【表紙 題箋】    男女寚文 福 女源氏教訓□鑑 全    新図改正 【資料整理ラベル】 TIAO 14 て1 日本近代教育史 資料 【右丁】 【上部横書き】 女/源(げん)/氏(じ)/教(けう)/訓(くん)/鑑(かゞみ) 【一段目】 一 源氏(けんし)六十/帖(てう)注釈(ちうしやく) 一 同/本哥(ほんか)五十四/首(しゆ) 一 石山(いしやま)近江(おふみ)八景(はつけい)図 一 唐土(もろこし)瀟湘(しやう〳〵)八景(はつけい) 一 京/東山(ひがしやま)名所(めいしよ)図(のず) 一 女(おんな)不断(ふだん)身持(みもち)鑑(かがみ) 一 本朝(ほんてう)女中(ぢよちう)和文(わぶん)八/大家(だいか) 一 一休(いつきう)和尚いろは哥 一 女中之(ぢよちうの)一/生記(しやうき) 一 女中/風俗(ふうぞく)教訓(けうくん)鑑(かゝみ) 一 女/教訓(けうくん)宝(たから)ぐさ 一 七小町之物語 一 色紙(しきし)短冊(たんじやく)之式法 一 祇園祭礼 山鉾(やまぼこ)図 一 女/謡(うたひ)教訓之絵抄 一 四季(しき)之歌/尽(つく)し 【二段目】 一 三十六人歌/仙(せん)絵抄 一 年中(ねんぢう)行事(ぎゃうじ) 一 御所(ごしょ)言葉(ことば)之次第 一 香(かう)之紀品々秘伝 一 掛香(かけかう)匂(にほひ)袋(ふくろ)之法 一 琴(こと)三味線(しやみせん)之事 一 琵琶(びわ)并 笛(ふゑ)之記 一 双六(すごろく)之 因縁(ゐんゑん)之事 一 七夕(たなばた)詩歌(しいか)尽し 一 女たしなみぐさ 一 緒病(しよびやう)之 薬方(やくはう)付 一 女こしけの名方 一 年中 料理(れうり)指南 一 有馬(ありま)温泉之記 一 同 養生(やうしやう)の記 一 つれ〳〵四季の段 【三段目】 一 月(つき)のから名尽(なつくし) 一 男尼法体(おとこあまほつたい)の名尽 一 女中 文(ふみ)の封様(ふうじやう) 一 人々一代 守(まもり)り【送り仮名の重複】本尊(ほんそん) 一 女中名尽 相性(あいしやう)付 一 こよみの中だん 一 同 下段(げだん)之事 一 不成就日(ふしやうじゆにち)之事 一 小笠原(おかさはら)流 折形(をりかた) 一 源氏之(げんしの)略 系図(けいづ) 一 源氏六十 帖目録(てうもくろく) 一 同六十帖之 大意(たいい) 一 官位(くわんゐ)將(しやう)【「束」の下「衣」】(ぞく)の図抄 一 歌(うた)の読(よみ)かた之事 一 同かな遣(つかひ)之伝授 一 源氏壱部の大意 【下部横書き】 源氏哥(けんじうた)五十 四首(よしゆ) 【左丁 絵画 文字無し】 【欄外上部横書き】 石(いし)山 近江八景(あふみはつけい) 【挿絵内】 石山秋月(いしやまのあきのつき) 矢橋帰帆(やばせのきはん) 比良暮雪(ひらのぼせつ) 比叡山 堅田落雁(かたゝのらくがん) 唐崎夜雨(からさきのよるのあめ) 大津の浦 三井晩鐘(みつゐのばんしやう) 膳所城 粟津晴嵐(あはづのせいらん) 勢田夕照(せたのせきせう) 【右丁 上段】     【右丁 下段】  遠保帰帆(えんほのきはん)         山市晴嵐(さんしのせいらん) 風むかふ           松(まつ)たかき  雲(くも)のうき           里(さと)より      浪(なみ)         上(うへ)の峯(みね) たつと              はれて   見て            嵐(あらし)に 釣(つり)せぬ             しづむ    さき             山もと      に             の  かへる               雲(くも)   舟(ふな)人          江天暮雪(こうてんのぼせつ)          瀟湘夜雨(しやう〳〵のよるのあめ) 芦(あし)の葉(は)に           船(ふね)よする                         かゝれる             浪(なみ)に    雪(ゆき)も           こゑなき ふかき               夜(よる)の雨(あめ)    江の            苫(とま)より みぎはの              くゞる  色は夕べ            しづく   ともなし            にぞ                  しる 【左丁】  洞庭秋月(とうていのあきのつき)         漁村(きよそん) 秋に                夕照(せきせう)  すむ             浪(なみ)の色(いろ)や   水すさ               入日の ましく              跡(あと)に    さよ             猶(なを)見え   更(ふけ)て                て 月を              磯際(いそぎは)   ひたせる              くらき おきつ              木(こ)がくれ  しら浪(なみ)                 の里(さと)  遠寺晩鐘(えんじのばんしやう)          平沙落雁(へいさのらくがん) 暮(くれ)かゝる            まつあさる  霧(きり)より             あしべの友(とも)に     つたふ            さそはれ かねの音(ね)に                 て   遠方(をちかた)             空(そら)      人             ゆく みち   も                 かり  いそぐ             また     も   なり              くだるなり 【頭部欄外に横書き】 唐土瀟湘八景(もろこししやう〳〵はつけい)  【欄外上部横書き】 /洛(らく)/陽(やう)/東(ひがし)山之/啚(づ) 【右丁方枠内】             とりべの           みゝつか          おとはのたき      おくのゐん              大ぶつ               きよみづ          ゆぎやうの寺       ぜうらくじ                     六はら寺      ゑひす社            やすい御門跡     けんにんし       かうしん堂                               六だう      ちしゆ ふくろ水    三ねんさか   七くはんをん  めやみのちぞう   四条かけら   【左丁】 【右頁上段】 【枠内に題】 女 不(ふ)断(だん)身(み)持(もち)鑑(かゞみ) ◯髪(かみ)の結(ゆひ)やうのしな〳〵は兵庫(ひやうご) 吹(ふき)あげ角磐(つのあけ)わげ。くる〳〵丸わげ。 五だんわげ下(した)かみかうがい大嶋田(おほしまだ)小(こ) 嶋田(しまだ)當世(たうせい)やうのやつししまた抔(など) とてさま〳〵の結(ゆひ)やう有(あり)と雖(いへども) それ〳〵の風俗に似合たるやうに奥 さま【仮名の合字】女房家主嫁こしもとおゐま下 女のしなかたちをしたひ遊女たはれ め茶や女の賎しく。ばし【派手で世間の目をひく】成すがたをまね 給ふべからずにかうがいはひきゝ方がよし ◯額(ひたい)のすり様(やう)も右に同じ万端(ばんたん) のふうぞくしほらしくして目(め)にた たぬをよしとす大額(おおひたい)小額(こひたい)丸びたい くわたう口すりあげびたいみな人 この面躰(めんてい)の生(むま)れ付大がほ小かほ丸 がほ長き㒵(かほ)の姿(すがた)をはからひ作(つく)り給ふ べしされ共いつのころよりはやり初 けん彼すりあげびたいとて額の きはをあく迄すり上ひたいの程 を顔になし半かうずりのやうに すり上たりあとのあを〳〵とみゆ 【左頁上段へ続く】 【右頁中段】 紫(むらさき)式部(しきぶ)は上東門(しやうとうもん) ゐんの官女(くわんじよ)なり はじめは藤(ふぢ)式部 と申けるが源氏(けんじ) 物(もの)がたりの若紫(わかむらさき) の巻(まき)つとによろ しく書(かき)ける故(ゆへ)此(この) 名(な)を得(ゑ)たりと かや又は一 条院(でうゐん)の 御 乳母(ンめのと)の子(こ)なり 上東門院に奉(たてまつ)ら しむる事(こと)とて 我(わが)ゆかりのもの なり哀(あはれ)と思(おぼ)し めせと申さしめ 給ふ故 此(この)名(な)あり とぞ ◯千載集(せんざいしう)の哥《割書:ニ》 水鳥を  水のうへ とやよそに    みん 我も  うきたる     世を すごし   つゝ 【右頁下段】 【枠内に題】 本(ほん)朝(てう)女(ぢよ)中(ちう)和(わ)文(ぶん)八(はち)大(だい)家(か) 【水辺に立つ紫式部の図】 【左頁上段・右頁上段より続く】 るそうるさけれおこがましくすげ なき姿(すがた)を好(この)む事(こと)にはあるなり ◯眉(まゆ)にしんを入るゝ事 霞(かすみ)の内(うち)に弓張(ゆみはり) 月のほの〴〵とうつろふがごとく引給ふ べし墨(すみ)こく太(ふとき)は賤(いやしき)也◯白粉(おしろい)の事 因縁(ゐんゑん)淺(あさ)からず古(いにし)への美人(びじん)艶妍(ゑんけん)の粉(ふん) 黛(たい)にかる事あまねし只(たゞ)よき白粉(おしろい) をうすくぬりて其跡(そのあと)を清(きよ)き絹(きぬ)にて ぬぐひたるをよしとす粉(ふん)のすたらん事 をおしみてあつく賤(いやし)げなるは見ぐるし ◯お 歯黒(はくろ)といふは公家方(くげがた)の詞(ことば)なり され共 殿上(てんじやう)の事をさうしにかね黒(くろ) く眉(まゆ)ほそくきはめて上らうの御 姿(すがた) などゝ書(かけ)りかね共申べくや御所方(ごしよがた) にてふし水共ぬきすの水とも云(いふ)下 〳〵にてはつけがねといふとなり此 徳(とく) はをつよくなす薬也 春(はる)の始(はじめ)のつけ 初(ぞめ)には先(まつ)地神(ぢじん)に手向(たむく)べし◯手水(てうづ) の粉(こ)にもみぢまちりてよりあづきの 粉(こ)さゝげの粉(こ)緑豆粉(ぶんどうのこ)をつかふべしきめ こまかに美敷(うつくしく)あせぼにさび出ず◯ 髪(かみ)の油(あぶら)はくるみの油かみ黒(くろ)くしな  よく匂(にほ)ひ高(たか)からずしてよし 【左頁中段】 清少(せいせう)納云(なごん)は清原(きよはら) の深養父(ふかやぶ)の曾孫(ひまご) 元輔(もとすけ)の子(こ)也一 条(でう)の 院(いんの)后宮(こうぐう)の女 房(ばう)也 枕双紙(まくらざうし)の作者(さくしや)也 老(をひ)の後(のち)は四国(しこく)に落(おち) ぶれて有(あり)しよし 今(いま)にそのしるし 有(あり)とかや ◯千載集(せんざいしう)に 菩提(ぼだい)といふ鳥(てう)に 結縁(けちゑん)の講(かう)じける 時 聴聞(ちやうもん)にまふで たりけるに人の もとよりとく帰(かへ)れ といひたりければ つかはしける もとめても  かゝる    蓮の  露を      をきて うき   よにまたは  かへる     物かは 【左頁下段】 【清少納言が宮中からの使者に歌を渡している図】 【右頁上部余白に囲みの題 右から読む】 一(いつ)休(きう)教(けう)戒(かい)以(い)呂(ろ)波(は)歌(うた) 【各々の頁上段に八首の歌が記されている】 い  いかにして   われのみ  われを   たつる  かわ   われを   すつれば  ひろきうきよを ろ  ろくなりし   心をわれ  とまからせ    て   かみや    ほとけも  またいかにせん は  はなは花  もみちは   もみち  そのまゝ     に   いわで    おしゆる  わかのりの道 に  にしひがし   きたやみなみの  また    ほかに  ひろきくに    あり  かくれがにせん ほ  ほんらいは  むいち   もつと     や  ろく     そ    どの  それはねごとか  はらすじのかは へ  へだてねば   むかしの    だるま    今のわれ  さても    たうとき  いきほとけかな と  とるものも  なければ   すつる  ものも    なし  もとの心に   もとの  身なれば ち  ちるはなに    さかぬ    むかしの   かくれ     がを  とはばや  はるのかぜ   ふかぬまに 【右頁中段】 【下段はむつきを贈る伊勢の図】 伊勢(いせ)は大和守(やまとのかみ) 継蔭(つぐかげ)か女(むすめ)也七 条(でう) の后(きさき)温子の官女(くわんじよ) 也 寛平(くわんへい)法皇(はうわう)の 御息所(みやすどころ)行明(ゆきあきら)親 王の母也いせの 御(ご)とたうとみて いふ也伊勢物語 をつくれり 摂津国 古曽戸(こそべ) といふところに いせ寺とて墓(はか)置 ◯詞花集(しくわしう)に  正月朔日 子(こ)を  うみたる人に  むつきつかわす  とて めづらしく  けふ   たち そむる   つるの     子は 千代  の むつきをかさぬ   べきかな 【左頁上段】 【一休伊呂波歌続き】 り  りにまよひ   ひせば    とがむる    世の中の   人の心の      なみ   かぜぞうき ぬ   ぬかね    ども   わがほう      けんは   するどにて   さわれば     きれる  せひの人かな る  るりめなふ   さんごの    玉も     ふみ    くだけ   われに     たふとき  によい   ほうじゆ有 を  おとなしの   たきのひびき       に    ゆめさめて   うまれぬ      さきの   ものとなりけり わ  わがぜんは   ほとけも     からず   そもからず    ねては     ゆめ      みる  さめてめしくふ か  かぜならで   たれか     つたへん   のりのみち    かたち   なければ     こゑは  そもさて よ  よの中の   そしり    ほまれ      を   いとはねば   心やすくも  すみぞめの袖 た  たれをかも   しる人に     せんある   たかさごの   まつに    ここん  の色も   かわらず 【左頁中段】  和泉式部(いづみしきぶ)は大江(おほゑ) 雅致(まさなり)の女(むすめ)和泉守 道貞(みちさだ)の妻(つま)となる 上東門院につかへ ては弁(べん)の内侍(ないし)と 申す実(まこと)のゑたる 哥(うた)よみのさまに こそ侍(はべ)らざめれ 口(くち)にまかせたる事 共かならず目(め)と まることヽも多(おほ) かり ◯拾遺集(しういしう)誹諧 法師(ほうし)の扇(あふぎ)を おとして侍(はべり)ける をかへすとて はかなくも  わすられ   にける  扇かな   おち    たり けりと  人もこそ しれ【「見れ」との説もあり】 【左頁下段の図 法師が不用意に扇を落としている】 【右頁上段一休伊呂波哥】 れ  れきぜん     に   めぐる    ゐんぐは   はくる〳〵       と   くるり〳〵       と  あとも   とゝめず そ  それもよし   これも   よしのゝ  はな   もみぢ  あきの   もみぢは  春のはざくら つ  月もわれ      も   おなし    ながめ       の   そら    はれて   くもなき里  すむ    に   こゝろかな ね  ねては    ゆめ   おきては    うつゝかげ     ぼうし    わが物      ならぬ   わかみ成けり な  なにごとも   きたらば    きたれ   さらば     され   ある   にまかせ      て  なきは   そのまゝ ら  らくはらく   くはくなり      けり   さとつては   ながるゝ水  のあとは   とゞめず む  むといふて   かのしやう      しう ゝ      は   むをとかず  たかくまなこを  つけてみるべし う  うんもん【注①】に   ほとけを  とへばかんし     けつ【注②】  しやかも    みろく      も   手を うちにけり 【注① 雲門宗の略。禅の五家七宗の一つ。唐末五代の雲門文偃(ぶんえん)を祖とするもの。宗祖以後約二〇〇年続いたが、南宋の末に衰滅し、日本には伝わらなかった。】 【注② 乾屎橛=乾いた棒状の糞とも、糞を拭うのに用いたへらとも解される。もっとも汚いもの、取るに足りないもののたとえに用いられる。ある僧が雲門宗の祖である雲門文偃に、仏とはいかなるものかと問うたところ、乾屎橛だと答えたとの故事に基づく。】 【右頁中段】    赤染右衛門(あかぞめのゑもん)は大和(やまと) 守(かみ)赤染 時用(ときもち)が子(こ) 也 実(じつ)は平(たいらの)兼盛(かねもり)が 女(むすめ)なりしがかれが 母(はゝ)を離別(りべつ)して のち時用(ときもち)に嫁(か)す る故也 御堂(みだうの)関白(くわんばく) 殿の栄行事(さかゆくこと)を しるして栄花(えいぐわ) 物語(ものがたり)をつくれり 源氏(げんじ)物語に並(ならび)て 世に称(せう)ぜらる 大(おゝ)江の匡衡(まさひら)の 室(しつ)となる ◯後撰集(ごせんしう)に  王昭君(わうせうくん)を  よめる なげきこし     道の    露     にも      まさり       けり なれ   こし里を   こふる    なみだは 【匈奴に嫁した王昭君に思いを馳せる赤染右衛門の図】 【左頁上段一休伊呂波哥続き】 ゐ  ゐきしにを   わすれぬ   人は    うかり      けり   まどろむ    人に  ことのはも     なし の  のちのよも   むかしも     今も   いきしに      も   わか身の上  すて    は   はてにけり お  おしやほしや   にくやかはひ    やそのま       まに    と    まる      心の  なき   ぞかなしき く  くやしきや   くやむ心を    わする      なよ   それも    ぼだいの  みち   しるべなれ や  やすしとや   無事これ    きにん     何事      も  しらぬが    ほんの いき  ぼとけかな ま  まよはねば   さとりも    さらに   なかりける  はなの道なる  山ぶき    のつゆ  け  けふだらに   またねん     ふつと    なをかへて     わがほつ     しやうを  よび   さまし     けり ふ  ふかしぎの   くどくの     うみの   そこぬけて   三ぜのしよ      ぶつ   かけ     も    とゝめず 【左頁中段】 大弐三位(だいにのさんみ)は右衛門 佐 宣孝(のぶたか)のむす め母は紫(むらさき)式部也 大弐成平(だいになりひら)が妻(つま) となるによりて 大弐三位と号(がう)す 又弁(べん)の局(つぼね)ともい ゑり狭衣(さごろも)の作(さく) 者(しや)也 源氏(げんじ) さ衣(さころも) とて世にならひ おこなわれ称美(せうび) せらる ◯千載集(せんざいしう)  物の名  かきのから 榊葉は   もみぢ      も  せしを    神かき      の  から   くれなひ      に 見え   わたる     かな 【山野に立つ大弐三位の図】 【右頁上段一休伊呂波哥続き】 こ  こひすてふ    手にも   とられぬ   きみゆへ     に   しやかも     だるま       も  身をやつしつゝ え  えりすつる   心にちりは    あらね共   すつる      心ぞ  ちりとこそ     なれ て  てる月を    心のうち       に   うつしては   よは    うき雲       の  すがた    なりけり あ  あめはれて   うきよの    かさを   ぬぎすてゝ  くま    なき月の  かけ  をなが   むる さ  さりとては   なかるゝ      水の   あとも     なき    身をも     心も  うつし  てやみん き  きくことも   なければ    とひも     なかり       けり  きかざるさきぞ  とふ   て    のちなれ ゆ  ゆくすゑも   またこしかた        も  ゆめなれば      何も  なき身     と  なりてくらさん め  めにはみて  はなには   かぎて    みゝに      きく   われも     ほとけ        に   かはら    ざり      けり 【右頁中段】 右近大将(うこんのだいしやう)道綱(みちつな)母は 右衛門佐 倫寧(つねやす)の 女(むすめ)也 東三条(とうさんでう)入道(にうだう) 兼家(かねいへ )公の室(しつ)也 本朝(ほんてう)古今(ここん)美人(びじん) 三人の内也きわめ たる哥の上手(じやうず)也 兼家公かよひ給ひ ける程(ほど)の事うた など書(かき)あつめて 蜻蛉(かげろう)日記(につき)と名付(なづけ) て世(よ)にひろめ        給へり ◯新古今集(しんこきんしう)に  入道(にうだう)摂政(せつしやう)久しく  まうでこざり  ける比びんかきて  出けるゆするつ  ぎの水入なから侍  けるをみて 絶ぬるか影  たに見へば     とふ べきをかたみの水は みくさゐにけり 【右頁下段 残された水を観察する道綱母の図】 【左頁上段一休伊呂波哥続き】 み  みゝもなく   目もなく   はなも     なき     ものを     なをつけ  そめて  仏とぞいふ し  しゆしやう      さに      まよひ     そめぬる      のりのみち  いたりゑぬれば   しゆしやうけもなし ゑ  ゑにかきし    道にまよ      へる   人   よりも    さとりに      まよふ  人そ   はかなき ひ  ひとはほとけ   ほとけは人よ   うき    しづみ     水と    なみとに  なぞかわり      けり も  もゝとせの   よはひも    われは   何かせん  きたらず   さらぬ  本の   身なれば  せ  せきすへて   たがとゞめ      けん   のり    のみち   おろか     なり      ける  人心かな す  すみやすき   心のおくの    かくれが       を    しら     でや  人の  わけまよふらん 京  きやうだらに   はやり小うた        も   高砂も     さいの   ぢやう〳〵   人はへだてじ 【左頁中段】 安嘉門院(あんかもんゐん)の四条(しでう) は為家(ためいへ)の室(しつ)為相(ためなり) の母(はゝ)也 阿仏(あぶつ)と号(がう) す為氏(ためうぢ)は腹(はら)がはり の子(こ)為相(ためなり)の兄(あに) なりし父(ちゝ)為 家(いへ) 末期(まつご)に為相に 播磨(はりま)の知行(ちぎやう)所を 為相(ためなり)にゆづり 置(をか)れしを為 氏(うぢ) 押領(をうりやう)しけり是 を訴(うつたへ)の為に鎌倉(かまくら)   へ下られし時の道の記を十六夜(いざよひ)日(につ) 記(き)と云その中《割書:ニ》 雲かゝる   さやの     中山   こえぬ     とは みやこ    に  つげよ あり明の   つき  【下段 道中の阿仏尼と有明の月の図】 【見開き二頁を八コマの図と説明文により女中一生記とする】 【右頁欄外余白に題の一部】 女(じよ)中(ちう) 【右頁上段 題 右から読む】 聟(むこ)入(いり) 【むこ入儀式の図】 むこ入は。祝言よりさきに 日がらを定めまいるなり むこ《割書:并》むこのおや仲人(なかふと) つれ立行むこの親なき は親ぶんの人同道して 行也。さかづき座つき《割書:二》出 むすめの親よりはじめ 聟(むこ)にさしむこより 一門中不残さかづきす るさかづきしうと《割書:二》納り ざうに出るすいものいで 其後ぬりさかづきにて 三こんまはりをさまる 【右頁下段 題 右から読む】 嫁(よめ)入(いり) よめいりして親の家出 跡(あと)にて門火を焚き死(し)人の やうに二たびかへらぬをしう 義とするまことにむすめ 人と成おやの手をはなれ 行よりしては我父母事 を思ひかへむこのおやたちへ よくつかへ今迄の我おや のごとくしんじつに孝(かう)を つくしよくつかへへし。則 我おやへつかへるにをなし よめいりの夜行時二たび 此 家(いへ)へかへらぬと思ひ【日】定行べし 【右頁上段 題 右から読む】 祝(しう)言(げん)之(の)盃(さかづき) むこの家へ行と待上郎 手引して座えつき。さん ぼう出しうとしうとめ むこむかふ座にならびゐて よめよりさかづきはじめ。むこ にさすいつにても三こんづゝ うけてのむなり。一 門(もん)ぢう みな〳〵さかづきする むこはさかづきすむと立 べし。よめは物かずいはぬ がよしさかづきすみ色(いろ) なをし有。りやうりも成 程(ほど)しづかにくふべし 【右頁下段 題 右から読む】 新(にゐ)枕(まくら) しう義 食(くい)事万しまひ ねやに入《割書:ル》時は仲人むこ よめばかりにて。しうと より持せ行【持たせ行く】。さげ重(じう)ひら き仲人あいさつにてむこへ さけをすゝむる。此時はむこより のみよめへさす。むこもうち くつろぎ盃(さかづき)して。仲人よき 程にあいさつして次(つぎ)へたつ。 よめあいさつ。何か物かず 多(おゝ)くいふ事あしく。とかく 心はおちつきゐて成程うい 〳〵しきていこそよけれ 【左頁欄外に全体の題「右頁からの続き」右から読む】 一生(しやう)記(き) 【左頁上段 題 右から読む】 平(へい)産(さん)之(の)躰(てい) くはいにんに定りし時身持 大事也 目(め)にあしき事を見ず みゝにあしき事をきかず あしきあぢはひの物 食(しよく)せず 物ことはらたてず。しづかに くらすべし。心よき事にうつし よくつゝしむ時は。生(むま)るゝ子 おとなしく一 生(しやう)のとくなり 又髙き所の物 手(て)をのばし 取べからず。をもきものもつべ からずあたり月に灸すべ からず立(たち)ゐしげきはあしし 臥(ふす)ときは足(あし)をかゝめて臥べし 【左頁下段 題 右から読む】 産(さん)後(ご)養(やう)性(しやう) さんごには風にあたらぬやう すべし。又あせかく事もあしし。は やく男にちかづくべからず。七 夜(や)の 内 生肴(なまざかな)くふべからず。或ははやく 髪(かみ)あらひ行水(ぎやうずい)など早(はや)くする はあしゝ。惣(さう)じてさんごにも物 しづかに養性(やうじやう)すべし。いかり かなしむ事いむべし。口(こう)ちうの そうぢは/爪(つめ)を取などおそくす べし。又生れ子物こゑあげぬ先(さき) にわたにて指をつゝみ。口の内の 古血(ふるち)を取べしのみこめば ほうそうおもき物としるべし 【左頁上段 題 右から読む】 子(こ)之(の)育(そだて)様(やう) 子をそだつる事母をやつね〴〵 心得有べし。たとへのごとく 氏(うぢ)よりそだちとてくいもの 万事(ばんじ)いやしからぬやうにすべし 又 食事(しよくじ)は多(おゝ)きより少(すく)なき 事よしいふくも子供の時より おほくきすれば年たけて 其くせうせず。少うすくきす べし。つよく泣(なか)する事どく なり。又ちいさきときに。人 だち多(をゝ)き所へつれ行こと なかれ気をのぼし。どくなり 我まゝになきやう《割書:二》そだてへし 【左頁下段 題 右から読む】 客(きやく)噯(あしらひ)之(の)所(ところ) 夫(をつと)の家(いへ)に客(きやく)来(きた)る時さつそく 言葉(ことば)をかけてよく〳〵念比(ねごろ)に 誰(たれ)人さまもあしらひ□□□□□□ 惣して上下(かみしも)の人あれ□□も あいさつつど〳〵に心がけべし 去(さり)ながら男のあいさつある内 さし出物いふにはたゝなかれ よき程に心得るべし物いひすぐ るは見ぐるし。或は客 食事(しよくじ)の時 中ば過にして。其客■■に あいさつすべし。又ちかづきにて なき客には夫(をつと)の引合(ひきあはせ)を待(まち)ゐ てあいさつをすべし 【見開き二頁にわたり女性風俗の図八図とその説明文】 【右頁 欄外余白にタイトル 右から読む】 女(おんな)風(ふう)俗(ぞく) 【右頁上段 公家の女性の図】 公家(くげ)【左に】「こうけ」 女御(によご)后(きさき)などとのふる。まことにしぜんと風義(ふうぎ)けだかく。 しゆせき【手跡】うづだかく。哥(うた)のさまをのづからにそなわり。 五つかさね衣(きぬ)に。ひのはかま【緋の袴】めしたる御ありさまひ                      ころはいゝ申                      にはあらねど                      古き繪(ゑ)本に                      畫師(ぐはし)の書たる                      を。見ぬ人のた                      めに。絵すがた                      のふうぞくを                      こゝにうつし                      しらしむる                      ものなり 【右頁上段 武家の女性の図】 武家(ぶけ) 北のかた。御前(ごぜん)様 奥(をく)さまなどゝいふ。武家(ぶけ)の女子(によし)は風俗(ふうぞく) しやんとして。衣服(いふく)すそみじかにきなし。すんと したるもよし。女子たしなみの外にぶだう【武道】も                       心かげありて                      よし。さふらい                      は言葉(ことば)に太刀(たち)を                      あらはすなどゝ                      世話(せは)にもいへば。                       そのさまにう                      は【柔和】にして。心は                      つよきをぶし                      の妻(つま)ともむす                      めともほめり 【右頁下段 禿と召使いを連れた太夫の図】 太(た)夫(ゆふ) 松といふ名はしんの帝(みかと)御狩(みかり)のとき大まをまつの 木陰(こかげ)にて御しのぎなされしより太夫といふしやく を松の木におくり給ふ此 縁(ゑん)をひゐて松とかへ名をいふ                       風俗(ふうぞく)そなはり                       て位あり衣服(いふく)                       こしのまはりに                       わた入ず打かけ                       姿(すがた)にかほりを                       ちらし引ふねと                       名付かふろの                       外(ほか)にめしつかひ                       の女郎をつれ                       出るなり 【右頁下段 天職の図】 天(てん)職(しよく)【左に】「てんじん」 梅ともいふ。心は天じんのえんをとりてなり風俗 太夫におとらずくらゐありていしやうつき同し く惣して太ゆふ天じんは丁ほ【帳簿】手跡(しゆせき)も見事に                 かきなし                 哥(うた)茶(ちや)のみち                 を心がけでは                 成がたし琴(こと)                 さみせんなど                 ないしやうにて                 は引どもさし                 きにてはひか                 ずはうたも                 うたはず                                                  【左頁欄外余白に題】 教(けう)訓(くん)圖(づ) 【左頁上段町人嫁の図】 町人 媳(よめ) 御新造(ごしんぞう)御部(おへ)屋御りやう人などいふ風俗はでなるは 見ぐるしふだんいしやうも大もやう成ものあしく昼(ひる)は姑(しうとめ)の きはをはなれず万心をくばり笑(をか)しき事にもさのみこへ立ず                    くるしきにも其                    色をみせず下部(しもべ)                    の者(もの)を友(とも)として                    長はなしせず                    よめのみちたる                    事は舅(しうと)姑(しうとめ)の                    善悪(ぜんあく)を朝夕(あさゆふ)                    にとひ真実(しんじつ)の                    子のことくかう                    成を道とす 【左頁上段妾の図】 妾(てかけ)【左に】めかけ 臥(ご)座(ざ)直(なを)しなどいふ。男の内より外に置(をく)を囲者(かこひもの)といふ いづれにても表だゝぬ事なれば一しほ衣服(いふく)かみの結(ゆひ)やう こうたう成にしゆくはなし。妾(てかけ)のみちたる事奥(をく)さまにめし                    つかはるゝ時は                    神のごとく尊(そん)                    敬(きやう)しほうばい                    下(した)〳〵の事を                    吉品(よしな)に申                    なし。みぢんも                    我かほゝせず                    法會物見参り                    せず身をかた                    くつとむべし 【左頁下段鹿恋の図】 鹿恋(かこひ) しかともいふ鹿(か)の字(じ)の心をとりてなりこれまでを 格子(かうし)女郎といふて日頃(ひごろ)見せへいださず。揚(あげ)やといふへ 行てつとむる。引ふねといふにあらずくがいをつとむる                    此風俗てん                    じん《割書:二》同じく                    いやしからず                    引。かたりの                    やうなるしよ                    さなし。ざし                    きの■【奥ヵに】しゆ                    えんのりやう                    をするのみ                    とぞ 【左頁下段端の図】 端(はし) 見世女郎の事なりみせ女良といふ■すがたあし きを見世女郎にするにあらず其おやかたのかつ 手にてみせにてもつとめさすなれば格子(かうし)■■■も                   ■■ろ■ま風(ふう)                   義(ぎ)■■■多(おゝ)                   し。しかし是                   までの。風俗(ふうぞく)町                   の女中などま                   なび給ふ事な                   かれ又此■■■                   ぶんへ町の■■                   かたらひ■の                   風俗(ふうぞく)いへ■べし 【右頁上段】 年よりて後室(こうしつ)などといふまことに女は両夫(りやうふ)に まみへずといふふることもあれどあるひはおやの おほせ又は子のためなどにふたゝび夫(をつと)にまみゆるも                   あり。いづれの                   道にても。ごけ                   のあいだは。け                   しやうやめてかみ                   をつ いたばね                   てをくが見よし                   第一身持かたく                   ふつ〳〵色の                   みち立こそ                   かんようなり 【右頁上段】 りん気は女のたんき短気はそんきとてりんきつの れば。えんをきられてもとりくやむにかひなく。