KEIO-00671 書名 養生録        1/3冊 所蔵者 慶応大学メディアセンター (備考) 管理番号 70100598951 撮影   株式会社カロワークス 撮影年月 平成28年2月   慶応大学メディアセンター 【本資料は本文の一部に乱丁が生じており、丁数と画像コマ数の対応を以下の通り記す。一丁~十八丁:画像13~55/十九丁~二十二丁:画像65~69/二十三丁~三十二丁:画像55~65/三十三丁~五十四丁:画像69~127】 【題箋】養生録   上中下 【管理ラベル y13】 【題箋】養生録  巻上 南皋浅井先生著 養生録 全三冊    観宜堂蔵梓 養生録叙 【印=二行八文字】 孜々汲々惟名利是務者 古人之所警也予雖孜々 世営汲々治病其心未甞 慕名利焉夫大器也者 治天下尚無為何用孜々 汲々為成蓋碌々世路逼 々小轍跂行蟻蛭飛搶 桑楡之徒皆其器小而 其盛多其量狭而其 任過故致斯孜々汲々 耳是猶寸瓢不能盛 斗水細流不能納巨 川之類乎是以予欲勿 言然平生或有問養 生之道を或有問鍼 灸服薬之所宜者或有 問湯浴之法を或有問択 醤之要者或有問禁 忌餌食之法者病客 蝟集之際不遑詳答 今以鄙俚之俗語而述 為養生録一編以塞其 責是亦省孜々汲々之 一事耳覧者採其実 用而勿笑其浅近 文化壬申春三月 典薬寮医員  長門守和気惟亨誌    【落款 惟亨之印 南皋】 【左丁】 世に老ず死なずの人 有などいふめるはすぢ なき空言ぞかし只 あまきをたしまず にがきをうましと したらむにはおのつから 身の病もすくなかる べきにこそこはから国 のむかし 孝武と まをせし帝のわかく みさかりにおはしませし 程に方士などいへる ものにはかられ給 ひて蓬が島のくすり もとめなどうきたる 事共をさま〳〵せさせ 給ひしはて〳〵は世の乱 とさへ成にし事を 御年老給ひし後には くいの八千度くいおもほし つゝ深くなげき給ひし とかやこたび浅井の うしの養生録と いへるふみの端に一言 添よとこひ給ふに此故 事を思ひ出しまゝ なか〳〵におのが拙きを 物したらむよりはと てやがて彼帝の大 御言にゆずりまゐらせて やみぬるになむ       賀茂季鷹 【左丁】 養生録巻之上   目録  養生篇 《割書:斉家修身原論|》  鍼治篇 《割書:併按摩弁 刺絡弁|》 養生録巻之中  灸治篇 《割書:選艾弁 敷灸弁|》  湯治篇 《割書:温泉薬湯弁|》  服薬篇 《割書:併択医弁 異療弁|》  養生録巻之下  飲食篇 《割書:食物宜忌 餌食弁|》 【左丁】  養生録巻之上    養生篇 一/養生(やうじやう)の主(しゆ)とする所は先 心気(しんき)を安(やす)らかに平(たいら)かに  するを第(だい)一とする也 素問(そもん) ̄ニ曰 ̄ク恬胆虚無真気従(てんたんきよぶなれはしんきしたがふ)_レ之(これに)  精神内守病何来(せいしんうちにまもらはいづくよりきたらん)と云は誠に養生家の金言(きんげん)なり  先 恬胆(てんたん)とは心中(しんちう)曇(くもり)なふして天地(てんち)自然(しせん)の道(みち)に従(したがふ)  てすこしも私意(しゐ)を加(くは)へすして楽(たのしみ)あることなり  虚(きよ)無とは心中一 点(てん)の邪念(じやねん)なく朗(ほがらか)なるを云なり  凡人として邪智(じやち)を用す正直(しやうぢき)に行(おこのふ)ときは心中(しんちう)煩(わづらひ)  なく心中煩なきときは天真(てんしん)の元気(げんき)存(そん)して内に  全(まつたき)を真気(しんき)従(したかふ)_レ之(これに)と云かく元気(げんき)充足(みちたる)ときは精気(せいき)神  気の二つの守(まも)り甚 堅固(けんご)也(なり)かく堅固に守るとき  はたとひいかなる邪気(じやき)襲(おそふ)ともすこしも侵入(おかしいる)  事あるへからす本邪気の人に舎(やと)ると云は気の  おとろへたる所あるより入るなり少しも衰(おとろ)へ  たる所なけれは其入へき門戸なしたとへは狐(きつね)  狸(たぬき)の人をばかすと云も人の気 十分(じうぶん)に充たると  きは決(けつ)而 犯(おか)す事あたはすとしるへし心中(しんちう)虚無(きよぶ)  にして精神(せいしん)充たるときは仙境(せんきやう)に近(ちか)しといふべ  し 一 養生(やうじやう)は天地(てんち)自然(しぜん)の道(みち)に背(そむ)かさるを本(もと)とす道に  背かさるときは身 修(おさま)る身修るときは心 静(しづか)なり  心静なるときは斎(とゝのへ)_レ家(いへを) 治(おさむる)_レ国(くにを)の業(わざ)も皆養生を主と  して得へき事也何程 時宜(しぎ)にあひ権勢(けんせい)を得たり  とも養生せすして心気(しんき)せまり命数(めいすう)をちゝむる  ときは於(おいて)_レ我(われに) 如(ことし)_二浮雲(うかべるくもの)_一とある聖語(せいご)にひとしく無益(むやく)  にしていたつら事なり 一 身体(しんたい)髪(はつ)膚(ふ)敢毀傷(あへてそこなひやぶら)ざるを孝(かう)の始(はじめ)なりとす然ると  きは聖人も先我身を大切(たいせつ)に養生するを至徳(しとく)要(やう)  道(どう)の本とし玉ふ事/経文(けいぶん)に明かなり然れは養生  の外に求(もとむ)る道なく修(おさむる)_レ道(みちを)の外に養生なしと思ふ  べし是(これ)我(わか)人に養生(ようじやう)を勧(すゝ)むるの根本(こんほん)なり 一 父母(ふぼ)唯(たゞ)其(その)疾之憂(やまひをうれふ)と論語(ろんご)にも説(とき)給へりしかれは  己(をのれ)か身(み)の養生して長生(ちやうせい)するは是第一の孝行(かう〳〵)也  己か行跡(ぎやうせき)の慎(つゝし)み悪敷(あしき)よりして思ひ寄(よら)ざる辱(はつかし)め  を人に受て争論(そうろん)の事なと出来(いでき)てそれにて大に  苦労して病(やまひ)を生する輩(ともから)少(すく)なからす或(あるひ)は一朝(いつちやう)の  怒(いかり)りに其身(そのみ)を忘(わす)れて打撲(うちみ)なとして病を生する  事あり或は飲食(いんしよく)節(せつ)をうしなひ起居(ききよ)時(とき)ならすし  て縦飲(ぢういん)に夜(よ)を明(あか)し飽肉(ぼうにく)に日を送(おく)りなとして病  を生する事あり或は青楼(ちやや)花街(くるわ)に身を委(ゆたね)湿毒(しつどく)を  うけて不治(なをらざる)の難病(なんびやう)となる事あり是皆 孝行(かう〳〵)に背  き遂(つゐ)に生(うま)れつかさる廃人(かたわ)となる輩(ともから)あり是 等(ら)は  父母(ふぼ)存生(ぞんじやう)の内ならは大に憂(うれい)とする所なり聖門  の人に養生を教(おしゆ)ること大なる哉 深切(しんせつ)なる哉 一 道(みち)は迩(ちかき)にありて遠(とふき)に求(もと)むと聖語(せいご)にも述(のべ)給ふ実(まこと)  なるかな我身(わがみ)を養生して大切(たいせつ)に守るよりちか  き事あるべからす然るを麁略(そりやく)に取扱(とりあつかひ)して外の  道(みち)を求るは譬(たとへ)ば正直(まつすぐ)なるちか道をすてゝ曲(まが)りたる  廻(まは)り道を求(もとめ)て道を行かことし 一 聖人(せいじん)の教へは尽(こと〳〵)く養生にあらすと云事なし孝(かう)  悌忠信(ていちうしん)を以て心をやしなひ礼学謝御(れいがくしやぎよ)を以て体(たい)  を養(やしの)ふ其教へは所々あれともいつれ皆養生の  道具(どうぐ)なりとしるへし親(おや)に孝(かう)を尽(つく)し己(おのれ)より長た  る人に悌(てい)を尽(つくす)す事 只(たゞ)己かこゝろ一ぱいに実義(じつぎ)  を以て仕(つかふ)るを肝要(かんやう)とす常(つね)に父母の命あるとき  は何事も唯諾(いだく)して背かす柔和(にうわ)に交てつとむる  か平生の孝悌(かうてい)なり君(きみ)に忠義(ちうぎ)を尽すも王公大人(おうこうたいじん)  にありては義にあたるとあたらさるとの差別(さべつ)  ありてむつかしき事なりされとも平生の士(し)庶(しよ)  人にありては心やすき事なり唯(たゞ)何事(なにごと)の命(おゝせ)にも  背かす争(あらそ)はすして能(よく)つかふるときは別義(べつき)ある  べからす扨(さて)其 孝悌忠信(かうていちうしん)といふものも実意(じつい)なく  ては但 虚飾(かざりもの)となる故(ゆへ)に信(しん)にあらされは用なし  故に信の一字 孝悌忠信(かうていちうしん)の本となるとしるべし  かく心得るときは心 労(ろう)せすして自然(しぜん)の楽(たの)しみ  あるべし礼楽謝御(れいがくしやぎよ)は人に交(ましは)り身を修(おさむ)るの芸道(げいどう)  なり礼に習(ならふ)ときは起居みたりならすして身体(しんたい)  動き胃気(ゐのき)めくる飲食(いんしよく)和(くは)して身に益(ゑき)あり楽(がく)は民(かる)  間(きもの)にありてはうたひ乱舞(らんぶ)の類を楽と心得てよ  し此/等(ら)の芸は淫声(いんせい)なくして人(じん)心を和し上下の  交りあつくしてよき遊芸(ゆうげい)なり射は進退 度(ど)あり  て能(よく)気血(きけつ)を通暢(つうちやう)し争はすして君子(くんし)のこゝろに  似たり御(ぎよ)は馬(むま)にのる事なり是は身体を堅むる  によき事なりいつれ射御(しやぎよ)の二つは弓馬(きうば)とて武(ぶ)  家(け)なとにては申まてもなく男子(なんし)たるものたし  なみ置(おく)へき技芸(ぎげい)なり然(しかれ)ども是らは肆中(しちう)の工商(こうしやう)  の輩は学(まな)はすとも可(か)なり其かはりに己(おの)かさま  〳〵の家業(かげう)ありて体(たい)をかため身をやしなふの  いとなみは射御(しやぎよ)にもまさる身の堅めともなり  楽しみともなる事あるなりかくの如く聖教(せいけう)は  こと〳〵く天地(てんち)の大徳(たいとく)の命(めい)を養ふの道具(どうく)とみ  るときは養生(やうしやう)の道は大(おゝひ)なりとしるへし 一 養生(やうしやう)の道(みち)は自然(しせん)の気に順(したが)ふべしとは春(はる)は発生(はつせい)  の気にしたかひて朝(あさ)とく起出(おきいで)て烟霞(ゑんか)にめて山(さん)  野(や)を望(のぞ)みて気(き)を寛(ゆるやか)にする也或は家園(かゑん)にいでゝ  逍遥(せうよう)し草木(くさき)の芽立(めたち)を育(そだ)つるやうにして何事を  するにも陽気(やうき)のしまらぬやうに心得て寛(ゆるやか)にす  へし夏(なつ)は陽気 甚(はなはた)盛(さか)んなれは朝(あさ)は随分(ずいぶん)はやく起(おき)  出て庭際(ていさひ)に水(みづ)をそゝき暑(しよ)気を避(さけ)て内を専(もつは)らや  しなひて陽気(やうき)を折(くじ)かぬやうにいたし冷物(れいふつ)を食(くら)  はすして脾胃(ひい)の気を順らし腹内(ふくなひ)を損(そん)ぜぬやう  に心得べし秋(あき)は初(はじ)めの程(ほど)は陽気 収(おさ)まらんとす  る勢(いきほ)ひにて湿熱(しつねつ)の気 甚(はなはだ)しく別(べつ)して堪(たへ)かたし故  に世上(せぜう)に病(やまひ)盛(さか)んに行(おこなは)るゝ時なり謹(つゝし)んて保養に  心を用ひみたりに生(なま)なるもの冷(ひへ)たるものを食はす涼風を  取過(とりすこ)さぬやうにすへし梧桐(きり)の一 葉(は)落初てより  少し冷気を催し天地(てんち)収斂(しうれん)の時節になれは専ら  心気(しんき)をはせつかはぬやうにして肺気(はいき)を収(おさ)めす  べて逆上(ぎやくじやう)すへき所作(しよさ)をせぬ心得にすへし冬(ふゆ)は  万物(ばんぶつ)伏蔵(ふくそう)の時節(じせつ)なれは別して風寒をさけ蟄伏(ちつふく)  するの心得にして漫(みだ)りに陽気(やうき)を動(うごか)す事なかれ  あまり暖(だん)をとり過て火炉(こたつ)にあたり汗(あせ)なとする  事大に忌べき事なり尤 腎気(じんき)を動す事冬月はふ  かく禁すへし夜中火炉に寐(ね)る事は大に気(き)を内  消して害あり上部に病ある人は盲聾(めくらつんぼ)に至る事  もあり大に恐るへし老人(ろうじん)なと陽気(やうき)乏(とぼ)しくして  冷(ひへ)にたへかね熟寐(ねいる)事なりかたきやうならは別  に火桶(ひおけ)の類に少(すこし)火(ひ)を設けて脚(あし)の辺に置へし是  は害なし若きものは寐る前にしはらく火炉(こたつ)に  あたりて早々臥すべし火桶(ひおけ)を用ゆるもあしゝ  かくのごとく四時(しいじ)に従ふて養生(やうじやう)するときは自(し)  然(ぜん)の示しみあり是を生楽(せいらく)と云心気を労動(ろうどう)せす  して長生(ちやうせい)するの術(じゆつ)なり 一養生は寡欲(くはよく)にしくはなし寡欲(くはよく)とは諸事の望(のぞみ)を  すくなふして何事も天に任(まか)せてしゐて求めさ  るなり己か及はぬ事を望むときは心気いたつ  らに労(ろう)して其 功(こう)なし鵜(う)の真似(まね)をする烏(からす)と云に  同し鵜(う)も烏(からす)も黒(くろ)き物なれとも水に入りて功(かう)を  なす事あたはす故に鵜(う)は鵜(う)烏(からす)は烏(からす)の本分を守  りて居さへすれは無難なり人も銘々(めい〳〵)才智(さいち)ある  者もあり力量(りきりやう)あるものもあり各々己か才の長(ちやう)  短(たん)にしたがい己か分限(ぶんげん)の軽重(けいぢう)をはかりて其余  は天命(てんめい)に打任(うちまか)せて寡欲にして正路(しやうろ)に家業(かげう)を出(しゆつ)  精(せい)するときは少しも天と人とに愧(はづ)る事なく愁  へ苦しむ事なしやす〳〵と生を全(まつと)ふするの良  術を得るなり 一当時太平の御代久しく打続き人皆 堯舜(けうしゆん)の化(くわ)に  浴(よく)するかことくなるへきに今時の人は人欲の  甚しきよりして古への敦朴(しゆんぼく)の風俗次第にうす  くなり驕奢(おごり)のわさのみ盛(さか)んなるより朝夕物に  飽足(あきたる)事なし不足々々と思ふこゝろ積欝(せきうつ)して多  病を生するの源(みなも)となる近比世俗に癇症(かんしやう)といふ  もの流行(りうこう)せり尤 昔(むかし)の癇(かん)と云には相違(そうゐ)したれ共  俗に就て論するときは此 症(しやう)前(まへ)に論する人欲の  甚しきよりして日々(にち〳〵)夜々(や〳〵)名(な)を争(あらそ)ひ利にわしり  てひたもの己(おのれ)か分限(ぶんげん)に応(おう)せさる工夫(くふう)のみなし  て無理(むり)計なる望(のぞみ)を生し実々吾一心より此病を  なすそかし此 症(しやう)陰(いん)に発(はつ)するときは先物事次第  にくどく丁寧(ていねい)になり潔癖(けつへき)とてきれいすきをき  ひしく致し何事にもふかく恐れ小間に閉(とぢ)こも  りて人に逢(おう)事をだにいとひあるひは落涙(らくるい)して  折々 悲(かな)しみなきさしてもなき事をくりかへし  〳〵あんし思ふ事やます陽に発する時は度々  怒(いか)り人とあらそひ次第(しだい)に手あらくなり遂(つゐ)に狂(きやう)  乱(らん)するにいたる事あり是 皆(みな)養生の心得あしき  よりして如(ごとく)_レ此(かくの)なるに至(いた)る事あり彼いわゆる天  然自然の楽(たのしみ)をなし寡欲(くわよく)にして身を動(うご)かし正直(まつすぐ)  にして家業(かぎやう)をなすときは是等の病をなすの所(ゆ)  由(へん)なかるべし 一前叚の病を生せさるやうにせんとならは先 平(へい)  生(ぜい)の倹約(けんやく)を主とし奢侈(おごり)を禁するより外なし倹(けん)  約(やく)質素(しつそ)を守るときは費用(ついへ)少(すく)なくして心の愁(うれ)へ  なし朝夕 堅固(けんご)に勤(つとめ) 行(おこな)ふときは身体(しんたい)運動(うんどう)して胃  気能 順(めぐ)る奢侈(おごり)を制して家業(かぎやう)を励(はげ)むときは家内  のしまり自らよくして家冨み財用たるかく心  得て身を保つときは憂(うれひ)へ恐るゝ事なく病の生  する由もなかるへし 一 飲食(いんしよく)節(せつ)を失なはす起居身に適(かな)ふへき事深く心  得へし飲食(いんしよく)は腹一ぱいに充満(ぢうまん)すること大に忌  へし飽(あ)く時は脾胃(ひい)の陽気を塞(ふさ)ぎ眠(ねふり)を生ず多肉(たにく)  なる事なかれ惣して肉類を食用(しよくよう)する事一日に  一度に限るべし肉類を重食(ぢうしよく)するときは脾胃(ひい)に  脂(あぶら)の毒(どく)残(のこ)りて運用(うんよう)の気(き)を妨(さまた)け胃火を動(うご)かして  種々(しゆ〴〵)の毒種(どくしゆ)を生ずるの基となるべしいかなる  厚味(かうみ)といへどもすこしく食ふときは害なし夜分  臨(ねる)_レ臥(まへ)に食する事忌べし滞(とゞこ)りやすく其外食物の  好悪(よきあき)は飲食篇に委し起居(ききよ)とは久座久立久歩久  臥皆忌べし何にても吾 根気(こんき)叶(かな)はざる遠(とふ)みち  を致したり久坐をいたしたり大に骨折をいた  したりする事宜しからす起臥(おきふし)するには夜は亥  の下刻に臥すか相応(そうをう)の事なり深更(しんかう)にいたる迄(まて)  臥ざるときは心気を損し陰気(いんき)を傷(やぶ)るされは万  葉集にも亥の時に鐘(かね)の音するをねよとの鐘(かね)と  読(よめ)り然るときは古へも大体同し様成 寐(ねる)時と見  へたり朝(あさ)は明(あけ)六ツ時に起(おき)て事(こと)に蒞(のぞむ)【莅=くずし字用例辞典見出し字JIS2、蒞=JIS3】べし少(すこ)しも  遅刻(ちこく)すべからず元来(くわんらい)天の陽気(ようき)は子の刻に始り  地の陽気は丑(うし)の刻(こく)に始り人の陽気は寅(とら)の刻(こく)に  始るものなれば壮年の者は寅の刻に起出(おきいて)て勤(つと)  むべき事なりすべてつとめは夙(つと)にあることゝ  見へて古き和書の中に早朝(そうてう)と書てつとめてと  訓(よみて)してあり若 朝遅(あさおそ)く起(おき)る時は陽気(ようき)を塞(ふさ)き心肺(しんはい)  の気を欝(うつ)せしむ且一日の謀(はかりこと)は朝(あさ)にありと古人  もいへは朝遅(あさおそ)きときは終日(しうじつ)物事 都合(つがう)あしく身  の慎みにはつれ養生に背く扨(さて)起居動作(ききよどうさ)節にあ  たると云事あり動作(どうさ)とは己か所作(しよさ)の事なり各  々其 職(しよく)ありといへとも唯(たゞ)無理(むり)にいたつらに根(こん)  気(き)を費(ついや)しては詮(せん)なき事なり兎角(とかく)銘々(めい〳〵)所業(しよぎやう)を大(たい)  切(せつ)に勤(つと)めて其外はすいふん事すくなになるや  うになすへし外事に心をはせ繁雑(はんざつ)なるときは  無益(むやく)の動作(どうさ)多くして修_レ身養生の主意に違(たがふ)へし 一近来 黴(しつ)瘡毒(どく)の病 流行(りうこう)して年 若(わか)き者は感(かん)せさる  人なく此 病(やまひ)療治(りやうじ)を疎(おろそ)かにするときは遂(つい)には生(うま)  れ付ざる廃人(かたわ)となり或は目(め)耳(みゝ)を損(そん)し顔容(かたち)も頽(くづれ)  て人に交(まじは)りかたく見苦(みぐる)しき姿(すかた)となる者 数多(あまた)あ  り此病(やまひ)を煩(わつら)ひて身体(しんたい)髪膚(はつふ)を損(そん)すれは不孝(ふかう)の第  一となる始(はしめ)より養生を主として身を慎(つゝし)み飲食(いんしよく)  を節(せつ)にし淫婦(いんふ)に交らす花街(ちやや)に身をゆたねす大(たい)  切(せつ)に身(み)を持(もち)寒暖(かんだん)の身に叶(かの)ふやうにして朝(あさ)は早(はや)  く起(おき)て陽気を塞(ふさ)かす夜は亥の下刻に臥して陰(いん)  気(き)を閉(と)ち昼(ひる)の内(うち)は天気に順(したが)ふて 己(おのれ)か所業(しよぎやう)を専  一につとめ上を犯(おか)さす下を憐(あわれ)みすこしも私心  を用ひす正直(まつすく)正路(しやうろ)に出精(しゆつせい)して身持(みもち)堅固(けんご)なると  きは此病を生するの因縁(いんねん)なくたとひ父母(ちゝはゝ)より  伝(つた)ふる遺毒(たいどく)ありともかく堅固(けんご)に身を養へは少  しの病きさしても至(いたつ)て軽(かろ)し故にこの病の生(しやう)ぜさ  るやうに養生(ようじやう)を主とするときは則(すなはち)聖人(せいじん)の道に  叶(かな)ひ且(かつ)は公儀(こうぎ)の法度(はつと)に背(そむ)かす家(いへ)富(と)みて乏(とぼ)しか  らすかく心得れは養生の道は則 天理(てんり)の公(おゝやけ)にし  て修(おさめ)_レ身(みを)斉(とゝのへ)_レ家(いへを)治(おさむる)_レ国(くにを)の道も皆(みな)別物(へつもの)にあらす 【虫損部は筑波大学附属図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100271648/viewer/24】 一 禅家(ぜんか)に座禅(ざぜん)する事も必竟(ひつきやう)養生家 煉臍(れんさい)の術(じゆつ)にし  て気を丹田(たんでん)に納(おさ)むるときは物に驚(おどろ)かすさわか  す事々物々に応(おう)して用をなすの術(じゆつ)なり道家(どうか)の  玄味(げんみ)の理も是(これ)外(ほか)の事あるべからす仏家に養生の  本体を無量(むりやう)寿仏(じゆぶつ)と称し医家(いか)に上古(せうこ)の真人(しんしん)と称(しやう)  する事 皆(みな)同物(おなじもの)にて養生の本体(ほんたい)を尊(たつと)んて号(ごう)する  なり此本体を腹中(ふくちう)に安置(あんち)して事に蒞(のぞ)むときは  たとひ敵軍(てきぐん)数万騎にて押寄(おしよせ)せたりとも少しも  ひるむ事なく大火に入りても焼ず大水に入り  ても溺(おぼ)れすいかなる災厄(わさわひ)にあふとも心(こゝろ)を動(うごか)す事  なく常々安らかに平らかに無物(むぶつ)世界(せかい)になりた  る所を仏家に金剛(こんかう)不壊身(ふゑしん)と云て尊(たつと)む是則養生  全徳(ぜんとく)の人と仰れ尊むへし     鍼治篇《割書:併按術 刺絡》   一凡 病(やまひ)を療(りやう)するの三法は鍼 灸(きう)薬(やく)の三ツの物 鼎足(ていそく)の  ことくにして其一をかくへからす中んつく古(いにしへ)は  鍼術(しんしゆつ)隆(さかん)にして内難(だいなん)の二経に鍼術を説(とく)もの十に  七八あり吾朝に於ても古へ典薬寮(てんやくりやう)には鍼科(しんくわ)を  先とす鍼科に博士(はかせ)を置事(おくこと)は今の世にいたりても  たへす是 吾邦(わかくに)古(いにしへ)を篤(あつく)尊(たつと)ふの致す所ともすへし  誠(まこと)や医として鍼術(しんじゆつ)に精(くわ)しからされは心術(しんじゆつ)を煉(ねる)  事あたはす吾邦丹波家の伝(つと)ふる所 医心方(いしんほう)と云  書の旨は己か心を医すると云事なり凡 医(い)とし  ては先心の中に病なくして少しの曇(くもり)りもなく  明に虚霊(きよれい)不昧(ふまひ)ならされは病を診(しん)することあた  はす故に先 鍼術(しんじゆつ)に於て修心(しゆうしん)の術(じゆつ)を求るを先務(せんむ)  とす 一凡人を療(りやう)するに鍼(はり)に宜(よろ)しき病あり灸(きう)に宜しき  病あり服薬(ふくやく)に宜しき病ありまた三法 兼行(かねおこなは)され  は治(ぢ)しかたき病あり医もまた尽(こと〳〵)く其術を兼行  ふときは却て粗術(そじゆつ)にもなるへき理ゆへに各 専(せん)  科(くわ)を立て行ふなり然れとも医たる者 尽(こと〳〵)く其道  理は究(きわめ)め置すしては叶(かな)わぬ事なり病に臨(のぞ)んては  其道の妙手をゑらんて用へきなり 一古へは鍼に補瀉(ほしや)迎随(けいずい)の法正しく備(そな)りてあれは  鍼(はり)にて万病を治(ぢ)する事ありとみゆれとも後世(こうせ)  にては其法 委(くわ)しからさるに似たり故に積聚(しやくじゆ)痃(けん)  癖(へき)諸(もろ〳〵)の形(かたち)あるの諸病を瀉(しや)するには針(はり)に宜しく  して補虚(ほきよ)内症(ないしやう)不 足(そく)よりをこる虚(きよ)病の類には先  針にては功用(こうよう)うすかるへき歟 一 鍼(はり)するに古(いにし)へは九鍼(きうしん)とて九通(こゝのとふり)の法あり其法今  にいたりてはこと〳〵く存(そん)せす其似(に)よりたる法  は種々あり但 毫針(がうしん)を遣(つか)ふにももみ針あり管(くだ)針  あり又 打針(うちはり)の法あり其外に出血(しゆつけつ)に於ては三稜(さんりやう)  針韭(しんきう)葉針(やうしん)なとあり又 火鍼(くわしん)の法あり雷火(らいくわ)神鍼(しん〳〵)の  術(ぢゆつ)あり是等は皆其家々にて其 伝(でん)あり何れも効(こう)  ある術なれともこれを用る人の工拙(こうぜつ)にあるの  み然るに惣(そう)して針術(しんじゆつ)は気性(きしやう)充実(ぢうぢつ)の人 剛強(こうきやう)にし  て痛(いた)みにもこたへやすき人は効(こう)も立やすし只  怯弱(きよじやく)にして何事もをそるゝ人はいさゝかの事  にも大に恐れて其術施しかたし故に人により  て用る事なしかたきものもあり素問(そもん)にいわく  悪(にくむ)_二鍼(しん)石(せき)_一者 ̄ハ俱(とも) ̄ニ不(す)_レ可(へから)_レ言(いふ)_二至巧(こうぎやう)_一とあれは古(いにしへ)より至て恐  るものは治術(ぢじゆつ)施しかたき人もありときこゆる  なり至て恐るゝ人にしひて行ふときは内気 擾(じやう)  乱(らん)してかへりて病を助る事もあれは能 勘考(かんかう)し  て行ふへしみたりに行ふ事あるべからす 一凡医をして鍼治を施(ほどこ)さしめんと思ふ人は志意(しい)  を平和にして気息(きそく)を定め大に怒(いか)る事なかれ大  に酔(ゑふ)事なかれ大に労動(ろうどう)する事なかれ大に驚(おどろく)事  なかれ大に飽食(ぼうしよく)する事なかれ房事(ぼうじ)を行ふこと  なかれ如是針の前後 慎(つゝし)みて行ふべししからさ  れは其効立がたし 一 鍼(はり)を行ふの前には是非(ぜひ)按腹(あんふく)をゆるりと行(おこな)はし  むべし是 鍼科(しんくは)の者は大抵(たいてい)心得居る事なれとも  按循(あんしゆん)して気血めぐらされは針しても効なし病  をうつし其気を致事あたはす是大切の事也 一 毫針(ほそきはり)を受て針(はり)腹(ふく)中に入りて少しつゝいたみ腹中  の積塊(しやくくわい)なとに能(よく)徹(てつ)して針先はくり〳〵と腹(ふく)中に  