書名 こけぬつえ         1/2冊 【撮影ターゲットのため以下略】 【帙表紙 題箋】 《題:こけぬつえ  上下》 【表紙 題箋】 《題:こけぬつえ》 【資料整理ラベル】 k150-1 【右丁 白紙 手書きのメモあり】 490.9  k0-6 №2735 IR  K 150-1 冊 2 【左丁】 【蔵書印 角印】 慶応義塾 大学医学 部之図書 【丸印】 慶応義塾大学医学情報センター 昭和47年7月5日 富士川文庫 1614 【右丁】 橘南谿先生閲   山口重匡著述 《題:こけぬつえ》 皇都書林  鹿書堂 【左丁】 こけぬつえ序   【蔵書印】大八木蔵書 人の病るやなを国家のみたれたるか ことく是を医するやまた三軍の つはものゝことししかありて古しへこれ をしも司命の大任といへ■【掌ヵ】しは其病 をみては是か薬をほとこし是か愁を 【右丁】 見ては是をたすくるの術をなすと のみおもはゝ司命の大任いたつらに無用 の長物となりて安すへきをやすんし おさむへきを治するのこと無稽の空談 におちぬへし《割書:予》医の家に生れて 幼より刀圭を事とししは〳〵人の 【左丁】 疾苦をすくふにかつておもへらく病を 見て薬をほとこしみたれたるを見て これを征すこは人なみ〳〵の術にして其   未病を療し未乱をおさむるの術こそ いにしへ聖人の教にしもあらんいてや其 未乱未病を治むるてふことはいかんとしも 【右丁】 いふに身をたもち性をやしなふの術 これか右にいつるものなく是を尽し しかうして非命の死をまぬかれぬる ものあらんはまた司命の任なりなむと わか幼童と喫茶の間そのあらまし あけつらふをもとよりこれを大方の 【左丁】 君子にそなへむとする業ならされは 文字鄙俚をえらはすみたりにかいつけ ぬるになむそも〳〵此道を尽して 人の疾苦をまぬかれ人身を持する の術ならは忠孝全く成し 国家万一の恩に謝して《割書:予》か天職を 【右丁】 奉するの一端ともなりなむかし かゝれはまた《割書:予》かつたなきを嘲られむも 恥すといふことしかり時は 寛政十年戊午の冬        山口重匡識 【左丁】 こけぬつえ目録    巻之上 天(てん)         地(ち) 陽(よふ)         陽(よふ)之 性(せい) 陰(いん)         陰(いん)之性 陰陽(いんよふ)相得(あひへ)て働(はたらき)をなすの理 人身(じんしん)の上(うへ)にて陰陽といふ事 人は一箇(いつこ)の小天地(せうてんち)といふの理 陰陽 相反(あひはん)して働をなすの理 息(いき)といふ事     命(いのち)の事 【右丁】 長寿(てうじゆ)短命(たんめい)之 論(ろん)     心の事 心を労(らう)する時(み)は身を傷(そこの)ふ事 養生(よふぜう)といふ事      房事(ばうじ) 陰虚火動(いんきよくわどふ)の理      人身 虚実(きよじつ)の事 平生 養生(よふぜう)心得(こゝろへ)の事 薬を用る心得の事    巻之下 正気を撃(うち)て急(きう)を救(すく)ふ説 一切の薬種(やくしゆ)用様(もちひよう)により薬となりまた毒(どく)となるの理 熱(ねつ) 【左丁】 発汗(はつかん)の薬(くすり)を用る時(とき)汗(あせ)の発(はつ)し様の事 薬を服(ふく)し様の事 疫気(ゑきき)の事 養生を守(まも)る時は流行(りうかう)の病をうけぬ事 病中(びよふちう)心得(こゝろへ)の事   病後(びよふご)心得(こゝろへ)の事 急に治して宜敷(よろしき)病また急(きう)に治(じ)して不宜(よろしからざる)病の事 病(やまひ)を治(じ)するに両様(りよふよう)有の事 痛(いた)む腫物(しゆもつ)はよく痛(いた)まざるはよからざる事 熱病(ねつびよう)の後(のち)うつとりとなるの理 乱心(らんしん)するの理    国(くに)によりて病の異(こと)なる事 【右丁】 湿病(しつびよふ)の事       遺毒(いどく)胎毒(たいどく)の事 初生(うまれたる)小児(せうに)やしなひやうの事 痘瘡(とうそう)の事       麻疹(はしか)の事 起居(ききよ)動作(とふさ)をせざる人は多病なる事 魚肉(ぎよにく)滋味(じみ)膏梁(かうりよふ)を食して気力(きりよく)を増(ま)しまた病を発(はつ) する事         留飲(りういん)之事 平生 食(しよく)する心得(こゝろへ)の事 味の厚(あつ)きものを食する時は急(きう)に空腹(くうふく)にならず麤食(そじき) をする時は空腹(くうふく)になる事 早(はや)きの理 五味(ごみ)の説(せつ)       甘味 【左丁】 辛味          苦味 酸味          鹹味 酒(さけ)の性(せい)幷に酒の用(もち)ひ様(よふ)の事 味同しけれども性(せい)かはれは能(のふ)を異(こと)にする事 薬を不用して病を治する法 生涯(せうがい)歯(は)をかたふするの術(じゆつ) 灸(きう)の事        針(はり)の事 無病の術     目録畢 【右丁 白紙】 【左丁】 こけぬつえ上      平安  山口重匡 著 上古(でうこ)の人は天理(てんり)にしたがひ自然(しぜん)に任(まか)する故に齢(よはひ)長(ながふ) して病者(やむもの)すくなくやゝ其後にいたり病者有りと いへどもいまだ医薬(いやく)の事なきが故に僅(わづか)に咒(まじなひ)などにて 病苦(びよふく)を逃(のが)るゝ事 多(おゝ)かりしとなん降(くだ)りて中世(ちうせい)に いたり病者(びよふしや)多きにより漢土(もろこし)より医書(いしよ)わたり種々(しゆ〴〵) の医療 行(おこな)はるといへども後世(こうせい)ほど病者 多(おゝ)くなる事 是いかなる故ぞといふに皆これ養生(よふぜう)を不守(まもらざる)が故也此 養生の道を守るときは天理にしたがふが故に無病(むびよふ) 壮実(そうじつ)にして而も長寿(てうじゆ)に養生をまもらざる時は陰陽(いんよふ) 【右丁】 の理に逆(さか)ふが故に多病にして而も短命(たんめい)なりかく 寿夭(じゆやう)【左ルビ:ながいきわかしに】は外よりなす事にあらず皆 己(おのれ)よりする処 なるを知り此養生之道を行はゝ又是 脩身(みをおさむる)之 大(たい) 本(ほん)にして事君(きみにつかへ)事親(おやにつかふる)も我身全からずんば忠孝(ちうかう) いづれの時かつくすへきまた身体髪膚受之(しんたいはつふこれをふぼに) 父母(うく)不敢毀傷孝之始也(あへてそこなひやぶらざるをかうのはしめとす)又敬身為大身也(またみをけいすることをおゝいなりとす) 者親之枝也(みはおやのゑだなり)【ママ】とのたまひて我身は則父母の遺体(いたひ)【左ルビ:のこし給ふからだ】 にして即(すなわち)今(いま)父母之者なるに養生之道を不守 して其身を全(まつた)くせずんばたゞちに不孝(ふかう)不忠(ふちう)の 目(もく)【左ルビ:な】をとりて天命にそむくの理なれば人々 務(つとむ)べき 【左丁】 の道なりしかうして其養生の道をつとむることは いかなることをなして天理にしたがふといふに先そ のはじめ天地陰陽(てんちいんよう)之理をさとし然して人身(ひとのみ) の病の発(おこ)る事を知り我身のかく生て居(お)るは いかゞにしてかゝるぞといふ事をしる是養生を するの先務(せんむ)にて人として自(みづから)の身をしらざるは まことに危(あやう)きのいたり自の身を知らずんば何を か人に及(およぼ)す事あらんはた近来(きんらい)は功者(かうしや)といふ名(な)を まうけ医(い)之 職(しよく)にもあらざる人にして重宝記(てうほうき) 手引草(てひきくさ)等の国字(かながき)の医書を読(よみ)或は一二の奇方 【右丁】 を聞覚(きゝおぼへ)また和漢(わかん)之書 若干(そこばく)を読たるもあれと かの陰陽の理を曾(かつ)てしらず只みだりに彼(かの)病(やまひ) には是薬を施(ほどこ)すとのみ心得て人を療する人 多く病家もまた是をうけがひて治を与(か)ふ まことに闇夜(あんや)に弾丸(たんぐはん)を投(とう)ずるごとく人を害(がゐ) するの甚(はなはだ)しき病家もまた是を不察(さつせず)終(つい)に非命(ひめい) の死をいたす事身を不知の甚しき歎(なげく)べきの 事なりそも〳〵養生をして自の身をしる術 いかんといふに曰天地陰陽の源を知りて人身 陰陽の理に達し人身陰陽の理に達して 【左丁】 人身の病の発る理を詳(つまびらか)にし病の発る理を詳 にしてこれを治するの薬性(やくせい)を暁(さと)し或は予(あらかじめ) これを防(ふせ)ぐの術(じゆつ)をしるかくのごときの次第を よく弁(わきま)ふは生を養ひ命にしたがふの本にして 其事 遠(とふき)にあらずされども大かたの事只 其末(そのすへ)を 論(ろん)じて其元(そのもと)に及(およ)ぼさせればいづれの時か身を 全(まつた)ふする事を得んや《割書:予》こゝに於(おひ)ていさゝか おもふ事有るがまゝに喫茶の余談(よだん)を爰に 記して我党(わがとふ)の童子にしめすといふこと なりけらし 【右丁】 ○天 天は陰陽の元(もと)無量不可思議(むりょふふかしぎ)のものにして其か たち広大(かうだい)にして徳(とく)もまた大(おゝい)なるもの也是の理を 知らざるときは天といへは上の青き処をのみ天とおもへ ども青きは不可思議の色にて天にそれとさし たる色はなく無色(むしき)の色 極(きわま)りて蒼々(そう〳〵)【左ルビ:あを〳〵】の色をあら はす是を近(ちか)くいへば水は無色のものなれどもその 積(つも)りて深淵(しんゑん)【左ルビ:ふかきふち】となるときは其色の青きがごとし 故に天は上ばかりを天といふにあらず土(つち)を離(はな)るゝ 処皆天にして天のはたらきを具(そなへ)ざるときは 【左丁】 万物に用なし其天のはたらきをいふときは万物 空(むな)しき処皆天なり万物此空しき処用にて 万 器(き)といへども実する時は用(はたらき)なし故に茶碗の内も きせるのらうの内も針(はり)のみゝずの内も万物 用(はたらき)をな す処は皆天の万物に具(ぐ)してそれ〳〵の用をなさし むるものにて万物の用は悉(こと〴〵)く天の用也然てその 天の用を容(いる)る者は何ぞといふに則是地にて其地を 容(いる)るものは天なり天有て地なき時は万物を生(せう)ずる事 なく地有て天なき時は万物を育(いく)する事なく乾坤(けんこん) 相得て万物を生し育するを天地 同一(どういつ)とはいふなれ 【右丁】 されどまたこれを分けて其大小を論(ろん)ずる時は天は三千 世界のおほゐなるかごとく地は芥子(けし)壱 粒(りう)ばかりの小(ちい)さ なるもの也扨また地は終(おわ)りありといへども天は始終(しじう) なくして朽(くつ)る事なきもの也されどもかくいへば天は 虚(きよ)にしてなきものかとおもへどもさにあらず孟子(もうし)も 至大至剛(しだいしかう)【左ルビ:いたつておゝきくいたつてかたく】なりとて其体(そのたい)の広大なる事をいふ時は 日輪(にちりん)は地球(ちきう)に倍(ばい)する事百六十五 双倍余(そうばいよ)のものにて この大なる日輪をはじめ其外 数多(あまた)の星辰(せいしん)の内にも わきて大なる星は地球に九十双倍より百七双倍迄の 大なる星千 余座(よざ)を容(いる)るものにて其大さまことに不可測(ふかそく) 【左丁】 なり将(はた)其 地球(ちきう)はいかにといふに其一 回(くわい)凡一万二千五百里と 有りて是も広大なる者なれとも其地球を一 番(ばん)の天より 見る時は其大さ地より見る月より三双倍大きに見へ 四番の天より見る時は此地より見る太白星(たいはくせい)に一倍大きに 見へ五番の天よりは少【ママ】さき星程に見へ六七番の天よりは 曾(かつ)て見えずとありてその広大にして高き事かく のごとし扨其一天々々の高さ厚(あつ)さをもいかにといふに算(さん) 法(はう)をもつてはかれども九番十番の天に至りてはいく ばくとしも知られずとなん誠(まこと)に無量不可思議といふ べしさて天の至剛(しかう)なる事いかにといふに鉄石(てつせき)も及ぶべ 【右丁】 からずこれを切(き)れどもきれずこれをうごかせども不動(うごかず) その天気の盈(みち)てするどなる事をいふ時は石を水中に投(とう) ずるに天気其石にさそわれてしばらく水中に入る時上に 水おふはるゝが故に底(そこ)よりあはとなりて其気天に皈(き) し或はまた水滴(みづいれ)のごとき小器(せうき)にて一(ひ)と口(くち)の器(うつは)には天気 かたく盈(みち)たるが故に水入る事なく両口(ふたくち)の器(うつは)に容(い)る時は 一方の口よりは天気去る故にその水器に入るかく天気 のすみやかにしてしかも不息(やまざる)ことを見るべし ○地 地は下なるものなりとおもへどもさにあらず地は天中 【左丁】 にありて渾天儀(こんてんぎ)にて見るごとく上下左右 天にして地は天の中央(ちうわう)に有るものにてたとへば 鞠(まり)を虚空(こくう)にけあげて不落(おちざる)がごとし扨此地 の象(かたち)はいかなるものぞといふに円(まろ)きものなり 其故は天にかたちはなしといへども畢竟(ひつけよふ)は 天のかたまりにして天より生したる地なるが 故に其地の象 円(まろ)ければ天の円き事もしらる 然(しかう)して此地中央に有りて万物を載(の)するに 其かたちまろきものといはゞ下になる地は下へ 落 横(よこ)になる地も下へ落(おつ)べきに何故不落と 【右丁】 云に此不落の理は地球中の真中(まんなか)に地心と いふもの有りて四方の物を其地心へ引く気を そなへたるものゆゑ此地心の一気(いつき)にて上下 左右の物落る事なし其故は日本も北極(ほつきよく)の 度数(どすう)にて見る時は余程(よほど)北へ下りたる所(ところ)なれ ども地上の物の北へ落る事なきは是地心の 一気にて落さる事を知るべし今左に これを図(づ)す  地の天中に有て   万物地心をさして  不落の図      落ゆくの図 【左丁】 【小さな同心円を持った大きな円が上下に二つ描かれている。