【撮影ターゲット】 日本山海名産図絵 □□□【山海名】産図会 【左丁】 山海名産図会序 中古人士之於物産 也(○)率本 於本 草(○)而山産海 錯(○)認而無 遺漏 者(○)自向観水稲若水松 怡顔島彭水之 徒(○)才輩実不 匱 焉(○)余夙預其 流(○)于今既費 数十年之苦 心(○)見人之所未 【右丁】 見(○)弁人之所未/弁(○)実為索隠 探奇之甚/焉(○)曽/聞(○)稲氏若水 著採薬独/断(○)示平生所深致 意/也(○)然終為愇中禁秘/耶(○)抑 或蔵諸名山奥区/耶(○)竟不伝 人/間(○)亦可惜/也(○)余不勝慕/藺(○) 因窃擬其/意(○)著書数/巻(○)号曰 【左丁】 名物独/断(○)愈勤愈/詳(○)猶泉源 衰【衮ヵ】々出而不休/焉(○)故其名物 品類之無/窮(○)亦随四序/節(○)蔵 蓄之/宜(○)具造醸之/法(○)然及藁 甫脱/也(○)徳【値ヵ】家多/難(○)災厄兼/到(○) 幾流離塗/炭(○)在今固為一憾 事/矣(○)間者書肆/某(○)携一部画 【右丁】 冊(○)殷勤徴序/文(○)題曰山海名 産図/会(○)取而繙/之(○)輒挙吾 東方各従其地/産(○)奇種異/味(○) 而特名/者(○)一一見之/図(○)乃至 其製作之始末事実之証/拠(○) 則後加附釈(○)雖婦児/輩(○)使道 知/之(○)頗以有酬余之始願/者(○) 【左丁】 尽亦成於亡友蔀関月/手(○)於 是乎不可以不/序(○)因備述所 甞(○)論弁之本意而及此書縁 起如/此(○)嗟乎雖芥珀磁/鉄(○)其 理皆出于自/然(○)不可得而強 也(○)天地間産類千万以弁博 為/要(○)否則自百薬/物(○)而至瑣 【右丁】 瑣食 品(○)不免謬採 焉(○)況於君 子発天地之韞 匱(○)与天下共 者 乎(○) 寛政戊午臘月上浣          木邨孔恭識            【印】 【印】 【左丁】 日本(につほん)山海(さんかい)名産(めいさん)図会(づえ)巻之壱    ○目録   摂州(せつしう)伊丹(いたみ)酒造(さけつくり)              藍江【印】 【右丁】 酒(さか) 楽(ほかひの)【注①】 歌(うた) 【注① さかほかひ(酒寿・酒祝)」=酒宴をしていわうこと】 【左丁】 此(この)御酒(みき)を醸(かみ)けん人は。其(その)鼓(つゞみ) 臼(うす)に立(たて)て。うたひつゝ醸(かみ)けれ かも。舞(まひ)つゝ醸(かみ)けれかも。 この御酒(みき)のみきの。あやに 転楽(うたたの)し【注②】 サヽ  是(これ)は応神天皇(わうしんてんわう)角鹿(つのか)より  還幸(くわんかう)の時(とき)神功皇后(しんくうくわうこう)酒(さけ)  を醸(かも)し待(はへり)【侍】ていはひ奉(たてまつ)  り哥うたはせ給(たま)ふに  武内(たけうち)宿祢(すくね)天皇に代(かはり)奉り  答(こた)へ申/歌(うた)なり是(これ)を酒楽(さかほかひ)  の歌(うた)といひて後世(こうせい)大嘗(たいしやう)  会の米(こめ)舂(つ)くにもうたふと也     右古事記【注③】 【注② たいへん楽しい。】 【注③ 『古事記』中巻に記載。】 【右丁】  ○造醸(さけつくり) 酒(さけ)は是(これ)必(かならす)聖作(せいさく)なるべし。其(その)濫觴(はじまり)は宋(そうの)竇革(とくかく)が酒譜(しゆふ)に論(ろん)してさだか ならず。日本(にほん)にては酒(さけ)の古訓(こくん)をキといふ是(これ)則(すなはち)食饌(け)と云(いふ)儀(ぎ)なり。ケは 気(き)なり。《割書:字音(じおん)をもつて和訓(わくん)とすること|例(れい)あり器(き)をケといふがごとし》神(かみ)に供(くう)し。君(きみ)に献(たて)まつるをば尊(たつと)みて 御酒(みき)といふ。又(また)黒酒(くろき)白酒(しろき)といふは清酒(せいしゆ)濁酒(だくしゆ)の事(こと)といへり○サケといふ 訓儀(くんぎ)は。てサケの略(りやく)にて。サは助字(じよじ)ケは則(すなはち)キの通音(つうおん)なり。又/一名(いちめう)ミワ とも云。是(これ)は酒(さけ)を造(つく)るを醸(かみ)すといへば。カを略(りやく)して味(み)の字(じ)に冠(かんむ)らせ。 古歌(こか)に。味酒(うまさけ)の三輪(みわ)。又(また)三室(みむろ)といふ枕言(まくらことば)なりと冠辞考(くわんじかう)にはいへり。され ども。味酒(うまさけ)の三輪(みわ)。味酒(うまさけ)の三室(みむろ)。味酒(うまさけ)の神南備(かみなみ)山(やま)。とのみよみて外(ほか)に 用(もち)ひてよみたる例(れい)なし。神南備(かみなみ)。三室(みむろ)とも是(これ)三輪山(みわやま)の別名(へつめう)にて他(た) にはあらず。是(これ)によりておもふに。万葉(まんよう)の味酒(うまさけ)神南備(かみなみ)とよみしを 本哥(ほんか)として。三輪(みわ)三室(みむろ)ともに。神(かみ)の在(います)山(やま)なれば神(かみ)といふこゝろ 【左丁】 を通(つう)じて詠(よみ)たるなるべし。《割書:ちはやふる神(かみ)と云(いう)をちはやふる加茂(かも)|ちはやふる人(うち)とよみたる例(れい)の如し》これによ りて三輪の神(かみ)松(まつ)の尾(お)の神(かみ)をもつて酒(さけ)の始祖神(しそしん)とするにもその 故(ゆへ)なきにしもあらず。又(また)日本記(にほんき)崇神天皇(すしんてんわう)八年。高橋(たかはし)邑人(さとひと)。活日(いくひ)を もつて大神(おほかみ)の掌酒(さかひと)とし。同十二月/天王(てんわう)。大田田根子(おほたたねこ)をもつて。倭(やまと)大(おほ) 国魂(くにたま)の神(かみ)を祭(まつ)らしむ。云々 大国魂(おほくにたま)は大物主(おほものぬし)と謂(いひ)て。三輪(みわ)の神(かみ)なり。 されば爰(こゝ)に掌酒(さかひと)をさだめて神(かみ)を祭(まつ)りはじめ給(たま)ひしと見(みへ)えたり。 《割書:今(いま)酒造家(しゆそうか)に帘(さかはた)にかえて杉(すき)をは|招牌(かんはん)とするはかた〴〵其(その)縁(えん)なるへし》又(また)此後(こののち)大鷦鷯(おほさゝき)の御代(みよ)に。韓国(からくに)より参来(まうき)し。 兄曽保利(えそほり)。弟曽保利(おとそほり)は酒(さけ)を造(つくる)の才(さへ)ありとて。麻呂(まろ)を賜(たま)ひて酒看(さかみい) 良子(いらつこ)と号(かう)し。山鹿(やまか)ひめを給(たま)ひて酒看郎女(さかみいらつめ)とす。酒看(さかみ)酒部(さかべ)の姓(せい)是(これ)ゟ(れ)【より】 始(はじま)る是(これ)より造酒(さうしゆ)の法(はう)精細(せいさい)と成(なり)て今/天下(てんか)日本(にほん)の酒(さけ)に及(およ)ぶ物(もの)なし。是(これ)穀(こく) 気(き)最上(さいしやう)の御国(みくに)なればなり。それが中(なか)に。摂州(せつしう)伊丹(いたみ)に醸(かも)するもの尤(もつとも)醇(じゆん) 雄(ゆう)なりとて。普(あまね)く舟車(しうしや)に載(のせ)て台命(たいめい)にも応(おう)ぜり。依(よつ)て御免(こめん)の焼印(やきいん) を許(ゆる)さる。今も遠国(ゑんこく)にては諸白(もろはく)をさして伊丹(いたみ)とのみ称(せう)し呼(よべ)へり。 【右丁】 伊(い) 丹(たみ) 酒(しゆ) 造(さう) 米(こめ)あらひ    の図(づ) 【右丁】  されば伊丹(いたみ)は日本(にほん)上酒(じやうしゆ)の始(はじめ)とも云(いう)べし。是(これ)又/古来(こまい)【こらい】久(ひさ)しきことにあらず。  元(もと)は文録(ぶんろく)【禄】。慶長(けいちやう)の頃(ころ)より起(おこつ)て。江府(かうふ)に売(うり)始(はじめ)しは伊丹(いたみ)隣郷(りんごう)鴻池(かうのいけ)村(むら)。山(やま)  中氏(なかうぢ)の人(ひと)なり。其(その)起(おこ)る時(とき)は纔(わづか)五斗一石を醸(かも)して担(にな)ひ売(うり)とし。或は二拾  石三十石にも及(およ)びし時(とき)は。近国(きんこく)にだに売(うり)あまりけるによりて。馬(むま)に屓(おは)【負?】ふ  せてはる〴〵江府(かうふ)に鬻(ひさ)き。不図(はからず)も多(おゝ)くの利(り)を得(ゑ)て。其(その)価(あたひ)を又馬に  乗(の)せて帰(かへ)りしに。江府(こうふ)ます〳〵繁昌(はんじやう)に随(したが)ひ。石高(こくたか)も限(かき)りなくなり。  富(とみ)巨万(きよはん)をなせり継(ついで)起(おこ)る者(もの)猪名寺(いなてら)屋。舛(ます)屋と云て是(これ)は伊丹(いたみ)に居住(きよじう)す。船(ふな)  積(つみ)運送(うんそう)のことは池田(いけた)満願寺屋(まんぐわんじや)を始(はじ)めとす。うち継(つい)で醸家(さかや)多(お[ゝ])くなりて。  今(いま)は伊丹(いたみ)。池田(いけだ)。其外(そのほか)同国(とうこく)。西宮(にしのみや)。兵庫(ひやうこ)。灘(なだ)。今津(いまず)などに造(つく)り出(いだ)せる物(もの)また  佳品(かひん)なり。其余(そのよ)他国(たこく)に於(おひ)て所(ところ)〳〵( 〳〵 )其(その)名(な)を獲(え)たるもの多(おゝ)しといへとも。  各(おの〳〵)水土(すいと)の一癖(いつへき)。家法(かはう)の手練(しゆれん)にて。百味(ひやくみ)人面(にんめん)のごとく。又/殫(つく)し述(のふ)べからず。又  酒(さけ)を絞(しぼ)りて清酒(せいしゆ)とせしは。纔(わづか)百三十年/以来(このかた)にて。其(その)前(まへ)は唯(たゞ)飯籮(いかき)を以  漉(こし)たるのみなり。抑(そも〳〵)当世(とうせい)醸(かも)する酒(さけ)は。新酒(しんしゆ)。《割書:秋(あき)彼岸(ひがん)ころより|つくり初(そめ)る》間酒(あいしゆ)。《割書:新|酒》 【左丁】  《割書:寒前酒の|間に作る》寒前酒(かんまへさけ)。○寒酒(かんしゆ)。《割書:すへて日数も後程多く|あたひも次第に高し》等(とう)なり。就中(なかんつく)新酒(しんしゆ)は  別(べつ)して伊丹(いたみ)を名物(めいぶつ)として。其(その)香芬(かうふん)弥(いよ〳〵)妙(めう)なり。是(これ)は秋八月/彼岸(ひがん)の頃(ころ)。  吉日を撰(ゑら)み定(さだ)めて其四日前に麹米(こうしこめ)を洗初(あらひそめ)る。《割書:但し近年は九月節寒露|前後よりはしむ》 酒母(さけかうじ)《割書:むかしは麦(むき)にて造(つく)りたる物(もの)ゆへ文字(もんし)麹につくる中華(ちうくわ)の|製(せい)は甚(はなは)たむつかしけれども日本の法(はう)は便(べん)なり》  彼岸(ひかん)頃(ころ)。■(もと)【酉+胎・酛ヵ】入(いれ)定日(じやうじつ)四日/前(まへ)の朝(あさ)に米(こめ)を洗(あら)ひて水(みづ)に漬(ひた)すこと一日。翌日(よくじつ)蒸(む)して  飯(めし)となして筵(むしろ)にあげ。柄械(えかひ)にて拌匀(かきませなら)し。人肌(ひとはだ)となるを候(うかゞ)ひて不残(のこらす)槽(とこ)  に移(うつ)し。《割書:とことは飯(めし)いれ|の箱(はこ)なり》筵(むしろ)をもつて覆(おゝひ)土室(むろ)のうちにおくこと凡(およそ)半日。午  の刻(こく)ばかりに塊(かたまり)を摧(くたき)其時(そのとき)糵(もやし)を加(くは)ふ事(こと)凡(およそ)一石に二合ばかりなり。其(その)夜(よ)  八ツ時分に槽(とこ)より取出(とりいだ)し。麹盆(かうじふた)の真中(まんなか)へつんぼりと盛(もり)て。拾枚(じうまい)宛(つゝ)かさね  置(おき)。明(あく)る日のうちに一度(いちと)翻(かへ)して。晩景(はんかた)を待(まち)て盆(ふた)一はいに拌均(かきなら)し。又/盆(ふた)を  角(すみ)とりにかさねおけば其(その)夜(よ)七ツ時には黄色(わうしよく)白色(はくしよく)の麹(かうじ)と成(な)る 麹糵(もやし)  かならず古米(こまひ)を用(もち)ゆ。蒸(む)して飯(めし)とし。一升に欅灰(けやきはい)二合許を合せ。 【左丁】 其 二 麹(かうじ)  醸(つくり)  筵(むしろ)幾重(いくへ)にも包(つゝみ)て。室(むろ)の棚(たな)へあげをく事十日/許(はかり)にして。毛醭(け)を生(せう)  ずるをみて。是(これ)を麹盆(かうじぶた)の真中(まんなか)へつんほりと盛(も)りて後(のち)盆(ふた)一はいに  掻(かき)ならすこと二/度(と)許(はかり)にして成(な)るなり 醸酒(さけの)■(もと)【酉+胎】《割書:米五斗を一■【酉+胎】といふ一ツ仕逈(しまい)といふは一日一元づゝ斤付(かたづけ)|行(ゆく)をいふなり其/余(よ)倍々(はい〳〵)は酒造家(さかや)の分限(ぶんげん)に応(おう)ず》  定(しやう)日三日/前(まへ)に米(こめ)を出(いた)し。翌朝(よくてう)洗(あ)らひて漬(ひた)し置(お)き。翌朝(よくてう)飯(めし)に蒸(むし)  て筵(むしろ)へあげてよく冷(ひや)し。半切(はんきり)八/枚(まひ)に配(わか)ち入(い)るゝ《割書:寒酒(かんしゆ)なれば|六枚なり》米(こめ)五斗に麹(かうじ)  壱斗七升水四斗八升を加(くは)ふ《割書:増減(さうけん)家々(いえ〳〵)|の法(はう)あり》半日ばかりに水の引(ひく)を期(こ)として。  手をもつてかきまはす。是(これ)を手元(てもと)と云(いふ)。夜(よ)に入(いり)て械(かひ)にて摧(くだ)く。是(これ)をやま  おろしといふ。それより昼夜(ちうや)一時に一度/宛(づゝ)拌(かき)まはす《割書:是(これ)を仕(し)|ごとゝいふ》三日を経(へ)て  二石入の桶(おけ)へ不残(のこさず)集(あつ)め収(おさ)め。三日を経(ふ)れば泡(あわ)を盛上(もりあぐ)る。是(これ)をあがりとも  吹切(ふききり)とも云なり《割書:此(この)機(き)を候(うかゞ)ふこと丹練(たんれん)の妙(めう)|ありてこゝを大事とす》これを復(また)。■(もと)【酉+胎】をろしの半切二  枚にわけて。二石入の桶(おけ)ともに三ツとなし。二時ありて筵(むしろ)につゝみ。凡(およそ)六時  許には其内(そのうち)自然(しぜん)の温気(うんき)を生(せう)ずる《割書:寒酒(かんしゆ)はあたゝめ桶(おけ)に湯(ゆ)を入ても|ろみの中(なか)へきし入るゝ》を候(うかゞ)ひて 【左丁】  械(かい)をもつて拌(かき)冷(さます)こと二三日の間(あいた)。是(これ)又一時/拌(かき)なり是まてを■(もと)【酉+胎】と云(いふ) 酘(そへ)《割書:右■(もと)【酉+胎】の上へ米麹(こめこうし)水をそへかけるを|いふなり。是をかけ米又/味(あぢ)ともいふ》  右の■(もと)【酉+胎】を不残(のこらす)三尺/桶(おけ)へ集(あつめ)収(おさ)め。其上(そのうえ)へ白米八斗六升五合の蒸飯(むしはん)。白米二  斗六升五合の麹(かうじ)に。水七斗二升を加(くわ)ふ。是(これ)を一(ひと)■(もと)【酉+胎】といふなり。同(おなし)く昼夜(ちうや)一時  拌(かき)にして三日目を中(なか)といふ。此時(このとき)是(これ)を三尺/桶(おけ)二本にわけて其(その)上(うへ)へ  白米一石七斗二升五合の蒸飯(むしはん)。白米五斗二升五合の麹(かうじ)に水一石二斗  八升を加(くわ)へて一時/拌(かき)にして。翌日(よくじつ)此(この)半(なかば)をわけて桶(おけ)二本とす。是(これ)を大頒(おほわけ)と云(いう)。  なり。同く一時拌にして。翌日又白米三石四斗四升の蒸飯(むしはん)。白米一石六斗  の麹(かうじ)に水一石九斗二升を加(くわ)ふ《割書:八升入ぼんぶりといふ|桶にて二十五/杯(はい)なり》是(これ)を仕逈(しまい)といふ。都合(つがう)  米(こめ)麹(かうじ)とも八石五斗水四石四斗となる。是より二三日四日を経(へ)て。氲気(うんき)を  生(せう)ずるを待(まつ)て。又/拌(かき)そむる程(ほど)を候伺(うかがふ)に。其機(そのき)発(はつ)の時(とき)あるを  以て大事(たいし)とす。又一時拌として次第に冷(さま)し。冷(さ)め終(おは)るに至(いたり)て  は一日二度拌ともなる時を酒の成熟(せいじゆく)とはするなり。是(これ)を三尺/桶(おけ) 【酉+胎は酛ヵ】 【右丁】 其  三 【左丁】 ■(もと)【酉+胎】  お   ろ    し 【右丁】  四本となして。凡八九日/経(へ)てあげ桶にてあげて。袋へ入れ醡(ふね)に満(みた)し  むる事。三百余より五百/迄(まで)を度(と)とし。男柱(おとこはしら)に数(かず)〳〵( 〳〵 )の石をかけて  次第に絞(しぼ)り。出(いづ)る所(ところ)清酒(せいしゆ)なり。是を七寸といふ澄(すま)しの大桶(おほおけ)に入て。四五  日を経(へ)て其名をあらおり。又あらばしりと云。是を四斗/樽(たる)につめて  出(いだ)すに。七斗五升を一駄(いちだ)として樽(たる)二ツになり。凡十一二/駄(だ)となれり○  右の法(はう)は伊丹/郷中(がうちう)一/家(か)の法(はう)をあらはす而已(のみ)なり。此(この)余(よ)は家々(いえ〳〵)の秘(ひ)  事(じ)ありて石数(こくすう)分量(ふんりやう)等(とう)各(おの〳〵)大同少異(たいとうしやうい)あり。尤(もつとも)百年/以前(いぜん)は八石/位(くらい)より八  石四五斗の仕込(しこみ)にて。四五十年/前(まえ)は精米八石八斗を極上とす。今極上と  云は九石余十石にも及へり。右今/変遷(へんせん)是又/云(いゝ)つくしがたし○すまし  灰(はい)を加(くわ)ふることは。下米酒(けまいしゆ)。薄酒(はくしゆ)或(あるひ)は醟酒(そんじさけ)の時(とき)にて上酒に用(もち)ゆることは  なし○間酒(あいしゆ)は米の増方(ましかた)むかしは新酒(しんしゆ)同前(とうせん)に三斗増なれども。いつの  比(ころ)よりか一/■(もと)【酉+胎】の酘(そえ)。五升/増(まし)。中の味(み)一斗増。仕逈(しまい)の増壱斗五升増とするを  隹【佳ヵ】方(かはう)とす。寒前。寒酒。共に是に准(じゆん)ずべし。間酒(あいしゆ)はもと入 ̄レ より四十余日。寒 【左丁】  前は七十余日。寒酒(かんしゆ)八九十日にして酒をあくるなり。尤(もつとも)年の寒暖(かんたん)に  よりて増減(そうけん)駆引(かけひき)日/数(かず)の考(かんがへ)あること専用(せんよう)なりとぞ○但(たゞ)し昔(むかし)は新(しん)  酒の前にボタイといふ製(せい)ありてこれを新酒とも云(いひ)けり。今に山家(やまか)  は此製/而已(のみ)なり。大坂などゝてもむかしは上酒は賎民(せんみん)の飲物(のみもの)にあら  ず。たま〳〵嗜(たし)むものは。其家にかのボタイ酒(しゆ)を醸(かも)せしことにあり  しを。今治世二百年に及(およ)んて纔(わづか)其/日限(ひかきり)に暮(くら)す者(もの)とても。飽(あく)まで  飲楽(いんらく)して陋巷(ろうこう)に手(て)を撃(う)ち万歳(はんせい)を唱(とのふ)。今其時にあひぬる有難(ありがた)  さをおもはずんばあるべからす 米(こめ)  ■(もと)【酉+胎】米(まい)は地逈(ちまは)りの古米(こまい)。加賀(かが)。姫路(ひめぢ)。淡路(あわぢ)。等(とう)を用(もち)ゆ。酘米(そへまい)は北国(ほつこく)古米。第  一にて秋田(あきた)。加賀(かが)。等(とう)をよしとす。寒前(かんまへ)よりの元(もと)は。高槻(たかつき)。納米(なやまい)。淀(よと)。山方(やまかた)の  新穀(しんこく)を用(もち)ゆ 【右丁】 其 四 酘(そへ) 【左丁】 中(なか) 大(おほ)  頒(わけ) 【右丁】 舂杵(うすつき)  ■(もと)【酉+胎】米(まい)は一人一日に四(よ)臼(うす)《割書:一臼(ひとうす)一斗三|升五合位》酘米(そへまい)は一日五/臼(うす)。上酒(じやうしゆ)は四/臼(うす)。極(きはめ)て精細(せいさい)  ならしむ。尤(もつとも)古杵(ふるきね)を忌(い)みて是(これ)を継(つ)くに尾張(おはり)の五葉(ごよう)の木を用ゆ。  木口(こくち)窪(くぼ)くなれば米(こめ)大(おほ)きに損(そん)ず故(ゆへ)に。臼(うす)逈(まは)【廻】りの者(もの)時(とき)〳〵( 〳〵 )に是を候伺(うかかふ)也。  尾張(おはり)の木質(きしつ)和(やは)らかなるをよしとす 洗浄米(こめあらい)  初(はじ)めに井(ゐ)の経水(ねみづ)を汲涸(くみから)し新水(しんすい)となし。一毫(いちがう)の滓穢(おり)も去(さ)りて極(ごく)〳〵( 〳〵 )  潔(いさき)よくす。半切(はんぎり)一つに三人がゝりにて水(みつ)を更(かゆ)ること四十/遍(へん)。寒酒は五十遍に及(およ)ふ。 家言(かけん)  ○杜氏(とうじ)《割書:○酒工(しゆこう)の長(てう)なり。またおやちとも云。周(しう)の時(とき)に杜氏(とうぢ)の人(ひと)ありて其(その)後葉(こうよう)杜康(とかう)といふ| 者(もの)。よく酒(さけ)を醸(かも)するをもつて名(な)を得(え)たり。故(ゆへ)に擬(なそら)えて号(なづ)く》  ○衣紋(ゑもん)《割書:○麹工(かうじく)の長(てう)なり。花(はな)を作(つく)るの意(こゝろ)をとるといへり。一説(いつせつ)には中華(ちうくわ)に麹(かうじ)をつくるは| 架下(たなのした)に起臥(きくわ)して暫(しばら)くも安眠(あんみん)なさゞること七日/室口(むろのくち)に衛(まも)るの意(こゝろ)にて衛門(えもん)と云(いう)か》 醸具(さかだうぐ) 【左丁】  半切(はんきり)二百/枚(まい)余(よ)《割書:各(おの〳〵)一ツ仕逈(しまい)|に充(あて)る》○■(もと)【酉+胎】おろし桶(おけ)二十本余○三尺桶三本余○から  臼(うす)十七八/棹(さほ)○麹盆(かうしふた)四百枚余○甑(こしき)はかならず薩摩杉(さつますき)のまさ目(め)を用(もちゆ)  木理(きめ)より息(いき)の洩(も)るゝをよしとす。其余(そのよ)の桶(おけ)は板目(いため)を用(もち)ゆ○袋(ふくろ)は十二石の  醡(ふね)に三百八十/位(くらい)○薪(たきゞ)入用(いりよう)は一■(もと)【酉+胎】にて百三十貫目余なり 製灰(はいのせひ)  豊後灰(ぶんごはい)壱斗に本石灰四升五合入れ。よくもみぬき。壺(つぼ)へ入れ。さて。はじめ  ふるひたる灰粕(はいかす)にて。たれ水(みづ)をこしらへ。すまし灰のしめりにもちゆ。  尤(もつとも)口伝(くてん)あり なをし灰(はい)  本石灰壱斗に豊後灰(ふんごはい)四升。鍋(なべ)にていりてしめりを加(くわ)へ用(もち)ゆ  ○囲酒(かこひさけ)に火をいるゝは入梅(つゆ)の前(まへ)をよしとす 味醂酎(みりんちう) 【右丁】 其五 もろ  みを   拌(かく) 袋(ふくろ)  いれて   醡(ふね)に    積(つむ) 【左丁】 酒(さけ)  あ   け す  ま   し    の    図(づ) 【右丁】  焼酎(しやうちう)十石に糯白米(もちこめ)九石弐斗。米麹(こめかうし)弐石八斗を桶(おけ)壱本に醸(かも)す。  翌(よく)日/械(かい)を加(くわ)え。四日目五日目と七度/斗(ばかり)拌(か)きて。春なれば廿五日  程(ほと)を期(ご)とすなり。昔(むかし)は七日目に拌(かき)たるなり○本直(ほんなを)しは焼酎(しやうちう)十石に  糯白米(もちこめ)弐斗八升。米麹(こめかうじ)壱石弐斗にて醸法(つくりかた)味醂(みりん)のごとし 醸酢(すつくり)  黒米(くろごめ)弐斗。一夜水に漬(ひた)して。蒸飯(むしはん)を和熱(くわねつ)の侭(まゝ)甑(こしき)より造(つく)り桶(おけ)へ移(うつ)し。  麹(かうじ)六斗。水壱石を投(とう)じ。蓋(ふた)して息(いき)の洩(も)れざるやうに筵(むしろ)薦(こも)にて桶(おけ)を  つゝみ纏(まとひ)。七日を経(へ)て蓋(ふた)をひらき拌(か)きて。又(また)元(もと)のごとく蓋(ふた)して。七日目こと  に七八度/宛(づゝ)拌(かき)て。六七十日の成熟(せいしゆく)を候(うかゞ)ひて後(のち)酒(さけ)を絞(しぼ)るに同し《割書:酢(す)は|食用(しよくよう)》  《割書:の費用(ひくよう)はすくなし。