段】 【見出し】「わかむらさき【別本にて】【源氏香の図】【見出し語の上部左右に鉤かっこ】【見出しを▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つきたり。 源氏十七歳の三月よりふゆ まてのことをしるす。源氏おこり【熱病の一つ。】をわつらひ給ひ 北山の僧都(そうづ)のいのりかぢのため尋をはしける ついてに。女子の十はかりなるかすゞめ子をにがし たるをなきて立たるがうつくしかりしを見そめ 給ひし。これ紫のうへ也是はおこりのかちせし 僧都のあねの孫(まこ)父(ちゝ)は兵部卿(ひやうぶきやう)の宮。藤つぼのみやの めいご也。もとより藤つほと源氏と蜜通(みつつう)ありし ことなれは。そのゆかりとおほし召て。ついに源氏の むかへ給ひやしなひてふかき中となり給ふ。歌に 〽てにつみていつしかもみん紫のねにかよひける のへのわかくさ◯此心は今紫のうへおさなけれは。 いつかおとなしくなり給ひてわかものにせんとの 心也。紫のとは古哥に紫の一もとゆへにむさし のゝ草はみなからあはれとそみるといへる本哥 の心に。藤つほと源氏との中のゆかりなれば ねにかよひけることよまれし也。紫のうへのいと けなくてうつくしけれは。そたち給ふ行すへを をおほしめす心なるへし 【左丁上段】 【見出し】十四日山之次第【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 【小見出し】橋弁慶(はしへんけい)山【▢で囲む】四条坊門室町の東                        より出 ̄ル ◯此山は源の牛若 むさし坊弁慶五条のはし の上にて武芸(ふげい)をいどみける姿也 【小見出し】役行者(えんのきやうじや)山【▢で囲む】 室町三条の北より出 ̄ル ◯此山は役小角(えんのせうかく)かづらき山 にて鬼神をしたがへ給ふてい也 【小見出し】黒主(くろぬし)山【▢で囲む】室町三条の南より出 ̄ル ◯此山は大 伴(とも)の黒主其さま いやしげに薪(たきゝ)おへる山人花の陰に 休めるがごとしと此心成べし 【小見出し】鈴鹿(すゝか)山【▢で囲む】烏丸三条の北 ̄ヨリ出 ◯此山はすゞかの立ゑぼしと いふ鬼を退治したる さまをつくれり 【小見出し】悪(あし)ふさふ山【▢で囲む】六角烏丸の西より出る ◯此山は宇治川にて 三井寺の一来法師 筒井(つゝゐの)淨妙がかうべゝ 乗(のり)またぐかるわざの所也 【左丁下段】  末摘花(すえつむはな) なつかしき   色(いろ)とも なしに  なにゝ   この す衛(え)  つむ はなを  そでに ふれけむ 鯉山【四角で囲む】室町六角の南より出る ◯此山は 【見出し】「もみちの賀【源氏香の図・注②】」【▢で囲む】 此巻は詞をとりて巻の名と せり。源氏十七歳の十月より 十八歳の七月まてのことあり。紅葉の賀とは 比しも十月なれは紅葉をもてなして御 賀(が) あり。賀(〝)とは天子四十にならせ給ふ時をいはひて をこなはるゝこと也。さて此賀にはもみちのもと にて伶人(れいしん)【雅楽師】の舞あり。殿上人(てんしやうひと)みやたちも其き りやう【才能】あるは舞給ふ。源氏はせいがいはといふ曲(きよく)を 舞給ふ。そのおもしろさにみな人かんにたへたり。【深く感動する】 巻の詞に。こだかき紅葉のかけに四十人かいしろ。【注①】 いひしらす【何とも言えない】吹たてたるものゝねともあひたる松 風まことのみやまおろしと聞えて。吹まよひ辺 辺にちりかふ木の葉の中より。青海波(せいかいは)のかゝ やき出たるさま。いとおそろしきまてみゆ。かさし の紅葉いたうちりへたるなとあり。けんしの哥 〽物思ふに立まふへくもあらぬ身のうでうちふり し心しりきや◯心はわか身物思へは立出ん 心もなかりしに。たゝ藤つほにみせ奉らせ給ふへき とのみかとのおほせありしによりずい分舞の手 をつくししくなりさやうの心をしり給ふかと也 【注① 舞楽、特に青海波(せいかいは)の舞のとき、立ならんで笛を吹き、拍子をとる人々の作る円陣。垣のように舞人をとり囲むからいう。】 【左丁上段】 【見出し】「女謡(をんなうたひ)教訓(けうくん)絵抄(ゑせう)  」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこ】 湯谷(ゆや) ゆやは平宗盛(たいらむねもり)公 召(めし)つかひの女なり湯谷(ゆや)が老(らう) 母(ぼ)ふる里より逢(あい)たきよしにて朝(あさ)かほといふ女に みを上し暇(いとま)を乞(こひ)候へ共宗盛公よりいとま出ず 清水寺の花見に同し車(くるま)にて参詣(さんけい)有しに 花もさかり成しに湯や一 首(しゆ)つらねし哥に ○いかにせん都の春もおしけれどなれし東(あつま) の花やちるらん 此哥のさまあはれにおぼし めし御 暇(いとま)たびてげりゆやはうれしく又もや 都に御供して御意のかはるべきやとすぐに東に にかへりしなり。哥の徳かう〳〵のとくなり 【左丁下段】   花宴(はなのえん) いづれ   ぞと 露(つゆ)の  やど   りを わかん  まに こさゝが  はらに 加 勢(せ)も  こそふけ 【注② 紅葉賀の図ではなく、薄雲の図。正しくは、右から一番目と三番目と四番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】 【右丁上段】 感(かん)【「咸」とあるところ】陽宮(やうきう) かんやう宮(きう)は秦(しん)の帝(みかと)の時。はんゑきと云者(いふもの)の 首切取(くびきりとり)来へしと高札(たかふだ)打給ふ。爰(こゝ)にけいか。しんふ やうといふ者二人帝を殺(ころ)し奉らんと。はんゑきが 首を取二人かんやう宮へ上る帝それ共しろし めさず【理解せず】首じつけんなされしに。二人の者つるぎ を出し帝(みかと)を手ごめになせし時。帝仰には后(きさき)の の内 花陽夫人(くわやうぶにん)とて琴(こと)の上手有。しばし暇(いとま)をゑさせ よ。琴(こと)を聞事一日もおこたる事なしけふは聞ず。琴 を聞たしと有ければ。しばらく夫人(ふにん)琴たんじ【弾じ】給ふ ひきよく【秘曲】をつくし給ふ内。 帝(みかと)手ごめをとき二人共に 討給ふ。琴のとく万金にもかゑがたしとかや 【右丁下段】 【見出し】「花のえん【源氏香の図】」【見出し語の上部左右に飾りかっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とせり 源氏十九歳の春のことなり。 大内【内裏。「大」は美称】の南殿(なんてん)の桜のさかりに花の御あそびあり。 花のもとにて詩(し)をつくり給ふ。その夜大内の藤 つほといふきさきのゐ給ふあたりを忍(しの)ひありき 給ふに。たれともしらぬわかき女の声にて。おぼろ 月夜にしく物そなきとうたひけるに。源氏いひ より給て。わかれに扇をとりかえて帰給ひし也 哥に〽いつれぞと露のやどりをわかんまにこ ざゝかはらに風もこそふけ○此哥はおぼろ月夜 の哥に。