浮世   五十四帖 上 源氏 宇喜豫  源氏     上の巻 しら鷺(さぎ)の    しらずと  人に   こたへても   物(もの)おもふ姿(すがた)        かくす         よし           なき 源氏(げんじ)帚木巻(はゝきゞのまき)雨夜(あまよ)の品定(しなさだ)めに。 人(ひと)の見(み)及(およ)ばぬ蓬莱(ほうらい)の山(やま)。あら海(うみ)に いかれる魚(うを)。からくにのはげしきけものゝ かたち。目(め)に見(み)えぬ鬼(おに)の顔(かほ)など。ものおそろ しくかきなせば。誠(まこと)の形(かたち)の是非(ぜひ)は知(し)らず。只(たゞ)見(み)し 所(ところ)勢(いきほ)ひありて。人毎(ひとごと)にまづ思(おも)ひつくものぞとて。 心(こゝろ)のうちは知(し)らずもあれ。うち見(み)。粋(すゐ)に花(はな)やか なる。女(をんな)の上(うへ)に是(これ)を喩(たと)へ。人(ひと)の常(つね)に目馴(めなれ)たる 遠山(とほやま)のたゞすまひ木(こ)だち物(もの)ふかく家(いへ)居(ゐ)まぢ かきあたり。籬(まがき)のうちにどこまやかに心(こゝろ)をつけて 能(よく)かきたらんを。実殊(じつ)なる女(をんな)に比(ひ)しけるこそ。 実(げ)に此(この)是(みち)の分知(わけし)りなるべし。手(て)書(かく)わずも これにおなし。爰(こゝ)かしこの点(てん)をはねちらしたる。いか さま見事(みごと)に思(おも)はるれど。心(こゝろ)正(たゞ)しき時(とき)は筆(ふで)たゞしと。 格(かく)を乱(みだ)さず心(こゝろ)をこめしは。只(たゞ)見(み)。さまでの手迹(しゆせき)に見(み) ねど。かの刎散(はねちら)したるに並(ならぶ)れば。見(み)るほどに見(み)ざめせず。 芸能(げいのう)さへに実躰(じつてい)にしかとなきにまして女(をんな)の 上(うへ)にをや。人(ひと)の心(こゝろ)の花染衣(はなぞめごろも)に。粋風(すゐふう)の見(み)せかけ 姿(すがた)。上辺(うはべ)ばかりの仇(あだ)なる色(いろ)は。一期(いちご)の妻(つま)とは つゞむまじきと。さしも粋好色(すゐこうしよく)の 馬(うま)の頭(かみ)も。指喰(ゆびくひ)。木(こ)がらしの女(をんな)に手(て) ごりしたる過去(こしかた)話(ばなし)に。光君(ひかるきみ)を始(はじ)め頭中将(とりのちうじやう) 惟光(これみつ)などを笑(ゑ)つぼに入(い)らせし詞(ことば)をかり。今(いま)や 世上(せじやう)の処女(をとめ)のさま〴〵。上(かみ)。中(なか)。下(しも)の品(しな)をわけ。五十四帖(ごじふよじやう)の 行方(ゆきかた)を。心(こゝろ)のまに〳〵説(とき)かけしがいかにせん紙数(しすう)に 限(かぎり)あるをもて。いまだ半(なかば)に三巻(みまき)となりぬ。されば 残(のこ)りの二十七 帖(でふ)大尾(たいび)の夢(ゆめ)の浮橋(うきはし)まで。只(たゞ)夢(ゆめ)のまに 編(へん)を続(つぎ)。五十四帖(ごしふよでふ)を全部(まつたう)して。兼(かね)て開好(ぼこう)を    御贔屓(ごひゝき)の諸君(しよくん)の御意(ぎよい)にいらばやと。     扇(あふぎ)を笏(しやく)におつとつて。彼(かの)馬頭(うまのかみ)が    口真似(くちまね)を。序言(じよげん)にかへて爰(こゝ)にしるしつ                    淫 水 亭 〽もう このごろ ではいたい ことはある    まいが 〽イヽエ。そして いつそ もう〳〵 うれし うご ざい ま す 【右頁】 〽床(とこ)の海(うみ)にいき かう気も目に 見へぬこつぼの 内とはいへど ひとの仕およば       ぬ 蓬莱(ほうらい)の 嶋田(しまだ)わげ その玉門にも さま〴〵品の あるものかな 〽も つと お入  れ あそ ば せ 【左頁】 〽どう ぞわた くしを ほんまに なさつて 下さい まし 【右頁】 〽蝉(せみ)のこへを  きゝながら  こゝろもちよく  午睡(ひるね)をもよ   ほしたが   もう七ツ   さがりと   見へる  日も西(にし)に  昼(ひる)のあつ さをとりかへす とは此ときだ どうもいへぬ  こゝろもち      の     うへ     寝(ね)     起(おき)     と    いふ   もの    で 【左頁】 とかく おへるには   こまる  もう あつさは とりかへ  すし とりかへし ついでに 夜前(ゆうべ)の 仕(し)のこり    を とり  かへそう  〽どういた      そう   わたしを      むりに  此様(こんな)ものへのせて アレサおちそうで いつそこわい そして  こういふ所(ところ)を ひとに   見られる      と  はづかしい      ねへ 〽垣根(かきね)にしろく   ほの〴〵と     花の    夕がほ    夕げ    しやう   うつくしい  此 顔(かほ)で こうもおれを まよはしたる これはどうも  たまらぬ〳〵 人のこぬうち ちよつと〳〵 〽アレおよしよ  おもてなかで どうしたもんだへ エヽモウ  わたしやア はづかしい     ねへ  〽それでも   ぬら〳〵    でた   ようだ     ぜ  〽おぼろ 月夜(つきよ)にく  ものぞ なきころたには あるがわたしならこのおぼろ   まんぢうにしゝ   ものはなしと      よむ      の       さ 〽それはこうきでん とやらのほはどのだとサ おまへのものはよつ ぽどふと どの  だ ねへ 〽けふは おまつりを   けん   ぶつに    きて   此たび     は   この神    さまの   おひき   あはせで    あらう そしてかもの おまつり    とは おいらと  おまいの   ことサ 〽ヲヤなぜへ 〽ハテ いとこ どうし だから 浮世(うきよ)源氏(げんじ)五十四情(ごじうよじやう)上の巻         桐壷(きりつぼ) いときなき初(はつ)もとゆひにながきよをちぎるはじめのうゐこうむりむすぶ 二葉(ふたば)のそれならで思(おも)ひそめにし藤(ふぢ)が枝(え)はおなじ所(ところ)にありながらこだかき みきにまつはれて手折(たおら)んことも空(そら)おそろしくさりとて思(おも)ひやみがたければ せめてのことの思(おも)ひ出(で)にとゆかりもとめて春(はる)の野(の)に若(わか)むらさきの壷(つぼ)すみれ 恋(こい)には闇(やみ)のくらまの奥(おく)その垣間見(かいまみ)の折(をり)よりもおさなきものを思(おも)ひわび いとまめやかにとひおとづれとかくなしつゝよう〳〵とはかりて手(て)もとへうつし うへ今日(けふ)ぞ妹脊(いもせ)の新(にい)まくら。コレいつまでもそのようにはづかしがることはない 此上(このうへ)はそれがしをまことの親(おや)ともおつと共 思(おも)ひとり何(なに)ごとなりともうちかた らひかならず心(こゝろ)おき給(たま)ふな。まづうちとけてへだてなくこなたへちかく