紅粉(へに)。昆布(こんふ)。染色(そめいろ)。|などに用(もち)ゆること至(いたつ)て夥(おびたゝ)し》是又/水土(すいと)。家法(かはう)の品(しな)多(おゝ)く。中(なか)にも和州(わしう)小  川/紀(き)の国(くに)の粉川(こかわ)。兵庫(ひやうご)北風(きたかぜ)。豊後(ぶんご)船井(ふなゐ)。相州(さうしう)。駿州(すんしう)。の物(もの)など名産す  くなからず 【左丁】    袋洗(ふくろあらひ)○新酒(しんしゆ)成就(しやうしゆ)の後(のち)。猪名川(いなかわ)の流(なかれ)に袋(ふくろ)を濯(あら)ふ其頃(ぞのころ)を待(まち)て。     近郷(きんごう)の賎民(せんみん)此(この)洗瀝(しる)を乞(こ)えり。其(その)味(あぢ)うすき醴(あまさけ)のごとし。是又     佗(た)に異(こと)なり。俳人(はいじん)鬼貫(おにつら)       賎の女や袋あらひの水の汁    愛宕祭(あたこまつり)○七月二十四日/愛宕火(あたこひ)とて伊丹本町/通(とを)りに     燈(ひ)を照(て)らし。好事(こうす)の作(つく)り物(もの)なと営(いとな)みて天満(てんま)天神(てんしん)の川祓(かわはらへ)【拔は誤記ヵ】に     もおさ〳〵おとることなし。此日(このひ)酒家(さかや)の蔵立(くらたて)等(とう)の大(おほひ)なるを見(み)ん     とて四方(しはう)より群集(くんじゆ)す。是(これ)を題(たい)して宗因(そうゐん)       ても燈に酔りいたみの大燈篭     酒屋(さかや)の雇人(ようしん)。此日(このひ)より百日の期(こ)を定(さた)めて抱(かゝ)へさだむるの日に     して。丹波(たんば)。丹後(たんご)。困人(きうしん)多(おゝ)く幅奏(ふくそう)すなり 【右丁】 《割書:伊丹(いたみ)筵(むしろ)|包(つゝみ)の印(しるし)》【「花」】【「花」「一」】【「七曜」】【「小」「梅」】【「三つ山」】【「山」「口」】 【「宝珠」】【「戈?」】【「一ノ一」】【「三」】【「一山」】【「壱」】【「天」】 【「上竹」】【「竹」】【「剣菱」】【「太」】【「大三」】【「米」】【「重」】 【「三文字」】【「三ツ鱗」】《割書:余略|》 《割書:池田(いけだ)薦(こも)|包(つゝみ)の印(しるし)》【「小判印」】【「山山印」】【「山三ツ印」】【「一鱗印」】【「李白」】 余略 【裏表紙】 【表紙題箋】 山海名産図会 【右下の資料整理ラベル】 602.1 HOK 【前コマに同じ表紙】 山海名産図会 【表紙左下の附箋 右から】 山海名産《割書:図|会》 【左丁】 日本(につほん)山海(さんかい)名産(めいさん)図会(づゑ)巻之二   ○目録 ○豊島石(てしまいし)     ○御影石(みかけいし) ○竜山石(たつやまいし)     ○砥(と) 砺(いし) ○芝(さいはいたけ)     ○日向香蕈(ひむかしいたけ) ○熊野石耳(くまのいはたけ) ○同 蜂蜜(はちみつ) 《割書:蜜蝋(みつらう) 会津蝋(あいづらう)》 【右丁】 ○山椒魚(さんせううを)     ○吉野葛(よしのくず) ○山(あか) 蛤(かへる)    ○鷹峯(たかがみね)蘡薁虫(ゑびづるのむし) ○鷹(たか) 羅(あみ)    ○ 鳧(かも) 羅(あみ) ○豫州(よしう)峯越鳧(をこしのかも) 《割書:摂州(せつしう)霞羅(かすみあみ) 無雙返(むさうかへし)|》 ○捕(くまを) 熊(とる) 《割書:墮(お)弩(し)|取膽(きもをとる)》 《割書:洞中熊(ほらのくま)|試真偽(しんきをこゝろむ)》 《割書:以斧撃(おのをもつてうつ)|製偽膽(にせをせいす)》 【左丁】 石品(いしのしな)  石(いし)は山骨(やまのほね)なり物理論(ふつりろんに)云(いふ)土精(どせい)石(いし)となる石(いし)は気(き)の核(たね)なり気(き)の石(いし)を  生(せう)ずるは人(ひと)の筋絡(きんらく)爪牙(さうげ)のごとし云々されども其(その)石質(せきしつ)におゐては万国(ばんこく)万山(ばんさん)  の物(もの)悉(こと〴〵)く等(ひとし)からず是(これ)風土(ふうと)の変更(へんかう)なれば即(すなはち)気(き)をもつて生(せう)ずることし  かり又 草木(そうもく)魚介(ぎよかい)皆(みな)よく化(くわ)して石(いし)となれり本草(ほんざう)に松化石(せうくわせき)宋書(さうしよ)に柏(はく)  化石(くわせき)稗史(ひし)に竹化石(ちくくわせき)あり代酔編(たいすいへん)に陽泉(やうせん)夫余山(ふよさん)の北(きた)にある清流(せいりう)数十歩(すじつぼ)  草木(そうもく)を涵(しつめ)て皆(みな)化(くわ)して石(いし)となる又イタリヤの内(うち)の一国(いつこく)に一(いち)異泉(いせん)あり何(いつれ)  の物(もの)といふことなく其中(そのうち)に墜(おつ)れば半月(はんげつ)にして便(すなは)ち石皮(せきひ)を生(せう)じ其物(そのもの)を裹(つゝむ)【裏は誤記】  又(また)欧(わう)𨗴(らつ)巴(ば)の西国(にしくに)に一湖(いつこ)有(あ)り木(き)を内(うち)に挿(さしは)さんで土(つち)に入(い)る一叚(いちたん)【段とあるところ】化(くわ)して鉄(てつ)と  なる水中(すいちう)は一叚(いちたん)【段とあるところ】化(くわ)して石(いし)となるといへり本朝(ほんてう)又(また)かゝる所(ところ)多(おゝ)く凡(およそ)寒国(かんこく)の  海浜(かいひん)湖涯(こがひ)いずれもしかりすべて器物(きぶつ)等(とう)の化石(くわせき)も其所(そのところ)になると知(し)る  べし又(また)石(いし)に鞭(むち)うちて雨(あめ)を降(ふら)し雨(あめ)をやむる陰陽石(いんやうせき)ありて日本(につほん)にても宝(ほう) 【右丁】  亀(き)七年/仁和(にんな)元年/及(およひ)東鑑(あつまかゞみ)等(とう)にも其例(そのれい)見(み)えたり江州(かうしう)石山(いしやま)は本草(ほんざう)に  いへる陽起石(やうきせき)にて天下(てんか)の奇巌(きかん)たり又/日本記(にほんき)雄略(ゆうりやく)の皇女(こうによ)伊勢(いせ)斎宮(さいくう)  にたゝせ給(たま)ひしに邪陰(しやいん)の御(おん)うたがひによりて皇女(くわうによ)の腹中(ふくちう)を開(ひら)かせ給(たま)ひしに  物(もの)ありて水(みづ)のごとし水中(すいちう)に石(いし)ありといふことみゆ是(これ)医書(いしよ)に云(いう)石瘕(せつか)なるべし然(しかれ)ば  物(もの)の凝(こり)なること理(り)においては一なり品類(ひんるい)におゐては鍾乳石(しやうにうせき)慈石(じしやく)礜石(よせき)滑石(くわつせき)  礬石(はんせき)消石(せうせき)方解石(はうかいせき)寒水石(かんすいせき)浮石(かるいし)其余(そのよ)の奇石(きせき)怪石(くわいせき)動物(どうぶつ)などは曩(さき)に  近江(あふみ)の人(ひと)の輯作(しうさく)せる雲根志(うんこんし)に尽(つき)ぬれば悉(こと〴〵)く弁するに及(およ)ばす  ○イシといふ和訓(わくん)ハシといふが本語(ほんご)にてシマリ/シツ(沈)ム俗(ぞく)にシツカリなどのごとく物(もの)の凝(こ)り  定(さたま)りたるの意(い)なり○イハとは石歯(いは)なり盤(いは)の字(じ)を書(かき)ならへりかならず大石(たいせき)にて  歯牙(はきば)のごとく健利(するとき)の意(い)なり○イハホとは巌(かん)の字(じ)に充(あ)てゝ詩経(しきやう)維石巌々(これいしがん〴〵)と  いひておなじく尖利(するとく)立(たち)たる意(い)なり万葉(まんよう)には石穂(いはほ)とかきて秀出(ほいづ)るの儀(ぎ)  なり又いはほろともいへりかた〴〵転(てん)して惣(すべ)てをいしともいはともいはほとも通(つう)  じていへり○日本(にほん)にして器用(きよう)に造(つく)る物(もの)すくなからず就中(なかんづく)五畿内(こきない)西国(さいこく)に産(さんす)るが 【左丁】  うちに御影石(みかけいし)立山石(たつやまいし)豊島石(てしまいし)等(とう)は材用(さいよう)に施(ほどこ)し人用(にんよう)に益(ゑき)して翫(くわん)  物(ぶつ)にあらず故(ゆへ)に其(その)三四(さんし)箇條(かでう)を下(しも)に挙(あげ)て其余(そのよ)を略(りやく)す○和泉石(いつみいし)は色(いろ)必(かならす)  青(あお)く石理(いしめ)精(こまか)にして牌文(ひもん)等(とう)を刻(こく)す又(また)阿州(あしう)より近年(きんねん)出(いだ)すもの是(これ)に類(るい)  す其石(そのいし)ねぶ川(かわ)に似(に)て色(いろ)緑(みどり)に石形(いしのかたち)片(ゝぎ)たるがごとし石質(せきしつ)は硬(かた)からず又(また)城州(しやうしう)  にては鞍馬石(くらまいし)加茂川石(かもがはいし)清閑寺石(せいがんじいし)等(とう)是(これ)を庭中(ていちう)の飛石(とひいし)捨石(すていし)に置(おき)て  水(みつ)を保(たも)たせ濡色(ぬれいろ)を賞(せう)し凡(すべ)て貴人(きにん)茶客(さかく)の翫物(くわんもつ)に備(そな)ふ     ○豊島石(てしまいし)  大坂(おほさか)より五十里/讃州(さんしう)小豆島(せうどしま)の辺(へん)にて廻環(めぐり)三里の島山(しまやま)なり家(いへ)の浦(うら)かろう  と村(むら)こう村(むら)の三村(さんそん)あり家(いへ)の浦(うら)は家数(いへかず)三百/軒(けん)斗(ばかり)かろうと村(むら)こう村は各(おの〳〵)百七八  十/軒(けん)ばかり中(なか)にもかろうとより出(いづ)る物(もの)は少(すこし)硬(かた)くして鳥井(とりゐ)土居(とゐ)の類(るい)是(これ)を  以(もつ)て造製(さうせい)すさて此山(このやま)は他山(たのやま)にことかはり□【てヵ】山(やま)の表(おもて)より打切(うちきり)堀取(ほりとる)にはあらず  唯(たゝ)山(やま)に穴(あな)して金山(かなやま)の坑場(しきくち)に似(に)たり洞口(とうこう)を開(ひら)きて奥深(おくふか)く堀入(ほりい)り敷口(しきくち)を縦横(しうわう)に 【右丁】 讃州(さんしう)豊(て) 島石(しまいし) 【左丁】 同/豊(て) 島(しま) 細工(さいく) 所(しよ) 【右丁】  切抜(きりぬ)き十町廿町の道(みち)をなす。採工(げざい)松明(たいまつ)を照(てら)しぬれば穴中(けつちう)真黒(まつくろ)にして石共  土とも分(わか)ちがたく。採工(げさい)も常(つね)の人色(にんしよく)とは異(こと)なり。かく堀入(ほりいる)ことを如何(いかん)となれば。  元(もと)此石(このいし)には皮(かわ)ありて至(いたつ)て硬(かた)し。是(これ)今(いま)ねぶ川(かは)と号(なづけ)て出(いだ)す物(もの)にて《割書:本ねぶ川|は伊予(いよ)也》矢を  入(いれ)破取(わりとる)にまかせず。たゞ幾重(いくへ)にも片(へ)ぎわるのみなり。流布(るふ)の豊島石(てしまいし)は其  石の実(み)なり。故(かるがゆへ)に皮(かわ)を除(よけ)て堀入る事しかり。中(なか)にも家(いへ)の浦(うら)には敷穴(しきあな)七ツ有(あり)。  されども一山(いつさん)を越(こ)えて帰(かへ)る所(ところ)なれば器物(きぶつ)の大抵(たいてい)を山中(さんちう)に製(せい)して担(になひ)出(いだ)せり  水(ゐ)【井ヵ】筒(つゝ)。水走(みつはしり)。火爐(くはろ)。一ツ竃(へつい)などの類(るい)にて。格別(かくべつ)大(おほい)なる物はなし。かう村は漁村(ぎよそん)なれ  ども石もかろうとの南(みなみ)より堀出(ほりいだ)す。石工(せきこう)は山下に群居(くんきよ)す。但(たゞ)し讃州(さんしう)の山(やま)は悉(こと〴〵)く  此石のみにて。弥谷(いやたに)善通寺(せんつうじ)大師(だいし)の岩窟(いわや)も此石にて造(つく)れり  ○石理(いしめ)は 磊落(いしくず)のあつまり凝(こり)たるがごとし。浮石(かるいし)に似(に)て石理(いしめ)麤(あらき)なり。故(ゆへに)水盥(みづたらひ)  などに製(せい)しては。水(みつ)漏(も)りて保(たもつ)ことなし。されども火に触(ふれ)ては損壊(そんくわい)せず。下野(しもつけ)宇(う)  都宮(つのみや)に出(いた)せるもの此石(このいし)に似て。少(すこ)しは美(び)なり。浮石(かるいし)は海中(かいちう)の沫(あは)の化(け)したる  物(もの)にて伊予(いよ)。薩摩(さつま)。紀州(きしう)。相模(さがみ)に産(さん)すされば此山(このやま)も海中(かいちう)の島山(しまやま)なれば開(かい) 【左丁】  闢(ひやく)以後(いご)汐(しほ)の凝(こり)たる物(もの)ともうたがはれ侍(はへ)る塩飽(しあく)の名(な)も若(もし)は塩泡の転(てん)じ  たるにか○塩飽石(しあくいし)は御留山(おとめやま)となりて今(いま)夫(それ)と号(なづ)くる物(もの)は多(おゝ)く貝附(かいつき)を賞(さう)す  是(これ)其辺(そのへん)の礒石(いそいし)にて石理(いしめ)粋米(こゞめ)のごとくにて質(しやう)は硬(かた)く飛石(とひいし)水鉢(みづはち)捨石(すていし)等(とう)に  用(もちひ)て早(はや)く苔(こけ)の生(お)ふるを詮(せん)とす礒石(いそいし)は波(なみ)に穿(うが)たれて■(ゆがみ)【礧ヵ】砢(くほみ)異形(いぎやう)を珎重(ちんてう)す    ○御影石(みかげいし)  摂州(せつしう)武庫(むこ)。菟原(むはら)の二郡(にくん)の山谷(さんこく)より出(いだ)せり。山下(ふもと)の海浜(かいひん)御影村(みかけむら)に石工(いしや)ありて。  是(これ)を器物(きふつ)にも製(せい)して。積出(つみいだ)す故(ゆへ)に御影石(みかげいし)とはいへり。御影山の名(な)は城州(じやうしう)加茂(かも)  あふひ採(と)る山(やま)にして。此国(このくに)に山名(さんめい)あるにあらず。たゞ村中(そんちう)に御影(みかけ)の松(まつ)有(あり)て  読(しよく)【ママ】古今集(こきんしう)に基俊卿(もととしきやう)の古詠(こゑい)あり。元(もと)此山(このやま)は海浜(かいひん)にて往昔(むかし)は牛車(うしくるま)などに負ふ  することはなかりしに。今は海渚(かいしよ)次第(しだい)に侵埋(うもれ)て山(やま)に遠(とを)ざかり。石も山口(やまくち)の物(もの)は  取尽(とりつき)ぬれば。今は奥深(おくふか)く採(と)りて廿丁も上(かみ)の住(すみ)よし村より牛車(うしくるま)を以(もつ)て継(つい)て  御影村(みかけむら)へ出(いだ)せり。有馬(ありま)街道(かいどう)生瀬川原(なませかわら)などの石(いし)も此(この)奥山(おくやま)とはなれり。此上/品(ひん)の 【右丁】 摂州(せつしう) 御影石(みかげいし) 【右丁】  石といふは至(いたつ)て色白(いろしろ)く黒文(くろふ)なし。是は昔(むかし)に出(いで)て今は鮮(すく)なし。されども其(その)費(ひ)  用(よう)をだに厭(いと)はずして。高嶽(かうかく)深谷(しんこく)に入(いつ)ては。得(え)ざるへきにあらずといへども。運送車(うんそうしや)  力(りき)の便(たより)なき所(ところ)のみ多(おゝ)し  ○石質(いしのしやう)  文理(いしめ)は京(きやう)白川(しらかは)石に似(に)て。至(いたつ)て硬(かた)し故(かるがゆへ)に器物(きぶつ)に制(せい)するに微細(ひさい)の稜(か)  尖(と)も手練(しゆれん)に応(おう)ず。白川は酒落(ほろ〳〵)して工(たくみ)に任(まか)せず。石工大なる物(もの)に至(いたつ)ては。難波(なには)  天王寺の鳥井(とりゐ)などをはしめ城廓(しやうくはく)。石槨(せきくはく)。仏像(ふつぞう)。墓牌(ぼひ)。築垣(ついかき)に造(つく)り啄磨(たくま)し  ては皮膚(ひふ)のごとし。是(これ)万代(ばんたい)不易(ふへき)の器材(きさい)。天下の至宝(しほう)なり  ○品数(ひんすう)       直塊(のつら)は。大鉢(おほはち)。中鉢(ちうはち)。小鉢(こはち)。《割書:鉢(はち)とは手水鉢(てうずはち)に用(もちゆ)るにより本語(ほんご)とはす|れども柱礎(はしらいし)溝石(みそいし)なとをはしめその用多し》  頭無(づなし)は大(おほき)さ大抵(たいてい)一尺五六寸にして。其上(そのうえ)の物(もの)を一ツ石と号(なづ)く。又六人といふは  一/荷(か)に六宛(むつづゝ)担(になふ)の名(な)なり。栗石(くりいし)は小石にして。大雨(たいう)の時(とき)には山谷(さんこく)に転(ころ)び落(おつ)る  物(もの)ゆへ石に稜(かど)なし是(これ)は鉢前(はちまへ)蒔石(まきいし)等(とう)に用(もち)ゆ《割書:石(いし)をくりといふこと。応神記(わうじんき)の哥に見へたり。また|万葉集(まんようしう)に奥津(おきつ)はくりともよみて山陰道(さんいんどう)の俗(そく)》  《割書:言(ご)なりともいへり。大小|にかゝはらずいふとぞ》  割石(はりいし)は大割(おほわり)中割(ちうわり)小割(こわり)延條(のべ)《割書:長(なか)く切(きり)たる|石なり》蓋石(ふたいし)《割書:大抵(たいてい)長二尺斗/幅(はゞ)|一尺一二寸/厚(あつさ)三四寸》いづれも築垣(ついがき) 【左丁】  橋台(はしたい)石橋(いしばし)庭砌(ていれき)土居(とゐ)など其(その)用(よう)多(おゝし)又(また)石橋(いしばし)に架(かく)る物(もの)別(べつ)に河州(かしう)より出(いたす)  石(いし)も有(ある)なり○切取(きりとる)には矢穴(やあな)を堀(ほり)て矢(や)を入(い)れなげ石(いし)をもつてひゞきの入(いり)たるを  手鉾(てこ)を以(もつ)て離取(はなしとる)を打附割(うちつけわり)といふ又(また)横(よこ)一文字(いちもんじ)に割(わる)をすくい割(わり)とはいふなり     ○龍山石(たつやまいし)  播州(はんしう)に産(さん)して一山(いつさん)一塊(いつくわひ)の石(いし)なる故(かゆへ)に樹木(じゆもく)すくなし。往(ところ)〳〵( 〳〵 )此石山/多(おゝ)けれども。運(うん)  送(さう)の便(たより)よき所(ところ)を切出(きりいだ)して。今(いま)は掘採(ほりとる)やうになれども。運送(うんさう)不便(ふべん)の山(やま)はいたづら  に存(そん)して切入(きりい)る事(こと)なし。石(いし)の宝殿(ほうでん)は即(すなはち)。立山石(たつやまいし)にして。其辺(そのへん)を便所(へんしよ)として専(もつはら)  切出(きりいだ)し採法(さいはう)すべてかはることなし。故(ゆえ)に図(づ)も略(りやく)せり。色(いろ)は五綵(ごさい)を混(こん)ず。切(きり)て形(かたち)を  成(な)す事。皆(みな)方條(ながて)にのみあり。溝渠(みそ)。河水(かは)の涯岸(きし)。或(あるひは)界壁(さいめ)の敷石(しきいし)。敷居(しきい)の土居(とゐ)  庭砌(ていれき)等(とう)の用(よう)に抵(あ)てゝ。他(た)の器物(きぶつ)に製(せい)することなし。大(おほき)さは三四尺より七八尺にも  及(およ)び方(はう)五寸に六寸の物(もの)を。五六といひ。五寸に七寸を。五七といひて。尚(なを)大(おほい)なる品(ひん)  数(すう)あり《割書:麓(ふもと)の塩市村(しほいちむら)に石工(せつく)あり南(みなみ)の尾崎(おさき)に龍(たつ)が端(はな)といひて|龍頭(たつかしら)に似(に)たる石(いし)あり故(ゆへ)に龍山(たつやま)といふ》 【右丁】 砥石(といし) 山(やま) 【右丁】     ○砥礪(といし)《割書:精(こまか)なるものを砥(し)といひ|粗(あら)きものを礪(れい)といふ》  諺(ことはさ)に砥(と)は王城(わうじやう)五里を離(はな)れす。帝都(ていと)に随(したが)ひて。産(さん)すと云(いふ)も。空(そら)ことにもあらす  かし。昔(むかし)和州(わしう)春日山(かすがやま)の奥(おく)より。出(いだ)せし白色(はくしよく)の物(もの)は刀剣(かたな)の磨石(あわせと)なりしが。今(いま)は  掘(ほる)ことなく其(その)跡(あと)のみ残(のこ)れり。今は城州(じやうしう)嵯峨(さが)辺(へん)鳴瀧(なるたき)高尾(たかを)に出(いだ)す物(もの)。天下の上(じやう)  品(ひん)尤(もつとも)他(た)に類(たぐ)ひ鮮(すくな)し。是(これ)山城(やましろ)丹波(たんば)の境原山(さかいはらやま)に産(さん)して。内曇(うちくもり)又/浅黄(あさき)ともいふ。又丹  波の白谷(しれ)にも出(いだせ)り是等ともに刀剣(かたな)の磨石(あわせと)或(あるひは)剃刀(かみそり)其余(そのよ)大工(たいこう)小工(せうこう)皆(みな)是(これ)を用(もち)ゆ。  又/上州(じやうしう)戸沢砥(とさはと)は。水(みつ)を用(もち)ひずして磨(とく)べき上/品(ひん)にて。参河(みかわ)名倉砥(なくらと)は淡白色(たんはくしよく)に  班(またら)【斑】あり。越前砥(ゑちぜん[と])は俗(そく)に常慶寺(じやうけんじ)と唱(とな)ふるもの。内曇(うちくもり)には劣(おと)れり以上/磨石(あはせと)の品(しな)  にして本草(ほんざう)是(これ)を越砥(ゑつし)と云(いふ)《割書:いつれも。石に皮(かは)あり。山より出(いだ)す時(とき)は。四方に|長(なが)く切(きり)りて馬(むま)に四本/宛(づゝ)。負(お)ふ寸を。