殊(こと)さら りん気つよくいふほどつのるものなりしんびやう                 によくおつとを                 うやまふときは                 しぜんとその                 こゝろざしに                 はぢて夫(おつと)の                 悪性(あくしやう)やむもの                 なりよく〳〵                 をんなのたし                 なむべきは                 此みちなり 【右頁下段】 茶(ちや)たて女風俗(ふうぞく)多くの人にもまるゝゆへこゝろさま くだけてあいさつ万よくいしやうもよし すこしばし【華美】成もやうむねだかにし袖なりちい                 さくふり袖は                 すそと同じ                 くながしおび                 ふり袖は吉弥                 むすび長さ                 そでに同じ                 まことに                 酒あひのいつ                 きやうはいふ                 はかりなし 【右頁下段】 風呂(ふろ)屋の女風 俗(ぞく)茶屋におなじくおほくの風呂に 入《割書:ル》人々の氣(き)をとり物ごしやはらかにてよし 身もちもきれいなりさりながら町の女中此                 ふうぞくとて                 も見ならふべ                 からず町の                 女は外なり                 しやんとし                 てばしなるは                 あしくよく                 こゝろへある                 へき                  事なり             【左頁上段】 山の神とは異名(いみやう)なり。惣(さう)じて在(さい)へんの山に神の たゝりある山神のたゝりとてきうさんにきつ き事をいふあら手女の物こしはらたつるさまに                たとへていふ                惣たい女は腹(はら)                のたつ事あり                ともこは高(たか)に                いはす下さ                まの者(もの)にいけん                の事ありとも                ひそかにいひ                きかすこそ                女のふう也 【左頁上段】 妬(うはなり)とも書。日比くや〳〵【くよくよ】りん気ましりしをち【為落ち=手落ち】 あるにまかせてにくきそげめ【注】がしかたとすり こぎ取て打(うつ)てかゝる。しつかい京おしろいのさいしき                もほむらの                あせにながれ                をつる此繪(ゑ)の                さまを見て                かねて女などは                手を出しいかやう                成事にても人                をたゝくこと                なかれあとはつ                かしや 【注 「そげめろう」の略か。女をののしって言う語】 【左頁下段】 びくにの風俗近年はきりやうよきびくに出る 歯(は)はすいしやうをあらそひまゆほの〳〵とほそ くつくりくろいぼうしもしほらしくきなし                加賀笠(かがかさ)に                ばらおのせつ                た当世のは                やりぶしとて                うたひくわん                しんにあり                くまことに                おんなにはか                はりしひと                ふうぞく 【左頁下段】 山の神 後女打(うはなりうち)のこうべたるが【意味不明】しつとりんき心恚(しんい) のほむら火の車をいたゞききふねの宮居(みやゐ)あるひは 又思ひより【思い当る】の神社(しんしや)に参るあさましや又■■ぶし神                子に■らせ                なと■世■■                の夜叉(やしや)かくの                ごときの人ある                まじけれと心                のいましめに                図(づ)にしるせり                露(??)ばかりも                かくの心はもつ                べからず ゝ【右頁上段】 忠(ちう)孝(かう)五(ご)欲(よく)之(の)圖(づ) 【右頁中段】 女 教(けう)訓(くん)寳(たから)草(くさ)《割書:女一代の身をおさめ家をとゝのへ不断の|心もち古人のおしへを書あつめる物ならし》 ▲黒(すみ)にちかづく者(もの)は黒(くろ)くなり。賢(けん)に近(ちか)づく者は明(あき)らか也。才ある者に近つけば ちゑをまし。かたくるしきに近付(つけ)ば愚人(ぐにん)となり。智者(ちしや)にちかつけば賢(けん)に 成《割書:ル》善人(ぜんにん)に近付ば功德(こうとく)を得。愚(ぐ)に近付ばくらく成。侫(ねい)人に近付ばへつらふ 心をこる也。教(をしへ)ずして人のあやまちをいかりにくむは大き成 無理(むり)なり。人を つかふによき事をばほめてあしきことをばゆるくすべし。あしき事おのつから直(なを)る 物なり。よき事したるをばもてなさずしてあしき事したるをゆるさざる時は 心よりしたがはざる故(ゆへ)。なをりがたくして。必(かならす) そむきはしるものなり ▲親(をや)にはよく孝行(かう〳〵)をつくすべし。孝は百行の宗(そう)なり。今の世の人は。ぐち なる親はむり多(をゝ)き故。孝行成りがたしと思へり。然れども是は道理(だうり)にあたら す。親より受(うけ)たる身(み)をそこなひやぶり。又は悪事(あくじ)にて命を捨(すつ)る類(たぐい)を 大 不幸(ふかう)といふ也。身を立(たて)仁道(じんたう)につとめ家名をあげて親の名を顕(あらは)すを 第一の孝行也とす。我親をはうやまはすして他人ばかり敬(うやま)ふは悖礼(ぶれい)【注】といふなり 子をあいするこゝろをもちておやにつかへば其身孝行の名をとるべし 親より金銀 家督(かとく)をゆつられたる者は。大方(たいはう)の人。親の恩(をん)はなしと思へり。または幼(よう) 少より奉公して親どもやしなひし故。かへつて親へ恩ありといふやから。世(よ)に多 し是は放逸(はういつ)なる云分(いゝぶん)也。 父母(ふし)の恩(をん)は大海よりもふかく須弥山(しゆみせん)より もたかしとなり一夜(や)の育(はくゝみ)一日のなさけ其 志(こゝろざし)のあつき事一 生(しやう)の内にも 謝(しや)しつくすへきや佛は父母の恩(をん)の深き事 無量(むりやう)の経巻(きやうぐわん)に盡しがたしとのへ給ふ 【注 「悖礼(はいれい)」。 孝経に、「不_レ敬_二其親_一。而敬_二他人_一者、謂_二之悖礼_一。とあるを引いている。】 【左頁中段】 ▲妻女(さいじよ)のみち正(たゝ)しからされば國(くに)ほろび家(いへ)ほろぶる事 昔(むかし)より其 数(かず) 多(おゝ)し妻(つま)才智(さいち)なれば夫(をつと)のわざはひすくなき物也。夫のあしき事をば かくし。よきをば顕(あら)はし。六 親(しん)をよく和合(わがう)せしめ賤(いや)しき夫(をつと)にてもよく 侑(した)ひ。おそれて貴(たつと)く見する也。家のさかへおとろへは妻(つま)の善悪(ぜんあく)による もの也。有 書(しよ)にいはく。己(をのれ)より富(とめ)る人の娘(むすめ)を妻とすべからず。かれ其(その) 富貴(ふつき)を心にさしはさんで。夫(をつと)をかろしめ。舅(しうと)姑(しうとめ)の気(き)にもいらず。我 心に奢(おごり)有ゆへ萬つ家のやぶれと成事ありて必(かなら)すほろぶるもの也 ▲悪敷妻(あしきつま)なれば夫もわざはひに逢(あふ)事 多(おゝ)し。つねに夫の悪事(あくじ)を語(かたり) 人にもかろく思はせ。我はいやしみ少しも恐(をそ)るゝ体(てい)なく。家内(かない)をみだすもの なり。貧(まづ)しく成ては夫婦(ふうふ)の口論(こうろん)たへぬ故。親もうれひおほし。夫婦は 一 同(とう)に孝行(かう〳〵)なればをやの心もたのしき也。女の心にたしなみ有べし ▲女の性(しやう)はみなひがみたるもの也。人我(にんが)の相(さう)有てわづかの事にもいかりて かほ赤(あか)くなり。貪欲(とんよく)はなはだしく恥(はぢ)をも忘(わす)れ。我身を愛(あい)して人へは 邪見(じやけん)なり。偽(いつは)り多(をゝ)くして詞(ことば)をたくみにし。さてくるしからぬ事をも とへばいはず。扨は思慮(しりよ)ふかきかと思へば浅(あさ)ましき事をもとはず語りに いひ出し。たばかりかざる事は男の智恵(ちえ)にもまさるやうにて。しかも人に 見すかさるゝ事 多(をゝ)し。物の哀(あはれ)をしらず。又少の事にも人を恨み人のうはさ をいひて常(つね)の慰(なぐさ)みとし。へつらひかざる故 損(そん)多(をゝ)く。絶(たつ)【字面は「湛」に見えるが文意からは「堪」ヵ】べき事にはよはくし て。よはかるべき事には我慢(かまん)をおこし。短慮(たんりよ)未練(みれん)にして行末(ゆくすへ)のかんかへなき 物なり。女の性はかく拙(つた)なきものなれども夫のかしこきは女もかしこく見ゆる也 【右頁上段 図 囲みの題】 名(みやう)よく 【右頁本文】 ▲女は明(あき)らか成 鏡(かゞみ)にて顔(かほ)の善悪(ぜんあく)を見べし。人は良友(よきとも)に身(み)の善悪(ぜんあく)をとひて しるべし。あしきを見て人よりいさむる事あらんに悦(よろこび)て聞(きく)。身持(みもち)を直(なを)さざる 人は悪敷(あしき)病を持て療治(りやうぢ)をきらふがごとし。又あしきを見て云(いは)ざるは誠(まこと)の 友(とも)にて有べからず。扨 友(とも)を求(もと)めんと思はゞ。我よりすぐれたると思ふ人をよく 見て常(つね)にしたしみまじはるべし。我に似(に)たる人を友(とも)とする事は益(ゑき)なき 事也。すぐれたる人にまじはらずは拙(つたな)き我身なをるべからず。いはんや我より おとる友(とも)ならば早(はや)く遠(とを)ざかるべし。無(なき)にはをとりつゐへ成ものなり ▲親(をや)の子をあはれむに誠のじひと。又あた成 慈悲(じひ)と有。誠のしひといふは 先 灸(きう)をくはへて病を治(ち)し。放埒(はうらつ)をさせずして藝能(げいのう)をつくべし。當ぶんは くるしけれども成長(せいちやう)しての悦(よろこ)び 数々(かず〳〵)なり。愚鈍(ぐどん)なる親は末(すへ)のかんがへもなく 當分(たうぶん)悦(よろこ)はせんと思ひて。甘(あま)き類(たぐひ)をくはせ。又一 切(さい)の食事(しよくじ)にあかす事故。五  臓(ぞう)をやぶりて一代の病者(びやうじや)となる。或(あるひ)は其内 死(し)するも有べし。灸(きう)はあつがるべし とてやかす藝能(げいのう)は氣づまりならんとておしへず。故(かるがゆへ)に無藝(ぶげい)ものと成て 恥(はぢ)をもかき事をもかく也。幼少(ようせう)の放埒(はうらつ)一生(しやう)なをらずして。先祖(せんぞ)の名をも下(くた)し かへつて親をも不 孝(かう)し。我身も置(をき)所なく。妻子(さいし)等(とう)にもなげかする也 ▲さしたる用(よう)もなきに人のもとへ行はよからぬ事也。用(よう)有て行たり共その 事はてなばとく帰るべし。久敷(ひさしく)居(ゐ)たるは。いとむつかし人にむかひ居ればことば             おほく身もくたひれ。心もしづかならず。萬つの懈怠(たいくつ)おこりて時をつい やし。たかひのために益(ゑき)なし。人中にまじはる事は大 事(じ)の物也。 我 覚(をぼ)えず して人え無礼(ぶれい)も有べし。又人より過分(くわぶん)のぶ 礼(れい)あれば堪忍(かんにん)しがたきもの也 【左頁上段 図 囲みの題】 酔眠欲(すいみんよく) 【商人が萬覚帳の傍で富の夢を見てまどろんでいる図】 ▲富貴(ふつき)なるはよけい他(た)へこぼるゝ物なれば。人の出入有てにぎやかとなり。 家うるほふ物也。され共その人 貪欲(とんよく)ふかく他(た)よりは非道(ひだう)の事にて。利(り) 錢(せん)を取。入れども人へは一錢(せん)もほどこさじとする類(たくひ)あり。かやうに不道(ふだう)に して富(とめ)る時はあやうくして。永(なが)く子孫(しそん)つゞく事なし。富(とむ)にしたかひて 人へものをほどこせば。人の出入つよくして敬(うやま)ふ物也。富(とみ)ても慈悲(じひ)なければ 人うとみて出入なくかへつてにくみそしる故。自然(しねん)に浅(あさ)ましき評判(ひやうばん)うくる物也 ▲富貴(ふつき)なる人貧(ひん)なる親類(しんるい)の所へは結構(けつかう)なるていにて行べからずとも人 大㔟(ぜい)にて行(ゆき)たりとも皆(みな)そとに置(をく)より外なし。只ひそかにして行べし 我富(わがとみ)成まゝに貧(ひん)成 親子(をやこ)のおり見舞(みまひ)なきと腹立(ふくりう)せり。大き成あやまり なり。働(はたらき)に隙(ひま)なく見まふ所へゆかず。道理(だうり)を考(かんが)へ見継(みつぎ)を送(をく)り遣(つか)はすが道(みち)成べし ▲貴人(きにん)より給る物をは辞退(じたい)せずして戴(いたゞ)くべし。返(かへ)すは礼にあらず又下より 上へ奉り物は軽(かろ)きものをつかふをよしとすべし。我と同じやう成心の人と 静(しづか)に物がたり仕(し)たるは嬉(うれ)しかるべきにさやうの人有まじければ多(おほ)くは氣(き)に あはざる人と出合(であひ)。少も違(ちが)はぬやうにと向(むか)ひ居(ゐ)たらんはひとりゐたるには はるかのおとり也。独(ひとり)ともし火のもとに書巻(しよくわん)をひらゐて見ぬむか【無我ヵ】の人を 友としたるこそこゆるかたなき慰(なぐさみ)にて心も清(きよ)まり。ちゑをもましてよし  古哥《割書:ニ》   尋ねくる友(とも)もうらめしひとりゐて。ちぎりさはらずたのむゆふへを ▲人に酒をしゐ呑(のま)する事よからぬ馳走(ちそう)なり。扨 数盃(すはい)しゐられて飲(のむ)人いと絶(たへ) がたくくるしみ。又は人の目あひを見て打すてんとしたり。或(あるひ)はにげんとするを とらへて無理(むり)にしゐ呑(のま)せぬれば。うるはしき人も忽(たちまち)狂人(きやうじん)のごとくに成也 【右頁上段 図中囲みの題】 食(じき)よく 【台所の図 中央では鯛を捌き、右脇では火を使っての調理、すり鉢での下ごしらえ 左端は配膳や下準備などに追われる人々の描写】、 又 息才(そくさい)なる人も目の前(まへ)に大 事(じ)の病者(びやうじや)と成て前後(ぜんご)しらず。た ふれふす。祝儀(しうぎ)の酒もりなどにてはいま〳〵敷事成べし明(あく)る日まで 頭(かしら)いたく物くはず。生(しやう)をかへたるごとくにて。昨日(きのふ)の事を覚えず。大事の所用(しよやう)を かきて煩(わづら)ひと成。かゝる馳走(ちそう)は慈悲(じひ)にもあらず礼儀(れいぎ)にも背(そむ)きたる事也 ▲人よりあたをする時に我又あたにてかへさんとすれば。さき又あたをなし 生(しやう)〻(〳〵)世(せ)〻(ゝ)にあたつくる事なし。あたをは恩(をん)にて報(はう)ずべし。先(さき)又 恩(をん)にて 報(はう)ずる物也。若(もし)その者(もの)報ぜず共。諸(しよ)天よりはうずるといへり ▲万の事十 分(ぶん)なればこぼれ出て跡(あと)へわざはひ入といへり。万の食(しよく)みてゝ 口にいさぎよき事あれば病おこる也。水を呑(のみ)ていさぎよきは少の間也 腹(はら)へあたりてやむは久しく苦敷(くるしき)也。病(やまひ)も起(をこ)りて後(のち)治(ぢ)せんとするより。前に よくふせぐべし。わざはひもをこりて後。おさめんとせんより常(つね)〻(〳〵)能(よく)つゝしむべし ▲食(しよく)はつねに少なく喰えば脾胃(ひい)をやしなひ。五臓うるをひ。長命也。大食は溢(あふ)れ て五臓の毒(どく)となる。たとへは多欲(たよく)は身を破(やぶ)り。小欲は身をたすくるがごとし。 山椒(さんしやう)を多(をゝく)くへば真氣(しんき)を散(さん)じ物を忘(わす)るゝ也。薬(くすり)も不断(ふだん)飲(のめ)ばきかず。きうも たへずすればきかぬ物也。人え異見(いけん)をいふにも。不断(ふだん)いへばきかず。間(ま)をおきて いへば恥(はぢ)て聞くがごとし一切の初(はつ)ものを先(まづ)少つゝ喰(くひ)。連とには多(をゝ)くくひてもあたら ぬ物也。薬のきくも毒(どく)のあたるも同じ事也。湯(ゆ)の山の人 常(つね)に入故きゝうすき如(ごとし) ▲上 手(ず)成 醫者(いしや)のあやまるはまれ也。まれ成あやまりを以てへたといふべきや。へた なるいしやの仕(し)あつるはまれ也。まれに仕(し)あてたるを以て上手とすべきや。 醫者(いしや)の あやまりはまれに有物也。 愚者(ぐしや)は一切の事にあやまらざることなし 【左頁上段 図中囲みの題】 色(しき)よく 【遊郭のお座敷】 ▲我身のあしきをいふ人あらば。是こそ我 師(し)也と思ひて近付くべし。我(わが)よきを云(いふ)者 あらば。是わが為にあた成と思ひしりぞくべし。又我いふ事を。それもよし。是も よしといふひとはまじはりてもせんなし。拙(つたな)き者(もの)は必(かなら)ず我あやまちをばかざる故 あしきといふ人をばいむもの也。君子(くんし)はあやまちをかくす事なくはやく改(あらため)て 非(ひ)をなをすといへり。常に人に勝(かた)んと思ふ心を止(やめ)て。わが智(ちへ)のたらざる事を。う れふべし。人のいふ事の合点(がてん)ゆかぬをば返して聞べし。其 理(り)くはしくさとる也 ▲欲(よく)をはなれては世のなかに腹立(はらたつ)事はなき物也。おしやほしやの欲(よく)よりいかりは おこる也。貪欲(とんよく)を止(やむ)る時は一切の苦(く)もやみいかりもやむ物也。一念にいかりを おこせば九ていこうの善根(せんごん)きゆるといへり。しんゐの火は即(すなはち)地ごくの火也 ▲悪としらばわづか也ともなすべからず。小悪をいとはぬ者(もの)は必ず大悪へたつり やすし。たとへば一銭の勝負(せうぶ)を。是はわづかなりとてする者は後は万銭の 勝負をもするがごとし。一善をなす者は必(かなら)ず万善(まんぜん)を思ひ我のみにあらず 人まですぐなる事を願(ねが)ふもの也。心もすなをにして正 道(たう)成こそ人の道也 ▲無理(むり)成おやにてもよくしたがふが子の孝行(かう〳〵)なり。然るに■■へ年 よりたる親をばないがしろにしていふ事をも用ひず万に胆(きも)いらせ。親のひを あげ我手がらをば顕(あら)はすやから数おほし。しかもさやうの者所帯(しよたい)を■持(もち) くづし。其時はかへつて親先祖(をやせんぞ)をもうらむる物也。親を不 孝(かう)せしものは 天 然(ねん)のゐんぐはにて又我子に不孝せらるゝ物なり。父はちゝたらずと云 とも子は子のみちをつくすがまことなり。仏法のなき国にては。父(ふ) 母孝養(ぼけうやう)のくどくを以て仏国へ生るゝといへり。よく〳〵心得べき事也 【右頁上段】 《割書:小野小町|一代由来》七(なゝ)小(こ)町(まち)物(もの)語(がたり)《割書:◯さうしあらひ|◯雨ごひ小町|◯かよひ小町|◯せき寺小町》《割書:◯そとは小町|◯あふむ小町|◯きよ水小町》 【本文】 小町は小野氏(をのうぢ)にて。其 先祖(せんぞ)を尋(たずぬ)れば。孝照天皇(かうせうてんわう)の御 子(こ) 天(あま)の たるひこおしくにの尊(みこと)より傳(つたは)りて。代々 近江(あふみ)の国。志 賀(か)のこほり 小野ゝ里に住(すむ)人也。依(よつ)て氏をかくいへり。父(ちゝ)の名はよしざ◯仁明(にんみやう) 天皇の御時。出羽(では)のぐんじになされたり。小町は其生れつき 誠にようがんびれいにて。色どりかざりをかゝざれ共だん くわの口びる桂のまゆ。かんばせは桃花(とうくわ)のごとく。はだへは 梨花(りくわ)にことならず。尤(もつとも)其時にぬきんでゝ。世上(せじやう)第一の美(び)人 なり。年(とし)若(わか)き人々心まよはずといふ事なく。筆(ふで)に つくし文(ぶん)をかざりて契(ちぎり)をもとむれども。父のぐんじ望(のぞ)み 有けるにや。堅(かたく)せいしてゆるさゞりければ。おのづからつれな かりけると也。元来(もとより)和哥(わか)をよく読(よみ)て代(いろ)々(〳〵)の集(しう)にゑらひ のせられ末(すへ)の世ゝ迄もとめる名をのこせり。小町が娣も能(よく) 哥よめるかし伝記(でんき)に見えたり。古今の序(じよ)に。小野々小町は 古(いに)しへの衣通(そとをり)姫のなかれ也。あはれなるやうにてつよからず。 いはゞよきおうなのなやめる所あるに似たり。つよからぬは。女 の哥なれば成べしと云々。右あらましは本 伝(でん)のをもむき也。 又玉つくり小町とて別人(べつじん)あるよしの説(せつ)あり。くわしく罷しる べき事也。七小町といふは。さうし謡(うたひ)ものなどに 出たる事なれば 只哥物語のたぐひに打任せて。是よりくはしき道に入べしと也 【左頁】 「さうし洗(あらひ)小町」 【上下左右に鉤かっこ付】            むかし大裏(だいり)にて御哥合の有ける           に。小町の相手(あいて)には大友(おほとも)の黒主(くろぬし)を     さだめられて小町には水辺(すいへん)の草(くさ)といふ題(だい)を遣(つか)はされ たり。黒主つく〳〵と思はれけるは。小町はすぐれたる哥の 上 手(ず)なれば。相手にはかなふまじ。何とそして其よむ所 の哥を聞出し。其うへにはからふべしと。小町のやかたに しのび行て立聞をせられしに。小町はかくぞともしらで 明日(あす)の哥 読(よま)ばやと。哥の題(だい)を取出してかくぞ詠(ゑい)ぜられたり 哥【丸で囲む】まかなくに何を種(たね)とてうき草の。浪(なみ)のうね〳〵おひしげるらん と読(よみ)。我ながら出来(でき)たりと悦(よろこ)び。たんざくに写(うつ)されたるを。 黒主物かげより聞すまし。やがて万葉集(まんようしう)にかき入て 置(をか)れけり。かくて翌日(よくじつ)清涼殿(せいれうでん)にて小町をはじめ。凡河内(おうちかうちの) 躬恒(みつね)。紀貫之(きのつらゆき)。壬生忠岑(みふのたゞみね)。左右(さう)にちやくざ有て。おの〳〵 哥を吟ぜられけるとき。小町が哥に過(すぐ)るはあらじとゑいかん【叡感】 ありければ。黒主是は万葉に入たる古哥也とて。すなはち したゝめか書たる本をゑいらんに入られたり。小町はおどろき涙に くれ。万葉集は我もしれるが。いか成家の本ぞやとくりかへし ながめて。此すみ色のあたらしく。文字(もじ)もしどろ成こそふしん に候へ洗(あら)ひて見侍候ふべしとそうもん申 ̄シ やがて御前にてあら はれければまかなくの哥斗。一字も残らず流(なが)れうせたり。 黒主大にはちて。じがい仕るべしと立けるを。御門御とゞめ有て 是皆和哥を大 切(せつ)に思ふより致(いたす)所也とて。却(かへつ)て御かん【感】有けると也 【右丁上段】 雨(あま)ごひ小町 紀貫之(きのつらゆき)の古今(こきん)の序(じよ)に。六人の 哥(うた)のひじりをのせられたり。小町 は其中の一人(ひとり)にて。殊(こと)にめでたき哥よみと也。ある年 天下大ひでりして。三/ヶ(が)月に及(およ)ひ雨のうるほひ無(なか)り しかば。民(たみ)のたねくさもみのらず。君(きみ)も臣(しん)も歎(なげ)きに思召 て。さま〴〵の御 祈(いのり)有けれ共其しるしもなし。かけまくも ゑいりよ【叡慮】止(やむ)事おはしまさず。きじん龍神(りうじん)をなだむるには 和哥の手向(たむけ)にしくはあらじと御せんぎ有て。其比和哥 のほまれ有とて小町をえらひ出されたり。小まちは 心にはゞかり恐(をそ)れ思ひけれども。みことのりを承り て辞(はい)し申にかなひがたく。むかしよりのれい地と聞へ し。しんぜんえんの池の汀(みぎは)にいたり。しばらく礼拝(らいはい)をな して此事かなへさせ給へと心にふかくちかひをなしてよめる 哥【〇で囲む】ことはりや日のもとなれば照(てり)もせめ。さりとては又 天下(あめがした)とは と。詠(えい)じければ此うたのとくによりて。天神(てんじん)地祇(ぢぎ)の御心を やはらげ。龍神(りうじん)もかんおうまし〳〵けん。大きにあめを ふらし。三日三夜におよびければ。久しく照(てり)かはける 国土たちまちうるほひわたりて。草木こと〴〵く 青き色をあらはし。しげりさかへける程に民の歎とゞ まり五 穀(こく)ぶによう成ける也。されば力をも入すして。天地 をうごかし目に見えぬ鬼神(きじん)をかんぜしむことわさは和哥 の道也とつたへり。ひとへに有がたきことどもなり 【右丁下段 小町が池のほとりで歌を詠んでいる】 ことはりや 日の本(もと) なれば てりも せめ さり とては また 天下(あめがした) とは 【右丁】 【見出し】「関寺(せきでら)小町」【上下四隅に鉤かっこ】 栄(さかへ)おとろふ世のならひ四位(しゐの)少将(せうしやう) のむくひの罪(つみ)の身につもりて錦(にしき) のしとねのおきふしを引かへて。関(せき)寺の辺(ほとり)に。はにふのこや をしつらひ住(すみ)けるを。小野ゝ小町とはしる人もなかりしに。 ころは七月七日。せき寺の住僧(ぢうそう)。ちご達をいざなひ。ほしに たむけの哥をよみて。なを山かげの老女(らうによ)の哥道(かだう)をきはめ たるよしを聞て。けいこのために尋ねけるが。小町は思ひも よらぬよし申されけれど是非(ぜひ)としいられて。そのあら ましを申べしと。神代(じんだい)より始(はじま)り。なにはづあさか山のことの 葉(は)は。哥の父母なるよし語(かた)り聞へければ。僧達(そうたち)かんじて 女の哥はまれなるに。老女(らうによ)の事はためしすくなくおぼへ 侍ふとて哥【〇で囲む】我せこがくべき宵(よひ)なりさゝがにの。くもの ふるまひかねてしるしも。といへる哥を尋ねしるゝに小町 答へてそれこそ衣通姫(そとをりひめ)の御哥也。われらも其ながれをくみ侍ると 有ければ僧達聞て。小野小町こそ衣通姫(そとをりひめ)のながれと聞つれ。 是はふしぎの事と思ひ哥【〇で囲む】侘(わび)ぬれば身をうき草のねをたへて。 さそふ水あらばいなんとぞおもふ。といふ哥を尋られければ。 それは文屋の康秀(やすひで)が三河の守(かみ)に成て下りし時。田舎(いなか)にて心 をもなぐさめようと我をさそひし程によみし哥也と申され ければ。僧達 驚(おどろ)き。侘びぬればの哥を我よみたりと承るは扨は 小町にてまし【別本にて】ます折ふし今日(けふ)の乞切尊(きつこうそん)。【「乞巧奠(きっこうでん)の誤記と思われる】たむけのぶがく【舞楽】をなし たまへとてこてふ【胡蝶】のまひをのそみしとなり 【左丁】 「そとは小町」【見出し 上下左右に鉤かっこ】 こまち百(もゝ)とせのうばと成 て都ちかく相坂(あふさか)山。あるひはしが から崎のあたりにはいくはひ【徘徊】し。道行人にものを乞(こひ) 命をつなぐたよりとし。其あり様の哀(あはれ)なる事左り のひぢに古(ふる)きあじか【蕢=竹・葦などで編んだ籠】に青き蕨(わらび)を入てかけ。右の手に やぶれたる笠(かさ)をもち。首(くび)に一ツのふくろには粟豆(あはまめ)のかれ 飯(いゝ)を入てかけ。うしろに一ツのふくろに。あかづきたる 衣を 入ておひ。笠の中(うち)には田の中なるくはいを拾(ひろ)ひもち。 道をたとりてゆきなやめり。有日大きなる卒都婆(そとは)の 朽(くち)たふれたるにこしを打かけて。やすらひゐたる折ふし。 高野山(かうやさん)の僧とをり合せ是を見て。仏体(ぶつたい)をきざめる そとはにこしかけたるこそやすからね。けふけ【教誨】してのけば やと立よりて。是成こつがひにん【乞丐人=こじき】。よの所に休(やすみ)候へ。是は忝く も仏のすがたを写(うつ)したるそとは【卒都婆】也と有ければ小町其そとは の起(おこ)りくどく【功徳】を委(くはし)くとひて。地水火風空(ちすいくはふうくう)の姿(すかた)をあらはせると いふいはれを聞て。我も仏体を得たる者(もの)なれば。何かへだての有 へきと。草木国土(さうもくこくど)しつかい成仏(じやうぶつ)の道理(だうり)を明らかにこたへられければ。 僧(そう)は大きに驚(おとろ)き誠に悟(さと)れる非人(ひにん)也とて。頭(かうべ)を地(ち)に付手を合て 三 度(ど)礼拝(らいはい)をなしいか成人のなれのはてぞと問(とひ)給へば。我は小野ゝ 小町にて侍ふ也。むつかしの御僧のけふけやとて。たはふれの哥に かくぞよまれけるとなり 哥【〇で囲む】極楽(こくらく)の中(うち)ならばこそあしからめ。そとは何かはくるしかるべき 【右丁】 「あふむ小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 陽成院(やうせいゐん)のみかどの御とき殊さら にしきしまの道をこのませおはし まして其比かんのう【堪能】の人々あまたの哥をよませら るれども。いまだ御こゝろにかなふほどの秀哥(しうか)なし爰(こゝ) に小野小町は百(もゝ)とせのうばとなりて関寺(せきでら)のへんに あるよしきこしめされ。かれはならびなき哥の上ず なれば。おもしろき事どもやあらんずらんと。ゑいりよ【叡慮】 をめぐらされ。まづ御あはれみの哥を下され。其へんか【返歌】に よりて。かさねて題(だい)を下さるべきとのせんしにより。 ちよくし小町のいほりにいたり。其をもむきをのべられ 御あはれみの御(ぎよ)せいをしめさるゝその御哥に 哥【〇で囲む】雲のうへはありし昔(むかし)にかはらねど見し玉だれの内やゆかしき 小町有がたくてうだいありてみかどの御哥をよみかへし侍(さふ)らはゞ はゞかりおほし。一 字(じ)の返哥をつかふまつるべしとて 返【〇で囲む】雲の上は有しむかしにかはらねど見し玉たれのうちぞゆかしき とよみたりければちよくしも大きにかんじ給ひ。凡(をよそ)三十一字見える をつらねてだに心のたらぬ哥もあるに一字の返哥といふ事は 誠(まこと)に妙(たへ)【「丹」に見えるが「妙」の略字と思われる。】なる哥よみ也。しかし哥のていにか様の事やあると 尋給ひければ。小町こたへて。されはとよ此ていをあふむか へしと申也 抑(そも〳〵)あふむといふ鳥はもろこしの名鳥(めいてう)にて人の 詞をさへつり。何そととへば何ぞとこたふ。されば此返哥をば。 あふむがへしと名付るなりとそ申されける 【左丁】 「清水(きよみつ)小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 小町はかくていく程なく世を去 て其名のみよに残れり。とくに 陸奥国(むつのくに)衣(ころも)の関(せき)の上人 諸国(しよこく)あんぎや有ける比。 都清水(みやこせいすい) 寺(じ)にさんけいしかなたこなたをながめ。音羽(をとは)のたきにいたり て古言(ふること)を思ひ出て。誠や此音羽の瀧にてをのゝ小町 哥【〇で囲む】何をして身の徒(いたづら)に左(たかひ)にけん瀧(たき)の景色(けしき)はかはらぬものを と。都のほとりを物に狂(くる)ひさまよひありきて読(よま)れけるは。今 の様に覚(おぼ)えていたはしくなどゝくちずさみ。かんるいをもよほ されければ。小まちのゆうれいこつせんとしてあらはれ出。 やさしき旅(たび)の御 僧(そう)やな。そのうたをうけたまはればわらは もそゞろあはれにさふらふなりそれにつき。市はら 野(の)と申所に小町の塚(つか)の候なりあはれたちこへて【出かけて行って】 あとをもとふらひ給へかしとありければ上人よろこび それこそ愚(ぐ)そうがのぞみにて候へ。みちしるべして たびたまへと市はら野にいたり。是こそ小町のつか にておはしませ。よく〳〵とふらひたまへとてかきけし て【ふっと消え】失(うせ)にけり。上人さては小町のゆうれいなりけるかやと いよ〳〵かんるいきもにめいじ。よもすがら御 経(きやう)どくじゆ【読誦】 し。有がたき御法(みのり)をのべて念比(ねんごろ)に弔(とひ)【「吊」は「弔」の俗字。「とふ(問う)」に「とむらう」の意あり。】給ひしが。其 夜(よ)の夢(ゆめ)に 小野ゝ小町 四位(しゐの)少将二人共に仏果(ぶつくは)【注】を得てれんだい【蓮台】のうへにがつ しやうしこんじきのひかりをはなちてとそつてん【兜率天】に とびさりたまふと見たまひしと也有がたき次第なり 【注 仏道修行という原因によって得られる成仏という結果。】 【右丁上段】 色(しき)紙(し)短(たん)冊(じやく)之(の)書(かき)様(やう) 同寸法 【四角枠内 縦書き部分】 竪 大  六寸四分   小 六寸 【四角枠内 横書き部分】 横 大小共に   五寸六分 【四角枠の下】 此色紙の図は 三光院殿(さんくわうゐんでん)御説也 【四角枠左】 ○御宸筆(こしんひつ)の短尺(たんじやく)ははゞ二寸長壱尺一寸八分 ○御製(ぎよせい)を平人の書時ははゝ一寸九分八分にも長一尺一寸六分 ○平人短尺ははゞ一寸八分長一尺一寸五分又一寸六分一分二分も △短冊(たんさく)に哥書様の事三つに折て三つ折の上の  折目の上一字あけて書始書留りは下七分あく様に  書留ル下の句は上の句に一字さげて筆を立て留は  上の句の留と同じ名有時は上の句の留りに一字上にて留 【四角枠右】 ○此折目の一字上より書始也 【四角枠内】 ほの〳〵とあかしのうらの朝霧に  しまかくれ行舟おしそ思ふ 【四角枠右】 ○題(だひ)有哥 《割書:若題あらば上の端より三分程を|明《割書:ケ》題(だい)を書上の折(をり)めより三分明哥を書《割書:ク》》 【四角枠内】 千代 我道をまもらば君を守るらん    よはひやゆづれ住吉の松 定家 【右丁下段】 源氏(けんじ)六十 帖(でう)目録(もくろく)《割書:并ニ本哥|五十四首》 きりつぼ  せきや   まきばしら  しゐがもと はゝきゝ  絵あはせ  梅がえ    あげまき うつせみ  松かせ   藤のうらば  さはらび 夕がほ   うす雲   わかな    やどり木 若むらさき 朝かほ   同下之巻   あつまや 末つむ花  おとめ   かしは木   うき舟 紅葉のか  玉かづら  よこぶえ   かげろふ 花のゑん  はつね   すゞむし   手ならひ あふひ   小てふ   夕ぎり    夢のうき橋 さか木   ほたる   みのり    山路の露 花ちる里  とこなつ  まぼろし   けい図 須磨    かゝり火  にほふ宮   目安 あかし   野あき   かうばい   同中の巻 みほつくし みゆき   竹かは    同下の巻 よもきふ  藤ばかま  はしひめ   引哥 【左丁下段】  桐壷(きりつほ) いとき   なき 初(はつ)もと  ゆひ   に ながき  よを 契(ちぎ)る   心(こゝろ)は むすび  こめつや 【右丁上段】 ぎをん御こしあらひ 【右丁下段】 【見出し】 きりつほ【源氏香の図 注】 【見出し下より本文】 此きりつほの巻は巻の中のこと ばをとりて名(な)としたるなり。きり つほとは大内(おほうち)にある御殿(ごてん)の名なり。その桐つほに ゐ給ふ更衣(かうい)なれはきりつほの更衣と申也。更衣 とは后(きさき)につぎたる女官(によくはん)にて此女官の御局(みつほね)にて みかどつねに御衣(きよい)をめしかゑ給ふ。更衣とはころも かゆるとよむゆへになつくるなり。此更衣はみかど 御てう愛(あひ)あさからす此御はらにいてき給ふ御子を 光源氏(ひかるけんし)の君と申なり此巻には更衣をみかと の御てうあひふかくありて。ひかる源氏のうまれ 給ふのちふかく煩(わつらひ)給ひてついにかくれ給ふ也又源氏 十二歳の御とし御元服(こけんぶく)まし〳〵て左大臣(さたいしん)の 御むすめあふひのうへと御こんれいの事まで ありみかとの御哥に○いときなきはつもともとゆひ にながきよをちぎる心はむすひこめつや○此 心はけんぶくの時の髪を紫(むらさき)のくみたるいとにて結(ゆ)ふ これをはつもとゆひといふなり。なかきよをちぎる 心とはあふひのうへをこよひ御そひぶしにとの心は むすびこめよとなり○源氏十三四五歳の御 としのことも此巻にこもりてあるなり 【左丁上段】 ぎをんのすゞみ床 【左丁下段】 箒木(はゝきぎ) 数(かず)ならぬ ふせ屋に おふる なの うさに あるにも あらで きゆる はゝきゞ 【注 源氏香の図があるのは違っている。源氏物語五十四帖のうち、最初(桐壷)と最後(夢浮橋)の巻は源氏香の図が無い。】 【右丁上段】 【見出し】祇園會(きをんゑ)行烈(ぎやうれつ)之(の)図(づ) 【小見出し】長刀鉾(なきなたほこ) 四条通 烏丸(からすまる)の東(ひかし) 東洞院(ひかしのとい)の西より出る也 〇此長刀は三条 小鍛冶宗親(こかぢむねちか)が              作 実(み)の長《割書:サ|》四尺 心(なかこ)壱尺 惣(そう)寸五尺なり。此長刀あらたにして 疫病(やくびやう)瘧病(をこりやみ)に戴(いたゞ)かする時 平念(へいゆ)する事 忽(たちまち)にしてさま〴〵霊験奇瑞(れいけんきずい)多(をゝ)し 中ご短(みじか)くて難義(なんぎ)なる故 法橋(ほつきやう)和泉守(いつみのかみ)来金道(らいきんみち)寄進(きしん)仕《割書:リ|》 長《割書:サ|》八尺実(み)四尺 心四尺なり 古釼(こけん) 納置(をさめおき)近代(きんたい) 此長刀を鉾に用る也 【右丁下段】 「はゝ木々【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は哥の詞をもつて名つけ たる也。光源氏の十六歳のとき。 御うちの人いよの介(すけ)といふものゝ家(いゑ)。中(なか)川といふに 御いでありて。ひうかにいよの介がつまうつせみの君 のもとへ忍ひて逢(あひ)給ひてのち。うつせみの弟小君(こきみ)と いふを御 使(つかひ)にて御みつかはされけれ共。