【収蔵用外箱(帙)・表紙】 長生法 【収蔵用外箱(帙)・背表紙】 長生法 一冊 【整理ラベル・富士川本/チ/98】 【収蔵用外箱(帙)・表紙】 長生法 【冊子 表紙題箋】 長生法 初編 全 【資料整理ラベル】 富士川本 チ 98 辻恕介抄譯 《割書:扶|氏》長生法 理外無物樓蔵板 から国(クニ)のいにしへには方士(マジナヒビト)といふもの有 て不老不死の業なといひてあらぬ物 もて代々(ヨヽ)の帝王(ミカド)をあさむきけり西(ニシノ) 洋(クニ)にもかゝるたくひのこと多かりけれと 今は学の道ひらけゆくものから迷神(マヨハシガミ) のましこり【注①】もおのつからたえ果て真(マコ) 正(ト)の長生方を物せし書(フミ)の世にあら はれたるかいとおむかしさ【注②】にかくなん 【朱印・京都帝国大学図書之印】 【朱印・富士川游寄贈】 【黒印・186140 大正7.3.31】 【注① まじこり(蠱凝り)=「マジ」は「マジナイ」の「マジ」に同じ。呪術に熱中する】 【注② おむがし=よろこばしい】 大かたの人のねかひの末つひに  なるへにこともいのちなりけり おのが身におふともら伝いく薬  よもきか島に      何もとめけむ         源ノ極何ノ■【春ヵ】蔵 長生法初編      江戸     嵐山芳策 閲      松本     辻 恕介譯《割書:並》註  〇大氣 人の氣中に居るは、猶 ̄ホ魚の水中に在るが如し、氣 身躰に觸れば、口則ち呼吸す、氣無れば人生活せ ず、氣穢汚なれば呼吸に害あり、此悪汚の起る所 を明知して、之を浄潔せんことは、長生法 ̄の第一た り、故に筆を爰に起すと云ふ、 氣含む所の汚物、種々なりとす、就中恐るべき者 は、炭酸氣是 ̄レなり此氣生ずる所更に多し、即ち人 畜の呼氣、炭火◦薪熖◦燈火等是 ̄レなり、其理大畧左の 如し、 夫 ̄レ大氣は窒素と酸素の混和物なり、氣人の肺中 に入れば、酸素は血中の炭素と親和し血液浄潔 の後、炭酸と為り、呼氣に從て躰外に出 ̄テ、氣中に飛 散す、抑炭酸氣は呼吸に害あり、衆人一所に群衆 すれば、此氣随て多し、此時頭痛 眩暈(めまい)等を起すは、 此毒氣に中れるなり、全少時 戯塲(しばゐ)を好めり、然れ ども、此所に遊べば必す欝悶す、登時(そのじぶん)此理を知ら ず、後漸く之を知て、遂に戯塲を顧みず、若 ̄シ夫 ̄レ事あ つて、衆人一室に連 ̄リ坐せば、屡《割書:々》障戸を開て、新氣を 通ずべし、  血は心より出 ̄テ、血脉より周身を運行し、再び心  裏に歸る、此時血◦紫黒色を帯るは、炭分等を含  むに因す、乃ち先づ肺に入り、酸素に逢て再び  紅色と為る、則ち炭分は、酸素と親和して、炭酸  氣と為り、躰中を謝し去る、尚 ̄ホ細論を知らんと  欲せば、人身究理の書を讀むべし、 抑々物躰の焚焼するは、全く酸素の力に依る、炭◦薪 の如き者といへども、酸素無ければ、発火に縁な し、故に炭火◦薪㷔の類は、徐々に室内の酸素を吸 収し、炭酸と成て四方に散布す、若し室内の氣新 陳交代せざれば、炭酸の量漸々増加して、人畜遂 に斃る事必せり、冬時温室内に在て、往々頭痛眩 暈等を起すは、炭酸の所為に因る事夛し、又輓近 人身究理家の所説に據れば、卒中の諸症を發す