天明二 花の春上手談義 序 趣向(しゆかふ)は浜(はま)の真砂(まさご)とはへらず口いつも 替(かは)らぬ□【努にふりがなありのようにも?】ふ趣向を板本の乞(こ)ふに任(まか)せ じするも何か高慢(かふまん)らしくしたしが横好(よこずき) 一作(いつさく)して新板ものとは不届(ふとゞき)なれども おりにふれ時(とき)によりては時(はやり)花といふことを 見るに大名嶋(たいめうじま)も常(つね)のしま菊寿(きくじゆ)も古(ふるき) 模様(もよふ)なり飛色(とひいろ)萌黄(もへき)もあるやつなり ひわ茶(ちや)といふが鶯(うぐひす)□□古きをもつて 新(あた)らしきもまけをしみのよふなれど 年々(ねん〳〵)歳々(せい〳〵)花(はな)相似(あいにたり)松は常盤(ときは)の色まさ り替(かは)らぬ春(はる)の御伽(おとぎ)にもと葛飾(かつしか)の 翁(おきな)静観和尚(じやうくわんおせう)の下手談義(へただんき)は近来一(きんらいいち)の 読本(よみほん)なり上手(ぜうず)に下手(へた)と卑下(ひげ)されて 下手がじやうづもあつかましくうぬが 口から上手とはおきやあがれまて此方(このほう) にて又売ものには花(はな)の春(はる)上手(ぜうず)談義(だんぎ)とぞ題(だい)す   とらの春         通笑述 (印) 附言(ふげん) 通笑子(つうしやうし)が筆(ふで)のすさみ清長子(きよながし)の当世風(とうせいふう)の 画図(ぐわと)とんだいゝのと御子様方(おこさまがた)隅(すみ)からすみ迄 御贔屓(ごひゐき)を松の内より賑(にぎ)やかに御召(おめし)なされて 暮(くれ)の金(かね)といらざることを後に附(ふ)す   文化   寅歳新板目録奉御覧入候 【上段】 写昔男(むかしおとこにうつして)  通風伊勢者語(つうふういせものがたり) 上中下 道楽世界(どうらくせかい)  早出来(にはかのたんぜう)  上中下 楽和(たのしみは)  富多数寄砂(とんだすきさ)   上中下 敵討(かたきうち)梅(むめ)と桜(さくら)     上中下 ついぞない  金持曽我(かねもちそが)  袋入 追〳〵めづらしき新板差出申候間 おもとめ御らんの程奉希候 【下段】 芸者五人娘(けいしやごにんむすめ)   上下 地獄沙汰金次第(ぢこくのさたもかねしだい)  上下 豆男江戸見物(まめおとこゑどけんぶつ)  袋入 上手談義(ぜうずだんき)     袋入         作 通笑         者 可笑         画 清長 (紋) 永寿堂 馬喰町二丁目 西村屋与八版 【左ページ本文】 こゝにぜんしんぼう【善心坊】といふしゆつけ【出家】ありさけものまず としはより【年端より】すみのころも【墨の衣】でいまどのさいぎやうと【今戸の西行 という通称?】 いふみなれはおしいほしいのよくも なければてんねんごかい【五戒】をたもち されどもなにもしらぬゆへ 百まんべん【百万遍念仏】のおんどばかり とりせめてしゆつけのみで すこしなりともせつほう【説法】をと おもへどもほんの これかてつほう      なり 【挿絵内立て札】  説法 御□御のぞみ 次第御気に より説申候   善心和尚  月日 【挿絵内】 きによりて ほうをとくもちと ちやぶくろ のちゆいで あろふ s さてとみなさまよふごさんけいなさり ましたときにせつそう【拙僧】は八しう【八州廻り=関東取締出役?】の おかたがてうもんなされてもだいじ ござらぬいづれもぬけめのない そしがた【祖師方?】そしつては【誹っては】くちが まがりますくちがまがつ てはだんぎもできずまづ そこの所はたなへあげておき ますさて人はとんちのれい じや人としてちうかう【忠孝?】の二ツ いわずときかずとこれをしらぬの しよろまもないものおふやけの【公の】 ごはつとはきつとまもり【御法度は急度守り】ひの【火の】 よふじんかたいせつ【用心が大切】くそふ【愚僧?】などは ひうちばこへみつ【水】をかけます こればつかりぐそふ【愚僧】が一ツのじまんで ござるふるいせりふにきんげんみゝに さこふ【金言耳に逆ふ】又は人のもふす【申す】ことを わるふもふす人のきにさかろふては とんといかぬいけん【意見】がましい ことはいつかふまふさぬ【一向申さぬ】 かよふもふせはとふか おつゝけべつたりうち またかうやく【内股膏薬=節操のない事やその人】おま□ けいはくねいしん ものともおもはつ しやろうがしやか によらい【釈迦如来】のおしへ のとをりみなさま のきのとをり ほふをときます【法を説きます】 【挿絵内】 さんけいの   めん〳〵【参詣の面々】 そくさひゑん【息災延命】 めい千ねんも すぎてごく らくおふ じやう【極楽往生】 な む あみだ〳〵【南無阿弥陀】 ときにわかいむすこ とのゝよしわらへ いきたかるもむり ともおもいませぬ あれかすなはち ごくらくのてみ せ【出店】てござるくせい のふね【「弘誓の船」=生死の苦海を渡って涅槃(ねはん)の彼岸に至らせる仏菩薩の救いを船が人を渡すのにたとえた。】