其中に書かれた文字】       上     天                  天                        【注】 上      地心      上          地心       上 【注 「注」の文字の位置から時計回りに】 地球之一回一万六千二百里 地の円きをいふときは舟(ふね)にて外海(そとうみ)へ出て渺々(ひよふ〳〵)と して限(かぎ)りなき海上(かいせう)にして四方を見るにものなし 然るをはしり走(は)するときは終(つい)に山を見出すが 【右丁】 ごとし是にて円き地を廻(めく)る事を知るべし 故に足合(そくかう)の国(くに)とて図(づ)のごとく上下足を合すの 処にても落る事なきは地心の一気にてする 所なり ○陽 陽の元(もと)は日輪(にちりん)也故に日をさして太陽といひまた これを火の元(もと)とす故に火の上へもゆるは其 本位(ほんゐ)に 皈(き)するのすがた也然れども火は上へもえ水は下(しも)へ流(なが) るゝとばかりおもへども実に火は上より引(ひ)き水は下 より引ものにて上へ引き揚るは陽の性(せい)にて此陽 【左丁】 の人に寓(くう)【左ルビ:やとる】するは人 生(うま)れてはじめ声(こへ)を発(はつ)するとき 心肺(しんはい)の橐籥(ふい[ご])初めて相摩(あひま)【左ルビ:すれあひ】し死するの夕(ゆうへ)に至(いた)る まて其ふいごやむ事なく此 橐籥(ふいご)にて陽気を生 するの理はたとへは金石(かねいし)相撃(あひうつ)て火を生ずるがことき もの也然して此陽気は血に乗(の)りて総(そう)【惣】身(しん)をめぐる ものにて人身 温暖(うんたん)なるは則此陽の徳にて陰の 血に寓(ぐう)して陽のはたらきをあらはす也故に人(ひと)心([し]ん) 肺全(まつた)しといへとも陰血を亡(ほろぼ)す時は陽気 寓(ぐう)する事 あたはざる故に死に至(いた)るなり ○陽の性 【右丁】 陽の性は上へ引くが陽の性にて其理をいふ時は暑 に中(あた)り怠隋(たいた)《割書:身のだる|さをいふ》するも過酒(くわしゆ)【左ルビ:さけのすきたる】の翌日(よくじつ)怠隋するも 同理にて暑にあたり怠隋するは夏は日輪 頭上(づせう)に 至りて陽の引き強(つよ)き故 表(そと)の守りおろそかなる 時は日輪の陽にひかれて人身怠隋するなり 人は陽の一気を元(もと)として働(はたらき)をなすもの故内より 作(つく)る陽気と毛孔(けのあな)より皈(き)する陽気と同し都合(つがう)に こしらへたるもの也然るに内より作(つく)る所の量(りよう)より も是を外に引(ひく)事甚しき時は必怠隋するなり 過酒の後怠隋するも内より酒の雇(やとひ)陽気にて急(きう)に 【左丁】 推(おし)出す故に陽気も酒力におされて天に皈(き)【左ルビ:かへる】する 故に跡は必怠隋する也陽の性外よりひかるゝが 内よりおし出すかの違(ちが)ひなれども天に皈するの 一理かくのごとしと知るべし ○陰 陰の元は土也故に万物 象(かたち)有るもの皆土に皈せすと いふ事なく是地心へ皈するの理にて万物土より 出たるもの故に本位(ほんゐ)に皈するのすがた也即かたち といふ和語(わご)かたつちといふ義にて土の事にて万物 目に見ゑかたちをあらはしたるもの土にあらずといふ 【右丁】 事なく器物(きぶつ)にかぎらず活物(くわつぶつ)【左ルビ:いきもの】といへども物と名の 付たるものは皆土地 強(しい)ていふときは人も死しての 後土の名を得るにあらず即今(そくこん)土にてしかも働(はたらき) をなすの土とおもふべし土の事を委敷(くわしく)いふ時は 至て広大(かうだい)なる故に書つくしかたし先あらまし を記(しる)す ○陰の性 陰の性は下へ引くが陰の性にて其理をいふ時は 人寒気に中(あた)る時はからだ【左に:身】の痛(いたむ)も外より下(さが)る寒気 にて升(のぼ)る陽気をおさゆる故に陽気(よふき)鬱屈(うつくつ)【注】して 【左丁】 いたむなり《割書:人身の痛といふは陽気の|行当る処有時は痛を知る》寒は陰なるが故に人身 の表より胃(い)中をさして入る是土に皈(き)するの理に して胃は《割書:脾胃|をいふ》人身の中 央(わう)にありて地の天中に 有るがごときものにて上下左右より胃中をさし て入る是地心をさして皈(き)するの理也故に寒邪 の人身に附(つい)て四方より胃中をさして入るは万物(はんもつ) の地心をさして土に皈するの理なり ○陰陽 相得(あひへ)て働(はたらき)をなすの理 陰陽相得て用(はたらき)をなすの理は陰なくしては陽の はたらきなく陽なくしては陰のはたらきなきもの 【注 欝は俗字】 【右丁】 にて易(ゑき)の陰【記号】(陽)陽【記号】(陰)の卦(くわ)を見るに陰中に一陽あり 陽中に一陰ある事かくのごとくなる時陰陽相得て 用(はたらき)をなし又天【記号】地【記号】の卦は如此 独(どく)陰独陽と なるが故に相争(あひあらそ)ふ事なし故に水も寒中になり て氷るときは水の用(はたらき)なし是陽を失(うしなは)んとするが 故なり火も暑中には勢(いきお)ひ弱(よは)し是陰を失んと するが故なり故に乾(かわ)ける物には水を引き朽(くち)たる 木に火のもへざるもこれ水気なきが故に火気を たもちかたし是陰陽相得てはたらきあるの理也 扨陽より陰を引くの理はしめりたるものを日の 【左丁】 照(て)らす処におけは水気 湯気(ゆげ)となりて天に登る 然るに其湯気の升るを塗りもの抔(など)を持(もち)て上に 覆(おゝ)ふときは水気其覆ふものにたまる是水気を 日輪に引くの理也扨また能(よく)乾(かわき)たるものを土(つち)の上(うへ) におく時其乾きたるもの必しめるなり 是 乾(かわ)き たる物へ水気を引くにあらず天に引也然れども 其処に乾たるもの有故其物に先水気を引く 其水も気はかりにて象(かたち)をなさざる時は日輪をさし て登れともいさゝかにてもかたちを結(むす)ふ時は忽(たちまち)雨(あめ) となりて地に皈する是 自然(しせん)の理なり 【右丁】 ○人身の上にて陰陽といふ事 天地の上にて陰陽をいふときは日輪(にちりん)ばかり陽に して余(よ)は皆陰也故に人身の上にても陽気(よふき)《割書:からだのあたゝ|かみをいふ》 の外は皆陰なれとも人身の上にて陰陽とわかちいふ ときは血(ち)と液(うる)ひをさして陰と云ひ温煖(あたゝかみ)の気をさし て陽といふなり其陽気の人に寓(くう)【左ルビ:やど】するは人生れて 元気(げんき)口(くち)鼻(はな)に出入するとき肺の臓 縮張(しゆくてう)【左ルビ:すぼまりはる】して心肺 相摩【左ルビ:すれあひ】し《割書:是心肺すれあひてふいごの|風をせうするがごとし》温煖の気を生ずる是を 名ずけて陽といふたとへは金と石と相うちて火を 生ずるがごとししかうして其陽気の周身にいたる 【左丁】 は人生れたる時いまだ飲食せされども胎中(たいちう)にて母 よりわかちたる血有る故心臓より直に陽気其血 に乗(の)りて一身をめぐる是陰を得て陽めくるなり 其後は飲食する処のもの胃中にいりて消化(せうくわ)し其 精微(せいひ)【左ルビ:きつすい】の津液(みづけ)を心の臓におくれは陽気をもつて蕩 摩し血となる血の赤きも則陽の色なり故に 人身の心肺は陽の元 脾胃(ひい)は陰の元なり心は胃中 よりおくる処の血をもつて陽をめぐらし脾は心 よりおくる処の陽気をもつて飲食する処の 水穀をむしなして陰を生する是陰陽相得て 【右丁】 用をなすの理なり故に陰といふは一身をうるをし 養ふをいふ是則 血(ち)と液(うるおひ)の事也是を天地の上にて いふときは温煖(うんたん)の元は陽にして日輪(にちりん)なり血液(けつゑき)の 元は水にして月輪(けつりん)也 骨肉(こつにく)の元は土(つち)にして地球(ちきう) の位也かくのごとくなる故に人身の上にてこれを 分(わか)つときは大に大小有り陽の元は日輪なるが故に 其大さ一回(ひとめくり)凡二百十三万二千四百十九里の余と有り水の 元は月輪にして其 大(おゝい)さ一回凡三百二十六里の余また 地球(ちきう)は骨(こつ)肉の位(くらい)にして其一回一万二千五百里と有り かくのことくなる故に大小の位を分つときは日輪は月に 【左丁】 六千四百七十三双 倍(はい)の余大にして地球(ちきう)は月に三十 九双倍大なるものなりかくのごとく陽はいたつて大なる ものにして周身(しうしん)にゐたらざる処なく血液も水の 位にして小なれども其うるおひの周身にいたら ざる処なし此陰陽を骨肉の器(うつは)にうけたもちて 用(はたらき)をなす故に地球は日輪よりは小なれとも月輪 よりははるか大なるものなりかくのごとく日月はいた つて大小なれども此地球より見る時は相 等(ひと)しく 見ゆるごとく天の一元の徳をもつて相位して 用(はたらき)をなせるものなれば人身もまた此陰陽 過不及(くわふきう)【左ルビ:すきふそく】 【右丁】 なく位したるを無病の人とはいふべし ○人は一箇(いつこ)之 小天地(せうてんち)といふの理 古今人身の理を論(ろん)するに人は一箇の小天地と云 事有りてこれをくわしくいふときは四肢百骸(ししひやくかい)は天地 のごとくおの〳〵其位を守りて違(たか)ふ事なく頭(かしら)は 上に有て其位を守り手は次に在りて其位を 守り足は下に有りて其位を守る是天地位して 違(たが)ふ事なきがごとし又一身を地の位にしていふ ときは地は万物を生(せう)ずるを性とする故に人をはじめ 禽獣(きんじう)草木(そうもく)有りて面部(めんふ)を人 倫(りん)とし手足を禽獣(きんじう) 【左丁】 虫魚(ちうきよ)とし爪甲(しかう)【左ルビ:つめ】毛髪(もうはつ)【左ルビ:け かみ】は非情の草木のことし又一身 を天地に統(すへ)ていふときは両眼(りよふがん)を日月とし陽気を 火とし血液を水とし肉を土(つち)とし骨を石(いし)とし肌(はだ) 膚(へ)を金(かね)とし毛髪(けかみ)を草木とし耳(みゝ)鼻(はな)舌(した)をはじめ 四支(てあし)を有情のものとす又一身を君臣(くんしん)にたとふる時は 眼(かん)耳(に)鼻(び)舌(ぜつ)は君のごとく手足は臣(しん)【左ルビ:けらい】のごとし其故は 眼耳鼻舌のさだめを以て命(めい)ずる時は四肢 意(こゝろ)のまゝ に慟(はたらき)をなす扨此眼耳鼻舌をはじめ四肢百 骸(かい)をは たらかすものは何ものなるぞといふに是則心にて 是を天地の上にていふときは則一元気なり其一元 【右丁】 の気をもつて陰陽相 和(くわ)し百 骸(かい)を養(やしの)ふ又天地 の上にても陰陽相和するときは寒熱(かんねつ)相得て万物(はんもつ) 養(やしな)はれ一身の上にて陰陽相和するときは一身 安寧(あんねい)也 譬(たとへ)は天旱(てんかん)【ひてり】数月(すけつ)なる時は陽気 偏勝(へんせう)して 川流(せんりう)の水気(すいき)乾(かわ)き人身の上にて血液をほろぼす ときは陽気 偏勝(へんせう)して火動(くわどう)をなす是を火の 亢(こうぶ)るといふ又 霖雨(りんう)数旬なる時は偏勝して水 気多きがごとく人身の上にては陰 有余(ゆうよ)の病 にて水腫(はれ)病(やまひ)或は婦人(ふじん)経閉(けいへい)のごとく天地の間にて も陰陽偏勝するときは疫癘(ゑきれい)の気行れ人多く病(やみ)て 【左丁】 非情の草木まても茂熟(もしゆく)する事なし ○陰陽 相(あい)反(はん)して人身の働(はたらき)をなすの理 人は一箇(いつこ)の小天地なるが故に清(す)めるは升(のぼ)りて天と なり濁(にご)れるは下りて地となるの理にて陽は上 に位(くらゐ)し陰は下に有りとおもふべからず是ははじ めにもいふごとく天地の定位(でうゐ)にて其陰陽は升降(せうかう)【左ルビ:のほりくたり】 開閉(かいへゐ)【左ルビ:ひらきとづる】の気をもつて天地 造化(ぞうくわ)の用をなすもの にて人身もまた其ごとく胎中(たいちう)にてかたちを 結(むす)びしより陰は上になり陽は下になりたるもの なり故に升(のほ)らむとする陽気を閉(とぢ)降(くだ)らんとする 【右丁】 陰をたもちて人身のはたらき有るものなれ然れ ども陰陽の性をいふときは天地 開闢(かいひやく)より陽の性は 上に引揚るが性なる故に人食をほしゐまゝにして 起居 動作(とふさ)をなさずといへとも人身の陽気は日夜(にちや) 毛孔(けのあな)より発越(はつゑつ)【左ルビ:ぬけいつる】して天に皈する故に時にして 空腹(くうふく)になり陰(いん)もまた天地 開闢(かいひやく)より陰の性は土 に皈せんとするか性にしてたとへは上下より相ひくか ことく此ひつはり切るゝ時は陰陽おもひをとぐる 故に陽は天に皈し陰は土に皈し尽(つく)す故に人 死する也故に人の生るは清(すめ)るは升(のぼ)らんとし濁(にこ)れ 【左丁】 るは降(くた)らんとしてこそ人身のはたらきはあるべけれ いままたこれを近(ちか)くいはんに陽(よふ)は升(のぼ)り陰は降るか性 なれども夫にてはたとへば物を煎(に)るに火を上にして 水を下におくは天地の定位(でうい)にて清めるものは升(のぼ)り 濁れるものは下るなれどもかくのごとくにては終に 水湯となる事なく是則陰陽 反(はん)して湯(ゆ)となる の理なり人倫(じんりん)鳥獣(てうじう)草木(そうもく)の生長(せいてう)するも此理(このり)にて 地心の陰よりは下へ引く故に根(ね)有りまた太陽(たいよふ)の 陽(よふ)をもつて上へ引く故に枝葉(ゑだは)天に聳(そび)ゆ是下る 津液(しんゑき)《割書:水けの|事なり》を上へ引き上るは陽気其陽気をおさゆる 【右丁】 は津液(しんゑき)にて上下(うへした)より相引(あひひく)がごとく人も其理にて 生長(せいてう)する故に人(ひと)食(しよく)を絶(せつ)【左ルビ:たつ】するときは死す是の升(のぼ)る 陽気をおさへざる故陽気天に皈(き)して死(し)する也 人にかぎらず生あるもの各陰陽相 反(はん)して生て 居(ゐ)るといふ事を知るべし ○息(いき)といふ事 息といふ字は自(みづから)の心(こゝろ)と書(かき)て息(いき)と訓(くん)す則 呼吸( こきう)の 気をいふ人 生(いけ)るの本なりいきと訓するも生(いき)と息(いき)と の和訓相 通(つう)ずる故いきと訓ずるか一 切(さい)の活物(くわつふつ)は皆(みな)息 にて生て居る事を知るべし此息のもとは元気(けんき) 【左丁】 なり天に有りては元気といひ人に有りては息(いき)と いふなり故に呼吸(こきう)の往来を閉(とづ)るときは忽(たちまち)死(し)す爰に 其理をいふ金(かね)を堀(ほ)るもの地(ち)に入る事 深(ふか)くして 天気(てんき)の往来(おゝらい)せざる処まで堀り入る時は灯火(ともしひ)忽 消(きゆ)る火消る時は人も忽死するとなり是元気の 往来を閉る故に呼吸を絶する也故に迴風路(くわいふうろ)と名 付て穴の内に瓦(かわら)の筩(つゝ)をならべ敷(しい)て天気の往来を なさしむ是(この)理を近(ちか)く知るには虫(むし)をとりて一器(いつき)に 入れて蓋(ふた)をかたく閉其ふたの口を帋(かみ)にて張(は)る ときは其器の内元気の往来を閉る故に内なる 【右丁】 虫の呼吸を絶して虫の死するも是息をきるの理 にて元気に離るゝ也火のきゆるも其理にて器(うつは)に 納(いれ)て上よりふたを閉元気の往来を絶(たつ)ときは忽火 消ゆ是火の息をとむるが故なり一切の者を生(せゐ)々 する事此理にて考(かんが)へ知(し)るべし ○命(いのち)の事 天の元気を人に賦(ふ)【左ルビ:しく】する事 命令(めいれい)する処有るがごとき 故にこれをさして命といふ則 息(いき)の事なり故に 息 