地震(ぢしん)吉凶(きつきよう)之(の)弁(べん)【辯】 地震は豊年(はうねん)の基(もと)ひ也何無愁事秋は草木土(さうもくつち)に もとり冬の気より土(ち)ちうに芽(め)をふくみ天のめぐみを 地にはらみ万物(ばんもつ)を生ずるところ時のふしゆんを いかりすでに発(はつ)して地しんとなる地震は 地の煩(わづら)ひゆゑ野(の)人は不 息(やま)人は天地を父母と して万物の長 四海(しかい)みな兄弟(けいてい)也ゆゑに 老(おひ)の若(わか)きを導(みちび)き若(わか)きは老を助(たすく)ること 人りんの常也然る処(ところ) 近来(きんらい)かろきところは 人情(にんじやう) 薄(うす)く 自他(じた)の隔(へだて) 強(つよ)く美飯(びはん)を 好(この)み時ならざる花を楽(たの)しみ高金(かうきん)を費(ついや)すこと天理にかなはずたとへ 地震のなんをのがるゝとも教(をしへ)に背(そむ)き一身全からず恐れつゝしむべし 夫(それ)天は陽也上に位(くらゐ)して覆(おほ)ふこれ父の徳也 地は陰なり下に位してのする母の道也然して 陰陽(いんやう) 交(かう)かんして五行(ごぎやう)を生ず其(その)気(き)天にかへりて四(しい) 時(じ)行(おこなは)れ其 形(かた)ち地に布(しひ)【「しい」とあるところ】て人及び禽獣(きんじう)魚虫(ぎよちう) 草木(さうもく)を生ず故に天地を大 父母(ふぼ)と称(しやう)す 人は秀(ひい)でたる五行の気をうけて生するを以(もつ)て 万物(ばんもつ)の霊(れい)といふ也されば天地の父母に順(したが)ふ を孝(かう)といひ日月 君(くん)后(かう)【別本による】に従ふを忠といふ 実(まこと)に人は其 性(せい)を天地にうくるがゆゑに天地の あひだに備(そなは)るもの人に備らずといふ事なし天 円(まろ)  きがゆゑに人の頭(かしら)丸し天に日月あつて人に両 眼(がん) あり天に列星(れつせい)あり人に歯牙(しが)あり天に風雨(ふうう) あり人に喜怒(きど)あり天に雷鳴(らいめい)あり人に音声(おんせい) あり天に陰陽(いんやう)あり人に男女あり天に四時(しいじ)あり 人に四肢(しし)あり天に炎冷(えんれい)あり人に寒熱(かんねつ)有 天に昼夜(ちうや)あり人に起臥(きぐわ)あり 天に五音(ごいん)あり人に五蔵(ごぞう)有天に六(りく) 律(りつ)あり人に六腑(ろつふ)あり天に十干(じつかん)有 人に十指(じつし)あり天に十二 辰(とき)あり人に足(あし)の 十指と茎垂(きやうすい)【左ルビ インフグリ】あり女は此二ツなし故に胞胎(はうたい)を なす年十二月なれば人に十二 節(ふし)あり一年三百六 十日なれば人に三百六十の骨節(こつせつ)有或は地形成(ちかたなる)が故に人の 足形(あしかた)也地に十二 経水(けいすい)有ば人に十二経 脈(みやく)有地に高(かう) 山あり人に肩(かた)ひざあり 地に泉脈(せんみやく)【左ルビ】あり人に気血(きけつ)あり 地に草木有人に毫毛(かうもう) 募筋(けんきん)あり 地に   ▲ ▲砂石(しやせき)あり 人に骨肉(こつにく)あり その余(よ)天地の間(あひだ)たにあらゆる もの人に具(そなは)らずといふものなし仏(ぶつ) 