雪月花美都の詠 中 【右丁】 「なにだかこれぢやア きまりがわりいから ちよつとおびをといて あをむけになんねへ 【左丁】 「是から松むらへ いくのだから そうゆる〳〵しちやア いられないよ どうでおまへも いつしよにおいでな 「それぢやア かへりにねれた所を くわせるだらう 【左丁下】 「とんだ お/食(しよく) ごのみだ 【右丁上】 「いゝとこへおいでだマア一寸ごらん まくらざうしといふものはこんな むりなしやうばつかりかいてある もんだねへアレサマア こゝを ごらん 【右丁下】 マアばから しい こんな なりをして するものが あらうか 「なにある どころか 第一まくら ざうしを しんになつて 見る ものは みんな かういふ あんばいに 【左丁下】 やつて 見るのさ 「ヲヤいや だねへ すか ねへ〔上へ〕 【左丁上】 〔下より〕ナニ すかねへ事も あるめへ上の口と 下のくちとは大ちがひだ こんなにぬら〳〵だしていながら 【右丁】 「アゝモウ おかみさん わたくしは いきそうに なりました モウやつても よう ござい ますか 【左丁】 マア もうちつと がまんしていな おいらも やるからよ アゝソレ〳〵 もういきそうに なつたよフン〳〵〳〵 ソレいく〳〵 ヲゝいゝ エゝくわ いゝのう ことしは てめへに おめしちりめんの こそでをこせへてやろう 「かう して /上(うは)水 をださ せて入る    と 又かく べつだ 「アゝゝゝフウ〳〵 サア〳〵 はやく よ〳〵 ハア 〳〵〳〵 〳〵 【右丁】 「アゝモウどうも〳〵フン〳〵〳〵〳〵 ヲゝいゝ〳〵〳〵アゝ又いきますよ ソレいく〳〵〳〵〳〵ハアゝゝゝハゝゝ 「アゝおれももう〳〵とうも かうもこてへられなくよく なつてからだぢうのよさが いちどきにいんすいに なつてそれでるぞ〳〵           〔月ノ五〕 【左丁】 アゝいゝ〳〵〳〵フン〳〵〳〵 ハア〳〵〳〵〳〵 【右丁】 なんだか もつたいないようだ 「かたつき見は せぬものだといふ から又 十三夜にも こずアなるめへ      〔月ノ六〕 【左丁】     /武蔵野(むさしの)の/月(つき)の詠(ながめ) /行末(ゆくすへ)は/空(そら)もひとつにむさし/野(の)の/草(くさ)の/原(はら)より/出(いづ)る/月(つき)かげをうち すさびしい/限(かぎ)りなく/遠(とほ)きむかしの/事(こと)にして/今(いま)は/甍(いらか)の/建(たち)つゞき/月(つき) は/軒(のき)より/軒(のき)に/入(い)る/繁花(はんか)の/土地(とち)の/有難(ありがた)さにはあくまで/栄耀珍味(ゑようちんみ)に ふけりながら事/足(たら)ざりし/昔(むかし)をしたひいざ事/問(と)はん/夕(ゆう)まぐれ/隅田(すだ)のわた りに/業平気(なりひらぎ)の/自惚(うぬぼれ)をおこし/都(みやこ)どりより/能(よ)き鳥もがなとあちこち とうろつきても/秋(あき)の/夕(ゆう)べのならひこれはといふほどなさへた/事(こと)もなきなる にも/只此頃(ただこのごろ)の/月(つき)のみさへたるを/見(み)て/例(れい)のむかしをしのび/今(いま)は/府中(ふちう) 【右丁】 のほとりうだ野のあなたに こそ/武(む)さし/野(の)のなごり ありと/聞(きけ)は同じ くはかしこにて /此月(このつき)を/見(み) まほしと/秋(あき) の/最中(もなか)を /待(まち)うけさい 【左丁】 はい/武(む)さしのゝ あたりに わづかに /知音(ちいん)の /者(もの)あり ければ/此方(このかた) に/宿(やど)りを もとめて 【右丁】 /夜(よ)もすがら/月(つき)を/詠(なが)めんと/友(とも)だち/一両輩(いちりやうはい)うちかたらひしが/皆々急(みな〳〵きう)にさりがたき/用(よう) /出来残念(いできざんねん)ながら/参(まい)りがたきよしの/断(ことはり)さればとて/思(おも)ひ/立(たち)し/事止(ことやみ)なんも/口(くち)おしとて