うき身世にやがて消なはたつねても 草のはらをはとはしとや思ふ。とよみ給ふかへし の哥也。いつれそとの心は。いつれそと尋んほとも猶 おほつかなかるへし。ましてやとりをたつねんとする ひまには。こさゝかはらに風ふきて。露のちり うせることくさはかしく。あふこともかたかるへしと。 名を問給へとも名のり給はねはかくよみ給ふ也。 此朧月夜(おほろつきよ)のことゆへけんしすまへうつり給ふ也。 巻の心はおほろ月よの君。かる〴〵しく独(ひとり)ありき 給ふゆへにかゝることありと。女のいましめにかけり 【左丁】 百万(ひやくまん) 百万といふはならの都(みやこ)の人なり。百万のひとり 子を和州吉野(わしうよしのゝ)ゝ【送り仮名の重複】人 南都(なんと)西大寺(さいだいじ)の辺(へん)にて拾(ひろ) ひし也。此子をさかの大念仏に参りし時つれ立 行しに。物くるひの女来りさま〴〵に狂(くる)ひし をいか成人と尋しに。我は奈良の都百万といふ 女也とこたふ。それは何ゆへ狂人(きやうじん)と成たるよし 尋ねければ夫(つま)には死(し)して別(わか)れ。ひとり有み どり子にはなれてくるふよしいひしに彼 拾(ひろ)ひ し子の母にてあれば渡しかへしぬ悦(よろこ)びつれかへ りし也 誠(まこと)に物にくるふほどに。親のじひあれば 子としてはをやを大せつにし孝行(かう〳〵)をつくすべし 【左丁下部】   葵(あふひ) はかり  なき 千尋(ちひろ)【きわめて深い】   の そこの みるふさ【海松房(みるぶさ)】    の おひゆく  すゑは 我(われ)のみぞ    見む 【右丁】 道成寺(だうじやうじ) 道成寺(だうじやうじ)鐘(かね)のくやう有しに。女きんぜい【禁制】と有(ある)所に 白拍子(しらひやうし)の女参りしを寺僧(ぢそう)共舞をまはせ其 替(かは)り にくやうの場(ば)へ入れ しかば。彼(かの)女此 鐘(かね)うらめしやとて 引かづきぬ。此いはれは昔(むかし)真砂(まさご)の庄司(しやうじ)といふものゝ 息女(そくぢよ)くまの参りの山 伏(ぶし)。庄司もとにとまりし。度(たび) 毎(ごと)に。つまに持(もつ)べきなどたはふれ置(をき)しが。ある時 山伏又とまりし夜 彼女(かのむすめ)夜 更(ふけ)てねやに来り。急(いそ)ぎ 我をつれ行 妻(つま)にし給へといふ。山ぶし驚(をどろき)夜ぬけ にして道成寺へかけ入かねの内にかくれぬ女 跡(あと) をしたひ追行一念のどくじやと成山ぶしを取ころし ぬ。か様成一念は親への不 孝(かう)たしなむべき事なり 【右丁下段】 【見出し】「あふひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこし全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名つけたる也 源氏廿一歳より廿二まての事 あり。けんしの北のかたをあふひのうへといふ。かもの まつりを見に出給ふに御車のたて所【たてど=たてるべき場所】を御ともの 人〳〵あらそひて。六条のみやす所の御車をうち そんじなどせしより。加茂のまつりの車あらそひ といふ也。そのうらみにものゝけとなりてあふひの うへそのとしの八月にとりころされ給ふ也○【別本にて】かもの まつりの日源の内侍(ないし)源氏によみてたてまつる歌 〽はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの けふをまちける○此心はその日けんしは紫のうへと 同車(とうしや)にて出給ひてけれは。あふひをあふ日にとりて けふ君にあはんと神のゆるしをまちけるに。人 と同車し給ふゆへにけふをまちしかひもなき ことなりとよめり○けんしの哥に〽はかりなき ちひろのそこのみるふさのおひ行末は我のみ そみん○此心は紫のうへの御ぐしをとり上給ふ。 御かみのうつくしきは。みるふさといふ海にある藻(も) のごとく也。猶此うへいかはかりなかくおひそへん其 ゆく末はけんしのみ見たまはんそとの心なり 【左丁上部】 籠太鼓(ろうたいこ) 籠太鼓(ろうたいこ)は。松浦(まつら)の何某内(なにがしのうち)清次といふ者(もの)他所(たしよ)にて 口論(こうろん)して敵(てき)を討(うち)帰りしに。人をあやめしとが人 とて籠(ろう)に入置しに。ぬけ出見えざりし故。清次か 女房其 替(かは)りに籠(ろう)に入れ置れしに。番(ばん)の者 報(つぐこと)を かけて一時かはりに番(ばん)をする。女 狂気(きやうき)に成しを 松浦(まつら)不 便(びん)に思召。籠よりたすけ。出候へと有しに。妻の 替(かは)りに入し事なればとて。出ざりし心ざしをかんじ いよ〳〵たすけられ。夫(つま)のあり所を語り候へ。夫もろ ともたすくべきよしありがたし。今こそつまの あり所あらはし。二たびめぐりあひちぎりし也。 女のおつとを大せつにしたる徳なりとかや 【左丁下段】   榊(さかき)  神垣(かみがき)    は しるしの  杉(すぎ)も なき  ものを いかに  まがへて おれる  さか木ぞ 【右丁上段】  ともえ 巴(ともへ)といふは。木曽義仲(きそよしなか)公の召(めし)つかひの女也。木曽より 旅僧(たびそう)【行脚僧】の出。江州(こうしう)あは津が原にて巴のゆうれいに あひし諷(うたひ)【注】也。義仲あは津が原にて討死(うちじに)の時。巴を 近付(ちかづけ)此守り。小袖を木曽に届(とゞけ)け【送り仮名の重複】よ此旨をそむか ば主従(しゆじう)三世の契(ちぎり)たへながく不孝とのたまへば。 巴ともかくもとぜひなく御前を立見れば敵(かたき)の 大ぜい。あれは巴が女 武者(むしや)。あますまじと手し げくかゝれば。一 軍(いくさ)うれしやと切立。八方 追(おひ)ちらし 立帰り見奉れば。はや御じがい有御枕の程に御小袖 守りを置給ふ。巴なく〳〵給り木曽をさして落(おち)行ぬ。誠に 男にもまれ成 忠心(ちうしん)也よく主(しう)をたつとむべし 【注 「諷」に「うたう」の意はないが、この字は「風」に通じていて、「風」に「うた、うたう」意があることから「諷」を「うたひ」と読ませたものと思われる。】 【右丁下段】 【見出し語】「さか木【源氏香の図】【見出し語上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥々をもつてなと する也。源氏廿二歳の九月より 廿四歳の夏まてのことをかけり。六条のみやす所 の御むすめさいくうといふになりていせへくたり 給ふに。みやす所もともなひ給ふ。まつのゝみやにて 物いみして行給ふを。源氏さすかわすれもはて 給はす。いせまてくたり給ふ御なこりおしみに 忍ひてのゝみやまてまいり給ふ時みやす所の御 哥〽神垣はしるしの杉もなき物をいかにまか えておれるさか木そ○此心は古哥に。わか庵(いほ)は三わ の山もとこひしくはとふらひきませすきたてる門(かと)。 此哥をとりて。のゝみやの神垣には三わのことくしる しの杉もなきに。