ありて引ぱるやうに覚(おぼ)ゆるは決而(けつして)効(こう)ある針也  またいかに妙(めう)手なりとて皮をきるをも覚へず  針(はり)腹中に入りたるも病人はしらさるやうなる  は功なしまた始より痛みて始終(しじう)たへかたきや  うなるは下手(へた)にして病(やまひ)を動(うごか)し気(き)を損(そん)して悪(あく)と  しるへし 一 腹(はら)は鍼(はり)の宜しき所 背(せなか)は灸の宜しき所と定(さだ)むる  は中 世(せ)以来の通論(つうろん)なり尤 背部(はゐふ)には禁(きん)する所も  多くあれは先は粗工(そこう)は恐れてせぬがよし腹部  は忌(いむ)所も少なければ各別(かくべつ)害(かい)なかるべし妙手の  試効(しかう)ある輩(ともがら)にいたりては其病に応(おう)する孔穴(こうけつ)を  尋ねて腹背(ふくはい)の差別(さへつ)あるべからす 一針を用ゆる浅深(せんしん)の事 内経(だいきやう)以来 種々(しな〴〵)の説あり諸  の針灸(しんきう)の書には此孔穴は三分或は五六分なと  とありて一向に浅刺(あさくさす)なり今を以て見れは解(げ)を  さる事なり予も少年の時針に心を用て見たり  しに能 腹底(ふくてい)の積塊(しやくくわゐ)をときて陽気(やうき)を致すことは  二寸以上も毫針(ごうしん)にて深(ふか)くせされは効を奏する  ことあたわす浅(あさく)刺(さす)は只気を順(は)らすはかりの術(じゆつ)  なり深き病を治する事あたはす故に毫針(ごうしん)の妙  手は深く刺(さす)を尊ふべし 一鍼して出血(しゆつけつ)する事 至極(しごく)大病(たいびやう)を愈(いや)すこともあり  て誠に良術(りやうじつ)と云べしさりなから人によりて相(そう)  応(をう)すへき人には施して其効あるべし全体(せんたい)稟賦(むまれつき)  多肉(たにく)にして面色(めんしよく)黯黒(あんこく)瘀血(おけつ)あるへき人 気性(きしやう)丈夫  にしていかにも病(やまひ)に堪へき人なとには施(ほどこ)して  利あるへし稟受(むまれつき)痩弱(そうじやく)にして面色(めんしよく)萎(い)白なる人に  は相応(そうおう)しがたかるべし但し小児の丹毒(はやくさ)なと面  色 俄(にわか)に朱(しゆ)をぬるかことくなりたる者或は一身  むら〳〵と紅紫(あかむらさき)の班紋(はんもん)あらはれたることき者  は頃刻(しはらく)の間に命(めい)を失ふ事あり急卒(きうそつ)に医をまね  くといへとも入来の遅滞(ちたい)もあれは俗人といへ  とも針か剃刀(かみそり)にても早速(さつそく)に毒色のある所の血  を刺(さし)てとるべしすこしにても遅(おそ)きときは叶(かな)ふ  べからす大人にては痧毒(しやどく)とて瘀血(おけつ)によりて種(しな)  々(  〴〵)の異症(いしやう)を生する事あり是は医人の診察(しんさつ)あら  されは弁(わきま)へかたけれとも俗中(ぞくちう)に早肩癖(はやけんへき)といふ  症(しやう)あり是は丹毒(はやくさ)と同し様なる症にて肩(かた)さきへ  紫黒(しこく)の瘀血(おけつ)寄(より)たるなり是又 過急(くわきう)に刺(さゝ)ざる時は  命を失(うしな)ふにいたる是も医人の入来(しゆらい)遅(おそ)けれは卒(そつ)  死(し)す故に俗人にても心得置急に肩先(かたさき)の毒色(とくしよく)を  見て剃刀(かみそり)にてもさして瘀血(おけつ)をとるべし右(みさ)【ルビ「みぎ」の誤り】等(ら)の  事は俗中(ぞくちう)にも心得居されはならぬ事なれは兼  て三稜針(さんりやうしん)らんせいたの類はたくわへ置度品也 一近来何にても出血して万病(まんびやう)を治すると云 医流(いりう)  あり俗人も是を頼(たの)んて効ある事あれは虚実(きよじつ)に  拘(かゝは)らす何にても出血する事あり是大なる僻(ひ)か  事なり其病に応(おう)せさる人はいたつらに真血(しんけつ)を  奪(うば)ひて真気(しんき)を損(そん)するの費(ついへ)多し全体出血はせす  とも済(すくふ)べき病ならは先はせぬかよし致し付た  る人はいさゝかの事にても出血して終には癖(くせ)  になりて止かたきものなり 一/導引(とういん)按蹻(あんきやう)の術(じゆつ)の事は古へより気を順らす最第(さいたい)  一(いち)の良術なり故に内経にも導引按蹻は中央の  国より出たる治術とて尊ふ所なりしかし近来  医道の賤職(せんしよく)のやうになりて是を行ふもの其術  を精(くわ)しく択(ゑら)はすいたつらに鹵莾(めつた)の一伎(いちぎ)となり  たり医たる者たとひ其身に行すとも心掛て置  へきの一伎なり是も其人の強弱(きやうじやく)によりて緩急(くわんきう)軽(けい)  重(ぢう)の差別(しやべつ)して行ふへき者なり 一凡そ人身は陽気の生々(せい〴〵)するの理を尊(たつと)む故に運(うん)  動(どう)止(やま)されは病生する事すくなし陽気いさゝかも  滞(とゝこふ)るときは病生す古へ華陀(くわだ)か五禽の戯(たはむれ)と云も  按摩(あんま)の一 術(じゆつ)にして陽気を順らす工夫なりまた  張介賓(ちやうかいひん)か自身(じしん)按摩の法あり何れにも按術は一  身所として手の行さる所もなく陽気を遍身(へんしん)に  満(みた)しむるやうにして順らするを要とすへし 一 平日(へいじつ)働(はたら)きつよくして陽気(やうき)よく順る人は按摩(あんま)す  るに及ばす無事(ぶじ)なるときに毎々 按術(あんじゆつ)をさせる  時は後には癖(くせ)になり各別(かくべつ)に効もなくなるもの  故に堪忍(かんにん)なるへき程(ほど)は用ぬもよきなり 一 按腹(あんぷく)の術上古の書には見へぬ事なれども中古  以来 腹診(ふくしん)の法と按腹の術とは追々(おい〳〵)精(くわ)して其妙  を得たる者また甚(はなはだ)多し腹診(ふくしん)の術は医(い)にありて  かたるべし按腹の術は婦人(ふじん)小児なと薬餌(やくし)口に  苦(にがく)して用かたき類は按腹にて妙効(めうかう)ある者多し  しかし此 術(しゆつ)甚 工拙(こうせつ)あり生得(しやうとく)苦手(にがで)とて妙手ある  ものあり手あらき按術(あんじゆつ)なと用ゆるは腹中の心(こゝろ)  持(もち)あしくなり漫(みだ)りに陽気を擾動(じやうどう)して大に害あ  り故につとめて其妙手を選(ゑら)んて用ゆべし 一 妊娠(にんしん)の婦人(ふじん)なとは運動(うんどう)せされは難産(なんざん)多し故に  権門(けんもん)豪富(がうふ)の家には此道にくわしき専門(せんもん)の医師(いし)  を頼(たの)みてかね〳〵按腹(あんふく)して胎気(たいき)を順らし置べ  し胎気能めくれは難産(なんざん)の患(うれ)へ稀(まれ)なるものなり  兎角(とかく)妊身(にんしん)の保養も大に擾動(しやうどう)して無理(むり)成 働(はたらき)をせ  すして少しつゝ陽気(やうき)を順(めぐ)らすをよしとす 【裏表紙 文字なし】 KEIO-00671 書名 養生録        2/3冊 所蔵者 慶応大学メディアセンター 管理番号 70100598960 撮影   株式会社カロワークス 撮影年月 平成28年2月   慶応大学メディアセンター 【管理ラベル y13】 【題箋】養生録  巻中 【見開き 文字なし】   養生録巻之中      灸治篇 一凡そ人身は養生篇(やうじやうへん)に述(のぶ)るごとく平日 飲食(いんしい)起居(ききよ)  を節(せつ)にして物欲(ぶつよく)に牽(ひか)れす深(ふか)く慎(つゝし)み健(すこやか)につとめ  生涯(しやうがい)堅固(けんご)にして病(やまひ)なき時(とき)は何(なん)ぞ鍼灸薬(しんきうやく)の設(まう)け  に及(およ)ばんや然れとも世上(せぜう)に真(まこと)の無病(むびやう)の人と云  者(もの)稀(まれ)なる者なりたとひ其身(そのみ)に病(やまひ)を覚(おほ)へすとも  固有(こゆう)の持病(ぢびやう)となりて表(おもて)にあらはれざる病(やまひ)ある  者 多(おゝ)し故(ゆへ)に鍼灸薬(しんきうやく)の三法を備(そな)へて其 変(へん)を防(ふせ)ぐ  のみ尤三法とも其(その)病(やまひ)の本(もと)を能(よく)見わけて施(ほどこ)すべ  き事(こと)肝要(かんやう)也(なり)別而(へつして)灸は其 応(おう)すべき症を弁別(べんへつ)して  行(おこなは)されは其(その)しるし少(すく)なきのみならず反(かへつ)て火毒(くはどく)  内(うち)を攻(せめ)て其 害(かい)浅(あさ)からす是(これ)慎(つゝし)むへきの第(だい)一也 一 沈滞(ちんたい)廃痼(はいこ)の病(やまひ)は灸(きう)にあらされは効(こう)ある事(こと)なし  元来(くわんらい)未生(むまれざる)以前(いぜん)より腹中(ふくちう)に胎毒(たいとく)をむすひ夫より  積塊(しやくくわい)癥疝(ちやうせん)諸(もろ〳〵)の痼疾(こしつ)となり種々(しな〳〵)の症(しやう)をあらはす  にいたる故(ゆへ)に灸(きう)する事も月日(つきひ)を重(かさ)ねて多灸(たきう)す  るにあらずんは其 功(こう)を得(え)かたし故(ゆへ)に灸(きう)の字(じ)は  久(ひさ)しき火(ひ)と書(かき)し字なり陽気(やうき)を順(めぐ)らし延年(ゑんねん)の術(じゆつ)  を求(もとむ)るは灸(きう)にしくはなし故(ゆへ)に痼病(こびやう)にいたりて  は何十万(なんぢうまん)と云 数(かず)を尽(つく)してすへざれば其効をとりがたし 一 灸(きう)して不(よろしから)_レ宜(ざる)病(やまひ)は湿熱(しつねつ)多(おゝ)き人 外邪(くわいじや)を受(うけ)て悪寒(をかん)つ  よき人 婦人(ふじん)帯下(たいげ)の病(やまひ)によりて湿熱(しつねつ)上衝(しやうせう)し諸症(しよせう)  をあらはす者 吐血(とけつ)下血(げけつ)の類 血分(けつぶん)の動(うこ)きたる諸(しよ)  病(ひやう)婦人(ふじん)月経(くわつけい)の通(つう)する時節(じせつ)なとは惣して宜しか  らす凡(およ)そ何(なに)病にても新(あら)らたに発(はつ)したる病(やまひ)には  用(もちゆ)べからす急卒(きうそつ)に取つめたる病は内外(ないぐわい)虚実(きよしつ)に  拘(かゝわ)らす大艾炷(だいがいちう)にて気の本に復(ふく)するまてすへて  よし傷寒論(せうかんろん)に微数(びさく)の脈(みやく)慎(つゝしんで)不(きう)_レ可(すべか)_レ灸(らず)とあるも虚火(きよくわ)   の多(おゝ)き病人(びやうにん)にはつゝしめとの事也 一凡そ灸(きう)の前後(ぜんご)深(ふか)く慎(つゝし)むへし飽食(ぼうしよく)大酒(たいしゆ)争(あらそひ)闘(たゝかい)忿怒(いかり)  労役(ろうえき)の類(るい)悉(こと〳〵)く忌(いむ)べし殊更(ことさら)房慾(ばうよく)はむかしより前(ぜん)  三(さん)後(ご)七(しち)と云て前後(ぜんご)七日(なぬか)慎(つゝし)むへしといふ事(こと)俗説(そくせつ)  なれども取(とり)用ゆべし凡(すべ)て気血(きけつ)を労動する事は  忌(いむ)へしと思(おも)ふへきなり 一 灸(きう)するに大風(たいふう)大雨(たいう)地震(ぢしん)雷電(らいでん)日蝕(につしよく)の日(ひ)慎(つゝし)んてす  べからす惣(そう)して曇(くもり)つよき日なども忌(いむ)へしむか  しより運行(うんこう)日 本命(としび)の日 血(ち)忌(いみ)の日 人神(にんじん)のある所  なと忌事(いむこと)あり是等(これら)一向(いつこう)に妄説(もうせつ)にして取(とる)にたら  す決而(けつして)忌(いむ)に及(およ)ばす甚(はなはだ)しき者(もの)は卯(う)腹(はら)辰(たつ)腿(もゝ)寅(とら)背(せなか)未(ひつじ)  の頭(かしら)猿(さる)の尾(を)抔(など)の俗説(ぞくせつ)あり是は画人(ぐわじん)の図(づ)しかた  き所を云る言(ことは)にして論(ろん)なき空言(そらこと)なり皆(みな)是らは  灸(きう)きらひの人(ひと)の何(なん)の角(か)のといひはしめたるな  らん尤(もつとも)明堂灸経(めいどうきうきやう)なとに品々(しな〳〵)の忌日(いみび)をのせたれ  ども皆(みな)偽書(ぎしよ)にして古(いにしへ)の義(ぎ)にあらす只(たゞ)天気よく  曇(くもり)少(すく)なき日は人気(にんき)も朗(ほが)らかなれは一(ひと)しほ宜(よろ)し  とす外(ほか)に禁忌(きんき)を撰(ゑらぶ)べからす愚按(ぐあん)するに灸(きう)は昼(ひる)  九ッ時より後(のち)に灸(きう)する事 別而(べつして)よしとす早朝(そうてう)な  とは人身(じんしん)の陰陽(いんやう)いまた定(さだ)まらす故(ゆへ)に先は忌(いむ)べ  し昼前後(ひるぜんご)よりは人気(じんき)平均(へいきん)になる時(とき)故(ゆへ)に灸(きう)する  によしとす然(しかれ)れとも日灸(ひぎう)なとする人はいつにて  も苦(くる)しからす人により毎朝(まいてう)足(あし)部の灸(きう)なとする  者(もの)あり是等(これら)は朝(あさ)にても宜(よろ)しかるへし然(しか)れとも  急卒(きうそつ)の病 臨時(りんじ)の事(こと)にいたりては日月(じつげつ)陰晴(いんせい)のき  らひなく何時(なんどき)にても灸(きう)すべし 一 俗説(ぞくせつ)に土用(どよう)寒中(かんちう)に灸(きう)を忌(いむ)と云(いふ)ことあり決而(けつして)用(もち)  ゆべからすしかし暑寒(しよかん)ともに其(その)気(き)至(いたつ)てはげし  き時は堪(たへ)がたきものゆへにかく恐(おそ)れたるもの  なり愚(ぐ)按(あん)するに暑寒(しよかん)には病(やまひ)の動(うこ)くときなれは  別(べつ)して灸(きう)して防(ふせ)くべき事(こと)なり又二月八月とも  二日やいとゝいふてすへる人あり是も必竟(ひつきやう)春秋(しゆんしう)  は其(その)気(き)はげしからす中分(ちうぶん)故(ゆへ)に時節(じせつ)宜(よろしき)にかなふ  を以て云たるなるへしなるほと此比(このころ)は灸(きう)して  心持(こゝろもち)も別(べつ)して宜(よろ)しき故(ゆへ)に先(まづ)二日にかきらす彼(ひ)  岸(がん)時分(じぶん)はすべて宜(よろ)しかるへきなり 一凡 灸(きう)するには先(まづ)上(かみ)をさきにして下(しも)に及(およ)ふへし  背(せなか)を先(さき)にして腹(はら)を後(のち)にすへし医学入門(いがくにうもん)【注】に春(はる)は  東(ひがし)に座(ざ)して西(にし)に向(むか)ふ夏(なつ)は南(みなみ)に座(ざ)して北(きた)に向(むか)ふ  秋は西(にし)に座(ざ)して東(ひがし)に向(むか)ふ冬(ふゆ)は北(きた)にざ(ざ)して南(みなみ)に  向(むか)ふといへりしかし是等(これら)の説(せつ)は勝手(かつて)に従(したが)ひい 【医学入門:中国・明代の李梴の著。】  か様(やう)にても苦(くる)しかるまし今(いま)の俗(ぞく)男(おとこ)は左(ひだり)より始(はじめ)  女(をんな)は右(みぎ)より始(はじ)むと云此も時(とき)の宜(よろ)しきに従(したが)ふへ  し又 女(おんな)は男(おとこ)に灸(きう)し男(おとこ)は女(おんな)に灸(きう)すへしと云 是(これ)も  拘(かゝわ)るべからすしかし男女(なんによ)とも心 審諦(つまびらか)なる人に  任(にん)してすへき事(こと)なり心(こゝろ)あらく麁忽(そこつ)なる人を頼(たの)  むべからす灸(きう)後(ご)好(よき)墨(すみ)を濃(こ)くすりて点(てん)するとき  は火毒(くわどく)を除(のぞく)と云 是(これ)は必(かなら)す従(したか)ふべし或(あるひ)は油(あふら)をぬ  り或(あるひ)は唾(つば)をぬる人もあり是(これ)らも火毒(くわどく)のひりつ  きをやむる物(もの)なりしかし好(よき)墨(すみ)を点(てん)するにはし  かす又 俗(ぞく)中に灸(きう)後(ご)少(すこ)し酒(さけ)をのみ山(やま)を望(のぞ)むと云  事(こと)あり是(これ)甚(はなはだ)良法(りやうほう)なり欝気(うつき)を散(さん)し陽気(やうき)を順(めぐ)らし  てよし又 俗中(ぞくちう)に灸(きう)後(ご)に美食(びしよく)を貪(むさぼ)り繎飲(めつたのみ)なとす  るを灸糧(きうりやう)と云 是(これ)は好(このま)さる事(こと)にして初(はじめ)に云こと  く飽食(はうしよく)多飲(たいん)は深(ふかく)く禁(きん)すへき事(こと)なり 一 灸(きう)の多少(たせう)の事(こと)鍼灸(しんきう)の書(しよ)には三五壮(さんごそう)或は七八壮  の説(せつ)あり千金方(せんきんほう)には病(やまひ)によりて百壮以上もす  ゆへき論(ろん)あり今(いま)按(あん)するに平生(へいぜい)の養生(やうじやう)と軽病(けいびやう)の  類(るい)は少(すこ)しく灸(きう)して気(き)を順らす事(こと)を宜(よろ)しとす大(たい)  病(びやう)或は痼疾(こしつ)の類(るい)にて年月(としつき)を経たる病(やまひ)の類(るい)は数(す)  万壮(まんそう)の灸(きう)にあらされば効(こう)をとる事(こと)かたし灸(きう)し  終(おわ)りて其(その)あと少(すこ)しく痒(かゆ)みありて虫(むし)のはふか如(ごと)  く覚(おぼ)ゆる事(こと)あるを火(ひ)を乞(こふ)といふて宜敷(よろしき)事なり  是(これ)はふたゝひ灸(きう)してよし但(たゞ)し数多(かずおゝ)き程(ほど)をよし  とす 一 労瘵膈噎(ろうかいかくいつ)の類 津液(うるほひ)不足(ふそく)して虚熱(きよねつ)つよき病人(ひやうにん)は  日々(にち〳〵)数千(すせん)の灸(きう)を用(もち)ゆといへども其 儘(まゝ)乾(かわ)きて灸(きう)  瘡(そう)の痂(あと)直様(すぐさま)落(おち)るものなり甚(はなはだ)しきはすへて居(い)る  うちに早落(はやくおつ)るものなり決而(けつして)灸(きう)のいぼふと云事(いふこと)  なく是等(これら)は数月(すけつ)を重(かさ)ねて何十万(なんぢうまん)といふほども  灸(きう)すべし而(しかう)して灸瘡(きうそう)に少(すこ)しうるほひ出来(でき)てい  ぼふやうになりたるときは大(おゝい)に佳兆(かてう)としるべ  し又(また)灸(きう)するに最初(さいしよ)四五壮(しごそう)はあつく覚(おぼ)へてその  後(のち)は何(なに)ほとすへてもあつからす但(たゞ)眠(ねぶり)を生(せう)して  灸(きう)するを覚(おぼ)へざるものあり是(これ)らは熱(あつ)みを覚(おほ)ゆ  る迄(まて)灸(きう)してよし又 灸(きう)すると忽(たちま)ちいぼひて膿血(のうけつ)  流(なが)れ出(いで)て甚(はなはだ)難義(なんぎ)する輩(ともから)あり是(これ)は湿熱(しつねつ)の気(き)つよ  く水気(すいき)ありてむせたるなり押而(おして)すへて宜(よろ)しき  もあれども兎角(とかく)湿熱(しつねつ)ふるき症(しやう)には灸(きう)は不相応(ふそうをう)  なる物(もの)なれは斟酌(しんしやく)してすゆべし 一 婦人(ふじん)は欝気(うつき)の病(やまひ)多(おゝ)けれは尚更(なをさら)解欝(けうつ)の灸法(きうほう)宜(よろ)し  かるべし肩背(けんはい)の方(かた)度々(たび〳〵)灸(きう)して上部(じやうぶ)の陽気(やうき)をめ  くらすもよし但(たゞ)し月経(ぐわつけい)の通(つう)する節(せつ)と又 妊娠(にんしん)五(ご)  六(ろく)月の比(ころ)より後(のち)は忌(いむ)べし血中(けつちう)を動(うごか)して宜(よろ)しか  らす惣(そう)して湿熱(しつねつ)帯下(たいげ)諸(もろ〳〵)の血分(けつぶん)の雑症(ざつしやう)をあらは  す類(たぐひ)は宜(よろ)しからす 一 小児(せうに)初生(むまれたち)に灸(きう)する事(こと)先(まづ)は忌(いむ)べし俗中(ぞくちう)に臍帯(さいたい)落(おち)  て後(のち)直(す)ぐに灸(きう)する人あり是(これ)をよしとする説(せつ)あ  れとも愚(ぐ)は信(しん)ぜず其外(そのほか)二三 歳(さい)までの無智(むち)なる  孩児(こども)に無理(むり)に灸(きう)する事(こと)大(おゝひ)に驚(おどろか)して宜(よろ)しからぬ  事なり急卒(きうそつ)の病(やまひ)臨時(りんじ)の義(ぎ)は随分(ずいぶん)不苦(くるしからず)事なれ共(ども)  大抵(たいてい)六七 歳(さい)斗(はか)りにいたりて能(よく)熱(あつ)きと云(いふ)訳(わけ)をし  りたる小児(せうに)には用(もち)ひてよし然(しか)れとも無病(むびやう)の小(せう)  児(に)には灸(きう)に及(およ)ばす疳(かん)の気味(きみ)にてもある小児(せうに)な  どには随分(ずいぶん)其 症(しやう)に合(あい)たる灸(きう)してよししかし姑(こ)  息(そく)の愛(あい)とてしばらくの情(じやう)をしのびかね泣(なき)を止(やめ)  んとて数多(あまた)の灸糧(きうりやう)に餅(もち)まんぢう生菓(なまぐわし)の類をあ  たへて愛(あい)に溺(おほ)るゝは宜(よろ)しからす 一 灸穴(きうけつ)に本経(ほんけい)の定(さだま)れる穴処(けつしよ)の分(ぶん)は諸(もろ〳〵)鍼灸(しんきう)の書(しよ)に  委(くわ)しけれは医人(いじん)に頼(たの)みて点(てん)を乞(こふ)べし此外(このほか)に奇(き)  兪(ゆ)とて古人(こじん)より伝(つたへ)たる穴処(けつしよ)も数多(あまた)あり且(かつ)昔(むかし)よ  り本朝(ほんてう)に和気(わけ)丹波(たんば)両家(りやうけ)の伝(つと)ふる灸点(きうてん)なとは多(おゝ)  く寸法(すんはう)を以(もつ)て点(てん)したる事(こと)も数多(あまた)あり華人(からびと)にも  四花六穴(しくわろくけつ)のごとき寸法(すんほう)にて伝(つた)へたる事おゝし  此法(このほう)簡便(かんべん)にして効験(しるし)もいちしるしきもの多(おゝ)け  れは是等(これら)の法(ほう)をゑらひて先年(せんねん)予(わか)名家灸選(めいかきうせん)と云(いふ)  書(しよ)をあらはせり効験(しるし)あるへき穴所(けつしよ)のみを勘考(かんかう)  して選(ゑら)みたる書(しよ)なり医人(いじん)に問(とひ)明(あきら)めて用べし 一 艾(もぐさ)をゑらふ事(こと)大切(たいせつ)にすべし先(まづ)もぐさはもへ草(くさ)  と云(いふ)和訓(わくん)にしていつれ人(ひと)に灸(きう)するには他草(たそう)の  及(およ)ふ所(ところ)にあらす日本(につほん)にては江州(こうしう)伊吹山(いぶきやま)の産(さん)す  る所(ところ)をとりてもみ抜(ぬき)といふて上品(じやうひん)とすしかし  本草(ほんざう)には海艾(かいがい)を上品(じやうひん)とす日本(につほん)にては淡路艾(あわちもぐさ)と  云(いふ)か海艾(かいがい)にして上品(じやうひん)なり去(さり)ながら製造(せいそう)委(くは)しか  らす故(ゆへ)に先(まづ)伊吹の産(さん)を以て今(いま)は上品とすべし  凡(およ)そ灸(きう)せんと欲(ほつ)する者(もの)は心(こゝろ)審諦(つまびらか)にして丁寧(ていねい)な  る気質(きしつ)手先(てさき)のきやう成(なる)人(ひと)をゑらんてすへしむ  るときは灸炷(きうちう)小麦(こむぎ)の大(おゝき)さなるひねり艾(もくさ)を用(もちひ)て  よし又 常例(じやうれい)の人にすへさするには切艾(きりもぐさ)を用(もち)ゆ  るは大小(だいせう)そろひて大(おゝひ)によし切艾(きりもぐさ)は自分(じぶん)作(つく)るを  もつて大(おゝひ)によしとす是(これ)を作(つく)るは艾(もぐさ)をとりすこ  し火(ひ)にてあぶりみの紙(かみ)にてころ〳〵細長(ほそなが)にまき  一方(いつほう)はすじかひに切(きり)一方(いつほう)は正直(まつすぐ)にきりて置(おき)そ  れより紙(かみ)をはらひ器物(うつわもの)に入置(いれおく)時(とき)はもゝけずこ  れをとりて正直(まつすぐ)に切(きり)たる方(かた)を灸点(きうてん)にあて火(ひ)を  付(つけ)るときは其痕(そのあと)大(おゝひ)にならすして正(たゞ)しくなりて  よし此法(このほう)は熱(あつ)くともこたへよくして大(おゝひ)によし  必(かならず)是(これ)を用(もち)ゆべし世(よ)に薬艾(くすりもぐさ)と云(いふ)て樟脳汁(しやうのうしる)硫黄(いわう)な  とを入(いれ)て艾(もぐさ)を作(つく)りすへる人(ひと)あり是(これ)は宜(よろ)しから  ず必(かならず)忌(いむ)べし 一 凡(およそ)一切(いつさい)の急卒(にわか)の病(やまひ)中寒(ちうかん)中暑(ちうしやう)霍乱(くわくらん)卒中風(そつちうふう)或(あるひ)は急(きう)  腹痛(ふくつう)何(なに)にても人事(ひとこと)をかえり見ず急(きう)にとりつめ  引付(ひきつけ)たるには医人(いじん)を招(まね)き遣(つかは)すとも急卒(にわか)には来(きた)  らさる時(とき)は先(まづ)大艾炷(おゝもぐさ)を以(もつ)て臍中(ほそのなか)にすへてよく  夫(それ)にても応(おう)ぜざる時(とき)は足(あし)のうらの土(つち)ふまず大(たい)  指(し)次指(つぎのゆひ)の間(あいだ)を押而(おして)行(ゆき)あたる所(ところ)あり是(これ)を涌泉(ゆせん)の  穴(けつ)といふ是(これ)に大艾炷(おゝもぐさ)にして灸(きう)してよし此法(このほう)大(たい)  人(じん)小児(せうに)婦人(ふじん)をきらはず何病(なにびやう)にても急卒(にはか)病(やまひ)には  用(もち)ひてよし扨(さて)中暑(ちうしやう)中寒(ちうかん)腹痛(ふくつう)下利(げり)の症(しやう)にして気(き)  を失(うしな)はざる者(もの)は臍中(さいちう)の大灸(だいきう)熱(あつ)きにたへざる者(もの)  は味噌(みそ)又(また)は塩(しほ)を臍(ほそ)の中(なか)にへつたりとつめて其(その)  上(うへ)に数百(すひやく)の灸(きう)してよし大(おゝひ)に良法(りやうほう)なり 一 世上(せぜう)に灸代(きうだい)とて薬墨(くすりずみ)を点(てん)する者(もの)あり或(あるひ)は漆(うるし)を  穴所(けつしよ)へさす者(もの)もあり点墨(てんぼく)の事(こと)は其家々(そのいへ〳〵)の伝法(でんほう)  もありて苦(くる)しかるましきなり漆(うるし)をさす事(こと)は病(やまひ)  を劫(おびやか)すの一術(いちじゆつ)にしてまゝ其効(そのこう)ある事(こと)ありとい  へども又(また)其/害(かい)甚(はなはだ)しき事(こと)もあり予 先年(せんねん)より漆(うるし)を  さしたる者(もの)其毒(そのどく)遂(つゐ)に内攻(ないこう)して遂(つゐ)に命(いのち)を失(うしな)ひた  