うつせみは 世のきこえ身をはぢてかくれて逢たてまつらす その時けんしよみてやり給ふ〽はゝきゞの心もし らでそのはらのみちにあやなくまどひぬるかな 此哥のはゝ木ゞといへるは美濃(みの)の国と信濃(しなのゝ)の【送り仮名の重複】国 の境(さかひ)に。そのはらふせ屋といふ所(ところ)に木あり。其木を とほくよりみれは箒(はゝき)をたてたるやうにて近(ちかつき)て みれはそれににたる木もなし。それゆへありとみて あはぬ心にたとへていふこと也。哥心は。はゝ木々を有 と思ひて立(たち)よりてみれは。みうしなふといゝならはし たるに。いまうつせみを見うしなひたるよとの心也。 うつせみかへし〽かすならぬふせ屋におふる身のう さにあるにもあらできゆるはゝ木々〇此心はかすなら ぬわかいやしき身なれ共。さだまりたるつまあるゆへ。 あるにもあられすかくれたるといへる心なり 【左丁上段】 【小見出し】天神山【▢で囲む】 油小路(あふらのこうち)   綾(あや)小路の    南より出る 〇天神は 菅丞相(かんしやう〴〵)の 霊(れい)なり 【小見出し】傘鉾(かさぼこ)【▢で囲む】四条 西洞院(にしのとい)の   西より出る 〇此 赤熊(しやぐま)を着(き) 棒(ぼう)ふりは昔(むかし)より 今に至(いたり)壬生村(みぶむら)の者毎年 出る役(やく)なり 【小見出し】太子山【▢で囲む】油小路高辻の 〇六 角堂(かくだう)の                北より出る はじめは林(はやし)なりしを 聖徳太子はだの 守(まも)り【いつも肌につけておく守り】をかけ ゆあみし給ひし故事也 【左丁下段】   空蝉(うつせみ) うつ  せみ   の 身(み)を  かへて   ける 木(こ)の   もとに 猶(なを)人がらの  なつ   かしきかな 【小見出し】函谷(かんこ)鉾 四条室町の東より出る 〇此 因縁(いんえん)はもろこしの 孟嘗君(まうしやうくん)秦(しん)の 兵(つはもの)に おそはれて夜中に函谷(かんこく)と いふ関(せき)所を通り鶏(にはとり)のまねをして 難(なん)をのがれし故事なり 【小見出し】木賊(とくさ)山【▢で囲む】 五条坊門油小路の東 ̄ヨリ        出 ̄ル 〇此山の気色(けしき)は 仲正の哥に  とくさかりそのはら山の木間(このま)より  みがゝれ出る秋のよの月《割書:此哥の心也》 【小見出し】孟宗(まうそう)山【▢で囲む】 烏丸四条北 ̄ヨリ                      出 〇俗に筍(たかんな)【「笋」は「筍」に同じ】山と云 此山は二十四孝にのする 孟宗孝行によつて寒中(かんのうち)に雪の中より 竹の子を取て母にあたへし古事也 【小見出し】白楽天(はくらくてん)山【▢で囲む】 室町通四条 ̄ヨリ 壱丁南松本町より出 ̄ル 道林(だうりん)禅師 楽天(らくてん)と ほうもんのてい也 【右丁下段】 「うつせみ【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は哥の詞をもつて名つけたる なり。源氏十六歳の夏のころ。 うつせみの君のつれなきに猶心をかけ給ひて。うつ せみの弟小君とひとつ車にしのひめしていよの介か もとへかくれ入給ひて見給ふに。うつせみはのきばの荻 といふうつせみのまゝ子と碁(ご)をうちてゐたり。碁 をうちしまひたる後のきばの荻(をき)とならびねたる 所へ。源氏の君忍ひより給ふ。おとをきゝてうつせみ きたるきぬをぬぎすてゝ出たるを。源氏はそれと しり給はす。思ひがけなきのきはの荻にあひて。 かへりさまにうつせみのぬきをけるきぬをとりて かへりてよみ給ふ〽うつせみの身をかえてげ【ママ】る木(こ)の もとに猶人がらのなつかしきかな。此哥の心は。 蝉(せみ)といふものはきぬを木のもとにぬきをく物 なり。身をかふとは蝉のもぬけにたとへ。人がらとは せみがらによそへてかのぬぎをきしきぬになぞ らへて。うつせみの君をなつかしく思ふとの心也。 かへしの心に〽うつせみの羽(は)にをく露(つゆ)のこがくれて しのひ〳〵にぬるゝ袖かな。此心は世間(せけん)を思ふゆへ あひがたけれ共。人しれす袖をしほるそとの心也 【左丁上段】 【小見出し】菊水(きくすい)鉾【▢で囲む】室町四条の北より出る 〇此因縁は費長房(ひちやうばう)の 告(つけ)に任(まか)せて九月九日に 赤(あか) ̄キ 袋(ふくろ)に茱萸を入て ひぢにかけ高き所に上りて 菊花の酒を呑(のみ)て災難(さいなん)をのがれし古事也 【小見出し】飛天神(とひてんじん)山【▢で囲む】錦(にしきの)小路新町の東より出 ̄ル 〇此山は菅丞相(かんしやう〴〵)つくしの 大宰府(だざいふ)におはします 時 古里(ふるさと)の梅 東風(こち)ふかばの 御詠哥(こゑいか)に梅つくしへ飛しゐんえん也 【小見出し】蟷螂(かまきり)山【▢で囲む】西洞院(にしのとい)四条の北より出 ̄ル 〇此山は蟷螂(たうらう)が斧(をの)を もつて立車にむかふ ごとしといふ斉(さい)の荘公 の古事をつくれり 【小見出し】芦刈(あしかり)山【▢で囲む】綾(あやの)小路油小路の東より出る 〇此山は昔(むかし)津の国くさかの 里(さと)に左衛門といひし 人わびて夫婦(ふうふ)相わかれ 芦をかつてうりたるといふ古事也 【左丁下段】   夕顔(ゆふがほ) よりて   こそ それ  かと    も 見め  たそ かれに ほの  〳〵  みゆ【ママ】る 花の  ゆうがほ 【右丁】 【小見出し】鶏(にはとり)鉾【▢で囲む】四条の南より出る  此 鉾(ほこ)唐土(もろこし)尭(けう)の御代に訴(うつたへ)あらん者は この太鼓(たいこ)を打べし王直に聞 べしとて出しをかる 民(たみ) 其御心ばせをかんじて 終(つい)に公事(くじ)ざた【訴訟事件】なくおさまり太鼓うつ者も なくこけむして太鼓に鶏すをくいたると也 【小見出し】山伏(やまふし)山【▢で囲む】  室町錦小路北より出る ○此山は大みね  入の体【躰】なり 【小見出し】琴破(ことはり)山【▢で囲む】綾(あや)小路新町の西より出 ̄ル ○此山は戴安道(たいあんだう)王晞(わうき)【「睎」が用いられているが、正しくは「晞」】が  使者にむかつて  琴をわりし      いはれなり 【小見出し】花盗人(はなぬすひと)山【▢で囲む】東洞院松原の北 ̄ヨリ出 ̄ル ○此山のいはれほうしやう  五郎と云一説にかぢはら  源太ゑびらの梅を折すがた共云 【右丁下段】 「ゆふかほ【源氏香の図・注】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は歌の詞をもつて名と せり源氏の十六歳の夏より 十月まてのことをしるす。源氏六条のみやす所 のもとへ忍ひてかよひ給ふ道のほど。五条あたり を通り給ふに。ちいさき家にゆふかほの花のさき かゝりたるをなにの花そと問(とひ)給へは。内より白き あふぎにたき物の匂ひあるに。哥を書てたて まつる〽心あてにそれかとぞみる白露の光(ひかり) そへたる夕かほの花○此心はをしあて【当て推量】に源氏 の君にてましますよと。すいりやうして みれは。夕かほの花の光もひとしほそひ たるといふ心也けんしの御哥に〽よりてこそ それかともみめたそかれにほの〳〵見ゆる 花の夕かほ○此心はちかくへよりてこそ何とも 見わくへきに。よそめはかりにて夕かほとさた めたるはふしんなり。とかくしたしくなり たきといふ心也。それよりをり〳〵かよひ給ふ。 源氏のすみ給ふ所へむかへんと思召折ふし。かの 六条のみやす所のおんりやうあらはれて。 夕かほのうへをそはれむなしくなり給へり 【左丁上段】 【小見出し】月 鉾(ほこ)【▢で囲む】 四条新町の東より出る ○此鉾は 三日の月也 【小見出し】傘鉾(かさほこ)【▢で囲む】 綾の小路 新町の東より出る ○せんぢやうしの  かさぼこといふ 是も壬生(みぶ)村より役者(やくしや) はやし方の子共迄毎年出る 【小見出し】郭巨(くはつきよ)山【▢で囲む】俗に釜(かま)ほり山といふ 四条西洞院の東より出る ○此山の因縁(ゐんえん)は 郭巨といふ人母に孝 行成様。我(わが)子をうづまんとせしに 金の釜をほり出せし所なり 【小見出し】占出(うらで)山【▢で囲む】俗にあゆはひ上らう                     といふ ○神功皇后(しんくうくはうごう)三かん たいぢの時あゆを釣(つり)給ふ所也 【左丁下段】  若紫(わかむらさき) 手(て)につみ    て いつし  かも  みむ むら  さき    の ねに  かよひ     ける 野(の)べの  わかくさ 【注 夕顔の図ではない。正しくは、右から二番目と三番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】 【右丁上段】 【小見出し】放下(はうか)鉾【▢で囲む】 新町四条の北より出る ◯此鉾は 放下(はうか) 師(し)の 人形あり 【小見出し】磐戸(いはと)山【▢で囲む】新町五条坊門の南より出る ◯此山の由来は天照太神そさの おの尊(みこと)悪逆(あくぎやく)をなし 給ひし時 天(あま)の 岩戸(いわと)に入 給ふていなり 【小見出し】船鉾【▢で囲む】 ◯此鉾の因縁は仲哀(ちうあい)天皇 三韓を攻(せめ)させ給ひけれ共 利なくして帰らせ給ひしを 重(かさね)て皇后(くはうごう)むかはせ給ひ こまの国を打した かへ給ひ高麗(かうらい) の王は日本の犬也 と石壁(せきへき)に書給ふてい也 【右丁下段】 【見出し】「わかむらさき【別本にて】【源氏香の図】【見出し語の上部左右に鉤かっこ】【見出しを▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つきたり。 源氏十七歳の三月よりふゆ まてのことをしるす。源氏おこり【熱病の一つ。】をわつらひ給ひ 北山の僧都(そうづ)のいのりかぢのため尋をはしける ついてに。女子の十はかりなるかすゞめ子をにがし たるをなきて立たるがうつくしかりしを見そめ 給ひし。これ紫のうへ也是はおこりのかちせし 僧都のあねの孫(まこ)父(ちゝ)は兵部卿(ひやうぶきやう)の宮。藤つぼのみやの めいご也。もとより藤つほと源氏と蜜通(みつつう)ありし ことなれは。そのゆかりとおほし召て。ついに源氏の むかへ給ひやしなひてふかき中となり給ふ。歌に 〽てにつみていつしかもみん紫のねにかよひける のへのわかくさ◯此心は今紫のうへおさなけれは。 いつかおとなしくなり給ひてわかものにせんとの 心也。紫のとは古哥に紫の一もとゆへにむさし のゝ草はみなからあはれとそみるといへる本哥 の心に。藤つほと源氏との中のゆかりなれば ねにかよひけることよまれし也。紫のうへのいと けなくてうつくしけれは。そたち給ふ行すへを をおほしめす心なるへし 【左丁上段】 【見出し】十四日山之次第【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 【小見出し】橋弁慶(はしへんけい)山【▢で囲む】四条坊門室町の東                        より出 ̄ル ◯此山は源の牛若 むさし坊弁慶五条のはし の上にて武芸(ふげい)をいどみける姿也 【小見出し】役行者(えんのきやうじや)山【▢で囲む】 室町三条の北より出 ̄ル ◯此山は役小角(えんのせうかく)かづらき山 にて鬼神をしたがへ給ふてい也 【小見出し】黒主(くろぬし)山【▢で囲む】室町三条の南より出 ̄ル ◯此山は大 伴(とも)の黒主其さま いやしげに薪(たきゝ)おへる山人花の陰に 休めるがごとしと此心成べし 【小見出し】鈴鹿(すゝか)山【▢で囲む】烏丸三条の北 ̄ヨリ出 ◯此山はすゞかの立ゑぼしと いふ鬼を退治したる さまをつくれり 【小見出し】悪(あし)ふさふ山【▢で囲む】六角烏丸の西より出る ◯此山は宇治川にて 三井寺の一来法師 筒井(つゝゐの)淨妙がかうべゝ 乗(のり)またぐかるわざの所也 【左丁下段】  末摘花(すえつむはな) なつかしき   色(いろ)とも なしに  なにゝ   この す衛(え)  つむ はなを  そでに ふれけむ 鯉山【四角で囲む】室町六角の南より出る ◯此山は (五行目)八幡山【四角で囲む】  町三条の南より出 ○源氏 鉄壱山 【見出し】「もみちの賀【源氏香の図・注②】」【▢で囲む】 此巻は詞をとりて巻の名と せり。源氏十七歳の十月より 十八歳の七月まてのことあり。紅葉の賀とは 比しも十月なれは紅葉をもてなして御 賀(が) あり。賀(〝)とは天子四十にならせ給ふ時をいはひて をこなはるゝこと也。さて此賀にはもみちのもと にて伶人(れいしん)【雅楽師】の舞あり。殿上人(てんしやうひと)みやたちも其き りやう【才能】あるは舞給ふ。源氏はせいがいはといふ曲(きよく)を 舞給ふ。そのおもしろさにみな人かんにたへたり。【深く感動する】 巻の詞に。こだかき紅葉のかけに四十人かいしろ。【注①】 いひしらす【何とも言えない】吹たてたるものゝねともあひたる松 風まことのみやまおろしと聞えて。吹まよひ辺 辺にちりかふ木の葉の中より。青海波(せいかいは)のかゝ やき出たるさま。いとおそろしきまてみゆ。かさし の紅葉いたうちりへたるなとあり。けんしの哥 〽物思ふに立まふへくもあらぬ身のうでうちふり し心しりきや◯心はわか身物思へは立出ん 心もなかりしに。たゝ藤つほにみせ奉らせ給ふへき とのみかとのおほせありしによりずい分舞の手 をつくししくなりさやうの心をしり給ふかと也 【注① 舞楽、特に青海波(せいかいは)の舞のとき、立ならんで笛を吹き、拍子をとる人々の作る円陣。垣のように舞人をとり囲むからいう。】 【左丁上段】 【見出し】「女謡(をんなうたひ)教訓(けうくん)絵抄(ゑせう)  」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこ】 湯谷(ゆや) ゆやは平宗盛(たいらむねもり)公 召(めし)つかひの女なり湯谷(ゆや)が老(らう) 母(ぼ)ふる里より逢(あい)たきよしにて朝(あさ)かほといふ女に みを上し暇(いとま)を乞(こひ)候へ共宗盛公よりいとま出ず 清水寺の花見に同し車(くるま)にて参詣(さんけい)有しに 花もさかり成しに湯や一 首(しゆ)つらねし哥に ○いかにせん都の春もおしけれどなれし東(あつま) の花やちるらん 此哥のさまあはれにおぼし めし御 暇(いとま)たびてげりゆやはうれしく又もや 都に御供して御意のかはるべきやとすぐに東に にかへりしなり。哥の徳かう〳〵のとくなり 【左丁下段】   花宴(はなのえん) いづれ   ぞと 露(つゆ)の  やど   りを わかん  まに こさゝが  はらに 加 勢(せ)も  こそふけ 【注② 紅葉賀の図ではなく、薄雲の図。正しくは、右から一番目と三番目と四番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】 【右丁上段】 感(かん)【「咸」とあるところ】陽宮(やうきう) かんやう宮(きう)は秦(しん)の帝(みかと)の時。はんゑきと云者(いふもの)の 首切取(くびきりとり)来へしと高札(たかふだ)打給ふ。爰(こゝ)にけいか。しんふ やうといふ者二人帝を殺(ころ)し奉らんと。はんゑきが 首を取二人かんやう宮へ上る帝それ共しろし めさず【理解せず】首じつけんなされしに。二人の者つるぎ を出し帝(みかと)を手ごめになせし時。帝仰には后(きさき)の の内 花陽夫人(くわやうぶにん)とて琴(こと)の上手有。しばし暇(いとま)をゑさせ よ。琴(こと)を聞事一日もおこたる事なしけふは聞ず。琴 を聞たしと有ければ。しばらく夫人(ふにん)琴たんじ【弾じ】給ふ ひきよく【秘曲】をつくし給ふ内。 帝(みかと)手ごめをとき二人共に 討給ふ。琴のとく万金にもかゑがたしとかや 【右丁下段】 【見出し】「花のえん【源氏香の図】」【見出し語の上部左右に飾りかっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とせり 源氏十九歳の春のことなり。 大内【内裏。「大」は美称】の南殿(なんてん)の桜のさかりに花の御あそびあり。 花のもとにて詩(し)をつくり給ふ。その夜大内の藤 つほといふきさきのゐ給ふあたりを忍(しの)ひありき 給ふに。たれともしらぬわかき女の声にて。おぼろ 月夜にしく物そなきとうたひけるに。源氏いひ より給て。わかれに扇をとりかえて帰給ひし也 哥に〽いつれぞと露のやどりをわかんまにこ ざゝかはらに風もこそふけ○此哥はおぼろ月夜 の哥に。うき身世にやがて消なはたつねても 草のはらをはとはしとや思ふ。とよみ給ふかへし の哥也。いつれそとの心は。いつれそと尋んほとも猶 おほつかなかるへし。ましてやとりをたつねんとする ひまには。こさゝかはらに風ふきて。露のちり うせることくさはかしく。あふこともかたかるへしと。 名を問給へとも名のり給はねはかくよみ給ふ也。 此朧月夜(おほろつきよ)のことゆへけんしすまへうつり給ふ也。 巻の心はおほろ月よの君。かる〴〵しく独(ひとり)ありき 給ふゆへにかゝることありと。女のいましめにかけり 【左丁】 百万(ひやくまん) 百万といふはならの都(みやこ)の人なり。百万のひとり 子を和州吉野(わしうよしのゝ)ゝ【送り仮名の重複】人 南都(なんと)西大寺(さいだいじ)の辺(へん)にて拾(ひろ) ひし也。此子をさかの大念仏に参りし時つれ立 行しに。物くるひの女来りさま〴〵に狂(くる)ひし をいか成人と尋しに。我は奈良の都百万といふ 女也とこたふ。それは何ゆへ狂人(きやうじん)と成たるよし 尋ねければ夫(つま)には死(し)して別(わか)れ。ひとり有み どり子にはなれてくるふよしいひしに彼 拾(ひろ)ひ し子の母にてあれば渡しかへしぬ悦(よろこ)びつれかへ りし也 誠(まこと)に物にくるふほどに。親のじひあれば 子としてはをやを大せつにし孝行(かう〳〵)をつくすべし 【左丁下部】   葵(あふひ) はかり  なき 千尋(ちひろ)【きわめて深い】   の そこの みるふさ【海松房(みるぶさ)】    の おひゆく  すゑは 我(われ)のみぞ    見む 【右丁】 道成寺(だうじやうじ) 道成寺(だうじやうじ)鐘(かね)のくやう有しに。女きんぜい【禁制】と有(ある)所に 白拍子(しらひやうし)の女参りしを寺僧(ぢそう)共舞をまはせ其 替(かは)り にくやうの場(ば)へ入れ しかば。彼(かの)女此 鐘(かね)うらめしやとて 引かづきぬ。此いはれは昔(むかし)真砂(まさご)の庄司(しやうじ)といふものゝ 息女(そくぢよ)くまの参りの山 伏(ぶし)。庄司もとにとまりし。度(たび) 毎(ごと)に。つまに持(もつ)べきなどたはふれ置(をき)しが。ある時 山伏又とまりし夜 彼女(かのむすめ)夜 更(ふけ)てねやに来り。急(いそ)ぎ 我をつれ行 妻(つま)にし給へといふ。山ぶし驚(をどろき)夜ぬけ にして道成寺へかけ入かねの内にかくれぬ女 跡(あと) をしたひ追行一念のどくじやと成山ぶしを取ころし ぬ。か様成一念は親への不 孝(かう)たしなむべき事なり 【右丁下段】 【見出し】「あふひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこし全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名つけたる也 源氏廿一歳より廿二まての事 あり。けんしの北のかたをあふひのうへといふ。かもの まつりを見に出給ふに御車のたて所【たてど=たてるべき場所】を御ともの 人〳〵あらそひて。六条のみやす所の御車をうち そんじなどせしより。加茂のまつりの車あらそひ といふ也。そのうらみにものゝけとなりてあふひの うへそのとしの八月にとりころされ給ふ也○【別本にて】かもの まつりの日源の内侍(ないし)源氏によみてたてまつる歌 〽はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの けふをまちける○此心はその日けんしは紫のうへと 同車(とうしや)にて出給ひてけれは。あふひをあふ日にとりて けふ君にあはんと神のゆるしをまちけるに。人 と同車し給ふゆへにけふをまちしかひもなき ことなりとよめり○けんしの哥に〽はかりなき ちひろのそこのみるふさのおひ行末は我のみ そみん○此心は紫のうへの御ぐしをとり上給ふ。 御かみのうつくしきは。みるふさといふ海にある藻(も) のごとく也。猶此うへいかはかりなかくおひそへん其 ゆく末はけんしのみ見たまはんそとの心なり 【左丁上部】 籠太鼓(ろうたいこ) 籠太鼓(ろうたいこ)は。松浦(まつら)の何某内(なにがしのうち)清次といふ者(もの)他所(たしよ)にて 口論(こうろん)して敵(てき)を討(うち)帰りしに。人をあやめしとが人 とて籠(ろう)に入置しに。ぬけ出見えざりし故。清次か 女房其 替(かは)りに籠(ろう)に入れ置れしに。番(ばん)の者 報(つぐこと)を かけて一時かはりに番(ばん)をする。女 狂気(きやうき)に成しを 松浦(まつら)不 便(びん)に思召。籠よりたすけ。出候へと有しに。妻の 替(かは)りに入し事なればとて。出ざりし心ざしをかんじ いよ〳〵たすけられ。夫(つま)のあり所を語り候へ。夫もろ ともたすくべきよしありがたし。今こそつまの あり所あらはし。二たびめぐりあひちぎりし也。 女のおつとを大せつにしたる徳なりとかや 【左丁下段】   榊(さかき)  神垣(かみがき)    は しるしの  杉(すぎ)も なき  ものを いかに  まがへて おれる  さか木ぞ 【右丁上段】  ともえ 巴(ともへ)といふは。木曽義仲(きそよしなか)公の召(めし)つかひの女也。木曽より 旅僧(たびそう)【行脚僧】の出。江州(こうしう)あは津が原にて巴のゆうれいに あひし諷(うたひ)【注】也。義仲あは津が原にて討死(うちじに)の時。巴を 近付(ちかづけ)此守り。小袖を木曽に届(とゞけ)け【送り仮名の重複】よ此旨をそむか ば主従(しゆじう)三世の契(ちぎり)たへながく不孝とのたまへば。 巴ともかくもとぜひなく御前を立見れば敵(かたき)の 大ぜい。あれは巴が女 武者(むしや)。あますまじと手し げくかゝれば。一 軍(いくさ)うれしやと切立。八方 追(おひ)ちらし 立帰り見奉れば。はや御じがい有御枕の程に御小袖 守りを置給ふ。巴なく〳〵給り木曽をさして落(おち)行ぬ。誠に 男にもまれ成 忠心(ちうしん)也よく主(しう)をたつとむべし 【注 「諷」に「うたう」の意はないが、この字は「風」に通じていて、「風」に「うた、うたう」意があることから「諷」を「うたひ」と読ませたものと思われる。】 【右丁下段】 【見出し語】「さか木【源氏香の図】【見出し語上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥々をもつてなと する也。源氏廿二歳の九月より 廿四歳の夏まてのことをかけり。六条のみやす所 の御むすめさいくうといふになりていせへくたり 給ふに。みやす所もともなひ給ふ。まつのゝみやにて 物いみして行給ふを。源氏さすかわすれもはて 給はす。いせまてくたり給ふ御なこりおしみに 忍ひてのゝみやまてまいり給ふ時みやす所の御 哥〽神垣はしるしの杉もなき物をいかにまか えておれるさか木そ○此心は古哥に。わか庵(いほ)は三わ の山もとこひしくはとふらひきませすきたてる門(かと)。 此哥をとりて。のゝみやの神垣には三わのことくしる しの杉もなきに。いかに思ひまかへてこれまては 御出ありけるそとの心也。源氏のかへしに〽おと め子かあたりと思へはさか木はのかをなつかしみ とめてこそおれ○此心はみやす所のおはしますを よくしりてこゝまてはまいりたれとのこゝろなり。 巻の詞にもさか木の枝をいさゝかおりて持給へ けるとあるをとりあはせてまきの詞とせり此巻 一名には松からし島ともいへり 【左丁上段】  雲雀(ひばり)山 雲雀(ひばり)山といふは。大和 紀(き)の国のさかい也。こゝに南都(なんと) 横萩右大臣豊成(よこはきうたいじんとよなり)公の姫君(ひめきみ)。中将姫と申あり。此 ひめ君。去(さる)人のざんげんによりて。雲雀(ひばり)山にてうし なひ【「棄て」或は「殺せ」】申せと有しを。里(さと)人いたはり。柴(しば) の庵(いほり)をむすび。入 置まいらせし。御めのと付そひいたはりしに。此めのと 秋は草花(さうくわ)を取て里に出 往来(ゆきゝ)の人に代(しろ)なし。【代価を得】姫 君をすごしまいらせし。程ふりてひばり山の辺(へん)にて 豊成公に。めのと花売(はなうり)に出てあひまいらせしに。姫 君の事此へんにいたはり置し由。御なつかしく思召 則尋あひ給ひ一ツこしにのせ御帰りありしと也。誠に 心はたんりよにもつましき物なりとこそ 【左丁下段】  花散里(はなちるさと) たち  ばなの 香(か)を  なつ  かしみ ほとゝ  ぎす 花ちる  さとを 尋(たづね)てそ    とふ 【右丁上段】  松(まつ)の山鏡(やまかゞみ) 松(まつ)山 鏡(かゞみ)といふは越後(ゑちご)の国。松の山家(が)にすむ人 そひなれし妻(つま)にはなれしが。息女(そくぢよ)ありしに。 此母むすめに死後(しご)に鏡一 面(めん)かたみに見よとて 残(のこ)しあたへけれ。うせし跡にて此 娘(むすめ)。かゞみに向(むか)へは 母の見え給ふ。母のじひ有 難(かた)き事よとかゞみに むかひこひしがりしを。父此よしを聞ふしきに思ひ。 かゞみにむかひ見ればさはなし。山 家(が)のこと なれば。かゞみなき里にて。此むすめ。はゝに よくにたりしゆへ我むかへは母とがてんし てけり父此わけをいひきかせ。ともに涙を もよほしけり。誠に哀といふもおろか也 【右丁下段】 【見出し】「花ちる里【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とせるなり。 源氏廿四歳五月の事也。源氏 中川のわたりへ忍ひてありき給ふ道に。ちいさき家 にてことをしらべておもしろく引ならす音。みゝ にとまりて。もと過給ひしことを思し召いで哥を よみていれ給ふ〽をちかへりえそしのばれぬほと とぎすほのかたらひしやとの垣(かき)ねに○此心は をちかへりはいくかへりともなく心也。もとかよひし所 なれば。ずい分かんにんしてすぎんと思へとも。たえ かたく思ふよと也。さてそれより入給ひて。昔(むかし) いまの御物かたりありけるに。ほとゝきす又鳴けれは よみ給ふ〽たちはなのかをなつかしみほとゝぎす 花ちるさとをたつねてそなく○此心は。たち はなのかはむかしをしのばるゝもの也。この人 ならではむかしの事かたりあひなくさむへき人 なし。それをなつかしく思ひてたつねまいりたるは ほとゝきすのたち花のかをなつかしかりてきて なくとをなしこと也とたとへたるなり此花ちる さとはきりつほのみかとの女御れいけいでんの御いもうと 三の君とてむかしけんしのあひ給ひし御方也 【左丁上段】  江口(ゑぐち) 江口といふは。川たけの【「ながれ」にかかる枕詞】ながれの女【遊女】なりしに 諸国(しよこく)一 見(けん)の僧(そう)江口の里(さと)に来り昔(むかし)かたりを思ひ 出。西行法師此所にて一 夜(や)の宿(やど)をかりけるに あるじの心なかりしかば○世の中をいとふ迄こそかた からめ。かりのやどりをおしむ君かなと古哥を吟(ぎん)し ければ江口の君の幽霊(ゆうれい)ことばをかはし失(うせ)にけり 僧弔(そうとふら)ひをなしければ月すみわたる河水に遊女 川船に乗(のり)あまた出さほの哥を諷(うたひ)【注】あそぶてい 人間にあいじやく【愛惜】のはなれがたなき事をのべしらしめ たちまちふげん菩薩とあらはれ。西のそらに 行給ひ六ぢん【塵】のまよひをしめし給ふ 【注 この字を「うたひ」と読むについてはコマ30の注を参照】 【左丁下段】  須磨(すま) うきめ   かる いせ  おの あまを  思ひ やれ もしほ  たるてふ  すまの  うらにて 【右丁上段】  正儀世守(しやうぎせいしゆ) 正儀世守(しやうぎせいしゆ)は兄弟也。兄(あに)を正 儀(き)弟(おとゝ)を世守(せいしゆ)といふ 此兄弟の子の父を。左大臣公 討(うち)給ふ。兄弟 親(おや)の かたき左大臣公をねらひ。ある夜(よ)忍(しの)び入左大臣公を やす〳〵と討(うち)本望(ほんもう)を達(たつ)しぬ。しかるに国法(こくほう)とて 惣(そう)して人を討(うつ)たる者(もの)をたすけぬ法(ほう)にまかせ。兄 弟二人をからめ。其上役人(やくにん)え宣旨(せんじ)下り。申(さる)の一天 に誅(ちう)し申せとの御事也。すてに時刻(じこく)も来り ければ太刀ふり上けて切らんとする所へ女一人 見物(けんぶつ)の中をおしのけ来りつるきの下へ廻り。 子どもに取付 泣(なき)ゐたり。役人(やくにん)とがめていふやう。 いかに女。何とて大事の首(くび)の座へは直(なを)りけるぞ 【左丁上段】 女いふやう。何とてかれらを何しに誅(ちう)し 給ふぞ。されば。此 者(もの)共は今夜(こよひ)内裏(だいり)にしのび 入り。左大臣殿を討(うち)たる科(とが)により誅(ちう)するよ。 なふ其大臣殿は。かれらが為(ため)には親のかたき也。 敵(かたき)を討たる者をば陣(ぢん)の口をさへゆるさるゝと 申たとへの候物。役人こたへて。それはさる事 なれども。此くにの大法(たいほう)にて人を討たる者(もの)を たすけぬ法(ほう)よ。女いふやう。人討たる者をたすけ ぬ御法ならば。かれらが父を討し大臣殿を 何とて今(いま)まではたすけ給ふぞ。さればそれは 大人是は小人。いかで其身にたいすべき。女また いふ。いやしきを敵(かたき)とおもふべからず。かれらはいや しき者なれば。只うちすてゝ置給へと申せ ども。定(さだま)る法なれば是飛(ぜひ)なし。又女いふやう。 大臣殿は一人。是は二人討給ふはいかにといふ。役人 も道理(だうり)にせまり。さらば兄弟の内一人を切らん といふ。其時女いふやう。我は此子どもの母なり。 兄弟の身がはりに我を切たまへといへども。 替りはかなはず。壱人いづれ成とも出よと いふ。兄いづれば弟(をとゝ)いで。我切られんとたがい に死(し)をあらそひしが。兄の正 儀(ぎ)いふやう。我が いふ事をそむく不 孝(かう)なりといふ。世守(せいしゆ)こたへ 【右丁下段】 【見出し】「須磨【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は哥とことはとをとれり 源氏廿四歳の秋より廿五歳 の春まてをしるす。源氏の御 兄(あに)朱雀院(しゆしやくゐん)御 位の時花の宴にてあひそめ給ひしおほろ 月夜の内侍のことは。みかとの御心さしありけるに けんしのおはし給ふと聞えて。みかとの御母(おんはゝ)后(きさき)の 御はゝ立ありて。あしさまにきこえて。なかされ給ふ 御さたも有けるゆへ。けんし須磨へうつり給ふに よりて須磨の巻といへる也。みやす【「みやす」の右に「六条」と傍記】所よ【別本にて】り をくり給ふ御歌〽うきめかる【注①】いせおの【注②】あま【字母不明】を 思ひやれもしほたるてふすまのうらにて○ 此心はうきめかるいせおのあまとは。いせにゐ給ふ ゆへなり。ゆきひらのもしほたれつゝわふとこたへ よ【注③】とよめる須磨の浦にて。その心はわかごとくに うき住ゐより。いせおのあまの住かをも思し召 やれかしとの心也。○けんしの御返し〽いせ人の 波のうへこぐを舟【注④】にもうきめはからてのらまし ものを○此心は。いせへ御ともしたらは波の上こく あやうき目にはあふましき物をと也○此巻は 源氏 一部(いちふ)の■(かん)文(もん)【肝文ヵ。】也よく〳〵心をつくへし 【注① 「浮海布=水の上に浮いて見える海藻」と「憂き目」をかけている】 【注② 「お」は感動の助詞。伊勢の漁師にの意。】 【注③ 在原行平の歌、「わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ 侘ぶとこたへよ」のこと。】 【注④ 「を舟」=「を」は接頭語。舟の意。】 【左丁下部】  明石(あかし) 秋(あき)の夜(よ)の  つき   げ【注⑤】の こま  よわが こふる 雲(くも)ゐを   かけ【駆け】れ 時(とき)のまも   みむ 【注⑤ 「月毛」=赤くて白みを帯びた馬の毛色】 【右丁上段】 て兄弟此世にありてこそ。兄のふかうも おそるべけれ。御身むなしく成給はゞ。不 孝(かう) とも勘当(かんだう)とも。誰かは我をしかるべき。迚(とて)も 不 孝(かう)の身とならば。御手にかけさせ給へと いふ。正儀はことばを出し侍ず。役人申やう。とかく 母さし図(づ)にて一人出し候へといふ。母おもひさだめ云(いふ)。 役人聞ふしぎや。をと〳〵は乳(ち)【「宛」にみえるが、誤記と思われる】のあまり【末っ子】とて。 おしみかなしむはづを切れとはいかにこゝろへず。 母なみだながら。さればいはれの候。兄はまゝ 子おとゝは我(わが)子なり。兄をころさば。まゝ子を にくみしと。草(くさ)のかげ成父の思はんもはづかし。 いかに正 儀(ぎ)もきけ。今まではまゝしきなか【なさぬ仲】を つゝみしなり。あらはさじと思へどかくなれば いひ聞(きか)す。わどの【吾殿=おまえ】三才の春より。朝夕(あさゆふ)育(そだて) 我子よりもいとをしく育(そたて)其内にせいしゆを まふけ。梅(むめ)さくらとたのしみへだてなく。す ぐししなり。此上は母ともに討給へと云(いふ)。あまり にいたはしく。此由そうもん申せしかば御門(みかと)聞召 元来(もとより)世守(せいしゆ)は世(よ)を守(まもる)といふ字なりと。国(くに)の あるじとなし。正儀を左の臣下(しんか)と成(なし)給ふ 誠に親子(しんし)兄弟 勇(ゆう)あり孝(かう)有る徳とかや 【右丁下段】 【見出し】あかし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む。】 此巻は哥と詞をもつて名と せり。源氏廿六歳の三月より 廿七歳の秋都へかへり給ふ事まてあり。源氏 の君をあかしの入道(にうとう)のもとよりむかへたてまつる により。須磨よりあかしへうつり給ふ。入道よろこひ よくいたはりたてまつる。ついに入道のむすめ明石 のうへにあひなれ給ふ。むすめのすみし所はおかべの やとゝいふ。源氏そのかたへかよはせ給ふ道にて。 ある夜都のかたこひしく思召てよみ給ふ〽秋の 夜の月げのこまよわがこふる雲ゐにかけれときの まもみん○此心は古哥に久かたのつきけの駒(こま) もうちはやめきぬらんとのみ君をまつかな。といふ心 にて。秋の夜といふより月けと月にいゝかけて。この わかのる駒よ。月の雲ゐをめぐることくかけりてゆ かは。わか恋しき都に行て。思ふ人にあはんといふ心也。 入道の哥に〽ひとりねは君もしりぬやつれ〳〵と 思ひあかしの浦さひしさを○此哥の心は。君の 御ひとりにてゐ給ふにて。此かたのひとりねの さひしさを思し召しるやと。むすめのことを思はせ がほによめる也 【左丁上段】 【見出し】「四季(しき)の哥(うた)づくし」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】    春           太上天皇 △初音とは思はさらなん一とせを   二たび来(きた)るはるのうぐひす △君が代の千とせにあまるしるしとや 基家公   春よりさきに春の来ぬらん △待(まち)あへずはるは来にけりたか為に 忠定   年のくれとてなをいそぐらん △山ふかみ春ともしらぬ松の戸を 式子   たえ〳〵かゝる雪の玉みず   内親王 △岩間とぢし氷(こほり)もけさはとけ初て 西行   こけの下水みちうとむ也 【注 この歌は鎌倉時代前期の公卿、西園寺実氏(さねうじ)の歌。】 【左丁下段】   澪標(みをつくし) かず   ならで なに   はの ことも  かひ なきに なに  みを   つく 思ひ  し  そめけむ 【右丁上段】   夏 △夏の来てたゞ一重成ころもてに 為家   いかてか春を立かへるらん【注①】 △けふはよも花もあらしの夏山に 家隆   青葉ましりのみねのしら雲【注②】 △郭公こゑまつほどはかたをかの 紫   もりのしづくにたちやぬれまし 式部 △五月こは【注③】なきもふりなん時鳥  伊勢   またしきほとの声をきかばや △玉ぼこの【注④】みち行人のことづても 定家   たへてほとふるさみたれ【注⑤】の空 【注① 『風雅和歌集 巻四』所収の藤原為家の歌「夏きては たゞ一重なる衣手に いかでか春をたち隔つらむ」の歌と思われる。】 【注② 『壬二集』五二一番 藤原家隆の歌「今はよも花もあらしの夏山に青葉ましりの峯の白雲」の歌と思われる。】 【注③ 「そ」に見えるが正しくは「は」で「来(こ)ば=来れば の意。】 【注④ 「道」「里」などにかかる枕詞】 【注⑤ 「し」或は「ら」」に見えるが正しくは「さみだれ(五月雨)。】 【左丁上段】   秋 △秋(あき)きぬと聞より袖に露ぞしる 俊成   ことしも半(なかば)すぎぬとおもへば △秋のたつ朝け【注①】の衣打つけて 権中   やがて身(み)にしむ風の音かな     納言 △いつもふく同じときはの松風は 為藤   いかなる音に秋をしるらん △かたへ【片枝】さすおふのうらなし【注②】初秋に 宮内   なりもならずも風ぞみにしむ             卿 △吹(ふき)むすふ風はむかしの秋ながら 小町    ありしにもにぬ袖のつゆかな 【注① 夜明け方】 【注② おふの浦(生浦)でとれる梨。動詞「なる」の序詞として用いられる。「おふの浦」は所在不明。斎の宮の庄といわれる。梨を献じた。】   冬 △冬来てはひと夜(よ)二よを玉(たま)ざゝの 定家   葉(は)わけ【注③】のしもの所せきまで △音たてゝ木ずへをはらふ山風も 為世   けさよりはげし冬や来ぬらん △ふゆの来て山もあらはにこのはふり 成茂   のこる松さへみねにさひしき △さむしろ【注④】の夜半の衣手【袖】さえ〳〵て 式子   初ゆきしろしをのへの松【注⑤】              内親王 △冬こもり思ひかけぬを木(こ)の間より 貫之   花と見るまて雪そふりける 【注③ 「葉分け」=葉と葉のあいだを分ける事。