いかに思ひまかへてこれまては 御出ありけるそとの心也。源氏のかへしに〽おと め子かあたりと思へはさか木はのかをなつかしみ とめてこそおれ○此心はみやす所のおはしますを よくしりてこゝまてはまいりたれとのこゝろなり。 巻の詞にもさか木の枝をいさゝかおりて持給へ けるとあるをとりあはせてまきの詞とせり此巻 一名には松からし島ともいへり 【左丁上段】  雲雀(ひばり)山 雲雀(ひばり)山といふは。大和 紀(き)の国のさかい也。こゝに南都(なんと) 横萩右大臣豊成(よこはきうたいじんとよなり)公の姫君(ひめきみ)。中将姫と申あり。此 ひめ君。去(さる)人のざんげんによりて。雲雀(ひばり)山にてうし なひ【「棄て」或は「殺せ」】申せと有しを。里(さと)人いたはり。柴(しば) の庵(いほり)をむすび。入 置まいらせし。御めのと付そひいたはりしに。此めのと 秋は草花(さうくわ)を取て里に出 往来(ゆきゝ)の人に代(しろ)なし。【代価を得】姫 君をすごしまいらせし。程ふりてひばり山の辺(へん)にて 豊成公に。めのと花売(はなうり)に出てあひまいらせしに。姫 君の事此へんにいたはり置し由。御なつかしく思召 則尋あひ給ひ一ツこしにのせ御帰りありしと也。誠に 心はたんりよにもつましき物なりとこそ 【左丁下段】  花散里(はなちるさと) たち  ばなの 香(か)を  なつ  かしみ ほとゝ  ぎす 花ちる  さとを 尋(たづね)てそ    とふ 【右丁上段】  松(まつ)の山鏡(やまかゞみ) 松(まつ)山 鏡(かゞみ)といふは越後(ゑちご)の国。松の山家(が)にすむ人 そひなれし妻(つま)にはなれしが。息女(そくぢよ)ありしに。 此母むすめに死後(しご)に鏡一 面(めん)かたみに見よとて 残(のこ)しあたへけれ。うせし跡にて此 娘(むすめ)。かゞみに向(むか)へは 母の見え給ふ。母のじひ有 難(かた)き事よとかゞみに むかひこひしがりしを。父此よしを聞ふしきに思ひ。 かゞみにむかひ見ればさはなし。山 家(が)のこと なれば。かゞみなき里にて。此むすめ。はゝに よくにたりしゆへ我むかへは母とがてんし てけり父此わけをいひきかせ。ともに涙を もよほしけり。誠に哀といふもおろか也 【右丁下段】 【見出し】「花ちる里【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とせるなり。 源氏廿四歳五月の事也。源氏 中川のわたりへ忍ひてありき給ふ道に。ちいさき家 にてことをしらべておもしろく引ならす音。みゝ にとまりて。もと過給ひしことを思し召いで哥を よみていれ給ふ〽をちかへりえそしのばれぬほと とぎすほのかたらひしやとの垣(かき)ねに○此心は をちかへりはいくかへりともなく心也。もとかよひし所 なれば。ずい分かんにんしてすぎんと思へとも。たえ かたく思ふよと也。さてそれより入給ひて。昔(むかし) いまの御物かたりありけるに。ほとゝきす又鳴けれは よみ給ふ〽たちはなのかをなつかしみほとゝぎす 花ちるさとをたつねてそなく○此心は。たち はなのかはむかしをしのばるゝもの也。この人 ならではむかしの事かたりあひなくさむへき人 なし。それをなつかしく思ひてたつねまいりたるは ほとゝきすのたち花のかをなつかしかりてきて なくとをなしこと也とたとへたるなり此花ちる さとはきりつほのみかとの女御れいけいでんの御いもうと 三の君とてむかしけんしのあひ給ひし御方也 【左丁上段】  江口(ゑぐち) 江口といふは。川たけの【「ながれ」にかかる枕詞】ながれの女【遊女】なりしに 諸国(しよこく)一 見(けん)の僧(そう)江口の里(さと)に来り昔(むかし)かたりを思ひ 出。西行法師此所にて一 夜(や)の宿(やど)をかりけるに あるじの心なかりしかば○世の中をいとふ迄こそかた からめ。かりのやどりをおしむ君かなと古哥を吟(ぎん)し ければ江口の君の幽霊(ゆうれい)ことばをかはし失(うせ)にけり 僧弔(そうとふら)ひをなしければ月すみわたる河水に遊女 川船に乗(のり)あまた出さほの哥を諷(うたひ)【注】あそぶてい 人間にあいじやく【愛惜】のはなれがたなき事をのべしらしめ たちまちふげん菩薩とあらはれ。西のそらに 行給ひ六ぢん【塵】のまよひをしめし給ふ 【注 この字を「うたひ」と読むについてはコマ30の注を参照】 【左丁下段】  須磨(すま) うきめ   かる いせ  おの あまを  思ひ やれ もしほ  たるてふ  すまの  うらにて 【右丁上段】  正儀世守(しやうぎせいしゆ) 正儀世守(しやうぎせいしゆ)は兄弟也。兄(あに)を正 儀(き)弟(おとゝ)を世守(せいしゆ)といふ 此兄弟の子の父を。左大臣公 討(うち)給ふ。兄弟 親(おや)の かたき左大臣公をねらひ。ある夜(よ)忍(しの)び入左大臣公を やす〳〵と討(うち)本望(ほんもう)を達(たつ)しぬ。しかるに国法(こくほう)とて 惣(そう)して人を討(うつ)たる者(もの)をたすけぬ法(ほう)にまかせ。兄 弟二人をからめ。其上役人(やくにん)え宣旨(せんじ)下り。申(さる)の一天 に誅(ちう)し申せとの御事也。すてに時刻(じこく)も来り ければ太刀ふり上けて切らんとする所へ女一人 見物(けんぶつ)の中をおしのけ来りつるきの下へ廻り。 子どもに取付 泣(なき)ゐたり。役人(やくにん)とがめていふやう。 いかに女。何とて大事の首(くび)の座へは直(なを)りけるぞ 【左丁上段】 女いふやう。何とてかれらを何しに誅(ちう)し 給ふぞ。されば。此 者(もの)共は今夜(こよひ)内裏(だいり)にしのび 入り。左大臣殿を討(うち)たる科(とが)により誅(ちう)するよ。 なふ其大臣殿は。かれらが為(ため)には親のかたき也。 敵(かたき)を討たる者をば陣(ぢん)の口をさへゆるさるゝと 申たとへの候物。役人こたへて。それはさる事 なれども。此くにの大法(たいほう)にて人を討たる者(もの)を たすけぬ法(ほう)よ。女いふやう。人討たる者をたすけ ぬ御法ならば。かれらが父を討し大臣殿を 何とて今(いま)まではたすけ給ふぞ。さればそれは 大人是は小人。いかで其身にたいすべき。女また いふ。いやしきを敵(かたき)とおもふべからず。かれらはいや しき者なれば。只うちすてゝ置給へと申せ ども。定(さだま)る法なれば是飛(ぜひ)なし。又女いふやう。 大臣殿は一人。是は二人討給ふはいかにといふ。役人 も道理(だうり)にせまり。さらば兄弟の内一人を切らん といふ。其時女いふやう。我は此子どもの母なり。 兄弟の身がはりに我を切たまへといへども。 替りはかなはず。壱人いづれ成とも出よと いふ。兄いづれば弟(をとゝ)いで。我切られんとたがい に死(し)をあらそひしが。兄の正 儀(ぎ)いふやう。我が いふ事をそむく不 孝(かう)なりといふ。世守(せいしゆ)こたへ 【右丁下段】 【見出し】「須磨【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は哥とことはとをとれり 源氏廿四歳の秋より廿五歳 の春まてをしるす。