るもの両(りやう)三人も見たり故(ゆへ)に先(まづ)は好(このま)ざることゝ  思(おも)へり 一 腫物(しゆもつ)類(るい)一切(いつさい)何(なに)にても膿(うま)ざる物(もの)も口(くち)のあかざる  物(もの)も痛強(いたみつよ)き物(もの)も蒜(にんにく)をすりて厚紙(あつがみ)に敷(しき)其上(そのうへ)へ艾(もぐさ)  を多(おゝ)くのせて灸(きう)するを蒜灸(にんにくやいと)といふ此法(このほう)膿(うま)ざる  者(もの)は能(よく)膿(うま)し口(くち)の明(あく)べき物(もの)は速(すみやか)に口(くち)を明(あ)け痛(いたみ)つ  よき物(もの)はよく痛(いたみ)をやむちらすべきものは速(すみやか)に  ちらす凡(およそ)一切(いつさい)の腫物(しゆもつ)に此法(このほう)にしく物(もの)はなし 一 諸(もろ〳〵)の痛処(いたみどころ)一切(いつさい)無名(むめう)の腫物(しゆもつ)結毒(けつどく)の頭痛(づつう)或は肩背(かたせなか)  の少(すこ)し腫(はれ)て痛(いた)む或は腹痛(ふくつう)脹満(ちやうまん)痔(ぢ)脱肛(たつこう)風毒(ふうどく)湿毒(しつどく)  にて腰脚(こしあし)の痛(いたみ)甚(はなはだ)しきに石蒜(まんじゆさけ)の根(ね)わさびおろし  にておろし厚紙(あつがみ)に敷(しき)其上へ艾(もくさ)を置(おき)灸(きう)すべし此(この)  法(ほう)蘭人(らんじん)専(もつはら)試用(こゝろみもちひ)て奇効(きこう)を得るの妙法(めうほう)なり      湯治篇 一 温泉(おんせん)の事(こと)は吾邦(わかくに)にては中華(もろこし)に始(はしまりし)よりも最初(さいしよ)よ  りありし事(こと)と見ゆ神代(じんだい)にも大巳貴命(おゝあなむちのみこと)の一名(いちみやう)を  清之湯山主八島篠(すかのゆやまぬしやしましの)と申奉(もうしたてまつ)りて温泉(おんせん)の効(こう)をしろ  しめして領(りやう)じ給(たま)ふ事(こと)古(ふる)き考(かんがへ)にも見へたり全体(ぜんたい)  唐(もろこし)の書(しよ)にも温泉(おんせん)の説(せつ)は詳(つまびらか)に説(とき)たる書(しよ)少なし時(じ)  珍(ちん)か本草(ほんぞう)にも僅(わづか)に弁(べん)したるのみ明(みん)の揚慎(やうしん)か安(あん)  寧(ねい)温泉(おんせん)の詩(し)の序(じよ)に十八ケ所(しよ)の温泉(おんせん)を挙て安寧(あんねい)  の碧玉泉(へきぎよくせん)を勝(すぐ)れりと論(ろん)ぜり清の通志に温泉(おんせん)の  ある所(ところ)百三十八ケ所(しよ)挙(あげ)たり然(しか)れども吾邦(わかくに)のご  とく群浴(くんよく)して其効(そのこう)を得(う)る事を聞(きか)ず日本国中(につほんこくちう)に  温泉(おんせん)の出(いず)る所(ところ)凡(およ)そ二百二三十 所(しよ)もあるなり中(もろ)  華(こし)の大国(たいこく)に比(ひ)してははるかに多(おゝ)くして且(かつ)名湯(めいとう)  も多(おゝ)けれは外国(くわいこく)の温泉(おんせん)よりは勝(すぐ)れたりとしる  べし 一 凡(およ)そ温泉(おんせん)は金銀(きんぎん)の気(き)硫黄(いわう)明礬(めうばん)の気(き)によりてな  ると云 説(せつ)あり華人(くわじん)の説(せつ)にも種々(しゆ〳〵)あれどども帰(き)一  の論(ろん)なし愚(ぐ)按(あん)するに金銀硫黄明礬(きんぎんいわうめうばん)の類(るい)は万国(ばんこく)  に勝(すく)れて日本(につほん)を上品(じやうひん)とする事 華人(くわじん)も論(ろん)せり自(し)  然(ぜん)と名湯(めいゆ)も多(おゝ)くあるべきの理(り)ならん歟(か)近来(きんらい)稲(いな)  若水翁(じやくすいをう)の説(せつ)に凡そ地中(ちちう)に水脈(すいみやく)と火脈(くはみやく)との二(ふた)す  しありて其(その)地中(ちちう)伏火(ふくくわ)のあるすじと伏水(ふくすい)のすじ  と行(ゆき)あひたる所(ところ)にあへばかならず温泉(おんせん)をなす  といへり是(これ)甚(はなはだ)卓見(たくけん)なれども必(かなら)ず其所(そのところ)には硫黄(いわう)  湯花(ゆのはな)の類(るい)を生(しやう)するなれはいつれ火脈(くわみやく)の醸成(かもしなし)し  て此品(このしな)を生(しやう)ずるものと見へたり華人(からのひと)も倭 硫黄(いわう)  とて吾邦(わかくに)の硫黄(いわう)をたつとむ事(こと)なれは温泉(おんせん)の勝(すく)  れるも宜(むべ)なるかな 一 温泉(おんせん)の甚(はなはだ)しきものを熱泉(ねつせん)と云 日本(につほん)にては越中(えつちう)  の立山(たてやま)加賀(かか)の白山(しらやま)なとにあるを地獄(ぢごく)といふ漢(から)  名(な)を殺狗泉(さつくせん)と云て一向(いつかう)に極熱にして近(ちか)づくべ  からさるものなり是皆(これみな)硫黄(いわう)峻烈(しゆんれつ)の勢(いきを)ひつよく  して品々(しな〴〵)の猛火(めうくわ)をあらわし怪(あや)しき事(こと)もをゝき  物(もの)ゆへに傅会(ふくわい)の説(せつ)を作(つく)りて民俗(ひと)を誑(たふら)す事(こと)をゝ  し又(また)旺泉(わうせん)と云あり冬(ふゆ)は温(あたゝ)かに夏(なつ)は冷(れい)なる温泉(おんせん)  なり又 冷熱泉(れいねつせん)といふあり同(おな)し湯坪(ゆつぼ)で冷熱(れいねつ)の分(わく)  るを云なり是(これ)は潮脈(うしをすじ)のさしたるなり各(おの〳〵)浴(よく)して  効(こう)なきにもあらねども好泉(こうせん)にはあらす 一 温泉(おんせん)所々(しよ〳〵)にありといへども先(まず)は但馬(たじま)の城崎(きのざき)の  新湯(あらゆ)を最上至極(さいじやうしこく)天下第一(てんかたいいち)の名湯(めうとう)とす新湯(あらゆ)とは  一の湯(ゆ)二の湯(ゆ)の事(こと)なり摂州(せつしう)有馬(ありま)作州(さくしう)の湯原(ゆはら)其(その)  次(つぎ)なり紀州(きしう)の本宮(ほんぐう)同しく龍神(りうじん)上野(かうつけ)の草津(くさつ)加賀(かが)  の山中(やまなか)相州(そうしう)の箱根(はこね)予州(よしう)の道後(とうご)などは皆(みな)同(おな)じ位(くらい)  の湯(ゆ)なり飛騨(ひだ)の下呂(げろ)は瘡毒(そうどく)の病(やまひ)には甚(はなはだ)よしし  かれども但馬(たじま)には及(およ)ばす摂州(せつしう)の多田(たゞ)は温泉(おんせん)に  あらず冷泉(れいせん)を酌取(くみとり)て湯(ゆ)となし浴(よく)せしむ此湯(このゆ)性(せい)  悪敷(あしく)して多(おゝ)くは瘡(かさ)をいやす勢州(せいしう)の薦野(こもの)も是(これ)と  同しく皆(みな)半冷半温(はんれいはんうん)の泉(せん)にして甚 宜(よろ)しからす決(けつ)  して浴(よく)すべからず城崎(きのさき)にても瘡湯(かさゆ)といふは大(おゝい)  にあしく瘡(かさ)を愈(いや)すを以(もつ)て瘡毒(そうどく)内攻(ないかう)して終(つゐ)に復(ふく)  し難(かた)きにいたる 一 温泉(おんせん)を試(こゝろ)むるに味(あぢ)少し鹹(しほはゆき)者あり淡(あわ)きもあり甘(あま)  き物(もの)あり酸(す)き物(もの)あり渋(しぶ)きものあり苦(にか)き物(もの)あり  其匂(そのにほ)ひに硫黄(いわう)の気(き)あるものあり泥気(どろけ)あるもの  あり少しも臭気(しうき)なきもあり其色(そのいろ)は清白(せいはく)にして  鏡(かゞみ)のことく底(そこ)まてすき通(とふ)るものあり濁(にこる)るもの  あり黄赤色(きあかいろ)なるものあり先城崎の新湯(あらゆ)は少(すくな)し  塩気(しほけ)ありて色 潔白(まつしろ)にしてすき通(とふ)り硫黄(いわう)のにほ  ひ少(すこ)しくあり是(これ)をを最上(さいぜう)よしとす有馬の温泉(おんせん)  は塩気(しほけ)あり過(すぎ)て苦(にが)きにいたる茶色(ちやいろ)にして布帛(ぬのきぬ)  に染(そま)りて黄赤色(きあかいろ)になる是(これ)は鉄気(てつき)の化(くわ)する所(ところ)な  らんか故(ゆへ)に其功(そのこう)も大(おヽい)に劣(おと)れり其(その)他 泥気(どろけ)あるも  の或(あるひ)は異(こと)なる匂(にほ)ひあるものは論(ろん)するに及ばず  皆其次(みなそのつき)なるべし 一 俗(ぞく)に温泉(おんせん)を飲事(のむこと)は甚悪(はなはだあし)しと云事あり左(さ)にあら  ず此(これ)を飲(のみ)て腹中(ふくちう)煖(あたゝか)なるを覚(おぼ)へて瀉利(しやり)せさるも  のをよしとす此(これ)を飲(のん)て腹中(ふくちう)冷(れい)を覚(おぼ)ゆるものは  あしく箱根(はこね)の蘆湯(あしゆ)ごときもの城崎(きのさき)にても瘡(かさ)  湯(ゆ)の類(るい)は皆(みな)金石(きんせき)の冷気(れいき)をかりてなるものなら  ん故(ゆへ)に此(これ)を飲(のめ)は腹内(ふくない)冷(ひゑ)て乍(すなは)ち瀉下するなり決(けつ)  して飲べからす 一 惣(そう)じて温泉(おんせん)の効用(こうよう)は気(き)を助(たす)け体(たい)を温(あたゝ)め瘀血(をけつ)を  破(やぶ)り壅滞(ふさかり)を通(つう)し腠理(けのあな)を開(ひら)き関節(ふし〴〵)を利(り)し皮膚(ひふ)肌(き)  肉(にく)経絡(けいらく)筋骨(きんこつ)を順(めぐ)らし通(つう)するの効(こう)はあけて数(かぞ)へ  かたし 一 按(あん)ずるに惣(そう)じて病(やまひ)のあらたなる類(るい)は薬功(やくこう)にて  療(りやう)ずるにしくなし病(やまひ)久(ひさ)しくなりて薬力(やくりき)針灸(しんきう)も  及(およ)びかたき痼疾(こしつ)にいたりては温泉(おんせん)に浴(よく)するに  しくはなししかし其(その)応(おう)ずべき症(しやう)を深(ふか)く考(かんが)へて  浴(やく)すべし皮膚(ひふ)肌肉(きにく)に疥癬(かいせん)痂癩(からい)を生(しやう)じ年(とし)を経(へ)て  いへず別(べつ)して十月 以後(いご)になれは痒(かゆ)み甚(はなはだ)しくし  て堪(たへ)かたきもの腹中(ふくちう)癥瘕(てうが)疝毒(せんどく)ありて歴年(れきねん)いへ  ず或(あるひ)は麻痺(まひ)痿軟(いなん)して不愈(なをらざる)もの或は手足(てあし)攣急(ひきつり)  痺(しび)れ関節(くわんせつ)痛(いた)みつよきもの或は黴瘡(はいそう)下疳(げかん)便毒(へんどく)結(けつ)  毒(どく)種々(しな〴〵)手を尽(つく)せどもいへざるもの或は痔漏(じろう)脱(だつ)  肛(こう)年を経(へ)ていへざるもの或は打撲(うちみ)腰脚(こしあし)疼痛(うづきいたみ)し  久(ひさ)しくいへざるもの一切(いつさい)の無名(むめう)の悪瘡(あくそう)いへがた  く年(とし)を経(へ)たるもの婦人(ふじん)腰冷(こしひへ)帯下(こしけ)経水(けいすい)久しく通(つう)  ぜさるもの或は痼疾(こしつ)不愈(いへず)種々(しな〴〵)の怪症(くわいしやう)となるも  のゝ類(るい)久しく浴(よく)して功(こう)あるべし 一 凡(およ)そ下疳(げかん)便毒(べんどく)淋疾(りんしつ)疥癬(かいせん)黴毒(はつどく)の類(るい)いまた数月(すげつ)を  経(へ)さるものは浴(よく)すへからす黴(はつ)家 気(け)逆上(ぎやくじやう)甚(はなはだ)しき  もの眼目(がんもく)赤(あか)く腫(はれ)耳鳴(みゝなり)痰喘(たんぜん)気急(ききう)胸腹(むねはら)みち脹(はる)もの  頭痛(づつう)甚(はなはだ)しく目暈するもの食物(しよくもつ)すゝまず羸痩(やせ)つ  よきもの虚火(きよくわ)にて上(のぼ)せ痰火(たんくわ)にて逆上(きやくぜう)するもの  すべて脈(みやく)の浮(ふ)大(だい)滑(くわつ)数(さく)なるもの皆(みな)浴(よく)すべからず  上部(ぜうぶ)にこりかたまりたる病(やまひ)は宜(よろ)しからざる者(もの)  としるべし 一凡 入湯(にうとう)は一日(いちにち)に三五度(さんごど)入るべし弱者(よわきもの)は二三度(にさんど)  にてよしたとひ丈夫(ぜうぶ)なる人(ひと)といへども一日(いちにち)に  十余度(じうよど)も入(いる)る事(こと)は忌(いむ)べし痼病(こびやう)年(とし)を経(へ)たる者(もの)を  治(ぢ)せんと欲せば二回(ふたまは)り三回(みまは)りにては功(こう)なし三(さん)  十日(じうにち)或は五十日より半年(はんねん)または一年(いちねん)に至(いた)りて  功(こう)ある者(もの)も多けれは中々(なか〳〵)少々(しやう〳〵)の日数(ひかず)をもつて  大功(たいこう)を取(と)らんと欲(ほつ)する者は大(おゝい)なる誤(あやま)り也 田舎(いなか)  の俗(そく)など急功(きうこう)をせめて一日(いちにち)に十余度(じうよど)も入(い)りて  七日 限(かぎ)りに止(やむ)るは甚(はなはだ)無益(むゑき)にしてその功(こう)なかる  べし 一 温泉(おんせん)の応(おう)ずるか応(おう)ぜさるかをしらんと欲(ほつ)する  には初(はじ)め入湯(にうとう)して腹中(ふくちう)快(こゝろよ)くして空腹(くうふく)になりや  すく頻(しき)りに能食(よくしよく)して食味(しよくみ)ます〳〵むまきは甚  よし少(すこし)く入湯後(にうとうご)腹中満(ふくちうみち)て食(しよく)する事(こと)を好(このま)さるも  のはよろしからず試(こゝろ)むるに胸腹快(きやうふくこゝち)よく能食(よくしよく)す  るやうになりたらはそれよりしきりに入湯(にうとう)す  べしもしまた本(もと)のやうすならは再(ふたゝ)び入(い)ること  なかれ又(また)入湯(にうとう)して四五日(しごにち)或(あるひは)七八日(しちはちにち)にして大便(だいべん)  瀉下(しやげ)する事(こと)二三行(にさんかう)より七八行(しちはちかう)に至るものあり  或は大便(だいべん)裏急(りきう)後重(いきみ)して少(すこ)しく腹痛(ふくつう)し糞(ふん)臭気(しうき)  あるものあり是(これ)相応(そうおう)したるなり治(ぢ)するに及(およ)ば  ず続(つゝゐ)て入湯(にうとう)する時(とき)はいゆ入湯して秘結(ひけつ)するも  のはよろしからす疥瘡(かいそう)梅瘡(ばいそう)ともに入湯七八日  後ます〳〵さかんに発(はつ)するものは相応(そうおう)するなり  《振り仮名:痿■|いへき》痱痺(はいひ)手足疼痛(てあしいたみ)するもの入湯(にうとう)六七日(ろくしちにち)してま  す〳〵座起(ざき)もなりかたきほどきびしくなるも  のは大(おゝひ)によし二三回りも入湯(にうとう)すれば漸々(ぜん〴〵)に能(よく)  いゆるものなり何病にても入湯(にうとう)六七日後(ろくしちにちご)病動(やまひうごき)  はげしくなるものは皆(みな)相応(そうおう)するなり怠(おこた)らす入(にう)  湯(とう)する内(うち)に快気(かいき)するものなり 一凡そ入湯(にうとう)するに先杓(まずしやく)にて湯槽(ゆふね)の己(おの)か居(い)るべき  所(ところ)へ湯(ゆ)をかけて煖(あたゝ)め置(おき)其所(そのところ)に坐(ざし)して杓(しやく)にて湯(ゆ) 【■は疒に躄 痿躄=足が不自由なこと】  を酌取(くみとり)しづかに両肩腹背(りやうかたふくはい)に何(なん)べんもそゝきか  け手拭(てぬぐひ)にて湯を浸(ひた)し面(かほ)を洗(あら)ひ心(こゝろ)を平(たいら)にし気(き)を  和(くわ)し小児(せうに)の水なぶりをするごとくにして後(のち)湯(ゆ)    槽(ふね)の中(うち)に入(い)り一身(いつしん)煖気(だんき)透(とふ)るをよしとす各別(かくべつ)逆(ぎやく)  上の愁(うれ)へもなきものは二三度湯に入(い)りて上(あが)る  べし弱(よわき)者は一度にて上(あが)るべし終身(しうしん)に汗出(あせいづ)るを  よしとしてやむべし 一 入湯中(にうとうちう)は別(べつ)して風寒(ふうかん)外邪(ぐわいじや)にあたらさるやうに  用心(ようじん)すべし入湯中(にうとうちう)腠理(けのあな)開(ひら)きて風寒(ふうかん)に感(かん)しやす  し故(ゆへ)に深(ふか)く慎(つゝし)むべし又(また)生冷( なるものひへ)たるもの肉食(にくしよく)を禁(きん)  ずべし且(かつ)食物(しよくもつ)はすべて能煮(よくに)てやわらかなるも  のを食ふべし能(よく)脾胃(ひい)に滞(とゝこ)りやすし又 房事(はうじ)は堅(かた)  くいむべし是(これ)を犯(おか)すときは身体(しんたい)錯乱(さくらん)して気逆(きぎやく)  甚(はなはだ)しきにいたる入湯後(にうとうご)うたゝねする事(こと)大(おゝい)に忌(いむ)  べし毛穴(けあな)開(ひら)きてあれは邪気(じやき)甚入(はなはだいり)やすく又(また)入湯(にうとう)  中(ちう)は常(つね)の洗湯(せんとう)に浴(よ)くする事甚あしく又 心気(しんき)を  つかゐ肝積(かんしやく)を動(うこか)す事よろしからず已上(いしやう)は入湯  中にふかく慎(つゝし)むへき事なり 一 病(やまひ)ありて温泉(おんせん)に行事(ゆくこと)も路程(とてい)の遠(とふ)きをいとひ費(ひ)  用(やう)をいとひて日数(ひかず)のかゝるをいとふものは仮(かり) 【十八丁裏】  温泉(おんせん)を作(つく)りて入湯(にうとう)するもよし真(まこと)の温泉(おんせん)に及(およ)ば  されども大(おゝい)に功(こう)あり其法(そのほう) 潮水(うしほ)《割書:五斗若潮の水|なき所は水五》    《割書:斗の内へ塩|七合入るなり》米糠(こめぬか)《割書:一斗|》当帰(とうき)《割書:二百匁|》桂枝(けいし)《割書:二十匁|》硫(い)  黄(わう)《割書:六百匁粉にして布の袋に入れ糠(ぬか)のせんじた|る湯中に入てせんず若硫黄の気臭をにくむ》   《割書:ものは湯花にても|くるしからず》    右/塩水(しほみづ)を半分(はんぶん)とりて糠(ぬか)一斗を以(もつ)てこれをせん  じ糠の赤(あか)くなるを度(ど)として此(これ)を風呂(ふろ)の内(うち)にて  こし外(ほか)の薬(くすり)は釜(かま)にてせんじ出(いた)し風呂へ入る也  毎日(まいにち)三度斗(さんどはかり)も入るべし甚熱(はなはだあつ)くして堪(たへ)かたけれ  ば塩水をさすべし冬(ふゆ)は十二三日も用べし夏(なつ)は 【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像65枚目左頁・十九丁表に続く。左頁は画像69枚目右頁・二十二丁裏から続く。】 【二十三丁表】  迚(とて)も俗人(ぞくじん)の医道(いどう)を心掛(こゝろがけ)たるは畠水煉(はたけすいれん)にて益(ゑき)あ  る事(こと)にあらず今(いま)庸医(やうい)の自(みづから)病(やん)だる時(とき)己(おのれ)か病(やまひ)を治(ぢ)  すべき医(い)を需(もとむ)るに甚(はなは)だ迷(まよ)ひつよくして取(とる)にた  らさる事ども多(おゝ)し故(ゆへ)に此説(このせつ)によりて医(い)を択(えら)ぶ  事(こと)疑(うたがひ)なき事あたはす 一 医(い)不(ざれば)_二 三(さん)世(せなら)_一不(ふく)_レ服(せず)_二其薬(そのくすり) ̄ヲ_一是(これ)聖人(せいじん)の語(ご)なり今(いま)の世(よ)を以(もつ)  て是(これ)をみるに惣(そう)して医(い)初代(しよだい)の人(ひと)は甚(はなはだ)勤(つと)めて得(ゑ)  たる者(もの)なれば器量(きりやう)もありて療才(りやうさい)もある人(ひと)多(おゝ)し  二代目(にだいめ)の人(ひと)はいまだ其(その)余風(よふう)さらず故(ゆえ)に先(まづ)つと  めて至(いた)る処(ところ)もあるべし三代目にいたりては其(その)  余光(よくはう)も薄(うす)くなりて世禄(せろく)に安(やす)んし遂(つゐ)に庸医(やうい)とな  る者(もの)多(おゝ)し故(ゆへ)にこれは血脈(けつみやく)相伝(あいつと)ふるの三世(さんせ)にあ  らずして学脈(がくみやく)相伝(あいつと)ふるの三世(さんせ)の事(こと)なりといふ  説(せつ)あり愚按(ぐあん)ずるに医(い)は才気(さいき)卓越(たくゑつ)の者(もの)にあらざ  れば任(にん)し難(かた)しされども事(こと)熟(じゆく)せされは用(やう)をなし  かたき者(もの)なり故(ゆへ)に其(その)精(くは)しく熟(じゆく)したる年月(としけき)をさ  して唯(たゞ)三世(さんせ)の業(ぎやう)とも云なるべし三とは古人(こじん)皆(みな)  其(その)大数(たいすう)を云の語(ご)にして三つに限(かき)りたる文字(もじ)に  あらずかく精(くは)しく事(こと)に熟(じゆく)し学(まなぶ)に老(おい)たるものに  あらざれはみだりに其(その)薬(くすり)を服(ふく)すべからすとは聖(せい)  人(じん)の身(み)を慎(つゝし)み給(たま)ふのあつきの至(いた)りなり 一 凡(およそ)医(い)を択(ゑら)ふ博識(はくしき)多才(たさい)の学医(かくい)をも必(かならず)よしとすべ  からず世間(せけん)流行(りうこう)の時(じ)医(い)をも亦(また)よしとすべからす  尚更(なをさら)無学(むがく)文盲(もんもう)にて世上(せじやう)の交(まじは)りを善(よく)し侫弁(ねいべん)利口(りこう)  の輩(ともがら)なとは論(ろん)するにたらず只(たゞ)大胆(だいたん)小心(せうしん)にして  精意(せいゐ)精術(せいじゆつ)の人(ひと)を善(よし)とすべし大胆(だいたん)ならざれば治(ぢ)  術(じゆつ)の決断(けつだん)なりがたし小心(せうしん)ならざれば物事(ものごと)精(くは)し  く密(みつ)にしがたし故(ゆへ)に平生(へいぜい)何事(なにごと)にても丁寧(ていねい)実意(しつゐ)  にして細密(さいみつ)に行届(ゆきとゞ)く人はおのづから術(じゆつ)の細密(さいみつ)  にいたるべし是(これ)を小心(せうしん)の人(ひと)と云 扨(さて)又(また)何(なに)事にて  も物(もの)に屈(くつ)せず闊達(くわつたつ)にしてせまらずはやく判断(はんだん)  の出来(でき)る人(ひと)を大胆(だいたん)の人(ひと)といふ此(この)ふたつとも自(じ)  在(ざい)にはたらきの出来(でき)る医(い)をゑらむべし何事(なにごと)に  ても心(こゝろ)あらくしてしまらす物事(ものごと)鹵莾(めつた)にしてじ  たらく所作(しよさ)の根気(こんき)もうすく何(なに)事も不(ゆき)_二行届(とゞかず)_一吟味(ぎんみ)  する事も甚(はなはだ)あらくして物(もの)事 不覚(ふおぼへ)なる人(ひと)を小胆(せうたん)  大心(たいしん)といふて医家(いか)においては一向(いつかう)取所(とりどころ)なき也(なり)  如是(かくのごとく)なる輩(ともがら)は捨用(すてゝもち)ひぬかよしとしるべし 一 惣(そう)じて医術(いじゆつ)は精(くは)しきを尊(たつと)ふ博学(はくがく)多才(たさい)を貴(たつと)ばず  多芸(たげい)にして俗事(ぞくじ)によくわたるを貴(たつと)ばず世家に  して強大(きやうだい)なるを貴(たつと)ばず唯々 医術(いじゆつ)のみに深切(しんせつ)に  して朝夕(てうせき)煉磨(れんま)の功(こう)を積(つみ)たるをよしとす愚(ぐ)幼少(ようせう)  より医(い)に志(こゝろざ)して思(おも)ふに天地の間(あいだ)の造物(ぞうぶつ)は皆(みな)我術(わがじゆつ)  の助けにあらざるものなし春の花秋の紅葉(もみし)風(ふう)  雨(う)陰晴(いんせい)の機変(きへん)まて皆人(みなひと)の脈状(みやくじやう)にあらはれずと  云事なく然(しかれ)は天地の象(しやう)を見て人にうつすとき  は我師(わがし)にあらざる物なし又人にまじわりては  其(その)人々(ひと〴〵)のかたち動作(たちゐ)振舞(ふるまひ)に心をとめてこれを  見るときは是(これ)又其人の全体(ぜんたい)痼疾(こしつ)の癖(くせ)且(かつ)天稟(むまれつき)の  五形(ごけい)などの事 応接(おうせつ)の間にも窺(うかゞ)ふへし唯々(ただ〳〵)道(みち)は  しはらくも離(はな)るべからすとて朝(あさ)な夕(ゆふ)なに心(こゝろ)を  とめて功(こう)を積(つむ)ときは我(わか)医術(いじゆつ)の奥妙(おうめう)を究(きわ)むへき  か兎角(とかく)我術(わかじゆつ)に力(ちから)をふかく用ひて疎(おろそ)かにせさる  医(い)を需(もと)むべし 一 凡(およ)そ医(い)を択(ゑら)ふには診脈(しんみやく)巧者(こうしや)なるを尊ふへし品(しな)  々( じな)の医事(いじ)ある中に只(たゞ)心術(しんじゆつ)にあづかるものは脈(みやく)  のみなり其他(そのた)のわざは何(いづれ)も工拙(こうせつ)の証拠(しやうこ)を取事(とること)  なし且(かつ)病(やまひ)の因(いん)を求(もとむ)る事かたし故(ゆへ)に脈(みやく)を能診(よくしん)す  るを医家(いか)の専要(せんよう)とす其病(そのやまひ)の本(もと)明(あきら)かに治療(ぢりやう)の法(はう)  備(そなは)りたるを良医(りやうい)とす診脈(しんみやく)不明(ふめい)の医(い)は必ず需(もと)む  る事なかれ 一 何(なに)の道(みち)にても心(こゝろ)明(あき)らかにみかゞされは其妙に  いたる事なし別(べつ)して医(い)は意也(ゐなり)とて先(まづ)本心(ほんしん)を明(あき)  らかに磨(みがく)べし心(こゝろ)のはせ出(いづ)るものを意(ゐ)とす故に  医術(いじゆつ)は別(べつ)して心意(しんゐ)の明悟(みやうご)を主(しゆ)として術(じゆつ)を煉(ね)ら  されは其(その)妙にいたりがたし故(ゆへ)に是(これ)を択(ゑら)ふもの  も心中(しんちう)に邪曲(わだかまり)姦佞(くたましき)をたくわへさる医(い)をたうと  みて需(もと)むべし 一 医(い)を用(もち)ゆるに大(おゝひ)に取捨(しゆしや)あるべき事なり先(まづ)外感(ぐわいかん)  の病(やまひ)傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)痢病(りびやう)中暑(ちうしよ)霍乱(くわくらん)などの諸(もろ〳〵)の急卒病(きうそつびやう)  の類(るい)には数医(すうい)の勘考(かんかう)を聞(きい)て手(て)をくれせざるや  うに心得(こゝろゑ)る事(こと)肝要(かんやう)なり是を治するの期(ご)をくる  る時(とき)は千悔(せんくわい)すとも及(およ)ばぬ事(こと)なれは急々(きう〳〵)に事を  はかるべし内傷(ないしやう)緩治(くわんじ)の病(やまひ)或(あるひ)は廃痼(はいこ)と云て年月(としつき)  