規矩(きく)とす》  ○青砥(あおと)は平尾(ひらを)杣田(そまた)南村(みなむら)門前(もんせん)中村(なかむら)井手黒(いでのくろ)湯船(ゆふね)等(とう)なり中(なか)にも  南村(みなむら)門前(もんせん)は京(きよう)より七里ばかり東北(ひかしきた)にありて周廻(まはり)七里の山(やま)なり丹波(たんば)に猪倉(いのくら)佐伯(さいき)芦(あし)  野山(のやま)扇谷(あふきたに)長谷(なかたに)大渕(おほぶち)岩谷(いわたに)宮川(みやかわ)其外(そのほか)品数(ひんすう)多(おゝし)肥前(ひぜん)に天草(あまくさ)予(よ) 【左丁】  州(しう)に白(しろ)赤(あか)等(とう)すべてを中砥(なかと)とも云(いう)尤(もつとも)各(おの〳〵)美悪(びあく)の品級(ひんきう)尽(こと〳〵)く弁(べん)ず  るに遑(いとま)あらず右/磨石(あわせと)中砥(なかと)ともに皆(みな)山(やま)の土石に接(まじは)る物(もの)なれば山(やま)  口(くち)に坑場(しきあな)を穿(うかち)深(ふか)く堀入(ほりいり)て所(ところ)々(〳〵)に窓(まど)をひらき栄螺(さゞゐ)の燈(ともし)を携(たづさ)へて  石苗(いしのつる)を逐(お)ひ全(まつた)く金山(きんさん)の礦(まぶ)を採(と)るに等(ひと)し石(いし)尽(つき)ぬればかの榰(つか)架  木(き)を取捨(とりすて)て其(その)山(やま)を崩(くず)せり故(ゆへ)に常(つね)も穴中(あなのなか)崩(くず)るべきやうに見へて  恐(おそ)ろしく其(その)職工(しよくこう)にあらざる者(もの)は窺(うか)がふて身(み)の毛(け)を立(た)てり○石質(せきしつ)  によりて其/工用(こうよう)に充(あつ)るものは下(しも)に別記(へつき)す中(なか)にも鏡磨(かゞみとぎ)又(また)塗物(ぬりもの)の節(ふし)  磨(みが)くには対馬(つしま)の虫喰砥(むしくひと)なり是(これ)水(みづ)に入(い)りては破割物(わるゝもの)なれば刀磨(かたなとぎ)には用(もちひ)  ざれども銀細工(ぎんさいく)の模鎔(いかた)には適用(てきよう)とす但(たゞ)し網(あみ)の鎮金(いは)などを鋳(い)る鎔(かた)には伊(い)  予(よ)の白/砥(と)を用ゆ此白砥は又一/奇品(きひん)にして谷中(こくちう)に散集(ちりあつま)りし石屑(こつぱ)久敷(ひさしく)  すればともに和合【「とちつき」左ルビ】し再(ふた)たび一顆塊(ひとかたまり)の全石(せんせき)となるなり故(ゆへ)に偶(たま〳〵)木(こ)の葉(は)を  挿(さしはさん)て和合し奇石(きせき)の木(こ)の葉(は)石(いし)となるもの多(おゝ)くは此(この)山(やま)に得(う)る所(ところ)なり  ○礪石(あらと)    肥前(ひぜん)の唐津(からつ)紋口(もんくち)紀州(きしう)茅(かや)が中(なか)神子(みこ)が浜(はま)或(あるひ)は予州(よしう)に 【右丁】  出(いだ)すものは石理(いしめ)稍(やゝ)精(くわ)し是等(これら)皆(みな)堀取(ほりとる)にはあらず一塊(いつくわい)を山下(やました)へ切落(きりおとし)  それを幾千(いくせん)挺(てう)の数(かず)にも頒(わかち)て出(いだ)す  ○工用(こうよう)は   刀剣(かたな)鍜治(かぢ)【鍛】に台口(たいくち)磨工(ときや)に青茅(あをかや) 白馬(しろむま) 茶神子(ちやみこ) 天(あま)  草(くさ) 伊予(いよ) 又(また)浄慶寺(じやうけんじ)等(とう)次第(しだい)に精(くわしき)を経(へ)て猪倉(ゐのくら)内曇(うちくもり)に合(あわせ)て  後(のち)上引(うわひき)をもつて青雲(せいうん)の光艶(つや)を出(いた)す《割書:上引(うはひき)とは内曇(うちくも)りの石屑(こつぱ)なり但(たゝ)し|鳴瀧(なるたき)の地地艶(ちつや)【地1字衍ヵ】ともいひて猪倉(いのくら)の前(まへ)に》  《割書:用(もち)ゆることあり是(これ)を|カキともいふ》○剃刀(かみそり)は 荒磨(あらとき)を唐津(からつ) 白馬(しろむま) 青神子(あをみこ) 茶(ちや)  神子(みこ) 天草(あまくさ)に抵(あて)て鳴瀧(なるたき)高尾(たかを)等(とう)に合(あわ)せ用(も)ちゆ○庖丁(はうてう)はたばこ  庖丁(はうてう)は台口(たいくち)中砥(なかとき)平尾(ひらを)杣田(そまた)等(とう)に磨(とぎ)て磨石(あわす)には及(およ)ばず又/薄刃(うすば)菜刀(ながたな)の  類(るい)は荒磨(あらとぎ)は台口(たいくち) 白馬(しろうま) 青神子(あをみこ) 茶神子(ちやみこ) 白伊予(しろいよ)上(う)は引(ひき)にて色(いろ)  付(つけ)とす○銭(せに)は唐津(からつ) 神子浜(みこがはま)に磨(と)ぎて予州(よしう)の赤(あか)にて鎈(みが)けり  ○大工(だいく)《割書:并|》箱細工(はこさいく)指物(さしもの)等(とう)は門前(もんせん) 平尾(ひらを) 杣田(そまた)の青砥(あをと)にかけて鳴瀧(なるたき) 高(たか)  尾(を)等(とう)に磨(あは)す○料理庖丁(りやうりはうてう)は山城(やましろ)の青(あを)○小刀(こかたな)は南村(みなむら)○竹細工(たけさいく)は天草(あまくさ)  ○針(はり)毛抜(けぬき)は荒磨(あらとぎ)を土佐(とさ)にて予州(よしう)白赤(しろあか)に鎈(みが)く○形彫(かたほり)は予州(よしう)の白(しろ) 【左丁】  ○紙裁(かみたち)は杣田/大抵(たいてい)かくのごとし凡(およそ)工用(こうよう)とする所/硬(かた)き物(もの)は柔和(やわらか)なるに  抵(あ)て柔軟(やわらか)なるは硬(かた)きに磨(とく)とはいへどもたゞ金質(きんしつ)石質(せきしつ)相(あい)和(くわ)する自然(しぜん)  ありて一概(いちがい)には定(さだ)めがたし 芝菌品(たけのしな)  地(ち)に生(おふ)るを菌(きん)又/蕈(じん)といふ木に生(おふ)るを䓴(せん)と云/菌(きん)は和名鈔(わめうせう)タケ䓴(せん)を  キノミヽと訓(よめ)り菌(きん)に数種(すしゆ)あり木菌(もくきん)《割書:キクラ|ゲノ類》土菌(ときん)《割書:ツチヨリ|生スル類》石菌(せききん)《割書:イハ|タケ》  《割書:ノ|ルイ》等(とう)にして品数(ひんすう)甚(はなはだ)多(おゝ)し是(これ)宋人(そうひと)陳仁玉(ちんしんぎよく)菌譜(きんふ)を著(あらは)して甚(はなはた)詳(つまひら)か  なり本草(ほんさう)に云/凡(およそ)菌(きん)六七月の間(あいた)湿熱(しつねつ)蒸(む)して山中(さんちう)に生(せう)ずる者(もの)甘(あまく)  滑(なめら)かにして食(くらふ)べし云々しかれとも菌譜(きんふ)本草(ほんさう)に載(の)するもの本朝(ほんてう)に  在(ある)所(ところ)多くは同(おな)しからずして悉(こと〳〵)くは弁(べん)じがたし○是(これ)を俗(ぞく)にクサヒラ  とはいへども和名抄(わめうせう)にては菜蔬(さいそ)をクサビラといへり中国(ちうこく)及(および)九州(きうしう)の方(はう)  言(げん)にはなはといふ尾張(おはり)辺(へん)にはみゝと云(いう) 【右丁】    ○芝(さいはいたけ)《割書:俗(そく)に霊芝(れいし)といふ一名 科名草(くわめいさう) 不死草(ふしさう)|福草(ふくさう)◦和訓(わくん)ヌカトデタケ◦サキクサ》  本草(ほんざう)に五色芝(ごしきだけ)といふ仙薬(せんやく)なり商山(せうさん)の四皓(しこう)芝(し)を採(とり)茹(くらふ)てより群仙(ぐんせん)の服(ふく)  食(しよく)とす又(また)五色(こしき)の外(ほか)に紫芝(しし)あり以上(いじやう)六芝(ろくし)に分(わかつ)中(なか)にも紫芝(しし)は多(おゝ)し地(ち)   上(しやう)に生(せう)じて沙石中(しやせきちう)或(あるひ)は松樹下(せうしゆか)などに一度(ひとたび)生(せう)ずれば幾年(いくねん)も同所(どうしよ)に  生(せう)ず初生(しよせい)黄色(きいろ)にて日を経(へ)て赤色(あかいろ)を帯(お)び長(ちやう)して紫(むらさき)褐(ちや)色(いろ)茎(くき)黒(くろふ)  して光沢(かうたく)あり笠(かさ)の裏(うら)きれず滑(なめら)かなり味(あちは)ひ五色(ごしき)に五/味(み)を備(そなふ)是(これ)一(いつ)  歳(さい)に三/度(たひ)花(はな)さくの瑞草(ずいさう)にて日本(にほん)延喜式(ゑんきしき)にも祥瑞(しやうすい)の部(ぶ)に見(み)たり  瑞命礼(すいめいれい)に王者(わうしや)仁慈(じんじ)なれば芝草(しさう)生(せう)ずといふは是(これ)なり○其形(そのかたち)  一本(ひともと)離(はな)れて生(おふ)るあり又/叢(むらか)り生(せう)ずるもあり又一/茎(けい)に重(かさな)り生(せう)して  マヒタケのごとき物(もの)あり又/茎(くき)枝(えだ)を生(せう)して傘(かさ)あるもあり又かさなく  茎(くき)のみ生(せう)して長(たけ)三/尺(じやく)ばかりに枝(えた)を生(せう)し鹿(しか)の角(つの)のごときもあり是(これ)鹿(ろく)  角芝(かくし)といふ奇品(きひん)にして先年(せんねん)伊勢(いせ)の山中(さんちう)に出(いだ)す凡(すへ)て芝(し)の品類(ひんるい)六 【左丁】  百種(ひやくしゆ)斗(ばかり)尚(なを)奇品(きひん)の物(もの)本草綱目(ほんざうかうもく)に委(くわ)し○丹波(たんば)にては首途(かどて)を祝(いわ)ひて是(これ)  を饋(おく)る伊勢(いせ)にて万年(まんねん)たけといひて正月の辛盤(ほうらい)に飾(かざ)り江戸(ゑと)にはネコジ  ヤクシといひ仙台(せんだい)にてはマゴシヤクシといひて痘瘡(ほうそう)を掻(か)くなり 胡孫眼(さるのこしかけ) 是(これ)芝(たけ)の種類(しゆるい)也/木(き)に生(せう)じて茎(くき)なし大(おほ)なるもの四五尺にも及(およ)ぶ也      ○香蕈(しいたけ) 《割書:○一名 香菰(かうこ) 香菌(かうきん) 処蕈(しよじん)|》  日向(ひうが)の産(さん)を上品(じやうひん)とす多(おゝ)くは熊野(くまの)辺(へん)にも出(いだ)せり椎(しい)の木に生(せう)ずるを  本條(ほんじやう)とす但(たゞ)し自然生(しねんせい)のものは少(すくな)し故(ゆへ)に是(これ)を造([つ]く)るに椎(しい)の木を伐(きつ)て雨(あめ)  に朽(く)たし米泔(しろみつ)を沃(そゝ)ぎて薦(こも)を覆(おほ)ひ日を経(へ)て生(せう)ず又/櫧(かし)の木を伐(きり)て  作(つく)るもあり採(とり)て日に乾(かわか)さず炙(あぶ)り乾(かわ)かす故(ゆへ)に香気(かうき)全(まつた)し又/生乾(きほ)しとは  木に生(おひ)ながら乾(かわか)したるものにて香味(かうみ)甚(はなはだ)隹(か)【佳ヵ】美(び)なり是(これ)を漢名(かんめう)家(か)  蕈(しん)といふ形(かたち)松蕈(まつたけ)のごとく茎(くき)正中(まんなか)に着(つ)くものを真(しん)とす又/漢(かん)に雷(らい) 【右丁】  菌(きん)といふ物(もの)あり疑(うた)がふらくは作(つく)り蕈(たけ)の類(るい)なるべし通雅(つうがに)云椿榆構/抔(なと)  を斧(おの)をもつてうち釿(き)り其(その)皮(かわ)を久(ひさしく)雨(あめ)に爛(たゞら)かし米潘(こめのしる)を沃(そゝ)ぎ雷(らい)の音(おと)  を聞(き)けは蕈(たけ)を生(せう)ず若(もし)雷(らい)鳴(なら)ざる時(とき)は大斧(おほおの)をもつて是(これ)を撃(う)てば  忽(たちまち)蕈(たけ)を生(せう)ずと云(いへ)り是(これ)香蕈(しいたけ)を作(つく)る法(はう)のごとし今(いま)和州(わしう)吉野(よしの)又/伊勢(いせ)山  などに作(つくり)出(いだ)せるもの日向(ひうが)には勝(まさ)れり其(その)法(はう)は扶移(しで)の樹(き)を多(おゝく)伐(きり)て一所(ひとゝころ)  にあつめ少(すこ)し土(つち)に埋(うづ)め垣(かき)を結(ゆい)まはして風(かぜ)を厭(いとひ)其(その)まゝ晴雨(せいう)に暴(さら)すこ  と凡(およそ)一年斗/程(ほど)よく腐爛(ふらん)したるを候(うか)がひてかの斧(おの)をもち撃(うち)て目(め)を  入置(いれを)くのみにて米泔(しろみず)を沃(そゝ)ぐこともなしされども其(その)始(はじめ)て生(おゝ)ふるはすくな  く大抵(たいてい)三年の後(のち)を十分(じうぶん)の盛(さか)りとしそれより毎年(まいねん)に生(おゝ)ふるのすく  なければ又/斧(おの)を入(い)れつゝ年を重(かさ)ぬなり春(はる)夏(なつ)秋(あき)と出(い)て冬(ふゆ)はなし其(その)  内(うち)春の物(もの)を上品(じやうひん)として春香(はるこ)と称(せう)す夏(なつ)は傘(かさ)薄(うす)く味(あぢ)も劣(おと)れり又/別(べつ)  に雪香(ゆきこ)と云(いゝ)て絶品(せつひん)の物(もの)は縁(ふち)も厚(あつ)く形勢(きやうせい)も全(まつたく)備(そな)へり是(これ)は春香(はるこ)の内(うち)  より撰(えり)出(いだ)せるものにて裏(うら)なども潔白(けつはく)なるを称(せう)せり 【左丁】     ○石耳(いわたけ)《割書:一名 石芝(せきし)|》  熊野(くまの)天狗峯(てんぐがみね)の絶頂(せつてう)に大巌(おほいわ)あり其上(そのうえ)に多(おゝ)く生(せう)ず皆(みな)山石上(さんせきじやう)の  嶮(けはしき)にあり夏月(かげつ)火熱(くはねつ)の時(とき)は甚(はなはだ)小(せう)にして松蒳(まつのこけ)のごとし面(おもて)黒色(くろいろ)裏(うら)青(あを)  色(いろ)形(かたち)木耳(きくらけ)に似(に)て茎(くき)なし黒(くろ)き所(ところ)岩(いわ)につきて生(せう)ず是(これ)を採(とる)には梯(はしこ)  をかけ縄(なは)にすがり或(あるひ)は畚(ふご)に乗(の)りて木(き)の枝(えた)より釣(つり)下(さか)りなどの所為(しよい)は図(つ)  のごとしよそめのおそろしさには似(に)す猿(さる)の木(こ)づたふよりもやすし  鶯(うくひす)の子(こ)もかくのごとくして採(と)るといへり今又/吉野(よしの)より出(いづ)るものを  上品(しやうひん)とす  附記   此(この)余(よ)蕈(たけ)の品(しな)甚(はなはだ)多(おゝ)し○松蕈(まつたけ)は山州(さんしう)の産(さん)をよしとす大凡(およそ)牝松(めまつ)   にあらざれは生(せう)ぜす故(ゆへ)に西国(さいこく)には牡松(おまつ)多(おゝ)き故(ゆへ)松蕈(まつたけ)は少(すく)なくして茯(ぶく) 【右丁】  熊野(くまの)    石苴(いわたけ)【茸】 【右丁】   苓(りやう)多(おゝ)し京畿(けいき)は牝松(めまつ)多(おゝ)きがゆへに蕈(たけ)多(おゝ)くして茯苓(ぶくりやう)少(すく)なし○金(きん)   菌(たけ)は冬春の間(あいだ)に生(せう)じて松蕈(まつたけ)に似(に)て小(せう)なり○玉蕈(しめぢ)○布引蕈(ぬのひきたけ)   ○初蕈(はつたけ)裏(うら)は緑青(ろくせう)のごとし尾張辺(おはりへん)にてはあをはちといふ○滑蕈(なめたけ)西(さい)   国(こく)にては水たゝきといふて冬(ふゆ)生(せう)ず○天花蕈(ひらたけ)高野(かうや)より多(おゝ)く出(いだ)し   諸木(しよぼく)ともに生(せう)ず○舞蕈(まいたけ)ひらたけに似(に)て一茎(いつけい)に多(おゝ)く重(かさな)り生(せう)ず   針(はり)のごとし小(せう)にして尖(さき)は紫(むらさき)なり○木耳(きくらげ)は樹皮(きのかわ)に附(つき)て生(せう)し初生(しよせい)   は淡黄色(うすきいろ)に赤色(あかいろ)を帯(おび)たり採(とり)て乾(かわ)かせば黒色(くろいろ)に変(へん)ず日本(にほん)にて   接骨木(にはとこのき)に生(せう)ずるを上品(じやうひん)とす○桑蕈(くわたけ)は二/種(しゆ)ありてかたきは桑(くわ)の   樹(き)の胡孫眼(さるのこしかけ)なり軟(やわやか)なるは食用(しよくやう)の木耳(きくらげ)なり此余(このよ)槐(えんじゆ)楡(にれ)柳(やなぎ)楊(う)   櫨(つき)なとに皆(みな)蕈(たけ)を生(せう)ず○杉蕈(すきたけ)は杉(すき)の切株(きりかぶ)に生(せう)じひらたけに似(に)   て深山(しんさん)に多(おゝ)し○葛花菜(くずたけ)葛(くず)の精花(せいくわ)にして紅蕈(へにたけ)も此(この)種類(しゆるい)なり   是(これ)に一種(いつしゆ)春(はる)生(せう)ずるものを鶯菌(うくひすたけ)又さゝたけといひ丹波(たんば)にて赤蕈(あかたけ)   南都(なんと)にて仕丁(してう)たけ等(とう)の名(な)あり○ 雚菌(おきたけ)は蘆(あし)萩(はき)の中(なか)にせう 【左丁】   ずる玉蕈(しめし)なり九月/頃(ころ)にあり○蜀挌(いのこくたけ)はハリタケ共(とも)云(い)う常(つね)の針蕈(はりたけ)   には異(こと)なり本條(ほんてう)は傘(かさ)を張(は)りて生(せう)しかさの裏(うら)に針(はり)有(あり)色(いろ)白(しろく)味(あぢ)   苦(にが)し○地耳(うしのかはたけ)は陰地(いんち)丘陵(きうれう)の樹根(きのね)に多(おゝ)く生(せう)ず脚(あし)短(みぢか)く多(おゝく)重(かさなり)生(せう)ず   面(おもて)黒(くろ)く茶褐色(ちゃいろ)の毛(け)あり裏(うら)白(しろ)くして刻(きれ)なし皮蕈(かわたけ)は色(いろ)黒(くろく)して此(これ)   同種(どうしゆ)なり黒皮(くろかは)たけも是(これ)に同(おな)し○蕈類(たけるい)大抵(たいてい)右(みぎ)のごとし此(この)余(よ)毒(どく)有(あり)て   食用(しよくよう)にせざるもの多(おゝ)しあるひは竹蓐(すゝめのたまこ)竹林中(ちくりんちう)に生(せう)し土菌(どもくたけ)はキツネノ   カラカサともいひて是(これ)にも鬼蓋(きかい)地岑(ちしん)鬼茟(きひつ)の種類あり    ○蜂蜜(はちみつ)《割書:一名|》百花精(ひやくくわせい) 百花蕊(ひやくくわずい)  ○凡(およそ)蜜(みつ)を醸(かも)する所(ところ)諸国(しよこく)皆(みな)有(あり)中(なか)にも紀州(きしう)熊野(くまの)を第一(たいいち)とす芸州(けいしう)  是(これ)に亜(つ)ぐ其外(そのほか)勢州(せいしう)尾(び)州/土(と)州/石(せき)州/筑前(ちくぜん)伊予(いよ)丹波(たんば)丹後(たんご)出雲(いづも)など  に昔(むかし)より出(いだ)せり又(また)舶来(はくらい)の蜜(みつ)あり下品(げひん)なり是(これ)は砂糖(さとう)又/白砂糖(しろさとう)にて  製(せい)す是(これ)を試(こゝろみ)るに和産(わさん)の物(もの)は煎(せん)ずれば蜂(はち)おのづから聚(あつま)り舶来(はくらい) 【左丁】  熊野(くまの)  蜂蜜(はちみつ) 【右丁】  の物(もの)は聚(あつま)ることなく此(これ)をもつて知(し)る○蜜(みつ)は夏月(なつ)蜂脾(はちのす)の中(うち)に  貯(たくは)へて己(おの)々(〳〵)冬籠(ふゆこもり)りの食物(しよくもつ)とせんがためなり一種(いつしゆ)人家(しんか)に自然(しぜん)に  脾(す)を結(むす)ひ其中(そのなか)に貯(たく)はふ物(もの)を山蜜(やまみつ)といふ又(また)大樹(たいじゆ)の洞中(たうちう)に脾(す)を結(むす)ひ  貯(たく)はふを木蜜(きみつ)といふ以上(いじやう)熊野(くまの)にては山蜜といひて上品(じやうひん)とす又/巌(いわ)  石(ほ)間中(のうち)に貯(たく)はふ物(もの)を石蜜(せきみつ)と云(いう)又/家(いへ)に養(かう)て採(と)る蜜(みつ)は毎年(まひねん)脾(す)を  采(と)り去(さ)る故(ゆへ)に気味(きみ)薄(うす)く是(これ)を家蜜(かみつ)といふ脾(す)を炎天(えんてん)に乾(かわ)かし下(した)に  器(うつは)を承(う)けて解(と)け流(なが)るゝ物(もの)をたれ蜜(みつ)といひて上品(じやうひん)なり漢名(かんめう)生蜜(せうみつ)《割書:一(いつ)|法(はう)》  《割書:槽(ふね)に入(い)れて火(ひ)を以(もつ)て焚(た)きて取(とる)なり但し|火気(くわき)の文武(ふんふう)毫厘(かうり)の間(あいた)を候(うかゞふ)こと大事(たいじ)あり》又/脾(す)を取(と)り潰(ついや)し蜂(はち)の子(こ)ともに研(すり)  水(みづ)を入(い)れ煎(せん)じて絞(しほ)り採(とる)を絞(しぼ)りといふ《割書:漢名|熟蜜》凡(およそ)蜜(みつ)に定(さだま)る色(いろ)なし皆(みな)方(はう)  角(かく)の花(はな)の性(せい)によりて数色(すしよく)に変(へん)ず  ○畜家蜂(いへにやしのふはち) 《割書:漢名 花賊(くはそく) 蜜宦(みつくはん) 王腰奴(わうようと) 花媒(くははい)|》  家(いへ)に畜(やしな)はんと欲(ほつ)すれば先(まつ)桶(おけ)にても箱(はこ)にても作(つく)り其中(そのなか)に酒(さけ)砂糖水(さとうみづ)な  どを沃(そゝ)き蓋(ふた)に孔(あな)を多(おゝ)くあけて大樹(たいしゆ)の洞中(とうちう)に結(むす)びし巣(す)の傍(かたはら)に 【左丁】  置(おけ)ば蜂(はち)おのづから其中(そのなか)へ移(うつ)るを持帰(もちかへ)りて蓋(ふた)を更(あら)ためて  簷端(のき)或(あるひ)は牗下(まと)に懸置(かけおく)なり此(この)箱桶(はこおけ)の大(おほ)きさに規矩(きく)ありされ  ども諸州(しよしう)等(ひと)しからず先(まつ)九州(きうしう)辺(へん)一家(いつか)の法(はう)を聞(き)くに箱(はこ)なれば  九寸四方/竪(たて)弐尺九寸にして是(これ)を竪(たて)に掛(かく)るなり或(あるひは)斜横(なゝめよこ)と畜家(やしなふいへ)  の考(かんがへ)あり其(その)箱(はこ)の材(き)は香(か)のある物(もの)を忌みてかならず松(まつ)の古/木(ぼく)を  用(もち)ひ是(これ)又(また)鋸(のこぎり)のみにて銫(かんな)に削(けづ)ることを忌(い)む板(いた)の厚(あつ)さ四歩斗/両方(りやうはう)の  耳(みゝ)を随分(ずいぶん)かたく造(つく)りつよく縄(なは)をかけざれば後(のち)には甚(はなはた)重(おもく)なりてお  のづから落(おち)損(そん)ずることあり戸(と)は上下(うえした)二枚にして下(した)の戸(と)の上に壱歩  八/厘(りん)横(よこ)四寸斗の隙穴(ひまあな)を開(ひら)きて蜂(はち)の出入(ていり)の口(くち)とす若(もし)一二/厘(りん)も広(ひろ)く開(あく)  れば山蜂(やまはち)抔(なと)隙(ひま)より窺(うかがひ)て大(おほ)きに蜜蜂(みつはち)を擾乱(せうらんす)又大王の出(いづる)にも此(この)穴(あな)よりして凡(およそ)  小(ちいさ)き物(もの)也/箱(はこ)の数(かず)は家毎(いへごと)に三四を限(かぎ)りて其余(そのよ)は隣家(りんか)の軒(のき)を往(ところ)々(〳〵)借(かり)て畜(やしなふ)  ○造脾(すをつくる)   尋常(よのつね)の房(す)の鐘(つりかね)の如(こと)き物(もの)にあらず穴(あな)も下(した)に向(むか)ふ  ことなく只(たゞ)箱(はこ)一(いつ)はゐに造(つく)り穴(あな)は横(よこ)に向(むか)ふて人家(じんか)の鳩(はと)の家(いへ)の如(こと)し先(まづ) 【右丁】  箱(はこ)の内(うち)の上(うへ)より半月(はんげつ)のごとき物(もの)を造(つく)りはじめ継(つい)で下(した)一はひ両脇(りやうわき)共(とも)  に盈(みた)しむ其(その)厚(あつさ)凡(およそ)壱寸八歩/或(あるひは)二寸/斗(はかり)両面(りやうめん)より六角(ろくかく)の孔(あな)数多(あまた)を  開(ひら)き柘榴(ざくろ)の膜(まく)に似(に)て孔(あな)深(ふかさ)八九歩/是(かく)のごとき物(もの)を幾重(いくえ)も製(つく)りて其(その)脾(す)と  脾(す)との間(あいた)纔(わつか)人(ひと)の指(ゆひ)の通(とを)る程(ほと)宛(つゝ)の隙(ひま)あり蜂(はち)其(その)隙(ひま)に入(いる)には下(した)より潜(くゝる)なり  全体(せんたい)脾(す)を下(した)迄(まで)は盈(みた)さずあればなり脾(す)の形(かたち)或(あるひ)は正面(せうめん)或は横(よこ)斜(なゝめ)などに  て大抵(たいてい)同(おな)し其(その)孔(あな)には子を生(う)み又(また)蜜(みつ)を貯(たくは)へ又 子(こ)の食物(しよくもつ)の花(はな)を貯(たく)はふ又(また)  子/成育(せいいく)して飛(とん)で出入(ていり)するに及(およ)べば其(その)跡(あと)の孔(あな)へも亦(また)蜜(みつ)を貯(たく)はふ凡(およそ)蜜(みつ)  はじめは甚(はなはた)淡(あは)しき露(つゆ)なり吐積(はきつ)んで日(ひ)を経(へ)れば甘芳(かんはう)日毎(ひごと)に進(すゝむ)こと  実(まこと)に人の酒(さけ)を醸(かも)するに等(ひと)し既(すで)に露孔(つゆあな)に盈(みつ)る時(とき)は其(その)表(おもて)を閉(とぢ)て一(いつ)  滴(てき)一気(いつき)を洩(もら)すことなし蜂(はち)の数(かず)多(おゝ)ければ気味(きみ)も厚(あつ)し  ○蜂(はち)は 小(せう)なり大(おほ)きさ五歩(ごぶ)許(ばかり)マルハチに似(に)て黄(き)に黒色(こくしよく)を帯(おぶ)多(おゝく)  群(あつまり)て花(はな)をとる物(もの)は巣(す)を造(つくら)ず巣(す)を造(つくる)ものは花(はな)を採(と)らず時(とき)々(〳〵)入替(いりかわ)  りて其(その)役(やく)をあらたむ夫(それ)が中(なか)に蜂王(だいわう)といひて大(おほ)きなる蜂(はち)一(ひとつ)つあり 【左丁】  其(その)王(わう)の居所(いところ)は黒蜂(くろはち)の巣(す)の下(した)に一台(いつたい)をかまふ是(これ)を台(うてな)といふその  王(わう)の子(こ)は世(よ)々(〳〵)継(つき)て王(わう)となりて元(もと)より花(はな)を採(と)ることなく毎日(まいにち)群蜂輪(くんほうかわり)  値(はん)に花(はな)を採(と)りて王(わう)に供(くう)す是(これ)一桶(ひとおけ)に一个(ひとつ)のみなるに子(こ)を産(う)むこと  雌雄(しゆう)ある物(もの)に同(おな)し道理(とうり)においては希異(きい)なり群蜂(ぐんはう)是(これ)に従侍(じうじ)【ママ】する  こと実(まこと)に玉体(ぎよくたい)に向(むかふ)がごとし又(また)黒蜂(くろはち)十/斗(ばかり)ありて是(これ)を細工人(さいくにん)と呼(よ)ぶ孔口(あなくち)  