【巻子】 題簽「浦しま太郎」 【巻物上部或は下部】 【巻物上部或は下部】 【巻物表紙】 浦しま太郎 【左に紐】 【白ラベル内】JAPONAIS 4169 【見返し】 むかし丹後の国に浦嶋といふもの侍り ける其子に浦嶋太郎と申て二十四五の をのこありける明暮海邊に出て萬のう ろくつをすなとりつりをし父母をやし なひけるかある日のことなるにつりを せんとて出にけりうら〳〵入江〳〵いたり ぬ所もなくうほをつりかひをひろひある ひはみるをかりなとしける處に大きなる かめをつりあけたり太郎此かめにいふやう なんちしやうあるものゝ中に亀は万年とて 命久しきもの也たちまち爰にて命をたゝ ん事いたはしけれはたすくる也かならす此 おんをわするへからすとて亀をもとのうみにそ かへしけるかくて浦嶋太郎其日はくれて 帰りぬまたつきの日うらのかたへ出て釣をせん とおもひてこゝかしこをめくりける處に はるかなる海上にせうせん一そううかへり あやしくおもひてみるに女房一人のり波にゆられて したい〳〵に太郎のたちたる所へちかつきより 太郎此よしをみてふしきなるありさま也と 思ひて申けるやうはいかなる人なれは女しやう の身として一人舟にのりかゝるおそろしき 海上にたゝ何となく渡らせ給ふそと申けれは 女房のいひけるはみつからはさるかたへひん せん申てまゐり侍るところにおりふし波 風あらくして人あまた海へはね入られしを なさけある人みつからをは此はし舟にのせて おもふ方へゆけとてはなされさふらふあまりのか なしさに行えもしらす波にたゝよひ風にふ かれゆられ行ほとに鬼の嶋へゆかんすらん とおほつかなくかなしむ處に嬉しくも人 さとちかきうらにつき今御身にあひまゐらせ候 ことのうれしさに是も此世ならぬ御縁にてこそ あるらめとてさめ〳〵となきにけり浦嶋太郎も さすかに岩木ならねハあはれなることゝおもひ てつなてをとりて引よせにけり女房申けるは 人をたすけ給ふはほさつのきやうとうけ給は り候哀みつからを故郷へおくり届給ハり候へかし 爰にて又捨られ参らせはなにと成行候 へし海上にての物こひもおなし事にて候と とかきくときて又さめ〳〵となきけれは 浦嶋太郎ものゝあはれをしるものなれは おなし舟にのりうつりさらはふるさとへ をくりまゐらせんとておきのかたへこき 出す彼女はうのをしへにまかせてはるかの 舟路をへてこきゆく程に五日と申には ふるさとへそつきにける扨舟よりあかりてみ るにしろかねの門をたてこかねのいらかをな らへいかなるきん中の住居はこれにはいかて まさるへき此女房のすみところ心言葉もおよは れす申も中〳〵をろかなり扨女房浦嶋に 申やう一しゆのかけにやとり一河の流をくむこ とも皆これたしやうのえんそかしましてや はる〳〵の波路を是まてをくり給ふ事此 世ならぬきえんなれは何かはくるしく候へき みつからとふうふの契りを結ひ給へとこま〳〵 とかたりけれは太郎申すやうとも かくも仰せにしたかひたま給ふへしとそ申ける 扨それよりかいらうの契りあさからす天に あらはひよくの鳥地に又すまはれんりのえた とならんとかりそめなからいもせの中に成にけり 其後女房申けるは是はたつの都と申ところ なりすなはち四方に四季の草木あらはせりいら せ給へみせ申さんとて太郎を引きくしてこそ 出にけれ先ひかしの戸をあけてみれは春のけ しきとおほしくてのきはの梅に鶯のこゑ めつらしく青柳の糸のしつかに春風になひ くかすみの漠よりもいつれの梢も花なれや 南おもてのすたれをあくれは夏のけしきみえ にけり春を隔つるかき外には卯の花や先咲ぬ覧 池のはちすの露うけてみきは涼しきさゝ波に水 鳥あまたあそひける木々のこすえもしけりそ ひゆふたちすくる雲まより声かすかなる時鳥 なきて夏とそしらせける西のみきはゝ秋なれや 四方の梢も紅葉してませの内なる白菊や霧立 こむる野をちかみまかきか露をわけ〳〵て声も 侘しきさおしかのなきて秋とてしられける 【絵の左右の文字は前コマ次コマに翻刻】 さてまた北は冬なれや庭の草木も霜枯の いつしか山は白妙の雪にむもるゝ谷の戸 に心ほそくもすみかまのけふりにしるきし つかわさも冬としらするけしきかなかくて 面白き事ともに心をなくさみてみとせにな るはほともなしさて浦嶋太郎申やう我 にしはしのいとまをたひ候へかしふるさとの父 