る事、更に疑を容るべからず、故に火力を以て温 煖を取れば、寒氣防ぎ昜く、毒氣防ぎ難し、思ふに 寒を忍ぶは、害なきに非ずといへども、毒氣を吸 収して、疾病を招くに勝れり、(𤇆突は、炭酸氣を驅 逐するの要器なり、其用法に就て、論示すべき事、 少からずと雖、之を後編器械の條下に讓る、)  試に火爐を日光中に置き遥に之を望めば、火  辺に一種の氣を見る、是 ̄レ即ち炭酸なり   室中に酸素を増加し、炭素を減却するの簡   法  水盤に夥く緑葉を插み、或は大瓶に石灰水に盛  て之を室内に置くべし、《割書:夜間は緑葉を|遠くべし》  動物炭酸を吐けば、植物之を取て、其炭分を奪  ひ、純粹の酸素を吐く、是 ̄レ酸素の缺乏せざる所  以なり、動植此 ̄クの如く相資くるは、実に造化の  妙手段と云ふべし、故に都下の如き、村落に比  すれば、人身に害あること、推して知るべし、此  等の理論は、理学化学の書に詳なり、有志の士、  必らず之を讀むべし、  炭素と酸素の親和物は、酸化炭素(◦◦◦◦)及ひ炭酸(◦◦)是 ̄レ  なり、甲の毒は乙の毒に勝る、甲乙相異る所は、  酸素の量に多少あるのみ、 氣含む所の汚物甚た多し、今枚擧せずと雖、偏に 浄潔を思はゞ、悪蒸氣を放つ者の如きは、一切之 を遠くべし、故に汚衣腐魚の類は、居室の辺に置 く可からず、厠は力所及(なるたけ)遠きを良とす、尚 ̄ホ居室の 條下を参考すべし、  ○飲食 人の生は其血に在り、血の源は飲食是 ̄レ なり、抑《割書:〻》食 物は胃に入り、消化の後津液と為り、遂に血と成 て全身を養ふ、故に飲食の好悪に隨て、血に良否 あり、血の良否に隨て、身躰に强弱あり、粗食の国 は、人民弱なるを以て知るべし、然れども過食は 大害あり、胃は消化(こなれ)の機を司ると雖、其質◦强 ̄キを極 ̄ハ め ず、一朝損敗すれば、百病隨て生す、豈慎まざるべ けんや、是 ̄レ長生法中、最も務むべきの急たり、若 ̄シ夫 ̄レ 之を忽(ゆるかせ)にする時は、他法を守るも、無益に属すべ し、 凡そ飲食は、各人 ̄の性質◦動作の多少、及び時の寒熱 等に從ひ、一日の量を定め、之に増減なき事を要 す、此量の如きも、冝しく頻々に食ふべし、一時に 飽くべからず、総て飲食は、尚 ̄ホ欲するの間に収む べし、又大飢を俟て食ふは害あり、◯各日の食時 を定むべし、深夜に食ふ可からず、食後直ちに眠 るべからず◯飲食の前後には、思考す可からず、 笑語戯談は甚 ̄タ隹なり、食後には必ず運動すべし、 但 ̄シ労動に過るは甚 ̄タ不隹なり、徐々に高処を登降 するは、極めて妙なりと言ふべし 朝夕の食は淡薄なるを要す、滋養の食物は昼間 に用ゆべし、◯夏日は多く肉食すべからず、暖国 亦然り◯熱食は消化機に害あり、冝しく冷物を 食ふべし、然れども熱食に慣れたる人、急に冷食 するは害あり、故に漸々此慣 ̄レを廃止すべし、◯食後 直ちに水を飲み、其後一時《割書:凡そ我|が半時》の間は禁すべ し、 肉類は消化最も易く、又血となるの原質甚だ多 し、就中獣肉を良とす、鳥肉之に亜(つ)ぐ、魚肉は末な り、◯五穀は最も食に供すべし、然れども渣滓【左ルビ:カス】甚 た多く血となるの原質少しとす、唯脂肪を生ず  ◯家屋 家屋は、風-雨霜-雪等を、凌て足らんか、否◦然らず、注 意すべき事件、大畧左の如し、 居室は、/力所及(なるたけ)床下を高くし、極めて感想なるを 要す、湿地に住する人は、殊に茲に注意すべし、病 其因を、湿氣に取る者甚 ̄タ夛し、(居室は二階三階を 良とす、嘗て脚氣を患ふるの人、二階に住するこ と三 ̄ヶ月にして、全治せし例あり、) 障戸に隙なきを要す、戸隙の風は人身に害あり、 但し居室久しく密閉すれば、氣◦腐敗するの患あ り、故に時々障戸を開て、新氣を通ずべし 居室の壁は、白色■、淡緑色を良とす、 寝室の注意は、大抵居室に同し、但し寝室は、晝間 盡く障戸を開き、/晡時(ななつさがり)之を閉さし、就眠の前暫時 之を開き、再び密閉すべし、 夜間寝室に燈燭を點すべからず 臥床は高きを良とす《割書:本邦 ̄は別に臥床を設けずして、直に畳に臥す、|其害、幾許ぞや本文を見て戒心すべし》 厠は屎尿を納む、不潔言ふべからず、故に居室に 接するは大害あり、務めて之を離隔し、屡く掃潔す べし、(厠の造作に法あり、後編に詳なり、) 尿は腐敗の後、一種の毒氣を放つ、決して之に近 くべからず、  ◯睡眠 人寝むるの間は、霊液を費し、費すこと漸く夛け れば、睡を催す、睡中霊液元 ̄トに復すれば即ち醒む、故に 睡眠足らざれば、霊液随て缺耗し、人身又健康な ること能わず、又睡眠多きに過くれば、血液運行 遅滞等の害あり、唯過不及なきを以て、最要とす べし、 古人曰く、暁色は人に/金(きん)を与ふ ̄ト、是れ早起の人身 に益ある謂 ̄ヒ なり、然れども唯◦早起を守て、早眠を /忽(ゆるかせ)にするは害あり、/甲夜(よい)の就眠、/爽明(よあけ)の早起とて、 古来養生家 ̄の、専ら務むる所なり、 読書人を見るに、爽明に早起して、読書するは よし、深夜に至れども、机上を離れず、甚しきに 至ては徹夜し、明朝尚寐ねず、愚も亦甚哉、是れ 漢土の常論に習て、鞭策而巳を良とするなり、 苟も窮理の一端を知る者は、豈此 ̄クの如き所置 あらんや、故に読書人の勉勵家は、身-躰脆-弱、勇 気少く、無用の人は甚た多し、 或《割書:人|》曰、勉学は国家の為めなり、然るに、其法を知 らずして廢物となり、却て国家の厄介となる、 其愚憐むべし、 床中注意すべき事件左の如し 睡中身躰を屈曲すべからず 手を胸腹に揚ぐべからず 枕の低きと固きとを禁ず 身躰の上部は軽き物を覆ふべし《割書:総て衾衣の重|きは害ありと》 《割書:云ふ|》  ○浴湯 夫れ皮膚は、無数の氣孔あつて、是より躰内無用 の物を廢泄し、又有用の物を吸収す、肉眼◦嘗て及 はずといへども、蒸氣◦常に躰外に濛々たり、是れ 即ち人身◦無用の汚物にして、これを蒸発氣と稱す、 若 ̄シ夫 ̄レ障妨あつて、此氣一 ̄ど止まれば、悪寒◦発熱等を 起す、世に風邪と稱する者は、寒冷の為に氣孔◦閉 塞し、汚物◦血中に留るよりして発するなり、人◦久 しく浴せざれば、脂垢◦全躰に生じて、氣孔を閉塞 し、遂に病を発すは、是れ前文の理と相同し、浴や 怠るべからず、但し之に就て、注意すべき事件◦甚 た多し、今其要なる者を述ること左の如し、 浴後◦躶躰にて、涼を納るヽは害あり、速に衣服を 