を守(まも)りて衆蜂(しうはう)の出入(ていり)を検(あらた)め若(もし)花(はな)を持(も)たずして孔(あな)に入(い)らんとするもの  あれば其(その)懈怠(けだい)を責(せめ)て敢(あへ)て入(い)ることを許(ゆる)さず若(もし)再三(さいさん)に怠(おこた)る者(もの)は遂(つゐ)に  螫殺(さしころ)して軍令(くんれい)を行(おこ)なふに異(こと)ならず凡(およそ)家(いへ)にあるも野(の)にあるも儀(ぎ)に  おゐては同(おな)じ  ○ 頒脾(すわかれ)  大王(たいわう)の子(こ)成育(せいいく)に至(いた)れば飛(と)んで孔(あな)を出(いづ)るに群蜂(ぐんはう)半(なかば)従(した)  がふて恰(あたか)も天子(てんし)の行幸(みゆき)のごとく擁衛(ようゑい)甚(はなはた)厳重(げんぢう)なり其(その)飛(とび)行(ゆく)こと大抵(たいてい)五(ご)  間(けん)より十間(じつけん)の程(ほど)にして木(き)の枝(えだ)に取附(とりつけ)は其(その)脊(せ)其(その)腹(はら)に重(かさな)り留(とゞま)りて枝(えだ)ゟ(より)  垂(たれ)たるごとく一団(いちだん)に凝(こり)集(あつま)り大王(たいわう)其中(そのなか)に核(たね)のごとく裹(つゝ)【裏は誤記】まる畜人(やしなふひと)是を逐(おふ)て 【右丁】  袋(ふくろ)を群蜂(くんはう)の下(した)に承(う)けて羽箒(ははばき)を以(もつ)て枝(えだ)の下を掃(はく)がごとくに切落(きりおと)せば一/団(だん)の  まゝにて其(その)袋中(たいちう)へおつる其(その)音(おと)至(いたつ)て重(おも)きがごとし《割書:今世(いまよ)此/袋(ふくろ)を籠(かご)にて作(つく)りて|衆蜂(しゆはう)の気(き)を洩(もら)さしむさなく》  《割書:ては蜂(はち)死(しす)ること|多(おゝ)し》是(これ)を用意(ようゐ)の箱(はこ)に移(うつ)し畜(やし)なふを脾(す)わかれといふて人の分家  するに等(ひと)し若(もし)其(その)一団(いつだん)の袋(ふくろ)へ落(おつ)るに早(はや)く飛放(とびはな)る者(もの)ありて大王(たいわう)の従行(じうぎやう)  に洩(も)れて其(その)至(いた)る所(ところ)を知(し)らず又(また)原(もと)の巣(す)へ飛帰(とびかへ)る時(とき)は衆蜂(しうはう)敢(あへ)て孔(あな)に  入(い)ることを不許(ゆるさず)争(あらそ)ひ起(おこり)て是(これ)を螫殺(さしころ)し其(その)不忠(ふちう)を正(たゞ)すに似(に)たり見(み)る  人(ひと)慙愧(さんき)して歎涙(かんるい)を流(なが)せり又八ツさはぎとて昼(ひる)八ツ時(とき)には衆蜂(しうはう)不残(のこさす)  桶(おけ)の外(そと)に顕(あら)はれて稍(やゝ)羽根(はね)を鳴(なら)すことあり三月/頃(ころ)蜂(はち)の分散(ぶんさん)する時(とき)彼(かの)  王(わう)一群(いちぐん)ごとの中(なか)に必(かならず)一ツあり巣中(すちう)に王(わう)三ツある時(とき)は群飛(ぐんひ)も三(みつ)にわかる  其時(そのとき)畜(やし)なふ人/水(みず)沃(そゝ)ぎて其(その)翅(つばさ)を湿(うるほ)せば蜂(はち)外(ほか)へ分散(ぶんさん)せず皆(もと)元(もと)の器(き)  中(ちう)へ還(かへ)る故(ゆへ)に年(とし)々(〳〵)畜(やし)なふといへり  ○割脾(すをきりて)取蜜(みつをとる)  是(これ)を採(と)るには蕎麦(そば)の花(はな)の凋(しぼ)む時(とき)を十/分(ぶん)甘芳(かんはう)  の成熟(せいじゆく)とす採(と)らんと欲(ほつ)する時(とき)は先(まづ)蓋(ふた)をホト〳〵叩(たゝ)けば蜂(はち)皆(みな)脾(す)の後(うしろ) 【左丁】  に移(うつる)其時(そのとき)巣(す)の三分の二を切採(きりとり)三分が一を残(のこ)せば再(ふたゝひ)其(その)巣(す)を補(おきなひ)原(もと)のごとしかく採(とる)こと  幾度(いくたび)といふことなし冬(ふゆ)に至(いたれ)ば脾(す)ともに煎(せん)じて熟蜜(しほりみつ)とす○一種(いつしゆ)土蜂(つちはち)と云(いう)て大(おゝき)さ五分/斗(ばかり)  土を深(ふか)く穿(うかち)其中(そのなか)に脾(す)を結(むす)ぶ是(これ)にも蜜(みつ)あり南部(なんぶ)是(これ)をデツチスガリといふ但(たゞ)し   スガリは蜂(はち)の古訓(こくん)なり古今集(こきんしう)離別(りべつ)に       〽すがるなく秋(あき)の  萩原(はきはら)あさたちてたび行(ゆく)人(ひと)をいつとかまたん         又(また)深山(みやま)  崖石上(かいせきじやう)に自然(しせん)のもの数歳(すさい)を経(へ)て已(すてに)熟(じゅく)する物(もの)あれば土人(としん)長(なか)き竿(さほ)  をもつて刺(さし)て蜜(みつ)を流(なが)し採(と)る或(あるひ)は年(とし)を経(へ)ざるものも板縁(よちのほり)取(と)れり凡(およそ)   箱(はこ)に畜(やし)なふもの絞(しぼ)り蜜(みつ)ともに二十/斤(きん)《割書:百六十|目一斤》蜜蝋(みつらう)二斤を得(う)るなり  此二/斤(きん)のあたひを以(もつ)て桶箱(おけはこ)修造(しゆざう)の費用(ひよう)に抵(あてゝ)足(た)れりとす   ○蜜蝋(みつらう) 一名 黄蜡(わうさく)  是(これ)黄蝋(わうらう)といふ物(もの)にて即(すなはち)蜂(はち)の脾(す)なり其(その)脾(す)を絞(しぼ)りたる滓(かす)なり蜜(みつ)より  蝋(らう)を取(と)るには生蜜(たれみつ)を采(とり)たる後(のち)の蜂(はち)の巣(す)を鍋(なべ)に入れ水(みづ)にて煎(せん)じ 【右丁】  沸(わき)たる時(とき)別(べつ)の器(うつは)に冷水(れいすい)を盛(も)りて其上(そのうえ)に籃(いかき)を置(お)きかの煎(せん)じたる  を移(うつ)せば滓(かす)は籃(いかき)に留(とどま)りて蝋(らう)は下(した)の器(うつは)の水面(すいめん)に浮(う)かふ夫を又(また)陶器(やきものゝうつは)  に入(い)れて重湯(ゆせん)とすれば自然(しぜん)に結(むす)びて蝋(らう)となるなり又(また)熟蜜(しほりみつ)をとる  時(とき)鍋(なべ)にて沸(わか)せば蜜(みつ)は上(うへ)に浮(うか)び蝋(らう)は中(ちう)に在(あり)脚(あし)は底(そこ)にあり是(これ)を采(と)り冷(ひや)  しても自然(しせん)に黄蝋(わうらう)に結(むす)ぶ   ○会津蝋(あいづらう)  本草(ほんざう)虫白蝋(ちうはくらう)といひて奥州(おうしう)会津(あいづ)に採(と)る蝋(らう)なり是(これ)はイボクラヒ  といふ虫(むし)を畜(やし)なふて水蝋樹(いぼた)といふ木(き)の上(うへ)に放(はな)せば自然(しせん)に枝(えだ)の間(あいだ)に  蝋(らう)を生(せう)して至(いたつ)て色(いろ)白(しろ)く其(その)虫(むし)は奥州(おほしう)にのみありて他国(たこく)になし故(ゆへ)に  形(かたち)を詳(つまび)らかにせず今(いま)他国(たこく)に白蝋(はくらう)といふものは漆(うるし)の樹(き)などの蝋(らう)を暴(さら)  したる白色(しろいろ)なりまた薬店(やくてん)にて外療(くわいりやう)に用(もち)ゆる白蝋(はくらう)といふも蜜(みつ)  蝋(らう)の暴(さら)したるにて是(これ)又(また)真(しん)にあらず水蝋樹(いほた)といふ木(き)は処(しよ)々(〳〵)に多(おゝ)し 【左丁】  葉(は)は忍冬(にんどう)に似(に)て小(せう)なり夏(なつ)は枝(えだ)の末(すへ)ことに小白花(せうはくくわ)を開(ひ)らき花(はな)の  後(のち)実(み)を生(せう)ず熟(じゆく)して色(いろ)黒(くろ)く鼠(ねづみ)の屎(くそ)のごとし冬(ふゆ)は葉(は)おつる 又/此(この)  蝋(らう)を刀剣(とうけん)に塗(ぬ)れは久しくして鏽(さび)を生(せう)ぜず又/疣(いぼ)に貼(つく)れば自(おのづ)から  落(おつる)故(ゆへ)にイホオトシの名(な)あり今(いま)蝋屋(らうや)に售(う)る会津蝋(あいづらう)といふ物(もの)真偽(しんき)お  ぼつかなし    ○ 鯢(さんしやういを)  渓澗水(たにみづ)に生(せう)ず牛尾魚(こち)に似(に)て口(くち)大(おほひ)なり茶褐色(ちやいろ)にして甲(せ)に班文(またら)  あり能(よ)く水(みづ)を離(はな)れて陸地(りくぢ)を行(ゆ)く大(おほい)なるものは三/尺(じやく)斗(ばかり)甚(はなはだ)山椒(さんせう)  の気(き)あり又(また)椒樹(さんせうのき)に上(のぼ)り樹(き)の皮(かわ)を採(と)り食(くらふ)此(この)魚(うを)畜(やしな)[ひ]おけは夜(よる)啼(なき)て小(せう)  児(に)の声(こへ)のごとく性(せい)至(いたつ)て強(つよ)き物(もの)にて常(つね)に小池(せんすい)に畜(やしな)ひ用(もち)ゆべき時(とき)其(その)  半身(はんしん)を截断(たちきり)其(その)半(なかは)を復(また)小池(せんすい)へ放(はな)ちおけば自(おの)づから肉(にく)を生(せう)じ元(もと)の  全身(ぜんしん)となる故(ゆへ)に作州(さくしう)の方言(はうけん)にハンサキといふ又(また)其(その)去(さり)たる皮(かは)も久(ひさ)しく 【右丁】 山椒魚(さんせううを) 【右丁】  して尚(なを)動(うごく)なりといへり○別(へつ)に一種(いつしゆ)箱根(はこね)の山椒魚(さんしやううを)といふものあり小(ちいさき)  魚(うを)なり越後(ゑちご)にてセングハンウヲといふ其(その)形(かたち)水蜥蜴(いもり)に似(に)て腹(はら)も赤(あか)し  故(ゆへ)にアカハラともいふ乾物(かんぶつ)として出(いだ)し小児(せうに)の疳虫(かんむし)を治(ぢ)す物理小(ふつりせう)  識(しき)に閩高(みんかう)の源(もと)に黒魚(こくきよ)ありとは是(これ)なり今(いま)相州(さうしう)信州(しんしう)軽井沢(かるいさわ)和田(わだ)の  辺(ほとり)より出(いづ)る物(もの)もかのいもりのごとき物(もの)にて夜(よ)る滝(たき)の左右(さゆう)の岩(いわ)を攀上(よちのほる)  なり土人(どしん)是(これ)を採(と)るに木綿袋(もめんふくろ)にて玉網(たまあみ)のごときものゝ底(そこ)を巾着(きんちやく)の  口(くち)のごとくにして松明(たいまつ)を照(てら)して魚(うを)の上(のぼ)るを候(うかゞ)ひ袋(ふくろ)をさし附(つけ)て自(おのつ)から  入(い)るを取(と)りて袋(ふくろ)の尻(しり)を解(と)き壺(つぼ)へ納(おさ)む又(また)丹波(たんば)但馬(たじま)土佐(とさ)よりも出(いた)せ  り○本草(ほんさう)に一種(いつしゆ)䱱魚(ていきよ)といふものおなじく山椒魚(さんせううを)ともいへども是(これ)は  人魚(にんぎよ)なり河中(かちう)及(およ)び湖水(こすい)に生(せう)す形(かたち)鮧魚(なまず)に似(に)て翅(つばさ)長(なが)く手足(てあし)のご  とし又(また)時珎(ぢちん)の稽神録(けいしんろく)に載(の)する所(ところ)の物(もの)は華考(くわかう)の海人魚(うみにんぎよ)なり  紅毛人(おらんだじん)此(この)海人魚(うみにんぎよ)の骨(ほね)持来(もちきた)りて蛮名(ばんめう)ヘイシムルト云/甚(はなはだ)偽(にせ)もの  多(おほ)し 【左丁】    ○葛(くず)  葛穀(かつこく) 《割書:一名》 鹿豆(ろくとう)  蔓草(つるくさ)なり根(ね)を食(くらふ)是(これ)を葛根(かつこん)といふ粉(こ)とするを葛粉(かつふん)といふ吉野(よしの)より   出(いだ)すもの上品(じやうひん)とす今(いま)は紀州(きしう)に六郎大夫といふを賞(せう)すもつとも  隹味(かみ)【佳】なり是(これ)全(まつた)く他物(たぶつ)を加(く)わへざるゆへなるべし草(くさ)は山野(さんや)とも自然生(しぜんせい)  多(おゝ)し中華(ちうくわ)には家園(には)に種(う)えて家葛(かかつ)と云(いう)野生(やせい)のものを野葛(やかつ)といふ  日本(にほん)にては家園(には)に栽(う)ゆることなし葉(は)は遍豆(いんけまめ)に似(に)て三葉(さんよう)一所に着(つき)  て三尖(みつかど)小豆(あづき)の葉(は)のごときもあり茎(くき)葉(は)とも毛茸(け)ありて七月ころ  紫赤(むらさき)の花(はな)を開(ひら)きて紫藤花(ふぢのはな)のごとし穂(ほ)を成(な)して下(した)に垂(た)れる長(たけ)  三寸斗/莢(さや)を結(むすび)て是(これ)又/毛(け)あり冬月根(ふゆね)を堀(ほ)りて石盤(せきばん)にて打(うち)■(くだ)【揤ヵ】  き汁(しる)を去(さ)り金杵(かなきね)にてよく舂(つき)細屑末(こまかきこ)となして水飛(すいひ)数度(すど)に飽(あ)か  しめ盆(ぼん)に盛(も)りて日(ひ)に暴(さら)し桶(おけ)に納(おさ)めて出(いだ)す《割書:和方書是を|水粉といふ》○葛根(かつこん)は  薬肆(くすりや)に生乾(きほし)暴乾(さらし)の二/品(しな)あり○蔓(つる)は水(みつ)に浸(ひた)し皮(かわ)を去(さ)り編連(あみつら) 【右丁】  吉(よし)   野(の)    葛(くず) 【右丁】  ねて器(うつは)とし是(これ)を葛簏(ふちこり)といひて水口(みなくち)に製(せい)するもの是なり葛篭(つゞら)  は蔓(つる)をつらねたるの名(な)なり○葛布(くづぬの)は蔓(つる)を煮(に)て苧【荢】のごとく裂(さき)  紡績(うみつむぎ)て織(をる)なり詩経(しきやう)に絺綌(ちげき)と云は絺(ち)は細糸(ほそきいと)綌(げき)は太(ふと)き糸(いと)にて古(いにしへ)  中華(ちうくわ)に織(をる)もの今の越後縮(ゑちこちゝみ)のごときもありと見(み)たへり【ママ】○クスと云  は細屑(くづ)の儀(ぎ)にて水粉(すいふん)につきての名(な)にして草(くさ)の本名(ほんめう)は葛(ふぢ)なり  フヂは即(すなはち)鞭(ぶち)なり古製(こせい)是(これ)をもつて鞭(むち)とす故(ゆへ)に号(なつけ)て喪服(もふく)を葛(ふぢ)  衣(ころも)といふは葛布(くずぬの)なればなり   これ蔓(つる)葉(は)根(ね)花(はな)皮(かは)ともに民用(みんよう)に益(ゑき)あり故(ゆへ)に遠村(ゑんそん)の民(たみ)は親属(しんぞく)手(て)を   携(たづさ)へ山居(さんきよ)して堀食(ほりくら)ひ高(たか)く生(お)ひて粉(こ)なき時(とき)は山下(さんか)に出(いで)てこれを   紡績(はうせき)す皆(みな)人(ひと)に益(ゑき)し救(すく)ふ事(こと)五穀(ここく)に亞(つ)げり○蕨根(はらびのね)も亦(また)是(これ)に亞(つ)きて   同(おな)しく水粉(すいふん)とす其品(そのしな)は賤(いや)しけれども人(ひと)の飢(うへ)を救(すく)ふにおゐてはその   功用(こうよう)変(かわ)ることなし伯夷(はくゐ)叔斉(しゆくせい)が首陽(しゆよう)の山居(さんきよ)も此(これ)によりて生(せい)を保(たも)てり   《割書:偽物(きぶつ)は生麩(せうふ)をくわへて制(せい)し|味(あぢ)甚(はなはだ)隹(か)ならす【佳】》 【左丁】  ○此余(このよ)葛粉(かつふん)の功用(こうよう)甚(はなはだ)多(おゝ)し或(あるひ)は餅(もち)又/水麺(すいとん)に制(せい)し白粉(おしろい)に和(くわ)し   糊(のり)に適(てき)し料理(りやうり)の調味(てうみ)なとさま〴〵人に益(ゑき)す  ○或(ある)書(しよ)云(いわく)葛(くづ)よく毒(どく)を除(のぞ)くといへども其(その)根(ね)土(つち)に入(い)ること五六寸/以上(いじやう)を葛(かつ)   ■(たん)【脰ヵ】といひてこれ頸(がふ)なりこれを腹(ふく)【服の誤ヵ】すれば人に吐(と)せしむ    ○山蛤(あかかへる)  山城(やましろ)嵯峨(さが)又は丹波(たんば)播州(ばんしう)小夜(さよ)の山より多(おゝ)く出(いだ)す摂津(せつつ)神崎(かんさき)の辺(へん)にも出(いだ)せ  ども其(その)性(せい)宜(よろ)しからず凡/笹原(さゝはら)茅原(ちはら)のくまにありて是(これ)をとるには小(ちいさ)き網(あみ)にて伏(ふせ)  又/唐網(とうあみ)のごとくなる物(もの)の竜頭(りうづ)を両手(りやうて)に挟(はさ)みこまを廻(まは)すごとくひねりて打(うて)は  網(あみ)きりゝとまはりて三尺四方/許(ばかり)に広(ひろ)がるなりかくし得(え)て膓(はらはた)を抜(ぬ)き乾物(かんぶつ)  として出(いだ)す其(その)色(いろ)桃色(もゝいろ)繻子(じゆす)のごとし手足(てあし)甚(はなはだ)長(なが)く目(め)は扇(あふぎ)の要(かなめ)に似(に)たり但(たゞ)し今  市中(しちう)に售(う)るもの偽物(ぎぶつ)多(おゝ)し○本草(ほんさう)綱目(かうも[く])に山蛤(さんかう)は蝦蟆(かま)より大(おゝ)きく色(いろ)黄(き)也  とありて日本(につぽん)の物(もの)には符合(ふがう)せず国(くに)を異(こと)にするのゆへもある欤/大和本草(やまとほんさう) 【右丁】  山蛤(あかかへる) 【右丁】  鷹(たか)が    峯(みね)  蘡(えび)   薁(つるの)    虫(むし) 【右丁】  に長明(ちやうめい)無名抄(むみやうしやう)を引(ひき)て井堤(いて)の蛙(かわづ)是(これ)なり晩(くれ)に鳴(な)きて常(つね)のかわずに変(かわ)れり  色(いろ)黒(くろ)き様(やう)にて大(おほ)きにもあらず□□【とい】ふて山蛤(さんかう)に充(あて)たるはおぼつかなし     ○蘡薁虫(ゑひつるのむし)《割書:木(き)の一名/野葡萄(のぶとう)|》  山城国(やましろのくに)鷹(たか)が峯(みね)に出(いづ)る物(もの)上品(じやうひん)とす蔓(つる)葉(は)花(はな)実(み)ともに葡萄(ぶどう)に異(こと)なることなし  詩経(しきやう)六月/薁(いく)を食(くらふ)とは是(これ)なり春月/萌芽(め)を出(いだ)して三月/黄白(わうはく)の小花穂(せうくわほ)をな  す七八月/実(み)を結(むす)ぶ小(せう)にして円(まろ)く色(いろ)薄紫(うすむらさき)其(その)茎(くき)吹(ふい)て気(き)出(い)づ汁(しる)は通草(あけひ)の  ごとし蔓(つる)に往(ところ)々(〳〵)盈(ふく)れたる所(ところ)ありて真菰(まこも)の根(ね)に似(に)たり其中(そのなか)に白(しろ)き虫(むし)あり  是(これ)小児(せうに)の疳(かん)を治(ぢ)する薬(くすり)なりとて枝(ゑだ)とも切(きり)て市(いち)に售(う)る然(しか)るに此(この)茎中(けいちう)に  虫(むし)あること和漢(わかん)の書(しよ)に於(おゐ)て見(み)ることなし柳(やなき)の虫(むし)常山(くさぎ)のむしもともに疳(かん)  薬(くすり)とはすれども尚(なを)勝(まさ)れりとは云(い)へり南都(なんと)に真(しん)の葡萄(ふとう)なし此(この)実(み)を採(とり)て核(たね)を  去(さ)り煎熬(せんかう)【「いり」左ルビ】して膏(あぶら)のごとし食用(しよくよう)とす又/葉(は)の背(せ)に毛(け)あり乾(ほ)してよく揉(もめ)ば  艾綿(もぐさ)のごとし是(これ)にて附贅(いぼ)を治(ぢ)す故(ゆへ)にイホおとしの名あり中華(から)には酒(さけ)に 【左丁】  醸(かも)し葡萄(ぶどう)の美酒(びしゆ)欝金香(うつきんこう)と唐詩(とうし)に見(み)へたるは是(これ)なり   《割書:和名(わみやう)ヱヒツルとは久(ひさ)しく誤(あやま)り来(きた)れりヱヒツルは葡萄(ぶどう)のことにて蘡薁(ゑびつる)|イヌヱヒ又ブトウといへりされとも古しへより混していひしなるへし》 田臘品(かりのしな)    ○鷹(たか)  甲斐(かい)山中(やまなか) 日向(ひむか) 丹後(たんこ) 伊予(いよ)等(とう)に捕(と)るもの皆(みな)小鷹(こたか)にして大鷹(おほたか)は 奧(おう)  州(しう)黒川(くろかわ) 上黒川(かみくろかは) 大沢(おほさは) 富沢(とみさわ) 油田(あぶらた) 年遣(とつかい) 大爪(おほつめ) 矢俣(やまた)等(とう)にて  捕(とる)なりしのぶ郡(こほり)にて捕(とる)者(もの)凡(すべ)てしのぶ鷹(たか)とはいへり白鷹(おほたか)は朝鮮(てうせん)より来(きた)りて  鶴(つる)雁(かん)を撃(う)つ者(もの)是(これ)なり鷹(たか)を養(か)ふ事(こと)は朝鮮(てうせん)を原(もと)として鷹鶻方(たかこつはう)と云(いふ)書(しよ)  あり故(ゆへ)に本朝(ほんてう)仁徳天皇(にんとくてんわう)の御宇(きよう)依網屯倉(よさみみやけ)の阿珥古(あひこ)鷹(たか)を献(けん)せしに其名(そのな)さへ知(しり)  給(たま)はざりけるを百済(はくさい)の皇子(わうし)酒君(さけのきみ)是は朝鮮(てうせん)にて倶知(くち)と云(いふ)鳥(とり)なりとて韋(おしかは)緡/小鈴(こすゞ)  を着(つけ)て得馴(ならしえ)て百舌野(もすの)遊猟(ゆうれう)に多(おゝ)□【く】雉子(きし)を捕(と)る故(ゆへ)に時人(ときひと)其(その)養鷹(たかかひ)せし処(ところ)を  号(なつけ)て鷹甘邑(たかいのやう)と云(いふ)て今(いま)の住吉郡(すみよしこほり)鷹合村(たかあいむら)是(これ)なりされば我国(わかくに)に養(やしな)ひ始(はじめ)し 【右丁】  張切羅(はりきりあみ)を  もつて    鷹(たか)を捕(とる) 【右丁】  事(こと)朝鮮(てうせん)の法(はう)を伝(つた)へたりと見へたり○捕養(とりか)ふ者(もの)は凡(すへて)巣中(すちう)に獲(ゑ)て養(やしな)ひ馴(な)れ  しむ其中(そのなか)に伊予国(いよのくに)小山田(おやまた)には羅(あみ)して捕(と)れり此(この)山(やま)は土佐(とさ)阿波(あは)三/国(ごく)に跨(またがり)たる  大山(たいさん)なりされば鷹(たか)は高山(かうさん)を目(め)がけてわたり来(きた)るものなれば必(かならす)此(この)山(やま)に在(あ)り  凡七八月の間/柚(ゆ)の実(み)の色付(いろつき)かゝる折(おり)を渡(わた)り来(く)るの期(ご)とす  ○羅(あみ)ははり切羅(きりあみ)といひて目(め)の広(ひろさ)一寸或二寸すが糸(いと)にても苧(お)にても作(つく)る竪(たて)  三四尺/横(よこ)二/間(けん)許(ばかり)なるを張(は)りて其(その)下(した)に提灯羅(てうちんあみ)とて長三尺ばかり周経(わたり)一尺  斗のもめん糸(いと)の羅(あみ)に鵯(ひよとり)を入(い)れ杭(くひ)に結(ゆ)ひ付又/其(その)傍(かたはら)に木(き)にて作(つく)りたる蛇(へび)の形(なり)の  よく似(に)たるを竹(たけ)の筒(つゝ)に入れて糸(いと)をながく付(つけ)て夜中(やちう)より仕(い)かけ置(お)き早天(さうてん)に鷹(たか)木(こ)  末(すへ)を出(いで)て求食(あさる)を見(み)かけしかきの内(うち)より蛇(へび)の糸(いと)を引(ひき)て鵯(ひよとり)のかたを目(め)かけ動(うご)かせ  は恐(おそ)れて騒立(さわたつ)を見(み)て鷹(たか)是(これ)を捕(とら)んと飛下(とひおり)て羅(あみ)にかゝる両方(りやうはう)に着(つけ)たる竹(たけ)の釣(ち)に  漆(うるし)をぬりて能(よ)く走(はし)る様(やう)にしかけし物(もの)にて鷹(たか)触(ふる)れば自(おのづから)縮(しゞまり)寄(より)て鷹(たか)の纏(まと)はる  るを捕(とら)ふなり此(この)羅(あみ)を張(は)るに窮所(きうしよ)ありて是又/庸易(ようい)のわざにはあらずといへり其(その)  猟師(りやうし)皆(みな)惣髪(そうはつ)にして男女(なんによ)分(わか)ちかたし冬(ふゆ)も麻(あさ)を重(かさね)て着(ちやく)せり○此(こゝ)に捕(と)る鷹(たか)多(おゝく) 【左丁】  は鷂(はいたか)又ハシタカともいひて兒鷂(このり)の雌(めん)【䳄】なり逸物(いちもつ)は鴨(かも)鷺(さぎ)をとり白鷹(おほたか)に似(にて)小也  