を経(へ)たる長病(ちやうびやう)の類(るい)は中々(なか〳〵)一朝一夕(いつちやういつせき)の成(な)るにあ  らざれはみだりに数医(すうい)を更(かへ)て治(ぢ)すべからず得(とく)  と医人(いじん)の見立(みたて)の病症(びやうしやう)を勘考(かんかう)して其理(そのり)の的中(てきちう)す  べきかたを見抜(みぬい)て其(その)治法(ぢほう)にしたかひて動(うご)くべ  からすすこしの変事(へんじ)ありとも篤(あつ)く信(しん)じて医に  任(まか)すべし惣(そう)じて物ごとは何事(なにごと)にても至当(しとう)の理(り)  ある事にあはゞ篤(あつ)く信(しん)ぜざれは事(こと)の成就(じやうじゆ)する  事あるまじ迷ひうたがひ斗(はかり)なれはいつまでも  迷(まよ)ひて遂(つゐ)に病の治する期(ご)あるまじ此理を能考(よくかんが)  へて初(はじ)め治(ぢ)を需(もとむ)る時(とき)にみだりに其説(そのせつ)にしたが  はず道理(どうり)の的当(てきとう)するを深(ふか)く考(かんが)へて後(のち)其医薬(そのいやく)を  服(ふく)すべし 一 医人(いじん)と病家(びやうか)とは志(こゝろざし)の能相(よくあい)かなひたるをよしと  す病家(ひやうか)廃痼沈滞(なをりがたきひさしきとゞこほる)の大病(たいびやう)に逢(あふ)ときはきつと見識(けんしき)  の的中(てきちう)したる医人(いじん)を頼(たの)みて此医(このい)にあらざれは  此病(このやまひ)をいやす事あたはずと一途(いちづ)に篤(あつ)く信(しん)じて  此薬を服(ふく)し医人(いじん)はまた確乎(かくこ)たる見識(けんしき)をみがき  立(たて)此病人を篤(あつ)く治すべきと心(こゝろ)にちかひ病(やまひ)を大(たい)  切(せつ)にして治(ぢ)するときはきつと其 功(こう)あらはるゝ  ものなり双方(そうはう)とも唯(たゞ)うはべあしらひになりて  実(じつ)なき時は其 功(こう)も立(たち)がたし 一 痼疾(こしつ)を治(ぢ)するに医人(いじん)に急効(きうこう)をせむるときは大(おゝ)  きにあしく医人病人にせめらるゝときは定見  を失(うしな)ひ甚(はなはだ)しくなりては日々(にち〳〵)薬(くすり)を易(かへ)るやうなる  時(とき)はいよ〳〵迷(まよ)ひつよくなりて双方(そうはう)ともうろ  たへ遂(つゐ)に正治(しやうぢ)の効(こう)を得(う)る事なし庸医(やうい)は始終(しじう)此(この)  場所(ばしよ)を免(まぬか)る事あたはす故(ゆへ)に全(まつたき)効(こう)を得(う)る事なし 一 道理(どうり)分明(ぶんみやう)なる医人の説(せつ)を聞(きい)て病を治せん事を  需(もとむ)るにはとんと医人(いじん)に打(うち)まかせて必(かなら)ずしも差(さ)  略(りやく)用捨(ようしや)すべからず頼(たの)むかたに差略(さりやく)するときは  執匕(さじとり)の者(もの)疑(うたが)ひを生(しやう)じて大(おゝい)に害(がい)ある事なり然(しか)れ  ども庸医(やうい)に篤(あつ)く任(にん)ずるときは治法(ぢほう)宜(よろしき)を失(うし)ふて  不明(ふめい)の罪(つみ)を得(え)べきなり 一 近世(きんせ)の医薬(いやく)調合(てうがう)は一貼(いつてう)三匁位より四匁位まで  小児科(せうにくわ)の薬(くすり)は一貼八分位より一匁位まで何れ  中華(ちうくわ)の古方(こはう)の分量(ぶんりやう)とは大(おゝい)に小剤(せうさい)なりこの法(ほう)は  元来(ぐわんらい)半井家(なからゐけ)小包(こつゞみ)とて三 貼(てう)にて一 剤(ざい)と立(たて)たる者(もの)  なり是国初の時分(じぶん)よりの定法(でうほう)となりたるなり  しかし今より八九十年 以前迄(いぜんまで)は一体(いつたい)の医家の  くすり今よりも猶(なを)小剤(せうさい)なりしかども近来(きんらい)古医  方を唱(との)ふるもの多(おゝ)くなりて其比(そのころ)より今の位ま  てにはなりたるなり今も古風(こふう)なる老医(ろうい)には至(いたつ)  て小剤なる人もあり唖科(あくわ)は猶更(なをさら)なり元来(くわんらい)薬の  大小 軽重(けいぢう)は其病の品(しな)によりて制(せい)することなれ  は小剤家(せうさいか)大剤(たいさい)家と云 別(わか)ちはあるましき事なり  是皆(これみな)医家(いか)の心得(こゝろえ)べき事にして病家(びやうか)も其理(そのり)を弁(わき)  ふべし 一 元来(くわんらい)医流(いりう)に於(おい)て古方家(こはうか)後世家(こうせいか)などゝ称(しやう)して各(かく)  別(べつ)に門戸(もんこ)を立(たつ)る事(こと)は大(おゝい)なる誤(あやま)りなり凡(およ)そ医(い)じ  ゆつは尽(こと〴〵)く古方(こはう)によらすして方則(はうそく)を立(たつ)ると云(いふ)  事(こと)あるべからす宋元(そうげん)以後(いご)の方法(はうほう)なりとも功験(こうけん)  いちしるきものはとり用(もち)ひずんばあるへからす  己見識(おのれがけんしき)を立(たて)てしいて病人を己(おのれ)か範囲(はんい)の内(うち)に入(いる)  と云事(いふこと)は大(おゝい)に不仁(ふじん)の至(いた)りなり兎角(とかく)治術(ぢじゆつ)に実(まこと)に  力(ちから)を入(いれ)るときは此(この)僻見(へきけん)はおのづから去(さる)ものな  りとしるべし此(この)理(り)を弁(わきま)へしりて僻見(へきけん)なる医家(いか)  を需(もと)むべからす 一 近来(きんらい)蘭書(らんしよ)頻(しき)りに行(おこな)はれ横行(おうぎやう)の文字(もんじ)を読 翻訳(ほんやく)を  事(こと)とし蘭薬(らんやく)を主(しゆ)として用(もち)ゆる者(もの)あり其理(そのり)なき  にしもあらず其長(そのてう)したる所(ところ)は取(とり)て学(まな)ぶべし先(まづ)  解体(かいたい)の一条(いちでう)においては蘭人(らんじん)は其(その)精微(せいび)を極(きは)め迚(とて)  も和華(わくわ)の及(およ)ぶ所(ところ)にあらず本(もと)蛮夷(ばんい)の国(くに)なれば残(ざん)  忍(にん)の義(ぎ)を恐(おそ)れずしてかく精(くわ)しきに至(いた)るならん  かくのことくなれば発明(はつめい)したる事(こと)も数多(あまた)あれ  は捨(すつ)べき伎(ぎ)にはあらねども風土(ふうど)の違(ちがひ)も大(おゝい)にあ  れは彼国(かのくに)のしれかたき薬品(やくひん)をしゐて求(もと)め且 珍(ちん)  奇(き)の精煉(せいれん)を費(つうや)す事(こと)いわれなき事(こと)なり世(よ)に熟(しゆく)し  てつかひなれたるサフラン ウニカウル テリ  アカなどのごとき薬品(やくひん)は随分(ずいぶん)用ひて宜(よろ)しかる  べし但(たゞし)蘭科(らんりやう)の一癖(ひとくせ)に拘(かゝは)りて治療(ぢりやう)を行(おこな)ふは大(おゝい)に  笑(わらふ)ふべきの至りなり病家(びやうか)も奇(き)を好(この)むの癖(くせ)ある  べからず 一 薬(くすり)を煎(せん)ずるに水火(すいくわ)の類(るい)は随分(ずいふん)精密(せいみつ)に吟味(ぎんみ)すべ  き事なり凡(およそ)利薬(りやく)は井華水(わかみづ)又は新汲水(くみたて)を用(もちひ)てよし補(ほ)  剤(ざい)は長流水(ながれみづ)百労水(くたひれたるみす)百滾湯(たび〳〵たぎりたるゆ)を用ひてよし且 利(とき)  薬(くすり)には武火(つよきひ)を用ひ補薬(ほやく)には文火(ぬるきひ)を用ゆのるい  急煎(きうせん)緩煎(くわんせん)三沸水(さんふつすい)など医人(いじん)の意(こゝろ)に随(しがつ)て煎(せん)ずべし  其余(そのよ)桑柴火(くわのひ)楡柳火(にれやなきひ)などの火(ひ)を分(わか)ち水も春雨水(はるのあめのみづ)  潦水(にはたみづ)なと品々(しな〳〵)の分(わかち)あり是(これ)らはあまり穿(うが)ちすぎ  たるか 一 平生(へいぜい)補薬(ほやく)とてねり薬(やく)を用(もち)ひ或(あるひは)益気湯(えききとう)帰脾湯(きひとう)の  類(るい)を散薬(さんやく)ねり薬(やく)にして用(もち)ゆるは益(えき)なきにもあ  らねども各々(おの〳〵)医人(いじん)の指図(さしづ)に随(したがふ)て用ゆべしみだ  りに其症(そのしやう)に合(あは)ざる薬を用ゆるは石(いし)にねつさし  壁(かべ)の内(うち)に柱(はしら)を添(そへ)るの類(たくひ)にして益(えき)なし且(かつ)煉薬類(ねりやくるい)  はやゝもすれは胸鬲(きやうかく)に泥(なず)みて其害(そのがい)をなすこと  多(おふ)しとしるべし 一 平日(へいじつ)の補(ほ)には其症(そのしやう)にあゐたる薬食を程(ほど)よくす  るにしくはなし周礼(しうれい)には食医(しよくい)と云て食物(しよくもつ)を用(もち)  ひて病(やまひ)を治(ぢ)する医(い)ありとそ凡 食物(しよくもつ)の滋味(じみ)によ  りて何程(なにほど)も其功(そのこう)を得(う)る事(こと)あれは必 其宜品(そのよろしきしな)を考(かんが)  へて餌食(じしよく)すべし餌食(じしよく)の事(こと)は飲食篇(いんしよくへん)に委(くわ)しくの  せたり考(かんが)ふべし 一 常体(つねてい)にかはりたる治法(ぢほう)を近年(きんねん)専(もつは)ら行(おこの)ふの医(い)あ  り各々(おの〳〵)其益あれども的当(てきとう)の症(しやう)に合されは反(かへつ)而  其害(そのがい)ありて尤(もつと)も用ひかたし先(まづ)灌水(くわんすい)とて新汲(くみたて)水  を多(おゝ)く汲(くみ)たて代々(かはり〴〵)浴(よく)せしむる事(こと)なり是も古法(こほう)  に因所(よりどころ)ありて大(おゝい)に効(こう)を得(う)る事(こと)もあり陽実(やうじつ)の癇(かん)  症(しやう)発狂(はつきやう)の類(るい)火逆(くわぎやく)の諸症(しよしやう)に用ひて妙効(めうこう)をあらは  す事(こと)ありといへども医人(いじん)明察(めいさつ)の人(ひと)にあらざれ  は行(おこな)ひがたし病人(びやうにん)も能(よく)壮実(そうじつ)なる者(もの)にあらざれ  は受(うけ)かたし瀑布(たき)泉に浴(よく)せしむるも同(おな)じ類(たぐひ)也  と心得(こゝろえ)べし 一 俗人(ぞくじん)自分(じぶん)に仮名書(かながき)の医書(いしよ)などを取(とり)あつかひ薬(くすり)  を調合(てうがう)する事(こと)あり是(これ)はあまり宜(よろ)しからぬ事(こと)也  医人(いじん)は日々(にち〳〵)数多(あまた)の病人(びやうにん)を診(しん)し数多(あまた)の薬(くすり)を調合(てうがう)  するといへどもいまた其妙(そのめう)を尽(つく)す事(こと)あたはず然(しか)  るにいさゝかの薬方(やくはう)をしりたる位(くらゐ)にて我生(わがせい)をみ  だりにする事(こと)大(おゝい)なる誤(あやま)りなり迚(とて)も実地(じつぢ)にいた  る事(こと)難(かた)かるべしされども補剤(ほさい)又(また)長服(ちやうふく)の薬剤(やくさい)な  ど得(とく)と医人(いじん)の教諭(けうゆ)を受(うけ)し上(うへ)は背(そむ)けざるやうに  自分(じぶん)調合(てうがう)したりといへども苦(くる)しかるまじ能(よく)謹(つゝし)  みて誤(あやま)らざるやうに配合(はいがう)すべし 一 扁鵲(へんじやく)の辞(ことは)に形羸(かたちつかれて )不(あたわ)_レ能(ざる)_レ服(ふくすること)_レ薬(くすりを)は一の不治(ふち)なりとす  とありけれは兎角(とかく)大病(たいびやう)に臨(のぞ)んて薬(くすり)を服(ふく)する事(こと)  をにくむものは其病(そのやまひ)治(ぢ)する事(こと)あたはす去(さり)なが 【三十二丁裏】  ら病気(びやうき)によりて嘔気(おうき)などつよくして一向(いつかう)に薬(くすり)  を用(もち)ひかたき病人(びやうにん)あり此症(このしやう)にしひて薬(くすり)を用(もち)ゆ  るときは大(おゝい)に苦(くる)しむ事(こと)あり是(これ)はまた其(その)所置(しよち)を按(あん)  して別(べつ)に工夫(くふう)を順(めぐら)すべし大病(たいびやう)にて種々(しゆ〴〵)の療治(りやうぢ)  を加(くわ)へて能 薬(くすり)も呑(のみ)たる者が俄(にわか)に薬(くすり)も用(もちひ)がたく  なり或(あるひ)は自分(じぶん)の気随(きずい)もまじり少々(せう〳〵)の薬(くすり)も拘泥(なづむ)  事(こと)つよくして用ひがたきやうになりたる類(るい)は  誠(まこと)に不治(ふぢ)の症(しやう)なると知(しる)べし 一 信(しんじて)_レ巫(ふを)_レ不(さるは)_レ信(しんぜ)_レ医(いを)は一の不治(ふぢ)なりといへり世上(せじやう)のみ  こかんなぎ山伏(やまぶし)なとを信(しん)して医(い)の言(ことば)を用(もちひ)さる 【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像69枚目左頁・三十三丁表に続く。左頁は画像55枚目右頁・十八丁裏から続く。】 【十九丁表】  六七日にて換(かふ)べし 一 世上(せじやう)に種々(しゆ〴〵)の薬湯(くすりゆ)あり随分(すいふん)不順(ふじゆん)の病(やまひ)に用(もち)ひて  其効(そのこう)ある事(こと)数多(あまた)あれども是(これ)も逆上(ぎやくじやう)つよき病人(びやうにん)  には用(もちい)がたし只(たゞ)婦人(ふじん)帯下(こしけ)の症(しやう)男子(なんし)痿痺(なへしびれ)の諸病(しよびやう)  には効(こう)ある事(こと)も多(おゝ)けれとも先(まづ)は辛熱(しんねつ)の剤(さい)多(おゝ)く  あるものなれは虚人(きよじん)には用かたきものなり俗(ぞく)  中(ちう)に養生湯(やうぜうゆ)と称(せう)して用(もち)ゆる事あれとも常(つね)の洗(せん)  湯(とう)さへ平人(へいにん)にありては三日または五日に一度(いちど)  つゝ浴(よく)すへき事なり日々(にち〳〵)浴(よく)すれは元気(げんき)を損(そん)じ  津液(うるほひ)を乾(かわか)すの理(り)なり故(ゆへ)に病(やまひ)ありて入湯(にうとう)する事 【十九丁裏】  はあるべし養生湯(ようぜうゆ)と云事はあるべからざるの  道理(どうり)なり 一 疥癬(ひぜん)小癤(こせがさ)鴈瘡(がんがさ)の類(るい)はひぜん湯(ゆ)とて世上(せじやう)にあま  たあり是(これ)も初(はじめ)より入湯(にうとう)するは宜(よろ)しからず大抵(たいてい)  先(まづ)発散(はつさん)のくすりを余程(よほど)用て置(おき)てあらかた発(はつ)し  てより後(のち)に入湯(にうとう)さすべしいつれ此類(このるい)は皮膚(ひふ)の  病(やまひ)なれは入湯 能(よく)相応(そうおう)するものなりしかし弱(よわ)き  者(もの)また発熱(はつねつ)虚熱(きよねつ)のつよき者は始終(しじう)入湯よろし  からず 一 竈風呂(かまふろ)と云 物(もの)あり是(これ)は筋骨(きんこつ)疼痛(とうつう)疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)痛痺(つうひ) 【二十丁表】  の類(るい)には随分(ずいぶん)宜しかるべきなれども生質(うまれつき)気丈(きじやう)  の人にて外(ほか)に各別(かくべつ)申分(もうしぶん)もなくして根気(こんき)宜敷(よろしき)も  のは入湯して其効(そのこう)あるべしすこしも弱(よはき)きもの  は却(かへつ)て根気(こんき)を損(そん)し津液(うるほひ)を亡(ほろぼ)して大(おゝい)に害(かい)ありと  しるべし 一 塩風呂(しほふろ)と云 物(もの)は竈風呂(かまふろ)に比(ひ)すれは甚(はなはだ)よし疝気(せんき)  腰痛(こしいたみ)脚痛(あしいたみ)打撲(うちみ)損傷(くじき)不順(めぐらざる)の所(ところ)をむしてよし此類(このるい)  に薬蒸風呂(くすりむしぶろ)と云 物(もの)あり筋骨(きんこつ)疼痛(とうつう)皮膚(ひふ)頑癬(くわんせん)の類  に大に効(こう)あるものなり予 家(いへ)に秘(ひ)したる一方(いつはう)あ  り試(こゝろみるに)効(こう)も甚 多(おゝ)し然(しか)れとも諸法(しよはう)の湯治(とうぢ)とも皆(みな)虚(きよ) 【二十丁裏】  体(てい)の病人にありてはよろしからぬものなれは  皆(みな)医人(いじん)の指図(さしづ)を受(うけ)て行ふべし 一から風呂(ふろ)と云物あり塩(しほ)を用さる蒸風呂(むしふろ)なりこ  れは遊人(ゆうじん)豪家(がうか)のもうけにして療治(りやうぢ)にはあらず  夏月(かげつ)の涼(りやう)をとるには殊(こと)の外(ほか)宜(よろ)しき物にして快(こゝろ)  よき事 限(かぎ)りなし故に欝気(うつき)を散ずるの効(こう)はある  べし 一 潮(うしほ)に浴(よく)する事是また殊効(しゆこう)あるやうに云 人(ひと)も多(おゝ)  けれども迚(とて)も病(やまひ)を療(りやう)ずるにはたらず但(たゝ)し病処  なとある輩(ともから)は潮(うしほ)をとり来(きた)りて湯(ゆ)にわかし入湯 【二十一丁表】  する事は少々(しやう〳〵)の効用(こうよう)もあるへし 【二十一丁裏・白紙】 【二十二丁表】      服薬篇 《割書:併 択医弁》 一 凡(およ)そ養生(やうじやう)の道(みち)は必(かならず)しも薬(くすり)を頼(たの)みとすへからず  上(かみ)にいへることく静意(せいゐ)修身(しうしん)を主(しゆ)とし穀肉果菜(こくにくくわさい)  を程(ほど)よく食(くろふ)て身体(しんたい)を養(やしの)ふを本(もと)とす病(やまひ)ありて後(のち)  薬(くすり)を需(もと)むべし薬(くすり)を用(もちゆ)るは兵(へい)を用ゆるかごとし  天下国家(てんかこくか)無事(ぶし)の時(とき)は兵(へい)を出(いだ)さゞるにしくはな  し国(くに)乱(みた)るゝときは止事(やむこと)を得(え)すして兵(へい)を出(いだ)して  治(おさ)むるなり兵(へい)を出(いだ)すには必(かならず)しも良将(りやうしやう)を選みて出(いだ)  さゞるときは其利(そのり)なし薬(くすり)を服(ふく)するに良医をゑ  らみて用(もちい)さる時(とき)は其功(そのこう)すくなし 【二十二丁裏】 一 医(い)を択(ゑら)ぶ事 甚(はなはだ)難(かた)し程子(ていし)の言(ことば)に親(おや)につかふるも  のは医(い)をしらざれは医(い)をゑらむ事(こと)あたはす故(ゆへ)  に孝子(かうし)は必(かなら)ず医(い)を学ぶべしと云へり一理(いちり)ある  義(ぎ)なれども是(これ)は才徳兼備(さいとくけんび)したる人(ひと)は左(さ)もある  べきなれども今(いま)の世(よ)の俗人(ぞくじん)のすこし医術(いじゆつ)に心(こゝろ)  掛(がけ)たる人(ひと)は却而(かへつて)疑滞(ぎたい)のこゝろ甚(はなはだ)つよく起(おこ)りて  却而(かへつて)判断(はんだん)しかたし甚(はなはだ)しき者(もの)は医者(いしや)の薬(くすり)を見て  己(おのれ)か意(い)を以て薬味(やくみ)をさりきらひして用(もち)ゆるや  うの輩(ともがら)はなはだ多(おゝ)し如(かくの)_レ是(ごとく)にては却而(かへつて)医家(いか)も医(い)  案(あん)一盃(いつぱい)の事(こと)も出来(でき)かたきに至(いた)る事(こと)となるなり 【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像55枚目左頁・二十三丁表に続く。左頁は画像65枚目右頁・三十二丁裏から続く。】 【三十三丁表】  は誠(まこと)に不(ざる)_レ治(ぢせ)の症(しやう)なり古人(こじん)より病(やまひ)を治(ぢ)せんとな  らは医(い)に需(もとむ)るは通義(つうぎ)なり然るを故(ゆへ)なくして加(か)   持(ぢ)祈祷(きとう)のみを求(もとむ)るは是(これ)聖教(せいきやう)に背(そむ)き道(みち)の本体(ほんたい)を  失(うしの)ふ医薬を頼(たの)みて其外(そのほか)に符咒(ふじゆ)を求(もとむ)るは猶(なを)其 理(り)  あり医薬(いやく)を廃(はい)して治(ぢ)を求(もとむ)るは木(き)によりて魚(うを)を  求(もとむ)るにひとしき歟しかのみならず惣(そう)して療治(りやうぢ)  を頼(たの)むに付て日時(にちじ)方角(はうがく)をゑらぶ事は迷(まよい)の甚(はなはだ)し  きと云べし方角(はうがく)宜(よろし)しといへども其方(そのはう)に良医(りやうい)な  きときは求(もと)めかたし是(これ)を不通(ふつう)の論(ろん)と云也 一 聖人(せいじん)病(やまひ)し玉(たま)ふ時(とき)子路(しろ)請(いのらん)_レ祈(とこふ)に丘(きう)之(か)祈(いのる)事(こと)久(ひさし)と答(こたへ)給(たまふ)  なれは祈祷(きとう)は平生(へいぜい)の事にして孝悌(かうてい)忠信(ちうしん)修(おさめ)_レ身(みを)斎(とゝのへ)  《割書: |レ》家(いへを)は平生(へいぜい)の祈祷(きとう)なり道(みち)を行(おこの)ふ者(もの)は神(かみ)は助(たす)け給(たま)  ふの理(り)なれは常(つね)に社稷(しやしよく)の神に詣(もう)て国恩(こくおん)を謝(しや)し  無事(ぶじ)を祈(いのる)へし病(やまひ)に臨(のぞ)んで俄(にわか)に祈(いの)るは世俗(せぞく)にも  悲(かな)しき時(とき)の神(かみ)たゝきと云て益(えき)なき事(こと)なれ共 是(これ)  又(また)世上(せじやう)の交(まじは)りにて行(おこな)はざれはなりかたき時(とき)は  其(その)宜(よろ)しきに随(したが)ふべし然(しか)れ共 夫(それ)のみに拘(かゝは)りて医(い)  薬(やく)を廃(はい)するはいよ〳〵惑(まよひ)の甚(はなはだ)しき義(ぎ)なれは深(ふか)く  医薬(いやく)を頼(たの)みて其他(そのた)は時宜(じき)に随(したがふ)て斟酌(しんしやく)すべし偏(へん)  僻(こつ)の敞(ついへ)なきやうに心得(こゝろえ)べき事(こと)肝要(かんよう)なり 【裏表紙 文字なし】 KEIO-00671 書名 養生録        3/3冊 所蔵者 慶応大学メディアセンター (備考) 管理番号 70100598978 撮影   株式会社カロワークス 撮影年月 平成28年2月   慶応大学メディアセンター 【管理ラベル y13】 【題箋】養生録  巻下  養生録巻之下     飲食篇 一 人身(じんしん)は脾胃(ひい)の気(き)の順(めぐ)るを養生(やうぜう)の根本(こんぽん)とする也  此(この)気(き)能(よく)く順(めぐ)るときは五臓六腑(ごぞうろくふ)の運行(うんかう)滞(とゞこふ)りなく  精(せい)気(き)神(しん)の三つの物(もの)全(まつた)く守(まも)りて病(やまひ)をなすの因縁(いんゑん)  なし故(ゆへ)に先(まづ)飲食(いんしよく)を節(せつ)にするを第一(だいいち)とするなり  平食(へいしよく)は大概(たいかひ)己(おのれ)が働(はたら)きの分量(ぶんりやう)を考(かんが)へて食量(しよくりやう)を定(さだ)  め置(お)き過食(くはしよく)すべからす我(わが)腹中(ふくちう)に応(おう)する品(しな)を  考(かんが)へてよき程(ほど)に食(くろ)ふべし飽食(ほうしよく)大酒(たいしゆ)は甚(はなはだ)忌(いむ)べき  事(こと)なり眼前(がんぜん)のあたりなくとも追々(おい〳〵)脾胃(ひい)の運(めぐ)り  あしくなれは我(わか)生命(せいめい)を削(けづ)るにひとしき事(こと)なり  故(ゆへ)に深(ふか)く是(これ)を慎(つゝし)むべし 一 平生(へいぜい)人(ひと)の用(もち)ひなれざる食物(しよくもつ)は異食(いしよく)といふて先(まづ)  は忌(いむ)べし然(しか)れども餌食(じしよく)して病(やまひ)に利(り)あるべき品(しな)  ならば医人(いじん)に問(とふ)て性味(せいみ)功用(こうよう)を糺(たゞ)して喰(くろ)ふへし  又(また)重食(ぢうしよく)を忌(い)むいまだ腹中(ふくちう)充満(ぢうまん)してすかざる時(とき)  には何(なに)にても食(くろ)ふべからず肉味(にくみ)の類(るい)は別(べつ)して  重食(ぢうしよく)するときは脾胃(ひい)に膩(あぶら)を生(しやう)じて運(めぐ)りあしく  なれは決(けつ)して食ふべからす 一 軟飯(なんはん)爛肉(らんにく)少酒(せうしゆ)独宿(どくしゆく)此 四(よ)つの物(もの)は身(み)を養(やしの)ふの本(もと)也(なり)  凡(すべ)て飯(はん)は大抵(たいてい)やわらかなる飯(はん)を食(くろ)ふべしあま  りに粥(かゆ)のことき飯(はん)は飪(にへはな)を失(うしな)ひたるとて却(かへつ)て脾(ひ)  胃(い)に滞(とゝこ)りやすし強(こわ)きは脾胃(ひい)にあらくあたりて  大(おゝひ)にあしゝ尤(もつとも)朝(あさ)ことに白(しら)かゆを喰ふときは腹(ふく)  中(ちう)寛(ゆたか)になりて終日(しうじつ)宜(よろ)しきものなり昼晩(ひるばん)二時(にじ)は  相応(そうおう)の飯(はん)を食(しよく)して肉類(にくるい)は一時(いちじ)に限(かぎ)るべし尤(もつとも)爛(らん)  肉(にく)とて能(よく)煮(にへ)熟(じゆく)したるを用(もち)ゆべしかたき肉(にく)又(また)は  鳥獣(とりけもの)の肉類(にくるい)は別(へつ)して能(よく)熟(じゆく)したるを少(すこ)しつゝ食(くら)  ふべし生肉(なまにく)の作(つく)り身(み)なとは多(おゝ)く食(くら)ふべからす  惣して昼(ひる)の内(うち)は働(はたら)き強(つよ)きものなれは肉味(にくみ)を食(しよく)  しても宜(よろ)し夜(よる)に至(いた)りてはつよき物(もの)は胃中(いちう)に滞(とゞこ)  りやすけれは多(おゝ)く食(しよく)せぬ方(かた)をよしとすべし食(しよく)  して寐(ね)るときは痰唾(たんだ)を口中(こうちう)に多(おゝ)く生(しやう)して其翼(そのよく)  日 悪心(おしん)嘔吐(おうど)なとを発(はつ)して快(こゝろ)からず度々(たび〴〵)右体(みぎてい)の  事(こと)あるときは遂(つい)には腫物類(しゆもつるい)などを発(はつ)して治(ぢ)し  かたきに至(いた)るものなり酒(さけ)を飲事(のむこと)は各々(おの〳〵)その量(りやう)  のあるものなれども随分(ずいぶん)少酒(せうしゆ)少酔(せうすい)にすべし少(せう)  酒(しゆ)なるときは欝情(うつじやう)をひらき陽気(やうき)を順(めぐ)らし快(こゝろよ)き  