化物夜更之顔見世 完 寛政三亥【1791年】 化物夜更之顔見世 慈悲成作 豊国画 二冊 まかり出せる此(この)二 冊(さつ)物(もの)は物(もの)是物にて 化物(ばけもの)成(なり)されどこわひものにあらすおそろしひ 物にあらずまつた気(き)のきいたものでは猶(なを)なし 趣向(しゆこう)は新(あたら)しひ物やら古(ふる)ひ物やら物が物して物が 物とたゞ戯(もの)したまゝに筆(ふで)をせつさ物にはしらせ 心得(こゝろへ)太郎兵衛かこの目ときたものなれば大目に 見(もの)して御(もの)笑ねがい上巻(あげまき)のぬけ六とものす         づんどいなかもの              慈悲成 述(ものす) されはゑちこのくに の大入道なにとか おもひけんあまたの ばけものをあつめ 申けるは人けん は百ものかたり とてわれ〳〵か うはさをしゆ んくりはなし【順繰り話し】 そのこと 百と【百度】おはる じぶんは よんどころ なくわれ 〳〵やくに あたりて ゆくこと ありあま りといへは じゆうにな りてよか らぬこと【あまりに自由(勝手)すぎて良くない事】 さやうにやす くされては のち〳〵はけ 【左ページへ】 ものは子どもしゆ もこわがらぬよ うになるべし それゆへこのにう だうがそんするは【存ずるは】 にんけんの百もの がたりしたらは人けん のいでくるはうたかひなし【出で来るは疑ひなし】 そのときこのにうとう にんげんにてんぜう         を【天井を見せる=仰天させる】 みせんはかり ことそのふん こゝろへたまへ と申けれは みな〳〵にうだうの ことはにつき百もの がたりをはじめ ともし火もひと すしとなりけるをにうどう 火うちはにてけさんとせしが いづくともなく しばらく〳〵引【「引」は長音記号の代わりか】 【右ページ下】 しばらくとはと いへば あまたの ばけもの 口を そろ へて もゝ ん じィ 引【長音記号として】 たしかにかきの すをふの ばけもので ござり ましやう どりやこの ともしびを けすべいかどりや 【左ページ】 いつれもきを つよくめされ このくらいのことか こはくて ばけものゝ めしが くはれる ものか きづかひねヱ わかしなら【若衆なら】 この川太郎が めにあわせて やるは それ赤本(あかほん)の大入道(おうにうどう)と坂田(さかた)の金時(きんとき)は鰒(ふぐ)に大(だい)こん鴨(かも)にねぎ 奴豆腐(やつことうふ)にとうがらし梅(むめ)にうぐいす 竹(たけ)に乕(とら)さくらに駒(こま)か粟(あわ) うつらのちゝつくわい怪力(くわいりよく)乱神(らんしん) をかたらずといへともまなこにさへ ぎるもゝんぢい一 ̄チ【「いち」と読ませるための添え字?】にはねこの【猫の】あか てぬくひ【赤手ぬぐい】きつねのかしらに しやれかうべたぬきのつゞ みのかわ太郎かこぜ【がごぜ=妖怪の名前】 ごいさき【五位鷺】ゆきおんな しやうか わる ひか【証が(情が)悪いか】 びは やう とう【枇杷葉湯】 から すの はけ もの【カラスの化物】 【左ページへ】 くろん ぼうひとつめ こぞうがちよろ〳〵と てふりほうずに一すん ぼしとれもちく ばのともだちか せいがよく にた 三本あし百 鬼(き)夜行(やぎやう)の せいぞろいうぶめのこしの しなやかをみこしにうどうはなのした とうじがうし【童子格子】の大どてら大にうどうの 大名題(おゝなだい)へ坂田(さかた)のきんときはいめうはく ゑん【白猿】というおにわかしゆ二さつのしゆかうに たのまれたわるくばけるとばけものども  大のまなこでにらめころすと      等々うやまつてまふす 【このページは妖怪の名前を折り込んだ洒落で、以下にわかった洒落や難しい言葉などを書いておきます】 【さくらに駒:そういう都々逸があるらしい】 【粟うずら:熟した粟(あわ)にウズラが群がって食べる様子。】 【ちちっくわい:ウズラのこと。