源氏の御 兄(あに)朱雀院(しゆしやくゐん)御 位の時花の宴にてあひそめ給ひしおほろ 月夜の内侍のことは。みかとの御心さしありけるに けんしのおはし給ふと聞えて。みかとの御母(おんはゝ)后(きさき)の 御はゝ立ありて。あしさまにきこえて。なかされ給ふ 御さたも有けるゆへ。けんし須磨へうつり給ふに よりて須磨の巻といへる也。みやす【「みやす」の右に「六条」と傍記】所よ【別本にて】り をくり給ふ御歌〽うきめかる【注①】いせおの【注②】あま【字母不明】を 思ひやれもしほたるてふすまのうらにて○ 此心はうきめかるいせおのあまとは。いせにゐ給ふ ゆへなり。ゆきひらのもしほたれつゝわふとこたへ よ【注③】とよめる須磨の浦にて。その心はわかごとくに うき住ゐより。いせおのあまの住かをも思し召 やれかしとの心也。○けんしの御返し〽いせ人の 波のうへこぐを舟【注④】にもうきめはからてのらまし ものを○此心は。いせへ御ともしたらは波の上こく あやうき目にはあふましき物をと也○此巻は 源氏 一部(いちふ)の■(かん)文(もん)【肝文ヵ。】也よく〳〵心をつくへし 【注① 「浮海布=水の上に浮いて見える海藻」と「憂き目」をかけている】 【注② 「お」は感動の助詞。伊勢の漁師にの意。】 【注③ 在原行平の歌、「わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ 侘ぶとこたへよ」のこと。】 【注④ 「を舟」=「を」は接頭語。舟の意。】 【左丁下部】  明石(あかし) 秋(あき)の夜(よ)の  つき   げ【注⑤】の こま  よわが こふる 雲(くも)ゐを   かけ【駆け】れ 時(とき)のまも   みむ 【注⑤ 「月毛」=赤くて白みを帯びた馬の毛色】 【右丁上段】 て兄弟此世にありてこそ。兄のふかうも おそるべけれ。御身むなしく成給はゞ。不 孝(かう) とも勘当(かんだう)とも。誰かは我をしかるべき。迚(とて)も 不 孝(かう)の身とならば。御手にかけさせ給へと いふ。正儀はことばを出し侍ず。役人申やう。とかく 母さし図(づ)にて一人出し候へといふ。母おもひさだめ云(いふ)。 役人聞ふしぎや。をと〳〵は乳(ち)【「宛」にみえるが、誤記と思われる】のあまり【末っ子】とて。 おしみかなしむはづを切れとはいかにこゝろへず。 母なみだながら。さればいはれの候。兄はまゝ 子おとゝは我(わが)子なり。兄をころさば。まゝ子を にくみしと。草(くさ)のかげ成父の思はんもはづかし。 いかに正 儀(ぎ)もきけ。今まではまゝしきなか【なさぬ仲】を つゝみしなり。あらはさじと思へどかくなれば いひ聞(きか)す。わどの【吾殿=おまえ】三才の春より。朝夕(あさゆふ)育(そだて) 我子よりもいとをしく育(そたて)其内にせいしゆを まふけ。梅(むめ)さくらとたのしみへだてなく。す ぐししなり。此上は母ともに討給へと云(いふ)。あまり にいたはしく。此由そうもん申せしかば御門(みかと)聞召 元来(もとより)世守(せいしゆ)は世(よ)を守(まもる)といふ字なりと。国(くに)の あるじとなし。正儀を左の臣下(しんか)と成(なし)給ふ 誠に親子(しんし)兄弟 勇(ゆう)あり孝(かう)有る徳とかや 【右丁下段】 【見出し】あかし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む。】 此巻は哥と詞をもつて名と せり。源氏廿六歳の三月より 廿七歳の秋都へかへり給ふ事まてあり。源氏 の君をあかしの入道(にうとう)のもとよりむかへたてまつる により。須磨よりあかしへうつり給ふ。入道よろこひ よくいたはりたてまつる。ついに入道のむすめ明石 のうへにあひなれ給ふ。むすめのすみし所はおかべの やとゝいふ。源氏そのかたへかよはせ給ふ道にて。 ある夜都のかたこひしく思召てよみ給ふ〽秋の 夜の月げのこまよわがこふる雲ゐにかけれときの まもみん○此心は古哥に久かたのつきけの駒(こま) もうちはやめきぬらんとのみ君をまつかな。といふ心 にて。秋の夜といふより月けと月にいゝかけて。この わかのる駒よ。月の雲ゐをめぐることくかけりてゆ かは。わか恋しき都に行て。思ふ人にあはんといふ心也。 入道の哥に〽ひとりねは君もしりぬやつれ〳〵と 思ひあかしの浦さひしさを○此哥の心は。君の 御ひとりにてゐ給ふにて。此かたのひとりねの さひしさを思し召しるやと。むすめのことを思はせ がほによめる也 【左丁上段】 【見出し】「四季(しき)の哥(うた)づくし」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】    春           太上天皇 △初音とは思はさらなん一とせを   二たび来(きた)るはるのうぐひす △君が代の千とせにあまるしるしとや 基■【注】   春よりさきに春の来ぬらん △待(まち)あへずはるは来にけりたか為に 忠定   年のくれとてなをいそぐらん △山ふかみ春ともしらぬ松の戸を 式子   たえ〳〵かゝる雪の玉みず   内親王 △岩間とぢし氷(こほり)もけさはとけ初て 西行   こけの下水みちうとむ也 【注 この歌は鎌倉時代前期の公卿、西園寺実氏(さねうじ)の歌。】 【左丁下段】   澪標(みをつくし) かず   ならで なに   はの ことも  かひ なきに なに  みを   つく 思ひ  し  そめけむ 【右丁上段】   夏 △夏の来てたゞ一重成ころもてに 為家   いかてか春を立かへるらん【注①】 △けふはよも花もあらしの夏山に 家隆   青葉ましりのみねのしら雲【注②】 △郭公こゑまつほどはかたをかの 紫   もりのしづくにたちやぬれまし 式部 △五月こは【注③】なきもふりなん時鳥  伊勢   またしきほとの声をきかばや △玉ぼこの【注④】みち行人のことづても 定家   たへてほとふるさみたれ【注⑤】の空 【注① 『風雅和歌集 巻四』所収の藤原為家の歌「夏きては たゞ一重なる衣手に いかでか春をたち隔つらむ」の歌と思われる。】 【注② 『壬二集』五二一番 藤原家隆の歌「今はよも花もあらしの夏山に青葉ましりの峯の白雲」の歌と思われる。】 【注③ 「そ」に見えるが正しくは「は」で「来(こ)ば=来れば の意。】 【注④ 「道」「里」などにかかる枕詞】 【注⑤ 「し」或は「ら」」に見えるが正しくは「さみだれ(五月雨)。】 【左丁上段】   秋 △秋(あき)きぬと聞より袖に露ぞしる 俊成   ことしも半(なかば)すぎぬとおもへば △秋のたつ朝け【注①】の衣打つけて 権中   やがて身(み)にしむ風の音かな     納言 △いつもふく同じときはの松風は 為藤   いかなる音に秋をしるらん △かたへ【片枝】さすおふのうらなし【注②】初秋に 宮内   なりもならずも風ぞみにしむ             卿 △吹(ふき)むすふ風はむかしの秋ながら 小町    ありしにもにぬ袖のつゆかな 【注① 夜明け方】 【注② おふの浦(生浦)でとれる梨。