絶(たゆ)る時は命 尽(つく)るにいたるしかうして此息の初め て人に通するは人 生(うまれ)て初声(はつこゑ)を発する時風気 鼻(はなの) 【左丁】 孔(あな)より入る其とき肺(はい)の臓 張(は)り又其気を口より出す此時 に肺の臓 縮(しゝ)まる此出入りの気を名付て呼吸といひその 呼吸せしむるものを名付て元気といふ此事傷寒 外伝にも見へたり扨此元気は天地の間に固(もと)より 有るものにて人のいまだなき以前より有て古(いにしへ)も 今もかはりはなきもの也是を蝋燭(らうそく)に火を灯(とも)すに たとふる時は蝋燭は人火は命(いのち)にて其蝋燭を立ならべ 次第に火を灯(とも)すに其火の光(ひか)り先(さき)の火後の火とて 火に変(かわ)りはなきがごとく人の命もいにしへの命今の 人の命と命に変(かわ)りはなしされと其蝋燭のよきと 【右丁】 悪敷(あしき)によりて寿夭(じゆよふ)【左ルビ:ながいきわかじに】有るなり古への人は蝋燭の美(び) なるがごとく天理にしたがふ故に火の光りよく長(なが)く 灯(とも)る今(いま)の人は蝋燭の悪敷(あしき)といふは天理の養生 を不守して風の吹処雨のそゝぐ処をもえらまず 灯す故に天然のらうそくを灯しつくさずして たち消(ぎ)へするがごとし或(あるひ)はまた先天(せんてん)の遺毒(いどく)にて 父母よりつけおくりの悪敷も有りて火の灯り よろしからずしてはやく消(きゆ)るもあり故に自身 に蝋燭のよきと悪敷を知りて風雨(ふうう)を凌(しの)ぎて立(たち) 消(ぎへ)のせざる様(よふ)にする時は天の命(めい)ずる齢(よわひ)は保(たもつ)事 全(まつ)た 【左丁】 かるべし ○長寿(てうじゆ)短命(たんめい)の論(ろん) むかしの人(ひと)は命ながくして百 歳(さい)の寿(じゆ)を保(たも)てる人 多(おゝ)かりしを後世(かうせい)に至(いた)りては長寿を保(たも)つ人の鮮(すくな)きこれ いかなる事ぞといふに論語(ろんご)に人之 生(いける)也(は)直(なを)ければなり 罔之(しいて)生(いける)也(や)幸(さいわい)而(にして)免(まぬかれ)たるなりとのたまひしを養生の 道にとりていふ時は此(この)直(なを)きといふは我身(わがみ)にすこしも 私(わたくし)なく直(すぐ)に曲(まが)らざる様(よふ)にするを直(なを)しといひ扨 此(この) 直(なを)きを守る時は各 長寿(てうじゆ)なれども多(おゝ)くはこれを不守 が故に短命(たんめい)なり扨此直きといふは甚心 易(やす)き事 【右丁】 にて務(つと)めてなす事にあらず人々 生(うま)れながらを 直(なを)きと云也 中庸(ちうよふ)に《振り仮名:天命之謂性率性之謂道脩|てんのめいこれをせいといふせいにしたがふこれをみちといふみちに》 《振り仮名:道之謂教|したがふこれをおしへといふ》と有りて人は天の命によりて生れたる ものなれば私(わたくし)に生(むま)れたるものにあらず故に此率性(このせいにしたがふ)を 直しといふなり扨此性にしたがふといふ事はいかなる 事ぞといふに只天理にしたがふをいふ此天理にした がふといふは身の程を知(し)り過分(くわぶん)の望(のぞみ)をやめ各(おの〳〵)の 職分(しよくぶん)を守り其外(そのほか)をねがはざるは養生の大意(たいい)に して率性の極(きよく)とす扨一切の者 有情(うぜう)非情(ひぜう)の禽(きん) 獣(じう)草木(そうもく)にいたる迄性にしたがはざるものなし馬(むま)の 【左丁】 牛(うし)に似(に)たる事をなさず鳶(とび)又からすの業(わざ)をなさず 草木(そうもく)も皆々かくのごとく是(これ)皆(みな)性(せい)にしたがふのすがた なり人も人の性にしたがふときは道なれども人には 私心(しゝん)といふもの出来(でき)て兔(と)角(かく)其性にしたがひがたき 故に教(おしへ)の道をもふけて性にしたがはしむる爰(こゝ)に養生 といふもこれまた教(おしへ)なりされども聖賢(せいけん)の道といへども 外(ほか)に有るものにあらずして吾(われ)に固(もと)より有処の道を 教(おしゆ)る事也 然(しか)るに其(その)我(われ)に固(もと)より有る処の道なるに 何故其道を失ふぞといふに其 私心(ししん)の強(つよ)くなるに より其道を失ふものにて私心とは天よりうけ 【右丁】 得たる心に非(あら)ずわたくしになしたる心也然して 此私心の出処いづくなるぞといふにもと本心より 出てその生(むまれ)ながらは性善(せいせん)なるものにて水にたとふ る時は清き水のごときものなれどもかの人欲(じんよく)人我(にんが)の 泥土(ていど)【左るび:どろつち】塵芥(じんがい)【左ルビ:ちりほこり】を以(もつ)て濁(にご)らしこの心の全体(ぜんたい)は天より 得(へ)たる同一体(どふいつたい)なれともこれを曲(まげ)てたもつ故に私心 といふ是(これ)を近(ちか)くいへば盗(ぬすみ)をなすは悪(あし)きとおもふは 人の天性なれども宝(たから)を欲(ほつ)するの余(あま)りには其性を 曲て賊(ぞく)をなす是私の心なり故に万事此私心にて 取捌(とりさばく)事は悪敷 真(まこと)の心にて為す事は善(ぜん)なれば 【左丁】 とかく此私を去り真の心を用て行ふ時は率性 の理なるが故に養生にもかなふべしすべて一切の 心を労(らう)し身を苦(くる)しむるの本は皆此私心より おこる事多し此私心を去(さ)り真(まこと)の心を用て事を なしたるに其上にも害(がゐ)に逢(お)ふは天命といふもの にて聖人(せいしん)もしば〳〵厄(やく)せられ給ひしと同じけれ ば只此私心をさり足(た)る事を知(し)り身分(みぶん)不 相応(そうおう)の 事を不願は自(おのづから)性(せい)にしたがふの理にかなふが故に心も ほがらかにして無病長寿なるべし若また此理 に背(そむ)く時は多病にしてしかも短命(たんめい)なるべし是を 【右丁】 あやつりの人形にたとへば人形を人にたとへ遣ふ者を 天(てん)にたとふる時は人形はもと無心なる者故に天のつかふ 者に任(まか)せ居(お)る故に難(なん)なかるべきを然(しか)るに其人形私を おこして働(はたらき)をなす時は天理(てんり)に背(そむ)く故に天よりつかふ 処の糸(いと)にみだれをなすが故に大(おゝい)に苦悩(くのふ)しされども みだれをしらざるが故に無理に動(うごか)んとして段々(たん〳〵)なや み煩(わづら)ひ終(つい)には其糸きれておのれとたおれたるを是 天命といへるがごとし人々不養生にて身(み)を亡(ほろぼ)し 非命(ひめい)の夭死(わかしに)をなすも全(まつた)く是(これ)に近(ちか)きものか故に 天理のつかふまゝにするを養性とも率性(せいにしたかふ)とも 【左丁】 いふなり  或人(あるひと)問(とふ)人養生の道を守るときは長寿なりと  いへども養生の守りよき人に短命(たんめい)なる有又たま  〳〵養生のまもり不宜(よろしからざる)も長寿(てうじゆ)なるはいかにと《割書:予》  答(こたへ)て云これ誠(まこと)に容易(よふい)の談(はなし)にあらずといへども略(ほゞ)  其理(そのり)をいはん人は百年の齢(よわひ)を保(たもつ)べきものなれども  天理に背(そむ)くが故に短命也されば其養生を守りて  短命也といふ理は曾(かつ)てなしといへども多(おゝ)くは養生  の道にふけりて只 慎(つゝしむ)む【衍】をのみ養生とおもひその節(せつ)に  不及が故に皆養生の道にそむくこれを以てみれは 【右丁】  みだりに不及する故に短命なるも有べく又実に  養生のまもりよきといへども生質(せいしつ)虚弱(きよじやく)の上 遺毒(いどく)胎(たい)  毒(どく)のわざにて短命なるもあるべし又養生の守り  不宜して長寿(てうじゆ)なりといふ理は曾てなき事にて  初(はじ)めにもいふごとく多(おゝ)くは慎をのみ養生と心得る故  其意に背(そむ)くにより夭死(よふし)を招(まね)くこと多(おゝ)しまた  もとより養生は人々の節(せつ)を守るにありて世人(せじん)  の見(み)る処(ところ)にては大過(たいくわ)して不養生と見ゆれども  これ其人の節(せつ)に当(あた)りて長寿(てうじゆ)を保(たも)てるもあるべ  くまた生質(せいしつ)壮実(そうじつ)のものにて実に不養生にて八十 【左丁】  迄も生しもの此人もし養生を守る時は百歳(ひやくさい)の  余(よ)にも極(きわ)めていたるべきならむ故に養生を守り  ても短命(たんめい)にて不守しても長寿なりといふは  曾(かつ)てなき事にて只我にうくる処の器(うつは)によりて  彼人の過(くわ)は是人の不及に当り是人の不及は彼人  の過にも当れば只 我節(わがせつ)を知る事養生の大意(たいい)  なるべし ○心(こゝろ)の事 養生の本は心を養ふ事を専務(せんむ)とす然るに其心は 人々一身の主宰(しゆさい)とするものなるを其理を不知して 【右丁】 みたりに心を労(らう)し身を傷(そこの)ふ事をなす孟子(もうし)も 《振り仮名:人々有貴於己者弗思耳|ひと〳〵おのれにたつときものありおもわざるのみ》といへりこの己(おのれ)にたつ ときものといふは心の事にて霊妙(れいめう)不思議(ふしぎ)の貴(たつと)き ものなれども人 多(おゝ)くこれを正(たゞ)しうする事をしらず もとよりこの心といふものはかげもかたちもなきもの にてこれを何(なに)の故に心といふ名(な)有りといふに人の 心(しん)の臓(ぞう)は一身の内にて至(いたつ)て大事なる臓故其名に よそへて心(しん)といふ然れども其心の元有てその元(もと)を 知らざれはこの心を知る事かたく其心の元は天地 陰陽 未発(いまだはつせざる)の以前より固有(こゆう)【左ルビ:もとよりある】のものにて日月の天(てん)に 【左丁】 懸(かゝ)り地の天中に有りて不落(おちざる)も皆是心の元の 徳(とく)にてなす是を天の一元といふ也又 釈氏(しやくし)に三界(さんがい) 唯一心(ゆいいつしん)といふも此天心の霊妙(れいめう)不思議(ふしき)なる徳をさし て三界(さんがい)ともに唯(たゝ)一心なりといふことなり其一なる理 をいふときは寒き時は人皆 寒(さむ)きと覚(おぼ)へ熱(あつ)き時は 人皆 熱(あつ)きと覚(おぼ)へ喜(よろこ)びを見れば喜(よろこ)び憂(うれい)を見れば 憂(うれ)ひ怒(いかり)を見れば怒(いか)る是唯一心の用(はたら)きたしかなるしる しにて日月星辰 森羅万像(しんらばんぞう)唯(たゞ)一心にて其本一也 亦其徳の蜜(みつ)なる事をいふときは人倫(じんりん)鳥獣(てうじゆう)魚鼈(ぎよべつ) 草木(そうもく)にいたるまでもらさず養(やしの)ふこれを大海の水に 【右丁】 たとふるにいかなる大魚(たいぎよ)といへども大儀(たいぎ)にもおもわず 養ふがごとし然れども人(ひと)は空中(くうちう)に住(すみ)て空(くう)を知ら ず魚は水中に住(すん)て水を不知といへるごとく此(この)徳(とく)目(め) に見へぬ故不知也いかんとなれば其(その)本元(ほんげん)声臭(せいしう)【左ルビ:こへ におひ】なく 限量(げんりよう)【左ルビ:かぎりはかり】なく私慮(しりよ)分別(ふんべつ)を離(はな)れたるものなるを以て 孟子も至大至剛(しだいしがう)なりといゝ又 難言(いゝがたき)といふも此事 なり斯(かく)のごとく霊妙(れいめう)不思議(ふしぎ)なる徳を人にうけ たる故に衆理(しうり)をそなへて万理に応(おゝ)ずるの徳有り故 にまた其名を主宰(しゆさい)とも本心とも又 仏家(ぶつけ)には仏(ぶつ) 性(せう)とも本来 面目(めんもく)ともいふかの明徳(めいとく)といふも其心の 【左丁】 明らかなる徳(とく)をほめたる名(な)にて其心の人に具(そなは)るは 未生(みせう)の前(まへ)稟受(うくる)の時よりこれをうけて己に具(そなは)りたる ものなり扨其心の事を孟子 尽心(じんしん)之 篇(へん)の註(ちう)に 程氏曰(ていしのいわく)心也(しんなり)性也(せいなり)天也(てんなり)一理也(いちりなり)自理而(りよりして)言謂之天(いふときはこれをてんといゝ) 自稟受而(うけうくるよりして)言謂之性(いふときはこれをせいといふ)自存諸人而(ひとにそんするところより)言謂之心(いふときはこれをこゝろといふ)張子(てうしの) 曰(いわく)由大虚有天之名(たいきよによつててんのなあり)由気化有道之名(きくわによつてみちのなあり)合虚與(きよときとあわせて) 気有性之名(せいのなあり)合性知覚(せいとちかくをあわして)有心之名(こゝろのなあり)とありて空(くう)に 由(より)て天(てん)の名(な)有り気化(きくわ)によつて道(みち)の名有り虚(きよ) と気(き)と合せて性(せい)の名有りといふて万物(ばんもつ)かたちを あらはす各(おの〳〵)性有り故に雨情(うぜう)非情(ひぜう)のものともに 【右丁】 性にあらざるものなししかれども心(こゝろ)といふは含血(ちをふくむ) の者ならてはなき故に性と知覚(ちかく)を合して心の 名ありといふ故に性の字(じ)は心と生にしたがふ夫(かの) 天の一元より出たるをいふ也故に天之命之謂(てんのめいこれをせいと) 性(いふ)といへりまた此知覚といふは知(ち)は知(し)る事 覚(かく)は 覚(おぼゆ)る事にて此知覚ともにかげもかたちもなき ものにて其(その)証拠(せうこ)は此 知覚(ちかく)のよき人は数(す)万の書 をも知り覚へまた知覚のさとからざるものは其十 分の一にもおよばず是もし人の心といふもの心之臓 一はいぎりのものなれば知覚とも程の有べき事 【左丁】 なれども知覚におひては不可思議のものなる故にこれ をはかりしるべきものなしされば心といふ字に人の 心の臓のかたちを図(づ)して【心臓の形の図】と云は人身におひて は心の臓は尤 貴(たつと)む処の臓なる故彼一物を心(しん)に比(ひ) したるのみにて必(かならず)此心といふ字(じ)にかゝはるべからず ○心を労(らう)する時は身を傷(そこな)ふ事 されは心は虚霊(きよれい)不昧(ふまい)【左ルビ:くらからず】にしてかげかたちもなく火中 に入りてやけず水上(すいせう)に臨(のぞみ)て溺(おぼ)れぬものなるに 何(なに)を以て痛(いた)み煩(わづら)ふ事有りと云に心は不生不 滅(めつ) のものなるが故に煩ひいたむ事はなきものなれども 【右丁】 人々 形気(けいき)人欲(じんよく)を以て是(これ)を苦しむ是を人の家(いへ) に居(お)るにたとふれは心は人にて体(からだ)は家のごとくされば 其家いか程よき材木(ざいもく)を用てよく普請(ふしん)したり とも住む人みだりに柱を動(うごか)し壁(かべ)を落(おと)し抔し て乱妨(らんはう)するときは其家 終(つい)に破損(はそん)するごとく 生れつきの壮実(そうじつ)なるものゝ夭死(わかじに)するはよき家なれ ども荒(あら)く住なして人の居(い)られざるがごときもの なり此 壁(かべ)を落し柱(はしら)を動(うご)かすは何(なに)をしてかかゝると いふに喜(き)【左ルビ:よろこび】怒(ど)【左ルビ:いかる】憂(ゆう)【左ルビ:うれうる】思(し)【左ルビ:おもふ】悲(ひ)【左ルビ:かなしむ】恐(きやう)【左ルビ:おそるゝ】驚(きよう)【左ルビ:おどろく】にありて是を七情(しちてう)と いひ此七情を略しいふときは喜(よろこ)ふも怒(いか)るも神気(しんき)を 【左丁】 外へ多(おゝ)く張(は)る故にみだりに喜(よろこ)びみだりに怒りたる 後(のち)は必ゆるむ憂(ゆう)思(し)悲(ひ)恐(きやう)驚(きやう)は神気を内へ引きしむる をいふかく内外へ衆(あつむ)ると散(ちら)するとの別(べつ)有(あり)て其内 にもその寛(くわん)急をいふときは憂(うれい)思(おもひ)悲(かなしむ)は神気(しんき)を引 しむる事の寛(ゆる)やかに恐(おそれ)驚(おどろく)は是をあつむる事の急(きう) なる故に至(いたつ)て思慮(しりよ)するときは神気 心臓(しんぞう)に集(あつま)り て外より物の侵(おか)す事をも知らざるなり故に心こゝ にあらざれば見れども見へず聞(きけ)とも聞えず食(くら)へ ども其 味(あじわひ)を知らずといふも皆 応(おゝ)ぜさる故に心神 の位する処に一(ひとつ)として応(おゝ)ずる事なしむかし 【右丁】 漢土(もろこし)の白公勝(はくこうせう)といふ人軍中にて謀計(ばうけい)を思慮(しりよ)し居る時 剣(けん)を以て頤(あご)を貫(つらぬ)きたるをもしらざりしとまことに 神気をうばはるゝ事の甚(はなはだ)しき時はかくのことしまた 体(からだ)を城郭(ぜうくわく)にたとへ心を三軍(さんぐん)にたとふるに城(しろ)の本丸(ほんまる) 計りに軍勢(くんぜい)を引とるときは外廓(そとくるわ)を守るへき勢(せい)なき 故に敵(てき)のために侵(おか)さるれどもこれを知らざるがごとく 恐驚は急に神気を内へ引衆る故に内神気の度(ど)を うしなひ外 身体(しんたい)をそこなふ事を知らざるにいたる 是故に七情 節(せつ)にあたらざる時は心をそこなひ身を 亡(ほろぼ)すの本(もと)也されどまた此七情は元性(もとせい)の用(よふ)なれは発(おこ) 【左丁】 【五六字分欠損。乍然、次コマと同じ故補う】らぬといふ事はなきものなれどもこれを守る事を知る ときは発(はつ)して節(せつ)にあたる故に身を亡(ほろぼ)すの害(がゐ)なく若(もし) これを不守ことの甚しき時は乱(らん)にいたるまことに 恐(おそ)るべき事にあらずや扨此心を養(やしの)ふはいかんと いふに孟子(もうし)も欲(よく)を寡(すくのふ)するよりよきはなしといへり 此欲(このよく)の発(はつ)するは必(かならす)口鼻(かうび)耳目(じもく)よりし口に味をほしい まゝにし見(み)ると聞(きく)との二(ふた)ッに有(あり)てもしこれをほしい まゝにするときは忽(たちまち)養生(よふぜう)の道に背(そむ)くが故に此欲を 寡(すくのふ)する事養生の第一なり扨此欲を寡し心の 養様(やしなひよふ)はいかんといふに思慮分別(しりよふんべつ)をはなれ無念無心 【前コマに同じ】 【右丁】 にして只なにとなく心を臍下丹田(さいかたんでん)《割書:臍(へそ)のした三寸|を丹田といふ》に おさめ気をして周身(しうしん)にみたしむるにありて此 術(じゆつ)を 孟子は浩然(かうぜん)の気を養(やしの)ふと云 禅家(ぜんけ)にはまたこれを 不生の術ともいひ或は恬澹(てんたん)虚無(きよぶ)なるときは精神(せいしん) 内を守ると有りて平生(へいせい)起居(ききよ)動作(どふさ)にもかくのごとく に心を用るときは神気(しんき)の守り宜敷故 五臓六腑(ごぞうろつふ)こと 〴〵く居処(ゐところ)を守りて安寧(あんねい)なりされど座禅(ざぜん)の術 などをもしひてこれをつとめんとして眠(ねむ)り抔(など)する ときは仮(か)り寝(ね)の中(うち)といへども神気(しんき)心臓(しんぞう)に集(あつま)り四廓(しくわく)の 護(まもり)なき故に邪気外廓を襲(おそふ)て却(かへつ)て養生の害を 【左丁】 なき人(ひと)寝(いぬ)る時は神気心臓へ集る故に衣衾(ふとん)をかりて 外体(くわいたい)を守らしむるなり故に只(たゞ)座(さ)する時の心持(こゝろもち)は神気 を丹田(たんでん)におさめ思念(しねん)をさり眠(ねむ)りたる時のごとくにて 然(しか)も目(め)にさへきる物は見(み)へ鼻(はな)に匂(かを)るものは薫(かお)り耳(みゝ)へ 渡(わた)るものは聞(きこ)へするを是を不生の術(じゆつ)とも浩然(かうぜん)の 気を養(やしな)ふとも心を養ふともいふなりしかれとも しひてこれを守ることの愚(ぐ)なるときはたとへは 家宅(かたく)を大事とおもふがまゝに戸障子(とせうじ)をももし 開閉(あけたて)の為(ため)に傷(そこな)ひやせん席(せき)も歩行(ほこう)の為(ため)に破(やぶ)れや せんとて一室(いつしつ)にとりこもりて居る時はその家宅(かたく) 【右丁】 の用(よふ)をなす事なし是(これ)もまた養生にあらず爰に心得 へき事あり万事に体(たい)用(よふ)といふ事 有(あ)りて此 体(たい)用(よふ)の 理(り)を弁(べん)ずる時は万事に益(ゑき)ありこれ心と体(からだ)を体(たい)用(よふ)に 分ちいふときは心(こゝろ)は体(たい)にして体(からだ)も衣服(いふく)も家宅(かたく)も用也 故に体(たい)の為(ため)に用(よふ)を曲(ま)げて用(もちゆ)るは有るべき事なれ ども用(よふ)の為(ため)に体(たい)を曲(まぐ)る事はなき事にて是心の為 のからだなるが故也 然(しか)るに世人(せじん)多(おゝ)くはからだの為(ため)の心(こゝろ) にする故に害(がゐ)有り譬(たとへ)ば衣類(いるい)は体(からだ)の為(ため)の用(よふ)なれども 衣類(いるい)をのみ大事とおもひ雨(あめ)降(ふ)りの時(とき)はだかにて 雨に濡(ぬる)るがごとく是(これ)体(たい)用(よふ)をあやまりたるの甚しき 【左丁】 なり兔(と)角(かく)一切の事心の為(ため)とおもふてする時は養生(よふぜう) にもかなへども体(からだ)の為(ため)にすると思はゞ養生には曾(かつ)て かなはざるべし体(からだ)も心の用(よふ)衣食(いしよく)も心の用 食(しよく)する ときは口にうまきとおもへども是(これ)を過(すご)す時は必よろ しかるまじとおもふ是則心のおもふ処なれば先其 心に問(とひ)て然(しかう)してこれを食する時は難(なん)なかるべし 故によく〳〵心の為(ため)の体(からだ)なる事を知(し)りて体(からた)の為 の心にはなすべからず扨其心に体(たい)とする処(ところ)のもの ありて聖人も《振り仮名:君子有_二 三畏_一|くんしにみつのおそれありと》のたまひて《振り仮名:畏_二 天命_一畏_二大|てんめいをおそれたいじんを》 《振り仮名:人畏_二聖人之言|おそれせいじんのことをおそるゝと》の給ひて此(この)三畏(さんい)を体(たい)として他事(たじ) 【右丁】 に心を用ひずもしこれを他事(たじ)に用る時は体用たがふ が故にまた小人(せうじん)は《振り仮名:不_レ知_二 天命_一而不_レ畏狎_二大人_一侮_二聖人|てんめいをしらずしておそれずたいじんになれてせいしんのことを》 《振り仮名:之言_一|あなとる》との給ひて是(これ)を小人とも云也故に此 体(たい)用(よふ)を 考(かんが)へて心の運動(うんどふ)をなすときは自(おのづから)性(せい)にしたがふ故養生 の理にかなふなり ○養生(よふぜう)といふ事 生(いけ)るを養(やしの)ふと書て養生と読(よめ)ども又 性(せい)を養(やしの)ふと書て 養性(よふぜう)と読(よ)めりされば人々の天よりうけたる処の性(せい)を 養育(よふいく)するといふ事にて是養生の二字を体(たい)用(よふ)に分(わか)つ ときは生は体(たゐ)にて養(やしなひ)は用(よふ)也故に我(われ)に固有(こゆう)する処(ところ)の 【左丁】 性(せい)を知りて其性を養ふ事を知るを養生とはいふ されば養(やしなひ)の一字はまことに肝要(かんよふ)の儀(ぎ)にて扨其性は人々 ひとしからざるもの故に其性の位を知りて養(やしの)ふを 節(せつ)とす只みだりに慎(つゝしむ)をのみ養生とおもはゞ却(かへつ)て 屈(くつ)に落(おち)て養生の意(い)に背(そむ)かん只(たゞ)我身(わがみ)の節(ほどらい)を知り て其位を守(まも)るをこそ養生の本意(ほんい)とはいふべけれ扨 この節(せつ)を知る事かたきにあらざれど常に心(こゝろ)を不用 時は絶(たへ)て知れがたしすべての事人よりは知れがたき ものなれども我(われ)より知る事は知れ易(やす)きことくたとへ ば人常に飲食(いんしよく)するに其量(そのりよふ)七八 椀(わん)も食せざれは足(た)ら 【右丁】 ずといふものありまた三 椀(わん)の余(よ)は食せられずといふ これ同(おな)じく健固(けんご)に居(お)る人なれども人によりて如此の 相違(そうい)ある是(これ)皆(みな)外より知るべからずひとり己(おのれ)に知(し)れる 処なりたとへば虚弱(きよじやく)なるものゝ壮実(そうじつ)なる人のごとく せんとしつよきものゝよわき人のごとくするは是(これ)身(み)の 程(ほど)を知(し)らさるの至愚(しぐ)にて其程といへばたとへは一丈の 物と五尺のものと中(ちう)を競(くら)ぶるときは壱丈の物の中は 五尺にて五尺の物の中は二尺五寸なり然(しか)るを壱丈の 物の中を五尺のものゝ中とおもふときは大過(たいくわ)する也 故に人々によりて其 量(りよふ)の同異(どふい)を察(さつ)して其程(そのほど)を 【左丁】 知(し)る事養生の専務(せんむ)とす然ればこの養の一字を 知(し)るときは天命を保(たもつ)事 全(まつた)く一切の者過る時は破(やぶ)れ 不及時は危(あやう)く節(せつ)にかなふ時は養(やしな)はる草木(そうもく)の養不足 する時はやせ養に余(あま)る時は枯(かれ)節(せつ)にかなふ時は栄(さか)ふるごとく なれば人身の養(やしなひ)また此理と同(おな)じく過(ぐわ)不 及(ぎう)なく節(せつ)に かなふを養生ともいふなり ○房事(ばうじ)の事 水(みつ)之 源(みなもと)は月輪(ぐわつりん)にて水は万物の始(はじめ)にして大極(たいきよく)の むかし清(す)めるは升(のぼ)りて天(てん)となり濁(にご)れるは降(くだ)りて 地(ち)となるの時 月輪(ぐわつりん)より水気 降(くだ)り其水気を大地(だいじ)に 【右丁】 うけ持(もち)て万物を生ずるのもの則水にて人も其ごとく 骨肉(こつにく)は土温煖は火にて日輪の分(わか)れ血液(けつゑき)は水にて月輪 のわかれ故に陽ありといへども血なきときは陽(よふ)寓(ぐう)【左ルビ:やどる】する 事あたわず故に大に脱血(だつけつ)するときは忽(たちまち)死(し)す是陽の 乗(の)り物を失(うしの)ふが故陽気天に皈(き)して死するなり 故に人の血液は至(いたつ)て大切なるものにて是をたとへは 血液は薪(たきゞ)陽気は火のごとくなるが故に火有りといへ とも薪(たきゞ)なきときは火 寓(ぐう)する事あたわざるものなれば まことに秘(ひ)すべきものなり然してその血液(けつゑき)の元(もと)は 一切の飲食(いんしよく)を脾胃(ひい)にうけ陽気をもつて煆煉(たんれん)【「かれん」とあるところ】し其 【左丁】 飲食の内の精微(せいび)なるものを取(とり)て津液(しんゑき)となしまた 其津液の内にて精微(せいひ)なるもの心臓(しんぞう)に入りて血とな し其血の内にて精微なるものこれ精液也故に精は 人身 臓腑(ぞうふ)筋骨(きんこつ)これを養(やしの)ふの本(もと)にして至(いたつ)て精 微なるものにて実(じつ)に秘する事を貴(たつと)ふべきものなり 故に唾(つば)といへども其 煅煉(たんれん)の後は必血となるものなれば みだりに吐(▢く)事を禁ず痰沫(たんまつ)を多(おゝ)く吐き唾(つば)をみだり に吐ものは次第に痩(やす)る是血之本を亡(ほろぼ)すがゆへなり そも〳〵精は草木の仁(にん)のごとく草木の実(み)を結(むす)ぶに 仁は至て精微のものにて其仁を地に指(うゆ)るときは 【右丁】 必 其(その)芽(め)を生ずるがごとく人の精液も又是に同じく 其 精(せい)よりして子孫を伝(つた)ふまことに一身精微のもの なれは房事を過度(くはど)しみだりに精液を費(ついや)すは慎(つゝし)む べきの事ならずや故にまた房事は子(こ)を生(せう)ずるの始(はしめ) 食事は身を養(やしの)ふの元(もと)なれば両事とも尤心を用(もちゆ)べき 事なり然るに是をほしいまゝにする時は害をなし これを程(ほど)よくすれば子孫(しそん)をつたふその他 身(み)を害せ らるゝも国家(こくか)を亡すも生 涯(がい)を誤(あやま)る事此一事に あれば是を慎(つ)しむべきの事なり ○陰虚(いんきよ)火動(くわどふ)の理 【左丁】 俗(そく)に火の亢(たかぶ)るといふはこれ所謂(いはゆる)陰虚火動の事なれ ど詮(せん)ずるに火の亢(たかぶ)るといふ事はなき事にて実(じつ)は 陰(いん)の虚(きよ)するなり其故は人身にて火といふは陽気陽 の元(もと)は日輪なれば是になんぞ亢(たかぶ)る事あらん人身の 上にてもまた心肺より造(つく)り出す陽気にて別(べつ)に 亢(たかぶ)るといふ事はなく只陰虚するの謂(いゝ)也人身の上に て陰(いん)といふは血液(けつゑき)の事也 血液【左ルビ:ち うるおい】亡るときは陽 寓(ぐう)する 事あたはずして火(ひ)動(うご)くなり陰陽其位を得(へ)て無 病の人とはいふ也人身に陽気陰血とありて陽は気 にして総身(そうしん)にいたらざる処なく血液も又 流行(りうかう)し 【右丁】 て総身にいたらざる処なししかれども陰陽に大小 有り人身血液の往来する処は天地の上にては河海(かかい)【左ルビ:かわ うみ】 のごときものにして其余は土にして人身にては骨(こつ) 肉(にく)の分也天地の上にても水の有処はわづかなるもの にて其故は地球(ちきう)の厚さは三千九百七十八里の余(よ)と有り 水の厚さはわづか二里より深(ふか)き海はなきといへりたとへば 饅頭(まんちう)を地球(ちきう)にたとふるときは水の部は皮(かわ)のごときもの なりしかれども皮のみに水あらずあんの中をも上下左右 縦横(しうおふ)に往来(おゝらい)する道(みち)有りて人身(じんしん)経絡(けいらく)【左ルビ:ちすじ】のごときものなる 故にこれをさして水脈(すいみやく)といふ也脈といふは血の往来する 【左丁】 処をさして脈といふ也然れども水の量はかくのごとく 