其(その)班(ふ)色(いろ)々(〳〵)有(あり)○かく捕(と)り獲(え)て後(のち)山足緒(やまあしを)山大緒(やまおほを)を差(さす)なり何(いづ)れも苧(お)【荢は誤】を以(もつ)て作(つく)る  尤(もつとも)足(あし)にあたる処(ところ)は揉皮(もみかわ)を用(もち)ひ旋(もとをり)は竹(たけ)の管(くだ)又は鹿(しか)の角(つの)にて制(つく)る小鷹(こたか)は紙(かみ)に  て尾羽(おは)をはり樊籠(ふせご)に入(ゐ)れて里(さと)に售(ひさ)く○他国(たこく)又/奥州(おうしう)の大鷹(おほたか)は巣鷹(すたか)と云(いひ)て  巣(す)より捕(とらふ)あり其(その)法(はう)未詳(つまひらかならず)○餌(え)は餌板(えいた)に入(いれ)て差入(さしいれ)飼(かふ)○大鷹(おほたか)は尾袋(おふくろ)羽袋(はふくろ)を  和(やは)らかなる布(ぬの)にて尾羽(おは)の筋(すし)に一処(ひとゝころ)縫付(ぬいつけ)る其(その)寸法(すんはう)尾羽(おは)の大小に随(した)がふ  ○以捕時(とるときによりて)異名(なをことにす)  赤毛《割書:一名/網掛(あかけ) 初種(はつくさ) 黄鷹(わかたか)|是(これ)夏(なつ)の子(こ)を秋(あき)捕(とり)たるを云也》巣鷹(すたか)《割書:巣(す)にあるを|捕(とり)たるなり》巣廻(すまはり)《割書:五六月/巣立(すたち)たる|を捕(とり)たるなり》野曝(のされ)鷹《割書:山曝(やまされ)木曝(こされ)とも|云十月十一月に》  《割書:捕(とり)たる|なり》里落鷹(さとおちたか)《割書:十二月に取(と)る|物(もの)の名(な)なり》新玉鷹(あらたまたか)《割書:正月に|捕(とり)たる也》佐保姫(さほひめ)鴘(かへり)《割書:|乙女(おとめ)鷹 小山鴘(こやまかへり)|とも云二三月に取(とり)たる也》鴘(かへり)《割書:山野(さんや)にて毛(け)をかへたるを云(いふ)片(かた)かへりとは|一 度(ど)かへたるを云(いふ)二度かへたるを諸(もろ)かへりと云》  ○鷹懐(たかをなつける)  獲(ゑ)たるまゝなるを打(うち)おろしといふ是(これ)に人肌(ひとはだ)の湯(ゆ)を以て尾(お)羽(は)觜(はし)の廻(まは)り餌(え)じみなど  を能(よ)く洗(あ)らひ觜(はし)爪(つめ)を切(き)り足緒(あしを)をさして夜据(よすへ)をするなり夜据(よすへ)とは打(うち)おろしの稍(やゝ)  人に馴(なれ)たるを視候(うかゞひ)夜(よる)塒(とや)を開(ひら)き燈(ともしび)を用(もち)ひず手に据(すへ)て山野(さんや)を徘徊(はいくわい)し夜(よ)を経(へる)に 【右丁】  ついて燈(ともしひ)を幽(かすか)に見(み)せ又(また)夜(よ)をかさねて次第(しだい)にちかくす是(これ)は若(もし)始(はじ)めに火(ひ)の光(ひかり)  に驚(おどろ)かせては終(つい)に癖(くせ)となりて後(のち)に水に濡(ぬ)れたる羽(は)を焚火(たきひ)に乾(かわかす)こと成(なり)がたき故(ゆえ)也  其外(そのほか)数多(あまた)害(かい)ありさて夜据(よすへ)積(つも)りて鷹(たか)熟(くつろ)ぎ手(て)ふるひ身(み)せゝりなどして  和(やわ)らぎたるを見(み)て朝据(あさすへ)をするなり是(これ)は未明(みめい)より次第(しだい)に朝(あさ)を重(かさ)ねて後(のち)には白(はく)  昼(ちう)に野(の)にも出(いた)せり其時(そのとき)肉(にく)よくなり野鳥(のとり)を見(み)て目(め)かくる心(こゝろ)を察(さつ)しかねて貯(たくはへ)し  小鳥(ことり)を見(み)せて手廻(てまは)りにて是を捕(と)らせり但(たゝ)し其(その)小鳥(ことり)の觜(はし)をきりあるひは  括(くゝる)也是は鷹(たか)を啄(ついば)み声(こへ)を立(たて)させさるが為(ため)なり若(もし)声(こへ)立(たて)などして鷹(たか)おどろけば  終(つい)に癖(くせ)となるを厭(いと)へばなり是(これ)を腰丸(こしまる)觜(はし)をまろばすとは云(い)へり此(この)鳥(とり)よく取得(とりえ)たる  時(とき)は暖血(ぬくち)《割書:肉の|こと也》を少(すこ)し飼(か)ひて多(おほ)くは飼(か)はず多(おほ)く飼(か)へは肉(にく)ふとりて悪(あし)し尚(なを)生育(せ◾️いく)に  心(こゝろ)を附(つけ)て肥(こへ)る痩(やせ)る又は羽振(はふり)顔貌(かんほう)などの善悪(せんあく)或(あるい)は大鷹(おほたか)は眸(ひとみ)の小(ちい)さくなるを肉(にく)の  よきとし小鷹(こたか)はこれに反(はん)し又(また)屎(うち)の色(いろ)をも考(かんが)へ能(よ)く調(とゝな)はせて《割書:是(これ)を肉(にく)をこし|らへるといふ也》飛流(とびなかし)  の活鳥(いけとり)を飼(か)ふ《割書:飛流(とびなが)しとは鳥(とり)の目(め)を縫(ぬ)ひ野(の)に出(いで)て高(たか)く飛(とび)はせて|鷹(たか)に羽合(はあわせ)するなり目(め)をぬふは高(たか)く一筋(ひとすし)に飛(とば)さん為(ため)也》是(これ)を手際(てきは)よく取(と)れは夫(それ)より  山野(さんや)に出(いで)て取飼(とりか)ふなり 【左丁】  ○巣鷹(すたか)は巣(す)より取(と)りて籠(かご)のうちに艾葉(もくさ)兎(うさぎ)の皮(かわ)を敷(し)きて小鳥(ことり)を  細(こま)かに切(き)りてあたへ少(すこ)しも水(みづ)を交(まじ)へず○初生(しよせい)をのり毛(け)綿毛(わたげ)共云又  村毛(むらけ)つばな毛(け)と生育(せいいく)の次第(しだい)あり尾(を)の生(ふ)を以(もつ)て成長(せいちやう)の期(ご)として  一生(ひとふ)二生(ふたふ)を見(み)するといふなり三生(みふ)に及(およ)べば籠中(こちう)に架(ほこ)をさすなり  初(はしめ)より籠(かご)に蚊帳(かや)をたれて蚊(か)の螫(さす)を厭(いと)ふ又/雄(お)を兄鷹(せう)といひ雌(め)を弟(た)  鷹(い)【注】といひて是(これ)をわかつには軽重(けいぢう)をもつてす軽(かろ)きを兄(せう)とし重(おも)きを弟(たい)  とす又/尾羽(おは)延(の)び揃(そろ)ひかたまりたる後(のち)は足緒(あしを)をさして五日ばかり架(ほこ)  につなぎ静(しづ)かに据(すへ)て三日ばかり浅湯(ぬるゆ)を浴(あび)するふに若(もし)浴(あび)ざればふ  りかけて度(と)を重(かさ)ぬ縮(しゞま)りたる羽(は)を伸(のば)し尚(なを)前法(せんはう)のごとく活鳥(いけとり)をまろ  はして後(のち)には常(つね)のごとし  ○鷹品(たかのしな)大概(たいがい)  角鷹(おほたか)《割書:蒼鷹 黄|鷹ともいふ》波廝妙(はしたへ)《割書:弟(たい)とも兄(けい)とも|見知(みしり)がたきを云》鶻(はやぶさ)《割書:雄(お)なり|形小也》隼(ほ)《割書:雌(め)なり形(なり)大(おほひ)なり|仕(つ)かふに用(これを)_レ之(もちゆ)》鷂(はいたか)《割書:雌(め)|也》  兄鷹(このり)《割書:鷂(はいたか)の|雄(お)也》萑鷂(つみ)《割書:鵰【𪄄は俗字】とも書(かき)て品(しな)多し黒- 木葉- 通- 熊-|北山- いづれも同品なり府をもつて別かつ》萑鳶(ゑつさい)《割書:つみより|小なり》鶆(さし) 【注 雄の鷹を「しょう」と言い、雌の鷹を「だい」と言う。】 【右丁】  鳩(ば)《割書:赤治鳥(あかさしば) 青- 底-|下- 裳濃(すそご)-》○鷲(わし)《割書:全体(せんたい)黒し年(とし)を経て白(しろ)き府(ふ)種(しゆ)々(〳〵)に変(へん)ず哥に毛(け)は黒(くろ)|く眼は青く觜(はし)青く脛(あし)に毛(け)あるを鷲(わし)としるべし》  鵰(くまたか)《割書:全体(せんたい)黒(くろ)く尾(を)の府(ふ)年を経(へ)て様(さま)〴〵に変す哥に觜(はし)黒(くろ)く|青ばし青く足青く脛に毛あるをくまたかとしれ》其外(そのほか)品類(ひんるい)多(おゝ)し○任鳥(つふり)  《割書:まくそつかみ|くそつかみ》惰鳥(よたか)も種類(しゆるい)なり   大和本草云/鷹鶻方(ようこつはう)を案(あんず)るに鷹(たか)の類(るい)三種(さんしゆ)あり鶻(はやぶさ)鷹(たか)鷲(わし)なり今(いま)案(あん)ずるに   白鷹(おほたか)鷂(はいたか)角鷹(くまたか)は鷹(たか)なり○隼(はやぶさ)鶆鳩(さしは)は鶻(こつ)なり○鷲(わし)鳶(とび)等(とう)は鷲(わし)なり鷹鶻(ようこつ)の二/類(るい)   は教(おしへ)て鳥(とり)を取(とら)しむ鷲(わし)の類(たぐ)ひは教(お)しへて鳥(とり)を取(とら)しめず又/諸鳥(しよてう)は雄(お)大(おほひ)なり唯(たゞ)鷹(たか)は   雌(めん)大(おほい)なり此事(このこと)中華(ちうくわ)の書(しよ)にも見(みへ)たり尚(なを)詳(つまひらか)なることは原本(げんぽん)によりて見(みる)べし此(こゝ)に略(りやく)す     ○ 鳧(かも)  ○ 鳧(かも)は摂州(せつしう)大坂/近辺(きんへん)に捕(と)るもの甚(はなはた)美味(ひみ)なり北中島(きたなかしま)を上品(じやうひん)とす河内(かわち)  其(その)次(つぎ)なり是(これ)を捕(と)るに他国(たこく)にては鴨羅(かもあみ)といへども津(つ)の国(くに)にてはシキデンとて  横幅(よこはゞ)五六間に竪(たて)一間斗の細(ほそ)き糸(いと)の羅(あみ)を左右(さいう)竹(たけ)に付(つけ)て立(たつ)る又三間/程(ほど)  づゝ隔(へだ)てゝ三/重(ぢう)四/重(ぢう)に張(は)るなり是(これ)を霞(かすみ)共云○又一/法(はう)に池(いけ)の辺(ほとり)にては竹(たけ)に 【左丁】  黐(もち)を塗(ぬ)り横(よこ)に多(おほ)くさし置(おけ)ば鳧(かも)渚(みぎは)の芹(せり)など求食(あさる)とて竹の下(した)を潜(くゝ)る  に触(ふ)れて黐(もち)にかゝる是(これ)をハゴと云(いふ)○又/一法(いつはう)に水中(すいちう)に有(あ)る鳥(とり)をとる  には流(なが)し黐(もち)とて藁蘂(わらしべ)に黐(もち)を塗(ぬ)り川上(かわかみ)より流(なが)しかけ翅(つばさ)にまとはせ  て捕(とら)ふ○又/一法(いつはう)に高縄(たかなわ)と云(いふ)有(あり)是(これ)は池(いけ)沼(ぬま)水田(すいでん)の鳥(とり)を捕(と)るが為(ため)なり先(ま)づ  黐(もち)を寒(かん)に凍(こほ)らざるが為(ため)油(あぶら)を加(くわ)えて是(これ)を一度(いちど)煮(に)て荢(お)【苧】に塗(ぬ)り轤(わく)に  巻(まき)取(と)りさて両岸(りやうきし)に篠竹(しのたけ)の細(ほそ)きを長さ一間(いつけん)斗(ばかり)なるを間(あいだ)一間/半(はん)に  一本(いつほん)宛(づゝ)立並(たてな)らべ右の糸を纏(まと)ひ張(は)る事(こと)図(づ)のごとし一方(いつはう)に向(むか)ひたる一本  づゝの竹は尖(かと)の切(きり)かけの筈(はづ)に油(あぶら)を塗(ぬ)り糸の端(はし)をかけ置(お)き鳥(とり)のか  かるに付(つき)て筈(はづ)はづれて纏(まと)はるゝを捕(とら)ふ是を棚(たな)が落(おち)るといふ東西(とうざい)の風(かぜ)に  は南北(なんぼく)に延(ひ)き南北の風には東西にひき必(かならず)風に向(むか)ふて飛来(とびきた)るを待(まつ)なり  又/鴨(かも)群飛(ぐんひ)して糸(いと)の皆(みな)落(おち)るを惣(そう)まくりと云(いふ)猟師(りやうし)は水足袋(みづたび)とて韋(かわ)にて  作(つく)りたる沓(くつ)をはき又下(またした)になんばと云(いふ)物(もの)を副差(そへは)きて沼(ぬま)ふけ田の泥上(でいじゃう)を  行(ゆく)に便利(べんり)とす又/鳥(とり)の朝(あさ)下(おり)しと宵(よひ)に下(お)りしとは水(みづ)の濁(にご)りを以(もつ)て知(し)り又 【右丁】 高縄(たかなは)   をもつて  鳧(かも)を捕(とる) 【右丁】  足跡(あしあと)について其(その)夜(よ)来(く)る来(きたら)ざるを考(かん)がへ旦(あす)来(きた)るべき時刻(じこく)など察(さつ)するに  一(ひとつ)もあたらずといふことなし  ○雁(がん)を捕(と)るにも此(この)高縄(たかなわ)を用(もち)ゆとは云(いへ)ども雁(がん)は鴨(かも)より智(ち)さとくて元(もと)より  夜(よる)も目(め)の見(み)ゆるもの故(ゆへ)に飼の多(おゝ)きには下(お)りず土砂(どしや)乱(みだれ)たる地(ち)には下(くだ)らず或(あるひは)  番(つが)ひ鳥(とり)の其(その)辺(へん)を廻(めぐ)り一声(ひとこへ)鳴(なひ)て飛(と)ぶ時(とき)は群鳥(くんてう)随(したかつ)て去(さ)るたま〳〵高縄(たかなわ)  の辺(ほとり)に下(くだ)れば猟師(りやうし)竹(たけ)を以(もつ)て急(きう)に是(これ)を追(お)へば驚(おとろ)きて縄(なは)にかゝること十(ぢう)  に一度(いちど)なり○又/一法(いつはう)無双(むさう)がへしといふあり是(これ)摂州(せつしう)島下郡(しまもとこほり)鳥飼(とりかい)にて  鳧(かも)を捕(と)る法(はう)なり昔(むかし)はおふてんと高縄(たかなわ)を用(もち)ひたれども近年(きんねん)尾州(ひしう)の猟師(りやうし)  に習(なら)ひてかへし網(あみ)を用(もち)ゆ是(これ)便利(べんり)の術(しゆつ)なり大抵(たいてい)六間に幅(はゞ)二間/許(はかり)の網(あみ)  に二拾間斗の綱(つな)を付(つけ)て水(みつ)の干潟(ひかた)或(あるひ)は砂地(すなち)に短(みじか)き杭(くひ)を二所(ふたところ)打(うち)網(あみ)の裾(すそ)  の方(かた)を結(むす)び留(とゞ)め上の端(はし)には竹(たけ)を付け其(その)竹(たけ)をすぢかひに両方(りやうはう)へ開(ひら)き元(もと)打(うち)  たる杭(くひ)に結(むす)び付(つけ)よくかへるやうにしかけ羅(あみ)竹(たけ)縄(なは)とも砂(すな)の中(うち)によくかくし  其(その)前(まへ)をすこし掘(ほ)りて窪(くぼ)め穀(こめ)稗(ひへ)などを蒔(ま)きて鳥(とり)の群(むれ)るを待(まち)て遠(とほ)く 【左丁】  ひかへたる網(あみ)を二人がゝりにひきかへせば鳥(とり)のうへに覆(おゝ)ひて一つも洩(もら)すことなく  一挙(いつきよ)数十羽(すじつは)を獲(う)るなり是(これ)を羽を打(うち)ちがひにねぢて堤(つゝみ)などに放(はなつ)に飛(とぶ)こと  あたわず是(これ)を羽(は)がひじめといふ雁(がん)を取(と)るにも是(これ)を用(もち)ゆされども砂(すな)の埋(うづみ)やう餌(ゑ)のま  きやうありて未練(みれん)の者(もの)は取獲(とりえ)がたし  ○ 鳧(かも)は山沢(さんたく)海辺(かいへん)湖中(こちう)にありて  人家(しんか)に畜(か)はず中華(ちうくわ)緑頭(りよくとう)を上品(しやうひん)とす日本/是(これ)を真鳧(まかも)といふ故(ゆへ)に万葉集(まんようしう)  青(あを)きによせてよめり又(また)尾尖(をさき)は是に次(つぎ)て小ガモといふ古名タカヘなり黒鴨(くろかも)  ◯赤頭(あかかしら)◯ヒトリ◯ヨシフク◯島フク ■■(かいつぶり)【鸊鷉】◯シハヲシ◯秋紗(あいさ)◯トウ長◯ミコアイ◯ハシ  ヒロ◯冠鳧(あじかも)《割書:アシとも|云なり》◯尾長(をなが)此外(このほか)種類(しゆるい)多(おゝし)緑頭(あをくひ)小鳧(こがも)アヂハ味(あぢ)よし其余(そのよ)はよからず      ◯峯越鴨(おごしのかも)《割書:鴨の字はアヒロなり故に一名水鴨といふ|カモは鳧を正字とす今俗にしたかふ》  是(これ)予州(よしう)の山(やま)に捕(と)る法術(はうじゆつ)なり八九月の朝夕(あさゆう)鳧(かも)の群(む)れて峯(みね)を越(こへ)るに  茅草(ちくさ)も翅(つばさ)に摺(す)り切(き)れ高(たか)く生る事なきに人/其(その)草(くさ)の陰(かけ)に周廻(まはり)深(ふか)さ  共(とも)に三尺/斗(はかり)に穿(うが)ちたる穴(あな)に隠(かく)れ羅(あみ)を扇(あふぎ)の形(かたち)に作(つく)り其(その)要(かなめ)の所(ところ)に 【左丁】 予州(よしう)峯(お) 越(こし)鳧(かも) 【左丁】 摂州(せつしう)  霞羅(かすみあみ) 【右丁】  津国(つのくに)無(む)  雙(そう)返(かへし)   鳧羅(かもあみ) 【右丁】  長(なが)き竹(たけ)の抦(へ)を付て穴(あな)の上(うえ)ちかく飛(とひ)来(きた)るをふせ捕(とる)に是も羅(あみ)の縮(ちゞまり)  鳥(とり)に纏(まと)はるゝを捕(とらふ)尤(もつとも)手練(しゆれん)の者(もの)ならでは易(やすく)獲(へ)がたし《割書:但(たゞ)し峯(みね)は両方(りやうはう)に|田(た)のある所をよし》  《割書:とす朝夕(あさゆう)ともに闇(くら)き夜(よ)を専(もつぱ)らとす|網をなつけて坂網(さかあみ)といふ》     捕熊(くまをとる) 《割書:熊(くま)の一名/子路(しろ)|》  熊(くま)は必(かならす)大樹(たいじゆ)の洞中(ほらのうち)に住(す)みてよく眠(ねむ)る物(もの)なれば丸木(まるき)を藤(ふぢ)かづらにて格(かう)  子(し)のごとく結(ゆひ)たるを以(もつ)て洞口(とうこう)を閉塞(へいそく)【「ふさき」左ルビ】しさて木(き)の枝(えた)を切(きり)て其(その)洞中(とうちう)へ多(おゝ)く  入(い)るれば熊(くま)其(その)枝(えた)を引(ひき)入れして洞中(とうちう)を埋(うつみ)終におのれと洞口(とうこう)にあらはるを待(まち)  て美濃(みの)の国(くに)にては竹鎗(たけやり)因幡(いなば)に鎗(やり)肥後(ひご)には鉄炮(てつほう)北国(ほつこく)にてはなたきといへ  る薙刀(なきなた)のごとき物(もの)にて或(あるひ)は切(きり)或は突(つき)ころす何(いつ)れも月(つき)の輪(わ)の少(すこし)上(うえ)を急所(きうしよ)  とす又/石見国(いはみのくに)の山中(さんちう)には昔(むかし)多(おゝ)く炭焼(すみやき)し古穴(ふるあな)に住(す)めり是(これ)を捕(とる)に鎗(やり)鉄炮(てつほう)  にて頓(すみやる)にうちては膽(きも)甚(はなはだ)小(ちい)さしとて飽(あく)まて苦(くる)しめ憤怒(いから)せて打(うち)取(とる)  なり○又(また)一法(いつぽう)には落(おと)しにて捕(と)るなり是(これ)を予州(よしう)にて天井釣(てんじやうつり)と云(いふ)《割書:又ヲソ|とも云》 【左丁】  阿州(あしう)におすといふ《割書:ヲスはヲシ|にて古語(こご)也》其(その)様(さま)図(づ)にて知(し)るべし長(なが)さ二/間(けん)余(よ)の竹筏(いかだ)のごと  き下(した)に鹿(しか)の肉(にく)を火(ひ)に燻(ふす)べたるを餌(え)とす又/柏(かしは)の実(み)シヤ〳〵キ実(み)なども蒔(まく)也  上(うへ)には大石(おほいし)二十/荷(か)ばかり置(お)く《割書:又阿/州(しう)にて七十五/荷(か)|置(お)くといふなり》ものなれば落(おつ)る  時(とき)の音(おと)雷(らい)のごとし落(おち)て尚(なを)下(した)より機(おし)を動(うご)かすこと三日ばかり其(その)止(やむ)  時(とき)を見(み)て石(いし)を除(のぞ)き機(おし)をあぐれば熊(くま)は立(たち)ながら足(あし)は土中(どちう)に一尺/許(ばか)り  跡(ふみ)入(いり)て死(し)することみなしかり○又(また)一法(いつはう)に陥(おと)し穴(あな)あれども機(おし)の制(せい)に似(にた)り  中(なか)にも飛弾(ひたち)【騨・「ち」は衍ヵ】加賀(かゞ)越(こし)の国(くに)には大身鎗(おほみやり)を以(もつ)て追廻(おひまは)しても捕(と)れり逃(にぐ)る  ことの甚(はなはだ)しければ帰(かへ)せと一声(ひとこへ)をあくれば熊(くま)立(たち)かへりて人(ひと)にむかふ此時(このとき)  又(また)月(つき)の輪(わ)といふ一声(ひとこへ)に恐(おそ)るゝ体(てい)あるに忽(たちま)ちつけいりて突(つき)留(とゞ)めりこれ  猟師(りやうし)の剛勇(かうゆう)且(かつ)手練(しゆれん)早業(はやわざ)にあらざれば却(かへつ)て危(あやう)きことも多(おゝ)し  ○又/一法(いつはう)に駿州(すんしう)府中(ふちう)に捕(とる)には熊(くま)の窠穴(すあな)の左右(さゆう)に両人(りやうにん)大(おほひ)なる斧(おの)を振挙(ふりあげ)  持(もち)て待(ま)ちか【うヵ】け外(ほか)に一両人(いちりやうにん)の人(ひと)して樹(き)の枝(えだ)ながらをもつて窠穴(すあな)の中(うち)  を突(つき)探(さ)ぐれば熊(くま)其(その)樹(き)を窠中(すちう)へひきいれんと手(て)をかけて引(ひく)に横(よこ)たは 【左丁】 ■(おし)【堕ヵ】弩(にて) 捕(とる)_二熊(くまを)_一 【右丁】  捕(とる)_二洞(とう)   中(ちうの)熊(くまを)_一 【右丁】  以(もつて)_レ斧(おのを)  撃(うつ)_二熊(くまの)  手(てを)_一 【右丁】  りて任(まか)せされば尚(なを)枝(ゑだ)の爰(こゝ)かしこに手(て)をかくるをうかゞひてかの両(りやう)  方(はう)より斧(おの)にて両手(りやうて)を打落(うちをと)す熊(くま)は手(て)に力(ちから)多(おゝ)き物(もの)なれば是(これ)に勢(いきほひ)  つきて終(つひ)に獲(ゑら)るかくて膽(きも)を取(と)り皮(かわ)を出(いだ)すこと奥州(おうしう)に多(おゝ)し津軽(つかる)にては  脚(あし)の肉(にく)を食(くら)ふて貴人(きにん)の膳(ぜん)にも是(これ)を加(くわ)ふ○熊(くま)常(つね)に食(しよく)とするものは  山蟻(やまあり)笋(たけのこ)ズカニ凡(およそ)木(こ)の実(み)は甘(あま)きを好(この)めり獣肉(じうにく)も喰(くら)はぬにあらず  蝦夷(ゑそ)には人(ひと)の乳(ちゝ)にて養(やしな)ひ置(おく)とも云(い)へり  ○取膽(ゐをとる)  熊膽(くまのゐ)は加賀(かが)を上品(じやうひん)とす越後(ゑちご)越中(ゑつちう)出羽(ては)に出(いつ)る物(もの)これに亜(つ)ぐ其(その)余(よ)四国(しこく)因(いな)  幡(ば)肥後(ひご)信濃(しなの)美濃(みの)紀州(きしう)其(その)外(ほか)所(しよ)々(〳〵)よりも出(いた)す松前(まつまへ)蝦夷(ゑぞ)に出(いた)す物(もの)下(げ)  品(ひん)多(おゝ)しされども加賀(かが)必(かなら)す上/品(ひん)にもあらず松前(まつまへ)かならず下品(けひん)にもあら  ず其(その)性(しやう)其(その)時節(ぢせつ)其(その)屠者(あはくもの)の手練(しゆれん)工拙(こうせつ)にも有(あり)て一概(いちがい)には論(ろん)じがたし  加賀(かが)に上品(じやうひん)とするもの三種(さんしゆ)黒様(くろて)豆粉様(まめのこで)琥珀様(こはくで)是(これ)なり中(なか)にも  琥珀様(こはくで)尤(もつ)とも勝(まさ)れり是(これ)は夏膽(なつのゐ)冬膽(ふゆのゐ)といひ取(と)る時節(ぢせつ)によりて名(な) 【左丁】  を異(こと)にす夏(なつ)の物(もの)は皮(かは)厚(あつ)く膽汁(たんじう)少(すくな)し下品(げひん)とす八月以/後(ご)を冬膽(ふゆのい)とす  是(これ)皮(かわ)薄(うす)く膽汁(たんじう)満(み)てり上品(じやうひん)とすされども琥珀様(こはくで)は夏膽(なつのゐ)なれども冬(ふゆ)の  膽(ゐ)に勝(まさ)る黄赤色(わうしやくしよく)にて透明(すきとほ)り黒様(くろで)はさにあらず黒色(こくしよく)光(ひかり)あるは是(これ)世(よ)に多(おゝ)し  ○試真偽法(にせをこゝろみるはう)  和漢(わかん)ともに偽物(ぎふつ)多(おゝ)きものと見(み)へて本草綱目(ほんさうかうもく)にも試法(こゝろみのはう)を載(のせ)たり膽(ゐ)を  