経(きやう)に説(とく)所(ところ)の須弥山(しゆみせん)といへとも皆(みな)一身(いつしん)に具(そなは)る也 既(すで)に須弥(しゆみ)の頂(いただき)に忉利天(とうりてん)ありといふも人の頂(いただき)の天 骨(こつ)なり 須弥(しゆみ)の円生樹(ゑんせいしゆ)は頭(かしら)の円(まろき)に生(しやう)する毛髪(もうはつ)也 帝釈(たいしやく)は額(ひたへ)喜見城(きけんしやう)は 眉毛(まゆげ)也これ喜(よろこ)びの眉(まゆ)を開(ひら)くのいひ也 善法堂(ぜんほふだう)は人 皆(みな)具足(ぐそく)する所の仏心也 須弥の四方に持 国(ごく)増長(そうちやう)広目(くわうもく)多聞(たもん)の四天 居住(きよぢう)すといふものまづ広目 両眼(りやうがん)也 多聞(たもん)耳(みゝ)也 増長(ぞうちやう)鼻(はな)也口は一切(いつさい)の食(よく)を以(もつ)て一身の国を持(たも)つ即(すなはち) 持国(ぢこく)也須弥の九山は肩(かた)肘(ひぢ)胸(むね) 腹(はら)陰(いん)膝(ひざ)背(せ)腰(こし)臀(しり)の九ツ也八 海(かい)は胸中(きやうちう)八織(はつしよく)の湛水(たんすい)也四 州(しう)【「りう」に見えるが誤】は四肢(しし)なり又須弥の哥に 北は黄(き)にといへるは黄黒(くわうこく)の夜(よる)のいろをさとす也東は 白くといへるは東方 黎明(しのゝめ)の しらむ色をさすなり 南は青(あを)くといへるは白日 青(せい) 天(てん)昼(ひる)の空(そら)をさす也西くれなゐは夕陽(せきやう)の 影(かげ)の赤(あか)きをさす也是又此 世界(せかい)の一昼夜(いつちうや) なり蘇命(そめい)路の山は日東山に出て西山 に入(入り)且(まさ)【「また」に見えるが「まさ」の誤記】にまた東へ蘇命(よみがへる)也人又東 の陽(やう)に生れて西の陰(いん)に没(ぼつ)し東へめぐりて 蘇命(よみかへる)也是を以て省(みる)刻(とき)は嗚呼(あゝ)貴(たつと)き哉(かな)人天の道を修(しゆ)し地の理に 順(したか)はずんばあるべからず甲(キノヘ)乙(キノト)丙(ヒノヘ)丁(ヒノト)戊(ツチノヘ)己(ツチノト)庚(カノヘ)辛(カノト)壬(ミツノヘ)癸(ミツノト)是天なりきのへは木(き)の兄(あに)也 東方の春に位(くらゐ)し五常(ごじやう)の仁(じん)に配(はい)す十 幹(かん)の魁(さきがけ)なるを以て甲(はじめ)とも訓(よむ)也是 春(はる)の始(はじめ)なり木と世の はしめ也きのとは木の弟(をと)也東方の春に位す是此 土(と)也ひのへは火の兄(あに)也南方の夏を司(つかさど)り五常の義に配す 又曰丙は炳也日 輪(りん)火と【?】熱等の火也是を君火と云ひのと火の弟也又南方を司る又曰 丁(てい)は灯(てい)也民家日用の火也是 相火(さうくわ)と云つちのへ土の兄也 央(ちうおう)に 位し四季の土用を主り五常の信に配す又曰戊は母也五こく草木を生るの母也つちのとは土の弟也又曰己は 起也一切の器物を起して人民の作(さく)用を助る也かのへは金の兄也西方の秋を司り 五常の礼に配(はい)し万物を収る方位也故に云 庚(かう)は更(かう)也 更更(あらためかえる)也万物 木(こ)の世に 