肉(にく)よりはすくなきものなりしかれども陽気(よふき)は一身(いつしん)にいたら ざる処なし日輪(にちりん)は地球(ちきう)に百六十五双倍の余大なるもの にて陽の根元(こんげん)如斯大也又地球は月輪よりは三十八 倍大なりといへり水の根元(こんげん)は月輪なるが故に如斯 陰陽(いんよふ)の位を知(しり)得(へ)ん為(ため)に天地の理をいふ天地の上 にてかくのごとく陰陽(いんよふ)の本はおほひに大小有れ ども其位を得て相和し万物を養ふなり然れども 天地の上にては処により晴雨の偏勝(へんせう)あれども其水 通して増減(そうげん)【左ルビ:ましへり】する事はなしといへども人身の上(うへ)にて 【右丁】 は其水 減(げん)ずる事有りて皈(かへ)る事なく終(つい)に陰虚(いんきよ)火(くわ) 動(どふ)の症(せう)をなすこれもとより人身の血液はわづかなる ものなるに大(おゝい)なる陽と相対(あひたい)し居るもの故に陰(いん)に いさゝか不 足(そく)を生(せう)ずる時は陽気 忽(たちまち)偏勝(へんせう)する事 早(はや)し 是本の大なるか故なり人多房なる時はみだりに陰 を亡(ほろぼ)す故に陽気(よふき)偏勝(へんせう)して火動(くわとふ)するなり近来 みだりに癇症(かんせう)といふも是皆陰を亡(ほろぼ)して陽気 勝(かち)に なりたる故にみだりに怒(いか)り憤(いきとふ)るなり皆(みな)是(これ)陰虚(いんきよ)より 火動(くわどふ)するの証(せう)なり ○人身 虚実(きよじつ)の事 【左丁】 人の虚実(きよじつ)は朱子のいへるごとく仁義(じんぎ)礼智(れいち)の性を以て せずといふ事なしといへども其うけたる事ひとしき 事あたはずといふごとく人々にうけたる器(うつは)によりて 虚実(きよじつ)は有るものなり人の元気は心肺の虚実にあり て心肺のふゐごの具合(ぐあい)よき人は陽気の作(つく)り出(いだ)し よし其陽を作り出(いだ)すは起居(ききよ)動(どう)作にあれは起居 動作をせざる時はふいごのいきおひゆるくなりて 陽気一身に不充(みたず)この人をさして虚人といふ故に つねに安逸(あんいつ)を欲せず起居動作を専(もつはら)にして陽気 をみたしむる事をなさば外邪(ぐわいじや)に侵(おか)さるゝ事もあるまじ 【右丁】 ○平生養生 心得(こゝろへ)の事 人の病中は国家(こくか)の治乱に比すれば病中は乱(らん)にて 病て薬(くすり)するはたとへばみだれたる処へ兵(つわもの)をくはふる と同じく一邪(いちじや)一 毒(どく)あるものに薬(くすり)を用る時は味方の 薬をして敵の邪と戦(たゝかは)しめてみだれたる国(くに)を治(おさむ)るが ごとしさて平生無病なるときはよく治りたる国の ごとくなれば其時に不養生をして敵を引 納(いる)る事 なき様にすべし国の政道(せいとふ)よき時は太平なるがごとく 其乱るゝには極(きわ)めて所以(ゆゑん)のあるごとく病(やまひ)に六気七情 ありて六気外より侵(おか)して七情内より傷(そこの)ふたとへは七情は 【左丁】 反(かへ)り忠(ちう)のものありて城内(でうない)より乱をおこしたるが如く 六気は城の外(ほか)より侵(おか)すといへども敵(てき)を防(ふせ)ぐのそなへよき 時は侵す事なしといへども敵をふせぐの備(そなへ)おろそか なる時はて敵をして引入るゝがごとし流行(りうかう)の厲気(れいき)は 一気の流行(りうかう)にて大軍の敵(てき)襲(おそふ)が故に人々 多(おゝ)く病(やめ)と 夫も守護(しゆご)の備(そなへ)厳重なれば侵(おかし)がたし是(これ)守(まも)りのよき 人なり夫をたとへば夏日(なつむき)午睡(ひるね)などをするに衣衾(ふとん)を 不覆(かふらず)して臥(ふす)ときは必す風に感(かん)ず是(これ)守りのおろか なるが故なりかくいへば邪気は天地の間に満(みち)て有る様に おもへども左にあらず邪気といへども天地の間に有る 【右丁】 時は正気也傷寒の邪たりといへども天地の正気なり 是を盗賊(とうぞく)にたとへば賊盗といへども家(いへ)に入り物を侵(おか)さ ざるときは常(つね)の人なれども家に入り物を侵す時は忽盗賊 の名を得(う)るがごとし邪気も人身を侵(おか)す時は邪気となれ ども天地の間に有りては正敷(たゞしき)気(き)也さるによつて其邪気 を防(ふせが)んとおもはゞ平生の養生(よふぜう)にあれば此養生の道を 守(まも)るときは病も自(おのづか)らすくなかるべし ○薬を用る心得の事 薬を服すれば命(いのち)ものぶる様に心得(こゝろへ)るは大に誤りにて 薬は病を治すばかりの能(のふ)にて命(いのち)を養ふものにあらず 【左丁】 然るに養生と心得て無病の人 常(つね)に薬を用る事は 大なる誤(あやまり)なり薬種は一能(いちのふ)を以(もつ)て一病をこそ治するもの なれたとへば乱の発(おこ)りたる時夫を禦(ふせぐ)程(ほどの)人数をさしむけ て其乱をおさむるの理にて病のなき人に薬を用るは 軍もなき処へ兵(つはもの)を遣(や)るがごとく若(もし)薬を用 誤(あやま)るときは 南方に敵(てき)の屯(たむろ)せるに北方へ兵(つはもの)をやるがごとく敵(てき)をふせがぬ のみならずいたづらに味方を損(そん)ずべし故に病の道理をしら ずして薬を用る時は実(じつ)を実(じつ)し虚(きよ)を虚するの理あり て病に病を重(かさ)ぬる事有りこゝに一話あり或養生者有 りて大に風邪(ふうじや)の流行(りうかう)せし時なりしが彼養生者おもふに 【右丁】 風ひかざる先きに風薬を用ひおりしかば流行(りうかう)の邪気(じやき) をまぬかるべしとおもひ風薬をもとめ用ひしかは其時 反(かへつ) て大に風に感ぜしと世上(せじやう)多(おゝ)くは是に近(ちか)し風薬は外(そと)へ発 する薬故 表(へう)をひらくの薬力(やくりき)なるが故に反(かへつ)て邪気(しやき)をうくる 事すみやかなりといふ事をしらざるが故也 是等(これら)は甚 しきのいたりなれども病(やまひ)の道理(とふり)をもしらずみだりに薬 を服(ふく)するときは是等に近(ちか)き路(みち)あれば薬を用るとも深(ふか)く 心を用(もち)ゆべき事なり こけぬつえ上終 【蔵書印】 大八木蔵書 【左丁 白紙】 【裏表紙】 書名 こけぬつえ         2/2冊 【撮影ターゲットのため以下略】 【表紙 題箋】 《題:こけぬつえ   下》 【資料整理ラベル】 K150-1 【右丁】 【鉛筆書きと思われるメモ】 490.9  Koー6   2 ーーーーー No.2736 IR K  150-1 【蔵書印】 慶応義塾 大学医学 部之図書 【蔵書購入印】 ・慶応義塾大学医学情報センター・ 昭和47.年7.月5.日  富士川文庫   1615 【左丁】 こけぬつえ下 ○正気(せいき)をうつて急(きう)を救ふの説 是味方を打(うつ)て敵(てき)を治(おさ)むるの理(り)にてたとへばらうぜき もの来(きた)りて向ふよりも此方よりも争(あらそ)ひに及(およ)ぶときには 先味方の者をせゐして鎮(しつ)むる事有り是(これ)は急(きう)を すくふの法(はう)にて全(まつた)きはかり事にはあらず吐血(とけつ)する 者の初(はじ)めに三黄湯を用るの理と同じく此法みかた 打の法なり是いかなれば吐血(とけつ)に種々(しゆ〴〵)の因(いん)ありといへ ども吐するにいたりては一理(いちり)にて四方へ運(めぐ)るべき血の 道ふさがりてのびられざるをしひてのびんとする 【頭部の蔵書印】 慶応義塾大学 医学部之図書 【下部の蔵書印】 大八木蔵書 【右丁】 陽気に載(のせ)て吐(と)する故に先初めには升(のほ)る味方の陽気(よふき) を打(うち)これを救(すく)ひ扨其後に犀角(さいかく)を以て四方の塞(ふさが)りをり ひらきて後(のち)に補血(ほけつ)の薬を用ひ血の不足を補(おきの)ふ是 初三黄湯を用るは味方を打て急をすくふの理にて その外の病に血をとりて病を治すも亦(また)同(おな)じ理也 此味方打の療治は心得(こゝろへ)有べき事なり ○一切の薬種皆 薬(くすり)又皆 毒(どく)となる事 臨(りん)_レ機(き)【左ルビ:きにのぞみ】応(わう)_レ変(へん)【左ルビ:へんにおゝする】の理(り)を知らざる人は人参は命(いのち)ものぶる様に おもひ附子(ぶし)石羔(せきかう)は毒薬(とくやく)のごとくおもへども左(さ)にあらす 先 近(ちか)くいふときは米は命(いのち)を保(たもつ)ものなれども食滞(しよくたい)の者(もの)に 【左丁】 推(おし)て用(もちゆ)るときは必す害(かい)を生(せう)じ人参は命(めい)を救(すく)ふの薬 なれども一毒(いちどく)あるものに用るときは害(がい)をなす附子(ぶし)は陽 を助(たすく)るの良薬(りよふやく)なれども熱症(ねつせう)のものに用る時は反(かへつ)て病を 助るごとく一切の薬種(やくしゆ)皆々かくのごとし故に此事をよく〳〵 知りてよろしきに随(したが)ふて用るときは礜石(よせき)【誉は誤】の毒(とく)を以て 毒(とく)を制(せい)するの功もあれば人参といへどもこれを用ゆる法を 誤(あやま)らは反(かへつ)て命(いのち)を失(うしの)ふにあたらん ○熱(ねつ)の理 熱(ねつ)といへば邪気の様におもへども熱は邪気にあらず正陽 の気の重りたるものにて湯の至て煮(にへ)たぎりたるを 【右丁】 熱湯(ねつとふ)といふがごとく邪気と陽気(よふき)は火と水(みづ)とのごとく 相交(あひまじわ)る事なき故邪気の領分(りよふぶん)へは正陽(せいよふ)の気いたること あたわず故に陽気のつもり重(かさな)りたるをさして熱(ねつ)と はいふものなれ然るに胃中の熱邪(ねつしや)などいへるはその理を 不暁(さとさざる)の甚(はなはだ)しきものなり ○発汗の薬を用る時汗の発し様の事 汗はもと人身の津液(しんゑき)にして大切(たいせつ)なるものなるをおほく は汗(あせ)を邪気と心得るは大なる誤(あやまり)といふべし汗は正敷 津液にて一身を養ふものなれども邪気を除(のぞか)んがために 無拠(よきなく)津液に戴(のせ)て押出(おしいだ)すものなれば必汗を邪気と心得 【左丁】 みだりに多く汗(あせ)をすへからず医書(いしよ)にも汗 多(おゝ)ければ病 不除(のぞかず)また汗多ければ陽を亡(ほろぼ)すともありて余(あま)り多(おゝ)く 汗の出るときは邪気の去(さら)ざるのみならず反て陽気を 亡(ほろほ)して危(あやうき)にいたる汗多出て陽を亡すといふ理は陽 気は初(はしめ)にもいふごとく天に皈するが性なれば毛孔(けのあな)より 汗につれて陽気天に皈する故陽を亡すといふまた 人は陽の一気にてはたらきをなすものなれば陽気の 去(さ)るにしたかふて元気おとろふるにいたる故に発汗の薬を 用ひ発汗せんとおもふ時は先薬をせんじおき寝処(ねところ)を かまへ已(すで)に服(ふく)せんとする時右の寝所(ねところ)に入り薬(くすり)をふくし 【右丁】 ふとんを覆(おゝ)ひ無言(むこん)にして息(いき)をつめる心持にてしばら く居る時は汗(あせ)出(いつ)る其(その)汗(あせ)細雨(こあめ)帯(おび)たるごとく出るを よしとす此上 多(おゝ)く汗する時は陽気 脱(たつ)してよろ しからず ○薬を服(ふく)し様の事 薬の用様は先三法と知るべし先 発表(はつひよふ)桃(はい)【梅の誤ヵ】毒(とく)の薬 を用るは食後に用ひ下し薬を用るときは食前空腹 に用ひ補薬は少々ツヽ用(もち)ゆべしもしこの用 法(はう)を誤(あやま)る ときは薬のめぐりよろしからすその外色々用ひ様 あれども大抵(たいてい)この心得(こゝろへ)にて用る時は薬のめぐりよし 【左丁】 ○疫気の事 疫は中風【左ルビ:かせひき】傷寒の邪気と同じからずして一 種(しゆ)の別物(べつぶつ) なり天地間 非令(ひれい)の気行れる時は必 瘟疫(うんゑき)行れるもの にて此気は天地間の気(き)不正(ふせい)になりてたとへば物の 温暖(うんだん)の気重りて腐(くさ)りたるごときものなり然(しか)し此 疫気は人身表分より侵(おか)す事なく口(くち)鼻(はな)より入り て三焦(さんせう)膈膜(かくまく)の原(けん)に付 表裏(ひようり)に分(わかち)伝(つた)へ傷寒の邪の 直(たゞち)に表(へう)より侵(おか)して裏(り)に入るものには同しからずその 疫邪の口鼻より入るといふはいかにといふに口鼻の気 【右丁】 は天に通(つうう)ずる故に天地の気を呼吸(こきう)する時この疫気 をもましえ入る故に邪気ふかく胃(い)にちかき膜原(まくげん)につく この故に疫邪におかされし時は通例の風邪(ふうしや)と同様に おもひて一通りの風薬を服(ふく)しみだりに発汗など すべからず反(かへつ)て害(がい)あり ○養生を守る時は流行の病(やまひ)をうけぬ事 はやり病にて病人多き時にても養生の守りよき 人は病をうけぬといふこと張華(てうくわ)が博物志(はくぶつし)に見えて 霧(きり)深(ふか)き朝三人旅行(りよかう)せしに一人は空腹なるもの壱人は 酒を飲(のみ)たる者壱人は食に飽(あき)たるものと三人霧(きり)の中を 【左丁】 通りしに其後(そのゝち)空腹(くうふく)なりしものは病を得て終(つい)に 死(し)し酒(さけ)を飲(のみ)たる者は煩(わつら)ひ食に飽(あき)たるものは何事もなか りし是守りのよきものははやり病をうけぬ事を 知るべし ○病中 心得(こゝろへ)の事 人病ときは病は医(いしや)に任せおきて養生を不守人 多(おゝ)し 是 己(おのれ)をしらざるの甚しきものにて先薬は何故に 服するぞといふ事を知るべし総(そう)【惣】じて薬は病有故に 用る事なれば病を治せんための服薬なるに薬を服(ふく)し ても養生を守らさるは何の心ぞや今時の人 多(おゝ)く 【右丁】 緩病(くわんびよふ)にて医薬の不及なといふ是皆養生を不守 にて病おもき時は是非(ぜひ)なく養生すれども緩病(くわんひよふ)には 多(おゝ)く不養生なる故に生 涯(かい)病を治する事あたはず して終に死するもの多しこの故に先病ときは薬を 服(ふく)せんより養生を専(もつはら)とし次に薬とおもふべし纔(わつか) の薬をたのみとして日夜不養生なる時は何れの 時か病を治(じ)する事を得ん薬は何程の良薬たりといへ とも容易(よふい)に功(かう)を得かたし不養生はいさゝかにても忽(たちまち) 災(わさわひ)を得る故に常(つね)に此事(このこと)をよく〳〵おもひめくらし服(ふく) 薬中(やくちう)は養生を専にすべきことなり 【左丁】 ○病後(びよふご)心得(こゝろへ)の事 病中と病後との分(わか)り甚不心得ある故に爰(こゝ)にしる す病後とは全(まつた)く治(じ)したるにあらず邪(じや)の去(さ)り毒(どく)の 抜(ぬけ)たるをいふたとへば雷(かみなり)の落(おち)たる跡(あと)のごとく雷(かみなり)は去(さ)れ どもあとの傷損(そこなへ)はいまだ調(とゝのは)ざるがことし故に瘧(おこり)なと も截(きれ)さへすれば治したる様におもひ痢疾(りひよふ)抔(など)も大便 の度数 常(つね)に復(ふく)しさへすれば治(じ)したりとおもふは 大なる誤(あやまり)なり是皆 病(やまひ)の去る已(のみ)【ママ】にして全(まつた)く治したる にあらず他病もまた然りといへども傷寒(せうかん)時疫(じえき)瘧(おこり) 痢病(りひよふ)は別して病後の養生 大切(たいせつ)也瘧なとも截 【右丁】 さへすれば治したりとおもひ不養生なるときは忽 再(はね) 発(かへ)すわづかの水づかひ抔して再感(さいかん)するもの多し 是甚 微少(びせう)の事なれども障(さわり)あれば病後の養生至 て大事にすべき事を知るべし又痢病なども度数 すくなく大便常に復(ふく)したりともこれを治したりと おもふべからす別して痢病(りひよふ)は起居(たちい)動作(あるき)を心得食事 等(とう)に心得あるべし病後邪気已に去(さ)るといへども養生 不調(とゝのはす)して死する人甚多しこれなげくべきの甚 しきものにてこれらの人をたとへば糊(のり)にてかため たる器の糊のいまだかわかざるに重(おも)き物(もの)を納(い)れて器(うつは) 【左丁】 のくだけたるがこときものなり ○急に治して宜敷病又急に治して不宜(よろしからざる)病(やまひ)の事 あれとも病はすみやかに治する事をよしとおもふは一 統(とふ)の情(ぜう)なれども急(きう)に治(じ)してよき病と急に治して 不宜病とあり此急に治してよき病と云は傷寒(せうかん)時疫(じゑき) 血症(けつせ)の類(るい)是 何(いづ)れとも急に治(じ)するによくその他何れ外 より侵(おか)したる病は急に治する事をよしとすしかしな がら是もまた日数(ひかず)ありてみだりにはなりがたしまた 急に治して不宜とする病は一切 湿毒(しつどく)の類 疥癬(ひぜん)など を病たる時は必急に治する事をよしとすべからず是内 【右丁】 に一 毒(どく)ありてなす事なれば毒の尽(つき)ざるときは治(じ)する 事あたはず夫をしゐて治せんとするときは必 変病(へんびよふ)し て終(つい)に死(し)に至(いた)る是(これ)皆(みな)治(じ)を急(いそ)ぐの咎(とが)なり扨また腫物(しゆもつ) の内にも疔(てう)と見(み)る時は急(きう)に針(はり)を入る事をよしとす此 疔(てう)の急なる事は須臾(しゆゆ)に死生(しせい)の限界(かぎり)ありて甚 急(きう) 卒(そつ)の病となれば急に切る事よし此外諸の腫物(しゆもつ)に至(いた)り ても膿(うむ)べき時ならざれは《振り仮名:不_レ膿|うまず》口の明(あく)べき時来らざれば 口不_レ明口のおさまる時ならざればおさまらず是皆其病 によつて節(せつ)の有事にて其節(そのせつ)を不_レ得ときは必 害(かい)を なすとおもふべし 【左丁】 ○病を治するに両様有る事 古(いにしへ)より何々を治(じ)するとありて治(じ)は乱(らん)の反対(はんつい)にて病は 乱にて其乱を治むるを治するといふなり又俗になをす といふも直(なをく)するにて直(なをき)は曲(まかれる)の反対にて曲れるを直する の語(こ)なり然るに今のなをすは是(これ)にことにして右にある 病を左になをし左にある病を右に転(なお)し表(へう)にある病を 裏(り)へなおし腰(こし)の痛(いたみ)を足へなおすの類なり近来湿病 の治方を見(み)るに多(おゝ)くは此 類(るい)に近(ちか)く湿毒(しつとく)に於(おひ)ては疥癬(ひぜん) 楊梅瘡(よふはいそう)は此上もなき軽(かろ)き症(せう)なるを其ひぜんを骨う つきになをし骨うづきを耳(みゝ)へなをし耳を眼へなをし 【右丁】 眼を鼻(はな)へなをすのるゐ多し是なげくべきの甚しき なり楊梅瘡疥癬なとは湿毒(しつどく)の内にても至(いたつ)て軽(かろ)き 症なれは必ず悪敷なをす事なかれ疥癬(ひぜん)などを病(やむ) ときは必す早く治せんとて付薬(つけくすり)をし薬湯などに早(はや) く浴(よく)する時は必骨うづきになをすことあり何れ表(ひよふ)へ 発(はつ)する病は陽気の強(つよ)きにて裏(り)のよろしき症なれ ば必ず早くなをす事をせずあらんかきり出す様に すべし表に出んとするとき必ず下す薬を用る事なく 内より食事等にも強(つよ)きものを食せしめて外へ出(いだ)す 様にすべししかしまた至て強(つよき)き【衍】時は旁(かたわら)に下剤(くだし)を 【左丁】 用る事あれども是はたとへば南風を求(もと)めんと欲せば 更に北窓(ほくそう)を開(ひら)くといへるごとく南の風を得んとおもふに 北(きた)の窓(まと)を明るがごとしかくのごとくするときは発表の 勢(いきおひ)よき也然れども是は臨機応変(りんきおふへん)の術(しゆつ)にして一 概(がい) に論(ろん)ずる事にあらざれは先あらましを記す ○痛(いた)む腫物(しゆもつ)はよく痛(いたま)ざる腫物はよからざる事 一切の腫物の痛をよきといふは如何(いかに)といふにすべて 痛(いたむ)といふは陽気の行 当(あた)る物ありて行当る故痛を 知るなり行当るといふは行がたき処を行んとする故也 然るに此行ものは陽気当るものは邪気也是を近(ちか)く 【右丁】 たとへば指なとをつめて痛(いたむ)といふも向(むかふ)へつまるは指(ゆび) つめるは物なり此 道(どふ)理にてよき《振り仮名:無_レ障|さわりなき》からだへいさゝか の陽気の行れぬ処ありても忽(たちまち)痛也是痛むは邪気 にて是邪気すくなく陽気(よふき)大いなるが故に痛なり 此故に金瘡(きんそう)なども至て大瘡(おゝきず)になれは痛ざるなり 是いかなれば行当る処なき故也故に腫物 抔(など)も腫れ様 先き尖(とが)りたるがごとく腫るゝはよき也是よき正陽の気 多(おゝ)き故悪敷邪をひろげぬ故に先き尖(とが)るなり然(しか)るに 腫物何れが口何れが先きとも不_レ知むつくりとは腫るは 大にあしく是虚症の腫物にて邪気と陽気の《振り仮名:不_レ争|あらそわさる》 【左丁】 が故に不痛なり故に不痛腫物は悪敷痛むを よしと知るべし ○熱病(ねつびよふ)の後うつとりとなるの理 熱病の後うつとりとなるを医書に冒(ぼう)するとありて 是理いかにといふに熱病の時心の臓の血を熱(ねつ)にて沸騰(ふつとふ)【左ルビ:にへかへる】 せしめたるうへ病後にて心肺のふいごとゝのはざる故に 前(まへ)のごとく血のこしらへよろしからずしてうつとりと するなりすべて人の物を見聞(みきゝ)覚(おぼへ)知(しり)する事は皆心の 臓の血(ち)に神(しん)の舎(やど)りて知(し)る事にて人身の健(すこやか)なるも 健(すこやか)ならざるも心(しん)の臓の血の動静(どふぜう)清濁(せいたく)による心臓の 【右丁】 血 煮(に)へかへる時は狂をなし煮のたらざる時は冒(ばう)をなす 此 冒(ばう)といふは俗にいふあはふの様なると云こゝろなり ○乱心するの理 人 発狂(はつきやう)し気違(きちがひ)になるはいかなる道理ぞといふに時疫(じゑき) 傷寒(せうかん)の讝語(うたこと)【ママ 注】いふと同し道理(どふり)にて心の臓の血の毒(どく)に よりて沸騰(ふつとふ)【左ルビ:にへかへる】するなり故に狂人(きちがひ)に発作(おこりさめ)の有るも是毒 の心(しん)の臓をかこむとかこまさるとの時による也人身に おひて心の臓は尤大切なる臓(ぞう)にて心は神の舎(やと)る所(ところ)と ありて見聞(けんもん)覚知(かくち)の役人(やくにん)をいだす所なり眼(め)耳(みゝ)鼻(はな) 舌(した)といへども皆其役所のごとき処なり其役所へ出す 【左丁】 役人は心の臓より出(いだ)すなり故に人身に於(おひ)ては至て 大事なる処なり故にいさゝか突瘡(つききつ)にても背(せ)にて 七の椎(づ[い])より上或は胸(むね)を突ときは必(かなら)ず死(し)する是心の臓(ぞう)に 当る故也 其余(そのよ)の処は大瘡(おゝきつ)たりといへども絶命(ぜつめい)にはいた らず其外 時疫(じゑき)傷寒(せうかん)にて讝語(うたこと)いふも此理にて傷寒の 時のうたこといふも陽明(よふめい)の症(せう)といふて邪気(しやき)内へ入り陽気 外(ほか)へ出(いて)かわりて外の陽気にて内の心(しん)の臓(ぞう)の血を煮(に)へ かいらすときはうたことをいふなり ○国々によりて病の異(こと)なる事 南国は日輪に近(ちか)きゆへに平生 温熱(うんねつ)の気あり故に人身 【注 「うはこと」の誤ヵ】 【右丁】 の陽気(よふき)を表に引く事 強(つよ)く裏の陽気 守(まも)りおろそか にして内より起(おこ)る病 多(おゝ)し扨又北国は日輪に遠(とふ)き故 寒冷(かんれい)の気平生に多(おゝ)くして人身の陽気裏を守る ことよけれとも表の守りおろそかなる故に外よりうくる 病 多(おゝ)し故に湿毒(しつどく)の類(るい)北国に多して南国にはすく なし南国の人は色(いろ)黒(くろ)く北国の人の色の白きも此理 にてまた寿(じゆ)の長短(てうたん)も通(つう)していふときは南国は短命 にて北国の人は長寿なりといふへし扨また海辺(かいへん)に住(す)む ひとは常に魚類を食(しよく)する事多き故毒による病 多(おゝ)く 又 海風(うみかせ)のしめりをうくる故に湿毒の症(せう)も多し山中の 【左丁】 人は深山幽谷(しんさんゆうこく)【左ルビ:ふかきやま かすかなるたに】を往来(おゝらい)し山嵐(さんらん)の瘴気(せうき)にあたり不正の 気をうけて病を生するもの多し此山嵐の瘴気といふは 初(はし)めにもいふことく金を堀(ほ)るもの穴に深(ふか)く入る時さゞひ殻(から) に火を灯(とも)し携(たづさへ)入るに其火 滅(きゆ)るときは人も死すると是 陽気の往来せざる故に灯火忽 消(きゆ)るものにて一切のもの 陽気の往来せざると死するといふは息(いき)の段にいふがごとく 深山幽谷は樹木しげり日の陰 多(おゝ)く鬱(うつ)々として陽気の 往来 徹透(てつとふ)ならざる故に瘴気とて厲気有る也且は狐(きつね)狸(たぬき) のるいも昼(ひる)は陽気(よふき)の為(ため)におされて出(いて)ねども夜になると天 地間の陽気(よふき)かくるゝにより狐狸(こり)はたらきを得るがごとく 【右丁】 厲気の行れるも此理にて日陽のめぐり十分ならざるに よりて厲気(れいき)行れる也故に山中の人は異(こと)なる病あるなり 如_レ此国によりて病もことなる故に治方(しはう)をも異(こと)に するなり ○湿病(しつびよふ)の事 湿毒(しつとく)を俗(そく)にひゑといふ因(いん)はしめりより出たる気の人に つひて病(やま)しむる毒にて人に伝染(てんせん)【左ルビ:うつる】或は父母より 伝りたりたるを遺毒(いとく)の湿(しつ)とて至(いたつ)て治しがたしとす医(い) 書(しよ)に此湿毒をは黴毒(はいどく)とありて此 黴(はい)といふはかびといふ 字(し)にて其 義(ぎ)によりて人のからだにかびのはゑたることき 【左丁】 病といふ意扨此かびのはゆる理は麹(かうじ)の花(はな)のごときものにて 湿(しめ)りたるものをむしたつる故かびをなすなり湿毒(しつとく)の病 海辺(かいへん)に多(おゝ)きもこれ魚肉(ぎよにく)を平生に食(しよく)し日夜(にちや)潮風(しをかせ)を うくる故外よりは塩のしめりの気にて表を閉(とぢ)内よりは 魚肉を食して蒸(むし)たつる故に黴(かび)を発(はつ)する是外より うけたる湿毒(しつどく)也また内因の湿毒(しつとく)といふは内よりおこり たる湿毒にて是(こ)の因は平生魚肉 冷物(ひへもの)を好み其上に 飲酒(いんしゆ)を嗜(たし)むもの其酒肉の気内にてむせて湿毒と なる又平生水辺に居る時は終(つい)には湿毒を発するも此 理にてまた雨露霜雪(うろそうせつ)をうくる猟人(りよふし)などに多(おゝ)し今は 【右丁】 南方にも湿症(しつせう)あれども是多くは伝染する処なるべし 故に尾張三河の国などは山々 遠(とふ)くして日当りのよき 国には陽気の運よき処なるが故に湿症(しつせう)すくなし扨此 湿毒の伝(つたわ)りはじめは漢土(かんと)には明(みん)の頃(ころ)より黴毒といふ 事ありて是も明人の韃(だつ)を攻(せむ)る時北地に入(い)りて寒を 膚(はたへ)にうけて黴を発(はつ)したるものにて又楊梅瘡 疥癬(ひせん) 抔も此頃より漢土 一統(いつとう)に盛(さかん)に行れたるものなり皇国 にて此癬疥をひぜん瘡といふも肥前の長崎(なかさき)より来り たる故にその名あり是本長崎の青楼(おやまや)よりうつりうけ たるものにて長崎の青楼は唐人(とふしん)の遊(あそ)ぶ楼なれはその 【左丁】 妓女(▢やま)【▢は「お」ヵ】の輩に伝染せしより我邦の人にも汎(ひろ)くうつり たるを以て伝染の湿の始りをひぜんとす扨また何国 の妓女といへども多淫(たいん)なる者故に湿(しつ)どく多(おゝ)し然るに 其 妓(き)に交るときは必湿毒を伝染(でんせん)するものなものなり故に妓 をもてあそぶ事は慎(つゝしむ)べき事にて中人以下の湿毒 の症を見るに多(おゝ)くは妓より伝(つた)はるもの多し其初めは 必癬疥を発し或は下疳 便毒(へんどく)ともなる又一 説(せつ)に湿毒 の皇国へわたりしは豊臣氏 朝鮮征伐(てうせんせいばつ)の時北地ふかく 攻(せめ)入りしに其地 厳寒(げんかん)に堪(た)へさるによつて地を堀(ほ)り穴 に居たりしにより士卒(しそつ)寒を膚(はたへ)にうけて湿毒を発 【右丁】 せし終にこのごとく皇国に伝染(でんせん)したりともいへり いつれそのはしめ漢土(もろこし)より伝染のものにて尤此二三 十年以前より至て多(おゝ)くなりたりとそ三四十年以前 は瘡(かさ)かきは癩病(らいびよう)のことくに云(いゝ)たると聞及べり其 時分(しぶん)は 今(いま)のごとく湿(しつ)にて耳(みゝ)鼻(はな)の落(おち)たるものもすくなかり しとぞ然るに近年は湿気次第に盛(さかん)になり百人の 病人の内七八十人は湿毒による後世にいたらは必 難治(なんじ) の湿毒(しつとく)あるべしされとも外来(ぐわいらい)の湿毒(しつとく)は養生の守り よけれは避(さけ)らるれども伝染(てんせん)の遺毒(いとく)は初生の時の解(け) 毒(とく)にあらざれば解(け)するの時(とき)なし故に初生(しよせい)の時に当(あた)りて 【左丁】 きひしくその毒を瀉下(しやげ)すべし ○遺毒(いとく)胎毒(たいとく)の事 遺毒とはつけおくりの毒といふ事にて先天の毒にて 父母より伝り染(そ)みたる毒をいふ則母の胎中よりうけ 得たる毒故胎毒ともいふ然し此毒といへども初生之砌 無油断(ゆだんなく)解毒(げとく)する時は後の憂目すくなかるべし ○初生(しよせい)の小児(せうに)養ひ様の事 近来 遺毒(いどく)の症(せう)多(おゝ)きこれ全小児初生の時 