動詞「なる」の序詞として用いられる。「おふの浦」は所在不明。斎の宮の庄といわれる。梨を献じた。】   冬 △冬来てはひと夜(よ)二よを玉(たま)ざゝの 定家   葉(は)わけ【注③】のしもの所せきまで △音たてゝ木ずへをはらふ山風も 為世   けさよりはげし冬や来ぬらん △ふゆの来て山もあらはにこのはふり 成茂   のこる松さへみねにさひしき △さむしろ【注④】の夜半の衣手【袖】さえ〳〵て 式子   初ゆきしろしをのへの松【注⑤】              内親王 △冬こもり思ひかけぬを木(こ)の間より 貫之   花と見るまて雪そふりける 【注③ 「葉分け」=葉と葉のあいだを分ける事。また一枚一枚の葉に配り分けること。笹や竹にいうことが多い。】 【注④ 幅の狭い筵】 【注⑤ 『新古今和歌集』所収の歌には「をかのへの松(丘の辺の松)=丘のあたり」となっている。】 【右丁上段】 【見出し】「身をつくし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とせり。 源氏の君明石より帰京(ききやう)の頃の とし廿八歳の十一月まてのことあり。源氏都へ 召かへされ給ひほどなくもとの位になりさかへ給ふ。 是みな住よしの御ちかひと思召。秋の比住吉 まうでし給ふ。折ふしあかしのうへもおさなくより 秋ことに住吉まうてし給ふに。たかひにまいりあひ。 それとしりて源氏よみてつかはし給ふ御歌に 〽みをつくしこふるしるしにこゝまでもめくりあひ けるえに【縁】はふかし【深し】な○此心はみをつくしとは。海や河 ふかき所に木をたてゝみを木【澪木(みおぎ)=澪標に同じ】とす。それを見て 舟をのぼせくだす也。たがひに身をつくして思ふ しるしに。かやうにめくり逢たるは。ふかきえんにて あるそとの心也。明石のうへかへし〽かすならぬ なにはのこともかひなきになと身をつくし思ひ そめけん○此心我身はかすならぬに。かやうに をよひなき人に思ひそめ。なにことにか身をつくす そと也。身をつくしのつもじすみてよむへし。 身をつくすといふ心なり。又なにはのことはなに ことゝいふこゝろなり 【左丁下段】   蓬生(よもぎふ) たづね    ても われ   より とはめ 道(みち)も  なく ふかき  よもぎが もと  の心(こゝろ)を 【右丁 頭部欄外】 三十六人歌仙 【右丁上段】 ほの〴〵と   明石のうらの 朝 霧(ぎり)に島  がくれ行   舟をしそおもふ 左 柿本人麿(かきのもとひとまろ) 右 紀貫之(きのつらゆき) 桜ちる木(こ)のした 風はさむからで 空(そら)にしられぬ  雪ぞ降(ふり)ける いづくとも春の    光は わかなくに まだ   みよしのゝ 山は雪ふる 左 凡河内躬恒(をふしかうちのみつね) 右 伊勢(いせ) 三輪の山  いかに待みん 尋る 年ふとも 人も   思へ あらじと   は 【左丁上段】     人にしれつゝ をのがありか【注】を       恋に   雉子(きゞす)の妻 春の野にあざる【注】 左 中納言家持(ちうなこんやかもち) 【注 この歌は『万葉集』一四四六番の歌で「あざる」は「あさる」で、「ありか」は「あたり」が正しい。】 右 山部赤人(やまへのあかひと) わかの浦に    塩みち くればかたほ波  あしべをさして     たづ鳴(なき)わたる 左 在原業平朝臣(ありはらのなりひらのあそん) 世中に絶て    桜の なかりせば   春の心は のどけからまし     有けん なでずや かみは    我くろ うば玉の   かゝれとてしも たらちね【「め」とあるところ】は 右 僧正遍照(そうじやうへんぜう) 【右丁中段】 【見出し】「年中行事(ねんぢうきやうじ)」 【以下「月」の上は大きな○。「日」の上はやや小さな○。】 ○正月○元日 一年の上日成ゆへに 上には天地四方 拝(はい) なと品々の御まつり ごとを行(をこな)ひ給ふ下 万 民(みん)に至りては其 礼義(れいぎ)を守りてしめ 引松立わたして 年の安泰(あんたい)を祝ひ 侍る○十日津の国 今宮ゑひす参り ○十九日 八幡厄神(やはたやくしん) 参り○此月初寅 の日は諸人くらまへ詣(まふで) 諸願成就をいのり 帰るさに大福帳を もとめて富貴はん ゑいを祝し侍る ○二月○七日奈 良 薪(たきゞ)の能(のふ)《割書:十四か|まて》同 二月堂水取行法○ 十五日 涅槃会(ねはんゑ)津 【左丁中段】 の国天王寺 舞(ぶ)がく 寺〳〵にねはん像(ざう)かゝる ○廿二日同天王寺 聖霊会(しやうれうゑ)石のぶたい にて伶人(れいじん)の舞(まひ)あり ○当月初午の日は 諸人いなりの神社に まふて侍る是を初 午参りと云 ○三月○三日賀 茂の神事○攝州 住よししほひ参り 貴賤くんじゅ【群集】也○十 日かもの安楽(やすらひ)花(はな)の 祭○十四日 壬生(みぶ)の 念仏同しく狂言(けうげん)始 ○百万べんにて善(ぜん) 導(だう)大師の御忌(きよき)を行 ○十九日嵯峨せいれう 寺しやかの御身ぬぐ ひ○廿一日 東寺(とうじ)仁(にん) 和寺(わじ)高野(かうや)たかを弘法(こうぼう) 大師 御影供(みゑいく)○廿五日 【右丁下段】 【見出し】「よもきふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ付け全体を▢で囲む】 此巻は歌にも詞にもよも きふとつかね共。よもきとはいは れぬによりてよもきふといふ也。源氏廿八歳の 四月のこと也。前に出たるすへつむ花は源氏を まちくらし給ふに。源氏は須磨の御うつ ろひかれ是にも思し召も出給はすおり ふし卯月の比花ちるさとへおはすとてこの ふる宮のこと思し召いてゝたつね給ふに。末つむ 花のゐ給ふ御住ゐあれはてゝ。庭によもき しけりてつゆふかゝりけるを。うちはらはせて 入給ふとてけんしの御哥に〽たつねてもわれ こそとはめみちもなくふるきよもきがもとの 心を○此心は末つむ花のかくあれたる所に すみ給ふを。よの人はよもとふ人なかるへし。 むかしのちきりのえにしあれは。我のみこそ とふへきそとの心也。よもきかもとの心とは。 よもきは本よりおひいつる草なれは。もと あひなれ給ひたる心。又我こそとはめとよみ 給ふ所もつとも面白(をもしろ)し。のちにはひがしの院と いふ所に置給へり 【左丁下段】   関屋(せきや) あふさかの せきや いか  なる せき  なれ    ば しげき  なげき 中(なか)を の  わくらん 【右丁上段】 左 素性法師(そせいほうし) 見わたせは   柳桜を こきまぜて     都は【正しくは「そ(ぞ)」】 春のにしき成けり 右 紀友則(きのとものり) 夕ざれはさほの かはらの川風に をきまどはして  ちとり鳴(なく)也 左 猿丸大夫(さるまるたゆふ) 遠近(をちこち)のたつきも  しらぬ山中に をぼつかなくも   呼ぶこ鳥【濁点(”が付いている】かな 右 小野小町(をのゝこまち) わひぬれは身を 萍(うきくさ)のねをたへて さそふ水あらば  いなんとぞ 【左丁上段】       ふくかと みじか夜の  ぞ    更行(ふけゆく) きく みね  の  まゝに 松  高砂(たかさご)の 風 左 中納言兼輔(ちうなごんかねすけ) 【散らし書き風に記しているので詠みにくいですが、「みじか夜の更行まゝに 高砂のみねの松風ふくかとぞきく」という歌です。】 