なぜそう言うのかはわからないけれど、今でも長野県のどこだかではウズラのことをチチクワイと言うとか。】 【ちちっつくわい→怪(くわい)力乱神とつなげる洒落】 【猫は化けると手ぬぐいをかぶって踊る】 【狐はしゃれこうべを頭にのせて化ける】 【狸の腹鼓→鼓の皮→川太郎と続ける洒落】 【五位鷺は実在の鳥だけど狐狸と同じく化けると言われている、というか実際あの鳥は化物だと思う。首をひっこめてる時と伸ばした時でまったく別の鳥に見えるので。】 【雪女の情(じょう)と体の証(しょう)をかけてる】 【枇杷葉湯(びわようとう)は薬の名前で、京都の烏丸(からすま)で売られていた→カラスの化物へ続ける洒落】 【白猿:團十郎の別名、挿し絵は團十郎の金時】 大にうどうにんげんに こんじやうをみせんと はかりしがおふてん ちがひ【大点違い=勘違い】かたきやく さへいやきの【嫌気の=嫌がる】しばらく ばけもの には なを きん もつ大にう とうたま 〳〵つらを だしてはたく かとおもひしが はくゑん やぼでもなく おゝにうどう が子ともふた りをとこの たきものに 【左ページへ】 で  も する き やう にう どう   に もらひ そのかわり だいじな ところだが このところは  たがひにいざ   さらばとか  なんとか   なかよく     わかるゝ 【右ページ中ほど、石灯籠の妖怪の台詞】 おいらがたいじの ひかりをにんげんに とらるゝはすこ すこ【少々?】御しんの もめる たねまき だわヱ 【右ページ下段、大入道の台詞】 子どもをしんぜますからいまゝでの 事はうやなやにしてよはくゑん          さん から【唐=外国のこと】 で さへ しつ てる【知ってる】 おま へを わつかは こねから さきの わたし らが 【左ページへ】 しらねへ    で とう   する ものだ 【小僧の台詞】 あねさまわしも おまへもにんげんの ほふへ とら われ と な る のか  かなしや〳〵 【ろくろ首の台詞】 わしもにんげん にでもなつたら この う へも なひ はぢじや お六とちよろけんこぞうを はくゑんはわが やへ つれ きたり ねずみをかつて おくやうにたい じにして     おく はくゑんがまはしに ものくいの与四郎と いゝしいろにおとことき〴〵 お六にいちやつきければお六は もちまへのわがくびたけほれて いれとも化物のことなれば いゝかねていたりしかおとゝのちよろ 【左ページへ】 けんあねのこひじをとりもちする わたしやおまへに      うちこんで おまへのためなら      このくびを てぬぐひになとおびになと  ふんどしになときるこゝろ それは まことか お六との もひとつだし たら八百やの     むすめ【八百屋お七】 此(この)ところ三たてめ【三立目】   浄瑠璃 これまつたいかにわたしがろく〳〵でろくなおんなでなひとてもおんなとうまれたせうがには【証拠には】 すかんおとこにほれらりよものかふつとみそめしその日よりやつれはほそきこのくびの おまへにのびてのばしたらそのこゝろねがふびんとかしびんとかいわしやんしたがうれしさに それきいてからこのみゝをも下へをくさへもつたいなくそらへのばしてお日さまやお月さまじやと あさゆうにおがんてばつかりゐるものをそれにおまへのどふよくとくる〳〵すそへまき ついてなんじやいなァという身なり 【右ページ右下隅】 ちくせうめ   〳〵 いよ  ばけ   ものめ    〳〵 お六は川太郎といゝなづけ ありければ入道せう〳〵 くめんのあしきとき お六がしたくきんかつぱ【はっぱ六十四とかっぱをかけた洒落】 六十四両とりけるゆへかつ はもお六がいまかへるか 〳〵かとまちてもかへ らぬゆへやつきとして   入道をきめつける すいぶんむすめは ぬしにやるつもり だからたび〳〵 お六をかへして くださいと人を    やります 【下段、川太郎=河童の台詞】 これさたいがいしれたもんだはとうりうもとうりふ によつた【臭った=怪しい】 ものた けふで 四五十 にちかへ らぬ お六を やつ ぱり おれに やろう〳〵と    いうが おれは   かつぱり かつてんが いかねヱ どふ する  のだ 【左ページ】 お六をたひ〳〵入道(にうとう)より むかひのくるもいゝなづ けのかわ太郎お六へ したくきんかつぱ 六十四 両(れう)かねつく ゆへかへさねはならぬ お六とはおもふが かつはへ六十 四両をかへしたら お六をかへさい てもよかろふと しこくよくあん といふやまい しや【山医者=インチキ医者】に六十四両 与(よ)四郎かりる このかね三日き りにかへさずは お六をよくあん かかたへつれて いかうとの  よくあんさん 【中段へ】 よくあんさん いつそうれしう  ござんすゥと のばし たる その くび ながし 【下段、与四郎の台詞】 みやうこ にち【明後日】はあ てはないが きつと おかへし も う し の いなり さま 【お返し「申し」ますと「王子」の稲荷さまをかけた洒落】 【山医者の台詞】 よく色事(いろごと) にあるやつだ よした   〳〵 いくらでも いりやうほど つかひたま このきみ  ゆへ ならはだ 日きり のかね なか〳〵 与(よ)四郎三文の【わずかな金子の】 てたてひく【義理を通そうと】とや せんかくやと【ああでもない、こうでもないと】 お も ひしが その 上お ろくは 花(はな) 水(みつ) は し の のら き つ ね と て きつね 【左ページへ】 なかまの おうぶ【大分限=金持ち】 けんあ りこの のらきつ ねのかたへ しのひ入 まんまと はこにい れある ところのふくさつゝみ たしかに二三百両 おつとのためかた じけなひと はまむらやと   こじつける 【浜村屋=瀬川菊之丞(女形役者)の屋号】 ちよろけんは  ゆとうふの   つかひにいで このていをみて  ちよろけんと   してゐる 【右ページ下段】 きうにさゝいの【さざえの】 からがなひから あわひのかいへ 火をともしたら へちやァねヱ ゆきのした      が 【左ページへ】 つる【蔓?】をたした      やうだ はまかぜさむくろくか よひにくつたるふく らにのあはひのかいへ 火をとほ〳〵【とほく?】とぼし ても〳〵あかりかねァ むかうのひのくちけ やぶつておんなの とんちきとんで      でた やれでたそれでた  あねこかのうと   人さんかたの    もういゝに【?】      しやう おれが身はこうらいや むすことみへやうが一つしぐり【地ぐる=洒落を言う】ますと   りきんで      こふらいやまたなんのことた【高麗屋と「こりゃ」をかけた地口】 よくあんは 与(よ)四郎にかした かねやくそくに すまぬゆへ お六をつれ かへり女房(にようぼう)に せんとい ろ〳〵なん たいをいゝて 与四郎を てごめに てうち やく【打擲】するに お六こゝそ かねのだし とろ【ころ?】とその かねこゝにと いつはしおちを とるきにて ぬすみをい たるふくさ つゝみを 【左ページへ】 あけていだ せばかねには あらて玉〳〵ぬす みをすればかねては なくてかいたまた【替い玉だ】 とはらたちまぎ れにほうり たしたをうし りにうかかふ【窺ふ】 ちよろけん そつととり これこそのら きつねかたい せつにする めいぎよくこれ さへもつていれば きのはもこはん とばける やつたとちよろけん さそくの六十四両 みゝはそろはす ともうしろ     から    ばら〳〵〳〵 【右ページ中段】 お六くびを ちぢめてはびこと【?】 