ひとり/支度(したく)とゝのへ/立出(たちいで)けるが/漸(やうやく)にて/武(む)さしのに/付彼(つきかの)しるべの/方(かた)に/至(いた)りけるに 「イヤ/是(これ)ははやお/江戸(えど)の/旦那何(だんななに)として/爰(こゝ)な/辺鄙(へんぴ)へはござられしぞ/何(なに)はともあれ よくこその/御出今夜(おいでこよひ)は/大(おほ)かた/此辺(このあたり)へおとまりならんが/外々(ほか〳〵)へ/行(ゆか)んよりむさくとも /此方(こち)へお/泊夜(とまりよ)とゝもお/咄(はな)し申さんト/田舎(いなか)とて/取繕(つりつくろ)いぬたのもしき/挨拶(あいさつ)「/御心切忝(ごしんせつかたしけ) なし/有様(ありやう)は/此方(こなた)を/頼今夜此所(たのみこよひこゝ)の/月(つき)を/見(み)んとわざ〳〵/参(まい)りしなりトいふに「 /月(つき)はどこで/見(み)ても/同(おな)じ月ぢやにさて〳〵/物好(ものずき)な/事(こと)しかしお/月(つき)どのへそなへる/芋(いも) 【左丁】 /団子(だんご)、いもは/畠(はたけ)から/今堀立栗柿(いまほりたてくりかき)は/背戸(せど)の/口(くち)になつているをもぎつたばかり、ほた 〳〵ト/甘露(かんろ)の/垂(たる)のは/是(これ)ばつかりはお/江戸(ゑど)にない/馳走(ちそう)でござる/又団子(まただんご)は/嚊(かゝ)が/自(じ) /慢(まん)の/突抜(つきぬき)、イヤわしがいふ/事(こと)ばかり、コレかゝよ/此(この)お/人(ひと)はおらがお/江戸(ゑど)へ/行度(ゆくたび)に いつでもゑらくお/世話(せわ)になる/旦那(だんな)ぢやおちかづきになつてお/礼(れい)申てくれト /引合(ひきあい)せる/嚊(かゝ)を/見(み)れば/髪(かみ)はぐる〳〵/巻(まき)にしてぼう〳〵/取(とり)かぶり/衣類(いるい)は/手(て) /機嶋(おりじま)の/洗(あら)ひざらし/肩(かた)と/膝(ひざ)に/継(つぎ)のあたつた/袷(あわせ)のやうな/単物(ひとへもの)まだおひくちぬ /身のさすがに/身(み)に/垢(あか)つけぬ/身(み)だしなみはかんしん/手足(てあし)はあら/仕事(しごと)にあら びたれど/目鼻立(めはなだち)しやんとして/中(なか)〳〵/見所(みどころ)ある/代呂物色(しろものいろ)は/浅黒(あさぐろ)けれども 【右丁】 /中肉中(ちうにくちう)ぜいの/美味(うま)そうなとりなり、よく〳〵/見(み)ればまだ廿八九のこのもき/年(とし)ばい /惜(おし)いものを/在郷嚊(ざいごうかゝ)にしてつゞれをまとはし/麦搗臼挽(むぎつきうすひき)のくたびれ/業(わざ)いかに/田(い) /舎者(なかもの)とて/此(この)五十あまりのよぼくれ/男(をとこ)をまもり/居(ゐ)る/律義(りちぎ)さがふびんなと /心(こころ)にしきりに/哀(あはれ)を催(もよほ)すも/大(おゝき)に/御世話(おせわ)な/事(こと)なるべし、/此方(こつち)で/思(おも)ふ/心(こゝろ)は/知(し)ら す/亭主(ていしゆ)も/嚊(かゝ)も/心切(しんせつ)に/芋団子(いもだんご)のもてなし/彼是(かれこれ)する/内日(うちひ)も/暮(くれ)て/内(うち)に /居(ゐ)ながら/見晴(みは)らす/野原(のはら)、/実(げ)に/武蔵野(むさしの)のはてなきに/月(つき)はなやかにさし のぼりたる/景色(けしき)はいふにいはれず/我(われ)をわすれて/詠入(ながめいり)また/鄙(ひな)びたる此/(この)やどり なと/思(おも)ひあわせて/心(こゝろ)に/風流(ふうりう)を/催(もよほ)し/懐中硯取出(くわいちうすゞりとりいだ)し/歌詠文(うたよみぶん)をつくりて〔月ノ三〕 【左丁】 /楽(たの)しみ/歌(うた)など/詠上(よみあげ)てきかすれど/誠(まこと)に/馬(うま)の/耳(みゝ)に/風一向受(かぜいつかううけ)ざれば/暫時世事(しばしせじ) /咄(はな)しに/時(とき)うつる/頃一人(ころひとり)の/男門口(をとこかどぐち)から/大(おゝ)きな/声(こゑ)で「/庄屋様(しやうやさま)で/例(れい)の/月見(つきみ)の/酒盛(さかもり) がもうはじまるほどに/爰(こゝ)な/亭主(ごてい)にはや/来(き)なされとの/呼使(よびづか)ひ「アゝ/今(こ) /夜(よひ)は/珍客(ちんきやく)があれど/例年(れいねん)の/事(こつ)ちやゆかざなるまい、/今聞(いまきか)しやる/通(とほり)ぢや