【表紙 題箋】 琉球雑話  全 【右丁 表紙裏(見返し) 文字無し】 【左丁版面右側に蔵書印】 寶玲文庫 【本文行頭欄外に丸印】 七 【本文】 琉球雑話序(リウキウザツハジヨ)【この行の下部に角印あり「烏江」ヵ】 夫此書(ソレコノシヨ)タルヤ。琉球国(リウキウコク)ノ 天度(テンド)。地理(チリ)。人物(ジンブツ)。風俗(フウゾク)。土(ト) 産等(サントウ)ニ至(イタ)ルマテ書記(シヨキ)ス。日(ニチ) 本薩州(ホンサツシウ)ヨリ。彼島(カノシマ)ニ至(イタ)ル 【右丁】 ノ【この字の上に「合」の丸印を押印】海路(カイロ)。三百 余里(ヨリ)ヲヘ【この字の上に「合」の丸印を押印】ダツ ト【この字の上に「合」の丸印を押印】イヘドモ。座(イ)ナガラニシテ【この字の上に「合」の丸印を押印】。心(コヽロ) ヲ【この字の上に「合」の丸印を押印】彼島(カノシマ)ニ遊(アソバ)シムルハ。亦面(マタヲモ) 白(シロ)【この字の上に「合」の丸印を押印】カラズヤ。其外(ソノホカ)此(コノ)【この字の上に「合」の丸印を押印】世界(セカイ)ノ サイゲンヲ見(ミン)トテ。海中(カイチウ)ニ【この字のやや下に「合」の丸印を押印】 【左丁】 乗出(ノリイダ)シタルハナシ。又海中(マタカイチウ)ニ 異類異形(イルイイギヤウ)ノ獣(ケダモノ)魚等(ウオトウ)ア ルノ。奇談(キダン)ヲ書記(シヨキ)ス 【瓢箪型の印】 神田商人 【其下に角印】 ■■ 【右丁 文字無し】 【左丁】   琉球雑話(りうきうざつわ) 夫(それ) 天地世界(てんちせかい)の濶大(くわつだい)なる事(こと)は 人(じん)力をもつて其際限(そのさいげん)をきわむべ からず仏説(ぶつせつ)にいわく此(この)南瞻部(なんぜんぶ) 州(しう)に大国(たいこく)十六あり中国五百有り 十千の小 国(こく)あり粟散国(そくさんこく)とて 【右丁】 粟(あわ)をちらしたるごとくの小島(こしま)は無量(むりやう) にてあげてかぞへがたし其国々(そのくに〳〵)島(しま) 々(〴〵)の風土(ふうど)又人物おなじからず米穀(べいこく) 豊饒(ふにやう)なる国(くに)あり又一 向(こう)五こくなくし て海中(かいちう)のうろくずをすなどりして 食(しよく)にあつるの島(しま)あり又あかはだかに 【左丁】 て色(いろ)くろく其(その)生れつき勇悍(ゆうかん)にして 剛強(こうきやう)なりといへ共 愚智(ぐち)にて禽獣(きんじう) におなじき島(しま)あり琉球(りうきう)等は日本に 隣(となり)たる島(しま)にて五穀豊饒(ごこくふにやう)たる島(しま)也 此書(このしよ)琉球国(りうきうこく)の風俗(ふうぞく)人物等をしら しめ其外 万国(はんこく)の奇談(きだん)をあつむ 【右丁】 夫琉球国(それりうきうこく)は日本 薩摩(さつま)の国より 海上 行程(かうてい)三百余里をへだつもと朝(てう) 鮮国(せんこく)の幕下(ばくか)なりしが近来 彼国(かのくに)に も伏(ふく)せず勿論(もちろん)日本へも陏(したか)【「隨」の仮借】はざりき 然るに慶長十四乙酉年四月上旬 の比 薩州(さつしう)の大守に命(めい)じて琉(りう) 【左丁】 球(きう)を征伐(せいばつ)せしめ給ふ依て十万 余騎(よき) をもつて彼国(かのくに)を征(せい)する事いにしへ唐土(とうど) 三国の時 諸葛武侯(しよかつぶこう)か南蛮(なんばん)を 征伐せしごとく謀事(はかりごと)機(き)にのぞんで 変(へん)に応(をふ)じ進退度(しんたいど)に当り人数を 損(そん)ぜず智勇(ぢゆう)をもつてせしかば六風 【右丁】 の草木(さうもく)をなびかすがごとく日本の威(い) 風(ふう)になびき永く日本の属国(ぞくごく)と成り 依し 御家督の節は日本関東 に参府して御祝義申上る事とはなり ぬ日本ゟ琉球国(りうきうこく)にいたる船の揚(あがり) 場に関所あり要渓灘と名付く夫 【左丁】 ゟ五十里へて城郭(ぜうくわく)ありこれを千里 山といふ前に流るゝ川有り岩石岨立(がんせきそばたち) 洪逆立(なみさかだち)漂(ひやう)〳〵としてあたかも龍門の たきともいひつべし此城より七里ばかり 隔(へだて)て辰巳の方にあたりて肺竹城(はいちくぜう)と て三里四方の城地あり夫ゟ南の方は 【右丁】 海上(かいせう)にして水面蒼々(すいめんさう〳〵)として十里余り 西の方に当りて一ツの島あり此島凡二里 四方爰に米倉(こめくら)あり米穀雑穀(べいこくざつこく)を納る 蔵百七十ヶ所あり依て米倉島と名 付く左りへ廻りて湊あり是を乱炮録(らんほうろく)と いふ此所に又一ツの関所あり方一里也 【左丁】 夫より五里 続(つゞき)たる松原の内に平城 あり是をへて三里めに高さ三十丈の 揚出しの楼門(ろうもん)あり此門を高鳳門(かうほうもん)と云 是より南側左右には商家軒をなら べ市店をかまへ立ならふ此町の長さ凡 百七十町余夫より一ツの門有是を都(と) 【右丁】 入門(にうもん)といふ都の惣門なり是ゟ前後 左右に諸官人の屋敷大身小身入 乱(みだ)れ軒(のき)をならべたる事凡数万券軒此 間一里斗打越 石垣(いしがき)あり高さ二十丈 余にして惣築地(さうついぢ)廻りに堀(ほり)をかまへ 方四里の城地(しろち)也四方に橋(はし)をかける事 【左丁】 百七十二ヶ所 後(うしろ)に日頂山(につてうさん)とて高山あり 是より山を越(こへ)て八里 後詰(ごづめ)に城あり 右は聞伝へたる事をつど〳〵と書しるしいつ ては彼島(かのしま)を一見せざればこれが是非(ぜひ) をしらず彼島の地理をしりたる人 幸(さいわい) にたゞし給へ又 通商考(つうせうかう)にいわく 【右丁】 琉球国(りうきうこく)過半は福州(ふくしう)に従ひて唐(とう)ゟ 往来もこれあり薩摩(さつま)より往来の 所もこれある也海上さつまゟ三百余里 南海(なんかい)の島国也四季 暖(あたゝか)なる国(くに)なり 北極(ほくきよく)地を出る事二十五六度 【左丁】 註(ちうして)云く北極といふは北のいごかぬほしの事なり 此ほしをしんぼうとして天体(てんたい)がまわる也 天のめぐりを三百六十 度(ど)にわりて此 星(ほし)が地ゟ出る事が二十五六度(ど)と いふ事としるべし左に図(づ)をあら はす 【右丁】 人物(じんぶつ)は朝鮮(てうせん)に似(に)て別也 詞も中花【中華のことか】と通ぜず此国に は日本 鎮西(ちんぜい)八郎 為朝(ためとも)の 寺あつく位牌(いはい)を安置 すとぞ又此国の詞には日本 の詞とおなじき事多し 【右丁 右下】 地ゟ出る事 二十五六度 【左丁】 酒をみき食(しよく)をそといふの類なり最 仏神儒道(ぶつしんじゆどう)をたつとび日本の風義【「風儀」のこと=行儀作法】を ならふ者多し女人家内を主とり 男子は耕作商売(こうさくせうばい)をつとめ常に琵琶(びわ) 三味線をひきてたのしめり此国の 舟日本の地に漂流(ひやうりう)の時其所 【右丁】 より長崎へ送(おく)りとゞけ長崎ゟ薩摩(さつま) へ渡して帰国(きこく)す       