米粒(こめつふ)許(ばかり)水面(すいめん)に黙(てん)【點の誤ヵ】ずるに塵(ちり)を避(さけ)て運転(うんてん)【「きり〳〵まはり」左ルビ】し一道(ひとすぢ)に水底(すいてい)へ線(いと)のごとくに  引(ひく)物(もの)を真(しん)なりと云て按(あん)ずるに是(これ)古質(こしつ)の法(はう)にして未(いまた)つくさぬに似(に)  たり凡(すべ)て獣(けもの)の膽(きも)何(いつれ)の物(もの)たりとも水面(すいめん)に運転(めくる)こと熊膽(くまのい)に限(かきる)べからず或(あるひ)は  獣肉(しうにく)を屠(ほふ)り或(あるひ)は煮熬(しやがう)などせし家(いへ)の煤(すゝ)を是(これ)亦(また)水面(すいめん)に運転(うんてん)すること  試(こゝろ)みてしれりされども素人業(しろとわざ)に試(こゝろ)みるには此(この)方(はう)の外(ほか)なし若(もし)止(やむ)ことを不(ゑ)  得(ず)水(みづ)に黙(てん)【同前】して水底(すいてい)に線(いと)を引(ひく)を試(こゝろ)みるならば運転(めくること)飛(とふ)がことく疾(はや)く其(その)  線(いと)至(いたつ)て細(ほそ)くして尤(もつとも)疾勢(するとき)物(もの)をよしとす運転(めくること)遅(おそ)き物(もの)又(また)舒(しつか)にめぐ  りて止(とゞ)まる物(もの)は皆(みな)よろしからず又/運転(めくること)速(はや)きといへとも盡(こと〴〵)く消(きへ)ざる物(もの)も 【右丁】  佳(よ)からず不佳物(よからさるもの)はおのずから勢(いきほ)ひ砕(くだ)け線(いと)進疾(すみやか)ならず又(また)粉(こ)のごとき  物(もの)の落(おち)るも下品(けひん)とすべし又/水底(すいてい)にて黄赤色(わうしやくしよく)なるは上品(じやうひん)にて褐色(ちやいろ)な  るは極(きは)めて偽物(ぎぶつ)なり作業者(くろうとぶん)は香味(かうみ)の有無(うむ)を以(もつ)て分別(ふんへつ)すおよそ  真物(しんぶつ)にして其(その)上品(じやうひん)なる物(もの)は舌上(ぜつしやう)にありて俄(にはか)に農(こ)【濃】き苦味(くみ)をあらはす  彼(かの)苦甘(くかん)口(くち)に入(いり)て粘(むちや)つかず苦味(くみ)侵潤(しだひ)に増(まさ)り口中(こうちう)分然(ふんぜん)【「さつはり」左ルビ】として清潔(きよし)たゞ  苦味(くみ)のみある物(もの)は偽物(ぎぶつ)なり苦甘(くみ)【くかんヵ】の物(もの)を良(よし)とすまた羶臭(なまくさき)香味(かうみ)の物(もの)  は良(よか)らずといへども是(これ)は肉(にく)に養(やしな)はれし熊(くま)の性(せい)にして必(かならず)偽物(ぎぶつ)とも定(さだ)め  がたし其(その)中(うち)初(はしめ)甘(あま)く後(のち)苦(にがき)物(もの)は劣(おと)れり又 焦気(こけくさき)物は良品(りやうひん)なり是(この)試(し)  法(はう)教(おし)へて教(おしゆ)べからず必(かならず)年来(ねんらい)の練妙(れんめう)たりとも真偽(しんぎ)は弁(へん)じやすく  して美悪(ひあく)は弁(べん)じがたし  ○制偽膽法(にせをせいするほう)  黄柏(わうばく) 山梔子(さんしし) 毛黄蓮(けわうれん)の三/味(み)を極(ごく)細末(さいまつ)とし山梔子(さんしし)を少(すこ)し熬(いり)て  其(その)香(か)を除(のぞ)き三味(さんみ)合(あは)せて水(みづ)を和(くは)して煎(せん)し誥(つ)【詰の誤ヵ】むれば黒色(こくしよく)光澤(ひかり)乾(かはき)て 【左丁】  真物(しんふつ)のごとし是(これ)を裹(つゝ)むに美濃紙(みのかみ)二/枚(まい)を合(あは)せ水仙花(すいせんくわ)の根の汁(しる)をひき  て乾(かは)かせば裹(つゝみ)て物(もの)を洩(も)らすことなし包(つゝ)みて絞(しぼ)り板(いた)に挟(はさ)みて陰乾(かけぼし)とす  れは紙(かみ)の皺(しわ)又/薬汁(やくじう)の潤(うるほひ)入(し)みて実(じつ)の膽皮(たんひ)のごとし尤(もつとも)冬月(ふゆ)に製(せひ)す  れば暑中(なつ)に至(いた)りて爛潤(たゞれ)やすし故(かるがゆへ)に必(かならず)夏日(なつのひ)に製(せい)す是(これ)は備後(びんこ)辺(へん)の製(せい)  にして他国(たこく)も大抵(たいてい)かくのごとし他方(たはう)悉(こと〴〵)くは知(しり)がたし○又(また)俗説(ぞくせつ)にはこねり  柿(かき)といふ物(もの)味(あじ)苦(にが)し是(これ)を古傘(ふるかさ)の紙(かみ)につゝむもありと云(い)へり 或(あるひ)は真(しん)の膽(たん)  皮(ひ)に偽物(ぎぶつ)を納(い)れし物(もの)もまゝありて是(これ)大(おほひ)に人を惑(まど)はすの甚(はなはだ)しき也   附記  熊(くま)は黒(くろ)き物(もの)故(ゆへ)にクマといふとは云(い)へどもさだかには定(さだ)めがたし是(これ)全(まつた)く  朝鮮(てうせん)の方言(はうげん)なるべし熊川(くまかは)をコモガイといふは即(すなはち)クマカハの転(てん)したるなり  今(いま)も朝鮮(てうせん)の俗(ぞく)熊(くま)をコムといへり【印 川音】 【裏表紙】 【表紙】   □【山】海名産図会 【左丁】 日本山海名産図会(につほんさんかいめいさんづゑ)巻之三    ◯目録 ◯伊勢鰒(いせあはひ)《割書:長鮑(のし)|真珠(しんじゆ)》  ◯伊勢海蝦(いせゑび) ◯丹後鰤(たんごぶり)《割書:追網(おいあみ) 立網(たてあみ) 《割書:附》他国鰤(たこくぶり)|》 ◯平戸鮪(ひらとしひ)《割書:冬網(ふゆあみ)|》  ◯讃州鰆(さんしうさはら)《割書:流網(なかしあみ)|》 ◯若狭鯛(わかさたい)《割書:同 鰈(かれ) 《割書:并》 塩蔵風乾(しほほし) 《割書:附》 他国鯛(たこくたい)|》 ◯讃州榎股振網(さんしうゑまたふりあみ)《割書: 同 五智網(ごちあみ)|》 【右丁】 ◯能登鯖(のとさば)《割書: 同 他州釣舟(たこくつりふね)|》 ◯広島牡蠣(ひろしまかき)《割書: 同 畜養法(やしないはう) 種類(しゆるい)|》 【左丁】 漁捕品(すなとりのひん)    ◯鰒(あわび)《割書:《振り仮名:長鮑制|のし 》 《割書:附》 真珠(しんしゆ)|或云あはひは石決明を本字とす鰒はトコフシナリ》  伊勢国(いせのくに) 和具浦(わくうら) 御座浦(おましうら) 大野浦(おほのうら)の三所に鰒(あわひ)を取(と)り二見(ふたみ)の浦(うら) 北(きた)塔世(とうせ)と云(いふ)所(ところ)にて鮑(のし)を制(せい)すなり鰒(あはひ)を取(とる)には必(かならす)女海人(おんなあま)を以(もつ)て す《割書:是(これ)女(おんな)は能(よ)く久(ひさ)しく呼吸(いき)を|止(や)めてたもてるが故なり》船(ふね)にて沖(おき)ふかく出(いづ)るにかならず親属(しんぞく) を具(ぐ)して船(ふね)を盪(や)らせ縄(なは)を引(ひか)せなどす海(うみ)に入(いる)には腰(こし)に小(ちいさ)き蒲(かま) 簀(す)を附(つけ)て鰒(あわひ)三四ッを納(い)れ又(また)大(おほい)なるを得(ゑ)ては二ッ許(ばかり)にしても泛(うか)め り浅(あさ)き所(ところ)にては竿(さほ)を入るゝに附(つけ)て泛(うか)む是(これ)を友竿(ともさほ)といふ深(ふか)き所(ところ) にては腰(こし)に縄(なは)を附(つけ)て泛(うかま)んとする時(とき)是(これ)を動(うごか)し示(しめ)せば船(ふね)より引(ひき) あぐるなり若(わか)き者(もの)は五尋(いつひろ)卅以上は十尋(とひろ)十五尋を際限(かぎり)とす皆(みな) 逆(さかさま)に入(いつ)て立游(たちおよ)ぎし海底(かいてい)の岩(いわ)に着(つき)たるをおこし篦(へら)【箟は誤】をもつて不意(ふい) 【右丁】   伊(い)   勢(せ)   鰒(あわび) 【右丁】  に乗(じやう)じてはなち取(と)り蒲簀(かます)に納(おさ)むその間 息(いき)をとゞむること暫(さん)  時(じ)尤(もつとも)朝(あさ)な夕(ゆう)なに馴(なれ)たるわざなりとはいへども出(いで)て息(いき)を吹(ふ)くに其(その)声(こへ)  遠(とを)くも響(ひゞ)き聞(きこ)えて実(まこと)に悲(かな)し      附記   ○海底(かいてい)に入(いつ)て鰒(あわび)をとること日本記(にほんき)允恭天皇(いんきやうてんわう)十四年 天皇(てんわう)淡路(あはぢ)   の島(しま)に猟(かり)し給(たま)ふに獣類(しうるい)甚(はなはだ)多(おほ)しといへとも終日(しうじつ)一(ひと)ッの獣(けもの)を得(う)ることなし   是(これ)に因(よつ)て是(これ)を卜(うらな)はしめ給(たま)ふに忽(たちまち)神霊(しんれい)の告(つげ)あり曰(いわく)此(この)赤石(あかし)の海底(かいてい)に   真珠(しんじゆ)あり其(その)珠(たま)をもつて我(われ)を祠(まつ)らば悉(こと〴〵)く獣(けもの)を獲(ゑ)さすべしときゝて   更(さら)に所々の《振り仮名:白水郎|あま 》を集(あつ)めて海底(かいてい)を探(さぐ)らしむ其そこに至ること   あたわず時(とき)に《振り仮名:阿波の国|あ わ  くに》長邑(なかむら)の海人(あま)男挟礒(おさし)【男狭礒】といふ者(もの)腰(こし)に縄(なは)を附(つけ)て踊(おどり)   入(い)り差項(しはらく)【頃ヵ】ありて出(いで)て曰(いわ)く海底(かいてい)に大鰒(おほあわび)ありて其(その)所(ところ)に光(ひかり)を放(はな)つ殆(ほとん)ど   神(かみ)の請(こう)所(ところ)其(その)鰒(あわび)の腹中(ふくちう)にあるべしと人(ひと)の議定(ぎじやう)によりて再(ふたゝ)び探(かづ)き入(いり)   てかの大鰒(おほあわび)を抱(いだ)き浪上(らうしやう)に泛(うか)み頓(にはか)にして息(いき)絶(たへ)たり案(あん)のごとく真珠(しんしゆ)棑(もゝ)【桃ヵ】 【左丁】   の子(こ)の如(こと)き物(もの)を腹中(ふくちう)に得(え)たり人々 男狭礒(おさし)が死(し)を悲(あは)れみ葬(ほうむ)りて墓(はか)を   筑(きつ)き尚(なを)今(いま)も存(そん)せりとぞ此時(このとき)海(うみ)の深(ふか)さは六十 尋(ひろ)にして殊(こと)に男海人(おとこあま)   の業(わざ)なれば其(その)労(らう)おもひやられ侍(はべ)る後世(こうせい)是(これ)を摸擬(もぎ)して箱崎(はこざき)の   玉(たま)とりとて謡曲(うたひ)に著作(ちよさく)せしは此(この)故事(ごじ)なるべし   《割書:○鰒は凡 介中(かいぢう)の長(てう)なり古(いにし)へより是を美賞(びしやう)す大なる物 径(めぐ)り尺余小なるもの二三寸水中に|あれは貝の外(そと)に半出て転運(てんうん)して以て跋歩(はしる)【跋渉ヵ】》  ○五幾内(ごきない)の俗(ぞく)是(これ)をアマ貝(かい)といふは海人(あま)の取(とる)ものなればなるべしアハビ  といふは偏(かた〳〵)に着(つき)て合(あは)ざる貝(かい)なれば合(あは)ぬ実(み)といふ儀(ぎ)なるべし万葉(まんよう)  十一に〽伊勢の海士(あま)のあさなゆふなにかづくてふあはびのかひの  かたおもひにして同七に〽︎伊勢の海(うみ)のあまの島津(しまつ)に鰒玉(あわびたま)と  りて後(のち)もか恋(こひ)のしけゝん又十七に着石玉(あわび)ともかけり○雄貝(おかい)  は狭(せま)く長(なが)し雌貝(めかい)は円(まる)く短(みぢか)く肉(にく)多(おほ)し但(たゞ)し九孔(きうこう)七孔(しちこう)のもの甚(はなはだ)稀(まれ)也    ○制長鮑(のしをせいす)《割書:俗(そく)に熨斗(のし)の字(じ)をかくは誤(あやまり)なり熨斗(のし)は女工(によこう)の具(く)衣裳(いしやう)を熨(の)し|伸(の)すの器にて火(ひ)のしのことなり》  先(まつ)貝(かひ)の大小に随(したが)ひ剥(むく)べき数葉(かす)を量(はか)り横(よこ)より数(かず)〳〵に剥(むき)かけ置(おき)て 【右丁】  薄(うす)き刃(はもの)にて薄(うす)〳〵と剥口(むきくち)より廻(まは)し切(き)る事(こと)図(づ)のごとし豊後(ぶんご)豊島(てしま)薦(ござ)  に敷(し)き並(な)らべて乾(ほす)が故(ゆへ)に各(おの〳〵)筵目(むしろめ)を帯(おび)たり本末(もとすへ)あるは束(つか)ぬるか為(ため)  なりさて是(これ)をノシといふは昔(むかし)は打鰒(うちあわひ)とて打栗(うちくり)のごとく打延(うちのば)し裁(たち)  截(きり)などせし故(ゆへ)にノシといひ又(また)干(ほし)あはひとも云(い)へり  ○又(また)干鮑(ほしあわひ)《振り仮名:打あわび|うち      》ともに往昔(むかし)の食類(しよくるい)なり又 薄鮑(うすあはび)とも云へり江次(こうし)  第(たい)忌火御飯(いむひのごはん)の御菜(おんさい)四種(ししゆ)薄鮑(うすあはび)干(ひ)鯛(だい)鰯(いわし)鯵(あじ)とも見(み)へたり今(いま)寿賀(じゆが)の  席(せき)に手掛(てかけ)或(あるひ)はかざりのしなどゝして用(もち)ゆることは足利将軍(あしかゞしやうぐん)義満(よしみつ)  の下知(けぢ)として《振り仮名:今川左京太夫氏頼|いまかわさきやう    うじより》《振り仮名:小笠原兵庫助長秀|おかさはらひやうごのすけながひで》伊勢武(いせむ)  蔵守満忠(さしのかみみつたゞ)等(とう)に一天下(いつてんか)の武家(ぶけ)を十一 位(ゐ)に分(わか)ち御 一族(いちぞく)大名(たいみやう)守護(しゆご)  外様(とさま)評定(ひやうじやう)等(とう)の諸礼(しよれい)に附(つけ)て行(おこな)はせらるより起(おこ)る事(こと)《振り仮名:三義一統|  きいつとう》に見(み)  えたり往昔(むかし)は天智帝(てんちてい)の大掌会(たいしやうゑ)に干鮑(ほしあわひ)の御饌(みけ)あり延喜式(ゑんきしき)諸祭(しよさい)  の神供(しんくう)にも悉(こと〴〵)く加(くは)へらる第一 伊勢国(いせのくに)は本朝(ほんてう)の神都(しんと)にして鎮座(ちんざ)尤(もつとも)  多(おゝ)し故(ゆへ)に伊勢(いせ)に制(せい)する所謂(ゆえん)又は飾物(かざりもの)にはあらずして食類(しよくるい)たること 【左丁】  もしるべし尚(なを)鎌倉(かまくら)の代(よ)前後(せんご)までも常(つね)に用(もちい)て専(もつはら)食類(しよくるい)とせし其(その)証(しやう)は  平治物語(へいぢものかたり)頼朝(よりとも)遠流(をんる)の条(てう)に   ○左殿(すけどの)は《振り仮名:あふみの国|        くに》建部明神(たけべみやうしん)の御前(おんまへ)に通夜(つや)して行路(かうろ)の祈(いのり)をも申さ   んと留(とゞま)り給(たま)ひける夜(よ)人(ひと)しづまりて御供(おんとも)の盛安(もりやす)申けるは都(みやこ)にて御(ご)   出家(しゆつけ)の事 然(しか)るべからさるよし申候ひしは不思儀(ふしぎ)の霊夢(れいむ)を蒙(かうむ)りたり   し故(ゆへ)なり君(きみ)御浄衣(ごしやうゑ)にて八幡(はちまん)へ御参(おんまいり)候て大床(おほゆか)に座(ざ)す盛安(もりやす)御供(おんとも)にて   あまたの石畳(いしだゝみ)の上(うへ)に伺公(しかう)したりしに十二三 許(はかり)の童子(どうじ)の弓箭(きうせん)を抱(いだ)   きて大床(おほゆか)に立(たゝ)せ給(たま)ひ義朝(よしとも)が弓(ゆみ)箙(やなぐひ)召(めし)て参(まい)り候と申されしかば御宝(ごほう)   殿(てん)の内(うち)よりけたかき《振り仮名:御声|  こへ》にてふかく納(おさ)めおけ終(つい)には頼朝(よりとも)に給(たま)は   んずるぞ是(これ)頼朝(よりとも)に喰(く)はせよと仰(おゝせ)らるれば天童(てんどう)物(もの)を持(もち)て御前にお   かせ給(たま)ふに何(なに)やらんと見(み)奉(たてまつ)れば打鮑(うちあわび)といふ物(もの)なり《割書:中略|》それたべよと   仰(おゝせ)らるかぞへて御覧(こらん)ぜしかば六十六本ありかの《振り仮名:のし鮑|   あわび》を両方(りやうはう)の   手(て)におしにぎりてふとき処(ところ)を三口まいりちいさき処(ところ)を盛安(もりやす)にな 【右丁】   けさせ給(たま)ひしを懐中(くわいちう)すると存(そん)し候ひしはと云々《割書:下略|》  此(この)文義(ぶんき)味(あじは)ふべし又今 西国(さいこく)の方(かた)より《振り仮名:烏賊のし|いか  》《振り仮名:海老のし|ゑび  》或(あるひ)は生海鼠(なまこ)  のしなど出(いだ)せり至(いたつ)て薄(うす)く剥(むき)て其(その)様(さま)浄潔(きよら)にして且(かつ)興(けう)あり  ○毎年(まいねん)六月朔日志州 国崎村(くにさきむら)より両大神宮(りやうだいしんぐう)へ長鰒(なかのし)を献(けん)ず故(ゆへ)に其(その)地(ち)を  ノシサキ共(とも)云(い)へり又サヽヱサキ共(とも)云(い)へり今 栄螺(さゝゐ)にて作(つく)る事(こと)なし是(これ)延喜(ゑんき)  式(しき)に御厨鰒(みくりのし)と見(み)へたり又毎年正月 東武(とうぶ)へ《振り仮名:献上|けん  》の料は長三尺余巾一寸余  其余数品あり    ○真珠《割書:漢名 李蔵珍|》  是はアコヤ貝(かい)の珠(たま)なり即(すなはち)伊勢(いせ)にて取(と)りて伊勢真珠(いせしんじゆ)と云(いゝ)て上品(じやうひん)とし  尾州(ひしう)を下品(げひん)とす肥前(ひぜん)大村(おほむら)より出(いだ)すは上品(じやうひん)とはすれども薬肆(くすりや)の交易(かうえき)に  はあづからずアコヤ貝(かい)は一名 袖貝(そてかい)といひて形(かたち)袖(そで)に似(に)たり和歌浦(わかのうら)にて胡蝶貝(こてうかい)  と云 大(おほ)きさ一寸五分二寸ばかり灰色(はいいろ)にて微黒(びこく)を帯(おび)たるもあるなり内(うち)白(しろ)  色にして青(あを)み有 光(ひかり)ありて厚(あつ)し然(しか)れども貝毎(かいごと)にあるにあらず珠(たま)は伊 【左丁】  勢(せ)の物(もの)形(かたち)円(まる)く微(すこし)青(あを)みを帯(お)ぶ又 円(まろ)からず長(なが)うして緑色(みどりいろ)を帯(お)ぶ  るもの石決明(あはび)の珠(たま)なり薬肆(くすりや)に是(これ)を貝(かひ)の珠(たま)と云 尾張(をはり)は形(かたち)正円(まろ)か  らず色(いろ)鈍(ど)みて光耀(ひかり)なく尤(もつとも)小(せう)なり是(これ)は蛤(はまぐり)蜆(しゞみ)淡菜(いかひ)等(とう)の珠(たま)なり       形(かたち)かくのごとく【アコヤ貝の図】      附記   或云あこやといへるは所(ところ)の名(な)にして《振り仮名:尾張の国|おはり  くに》知多郡(ちたこほり)にあり又   奥州(おうしう)にも同名(どうめう)あり又 新猿楽記(しんさるがつき)には阿久夜玉(あくやたま)と見(み)ゆ万葉集(まんようしう)の   鰒玉(あわひたま)を六 帖(てう)にあこや玉(たま)と点(てん)せり又 近頃(ちかごろ)波間(なみま)かしはと云(いふ)貝(かひ)より   多(おゝ)く取得(とりゑ)るともいへり貽貝(いかい)の珠(たま)は前(まへ)に云(いふ)尾張真珠(おはりしんじゆ)なり又 西行山(さいぎやうさん)   家集(かしう)の哥(うた)に    あこやとるいかひのからを積置(つみおき)て宝(たから)の跡(あと)を見する也けり   右(みぎ)の条々(てう〳〵)を見(み)るにあこやを尾張(おはり)の所名(しよめう)とせば真(しん)の真珠(しんじゆ)は尾張(おはり)   なるべきを今(いま)伊勢(いせ)にて此(この)貝(かひ)をとりて名(な)はあこやと称(せう)するものは 【左丁】  長(の)  鮑(しを)  制(せいす) 【右丁】   昔(むかし)尾張(おはり)に多き貝(かひ)の今(いま)伊勢(いせ)にのみ有(あ)るとは見(み)へたりしかのみ   ならず六帖 鰒玉(あわびたま)西行哥(さいぎやううた)の貽貝(いかい)もともにあこやといひしはむかし   あこやにいろ〳〵の貝(かひ)より多(おゝ)くの珠(たま)をとりし故(ゆへ)に混(こん)じて総称(さうしやう)   をあこやとはいひしなるべし     ○海鰕(ゑび) 《割書:漢名 蝦魁(かくわい) 釈名 紅鰕(こうか) エビは総名(そうめう)なり種類(しゆるい)凡(およそ)卅 余種(よしゆ)其中(そのなか)に漢|名 龍鰕(りうか)といふは海鰕(うみへひ)なり》  俗称(そくしやう)伊勢海鰕(いせゑび)と云 是(これ)伊勢(いせ)より京師(けいし)へ送(おく)る故(ゆへ)に云(いふ)なり又(また)鎌倉(かまくら)より  江戸(ゑど)に送(おく)る故(ゆへ)に江戸(ゑど)にては鎌倉鰕(かまくらゑび)と云(いう)又 志摩(しま)より尾張(おはり)へ送(おく)る  故(ゆへ)に尾張(おはり)にては志摩鰕(しまゑび)と云(いふ)又 伊勢鰕(いせゑび)の中(なか)に五色(ごしき)なる物(もの)有(あり)甚(はなはだ)奇(き)  品(ひん)なり鬚(ひけ)白(しろ)く背(せ)は碧(あをく)重(かさね)のところの幅輪(ふくりん)《振り仮名:緑色|みどり 》其他(そのた)黄(き)赤(あか)黒(くろ)相雑(あひまじる)  ○漁網(あみ)は大抵(たいてい)七十尋(    ひろ)深(ふか)さ二間(  けん)斗(ばかり)但(たゞ)し礒(いそ)の広(ひろ)さ岩間(いわま)の広狭(ひろせま)に  も随(したが)ひて大小(だいせう)あり向(むかう)と左右(さゆう)と三方(  ばう)の目(め)はあらし向(むか)ふの深(ふか)さ十五尋(    ひろ) 【左丁】  許(はかり)の目(め)は細(ほそ)くして是(これ)を袋(ふくろ)といふアバ《割書:泛子(うけ)也|桶(をけ)を用》重石(いは)《割書:ヤ》《割書:陶瓶|を用ゆ》大抵(たいてい)鯛網(たいあみ)  に似(に)たり《振り仮名:日暮|  くれ》にこれを張(は)りて翌朝(よくてう)曳(ひ)くに鰕(ゑび)悉(こと〴〵)く網(あみ)の目(め)をさして  かゝる是(これ)は後(しりへ)に逃(にく)る物(もの)なれは尾(お)の方(かた)よりさせり又(また)網(あみ)の外(そと)よりもかゝる也  ○鰕(ゑび)の膓(わたは)脳(なう)に属(ぞく)して其(その)子(こ)腹(はら)の外(そと)に在(あ)り眼(まなこ)紫黒(しこく)にして前(まへ)に黄(き)  なる所(ところ)あり突出(とひいて)て疣子(いぼ)のごとし口(くち)に鬚(ひげ)四つあり二つの鬚(ひげ)は長(なが)さ一  二尺 手足(てあし)は節(ふし)ありて蘆(あし)の筍(たけのこ)のごとし殻(かは)は悉(こと〳〵)く硬(かた)き甲(よろい)のごとし  好(よく)飛(とん)で踊(おど)る是(これ)海中(かいちう)の蚤(のみ)なり蚤(のみ)亦(また)惣身(そうしん)鰕(ゑび)におなじ  ○エビの訓義(くんき)は柄鬚(えび)なり柄(え)は枝(ゑだ)なり胞(ゑ)といひ江(え)と云(いふ)も人(ひと)の枝海(えたうみ)の  枝なり蝦夷(ゑそ)をエヒシといふは是(これ)毛人島(けひとしま)なるになそらへ正月 辛盤(ほうらい)に用  ゆるは海老(ゑび)の文字(もし)を祝(しゆく)したるなるべし     ○鰤(ぶり) 【左丁】  海(ゑ)   鰕(ひ)  網(あみ) 【右丁】  丹後(たんご)与謝(よさ)の海(うみ)に捕(と)るもの《振り仮名:上品|  ひん》とす是(これ)は此(この)海門(かいもん)にイネと云(いふ)所(ところ)ありて  《振り仮名:椎の木|しい  き》甚(はなはだ)多(おゝ)し其実(そのみ)海(うみ)に入(いり)て魚(うを)の飼(ゑ)とす故(ゆへ)に美味(びみ)なりといへり○北(きた)に  《振り仮名:天の橋立|あま  はしだて》南(みなみ)に宮津(みやつ)西(にし)は喜瀬戸(きせと)是(これ)与謝(よさ)の入海(いりうみ)なり魚(うを)常(つね)に此(こゝ)に遊(あそび)  