また一枚一枚の葉に配り分けること。笹や竹にいうことが多い。】 【注④ 幅の狭い筵】 【注⑤ 『新古今和歌集』所収の歌には「をかのへの松(丘の辺の松)=丘のあたり」となっている。】 【右丁上段】 【見出し】「身をつくし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とせり。 源氏の君明石より帰京(ききやう)の頃の とし廿八歳の十一月まてのことあり。源氏都へ 召かへされ給ひほどなくもとの位になりさかへ給ふ。 是みな住よしの御ちかひと思召。秋の比住吉 まうでし給ふ。折ふしあかしのうへもおさなくより 秋ことに住吉まうてし給ふに。たかひにまいりあひ。 それとしりて源氏よみてつかはし給ふ御歌に 〽みをつくしこふるしるしにこゝまでもめくりあひ けるえに【縁】はふかし【深し】な○此心はみをつくしとは。海や河 ふかき所に木をたてゝみを木【澪木(みおぎ)=澪標に同じ】とす。それを見て 舟をのぼせくだす也。たがひに身をつくして思ふ しるしに。かやうにめくり逢たるは。ふかきえんにて あるそとの心也。明石のうへかへし〽かすならぬ なにはのこともかひなきになと身をつくし思ひ そめけん○此心我身はかすならぬに。かやうに をよひなき人に思ひそめ。なにことにか身をつくす そと也。身をつくしのつもじすみてよむへし。 身をつくすといふ心なり。又なにはのことはなに ことゝいふこゝろなり 【左丁下段】   蓬生(よもぎふ) たづね    ても われ   より とはめ 道(みち)も  なく ふかき  よもぎが もと  の心(こゝろ)を 【右丁 頭部欄外】 三十六人歌仙 【右丁上段】 ほの〴〵と   明石のうらの 朝 霧(ぎり)に島  がくれ行   舟をしそおもふ 左 柿本人麿(かきのもとひとまろ) 右 紀貫之(きのつらゆき) 桜ちる木(こ)のした 風はさむからで 空(そら)にしられぬ  雪ぞ降(ふり)ける いづくとも春の    光は わかなくに まだ   みよしのゝ 山は雪ふる 左 凡河内躬恒(をふしかうちのみつね) 右 伊勢(いせ) 三輪の山  いかに待みん 尋る 年ふとも 人も   思へ あらじと   は 【左丁上段】     人にしれつゝ をのがありか【注】を       恋に   雉子(きゞす)の妻 春の野にあざる【注】 左 中納言家持(ちうなこんやかもち) 【注 この歌は『万葉集』一四四六番の歌で「あざる」は「あさる」で、「ありか」は「あたり」が正しい。】 右 山部赤人(やまへのあかひと) わかの浦に    塩みち くればかたほ波  あしべをさして     たづ鳴(なき)わたる 左 在原業平朝臣(ありはらのなりひらのあそん) 世中に絶て    桜の なかりせば   春の心は のどけからまし     有けん なでずや かみは    我くろ うば玉の   かゝれとてしも たらちね【「め」とあるところ】は 右 僧正遍照(そうじやうへんぜう) 【右丁中段】 【見出し】「年中行事(ねんぢうきやうじ)」 【以下「月」の上は大きな○。「日」の上はやや小さな○。】 ○正月○元日 一年の上日成ゆへに 上には天地四方 拝(はい) なと品々の御まつり ごとを行(をこな)ひ給ふ下 万 民(みん)に至りては其 礼義(れいぎ)を守りてしめ 引松立わたして 年の安泰(あんたい)を祝ひ 侍る○十日津の国 今宮ゑひす参り ○十九日 八幡厄神(やはたやくしん) 参り○此月初寅 の日は諸人くらまへ詣(まふで) 諸願成就をいのり 帰るさに大福帳を もとめて富貴はん ゑいを祝し侍る ○二月○七日奈 良 薪(たきゞ)の能(のふ)《割書:十四か|まて》同 二月堂水取行法○ 十五日 涅槃会(ねはんゑ)津 【左丁中段】 の国天王寺 舞(ぶ)がく 寺〳〵にねはん像(ざう)かゝる ○廿二日同天王寺 聖霊会(しやうれうゑ)石のぶたい にて伶人(れいじん)の舞(まひ)あり ○当月初午の日は 諸人いなりの神社に まふて侍る是を初 午参りと云 ○三月○三日賀 茂の神事○攝州 住よししほひ参り 貴賤くんじゅ【群集】也○十 日かもの安楽(やすらひ)花(はな)の 祭○十四日 壬生(みぶ)の 念仏同しく狂言(けうげん)始 ○百万べんにて善(ぜん) 導(だう)大師の御忌(きよき)を行 ○十九日嵯峨せいれう 寺しやかの御身ぬぐ ひ○廿一日 東寺(とうじ)仁(にん) 和寺(わじ)高野(かうや)たかを弘法(こうぼう) 大師 御影供(みゑいく)○廿五日 【右丁下段】 【見出し】「よもきふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ付け全体を▢で囲む】 此巻は歌にも詞にもよも きふとつかね共。よもきとはいは れぬによりてよもきふといふ也。源氏廿八歳の 四月のこと也。前に出たるすへつむ花は源氏を まちくらし給ふに。源氏は須磨の御うつ ろひかれ是にも思し召も出給はすおり ふし卯月の比花ちるさとへおはすとてこの ふる宮のこと思し召いてゝたつね給ふに。末つむ 花のゐ給ふ御住ゐあれはてゝ。庭によもき しけりてつゆふかゝりけるを。うちはらはせて 入給ふとてけんしの御哥に〽たつねてもわれ こそとはめみちもなくふるきよもきがもとの 心を○此心は末つむ花のかくあれたる所に すみ給ふを。よの人はよもとふ人なかるへし。 むかしのちきりのえにしあれは。我のみこそ とふへきそとの心也。よもきかもとの心とは。 よもきは本よりおひいつる草なれは。もと あひなれ給ひたる心。又我こそとはめとよみ 給ふ所もつとも面白(をもしろ)し。のちにはひがしの院と いふ所に置給へり 【左丁下段】   関屋(せきや) あふさかの せきや いか  なる せき  なれ    ば しげき  なげき 中(なか)を の  わくらん 【右丁上段】 左 素性法師(そせいほうし) 見わたせは   柳桜を こきまぜて     都は【正しくは「そ(ぞ)」】 春のにしき成けり 右 紀友則(きのとものり) 夕ざれはさほの かはらの川風に をきまどはして  ちとり鳴(なく)也 左 猿丸大夫(さるまるたゆふ) 遠近(をちこち)のたつきも  しらぬ山中に をぼつかなくも   呼ぶこ鳥【濁点(”が付いている】かな 右 小野小町(をのゝこまち) わひぬれは身を 萍(うきくさ)のねをたへて さそふ水あらば  いなんとぞ 【左丁上段】       ふくかと みじか夜の  ぞ    更行(ふけゆく) きく みね  の  まゝに 松  高砂(たかさご)の 風 左 中納言兼輔(ちうなごんかねすけ) 【散らし書き風に記しているので詠みにくいですが、「みじか夜の更行まゝに 高砂のみねの松風ふくかとぞきく」という歌です。】 右 中納言朝忠(ちうなこんあさたゞ) あふことの絶(たへ)てし  なくば中〳〵に     人をも 身 をも恨(うら)みざら      まし いせの海  今は  ちひろの   何(なに)    浜(はま)に てふ     ひろふ かひか   とも  有へき 左 権中納言敦忠(ごんぢうなこんあつたゝ) 【「いせの海のちひろの浜にひろふとも 今は何てふ かひか有へき」】 右 藤原高光(ふちはらのたかみつ) かく計へ   がたく みゆる世中に 浦(うら)山しくも  すめる月かな 【右丁中段】 【月の項には大きい○、日の項にはやや小さい○。】 奈良(なら)般若寺(はんにやじ)文殊(もんじゆ) 会(ゑ)○廿八日ひゑい 山にて山王まつり○ 中午いなり明神御出 ○四月○一日近江 筑摩(つくま)祭○きぶね 神事○八日ひゑい 山 花(はな)つみ諸寺にて 仏生(ぶつじやう)会○十四日 和州当麻(わしうたへま)ねりく やう△初卯いなり 祭同卯日 摂州(せつしう)住 吉御神事△中申 山王祭△中酉の日 かもあふひまつり ○五月◯朔日 江州松本ひら野ゝ神 祭○五日かもの けいばふし見藤の森 祭○七日今宮 の御出○十五日今 みや祭○十六日 永(ゑう) 観堂大般若(くわんたうだいはんにや)○廿三 【左丁中段】 日 清水(きよみづ)寺田村丸ゑ【会】 さかもと両社祭 ○廿八日摂州住吉 御田うへ○晦日祇 園御こし【神輿】洗ひと夜 御こし一 基(き)四条宮 河のほとりに出し 奉りて水をそゝ き塵埃(ちりほこり)をのぞき 侍るこれをみこし あらひと申侍る 折からしはゐの役(やく) 者(しや)おのが家々(いへ〳〵)の紋(もん) 提灯(てうちん)をともさせて 御こしをしゆごし奉 いと興(けう)ある見物な れば老若なんによ くんじゆ【群集】し侍る ○六月◯朔日 氷室(ひむろ)の氷(こほり)を奉る 大坂天王寺 勝(しやう)まん 祭○五日きをん 会 鉾(ほこ)のわたり 初○六日同じく 【右丁下段】 【見出し】「せき屋【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とす せき屋よりさとをはつれ出 たるとあるによつて也。源氏廿八才の九月の 事也。石山へまうて給ふ。折ふしうつせみの君は つまのひたちのかみかくだるにつきて行しか。 此たひは又ついてのほるとて。せき山にてあひ 給ひしかは。むかしのことを思し召いてゝ。弟の 小君がまいりたるに。忍ひて御文あり哥に 〽わくらはにゆきあふみぢとたのみしもなを かひなしやしほならぬうみ○哥の心わく らははたまさか也。あふことは此あふみぢといふを たのしみに。みづうみはしほのさらぬうみなれは。 みるめといふ草のなきことく。あひみる事の ならぬよとの心也。うつせみのかへしに 〽あふ坂の関やいかなる関なれはしげきなげ きの中をわくらん○此心はあふ坂の関はいか なる関なれは。まいり逢てかくものおもひ なけくことそといふ心也。あふ坂といへはあひ逢 はづ也。あふことはせきとめて。かく杉のむらたち【群って立つこと】 しけきか。ふたりの中をわけて物思はすると也 【左丁下段】   絵合(ゑあはせ) うきめ  見し その  おり よりも  けふは 過(すぎ) 又(また)  にし   方(かた)に かへる  なみだか  ̄オクリガナしかへしにそ 【右丁上段】      おどろ 秋来ぬと  目には  さやかにみえね共 かれ 風の音  ぬる  にぞ 左 藤原敏于朝臣(ふぢはらのとしゆきあそん)【正しくは「敏行」】 右 源重之(みなもとのしけゆき) 風をいたみ岩   うつ波(なみ)の     をのれのみ くだけて  物を思ふころかな 左 源宗于朝臣(みなもとのむねゆきのあそん) 常盤(ときわ)なる松  緑(みとり)も の   春くれば  今一しほの    色まさりけり 右 源信明朝臣(みなもとのふあきらあそん)【正しくは「さねあきら」】 恋しさはおなし  心にあらず共 こよひの月を  君(きみ)見ざらめや 【左丁上段】  きかまほしさに 今一 声(こゑ)の    郭公(ほとゝぎす) くらしつ 行やらで山 路(ぢ) 左 源公忠朝臣(みなもとのきんたゝあそん)  しらべ初(そめ)けん       より いづれのを の松風かよふらし 琴(こと)のねにみね 左 斎宮女御(さいくうのにようご) 右 壬生忠岑(みぶのただみね) 子日【子の日】する    野へ 小松の に   なかり     せば ためし   ちよの  に何を引(ひか)まし【濁点あるは誤記】 右 大中臣頼基(おほなかとみよりもと) 一ふしに千(ち)よを  こめたる    杖なれは つく共つきじ     君がよはひは 【右丁中段】 山(やま)のわたりぞめ ○七日ぎをんの 会○十日ゑいざん ゑしん院源信忌○ 十四日きをん御こし くわんかう○廿日 くらま竹きり○廿 二日大坂座摩宮 まつり○天満天 神夏かぐら○晦日 堺住吉御はらひ ○七月◯七日京 北野 御手水(みたらし)神事 ○九日《割書:今|明》両日洛 東 六道(ろくだう)参りまた 清水千日まふで ○十三日 宇治(うち)黄(わう) はく山せがき○十 五日八はた安居(あんご)の 頭(たう)同洛東ちをん院 大せかき山門にて 行ふ此日三井寺へ 女人の参詣(さんけい)を赦(ゆるす) ○廿四日六地蔵参り 【左丁中段】 ○八月○三日 堺(さかい)天神祭○五日 江州 白(しら)ひげ大明神 かい帳○八はた 放生会(はうじやうゑ)○十八日 上下御霊の祭り ○廿二日うつまさ 聖徳太子かい帳 ○廿四日吉田木 瓜【こうり】大明神祭 ○九月○四日 木はた祭○八日 せんゆふ寺舎利 会○九日伏見 御(ご) 幸(かう)【「香」の誤記ヵ】の宮祭大坂 生玉社祭○十日 五条天神祭○十 一日吉田 例幣使(れいへいし) ○十三日津のくに 住吉宝の市○ 十八日池田くれは 祭《割書:十九日|あやば》○廿二日 大坂座摩祭○廿 五日天満天神宮の 【右丁下段】 【見出し】「ゑあはせ【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、見出し語全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とせり 源氏三十歳の三月の事也 その比のみかとは源氏の忍ひて通ひ給ひて まうけ給ふ藤つほの御子也みかとの御代 になりて源氏よろつをはからひ給ひいせひ めてたかりし也みかとよのことよりも絵(ゑ)を好(この) ませ給ふによりゑあはせといふことあり源氏は 須磨にて書をき給ひし御ゑをとり出で あはせ給はんとて紫のうへにはしめて見せ 給ふことのをそかりけるをうらみて哥に〽ひとり ゐてなかめしよりはあまのすむかたを書てそ みるへかりける○此心は源氏は須磨にてはかくゑ かき給ひてなぐさみ給ふこともありし我のみ ひとりゐて物思ひしことなるにわれもゑを かきてなくさむへき物をとの心也○源氏の御 哥に〽うきめみしそのおりよりもけふはまた 過にしかたにかへるなみたか○此心は源氏の すまの浦へうつろひ給ひしうきわかれを見給ひ し時よりもけふ此ゑをみてかなしく思ひ給へは 須磨のことなと立かへる心になりたるそとなり 【注 源氏香の図が違っている。正しくは右から二本目の線が上の横線とつながっていない。】 【左丁下段】  松風(まつかせ) 身(み)をかへ    て ひとり  かゑ  れる ふるさとに  聞(きゝ)し    に にたる  まつ かぜぞふく 【右丁上段】 天津風(あまつかせ)  帰ら       ざるべき   ふけゐの    浦(うら)にゐるたづの 雲(くも)   などか ゐに   左 藤原清正(ふぢはらのきよまさ) 右 源順(みなもとのしたかふ) ける  水の面(をも)にてる   月なみを 秋  かぞふれ  の    ば もなか成 こよひぞ 左 藤原興風(ふぢはらのをきかぜ)  誰(たれ)をかも知(しる)人に 高砂(たかさご)   せん   の  松もむかしの   友(とも)ならなくに 右 清原元輔(きよはらのもとすけ)  秋のゝの萩(はぎ)の     にしきを 鹿(しか)古郷(ふるさと)  のね   に ながら    うつしてしかな 【左丁上段】 左 坂上是則(さかのうへのこれのり) みよしのゝ山の   白雪    つもるらし ふるさとさむく    成まさる也 右 藤原元真(ふぢはらのもとさね) さきにけり我(わか)  古(ふる)さとの 卯花(うのはな)は    垣(かき)ねに きへぬ雪と見るまて 左 三条女蔵人(さんでうのによくらんど) 岩橋(いわはし)の   左近(さこん)  よるの契(ちぎ)りも      絶(たへ)ぬべし 明(あく)るわびしき    かづらきの神 右 藤原仲文(ふぢはらのなかふん) 有明(ありあけ)の月の光(ひか)り  を待(まつ)ほどに    我よのいたく 更(ふけ)にけるかな 【右丁中段】 【「月」の上には大きい○、「日」の上にはやや小さい○】 流鏑馬(やぶさめ)○晦日堺 住吉 神 送(をくり) ○十月○一日 《割書:今日より|十二日迄》ちしやく【智積】院に 論義○三日ひゑ い山元三大師の御(み) 影(ゑい)年中二ヶ月は 飯室(いひむろ)に有十ヶ月 は横川(よかは)に有両所に あんちする所今日に くしを取さだむ○五 日 達磨(だるま)忌○今日 より十五日迄浄土宗 寺々に十夜の念 仏を行(をこな)ふ○十日 興福寺(こうぶくじ)維摩(ゆいま)会 《割書:今日より|十六日迄》○十三日 日(にち) 連(れん)上人御 影講(ゑいかう)俗 にをめこといへり○ 廿日諸 商人(あきひと)ゑひ す講京極四条 官(くわ) 者殿(じやとの)【冠者殿】の社せいもん ばらひ ○十一月○八日 【左丁中段】 いなり大明神御火 焼俗にふいこ祭と 云○日蓮宗 十羅(じうら) 刹(せつ)【「殺」は誤記】女御火たき○十 一日 行事(ぎやうじ) 官(くわん)の内 太神宮御火たき ○十三日空也上人 忌○十八日《割書:上|下》御霊 御火焼○廿二日 《割書:今日より|廿八日迄》本願寺開山 忌○廿四日ひゑい 山三井寺あたごに 天台 大師講(だいしかう)○廿五 日《割書:今日より|廿八日迄》奈良 春日の御祭り ○午日祇園御火 たき○初の卯日 八はた御神楽也 ○廿八日清水寺 行叡(ぎやうゑい)忌○子の日 当月此日別して 大こくを祭るゑん ■也 ○十二月○一日 【右丁下段】 【見出し】「まつかせ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞にて名つけたる 也。源氏三十歳の秋のこと あり。源氏あかしにてあひなれ給ひし入道の むすめ。ひめ君をうみ給ふて。みとせになりた りけるを。あまりとほくへたゝりたれは。京に のほり給へとおほせつかはされけれは。あかしのうへと 御はゝ君もろともに大井川のあたりにしるへ あれは。その所に家つくりしてすみ給ふ川 流すこく松風さひしけれは。あかしにて源氏 あふまでのかたみとてをき給ふこと【琴】をとり出 してひき給うに。まつ風のひゞきあひたれは あま君の哥に◯〽身をかへてひとりかへれる古 さとにきゝしににたるまつ風ぞふく○此心はこの はゝあま君はもと都の人なれは。いまあかし より入道ををきてふるさとへ帰るは生(しやう)をかえ たる心ちするに。なにこともむかしにかはりたる やうに思へとも。むかしきゝし松風の声のみ かはらすきこゆるとよめる也。その比源氏は。かつ らといふ所に御(み)堂をたて給ひ。念仏のために おはしけるついてに。大井へもわたらせ給ふ也 【左丁下段】  薄雲(うすくも) いりひ  さす みねに  たな   びく うす  雲は 物(もの)  思(をも)ふ 袖(そで)に   いろや まがへる 【右上段】 千年(ちとせ)まで  へし  かぎれる松も 万(よろづ)  けふよりは  代(よ) 君(きみ)にひ   や   かれて 左 大中臣能宣(おほなかとみよしのぶ) 右 壬生忠見(みぶのたゞみ) 焼(やか)ずとも草(くさ)は   もえなん たゞ  かすがのを 春(はる)の日にまかせ     たらなん くれて行(ゆく)  霜(しも)にぞ  秋(あき)の   有(あり)けり   かたみに わが   をく  もと    物   ゆひの   は 左 平(たいらの) 兼盛(かねもり) 右 中務(なかつかさ) 秋風の吹(ふく)に      付て 萩(はぎ)の    も  葉(は)  と ならば  はぬ   音(をと)は 哉 してまし 【左丁上段】 【見出し】「御所言葉(ごしよことば)」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 一小袖は○ごふく 一わたは○おなか 一よき【夜着】は○よるのもの 一どんすがや○どんちやう【上下の言葉が逆と思われる】 一こんにやくは○にやく 一とうふのかす○おかべがら 一ゆのこは○おゆのした 一しやうゆは○おしたし【おしたじ(お下地)】 一なすびは○なす 一よめがはぎ【「げ」は誤記】○よめな 【左丁中段】 一おびは○おもじ 一ゆぐは○ゆもじ 一かやは○かちやう 一へに【紅】は○おいろ 一めしは○ぐご【供御】 一さけは○九こん【九献】 一こめは○うちまき 一みそは○むし 一あま酒は○あま九こん 一五斗みそ○さゝじん 一こぬかは○まちかね 一もちは○かちん 一だんごは○いし〳〵 一せきはんは○こはぐご 一ちまきは○まき 一しんこは○しらいと 一とうふは○おかへ【御壁】 一でんがくは○おでん 一ぼたもち○やは〳〵 一そばかゆもち○うすずみ 一やきめしは○おみなめし 一ふのやきは○あさがほ 一さうめんは○ぞろ 一なめしは○はのぐご 【右丁中段】 けふは乙子の朔日と て人の庶子(そし)たるは 其祝をなし侍る ○六日《割書:今日より|十九日迄》ちしやく 院のかいさん忌○十 九日《割書:今日より|廿一日迄》まきの を御仏名(おふつみやう)会○廿二日 大徳寺かおさん忌○廿 三日一へん上人忌にて 時宗の寺々に法 事を修(しゆ)す○廿八日 鉢たゝき結願(けちぐわん)極(こく) 楽寺(らくじ)にておどり 念仏有○大晦日 夜に入て祇園の 神前にて大般若(たいはんにや) 転読(てんどく)子のこくより拝 殿にてけづりかけ の神事始△節分 五条天神まふで 此やしろは少彦名(すくなひこなの) 命にして病難をは すくひ給ふ神法にて 年中の災を払のける也 【右丁下段】 【見出し】「うすくも【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名つけたる也 源氏三十歳の冬より次の丗一の 秋まてのことあり。此うす雲の女院と申は藤つほ と申し。人はかゝやく日の宮とも申したる也。その比の帝(みかと)は けんじ藤つほに忍ひてまうけ給ひし御子なれ共。 父みかとゆめにもしらせ給はて。御いとをしみふかく。 十一歳の御とし御 位(くらゐ)につかせ給ふ。御母藤つほも 女院になり給ひけるに。御とし三十七にてかくれ させ給ふ。けんしの御心のうち思ひやるへし。御哥に 〽入日さすみねにたな引うす雲は物思ふそてに 色やまかへる○此心は巻の詞にやまきはの木 ずえあらはなるに。雲のうすくわたれるかにびいろ【濃い鼠色】 なるを。なにことも御めとゝまらぬなれと。いと衣に おほさるとある也。けんしの君この比は御うれひに しつみ給へは。たとひうつくしき花もみちにも中〳〵 御めのとまるへきことならねとも。此雲のうき〳〵と さすたなひけるが折にあひてはわか心のことく雲 も物を思ふにやと心なき物に心をつけ給ふことは。 ふかきうれひの心なり。かゝやく日のみやと申せ しかは。入日さすとよみ給ふもよせある也 【左丁下段】  朝顔(あさかほ) みし  おり 露(つゆ) の  わすら   れぬ あさ  がほ   の 花(はな)  の  さかりは すぎや  しぬらん 【右丁上段】 一のりは○のもじ 一さゝげは○さ□□ 一ほしな【干し菜】は○ひば 一ちさは○おはいろ 一ほしふり【干し瓜】は○ほり〳〵 一大こんは○からもの【辛物】 一哥かるた○ついまつ 一すりこぎ○小がらし 一しやくし○しやもじ 一かんなべは○かんくろ【燗黒】 一小な【小菜=間引き菜】にいも【芋(里芋)】汁○柳にまり【鞠】 一まつたけ○まつ 【右丁中段】 一あさづけ○あさ〳〵【浅浅】 一ごほう【牛蒡】は○こん【ごん】 一かう【香】の物は○かう〳〵【香香】 一くき【(菜の)茎】は○くもじ 一竹の子は○たけ 一うこぎは○うのめ 一しるは○おつけ 一さいは○おかず 一白はし【箸】○ねもじ【注①】 一かずのこ○かず〳〵 一くじらは○おさぐり 一すしは○すもじ 一いか【烏賊】は○いもじ 一かつをは○かゝ 一ゑびは○ゑもじ 一たこは○たもじ 一小たい【鯛】○小ひら 一するめ○する〳〵 一ごまめは○ことのばら 一金一ふ□○百ひき【注②】 一ぜ【別本にて】に百は○一すじ【注③】 一かみそり○おけたれ【御毛垂れ】 一ゐかき【ざる】は○せきもり 一せつかい【注④】○うぐひす 【注① 「練貫のような白い色の箸」の意から「ねもじ」】 【注② 百疋=銭一貫文。】 【注③ 銭差し一本の銭。「銭差し」とは、円形方孔の銭貨の穴に通して、保管または運搬などのために使われる紐。わらまたは麻なわ製のものが通例である。百文差、三百文差、一貫文(千文)差などがある。】 【注④ 切匙=飯杓子の頭を縦に半切りにしたような形のもの。擂鉢の内側に付いたものをかき落すのに用いる。】 【右丁下段】 【見出し】「あさかほ【源氏香の図 注⑤】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌と詞とをもつて名と したる也源氏卅一歳の秋より冬 まてのことありうす雲の巻の末とをなし年也。 あさかほのさいゐんと申は式部卿の宮の姫君かも のいつきと申にておはしけるかさいゐんをおり させ給ひてせんさいゐんと申ける。かの御かたへ源氏 心をよせ給ひて。あさかほの花につけてよみてやり 給ふ〽見しおりのつゆわすられぬ朝かほのはなの さかりはすきやしぬらん○此心は源氏のむかし 御あひ有たるにてはなけれ共。ひとめ見しより つゆのまもわするゝことなく。心をつくし思ふ也。あさ かほの花はうつくしけれ共さかりまもなき物なれは。 あはれと思ひてあひみんことをいそき給へかしと。ゝり そへてよみ給ふ也。又朝かほはさかりまもなけれは。あふご【逢ふ期】 いつかと心もとなく思ふ心なり○御かへしに 〽秋はてゝきりのまかきにむすほゝれあるかなきかに うつる朝かほ○此心は秋はてゝは。秋のすゑなれは きりたちわたるまかきのうちに。ありともしられす 色もかはりはてたる朝かほのさまなりと。わか身の上 によそへてよみ給へり。のちまて心つよき御かたなり 【注⑤ 図が違っている。正しくは右から二、三、五ほん目が上の線で繋がっている。】 【左丁上段】 香之記(かうのき)【▢で囲む】 香炉の火たどんにて凡べし やきやうくるみのから松か さ二味をやきうすのりにてかため用べし ○盆(ほん)に香炉(かうろ)をく事 香炉(かうろ)は中 香箱(かうはこ) は左 香箸(かうはし)右三つかなわ【金輪】の心也○香炉(かうろ)を 人の前に出す時 面(おもて)へあし二つむけてをくべし 一つさきへなす○香炉(かうろ)をきくに左の指 三つは香炉のそこに有り人さし指(ゆひ)一つわき にはつるゝ様に◯香炉をきくは座上より 聞一通りしをり又かへし一通り二 度(ど)つゝ きく也人数十人より上は一とをりにてをくべし 【左丁下段】  乙女(をとめ) をとめ   子(こ)が【「も」とあるところ】 神(かみ)さび【別本にて】  ぬらし あまつ  そで ふるき  よの    とも よはひ  へぬれば 【右丁上段】 ○十 種香(しゆかう)といふは香盆(かうぼん)に香(かう)の名(な)書(かき)たる 札(ふだ)と筒(つゝ)とをそへ出(いだ)すいづれの香といふ 事を聞覚(きゝおぼ)へ札(ふだ)の名をたづね筒(つゝ)へ入る也 ○香(かう)を聞時(きくとき)手にかほりをまねき手を かざしなとするは見ぐるしたゞ何となく きゝたるがよき也○香をきく時えんに ゐるとも内へ入てきくべし風をいむ也 ○香は一焼といはす一 種(しゆ)と云○香の跡(あと)に 薫物(たきもの)焼(きく)時は銀盤(ぎんばん)をかへてたくなり 【見出し】掛香(かけがう) 匂(にほ)ひ袋方(ふくろのはう)【見出し語を▢で囲み上下左右に飾り鉤かっこを付ける】 【左丁上段】 ○あたらしき小袖にとめ給ふには あつき湯の中に置とめてよし其 いげ【「ゆげ(湯気)の変化した語】にてよくとまるなり △掛香名方(かけかうのめいはう)○梅花(ばいくは) 龍脳(りうのふ)《割書:八分》 梅仁(ばいにん)《割書:一匁二分》麝香(じやかう)《割書:六分》丁子(てうじ)《割書:二匁》 甘松(かんせう)《割書:三匁》白檀(びやくだん)《割書:二匁》○あやめ 沈(ちん) 香(かう)《割書:一匁》丁子(てうじ)《割書:八分》白檀(びやくだん)《割書:一匁|二分》甘松(かんせう)《割書:八分》 麝香(じやかう)《割書:四分》龍脳(りうのふ)《割書:一分》○よもきふ 麝香《割書:二匁》龍脳《割書:三匁》菊花《割書:五匁》 ○にほひ袋 丁子(てうじ)《割書:二匁》薫陸(くんろく)《割書:一匁》伽(きや) 羅(ら)《割書:一匁三分|さめ■■【かわヵ】おろし》白檀(びやくだん)《割書:二匁》甘松(かんせう)《割書:五匁》龍(りう) 脳(のふ)《割書:五匁》麝香(じやかう)《割書:四匁》茴香(ういきやう)《割書:五分》○又方 甘松(かんせう)《割書:五匁》麝香(じやかう)《割書:五匁》白檀(ひやくだん)《割書:五匁》龍(りう) 脳(のふ)《割書:一匁》丁子(てうじ)《割書:五匁》○亦方 白檀(びやくだん)《割書:三匁》 丁子(てうじ)《割書:一匁》龍脳(りうのふ)《割書:三匁》麝香(じやかう)《割書:三匁》甘(かん) 松(せう)《割書:三匁》薫陸(くんろく)《割書:少》《割書:△右三色ともに何れ|も御所名方の抜書也》 【右丁下段】 【見出し】「おとめ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥とをもつて名とする 也源氏三十二の四月より三十四の 十月まて見えたり此乙女といふことは五節(こせつ)の舞姫(まひひめ) にていへり五節とはむかし清見(きよみ)はらの天皇(てんわう)よしの の宮に御ざありし時日のくれかたに琴(こと)をたんじ【別本にて】 御心をすまし給ふ時にむかひの山のみねよりあや しき雲の中に天女(てんによ)のすかたあらはれて御ことの しらへにあはせてうたひけるをみかと御らんしけるに 天女の袖をひるかへすこと五たひなりけりそれに より此舞をうつして毎年(まいねん)十一月にわかき舞姫を 五人出してまはせらるゝこと也このたひ源氏よりは 御めのとのこれみつよしきよのむすめを出し給ふ これみつかむすめ舞ことにすくれてみな人かんし たり源氏の御哥に〽をとめ子も神さひぬらし あまつ袖ふるきよのともよはひへぬれは○此心は昔(むかし) 五せつの舞にあひ給ひし人を思し召てつくしの 五せつのかたへよみてつかはし給ふ也神さひぬらし とはひさしき心也むかしの舞の時は君もわれも わかゝりしか今はともにとしへぬれはふるきよのとも とはわれをそみ給なんとのこゝろなり 【左丁下段】  玉葛(たまかつら) 恋(こひ)わた    る 身は  それ  なれど 玉  かづら いか  なる   すぢを 尋(たづね)  きぬ【「つ」とあるところ】らん 【左丁上段】 【見出し】琴之記(ことのき)【▢で囲む】 琴は唐土(もろこし)にては神農(しんのう)と いふ聖人(せいじん)つくり給ふ。日本に ては。天(あま)のうすめの命(みこと)はじめ給ふ ○琴と三味線(しやみせん)とちやうしあわせ様 琴の三の糸三味線の一。琴の五。三 味線の三とをなじ○二あがりの調(てう) 子(し)は琴の五。三味線の一。琴の八。三味線 の二。琴の十三。三味線の三。とおなじ事也 △糸のおさへやう。大ゆびにさしたる爪(つめ) を前(まへ)の爪といふ中ゆびにさしたるを 向爪(むかふづめ)といふ人さし指(ゆび)にさしたるをわき 爪といふ○糸(いと)の名(な)手まへを巾(きん)といふ 次を為(い)といふ其次を斗(と)といふそれより 次第に十九八七六五四三二一なり。おさゆ る糸は。四七九八也。引ならひにはおさへ ずしてもくるしからず。地のきはに すみ付置(をく)べし 【見出し】三味線(しやみせん)【▢で囲む】 三味線の引はじめは。文禄(ふんろく)の 比。石村(いしむら)けんげうといふ法師。 びわをやつし。しやみせんを作れり○ 習(なら)ひやう。よく引人の。ばちの持(もち)よう。 指づかひ。色のつけやう見るべし 【右丁下段】 【見出し】「玉かつら【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つけたり 源氏卅五歳の三月より十二月 まてのことあり。玉かつらとははゝ木々の巻に出し なてしこのこと夕かほのうへの子也。四才の時めのとに つれられてつくしへくたり給ふ。やう〳〵とおとなしく なり給ひて京へのほり給ふ。御とし二十三也。たつ(夕かほ)ぬる 人にあはせ給へときねんのためにはつせへまうで給へは。 御はゝ夕かほのつかひ給ひて。のち源氏へつきしたかひし。 右近(うこん)といふ人に行あひ給ひぬ。右近もつね〴〵たつね申 けることなれは。源氏へ申てむかへたてまつりぬ。のち にはひげぐろの大将の北のかたになりて。内侍(ないし)のかみ にてありけれは。玉かつらの内侍と申せし也。源氏を おやとたのみおはせしゆへにあひ給ふてよめる 〽恋わたる身はそれなれと玉かつらいかなるすぢを たつねきぬ【「つ」とあるところ】らん○此心は身はそれなれとゝは源氏 我身のこと也。夕かほのうへをわすれすしてこひ わたる身はをなしわか身なり。いかなるえにし有 てや。玉かつらのけんしを父(ちゝ)とたのみてたつねき給ふ らん。ふかきえんにてあるよと云也。玉かつらとはかみ のことなれは。すぢといふもことばのえんなり 【左丁下段】  初音(はつね) とし月(つき)   を まつに  ひか   れて ふる  人(ひと)に【「わ」と見えるは誤記】 けふ  鶯(うくひす)の はつね  きかせよ 【右丁上段】 ばちは手の内かろく持べし力(ちから)を入れ ばはやき事にばちまはらず。ぎし つき。糸の音色出ざる也。糸をおさゆる 指つよくかゞめ爪にて糸をおさゆべし 【見出し】笛之記(ふえのき)【▢で囲む】 笛は武帝(ぶてい)の時きうちうと いふ者つくりはじめる日 本にては天(あま)の大来目命(おゝくめみこと)香久山(かくやま)の 竹にて作るよこ笛 尺八(しやくはち)一節切(ひとよぎり)こま笛 といふもあり 【見出し】双六(すごろく)【▢で囲む】 双六 盤(ばん)は長 ̄サ一尺二寸是は十 二 月(つき)をへうす【表す】也。横七寸二歩 七十二日の土用(どよう)をへうす。白石(しろいし)十五は 上十五日 黒(くろ)石十五は下十五日也。しゆみ せんざいは日月をへうす也是きび 大臣ひろめ給ひし事也 【見出し】琵琶(びわ)【▢で囲む】 琵琶 長(たけ)三尺五寸 糸(いと)四すじ 下よりさかさまに引を琵(び)と云 上よりしゆんにひくを琶(わ)と云 天竺(てんぢく)のあ しゆりん王の代にきぶといふ者作り たる也。すがたは大日如来はんち【ばんじ=梵字】をかた とる也天竺しんだん【震旦=中国の異称】我朝をうつすなり 日本に渡る事ゑんぎの帝の御時也 【右丁下段】 【見出し】「はつね【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞とをもつて名つけ たる也。源氏三十六歳の正月の こと也。此はつねといふはあかしのうへの姫君を。むら さきのうへの御子になし給ひてをはしますに より。み給ふこともなくこひしく思しめさるゝ也。正月 一日かの御かたへ。あかしのうへより文まいらせ給ふ時の 御哥に〽とし月をまつにひかれてふる人にけふうく ひすのはつねきかせよ○此心は。ひめ君むらさきの うへの御かたへ御こしありて四五年になれは。御 たいめんありたきこゝろ也。たとへ。たいめんはなく共 せめて御返事のはつ音をきゝたきと也。ふる人とは としへたる心也。松にひかれては。松を待(まつ)といふ心にして。 たいめんの折もやと待にかゝはりてとしへたる人に。 折にあひたるはつ音ををしみ給ふなと也。姫君返し 〽引わかれとしはふれとも鶯(うぐひす)のすたちしまつの ねをわすれめや○此心はわれかくのことく紫のうへ のかたへ引わかれてゐさふらへとも。わかもとそだち しふるすのはゝ君の御かたをばわするへきことには あらすとの心也。松のねは根(ね)さしのこと也。うくひすの ねにもかよへるなるへし 【左丁上段】 【見出し】七夕詩歌尽(たなばたしいかづくし) 《割書:古詩|新哥》【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 【上段頭部横書きの見出し(右から)】 七夕之詩(たなばたのし)・ 尽(づくし) 憶得(おもひゑたり)少年(せうねんにして)長(ながく)乞巧(きつこうすることを) 白楽天(はくらくてん) 竹竿(ちくかん)頭上(とうじやうに)願糸(ぐはんし)多(おほし)       詩(し) 二 星(せい)適逢(たま〳〵あふて)未(いまだ)_レ【左ルビ:ず】叙(のべ) _二別(べつ)-緒(しよの)依々之(いいたる)-恨(うらみを)【訓点「一」の欠落】 小野(をのゝ)ゝ 五夜(ごや)将(まさに)_レ【左ルビ:して】明(あけんと)頻(しきりに)驚(おどろく)   美材(よしき) _二涼風颯々之(りやうふうのさつ〳〵たる)-声(こゑ)_一             詩(し) 露(つゆは)応(べし)_二別涙(わかれのなんだなる。)_一珠空落(たまむなしくおつ)      菅相丞(かんしやうぜう) 雲(くもは)是残粧(これざんさう)髻(もとゞり)未(いまだ)_レ【左ルビ:ずと】成(なら)    詩(し) 風(かぜは)従(より)_二昨夜(さくや)_一声(こゑ)弥怨(いよ〳〵うらむ)    江相公(ゑのしやうこう) 露(つゆは)及(およんで)_二明朝(みやうてうに)_一涙(なみだ)不(す)_レ禁(たへ)    詩(し) 去衣(きよい)曳(ひいて)_レ浪(なみを)霞(かすみ)応(べし)_レ湿(うるほふ)    菅三品(かんさんほん) 行燭(かうしよく)浸(ひたして)_レ流(ながれに)月(つき)欲(す)_レ消(きへなんと)    詩(し) 詞(ことばは。)