解毒(げとく)の法(はう) をおこなはざるによるすべて初生の時に療(りよふ)ずる時は易(やす)く 解(げ)すれども生長の後は至て難療(りよふじがた)ければ初生の砌に 【右丁】 心得あるべき事なり尤 湿毒(しつとく)にかきらず一切の病(やまひ)の根(ね)と なる事多ければ小児初生よりの養ひ様其あらましを記す 小児生れたる時先 臍(へそ)の帯(お)を切る事 余(あま)り短(みしか)く切る事 よろしからずすこし長く切べし扨湯は人はだにし てつかはす事よし実は産湯(うぶゆ)をつかはす事よろし からずといへども是皇国の例(れい)として通(つう)してする事 なればつかはすべし余が知る処の小児五人有りし が是初生の時湯をつかわさす只 穢濁(ゑだく)を拭ふのみにて 七日を歴(へ)て後(のち)初めて湯(ゆ)に浴(ぞく)【「よく」の誤】せし者ありし其小児 生長の後至て壮実(そうじつ)なり然(しか)れども是は不浄の穢濁(ゑだく) 【左丁】 もあれば湯をつかはす事もよし漢土も今(いま)は湯(ゆ)をつか はす流(りう)もありといふ扨初生の間は衣服(いふく)を余(あま)り厚(あつ)く 覆(おゝ)ふ事よろしからすいさゝか薄着(うすぎ)の方よし多(おゝ)く 見るに初生の時は寒暑のわかちもなくみだりに衣服をおゝふ これ甚よろしからずたゝ時の気候(きかう)よりはすこしすゝしめに する事よし保嬰論に小児をそたつるには三分之寒と 三分の餓(うへ)を帯(おは)しむへしとて三分の寒(さぶ)みと三分の餓(ひたるいめ)を さす事よしとあり故に乳(ち)を呑(の)む内は此 心得(こゝろへ)にて育(そだ)つ る事よし富貴(ふうき)奉養(はうよう)の人之 虚弱(きよじやく)なるも初生の養様 不宜(よろしからさる)が故による下賤(げせん)の小児(せうに)之壮実なるを見て知るべし 【右丁】 是等はつとめずして自三分の寒と三分の餓に当(あた)る 故か扨初生の後(のち)に甘草(かんそう)黄連(おゝれん)紅花(こふくわ)海人草(かいにんそう)沈香(しんかう)《割書:交趾(かうち)の|宜敷処》 の五味をせんじ絹(きぬ)にて乳豆(ちまめ)をこしらへ頻(しきり)に吸(すわ)すべし 是をあまものといふ乳を付る事二日程 歴(へ)てのます べし尤二日は 定(さだま)りなれども弱手(よわて)の小児(せうに)なればはやく のます事よし尤はじめは母の乳をのまさずよく吸 こみし乳をのますべし或は臍屎(さいし)《割書:かにこゝ|といふ》のつくる時 乳(ち)を のみはじむる事もよし母(はゝ)の乳(ち)も大抵(たいてい)二日程歴ねば 出(で)ぬものにて是(これ)自然(しせん)の理也これまた乳の味よろしから されば初めはよく吸(す)ふものに吸(すは)し後小児に吸しむ然して 【左丁】 後はあまものをやめ紫円(しゑん)を二粒ヅヽ壱月又は百日の間も 用(もち)ゆ是も父母の遺毒(いどく)なとの事を委敷 考(かんがへ)はかりて これを用るに 軽重(けいぢう)あるべし尤紫円は下剤(くだしくすり)故に多(おゝ)く恐(おそ) るゝ事あれども医書に紫円(しゑん)は小児の補薬(ほやく)とありて 乳(ち)を飲(の)む間はみだりに下利(くだる)する事なし尤 米(こめ)を食する 様になればみだりに用る事を禁ずかくのごとくする 時は遺毒(いどく)胎毒を去(さ)り痘瘡も自 軽(かろ)く生長の後必 壮(そう) 実(▢つ)なるべし扨 臍(へそ)の帯(お)おさまりたる時ふしのこを付る事 よし熊胆(くまのい)をつけ或は灸(きう)をする事よろしからず ○痘瘡(はふそふ)の事 【右丁】  痘(とふ)は体中(たいちう)に具(ぐ)する処の一毒(いちどく)時(とき)を得(へ)て発(はつ)する病(やまひ)にて 此病は古(いにしへ)はたへてなかりし病なれども中古より次第(しだい)に 行れ近世(きんせい)にいたりて尤 盛(さかん)なり此病 古(いにしへ)なかりしは地に 濁気すくなく殊(こと)に妊娠(にんしん)中母の養生の守(まも)り宜敷故に 自すくなし中古より次第に多(おゝ)くなり近世にいたり て尤 盛(さかん)なるはいかにといふに湿毒大にはやりし故父母 伝染(でんせん)の毒 遺毒(いどく)となりて伝染する故に益 盛(さかん)にして 難痘(なんとふ)多し故に妊娠中の養生を守(まも)り扨又初生の時 解毒(げどく)を無油断(ゆだんなく)行ふ事大によし然る時は痘自かろし 扨又時によりて流行(りうかう)するはいかにといふに是本内より 【左丁】 たくわへたる一毒天地間流行の疫気につれて発する 病なり故に時によりて病むなり此病は初より心を用 て療ずる時は死にゐたる程の事は有間敷病なり近来 湿毒多く行るゝ故に痘毒の助勢(たすけ)をなして重から しむ故に通平(つうへい)の療治を行ふ時は必 難痘(なんとふ)にいたるべし 故に近来一種の法ありて序熱(ほとおり)に下剤を用る法あり 是至極宜敷法なり略 心得(こゝろへ)の次第をいふときは序熱 三日の中に下剤を用ひ六日めよりは下利する事を禁 初下剤の用様よき時は六日目の頃より便 秘(ひ)し起脹(はり)灌(やま) 膿(あげ)の勢(いきおひ)よし尤疱瘡は軽(かろ)き重(おも)きを論(ろん)ぜず順逆を目出 【右丁】 とすたとへ重しといへども順痘なる時は三日過て十日迄 の内に下剤を用る事はなき事なり然(しか)れとも至て難痘(なんとふ) なる時は三日の後十二日前にも下剤を用る事もあれども 是は変中の術(じゆつ)なり初下剤を用る時は裏に発(はつ)する事 なき故声の唖(か)るゝ事もなく裏(り)に発する事もなき故 たとへ外症六ケ敷といへども命にはかゝわらぬものなり兔 角難痘は裏に発(はつ)する事多くして発越(はつゑつ)の勢 悪敷(あしく) 三焦に鬱閉する故に死にいたるなり痘は裏(り)よりして表 へ急におし出す時は難痘にはならぬものなり故にはじめ 下薬を以て裏の毒(どく)を下し其後は急に表へおし出す 【左丁】 事をすべし起発かひなき時は食物に鶏卵(たまご)餅(もち)午房(ごばう) ねぎの類を食して烈敷(はけしく)発越さする事よし扨又 寒気を恐るゝ故に冬至(とふじ)前(まへ)の痘は至て六ケし其故は 発生(はつせう)の気なく収蔵(しうそう)の気(き)ばかりなる故に難痘(なんとふ)多(おゝ)し 故に其時(そのとき)は外に火を厚(あつ)くして陽気を以て外より ひく様にし内よりは張(は)り出す様にする事よし痘の 次第を委敷云時は甚長き故略其次第を記すのみ 扨また痘(とふ)に人参を用る事あれども近世の痘(とふ)に人参 を用る事大に害(がい)あり其故は痘(とふ)は裏(り)より発(はつ)する病 なる故に疎通(ひらきつう)ずる事をよろこび閉塞(とぢふさく)事を悪む然るに 【右丁】 人参は温補の薬なる故に閉塞(とぢふさぐ)する理ある故に人参を 用る時は陽鬱(よふうつ)さかんにして毒気(とつき)排(はい)する事なければ 尤これを禁(きん)じて可(か)ならんかされとまゝ人参を用る症(せう) あるも誠(まこと)に百中の一二にて変中(へんちう)の変(へん)なるものなり故に 人参を用ゆべき症なりとおもはゞ先蛮製のてりあか【人参に代わる物か】 を用る事よし ○麻疹(はしか)の事 麻疹の和語(わこ)をはしかといふはいかなれば裏(り)に発(はつ)して 咽喉(のど)がはしかく覚(おぼゆ)る故にはしかといへりこの病年に よつて流行(りうかう)する土地(とち)を避(さく)れば免(まぬが)るゝといふ事もありて 【左丁】 其処の地(ち)に行(おこなは)れる一気にて扨(さて)此行れる理は平生(へいぜい)日 輪(りん) より地之水気を引揚(ひきあぐ)るに其(その)上提(せうてい)する勢(いきおひ)切(きれ)る時(とき)に雨と なりて降(ふ)る其 引揚(ひきあぐ)る時の糟粕(かす)が積(つもり)て腐(くさ)れる気と なりて其気廿二三年目程には天に帰(き)す其(その)登(のぼ)る気に 当りて病めるをはしかといふ痘瘡よりは日数も短(みぢか)く一段 心易(こゝろやす)くまた痘とは療治(りよふじ)の仕様(しよふ)も大に違(ちが)ふなりこれも 養生の守りよき時は気をうけぬことあり尤(もつとも)この病(やまひ)病中(びよふちう) 病 後(ご)とも食禁(しよくいみ)を慎(つゝし)むことよし ○起居(たちい)動作(あるき)をせざる人は多病なる事 富貴(ふうき)奉養(はうよふ)の人多病なるはいかにと起居(ききよ)動作(どふさ)をせず 【右丁】 してみだりに美食(びしよく)するときは先(さ)きにいふ留飲(りういん)のごとく 其不順なる食毒(しよくどく)酒毒より内因(ないいん)の湿毒(しつどく)を発(はつ)す癰(よふ)抔(など)を 発する因も酒肉の不運(めぐらざる)が毒(とく)となりて起る腫物(しゆもつ)なり 或は富貴(ふうき)奉養の人の脚気(かつけ)にて腫満(しゆまん)するは内因(ないいん)の酒(しゆ) 肉(にく)の毒(どく)より発(おこ)る也扨また酒毒食毒にて内因の湿 毒を発(はつ)するはいかにといふに是年来の滋味(じみ)膏梁(かうりよう)の食 毒 腐穢(ふゑ)の物とならんとするとき酒力(しゆりよく)の仮(か)り陽気(よふき)に て中道(なかみち)まではおくり出せども正陽をもつて化(くわ)する ごとくならざる故に終(つい)にまた腐穢(ふゑ)のものとなりて 種々(しゆ〳〵)の内因の症をあらはす脚気(かつけ)も内因の脚気は 【左丁】 初めより腫をあらはすこれ汚濁(おだく)の気下 部(ぶ)に溜(たま)り初(はじ)め 是より微腫(ひしゆ)をなすものにて初めは腫(は)れ病(やまひ)と混(こん)じ見え 夫より段々 腫(はれ)をなし終に衝心(せうしん)にゐたる何(いづ)れ腫病(はれやまひ)抔は 起居動作を頻(しきり)にする人にはなきものなり是陽気のし かけ烈敷故 汚濁(おだく)たまらさるものと見ゆ ○魚肉 滋味(じみ)膏梁(かうりよう)を食して気力(きりよく)を増(ま)しまた病を  発(はつ)するの事 無病なる人は平生魚肉を食して気力を増(ま)すといふ 事尤なる事なれとも是 一概(いちがい)の論(ろん)なり貴賤(きせん)虚実(きよじつ)に よつて其 分(わか)チありて多(おゝ)くは富貴(ふうき)の人は平生起居動 【右丁】 作をせずして魚肉を嗜(たしむ)が故に多病(たびよふ)なることあり是を いかにといへば人身の脾胃は陽気をもつて運行(うんかふ)をなす 其陽気を作(つく)り出す元は心肺(しんはい)にて其心肺を働(はたらか)すは呼吸(こきう) の一元気にて其呼吸よりして陽気を作る其陽気 の作り出し強(つよ)き時は胃中(いちう)運行(うんかう)よく其陽気を強(つよ)くしか けるは起居 動作(とふさく)を節(せつ)にする時は食事の消化(せうくわ)よし故に 食事の後は高貴の人たりといへども歩行する事をよし とす是(これ)脾胃(ひゐ)の運行(うんかう)をよくせんが為(ため)なり故に無病の人 起居動作をして折々(おり〳〵)魚類(ぎよるい)を食(しよく)すれば養生になれ ども富貴奉養の人魚肉をみだりに食し起居動作を 【左丁】 せざるときは其物 消化(せうくわ)せずして腐穢(ふゑ)をなす凡(およそ)癰疽(よふそ) を病む人(ひと)を見るに滋味(じみ)膏梁(かうりよう)を食(しよく)し起居 動作(どうさ)をせざる 人にて年五十より六十にいた至るころに発(はつ)す是皆 酒(しゆ)肉の食 毒(どく)年を歴てかもしなすものと見へたり故に魚肉をたし む人は平生 背(せ)に灸(きう)の絶(たへ)ざる様にするをよしとす ○留飲(りういん)の事 留飲のたまる理はいかなれは滋味(おもきあし)膏梁(あぶらけ)を食して起居【左ルビ:たちい】 動作をせざるときは胃(い)陽(よふ)の運行(うんかう)よろしからず水飲 津液(しんゑき)とならずして心下に停滞(ていたい)し又みだりに心(こゝろ)を 労(らう)する人はのびんとする神気を内へ引く故に陽(よふ)の 【右丁】 運行(うんかう)よろしからずして留飲(りういん)となる是の理をたとふる に物を煮(にる)に胃中へ鍋釜(なへかま)のごとく陽気は薪火(たきゞひ)のごとく 生物を多(おゝ)く鍋に入たるに是を下より微火【左ルビ:ぬるきひ】にて焼(たく)ときは 其(その)熟(じゆく)【左ルビ:にへ】すること必 調和(てふくわ)せざるがごとく下賤(げせん)の起居 動作(どふさ) をしけくなすものに留飲(りういん)する事なし是則 胃陽(いよふ)の火(ひ) のしかけよき故なりもし微火(ぬるきひ)にてかたきものを焼(たく)ときは 煮(にへ)ざるがごとく其にへたる程は陽気(よふき)に和して一身をめ ぐり養(やしな)へども残(のこ)りたる水は皆 留飲(りういん)となる是其はじめ わづかなれども追々(おひ〳〵)溜(たま)るに随(したが)ふて胃中(いちう)の陽気(よふき)のめぐり を失ふ故に留飲となるにしたがふて陽気の運行を失(うしな)ひ 【左丁】 津液(しんゑき)又 乾(かわ)くことをなし大便 常(つね)に秘(ひ)し大便秘するに 随(したが)ふて身体(しんたい)痩(やす)るにいたるよつて留飲を治(じ)するは食を 減(げん)じて治(じ)するといふも是理(このり)なるに尚(なを)も魚肉をみだり に食(しよく)すれば不熟(にへざる)の上へはものを入るがことし扨留飲たまる にしたがふて食を好(この)むことあり是 胃中(いちう)【左ルビ:はら】へ陽気(よふき)めぐら ざる故に津液(しんゑき)生ぜず身体(しんたい)に陰(いん)をひく事甚しき が故也近来 留飲(りういん)病大に行はるゝも多(おゝ)くは富貴(ふうき)奉 養の人にあつて是皆 不相応(ふそうおふ)の驕(おごり)を極(きわ)むる故なり 古(いにしへ)は富貴の人といへども麤食(そじき)をして夫々の職(しよく)を務(つと) めしが今の富貴の人は安逸(あんいつ)に暮(くら)して美食(びしよく)を 【右丁】 する故也故に魚肉を食する時は起居動作を頻(しきり)にすべし 壮実(そうじつ)の人にて常に歩行(ほかう)等しげくする人(ひと)は随分(ずいぶん)魚肉(ぎよにく)を 用て気力を増(ま)すの理尤なれど是またかねて心(こゝろ)を用ゆ べき事なり ○平生食する心得(こゝろへ)の事 人の命は食(しよく)にありとて食(しよく)を以(もつ)て命を保(たもつ)事なれば平(へい) 生(せい)の食に心を用る時は病もなく又有る病も去(さ)る の理あれば常に心を用る事 専要(せんよふ)なりされども平生 の食も国々(くに〴〵)によりて変(かわ)りありて同じからざれども略(ほゞ) 其理をいふときは北国の人は肉食をし南国(なんこく)の人は霍食(くわくしよく) 【左丁】 によろしといふごときこれ南国は温熱(うんねつ)の気にして寒気 すくなき故に人身の陽気表に引く事 強(つよ)く裏(り)に陽気 の守(まも)りおろかなる故に胃(い)陽(よふ)の運行よろしからざれば 