208 【印「特別」】 635 豆男江戸見物  完 【印あり】           208    【書き入れ】地 【朱の書き入れ】天明二寅  【印「特別」】                  635 豆男江戸見物   通笑作 【欄外右側書き入れ「地一」】 序 井(い)のうちの蛙(かいる)大海(たいかい)をしらすとはりこま れてみれば六十六部(ろくしうろくふ)ハものしりか歌人(かしん) 有居(い)なから名處(めいしよ)を知(し)ると高(たか)く泊(とまつ)て みても品川(しなかわ)の先(さき)の川崎(かわさき)もしらす 千住(せんじゆ)の次(つき)の草下(そうか)やらをみたことも なしされば他国(たこく)をもしりもせず隙(ひま) さへあろふものなら天竺(てんぢく)まても行(ゆき) 【右丁】 たひもの世間(せけん)しらすの内(うち)はだかと 江戸(ゑど)の事(こと)ならつがも無いとハいふものゝ つがもなひ唐(から)の噺(はなし)とおなしこと諺(ことわざ)に 吉原通(よしハらつう)あり深川通(ふかかわつう)あり八幡(やわた)の是(これ) がやわたしらす江戸は廣(ひろ)ふごさる とはなんにもかにも言ふせりふ中(なか) にも江戸の名高(なたか)き所すこしも誉(ほめ)す かけねなし有(あり)のまゝとはついそない何の 【左丁。欄外右側書き入れ「地二」】 こつたとおつしやるなかの豆男のゐばかり おふきに御せ話と言つこなしちひさな者(もの)ても ばかにせずおふきなものにもかまいもせぬ 爰(こゝ)ばつかりが江戸の味噌(ミそ)なんそといふと久(ひさ) しいもの版元(はんもと)からさへはからしい又(また)江戸の自(じ) 慢(まん)かへどうしやふのふと笑(わら)ふもかまわすいふ もんの上下(かミしも)だのと通笑述   とらのはる           【印「三文之印」】 【右丁】    寅年新板目録奉御覧入候 《割書:写(うつし)|昔(むかし)》 通風伊勢者語(つうふういせものかたり) 上中下  芸者五人娘(げいしやごにんむすめ) 上下 《割書:男(おとこ)》 《割書:道楽(とうらく)| 世界(せかい)》 早 出 来(にわかのたんぜう) 上中下  地獄沙汰金次第(ぢこくのさたもかねしだい)上下 《割書:楽(たのしミ )| 和(ハ)》 富多数奇砂(とんだすきさ)上中下   豆男江戸見物(まめおとこゑどけんふつ)袋入 敵討梅(かたきうちむね)と 桜(さくら)上中下    上手談儀(せうずたんぎ)  袋入               作  通 笑 《割書:ついぞ| ない 》金持曽我(かねもちそが) 袋入   者  可 笑               画  清 長 追〳〵めづらしき新板差出シ申候間      馬喰町弐丁目 御求御らんの程奉希候     【屋号】永寿堂    西村屋与八版 【左丁。欄外右側に「地三」の書き入れ】  かまくらしやうぐん頼朝公の じだい小林のあさつな小人嶋 よりいんろうへいれてつれ きたりそのしそん豆男 とてはなはだこふしよく なるものにて 所〳〵を はいかい せしことハ 人のしる所なり またそのすへにさかしき ものありてだいぶつでんの ミヽのあなにすまいして 人のゆふことをきゝえぬことハ はなしにならぬとおもひいまを はじめのたひころもむまの しりやかごのやねへのり つちもふまずに ろぎんいらず  花の御江戸へくだりけり ④【右丁】 ほどなく 品川□ しゆくにつき 江戸いりなれは しのゝめの ときにたかなわを くわへぎせるにて うミのほう をミれバおびたゝしき いりふねの かづ〳〵ひだり のほうハぞう 上寺のきんもん あさひにかゝ やきおふきど より日本橋 までのきを ならへし町 つゞきさかな いちのさいちう にとをりかゝり これが江戸の まんなかか もしりう ぐうでハないかとおもひ しかもけふが初かつほ にていつほんが 【左丁。