詑(だくして)_二微波(びはに)_一雖(いへども)_二且遣(かつやると)_一 菅輔昭(かんすけあき) 意(こゝろは)期(ぎと)_二片月(へんげつを)_一欲(ほつす)_レ為(せんと)_レ媒(なかだち)    詩(し) 【左丁下段】  胡蝶(こてふ) 花(はな)ぞの   の こてふ    を さえ【「へ」とあるところ】や した  くさに あき  まつ   むしは うとく  みるらむ 【右丁上段】 ○一とせを中にへだてゝ逢(あひ)見まく 水尾院  ほしのちぎりや思ひつきせぬ ○空(そら)にけふめぐり逢(あふ)らし七夕の 道晃  ほどは雲(くも)ゐに待し月日も ○露けさもしらでや里の重(かさ)ぬらん 通茂  秋くる宵のあさの羽ごろも ○天津星(あまつぼし)秋待わたる河なみは  資茂  けふや嬉(うれ)しき瀬にかはるらん ○定(さた)め置(をき)し年の一夜はいたつらの よみ人  なき世やうら見ほし合の空    しらず ○明ぬれば暮(くる)る物ともあふ事を  通茂  たのめぬ星(ほし)や夜をゝしむらん ○よそながら思ふもくるし七夕は 内房  としにまれなる中のちぎりは ○彦星(ひこぼし)のこよひ逢(あふ)せをむかひ舟 雅房  よすればかへる名残(なごり)をぞ思ふ ○今宵逢星のいもせの中にをつる 通福  天の河かぜ月にすゝしき ○空に住しらべも秋にあふほしの 雅直  こゝろ行(ゆく)夜(よ)の糸竹【注】のこゑ 【注 弦楽器と管楽器】 【右丁下段】 【見出し】こてふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥とをもつて名つけ たる也。源氏三十六歳の時なり。 むかしは院宮后(ゐんみやきさき)なと季(き)の御読経(みときやう)とて春秋に 大般若経(たいはんにやきやう)をよみて法事(ほうじ)あり。秋(みやす)このむ(所の御娘)中宮は 六条(けんし)院にてをこなはせ給ふ。そのついてにむらさき のうへも仏に花たてまつり給ふとて。中宮の御方へ 花まいらせらる。とりてふといふ舞(まひ)人にわらはを八人 かたちことにつくりたてゝ。とりには白かねの花かめに さくらをさして。てふにはこかねの花かめにやまふきの 色をつくして。八人のわらはへともみはしのもとにて 花たてまつる。紫のうへの御せうそく。夕霧の大将に をほせて御かへしある哥に〽花そのゝこてふをさへや したくさにあきまつむしはうとく見るらん○此心は 秋このむ中宮はさためて秋をこそまち給ふ らめ。さあれは花そのゝこてふなとはめのしたに 見給らん。秋まつむしの心には春のこてふをうとく 見るはつ也とよめる心なり。この秋このむ中宮の ことは。乙女の巻に見えたり。秋このむの哥。心からはる まつそのはわかやとの紅葉を風のつてにだに見よ。 こららより秋このむみやといへり 【左丁上段 挿絵 文字無し】 【左丁下段】  蛍(ほたる) 声(こえ)は  せで 身(み)を  のみ こがす ほたる  こそ いふより  まさる おもひ  なるらめ 【右丁上段】 ○雲霧(くもきり)もへだてやはせん相(あひ)思ふ 季信  ほしの逢(あふ)よの中の契(ちぎ)りに ○夕部(ゆふべ)〳〵秋の露さへをきそはる 雅庸  袂(たもと)もこよひほしあひのそら ○七夕のあふ夜たえせぬ初秋に   時量  ともす火 影(かげ)や空(そら)にしたしむ ○暮(くる)るをや猶いそぐらん天の川  雅房  待わたりぬるけふの舟出(ふなで)に ○天の川月のかつらのさほさして  雅景  星や舟出をさぞいそくらん ○うく事もしらずや星の手向(たむけ)草  よみ人  この七種は花もましらず     しらず ○花すゝきまねく袂はをり姫の  道晃  つままつ宵のこゝろをやしる ○今宵あふ星の手向と秋はぎの  雅景  花のにしきのひもやとくらん ○七夕の手にもおとらずけふ待て 弘資  をりはへけらし萩のにしきも ○天の河わたせさやけき夕月の  仙洞  ひかりや星の妻むかえふね 【左丁上段】     契り   枕      もら   よ     すな    り     七夕      の    ほか           しる 一          人も  夜         なし   とて ○織女のまれの舟出もみなれ竿(さほ) 道晃  さすがなれぬる道はたとらし ○寐(ね)ぬる夜の明るやつらき七夕の 公理  あふせは絶(たへ)ぬちぎりながらも ○天の河色づき初てほのめけば  光離  月や紅葉の御ふねなるらし ○恋わたる思ひもはれずふる雨に 経慶  ちぎりかひなきかさゝぎのはし ○萩薄(はぎすゝき)ふたつの星に手向をきて 通村  いづれか秋と空にとはゞや 【右丁下段】 【見出し】「ほたる【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥とをもつて名つけ たる也。源氏三十六歳の五月のこと あり源氏玉かつらをむかへとり給ひもてなし給ふに 兵部卿(けんしの御おい也)の宮玉かつらをかきりなく御心をかけ給ひて五 月四日の夜忍ひてをはしけるにけんしは玉かつらの 御かたちのすくれてうつくしきを宮(匂)に見せ申て 心をつくさせ申さんとてその夕つかたほたるをおほ く取あつめてきちやうのかたひらにつゝみて光に つけてほのかに御かたちを見せ給ひけれは兵部卿 の御哥に〽なくこゑもきこえぬ虫の思ひだに人のけ つ【消つ】にはきゆる物かは○此心はなくこゑも聞えぬ虫の思ひ とはほたる也そのおもひたにけすにけされぬ物也 いはんや人の思ひは音をたつる物なれはいよ〳〵うち けされましきとの心也おもひはほたるの火によせて いへり 玉かつらかへし〽声はせて身をのみこかす ほたるこそいふよりまさる思ひなるらめ○此心はことはに いゝ出していへはなくさむこともあるへしたゝ音に たてぬほたるの思ひよりふかく見え侍れみやはかく哥を よみて思もなくさみ給ふへけれわか身は蛍のことく 音をなかねは猶まさり侍るといふ心なり 【注 図が違っている。正しくは、二、四、五番目の線が頭部で繋がる。】 【左丁下部】  常夏(とこなつ) なでし   この  とこ   なつ   かしき 色(いろ)を  見ば もとの  かき    ねを 人(ひと)や尋(たづね)む 【右丁上段】 ○逢(あふ)を待(まつ)天の河原(かはら)の川風に  資慶  をばなが袖も舟まねくらし ○契(ちぎ)りこそ一夜といへど浅香(あさか)山 後西院  あさくはあらし世々のほし合 ○今宵(こよひ)又 衣(ころも)かたしき彦(ひこ)ぼしの 《割書:|後》水尾院  恋やまさらん宇治(うぢ)のはしひめ ○七夕の身をつくしつゝなには江の 雅量  あしの一夜となどちぎりけん ○今宵(こよひ)逢ほしの契りは長浜(ながはま)の   同  真砂(まさご)をつきぬ秋のかせかも ○絶(たへ)せじなあふ瀬(せ)にわたす鵲(かさゝぎ)の 経慶  よりはの橋(はし)【注】のかけしちぎりは ○けふごとにかすてふ橋はかさゝぎの よみ人  羽(はね)をならぶる契りたえじな     しらず ○浅からぬ契りしられて天の川  雅景  あふ瀬にわたすかさゝきの橋 ○七夕を思ふに夢のわたりとや  通茂  たどる一夜のかさゝぎのはし ○めぐりあふ二の星やかさゝぎの 雅喬  より羽に契る天のうきはし 【注 「寄羽の橋」=鳥が羽を寄せ合ってかける橋。特に、七月七日の夜、牽牛・織女の二星が相会う時、天の川に鵲(かささぎ)が羽を並べてかけるという橋。】 【右丁下段】 【見出し】「とこなつ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞をもつて名とする也。 詞にはなてしことあり同し事なり。 源氏三十六歳の夏の事也。玉かつらのすませ給ふ 所をにしのたいといへり。此御かたの庭になてしこの 色〳〵。からのもやまとのもうへわたされ。かきゆひて 咲みたれたるに。夕かほのうへの御ことを思召いたし 給ひてけんしの御哥に〽なてしこのとこなつかしき 色をみはもとのかきねを人やたつねん○此心は 玉かつらをまことの ちゝ君(頭の中将也)にいゝあらはしたらは。必(かならす) 夕か(玉かつらの母)ほのゆくゑをたつね給ふへし。それは源氏の 心にいやに思ふことは うき(夕かほ)めを見給ふゆへ也。なてし こは子といふ心。とこなつかしきはとこなつをいゝかけ たる也。玉かつらの歌に〽山かつのかきねにおひし なてしこのもとのねさしをたれかたつねん○此 哥の心山かつのかきねは玉かつらの母夕かほの事をは 卑下(ひげ)していゝ給ふ也。いままことのちゝにあはせたり共。 なにしにもとのことまてことなかくとひ給ふことは あるましきほとに。たゝとくたいめんあらせ給へとの心 なるへし。かくの給へはけんじもかゝることをは聞 給ひて。ひとしほ御心くるしきかりけるなり 【左丁上段】 【見出し】「女たしなみ草【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 △人の前(まへ)にて楊枝(やうじ)をつかひ歯(は)をせゝり舌(した)を  かき。あるひは楊枝をくはへて人に物いひ  又 位(くらゐ)なくして大やうじつかふ事 △茶(ちや)の水を手(て)あしにつかひ又 手水(てふづ)にてあしを  あらひなどし。朝うがひ手水(てふづ)せず髪(かみ)ゆはず  人の前へ出る事 △戸障子(としやうじ)あらくたて明すること并にゑん板(いた)  をあし音(をと)高(たか)くありき。或(あるひ)は手をぬきいれて  人にものいふ事 △貴人(きにん)の御近所(ごきんぢよ)にて高鼻(たかばな)かみ高(たか)ざふたん【雑談】  并に深夜(しんや)の高(たか)ばなしの事 △客(きやく)の手水(てふづ)てぬぐひをみだりにつかひ他(た)のあせ  手(て)ぬぐひにて手をぬぐひ。あるひはあふきを引  ばひ【引き奪い】つかふ事 △をし板 敷居(しきゐ)。いるり【いろり(囲炉裏)に同じ】ぶちへのぼり并に火燵(こたつ)へ  ふかく入る事 △机(つくゑ)にのぼり。あるひは人の書(かく)つくゑにあたり  他(た)の硯(すゞり)そばよりつかふ事 △盤(ばん)のあそひあかりさきにて見る事并におや  かたかましき人にいけんいふ事 【左丁下段】  篝火(かゞりひ) かゞり   火(ひ)に たち  そふ 恋(こひ)の けふり   こそ よには  たえせぬ ほのほなる    らん【「なりけれ」とあるところ】 【右丁上段】 △他(よそ)へ行状 折紙(をりかみ)の内を見る事。人のまへにて汗(あせ)  ぬぐふ事。人の家内(けない)へむさと出入(ている)事。人の前にて  爪(つめ)をきり髪(かみ)をすきあるひは他の小刀はさみ  にて爪(つめ)をとり又は剃刀(かみそり)などかりながらぬぐはず  してかへす事 △他のはきものをむさとはき。又ははきちがへ。或は  上(うへ)をふむ事。人の寝(ね)たゝみ。ねむしろをふみ。又は  枕(まくら)をこへまたぐる事 △他の雑談(ざうたん)をかたりなをし。或は雑談(ざうたん)のうちに  又べちの物がたりする事 △他の盃(さかつき)いたゞかずしてのみ。又終はる肴字(さかな)戴(いたゞか)ず  して喰(くふ)事。我(わが)さかづきふかずして主へさし  又は貴人(きにん)の盃 長(なが)ひかへする事 △酒(さけ)のなかばにむさとたつ事。盃(さかつき)の出たるをみて  立事。酌(しやく)に立又は膳(ぜん)をすゆる【据える】時身をかき口(くち)を  きく事。膳をひきく【ひくく(低く)に同じ】持(もち)すへあるひはかた手にて  持(もち)すゆる事 △人のゆかたにてむさと身をふく事。天 気(き)よきに  ぼくりはく事。分(ぶん)なくして上 座(ざ)このむ事 △ゐぶり【ふてくされ】けんどん【無愛想】にして親(をや)にさからひあなどり  おそろしといふ事もしらず。みだりにのゝしり  あくこうをいふ事 【左丁上段】 △親にふかうの事 兄弟(きやうだい)にさからひ喧(けん)𠵅(くわ)する事 しうと姑にふかうにあたる事是第一おんなの たしなむべき事なり。継子(まゝこ)をにくみそねたむ【ママ】 事けだし継子継母(けいしけいぼ)と成は親子(をやこ)ともに生前(しやうぜん)の 災難(さいなん)なり本脈をきりて他脈をつぐ本水にいたる 事やすからず。此心を明(あき)らめ天の命(めい)ずる所。我 をしてかくあらしむと人我を忘れて慈孝(じかう)あ   らば本脈本水にかへりて親子ともに人我(じんか)の くるしみをまぬがるべしとなり △其外たしなむべきしな〴〵りんきのふかき 大ぐちのはしたなき事男まじりのみだり 【右丁下段】 【見出し】「かゝり火【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と歌とをもつてな付 たり。源氏三十六歳の秋の初 のことをしるしたり。けんし玉かつらの君を御子 にしてもてなし給ふといへとも。まことの御子なら ねは。御心のうちには夕かほの御かはりにもと 思し召て。なつのよの月なき比。かゞり火とほ して御琴なとしらへ給ひ。ことをまくらにそひ ふし給へり。けんしの御哥に〽かゞり火に立そふ恋の けふりこそよにはたへせぬほのほなりけり【ママ】○此 かゝりとは松あかしの事也哥心はわか玉かつら を思ふは此かゝり火にもをとらさるを。なげやりに 見給ふ事よ。わか思ひの火はかゝり火に立そふなり。 かゝり火はたつやうなれ共きゆるもの也。我思ひ の火はきゆる時もなきといふ心也。玉かつらの御 哥に〽行ゑなき空にけちてよかゝり火のたよ りにたくふけふりとならは○此心はかゝり火の けふりは。空にのほりてやかてきゆるもの なれは。源氏のかゝり火にたちそう恋の煙と よめるをうけて。かゝり火のけふりのたぐひならは 思ひけし給へ。人のあやしと思ふへきとの心也 【注 源氏香の図が違っている。正しくは右から二、四番目の線が頭部で繋がっている。】 【左丁下段】  野分(のわき) 風(かぜ)さ  はぎ むら  くも  まよふ【「まがふ」とあるところ】 ゆふべ  にも わするゝ  まなく わすら  れぬ君(きみ) 【右丁上段】 なるふるまひ夫(をつと)の留主(るす)に若きをのこをよび あつめ雑談(ざうたん)はなし大わらひ。大ざけのほしゐ まゝなる。大食のさもしげるり。たばこをのむ すゝ成に哥(うた)をうたふばし【注①】なる。しばゐずきの いたづらげ成 朝寐(あさね)のきずい【気随】なる。身持(みもち)のむさく【不潔である】 あじやら【たわむれ】ふかふて腹立(はらたて)よくたん気にていぶり【すねること】 なり。麁相(そさう)にて道具(たうぐ)をわる。手あらふしてかさ 高(だか)なり。物をなぐりてじだらくなる。よくふかく してまんがち【自分勝手】成しはく【思惑】して義理しらずあだ くちきいて言葉(ことば)おほく。中ごと【中傷】いひて喧(けん)𠵅(くわ)の 行司(ぎやうし)けんどん【無慈悲】にて愛相うすく。がまんにて物 ねたみ大へいにてじまんなる手ぼめ【自分で自分を褒めること】にして人の物をけなし。かまびすしく人事いひて物を うらみ。ぶんざいよりよき物をこのみいたらぬ形(なり) をいたらしたがり。或はぶしやう【不精】只居(たゞゐ)をこのみその 身の顔(かほ)のむさきをもかまはず手足(てあし)の爪(つめ)は毛(け) 鳥(てう)のごとく。まゆは男にひとしくひたいをたれし 事なければ灰猫(はいねこ)のごとく髪(かみ)ゆはず歯黒(はぐろ)せず 貧成(ひんなる)後家(ごけ)の有様(ありさま)笑止(しやうし)なり。かつうはつく夫(をつと)を のらふにひとし。其外女の身におふぜぬかた ぬき【肩脱ぎ】ちからわざなど好(この)むやから。此等(これら)のあら まし女はつゝしみたしなむべきわざなり 【注① 言行が軽はずみで、せっかちで、品のないさま】 【右丁下段】 【見出し】「のわき【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とする 也。源氏三十五歳の八月の こと也。折しも大風ふきて。物さはかしくかきつる 地ふきたふし。すさましかりしこと也。あきふく 大風をのわきといへり。暴風(のわき)と書也。けんしの御 子夕きりの大将どのいまだ中将にてをはし ましゝ比。御いとこの姫君雲ゐのかりとよまれし をふかく御心をかけ給ひて。風のまぎれにあかし の御はらの姫君のかたへ参り給ひて硯紙(すゝりかみ)こひ 雲(あせちの)ゐのかりへ(大なこんの女かしは木のめい也)御文つかはし給ふ。風のふき折たる かるかやのえたにつけて。かみはむらさきのうす やうなり哥に〽風さはきむら雲まよふ【「まがふ」とあるところ】ゆふへ にもわするゝまなくわすられぬ君○此心は かやうに野分の風さはかしく。大空にむら雲の 立まよふ夕へにもわするゝまもなし。いはんや つね物しつかなるころを思し召やり給へとの心也。 此うた何のせんなくきこえたるまゝにてふしもなけれ とも。うたをよまんにかゝる所に心をつくへき也。 此巻野分といふは巻の詞に野分例の年よりも おどろ〳〵しくなとあるをもつていへる也 【左丁上段】 【見出し】「緒病之薬方(しよひやうのやくはう)【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ▲打疵(うちきす)のくすり○夏枯草(かこさう)を口にてかみ たゞらかし付ればいたみとまりなをる也 ▲切疵のくすり○五ばいしをなまにて くだきかはかし粉(こ)にしてひねりかくれば 血(ち)をとめいたみなくしてゐゆるなり ▲血(ち)とめ薬○にうかう◯ぼれい◯したん 鶏(にはとり)の玉子を打わり白みをさらに入れ日に ほしてこそげ粉(こ)にし各々 等分(とうぶん)に合付べし ▲頭(つふり)に瘡(かさ)出来うみ血かみの中へながれて いたむに◯山帰来(さんきらい)をせんじ一 廻(まは)り飲(のむ)べし ▲■(はす)【疒+蓮】根(ね)【注②】の妙薬(めうやく)◯わうばくを粉(こ)にして さと芋(いも)にすりまぜ◯じや香(かう)少しいれ はこべの汁(しる)をしぼり入かみの油にてよく ねりまぜて。其大さほどに紙(かみ)をむしり あつくのばし付べし。うみすひ出しいやす ▲しらくぼ【注③】は○梅ぼしの実(たね)をさり。松やに の粉(こ)餅(もち)米の粉右三味 等分(とうぶん)に能(よく)すり 合せよき酢(す)にてときつくべし 【注② 小児の頭部または臀部などにできる一種の瘡(かさ)】 【注③ 「しらくも(白禿瘡)」に同じ。頭の毛のはえる部分にできる、えんどう豆大の白色、灰白色円形の伝染性発疹。軽いかゆみがあり、かくと白い粉が落ちてくる。】 【左丁下段】  御幸(みゆき) をし   ほ   山(やま) みゆき  つも   れる 松(まつ)ば   らに けふ  ばかり     なる 跡(あと)や   なからん 【右丁上段】 ▲高き所 或(あるひ)は馬などよりをち手あしを をりたるには其まゝ銅(あかゝね)の粉(こ)を酒にて呑(のむ)べし ▲釘針(くぎはり)など身にをれこみたるには。ざうげ の粉(こ)を水にてとき付れは其まゝぬくる也 ▲咽喉(のど)に骨(ほね)たちたるには鯉(こい)のうろこを能(よく) あぶり粉にして水にて飲(のめ)ば忽(たちまち)ぬくる也 ◯又 榎実(ゑのみ)を粉にして呑(のむ)もよし◯蜜柑(みかん) の実(たね)を黒焼(くろやき)にして水にて飲(のめ)ばぬくる也 ◯白鶏頭花(しろけいとうけかや)の実(み)せんじてのむもよし ▲火焼(やけど)の薬。くちなしの粉(こ)をかみの油にて とき付てよし◯又しやうゆをぬるもよし ◯鶏(にはとり)の玉子をつぶし朱(しゆ)少し加(くは)へ付れば あとなくいゆる也▲又湯やけ火やけ共に 淡竹(はちく)の皮(かは)を黒(くろ)やきにし。里芋(さといも)をやき。おし まぜ。ごまの油にてねり付ればよし◯又 小便(せうべん)のきご【意味不明】を付れば最束(さつそく)うづきたすかる也 ▲耳(みゝ)の内(なか)へむしの入たるには韮(にら)をはたき汁(しる)を 取。酢(す)にまぜて耳の中へ入べし則出る也 ▲耳(みゝ)の内に物いできいたみなやむには茄子(なすび) 香(かうの)物の成ほど久しきを引さき其 汁(しる)をしぼり 【左丁上段】 みゝの内へ入べし。是きめう成くすり也 ▲耳(みゝ)たれの薬。紅(べに)【別本にて】をこくときてみゝの中へ 入てよし◯又 沈(ぢん)【注①】の灰(はい)をかみの油にて入て吉 俄聾(にはかつんぼ)の薬◯いわう【硫黄】おわう【雄黄 注②】二 味(み)等分(とうぶん)粉(こ)に して綿に包(つゝみ)耳(みゝ)をふさぎをけば日かずをへて きこゆる也。惣(そう)じて耳の薬は髪(かみ)の仲よき也 ▲頭(かしら)にふけ出来たる時。このてがしはの葉(は)を 生(なま)にて一 握(にぎ)り。長さ三寸に切。水一はい入て 七八ぶんにせんじ。少しさましあらへばよし ▲むし喰歯(くいば)の薬 さんせう二分。はづ【巴豆】半両。【注③】 あぶらをぬきて此二味 粉にし食飯(そくい)にて丸じ 穴(あな)の仲へ入てよし◯又にらのはをもみて塩 すこし入虫(むし)くふ歯(は)にくはへてよし ▲声(こゑ)のかれて出ざるには◯さいかし【「さいかち(皂莢)」に同じ】皮(ひ)。実(み)をさり て。生(なま)大こんを三寸ほどをうすくへぎ。水一はい 入半ぶんに煎(せん)じのみてよし▲舌(した)に物 出来(いでき) たるには◯せいたい黄蘗(わうばく)【「きはだ」の異名】二 味(み)を粉(こ)にしていたむ 所にひたもの付べし▲口中たゞれ破(やぶ)れたる には細辛(さいしん)黄連(わうれん)を粉にして付てよし ▲したのやぶれ物のしむにも此くすり吉 【注① 熱帯地方に産する喬木の名。木質が重く、水に沈む。】 【注② 天然産の砒素の硫化物。樹脂状の光沢がある黄色の結晶。染料、火薬などに用いる。】 【注③ 薬種、香などの量目の単位。古くは五匁。近世以降、四匁四分。】 【右丁下段】 【見出し】「みゆき【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名とせり。 源氏卅六歳の十二月より 三十七才の二月まてのこと也。みゆきとは行幸と かく天子の外へ御出あるをいふ也。院の御いて をもみゆきといへとも御幸とかくいつれもみゆ きとよむ也。みかとの御こしなさるゝさき〳〵 さいはひあるゆへにいふ也。此みゆきは大はらのゝ 行幸也。みかとの御うた〽雪ふかきをしほの 山にたつきしのふるきあとをもけふはたつねよ 此心は此日けんしは御ものいみにて御いてなき によりて。ざんねんにおほしめすとの御あひさつ の御こゝろ也。ふるきあとゝはむかしえんぎのみこと 此おほはらのゝみゆきのとき。大政大臣(たいしやうたいしん)の御ともに てありしせんれいを思召いつる也。此みゆきは御狩(みかり) なれは雉子のあとをたつぬることのえん也。けんし 御かへし〽をしほ山みゆきつもれる松はらにけふ はかりなるあとやなからん◯此心はおほはらのゝ みゆきは。むかしより代々にあれとも。けふほとなる みゆきのめてたきことはあるましきとの心なり。 みゆきと雪とをそへてあとあることをよみ給ふ也 【左丁下段】  蘭(ふちばかま) をなじ   のゝ つゆ   にや ぬるゝ【「やつるゝ」とあるところ】 ふぢ  ばかま あはれ    は  かけよ かごと  ばかりも 【右丁上段】 ▲銭(せに)のどにつまり。或は呑込(のみこみ)たるにはすみ火を つきくだき粉にし目壱匁酒にて飲(のむ)べし 常(つね)の炭(すみ)はあしく。火にをこし粉にすべし ▲子どもの身のかゆきには。しやうがをくだ き。ぬのにつゝみなづればすなはちやむ也 ▲同くさには胡分(ごふん)をつばきにてとき付て吉 ▲はゞき瘡(がさ)【注①】の薬◯五ばいし【五倍子】をいり粉(こ)にして 百(なへ)草の霜(すみ)をくはへごまの油にて付てよし ▲たむしの薬◯めなもみ【注②】を酒にてむし。 よく干(ほし)粉(こ)にして塩(しほ)を少しくはへ日に 【注① 脛巾瘡=皮膚病の一種。湿疹・痒疹などをいう。多く脛巾を着けるあたりに起るところからいう。】 【注② 豨薟=キク科の一年草。各地の山野に生える。漢方では全草を干したものを豨薟(キレン)と呼び、神経痛、リウマチ、中風などに用いる】 【左丁上部】 二三度づゝぬりてよし。なまず【注③】にもよし ◯又 羊蹄(しのね)【「れ」とあるは誤記】【注④】の元(かぶ)。俗(ぞく)にぎし〳〵の根(ね)といふ 是を切て。其 木口(こぐち)にてするべし。黒(くろ)く ならば。こぐちをひたもの【ひたすら】切てすり付るがよし ▲なまずの薬◯ぬなもみの葉。くるみの 葉いわうのはな。右三色をよくすりその葉 汁共に付べし◯又そばの葉(は)をせんじ。よく あらひ。其あとへいわうとくちなし等分(とうふん)に あはせ付。しばし程(ほと)へてあらひをとすべし ▲いぼほうくろにきびのぬきぐすりは。 あかざの灰(はい)を水にてとき銅(あかゝね)の鍋(なべ)にて煮(に) て。かうやくのごとくにして。針(はり)にてすこし つきやぶりて。是を付れば三度にへずして よし。又 続随子(ぞくずいし)【注⑤】の生(なま)なるをつぶして付てよし。 ▲あざこぶには◯天なんしやう【天南星 注⑥】を粉(こ)にし 生漆(きうるし)にてねり付。紙(かみ)をふたにする也。又 六月 土用(どよう)にとりかげぼしにし。餅(もち)米を 水に一 夜(や)つけ置(をき)とりあげて二日ほし かきばひ【牡蠣灰】と三 色(いろ)を等分(とうぶん)にしてあざこぶ の上をこそげやぶりて付る◯又かはらよ 【注③ 癜=皮膚病の一種。糸状の細菌が寄生して、胸や背中などに茶色や灰白色などのまだらができるもの。しろなまず・くろなまずの類。】 【注④ 羊蹄は植物ぎしぎしの漢名。しのねとも言い、新鮮なものをつき砕いて、皮膚病の患部に塗布し、また、大黄の代用として緩下剤とする。】 【注⑤ 植物「ホルト草」の異名】 【注⑥ サトイモ科テンナンショウ属の総称。塊茎は有毒だが、晒して救荒食ともし、漢方では、鎮痙・袪痰・発汗・健胃剤などとする。】 【右丁下段】 【見出し】「ふちばかま【源氏香の図 注⑦】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥とことはとをもつて名 つけたり。ことはにはらにとあり。 らにはらんといへるくさ。すなはちふちはかまのこと也。 夕きりの大将玉かつらの内侍のいまたひけくろの もとへ御うつりなくてにしのたいにをはしける 比。らにの花のおもしろきをみすのつまよりさし いれて御袖をうこかしてよみ給へり〽おなし のゝ露にやぬるゝふちはかまあはれはかけよかこと はかりも◯此心は同しのとは。夕きりも玉かつらも 兄弟(きやうたい)とはいへとも。まことの兄弟にあらす。いま同し 御 祖母(そほ)のぶくき給へは。ふちはかまとふぢ衣の心によみ 給へり。ふち衣はふくのうちきるころも也。おなしのの つゆにぬるゝふちはかまならは。少はかりもあはれと 思しめす御詞もあれかしと也◯玉かつらの御返し 〽たづぬるにはるけきのべのつゆならはうすむら さきやかごとならまし◯此心は玉かつらとゆふ きりとはまことの兄弟にあらす。されははるけき野 へといふへしされともはるけきのへといふへきに あらす。うすむらさきほとのゆかりはあるへしそ との心也。かことゝはかこづけたること也 【注⑦ 源氏香の図が違っている。正しくは、右から三、四番目の線の頭部が離れている。】 【左丁下段】  真木柱(まきはしら) いまは   とて 宿(やど)  かれぬ ともなれ  きつる まきの  はしらよ 我(われ)を   わするな 【右丁上段】 もぎ【河原艾 注①】の葉(は)にて灸(きう)を一ツすゑ。てよし ▲狐臭(わきが)の妙薬◯ろくせう【鹿茸 注②】○ぶし【附子 注③】◯けいふん【軽粉 注④】 白(びやく)じゆつ【白朮 註⑤】《割書:くろ|やき》各々等分酒にてよくねりて 脇の下の毛をぬき。よくあらひ。絹(きぬ)につゝみ ひたもの【ひたすら】ぬるべし。いつとなく香(か)うせる物也 ◯又田にしを取。口へ巴豆(はづ)【注⑥】の粉をすこしづゝ ひねり入ればあはをはく物也。右のことく脇(わき) の下の毛をぬき能(よく)あらひ田にしのあはを付 ればたゞれ痛(いた)むなりいたむ間はいくか【幾日】にても 其まゝ置(をき)かゆく成ときゆにて洗(あらひ)おとし 丹礬【「胆礬」の誤用。硫酸銅】《割書:大》はらや《割書:中》【水銀粉 注⑦】鹿(しか)のふくろ角(づの)《割書:小》【注②参照】三味 粉にして付べし一代わきがの根をきる也 ▲ねあせには◯五倍子(ごばいし)【注⑧】を粉(こ)にして水にて練(ねり) へその中によくつめてふたをし。そのうへに 腹帯(はらおび)をして臥(ふす)へし。二三夜もかくのごとく すればいつとなくねあせかきやむもの也 ▲鼻血(はなぢ)にはりうこつ【龍骨 注⑨】の粉をはなにふき入 てよし◯又天南星(てんなんしやう)【前コマ注⑥参照】をくだき食飯(そくい)にて能(よく) ねりまぜ。あしのうらに付れば忽(たちまち)とまる也  ▲ほねたがひ【骨違い=脱臼】には◯石灰(いしばい)◯楊梅皮(やうはいひ)【「やまもも」の漢名】粉(こ)にして 【注① キク科の多年草。本州、四国、九州の河原や海岸の砂地などに生える。漢方医学では、利尿薬、駆虫剤、かぜ薬などにする】 【注② ろくじょう=鹿の袋角(ふくろづの)。春に鹿の角が落ち、夏に出る新しい角でまだ皮をかぶっているもの。】 【注③ トリカブトの根を乾燥させたもの。強心、利尿、鎮痛などの目的で使われる。毒性が強い。】 【注④ 水銀、食塩、にがり、赤土をこね合わせ、加熱して得られた昇華物。本質は塩化第一水銀。駆梅、利尿、抗菌作用がある。はらや。】 【注⑤ オケラ(朮)の若根の外皮を除き、乾燥して製した芳香性健胃薬。白散(びやくさん=屠蘇酒などととともに元日に服用した散薬)などに用いる】 【注⑥ 常緑小高木。巴豆油の原料にされ、また下剤に用いられるが、猛毒がある】 【注⑦ 軽粉のこと。またこれを原料とした化粧品。古くから上流階級に愛用されたので「御所おしろい」と呼ばれた。】 【注⑧ ヌルデの葉茎にできる虫こぶ。ヌルデミミフシが寄生して生じるもので、薬用として用いられるほか、染色やインク製造に用いられる。】 【注⑨ 古生物の化石。古くは薬として用いた】 【左丁上段】 等分(とうふん)を紺(こん)屋のり【注⑩】にて練(ねり)まぜ付る◯又小麦(こむき) の粉に鶏(とり)の玉子を押(をし)まぜてつくるもよし ▲心痛(むねいたむ)には◯延胡索(えんごさく)【注⑪】を粉にして酒にて呑(のめ) ば。いか程(ほど)の心痛(しんつう)にてもいたみを治(ぢ)す奇妙(きめう)也 ▲漆負(うるしまけ)には爪白(つまじろ)のかにと餅米をすり鉢(ばち) にてよく摺(すり)まぜて付べし是めいよう【注⑫】の薬也 ▲気種(きしゆ)【できもの、はれものの類】のくすり◯ほとゝぎすの黒 やきごまのあぶらにてとき付てよし ▲行纏瘡(はゞきがさ)【前コマ注①参照。記事が重複】のくすり◯五倍子(ごばいし)をよくいり 粉にして苗(なへ)の霜(すみ)を加(くわ)へごまの油で練(ねり)付べし 【注⑩ 紺屋糊=紺屋で型染めの型を置くのに用いる糊。粳(うるち)、糯米(もちごめ)などに、米糠を加えて製したもの。】 【注⑪ ケシ科キケマン属の草のうち、花が紫色ないし白色で地下に塊茎をもつものの総称。地下茎を干したものは鎮痛剤とされる】 【注⑫ 「名誉」の変化した語。世にまれなこと。不思議なこと】 【右丁下段】 【見出し】「まきはしら【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つけたる也。 源氏三十七歳の十月より卅 八のあきまての事あり。巻はしらといふことは。 玉かつらの内侍ひげくろの北のかたになり給ふ也。 ひけくろのもとの北のかたは。ものゝけつきておは せしか。ひけくろの玉かつらのもとよりかへり給 はぬにより。北のかたはさとへもどり給はんとし 給ふ。その御むすめ十二三になり給ふか。哥を書て はしらのすこしわれたるゆへかうがひのさき にてをし入給ふ 〽いまはとて宿かれぬともなれ きつるまきのはしらよわれをわするな◯此うた よりまきはしらの君といへる也。やとかれぬともとは。 いま宿をはなれゆくとも。わかよりゐたる柱よ 我をわすれなとの心也◯北のかたの哥に〽なれ きとは思ひいつともなにゝよりたちとまるへき まきのはしらそ◯此心ははしらは無心(むしん)のもの也。 その心なきものも。なれきつることをあはれと 思ひいつることありとも。此やとりにとまるへきわか こゝろにてはなきそとの心也。たちとまるへきとは はしらのゑんによめるなり 【左丁下段】  梅枝(むめかえ) 花(はな)のかは ちり  にし 枝(えだ)に  とま らね   ど うつらむ  袖(そで)に あさく  しまめや 【右丁上段】 【見出し】「女こし気(け)の薬方(やくはう)【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ▲女 帯下(こしけ)の薬◯梅(むめ)ぼし七ツ。昆布(こんぶ)壱匁と。 黒焼(くろやき)にし。はらや【前コマ注⑦参照】五分入右三色●是程【上の黒丸の大きさをさすと思われる】に 丸じ。絹(きぬ)につゝみ。糸を付。ゆぐ【湯具=腰巻】にむすび付 右の薬を前に入置べし。三日ほどをけば 色々の悪物(あくもつ)くだる物也◯又 蛇皮霜(じやひのしも)◯へび のぬけがらのしらやきの事也。なもみ【植物「おなもみ(葈耳)」の異名】。各一両 めうばん半両。絹につゝみ。前に二三日入置て。 又取かゆべし。五七日の内になをるなり ◯又 地黄(ぢわう)【注①】川芎(せんきう)【注②】当帰(たうき)【注③】芍薬(しやくやく)各(をの〳〵)二分 ゆづりはニ両。右五味せんじ飲(のみ)てよし ▲前(まへ)と尻(しり)との間(あいだ)《割書:ありの|とわたり》にかたまりいで くる事あり。此薬は○遠志(をんじ)【注④】の根(ね)を粉(こ)にし 古酒(こしゆ)にてねり付べし◯又 鹿(しか)の角(つの)を焼(やき) 粉(こ)にして水銀(みづかね)と等分(とうぶん)にし。かみのあぶら にてすり合付べし。何ほど久しく共治(ぢ)す。 其侭(そのまゝ)すて置(をけ)ば後(のち)に腫物(しゆもつ)と成 死(し)す物也 ▲しら血(ち)【注⑤】長(なが)血【注⑥】の薬◯塩鶴(しほつる)【鶴の肉の塩漬け】を黒やきにし 白湯(さゆ)にて用てよし奇妙(きめう)の名方(めいはう)也 【注① ゴマノハグサ科の多年草。根は漢方で地黄といい、補血、強壮薬に使われる。】 【注② セリ科の多年草。根茎を頭痛、鎮静薬に用いる。おんなかずら。】 【注③ セリ科の多年草。漢方では根をいい、強壮、鎮痛、婦人病に効くという。】 【注④ 漢方薬の一つ。ヒメハギ科の多年草イトヒメハギの根を乾かして作った生薬。強壮、袪痰、鎮痛剤として用いられる。味は苛烈。】 【注⑤ 婦人病の一つ。膣から分泌される白色の液体が増えて膣外へ排出されるようになった状態をいう。こしけ。】 【注⑥ 子宮から長期間の不規則な出血をみること。】 【左丁上段】 ▲前の中(うち)に瘡(かさ)出来いたむには◯掃木(はうきゞ)の実(み)【注⑦】を せんじあらひ。きやうにん【注⑧】の黒焼(くろやき)を粉にして かみのあぶらにてねり付てよし。同前に瘡(かさ) 出るには。硫黄(ゐわう)を粉(こ)にし付てよし又もゝの 花をすりてわたに包(つゝみ)まへに入れ置もよし ▲前にほひくさきには◯小豆(あづき)の花のかげ干と ゑのみのあかきを取すりまぜ丸め入置べし ◯又 韮(にら)をせんし七日あらひなでしこの根(ね) をせんじ。是も七日 程(ほど)あらへばなをる也 ▲前はれいたむには菊(きく)の若苗(わかなへ)をよく摺(すり) あつ湯(ゆ)にかきたてゝあらふべし◯又 馬鞭草(ばべんさう)【植物「くまつづら(熊葛)」の漢名。】をすりてひたものぬれば痛(いたみ)を治(ぢ)す ▲前にしらみわきたるにははらや【前コマ注⑦を参照】をごまの あぶらにてときてすりぬりて。きめう也 ▲前やぶれいゑざるには石灰(いしばい)をせんして 度〳〵あらひてよし◯又 黄檗(きわだ)を粉にし ふりかけてよし又 雄黄(おわう)【49コマ注②参照】の粉ひねりかけて吉 ▲前かゆき事。そこに虫(むし)有ゆへなり。紅花(こうくわ) を末(まつ)【抹す=粉末にする】しのりにて大 指(ゆび)の長さにかため。すゝし【すずし=生糸を織ったままで練っていない絹布。軽くて薄い。】 につゝみまゑに入置べし則いゆる也 【注⑦ 箒木。アカザ科の一年草。果実は扁平な球状で、漢方で地膚子(じふし)といい、煎じて強壮、利尿剤とする。】 【注⑧ 杏仁。アンズの核の中にある胚を乾燥したもの。薬用。】 【右丁下段】 【見出し】「むめかえ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とする也。 源氏三十九歳の正月の事なり。 けんしの君たき物あはせ給ふことあり。是はあかし のうへの御はゝの御むすめとうぐうにまいり給ふよう いなり。せんさいゐんと申はあさがほの君也。けんしの 御心にしたがひ給はぬ心つよき御方也。此御かた を。ちりすきたる梅かえにゆいつけて。こんるり【紺瑠璃】のつぼに たき物いれて。五葉(こえう)の松の枝に白るりのつぼにも たき物いれて。梅をおもてにむすひつけたるあり さまことにやさしく見えたり〽花のかはちりにし 枝にとまらねとうつらん袖にあさくしまめや◯此心は 花のちり過たる枝には匂ひもとまるましけれとも。 そなたの御うつしあるへき袖にはあさくしむまし きと也。いまあはせてまいらせ給ふたきものは匂ひ なけれうつし給ふへき袖かくなるへしと。わか身を 卑下(ひけ)してよみ給へる也。けんしの御哥〽花のえに いとゞこゝろをしむるかな人のとがめんかをばつゝ めど◯此心はけんしにさいゐんへの心さしをはずい ぶん人めをつゝしむといへと。かくおもしろきたき 物の匂ひにつけて。我心はさいゐんにしむるとの心也 【左丁下段】  藤裏葉(ふぢのうらば) 春日(はるひ)さす  ふぢ    の うら  ばの うら  とけ    て 君(きみ)し  おも    はゞ われも  たのまん 【右丁上段】 ◯又 蛇床子(じやしやうし)明礬(みやうばん)二味。