事(こと)限(かぎ)りなく古人(こじん)も花(はな)は半開(はんかい)に見(み)酒(さけ)は微酔(びすい)に飲(のむ)  と云 金言(きんげん)あり是(これ)を称(しやう)しては実(じつ)に百薬(ひやくやく)の長(ちやう)とも  云べし過飲(くはいん)するときは人(ひと)の生命(せいめい)を傷(やぶ)り諸病(しよびやう)を  生(しやう)ずるの基(もと)ひとなる且(かつ)淫泆(いんいつ)に陥(おちい)りて徳(とく)を損(そん)ず  るに至(いた)る女色(によしよく)に耽(ふけ)る事(こと)は人(ひと)の大欲(たいよく)なれば若(わか)き  内(うち)より深(ふか)く慎(つゝし)みて其 欲(よく)を制(せい)すべし常(つね)に独宿(どくしゆく)に  馴(なれ)てみたりに近(ちかづ)くべからず是(これ)人倫(じんりん)の慎(つゝし)みの第(だい)  一(いち)なれば別(べつ)して大切(たいせつ)に心得(こゝろえ)べし 一 平日(へいじつ)の食(しよく)は自分(じぶん)の量(りやう)よりはひかへて七八分位(ひちはちぶんくらい)  に食ふべし過(すぐ)るときは気(き)をふさき眠(ねむ)りを生(しやう)じ  遂(つい)には運化(うんくわ)の精微(せいび)を失(うしな)ふに至(いた)る然(しか)れとも賤人(いやしきひと)  努力(はたらき)つよくいたす輩(ともから)は其量(そのりやう)に応(おう)じて食(くら)ふとも  害(がい)なし安居(あんきよ)して事(こと)をなす者(もの)は随分(ずいぶん)満(みち)ざるやう  に心得(こゝろえ)てよし且(かつ)夜分(やぶん)二更(にかう)の比(ころ)になりて食(しよく)する  事(こと)大(おゝひ)に害(がい)あり兎角(とかく)働(はたら)きある内(うち)は少(すこ)しく過(すぎ)たり  とも又(また)ゆるすべけれども食(しよく)して直(すく)に寐(ね)るとき  は胃気(いき)をふさぎて痰沫(たんあわ)を生(しやう)じ遂(つい)には留飲癖嚢(りういんへきのう)  の類(るい)を生(しやう)ずるの基(もとひ)となるなり其上(そのうへ)夜食(やしよく)寐酒(ねざけ)な  どは始終(しじう)癖(くせ)になりて後(のち)には止(やめ)がたきにいたる  者(もの)多(おゝ)ければ始(はじめ)を慎(つゝし)みて堪忍(かんにん)すべし 一 酒(さけ)を飲事(のむこと)も饗宴(きやうゑん)の席(せき)にてもなく平日(へいじつ)の時(とき)は大(たい)  概(がい)申(さる)の刻(こく)前後(ぜんご)までに限(かぎ)るべし夜(よ)に入(い)りては先(まづ)  は飲(のま)さるかよし寐酒(ねざけ)を飲事(のむこと)は猶々(なを〳〵)宜(よろ)しからす  後(のち)には飲(のま)されは眠(ねむ)る事あたはさるやうになる  物(もの)なりかく宿酒(しゆくしゆ)停飲(ていいん)の毒(どく)積(つも)るときは遂(つい)に熱毒(ねつどく)  癰腫(ようしゆ)の病(やまひ)をなし或(あるひ)は膈噎(かくいつ)反胃(ほんい)の類(るい)に変(へん)し遂(つい)に  は命(いのち)を亡(ほろぼ)すにいたるあり恐(おそ)るべきの甚(はなはだ)しき也 一 世俗(せぞく)に好物(こうぶつ)にたゝりなしと云(いふ)事あり此語(このご)一理(いつり)  なきにしもあらすたとへは腹中(ふくちう)の拘攣(こうれん)するも  のは甘味(かんみ)の飴(あめ)さとう類(るい)を好(この)み胸鬲(けうかく)の不利(ふり)する  ものは生姜(しやうか)蕃椒(とうがらし)を好(この)み腹中(ふくちう)のあしき者(もの)は白(しら)か  ゆの和(やは)らかなるを好(この)む寒気(かんき)つよきときは陽気(やうき)  を助(たすく)る酒(さけ)の類(るい)を好(この)み上部(ぜうぶ)欝気(うつき)つよき者(もの)は茶茗(ちや)  を好(この)み酒(さけ)に酔(よう)ものは葛湯(くずゆ)を好(この)むの類(るい)は皆(みな)自然(しぜん)  と其(その)病(やまひ)を治(ぢ)するの品類(ひんるひ)にして其理(そのり)に叶(かな)ふ事(こと)な  りしかしこれとても縦(ほしい)まゝに過食(くはしよく)してはまた  偏味(へんみ)の害(かい)ありて又(また)各々(おの〳〵)其(その)臓気(ぞうき)を傷(やぶ)りて其(その)害(かい)甚(はなはだ)  し何分(なにぶん)にも己(をのれ)が好(この)むに任(まか)せて其欲(そのよく)を貪(むさぼ)りては  大(おゝひ)に悪(あ)しき事(こと)なれは好物(かうぶつ)にたゝりなしといふ  事(こと)を取違(とりちが)へぬやうに心得(こゝろえ)べし 一 諸病(しよびやう)に餌食(じしよく)といふ事(こと)あり能(よく)くすり喰(くひ)をすると  きは服薬(ふくやく)にまさる功能(こうのう)多(おゝ)し故(ゆへ)に周礼(しうらい)と云(いふ)書(しよ)に  食医(しよくい)と云(いふ)者(もの)ありて諸病(しよひやう)の宜(よろしき)と宜(よろ)しからざるを  考(かんが)へ餌食(じしよく)を差図(さしづ)して喰(くらは)しむる事(こと)を司(つかさど)るとあり  此(この)餌食(じしよく)の法(ほう)古今(ここん)の薬性(やくせい)の書(しよ)にも只(たゞ)一通(ひととを)りの性(せい)  味(み)のみをしるしてきつとしたる食法(しよくほう)も見(み)へず  近世(きんせい)後藤氏(ごとううぢ)専(もつぱ)ら餌食(じしよく)の法(ほう)を唱(とな)へたり卓見(たくけん)なれ  どもまた僻見(へんくつ)多(おゝく)して取捨(しゆしや)せずんばあるへからす  今(いま)あらまし此(この)法(ほう)を考(かんかへ)て奥(おく)にしるすしかし我国(わかくに)  の民俗(ひと)は常(つね)に万国(ばんこく)に勝(すぐれ)たる梁米(よきこめ)を食(しよく)するが故(ゆへ)  に獣肉(ぢうにく)などは中華(ちうくわ)同様(どうよう)に食(しよく)すれば大に脂毒(あふらのどく)残(のこ)  りて害(がい)をなす事(こと)多(おゝ)し其(その)病(やまひ)ありて其(その)的中(てきちう)すべき  宜(よろしき)を考(かんがへ)得たるときは食(くろ)ふべし必(かならず)しも平生()無病()  の輩(ともから)はみだりに食(くろ)ふべからす 一 病(やまひ)に臨(のぞ)んで禁忌(きんき)を守(まも)らざれば其(その)病(やまひ)いへずと云  は惣(そう)して病(やまひ)は薬気(やくき)を以(もつ)て治(ぢ)すべき物(もの)なるを薬(やく)  気(き)よりも其性(そのせい)の勝(かつ)べき品(しな)を食(くら)へば其(その)薬効(やくこう)たゝ  ず故(ゆへ)に其(その)禁忌(きんき)を厳重(げんじう)に守(まも)らざれば其(その)効(こう)立(たち)かた  しされども諸病(しよびやう)ともにさし構(かま)ひなき食品(しよくひん)あり  是又(これまた)しらざればなりがたし又(また)病(やまひ)の品(しな)によりて  宜(よろしき)と不(よろしか)_レ宜(らざる)との差別(しやべつ)あり其(その)委(くわ)しきに至(いた)りては医(い)  人(じん)に問(とひ)て明(あき)らかにすべし今其あらましを奥(おく)に  しるし置ものなり     禁好物(きんこうぶつ)篇(へん) 一 凡(およそ)諸病(しよびやう)各々(おの〳〵)宜(よろ)しき品(しな)と忌(いむ)べき品(しな)との分(わか)ちあれ  ども又(また)何病(なにびやう)にも忌(いま)さる品(しな)もあり又(また)何病(なにやまひ)にても  忌(いむ)べき品(しな)ありその二つの禁好物(きんこうぶつ)を左(さ)にしるし  置(おく)なり又(また)其品(そのしな)によりて相畏(あひおそれ)相反(あひはんする)の品(しな)もあり其(その)  委(くわ)しき事(こと)は医人(いじん)に尋(たづ)ねてしるべき事(こと)なれども  先(まづ)其(その)あらましをしるし置(おく)なり       諸病(しよびやう)に不(いま)ゝ忌(ざる)品(しなの)類(るいは) 一 麦(むぎ) 粟(あわ) 稷(きび) 赤小豆(あづき) 大豆(まめ)   右(みぎ)之(の)品(しな)は諸病(しよびやう)共(とも)に忌(いま)ずしかし脾 胃(い)虚弱(きよじやく)にし   て頻(しき)りに下利(げり)などする人(ひと)にはあまり宜(よろ)しか   らず 一 白粥(しらかゆ) 茶粥(ちやがゆ) 醴(あまざけ)   脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人は能(よく)熟(じゆく)したるを用(もち)ゆべし尤(もつとも)白   かゆは何人(なにひと)にても早朝(そうちやう)に食(しよく)すれは腹中(ふくちう)和(くわ)し   てよし茶(ちや)がゆ醴(あまざけ)は至(いたつ)て脾(ひ)弱(よは)き人(ひと)は斟酌(しんしやく)すべ   し全体(ぜんたい)粥(かゆ)は腹中(ふくちう)悪敷(あしき)人(ひと)には尤(もつとも)宜(よろ)しけれども   気力(きりやく)つよき常人(つねびと)には胃湿(いしつ)を生(しやう)じて小便(せうべん)をゝ   くなり気力(きりやく)うすくなる 一 萊菔(だいこん) 蕪青(かぶら)   此(この)二品(ふたしな)諸病(しよびやう)に用(もちひ)て害(がい)なけれ共 地黄(じおう)を服(ふく)するも   のは大根(だいこん)をいみ甘草(かんぞう)を服(ふく)する病人(びやうにん)にはかぶ   らを忌(いむ)の説(せつ)あり是(これ)も薬(くすり)を服(ふく)する前後(ぜんご)一時(ひととき)ば   かり忌(いめ)ばくるしからず 一 胡蘿蔔(にんぢん) 薯蕷(やまのいも) 甘藷(りうきういも)    毒(どく)なし何病(なにびやう)にてもくるしからずしかし味(あぢ)重(おも)   き物(もの)なれは胸鬲(きやうかく)に泥(なづ)まぬやうに過食(くわしよく)せざれ   ばよし 一 干瓢(かんひやう) 款冬(ふき) 越瓜(あさうり) 昆布(こんぶ) 冬瓜(かもうり) 浅草(あさくさ)のり  麩(ふ)  鹿角菜(ひじき) 長芋(なかいも) 零余子(むかご)  午(ご)ぼう  干蕪菁(ほしかぶら) 蒲公英(たんほゝ) 五加葉(うこぎ) 鶏腸菜(よめな) 菊葉(きくのは)  宇登(うど) 葛(くず) 葛餅(くずもち) 蘘荷(めうが) 地膚(ほうきゞ) 萱草(くわんぞう)  右之類(みぎのるい)何(いづれ)にても用(もちひ)てよし 一 飴(あめ) 蔗造菓(さとうぐわし)   右(みぎ)は何(いづれ)にてもくるしからずしかし小児(せうに)には   甘味(かんみ)過(すぐ)れば疳(かん)を生(しやうず)る故(ゆへ)に随分(ずいぶん)少(すこ)しくあたふ   べし且 歯(は)の病(やまひ)ある者(もの)は宜(よろ)しからす 一 豇豆(さゝげ) 緑豆(ぶんとう) 蚕豆(そらまめ)    此類(このるい)も差(さし)かまひなけれとも脾胃(ひい)よはく下利(げり)   する人(ひと)にはあまり宜(よろ)しからす蚕豆(そらまめ)は能(よく)く皮(かは)   をさりて用(もちひ)てよし 一 狗脊(せんまい) 蕨(わらび)   此二種(このにしゆ)は常(つね)の病人(びやうにん)にはくるしからず小児(せうに)痘 (とう)   疹(しん)の後(のち)或(あるひ)は眼病(がんびやう)腹脹(ふくちやう)の病人(びやうにん)は食(くろ)ふべからす 一 梅干(むめぼし)   小児(せうに)はよろしからず常(つね)の病人(ひやうにん)には少(すこ)しく塩(しほ)   だしをして煮(に)て食(くら)へはくるしからず 一 海鰻鱺(はも) こち きすご 藻魚(もうを) 鱠残魚(しらうを)  牡蠣(かき) 海参(いりこ) 石決明(あわび) 赤貝(あかゞい) 鰹節(かつほぶし) 海鷂魚(ゑび)  鮟鱇(あんかう) 文鷂魚(とびうを) 古里(ごり) 蒲束(かまつか) 水母(くらげ) 蛤(はまぐり)  沙魚(はぜ) 烏賊(いか)魚 蒲鉾(かまぼこ)《割書:海鰻(はも)にて作りたるを用ゆべ|しざつ魚にて作るは宜からず》    右(みぎ)の類(るい)何病(なにびやう)に用(もちひ)てもくるしからす病人にあ   たふるは惣(そう)たひうすみそうす醤油(じやうゆう)にて用て   よしたとひくるしからざる品(しな)といへどもあ   まりに大食(たいしよく)飽食(ばうしよく)するはよろしからず尤(もつとも)五味(ごみ)   ともに平等(べうどう)に食(くろ)ふをよしとす好品(よきしな)といへ共(ども)   偏(ひとへ)に食(くろ)ふときは病(やまひ)を生(しやう)する基(もとひ)ともなりて宜(よろ)   しからず     禁物(きんもつ)篇(へん) 一 惣(そう)じて服薬(ふくやく)の人(ひと)は何(なに)にても気味(きみ)つよき油気(あふらけ)の  類(るい)重(おも)き物(もの)の類(るい)薬気(やくき)に勝(かつ)の品(しな)は忌(いむ)べし食物(しよくもつ)薬気(やくき)  に勝(かて)ば薬効(やくこう)立(たち)かぬる故(ゆへ)に忌(いむ)べきなり尤(もつとも)諸病(しよびやう)に  よりてそれ〳〵の違(ちがひ)はあれども先(まづ)何(なに)にても忌(いむ)べ  き品(しな)を左(左)にしるすなり 一 酒(さけ) 腫物類(しゆもつるい)の病人(びやうにん)水腫(すいしゆ)脚気(かつけ)又(また)小児(せうに)は決(けつ)して無    用たるべし先(まづ)大概(たいがい)の病人(びやうにん)には忌(いむ)べきなり    気欝(きうつ)したる者(もの)すへて順気(じゆんき)して宜(よろ)しき病(やまひ)に    は少(すこ)しづゝ飲(のま)しむべし 一 油膩(あぶらけ)の物(もの) 惣(そう)じて服薬(ふくやく)の人(ひと)は忌(いむ)べし 一新米 風気(ふうき)を動(うこ)かし脾胃(ひい)をふさぐ故(ゆへ)に病人(ひやうにん)は    食(くら)ふべからずしかし極上々(ごくじやう〳〵)の精米(せいまい)は粥(かゆ)に    作(つく)りて食(くら)ふはくるしからず 一 餈(もち) 生化(しやうくは)しがたき品(しな)故(ゆへ)に病人(びやうにん)は忌(いむ)べし少(すこ)し煮(に)    て食(くら)へはくるしからず瘡毒(そうどく)湿毒(しつどく)の類(るい)には    一切(いつせつ)忌(いむ)べし小児(せうに)は過食(くはしよく)を忌(いむ)犬馬(けんば)これを食(くら)    べは脚(あし)重(おも)くなりあるかず牛(うし)これを喰(くら)へは    歯(は)落(おち)るなり重(おも)き事(こと)知(し)べし 一 麺類(めんるい) 血熱(けつねつ)の病(やまひ)脾胃(ひい)の病(やまひ)には禁(きん)ずべし冷(れい)麺は    猶更(なをさら)なりうどんは少々(せう〳〵)くるしからす阿洲(そばきり)    は積気(しやくき)癖塊(へきくわい)の類(るい)は少々(せう〳〵)用(もちひ)てよし 一 酢(す) 常体(つねてい)の病人(ひやうにん)には無用(むよう)薬食(くすりくい)には用(もち)ゆる症(しやう)有(あり) 一 生魚類(なまうをのるい) 前(まへ)の好物(かうぶつ)所(ところ)にある類はくるしからず    惣(そう)じて作(つく)り身(み)すしなどの類(るい)は薬気(やくき)に勝つ 一 大魚類(おゝうをのるい) くじら ぶり ふか しびの類は油    つよくして病人(びやうにん)大(おゝひ)に忌(いむ)べし 一 川魚類(かはうをのるい) 生(なま)にて食(しよく)するはよろしからす病(やまひ)によ    りて鯉(こい)鮒(ふな)鰻鱺(うなぎ)の類(るい)を用る事は餌食篇(くすりぐいへん)に    委(くわ)し 一 葷菜類(くさきものゝるい) にら にんにく ねき 薤(らつきやう) 野びる    の類(るい)は気(き)つよくして薬気(やくき)にかつの品(しな)なれ    ば服薬(ふくやく)の者(もの)は宜(よろ)しからず 一 菌(くさひら)類 松だけは逆上(ぎやくじやう)つよき品(しな)ゆへに病人(びやうにん)によ    ろしからす しめじは味(あぢ)かるき品(しな)なれば    少々(せう〳〵)用(もちひ)てもくるしからす しいたけは重(おもき)    病(やまひ)によろしからず なめたけ 初(はつ)たけ    しゝたけ 岩(いわ)たけ せうろ 栗(くり)たけ    はりたけ 鼠(ねずみ)たけ 紅(べに)たけ 此類(このるい)有毒の    品にもあらざれども病人は決(けつ)して食ふべ    からず 木耳(きくらげ)は生化しがたきゆへに用べ    からず 一 青菜(あをな)類 つまみな かいわりな ちさ かぶ    らな みづなの類は諸病(しよびやう)とも少々(せう〳〵)用てく    るしからず せり みつ葉(は) 葉にんじん    の類(るい)は気味(きみ)つよき品(しな)ゆへに斟酌(みはからい)すべし尤    山帰来(さんきらい)の入たる薬(くすり)服用(ふくよう)の人は一切の青(かを)な    を忌べし 一 豆腐(とうふ) 製(せい)するに塩(しほ)のにがりを以(もつ)てする故(ゆへ)に病    人は先(まづ)は食ふべからず能(よく)気(き)をふさぎ脾胃(ひい)    に滞(とゞこ)りやすし瘡疥(そうかい)頭風(づふう)の類(るい)には別(へつ)してよ    ろしからず 一 褐腐(こんにやく) 製(せい)するに石灰(いしばい)を用るがゆへに消(しやう)しがた    し病人 小児(せうに)など決(けつ)して食(くろ)ふべからず癲癇(てんがん)    を病(やん)だる者(もの)は終身(しうしん)食(くろ)ふべからず 一 筍(たけのこ) 逆上(ぎやくじやう)する病人(びやうにん)によろしからず多(おゝ)く食(くら)へば    口中(こうちう)に瘡(くさ)を発(はつ)する事(こと)あり 一 栗(くり) 化(くわ)しがたき品(しな)故(ゆへ)に多(おゝ)く食(くろ)ふべからず 一 芋(いも) かしらいも 唐(とう)のいも たゞいもの子(こ)皆(みな)    化(くわ)しがたき品(しな)故(ゆへ)に気(き)を滞(とゞこ)らしてあしゝ然(しか)し    至(いたつ)て少(ちいさ)さき子芋(こいも)は其気(き)うすき故に少々(せう〳〵)食    ふてくるしからず 一 慈姑(くわへ) 同上 一 青魚(さば) 病人(びやうにん)此(この)すしを食(くろ)ふべからす白朮(ひやくじつ)を(ふく)服す         る人(ひと)にはさばを忌(いむ)べし 一 章魚(たこ) 石距(あしなかたこ) くもだこ皆(みな)小毒(せうどく)あり脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の    人(ひと)積塊(しやくくわい)瀉利(しやり)の人 消(しやう)しがたき品(しな)故(ゆへ)に惣(そう)じて    服薬(ふくやく)の人(ひと)食(くら)ふべからずいゝたこは性(せい)味(み)少(すこ)    し軽(かる)し病人すこしは食(くら)ふとも害(がい)なし 一 田螺(たにし) 功能(こうよき)はをゝしといへども脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人    はくらふべからず 一 鱅魚(このしろ) 瘡疥(そうかい)を発(はつ)す病人(ひやうにん)食(くら)ふべからず 一 蟹(かに) 種類(しゆるい)多(おゝ)き品(しな)なり諸(しよ)蟹(かに)とも小毒(せうとく)あり別(べつ)して    妊婦病人は食(くら)ふべからず 一 鰛(いわし) 痰(たん)多(おゝ)き人(ひと)瘡疥(そうがい)ある人は食ふべからす油(あぶら)つ    よくして下品(げひん)なり病人はよろしからず 一 仁志牟(にしん) かずのこ 脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人 腫物類(しゆもつるい)ある    人は食ふべからず化しがたし 一 志伊良(しいら) 油(あぶら)多(おゝ)し病人 食(くら)ふことなかれ 一 鰕(ゑび) いせゑび くるまゑびともに小毒(せうどく)あり病    人 食(くら)ふ事なかれ 一 河豚(ふぐ) 大毒(だいどく)ある品(しな)あれは食(くら)ふ事(こと)なかれ 一 鯣(するめ)・しやくなけ    いつれもかたくして脾胃(ひい)弱(よわ)き人 食(くら)べからす 一あみしほから あみざこよろしからず 一 鳥類(とりるい) 諸鳥(しよてう)各(おの〳〵)其(その)功能(こうのう)あり是(これ)は餌食(じしよく)の篇(へん)に出(いだし)た   り先(まづ)脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の病(やまひ)或(あるひ)は血熱(けつねつ)腫物(しゆもつ)の類(るい)に油(あぶら)つ   よき品(しな)なればみだりに食(くら)ふべからず若(わか)き者(もの)   は尚更(なをさら)無用たるべし 一 獣肉(じうにく) 是(これ)も同上 鳥(とり)よりも猶(なを)一段(いちだん)つよきもの   なれば病人(びやうにん)は別(べつ)して食(くら)ふべからず    右(みぎ)之(の)外(ほか)異物(いぶつ)の類(るい)は何にても病人は謾(みだ)りに    食(くら)ふべからず     相反篇 一 凡(およそ)食物(しよくもつ)中(のうち)に相畏(あいおそれ)相反(あいはんす)と云事(いふこと)あり相畏(あいおそる)の物(もの)は或(あるひ)  は効(こう)をなし或(あるひ)は其(その)毒(どく)を制(せい)する事(こと)をなす相反(あいはんする)の  品(しな)は或(あるひ)は人(ひと)を害(かい)し或は病(やまひ)に害(かい)あり故(ゆへ)に俗人(ぞくじん)も  此(これ)を喰合(くひあわせ)と云 是(これ)を明(あき)らかにせざれば其(その)禍(わさはい)をう  く今(いま)あらかたをしるす委(くわ)しき事(こと)は医人(いじん)に問(とふ)て  明(あきらか)にすべし別(べつ)して服薬中(ふくやくちう)に反(はん)する物(もの)などは詳(つまびらか)  に弁(わきも)ふべし 一 餈(もち)・と酒(さけ)と同(おな)じく食(くら)へは酔(ゑふ)て醒(さめ)がたしと古(いにし)へ   よりいへどもおしなべて世上(せじやう)に食(くら)ふもの多(おゝ)   けれども其害(そのかい)を見ず然(しか)れども本(もと)より合(あひ)がた   き品(しな)なれは先(まづ)は慎むべし 一 蕎麦(そば)と 猪肉(ちよにく)羊肉(ようにく)と同(おな)じく熱食(ねつしよく)すれば熱瘡(ねつそう)を   やみ眉(まゆ)髪(かみ)脱落(だつらく)す 一 薬中(くすりのうち)に 地黄(ちおう)の入(いり)たる人には莢菔(だいこん)葱(ねぎ)を忌(いむ)とあ   れとも葱(ねぎ)はかろし大根(だいこん)は重(おも)し 一 荊芥(けいがい)を 服(ふく)する人は一切 生魚(なまうを)を制(きん)す 一 反鼻(はんひ)の 薬中に入たる人は煙草(たばこ)を飲(のむ)べからず   煙草(たばこ)のやに諸蛇(しよじや)の気(き)にかつゆへに薬効(やくこう)たち   かたし 一 甘草(かんぞう)を 服(ふく)する人(ひと)蕪菁(かぶら)を食(くら)ふべからすと古説(ふるきせつ)   にあれども是(これ)は大害(たいかひ)を見すされとも古説(こせつ)に   従(したがふ)べし 一 索麺(そうめん) と枇杷(びわ)と同(おな)じく食(しよく)すれは黄疸(おうだん)をやむ 一 鮒(ふな)と 芥の葉(は)と同食(どうしよく)すれば水腫(すいしゆ)をやむ 一 蓴菜(じゆんさい) 酢(す)に和(くわ)して食へは骨痿(ほねなへ)せしむ 一 甜瓜(まくわ) 油気(あぶらけ)と餅(もち)とに反(はん)すまた淋疾(りんしつ)をやむ人(ひと)は  諸瓜(しよくわ)ともに忌(いむ)べし 一 蓼(たで)・生姜(しやうが)と同食(どうしよく)すれは人気(じんき)を脱(だつ)す蒜(にんにく)と同食(どうしよく)す   れは淋(りん)をなす 一 黒(くろ)大豆(まめ) 人参(にんじん)の毒(どく)を解(け)す故(ゆへ)に参(じん)を服(ふく)する者(もの)は   忌(いむ)べし厚朴(かうぼく)卑麻子(ひまし)と相反(あいはん)す 一 茶(ちや) 榧(かや)の実(み)山帰来(さんきらい)威霊仙(いれいせん)を服(ふく)する人(ひと)は飲(のむ)べか   らず 一 沙糖(さとう) 筍(たけのこ)と甜瓜(まくわ)とに同食(とうしよく)をいむ 一 海藻(もぞく) 服薬(ふくやく)の人(ひと)に一切(いつせつ)いむ 一 柘榴(ざくろ) 右(みぎ)に同(おな)じ 一 李(すもゝ) 雀(すゞめ)と同食(どうしよく)すべからず蜜(みつ)と相反(あいはん)す 一 梅実(むめ) 黄精(おうせい)を服する人にいむ 一 桃(もゝ) 白朮(びやくじつ)を服する人にいむ 一 銀杏(ぎんあん) うなぎと同食(どうしよく)をいむ 一 胡桃(くるみ) 酒(さけ)と同食をいむ 一 焼酒(しやうしゆ) 生姜(しやうが)蒜(にんにく)と三物(さんぶつ)同食すれは痔(ぢ)を生(しやう)ず 一 熱湯(ねつとう) 銅器(あかゞねのうつわもの)にて濃(こ)く煮(に)たる熱湯(ねつとう)は声(こゑ)を損(そん)ず 一 鯉(こひ) の黒血(くろち)に毒(どく)あり食ふべからず 一 鮒魚(ふな) 沙糖(さとう)と同食すれは疳(かん)の虫(むし)を生(しやう)ず芥子(からし)と   同食すれは水腫(すいしゆ)をなす麦門冬(ばくもんどう)と同食すれば   人を害(かい)す 一 河豚(ふぐ) 煤(すゝ)の入(いり)たる時(とき)は毒(どく)猛(さか)んになると本草(ほんぞう)に   見へたれとも此(この)説(せつ)疑(うたがは)し愚按(ぐあん)するに河豚(ふぐ)は一   種(しゆ)大毒(だいどく)のある品(しな)あるべし其(その)有毒(ゆうどく)と無毒(むどく)の品   を見分(みわけ)る事(こと)かたし故(ゆへ)に若(もし)有毒の品にあたる   ときは頓(とん)に命(めい)を失(うし)ふかゝる恐(おそ)るべき品なれ   ば無毒の品たりとも決(けつ)して食ふべからす古   より種々(しゆ〴〵)の解毒(げどく)の薬(くすり)ありといへとも所詮(しよせん)大(だい)   毒(どく)のあたりたるは解毒する事あたはずと心(こゝろ)   得(え)べし      餌食篇 一 餌食(じしよく)は薬喰(くすりぐい)の事(こと)なり凡そ食物(しよくもつ)能毒(のうどく)の事(こと)は世(よ)に  食性(しよくせう)の書(しよ)あまたあれは其書(そのしよ)に付(つい)て需(もと)めしるべ  し前段(せんだん)に述(のぶ)るごとく古(いにし)への食医(しよくい)の食(しゆく)を以(もつ)て病(やまひ)  を治(ぢ)するのいちしるしき事のみをこゝにあげ  