欄外右側書き入れ「地四」】 四〆五〆と うれこの つもりに たいや ひらめや すゞき のるいが うれるなら ひとあさに 百万両 くらいハ うれるで あろう まい日こゝが せうじんのゑひすこう 四つじふんまでミて いればひしこ【注:ひしこはカタクチイワシ】 いつひきのこらず からはんだいとなり すてづへん からきもを つふす 【図中の言葉】 たのます 〳〵 こりや〳〵 三百 五十せん やろふ かるこう〳〵 アヽイ いをだ きり かれ ん 〳〵 【右丁】 江戸ふあんないのことなれバまづ ばくろ町に立なり あんないをたのんで まるのうちを けんぶつに でるものが あるゆへおなじ ようにあとに つきもめんやの 壱丁ある所 やくしやの 壱丁ある 所をとをり ときは橋へ はいり これ からハ どちら をミて もおやし きばかり 六十よしう のお大名様 これじや から江戸が にきやかで ござるお まへかたハ かまくらへ 【左丁。欄外右側書き入れ「地五」】 ござつた ろふが おやしきの あと らしい所も ミへ ませぬの 江戸の おやし きをミんな ミるにハ 十日や 廿日 あるいてハ ミられることでハ ござらぬこゝがけばさき とゆふところまつこの おともまもりのおひたゝしい ことをごろうしろざいで でハおさむらいさまハ さぞめつらしかろふ 正月のおぎしき なぞのきらびやかさ ミせましたいもんた おのおやしきのごもんハ どふでごさる おがんでも ようこさるか 【図中の言葉】 まめ男 じや□ が □ い ゆへ山坂 のことく に思ふ あのごもんハ おてが たハいり ませぬか 【右丁】 ぶつかくハしよ こくにれい ちあること はゆふこと さらなり浅草の くわんぜおんハ元日より 大三十日まであさハ 七つおり夜ハ九つ までさんけい たゆることなし とりわけ ゑん日の くんじゆ としの いちにハ 所の ものが きもを つぶしおゝ やまにもミぢ ふミわけといふ しふんよりもつと すへにうりてかいてに 山いつはいおと した銭をひ ろふこともならず ほい四文銭と いつたばかり 【左丁。欄外右側書き入れ「地六」】 きゝのこすへの おちはして おく山となの ついた所にこう ゆふ人日本の うちにもふた つとなしまことに たいひのおん ちかひかれ たる木にも はなの 江戸きつひ さんけいじやと 豆おとこなどハ わけてきもを つぶす ほかにハないそ〳〵 【図中の言葉】 はとに まめを くわせませう 【右丁】 両こく□□【字数不明】しもうさに また□□【かり?】□□に大はし永代橋 北にあづまはし【吾妻橋】まつ ち山【待乳山?】をなかめとふくハ ふじつくばのめいさんミゆる ふうけいといへば さミしきものなるにミせ 物のたいこハ大にひゞき さんげくのこへハ大山へ きこゆゑこういんにハ しよこくよりかいてう たえすあり あゆミをはこふ このぎもやふんの けいしよく とかわり さすれば ちや屋 〳〵 のあんどう てうちんに のこらす火が とぼり ます すいへん なれば なつの うちハ そのはづ のこと なれどかんお うちでも 【左丁。欄外右側書き入れ「地七」】 しもがれ にも やたいの くいもの のこらず とり きれ ます れば また もや あすも この とをり 【右丁】 五百らかんハまいるたびにこれハきついものたとゞゞ いわふものハひとりもなしそのうへに 百ばんのくわんぜおんをさゞいどう とてひとめぐりにはいし 唐人にミせたいといふところハ こゝなり江戸けんぶつの ぢいさまばあさまやぶいり ばかりいく所が さゞいどうが できてやねふねで きん〳〵として 人のゆくところ にハなりけり 【左丁。欄外右側書き入れ「地八」】 豆男しよ〳〵をけんぶつ してあるき上野の くんじゆ【群集】すれば ぞうしがやにもさん けいおゝしまたしば の神明もにぎやかに ゆしまいちかへふか かわへでる人あり たま〳〵のことなら ありそふなこと なれどてんきさへ よけれバまい日 おなしこと ふりなか〳〵五日や 十日にミられることでハ なければすこし ゆるりとくいくちに かゝりいり酒のにをい やぺん〳〵といふ 所へはいり あしたハしばいへ いこうじやない かといへば 豆おとこも こいつハよいと よろこぶ 【図中の言葉】 おいらがほうハ どうあたる なんだかふんだ ようだが おいた〳〵 【右丁】 しばいの 大入にハ ちいさな きもを またつぶし さじきのこ らずもう せん にててり かゞやき どま【土間】さじき【桟敷】ハ よつわいつかわとり おちまなるのまおいこミ のはめをはづし ひきふね【曳舟。観客席の名称】もちや屋つきの 【左丁。