わびことにるゆへ とんたいゝおんなに みへ やす 【下段】 どうしてその六 十四れうがいま のまにてきたのだ とふもがつてんか いかねヱ とらずは なるまい お六やてめヱいつ でもあやまり づめかいゝせ くひが ほん とうだ から うれ しい 【左ページ下段】 お六きも をつぶし ひと様を みれはちよろけんこそう これあねごおれが 目をみさつせヱ     〳〵と あしな目を     す     る ねこませんせい おれがつらは たきのやのやうに なつたか 【瀧野屋=市川男女蔵の屋号】 川太郎にんげんに そつてゐるお六を とりかへすにはsよ せんはけものづら てははじまらすと よきはけこう しやな はなみづ ばしの のらきつねの かたへあまたの 手のものを ひきつれきたり あるひはじゆん れいふるてゝひ ねき【?】やまぶしに ばけさせ給へと 【左ページへ】 かわ太郎しりばつた【?】 こゑをしてのら  きつねを    たのむ 【野良狐の台詞】 このめいきよくの【名玉の】 いとく【威徳】によつて いづれもいろおと ことばけさせ たまへすこゝん こんろけいじん はらきりくそはか どろ〴〵〴〵とふだ またかまたならきめう てうらい【帰命頂礼】うすどろ〳〵 とふだよしかまたか 【スココンコン、狐の鳴き声。次のオンにかけている】 【オン・ロケイジンバラ・キリク・ソワカ、十一面観音の真言】 ましならかほを みさつせい たんまりの なんと まぶか ろうが 【右ページ下、ゴイサギの台詞】 ぢぐり【地ぐり、洒落を言うこと】 なんぞは をいらの ごいさぎ    た 【馬の台詞】 おれもこんどはばけつの【馬尻の?】 でに よ し はら しや れと でる つもり だ 【河童の前でうなだれているトカゲの台詞】 とかげで【トカゲとお陰をかけた洒落】 とふやら きもちがいろおとこの やうになりました お六と与(よ)四郎はよくあんへかへしたかねの しりかわ■■■いまは身をしのふ いろごと のならひ    か 小石川 へん   に う  ら た なを かり お六 与四 郎は ちん 〳〵 かも かしは めんど りおん どりな かよく 【左ページへ】 くらす ところへ よくあんg てびきにて 川太郎あ またのば けもの をひき つれ お六を とり かへ さんと いろ〳〵に ばけてき たこゝろ いきだか のち【ら】き つねの まじなひ     か きかぬのら ねこ【野良猫】はねこづらむまはむまづらうしは うしづらねつからつまらず 【右ページ中段、お六の台詞】 わつ ちやァ いやおまへ のやうな ばけ ものに【お前のような化物に(なびかない)】   と にく まれ 口を きく 【左ページ中段】 川(かは)太郎きはどい ところで お六を くどく おがむ〳〵 ちよ つと 口(くち)  〳〵 【右ページ下段】 おいらははけているが うぬが目にははいらぬか ハテばけなつらだ【化けな面だ→派手な面だ】 ちよろけんは たまのとく【玉の徳】     にて 人げんとばけてゐる ちよろけん太郎ばけまた いてものみせんと いうまゝに 【左ページ下段、馬の台詞】 ひゝん どヲけヱ   な引【どーけ(き)ーなー】 【最後の文字はリではなく、長音記号として使われる「引」だと思われます】 ばけものどもちよろけんに をいちらされどうもばけた 気(き)たかはけねヱとはかつ てんがゆかぬとのらきつねが かたへきたりこのよしを はなせばきつねそれは こゝろへぬとめいぎょく【名玉】の はこをとりいだし よく〳〵みれば たまはいつのまにやら 鳥(とり)の町(まち)とうのいも とぞなりにけり きつねのきもをいもに【肝が芋になる=肝を潰す、の意】 していもふようふもなひと【芋う(言う)ようもないと?】 あきれたとのこといかに青本(あをほん) なればとてはなみづばしでお六が すりかへたといふきやうげんもなひに いまいもとはけさのぞうにのはらのかわよつて   おわらひ御いちらんとめてたき        はるのしんはんもの〳〵〳〵 おれをめいぎよくの かへだまとは名玉(めいぎよく) せんばんと【迷惑千万と】とふの いもが【唐の芋が】ふへはふいたが 地(ぢ)くちをいつたは このそうしが はじ めて なり 豊国画 【唐の芋の絵の中】 さくら川 慈悲成 戯作芋