てしめすものなり今世(きんせい)の医(い)はみたりに食物(しよくもつ)の  禁忌(きんき)のみを語(かた)りて却(かへつ)而(て)服薬(ふくやく)にましたる功(こう)あり  て病(やまひ)に利(り)ある食物(しよくもつ)もすてゝ論(ろん)ぜず今(いま)予(よ)が論(ろん)す  る所(ところ)は喰(くら)ふて病(やまひ)にいちしるしき功(こう)あるを試(こゝろ)み  たる物品(ぶつひん)をゑらびてしるすのみしかし薬喰(くすりぐい)は  過食(くはしよく)する時(とき)は大(おゝい)に害(かい)あり宜(よろ)しく節(せつ)にして喰(くは)し  むべし惣(そう)じての食品(しよくひん)は数多(かずおゝ)き事なれはのせす  唯(たゞ)此篇(このへん)は薬喰(くすりぐい)になるべき品(しな)のみをしるし置(おく)也 一 麦飯(むぎめし) 胸(むね)を寛(ゆる)くし気(き)を下(くだ)し積聚(しやくじゆ)を消(せう)し食(しよく)をす  すむ此(この)物(もの)摂生家(やうぜうか)の常食(じやうしよく)にして身体(しんたい)に適(かな)ふの良  穀(こく)なり農民(のうみん)は常(つね)に是を喰(くら)ふ故(ゆへ)に腹中(ふくちう)積聚(しやくじゆ)なく  心体(しんたい)堅固(けんご)なりしかし至(いたつ)て脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)なる人(ひと)は却(かへつ)  てあらくあたりて腹内(ふくない)をすかし過(すご)して下利(けり)を  なす事もあり斟酌(くみはかり)すべし○腹満膨脹(ふくまんほうちやう)の水腫(すいしゆ)に  他食(たしよく)を捨(すて)て唯(たゞ)麦(むぎ)と小豆(あづき)斗りを食(しよく)して服薬(ふくやく)する  時(とき)は水気(すいき)を利(り)する事 神妙(しんめう)の功(こう)あり○飴(あめ)を作(つくる)に  麦芽(ばくげ)の力(ちから)を以(もつ)て忽(たちま)ち化(くは)するを見るときは腹中(ふくちう)  の塊(くはい)を消(せう)するの功(こう)しるべし常(つね)に肉食(にくしよく)勝(がち)なる人(ひと)  などは時々(とき〴〵)是(これ)を喰(くら)ふて大(おゝい)によし 一 大豆(まめ) 日用(にちよう)の良菜(りやうさい)にして味噌(みそ)醤油(しやうゆ)豆腐(とうふ)種々(いろ〳〵)の  味(あぢ)となりて民用を助(たすく)る事 大(おゝい)なり唯(たゞ)煮(に)て食(くら)ふは  胃虚(いきよ)泄瀉(せつしや)の人によろしからず○胸膈(きやうかく)いたみ胸(きやう)  中(ちう)もたへ苦(くる)しむに能(よく)炒(い)りて山巵子(くちなわし)と等分(とうぶん)にし  て煎(せん)じ用(もちい)て即効(そくこう)あり○黒大豆(くろまめ)は豆中(まめのなか)の上品(ぜえうひん)故(ゆへ)  に薬用(やくよう)には是(これ)を用(もちゆ)るをよしとす諸薬(しよやくの)毒(どく)を解(げ)し  別(べつ)して人参(にんじん)の毒(どく)にあたりてもたへ苦(くる)しむには  水煎(みづせんし)して服(ふく)すれは即効(そくこう)あり 一 胡麻(ごま) 平食(へいしよく)には白(しろ)き方(かた)油(あふら)多(おゝ)くしてよし服薬(ふくやく)餌(じ)  食(しよく)には黒(くろ)き方(かた)をよしとす俗間(ぞくかん)に服薬(ふくやく)の病人(びやうにん)に  は是(これ)を禁(きん)す愚按(ぐあん)するに此品(このしな)脂(あふら)ありといへとも  本(もと)胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を進(すゝ)むるか故(ゆへ)に胃中(いちう)に稠粘(てうねん)せず  故(ゆへ)に用て害(かい)なし○黒胡麻(くろごま)は補腎(ほじん)の良薬(りやうやく)とす延(ゑん)  年(ねん)不老(ふろう)の説(せつ)は妄(もう)に近(ちか)しといへども平生(へいぜい)餌食(じしよく)す  れは五臓(ごぞう)の津液(うるほひ)を補(おきな)ひ気力(きりやく)をまし肌肉(きにく)を充(みた)し  むるの効(こう)ありて甚(はなはだ)好品(こうひん)なり 一 赤小豆(あづき) 湿(しつ)を燥(かわ)し水気(すいき)を利(り)し乳汁(にうじう)を通(つう)し酒毒(しゆどく)  を去(さ)る○腹満(ふくまん)腫脹(しゆてう)の病(やまひ)に赤小豆(あづき)薬(くすり)敦(とん)阜剤など  云(いふ)て用(もち)ゆる薬(くすり)あり常(つね)の米食(へいしよく)を減して麦(むぎ)小豆(あづき)の  みを用ゆる薬なり甚(はなはだ)良効(りやうこう)あるくすりなり〇一切  瘟疫(はやりやまひ)痢病(りびやう)なと流行(はやる )の節(せつ)預(あらかじ)め煎(せん)し服(ふる)するときは  其 伝染(うつる)する事を免(まぬか)る○痘瘡(ほうそう)を軽(かろ)くし預(あらかじ)め防(ふせ)が  んと思ふ節(せつ)は赤小豆(あづき)黒大豆(くろまめ)菉豆(ぶんとう)《割書:各三匁》甘草(かんぞう)《割書:一》  《割書:匁》を水にてせんじ汁(しる)を飲(のま)しめ意(い)に任(まか)せて豆(まめ)を  喰(くらは)しむれは痘瘡(ほうそう)急発(きうはつ)を免るゝ事 三因方(さんいんほう)に出(いて)た  り試効(こゝろみるにこう)ある事なり     塩(しほ)造(そう)醸(しやう)類 一 塩(しほ) 諸味(しよみ)を調和(てうくわ)するの第一(だいいち)にして民生(みんせい)日用(にちよう)の  冠(かしら)たり其(その)功能(こうのう)も多(おゝ)く実(まこと)に人(ひと)を助(たす)くへき品(しな)なり  其(その)性(せい)腎(じん)に入(い)るを以(もつ)て気(き)を降(くだ)し物(もの)を堅(かた)むるの最(さい)  上(ぜう)なり○毎朝(まいちやう)塩を以(もつ)て歯(は)にすりぬり水(みづ)にて漱(そゞぎ)  き其(その)水にて目(め)を洗(あら)ふときは歯(は)を固(かた)め目(め)を明(あきらか)に  する事 妙(めう)なり日々 懈(おこた)らされは老年(ろうねん)にいたりて  も目(め)歯(は)丈夫(じやうぶ)にして衰(おとろ)へず○霍乱(くはくらん)中暑(ちうしやう)滞食(たいしよく)の諸(しよ)  病(びやう)にて心腹(しんふく)卒痛(そつつう)して苦(くる)しむ者 一切(いちさい)胸中(けうちう)に痰沫(たんまつ)  あつまりて堪(たへ)がたき症(しやう)に塩湯(しほゆ)を作(つく)りて頻(しき)りに  飲(のま)しむれはたちまち吐(と)して胸中(けうちう)さつぱりとな  る是(これ)は軽(かる)き吐剤(とさい)にして甚(はなはだ)妙功(めうこう)ある聖方(せいはう)なり○  諸(しよ)毒虫(どくむし)のさしたるに洗(あら)ひてよし○風湿(ふうしつ)の皮膚  に欝(うつ)して痛(いた)むにまたは疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)冷(ひへ)痺(しひれ)下部(げぶ)の順(めぐら)  ざる諸病(しよびやう)に塩(しほ)ごもを入(いれ)たる浴湯(よくとう)にて温(あたゝ)めてよ  く順(めぐ)るなり○目疣に度々(たび〳〵)塩水(しほみづ)にて洗(あら)ひてよし  ○虫を殺(ころ)し瘡腫(そうしゆ)の毒(どく)を消(け)し一切 癥瘕(てうか)積塊(しやくくわい)の類(るひ)  にてもかたきを和(やわら)くるの功(こう)甚(はなはだ)妙(めう)なり○火灼(やけど)瘡  に塩湯(しほゆ)にて度々(たび〳〵)洗(あら)へばひりつきもとまりてよ  し 一 酒(さけ) 気(き)を順(めぐ)らし欝(うつ)をひらき寒(かん)を温(あたゝ)め暑(しよ)を消(け)し  風湿(ふうしつ)を散(さん)じ邪悪(しやあく)を去(さ)り禽獣(きんぢう)菜蔬(さいそ)の毒(どく)を解(げ)し心(こゝろ)  を愉快(ゆくはい)にし興(けう)を催(もよほ)し人(ひと)を楽(たの)しましむる事 諸薬(しよやく)  の及ぶところにあらず古人(こじん)称(しやう)して百薬(ひやくやく)の長(ちやう)と  する事 宜(むべ)なるかな唯(たゞ)平日(へいじつ)微酔(ひすい)に飲(のみ)て過(すぎ)ざるを  肝要(かんよう)とするなり酣飲(かんいん)放恣(ほうし)にして謾(みだ)りに飲(のむ)とき  は神(しん)を損(そん)し精(せい)を亡(ほろ)し其(その)害(かひ)勝(あげ)て数(かぞふ)べからず甚(はなはだ)し  き時(とき)は其(その)天年(てんねん)を失(うしな)ふにいたる恐(おそ)るべきのいた  りなり○血分(けつぶん)を順(めぐ)らす諸薬(しよやく)の内(うち)に入て能(よく)其(その)患(うれ)  ふる所(ところ)にいたらしむる妙効(めうこう)あり○ 久瘧(きうぎやく)治(ぢ)しか  ねたる時は意(こゝろ)に任(まか)せて冷酒(れいしゆ)を随(すい)分飲(のむ)たけのま  しめて能(よく)寐入(ねいら)しめて睡中(すいちう)寒熱(かんねつ)を覚へずさめて  忘(わす)るがごとくいゆるなり是(これ)予(わか)試みたる所なり○  一切(いつさい)打撲(うちみ)に用る愛洲(あいす)を温酒(うんしゆ)にて随分(すいぶん)余計(よけい)に飲(のま)  しめて臥(ふ)さしむるときは大によし○薬酒(くすりざけ)の類(るい)  は種々(しゆ〴〵)あるものなり其(その)製(せい)する家に付て其(その)功用(こうよう)  を詳(つまひらか)にして用ゆべし 一 焼酒(せうちう) 胸膈(けうかく)を快活(くわいくわつ)にし諸(しよ)冷(れい)積(しやく)欝(うつ)結(けつ)の諸(しよ)病(ひやう)を開(ひら)  き諸(しよ)気(き)を通(つう)する事神のことし蘭薬(らんやく)製煉(せいれん)に多(おゝ)く  此を用て薬気(やくき)の猛盛(もうせい)なるを尊む事あり○膈噎(かくいつ)  の類(るい)に用てしはらく食(しよく)を通(つう)する事 妙(めう)なり○虫(むし)  歯(は)の痛(いた)みつよきにしはらく含(ふく)みて吐時(はくとき)は口中  悪穢(あくえ)の気(き)をさりてよし○痛風(つうふう)の類(るい)或(あるひ)は痛処(いたむところ)腫(はる)  る事あるにすこしつゝぬりてよし○胸痺(けうひ)心痛(しんつう)  などに薤白根(がいはくこん)をとり焼酒(せうちう)にひたし置(おき)少しつゝ  用れは妙(めう)なり 一 酢(す) 諸(もろ〳〵)の瘡腫(そうしゆ)をいやし積塊(しやくくはい)を消(しやう)し痰水(たんすい)を逐(お)ひ  瘀血(をけつ)を消(しやう)し魚肉菜(きよにくさい)諸虫(しよちう)の毒気(とくき)を殺して諸(もろ〳〵)の関(くわん)  竅(けう)を開(ひら)くの聖剤(せいさい)なり○苦酒(くしゆ)湯とて咽喉(いんこう)腫塞(はれふさか)り  声(こへ)出す勺(しやく)飲も通(とを)らぬに鶏卵(けいらん)に半夏(げ)の末(まつ)を入(い)れ  酢(す)にて能(よく)煮(に)て少しつゝ用る時は咽喉(いんこう)乍(たちま)ち開(ひら)く  事妙なり○産後(さんご)血暈(けつうん)にて人事(にんじ)をしらざるに石  を赤く焼て酢(す)をそゝぎ掛(かけ)けて鼻(はな)に嗅(かゞ)すときは  忽(たちま)ち蘇(よみかへる)るなり○湯火傷(やけど)に頻(しきり)りにぬりてよし○  惣(そう)じて何(なん)の痛(いた)みにても和(やわら)ぐるには酢(す)と酒(さけ)と合(がう)  半にして諸薬(しよやく)に和(くは)して洗(あら)ふときは甚妙なり是  予(よが)試(こゝろむ)効(こう)尤多し 一 飴(あめ) 脾胃(ひい)を和(くは)し虚冷を補(おきな)ひ肺(はい)を潤(うるほ)し咳嗽(せき)をや  む腹中(ふくちう)拘攣(こうれん)を緩(ゆる)くするを第一の功(こう)とす建中湯(けんちうとう)  に用て其功(そのこう)著(いちし)るし○金鉄(きんてつ)の肉(にく)に入るに白飴(しろあめ)を  付(つけ)て出るなり○痰咳(たんがい)頻(しき)りに出て咽(のんど)につまるに  生姜(しやうが)を和(くわ)して飲(のめ)は忽(たちま)ちひらくなり○小児 乳汁(ちゝの)  かわりに用てよし然(しか)れとも此物(このもの)火を動(うこ)かし痰(たん)  を生ず或(あるひ)は虫(むし)を生ずる事もあり故(ゆへ)に多食(たしよく)せし  むれは口中 腐爛(ふらん)して宜(よろ)しからす斟酌(しんしやく)して用ゆ  べし 一 味噌(みそ) 豆油(しやうゆ) 納豆(なつとう) 麹(かうじ) 糠味噌(ぬかみそ) 糕(たんご) 粽(ちまき)  酒糟(さけのかす) 麩(ふ) 葛餅(くずもち)の類(るい)数品(すひん)の能毒(のうどく)ありといへ共  諸書(しよ〳〵)に委(くわ)しけれはこゝにはもらしぬ此篇(このへん)は只(たゞ)  其(その)餌食(じしよく)となるべき品のみを挙(あぐ)るのみ其他(そのほか)は宜(よろし)  きをはかりて用べし 一 河漏(そはきり) 気(き)を降(くた)し胸(むね)を寛(ゆる)くし腸胃(ちやうい)の滓穢(さゑ)積滞(しやくたい)の  類(るい)を去(さ)る常に膏梁(むまきもの)を喰(くら)ふものは時々(とき〳〵)食(しよく)してよ  し脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人及ひ病人(ひやうにん)小児(せうに)脱血(たつけつ)の後(のち)は食(しよく)せ  しむる事なかれ俗(ぞく)中に此 品(しな)を過食(くはしよく)して熱湯(ねつとう)に  浴(よく)すれば忽(たちま)ち死(し)すと云 或(あるひ)は卒中風となる誠(まこと)に  しかり過食(くわしよく)せざれは其害(そのかい)なし○痢疾(りしつ)を病者(やむもの)初(しよ)  起(き)より此 品(しな)を用ゆれば能(よく)毒(どく)を下して裏急(りきう)の患(うれ)  へ少(すく)なし早(はや)く腸胃(ちやうい)の湿熱(しつねつ)をさるが故(ゆへ)なり病人(ひやうにん)  嫌(きら)ふ事なくば初(はしめ)より他食(たしよく)せずしてこの品のみ  を用(もち)ゆれば其(その)しるし速(すみやか)なり○婦人(ふじん)血積(けつしやく)ありて  腸胃(ちやうい)に湿熱(しつねつ)をむすび兎角(とかく)大便(だいへん)通(つう)しかぬるには  折々(おり〳〵)用れは能(よく)通(つう)してよし 一 餈(もち) 腸(ちやう)を厚(あつ)くし気(き)をまし中を緩(ゆる)くし気(き)を補(おきの)ふ  過食(くわしよく)すれは其性(そのせい)熱物(ねつぶつ)故(ゆへ)に胃中(いちう)に稠粘(てうねん)して化(くわ)し  がたし臘中(かんちう)に製(せい)したるもちは別(べつ)してよし○久(ひさ)  しく泄瀉(くだりはら)するに日々少しづゝ食してよし○老(ろう)  人(じん)小児(せうに)夜中(やちう)度々(たひ〳〵)小便(せうへん)に起るには小餅(もち)を一つ二つ  を食(しよく)して臥(ふ)すときは小便(せうへん)を縮(しゆく)する事妙なり○  婦人(ふじん)産後(さんご)に鰹魚(かつを)を和(くわ)し味噌汁(みそしる)にて煮(に)食(くら)ふ事 民(みん)  俗(ぞく)の習(ならい)となりてあり気脱(きたつ)を補(おきの)ふの義なりこれ  良(よき)餌食(くすりぐひ)なり○小児(せうに)痘瘡(ほうそう)内陥(ないかん)大人(たいしん)癰疽(ようそ)一切(いつさい)の腫(しゆ)  物口あかず腫上(はれあか)り遅(おそ)き者(もの)は味噌汁(みそしる)にて喰(くら)へは  妙々(めう〳〵)なり     菜類 一 萊菔(たいこん) 胸膈(けうかく)を寛(ゆる)くし大(おゝい)に気(き)を下(くた)し穀(こく)を消(せう)し中(うち)  を和(くわ)し痰澼(たんへき)をさる麺類(めんるい)の毒(どく)を解(け)し豆腐(とうふ)の毒(どく)を  除(のそ)き酒毒(しゆどく)を消(け)し魚肉(ぎよにく)の毒(とく)を制(せい)するの功(こう)あり○  煙草(たはこ)を吸(す)ひむせて死(し)せんと欲(ほつ)するにいたるも  の生(なま)にて喰(くら)へば忽(たちまち)ちいゆ○胸膈(けうかく)の内に痰飲(たんいん)ふ  さがりむねたへかたきものは熱湯(ねつとう)に大根のお  ろしを入れ撹(かきま)ぜ飲(のま)しむれは大(おゝひ)によし予(われ)多年(たねん)  利胸(りけう)の薬(くすり)にだいこんおろしをかきまわし効(こう)を  得(え)る事多し○頭痛(づつう)甚しき症(しやう)に大根のおろし  を少しつゝ鼻中(はなのなか)へそゝぎ入れば忽(たちま)ち治する也  左(ひだ)り病(やむ)むは左(ひだ)へ入(い)れ右なれば右の方へ入る両(りやう)  方ならば左右(さゆう)ともにそゝぎ入るなり妙々なり  ○干葉茎(だいこんのほしば)水(みづ)にてせんし浴湯(ゆあみ)すれば能(よく)湿(しつ)を逐(お)ひ  血(ち)を和(くは)し水を利(り)する事妙々なり婦人(ふじん)乾血(かんけつ)ある  の症(しやう)腰湯(こしゆ)をさせて妙々(めう〳〵)なり 一 生姜(しやうが) 風(ふう)寒(かん)湿(しつ)の邪(じや)を散(さん)じ胃口(いこう)をひらき飲食(いんしよく)を  すゝめ嘔吐(おうと)をやめ痰(たん)喘(ぜん)咳(がい)嗽(そう)を治(ぢ)し気(き)を下(くだ)し欝(うつ)  を解(げ)す按(あん)ずるに脾(ひ)の津液(うるほひ)を順(めぐ)らし営衛(えひゑ)を和(くわ)す  るの先導(みちびき)となる品(しな)故(ゆへ)に諸(しよ)服薬(ふくやく)に古人(こじん)多く加(くわ)へ  用(もち)ゆ聖人(せいじん)棄(すて)すして食(くら)ふとの給(のたま)ふは能(よく)胃口(い・こう)を開(ひら)  きて常食(じようしよく)を和(くわ)する剤(さい)には最(さい)第一(だいいち)たるを以(もつ)て也  ○姜茶煎(きやうさぜん)とて痢病(りひやう)流行(りうこう)の節はあらかじめふく  して免(まぬか)る方あり生姜(しやうが)三匁(さんもんめ)を能(よく)せんじ上茶をせ  んじ出し用れば甚よし○諸(しよ)咳嗽(がいそう)甚(はなはだ)つよきに飴(あめ)  に生姜(しやうが)を加(くわ)へて煎(せん)じ服(ふく)すれははなはだ効(こう)あり  ○嘔吐(ゑづき)甚(はなはだ)しき病人(びやうにん)に医者(いしや)多く半夏(はんげ)を用て一向  嘔(ゑづき)もます〳〵甚(はなはだ)しく煩悶(もだへ)苦(くる)しむには生姜(しやうが)ばか  り二三匁せんし服(ふく)すれば半夏(はんげ)の毒(どく)をさりて大(おゝい)  によし 一 蕃椒(とうからし) 胃口(いこう)をひらき宿食(しゆくしよく)を消(しやう)し結気(けつき)を解(と)き心(しん)  胸(けう)の痞悶(ひもん)を除(のぞ)き疝癥(せんてう)をくだき悪血(をけつ)を破(やぶ)り痰(たん)を  駆(か)り喘(せん)をやめ腥(せい)気をさる事妙なり○風毒(ふうどく)腫(しゆ)遍(へん)  身(しん)の痛(いたみ)あるに蕃椒(とうからし)の末(まつ)糊(のり)に和(くわ)して伝(つゝ)れば忽(たちま)ち  腫 出(いで)ていゆ○西瓜(すいくわ)を過食(くわしよく)して毒(どく)にあたりたる  に蕃椒(とうからし)を食らへば忽(たちま)ちいゆ○近世(きんせ)後藤(ごとう)家(け)の医(い)  流(りう)一切の痼疾(こしつ)に多食(たしよく)せしめて其(その)功(こう)を得(う)るの治(ぢ)  験(けん)を専(もつは)ら唱(との)ふ此(この)説(せつ)賤民(せんみん)の痼滞(こたい)の病(やまひ)を除くに用  て宜(よろ)しかるべし然(しか)れとも偏味(へんみ)の害(かい)ありて上衝(しやう〳〵)  の病(やまひ)を生(しやう)じかへつて吐血(とけつ)咳血(かいけつ)なとするにいた  るものあるべし能(よく)其(その)症(しやう)を明(あきら)めて与(あと)ふべきこと  なり○蕃椒(とうがらし)数種(しな〴〵)あり右(みぎ)の餌食(くすりぐい)にするは随分(すいぶん)あ  かく大(おゝい)なる品(しな)を用てよし 一 芥(からし) 胸膈(けうかく)を利(り)し翻胃(ほんい)を止(やめ)痰(たん)をひらく鼻(はな)いたみ  てふさがりたるに食(くら)ふてよし○風毒(ふうどく)腫甚しく  諸(もろ〳〵)の腫瘍類(しゆやうるい)諸 癰腫(ようしゆ)に細末(さいまつ)にして熊胆(ゆうたん)に和(くわ)して  付(つけ)てよし○久瘧 愈(いへ)かぬるに細末(さいまつ)し糊水(のりみづ)に和(くわ)し  て紙(かみ)にのへ後髪際(うしろのかみのはへきわ)に付てよし 一 蓼(たて) 一切(いつさい)邪悪(しやあく)の気(き)を防(ふせぎ)きてあたらさらしむ目(め)  を明(あきらか)にし水気(すいき)を下す○夏月(かげつ)浴湯(よくとう)にすれは中暑(ちうしよ)  霍乱(くわくらん)の気(き)を避(さ)ると云 説(せつ)ありて俗(ぞく)中に専(もつは)ら是(これ)を  行(おこの)ふ者(もの)多(おゝ)し試(こゝむ)るに其(その)しるしあり 一 山葵(わさび) 欝(うつ)を散(さん)し汗(あせ)を発(はつ)し積滞(しやくたい)を消(しやう)す魚鳥(ぎよてう)の毒(どくを)  解(げ)し蕎麦(そば)の毒(どく)を消(け)す○歯痛(はいたみ)甚(はなはだ)しく口中(こうちう)腫(はれ)たる  に研(すり)おろし耳(みゝ)のうしろに付(つけ)るときは口(くち)あき水(みづ)  汁(しる)いでゝ速(すみやか)にいゆ 一 山椒(さんしやう) 積結(しやくけつ)を破(やぶ)り欝気(うつき)を解(げ)し胸膈(けうかく)をひらき嘔(をう)  逆(きやく)をやめ蚘虫(くわいちう)を退(しりぞ)く 一 胡椒(こしやう) 中(うち)を温(あたゝ)め気(き)を下(くだ)し痰(たん)を去(さり)霍乱(くわくらん)気逆(きぎやく)心腹(しんふく)  卒痛(そつつう)冷気(れいき)を治(ぢ)す○夏月(かげつ)毎日(まいにち)朝(あさ)の間(ま)に胡椒(こしやう)三粒(さんりう)  つゝ服(ふく)すれば夏中(なつぢう)中暑(ちうしよ)痢病(りびやう)の患を免(まぬか)る事妙  なり 一 芋(いも) 三種あり紫芋(とうのいも)を上品(じやうひん)とす瘀血(をけつ)を傷(やぶ)り腸胃(ちやうい)  を寛(ゆる)くす肌肉(きにく)を充(みた)しむ○灸瘡(きうそう)湯火傷(やけど)いへかぬ  るに生(なま)にて研(す)り泥(とろ)にし付(つけ)れは即(すなは)ちいゆ○紫芋(とうのいも)  茎(ずひき)妊婦(にんふ)の胎動(たいどう)心頻(しんはん)するに煮(に)食(くら)ふてよし諸虫(しよむし)の  咬(かみ)たるにしほり汁(しる)を付(つけ)てよし○水腫(すいしゆ)小便(せうべん)不通(つうぜざる)  に沢山(たくさん)にせんじ腰湯(こしゆ)させて大(おゝい)によく通(つう)ず予(われ)試(し)  効(こう)あまたあり 一 午房(ごばう) 経脈(けいみやく)の気(き)を通(つう)じ腫脹(しゆちやう)を消(しやう)し労瘧(ろうぎやく)疝瘕(せんか)を  治(ぢ)す諸(しよ)風(ふう)毒(どく)腫(しゆ)に用てよし○咽(のんと)腫(はれ)或(あるひ)は喉痺(こうひ)にて  腫(はれ)たるに午房(ごばう)の尖(とがりたる)たるものを作(つく)りて咽を突傷(つきやぶ)  り黒血(こくけつ)を出(いだ)すときは害(かい)なくして則(すなは)ちいゆ咽(のんど)に  魚(うを)の骨(ほね)立(たち)たるに同しく尖(とがり)たるものを作(つく)りて突(つき)  傷(やぶ)れは忽(たちま)ちいゆ 一 茄(なすび) 瘀血(おけつ)を散(さん)し痛(いたみ)をやめ腫(しゆ)を消(しやう)し腸胃(ちやうい)を寛(ゆる)く  す此物(このもの)夏 月(げつ)の常食(ぢやうしよく)たりといへとも病人(びやうにん)はあく  つよき故(ゆへ)に皮(かは)をさり切目(きりめ)を入(いれ)て終日(しうじつ)水(みづ)に漬(つけ)を  きてとくとあくをぬき煮(に)食(くら)へは害(かい)あらす○茄(なすび)  茎(くき)を陰乾(かげぼし)し置(おき)痘瘡(ほうそう)の痒(かゆ)み甚(はなはだ)しき時(とき)に臨(のぞ)んてこ  れをふすべて妙々なり○茄茎(なすひのくき)冬(ふゆ)の凍瘡(しもやけ)にせん  じて洗(あら)ふときは忽(たちま)ちいゆ 一 葱(ねぎ) 白茎(しろね)を用(もち)ゆ傷寒(しやうかん)初(はじめ)発熱(はつねつ)悪寒(をかん)頭痛(づつう)甚しき  に用て汗(あせ)を発(はつ)す惣(そう)じて上下の気(き)を通(つう)じ一切(いつさい)魚(ぎよ)  鳥(てう)の毒(どく)を解(げ)す虫積(ちうしやく)腹痛(ふくつう)陽脱(やうだつ)を救(すく)ふ乳汁(にうじう)を通(つう)じ   乳廱(にうしゆ)を散ず○小児(せうに)初生(むまれて)乳汁(にうじゆう)を飲付(のみつか)ざるに葱白(そうはく)  に乳汁(にうじゆう)を和(くわ)して煮(に)て用ゆれば飲付(のみつく)事 妙(めう)なり○  小便(せうべん)暴(にわか)に閉脹(へいちやう)して通(つう)ぜざるに葱白(ねぎのしろね)を刻(きざ)み絹(きぬ)に  包(つゝ)み熱(ねつ)に乗(じやう)じて頻(しき)りに小腹(せうふく)を熨(の)すときは甚 妙(めう)  に通(つう)す○一切(いつさい)陽気(やうき)脱(だつ)し手足(しゆそく)闕冷(けつれい)にいたる病人  に葱白(しろね)沢山(たくさん)にゆてゝ腹中(ふくちう)より手足(てあし)迄(まで)温(あたゝか)ならし  めて大(おゝい)によし○四時(しいじ)の風邪(ふうじや)に感(かん)じたる軽症(かろきしやう)の  分(ぶん)は葱豉粥(ねきそうすい)を作(つく)りて頻(しき)りに啜(すゝ)れば薬を用すし  て治(ぢ)す 一 蒜(にんにく) 邪悪(じやあく)の気(き)を去 腹痛(ふくつう)を治(ぢ)し魚肉(ぎよにく)の毒(どく)を化(くわ)し  痃癖(けんへき)を消(しやう)す○廱疔(ようてう)其外(そのほか)一切(いつさい)無名(むめう)の腫物類(しゆもつるい)蒜(にんにく)や  いとにしく物(もの)なし其法(そのはう)蒜(にんにく)をすりをろし厚紙(あつがみ)に  しき其上(そのうへ)に艾(もぐさ)を多(おゝ)く置(おき)頻(しきり)に灸(きう)して痛(いた)むものは  痛(いたみ)をやめ膿(うま)ざるものは膿(うま)し腐(くさ)るものは生肉(せいにく)を  あぐ是(これ)腫物(しゆもつ)中(ちう)最上(さいしやう)の療治(りやうぢ)にして此上にいづる  ものなし○疝気(せんき)にて陰嚢(いんのう)腫(はれ)大(おゝき)になり或(あるひ)は腰(こし)い  たみ拘攣(こうれん)するに随分(すいぶん)大(おゝい)なる蒜(にんにく)一つ味噌汁(みそしる)にて  七日(なぬか)が間(あひだ)食(しよく)せしむるときは蛙子(かへるこ)なりの虫(むし)を下(くだ)  