欄外右側書き入れ「地九」】 けんぶつらかん【羅漢。羅漢台のこと】にも千五百人ほど のぼりぶたいにもしんさじきが でききやうげんする所ハ たゝミにじやうほど ありよりとも 公ハけんぶつのあいだ からいでたまふ きんねんの大入 切おとしのわりこミ をミてハ豆男 にハとんとわからず ぜにをだしたものが しからておしこまれハ せまいおしこんだものハ でゝゆくからけんぶつ てハあるまい ぜにをたしたほうが りくつがわるいか たゞしきハきりおとしハ ミんなふるまいか どうもこれハ わからぬと 一日くろふに する 【図中の言葉】 こら あがれ こむしばや だハナ 【右丁】 豆おとこ中の丁のゆふ けしきへきたりきん〳〵と したりやうかわのミせ さきまてによし原 とハよい名しやと おもひあとげつ【後月】 とうろけん ぶつ【灯籠見物】のをりハ あまり人 こミにて おとこより 女がおゝく くろはをり あいさひ ゑちこ のこらず ついの客 大じんやら せうじん やらかい てうか かほミ せのよふ ても あり 【左丁。欄外右側書き入れ「地十」】 あまり 人こミ にて ふミ つぶされ てハなるまいと 大門口から のぞいて かへり もはや 月見 すきにて あわせ 小そでの きやたじんひと つぼよりにして 大もんを はいれば 豆おところ きよろ 〳〵 〳〵 する 【図中の言葉】 もしへわたし かちでござり やす ゑゝ〳〵 【右丁】 し□やともしらす きやくのあとから 二かひへついて あかりおもて ざしきからおく ざしきまでろう かをふら〳〵 のそいてあるき ことさミせんハ ありそうな ものなれど とうつくゑの あるところも ありたくあん おしやうのいち ぎようものに きのあるミづさしの かざりつけて あるところも ありこちらの さしきハ ミうけのそうだんいさひ かまわす八百きんのつもりと いえへはなんだかわるいものか ろうかをいつたりきたり どうすることかとあとから 【左丁。欄外右側書き入れ「地十一」】 ついていつてミれば となりざしきの きやく ほかへたしてハ おとこが たゝぬ あした てつけを わたそうと やくそくきわめ ねぎり こぎりも なしによく ものゝよれる ところこれで ばんじの うりものを うれ そうな ことと かん しん する 【図中の言葉】 どうでも よいように このぢう おまへの いわしつた とふり よしかへ それで それ わかり やしやうか よしかへ ちつとも おはやく 【右丁】 □【豆】おとこいきあたり さんぼうに あそんであるき 子どものひる ねをしている まへゝかやへはいり こゝろもちよく ねわすれて つらまりうち のものも ぼうがね あそびと おもひいぢ つてミれば いごくゆへ りやうほう できもを つぶしけれバ 豆おとこ ちいさな こへにてうろんな ものでハこざらぬと いへばかないのものも ふしぎにおもひ なんぼ ちいさな 【左丁。欄外右側書き入れ「地十二」】 なりでも よるなら きミのわ るいもの なれど まつひるまのこと だん〳〵よふす をきけバ江戸 けんぶつにき たものときゝ やれ〳〵おふきなものにハ ましなりそふおう しほらしいと かないぢうか かわいがりまづ しばらくこの ほうにとう りうさつしやれ なんにも こゝろつかひ なことハ なき こなたくらいが くふぶんハたかのしれた こと五十のよになる ものを子のように かわゆがる 【図中の言葉】 ぼうや ねんね 両国で ミたら ほしがろう おや〳〵 けし からぬ 豆おとことうりうのうち おひたゝしくきんしよのものあつまりければさて〳〵 はな□【し?】にきひたとハ 百ばいもけつかふな にぎやかなところわしらが ちいさなこゝろでハこの にきやかかわかいしゆハ ごようじんなされ ふうきてんにありと まうせどもそこらあたりに ぶらついてありうまい ものハめをつくほどれいぶつハ いて〳〵おがミはつものハ とし〳〵はやしまことに ゆたかな花の御江戸と   どつとほめたるおうこへか     つねの人のこそ〳〵       はなしくらい          なりけり           清長画   通笑作 【図中の言葉】 さて〳〵 きどくな ものじや 208 【印「特別」】 635