右 中納言朝忠(ちうなこんあさたゞ) あふことの絶(たへ)てし  なくば中〳〵に     人をも 身 をも恨(うら)みざら      まし いせの海  今は  ちひろの   何(なに)    浜(はま)に てふ     ひろふ かひか   とも  有へき 左 権中納言敦忠(ごんぢうなこんあつたゝ) 【「いせの海のちひろの浜にひろふとも 今は何てふ かひか有へき」】 右 藤原高光(ふちはらのたかみつ) かく計へ   がたく みゆる世中に 浦(うら)山しくも  すめる月かな 【右丁中段】 【月の項には大きい○、日の項にはやや小さい○。】 奈良(なら)般若寺(はんにやじ)文殊(もんじゆ) 会(ゑ)○廿八日ひゑい 山にて山王まつり○ 中午いなり明神御出 ○四月○一日近江 筑摩(つくま)祭○きぶね 神事○八日ひゑい 山 花(はな)つみ諸寺にて 仏生(ぶつじやう)会○十四日 和州当麻(わしうたへま)ねりく やう△初卯いなり 祭同卯日 摂州(せつしう)住 吉御神事△中申 山王祭△中酉の日 かもあふひまつり ○五月◯朔日 江州松本ひら野ゝ神 祭○五日かもの けいばふし見藤の森 祭○七日今宮 の御出○十五日今 みや祭○十六日 永(ゑう) 観堂大般若(くわんたうだいはんにや)○廿三 【左丁中段】 日 清水(きよみづ)寺田村丸ゑ【会】 さかもと両社祭 ○廿八日摂州住吉 御田うへ○晦日祇 園御こし【神輿】洗ひと夜 御こし一 基(き)四条宮 河のほとりに出し 奉りて水をそゝ き塵埃(ちりほこり)をのぞき 侍るこれをみこし あらひと申侍る 折からしはゐの役(やく) 者(しや)おのが家々(いへ〳〵)の紋(もん) 提灯(てうちん)をともさせて 御こしをしゆごし奉 いと興(けう)ある見物な れば老若なんによ くんじゆ【群集】し侍る ○六月◯朔日 氷室(ひむろ)の氷(こほり)を奉る 大坂天王寺 勝(しやう)まん 祭○五日きをん 会 鉾(ほこ)のわたり 初○六日同じく 【右丁下段】 【見出し】「せき屋【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とす せき屋よりさとをはつれ出 たるとあるによつて也。源氏廿八才の九月の 事也。石山へまうて給ふ。折ふしうつせみの君は つまのひたちのかみかくだるにつきて行しか。 此たひは又ついてのほるとて。せき山にてあひ 給ひしかは。むかしのことを思し召いてゝ。弟の 小君がまいりたるに。忍ひて御文あり哥に 〽わくらはにゆきあふみぢとたのみしもなを かひなしやしほならぬうみ○哥の心わく らははたまさか也。あふことは此あふみぢといふを たのしみに。みづうみはしほのさらぬうみなれは。 みるめといふ草のなきことく。あひみる事の ならぬよとの心也。うつせみのかへしに 〽あふ坂の関やいかなる関なれはしげきなげ きの中をわくらん○此心はあふ坂の関はいか なる関なれは。まいり逢てかくものおもひ なけくことそといふ心也。あふ坂といへはあひ逢 はづ也。あふことはせきとめて。かく杉のむらたち【群って立つこと】 しけきか。ふたりの中をわけて物思はすると也 【左丁下段】   絵合(ゑあはせ) うきめ  見し その  おり よりも  けふは 過(すぎ) 又(また)  にし   方(かた)に かへる  なみだか  ̄オクリガナしかへしにそ 【右丁上段】      おどろ 秋来ぬと  目には  さやかにみえね共 かれ 風の音  ぬる  にぞ 左 藤原敏于朝臣(ふぢはらのとしゆきあそん)【正しくは「敏行」】 右 源重之(みなもとのしけゆき) 風をいたみ岩   うつ波(なみ)の     をのれのみ くだけて  物を思ふころかな 左 源宗于朝臣(みなもとのむねゆきのあそん) 常盤(ときわ)なる松  緑(みとり)も の   春くれば  今一しほの    色まさりけり 右 源信明朝臣(みなもとのふあきらあそん)【正しくは「さねあきら」】 恋しさはおなし  心にあらず共 こよひの月を  君(きみ)見ざらめや 【左丁上段】  きかまほしさに 今一 声(こゑ)の    郭公(ほとゝぎす) くらしつ 行やらで山 路(ぢ) 左 源公忠朝臣(みなもとのきんたゝあそん)  しらべ初(そめ)けん       より いづれのを の松風かよふらし 琴(こと)のねにみね 左 斎宮女御(さいくうのにようご) 右 壬生忠岑(みぶのただみね) 子日【子の日】する    野へ 小松の に   なかり     せば ためし   ちよの  に何を引(ひか)まし【濁点あるは誤記】 右 大中臣頼基(おほなかとみよりもと) 一ふしに千(ち)よを  こめたる    杖なれは つく共つきじ     君がよはひは 【右丁中段】 山(やま)のわたりぞめ ○七日ぎをんの 会○十日ゑいざん ゑしん院源信忌○ 十四日きをん御こし くわんかう○廿日 くらま竹きり○廿 二日大坂座摩宮 まつり○天満天 神夏かぐら○晦日 堺住吉御はらひ ○七月◯七日京 北野 御手水(みたらし)神事 ○九日《割書:今|明》両日洛 東 六道(ろくだう)参りまた 清水千日まふで ○十三日 宇治(うち)黄(わう) はく山せがき○十 五日八はた安居(あんご)の 頭(たう)同洛東ちをん院 大せかき山門にて 行ふ此日三井寺へ 女人の参詣(さんけい)を赦(ゆるす) ○廿四日六地蔵参り 【左丁中段】 ○八月○三日 堺(さかい)天神祭○五日 江州 白(しら)ひげ大明神 かい帳○八はた 放生会(はうじやうゑ)○十八日 上下御霊の祭り ○廿二日うつまさ 聖徳太子かい帳 ○廿四日吉田木 瓜【こうり】大明神祭 ○九月○四日 木はた祭○八日 せんゆふ寺舎利 会○九日伏見 御(ご) 幸(かう)【「香」の誤記ヵ】の宮祭大坂 生玉社祭○十日 五条天神祭○十 一日吉田 例幣使(れいへいし) ○十三日津のくに 住吉宝の市○ 十八日池田くれは 祭《割書:十九日|あやば》○廿二日 大坂座摩祭○廿 五日天満天神宮の 【右丁下段】 【見出し】「ゑあはせ【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、見出し語全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とせり 源氏三十歳の三月の事也 その比のみかとは源氏の忍ひて通ひ給ひて まうけ給ふ藤つほの御子也みかとの御代 になりて源氏よろつをはからひ給ひいせひ めてたかりし也みかとよのことよりも絵(ゑ)を好(この) ませ給ふによりゑあはせといふことあり源氏は 須磨にて書をき給ひし御ゑをとり出で あはせ給はんとて紫のうへにはしめて見せ 給ふことのをそかりけるをうらみて哥に〽ひとり ゐてなかめしよりはあまのすむかたを書てそ みるへかりける○此心は源氏は須磨にてはかくゑ かき給ひてなぐさみ給ふこともありし我のみ ひとりゐて物思ひしことなるにわれもゑを かきてなくさむへき物をとの心也○源氏の御 哥に〽うきめみしそのおりよりもけふはまた 過にしかたにかへるなみたか○此心は源氏の すまの浦へうつろひ給ひしうきわかれを見給ひ し時よりもけふ此ゑをみてかなしく思ひ給へは 須磨のことなと立かへる心になりたるそとなり 【注 源氏香の図が違っている。