はちよきふね【猪牙舟=江戸の明暦の大火以後、江戸市中の河川などで広く使われた小舟。】あり 九ほんれんたい【九品蓮台】はよつてかご とうもんか大門口すがゝき【「清掻」=和琴(わごん)の奏法の一つ。】の をとりおんがくときこへばい□ のかほり八もん〳〵にてちう そん【中尊=中央に立つ尊像。三尊仏(観音・阿弥陀・勢至)のうちの阿弥陀仏。】にせんせいふたり かむろ【禿】がくわん おん せいし【観音勢至】しんぞう【新造】あまたを二十五の ぼさつ【菩薩】と してよふかふありて むかへ たまふ とのほん たなへ おう じやう【後出の「往生」は「をうじやう」ですが、ここも「おうじやう(往生)」とみていいのでは。他の言葉で仮名遣いの乱れがまま有りますから。】 するの ちや うそ をつい ては こくらく をうじやう【極楽往生】は なりませぬ よい所じやと うた かい なく【疑いなく?】こしやう【後生】 をすいふん ねか  わ しやり  ませ 【挿絵内】 たいぎ はい〳〵 おはかい【お若い】 ちよ中【女中】 も大せい ごさるか しづい□【傅いて?】 すいぶん たび〳〵 みる がよい どの よふ な もので もはち まきて【鉢巻きで】 はりこみ【張り込み=悪口?】 をいふ ものも たい へい らく【太平楽=好き勝手言うこと?】で わりこみ もさせぬ ともすか はらの 四だんめ【菅原の四段目=菅原伝授手習鑑寺子屋の段】 といふ所ではなみた を こほししせんと【自然と】 なむあみだ ふつ【南無阿弥陀仏】なむみやう ほう れん□【?】きやう【南無妙法蓮華経】 といふきに なります しかし 八百やお七は どくぢや のなんのと いへともわるい ことはみつとなら はすとできる ものしひや【慈悲や】 なさけの心 さしはみたり きいたり   せねはできぬものでござる 【挿絵内】 かた〳〵  まいれ ぐそふ【愚僧】は六十をこへて しゆつけ【出家】になりまし たから おきやうも ならはす【御経も習わず?】 なんにも しりま せぬその かわりには さかなの あし【魚の味】はよく しつています うまいやつか うなきのかは やき【うなぎの蒲焼】さてたい【鯛】 ひらめ【鮃】ともに せとさしみに してはかつを【鰹】か をやだますへて のうをか 人に くわれてじやう ぶつ【成仏】します うまいもの をしてやつて うつくずを たすけはつ がつほ【初鰹?】などは 四〆ても五〆 でもかま わず百も たかいとき くつて ちつとも はやく じやう ぶつ【成仏】 させるが かふだい むへん【広大無辺】の くどく【功徳】に なります   ぞや 【挿絵内】 かつちりは   ねへよ どう しやう   ね   【右ページ】 さてちかごろみますに すげかさ【菅笠】をひたいの うへにかぶりてあるか しやる【「歩かしやる」…歩くようにしている】があれはしごく よふごさるむかしは あみだかさ【「阿弥陀笠」=画面右側の人のように、笠をあおむけかげんにして笠の内側の骨が阿弥陀の光背にみえるようにかぶること。またそのようにかぶった笠。】といふ かぶりよふ【かぶり様】 ふとゝきせん ばん【不届き千万】あみた によらい【阿弥陀如来】は ごいつたい【御一体】 こんなことに ごとんじやく【御頓着】は なさらぬがいまの しう【衆】はかうまんの よふでもこゝをひげ してひた いのうへゝ かぶるとは きついつう なもので ごさる 【左ページ】 ちうしんぐらともふし ますしよにやくしじ 二郎左衛門【薬師寺次郎左衛門】がもふすには とうせいふうの なかばおり【長羽織】ぞべら 〳〵とやしらるゝはと 【仮名手本忠臣蔵では「当世風の長羽織。ぞべら〳〵としらるるは」】 いかふ【大層。ひどく。】ながばおりを しかりました はてあれは あじなことが きにいらなんだの わしらはながいのが よふござるこふもり ばをり【蝙蝠羽織=丈が短く袖が長い羽織】はやすくてなり ませぬそでもずいぶんおゝきく たけもながくころものよふで       どふもいへませぬ つめの さきに ひをと ぼしみた    【爪の先に火を灯し】 いものも みずうまい   【見たい物も見ず】 ものもくい たいとも おもはずよい  【うまいものも食いたいとも思わず】 ものがきたい ともおもはず  【良いものを着たいとも思わず】 かねばかり ためる ものは     【金ばかり貯める者は】 大ごく 上【大極上】の ごしやう【後生】 ねがい まづ さい ほう じやうど【西方浄土】の しう【衆】はおう ごんのはだ【「黄金の肌」…仏の身体の黄金色の肌。