長(ちやう)ずるに及(およ)んで出(いで)んとする時(とき)を窺(うかゞ)ひ追網(おひあみ)を以(もちて)これを捕(と)る  ○追網(おひあみ)は目(め)大抵(たいてい)一尺五六寸なるを縄(なわ)にて作(つく)り入海(いりうみ)の口(くち)に張(はる)るなり尚(なを)数(す)  十 艘(そう)の船(ふね)を並(な)らべ■(ふなばた)【舟+世】を扣(たゝ)き魚(うを)を追入(おいい)れ又目八寸 許(はかり)の縄網(なはあみ)を《振り仮名:二重|  ぢう》に  おろして魚(うを)の洩(も)るゝを防(ふせ)ぎ又目三四寸 許(ばかり)の苧(お)の網(あみ)を《振り仮名:三重|  ぢう》におろ  しさて初(はじ)めの網(あみ)を左右(さゆう)より轆轤(ろくろ)にて引(ひき)あげ《振り仮名:三重|  ぢう》の苧網(おあみ)は手操(てぐり)に  ひきて袋(ふくろ)礒(いそ)近(ちか)くよれば魚(うを)踊群(おどりむ)るゝを大(おほひ)なる打鎰(うちかき)にかけて礒(いそ)の砂上へ  投(なげ)あぐるなり泛子(うけ)は皆(みな)桶(おけ)を用(もち)ひ重石(いわ)は縄(なわ)の方(かた)焼物(やきもの)苧(お)の方(かた)は鉄(てつ)にて  作(つく)り《振り仮名:土樋| ひ》のことく連綿(れんめん)す  ○先(まづ)膓(はらはた)を抜(ぬ)きて塩(しほ)を施(ほど)こし六 石(こく)許(ばかり)の大桶(おほおけ)に漬(つけ)て其上(そのうへ)に塩俵(しほたはら)をお  ほひ石(いし)を置(お)きておすなり○又 一法(いつはう)塩(しほ)を腹中(ふくちう)に満(みた)しめ土中(とちう)に 【左丁】  埋(うつ)み筵(むしろ)を伏(ふ)せて水気(すいき)を去(さ)り取出(とりいだ)して再(ふたゝ)び塩(しほ)を施(ほど)こし薦(こも)に裹(つゝ)  みても出(いだ)せり市場(いちば)は宮津(みやつ)にありて是(これ)より網場(あみば)の海上(かいしやう)に迎(むか)へて積(つみ)  帰(かへ)るなり  ○他国(たこく)の鰤網(ぶりあみ) 凡(およそ)手段(しゆだん)かはることなしいづれも沖網(おきあみ)にて竪網(たてあみ)は  細物(ほそもの)にて深(ふか)さ七尋(  ひろ)より十四五尋(      ひろ)許(ばかり)尚(なを)海(うみ)の浅深(せんしん)にも任(まか)す網(あみ)の目(め)は  冬より正月下旬(     じゆん)までを七寸 許(ばかり)とし二三月よりは五六寸を用(もち)ゆ漁(ぎよ)  船(せん)一艘(  さう)に乗人(のりて)五人也四人は網(あみ)を操(くり)あげ一人は艪(ろ)を取(と)る泛子(うけ)は桶(おけ)に  て重石(いわ)は砥石(といし)のことし網(あみ)を置(お)くには湖中(こちう)の《振り仮名:魚簄|ゑり》のことくに引(ひき)  廻(まは)し魚(うを)の後(しり)へに退(しりぞ)くを防(ふせぐ)也かくて海(うみ)近(ちか)き山(やま)に遠眼鏡(とほめかね)を構(かま)へ魚(うほ)  の集(あつま)るを伺(うかゞ)ひ集(あつま)るときは海浪(かいらう)光耀(ひかり)ありて水(みつ)一段(  だん)高(たか)く見(み)へ魚(うを)一  尾(び)踊(おど)る時(とき)はかならず千尾(せんひ)なりと察(さつ)し麾(ざい)を振(ふり)て船(ふね)に示(しめ)す是(これ)を  辻見(つしみ)又 《振り仮名:村ぎんみ|むら      》又 魚見(うをみ)とも云 海上(かいしやう)に待(まち)うけし《振り仮名:二艘|  そう》の船(ふね)ありて  其(その)麾(さい)の進退(しんたい)左右(さゆう)に随(したが)ひ二方に別れて網(あみ)をおろしつゝ漕廻(こきま)はる 【左丁】  鰤(ふり)  追(おい)  網(あみ) 【文字無し】 【右丁】  事《振り仮名:二里| り》許(ばかり)にも及(およ)べりひきあぐるには轆轤(ろくろ)手操(てくり)なと国(くに)〴〵の方術(てたて)  大同小異(たいとうせうい)にして略(ほゞ)相(あい)似(に)たり  ○或云 鰤(ふり)は連行(つらなりゆき)て東北(とうほく)の大浪(たいらう)を経(へ)て西南(せいなん)の海(うみ)を繞(めぐ)り丹後(たん  )の海(かい)  上(しやう)に至(いた)る比(ころ)に魚(うを)肥(こへ)脂(あぶら)多(お)く味(あぢ)甚(はなはた)甘美(かんひ)なり故(ゆへ)に名産(めいさん)とすと云  ○鰤(ふり)は日本の俗字(ぞくじ)なり本草綱目(ほんざうかうもく)に魚師(ぎよし)といへるは老魚(らうぎよ)又 大魚(たいきよ)の  惣称(さうしやう)なれば其(その)形(かたち)を不釈(とかず)或(あるひ)は云 海魚(かいぎよ)の事(こと)に於(おい)て中華(ちうくわ)に釈(と)く取(ところ)【所ヵ】  皆(みな)甚(はなはた)粗(そ)【「あらし」左ルビ】なり是(これ)は大国(たいこく)にして海(うみ)に遠(とほ)きが故(ゆへ)に其物(そのもの)得(え)て見(み)る事(こと)  難(かた)ければ唯(たゞ)伝聞(てんもん)の端(はし)をのみ記(しる)せしこと多(おゝ)しされども日本にて鰤(ぶり)の  字(し)を制(つくり)しは即(すなはち)魚師(ぎよし)を二合(  かう)して大(おほひ)に老(おひ)たるの義(き)に充(あて)たるに似(に)たり  又ブリといふ訓(くん)も老魚(らうきよ)の意(ゐ)を以(もつ)て年(とし)経(ふ)りたるのフリによりて  フリの魚(うを)といふを濁音(たくおん)に云(いゝ)習(なら)はせたるなるべし○小(せう)なるをワカナコ  ツバス イナダ メジロ フクラキ ハマチ 九州(きうしう)にては大魚(おほうを)とも称(せう)  するがゆへに年始(ねんし)の祝詞(しうし)に■(かな)【脋ヵ】へる物(もの)ならし 【左丁】     ◯鮪(しび) 《割書:大なるを王鮪   中なるを叔鮪《割書:俗にメク|ロト云》|小なるを《振り仮名:鮥子|めしろ》といへり東国にてはまくろと云》  筑前(ちくせん)宗像(むなかた)讃州(さんしう)平戸(ひらど)五島(ごとう)に網(あみ)する事(こと)夥(おびたゝ)し中(なか)にも平戸(ひらと)岩清(いわし)  水(みつ)の物(もの)を上品(じやうひん)とす凡八月 彼岸(ひがん)より取(とり)はじめて十月までのものを  ひれながといふ十月より冬(ふゆ)の土用(どよう)までに取(と)るを黒(くろ)といひて是(これ)大(おほひ)也  冬の土用より春の土用までに取(と)るをはたらといひて纔(わつか)一尺二三寸  許(ばかり)なる小魚にて是(これ)黒鮪(くろしび)の去年子(  こ)なり皆(みな)肉(にく)は鰹(かつを)に似(に)て色(いろ)は  甚(はなはた)赤(あか)し味(あぢ)は鰹に不逮(およばず)凡一 網(あみ)に獲(う)る物(もの)多(おほ)き時(とき)は五七万にも及(およ)べり  ○是(これ)をハツノミと云は市中(しちう)に家(いへ)として一尾( び)を買(かふ)者(もの)なけれは肉(にく)を割(きり)て  秤(はかり)にかけて大小 其(その)需(もとめ)に応(おふ)ず故(ゆへ)に他国(たこく)にも大魚(おほうお)の身切と呼(よば)はる  又(また)是(これ)をハツと名付(なつく)る事(こと)は昔(むかし)此(この)肉(にく)を賞(せう)して纔(はづか)に取(とり)そめしをまつ  馳(はせ)て募(つの)るに人(ひと)其(その)先鋒(せんほう)を争(あらそ)ひて求(もとむ)る事今 東武(とうぶ)に初鰹(はつかつを)の  遅速(ちそく)を論(ろん)ずるかごとし此(こゝ)を以(も)て初網(はつあみ)の先馳(はしり)をハツとはいひけり 【左丁】  鰤(ふり)  立(たて)  網(あみ) 【右丁】  後世(こうせい)此(この)味(あぢ)の美癖(びへき)【「ムマスキ」左ルビ】を悪(にく)んて終(つい)にふるされ賤物(せんぶつ)に陥(おちい)りて饗膳(きやうぜん)  の庖厨(はうちう)に加(くは)ふることなしされども今(いま)も賤夫(せんふ)の為(ため)には八珍(はつちん)の一ツに  擬(なすらへ)てさらに珍賞す《割書:○此魚の小なるを干(ほし)て干鰹(かつをふし)のにせもの|ともするなり》   《割書:万葉集|》    鮪つくとあまのともせるいさり火のほには出なん我下思ひを  ○礼記月令(らいきぐわつれい)に季春(きしゆん)天子(てんし)鮪(しひ)を寝廟(しんびやう)に薦(すゝ)むとあれども鮪の字(じ)に  論(ろん)ありて今(いま)のハツとは定(さだ)めがたし尚(なを)下(しも)に弁(べん)す  ○網(あみ)は目八寸 許(ばかり)にして大抵(たいてい)二十町 許(ばかり)細(ほそ)き縄(なは)にて制(せい)す底(そこ)ありて  其(その)形(かたち)箕(み)のごとし尻(しり)に袋(ふくろ)あり縄(なは)は大指(おほゆび)よりふとくして常(つね)に海(かい)  底(てい)に沈(しづ)め置(お)き網(あみ)の両端(りやうはし)に船(ふね)二艘(  そう)宛(ずゝ)付(つけ)て魚(うを)の群輻(あつまる)を待(まつ)なり若(もし)  集(あつま)る事(こと)の遅(おそ)き時は二 ̄タ月(つき)乃至(ないし)三月(  つき)とても網(あみ)を守(まも)りて徒(いたづら)に過(すご)せ  り是亦(これまた)山頂(さんてう)に魚見(うをみ)の櫓(やくら)ありて其内(そのうち)より伺候(うかゝ)ひ魚(うを)の群集(くんじう)何万(なんまん)  何千(なんぜん)の数(かす)をも見さだめ麾(ざい)を打振(うちふ)りてかまいろ〳〵と呼(よば)はる  《割書:カマイロとは|構(かま)へよとの転(てん)也》其時(そのとき)ダンベイといふ小船(こぶね)三艘(  さう)出(イダス)一艘に三人 宛(づゝ)腰簑(こしみの)襗(たすき)【襷】 【左丁】  鉢巻(はちまき)にて飛(とぶ)がごとくに漕(こき)よせ網(あみ)の底(そこ)に手を掛(かけ)て引事(ひくこと)過半(くわはん)に  及(およ)べば又(また)山頂(さんてう)より麾(さい)を振(ふ)るにつひて数多(あまた)のダンベイ打(うち)よせて  惣(さう)かゝりにひきあげ網(あみ)舟(ふね)近(ちか)くせまれば魚(うを)浮騰(ふとう)して湧(わく)がごとし  漁子(きよし)熊手(くまで)鳶口(とひくち)のごとき物(もの)にて魚(うを)の頭(かしら)に打付(うちつく)れば弥(いよ〳〵)驂(さは)ぎたておのず  から船中(せんちう)に踊(おど)り入(ゐ)れり入尽(いりつ)きぬれば網(あみ)は又(また)元(もと)のごとくに沈(しづ)め置(おき)て  船(ふね)のみ漕退(こぎしりそく)也 尻(しり)に付(つき)たる袋(ふくろ)には鰯(いわし)二艘(  そう)ばかりも満(みち)ぬれども他魚(たぎよ)  には目(め)をかくることなし是(これ)は久(ひさ)しく沈没(ちんほつ)せる網(あみ)なれば苔(こけ)むし  たるを我(わが)巣(す)のごとくになして居(お)れりとぞ尚(なを)図(づ)に照(て)らして見(み)る  べし  ○又(また)一法(いつはう)に釣(つ)りても捕(と)るなり是(これ)若州(わかさ)の術(じゆつ)にて其(その)針(はり)三寸ばかり  苧縄(おなわ)長 百間(ひやくけん)針口(はりくち)より一間(いつけん)程(ほと)は又 苧(お)にて巻(ま)く也 是(これ)を鼠尾(ねづみお)といふ飼(ゑ)は  鰹(かつを)の腸(はらはた)を用(もち)ゆ糸(いと)は桶(おけ)へたぐりて竿(さほ)に付(つく)ることなし  ○此(この)魚(うを)頭(かしら)大(おほひ)にして嘴(くちばし)尖(とが)り鼻(はな)長(なが)く口 頤(おとがひ)の下(した)にあり頬(ほ)腮(あぎと)鉄兜(てつとう)のこ 【右丁】  鮪(しび)  冬(ふゆ)  網(あみ) 【右丁】  とく頬(はう)の下(した)に青斑(あをまたら)あり死後(しご)眼(まなこ)に血(ち)を出(いだ)す脊(せ)に刺(はりのことき)鬣(たてがみ)あり鱗(うろこ)なし   蒼黒(あをくろ)にして肚(はら)白(しろ)く雲母(きらゝ)の如(こと)し尾(お)に岐(また)有(あり)硬(かたく)して上(かみ)大(おほい)に下(しも)小(せう)なり大(おほひ)  なるもの一二丈(   じやう)小(せう)なる者(もの)七八尺 肉(にく)肥(こへ)て厚(あつ)く此(この)魚(うを)頭(かしら)に力(ちから)あり頭(かしら)陸(くが)に  向(むか)ひ尾(お)海(うみ)に向(むか)ふ時(とき)は懸(かけ)てこれを採(と)り易(やす)し是(これ)尾(お)に力らなき故(ゆへ)なり  煖(あたゝか)に乗(じやう)じて浮(うか)び日を見て眩(めくるめき)来(きたり)ける時(とき)は群(ぐん)をなせり漁人(きよじん)これを捕(とり)  て脂油(あぶら)を采(と)り或(あるひ)は脯(ほしし)に作(つく)る  ○鮪の字(じ)をシビに充(あつ)ること其義(そのき)本草(ほんざう)又 字書(じしよ)の釈義(しやくぎ)に適(かな)はずされ  ども和名抄(わめうしやう)は閩書(みんしよ)によりて魚の大小の名(な)をも異(こと)にすること其故(そのゆへ)な  きにしもあらざるべし又 日本記(にほんき)武烈記(ぶれつき)真鳥大臣(まとりだいしん)の男(こ)の名(な)鮪(しび)と云(いふ)に  自注(じちう)慈寐とも訓(くん)せり元(もと)より中華(ちうくわ)に海物(かいふつ)を釈(と)く事(こと)甚(はなはだ)粗(そ)成(な)ること既(すで)に  云(いふ)がごとし故(ゆへ)に姑(しばら)く鮪(しび)に随(したがふ)て可(か)なりともいはんシビの訓義(くんき)未詳(つまびらかならす)      ○鰆(さはら) 【左丁】  讃州(さんしう)に流(なが)し網(あみ)にて捕(とらふ)五月 以後(いご)十月 以前(いぜん)に多(おほ)し大(おほい)なるもの長(ながさ)六七尺  にも及(およ)ふ漁子(きよし)魚(うほ)の集(あつま)りたるを見(み)て数十艘(す   そう)を連(つら)ねて魚(うほ)の後(しり)より  漕(こぎ)まはり追(お)ふことの甚(はなはだ)しければ魚(うほ)漸(やうやく)労(つか)れ馮虚(ひやうきよ)として酔(ゑふ)がごとし其(その)  時(とき)先(さき)に進(すゝ)みたる舟(ふね)より石(いし)を投(な)けていよ〳〵驚(おどろ)かし引(ひき)かへして逃(にげ)ん  とするの期(とき)を見(み)さだめ網(あみ)をおろして一尾( び)も洩(も[ら])すことなし是(これ)を大(おほ)  網(あみ)又しぼるとも云(いふ)なりさて網(あみ)をたくり攩網(たまあみ)にてすくひ取(と)るなり  ○鰆(さはら)の字(し)亦(また)国俗(こくぞく)の制(せい)なり尤(もつとも)字書(じしよ)に春魚とあれども纔(わづか)に二三歩(  ふ)  計(ばかり)の微魚(ひきよ)にてさらに充(あつ)べからず大和本草(やまとほんざう)馬鮫魚(さはら)に充(あて)たり曰 魚(うほ)大(だい)  なれども腹(はら)小(せう)に狭(せは)し故(ゆへ)に狭腹(さはら)と号(なつ)くサは狭少(さしう)なり閩書(みんしよ)曰 青班色【「アホマダライロ」左ルビ】  無鱗【「ウロコナシ」左ルビ】有歯【「ハアリ」左ルビ】其(その)小者(ちいさきもの)謂_二青箭【「サゴシ」左ルビ】_一云々○此子(このこ)甚(はなはた)大(おほい)なり是(これ)を乾(ほ)し  たるをカラスミといへり即(すなはち)乾(から)し子(み)と云 但(たゞ)し鰡(ほら)の子(こ)の乾子(からしみ)は是に勝(まさ)る      ○若狭鰈(わかさかれ) 【右丁】  鰆(さはら)  流(ながし)  網(あみ) 【右丁】  若(わか)  狭(さ)  鰈(かれ)  網(あみ) 【右丁】  海岸(かいかん)より卅里ばかり沖(おき)にて捕(と)るなり其(その)所(ところ)を鰈場(かれは)といひて  若狭(わかさ)越前(ゑちぜん)敦賀(つるが)三国(さんごく)の漁人(きよじん)ども手操網(てくりあみ)を用(もち)ゆ海(うみ)の深(ふか)さ大抵(たいてい)  五十 尋(ひろ)鰈(かれ)は其(その)底(そこ)に住(す)みて水上(すいしやう)に浮(うか)む事(こと)稀(まれ)なり漁人(きよじん)卅石斗  の船(ふね)に十二三人 舟(ふね)の左右(さいう)にわかれ帆(ほ)を横(よこ)にかけ其(その)力(ちから)を借(か)り  て網(あみ)を引(ひ)けりアバは水上(すいしやう)に浮(う)きイハは底(そこ)に落(おち)て網(あみ)を広(ひろ)め  るなり外(ほか)に子細(しさい)なし網中(もうちう)に混(まじ)り獲(う)る物(もの)蟹(かに)多(おゝ)くして尤(もつとも)大(おほひ)也  ○塩蔵風乾(しをぼし) 是(これ)をむし鰈(かれ)と云(いふ)は塩蒸(しほむし)なり火気(くわき)に触(ふ)れし  物(もの)にはあらず先(まつ)取得(とりゑ)し鮮物(まゝ)を一夜(いちや)塩水(しほみつ)に浸(ひた)し半熟(はんじゆく)し又(また)  砂上(しやじやう)に置(お)き藁(わら)薦(こも)を覆(おほ)ひ温湿(うんしつ)の気(き)にて蒸(む)して後(のち)二枚(  まい)づゝ  尾(お)を糸(いと)に繋(つな)ぎ少(すこ)し乾(かわ)かし一日の止宿(ししゆく)も忌(い)みて即日(そくじつ)京師(けいし)に  出(いだ)す其(その)時節(じせつ)に於(おい)ては日毎(ひごと)隔日(かくじつ)の往還(わうくわん)とはなれり淡乾(しほほし)の品(しな)  多(おゝ)しとはいへども是(これ)天下(てんか)の出類(しゆつるい)雲上(うんしやう)の珍美(ちんみ)と云(いふ)べし      ○同 小鯛(こだい) 【左丁】  是(これ)延縄(はへなは)を以(もつ)て釣(つ)るなり又せ縄(なは)とも云 縄(なは)の大(おほ)さ一据(  にきり)【握ヵ】許(ばかり)長(なか)さ一里(いちり)  許(はかり)是(これ)に一尺 許(はかり)の《振り仮名:■糸|おいと》【苧ヵ】に針(はり)を附(つ)け一尋(ひとひろ)〳〵を隔(へだ)てゝ縄(なわ)に列(つら)  ね附(つけ)て両端(りやうたん)に樽(たる)の泛子(うけ)を括(くゝ)り差頃(しはらく)ありてかの泛子(うけ)を目当(めあて)に  引(ひき)あぐるに百糸(ひやくし)百尾(ひやくび)を得(ゑ)て一も空(むな)しき物(もの)なし飼(ゑ)は鯵(あち)鯖(さは)鰕(ゑび)等(とう)  なり同(おな)しく淡乾(しほゝし)とするに其(その)味(あちはひ)亦(また)鰈(かれ)に勝(まさ)る○鱈(たら)を取(とる)にも  此(この)法(はう)を用(もち)ゆ也ところにてはまころ小鯛(こたい)と云(いふ)      ○他州鯛網(だこくのたいあみ)  畿内(きたい)以(もつて)佳品(かひん)とする物(もの)明石鯛(あかしたい)淡路鯛(あはちたい)なりされとも讃州(さんしう)榎股(ゑまた)に  捕(と)る事(こと)夥(おびたゝ)し是等(これら)皆(みな)手操網(てくりあみ)を用(もち)ゆ海中(かいちう)巌石(かんせき)多(おゝ)き所にて  はブリといふものにて追(おふ)て便所(べんしよ)に湊(あつ)むブリとは薄板(うすいた)に糸(いと)をつけ  長(なが)き縄(なわ)に多(おゝ)く列(つ)らね付(つ)け網(あみ)を置(お)くが如(ごと)くひき廻(まは)すればブリ  は水中(すいちう)に運転(うんてん)して《振り仮名:木の葉|こ ま》の散乱(さんらん)するが如(ごと)きなれば魚 是(これ)に  襲(おそ)はれ瞿々(く )として中流(ちうりう)に《振り仮名:湛浮|ただよ》ひブリの中真(ちうしん)に集(あつま)るなり此(この) 【右丁】  若狭(わかさ)  蒸鰈(むしかれを)  制(せいす) 【右丁】 《割書:| 讃州榎股》  《振り仮名:鯛𢸍|たいふり》【振ヵ】  網之(あみの)  次第(したい) 【右丁】  鯛(たい)  五(こ)  智(ち)  網(あみ) 【右丁】  縄(なは)の一方(  はう)に三艘(  ぞう)の船(ふね)を両端(りやうたん)に繋(つな)く初(はしめ)二艘(  そう)は乗人(のりて)三人にて  二人は縄(なは)を引(ひ)き一人は樫(かし)の棒(ほう)或 槌(つち)を以(もつ)て鼓(うつ)て魚(うを)の分散(ふんさん)を  防(ふせ)ぐ此(この)三艘(  そう)の一ッをかつら船(ふね)といひ二を中船(なかふね)と云(い)ひ先(さき)に  進(すゝ)むを網船(あみふね)といふ網船(あみふね)は乗人(のりて)八人にて一人は麾(さい)を打振(うちふ)り七  人は艪(ろ)を採(と)る又(また)一艘(  そう)ブリ縄(なは)の真中(まんなか)の外(ほか)に在(あり)て縄(なは)の沈(しづ)まざる  が為(ため)又 縄(なは)を付副(つけそへ)て是(これ)をひかへ乗人(のりて)三人の内一人は縄(なは)を採(と)り  一人は艪(ろ)を採(と)り一人は麾(さい)を振(ふ)りて能(よき)程(ほど)を示(しめ)せば先(さき)に進(すゝ)み  し二艘(  そう)の網船(あみふね)ブリ縄(なは)の左(ひだり)の方より麾(さい)を振(ふ)りて櫓(ろ)を押切(おしきり)り  ひかへ舟(ふね)の方へ漕(こぎ)よすればひかへ舟(ふね)はブリ縄(なは)の中(なか)をさして漕(こ)ぎ  入(い)る網舟(あみふね)は縄(なは)の左右(さいう)へ分(わか)れて向(むか)ひ合(あわ)せひかへ縄(なは)のあたりより  ブリ縄(なは)にもたせかけて網(あみ)をブリの外面(そとも)へすべらせおろし弥(いよ〳〵)  双方(さうはう)より曳(ひ)けば是(これ)を見(み)て初(はじめ)両端(りやうたん)の二艘(  そう)縄(なは)を解放(ときはな)せばひか  え舟(ふね)の中(なか)へ是(これ)を手(た)ぐりあげる跡(あと)は網(あみ)のみ漕(こぎ)よせ〳〵終(つい)に 【左丁】  網舟(あみふね)二艘(  そう)の港板(みよし)を遺(やり)【遣の誤】ちがへて打(うち)よせ引(ひき)しぼるに魚(うを)亦(また)涌(わく)が  ごとく踊(おど)りあがり網(あみ)を潜(かつ)きて頭(かしら)を出(いだ)しかしこに尾(お)を震(ふる)ひ  《振り仮名:閃〳〵|せん 〳〵 》として電光(てんかう)に異(こと)ならず漁子(あま)是(これ)を攩網(たまあみ)をもつて小取(ことり)  船(ふね)へ窼(す)【罺ヵ】ひうつす小取船(ことりふね) 乗人(のりて)三人 皆(みな)艪(ろ)を採(とり)て礒(いそ)の方(かた)へ漕(こひ)で  よするなりかくして捕(と)るをごち網(あみ)と云(いふ)   右フリ縄(なは)の長凡三百二十 尋(ひろ)大網(  あみ)は十五 尋(ひろ)深(ふか)さ中(なか)にて八 尋(ひろ)其   次(つき)四 尋(ひろ)其次(そのつぎ)三 尋(ひろ)なり上品(じやうひん)の■(お)【苧ヵ】の至(いたつ)て細(ほそ)きを以(もつ)て目(め)は指(ゆび)七ッ   さしなりアバあり泛子(うけ)なし重石(いわ)は竹の輪(わ)を作(つく)り其中(そのなか)へ石(いし)を   加(くわ)へ糸(いと)にて結(ゆ)ひ付(つけ)て鼓(つゞみ)のしらべのごとく尤(もつとも)網(あみ)を一畳(  じやう)二畳(  じやう)と   いひて何畳(なんしやう)も継合(つきあわ)せて広(ひろ)くす其(その)結(むすひ)繋(つな)ぐの早業(はやわさ)一瞬(  [し]ゆん)をも   待(ま)たず一畳(  じやう)とは幅(はゞ)四間(  けん)に下垂(おろし)十間(  けん)許(ばかり)なり    ○蛇骨(しやこつ)と号(なづく)る物(もの)同国(とうこく)白浜(しらはま)に多(おゝ)し故(ゆへ)にまゝ此(この)ごち網(あみ)に混(こん)じ    入(い)りて得(え)ること多(おゝ)し 【右丁】  ○比目魚(ひもくぎよ)と云(いふ)は鰈(かれ)の惣名(そうめう)なり本草(ほんそう)釈名(しやくめう)鞋底魚(けいていぎよ)と云はウシ  ノシタ又クツゾコと云(いう)て種類(しゆるい)なり鰈(かれ)の字(じ)これに適(かな)へり若狭(わかさ)蒸(むし)  鰈(かれ)のことは大和本草(やまとほんさう)に悉(くわ)しくいへり東国(とうこく)にてはヒラメと云  ○鯛(たい)は本草(ほんぞう)に栽(の)【載ヵ】せす是(これ)亦(また)大和本草(やまとほんさう)に悉(くは)し故(ゆへ)に略(りやく)す鯛(たい)の字(じ)此(この)  