土産 木綿(もめん)     芭蕉布(ばせうふ)   黒砂糖(くろさとう) あわもり酒  火の酒   薬種(やくしゆ)《割書:色々》 藺筵     竹器(ちくぎ)《割書:色々》   骨柳(こり)《割書:色々》【行李のこと】 【左丁】 布     塗(ぬり)物《割書:道具 青貝色々》 土焼物   米 右之外色々これありといへ共皆福 州に交易(かうゑき)する類多し  私にいわく今世間に専 流布(るふ)する三  味線はもと琉球国(りうきうこく)ゟ渡(わた)るといふ 【右丁】 おらんだ人此 世界(せかい)のはてを見きわめん とて舟にてのりいだしたる事 紅毛談(こうもんだん) といふ書に出たり其文を爰(こゝ)にのする 元禄【「録」とあるは誤り】年中に来りしおらんだじんに荒 井氏いろ〳〵の事を問れし中 彼(かの)かび たん物語せしは我等本国にて五十 【左丁】 年以前の事なりしに世界(せかい)のはてを 見極めんといへる相談いたし船十二 艘(さう) 仕立 糧米塩薪(りやうまいしほたきゞ)の類まであまた積 入舟三 艘(ざう)で東西南北へ遣はしける先 此地をさる事二三千里ばかり東へこぎ 行しに何となく船おもくなり後には 【右丁】 風もあるに船さきへとては行す幾(いく) 度(ど)こげども西へ〳〵と舟かへり一向行こと あたはず夫(それ)ゟ本国へ帰りしとなり是は 東方 発生(はつせい)の気(き)甚だつよきゆへ如此 あるらんと申き又南方をさして 行けるものいへるは是も二三千里南へ 【左丁】 こぎ行しに其丈十丈斗或は二十丈斗 の瀧(たき)南へ落て一向船を下の海へ落す べき術(てだて)なく是非(ぜひな)なく帰りしとなり 此処にて遠目鏡(とふめがね)を出し南の方を 見けるに凡六百里もあらんと思ふ所に また瀧(たき)ありて南ゟ北に向て落(をち)けるを ゝ右丁】 見しと是は世界(せかい)のまよこにてもあるら んと評判しけるとなりさて西へ行し ものゝいへるは西をさして二三千里も漕(こぎ)【艚】 行しに天気(てんき)の甚だくもりたる様子にて 先へ行ほどだん〳〵くらく後には其 空(くう) 中(ちう)何やらん手にさわるやうに覚しが蜘(くも)の 【左丁】 巣(す)を一面はりたるごとくにて後には其 蜘(くも)の巣(す)も甚だつよくおしやぶり〳〵舟 行の及ぶたけはこぎしが後には水面も 彼もの一面にありて一 向(こう)舟とをらざるゆへ 是非なく本国(ほんごく)へ帰りしとなり何たるわけ と知たる人なしさてまた北へ行たる舟の 【右丁】 ものゝ申せしは是も三四千里もこぎ行し に是には余(よ)ほどの島(しま)ありけるゆへもし ひらきなば生産(せいさん)の便(たより)【「さより」とあるも誤記と思われる】ともなるべきとて 人々五十人ほどあげ置き俵米(ひやうまい)など 多くあてがい来年又来るべきとて残り は帰りけり此処殊の外北によりし国なれ 【左丁】 ば昼半年夜半年といひし国は此処 なりとぞ昼半年の時 草木葉(さうもくは)を出し 夜半年のときみな枯るゝとぞさて来 春 本国(ほんごく)より来り彼島(かのしま)へあがり見ける に去年留置ける人数不残相はてさつ するに此国殊の外なる寒国(かんこく)ゆへ夜 【右丁】 半年の時じこと〴〵く凍死(こゞへしゝ)たるていと 相見へ其のちは何の利用もあるまじ きとて往来せざるなり 又通商考(つうせうこう)にいわく大海の中には奇(き) 怪(くわい)の生類甚だ多し獣(けだもの)のごとくのもの あり人のごとくのものあり異魚(いぎよ)のたぐひ 