霍食(くわくしよく)によろし北国は寒冷(かんれい)にして温熱(うんねつ)の気すくなき 故に人身の陽気内を守りて胃陽の運行(うんかう)よきゆへ 肉食をしても消化(せうくわ)しやすく表気のしまりもよくなる べし此道理を四季に心得(こゝろへ)て夏は裏(り)の陽気のめぐり よろしからざる故に化(くわ)し易き物を食し冬は陽気裏 を守る事よき故に肉食をする事もよしとす或(あるひ)は平生 起居動作をしげくするときは味の厚きものを食し 【右丁】 動作せざる時は味の薄(うす)きものを食とするの類如此する時は 自養生にもかなふべし凡の食事料理の取(と)り合せも此理 にてする時は自よし先吸口に辛味(からみ)を用る事も只(たゞ)取りあひ とばかりおもふべからず一切 重(おも)き味の物にはかならずからみ を用るは厚き味にて滞(とゞこふ)る味なるが故に辛味(からみ)を用て運 するの理にて納豆汁に芥子(からし)を用るの類にて知るへし しかし其食用の事もかたく心得るときは却てあしく 其内にも貴人(きにん)は貴人の食用の養生あり下賤(げせん)は下賤 の食用(しよくよふ)の養生ありて平生の業(わざ)により歩行を専(もつはら)にする ものは胃陽の運(めぐ)りよくまた平日 歩行(ほかう)をせず座(ざ)する事 【左丁】 のみ多(おゝ)きものはおのづから胃陽の運りよろしからず 別して心(こゝろ)を労(らう)し其上 密居(こもりおる)する時は胃陽のめぐりよろ しからざる故に此理をよく〳〵知(し)りて食事すへしされ どもまたみだりに食事を減(げん)するも養生にあらず只我 身の節(せつ)を知りて食するをよしとし人々によりて食養生 の仕様あればこれを一に心得ときは又大なる害ならん ○味の厚きものを食する時は急に空腹(くうふく)にならず  麤食をする時は空腹になる事早きの理 滋味膏梁のものを食する時は急に空腹にならざると いふ理はいかんといふに何れ味の厚き物を食するときは 【右丁】 胃中より作(つく)り出す処の津液(しんゑき)濃(こ)くなる故に陽気よくとり つきてもれざる故に空腹にならざるなり空腹になるの理は 陽気の天に皈(き)するが故なりこれ麤食(そじき)をするときは味(あじわひ)薄(うす)き 故津液も亦うすく陽気(よふき)のおさへぬるき故陽気天に皈(き) する事早くして空腹になるたとへば厚き味のものを 食(しよく)するときは絹(きぬ)にて張(は)りたるかごとく淡薄(たんはく)【左ルビ:かるきあじ】なる物を 食(しよく)する時は。布(▢▢)にて張(はり)たるがごとし此はりたる物《割書:津液の|事なり》 の麤密(あらきこまかき)によりて陽気の洩(も)るゝに遅(おそ)きと速(はやき)と有る ものならむ ○五味の説 【左丁】 一切の味は五味にかぎらずといへども其元は五味に出 ざるものなし其五味のはじめは淡味(あわしあじわひ)を本とすこれ水の 味にして淡しき味は味の内にても至て軽(かろ)き味に して是を□の味ともいふべし万(よろづ)の味は此淡味より 出るなり此 淡敷(あわ▢▢)味の至(いた)り甘(あま)く甘き味の至り辛(から)く辛(から) き味の至り苦(にが)く苦(にが)き味の至り酸(すき)と知るべし是を陰陽(いんよふ) に分つときは辛味甘味は陽の味苦味酸味は陰の味なり 然(しか)れども辛き味は陽の至(いた)り甘き味は陰陽かたよらず 平(へい)なる味なれども先陽にちかき味也 苦味(くみ)は陰の至りの 味酸味も陰の味なれども苦味に次(つ)ぎ鹹(しおはゆき)味は陰陽を具(ぐ) 【右丁】 したる味を知るべしかく五味の大抵(たいてい)を弁(べん)じさて此 後に記(しる)す五味の理をよく考(かんが)へ然(しか)して食物(しよくもつ)の取合(とりあわ) せをよくし食する時は兼(かね)て疾病(やまひ)の憂(うれい)をすくなくし たとひもとより病有るも是を除(のぞ)く事あらんまこ とに日夜 心得(こゝろへ)有べき事なり ○甘味(あまきあじ) 甘き味は陰を生ずる理(り)ありて又陽を呼(よ)ぶの理あり 故に甘味を食するときは津液(しんゑき)を生して身を養ふ是 甘は性 平(へい)にして陰陽にかたよらざる味なるが故に津 液となりては陰を補(おぎな)ひ陰をほ補(おぎの)ふての後はまた陽を引 【左丁】 くの理もあり其理は甘味を多く食する時はいがらく おぼえては咽(のど)の乾(かわ)くも是 陽(よふ)を引く理また多 食(しよく) して大便のゆるむといふも是陰の津液をますが故(ゆへ)なり ○辛味(からきあじ) 辛味は陽の至(いた)りの味にして一切辛き味は火に似たる 味にして辛き味を食するときは其味 烈敷(はげしく)して上 へ登るの気ありからし抔食すれば直(すぐ)に鼻中(はなのなか)をさし て辛烈の気 徹通(てつとふ)【左ルビ:つきとふ】す是辛烈の陽気 鼻(はな)よりして 天に皈(き)する也又とうがらし抔は別(べつ)して烈敷(はけしき)味にして 食するときは忽(たちまち)頭(づ)に汗(あせ)を発(はつ)し後(のち)には総身(そうしん)【惣】の陽気(よふき)も 【右丁】 外へおし出(いた)す故に総身(そうしん)【惣】にも汗(あせ)出(い)づ酒もまた辛味(からみ)を おもふ具(ぐ)したる故に忽 顔色(かをいろ)に出るも亦(また)天(てん)に皈するの理 なるが故に火に似(に)たる味とはいふ桂枝(けいし)の推陽(よふをおして)達表(ひよふにたつする)といふ も辛味のなす処 蕃椒(とうからし)【番は誤】なども熟(じゆく)するときは色の赤(あか)く なるも是陽の色なり故に水湿(すいしつ)の気(き)を散(ちら)する事は至(いたつ) て烈し先年 阿蘭陀舟(おらんだふね)皇国へ渡海(とかい)之時舟中にて連 日 雨(あ▢)降(▢)りつゞき湿邪に当り着船(ちやくせん)の後湿邪にて悩(なやむ)もの 多(おゝ)かりしに其時おらんだの医者(いしや)剤中(ざいちう)に蕃椒(とふがらし)を入れて せんし用ひしに水湿(すいしつ)の気こと〴〵く表(ひよふ)に発(はつ)し須臾(しゆゆ)に 気力 復(ふく)せしといへり是を見るに水気を乾(かわか)す事火に 【左丁】 しくはなし故に多く辛味を食するときは火に似たる 味故に水気を乾(かわか)して血(ち)乾(かわく)なり ○苦味(にがきあじ) 苦き味は陰の至りの味なれば陽気を悪(にく)む味にして辛(から) 味の表(▢▢▢)にて陽気をおさゆる味也故に何程 塞(ふさが)りたる時にて も熊胆(くまのい)を用る時は痞(つかへ)を除くといふも下へおさゆる事甚し き味なるが故なり大黄(だいおふ)黄連(おゝれん)黄芩(おゝごん)の性(せい)皆其能は異(ことな)りと いへども陽をおさゆる事は一理にて大黄は大便を通し黄連(おゝれん) は痞(つかへ)を除(のぞ)き黄芩は熱を解(げ)するといふも皆陽をおさゆる の味なり故に腹(はら)の痛(いた)む時 木香丸(もくかうくわん)を用て痛(いたみ)を治すると 【右丁】 いふも木香の苦味を以て痛(いたみ)を治するものにて是も痛   は陽気の行当るものありて行れざる故に痛(いた)むなれば 其行当るものを苦味にておさゆる故に陽の運(めぐ)りを 得て痛(いた)みをやむるなり ○酸味(すきあじ) 酸味(すきあじ)は辛味の裏(うら)にて陰の味にて引聚(ひきあつむ)る味なれば酸(すき)味 の有処へは津液を引聚(ひきあつむ)るなり故に外より用るときは 内の水気を外へひき内より用るときは外の水気を内に ひくなり故に多(おゝ)く酸味を食すれば痩(やす)るも内より用 る故に津液を内へひき又酸味の物を多(おゝ)く食すれば 【左丁】 下利するも内へ水気を引く故なりまた魚肉を酸(す)に 浸(ひた)すときは肉の白くはぜるも肉中の水気を外の酸 へ引く故なりまた酸貝(すがい)を酸にひたす時は貝(かい)の動(うご)くも 貝の内の水□を外の酸へひかんとすれども貝(かい)は肌(きめ)の 至てこまかにして内の水気出がたき故に貝ともに引 くこれは皆外より引くの理(り)なり ○鹹味(しおはゆきあじ) 鹹き味は元 淡(あわ)しき水に日輪の陽気を以て再(ふたゝび)烝(む)し 塩味となりたるもの故に陰陽を具(ぐ)したる味にて此 鹹味を絶するときは気力(きりよく)衰(おとろ)ふるもの也扨此鹹き味に 【右丁】 陰陽を具したりといふ事いかにといふに鹹き味の性(せい)は陽 なれども水の陰に寓(ぐう)【左ルビ:やどる】する故に鹹味を食して温(あたゝ)むる といふは陽の性にして湿(しめ)るはまた陰の性なりかくいふ ときは一切の物陰陽の性を具するといへども物を食する 時は気ばかりはたらきをなして形(かたち)は気(き)に付ては往(ゆか)ぬ ものなれど此鹹味ばかりは形(かたち)も気(き)もともに運(めぐ)り気(き)の通(つう) ずる処までは達(たつ)する故に一切のもの湯(ゆ)に和(くわ)して用る時 は総身(そうしん)【惣】にゐたらざる処なき也塩味を絶(ぜつ)して腫(は)れ病に治 するも此理にてしまりをとる故に薬のめぐりよきなり ○酒(さけ)の性(せい)《割書:幷ニ》酒の用様(もちひよふ)の事 【左丁】 酒は味 辛(から)く甘(あま)くして性(せい)は熱(ねつ)なるものにて其もとは 米(こめ)を以 醸(かも)し数月(すげつ)を歴(へ)て熟(じゆく)したるもの故に大に天地の 陽気を具(く)し且人身の津液に似て胃中の蕩摩を からずよくめぐりことに味(あじわひ)辛(から)く性熱なるを以て須臾(しゆゆ) □遍身にいたらざる処なし但陰陽ともに具したる 内尤陽気の勝(かち)たるもの故に腹中(ふくちう)に入りて陽気ばかり を第一に提(さゝ)げて人をして醉(よわ)しむ論語(ろんこ)に酒は無量(はかりなし) 不及乱(らんにおよばず)と有りて程を過(すご)さゞるをよしとすよき程に 醉(よふ)ときは心を喜(よろこ)ばしめ鬱(うつ)を散(さん)し醉(よふ)こと度(と)に過る時は 心神乱れて狂人のごとくなる陽気 勝(かち)の性なるもの 【右丁】 にて暫時(ざんじ)も止(とま)らざるものなれば一身の陽気を外へ おくり出(いだ)す故に神気も表に出て神心をたのしましめ 鬱悒(うつゆう)を散(さん)ずるにこれを多く飲時は裏の陽気を表(ひよふ)へ出(いだ) す事 過多(くわた)なる上酒にそなはる処の陽気も亦表にこ づみみつる故に心臓(しんぞう)の血(ち)を沸騰(ふつとふ)【左ルビ:にへかへらし】せしめて狂人のごとく □す傷寒(せうかん)などの讝語(うたこと)を発(はつ)すると同じ理也また多(おゝ) く酒後 吐逆(ときやく)する人有是は酒の陽気裏に充満(ぢうまん)して も表へ出る事あたはざる時は陽気上に激(けき)し升(のぼ)りて 飲食とともに吐逆(ときやく)す或は又酒の陽気 胃中(いちう)にて津液(しんゑき) を引集(ひきあつ)めたる事多き故に跡(あと)にて大便(たいへん)必 下利(けり)する 【左丁】 こと有夫故に上戸(じやうご)の人は常に大便 溏(くだ)ることあるも 此理也扨同じ人身を以ていかなれば下戸はすくなく飲(のみ) ても大に醉(ゑ)ひ上戸は多(おゝ)く飲(のみ)てもしからざるといふに 飲食人皆 大抵(たいてい)同じ事にて飲酒のごとく各別(かくべつ)の 甲乙(かうおつ)なきを何(なん)そ其別(そのべつ)の甚(はなはだ)しきといふに下戸と上戸 の別(わか)りは人のからだに三焦(さんせう)といふものありて其三焦の腠理(そうり)【左ルビ:あな】 の太(ふと)きと細(ほそ)きとによる然(しかう)して此三焦のすがたいかなる ものぞといふに咽(のど)の処と胸落(むねおち)の処と腰(こし)の処にあり て人の臓腑(ぞうふ)を表につなぎたるものにて二 ̄タ役(やく)をかね其 すがた厚(あつ)き皮のごとく其内空にして内より作り出(いだ)す 【右丁】 陰陽を表へ出す也故に臓腑(ぞうふ)を繋(つなぐ)と陰陽を出すの二 ̄タ 役をかねたるものなり人の臓腑は人の胴殻(どふがら)につきたる ものにあらず此(この)三焦(さんせう)の三処にて表につながるものなり 故に解(かい)臓をするにも此三焦さへ切れば臓腑(ぞうふ)こと〴〵く 出る也三焦の用必此なるもの故に人によりて其三焦の 穴の太(ふと)きと細(ほそ)き者によりてよく醉と醉(よわ)ざるとあるなり 凡人身は平生呼吸にて造(つく)り出(いだ)す陰陽(いんよふ)あるに其陰陽 の通する程は三焦 腠理(そうり)の穴有る也然るに今酒を呑(のみ)俄(にはか) に陰陽 増(ま)し是迄一升ツヽの陰陽の通り居たる三焦 の穴へ俄に二升三升の陰陽を持然る故に三焦の穴 【左丁】 こずんで通(つう)じがたく裏よりは酒の陽気 強(しひ)て出(いで)ん として又三焦にこずんて終(つい)に息(いき)だわしくなるなり また酒を飲て悪寒(さむけ)を覚る人あり是三焦の穴最 細(ほそ) き人なり上戸は三焦の穴太きが故にいか程胃中より 陽気をおくり出すともやすらかにぬけ出て表へ散ずる 故に陽気 胸(むね)腹(はら)に鬱満(うつまん)する事なく息(いき)だわしきこと なしまた酒を飲(のめ)ば顔色の赤くなるの理は酒の陽気 にて内の陽気を張り出す故に色赤くなるものにて 是陽気の重(かさな)りたる色(いろ)也また甚敷上戸にいたれば醉に したがふて面色 青(あを)くなる是三焦の穴 広(ひろ)きゆへ陽気 【右丁】 三焦より発越すること甚しき故に顔色青くなるに したがふて神気は沈(しづみ)て裏に入り神気さはやかなら ざるなりまた夜陰(やいん)に酒(さけ)を飲めば下利する事 多(おゝ)し是 いかなれば夜(よる)は人の毛孔(けのあな)ふさがる故に酒陽気外へ出る 事 昼(ひる)のごとくなりがたき故 息(いき)だわしくなるなり酒の 性幷に腹中(ふくちう)に入りての働きかくのごとくなる故に程 を知(し)りて飲(のむ)ときは薬となり過る時は病(やまひ)となるなれば 常に此理をさとして飲(の)むべし扨また食事は多(おゝ) くすゝむれどもかたち有る物故腹に入りがたき故過 食する事まれなれども酒は消(せう)する杯といひ過(すご)す人 【左丁】 多し酒席(しゆせき)におひてもしひてすゝむるを礼とし客(きやく) も過(すご)したりとも不苦敷(くるしからす)と心得(こゝろへ)て過(すご)する故 後(のち)大(おゝい)に 害(がい)をなす故に酒客は心得有べき事なり ○味(あしわひ)同じけれども性(せい)変(かわ)れば能(のふ)を異(こと)にする事 天に有りては元気といひ物にうくる時は性といふ人にうくる 時は人の性馬にうくる時は馬の性犬にうくる時は犬の性 烏(からす) にうくる時は烏の性となりて鶏(にわとり)の鳴声 烏(からす)に似す狗(いぬ)の吠(ほゆ) る声 馬(むま)の嘶(いなゝき)に混同(こんとう)する事なき是天理自然の性にて 无情(むせい)の草木も亦(また)其理なるが故に薬物(やくふつ)の性といへども 皆是に同じく生(せう)じたるすがたの性を見て咀㕮(そふ)【左ルビ:きり きさみ】し