等分にしてせんじ前 をあらひ五倍子(ごはいし)明礬(みやうばん)を粉にして捻(ひねり)かけべし 又 韮(にら)をせんじて日に三度つゝ十日程あらふべし ▲下疳(げかん)【注①】薬◯あは粒(つぶ)のごとくうみたるには はこべのかげ干(ぼし)粉(こ)にしいわう少入かみのあぶら にてとき付てよし◯又すいかづらに甘草(かんざう)【注②】 少し入 煎(せん)じあらひ跡へめぐすりを付て妙也 ▲月水【「げっすい」または「つきのみず」という。月経のこと】の時日(じじつ)のべ度には◯蒲黄(ぼわう)【注③】続断(ぞくたん)【注④】 二色共に煮(いり)。したん。くわつろ【注⑤】こん。もぐさの くき粉にして毎日のめば月をこゆる也 ▲子のとまらぬ薬◯水銀(子)をごまのあぶらにて 一日せんじなつめの大さ程にしてすき腹(はら) に呑(のめ)ば子を生ぬ也人をそんずる事なし ▲前ひえて気味(きみ)あしきには蛇床子(じやしやうし)《割書:四両》 呉茱萸(ごしゆゆ)【注⑥】《割書:六分》麝香(じやかう)《割書:二朱》粉にして。ちいさ き梅ほどに丸(くわん)じ絹につゝみ前にいれ おけば悪物くだりていゆる也◯又 呉茱(ごしゆ) 萸《割書:半両》を粉(こ)にし蜜(みつ)にてねり丸め絹の ふくろに入て前に入おくもよし。又いわう明(みやう) 礬(ばん)二色を粉にしせんじ切々(さい〳〵)【「再々」の誤記ヵ】あらふてよし 【注① 性交によつて伝染する潰瘍の一種。ふつう陰部にできたものをさす。】 【注② マメ科の多年草。漢方医学で咳、腹痛、胃潰瘍などの治療に用いる。】 【注③ 蒲(がま)の穂の表面に生ずる黄色な花粉。止血、解熱、利尿薬に用いる。】 【注④ 「ぞくだん」=植物「おどりこそう(踊子草)の誤用漢名。】 【注⑤ 括楼。「かつろう」とも。植物「きからすうり(黄烏瓜)の漢名。】 【注⑥ ミカン科落葉小高木。果実は紫紅色に熟し、健胃、駆風、利尿薬にする。】 【右丁下段】 【見出し】「ふちのうらは【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻はことはをもつて名とせり。 源氏三十九歳の三月より十二月 までのこと見えたり。雲(くも)ゐのかりの姫君を夕霧(けんしの御子) の思ひそめて年久しくなりけれども。姫君の ちゝ(あせち)君(大なこん)ゆるし給はさりしが。さてしもあるべきなら ねばゆるし給はんとの御心にて。御 庭(には)の藤(ふぢ)の 花さかりに中将をよび給ひて。さかづきのついて ちゝおとゞ藤(ふぢ)のうらばのと口ずさひ給ひしは哥 の心也〽春日さす藤のうらはのうらとけて君し 思はゞわれもたのまん。これにて巻の名とせる也 此心はそのかたうらおもてなく打とけ給はゝわれも たのまんとの心なり。ちゝ大臣の哥に〽むらさきに かごとはかけん藤の花。まつよりすぎてうれた【うれたし=いまいましい】けれ ども◯此心はむらさきを雲(くも)ゐのかりにたとへ。かことを 雲(くも)ゐのかりにゆつらん。そなたよりすゝみての給はん をまちつるに。さもなかりしかは。うれへは心に ありながら。いまは雲ゐのかりをまけてそなたへ まいらするからは。それにゆづりてうらみをものこ さじとの心也。まつとは松を縁によせて。縁 すきたる心によめるなり 【左丁上段】 【見出し】「献立書様(こんだてかきやう)の事【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 【上方】  何月何日(なんくはついくか)昼(ひる)献立(こんたて)   本膳 鱠(なます)【文字の下に縦の波線四本】羹(あつもの)【同上】 煮物(にもの)【同三本】飯(めし)   二 笋羹(しゆんかん)【同五本】二汁【同二本】   引て 香物(かうのもの)【同二本】 炙(やき)物【同右】 𩐓(あへ)物【同右】   初献 引炙物   二 吸物【同右】 肴【同右】 【左丁上段下方】 一何月何日の昼夜斎(ひるよるとき)  非時(ひじ)それ〳〵にしたが  ひて書べし 一 食(めし)の字(じ)かくはわろし  飯(めし)と書てよし 一本膳の汁と書はわ  ろし羹(あつもの)と書べし  あつ物はしるの事也 一 鱠(なます)と書ときは魚類(ぎよるい)  のなますなり。精進(しやうじん)  なれば膾(なます)と書分て吉 一本膳に鱠ばかりつく  ときは飯(めし)と羹(あつもの)の中  通の上に書付べし 一 香物(かうのもの)付て出す時は  飯と鱠の間右へよせ  て書付べし 一 焼(やき)物と書はわろし 【左丁下段】  若菜(わかな)《割書:上》 こまつ   ばら  すゑ    の よはひ   に ひかれ   てや 野べの  わかなも としを  つむへき 【右丁上段 上方】   三 吸物(すいもの)【縦の波線が三本】冷物【同四本】 肴(さかな)【同一本】取肴【同四本】 茶菓子(ちやぐわし)【同二本】 後段(ごだん)【注①】 肴【同三本】 菓子【同三本】 以上 【右丁上段下方】  炙(やき)物と書てよし 一 和物(あへもの)と書はわろし  𩐐(あへ)物と書てよし 一此外飯には芳飯(はうはん) 麦(むぎ)  飯 菜(な)飯 汁には冷(ひや)汁  清汁(すまし) 薯蕷(とろゝ)汁 一鱠(なます)には 淆(ぬた)鱠 和交(あへまぜ)【横一字書きで】さしみ  杉炙等(すきやきとう)の献立さま〴〵  有て書やうあれ共こと  〴〵くしるしがたし ◯料理献立之部(りやうりこんだてのぶ)   十二月汁之分 【左右に飾り鉤かっこ】正月汁の分 ▲つる    ▲かも     ▲しほだい  ▲生ます  うど     ごぼう     な      みつば  きのこ    とうふのうば  ちさ     ふきちさ  ねふか    つく〴〵し   いも     わらび ▲大こちはす ▲くづし【注②】      切  いとこんぶ  けづりごぼう  やきとうふ  しいたけ 【左右に飾り鉤かっこ】二月 ̄ニ用 ̄ル汁の分 ▲こあゆ   ▲たいのしらす ▲しほきぢ  ごばう  ねいも    みつば     いものくき とうふ 【左右に飾り鉤かっこ】三月 ̄ニ用 ̄ル汁の分 【左丁上段】 ▲がん    ▲いとより   ▲やきぶな  うど     しほに     わかめ  ごばう    とり山せう   わらび  あをき物 【左右に飾り鉤かっこ】四月 ̄ニ【別本にて】用 ̄ル汁の分 ▲ばん【鷭】    ▲しほがん   ▲しほかも  ▲あわび  さゝげ    なすび     はりごはう  せん ̄ニ  はりこばう  竹の子     竹の子     大こん  ふき     はりごばう           きの子 【左右に飾り鉤かっこ】五月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲五ゐさぎ  ▲生かつほ   ▲どじやう なすび  ごばう    竹の子     ごばう  大こん  なすび    めうが     しそ   すりざんせう  きのこ    わかめ     ねいも 【左右に飾り鉤かっこ】六月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲やきあゆ  ▲ざこ     ▲しほくじら  きの子    ごばう       大こん    ふり      なすび  ずいき  ひばり    なすび     ごばう  めうが  めうが    くゝ り こんにやく 【左右に飾り鉤かっこ】七月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲小かも いてう ▲さけ きのこ ▲ぼら  大こん な     にんしん   とうふ  めうが       大こん    わりさんせう 【左右に飾り鉤かっこ】八月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲ がん  ▲かも    ▲はららご【注③】▲くづし【注②】  松たけ  おろし大こん ぬかご【注④】  ごはう いも       しめじ    とうふのかす   なすび はつ                       とうふ  たけ 【左右に飾り鉤かっこ】九月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲しほだら  ▲白うを   ▲かき  松たけ    かぶらわ切  ねぶか  やきどうふ  のり     のり 【注① 江戸時代、客をもてなす時、食後に他の食べ物を出したこと。またその食べ物】 【注② くづしかまぼこ(崩蒲鉾)の略。板蒲鉾や竹輪、蒲鉾に作らないで、魚肉のすり身のままの蒲鉾】 【注③ 鮞=産卵前の魚類の卵塊。特に鮭の卵をさす。】 【注④ 「むかご(零余子)に同じ。】 【右丁下段】 【見出し】「わかな《割書:上》【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥とをもつて名 つけたる也。源氏卅九歳より 四十一才の三月まで三ヶ年のことある也。玉 葛(かつら) の内侍(ないし)はひげくろの大将の北のかたにていつしか わかぎみふたりまうけ給へり。正月廿三日に子日 源氏(げんじ)のゐんの御かたへねのひのいはひに まいり給ふ。御ゆうがくさま〳〵ありて玉かづら の御 歌(うた)〽わか”葉さす野辺(のべ)の小松を引つれて もとの岩ねをいのるけふかな◯此心は御子 たちを引つれまいりて御年をいはふと也。 もとの岩ねは源氏の御ことをなぞらふる也 げんじの御哥に〽小松ばらすゑのよはひに ひかれてや野辺(のべ)のわかれもとしをつむべき◯ 此心は。すへとほき人のよはひにひかれて。我 身もとしをはるかにつみて。千秋(せんしう)万歳(はんせい)をも たもつべしと也。わかなのゑんにて年をつむと いへり。これは本哥に春日(かすか)のゝわかなゝらねと 君がためとしのかずをもつまんとぞ思ふ。此 こゝろ也。たゞしけんじ四十の御としの御 賀(が) の心ねにて。かくいはひてよみ給ふなり 【左丁下段】  若菜(わかな)《割書:下》 夕(ゆふ)やみは みち たと 〳〵  し 月まち   て かへれ   我(わが)せこ そのまにも  見ん 【右丁上段】 【左右に飾り鉤かっこ】十月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲がん    ▲あんかう     ▲きじ  かぶな    すいくち ̄ニ     山かげ         さんせう ̄ノ こ    生しいたけ 【左右に飾り鉤かっこ】十一月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲小はまぐり ▲あさり      ▲めきじ とうふ  ちさか    白うを       くさぎ さいの  のりか    のり        あづき    め  ◯八はい汁 ▲きじ酒一はい ̄ニ水八はい入なへ ̄ニ しほいり付ねは一しゆ ▲たいのしほからなべ ̄ニ いり付ときの物一しゆ 【左右に飾り鉤かっこ】十二月 ̄ニ用 ̄ル汁 ▲しほます   ▲はらら子  ▲大あぢ   ▲まながつを  大こんかたは  くき     はすぎり   ごばう      ぎり  玉子の白み  とうふか   せり  いかにも    さいのめ ̄ニ切 あをきもの    うすく 【右丁下段】 【見出し】「わかな《割書:下》【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名づけたる也 此巻上下にわかつといへともひとつ 事也。上は源氏の御 賀(が)也。下は朱雀院(しゆしやくゐん)の御 賀(が)也。 賀(が)は四十(御とし)のいはひ也。巻の上下共にわかなを本と する心あり。源氏四十一歳の三月より四十七才 まてをしるす。上の巻に源氏の御かたにて春 のくれ御 鞠(まり)あり。かしはぎのゑもんのかみもまいり 給ふに。女三(けんしの)のみ(北の方)やのかはせ給ふねこしらぬ猫(ねこ)を をひてみすのうちへいり。ねこのつなにてみす あがりて御すがた見え給ふにより。恋となりて 此のみやのめのとに侍従(じしう)といふ女房(にうはう)をたのみて 文をまいらせ。ついにあひたてまつりける。そのゝち かしはぎのやりたる文を。げんじのみつけ給ふ事 あり。哥に〽夕やみは道たど〳〵し月まちて。 かへれわがせこそのまにもみん。◯これは女三の みやの源氏をとゝめ給ふことばにひける哥也。 此心は夕ぐれは道もさだかならず。月のいづるを まちてかへり給へかし。さもあらば。月のいづる まてすこしの間もみたてまつりたきとの心也。 せことはおつとをいふなり 【左丁上段】 【見出し】雑汁(ぞうしる)の部 しぶんをかまはず用ゆ【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付けて両側に縦線】 ▲なつとうもとき。とうふをすりてみそ  汁にてゆるめみそ汁をこくすり。だし計  にてたてゝ右のとうふをなまみそより入て  くきにても何にてもこまかにたゝきくだき  入て小とり入てよし又すいくちを入へし ▲どぢやうをくだのことくに切てくずのこ玉子  を入どぢやうをくるみのあぶらにてあぐるなり  たゞしどぢやうをやきてあげたるがよし  入子【いれこ 注①】にはめうがごばう木の子せり ▲玉汁は小とりかまぼこ。ふき小ぐち切。たけのこ  うど。ごばう。ほそ大こんいかにもこまにきり  あつきを入なり ▲さしさば  ▲くじら  ▲ゑび    ▲塩ぼら  大なすび   うど ふき ずいき    ほうれん  わ切にして  めうが   さんせう     さう ▲ほしな   ▲もうを  ▲あかいはし ▲はまぐりの  のり     すいくち  とうふのかす むきみ    入て         ねぶか    大こんをろし ▲山のいも  ▲あつめ汁【注②】▲ひや汁  ▲あかゞい  ふき     ごばう      くり     小いも  めうが    なすび      せうが    あおき  わかめ    ふき       めうが      は         とうふ      しいたけ         くろまめ     のり         木の子      あかさ 【注① 魚が卵を持っていること。またその卵。】 【注② 魚・鳥・青物をいろいろ取り合わせ、小さく切って煮たてた、味噌または醤油仕立ての汁。】  右以上汁のぶん 【見出し】なます之部《割書:十二ヶ月》【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】 【左丁下段】  柏木(かしはぎ) いまは  とて もえん けひりも むす  ぼゝれ たえぬ  おもひ     の なをや  のこらむ 【右丁上段】 【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲たい こゞい  ▲白うを うど   ▲なまこ たい  わさび くり   きすご せうが   木くらげ うすみ  はうふ せうが  あかゞい みかん  大こん  みかん      ばうふ       くり せうが 【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲あをす【注①】▲白うを ▲いせゑび あはび かすぬた  くるまゑび さより    くらげ くり   ▲このしろ  つく〳〵し うど     たいらぎ うど   ほねやきて くり せうが みかん   たで せうが    くり                          せうが みかん 【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲さき あゆ    ▲たい      ▲まなかつを  くり たで     めうが うど   ごまめ  せうが       木くらげ     くり めうが竹 【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲まなかつほ    ▲あゆ きりたで  ▲あち【鯵】  たで        めうがの子【注②】あさうり【白瓜】  はなゆ【注③】  ゆ【柚】     ゆ  はせうが      はせうが      はせうが 【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲かつほ   ▲小だいせごし【注④】 ▲あゆ  ゆ      ほそさゝげ        あをまめ  せうが    はせうが くり      ゆ くり  切たで    いせゑび たで      はりせうが 【見出し】六月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲きすご     かんぞう     ▲すゞき  ゑび     ▲石かれい      竹の子  くらげ     ゑい はぜ     はせうが  まめ      くり さより    ゆ  ゆ ほたで   たで あかゞい   まめ  はせうが    せうが       たでず 【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 【注① 青酢=ほうれん草をゆでてすりつぶし、酢、みりん、砂糖、塩などを混ぜて裏ごししたもの】 【注② 茗荷の花穂の俗称。鱗状の葉が包んでいる。料理のつま・吸い物の実・薬味などの食用にする】 【注③ 花柚=柚(ゆず)の一種。花・莟・果実の切片を酒や吸い物に入れたりして、その香気を賞する。】 【注④ 背越し=魚の作り方の一つ。鮒・鮎・などの小魚の頭、内臓、ひれを除き骨付きのまま三~五mmの厚さに輪切りにする切り方。】 【左丁上段】 ▲いな【川蜷】 ▲せいご【注⑤】 ▲するめ  ふり       せうが       小ゑび  くり       はす        ふり  ゆ        くりたで      大こんけづる  はせうが     くらげ       くり  たです      しばゑび      せうが 【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲いづ さけの ▲ひず【注⑥】  ▲さより  たい       きすご       あはび  わさび      くり        大こん  くらげ      大こん       せうが  くり       あかゞい      くり  せうが ゆ    せうが ゆ     ゆ 【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】 ▲さけ同やきかは ▲ゑそ【注⑦】  ▲たこ  くり。ゆ。うど  なまこ       かれい  めうが。せうが  くり        さより  大こん。せり   せうが       くらげ  ずいき      大こん  ゆ    くり  ひらたけ     木くらげ      せうが 【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル なます  ▲きすご      ▲しらす     ▲やきふな  とり        はりくり【糸栗か】のり  なまこ       かも       はりくり  わさび       せうが      おろし大こん  せうが       わさび      せうが  もゝげ【注⑧】うど みかん      ゆ 【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル 鱠 ▲やきふな     ▲やききじ    ▲たい  にんじん      さより くり   白うを  せり まめ せうが 大こん ゆ    くり せうが  大こん くり    ねぶか せうが  わさび せり 【縦に線引き】 ▲なまこ せり   ▲こい 同子   ▲かれい くり  たいうすみ   いり酒すをくはへ   さより みかん  せうが     ぬくめあへにする   あかゞい せうが  木くらげ    くり せうが みかん くらげ 【注⑤ スズキの幼魚。おもに東京付近で呼ぶ。】 【注⑥ 氷頭=サケなどの頭部の軟骨。刻んで食用とする。氷のように透明であるところからいう。】 【注⑦ エソ科に属する海魚の総称。マエソ、アカエソ、オキエソなどの種類があり、蒲鉾などの材料になるものが多い。】 【注⑧ 鳥の内臓、特に胃袋。】 【右丁下段】 【見出し】かしはぎ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名とせる也 源氏四十八歳の正月より秋の すゑまてをかけり。かしはぎ【別本は「木」に濁点付きなので「木」を仮名とした】のゑもん女三(によさん)の宮(みや)の ことゆへにやまひとなる。これはげんじその心をも すこし見せ給ひけるゆへなり。さてかしはぎは 従(しう)をよひて。宮へ哥をまいらせたり〽いまは とてもえんけふりもむすぼゝれ。たえぬ思ひの なをやのこさ【「ら」とあるところ】ん◯此心はいまはをはりになりて たゞいま身はけふりとなりぬとも。女三の宮に むすぼゝるゝ思ひはなをのこるへしと也。この 妄執(まうしう)の。ふかきことをよみてたてまつる也◯女三 の御 返(かへ)し〽たちそひてきえやしなましうき ことを。思ひみだるゝけふりくらべに◯此心は かしはぎのきえ給ふならば。われもその煙(けむり)に たちそひてきえやせん。かしはぎの哥に。たえぬ 思ひのなをや残らんとよみ給へ共。われもともに きえなは思ひの残(のこ)る所はあらじとの心なり。 けふりくらべはたがひに思ひをあらそふ心なり。 女三(によさん)【別本より】も心ちわつらはしけれは。をくるべからずとの心也 【左丁下段】  横笛(よこふえ) よこ   ぶえ し  の  ら   べは ことに  かはら    ぬを むなしく   なり ね  し  こそ    つきせね 【右丁上段】 【見出し】りやうりなます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲た       ▲さより      ▲あかゞい  あはび      はり大こん     さけ  同ひづ      同やきかは     たい  いせゑび     玉子        いか  こたゝみ【注①】ずいき       わさび  うど せり    くらげ はせうが  みかん  右は鱠(なます)之分なり 【注① こだたみ(海鼠湛味)=料理の一つ。ナマコを薄切りにして酒につけてから塩とみりんで調味しただし汁につけて、わさびあえにしたもの。】 ◯にものゝ部 十二ヶ月 【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲白うを      ▲小かも     ▲かも  小とり       あはびかく切   こはまくり  ねふか       あづき      から共に  わりさんせう    ふきのとう    たいらぎ【注②】 【縦線引き】 ▲まて【まて貝】  ▲つぶし玉子   ▲もゝげ【注③】  くはい【くわい】  たつくり     みるくひ【注④】  つく〴〵し【注⑤】 つく〳〵し    つく〳〵し ▲ふくろいり。あをりいかのかうをぬき中へうを玉子  をすりまぜ入もゝげやきぐり入て口をゆひゆに【湯煮】し  てわぎりにして取あはせ木の子なといるゝなり ▲しやうじんのにものに山のいもをよく〳〵すり。はり  ごばうを入かきまぜて一夜をきあくるあささじに  て一すくひつゝあぶらにてあげ何にても一しゆ入へし ▲とうふにしろごまをすりまぜゆに【湯煮】をしてくずた  まりをかけくるみせうがを入へし 【注② 大形の二枚貝。肉は割合に小さいが、貝柱は白色で大きく、すし種など上等の食品になる。】 【注③ コマ56の注⑧参照】 【注④ 海松食=大形の二枚貝。肉は食用とし、特に水管は吸い物やすし種として賞味される。】 【注⑤ つくし(土筆)の異名】 【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲白うを    ▲みるくひ       しやうじん  まて      生わらび      ▲うこぎ【注⑥】  みつば     さけのかは      かちぐり 又白うを    又とこぶし かは共に  けしふりて  つく〳〵し   生わらび      又かんへう【干瓢】          しほ竹の子      しいたけ 山の芋 【注⑥ ウコギ科の落葉低木。若葉を食用とす。】 【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 【左丁上段】 ▲小とり     ▲いか     ▲やきはへ【焼鮠 注⑦】  ごばう      わかめ     ねぶか  さけのかは    めざし     さんせう 【縦線引き】 ▲さけのかは    しやうじん   同  めざし     ▲ふき     ▲くるみ  ふくため【注⑧】とうふ     とうにん【桃仁】  生わらび     ほし大こん   とうふさいのめ           くろまめ    ごばう同せうが《割書:は|り》 【注⑦ 「はえ」又は「はや」。川魚の「おいかわ」又、「ウグイ」をいう。】 【注⑧ ふくだみ(福多味)=常節(とこぶし)の肉とわたをきざみ薄い塩味に仕立てたもの。ふくだみとも。】 【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲やきあゆ    ▲くし子【注⑨】しやうじん  竹の子      あんかけて  ▲いかうのはな 又たつくり    又いか      うこぎ  しゞみ      わらび     ごまふりて  くこ       ふ      又ゑんす【燕巣】  くろまめ     やきどうふ   生のり めうが竹【注⑩】 【注⑨ 串海鼠=腸を取除いたナマコをゆでて串にさし、干したもの。】 【注⑩ 茗荷竹=茗荷の宿根から生じる若い茎。】 【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲ひばり   ▲にし【注⑪】のくろに【黒煮】しやうじん  竹の子    ごまふりて        ▲やきとうふ 又      又はと            しいたけ  ひばり    さ?はつ          竹の子  さゝげ   又丸なすび         又むめぼしこんぶ  けづりごはう 花かつを くず       ほそさゝげ 【注⑪ 巻貝の総称。赤いのがアカニシ、田にいるのがタニシというように用いられる。一般にはアカニシをさすことが多い。】 【見出し】六月七月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲くもたこ【注⑫】  ▲ぼらうすみ   しやうじん  さけのかは      つぶし玉子  ▲小なすび丸  くろまめ       つけわらび   しいたけ  こんぶ       又やきふな    山のいも  かんへう さんせう  わらび     又かんへう あげぶ  ごばう小口切     くし      しいたけ 【注⑫ マダコ科のタコ「てながだこ(手長蛸)の異名。腕(足)がきわめて長く、体長の八割を占める。】 【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲はらゝ子【注⑬】すり ▲かも     しやうじん  かいやき         ねぎ    ▲まつたけ  玉子           大こん    いわたけ【注⑭】  あはび          つぶ山升【椒】ごばう  さけの         ▲又小とり  ▲又いも    うすみ        まいたけ   しいたけ                      やきどうふ 【注⑬ コマ54注③参照】 【注⑭ 岩茸=各地の深山の岩石上に着生する。食用となり、乾燥して貯蔵する。】 【右丁下段】 【見出し】よこふえ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】 此巻は歌もつて名とする也。 源氏四十九歳の二月まての 事あり。かしは木のゑもんのかみの北のかた。をち ばの宮をば一条の宮と申也。ゑもん死(し)し給ひて のち。夕きりの大将おり〳〵御たつねありしに。 八月なかば月ことにおもしろくあはれなり しに。大将此宮へ参り給ひたれは。うちより 笛(ふゑ)を取出して大将にすゝめ給ふ。此笛より。いに しへゑもんかみのそのきはまてもち給ひし とてつたへまいらせ給ふ。大将の御うたに 〽よこ笛(ふえ)のしらへはことにかはらぬを。むなしく なりしねこそつきせね◯此心は此笛もと かしはぎのもち給ひしものなれど。ふきならす 声(こゑ)はかはらぬに。持(もち)給ひし人はむなしくなり ぬれとなくねはつきかたしと。笛(ふへ)のねになく音(ね) をそへてよみ給ふ也。かくて笛(ふへ)をつたへ給ひて後(のち) ゆめにゑもんのかみありしさまにてよみ給ひ ける歌〽笛竹(ふへたけ)にふきよる風のごとならはすえ のよながきねにつたへなん◯此心はしらべ風 のことくつたはるならは。わか思ふかたへ伝(つたへ)たきと也 【左丁下段】  鈴虫(すゝむし) こゝろ   もて 草(くさ)の  やどり    を いとへ   ども なを  すゞ   むし こゑ の   ぞ  ふりせぬ 【右丁上段】 【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲たい      ▲小鳥。たい    しやうじん  あはび      うど      ▲とうふ  くはひぬかみそ  やきぐり     大こん いも ▲又小とり。たい  たまご      ごばう  やきぐり    ▲たいらけ【注①】木くらげ  丸なすび     ひらたけ    ▲又やきどうふ           ゆ【柚】のかは  せうが 【注① 「たいらぎ」の変化した語。コマ57の注②参照】 【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲かも    ▲あんかうふくろ   しやうじん  ねぶか    ねりみそ     ▲大こんさいのめ  大こん    たい ひらたけ   こまみそ上とうふ  ひらたけ   ぎんなん      くろまめ かや せうが 【縦線引き】 ▲しゞみ      ▲はまぐり     しやうじん  あづき       たつくり    ▲にんじん  ごばう       けづりごばう   木くらげ ごばう ▲又白うを      たにし     ▲又こんにやく  玉子 小だい    せり       やきどうふ  もゝげ【注②】せうが        きのこ 【注② コマ56の注⑧参照】 【見出し】十一月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲からすがい ▲がんゆてとり         しやうじん  ごばう    はんへり【「い」ヵ】ゆにして▲山のいも  小とり    とうふ。わさびみそ      あらめ ▲又かき   ▲又かつほ           むかご  はらゝ子   たつくり           大こん  白うを    するめ             ふとに  くき     ごばうけづり         こせう         せり せうが 【見出し】十二月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲たい。かも  ▲かも     ▲ゆてとり  いせゑび    かまぼこ    大こん  小はまぐり   ねぶか     わさび ▲又たら    ▲又ゆできじ   くずだまり  ごばう     わさび     くじら  まいたけ    花かつを    ごはう  せうろ【注③】ちんひ【陳皮】くはゐ 【注③ 松露=海辺の松林の松の根のところに生えるある種のキノコ。】 【右丁下段】 【見出し】すゞむし【源氏香の図 注④】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】 此巻は哥と詞とをもつて名 つけたる也。源氏五十歳の夏 より秋までの事あり。折ふし八月十五夜の 月すみわたりてあはれなれは。源氏は女三の 宮のかたへおはしましたる也。女三のみやは御 ぐしをろし給ひて入道の宮と申也。かしは木の 巻(まき)にあり。かくてげんじ月御らんするに。御まへ の庭(には)にはなたれたる虫(むし)どもの中にすゞ虫(むし)の はなやかになきければ。入道のみやの御哥に 〽大かたの秋をばうしとしりにしをふりすて がたきすゞむしのこゑ◯此心は。大かたとは十 のことの九つまても。うき世(よ)をすてゝかく道にいり 給へとも。すゞ虫の音(ね)はふりすてかたきぞと也。 げんじの御物語にむかしを思ひ出し給ふ心也 源氏の御うた〽こゝろもて草(くさ)のやどりをいと えどもなをすゞむしのこゑぞふりせぬ◯此心 すゞむしを女三のみやにたとへて。草(くさ)のやどりを いとふとは此 世(よ)をはなれ給ふ心也。女三の宮の 心からかやうに出家(しゆつけ)し給へども。むかしにかはらぬ 御物語にて源氏はすてはて給はぬ心なり 【注④ 図が違っている。正しくは、右から四本目の線が上で繋がらない。】 【左丁上段】 ◯《割書:是より》さしみの部《割書:十二ヶ月》 【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲生ます   ▲あはび       しやうじん  あさり    はまぐり     ▲あげふ  からしす   からしず      こんにやく ▲又たい   ▲又ゆで鳥      しいたけ  ますうすみ  つく〳〵し     かんてん  くらげ    ぶり        かさいのり【注⑤】         いりざけ【注⑥】也 つのまた【注⑦】のり 【注⑤ 葛西海苔=武蔵国葛西あたりの海岸から産出した海苔。】 【注⑥ 煎り酒=酒に醤油、酢、かつおぶし、焼き塩などを加えて煮詰めたもの。刺身やなますなどの味付けに用いる。】 【注⑦ 海藻の名。】 【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲こい      ▲ゆて鳥     しやうじん  みるくい【注⑧】かはくじら  ▲ふ こんにやく  いりさけにて   わさび     はす ▲白うを      みそず     かんてん  たこ      ▲又いせゑび     せうがす      みをさきて  またゝび           くらけ     みそず            いりさけ 【注⑧ コマ57の注④参照】 【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲しらす     ▲たい      しやうじん  まつな      みるくい   ▲のり  せうがす     たです     あさつき ▲ふかさめ    ▲こい      こんにやく  はまぐり     つく〳〵し   からしず  みそず      いりさけ 【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲まなかつを ▲こい    しやうじん  同  からしず   ほそさゝけ▲こんにやく ▲なすび  又      いりさけ  ほそつくり  さゝげ ▲うつほ    又     うみそうめん くろこんにやく  こい    ▲すぐき  からしず   くらげ   わさび    ところてん         いりざけ  いりさけ   みそす 【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲すゝき  ▲あぢせこし ▲まながつほ  しやうじん  みるくい  またゝび   せいご※  ▲はす ふ  いりさけ  ゑびつくり  ながくきり  こんにやく        たてず    たです    しいたけ                      またゝび ゆ ※ すゞきの幼魚 【左丁下段】  夕霧(ゆふきり) やま   ざと あ  の  はれ    を そふる  夕(ゆふ)   霧(ぎり)    に たち   いでむ かた【「そら」とあるところ】もなき  心(こゝ)ちして 【右丁上段】 【見出し】六月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲まなかつほ  ▲そこにべ    しやうじん  みるくい    たかべ【鰖】 ▲すべりひゆ【注①】  やきあゆ    たでず     なすび  たでず             のり みやうが 【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲かすみいか  ▲すゞき     しやうじん  きすご     うみたけ【海筍】▲なすび  たでず     いりさけ     かんてん ▲又いたらがい  まなかつほ    またゝび  いなだ【注②】ほそつくり    しいたけ  からしず    くらけ      ふ 【注① スベリヒユ科の一年草。各地の田畑や路傍に生ずる。若いうちは和え物やひたし物にして食べられる。】 【注② ブリの若魚。はまち。】 【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲あゆのしら子 はりくり  ▲生さけ    ▲又小たゝみ【注③】  ひぶくのかは【注④】はりせうが まつたけ こい   せん ̄ニ きり わさび    さつとむして  いりざけ  さけのうすみ いりざけ   いりさけ ̄ニ ゆのす【柚】 【注③ コマ57の注①参照】 【注④ 干河豚のこと。フグの干物。】 【左丁上段】 【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲たこ     ▲あはびせん ̄ニ  しやうじん  がざみ【注⑤】 さゞいか    ▲はす ふ  ひらたけ    あかゞいか    おごのり【注⑥】  いりさけ    しやうがみそ   しいたけ 【注⑤ ワタリガニ科の大形のカニ】 【注⑥ オゴノリ科の海藻。湯がいて鮮緑色になったものを刺身のつまに用い、テングサとともに寒天の原料ともする。】 【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲ひらめ     ▲かき たい  ▲いはしひしこ【片口鰯】  からしず     こげはたゝき  はまぐり ▲又ぼら      みるくい    からしす  あかゝいからしす 花かつを    ゆ【柚】のかは入 【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル さしみ【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲たい   ▲ふり     ▲かものほねぬき ▲きすご  ゆてとり  きじ ゆてゝ  わさび      あかゞい  いりさけ  にんにくみそ  いりさけ     からしす 【縦線引き】 ▲いなだ  ▲にがい【注⑦】 ひらめ   ▲はす ふ  せうがす  ゆで鳥      くらけ    かんてんのり        けしず【注⑧】 いりさけ   くろくはい 【注⑦ 煮貝=アワビ・トコブシなどの貝を醤油で煮しめたもの。】 【注⑧ 芥子の実をほうじてすりつぶし、みりんを混ぜて裏ごしにした加減酢。】 ◯あへものゝ部 《割書:十二ヶ月》 【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲あんかう   ▲しゞみ        しやうじん  のふくろ     よめがはげ【ぎの誤】▲せり  とりあへ    けし         こんにやく  せうが      さんせう      ごま  わさび    ▲又ぼら うすみ   又▲水な  いりさけ    さんせう       からし 【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲たこ けし  ▲いかもどき【注⑨】 はりま三ぼう  つく〳〵し  ▲にんにやく    ▲ごばう ▲いさらかい   ゆにして      さつとゆにを  せり      しやうゆ付     してあぶらにつけ  山せう     あぶりきりて    酒につけてもみて ▲くじらの    あをからしか    よきほどにきり  うちのもの   さんせうのは    ごまさんせう  さんせう    たゝししやうじん   同上 【注⑨ こんにゃくを茹でて醤油をつけ火であぶった食品。見かけがイカに似ているところから。】 【右丁下段】 【見出し】ゆふぎり【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とする也。 源氏五十歳の八月まではすゞ 虫(むし)にあり。此巻はおなじ年の十二月までをしる せり。夕霧(ゆふきり)の大将はゑもんのかみの北のかたおち ばのみや。その比はゝ宮ものゝけにわづらひ給ひ 小野へうつりゐ給ふ所へ夕 霧(ぎり)たづねまいり 給ひて。一夜とまり給ひける也。夕ぎりの御哥 〽山ざとのあはれをそふる夕ぎりにたち出ん かたもなきこゝちして◯此心はやまざとは たゞさへも物あはれなるに。まして夕ぎり立 へだてゝたちかへるべきやうもなしと也。下心は おちばの宮に心をかけ給ふてふることをわすれ 給ふなるべし◯落ばのみや御かへし〽山がつの まがきをこめてたつきりも心そらなる人は とゞめす◯此心は。心そらなるとはつね〳〵夕 ぎりの給へるにかはれり。夕ぎりのかくあるまじき 心のありけるが。さやうの人をばとゞめ申さじ と也。又の心は夕 霧(ぎり)の立いでん事【「方」の誤記ヵ】もなき空(そら)と あるは。かへるをいそぐ人なり。さやうに心空なる 人をば。とゞめ申さじとの心なり 【左丁下段】  御法(みのり) たえぬ  べ   き 御(み)  法(のり) ながら   ぞ たのま   るゝ よゝ   にと むすぶ  中(なか)の契(ちぎり)を 【右丁上段】 【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】  魚るい     同      しやうじん ▲たつくり   ▲しゞみ   ▲わかめ ごまみそ  よめがはぎ   うど     しいたけ  さんせう    ごま     たうにん 【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲ばい    ▲まて     よつあへ    同  わかめ    みつば   ▲ごばう小くち ▲又ごばうの  たでみそ   けし 山せう うど 同       かは ▲又田つくり ▲からすがい  大こん さい  ちんひ  せうが くろ ねぶか    くろまめ    ほし  めうが ごま ごまみそ             大こん 【見出し】五月六月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲くしこ【注①】▲たつくり ▲なすび  ▲なすび  木くらげ     さゝげ   小ゑび   花かつほ  まめのこ     ひゆ    もろみ   あかざ  ぬたあへ     たでみそ  あをまめ  がきあへ ▲又ほや      びくにあへ きりたで ▲しゞみ  さんせう           びくにあへ ひゆ たでみそ 【縦線引き】  しやうじん  同      しやうじん ▲又  上ヶなすび ▲めうがのこ ▲たけのこ   うきな【注②】  かんへう   くろごま   ふき     さんせう  くろまめ          からし  しらあへ 【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル あへもの八月同前【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲くしあはび【注③】▲たこ       しやうじん  まつたけ      まいたけ    ▲さゝげ のり  けし。たで     せうが      あげぶ たで ▲又はまぐり    ▲このしろ    ▲又木くらげ  ひらたけ      ぬたあへ     ずいき  さんせう      ゆ【柚】を入て ごまみそ 【見出し】九月十月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲なまこほそく切 ▲しゞみ       しやうじん  このしろうすみ  ごまめ あらめ  ▲くさ木 けし       やき 【縦線引き】    やきみそ  ごま       しやうじん  すみそ      夕かほ たで   ▲ひじきかんへうごま 【注① コマ57の注⑨参照】 【注② 京菜または蕪の異名。】 【注③ 串鮑=串に刺して干したあわび。】 【左丁上段】 【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲しゞみ      ▲ゆで玉子     しやうじん  ほしあさり     いせゑびさきて ▲ごばう  くろまめさんせう  すみそあへ    大こん せうが ▲くもだこ【注④】▲又さゞい    ▲又かんへう  ゆのかは      ひぶくのかは   ごばう  さんせう      せり みそ    木くらげ 【注④ コマ57の注⑫参照】 【見出し】◯あへまぜ之部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲ごまめ     ▲花かつほ     木くらげ  大こん      さくらのり    にんじん  せり くり    せうが      みかん   しやうゆ す さけ入て 【縦線引き】 ▲ごんぎり【注⑤】かと       めうが  するめ      かつほ      木くらげ  くりせうが    すしやうゆさけ入て 【縦線引き】 ▲花かつほ     ひだら      小ゑび  わかめ      くらげ せうが  めうがだけ  くり しやうゆ すさけ入て     するめ 【注⑤ 小さい鱧(はも)を丸干しにしたもの。刻んで、なますなどにする。】 【見出し】◯精進すあへの部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲大こん      くり       にんじん  のり せり    みかん      しいたけ  せうが      うとくるみすみそ こんにやく 【縦線引き】 ▲ふ        のり       みかん  くるみ      とうふのうば   くり  せうが      大こん 【縦線引き】 ▲大こん      めうが      あをまめ  くり       のり       せうが  みつかん 【見出し】◯吸(すい)ものゝ部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲こんにやく ̄ヲ そうめんのごとくにきりて  めうが竹 こぐちきり  すいくち あをさんせう 【縦線引き】 ▲玉子をちやわんへなりともめい〳〵につぶし入  しるかげんよきとき右の玉子一つつゝ入何にて  も見あはせ一しゆ入 【右丁下段】 【見出し】みのり【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とせり。 源氏五十一歳の春より秋 まてのことあり。紫(むらさき)のうへ御わづらひおもかりし かば。千部(せんぶ)のほけきやうのくやうたきゞのぎやうだう などいふことあり。たきゞのぎやうだうとは。行基(ぎやうぎ) 菩薩(ほさつ)の御哥に。法花経(ほけきやう)をわがえしことはたきゞ こり。なつみ水くみつかへてぞえし。此哥を僧たち となへ。花おけをおひて六位(ろくゐ)蔵人(くらうど)など。みかどの 行道(ぎやうだう)のさきへゆく也。此 法事(ほうじ)はてゝ。おの〳〵 かへらんとするに。花ちるさとの御かたへ。紫(むらさき)の上(うへ)より 御哥あり〽たえぬべき。みのりながらぞたの まるゝ。よゝにとむすぶ中のちぎりを◯此心は たえぬべきとはかぎりのちかき心也。みのりとは わが身にそへていへるなり。けふのみのりのくどく のちのよゝにもたえまじきと也。中の契(ちぎり)とは 花ちるさとゝの中のちぎりもみのりのくちぬ ゑんにてたゆまじきぞと也。花ちる里(さと)御返 し〽むすびをくちぎりはたえじ大かたの。 のこりすくなきみのりなり共。◯此心は花ちる さとのとしふけ給へるにより。我身のことをよみ給ふ也 【左丁下段】  幻(まぼろし) おほ  ぞら   を かよふ  まぼろ    し 夢(ゆめ)にだ    に 見え   こぬ ゆくゑ 玉(たま)の  たつねよゝ 【右丁上段】 ▲よめがはぎ なめすゝき【注①】 ▲生わらびのり ▲むめぼし のり          いわたけ ▲とうふに玉子のきなる所を引あぶりてのりを入 ▲あはびをせんにきり  ▲白うを  のり入         なにゝても一しゆ ▲こゑび          またゝびのくき  こゝりこんにやく【注②】 ▲もゝげ        ▲いかをさいのめにきり     みつばぜり     のり入 ▲山のいも    あまのり    くり      せうが ▲しゞみ        ▲にし     くろまめ       めうがの子 【見出し】◯さかな之部 《割書:魚鳥|しやうじん》【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】 ▲ふくるみをすりたししやうゆにて  ゆるめふにつけあぶり用ゆ ▲こんにやくをざつとあぶり大きくきりて  こせうのこをふるべし ▲いかでんがく ▲なすびこぐちぎりあふらにひたし  あぶりさんせうみそ ▲ちんび からかへ?  あをのり  なるほどほそくはりのごとくにきり  にしめをきあはせ ▲たこ なるほどほそくきりゆのわかは  はりしやうがす ▲ばい うすくきりてゆのかはせんにきり  さけ す しやうゆ ▲かきかいのみをあぶりこせうのこをふりて  しやうゆにゆすを入 ▲かはつきかまほこはむ【鱧】のかはをいたにして  みをよきほとにつけむしてつねのかまほこのことく  いた共にきりていだす 右料理こん立数種大がいかくのことし 【注① えのきだけの異名。】 【注② 凝り蒟蒻=こんにやくを煮て寒中に凍らせたもの。精進料理などに用いる。】 【右丁下段】 【見出し】まぼろし【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名つけたる也。 源氏五十二歳の正月より十二 月なでを次第〳〵にしるしたり。源氏の紫(むらさき)の うへを忘(わすれ)かたき心。月日にそへてたゝまなき心を あらはせり。げんじの歌に〽おほそらに【「を」とあるところ】。かよふまぼ ろしゆめにだに。見えこぬ玉のゆくゑたづねよ。 此心はげんじ空(そら)とぶ雁(かり)がねを見給ひて。かの唐(もろこし)の げんそうくはうていの使(つかひ)にて。方士(はうし)がげんじゆつと いふて。ひぎやうじさいをあらはして。こくうをも かけり。ついにとこよの国ほうらいきうにいたりて。 やうきひのこんはくにあひたてまつりしこと あれば。今とふかりもとこよにかへれば。はうしに なぞらへて。大空(おほぞら)にかよふまぼろしのじゆつあらば。 せめてなき玉のゆくゑをたつねて。ゆめにだに あひたきよしをつげよとなり。是はげんそうと やうきひのことをしるしたる長恨歌(ちやうこんか)といふ文(ふみ)に 魂魄曽来夢不入(こんはくかつてきたつてゆめいたにいらす)【注③】といふ事あり。その心をよみ 給ふ也。此巻すべてむらさきのうへを恋給ふことを 書あらはしたり。げんじもこの思ひにてついに かくれ給ふを。くもがくれといへり 【注③ 語順が違っている。正しくは「魂魄不曽来入夢(こんぱくかって来たりて夢に入らず)」】 【左丁上段】 【見出し】有馬湯(ありまゆ)の山 ̄の由来(ゆらい)【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ▲攝州(せつしう)ありま山 温泉(うんせん)の旧窟(きうくつ)はそのかみ 人王(にんわう)三十五代 舒明天皇(ぢよめいてんわう)。三年秋九月に此 所に御幸(みゆき)なり給ふ。しかるに此 湯(ゆ)の涌(わき)おる所 岩をたゝみ草をむすびたる仙窟(せんくつ)なり。されば 其時 三(み)かの月(つき)湯(ゆ)つぼにさし入たるをゑいらん まし〳〵て。是ぞ誠に人民(にんみん)の病苦(びやうく)を治(ぢ)する 温泉(うんせん)なるべしと思召かたじけなくも御製(ぎよせい) ◯三日月(みかつき)のしほ湯(ゆ)にうつる影(かげ)見れば   かた輪(わ)もなをる七日(なぬか)〳〵に みか月は半月(はんげつ)にしてかたわのかたちなり しかれ共七日〳〵十四日此湯にかげをさし 入て満月円成(まんげつえんじやう)の姿(すがた)になをるとの御心になん ▲同十年の冬(ふゆ)御幸(みゆき)まします◯又卅七代の聖主(せいしゆ) 孝徳(かうとく)天皇三年十月朔日に御幸(みゆき)まし〳〵て 武庫(むこ)のあんきうに還御(くはんぎよ)し給ふ。はじめは武庫(むご)と いふ。今の兵庫(ひやうご)なり ▲人王四十五代 聖武(しやうむ)天皇の御宇(きよう)神亀(じんき)元年甲 子の年 行基菩薩(ぎやうぎほさつ)こやの里(さと)崑崙山(こんろんさん)金養寺(こんやうじ)に 【左丁下段】  匂宮(にほふみや) おぼつ   かな たれに とはまし いかに  して はじ  めも  はて    も しらぬ  わが身ぞ 【右丁上段】 入せ給ひてあんぢうし給ふ爰(こゝ)に温泉(うんせん)山 のかたはらより一人の病夫(びやうふ)来りて。こやのさと ちかき山の中にふしゐたるを行基ふびんに 思召 飯食(おんしき)をほどこし給ふ其うへ病夫(びやうふ)がのぞみ ゆへ海辺(かいへん)にをり立みづから魚をすくひたまひ かた身をおろし煮(に)てあたへ給へば病夫したひに快(くはい) 気(き)をぞ得たり重て病人 迚(とても)の御しびに我(わが)五 体(たい) 身分(しんぶん)くづれたゞれ肉中(にくちう)に虫 生(しやう)し。かゆき事たへ がたし願(ねかは)くはわが膿血(のうけつ)をねぶりむしをすふて たべかしと申ける。行基是をもいとひ給はす 【左丁上段】 病夫が五たいすはせ給ふ其後 泉府(せんふ)を封(ふう)じ 石像(せきそう)の薬師(やくし)を作(つく)り奉り如法経(によほうきやう)を書うつし 温泉(うんせん)のそこにぞうづみ給ふ一 切衆生(さいしゆじやう)諸(しよ)びやう めつぢよと誓祈(せいき)をたてかちくやうにいたる までいと念比(ねんころ)に行(をこな)ひ給ふ行基菩薩 病夫(びやうふ)にあ たへて煮(に)のこし給ふ半肉(はんにく)の魚をこやの池にはな ち給へば水中(すいちう)にて金魚となり悦(よろこ)びをなす 事なのめならずさるによつてこやの池に住(すむ) 魚はみな片(かた)め也と云伝(いゝつた)ゆ此 魚(うを)を食(しよく)する者は たちまち癩病(らいひやう)と成とかやそれ故くふ人なしかの 病夫(ひやうふ)が五 体(たい)のこらず吸(すは)せ給ふぞありがたき 其時ふしぎや此病人たちまち金色荘厳(こんじきしやうごん)の 仏体(ぶつたい)となり善(よき)かな〳〵我はこれ温泉(うんせん)山 正(しやう) 身(じん)の薬師(やくし)也汝が精誠(しやう〴〵)の道心(だうしん)をしらん為 方便(はうべん) をもつて顕(あらは)れたりとさま〴〵仏縁(ぶつえん)の御しめし まし〳〵汝は是よりつの国ありまのふもと 温泉(うんせん)の窟(くつ)に至(いた)り湯(ゆ)の山を開基(かいき)して末世(まつせ) 衆生(しゆじやう)の病苦(びやうく)をたすけよと示(しめし)給ひこくうに 失(うせ)させ給ふ行基(ぎやうぎ)大きに渇仰(かつがう)し給ひいそぎ 仏勅(ぶつちよく)に任せ温泉(うんせん)の窟(くつ)に至ゆの山かいきある 【右丁下段】 【見出し】にほふみや【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名とせる也 匂(にほふ) みやはかほるの大将の事也。この 巻とまぼろしの間に雲(くも)がくれの巻名はかり有て ことばはなし。是は源氏のかくれ給ふ所なれば。ふ かき心ありて詞(ことは)なき也。この巻よりかほる大将の御 としをしるす。まぼろしの巻にて五才也。ことし 十四歳にて元服(げんふく)の事(こと)あり。六歳より十三まて の事 雲(くも)がくれのうちにゆづりたり。此かほる大将は げんじ四十八のとしの御子なり。かほるの御哥に 〽をぼつかな。たれにとはましいかにして。はじめもはても しらぬわが身ぞ◯これは元来(ぐはんらい)かしはぎのゑもん 女三の宮にかよひて出来(でき)給ひし御子なりけれ共。 げんじはしらぬよしにて。我子(わがこ)のごとくいとをしみ 給へり。され共げんじの御子のやうにもさすがに あらさるやうに思ひ給へば。たしかなることをしら する人なきをうちわびて。おぼつかなとはの給へり。 これかほる一世のうへをもつて生死(しやうじ)のはじめも なくをはりもなき道理(たうり)をよみあらはしたる ふかき哥なり。巻の詞(ことは)にけんげうだいしのわか 身にとひけんさとりをもえてしかなとあるなり 【左丁下部】  紅梅(こうばい) 心(こころ)ありて  風の 匂(にほ)はす  そのゝ むめに  まつ 鶯(うくいひす)の  とはずや  あるべき 【右頁上部】 ▲一 条院(でうのいん)の御宇(ぎよう)長 徳(とく)三年やよひの頃。和泉(いつみ) しきぶ播州(ばんしう)書写山(しよしやさん)に詣(まふ)で帰るさに此 湯(ゆの) 山に來り。湯治(たうぢ)せられんとて先 薬師(やくし)の宝前(ほうぜん) にまふで給へば俄(にはか)に月のさはり有ければ大きに かなしみ○もとよりも塵(ちり)にまじはる我なれ ば。月のさはりと成ぞ悲(かな)しきとゑい【詠】じ給へば 御帳(みちやう)のうちより御(み)こゑを出して○もとよりも ちりの浮身(うきみ)のしやばなれば月のさはりも何(なに) か苦しきと。御尊詠(ごそんえい)有て免(ゆる)させ給ふと也 ▲人皇七十三代ほり川院(かはのいん)の御宇。淫雨洪水(いんうこうずい)し て山谷(さんこく)をくつかへし。民屋坊舎(みんをくばうしや)湯(ゆ)つぼ迄 悉(こと〴〵)く 沉没(ちんほつ)して一同に破滅(はめつ)せり其程九十五年が間 取立るわざもなく絕(たへ)はてければ草木ふかく しげりむなしく禽獣(きんじう)の住(すみ)かと成。人すむ事なし ▲其頃 和刕(わしう)三吉野(みよしの)高原(たかはら)寺の住僧(ちうそう)仁西(にんせい)上人 とて大 峯(みね)高験(かうけん)の行者あり。熊野(くまのゝ)権現(ごんげん)の 御 吿(つけ)によつて彼(かの)温泉(うんせん)の山に尋(たづね)行給ひ里人 をかたらひ湯舟(ゆぶね)を造(つく)らせ二たびはんじやうの有 馬山。今の世〻(よゝ)迄 温泉(うんせん)の利益(りやく)有がたし。これ ありまの中興(ちうこう)上人にて行基𦬇【上下艹艹、菩薩ノ畧字】のさいらい也 【右頁下部】 こうばい 此巻は詞をもつて名つけたる也。 のき近(ちか)き紅梅(こうばい)のいとおもしろく 匂(にほひ)たるとあり。此巻はあぜちの大納言とて。かしは ぎのゑもんのかみのおとゝにて。世にさかへ給ふあり。 この北のかたはひげくろの大将のむすめ。まきの はしらよ我をわするなとよみし人。ほたる(紫上の父也)兵部(ひやうぶ) 卿(きやう)のみやにまいり給ひしが。みやかくれ給ひしのち 大 納言(なごん)のかたへまいり給ふ。みや(兵部卿)にひめ君ひとかた おはしけり。此御かたの庭(には)にうつくしき紅梅(こうばい)あり。 まゝ父 大納言(あせち)。この梅(むめ)の枝(えだ)を折て/にほふ(けんじの御おい也)【源氏の御甥也】兵部卿(ひやうぶきやう) のもとへ。くれないのうすやうに文かきてたてま つり給ふ歌に 〽心ありて風のにほはすその の梅(むめ)にまつうくひすのとはずやあるべき。此 心は風の心ありて匂(にほ)はするむめには鶯(うぐひす)のとはぬと いふことはあらじと也。下心は姫君のことをほのめ かす也。まつ鶯(うぐひす)とは先(まづ)と待(まつ)との心あり。此ひめ 君を。みやにたてまつりたきと思ふ心ありてこそ。 紅梅(こうばい)をまいらする也。此心あるに。いかでかまつ うくひすのとはすをき給ふまし【如何でか、待つ鶯の訪はず擱き給ふまじ?】とは。兵部卿の 宮をうぐひすにたとへていへるなり 【左頁上部】 ▲湯船(ゆぶね)の寸方之事○横(よこ)の廣(ひろ)さ。壱丈二尺 五寸。奥行(をくゆき)壱丈五寸。深(ふか)さ三尺八九寸なり。 ○一の湯南むき○二の湯北むき。坪数(つほかず) 何れも同事也○湯のあつさぬるさのかげん 四季ともに同事也○湯(ゆ)相應(さうをう)養生記(やうじやうき)の事 一 中風(ちうぶう) 一 脚氣(かつけ)  一 筋(すぢ)いたみ  一第一ひえ 一 頭痛(づつう) 一 打身(うちみ) 一 骨(ほね)くだけ 一 金瘡(きんそう) 一 痔漏(ぢろ) 一 下血(げけつ) 一 腎虚(じんきょ) 一 労瘵(らうさい) 一 虚労(きよらう) 一 痃暈(けんうん) 一 疝気(せんき) 一 冷疾 一 田虫(たむし) 一こせ 瘡(がさ) 一 痳病(りんひやう) 一 腰氣(こしけ) 一 白血(しらち)長血(ながち) 一子のなき女人此湯に入ば懐胎(くわいたい)す ○此外 諸事(しよじ)の煩(わづら)ひは金輪(こんりん)涌出(ゆじゆつ)の霊湯(れいたう)也 仏神 加祐(かゆう)の寶泉(ほうせん)なるにより男女共此ゆに 入ぬれば腎(じん)を補(をぎな)ひせい気をまし脾胃(ひゐ)を剛(つよく) し食(しよく)事をすゝめやせたる人はしゝつき肥(こへ)たる人は 肌膚(きふ)をかたくなす。此外 異症怪病(いせうけひやう)のたぐひも よく其 宿(やど)に相 尋(たづ)ねて湯治(たうぢ)有べし 一 生瘡(なまかさ) 一 癩病(らいひやう) 一 癲癇(てんかん) 此 三病(さんびやう)には 相應(さうをう)せずかへつてあしゝ。必(かならず)是をつゝしむべし 其法くはしく縁起(えんぎ)并に湯文(ゆぶみ)にあり 【左頁下部】 竹川(たけかは) たけ  かはの はし  うち いでし  ひと ふしに ふかき   心(こゝろ)の そこは しりきや 【右丁上段】  有  馬   冨士  ふもとの きわは  う  み にゝ  て なみ  かと  きけ   は   お    の     の    まつ     かせ 【右丁下段】 【見出し】たけがは【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞とをもつて名と する也かほるの大将十四はかり と書て次(つぎ)のとしの正月より七月まで書て 又次の年のことあり。玉かづらの内侍(ないし)のかみの御はら。 をとこ”君みたり。女”君ふたりをはしける。ひげぐろ うせ給ひてのち。心かけ給ふ人おほかりけるに。夕 霧(きり)の御子 蔵人(くらんど)の少将(せうしやう)ねんごろにきこえて。御はゝ 雲(くも)ゐのかりより文をまいらせらる。その比かほるは 十四五ばかりなるを。むこにと玉かづらはおぼしたり。 かほるの御かたちににる人なくをはしければ。御 はゝ玉かづらも姫”君にあはせばやとおぼしける也。 むめの花さかりに。かほるをはしけるあしたに かほるのもとより玉かづらの姫”君のもとへ 〽竹”川の。はしうちいでし一ふしに。ふかき心のそこ はしりきや◯此心は。はしは橋(はし)と端(はし)とをかねて いへり。ことばのはしうちいでゝ。いひわたるふかきわが 心はしり給ふかとの心也。姫君かへし〽たけがは に。よはふかさじといそぎしに。いかなるふしを 思ひをかまし◯此心はわが身を卑下(ひけ)してかこ ちたる哥也。はやく御帰あるは御心とまるふしなきかと也 【左丁上段】 ◯温泉(うんせん)湯治(たうぢ)養生之(やうじやうの)事 ▲凡(をよそ)湯(ゆ)に入る次第は。先まくら湯にてう がひをして。心経(しんぎやう)一くはん薬師(やくし)の名号(みやうがう)。くはん をんのほうかう【宝号】をとなへ。其のち湯(ゆ)に入へし。 もしいそぐ事あらば。やくしのみやうがう ばかりとなふべし ▲幾湯(いくゆ)諸国(しよこく)に有るといへども。或(あるひ)は水湯。又 は色々 味(あぢはひ)の湯なり。然るに此ありまはしほ 湯にて。力(ちから)はげしみ。ゆへすくなくよくすれ ばかんを暖(あたゝ)め。しつをさり。風をしりぞけ。 けつけいをたゞし。気(き)りよくをます。腫痛(はれいたみ)の 所を治(ぢす)る事。此湯のとくにこへたるはなし。 しかしながら。くすりなればとて。つよく よくすれば。汗(あせ)しきりに出て。けつけい ちがひ胸(むね)ふさがり。心とろけ。きりよく尽(つき) て。たちまちにあやまち有。たとへば酒はもろ 〳〵の薬なれども。過(すぐ)るによりて毒(どく)と成。 塩はあぢはひの主(ぬし)なれども。すぐればあぢ をうしなふがごとし ▲大かた養生(やうじやう)に入ひとは。一日に二度ばかり 【左丁下段】  橋姫(はしひめ) はし   ひめ    の 心を  くみ   て たかせ  さす さほの  し   つく     に 袖(そで)ぞ  ぬれぬる 【右丁上段】 くるしからず。但し老(をひ)たるや。気りよくの つよきと。よはきは。大きにかはるべし。冬は とうひやうあらずとて。しやうとく【生得=生れつき】かすなき人 気りよくよきまねをすべからず。よくつゝしむべし ▲湯船(ゆぶね)に久しくゐる事。第一しかるべからず。 ゆはぬるきをほんとす。あつければねつをうる なり。身ねつすればかぜをひく。かへつてかん のもとひなり ▲しよくごにそのまゝゆに入べからず。こと さらかみなどあらふ事。そのときに至り てしんしやく【斟酌】あるべし ▲たうじの間。酒をてうじあるべし。もし ふくせば。あたゝめてすこしくるしからず。 ことにゆにいりまへと。あがりてそのまゝ のむべからず ▲やまひにつかれ。きりよくをとろへたる は。らうにやくによらず。一日に一ど。もしは 二度ゆをぬるくしてかゝるべし。やまひに よりて三(み)びしやく。五びしやくかゝるべし ゆぶねに入る事ゆめ〳〵あるべからず【別本にて】。かく 【左丁上段】 のごとく日かずをへてやうじやう有べし これにてせんやくあとしゆやう【須用】する事 しかてふせいのものしかるべし。かさけ【風邪気】の 人は薏苡(よくい)桑(くは)又 中風(ちうふう)の人はきくをせんじて ふくすべしゆすぐればりけつするなり これによつてしややく【瀉薬】を用ひてよろし ▲こゝにてのかうせきは御やどにてのごとく なるべし但しぶやうじやうならん人の気 にはあらずよのつねのごとし ▲たうぢの間ひるねすべからずことさら ゆあがりにいねつればあせはしりけつ気 ひちがひあやまちこれ有そうへつ【総別=概して】汗(あせ) をたらす事わろし秋冬の湯にあせの たる事あしきなり ▲こゝにていんじをもらす事第一のどく なりゆより出ゝも二七日三七日はつゝしむへし ▲ぬれたるかたびらきる事なかれ たうじのあいだきうじすべからす ▲こゝにてにくをしよくせずといへども やうじやうの人はくるしからず 【右丁下段】 【見出し】はしひめ【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右の角の飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌をもつて名とする也 かほる十九歳より二十一の歳 まての事見えたり。これより宇治(うぢ)十 帖(でう)のうちなり 宇治にふるき宮(みや)住(すみ)給ふ。此 宮(みや)はきりつぼのみかど 八の宮げんじには御おぢ也。れいぜいゐん御 位(くらゐ) のおり。しゆしやくゐんの御はゝよきに思しめして。 此八のみやを御くらゐにたてばやと。思召有けれ ども。御心もちあしければにや。都(みやこ)の住(すま)ゐむつか しく宇治(うぢ)の山 里(ざと)のれうちにうつり住せ給ふ ゆへ。うぢの宮(みや)とも。うばそくの宮とも申也。姫君 一人もち給ふ。此宮はなにごとの道にもたつし 給へば。かほるまいりて物ならひ給ふに。姫君も思ふ 心あり。さてかほるのよみ給ふ〽はしひめの心を くみてたかせさす。さほのしづくに袖ぞぬれぬる 此心は。姫君をはし姫によそへていへり。下句(しものく)は かほるの身によそへたり。姫君の此所につれ〳〵と ながめ給ふ心をくみて。かほるの袖(そで)をぬらすと也 高瀬(たかせ)は舟なり。あやしき舟ともに柴(しば)つみて とある詞をうけていふべし。ふかく思ひ入ありて よめるうたなり 【注 図が違っている。正しくは左から二本目の線は上の横線に付かない。】 【左丁下段】  椎本(しゐかもと) たち  よら    む かけ   と  たの みし  しゐ  がもと むなしき とこに   なり ける  に   かな 【右丁上段】 ▲やまひにつかれしん〴〵くたぶれたる 人は手あしなどかなはぬ事有とも ゆぶねにつかりてあびすごさず。つのを なをし牛を殺(ころす)ことし能々(よく〳〵)つゝしむべし ▲しよくじにてもくすりにてもね つしやうのものはわろしことにかんれい の物ももちゆべからずこはくかたき物わろし ▲ゆあがりの日あめかぜのはげしき ときはしかるべからずいかにもてん気 よき日出らるべきなり 【右丁下段】 【見出し】しゐがもと【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名とする也。 かほるの宰相(さいしやう)になり給ひての 四年めなり。かほる廿二歳 ̄の春(はる)より。次(つぎ)の年(とし)廿三歳 のなつまでのことあり。宇治(うぢ)のみやにはかほる まいり給へば。悦(よろこひ)給ひてなからんあとの事。姫君 などのことまでかず〳〵申(まうし)おき給ひければ。 かほるもかはらぬ心ざしをしらせ給はんとの給ふに。 宮の哥に〽われなくて草(くさ)の庵(いほり)はあれぬ共。 このひとことはかれじとぞ思ふ。そのゝち宮は しづかなる所にて念佛(ねんぶつ)せんとて。山寺にこもり 給ひついにそこにてむなしくなり給ふを。かほる かなしく思し給ふ。宮かくれ給ひてのち。あれ たるを御らんじて。かほるのよみ給ふ〽たち よらんかげとたのみししいがもと。むなしき とことなりにけるかな◯此心は古哥(こか)に。うば そくがをこなふ山の椎(しい)がもと。あなうは〳〵し。 とこにしあらねば。この哥につきて うば(今の)そく のみやのおはせし御ゆかをいへり。かほるの出(しゆつ) 家(け)し給はゝと。たのみ所にてありしものを。その 人もなければむなしき床(とこ)となりけるよとの心也 【左丁上段】 【見出し】つれ〳〵四 季(き)之 段(だん)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ◯おりふしのうつりかはる社物ことに あはれなれ。物の哀(あはれ)は秋こそまされと 人ごとにいふめれど。それもさるものにて 今ひときは心もうきたつ物は。はるの けしきにこそあめれ鳥のこゑなども ことの外に春めきてのどやかなる日 影(かげ)にかきねの草もえいづる比より。やゝ 春ふかく霞(かすみ)わたりて花もやう〳〵 けしきたつ程こそあれ折しも雨(あめ) 風うちつゞきて心あはたゝしく。ちり すぎぬ青葉(あをば)になる行までよろつに たゞ心をのみぞなやますはなたちばなは 名にこそおへれ。猶(なを)むめのにほひにぞ。古(いにし)へ の事も立かへり。こひしう思ひいでしるし。 やまぶきの。きよげに藤(ふぢ)のおぼつかなき さましたるすべて思ひすてがたき事 多(おほ)し 灌仏(くはんぶつ)の比(ころ)。祭(まつり)のころわか葉(ば)のこすへ涼(すゞ)し げにしげりゆく程こそ世のあはれも。人の 【左丁下段】  総角(あけまき) あけ  まき   に なかき  契(ちきり)   を むすび  こめ おな   じ ところに  よりも   あはなん 【右丁上段】 恋しさもまされと人の仰られしこそ。げに さるもとのなれ五月あやめふく比。/早苗(さなへ)とる ころ。水鶏(くゐな)のたゝくなんど心ぼそからぬかは 【右丁上段】 たてわたしてはなやかにうれしげなる こそ又あはれなれ◯何がしとかやいひし 世すて”人の。此世のほだしもたらぬ身に たゞ空の名残(なごり)のみぞおしきといひしこそ まことにさも覚えぬべけれ。よろづの事は 月見るにこそ慰(なぐさ)む物なれ。ある人の月計 おもしろき物はあらじといひしに又ひとり 露(つゆ)こそあはれなれとあらそひしこそ笑(をか) しけれ。折にふれば何かはあはれならざらん 月花は更(さら)なり風のみこそ人に心はつく めれ。岩(いわ)にくだけて清(きよ)く流(なが)るゝ。水のけ しきこそ時をもわかずめでたけれ。沅湘(けんしやう) 日夜(にちや)東(ひがし)に流(なが)れ去(さる)。愁人(しうじん)のためにとゞまる 事。しばらく時もせずといへる詩を見侍し こそ哀(あはれ)なりしが嵆康(けいがう)も山沢(さんたく)にあそびて 魚鳥(ぎよてう)を見ればこゝろたのしむといへり。 人とをく。水草きよき所にさまよひ ありきたるばかり。心なぐさむことは あらじ。何事もふるき世のみぞしたは しきものあらじとぞ思ひ侍るなり 【右丁下段】 【見出し】さわらび【源氏香の図 注①】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥と詞とをもつて名 とする也。かほる廿四歳あげ まきの次(つぎ)の巻也。宮のたのみおほしめして。 念仏(ねんぶつ)などにもこもりてうせ給ふときまでも。 をはしましたりしひじりのばうよりは。 中の君のあね君にをくれ給ひて。たゞひとりおは しけるに。春のはじめに。わらびつく〴〵しを かごにいれて。たてまつるとて。ひじりの哥 〽君にとてあまたのはるをつみしかど。つねを わすれぬはつわらびなり。この心は。み(うぢ)やの をはしましし時の嘉例(かれい)にまいらする程(ほど)に。 それをわすれずして。いまもまいらするとの心。 あまたの春をつむとはわらびつく〴〵しなどの ゑん也◯姫君御かへし〽このはかは。たれにか見 せんなき人の。かたみにつめるみねのさわらび。 この心は。宮あね君などのましまさねばわが 身のかたみとみるばかりなりとのこゝろなり。 かたみとはかごのことをいへり。つらゆきの哥 行てみぬ。人もしのへとはるの野の。かたみに つめるわかななりけり。これもかごの事なり 【注① 図が違っている。正しくは右から三、四本目が上で繋がっていない。】 【左丁上段】 【見出し】月のから名(な)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む。】 正月【上下左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む。以下月名の所は同じ。】