正しくは右から二本目の線が上の横線とつながっていない。】 【左丁下段】  松風(まつかせ) 身(み)をかへ    て ひとり  かゑ  れる ふるさとに  聞(きゝ)し    に にたる  まつ かぜぞふく 【右丁上段】 天津風(あまつかせ)  帰ら       ざるべき   ふけゐの    浦(うら)にゐるたづの 雲(くも)   などか ゐに   左 藤原清正(ふぢはらのきよまさ) 右 源順(みなもとのしたかふ) ける  水の面(をも)にてる   月なみを 秋  かぞふれ  の    ば もなか成 こよひぞ 左 藤原興風(ふぢはらのをきかぜ)  誰(たれ)をかも知(しる)人に 高砂(たかさご)   せん   の  松もむかしの   友(とも)ならなくに 右 清原元輔(きよはらのもとすけ)  秋のゝの萩(はぎ)の     にしきを 鹿(しか)古郷(ふるさと)  のね   に ながら    うつしてしかな 【左丁上段】 左 坂上是則(さかのうへのこれのり) みよしのゝ山の   白雪    つもるらし ふるさとさむく    成まさる也 右 藤原元真(ふぢはらのもとさね) さきにけり我(わか)  古(ふる)さとの 卯花(うのはな)は    垣(かき)ねに きへぬ雪と見るまて 左 三条女蔵人(さんでうのによくらんど) 岩橋(いわはし)の   左近(さこん)  よるの契(ちぎ)りも      絶(たへ)ぬべし 明(あく)るわびしき    かづらきの神 右 藤原仲文(ふぢはらのなかふん) 有明(ありあけ)の月の光(ひか)り  を待(まつ)ほどに    我よのいたく 更(ふけ)にけるかな 【右丁中段】 【「月」の上には大きい○、「日」の上にはやや小さい○】 流鏑馬(やぶさめ)○晦日堺 住吉 神 送(をくり) ○十月○一日 《割書:今日より|十二日迄》ちしやく【智積】院に 論義○三日ひゑ い山元三大師の御(み) 影(ゑい)年中二ヶ月は 飯室(いひむろ)に有十ヶ月 は横川(よかは)に有両所に あんちする所今日に くしを取さだむ○五 日 達磨(だるま)忌○今日 より十五日迄浄土宗 寺々に十夜の念 仏を行(をこな)ふ○十日 興福寺(こうぶくじ)維摩(ゆいま)会 《割書:今日より|十六日迄》○十三日 日(にち) 連(れん)上人御 影講(ゑいかう)俗 にをめこといへり○ 廿日諸 商人(あきひと)ゑひ す講京極四条 官(くわ) 者殿(じやとの)【冠者殿】の社せいもん ばらひ ○十一月○八日 【左丁中段】 いなり大明神御火 焼俗にふいこ祭と 云○日蓮宗 十羅(じうら) 刹(せつ)【「殺」は誤記】女御火たき○十 一日 行事(ぎやうじ) 官(くわん)の内 太神宮御火たき ○十三日空也上人 忌○十八日《割書:上|下》御霊 御火焼○廿二日 《割書:今日より|廿八日迄》本願寺開山 忌○廿四日ひゑい 山三井寺あたごに 天台 大師講(だいしかう)○廿五 日《割書:今日より|廿八日迄》奈良 春日の御祭り ○午日祇園御火 たき○初の卯日 八はた御神楽也 ○廿八日清水寺 行叡(ぎやうゑい)忌○子の日 当月此日別して 大こくを祭るゑん ■也 ○十二月○一日 【右丁下段】 【見出し】「まつかせ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞にて名つけたる 也。源氏三十歳の秋のこと あり。源氏あかしにてあひなれ給ひし入道の むすめ。ひめ君をうみ給ふて。みとせになりた りけるを。あまりとほくへたゝりたれは。京に のほり給へとおほせつかはされけれは。あかしのうへと 御はゝ君もろともに大井川のあたりにしるへ あれは。その所に家つくりしてすみ給ふ川 流すこく松風さひしけれは。あかしにて源氏 あふまでのかたみとてをき給ふこと【琴】をとり出 してひき給うに。まつ風のひゞきあひたれは あま君の哥に◯〽身をかへてひとりかへれる古 さとにきゝしににたるまつ風ぞふく○此心はこの はゝあま君はもと都の人なれは。いまあかし より入道ををきてふるさとへ帰るは生(しやう)をかえ たる心ちするに。なにこともむかしにかはりたる やうに思へとも。むかしきゝし松風の声のみ かはらすきこゆるとよめる也。その比源氏は。かつ らといふ所に御(み)堂をたて給ひ。念仏のために おはしけるついてに。大井へもわたらせ給ふ也 【左丁下段】  薄雲(うすくも) いりひ  さす みねに  たな   びく うす  雲は 物(もの)  思(をも)ふ 袖(そで)に   いろや まがへる 【右丁上部】 ▲上 ̄ニ書。い  ○下 ̄ニ書。ひ ▲上 ̄ニ書。わ  ○下 ̄ニ書。𛂞 ▲上 ̄ニ書。う  ○下 ̄ニ書。ふ ▲上 ̄ニ書。𛀕  ○下 ̄ニ書。を ▲上 ̄ニ書。𛀁  ○下 ̄ニ書。へ   口合 ̄ニ書。ゐ【意味不明】 ▲上 ̄ニ かゝぬ。こ  ○下 ̄ニ かゝぬ。𛀸 又上下ゑ?はぬ事もあり ▲上下わかず書。に。𛂋。 ▲下 ̄ニ書(かゝ)ぬ。𛂻○上 ̄ニ書ぬ。ほ ▲下 ̄ニ書ぬ。か 《割書:上下をわかず|かくべし》 ▲下 ̄ニ書ぬ。た○上下 ̄ニ書。𛁞(𛁠) ▲下 ̄ニ書ぬ。つ○上下不分(わかぬ)𛁭。𛁩 ▲下 ̄ニ書ぬ。な○上下 ̄ニ書。𛂂。𛂄 ▲上 ̄ニ書。け ○上下 ̄ニ書。𛀷。𛀳 ▲上 ̄ニ書。ふ ○上 ̄ニ書ぬ。く ▲上下不分(わかぬ)書べき。𛁚 ▲上 ̄ニ書ぬ。𛂶○上下 ̄ニ書へ ▲上 ̄ニ書ぬ。と○上 ̄ニ書。と 【右丁下部】 【右丁下部枠内上部】 ○山路の露○目安上 ○けい圖○同中の卷 ○引哥○同下の卷 【右丁下部枠内下部】 此六帖と■の五十四帖合て六十帖也 上の六帖は是よりおくに注尺【注釈?】