す事(こと)あり則(すなわ)ち疝(せん)いゆるなり 一 蓬艾(よもき)嫩(ふたば)のとき蓬餅(よもぎもち)とて俗間(ぞくかん)に作(つく)りて用ゆ一切(いつさい)  邪悪(じやあく)の気(き)をはらひ中(うち)をあたゝめ冷気(れいき)を逐(を)ひ風(ふう)  湿(しつ)の毒(どく)を除(のぞ)く生汁(なましる)を搗(つき)て服(ふく)すれば蚘虫(くわいちう)を殺(ころ)し  衂血(ぢつけつ)をやめ腹痛(ふくつう)を治(ぢ)す熟艾(ぢゆくがい)に作(つく)りて諸病(しよびやう)に灸(きう)  する事は灸治篇(きうぢへん)に見へたり 一 欵冬(ふき) 欬逆(がいぎやく)上気(ぜうき)を治(ぢ)し心肺(しんはい)を潤(うるほ)し痰(たん)を消(しやう)し目(め)  を明(あきら)かにし味(あぢ)平(へい)にして害(かい)なし実(まこと)に良菜(りやうさい)なり○  槖吾根(つわのね )は是又(これまた)喘息(ぜんそく)咳嗽(かいそう)上気(じやうき)凡(すべ)て肺中(はいちう)に促迫(せまり )す  る病人(びやうにん)に能(よく)洗(あら)ひ煎服(せんふく)して其功(そのこう)神(しん)の如(ごと)し 一 昆布(こんぶ) 水気(すいき)を通(つう)し常食(じやうしよく)して癭瘤(こふ)を消(しやう)す結積(けつしやく)を  破(やぶ)る塩味(しほみ)を断(たち)たる病人(びやうにん)といへども此(この)塩(しほ)は用て  くるしからす○口舌(こうぜつ)瘡(かさ)あるに黒焼にして用て  よし 一 蓮根(はすのね) 胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を消(け)し酒毒(しゆどく)を解(げ)す○吐血(とけつ)甚(はなはだ)  しき者(もの)咳嗽(かいそう)つよき人わさびおろしにてすり生(なま)  汁(しる)を多(おゝ)くとり砂糖(さとう)に和(くわ)して用てよし 一 芹(せり) 口歯(こうし)の気(き)を利(り)し女子(じよし)の赤沃帯(こしけ)によし頭中(づうちう)  の風熱(ふうねつ)を去(さ)り黄病(おうびやう)を療(りやう)ず弱(よわ)き病人にはよろし  からす○漆(うるし)まけにて惣身(そうしん)はしかの如(ごと)き物(もの)を生(しやう)  じたるに生芹(なませり)をすり鉢(ばち)にて能(よく)すり生汁(なましる)をぬり  てよし○小便(せうへん)淋痛(りんつう)するに白根(しろね)斗(はかり)汁(しる)をとりて井(ゐ)  水(みづ)に和(くわ)して服(ふく)してよし 一 紫菜(あまのり) 江戸の浅草(あさくさ)のり下総(しもおさ)の葛西(かさい)のり播州(ばんしう)の  にほのり長門(なかと)の向津(むかつ)のり出雲(いづも)の十六島(うつふるひ)のり対(つ)  馬(しま)の甘(あま)のり冨士(ふじ)のり日光(につくわう)のり菊池(きくち)のり水前寺(すいぜんじ)  のり種々の名産(めいさん)数多(あまた)あり惣(そう)じて咽喉(のんど)のいたむ  によし癭瘤(こぶ)を消し脚気(かつけ)によし凡そのりの類(るい)は  無毒(むとく)なれとも品(しな)によりて小虫(せうちう)蛙子(かへるこ)の類(るい)とり付(つき)  たるにあへは嘔吐(ゑづき)して黒血(くろち)を吐(はく)事あり能(よく)あら  ひて用ゆべし○青のりは伊勢(いせ)志摩(しま)三河(みかは)より出(いづ)  るをよしとす渇(かつ)をやめ酒毒(しゆどく)を解(げ)し或は疔毒(てうどく)赤  遊風にぬりてよし又(また)血(ち)どめによし 一 鶏腸菜(よめがはぎ) 歯(は)牙(きば)毒腫(どくしゆ)にかみ付てよし小便(せうへん)不利(つうせす)五(ご)  淋(りん)の症(しやう)に食(しよく)してよし一切 毒虫(どくむし)のさしたるに生(なま)  にてかみて付(つけ)てよし 一 馬歯莧(すへりひゆ) 諸(しよ)腫物(しゆもつ)瘻瘡(ろうそう)疔瘡(てうそう)諸(もろ〳〵)の無名(むめう)の腫毒(しゆどく)に  生汁をしほりて付(つけ)てよし多年(たねん)の悪瘡(あくそう)百方(ひやくはう)を用  て愈(いへ)ざるにつき爛(ただ)らし伝(つゝ)るときはいゆ○目疣(めいぼ)  度々(たび〳〵)起(おこ)る症(しやう)に付(つけ)て甚妙なり○痔痛(ぢつう)始(はじめ)て起(おこ)るも  の及 肛門(こうもん)腫痛(はれいたみ)するものに湯(ゆ)に煮(に)て薫し洗(あら)ふて  甚妙なり 一 薯蕷(やまのいも) 気力(きりよく)をまし虚臝(きよるい)を補(おきの)ふ心神(しんじん)を鎮(しづ)め魂魄(こんはく)  を安(やす)んず故(ゆへ)に日々(にち〳〵)食(しよく)すれば心気(しんき)の不足(ふそく)を補(おぎの)ふ  て能(よく)記憶(きおく)する也(なり)脾胃(ひい)を健(すこや)かにし洩利(せつり)をやむ塩(しほ)  煮(に)にして喰(くら)ふてよし薯蕷(やまのいも)仏掌薯(つくねいも)の類(るい)味噌汁(みそしる)に  和(くわ)してとろゝ汁(しる)と云 此物(このもの)平(へ)なる品(しな)なれとも能(よく)  胸膈(けうかく)に泥滞(なづみ)し易(やす)し且気をふさく脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の病(びやう)  人(にん)は食(くら)ふ事なかれ     瓜類 一 冬瓜(かもうり) 熱(ねつ)を除(のぞ)き渇(かつき)をやむ腹脹(ふくてう)を利(り)し諸淋(しよりん)を治(ぢ)  す肥(こへ)たる者(もの)は常(つね)に食(しよく)して痩(やせ)しめてよし○一切  の水腫(すいしゆ)に赤小豆(あつき)と共(とも)に同(おな)じく煮(に)て食(しよく)せしむれ  ば能(よく)通してよし○疿子(あせぼ)頻(しきり)に発するに冬瓜汁(かもうりのしる)を  ぬりてよし○癰疔(ようてう)発腫(はれせるゝ)熱(ねつ)甚(はなはだ)しきに冬瓜(かもうり)を大(おゝい)に  切り瘡上(そうせう)にべつたりと置てよし瓜(うり)熱(ねつ)するとき  は度々(たび〳〵)易(か)へ用れば熱さめてよし 一 糸瓜(へちま) 諸風(しよふう)を散(さん)し痘疹(ほうそうはしか)の毒(どく)を解(げ)し痰(たん)を和(くわ)し痛(いたみ)  をさり虫(むし)を殺(ころ)す陰乾(かげぼし)にして筋(すじ)を和( わら)く打撲(うちみ)痛(いたみ)の  類(るい)に用てよし○疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)拘攣(こうれん)するに陰乾(かげぼし)して  甘草(かんぞう)を加(くわ)へ煎服(せんぶく)して大に功(こう)あり○糸瓜水(へちまのみづ)一切  痰喘(たんぜん)を利(り)し胸膈(けうかく)を快(こゝろよ)くし頭瘡(づそう)の類(るい)にもちひて  よし 一 西瓜(すいくわ) 暑毒(しよどく)を消(け)し渇(かつ)をやめ酒毒(しゆどく)を解(げ)し小便を  通(つう)す天生(てんせい)白虎 湯(とう)と名付(なづけ)て心肺(しんはい)の熱(ねつ)を除くの良(りやう)  剤(さい)なり 一 干瓢(かんひやう) 乳汁(にうじう)を通(つう)し腫(はれ)を消(せう)し水(みづ)を利(り)す性(せい)平(へい)無(む)毒(どく)  にして病人(ひやうにん)の良菜(よきさい)なり     菓類(くだものるい) 一 柿(かき) 痰火(たんくわ)を清(きよ)くし喘(ぜん)満(まん)肩(かた)息(いきし )言(ものいふ)ことあたはざる  に与(あた)ふるときは咽(のんど)を開(ひら)き気(き)を通(つう)ず酒毒(しゆどく)を解(げ)し  煩渇(はんかつ)をやむ○乾柿(つるしがき) 白柿(しもふりがき) 脾(ひ)を健やかにし腸(はら)  を渋(しぶら)らし漱(そう)を治(ち)し血(ち)をやめ反胃(はんい)吐食(としよく)をやむ又(また)  霜(しも)ばかりとり用て能(よく)吃逆(しやくり)をおさむ○醂柿(さわしがき) 湯(ゆ)  にてさわしたる柿(かき)なりすゝり食(くら)ふなり能(よく)膈噎(かくいつ)  吐食(としよく)をやめしばらくは快(こゝろよ)くなりて食(しよく)せしむ 一 橙(だい〳〵) 汁(しる)をしぼりさりて砂糖(さとう)蜜(みつ)に和(くわ)して食(しよく)すれ  ば胃中(いちう)の悪気(あくき)をさり魚毒(きよどく)を解(げ)し瘰癧(るいれき)癭瘤(こぶ)を  消し陰乾(かげぼし)にして煎服(せんふく)すれは気(き)を下(くだ)し腹痛(ふくつう)を治(ぢ)  し積(しやく)を消(しやう)し疝(せん)を追(を)ひ虫(むし)を殺(ころ)す○睾丸(きんだま)腫(はれ)大(おゝい)に偏(かた)  墜(きん)になりて痛(いたみ) 甚(はなはだ)しく堪(たへ)かぬるに煎服(せんふく)して妙々  なり 一 榧実(かや) 五痔(ごぢ)を治(ぢ)し寸白虫(すんはくちう)に用(もち)ゆ咳嗽(がいそう)を治(ぢ)し白(ひやく)  濁(だく)をやむ小便(せうべん)頻数(ひんさう)に用てよし小児(せうに)五疳(ごかん)の薬中(やくちう)  に入て能(よく)疳(かん)虫を消(しやう)す 一 無花菓(いちゞく) 咽喉(のんど)痛(いたむ)に用てよし酒毒(しゆどく)を解(げ)す○五痔(ごぢ)  腫痛(しゆつう)に実(み)を喰(くら)ひ且(かつ)実(み)も葉(は)もともにせんじて頻(しきり)  に薫(くん)じ洗(あら)へば妙に治(ぢ)するなり 一 梨(なし) 風熱(ふうねつ)咳嗽(がいそう)をやめ痰(たん)を消(しやう)し火(ひ)を降(くだ)し瘡毒(そうどく)酒(しゆ)  毒(どく)を解(げ)し小便(せうべん)を通(つう)ず○湯火傷(やけど)にぬり付(つけ)て痛(いたみ)を  やめ爛(たゞ)れず○赤目(あかきめ)弩肉(どにく)あるに黄連(わうれん)の末(まつ)絹(きぬ)につ  つみ梨(なし)の汁(しる)をしぼり其(その)汁(しる)に付(つけ)て眼中(かんちう)にしほり  こめは能(よく)弩肉(どにく)をとる事 神(しん)の如(ごと)し○時気(じき)咳嗽(がいそう)  の軽症(けいしやう)には梨子(なし)をとり湿紙(しつし)に包(つゝ)み熱灰(あつばい)の中(うち)に  入れてつゝみ焼(やき)にし喰(くら)ふて甚(はなはだ)妙なり 一 杏子(かんず) 欬逆(かいぎやく)上気(ぜうき)咽(のんど)痺(ふさかる)を治(ぢ)す心肺(しんはい)を潤(うるほ)し声(こゑ)を  出(いだ)す小児(せうに)妊婦(にんふ)は食ふ事なかれ 一 梅実(むめ) 熱(ねつ)を除(のぞ)き煩悶(はんもん)を解(げ)し気(き)を降(くだ)し心(しん)をやす  んず○梅干(むめぼし)に作(つく)りたるは穢悪(えあく)不祥(ふじやう)の気(き)を抜(はら)ふ  正月元旦に茶(ちや)に点(てん)して服(ふ )するも此意(このこゝろ)なり病(びやう)人  に食せしむるは少(すこ)しく水(みづ)につけ塩気(しほけ)を出(いだ)しさ  とうをかけて喰しむれば諸病(しよびやう)に害(かい)なし○煎茶(せんちや)  に梅干( めぼし)を入(いれ)て暫(しはら)くせんじて用ゆるを茶梅湯(さはいとう)と  名付(なつく)く飲食(いんしよく)不進(すゝまず)胸膈(けうかく)痞悶(ひもん)するに用て能(よく)ひらく  ものなり 一 棗(なつめ) 生棗(なまなつめ)は多(おゝ)く食ふべからす大棗(たいそう)晒(さら)し乾(かはか)した  るをいふ脾気(ひき)を養(やしな)ひ胃気(いき)を平(たいら)かにし中(うち)を補(おぎな)ひ  気(き)をまし心肺(しんはい)を潤(うるほ)し嗽(そう)をやむ諸(しよ)薬(やく)中(ちう)に入りて  栄衛(ゑひゑ)を調和(てうくわ)するの良薬(りやうやく)なり○愚按(ぐあん)するに宋(そう)元(げん)  の比(ころ)はいづれ大棗は菓子(くわし)の代(かは)りに諸家(しよけ)にたく  わへありし物(もの)とみへたり故(ゆへ)に諸方書の方後(ほうご)に  生姜(せうが)大棗をしるして病家(びやうか)より是(これ)を入(い)ると見へ  たり是(これ)を以(もつ)て見るときは薬食(やくしよく)たるを以(もつ)て小児(せうに)  なとの平食(へいしよく)としたるものと思はるなり 一 蜜柑(みかん) 肺(はい)を潤(うるほ)し消渇(せうかつ)をやめ胃(い)をひらき胸中(けうちう)を  を利(り)す酒毒(しゆどく)を解(げ)し酒渇(しゆかつ)を消(せう)す○傷風(しやうふう)咳嗽(がいそう)つよ  き症(しやう)に皮肉(ひにく)共(とも)に火中(くわちう)に入れてつゝみやきにし  て熱(ねつ)煎茶(せんちや)の内(うち)に入れ再(ふたゝ)ひ煮(に)て食(しよく)し汁(しる)を飲とき  は甚(はなはだ)しるしあり 一 石榴(ざくろ) 咽(のんど)渇(かわき)を潤(うるほ)し赤白(しやくひやく)痢病(りびやう)腹痛(ふくつう)に用ゆ崩漏(るうち)帯(こし)  下(け)に用て功(こう)あり○痢病(りびやう)五色(ごしき)の色(いろ)ありて或 膿(うみ)を  下(くだ)し水(みづ)を下(くだ)すには酸(す)石榴(ざくろ)実ともに搗(つき)て頻(しき)りに飲(のめ)  は大(おゝい)に妙(めう)なり 一 栗(くり) 気(き)をまし腸胃(ちやうい)を厚(あつ)くし腎気(じんき)を補(おぎな)ひ腰(こし)脚(あし)  の叶(かな)ひがたきを治(ぢ)し筋骨(きんこつ)打撲(だぼく)瘀血(おけつ)を治(ぢ)す空(くう)  腹(ふく)なる時(とき)に二つ三つ斗(ばか)り食(くら)へは飢(うへ)をしのぐ事  妙(めう)なり○馬(むま)に咬(かまれ)たるに大(おゝい)なる栗(くり)焼(やい)て研(す)り付(つけ)る  至(いたつ)て妙なり 一 林檎(りんご) 気(き)を下(くだ)し痰(たん)を消(け)し霍乱(くわくらん)腹痛(ふくつう)に用ひて  よし渇(かつ)をやむ事(こと)妙(めう)なり○大人小児 痢病(りびやう)やま  ざる者(もの)半熟(はんじゆく)の物(もの)をとり十(とを)顆はかり水(みづ)にてせん  じ肉(にく)ともに喰(くら)ひて汁(しる)をのめば甚妙なり 一 柚(ゆ) 食(しよく)を消(しやう)し酒毒(しゆどく)を解(け)し口中(こうちう)酒気(しゆき)あるものは  一弁を食すれば即(すなは)ちいゆ妊婦(にんふ)悪阻(おそ)して食(しよく)を欲(ほつ)  せさるものは用てよし○俗人(ぞくじん)の試効(しこう)に麻黄(まわう)青(せい)  龍(りゆう)の薬(くすり)を用ゆといへども少(すこ)しも発汗(はつかん)せざる病  人に熱(ねつ)湯に入れ暫(しばら)く煮(に)て用れは妙々に毛竅(もうけう)  を開(ひら)きて汗(あせ)淋漓(りんり)として出(い)づ是(これ)は俗伝にして拠(よりどこ)  ろなけれども其(その)しるしいちじるしきなり 一 枇杷(びわ) 渇(かつ)をやめ気(き)を下(くだ)し肺気(はひき)を利(り)し吐逆(ときやく)を  やむ上部(ぜうぶ)の熱(ねつ)を涼(すゞ)しくしてよし     菌(くさびら)類(るい) 一 松茸(まつだけ) 久瀉(きうしや)虚痢(きより )産後(さんこ)脱血(だつけつ)に食(しよく)してよし○松  だけの石(いし)つき産後(さんご)児枕(あとばら)痛(いたむ)に用て妙なり○瘀(お)  血(けつ)を傷(やぶ)る堕胎(だたい)の薬中(やくちう)に用る事あり故(ゆへ)に謾(みだ)り  に用る事なかれ 一 椎茸(しゐたけ) 味(あじ)美(び)にして菌(くさびら)中の佳品(かひん)なり気(き)をまし  久(ひさ)しく飢(うへ)ざらしむ病人は食ふ事なかれ 一 木茸(きくらけ) 諸木(しよぼく)に生(せう)ず其(その)生(せう)ずる木(き)によりて性味(せいみ)の  かわる事あれとも常(つね)に痔(ぢ)を病(やむ)者(もの)は食(しよく)してこう  あり     常用(つねにもちゆる)雑類(しな〳〵) 一 砂糖(さとう) 心肺(しんはい)を潤(うるほ)し煩渇(はんかつ)を解(け)し酒毒(しゆどく)を消(せう)す多食(たしよく)  するときは歯(は)を損(そん)じ癖積(へきしやく)を生(しやう)ず小児(せうに)は慎(つゝし)みて  節(ほどよく)にすべし疳疾(かんしつ)を生(しやう)じ易(やす)し○反胃(ほんい)吐食(としよく)或(あるい)は乾(から)  嘔(ゑづき)つよき症(しやう)に砂(さ)とうを水(みづ)にて能(よく)煮(に)生姜(しやうが)のしぼ  り汁(しる)を少(すこ)し加(くわ)へて用れは妙々なり 一 茶 上(かみ)を涼(すゞし)くし気(き)を快(こゝろ)くし胸膈(けうかく)を利(り)するの良(りやう)  剤(さい)なり口中(こうちう)熱気(ねつき)つよくして歯痛(はいたみ)舌上(したのうへ)に腫物(しゆもつ)な  ど出来(てき)る人(ひと)は冷茶(れいちや)煎(せん)にて度々(たび〳〵)口(くち)を漱(そゝ)くときは  久(ひさ)しくして口中(こうちう)の諸(もろ〳〵)患(うれへ)を除(のぞ)く予(われ)此方(このはう)をもつて  口瘡(こうそう)を治(ぢ)するに甚しるしあり性(せい)冷(れい)にして病人(びやうにん)  に宜(よろ)しからずといふ俗説(ぞくせつ)あり甚(はなはだ)非(ひ)なり此物(このもの)常(つね)  に腸(ちやう)胃になれて害あるを見ず末茶(まつちや)は多服(たふく)すれ  ば痰(たん)を生(しやう)し心(しん)を醒(せい)し人をして眠(ねぶ)らさらしむ 一 煙草(たはこ) 胸膈(けうかく)を通(つう)し胃口(いこう)をひらく欝滞(うつたい)を消(しやう)し気(き)  を順(めぐ)らし憂(うれへ)をわする口中(こうちう)を清(きよ)くす食後(しよくご)にすへ  は胃気(いき)を順(めぐ)らし空腹(くうふく)には飢(うへ)を忍(しの)ふにもよし○煙草(たばこ)の粉(こ)血(ち)  出(いで)て止(やま)さるに付(つけ)てよし○痒(かゆ)みつよき腫物(しゆもつ)疥瘡(がいそう)  癬(たむし)の類(るい)煙草(たばこ)の茎(くき)を水煎(みづせん)じて洗(あら)ふときは痒(かゆ)みを  やむる事 妙(めう)なり○赤眼(あかめ)にやに少(すこ)しはかり眼中(めのうち)  にさしてよし      魚類(うをるい) 一 鯛(たい) 吾国(わかくに)魚中(ぎよちう)の長(ちやう)なり中気をあたゝめ気血(きけつ)を  まし人(ひと)に益(ゑき)あり腸胃(ちやうい)を調(とゝの)へ久泄(きうせつ)虚利(きより)を治(ぢ)す内(そこ)  障(ひ)虚眼(きよがん)を治(ぢ)し婦人(ふじん)乳汁(にうしう)通(つう)ぜざるに食(しよく)してよし  陽物(やうぶつ)挙(あが)らざるに用てよし過食(くわしよく)すれは火(ひ)を動(うこか)す  故に傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)瘡腫(そうしゆ)の類(るい)には忌(いむ)べし 一 鯉(こひ) 川魚(かわうを)の長(ちやう)たり咳逆(がいぎやく)上気(ぜうき)黄疸(わうたん)を治(ぢす)腹中(ふくちう)を安(やす)  んず○水気(すいき)を通(つう)する事は鯉魚(りぎよ)煎(せん)にしくはなし  されども至極( ごく)の満腫(まんしゆ)にいたらざれば功(こう)なし其(その)  法(はう)一尺(いつしやく)斗(はかり)の鯉(こい)なれは山(やま)出(だ)しの昆布(こぶ)一尺斗入水  一 升(しやう)入て煮(に)つめて四合斗に煮(に)とり其(その)汁(しる)を服(ふく)せ  しむ○乳汁(にうじう)を通(つう)ずるには小鯉(こごひ)を味噌汁(みそしる)にて食(しよく)  せしめて妙(めう)なり○腹中(ふくちう)癖塊(へきくわい)の諸病(しよびやう)に膾(なます)にして  食(しよく)すれば甚功あり 一 鯽魚(ふな) 中(うち)を調(とゝの)へ気(き)を下(くだ)し虚羸(きよるい)を補(おきの)ふ一切(いつさい)腹(ふく)  中(ちう)調(とゝな)はさるに味噌汁(みそしる)に和(くわ)して食(しよく)せしめてよ  し○夏月(かげつ)実症(しつしやう)なる痢疾(りしつ)には始(はじめ)に鮒膾(ふななます)を喰(くら)ふべ  し大(おゝい)に穢悪(ゑあく)の毒(どく)をさりてよし但(たゞ)し初症(しよしやう)にみそ  汁(しる)は忌(いむ)へし○水腫(すいしゆ)脹満(ちやうまん)に大(おゝ)鯽魚(ふな)の腸(ちやう)をさり赤(あ)  小豆(づき)を入(いれ)て山(やま)出(だ)しこんぶにてかたくむすひ能(よく)  々(  よく)煮(に)つめて小豆(あづき)を取出(とりいだ)し喰(くらは)しむれば利水(りすい)の功(こう)  鯉魚湯(りぎよとう)に勝(まさ)れり蘇沈(そちん)良方(りやうはう)に出(いで)たり試(こゝろみるに)功(こう)尤 著(いちじる)し 一 海鰻鱺(はも) 皮膚(ひふ)の悪瘡(あくそう)疥癬(かいせん)を除(のそ)く大小便(だいせうべん)を通(つう)す  五痔(ごぢ)頑癬(くわんせん)一切の湿症(しつしやう)手足(てあし)痺(しび)るゝを治(ぢ)し妊婦(にんふ)食(くら)へは胎(たい)  を安(やす)んず○干鱧(ひばも)湯(ゆ)にせんじて小児(せうに)を浴(よく)すれは痘(とう)  疹(しん)稀少(まれに )になる事 妙(めう)なり試(こゝろみ)に一手(ひとて)も洗(あらひ)残(のこ)すとき  は其(その)所(ところ)に多(おゝ)く痘(とう)出るなり○痛風(つうふう)痺痛(ひつう)はげしく  堪(たへ)かぬるに黒霜(くろやき)にして酒(さけ)にて用(もち)れはいよ〳〵  痛(いたみ)を治(ぢ)する事 妙(めう)なり 一 鱒(ます) 瘀血(おけつ)を破(やぶ)るの効(こう)あり寒疝(かんせん)冷(れい)気結(きけつ)積気(しやくき)を病(やむ)  者(もの)に多(おゝ)く喰(くら)ひて効(こう)あり 一 牡蠣(かき) 渇(かつ)をやめ咳嗽(がいそう)を安(やす)んじ胃(い)を調(とゝの)へ驚悸(きやうき)を  定(さだ)め脾胃(ひい)の鬱熱(うつねつ)をさり酒毒(しゆどく)を解(げ)す 一 蚶(あかゞひ) 血分(けつぶん)をまし便血(べんけつ)及(および)一切 失血(しつけつ)の症(しやう)に用てよ  し婦人(ふじん)産後(さんご)によく血(ち)を調(とゝの)ふるの良品なり○殻(から)  を用て焼(やい)て凡(すべ)て石決明(せつけつめい)の代(かはり)に用る人(ひと)あり能功  ありと云 一 辛螺(あかにし) 心胸(しんけう)胃脘(いくわん)痛(つう)累年(るいねん)眼(め)を病(やん)たるに煮(に)食(しよく)して  よし○殻(から)の白焼(しらやき)近年(きんねん)世上(せじやう)留飲(りういん)癖嚢(へきのう)の痛(いたみ)甚しく  て堪(たへ)がたきに白湯(さゆ)にて用ひ或は砂糖湯(さとうゆ)にて用  ひて吐水(とすい)をやめ痛(いため)を和ぐる事妙なり○嘈囃(むねのいれる)を  とむるに白湯(さゆ)にて少(すこ)し斗(はかり)用て妙(めう)なり○頭痛(づつう)甚  しくして堪(たへ)かたきには酢(す)にて和(くは)し頭(かし)らに付(つけ)て  甚(はなはだ)妙(めう)なり 一 蛤(はまぐり) 肺気(はいき)を潤(うるほ)し渇(かつ)をやめ酒(さけ)を醒(さま)し咳嗽(がいそう)を治(ぢ)す  胸(むね)いたむによし婦人(ふじん)崩漏(なうち)帯下(こしけ)によし○殻(から)は白(しろ)  焼(やき)にして細末(さいまつ)し咳嗽(かいそう)久(ひさ)しく止(やま)ざるにもちひて  よし○夏月(かげつ)汗(あせ)夥敷(おびたゞしく)出(いづ)るに絹(きぬ)につゝみ打粉(うちこ)にし  てよし 一 蜆(しゞみ) 自汗(じかん)盗汗(とうかん)を治(ぢ)し小便(せうべん)を通(つう)し消渇(せうかつ)を治(ぢ)し酒(しゆ)  毒(どく)を消(け)し湿熱(しつねつ)を下(くだ)す○煮汁(にしる)に多(おゝ)く験(しるし)あり黄疸(わうだん)  を病者(やむもの)甚よし○痘瘡(ほうそう)のたまりある所(ところ)を蜆(しゞみ)を水(みづ)  にひたして洗(あら)へば痕(あと)つかずしていゆ 一 田螺(たにし) 腹中(ふくちう)の結熱(けつねつ)をさり小便(せうべん)赤渋(あかくしぶる)を利(り)す痔漏(ぢろう)  腋臭(わきが)には能(よく)つきてすりぬりてよし○小便(せうべん)不利(ふり)  小腹 脹満(ちやうまん)したるに黒霜(くろやき)にして麝香(ぢやかう)少許(すこしばか)り入  糊(のり)にて臍下(さいか)へはり付(つけ)て妙なり且(かつ)黒焼(くろやき)にして服(ふく)  用(よう)して内外(うちそと)ともに用(もちゆ)れば大(おゝい)にしるしあり 一 烏賊魚(いか) 婦人(ふじん)の月経(げつけい)を通(つう)じ小児(せうに)の雀目(とりめ)を療(りやう)ず  俗中(ぞくちう)に瘡腫(そうしゆ)ある人に忌(いむ)の説(せつ)あり非(ひ)なり味(あぢ)軽(かる)く  して有毒(うどく)の品(しな)にあらす○烏賊骨(いかのこう)は諸(しよ)瘡腫(そうしゆ)湿淹(しめり)  して乾(かわ)かざるに付(つけ)てよし○諸の血枯(けつこ)経閉(けいへい)崩(なうち)帯(しらる)  の類(るい)末(まつ)服(ふく)して甚妙なり○烏賊魚(いかの)のすみ河豚(ふぐ)の  毒(どく)を解(け)する事妙なり○鯗(するめ) 津液(うるほひ)を生(しやう)し滞血(たいけつ)を  散(さん)し血枯(けつこ)を潤(うるほ)し乳汁(にうしう)を通(つう)ず 一 蟹(かに) 胸中(けうちう)の悪邪(あくじや)をのそき能(よく)酒毒(しゆどく)を解(け)す〇生に  てすり鉢(ばち)にてつき漆毒(うるしまけ)に付(つけ)て妙(めう)なり其外(そのほか)一切(いつさい)   の疥癬(ひぜん)に付ていゆる事 妙々(めう〳〵) 一 海鼠(なまこ) 滋腎(じじん)の功(こう)ありて髪(かみ)を黒(くろ)くし骨(ほね)を固(かた)くす  腸胃(ちやうい)の冷湿(れいしつ)をさる小児(せうに)の疳傷(かんしやう)泄瀉(せつしや)に常(つね)に煮(に)食(くらは)  してよし○頭上(づせう)の白禿(しらくぼ)凍瘡(しもやけ)に腸(はらはた)をさり厚紙(あつがみ)の  ごとくに引(ひき)のばしべつたりと付てよし 一 海参(いりこ) 元気(げんき)を補(おぎな)ひ津液(しんゑき)を生(しやう)じ腸胃(ちやうい)を和(くわ)し虫(むし)を  殺(ころ)し気(き)を下し小児(せうに)の疳疾(かんしつ)に用てよし中華の人  は滋腎(じんをまして)内(うち)を補(おぎのふ)の良餌(くすりくひ)とするよしにて海参(かいじん)の名(な)あ  り肺(はい)虚労(きよろう)咳嗽(がいそう)の類(るい)には鴨肉(かものにく)と合食(かうしよく)して功(こう)あり 一 鱸(すゞき) 腸胃(ちやうい)を和(くわ)し水気(すいき)を治(ぢ)し胎(たい)を安(やす)んじ中をお  