からわしはいぎますこな/様(さま)にはゆるりット/今夜(こよひ)は/爰(こゝ)でやすましやれどうで おれは/夜明(よあかし)じやあろうから、/嚊(かゝ)お/客(きやく)さまにもつとなんぞ/御馳走(ごちそう)せいトさし むかひにして/何(なに)の/気遣(きづか)ひげもなく/出(で)て/行(ゆく)とはなんぼ/田舎(いなか)の/律義(りちぎ)まつ ぽうおのれが/心(こゝろ)にひきべつするともあんまりなぶ/用心(ようじん)しかし、/此方(こつち)は/得手(ゑて)に/帆(ほ) 【右丁上】 とたちまち/心(こゝろ) にむほんさざし どうがなして/手(て)に /入(い)れんとさま〴〵 にしかけて/見(み) ても/人(ひと)なる /田舎育(いなかそだち) いゝとしを         【左丁上】 していながら やゝもすれば /顏(かほ)をあかめ /物(もの)はぢをして /尻込(しりごみ)がち、/先(さき)に /一向手(いつこうて)がなければ /此方(こつち)にも/手(て)の /付(つけ)やうなく〔印へ〕 【右丁下】 〔印より〕/取附(とりつく) /嶋(しま)もなきもの から/詮方尽(せんかたつき)て  〔月ノ四〕 【左丁下】 /身(み)を/横(よこ)にし/月(つき)を/詠(ながめ)て いたりしが「いつまで /草(ぐさ)のいつまでもト/小(こ) /声(こゑ)でうなる/五大力(ごだいりき) もとより/美音(びおん)の/事(こと)なれば /此声(このこゑ)に嚊(かゝ)はきゝとれ/耳(みゝ)を すませるありさまにして やつたりト/猶(なほ)も〔次へ〕 【右丁】 /身(み)に/入一段(いれいちだん)まんまとやりしまい 「/思(おも)はずうかれてやつてのけたり、さぞおやか ましからうトいふに「いへ〳〵おもしろい/事(こと)ちやわいなもつと うたふてもらうてほしいトしきりにのぞ まれこんとはぐつとふるいびんずるといふ めりやすで/思ふ おもわめへだてなくあだ なる/人(ひと)になでられて/人目思(ひとめおも)ふも                               〔月ノ五〕 【左丁】 アゝ々そんじやへト、とう〳〵/嚊(かゝ)の/心(こゝろ)を とろかしあたつて/見(み)んと/思(おも)へ ども/何分(なにぶん)にも/気(き)のとおら ぬ/嚊(かゝ)なればとかくとりつきあしき /内(うち)あたり/近(ちか)き/山寺(やまでら)の/鐘(かね)だいぶんに /夜(よ)の/更(ふけ)たる/音色(ねいろ)「もうお/休(やすみ) と/床敷(とこしき)のべ/客(きゃく)を/寢(ね) させて/押入(おしいれ)の/隅の/所(ところ)へ 【右丁】 /二枚屏風(にまいびようぶ)を/仕切(しきり)として/嚊(かゝ) もふとんにまとはれて、/枕(まくら)を /取(とる)よりはやく/寢付(ねつく)は/昼(ひる)の くたびれさぞかしと/思(おも)ひやら れぬ、/男(をとこ)も/宵(よひ)にくどいそび れ/客(きやく)あしらいに/隅(すみ)と/隅(すみ)はな れ〴〵の/屏風(びやうぶ)のへだて /宝(たから)の山に/入(いり)ながら/手をむな               〔月ノ六〕 【左丁】 しくして/此(この)まゝに/寢(ね)てし まふも/残念(ざんねん)なり/草臥(くたびれ)つか れて/寢込(ねこん)だる/寢陰戸(ねいり)なり とも/出(で)かけんとそろ〳〵はい /寄(よ)り/嚊(かゝ)の/布団(ふとん)へうしろから ほつかりともぐりこめど/一向御存(いつこうごぞんじ)なきようすしすましたりト うしろからぐるりとまくてむつちりとぽちや〳〵したる/尻(しり)へ だきつき/後(うしろ)さまにのぞませたるしたゝか/物(もの)につばきをつけ