青陽(せいやう)  端月(たんげつ)  陬月(むつき)【注②】 初春(しよしゆん) 太郎月(たらうづき) 二月  夾鐘(けうしやう) 如月(きさらき)  仲春(ちうしゆん)  令月(れいけつ) 陽中(やうちう) 三月  弥生(やよひ)  花月(くわけつ)  晩春(ばんしゆん) 桃月(たうげつ)  暮陽(ぼやう)  四月  麦秋(ばくしう) 孟夏(もうか)  梅月(ばいげつ)  純陽(じゆんやう)  卯月(うづき) 五月  星火(せいくわ)  皐月(さつき)  仲夏(ちうか) 景風(けいふう)  雨月(うげつ)  六月  葉月(ようげつ) 旦月(たんげつ)  林鐘(りんしやう)  季夏(きか)  水無月(みなづき) 七月  文月(ふみづき)  涼月(りやうげつ)  夷則(いぞく) 初秋(しよしう)  七夕月(たなはたつき) 八月  南呂(なんりよ) 清月(せいげつ)  迎寒(かうかん)【注④】  王秋(わうしう)  仲月(ちうげつ) 九月  菊月(きくづき)  無射(ふえき)  季秋(きしう) 暮秋(ぼしう)  長月(ながづき)  十月  陽月(やうげつ) 玄英(げんよう)  初冬(しよとう)  応鐘(おうしやう)  神無月(かみなつき) 十一月  霜月(さうげつ)【左ルビ:しもつき】 仲冬(ちうとう)  子月(しげつ) 長寒(ちやうかん)  陽復(やうふく)  十二月  臘月(らうげつ) 大呂(たいりよ)  極月(ごくげつ)  季冬(しはす)《割書:師|走》  弟月(をとつき)【左ルビ:けいげつ 注③】 元三(ぐはんざん) 節句(せつく) 端午(たんご) 七夕(たなばた) 名月(めいけつ) 【注② 日本語よみになっている。正しくは「スウゲツ」。】 【注③ 「けいげつ」は「桂月」「禊月」の字が考えられ、前者は陰暦八月、後者は陰暦三月のそれぞれ異称。なので、疑問。】 【注④ 「げいかん」とあるところ】 【左丁下段】  宿木(やどりき) やどり   きと おもひ  出(いで)   ずは この もと   の たび  ねも いかに  さびし からまし 【右丁上段】 【見出し】男 当名(あてな)覚字(おほへじ)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 儀平(ぎへい) 磯定(いそさだ)【「定」の左ルビ:ぢやう】 甚勘(ぢんかん) 清杢(せいもく) 藤当(とうたう) 勝正(かつまさ)【左ルビ:しやう同】 庄源(せうげん) 久忠(きうちう)【「久」の左ルビ:ひさ】 嘉門(かもん) 半城(はんじやう)【左ルビ:なかばしろ】 伴万(ばんまん) 幾好(いくよし)【「好」の左ルビ:かう】 吉治(きちぢ) 太関(たせき) 乙由(おとよし) 仲重(ちうぢう)【「重」の左ルビ:しげ】 間文(かんぶん)【左ルビ:まもん】 長官(ちやうくはん) 幸伊(かうい) 竹虎(たけとら) 菊広(きくひろ) 与市(よいち)【「与」の左ルビ:くみ】 安又(やすまた)【「又」の左ルビ:ゆう】 善利(ぜんり)【左ルビ:よしとし】 新作(しんさく) 浅彦(あさひこ) 朋芳(ともよし) 角仙(かくせん)【「角」の左ルビ:すみ】 岩松(いわまつ) 千金(せんきん) 宇理(うり) 熊友(くまとも) 恒為(つねため) 次亀(つぐかめ) 福猶才(ふくなをさい) 【見出し】法体名(ほつたいな)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む】 常烝助進(じやうせうすけしん) 浄念(じやうねん) 道意(だうい) 常味(じやうみ) 宗清(そうせい) 正淳(しやうじゆん) 宗順(そうじゆん) 元俊(げんしゆん) 宗休(そうきう) 春菴(しゆんあん) 養庵(やうあん) 玄隆(げんりう) 旦流(たんりう) 立寛(りうくはん) 快真(くはいしん) 真月(しんげつ) 休可(きうか) 久栄(きうえい) 旧信(きうしん) 心夕(しんせき) 祐益(ゆうゑき) 自笑(じせう) 似雲(じうん) 了円(れうえん) 円海(ゑんかい) 誓看(せいかん) 覚夢(かくむ) 静固(じやうこ) 尚宣(しやうせん) 紹巴(せうは) 西心(さいしん) 【左丁上段】 宗智(そうち) 如幻(ぢよけん) 休恵(きうゑ) 龍山(りやうざん) 宗全(そうせん) 道甫(だうほ) 三伯(さんはく) 浄慶(じやうけい) 幸安(かうあん) 閑沢(かんたく) 柳庵(りうあん) 青菴(せいあん) 淋庵(りんなん) 宗因(そういん) 宗悦(そうゑつ) 西吟(さいきん) 善西(ぜんさい) 教西(けうさい) 玄勝(げんせう) 昌庵(しやうあん) 源清(げんせい) 立卜(りうぼく) 図昌(づしやう) 宗甫(そうほ) 夏順(かじゆん) 覚真(かくしん) 閑徳(かんとく) 宗仙(そうせん) 禅入(せんにう) 遊斎(ゆふさい) 旦愚(たんぐ) 願才(くはんさい) 専斎(せんさい) 秀鉄(しうてつ) 永善(ゑいぜん) 【見出し】尼(あま)の名(な)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 妙春(めうしゆん) 永寿(えいじゆ) 妙喜(めうき) 主源(しゆげん) 妙円(めうえん) 智貞(ちてい) 妙了(めうれう) 里園(りえん) 妙寿(めうじゆ) 貞淋(ていりん) 妙全(めうせん) 智賢(ちけん) 妙因(めうゐん) 栄故(えいこ) 妙散(めうこ)? 清寿(せいじゆ) 妙閑(めうかん) 寿心(じゆしん) 妙意(めうい) 林夕(りんせき) 妙玄(めうげん) 臨古(りんこ) 妙智(めうち) 周専(しうせん) 妙言(めうごん) 誓好(せいこ) 妙法(めうほう) 秋月(しうげつ) 妙栄(めうえい) 智玄(ちげん) 妙甫(めうほ) 永心(えいしん) 妙順(めうじゆん) 智善(ちぜん) 妙邑(めうゆう) 春智(しゆんち) 妙嘉(めうか) 心関(しんせき) 妙秀(めうしう) 寿清(じゆせい) 妙安(めうあん) 誓真(せいしん) 妙恵(めうゑ) 円月(えんげつ) 貞春(ていしゆん) 【右丁下段】 【見出し】やどり木【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つけたる也。 かほる廿三歳より四五歳もの 事あり。宇治(うぢ)の姫君(ひめぎみ)うせ給ひてのち。とし月は ふれども。かほる大将なげき忘(わすれ)給はず。中の君は にほふ宮の北のかたになりて京におはし ませは。宇治のやどりあれはてん事をなげき 思召てかの宮の北のかたにおほせあはせ給ひ。 寺になしてかたはらにしんでんを立て。折(をり)〳〵 わたり給ふ。弁(べん)の君といひし人も。姫君にわかれ たてまつりて。あまになりてありしを。こゝの やどもりになし給ふ。ある時をはしてよみ給ふ 〽やどり木と思ひいでずはこのもとの。たびねも いかにさびしからまし◯此心はむかしの名 ごりを思はずは。此山ざとのたびねさびしかる べきをとの心也。そうじてかほるは一 生(しやう)をより 所なく思ひ給ふは。むかしの人の吾生(わかせい)如寄(やとるかことし) といへるごとく。いつこをもさだめざるとの心なり。 やどり木とは。木の枝(えだ)などにこと木の実(み)の おちてはへたるをいふ也。くずかづらつたかづら をもやどり木といふ也。こゝはつたのことなり 【左丁下段】  東屋(あづまや) さし  とむる むぐ  らや しげき  あづ まや   の あまり  ほど   ふる  あま   そゝぎかな 【見出し】女中(ぢよちう)文(ふみ)の封(ふうじ)様(やう)之事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 消息(せうそく)腰文(こしぶみ)立文(たてぶみ)ともに二枚に書(かく)べし 日付(ひづけ)の判形(はんぎやう)有(ある)べからず。立(たて)文は二枚なる故(ゆへ)に 略(りゃく)して壱枚を二ツに折て用ん也 礼紙(らいし)有べから ず。奥(をく)を四五折に【?】かく折かへすべし。扨 封(ふう)の事 【封をした図。右上・右下、中上・中下、左上・左下の図がそれぞれ対応しており、上段が表、下段が裏を示している。】 【右上】 〆 の□ 誰 【右下】 ゟ 【左上】 身 【左の注】上々  人々申し給へ 【左の注】 中 人々申し給へ 【左の注】上中 申し給へ 【左の注】下 【左の注】下々 右脇付の詞上中下の品  名乗(なのり)の上(うへ)の字を假(かな)字にかき下の字をま なにかくべし賞翫(しやうくわん)なり又うやまふ の心なり又かろき方へは上を真字(まな)に 書(かき)下/假字(かな)にかくべし■いがいかく のごとくにこゝろふべきなり 【右丁下段】【見出し】 あづま屋【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は歌と詞をもつて名 づけたる也。かほる廿五歳の 八九月のことあり。ひたちの守(かみ)【右側に注】うき舟のまゝ父【以上注】といへる■ の子五六人ある中に。姫君(うき舟)をへだ 【右丁上段 各仏像画の上➝下にの順で刻字。下部はすべて右からの読み】 千手(せんじゆ)【右からの横書き】 御ゑん 日十 七日 坎中連(かんちうれん) 子(ね)の年(とし) 虚空(こくう) 蔵(ざう) 御ゑん 日十 三日 艮上連(ごんじやうれん) 丑寅年(うしとらのとし) 文殊(もんじゆ)【右からの横書き】 御ゑん 日廿 五日 震下連(しんげれん) 卯(う)の年(とし) 普賢(ふげん)【右からの横書き】 御ゑん 日廿 四日 巽下断(そんげだん) 辰巳年(たつみのとし) 人々一代の守り本尊はつね〳〵信じてよし 氏神は事に其身一代の内おろそかに思ふべからず 【右丁下段】 【見出し】うきふね【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】 此巻は哥をもつて名つけたる也。 かほる廿六歳の正月より三月 までをしるす。匂(にほ)ふみやは。うき舟にほのかにあひ 給ひし夕を忘(わすれ)れ【語尾の重複】給はず。かほるは宇治(うぢ)の人(うき舟)まち どをなるらんもくるしく。京にすませばやと思召 三条ちかき所に家作(やづく)らせ給へり。匂宮(にほふみや)の心に思ひ 給ふは。かほるは宇治へかよひてよるもとまり給へば。 かの(うき舟)人をかくし置(をき)たるなるべしとて。よくたづね きゝて。かほるにゝせて夜に入てきたりとまり給ふ。 そのゝちも又おはして。このたびはしづかなる所にて 契(ちぎ)らんとて舟にて出給ひ。しれる所の家(いへ)にてかた らひ給ふ。哥に〽たちばなの小(こ)島は色もかはらじを このうき舟ぞよるべしられぬ◯此哥の心は匂宮(にほふみや) かくちぎり給ふ。此たちばなの小島はいつまてもかは らじけれども。わか身はひく手あまたなれば。ゆく すえしれがたしとおもひわつらひたる心也。たち ばなの小島はうぢより一町ばかり河の中の島也。 かくてかほるよりは。三条の家(や)づくりてわたし給はん などありければ。うき舟の君かれ是と思ひわづ らひ。ついにものゝけとなりたるなり 【左丁上段】 【見出し】女中の名(な)の字(じ)相性(あいしやう)の事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 【小見出しを◯の下に記し、上部左右に鉤かっこを付け▢で囲んでいる。】 ◯木性(きしやう)の人は【これより上を囲む】麻(おあさ) 房(ふさ) 邦(くに) 満(みつ) 百(ひやく) 梅(むめ) 武(たけ) 包(かね) 芳(よし) 米(よね) 伴(はん) 品(しな) 茂(しげ) 万(まん) 沢(さわ) 林(りん) 良(やゝ)【左ルビ:よし】 蘭(らん) 貞(さだ) 栗(くり) 留(とめ) 道(みち) 頼(より) 蓮(れん) 類(るい) 勘(かん) ◯火性(ひしやう)の人は【これより上を囲む】花(おはな) 吉(よし) 菊(きく) 久(ひさ) 庫(くら) 岩(いわ) 虎(とら) 薫(くん) 国(くに) 曲(くま) 幾(いく) 為(ため) 艶(つや) 塩(しほ) 吟(きん) 越(えつ) 猶(なを) 益(ます) 園(その) 亀(かめ) 梶(かぢ) 玉(たま) 高(たか) 源(げん) 極(きは) 今(いま) ◯土性(つちしやう)の人は【これより上を囲む】重(おしけ) 中(なか) 竹(たけ) 島(しま) 蝶(てふ) 当(まさ) 等(しな) 伝(でん) 長(ちやう) 徳(とく) 六(ろく) 藤(ふぢ) 瀧(たき) 楠(くす) 陸(りく) 楽(らく) ◯金性(かねしやう)の人は【これより上を囲む】由(およし) 幸(ゆき) 恒(つね) 好(よし) 熊(くま) 安(やす) 虎(とら) 市(いち) 峯(みね) 縫(ぬい) 豊(とよ) 民(たみ) 坂(さか) 冨(とみ) 茅(かや) 門(もん) 糸(いと) 末(すへ) 浜(はま) 愛(あい) 閑(かん) 里(さと) ◯水性(みつしやう)の人は【これより上を囲む】 琴(おこと) 崎(さき) 晴(はる) 秋(あき) 種(たね) 霜(しも) 松(まつ) 千(せん) 常(つね) 石(いし) 岩(いわ) 政(まさ) 光(みつ) 市(いち) 善(よし) 七(しち) 三(さん) 哥(うた) 勝(かつ) 次(つぎ) 【左丁下段】  蜻蛉(かけろふ) ありと 見て  手(て)   には とら  れず みれば   又(また) 行(ゆく)  ゑも しらず きえし  かげろふ 【右丁上段】 【見出し】暦の中段をしる事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 建(たつ) 《割書:とはざうさくわたまし宮寺こんりう |諸事をこしらへ始る心に用ひてよし》 除(のそく) 《割書:万事をよくる心にてようしやする日なり|もの事ひかゑうちばにするなり》 満(みつ) 《割書:物のぢうまんする日也万きはめさだめる也|満足の心也諸ぐはんほどき談合極るに用る》 平(たいら) 《割書:よしあしともにたいらかにしづかなる日也|此心を用てつよからずよはからず中分に用》 定(さたん) 《割書:物を定る事此日を用ひ定てよし。けつでう|する日也師弟のけいやく又はふさいのいひ合よし》 取(とる) 《割書:人の方よりうけとるによしほどこす|事には何にてもむようの日なり》 破(やふる) 《割書:諸事の用(よう)などにつく事にあしき日也|下地共に打やぶる心也しよたい持つにもあしゝ》 危(あやふ) 《割書:万端(ばんたん)用心(ようじん)して物をとりおこなふなり|かやうにしてはいかゞあらんとねんを入べし》 成(なる) 《割書:此日何事もじやうじゆする日なり。右に|あるみつといふ日に同しこゝろなり》 納(おさん) 《割書:あき五こくを納る日也或はくらを立宝を入|始。又は宮寺何にてもきしんする心にて用べし》 開(ひらく) 《割書:くらびらき入学やどかへ国がへかうしやくものを|初ておこなふ日炉こたつなどひらく何れも吉》 閉(とつ) 《割書:右のとるといふ日ににたるぎり也いんぶんの事に用|たとへば家立て後かべなど拵る日也炉こたつ此日とつる也》 右此こゝろを以て万端につかふ事也男はのぞくの 日あしく女はやぶるの日ゑんりよしてよし 【右丁下段】 【見出し】かぎろふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞と歌とをもつて名と せり。かほる廿六歳の事也。うき 舟はかれこれの物思ひより心もそゞろにてついに あとなくうせ給ふ。宇治にはうき舟ゆくゑなく うせ給へば。こゝかしこもとめたづぬれども見え ざれば《割書:匂》宮ひたすらに此なげきにふししづみ 給ひて。侍従(じしう)といゝしうき舟のつかひ給ひし女房 をよび給ひて。御かたみと思ひつかひ給ひしなり。 宮(匂)はむかしのことを思ひ出し給ひたる夕ぐれに。 かげろふのとびちがふを見給ひて。よみ給ふ歌に 〽ありと見て。手にはとられずみれば又。ゆくゑも しらずきえしかげろふ◯此心はうき舟などの はかなくうせ給ふことを思しつゞけてかげろふ といふてあしまに生じて夕にしする虫(むし)のことを みるにつけて。ひつきやうにんげんせかいの無常(むしやう) の有さまを観(くはん)じ給へば。無はこのかげろふの やうなるものぞといふ心なり。かげろふ蜻蛉(せいれい) と書り。又は陽炎(やうゑん)蜉蝣(ふゆう)ともいへり。こゝの心を みれば。蜉蝣(ふゆう)のことなるべし。此虫はあしたに生(しやう) じて夕(ゆふべ)にしすといへば。はかなきたとへなり 【左丁上段】 【見出し】こよみの下段之事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ▲天赦日(てんしやにち) さいじやうの大吉日也何事に  用ひても万吉日也年中に六七日めぐる也 ▲大明(だいみやう)日 よろづに用てよし大吉にち  ことに祝言わたまし出行物たち【裁断、裁縫】万によし ▲天一天上 此日天一神八方を四十四日めぐり  おはり天へ上り給ふ日を天一天上といふ也此日  より十六日の間は八方へ行に天一神のさはりなし ▲御くし と有はふるき御はらひごわら?など  やしろへをさめてよき日なり ▲はがため と有はくひぞめする日なり ▲きそはじめ きる物きそむる日なり ▲大 禍(くわ)狼耤(らうしやく)滅門(めつもん) 是三ヶの大あく日にて一切の  仏事くやう諸事ふかくいむ日なり ▲滅日(めつにち)没日(もつにち) 是も二ヶの大あく日也但しめつ  日とは月のめぐみふそくなる日なり ▲復(ふく)日 重(ちう)日 たねまき祝言くすりをのみはじめ  きう針にいむ但しものたち又はあたらしきい  しやうをきそむるによし ▲五墓(ごむ)日 此日よろづにわろしあく日  なり但し家づくりにはよし 【左丁下段】  手習(てならひ) 身を  なげし  なみだ    の 川(かは)の  はや    き せを  しがら     み かけて  たれか とゞめし 【右丁上段】 ▲赤(しやく)日 赤口神(しやくこうじん)とて一さいべんぜつをもつ  てつとむる事にさゝはりある日なり ▲往亡(わうもう)日 かど出お舟なとにいむ此外もよろしからず ▲くゑ日 大あく日此日何事にても末とげ  ず。ことに死人をとふらはず凶会(くゑ)日と書也悪日也 ▲きこ日 出行わたまし祝言(しうげん)入部(にうぶ)【注①】げんぶく  其外よろづ何事にもわろし ▲けこ日 きうはりにいむ日なり惣して  ものゝ血(ち)を出すものころす事なかれ ▲かん日 きうはりにいむ身のあかをおと  さず。いしやうのたぐひあらはぬなり ▲十し【注②】 大あく日也よろつにわろし ▲冬至(とうじ) とは陽気(やうき)地の下にはじめてきたる  日なり。此日までにて日りん南へ行あたり  給ひ扨北へ行と云ことによつて用事により忌 ▲天火日地火日 大あく日也やねふきむね  あげかうさく家づくり。だうとう宮やしろ  こんりうなどにいむ日也としるべし ◯人の魂(たましゐ)のかずをしる哥 ▲木(き)九からに火(ひ)三ツの山に土一ツ  七ツ金(かね)てそ五 水(すい)りやうあれ 【注① 領内にはいること。特に、国司や領主などがはじめて任国にはいること】 【注② 「十死日」の略。】 【右丁下段】 【見出し】てならひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は詞をもつて名つけたるなり。 かほる廿六七歳のことをしるす。さて うき舟は小野のあまのもとにて手習(てならひ)をしてつく〴〵と思ひ出 給へば。物思ひなげきて。みな人ねたるまにつま戸をひらき出たり。河 風はげしく川 波(なみ)あらく。ひとり物をそろしく居たりしを。きよげ なるおとこきていごくを。兵部卿の宮と思ひしに。心まどひしらぬ 所にすておきて此おとこきえうせぬ。そのゝちのことはおぼへ給はす。 小野のあまにつれられて小野に居給ふことは。小野にあまありし。 此あまはつせへまいりて下向(げかう)に宇治(うぢ)にやどりけり。家(いへ)のうしろ 木のもとに。うき舟のすてられてなき居たるをつれてうちへ いれてけり。此あまはつせにてゆめのつげありけるとて。此 ひとをいたはりぬ。あまのあにたうときひじりなりけるに。 いのりかぢさせて小野つれゆかれ給ふ。此あまのむすめ有 けるが。はかなくなりしに。むこの少将といふ人のうき舟の 君に心をかけゝれば。むつかし思ひてあまのるすにひしりを たのみてかみをおろし給ふ也。うき舟の哥に〽身をなけ し。なみだの河のはやきせに。しがらみかけてたれかとゞ めし◯此心はわが身のうきまゝに身をなげたるよと 思ひしが。かやうにいきてある也。しかればたれかしからみと なりてわれをとゞめけるぞとのこゝろなり 【左丁上段】 【見出し】不成就日之(ふじやうじゆにちの)事【見出し語の上部さゆうの角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 正七月  《割書:三日|  十一日》《割書:十九日|   廿七日》 二八月  《割書:二日|  十日》《割書:十八日|   廿六日》 三九月  《割書:朔日|  九日》《割書:十七日|   廿五日》 四十月  《割書:四日|  十二日》《割書:廿日|  廿八日》 五十一月 《割書:五日|  十三日》《割書:廿一日|   廿九日》 六十二月 《割書:六日|  十四日》《割書:廿二日|   三十日》 右の日物を仕(し)そむるにも人にものをいひかけ ても成就(じやうじゆ)せず何事にも此日つかふべからず ◯同 悪(わろ)き日をしる事 【横並びの日付の上を円弧で繋ぐ】 毎月 《割書:四日|十一日》  《割書:十八|廿五日》  此日くれ六ツより夜の九ツまで 毎月 《割書:八日|十五日》  《割書:廿二日|廿九日》  此日朝六ツより暮の九ツまで 右ふじやう日也物しそむる事人に物いひ かくる事何事もとゝなはぬとしるべし 【左丁下段】  夢浮橋(ゆめのうきはし) のりの  しと たづ  ぬる みちを  しるべ   にて 思はぬ  山に ふみまどふ  かな 【右丁上段】 【見出し】小笠原折形之図(をかさはらをりかたのづ)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 熨斗(のし)の包様(つゝみやう)   色紙(しきし) 板(いた)の物(もの)包(つゝみ)やう  墨筆(すみふて) 真(しん)の熨斗(のし)     木(き)の花 扇(あふき)草(さう)のつゝみやう 扇 行(ぎやう)の包やう   胡枡(こせう)の粉(こ) 草(くさ)の花      にほひ袋(ふくろ) 【右丁下段】 【見出し】ゆめのうき橋【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此巻は哥にも詞にも名の義(き) なし。心をもつて名づけたり。 うき舟の小野に居給ふことをかほるのきゝ出し 給ひて◯此 手習(うき舟こと也)の君の弟ひたちの(うき舟のまゝちゝ)守(かみ)が子を御 使にて。御文つかはさる。しるへなくばいかにとてかの 人(うき舟也)をあまにせし僧都(そうづ)に文をこひて大(かほる)将の御文 にとりそへてゆきし也。かほるの御哥に〽法のしと たづぬるみちをしるべにて思はぬ山にふみまよ【「ど」とあるところ】ふ かな◯此心はのりのしとより僧都(そうづ)をたのむべき。 かく思ひよらぬことをたのみたるといふ心也 〽そも〳〵此巻 夢(ゆめ)のうき橋(はし)といふこと。まつたく色(いろに) ふけり言葉(ことば)をかざりて此物がたりをかけるにあら ざる也。只(たゞ)無常(むじやう)のことはりをあらはし盛者(せうじや)必(ひつ) 衰(すい)のおもむきをしらしめんため也。夢(ゆめ)といふは むなしき心也。有無(うむ)の諸法(しよほう)いづれもゆめにあら ずといふことなし。うき橋(はし)とは伊弉諾(いざなぎ)伊弉冉(いざなみ)尊(みこと)。 天(あま)の浮橋(うきはし)にて共為夫婦(みとのまぐはひ)【濁点の位置誤記】し給ひて。陰陽(めを)をさだめ 給ひしも男女(なんによ)のことよりおこれり。しかれ共こゝは 夢の一 字(し)の外はなし。浮橋(うきはし)は夢(ゆめ)にひかれて出 きたる詞(ことば)也。栄花(ゑいくは)もみな夢(ゆめ)とさとるへしとの義也 【左丁上段】 【見出し】源氏略系図(げんじりやくけいづ)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 ▲桐つぼの更衣(かうい)  げんしの御母   《割書:あぜち大なごんの|御むすめ》 ▲あふひの上(うへ)   げんじの北の方   《割書:左大臣(さたいじん)の御 娘(むすめ)》 ▲むらさきの上(うへ)  げんじの北の方  《割書:藤つぼの女御の|御めい子》 ▲女三のみや    げんじの北の方  《割書:藤つほの女御の|御むすめ》 ▲末(すえ)つむ花    げんじの通ふ所  《割書:ひたちのみやの|御むすめ》 ▲おぼろ月夜    げんじのまれに逢人 《割書:こうきてんの|御いもうと》 ▲花ちるさと    げんじの通ふ所  《割書:れいけんでんの|御いもうと》 ▲夕がほの上(うへ)   げんじの通ふ所   《割書:玉かづらの母(はゝ)》 ▲玉かつら     げんじの御 子分(こぶん)  《割書:実は頭中将(とうのちうじやう)の子》 ▲雲ゐのかり    げんじのこしうと 《割書:頭の中将(とうのちうじやう)の御 娘(むすめ)》 ▲六条のみやす所  げんじの御おぢ  《割書:前坊(せんばう)の北(きた)の方(かた)》 ▲秋このむ宮    六条のみやす所の御むすめ ▲うきふね     ひたちの守が娘  《割書:実はうぢの宮の|御子》 ▲宇治(うぢ)の宮(みや)    げんじの御おぢ也 ▲かしはぎのゑもん げんじのこしうと也 ▲匂兵部卿(にほふひやうぶきやう)  げんじの御おとゝ也 ▲夕ぎり      げんじの御子   《割書:あふひの上の|御はら也》 ▲かほる      げんじの御子   《割書:実はかしは木の子|女三の御はら》 ▲ひげくろ     げんじの御おいの 《割書:れいせいゐんの御母|かたのおぢ也》 【左丁下段】 【見出し】源氏物語之大意【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】 此物かたりのはじめは紫式部(むらさきしきぶ)上 東門院(とうもんいん)の 官女(くはんによ)になりたる比(ころ)斎院(さいゐん)より上東門院へ めづらかなる物かたりあらば見給はんと御 尋(たづね) ありしにより紫式部に仰(をゝせ)つけられと つくらせらる式部仰をうけ給はりて石山 の観音(くはんをん)に詣(ま)ふで通夜(つや)して此 事(こと)を 祈(いの)り申されけるにおりふし八月十五夜 の月 湖水(こすい)にうつりて心もすみわたり て物かたりの風情(ふせい)心にうかひけれは 仏前(ぶつせん)に有(あり)ける大 般若経(はんにやきやう)の料紙(りやうし)を申 うけてまつ須磨(すま)あかしの両 巻(まき)を書(かき) とゞめ其後(そのゝち)次第(したい)に書(かき)くはへて五十四 帖(じよ)と なして奉りけれは大 納言(なごん)行成卿(ゆきなりきやう)に清書(せいしよ) させられて斎院(さいゐん)へまいらせられけると也 まことに和語(わご)の双紙(さうし)この物がたりに すぎたる物なしといへり 【右丁上部】 ▲上 ̄ニ書。い  ○下 ̄ニ書。ひ ▲上 ̄ニ書。わ  ○下 ̄ニ書。𛂞 ▲上 ̄ニ書。う  ○下 ̄ニ書。ふ ▲上 ̄ニ書。𛀕  ○下 ̄ニ書。を ▲上 ̄ニ書。𛀁  ○下 ̄ニ書。へ   口合 ̄ニ書。ゐ【意味不明】 ▲上 ̄ニ かゝぬ。こ  ○下 ̄ニ かゝぬ。𛀸 又上下ゑらはぬ事もあり ▲上下わかず書。に。𛂋。 ▲下 ̄ニ書(かゝ)ぬ。𛂻○上 ̄ニ書ぬ。ほ ▲下 ̄ニ書ぬ。か 《割書:上下をわかず|かくべし》 ▲下 ̄ニ書ぬ。た○上下 ̄ニ書。𛁞(𛁠) ▲下 ̄ニ書ぬ。つ○上下 不分(わかぬ)𛁭。𛁩 ▲下 ̄ニ書ぬ。な○上下 ̄ニ書。𛂂。𛂄 ▲上 ̄ニ書。け ○上下 ̄ニ書。𛀷。𛀳 ▲上 ̄ニ書。ふ ○上 ̄ニ書ぬ。く ▲上下 不分(わかす)書べき。𛁚 ▲上 ̄ニ書ぬ。𛂶○上下 ̄ニ書へ ▲上 ̄ニ書ぬ。と○下 ̄ニ書。と 【右丁下部】 【右丁下部枠内上部】 ○山路の露○目安上 ○けい圖○同中の卷 ○引哥○同下の卷 【右丁下部枠内下部】 此六帖と■の五十四帖合て六十帖也 上の六帖は是よりおくに注尺【注釈?】を しるす圖絵本哥の分は五十四帖也 上の六帖は後代に出る書なるにより 其いはれをこゝにのふるものならし 【右丁下部枠外】 山路の露 此卷はのちの人のつくりそへてかほるの大将うき 舟の君にあひ給ふことをしるしたる也しかれとも 末(すへ)にのせたるはかりにてまつたく用さるなり 系圖 これは源氏物かたりに出たる人〳〵の次第をのせ 是にて物かたりの人〳〵のつり【系図、血縁】をおほえてこの 物かたりをみるたよりとするなり 引歌 これは此物かたりに引出したるは哥の上の句(く)又 或(あるひ)は中のことば又は引 直(なを)しなどあるをまつたく あつめて見合すべきためにしたるもの也 目安 上 目安 中 目安 下 これは此物かたりのうちにことばの知(しれ)がたきこと 又は故事(こじ)古語(こご)の出所をしるしていろはにて わかち注(ちう)したるをいふ也 目(め)はなのこと也 安(やす)らに 案内(あんなひ)の心なるへし名目(めうもく)【注】を案(あん)じ知(し)る【覚える】心なり 上中下ともにをなし心也 【注 それぞれの専門分野での呼称や読み癖に従った読み方】 【左丁上部】 【左丁下部】 【右丁上部】 【右丁上部・冕】 冕(へん)たまのかむり 天子 の 冠(かふり) 也 【右丁上部・唐冠】 唐(から)冠(かむり・くわん)  は貫(くはん)也 髪(かみ) を貫(つらぬき)つゝむ也 冠(かんふり) 首(かしら) に有 ゆへ 元(けん)にしたがふ 法制(ほうせい) 有故 寸に したがふ 【右丁上部・幞】 幞(ぼく)は しうの武帝(ぶてい)の つくり はゞめ給ふ 唐 人 の かむり也 幅巾(ひとはゞのぬの)を 裁(さい)して四 脚(あし)をいだす 幞頭(ほくづ) 【右丁下部】 源氏物語《割書:一部|大意》【この見出し語を角丸▢で囲む】 そも〳〵此げんじ物かたりは。わか国の 至宝(しいほう)。【注①】花鳥(くはてう)の情(なさけ)をおもてとし 好色妖艶(こうしよくようえん)をもつて書あらはすとはいへども本意(ほんい)は人をして 仁義(じんぎ)五常(こしやう)の道(みち)【注②】に引いれ。終(つい)に中道(ちうだう)実相(じつそう)をさとし。 人間(にんげん)かりの色(いろ)のはかなきことをしめすに。生老病死(しやうらうびやうし)。 盛者必衰(しやうじやひつすい)。有為転変(うゐてんべん)。常住壊空(じやうぢうゑくう)の法文(ほうもん)をたて。出世(しゆつせ) の善根(ぜんこん)を成(しやう)せしめんとす。それ人のはしめは。陰陽(いんやう)男女 のなからひなれば先(まづ)男女(なんによ)のよしあしを書あらはして 人をよきにしたがひあしきをされば常(つね)の道(みち)たゞしく をのづから道にたかふべからずもろこしの書(ふみ)に見えたる 関雎(くはんしよ)の詩(し)は后妃(こうひ)の徳(とく)君子(くんし)のまじはりをしるせる其外 好色 淫風(いんふう)のみだれたるもあれどついに思(おもひ)無邪(よこしまなし)といふ人 の情(こゝろ)の正(たゞ)しきにいれりもとよりわか国のをしへはやは らかにしておもてを詞(ことは)の花にめでしめうちにはまことの ことはりをさとらしむるはかくれたるよりあらはるゝはなし といへる中庸(ちうよう)の道(みち)にかはらざるをや。いはんや天台(てんだい)の六十 巻になぞらへ巻の数(かず)六十 帖(てう)。その内の天台(てんだい)三 段(だん)かけたる 心をもちて。五十四 帖(でう)につゞめ紙数(かみかず)も三 千枚(せんまい)といへるは。一 念(ねん) 三千の義(ぎ)なるへし。かゝるたうとき物かたり心をつけてみるへし 【注① 「しほう(至宝)の慣用読み】 【注② 儒教で、人が常に行うべき五種の正しい道をいう。通例、仁・義・礼・智・信をさす。】 【左丁上部・袞】 袞(こん) 天子の御いしやうなり 【左丁上部・裾】 裾(きよ)はいしやうの跡に さがるもの也 俗に とびの 尾(お)といふ 【左丁上部・奴袴】 奴袴(ぬこ)はかりばかま【狩袴】 さし ぬき の袴(はかま) なり 大内女 中のきるは色 あかき也【女中の着る色は赤】 【左丁下部 挿絵 文字無し】 【右丁上部】 【笏】 笏(しやく)は 手板(しゆはん)也     天 子(し)は玉(たま)諸侯(しよこう)は象(ざう)  牙(け)  太夫(だいぶ)は魚(うを)の須(ひれ) 文竹(またけ)  士(し)は木に籀文(こもんじ)【注】をほりて  みなもちゆくはんにんの【くわんにん(官人)の】  手にもつ物也 【注 「こもんじ(古文字)」には「漢字」の意があるが、「籀文(篆書のうち大篆のこと)」の振り仮名にしているので、ここでは「古い文字」の意と思われる】 【烏帽】 烏帽(うはう) ゑぼしは紙にて  つくり漆(うるし)にてぬる  左折(ひだりをり)は侍從(ぢしう)以上  右折は五ゐ已上  着(ちやく)す  侍從以上は糸(いと)の緒  四位以下は紙の  緒(を)にて結(むす)ぶ 【魚袋】 魚(きよたい)は官(くわん)人のこしに     帯(をぶ)るものなり  公卿(くぎやう)は金ぎよたい。四 品(ほん)  以下は銀ぎよたい也   終 【右丁歌の読み方】 哥(うた)の讀(よみ)かた ○夫(それ)哥(うた)は正風体(しやうふうてい)に讀(よむ)べし。正風体(しやうふうてい)によむ事ならぬ事 と見えたり。色(いろ)〻さま〳〵にまはして讀(よむ)はまぎらう物也 すぐにするりと讀(よむ)をよしと。玄旨法印(げんしはういん)宣(のたま)ひし○哥(うた)を讀(よま)んと思ふときは 思案(しあん)し。人 麿(まろ)赤人(あかひと)も心より出し給ひぬれば。我とてもしか也。おとり奉る べからすと。高き心をつかふべし。いさゝかも卑下(ひげ)しつればよまれぬものなり ○哥を讀(よむ)ときは心をひとつ所におかずして。十方にはしらかして山野河海(さんやがかい)をも 思ひめぐらし。やさしき風情(ふぜい)を求むべし。心をたねとするが故(ゆへ)に種(たね)/自然(じねん)と出る也 ○哥(うた)を讀(よま)んには。先(まづ)題(だい)に付てえんの字(じ)をもとむべし。縁(えん)の字(じ)とはたとへば浪(なみ) のよる〳〵目もあはずと讀(よみ)ける類(たぐひ)なり。浪(なみ)のよせるとも。夜とも。かねたる 物なり。又えんの詞(ことば)といふ事有。沖津(をきつ)波(なみ)たちこそまされなどいふやう成事也 ○哥に縁(えん)の字(じ)縁(えん)の詞(ことば)なきを首(くび)きれ哥と云ふ。哥に腰(こし)をれといふあり。こしの おれたる者(もの)ははひ〳〵も歩(ありく)べし。くひの切(きれ)たる者(もの)は命(いのち)あるまじきとて。わろ き事とす○哥(うた)のやまひといふは。初(しよ)一二一/同(どう)といふ事あり。一の句(く)の第(だい)一/字(じ)と。二の 句(く)の第(だい)一/字(じ)と同(おな)じかなをきらふ也○毎句同(まいくどう)といふは。句ごとに同じかなあるを きらふ也○同心(とうしん)といふは詞(ことば)かはりて同じ心有哥をいふ。一/首(しゅ)の内(うち)になぎさと汀(みぎは)と をよみ入るゝ類(たぐひ)也○短哥(たんか)といふは。五もじ七もじとつゞけて長く讀(よめ)ども心きれ てみじかき故(ゆへ)也○旋頭哥(せんだうか)といふは三十一 字(じ)に今一 句(く)を加(くは)へて讀(よむ)をいふ○混本(こんぼん)哥と いふは。三十一/字(じ)の内。今一/句(く)讀(よま)ざるをいふ○折句(をりく)の哥(うた)といふは。五もじ有(ある)物の名(な)を。五 句(く)の上(かみ)にすへてよむをいふ○沓冠(くつかふり)の哥(うた)といふは。十もじ有事を五/句(く)の上下(かみしも)にすへよむ をいふ○廻文哥(くはいふんか)といふは。かしらより讀(よみ)ても下(しも)より讀(よみ)ても同じやうに讀(よま)るゝをいふ 右の外(ほか)隠(かく)し題(たい)重(かさ)ね句(く)俳諧(はいかい)贈答(そうたう)あふむかへしなとゝいふ哥(うた)のてい有なり ○和歌(わか)三/神(じん)といふは▲住吉(すみよし)大明神▲玉津嶋(たまつしま)明神▲柿本(かきのもとの)人/麿(まろ)なり 【左丁上部】 教訓(けうくん)女用物(ちよようもの)板行(はんかう)目録(もくろく) ○女(おんな)節用(せつよう)文字袋(もじふくろ)《割書: |一冊》 ○同/万宝(まんぼう)罌粟嚢(けしぶくろ)《割書: |一冊》 ○女つれ〳〵色紙染(しきしぞめ)《割書: |一冊》 ○女/源氏(けんじ)教訓(けうくん)鑑(かゞみ)《割書: |一冊》 ○婦人(ふじん)教訓(けうくん)書(しよ)《割書: |一冊》 ○女郎花物語(おみなへしものがたり)《割書: |六冊》 ○藏笥百首(ざうしひやくしゆ)《割書: |六冊》 右の書(しよ)は女(をんな)躾(しつけ)がた人倫五常(しんりんごじやう) のみちをとき善(せん)をあけ惡(あく)を こらし。まどひをあきらかに せしむるおしへ女子かならず よむべきの書也。 ○文林節用筆海往来(ぶんりんせつようひつかいわうらい) ○大万宝節用字海大成(だいまんぼうせつようじかいたいせい) 是は男女(なんによ)要用(よう〳〵)の字(じ)つくし諸礼(しよれい) 法式(ほうしき)替(かは)り文章(ふんしやう)凡八百余通也 朝暮(てうぼ)たづ【別本にて】さゆるに便(たよ)り多(おゝ)し 【左丁】 近ころわらんべに教るふみおほけれとも。あつ むることすくなく。もるゝこと多し。ゆへにその 品〻をあまねくあつむ。源氏物語は。いにしへ より人の口ずさむことなれ共。其心ふかく。その 詞ふりて。その道に入かたし。さるゆへに。こゝろを とき。詞をやわらき。みん人にたよりとす。さも あらば。此物かたりのおしえなかくつたはりてちり うせぬことのはゝ。末の世のかゞみならんのみ 【奥付】 元文元年《割書:丙|辰》九月吉日出来 書林《割書:江戸日本橋南一丁目 須原屋茂兵衛|大坂心斎橋安堂寺町 秋田屋 大野木市兵衛》 【裏表紙】