ぎのふ○腸(ちやう)を蜘(くも)わたと名(なづ)く無毒(むどく)といへども病  人は食(くら)ふ事なかれ 一 鱈(たら) 口塩(くちじほ)と称(しやう)する品(しな)上品(じやうひん)にして胃(い)をひらき食  を消(しやう)し宿酒(しゆくしゆ)を解(け)し水道(すいどう)を利(り)して諸病(しよびやう)に害(かい)なし  俗中(そくちう)に血分(けつぶん)をくるわすと云 説(せつ)あり至(いたつ)て妄説(もうせつ)也  棒(ぼう)だらと云 品(しな)無毒(むどく)なれども肉(にく)硬(かたく)くして虚弱(きよじやく)の  人によろしからず 一 阿良(あら) 産後(さんご)血暈(めまい)及 諸(しよ)失血(しつけつ)血熱(けつねつ)血(けつ)闕 滞下(たいげ)下血(げけつ)血  痢(り)の類(るい)金瘡(きんそう)破傷風(はしやうふう)打傷(くじき)等の症(しやう)惣(そう)じて血(けつ)分にか  かけたる病(やまひ)によし按(あん)ずるに此物(このもの)破血(はけつ)の功(こう)あり  と云 説(せつ)あり是(これ)妄説(もうせつ)なり是(これ)は血分(けつぶん)を利(り)するの功(こう)  あるものなり 一 鯒(こち) 胃(い)を開(ひら)き食をすゝめ肌肉(きにく)を肥(こや)し筋骨(きんこつ)を健(すこや)  かにす赤白(あかしろ)痢(り)及 諸(もろ〳〵)の腫物(しゆもつ)金瘡(きんそう)に用て血(ち)を順(めぐ)ら  し肌(はだへ)をみたしてよし○泄瀉(せつしや)をやめ小便(せうべん)を利(り)し  遺(い)尿によし小 児(に)の疳(かん)に用てよし諸病(しよびやう)忌事なき  故(ゆへ)に薬魚(くすりぎよ)と称(しやう)す 一 鰯(いわし) 壮実(そうじつ)の賤者(いやしきもの)に用て気血(きけつ)を潤(うるほ)し筋(すじ)骨を強(つよく)し  経絡(けいらく)を通(つう)し人(ひと)をして肥健(ひけん)ならしむ虚弱(きよじやく)の人(ひと)に  はよろしからず○小児(せうに)凍腫(とうしゆ)の類(るい)には此(この)頭(かしら)を黒(くろ)  焼(やき)にして麻油(こまのあふら)に調(とゝの)へてぬり付(つけ)て妙なり 一 簳魚(やから) 胸膈(けうかく)を通(つう)し痰(たん)を解(け)す○噎膈(かく)反胃(ほんい)の人(ひと)は  此(この)魚(うを)の嘴(くちばし)を含しめ其(その)嘴(くちばし)の内(うち)より食(しよく)を納(おさむ)るとき  は食(しよく)を戻(もど)さす 一 魴(まながつを) 五労(ごろう)七傷(ひちしやう)一切 虚損(きよそん)の病(やまひ)に用て能(よく)調(とゝのへ)るなり  且(かつ)穀肉(こくにく)をすゝめ虫積(ちうしやく)を消す味(あぢ)美(び)にして腹中(ふくちう)を  和(くわ)する品(しな)なれば少(すこ)しは食(しよく)しても佳(か)なり 一 藻魚(もうを) ほうばう眼張(めばる)魚あま鯛(たい)の類(るい)と同(おな)じく皆(みな)  脾胃(ひい)を調(とゝの)へ気血(きけつ)をまし諸病(しよびやう)に忌(いま)ず薬魚の品類  なり 一 鰌(くじら) 沈寒(ちんかん)痼冷(これい)を温(あたゝ)め虚痢(きより)久痢(きうり)をやむ病人(ひやうにん)食ふ  事なかれ火(ひ)を動(うごか)し熱(ねつ)を生(せう)し瘡(かさ)瘤(てもの)を発(はつ)す 一 鰹(かつを) 生(なま)にて作(つく)り食するときは腸胃を調ふ故に  久痢(きうり)久瀉(きうしや)の人 膾(なます)にし山葵(わさひ)からしに和して食す  るときはいゆ○鰹節(かつをぶし)気血(きけつ)を補ひ腸胃(ちやうい)を調(とゝの)へ百  味を調和して諸病に害なし 一 章魚(たこ) 血気(けつき)を養(やしな)ひ筋骨(きんこつ)を壮(さかん)にす産後(さんご)の瘀血(おけつ)  を逐(お)ふ○湯にせんじて煮汁(にしる)を以て疣痔(いぼぢ)を洗(あら)ふ  ときは能(よく)治(ぢ)する化(くわ)しかたき品(しな)故(ゆへ)に病人(ひやうにん)は食(くら)ふ  事なかれ 一 鱔(やつめうなぎ) 小児(せうに)の虫積(ちうしやく)労傷(ろうしやう)疳傷(かんしやう)の類(るい)に用てよし疳(かん)  眼(め)雀目(とりめ)には車前子(しやぜんし)の黒霜(くろやき)をふりかけて用れば  尤しるしあり 一 泥鰌(どじやう) 酒毒(しゆどく)を消(け)し胃(い)を調(とゝの)へ気(き)をまし消渇(しやうかつ)を治(ぢ)  す補腎(ほじん)の功(こう)あり○瘭疽(ひやうそ)とて指(ゆび)のはれたるにす  りつぶし指(ゆび)をまきて痛(いたみ)を治(ぢ)する事 神(しん)の如(ごと)し 一 鮧魚(なまず) 気血(きけつ)を補(おぎの)ふ陰萎(いんい)を治(ぢ)す○瘧疾(ぎやくしつ)落(おち)かぬる  に食(しよく)して妙なり 一 海鷂(ゑひ)魚 男子(なんし)の白濁(びやくだく)膏淋(かうりん)玉茎(いんきやう)渋痛(じうつう)するの類(るい)に  よし虚泄(きよせつ)及ひ肝虚(かんきよ)雀(とり)目の症(しやう)に用てよし 一 浮亀(うきゝ) 水戸(みと)の産物(さんふつ)にして他所(たしよ)になし癰疽(ようそ)瘰癧(るいれき)  諸(もろ〳〵)の気腫(きしゆ)によし久瀉(きうしや)の者(もの)或は虚労(きよろう)不食(ふしよく)の者(もの)に  うす味噌(みそ)にて用てよし能(よく)腹中(ふくちう)を和(くわ)するの品な  り     虫類 一 臭梧桐虫(くさぎのむし) 小児(せうに)の疳虫(かんのむし)を療(りやう)じ元気(げんき)を補(おきの)ふの良(りやう)  品(ひん)なり○柳(やなぎ)のむし蘡薁(ゑひつる)虫も同類(とうるい)にて皆(みな)治法(ぢほう)  大抵(たいてい)同(おな)じ類(るい)にて疳(かん)の餌食(くすりぐい)なり 一 螽(いなこ) 小児(せうに)疳(かん)にて痩(やせ)たるに食せしめてよし翅(つばさ)と  足(あし)とをさりて炙りて食せしむるなり 一 赤蝦蟇(あかかひる) 血(ち)をまし肌肉(きにく)を長(ちう)し小児(せうに)の疳疾(かんしつ)に妙  なり痩(やせ)たる人(ひと)は小児(せうに)に限(かぎ)らず大 人(じん)婦人(ふじん)にも用  て大(おゝい)に功(こう)あり 一 蛞蝓(なめくじり) 活(いき)たるをとりて白湯(さゆ)にて直(すぐ)に呑(のみ)て下(くだ)す  ときは喘息(せんそく)哮吼(かう〳〵)を治(ぢ)する事 神妙(しんめう)なり呑(のみ)かたく  覚(おぼ)ゆる者(もの)は砂(さ)とう豆(まめ)の粉(こ)の類(るい)にまぶし用ゆる  ときは大(おゝい)にしるしあり小児(せうに)十五歳 許(はかり)にて慾情(よくじやう)  いまだ動(うご)かざるものは決(けつ)して治(ぢ)すべし大人(たいじん)に  いたりてもまゝ功(こう)あるなり 一 蝮蛇(まむし) 血中(けつちう)の毒(どく)を発(はつ)し悪血(あくけつ)を破(やぶ)る陰萎(いんい)を起(おこ)し  陽道(やうどう)を壮(さか)んにす皮(かは)と腸(はらはた)とを去(さ)り炙(あぶり)食してよし  ○蝮蛇(ふくじや)酒を作るは活蛇(いきたるまむし)二三条(ふたすしみすじ)上好酒一升 許(ばか)り  ふらすこの中にいれて口をかたく封(ふう)じて六七  十日許を経(へた)るときは自然(しぜん)と烊化(とろける)なり是(これ)を布(ぬの)に  て絞(しぼ)り日々用ゆれは能(よく)悪瘡(あくそう)癩風(らいふう)諸の痱痺痿(うるはざるかたへなへしびれ)を  治(ぢ)して妙々(めう〳〵)なり 一 鼠(ねづみ) 薬餌(くすりくい)には牡鼠(おねつみ)をよしとす小児 疳痩(かんそう)を治し  筋骨(きんこつ)を続(つ )き折傷(せつしやう)を療(りやう)す骨蒸(こつせう)労熱(ろうねつ)羸痩(るいそう)にもよ  し腸(ちやう)と皮(かは)とを去(さ)り炙(あぶり)食ふてよし○疥瘡(ひせん)発出(はつしつ)し  かねたるには黒焼(くろやき)にして酒にて用てよし婦人  乳汁(にうしう)少なきにも酒にて用てよし     禽類(とりるい) 一 鶴(つる) 虚労(きよろう)肉(にく)弱(よはき)きに食せしめてよし脚気(かつけ)冷痺(れいひ)痼(こ)  疾(しつ)を治(ぢ)し腰(こし)膝(ひざ)を温(あたゝ)めて皮膚(ひふ)を潤(うるほ)すの薬餌(くすりくい)なり  幼若(ようじやく)の者(もの)はつよくて宜しからず○鵠(くゞひ)冷痺(れいひ)腰(やう)膝(しつ)  寒痛(かんつう)を温(あたゝ)め久泄(きうせつ)下利(げり)を調(とゝの)ふ 一 雀(すゝめ) 虚眼(きよがん)内障(ないしやう)を治(ぢ)し陽道(やうどう)を壮(さか)んにし陰萎(いんい)を起(おこ)  す冬月(とうげつ)の餌食(くすりぐい)にして腎気(じんき)を補ふの妙功(めうこう)あり春(はる)  にいたりては食(くら)ふべからす凡(すべ)て小鳥(ことり)の類(るい)はつ  むぎむくの類(るい)まても皆(みな)能(よく)虚瀉(きよしや)する人に用ひて  験(しるし)あるの品(しな)なり 一 鶉(うつら) 津液(しんゑき)を生(せう)じ肌膚(きふ)を潤(うるほ)す此物(このもの)は脂肉(あぶらにく)大(おゝい)にお  をく味(あぢはひ)美にして小鳥中(ことりちう)の冠(くわん)たるものなり 一 雉(きし) 中(うち)を補(おぎな)ひ下利(げり)をやむ久年(きうねん)の瘀血(おけつ)黴瘡(しつ)痼病(こびやう)  を発(はつ)す秋冬(あきふゆ)は食てよし春夏(はるなつ)は小毒(せうどく)ありゆへに  諸毒(しよどく)とも発(はつ)せんとする勢(いきほ)ひあるものは大(おゝい)によ  し収まらんとする勢(いきほい)のものは大(おゝい)にあしゝ○山  鳥と云ものも先(まつ)能毒(のうどく)同じかるべし 一 鳬(かも) 中を補ひ気をます水腫(すいしゆ)を治(ぢ)す寒疝(かんせん)冷痺(れいひ)の  類(るい)によし小(こ)せがさの類(るい)久(ひさ)しく是(これ)を食ふていゆ  数品(すうひん)ありといへども緑頭(りよくとう)のものを第(だい)一とする  なり 一 鶩(あひる) 虚(きよ)を補(おぎな)ひ客熱(かくねつ)を除(のぞ)く惣(そう)して水鳥(みつとり)の類(るい)は  骨蒸(こつしやう)労熱(ろうねつ)を治(ぢ)するの良餌(よきくすりぐい)なり 一 烏(からす) 骨蒸(こつしやう)労嗽(ろうそう)婦人(ふじん)血分(けつぶん)の病(やまひ)あるもの食すべ  し小児(せうに)疳病(かんびやう)に少しづゝあたへて虫(むし)を殺(ころ)し痩(やせ)を  治(ぢ)する事 妙(めう)なり 一 鴟(とび) 頭風(づふう)目眩(もくけん)を治す常食(しやうしよく)して癲癇(てんかん)を治するの  良餌(よきくすりぐい)なり 一 鳩(はと) 血(ち)を生(せう)じ体(たい)を温(あたゝ)め悪瘡(あくそう)癬疥(せんがい)の類(るい)久(ひさ)しく愈(いへ)  ざるに用てよし 一 鶏(にはとり) 俗中に黄雌鶏(かしわのめとり)の黄脚(きずね)の物(もの)を上品(じやうひん)とす尤三  年に過(すぎ)さるを良餌(よきくすりぐい)とす老(ろう)鶏は用る事なかれ功  能(のう)血(ち)を生じ体(たい)を温(あたゝ)め肌(はたへ)を潤(うるほ)し悪血(あくけつ)を破(やぶ)り新血(しんけつ)  生じ黴瘡(しつ )下疳(げかん)便毒(よこね)膿淋(のうりん)嚢癰(のうよう)結毒(けつどく)漏瘡(ろうそう)筋骨(ほね)疼(うづき)  痛 手足(てあし)拘攣(ひきつり)多年(たねん)の黴気(しつどく)一身 結毒(けつどく)疥癬(ひぜんたむし)臁瘡(はくき)諸の  悪瘡(あしきくさ)の余毒(よどく)残(のこ)りたる人諸病後血気の復(ふく)せざる  の類(るい)天稟(むまれつき)痩削(やせたる)人 手足(てあし)常(つね)に冷(ひへ)たる婦人(ふじん)の経閉(ちのとゞこほり)帯(こ)  下(しけ)腰冷(こしひへ)久しく子(こ)なき輩(ともから)産後(さんご)虚弱(きよじやく)の者 惣(そう)して痩(やせ)  たる人には用ゆへし肥(こへたる)人は食ふべからず○按(あん)  ずるに近年(きんねん)黴瘡(しつ )毒気(どくき)盛(さか)んに行るすへて此(この)症(しやう)  に鶏肉(けいにく)を用て能(よく)功(こう)を取(とる)事いちしるし別(へつ)して俗(ぞく)  に湿労(しつろう)といへる類(るい)の症(しやう)にいたりては所詮(しよせん)他薬(たやく)  の及ふ所(ところ)にあらすこの品にあらざれば功(こう)を見  る事あたはず久食して愈(いよ〳〵)しるしあり  鶏卵(にはとりのたまご) 功用 大抵(たいてい)鶏肉(にはとりのにく)に同(おな)じくして少(すこ)しく劣(おと)れ  り悪血(あくけつ)を破(やぶ)るの功(こう)はうすし其(その)他(ほか)体(たい)を温(あたゝ)め肌肉(きにく)  をまし血液(けつゑき)を生(せう)じ癰疽(ようそ)漏瘡(あなあるてきもの)内托(なひたく)の妙(よき)餌(くすりくい)なり心(しん)  を鎮(しづ)め五臓(ごぞう)を安んじ驚(きやう)をやめ胎(たい)を安んず黴瘡(しつ)下(げ)  疳(かん)淋疾(りんしつ)嚢癰(のうよう)数年(すうねん)の結毒(けつどく)諸(もろ〳〵)の悪瘡(あくそう)に用る事 前条(ぜんでう)  と同しくして平和(へいわ)なり病後(ひやうご)元気(げんき)復(ふく)せす虚弱(きよじやく)臝(やせ)  痩(つよき)の者 小児(せうに)痘瘡(ほうそう)気血(きけつ)弱(よは)して貫膿(やまあげ)しかぬるもの  なとに用て妙々○肺気(はいき)弱(よわ)くして声(こゑ)出るの勢力(せいりよく)  薄きものまた腎気(じんき)衰弱(おとろへ)にして気根(きこん)弱(よはき)きものは  毎朝(まいてう)鶏卵(けいらん)壱つ砂糖(さとう)少許(すこしはか)り入 熱湯(ねつとう)に投し茶せん  にてふりたてゝ服すれは五臓(こぞう)の血液(けつゑき)を補(おき)なひ  勢力(せいりよく)をまして大によし○淋疾(りんしつ)痛(いたみ)つよく血(ち)を出(いだ)  す者は鶏卵(たまご)二顆(ふたつ)酢(す)一合 酒(さけ)五酌(ごしやく)右 三味(さんみ)撹(まぜ)せ合(あは)せ  てふたのある陶器(ちやわん)に入て火(ひ)を焚(たき)たるあとへ一  夜さし置て明日空心に一度に用るときは痛を  和らげて通(つう)する事妙なり     獣類(けものるい) 一 鹿(しか) 血精(けつせい)をまし気力(きりよく)を補ふ津液(しんえき)を生(せう)す肌肉(きにく)を  長(てう)ぜしむ沈寒(ちんかん)痼冷(これい)にて陽気(やうき)順(めぐ)らざる症(しやう)に用て  身体(しんたい)を温煖(あたゝか)にする事妙なり痩(やせたる)人 痰(たん)気少なき者(もの)  によく肥(こへたる)人は食ふ事なかれ 一 豕(ぶた) 同上○豕脂(まんてんか) 華人(くわじん)は何にても調味(てうみ)の品(しな)に  用ゆ腸胃(ちやうい)を利(り)し小便(せうべん)を通(つう)し五疸(ごたん)水腫(すいしゆ)を除(のぞ)き髪(かみ)  を生(しやう)す○按するに鹿豕(しゝぶた)は華人(くわじん)の常食(じやうしよく)にして其  補虚(ほきよ)の功(こう)も甚(はなはだ)つよく吾邦(わかくに)諸(しよ)獣肉(ぢうにく)を忌憚(いみはゝかり)りて食  せさる事 多(おゝ)し此(この)禁(きん)は古(いにしへ)への書(しよ)には見へず延喜(ゑんき)  式(しき)なとには祭祀(さいし)に獣肉(ぢうにくを)用る事 数多(あまた)あり然ると  きは忌(いま)ざる事 明(あきら)かなり然れ共 日本(につほん)は海(うみ)多くし  て海魚(かいぎよ)の美味(びみ)を食(くら)ふによりて穢物(ゑぶつ)と心得(こゝろゑ)て食  はさる事習ひとなりて異食(いしよく)とするも宜(むべ)なり是(これ)  又 惑(まと)へるなりと弁(べん)する人も多(おゝ)くあれとも元来(くわんらい)  土地(とち)相応(そうおう)の食(しよく)にあらず且(かつ)畜類(ちくるい)は人類(しんるい)に近(ちか)くし  て残忍(さんにん)の所為(しよい)にも見るへけれは君子(くんし)に於(おい)ては  取(とら)ざる所(ところ)ならんか是(これ)則(すなはち)吾邦(わがくに)清潔(せいけつ)を好(この)んて神明(しんめい)  を尊(たつと)むの意(こゝろ)なるときはたとひ忌(いま)すとも常食(じやうしよく)と  すへきにあらず故(ゆへ)に病(やまひ)により性(せい)によりて餌食(くすりぐい)  とする事は宜(よろ)しとすべし 一 猪(いのしゝ) 癲癇(てんかん)を治(ぢ)し肌膚(きふ)を補(おきの)ふ五臓(ごぞう)をまし人をし  て肥(こへ)しむ○腸風(ちやうふう)瀉血(しやけつ)久痔(きうぢ)の類(るい)に喰(くら)ひて妙々(めう〳〵)な  り 一 牛(うし) 血精(けつせい)をまし肌肉(きにく)を充(みた)しめ脾胃(ひい)を養(やしな)ふの良(りやう)  肉(にく)なり痩人(そうしん)に宜(よろし)くして肥人(ひじん)には宜(よろ)しからず朝(てう)  鮮(せん)より乾(かん)牛肉(きうにく)多(おゝ)く来(きた)る脾胃(ひい)を養(やしな)ひ筋骨(きんこつ)を壮(さか)ん  にし腰脚(こしあし)を強(つよ)くす小児(せうに)疳痩(かんやせ)の者に宜(よろ)し○按(あん)ず  るに外国(くわいこく)にては大牢(たいろう)とて天(てん)を祭(まつ)るに用(もち)ゆ礼記(らいき)  王制(わうせい)にも諸侯(しよこう)無(なけれは)_レ故(ゆへ)不(ず)_レ殺(ころさ)_レ牛(うしを)とあれは太祭(たいさい)にあら  されは用(もちい)ざる事と見ゆ吾邦(わがくに)は古(いにし)へより牛馬(きうば)は  耕稼(こうか)を助(たす)くるの獣(けもの)なれば是(これ)を殺(ころ)す事を禁(きん)ず故  に食(しよく)する事も禁(きん)ずるなり且(かつ)屠者(ほふるもの)を穢多(ゑた)と称(せう)し  て四民(しみん)の列(れつ)に入(い)る事を許(ゆる)さず是(これ)吾邦(わかくに)の潔白(けつはく)を  尊(たつと)んて外 国(こく)の及(およ)ぶ所(ところ)にあらざるなり 一 熊(くま) 風痺(ふうひ)筋骨(きんこつ)不仁(ふじん)するによし諸虚(しよきよ)を補(おきな)ふの良(よき)  餌(くすりぐい)なり 一 狐(きつね) 中(うち)を温(あたゝ)め虚(きよ)を補(おぎな)ひ久瘧(きうきやく)の邪(じや)を去(さ)る疥瘡(ひぜん)の  久しく瘥(いへ)かぬるに用てよし○膁瘡(はらき)疥瘡(ひぜん)の類(るい)久(ひさ)  しく発(はつ)せざるに黒霜(くろやき)にして酒(さけ)にて用れば快(こゝろよ)く  発(はつ)する事 妙(めう)なり 一 獺(かわおそ) 労痩(ろうそう)の人(ひと)食(くら)ふべし水気(すいき)脹満(ちやうまん)熱毒(ねつき)を去(さ)るに  用(もち)ゆすべて水中(すいちう)に深(ふか)く潜(ひそ)み蔵(かく)るゝ類は鼈(すつほん)鰻鱺(うなぎ)  魚 泥鰌(とじやう)の類にいたるまて骨髄(こつずい)の熱(ねつ)を解(げ)するの  良餌(よきくすりぐい)なり獺(かわうそ)は其類(そのるい)の最上(さいじやう)たりとしるべし 一 狼(をゝかみ) 内(うち)を補(おぎな)ひ気(き)を壮(さかん)にし腹中(ふくちう)寒疝(かんせん)冷積(れいしやく)及び婦(ふ)  人(じん)の気滞(きたい)黴瘕(てうか)ある人に用てよし○筋骨(きんこつ)手足(てあし)と  もに黒焼(くろやき)にして用るときは黴(しつ)毒 痼疾(こしつ)久年(きうねん)の風(ふう)  毒(どく)痺痛(ひつう)に用て其(その)功(こう)ある事 神(しん)のことし 一 兎(うさぎ) 消渇(せうかつ)反胃(ほんい)に食(しよく)して熱(ねつ)を解(げ)し血(ち)を涼(すゞし)くし大(だい)  腸(ちやう)を利(り)し婦人(ふじん)の産難(さんなん)を救(すく)ふ小児(せうに)の痘毒(とうどく)を解(げ)す  る事妙々なり 一 膃肭臍(おつととせい) 陰萎(いんい)精冷(せいれい)腰痛(こしいたみ)脚弱(あしよわく)小便(せうべん)頻数(ひんさく)に験(しるし)あり  ○茎(たけり)補陰(ほいん)の大功(たいこう)ありといへとも心得(こゝろへ)難(かた)し且(かつ)慾(よく)  を貪(むさぼ)るもの甚(はなはだ)殊功(しゆこう)を唱(とな)ふといへとも是(これ)皆(みな)妄誕(もうたん)の  説(せつ)にして用べからず殊(こと)に今(いま)松前(まつまへ)より来(きた)る品(しな)甚  塩蔵(ゑんぞふ)陣腐(ちんふ)恐(おそら)くはいちじるしき功(こう)あるまじ 右(みぎ)之(の)外(ほか)獣類(ぢうるい)数多(あまた)ありといへとも先 薬餌(くすりくい)に用(もちゐ)る品(しな) は異類(いるい)の物は不(もちゆ)_レ可(へか)_レ用(らず)且(かつ)前文(せんもん)にのぶることく吾邦(わかくに) の常食(じやうしよく)にあらざれば謾(みだり)りに食ふべからずたとひ 薬餌(くすりぐい)に用る共 随分(ずいぶん)少(すく)なき分量(ぶんりやう)を宜しとすべし     拾遺  薬餌(やくじ)の類(るい)あまたあれども尽(こと〴〵)くあぐるいとまあ  らずしかし初(はじめ)にもらしたる品(しな)をふたゝびこゝ  に記(しる)すのみ 一 乾(から)鱖魚(ざけ) 体(たい)をあたゝめ瘀血(おけつ)を順(めぐ)らし婦人(ふじん)腰冷(こしひへ)  経水(けいすい)閉(とじ)て通(つう)ぜざるに用(もちひ)てよし諸(しよ)瘡瘍(そうやう)及(およ)び黴毒(ばいどく)  の気(き)を発(はつ)するなり惣(そう)じて気力(きりよく)をまし虚労(きよろう)を補(をぎな)  ひ陽(やう)を起(をこ)すに用(もち)ゆしかし乾硬(かんかう)の物(もの)なるがゆゑ  に能(よく)煮(に)熟(じゆく)して食(くら)ふべし生煮(なまに)なれば反(かへつ)て脾胃(ひい)を  傷(やぶ)る○産後(さんご)調血(てうけつ)の妙薬(みやうやく)なれば細(こまか)に剉(きざ)みすこし  いりて細末(さいまつ)にし酒(さけ)または白湯(さゆ)にても用(もち)ゆれは  何(なに)にても血分(けつぶん)より起(おこ)りたる諸病(しよひやう)を治(じ)す打撲(うちみ)の  類(るい)にても酒(さけ)にて飲(のま)しめてよし或(ある)医家(いか)に製(せい)して  通経(つうけい)の妙剤(めうざい)なりとて普(あまね)く用(もちひ)らるゝなり 一 鰻驪魚(うなぎ) 虚労(きよろう)を治(じ)し五痔(ごぢ)瘻(ろう)瘡(そう)を愈(いや)す諸(もろ〳〵)の虫(むし)を  殺(ころ)し血精(けつせい)を生(せう)じ肌肉(きにく)を充(みた)しめ津液(しんゑき)をまし小児(せうに)  疳疾(かんしつ)雀目(とりめ)を治(ぢ)し大病(たいひやう)後(ご)羸痩(るいさう)つよく潤沢(うるほひ)少(すく)なき  人これを食(くら)ふて甚(はなはた)よし此(これ)甚(はなはた)美味(びみ)なるをもつて  貪(むさほ)り食(くら)ふこと多(おほ)ければ反(かへつ)て痰(たん)を生(せう)し胸中(けうちう)に油(あふら)  をたくはへて甚(はなはだ)あしゝ但(たゞ)程(ほと)よく少(すこし)づゝ食(くら)ふと  きは益(えき)ありて損(そん)なし  ○鰻驪魚(うなぎの)腸(わた)小児(せうに)の雀目(とりめ)に喰(くは)しめて甚(はなはだ)よし○小(せう)  児(に)身体(しんたい)痩(やせ)盗汗(ねあせ)などありて脾疳(ひかん)なとゝ云(いふ)にあぶ  りて油(あふら)の出(いづ)るときを見(み)て合歓木(かうくはんぼく)車前子(しやせんし)二 味(み)を  黒霜(くろやき)にし細末(さいまつ)にしてふりかけて用(もちひ)て大によし  ○室内(いゑのうち)にほうせう虫(むし)わきたるにうなきの頭(かしら)と  骨(ほね)とをくすべるときは忽(たちま)ちおさまるなり蚊(か)虻(あぶ)  蠅(はい)などの多(をほ)きにも右の如(ごと)くふすべるときはな  くなるなり虫(むし)をさるの功(こう)見るべし 一 鼈(すつぽん) 中を補(おぎな)ひ体(たい)をあたゝめ血(ち)を生(しやう)し肌肉(きにく)を充(みた)  しめ痔(じ)脱肛(だつこう)によし骨蒸(こつじやう)労熱(ろうねつ)を除(のぞ)き盗汗(とうかん)をやめ  婦人(ふじん)帯下(こしけ)の類(るい)に用(もちひ)てよし○鼈(すつぽん)の頭(かしら)よく干(ほし)つけ  てをき細(こまか)に剉(きざ)み痔(ぢ)を治(ぢ)する諸薬(しよやく)の内(なか)に加入(かにう)し  用(もちひ)て大によし諸薬(しよやく)さし合(あい)なし脱肛(だつこう)復(ふく)しかぬる  にも用(もちひ)てよし○産後(さんご)陰門(ゐんもん)脱出(だつしゆつ)するに焼灰(やきはい)にし  て用(もちひ)てよし 一 鯗(するめ) 気(き)をまし志(こゝろざし)を強(つよ)くし津(つ)を生(せう)じ渇(かつ)を止(や)め滞(たい)  血(けつ)を散(さん)じ血枯(けつこ)を潤(うるほ)す○乳汁(ちゝ)少(すく)なきものに用(もちひ)て  よし尤(もつとも)よく煮(に)て食(くら)ふべし其(その)効(こう)汁(しる)にあり其(その)儘(まゝ)に  てあぶり食(くら)ふは脾胃(ひい)よわき者(もの)には消化(せうくは)しがた  くして宜(よろ)しからず 一 蕎雀(あをち) 失血(しつけつ)を止め肌肉(きにく)をうるほす○黒霜(くろやき)にし  て諸(もろ〳〵)の失血(じつけつ)を治(ぢ)するに大にしるしあり金瘡(きんさう)出(しゆつ)  血(けつ)して止(やま)ざるに貼(でう)して甚(はなはだ)妙(めう)なり○蝮蛇(まむし)にさゝ  れたるには黒焼(くろやき)を疵口(きずぐち)に付(つ)けまた白湯(さゆ)にて用  て其(その)毒(どく)を解(け)すること妙々(めう〳〵)なり 一 雁(がん) 雁眆(がんばう)とて脂皮(あぶらかわ)の厚(あつ)き所(ところ)をいふなり煮(に)食(しよく)し  て中風(ちうぶ)攣急(れんきう)偏枯(へんこ)麻痺(まひ)したるに食(しよく)してよし○煉(ね)  り烊(わか)して膏(かうやく)の如(ごと)くして毎日(まいにち)空心(すきはら)に服(ふく)するこ  と久(ひさ)しきときは気力(きりよく)をまし筋骨(きんこつ)を壮(さかん)にし鬚髪(ひんはつ)  を長(ちやう)ぜしめ老(おい)ずとなり諸(もろ〳〵)の薬石(やくせき)の毒(どく)を解(け)する  なり 右の外(ほか)に餌食(ししよく)すべきもの数品(すひん)ありといへども常(じやう) 用(よう)にあらずして異類(いるい)の品(しな)はあぐることなし 文化十四年丁丑五月      観宜堂蔵刻【印=観宜堂蔵】  皇都書林     丸屋善兵衛 【前コマに同じ】 【見開き裏=四千六六七 フロ】 【裏表紙 文字なし】