着し、少〳〵運動すべし、 熱湯に浴するは大害あり、温水浴◦寒水浴甚た佳 なり、但し水中に石鹸を浴解せば、益《割書:〳〵|》良なり、 浴中◦皮を以て、身を刷擦すべし、 浴後◦頭上に、数回冷水を注くべし、 毎日◦一回の浴を怠るべからず、夏日◦発汗◦夛きの 時は、二回なるもよし、三回は夛きに過ぐべし、 食の前後には浴すべからず、忿怒◦悲哀の情ある 時又然り、 聞説米人ペルリ【右傍線】、初めて日本に来りし時、一浴 事に就て、三驚嘆せり、其一は熱湯浴、其一は男 女◦混浴、其一は浴後の躶躰なりと云ふ、ペルリ【右傍線】 驚嘆の事は、同人の日本紀行にも、見へたりと、」 官嘗て男女混浴を禁ず、故に江戸市中の/混堂(ゆや) には、此悪風を見ずと雖も、他所には今尚 ̄ホ有り と聞く、先年清人横濱竹枝の中にも、此悪風を 譏れり、  ○運動 坐して業を務むる人、身軀の運動少き時は、躰中 の諸機、奮起することなく、遂に疾病を醸すに至 る、苦諫す世上坐業の人、決して運動を怠ること なかれ、   運動の注意 食後はは半分時許安坐し、然 ̄る後◦徐歩すべし、総して労 動は、有害◦無益と知るべし、(高所を徐々に登降す るは極めてよし、) 冬時は運動、夏時より多かるべし、 寒国に住する人は、殊に夛く運動すべし、湿地に 住する人また然り 午後には餘り運動すべからず、朝夕を以て最良 と為すなり、  坐業の中、讀書寫字等 ̄は専ら精神を使役す、故に  勤敏の間、放学運動は勿論、時々快楽樂して精神  を養ふべし、西国の学校には、ギ【キに半濁音】ムナスチーキ【左傍線】  といひて、踊躍動作を学ふの場所ありて、毎日  児童をして、一定時間、身体を動 ̄か さしむるの制  度あり、  ○房事 壮年健康の人と雖も、房労過度なる時は、病必ら ず生ず、況や老少にして淫乱なるは、無二の命を 以て、淫樂を買ふに似たり、豈/愚魯(おろか)と言はざるべ ■【からヵ】んや、 /手淫(せんずり)は、天理に背くの最大なる者ににして、人身に 害あること最も甚し、長生を思ふの人、決して此 卑事を行ふこと勿れ、  嘗て一洋医の話を聞くに、一度の房事は六オ  ンス【左傍線】の瀉血に同く、一度の手淫は六度の房事に同  しと言へり、手淫の人身に害あること、推して知るべし  ○旅行 旅の利益は、/勝(あげ)て言ふべからず、是 ̄レ衆人の普く知 る所、今更に記載せずと雖も、長旅に歳月を/累(かさ)ね て、/旅宿(たびね)の憂苦を覚ゆるは《割書:大|》害あり、唯短旅頻憩を 以て、長生の妙法といふべし、 多血家は旅すべからざる者あり、故に/首途(かどいで)の前、 先づ医家に走て、旅すべきや否やを細問すべし、」 今左に旅中の/注意(こゝろゑ)を畧説して、茲に初編の筆を /閣(さしお)く、 旅中乗◦歩の一に片すべからず○舩中に在ては、 時々行作を替ふべし、即ち或は坐し或は臥し或 倚るべし○夜行を禁ず、 飲食に過不及なかるべし○熱飲を禁ず、○水に 橙汁を加へて用ゆるを最良と言ふべし、 蒸発氣に遅滞なからんことを要す、若夫 ̄レ皮膚の 感觸鋭敏なる人は、旅中常に、フラネル【左傍線】の帽子を 戴くべし、 身躰の浄潔最も緊要たり、故に沐浴を怠るべか らず、 長生法初編《割書:終|》