【左丁】 あげてかぞふべからず其内 異国人(いこくじん)の説(せ) 話(わ)に聞伝へたる者あら〳〵記し児童(じどう) の啼(なき)を止むるが為とす大魚あり長(たけ) 十四五丈広き事一丈二三尺目の大さ 三尺腹の下に口あり濶(ひろ)さ七八尺 歯(は)の わたり一尺ばかりなるは三十枚斗也 【右丁】 此 魚(うを)大海より陸地(くがぢ)近くいたる時は 必す大風おこるといへり又大魚あり身 の長(たけ)二三十丈 頭(かしら)に大きなる穴二ツあり 此穴より水を吐(はき)出すに河(かわ)のごとくつよ し大洋(たいよう)を渡る大船に遭(をふ)ときは則(すなわち) 其 首(かしら)を揚(あげ)て水を船中に吐(はき)いるゝ 【左丁】 は時に水 満(みち)て船 沈没(ちんぼつ)す此ゆへに船 此魚にあふときは酒を樽に入て海中に 投いるれば是を呑てされりたま〳〵浅き 処に漂(たゞよ)ひいたる事ある時人是をころ して油を煎(せん)ずといふ又大魚あり長(たけ) 二十四五丈名を仁魚(じんぎよ)と号す船を損(そん) 【右丁】 じ或(あるひ)は過(あやまつ)て海中に没溺(ぼつでき)せんとする 時此 魚(うを)たま〳〵これにあふ時は能人を 保護(ほうご)して助(たす)くる事あり或は漁人(ぎよじん)等悪 魚の為にくるしめらるゝに此魚たやすく 往て悪魚を追(をい)しりぞくとぞこ此ゆへに 其辺の諸国(しよこく)此魚をとる事を大きに 【左丁】 禁(きん)ずるの法也といふ又一魚あり其くち ばしの長さ一丈歯は鋸(のこぎり)の如く力 強(つよ)く 猛(たけ)し諸の大魚と戦(たゝかつ)て必ずかつ 此時海水 紅(くれない)なりたま〳〵此魚くちは しをすつて往来の船にふるれば 船則やぶる諸舶(しよはく)甚だ是をおそる 【右丁】 又一 魚(ぎよ)あり其大さ数十丈力甚だつよし 船にあふ時は首尾(しゆび)をもつて船の両頭 をいだく是をうたんとして船中 動(どう)ずる ときは舟 即(すなわち)くつかへる是等の事あるを もつて洋沖(ようちう)にては時々 大鳥銃(いしびや)【「石火矢」のこと】を 放(はなつ)て海魚(かいぎよ)を驚(おどろ)かすときは船を避(さく)とぞ 【左丁】 又海中に人あり是を海人と号(ごう)す 是に二 種(しゆ)あり其一ツは全体(ぜんたい)皆人にし て頭髪(づはつ)鬚眉(しゆび)こと〴〵くそなはれりたゞ 手足の指(ゆび)水鳥の如く相連なつて水 かきあり何れの国にてか是を捕(とり)て国 王に献(けん)ず是にものいへ共 応(をう)ぜず飲(いん) 【右丁】 食(しい)をあたゆるにくらはず終(つい)に狎(なる)べからずと して本の海に放(はな)つ盻顧(へいこ)して人を 視(み)て掌(たなこゝろ)をうち大笑(たいせう)して没(ぼつ)し去て 復(また)見へず是一 種(しゆ)なり又海人あり 総身(さうみ)に肉の皮(かわ)有て下にたれては かまを着たるがごとく身体(しんたい)について生じ 【左丁】 たるものにて離(はな)るゝ事なし其余は皆 人(じん) 体(たい)なり陸地(くがぢ)に登りて数日にても死(し)な ずといふ已上二 種(しゆ)共に海中(かいちう)にありと いへ共常に何れの所にありといふ事を しらず又女人もありといふ最(もつとも)人に似(に)て 人にあらす海獣(かいじう)の類(たぐひ)なる者か 【右丁】 儒医   華坊素善撰 天明八《割書:申》年     正月吉日   神田かぢ町二丁目       本屋彦右衛門板 【左丁 白紙】 【裏表紙 文字無し】