を しるす圖絵本哥の分は五十四帖也 上の六帖は後代に出る書なるにより 其いはれをこゝにのふ家ものならし【意味不明】 【右丁下部枠外】 山路の露 此卷はのちの人のつくりそへてかほるの大将うき 舟の君にあひ給ふことをしるしたる也しかれとも 末(すへ)にのせたるはかりにてまつたく用さるなり 系圖 これは源氏物かたりに出たる人〳〵の次第をのせ 是にて物かたりの人〳〵の■■をおほ■てこの 物かたりをみるたよりとするなり 引歌 これは此物かたりに引出したるは哥の上の句(く)又 或(あるひ)は中のことば又は引 直(なを)しなどあるをまつたく あつめて見合すべきためにしたるもの也 目安 上 目安 中 目安 下 これは此物かたりのうちにことばの知(しれ)がたきこと 又は故事(こじ)古語(こご)の出所をしるしていろはにて わかち注(ちう)したるをいふ也 目(め)はなのこと也 安(やす)■ 案内(あんなひ)の心なるへし名目(めうもく)【意味不明】を案(あん)じ知(し)る心なり 上中下ともにをなし心也 【左丁上部】 【左丁下部】 【右丁上部】 【右丁上部・冕】 冕(へん)たまのかむり 天子 の 冠(かふり) 也 【右丁上部・唐冠】 唐(から)冠(かむり・くわん)  は貫(くはん)也 髪(かみ) を貫(つらぬき)つゝむ也 冠(かんふり) 首(かしら) に有 ゆへ 元(けん)にしたがふ 法制(ほうせい) 有故 寸に したがふ 【右丁上部・幞】 幞(ぼく)は しうの武帝(ぶてい)の つくり はゞめ給ふ 唐 人 の かむり也 幅巾(ひとはゞのぬの)を 裁(さい)して四 脚(あし)をいだす 幞頭(ほくづ) 【右丁下部】 【左丁上部】 【左丁上部・袞】 袞(こん) 天子の御いしやうなり 【左丁上部・裾】 裾(きよ)はいしやうの跡に さがるもの也 俗に とびの 尾(お)といふ 【左丁上部・奴袴】 奴袴(ぬこ)はかりばかま【狩袴?】 さし ぬき の袴(はかま) なり 大内女 中のきるは色 あかき也【女中の着る色は赤?】 【左丁下部】 【右丁上部】 【笏】 笏(しやく)は 手板(しゆはん)也     天 子(し)は玉(たま)諸侯(しよこう)は象(ざう)  牙(け)  太夫(だいぶ)は魚(うを)の須(ひれ) 文竹(またけ)  士(し)は木に籀文(こもんじ)【注】をほりて  みなもちゆくはんにんの【くわんにん(官人)の】  手にもつ物也 【注 「こもんじ(古文字)」には「漢字」の意があるが、「籀文(篆書のうち大篆のこと)」の振り仮名にしているので、ここでは「古い文字」の意と思われる】 【烏帽】 烏帽(うはう) ゑぼしは紙にて  つくり漆(うるし)にてぬる  左折(ひだりをり)は侍從(ぢしう)以上  右折は五ゐ已上  着(ちやく)す  侍從以上は糸(いと)の緒  四位以下は紙の  緒(を)にて結(むす)ぶ 【魚袋】 魚(きよたい)は官(くわん)人のこしに     帯(をぶ)るものなり  公卿(くぎやう)は金ぎよたい。四 品(ほん)  以下は銀ぎよたい也   終 【右丁歌の読み方】 哥(うた)の讀(よみ)かた ○夫(それ)哥(うた)は正風体(しやうふうてい)に讀(よむ)べし。正風体(しやうふうてい)によむ事ならぬ事 と見えたり。色(いろ)〻さま〳〵にまはして讀(よむ)はまぎらう物也 すぐにするりと讀(よむ)をよしと。玄旨法印(げんしはういん)宣(のたま)ひし○哥(うた)を讀(よま)んと思ふときは 思案(しあん)し。人 麿(まろ)赤人(あかひと)も心より出し給ひぬれば。我とてもしか也。おとり奉る べからすと。高き心をつかふべし。いさゝかも卑下(ひげ)しつればよまれぬものなり ○哥を讀(よむ)ときは心をひとつ所におかずして。十方にはしらかして山野河海(さんやがかい)をも 思ひめぐらし。やさしき風情(ふぜい)を求むべし。心をたねとするが故(ゆへ)に種(たね)/自然(じねん)と出る也 ○哥(うた)を讀(よま)んには。先(まづ)題(だい)に付てえんの字(じ)をもとむべし。縁(えん)の字(じ)とはたとへば浪(なみ) のよる〳〵目もあはずと讀(よみ)ける類(たぐひ)なり。浪(なみ)のよせるとも。夜とも。かねたる 物なり。又えんの詞(ことば)といふ事有。沖津(をきつ)波(なみ)たちこそまされなどいふやう成事也 ○哥に縁(えん)の字(じ)縁(えん)の詞(ことば)なきを首(くび)きれ哥と云ふ。哥に腰(こし)をれといふあり。こしの おれたる者(もの)ははひ〳〵も歩(ありく)べし。くひの切(きれ)たる者(もの)は命(いのち)あるまじきとて。わろ き事とす○哥(うた)のやまひといふは。初(しよ)一二一/同(どう)といふ事あり。一の句(く)の第(だい)一/字(じ)と。二の 句(く)の第(だい)一/字(じ)と同(おな)じかなをきらふ也○毎句同(まいくどう)といふは。句ごとに同じかなあるを きらふ也○同心(とうしん)といふは詞(ことば)かはりて同じ心有哥をいふ。一/首(しゅ)の内(うち)になぎさと汀(みぎは)と をよみ入るゝ類(たぐひ)也○短哥(たんか)といふは。五もじ七もじとつゞけて長く讀(よめ)ども心きれ てみじかき故(ゆへ)也○旋頭哥(せんだうか)といふは三十一 字(じ)に今一 句(く)を加(くは)へて讀(よむ)をいふ○混本(こんぼん)哥と いふは。三十一/字(じ)の内。今一/句(く)讀(よま)ざるをいふ○折句(をりく)の哥(うた)といふは。五もじ有(ある)物の名(な)を。五 句(く)の上(かみ)にすへてよむをいふ○沓冠(くつかふり)の哥(うた)といふは。十もじ有事を五/句(く)の上下(かみしも)にすへよむ をいふ○廻文哥(くはいふんか)といふは。かしらより讀(よみ)ても下(しも)より讀(よみ)ても同じやうに讀(よま)るゝをいふ 右の外(ほか)隠(かく)し題(たい)重(かさ)ね句(く)俳諧(はいかい)贈答(そうたう)あふむかへしなとゝいふ哥(うた)のてい有なり ○和歌(わか)三/神(じん)といふは▲住吉(すみよし)大明神▲玉津嶋(たまつしま)明神▲柿本(かきのもとの)人/麿(まろ)なり 【左丁上部】 教訓(けうくん)女用物(ちよようもの)板行(はんかう)目録(もくろく) ○女(おんな)節用(せつよう)文字袋(もじふくろ)《割書: |一冊》 ○同/万宝(まんぼう)罌粟嚢(けしぶくろ)《割書: |一冊》 ○女つれ〳〵色紙染(しきしぞめ)《割書: |一冊》 ○女/源氏(けんじ)教訓(けうくん)鑑(かゞみ)《割書: |一冊》 ○婦人(ふじん)教訓(けうくん)書(しよ)《割書: |一冊》 ○女郎花物語(おみなへしものがたり)《割書: |六冊》 ○藏笥百首(ざうしひやくしゆ)《割書: |六冊》 右の書(しよ)は女(をんな)躾(しつけ)がた人倫五常(しんりんごじやう) のみちをとき善(せん)をあけ惡(あく)を こらし。まどひをあきらかに せしむるおしへ女子かならず よむべきの書也。 ○文林節用筆海往来(ぶんりんせつようひつかいわうらい) ○大万宝節用字海大成(だいまんぼうせつようじかいたいせい) 是は男女(なんによ)要用(よう〳〵)の字(じ)つくし諸礼(しよれい) 法式(ほうしき)替(かへ【は?】)り文章(ふんしやう)凡八百余通也 朝暮(てうぼ)たづ【別本にて】さゆるに便(たよ)り多(おゝ)し 【左丁】 近ころわらんべに教るふみおほけれとも。あつ むることすくなく。もるゝこと多し。ゆへにその 品〻をあまねくあつむ。源氏物語は。いにしへ より人の口ずさむことなれ共。其心ふかく。その 詞ふりて。その道に入かたし。さるゆへに。こゝろを とき。詞をやわらき。みん人にたよりとす。さも あらば。此物かたりのおしえなかくつたはりてちり うせぬことのはゝ。末の世のかゞみならんのみ 【奥付】 元文元年《割書:丙|辰》九月吉日出来 書林《割書:江戸日本橋南一丁目 須原屋茂兵衛|大坂心斎橋安堂寺町 秋田屋 大野木市兵衛》 【裏表紙】