転じて有難い肌、遊女などの肌をいう。】へ そのひかる ものをたんと もつて そのそばに いればごく らくのつき やいとうせん【極楽の付き合い同然】 しんだところは たつた六もん【六文】なれど あとによいものを たんとのこしておく ゆへはつものつくし【初物尽くし】の 大ほうし にあい ほとけな かま【佛仲間】のみへはよしふだんうまい ものをくいつけねは十万おくと【「十万億土」=「十万憶仏土」に同じ。この世から西方の極楽浄土の行くまでにある無数の仏土(仏の住む国土)。】の なかたび【長旅】の くいものにもこまらずぼん【盆】にきても ひやうのよごし【冷卯の汚し?=おからの和え物?】もずいきやい【芋茎あえ】もうまく くへますを□のはへいぜいなら わしがら【習わし柄】ねてもさめてもかのもの をたんとためたすへ 【挿絵内】 そのくらいで   よかろふ いわしを  かつたことは  ないそうだ いづれもかたはごぞんじも こざるまいが三百年 もさきによみといふ ものがはやり ましたかるた といふもの それたこのもや ふ【凧の模様】になど あるもので ござるその かるたがみだ の四十八くわん をひやうし□【も?】 四十八まいこ□【れ?】 をなぐさみに いたすをおきやう【御経】を よむともふし そのなかに しやか【釈迦】もいつ たい【一体】まします しやかじに【釈迦死】 ともふすが ねはん【涅槃】の こゝろしやか て一トやく【役】に なれはごたん じやう【御誕生】にて天上 天下てんにも ちにもわれひとり【天にも地にも我一人】 だん十ろう【団十郎?】とよふ すへもしやかゞは いりますそれ ゆへだんぢうろう【団十郎?】 をおやだまともふし またすこしつゝ はこへぜにをいれ るをてら【寺銭のこと?】といゝ ますいろこそ かわれむかし からごせう【後生】 ねがひもたんと あるものて    こさる 【挿絵内】 八のあたり によにんじやうぶつ【女人成仏】うけやいと もふすところをといてきかせ ましやう このよふに たんぎまい りにつのを おりにござる にもおよび ませぬやつ はりうちに いてかんきん【閑吟?】 をしなからも こゞとちやを のみながらも がみ〳〵とつい にはよめ【嫁】もいば りだしあの おふくろも やかましいと 人がみます みるはこせう みしるしは いんぐわ【因果】 このよて【この世で】 いんぐわを【因果を】 はたすゆへ【果たす故】 それでこん とのよは こくらく しや【極楽じゃ?】そん ならばよい ものはきつ いむた【無駄】じやと おもはしやろふ がそこはこく らくもじよさい はない【如才はない】一人も もらすまいと いふがみた【弥陀】の ほんくわん【本願】たいふ の二三へゆるもの □□た〳〵あたり かむかふさしきか わりこみにして なりともごくらく おふじやう【極楽往生】はうた がいはござらぬ 【挿絵内】 妙しんさん おあかり  なさり   まし ほ ときにおんなと いふものはとかく うたぐりのふかい ものでござる なにをもふし ても【申しても】うそのよふ におもわしやるが うそをつけば ゑんまさまに したをぬかれ ますしたを ぬかれますと ちがすさまし くてます いたふござる ものがいわれ ませぬとふしてうそか つかれるものでござるごく らくもたいていきのつくことでは ござらぬこともは【子供は】はすのはの うへも【蓮の葉の上も】あぶないからさいの かはら【賽の河原】ていし をつませて【石を積ませて】 あそばせいつ たいがあたゝ かなところ ゆへなつふゆ はらかけ ひとつで おきます またとしを とつてもによう ぼうもたぬものは これもさい のかわらへ やりこどもの せわやきにします すこしも うそはござら ぬうそをつけ はかのゑんま  さまじや ぜんしんがせつほう【善心が説法】 おもひのほかの 大入にてこのほか おくふかきことを まふさば【申さば】みなさまの ごきげんをもそこ ないぼうづかにく けりやけさまで にくい【坊主が憎けりゃ袈裟まで憎い】といわれぬ さき百日のゑかう【回向】の おりからとふいふひやうしか とりはづしぽんといつ たるそのおとは玉や〳〵の ごとし百日のせつほう へひとつとおふわらい【大笑い】にぞ         ありけり 【挿絵内】 これは ごめんだ 【左下】 清長画 通笑作 【朱印】 江戸四日市 古今珍書絵 達摩屋五一 【裏表紙】