魚(うを)に充(あて)てつたへしこと久しけれとも是(これ)棘鬣魚(きよくれうぎよ)を正字(しやうし)とす神代(しんたい)  巻(まき)に赤目(あかめ)と云(いう)又(また)延喜式(ゑんきしき)に平魚(へいきよ)と書(かき)しはタヒラの意(ゐ)なり中(なか)  にも若狭鯛(わかさたい)はハナヲレ又レンコといひて身(み)小(せう)にして薄(うす)し色(いろ)淡黄(たんくわう)  にして是(これ)一種(いつしゆ)なりハナヲレの義(き)未詳(つまびらかならず)他国(たこく)の方言(はうげん)にヘイケ又  ヒウダヒといふもともに平魚(へいぎよ)の転(てん)なるべし万葉(まんよう)九 長哥(なかうた)   水(みづ)の江(ゑ)の浦島(うらしま)が子(こ)が堅魚(かつを)つり鯛(たい)つりかねて七日まて《割書:下略|》虫丸    ○鯖  丹波但馬(たんばたしま)紀州熊野(きしうくまの)より出(いだ)す其(その)ほか能登(のと)を名品(めいひん)とす釣捕(つりと)る法(はう) 【左丁】  何国(いつく)も異(こと)なることなし春(しゆん)夏(か)秋(しう)の夜(よ)の空(そら)曇(くも)り湖水立上(しほのほ)り海上(かいしゆう)  霞(かすみ)たるを鯖日和(さばひより)と称(せう)して漁船(きよせん)数百艘(すひやくそう)打並(うちなら)ぶこと一里( り)許(はかり)又(また)一里   許(はかり)を隔(へた)て並(なら)ぶこと前(まへ)のごとし船(ふね)ごとに二ツの篝(かゞり)を照(て)らし万火(はんくわ)《振り仮名:𤆞々|こつ〳〵》   として天(てん)を焦(こが)す漁子(あま)十尋(とひろ)許(ばかり)の糸(いと)を■(お)【苧ヵ】にて巻(ま)き琴(こと)の緒(お)のごと  き物(もの)に五文目(ごもんめ)位(くらい)の鉛(なまり)の重玉(おまりたま)を付(つけ)鰯(いわし)鰕(ゑび)などを飼(ゑ)とし竿(さほ)に付(つけ)る  ことなし又(また)但馬(たじま)の国(くに)にては釣針(つりはり)もなく只(たゞ)松明(たいまつ)を振立(ふりたて)其(その)影(かげ)波浪(はらう)  を穿(うがつ)がごときに魚(うほ)隨(したがつ)て踊(おど)りておのれと船中(せんちう)に入(い)れり是(これ)又(また)  一(いつ)奇術(きじゆつ)なり船(ふね)は常(つね)の漁船(ぎよせん)に少(すこ)し大(おほき)にして縁(ふち)低(ひく)し越前(ゑちぜん)尚(なを)大也  ○鯖(さば)の字(じ)和名抄(わめうせう)にアヲサバと訓(くん)ず本草(ほんざう)に青魚(せいきよ)又 鯖(さば)とあるは  カドといひてニシンのことなり其(その)子(こ)をカズノコ又カトノコと云(いう)  サハの正字(しやうじ)未詳(つまひらかならす)○サハといふ義(ぎ)は大和本草(やまとほんざう)に此(この)魚(うほ)牙(は)小(しやう)也  故(ゆへ)に狭歯(さは)と云(いふ)狭(さ)は小(しやう)也云々 東雅(とうが) ̄に云(いふ)古語(こご)に物(もの)の多(おゝ)く聚(あつま)りたる  をサバと云へば若(もし)其儀( ぎ)にもやと云々いづれか是(ぜ)なりとも知(しら)ず 【右丁】  鯖(さば)  鉤(つり)  舟(ふね) 【右丁】    ○牡蠣(かき)《割書:一名 石花|》  畿内(きない)に食(しよく)する物(もの)皆(みな)芸州(げいしゆう)広島(ひろしま)の産(さん)なり尤(もつとも)名品(めいひん)とす播州(ばんしう)紀州(きしう)泉(せん)  州(しう)等(とう)に出(いだ)すものは大(おほひ)にして自然生(しぜんせい)なり味(あち)佳(か)ならず又(また)武州(ふしう)参州(さんしう)  尾州(びしう)にも出(いだ)せり広島(ひろしま)に畜養(やしない)て大坂に售(う)る物(もの)皆(みな)三年物(    もの)なり故(ゆへに)  其(その)味(あち)過不久(くはふきう)の論(ろん)なし畜(やしな)ふ所(ところ)は草津(くさつ)示保浦(にほうら) たんな ゑは ひ  うな おふこ 等(とう)の《振り仮名:五六ヶ所|      しよ》なり積(つ)みて大坂浜々(    はま〳〵)に繋(つな)ぐ数(す)  艘(そう)の中(なか)に草津(くさつ)尓浦(にほ)より出(いづ)る者十か七八にして其(その)畜養(ちくやう)する  事(こと)至(いたつ)て多(おほ)し大坂に泊(とま)ること例歳(れいさい)十月より正月の末(すへ)に至(いたり)て帰帆(きはん)す  ○畜養(ちくやう) 畜所(やしなふところ)各(おの〳〵)城下(じやうか)より一里 或(あるひ)は三里にも沖(おき)に及(およ)べり干潮(ひしほ)  の時(とき)潟(かた)の砂上(しやじやう)に大竹(おほたけ)を以(もつ)て垣(かき)を結(ゆ)ひ列(つら)ぬること凡(およそ)一里許(   はかり)号(なづけ)てひ  びと云(いふ)高(たかさ)一丈余(  よ)長 一丁許(   ばかり)を一口(  くち)と定(さだ)め分限(ぶんげん)に任(まか)せて其(その)数(かず)幾(いく)  口(くち)も畜(やしな)へり垣(かき)の形(かたは)への字(し)の如(ごと)く作(つく)り三尺余(  よ)の隙(ひま)を所々(ところ〳〵)に明(あけ)て 【左丁】  魚(うを)其間に聚(あつまる)を捕(とる)也ひゞは潮(しほ)の来(きた)る毎(こと)に小(ちいさ)き牡蠣(かき)又 海苔(のり)の付(つき)て  残(のこ)るを二月より十月までの間(あいた)は時々(とき〳〵)是(これ)を備中鍬(ひつちうくわ)にて掻落(かきおと)し  又 五間(  けん)或(あるい)は十間(  けん)四方 許(ばかり)高(たかさ)一丈 許(ばかり)の同(おな)しく竹垣(たけかき)にて結廻(ゆひまは)した  る籞(いけす)の如(ごと)き物(もの)の内(うち)の砂中(しやちう)一尺 許(ばかり)堀(ほ)り埋(うづ)み畜(やしな)ふこと三年にし  て成熟(せいじゆく)とす海苔(のり)は広島海苔(ひろしまのり)とて賞(せう)し色(いろ)〳〵の貝(かい)もとりて  中(なか)にもあさり貝(かい)多(おゝ)し  ○ 蚌蛤(ばうがう)の類(るい)皆(みな)胎生(たいせい)【「コヲウミ」左ルビ】卵生(らんせい)【「タマゴウミ」左ルビ】なり此物(このもの)にして惟(ひとり)化生(くはせい)の自然物(しせんぶつ)なり  石(いし)に付(つき)て動(うご)くことなければ雌雄(めを)の道(みち)なし皆(みな)牡(を)なりとするが故(ゆへ)  に牡蠣(ぼれい)と云(いふ)蠣(れい)とは其(その)貝(かい)の粗大(そたい)なるを云(いう)石(いし)に付(つき)て磈礧(かさなり)つらなりて  房(す)のごときを呼(よ)んで蠣房(れいぼう)といふ初(はじ)め生(しやう)ずるときは唯一(たゞ)拳石(こふしのいし)のごとき  が四面(しめん)漸(やうや)く長(ちよう)じて一二丈(   じやう)に至(いた)る物(もの)も有(ある)なり一房毎(いちぼうごと)に内(うち)に肉(にく)一塊(いつくわい)  あり大房(たいぼう)の肉(にく)は馬蹄(ばてい)のごとし小(ちいさ)きは人(ひと)の指面(ゆび)のごとし潮(しほ)来(く)れば  諸房(しよはう)皆(みな)口(くち)を開(ひら)き小蟲(こむし)の入(い)るあれば合(あわ)せて腹(はら)に充(みつ)ると云(い)へり 【左丁】  広島(ひろしま)  牡蠣(かき)  畜養(ちくよう)  之(の)法(はう) 【右丁】  又(また)曰 礒(いそ)にありて石(いし)に付(つき)て多(おゝ)く重(かさな)り山(やま)のごとくなるを蠔山(かうさん)と云(いふ)  離(はな)れて小(せう)なるを梅花蠣(ばいくわれい)と云(いふ)広島(ひろしま)の物(もの)是(これ)なり筑前(ちくぜん)にて是(これ)をウ  チ貝(かい)といふは内海(うちうみ)の礒(いそ)に在(あ)るによりてなり又(また)オキ貝(かい)コロビ貝(かい)と云(いふ)  石(いし)に付(つ)かず離(はな)れて大(おほい)なるを云(い)へり○又ナミマカシハと云(いふ)あり海(かい)  浜(ひん)に多(おほ)し形(かたち)円(ゑん)にして薄(うす)く小(せう)なり外(そと)は赤(あか)ふして小刺(はり)あり尤(もつとも)美(び)  なり好事(こうず)の者(もの)は多(おゝ)く貯(たくは)へて玩覧(くわんらん)に備(そな)ふ是(これ)韓保昇(かんほうしやう)が説(と)く所(ところ)  《振り仮名:■蠣|ふれい》是(これ)なり歌書(かしよ)にスマカシハといふは蠣売(かきがら)【壳ヵ】の事(こと)なり又(また)仙人(せんにん)と  云(いふ)あり其(その)殻(から)に付(つ)く刺(はり)幅(はゞ)広(ひろ)きを云(いふ)又(また)刺(はり)の長(なが)く一寸 許(ばかり)に多(おゝ)く  附(つ)く物(もの)を海菊(うみきく)と云(いふ)又むら雲(くも)のごとく刺(はり)なきものもありその  色(いろ)数種(すしゆ)あり《割書:右 本草(ほんざう)《割書:并》諸房(しよはう)の説(せつ)を採(とる)る|》  ○カキといふ訓(くん)はカケの転(てん)じたるなるべし古歌(こか)に  みよしのゝ岩(いわ)のかけ道(みち)ふみならし とよめるはいま  俗(ぞく)に岳(がけ)と云(いふ)に同して云(いゝ)初(そめ)しにや物(もの)の闕(かけ)たると云(いふ)も 【左丁】  其(その)意(い)にてともに方円(はうゑん)の全(まつた)からざる義(ぎ)なり  ○此(この)殻(から)をやきて灰(はい)となし壁(かべ)を塗(ぬ)ること本草(ほんざう)に見(み)へたり  ○大和本草(やまとほんざう)に高山(かうさん)の大石(たいせき)に蠣殻(かきから)の付(つき)たるを論(ろん)して挙(あげ)たりこれ  又 本草(ほんさう)に云(いふ)所(ところ)にして午山(こさん)【注】老人(らうじん)の討論(とうろん)ありいずれを是(ぜ)なりと  も知(し)らざれば此(こゝ)に略(りやく)すされども天地(てんち)一元(  げん)の寿数(しゆすう)改変(かいへん)の時(とき)に付(つき)  たる殻(から)なりと云(いふ)もあまり迂遠(うゑん)なる説(せつ)也 日本山海名産図会巻之三 終 【◼は「虫+膚」ヵ】 【「香月牛山」ヵ】 【文字無し】 【裏表紙】 【表紙】 【題簽 剥落】 【左丁】 日本山海名産図会(につほんさんかいめいさんつゑ)巻之四    ○目録  ○土佐堅魚(とさかつを)《割書:熊野|》    ○讃州海鼠(さんしうなまこ)《割書:贅海鼠(いりこ)|海鼠腸(このわた)》  ○越前海膽(ゑちぜんうに)      ○西宮白魚(にしのみやしろうを)《割書:桑名(くわな)《割書:附|》 麺條魚(どろめ)|氷魚(ひを)》  ○桑名焼蛤(くわなやきはまぐり)《割書:時雨蛤(しくれはまぐり)|》  ○加茂川鮴(かもかはごり)《割書:加賀浅野川(かがあさのかは)|》  ○豫州大洲石伏(よしうおほずいしふし)    ○神道川鱒(しんたうかはのます)  ○諏訪湖八目鰻(すはのうみやつめうなき)《割書:赤魚(あかうを)|》  ○明石章魚(あかしたこ)《割書:長浜(なかはま)|》 【右丁】  ○滑川大梢魚(なめりかはおほたこ)   ○高砂望潮魚(たかさごいひたこ)  ○河鹿(かしか)《割書:八脊(やせ) 鼓瀧(つゞみのたき) 井堤(いで) 《割書:附|》  魚(うを)の品類(ひんるい)|》 【左丁】   ○堅魚(かつを)  土佐(とさ)阿波(あは)紀州(きしう)伊予(いよ)駿河(するか)伊豆(いづ)相模(さかみ)安房(あわ)上総(かづさ)陸奥(むつ)薩摩(さつま)此外(このほか)諸(しよ)  州(しう)に採(と)るなり四五月のころは陽(やう)に向(むか)ひて東南(とうなん)の海(うみ)に群集(くんじゆ)して  浮泳(ふゑい)す故(ゆへ)に相模(さかみ)土佐(とさ)紀州(きしう)にあり殊(こと)に鎌倉(かまくら)熊野(くまの)に多(おゝ)く就中(なかんづく)土(と)  佐(さ)薩州(さつま)を名産(めいさん)として味(あち)厚(あつ)く肉(にく)肥(こへ)乾魚(かつを)の上品(しやうひん)とす生食(なまにしよく)しては  美癖【「むますきる」左ルビ】なり阿波(あは)伊勢(いせ)これに亜(つ)く駿河(するか)伊豆(いづ)相模(さがみ)武蔵(むさし)は味(あち)浅(あさく)肉(にく)脆(かろ)く  生食(せいしよく)には上(じやう)とし乾魚(かつを)にして味(あぢ)薄(うす)し安房(あは)上総(かつさ)奥州(おうしう)は是(これ)に亜(つぐ)  ○魚品(きよひん)は 縷鰹(すぢかつを) 横輪鰹(よこわかつを) 餅鰹(もちかつを) 宇津和鰹(うつわかつを) 《振り仮名:ヒラ鰹|   かつを》  等(とう)にて中(なか)にも縷鰹(すぢかつを)を真物(しんぶつ)として次(つぎ)に横輪(よこわ)なり此(この)二種(  しゆ)を以(もつ)て  乾魚(ふし)に製す東国(とうこく)にて小なるをメジカといふ  ○漁捕(きよほ)は 網(あみ)は稀(まれ)にして釣(つり)多(おゝ)し尤(もつとも)其(その)時節(じせつ)を撰(ゑら)はずしてつ  ねに沖(おき)に出(いつ)れども三月の初(はじめ)より中旬(ちうじゆん)まてを初鰹(はつかつを)として専(もつはら)生(せい) 【左丁】  土州(としう)   鰹(かつを)    釣(つり) 【右丁】  食(しよく)す五月までを春節(はるふし)として上品(じやうひん)の乾魚(かつを)とす八月までを秋(あき)  節(ふし)という飼(ゑ)は鰯(いわし)の生餌(なまえ)を用(もち)ゆる故(ゆへ)に先(まつ)鰯網(いわしあみ)を引(ひ)く事(こと)も常(つね)也  鰯(いわし)二坪許(ふたつぼばかり)の餌籠(ゑご)に入(い)れて汐潮水(しほみづ)に浸(ひた)し是(これ)を又(また)三石許(さんこくばかり)の桶(おけ)  に潮水(しほみつ)をたゝへて移(うつ)し入れ十四五石許(       ばかり)の釣舟(つりふね)に乗(の)せて一人  長柄(ながえ)の杓(しやく)を以(もつ)て其汐(そのしほ)を汲出(くみいた)せは一人は傍(かたはら)より又(また)汐(しほ)を汲入(くみいれ)て   いれかへ〳〵て魚(うを)の生(せい)を保(たも)たしむ釣人(つりて)は一艘(  さう)に十二人 釣(つり)さほ  長 一間半(  けんはん)糸の長(なが)さ一間許(いつけんばかり)ともに常(つね)の物(もの)よりは太(ふと)し針(はり)の尖(とがり)にか  ゑりなし舟(ふね)に竹簀(たけす)筵(むしろ)等(とう)の波除(なみよけ)ありさて釣(つり)をはじむるに先(まつ)生(いき)  たる鰯(いわし)を多(おゝ)く水上(すいしやう)に放(はな)てば鰹(かつを)これに附(つき)て踊(おど)り集(あつま)る其中(そのなか)へ  針(はり)に鰯(いわし)を尾(お)よりさし群集(くんじゆ)の中(なか)へ投(なく)れば乍(たちまち)喰附(くひつき)て暫(しばら)くも猶(ゆう)  予(よ)のひまなくひきあげ〳〵一顧(いつこ)に数十尾(すしつび)を獲(う)ること堂(たう)に数(かす)  矢(や)を発(はな)つがごとし○又(また)一法(いつはう)に水(みつ)浅(あさ)きところに自然(しせん)魚(うを)の集(あつまる)を  みれは鯨(くじら)の牙(きば)或(あるひ)は犢牛(めうし)の角(つの)の空中(うつほのなか)へ針(はり)を通(とを)し餌(ゑ)なくしても 【左丁】  釣(つる)なり是(これ)をかけると云(いふ)《割書:牛角(きうかく)を用ることは水に入ておのづから|光(ひか)りありていわしの群(むれ)にもまかへり》○又 魚(うを)を  集(あつめ)んと欲(ほつ)する時(とき)はおなじく牛角(きうかく)に鶏(にはとり)の羽(は)を加(くわ)へ水上(すいしやう)に振(ふ)り  動(うご)かせば光耀(くわうよう)尚(なを)鰯(いわし)の大群(  ぐん)に似(に)たり此余(このよ)天秤釣(てんひんつり)などの法(はう)なと  あれども皆(みな)是(これ)里人(さとひと)の手(て)すさひにして漁人(あま)の所業(しわさ)にはあらす  ○又(また)釣(つり)に乗(じやう)ずる時(とき)若(もし)遠(とほ)く餌(ゑ)を遂(おほ)ふて鰹(かつを)の群(むれ)来(く)る時(とき)にあへは  自(おのつから)船中(せんちう)に飛入(とびい)りて其勢(そのいきおひ)なか〳〵人力(しんりき)の防(ふせ)ぐ所(ところ)にあらず  至(いつたつ)て多(おゝ)き時(とき)は殆(ほとんど)舟(ふね)を圧沈(しつま)す故(ゆへ)に遥(はるか)に是(これ)を窺(うかゞ)ひて急(いそ)き  船(ふね)を漕(こ)き退(の)けて其(その)過(すぐ)るを待(まつ)なり  ○行厨蒸乾制鯫鮑(りやうりしてむしほしかつをにつくる) 釣舟(つりふね)を渚(なぎさ)によせて魚(うを)を砂上(すなのうへ)に拗(ほ)り【注】  上(あく)れば水郷(すいきやう)の男女老少(なんによらうせう)を分(わか)たず皆(みな)桶(おけ)又 板(いた)一枚(  まい)庖丁(ほうてう)を持(もち)て  呼(よば)ひ集(あつま)り桶(おけ)の上(うへ)に板(いた)を渡(わた)して俎(まないた)とし先(まつ)魚(うを)の頭(かしら)を切(きり)腹(はら)を抜(ぬ)き  骨(ほね)を除(のぞ)き二枚(  まい)におろしたるを又二ッに切(き)りて一尾( び)を四片(  へん)とな  すなり骨(ほね)腸(はらはた)は桶(おけ)の中(うち)へ落(おと)し入(い)れて是(これ)を雇人(やとひど)各々(めい〳〵)の得(ゑ)ものと 【注 「拗」は「抛」ヵ】 【右丁  海人(かいしん)釣(つり)  舟(ふねを)迎(むかへ)て  鰹魚(かつを)を 【左丁】   汀(みきは)に    屠(ほふ)る  鰹(かつ)  魚(を)  釣(つりはりの)  図(づ)  此外(このほか)釣針(つりはり)多(おゝ)くあれども  たいていかくのごとし雄牛(おうし)  の角(つの)を用(もち)ゆ  角(つの)の中(うち)へ鶏(にはとり)の首毛(くびげ)を  込(こ)め針(はり)を付(つけ)用(もち)ゆ外(ほか)に  てんひん針(はり)も有(あ)り 【左丁】  行厨(かうちう)に  鰹魚(かつを)を  屠(ほふ)る 【右丁】  して別(へつ)に賃(ちん)を請(うけ)ず其 腸(わた)を塩(しほ)に漬(つけ)酒盗(しゆとう)として売(う)るを徳用(とくよう)と  するなり○又(また)所(ところ)によりて行厨(りやうりば)を一里 許(ばかり)他所(たしよ)に構(かま)へ大俎板(おほまないた)を置(おき)  て両人(りやうにん)向(むか)ひあわせ頭(かしら)を切(き)り尾(お)を携(たつさ)へて下(さ)げ切(きり)とす手練(しゆれん)甚(はなは)だ  早(はや)く熊野(くまの)辺(へん)皆(みな)然(しか)り  ○かくて形様(かたち)と能程(よきほど)に造(つく)り籠(かご)にならべ幾重(いくゑ)もかさねて大釜(おほかま)  の沸湯(にへゆ)に蒸(む)して下(した)の籠(かご)より次第(しだい)に取出(とりいだ)し水(みつ)に冷(ひや)し又(また)小骨(こほね)  を去(さ)りよく洗浄(あら)ひ又(また)長五尺 許(ばかり)の底(そこ)は竹簀(たけす)の蒸籠(むしかご)にならべ  大抵(たいてい)三十日 許(ばかり)乾(ほ)し暴(さら)し鮫(さめ)をもつて又(また)削作(けつりつく)り縄(なわ)にて磨(みが)くを  成就(しやうしゆ)とす背節(せふし)を上とし腹節(はらふし)を次(つぎ)とす背(せ)は上へ反(そ)り腹(はら)は直(すく)し  贋(にせ)ものは鮪(しび)を用(もち)ひて甚(はなはだ)腥(なまくさ)し《割書:乾(かわ)かすにあめふれば藁火(わらひ)をもつて|篭(かご)の下より水気(すいき)を去(さ)るなり冷(ひや)すに》  《割書:水(みつ)を撰(ゑら)めり故(ゆへ)に土佐(とさ)には清水(しみづ)といふ|所(ところ)の名水(めいすい)を用(もちゆ)る故(ゆへ)に名産(めいさん)の第一とす》   ○或(あるひは)云(いう)腹節(はらふし)の味(あぢ)劣(おと)るにはあらざれども武家(ぶけ)の音物(ゐんもつ)とするに腹節(はらぶし)    の名(な)をいみて用(もち)ひられざるゆへなり 【左丁】  ○鰹(かつを)の字(し)日本(にほん)の俗字(そくじ)なり是(これ)は延喜式(えんきしき)和名抄(わめうせう)等(とう)に堅魚(かつを)と  あるを二合(にがう)して制(つく)りたるなり又カツヲの訓義(くんぎ)は東雅(たうが)に䰴魚(こつぎよ)  と云 字音(じおん)の転(てん)なりとはいへども是(これ)信(しん)じがたし或云カツヲは堅(かた)き  魚(うを)の転(てん)にして即(すなはち)乾魚(かつを)の事(こと)なるをそれに通(つう)じて生物(せいぶつ)の名(な)に  も呼(よ)びならひたるなり ○又(また)東医宝鑑(とういほうかん)に松魚(せうぎよ)を此魚(このうを)に充(あて)  たり此書(このしよ)は朝鮮(ちやうせん)の医宦(いくわん)許俊(きよしゆん)の撰(せん)なるに近来(きんらい)又(また)朝鮮(ちやうせん)の聘(へい)  使(し)に尋(たつね)れば松魚(せうぎよ)は此(こゝ)に云(いう)鮭(さけ)のことといへり尤(もつとも)肉(にく)赤(あかく)して松(まつ)の節(ふし)のことし  又(また)後(のち)に来(きた)る聘使(へいし)に尋(たつぬ)るに古固魚(こゝきよ)の文字(もじ)を此(こゝ)の堅魚(かつを)に充(あて)たり  されど是(これ)も近俗(きんぞく)の呼所(よふところ)とは見(み)へたり前(まえ)に云(いう)䰴魚(こつぎよ)は此(こゝ)に云(いう)マナ  カツヲにして一名 鯧(しやう)又 魚游(きよいう)と云と云く是(これ)舜水(しゆんすい)のいへるにおなし  くしてマナカツヲを魴(はう)とかくは誤(あやま)りなるべし云云  ○乾魚(かつを)は本邦(ほんはう)日用(にちよう)の物(もの)にして五味(ごみ)の偏(へん)を調和(てうくわ)し物(もの)を塩梅(あんばい)する  の主(しゆ)なり元(もと)よりカツヲの名(な)もふるし万葉集《割書:長哥|》水の江の浦 【左丁】  蒸(む)して  乾魚(かつを)に  制(せい)す 【左丁】  乾魚(かつを)を  磨(みがき)て  納(おさ)む   ○/陶器(やきもの) /諸刕(しよしう)/數品(すひん)/有中(あるなか)にも/肥前國(ひぜんのくに)/伊萬里(いまり)/焼(やき)と/云(いふ)を/本朝(ほんてう)/第一(たいいち)とす/此窯山(このかまやま)/凡(およそ) 十八ケ/所(しよ)を/上塲(じやうば)とす  ○/大河内山(おゝかはちやま) ○/三河内山(みかわちやま) ○/和泉山(いづみやま) ○/上幸平(かんかうひら) ○/本幸平(ほんかうひら)  ○/大樽(おゝたる)   ○/中樽(なかたる)    ○/白川(しらかわ)  ○/稈古塲(ひへこば)   ○/赤繪町(あかゑまち)  ○/中野原(なかのはら)  ○/岩屋(いわや)   ○/長原(ながはら)  ○/南河原(みなみかはら)《割書:上下|二所》  ○/外尾(ほかを)    ○/黒牟田(くろむた)  ○/廣瀬(ひろせ)  ○/一(いち)の/瀬(せ) ○/應法山(わうはうやま) /等(とう)にて/此内(このうち)/大河内(おゝかわち)は/鍋島(なへしま)の/御用山(こようやま)/三河内(みかわち)は/平戸(ひらど)の/御用山(こようやま)にし て/他(た)に/貨賣(くわばい)する/事(こと)を/禁(きん)ず/伊萬里(いまり)は/商人(あきひと)の/幅湊(ふくそう)せる/津(つ)にて/焼(やき) /造(つく)るの/塲(ば)にはあらず/凡(およそ)/松浦(まつら)/郡(こほり)/有田(ありだ)のうちにして/其内(そのうち)/中尾(なかを)三ッの/股(また) /稈古塲(ひへこば)は/同國(どうこく)の/領(りやう)ちがひ又/廣瀬(ひろせ)などは/靑磁物(せいじもの)/多(おゝ)くして/上品(じやうひん)なし /都合(つがう)二十四五/所(しよ)にはなれとも十八ヶ所は泉山の/脇(わき)にありて/是土(これつち)の/出(いづ)る山也