生じ金の世に更(かわり)り収(をさま)る也かのとは金の弟也又秋に配す又云 辛(しん)は新也 万物更新なる也みつのへは水の兄也北の方の冬を司り 五常の智に配す又云 壬(しん)は拰也萬物 金(か)の世に収り木の 世に生ずみつのとは水の弟也又曰 癸(き)は揆也水は万物を 揆るの始智は万計を揆の本也 《割書:■|也》子(九)《割書:ハシメ|北》丑(八)《割書:ムスブ》寅(七)《割書:ヒラク》卯(六)《割書:シゲル|東》辰(五)《割書:フルウ》巳(四)《割書:トドマル》午(九)《割書:フ【ソヵ】タツ|南》未(八)《割書:アジワウ》申(七)《割書:ミ》酉(六)《割書:シシム|西》 戌(五)《割書:ヤブル|カヱル》亥(四)《割書:タエル|ツキル》ねは根也夜九ツ夜半と云是陰の終陽の始也故に子の字(じ) 了(をわる)と 一の字(はじめじ)を合して子とす万物を生るの根也うしは極陰(ごくいん)にして陽気(ようき)をうしなふ也夜八ツ鶏(けい)めいと云物の終也 寅(とら)は陰気陽気にとらるゝ也朝七ツ平旦(へいたん)と云平に旦てのぼるの気ありうは日をうむ也朝六ツ 夜明と云人戸をひらくの時也故に卯の字は戸の字を左右に開きたる形也たつは日上りたつ也 朝五ツ食時と云陽の極数也みは日の気みつ昼(ひる)四ツ禺中と云日禺《割書: |レ》中《割書:ニ》也陽気みちのぼる也午は 陽気うまるゝ也ひる九ツ日中と云日中天にのほれば傾くの外なしひつし日通じ也則日のつじ也 ひる八ツ日昳と云さるは日去也昏七ツ晡時(ほじ)と云 猿(さる)の性のさわがしきは晡まへのせわしきに□【應ヵ】す とりは日収る也昏六ツ日入と云閂の字は卯に反(はん)して戸を打あはせ横木を入たるのかたち也いぬは陽 気いぬる也 昏(くれ)五ツ黄昏と云又 戌(いぬ)は戌(やぶる)也陰気陽気を戌る也草木霜にやぶれ滅(をつ)る也ゐぬは陽気 ゐかへる也夜四ツ人定と云 微陽盛陰(ひやうせいゐん)と【にてヵ】交(まじは)り人定まって妊(はらむ)の時也草 木ゐかへりて蒔(きざし)をはらむ也《割書:五|》戌ヤブル《割書:四》亥にて地震はツキル也《割書:九》子ヨイハジメテ末広の春 行後より地震をサシテ萬歳楽《割書:ト》云 既(すで)に十月二日の大地しんは辰(たつ)の日にて 夜の五ツ過四ツ前にて戌の下刻也戌亥西北に当り戌は土に主り亥は水に 司(つかさ)どる辰は東南に当り土に主どる処此節土中ウルホイ多く其気万もつ 更らんとすれど未だ上の陽気/若(わか)く時至らずして発(はつ)すること能はす其気 変(へん)じて地しんと なる辰に振ふこゑ也戌はヤブル亥はタヱルノ■【諭ヵ】にして一年の 終り一日の仕舞也一旦吹出震崩とも其翌日己の日にて己は とどまる故に地震の元を失ふ也過れば子の刻(こく)に移(うつ)り子は九ツにして陰の終りやうのはじめなれば▲ ▲是天地 乾坤万物五 こくを生る根也以て此処(ここ)を押 ときは凶年の非にあらず豊(はう)年の基 実(げ)に治れる御世(みよ)の祥陽たるを示(しめ)し て人の惑をとき忌(いみ)うたがふ人ならんこと を庶幾(こひねがふ)と云爾(しか[いふ]) 尤地形定るまで其気ありと いへとも再(ふたた)び大地【し抜け】ん の愁(うれ)ひなきかしかしなから 天質(しつ)ははかり がたし御用じん 肝用なり