母をみすてかりそめに出てはやみとせにな り候へは心もとなく候ほとにみたてまつり て心やすくまゐり候はんと申けれは女房 涙をなかし申けるは此みとせが程はえんわう のふすまの下にひよくのかたらひをなしてか た時みえさせ給はぬ事にもとやせんかくやあ らましと心をつくし申せしに今御身に別 なは又いつの世にかはあひまゐらすへしふうふ は二世の契りと申せは此世にてこそゆめまほろ しの契りにておはしまし候ともかならす来世 にては一はちすのえんとむまれあはせ給へかしと てさめ〳〵となきけるかしはし有て女房申けるは 今は何をかつゝみさふらふへきみつからと申 は此りうくうしやうの亀にてさふらふか 一とせえしまかいそにて御身に命をたすけ られしなさけにいつの世にかはかゝる御恩を ほうし申さんとおもひしゆへにかくふうふとは なりまゐらせ候又是は形見に御覧候へとてひた りのわきより手箱を一つとり出して申やうあ ひかまへて〳〵この箱をあけさせ給ふなとて形 見に是參らするとて渡しけり会者定離 のことはりあふものは必別るゝとはしりなからかめ かくなん  日数へて重し夜半の旅衣立別つゝいつかきてみん 浦島かへし  唐衣うらかなしくも立別れ又きてみんもしらぬ行末 と詠してたかひに名残をゝしみつゝ形見の物 をとりもちてなく〳〵ふるさとへこそかへりけれは るかの波路を行舟のかいのしつくも涙もなかし そへたる袖のうへをいかゝせん又うら嶋かくなん  かりそめに別し人の面影を別もやらぬ身こそかなしき 扨浦島太郎はやう〳〵ふるさとへ帰りみれは ひとの通ふ跡もなくあれはてゝとらふす野 【一行目前頁】 へと成にけりうら嶋むねうちさはきこはいか なることやらんといひけれは内より八十あまりの おきな立出て此あたりにてはみなれぬ御すかた かないかなる人にてわたらせ給ふそと申けれは此 所のうら嶋は何方に居給ふそととひけれはおきな 申やう御身いかなる人なれは浦嶋の行衛を 尋給ふそや其うら嶋とやらん申侍るははや 七百年さきのことゝ申侍て候と申けれはこ はいかなることやらんとて大きにおとろきなく 〳〵そのいはれをかたりけれはおきなもふし きのおもひをなし涙をなかし申けるはあれに みえて候草たかき中のふるきつかこそその ひとのつかと申侍てこそ候へとてゆひをさし てをしへける其とき浦嶋太郎は草ふかく 露しけき野へを分ゐりてふるきつかに まゐりなく〳〵かくなん  たらちねにあはんと思ひきてみれは苔むす塚と成にける哉  かりそめに出にし跡を今みれはとらふす野へと成そ悲しき 扨浦嶋は一本の松のかけにてやすらひてあきれはてゝそ居たりける さるほとに浦嶋おもふやうりう宮にて亀か形 見とてあたへし箱あくる事なかれといひけれ とも今はなにかはせんあけてみはやとおもふこそよ しなけれ此箱あけてみるに内より紫の雲み すちたちのほりける浦嶋太郎廿四五はかりのよは ひもたちまちにかはりはてゝひたいには四かいの波を たゝみかしらのかみは雪をいたゝきまゆには八しゆの 霜をたれせつなの程にみるもいふせき【いぶせき=うっとうしい】おきなの すかたと成にけるこそくやしけれ其後浦嶋は 靏になりてこくう【虚空=大空】にあかりけり抑此浦嶋か よはひを亀かはかりことゝして七百年の 老の波を箱の中にたゝみ入ぬるゆへに久しく よはひをたもちけるとや古きうたにも  君にあふよは浦嶋か玉手箱あけてくやしき我涙哉 しやう【生】あるものいつれもなさけをしらぬといふ 事なしましてや人間のしやうをうけて恩を みてそのおんを思ひしらさるはほくせき【木石=木と石。転じて人間としての情を解さないもの】にたとへ たり契りふかきふうふは二世のえんそかしこの 浦嶋は靏になりてほうらいにあひをなす【愛をなす=(子供などを)かわいがる】亀は 又こうにみせきの祝をそなへて萬世をへぬるとなり 【絵の後の行】 さてこそめてたきためしにも靏と亀 さてこそめてたきためしにも靏と亀 とをほんとするなりひとをあはれみなさ けのあるものは行すゑまてもめてたきよ し申つたへたりそのゝちうら嶋太郎ハ丹後 の国に浦嶋の明神とあらはれしゆしやう をさいとし給へりまた亀もおなし所に神 あらハれて今の代まてもふうふの神とそ 申侍けるかゝるめて たき事世に ためし なきありかた き 事 とそ