化物昼寝鼾 完 天明四 化物昼寝鼾(ばけものひるねのいびき) 上下 【検索用:ばけものひるねのいびき】 【検索用:市場通笑・著 いちばつうしょう】 むかし〳〵よりばけ物なかまの そうざかしらみこし入とう みな〳〵てした【手下】の物は 入道のけち【下知】をうけれども おやだまいたつてこふう にてなんてもこれか はやるといふことを しらずてまへも 大しま【大島、大縞:太めの縞模様】のぬのこ まるくけのをひくびを【丸ぐけの帯、首を】 のばしておとすより ほかにしあんもなし さりによつて ばけものしだい〳〵に おとろへつうじんと やぼとは ちやうちんと つりがねほど ちがへともやぼ ばけものと くるしめられ なかまいつ とうにはながひしげ 一寸のむしに五ぶのたましいと やらしごくさんねんに おもひひとそうだん はしめける 人をこはからせるがおいらがしやうはい それにまあばけものぼんは こどもかうれしかるとは どうしたものなんぞよい しゆかうはないか やぐちのわたしといふ ところがきこへませぬ【注1】 【頭がお盆になっている妖怪の台詞】 たいざ【台座、才三にかかっている、注2】 さんといふ ところであたりを とり たい 【全体に汚れと虫食いが多い】 【注1:矢口の渡しはかつて多摩川にあった渡し場で、心霊矢口渡という歌舞伎で有名になった。新田義興が川を渡る際に船頭が舟に穴をあけて自害に追い込んだことで足利尊氏から褒美をせしめたという話なので、ここでは「うまいことやったという噂も聞こえてこない」という意味だろうか。】 【注2:才三は安永四年の『恋娘昔八丈』という人形浄瑠璃に出てくる髪結い才三(さいざ)のこと。転じて若い色男。ここでは杯台のばけものが自分が台座(だいざ)であることと才三をかけて洒落ている。】 ばけ物はごくいんき【極陰気】なる物人のねるときを おき人のおきるときねりぬす人のひるね ばけ物のひるねは あてかあるゆへに うしみつごろをばけ物の につちうのことくかけめぐれは たまにてなぐさみにて めをさらのごとくにして よをひるに するものありばけ物は 日りんをおそれてひるは ひまでもなぐさみもでき ずあめのある日はひるでも ひのめなきゆへやぼに よみ【読みカルタ】などを うちちかころ うつ者が【人が?】やねふね【屋根船】 でめくり【巡り、遊覧?】をきゝつけ あめのふるひは たのしむをそのまね をしてつね 人かよいしめり だといふはちつと ふとゞきよみ【読みカルタ】 をうつにはやね をふくといへは【屋根を葺く(カルタ賭博を意味する隠語)】 あめにゑんか【厭が】 ありめくりはあめ にはつまらぬと ばけもの さへわらひ けり 大あたまの こぞうなかま のふれに きたり くわいじやうを みる ひるでも なるほと あめには でると いふはこの こそう なり 【小僧の台詞】 おぢさん あけて くん な 【雨の日に出現し、大頭で大きな笠をかぶっている小僧姿の妖怪は、現在では豆腐小僧と呼ばれている。『化物鼻がひしげ』では手に豆腐のようなものを持った姿でも描かれている。】 【右ページ上段】くわいじやう【回状】にてなかまの ものよりやいそうだんを はしめきつねたぬき てうめんをくりてみれは 金平がしふん【時分】は大きな めにあいちかごろはそのくろう【近頃はその苦労】 せぬとおもへばはこねからうちの【箱根から内の】 つうじんにはおとりわけはなく【通人には劣りわけはなく】 ばけものはしろうとか【化物は素人が】 上ずにて三十はふりそで 四十はしまだころもを ぬいていしやとみせ【衣を脱いで医者と見せ】 女がたかおくがたと【女形が奥方となり】 なりかたきやくが【敵役が】 しうたん【愁嘆】いろ おとこが【色男が】 はんどう【半道=道化まじりの役】 そういろが【添う色が(彼氏)が?】【総色が?】 くろとなり【玄人(娼妓)となり?】【黒となり?】 がまくちて【蒲朽ちて蛍】 ほたるでんそ けしてうづら【田鼠化して鶉】 おさだまりに ばけては いけぬいづれも ちえをおん だしなされい 【9行目〜22行目までは、化けるのは妖怪よりも素人(人間)のほうが上手という例をあげている。】 【右ページ下段】 おうこぞう めは【大小僧めは】もうかへり そうなものだ どこへやつてもみちくさで らちがあかぬ 【大小僧は前のコマに出てきた頭の大きな小僧のこと】 てうめんをくりてみれば どつとおちのきたばけ ようもなしとかく女で なければいけぬきつねどの 大ふりそででなごりきやう げん【名残狂言】といふあたりをとり給へ 【左ページ上段、大首の台詞】 おうぜいの そうだんには わつちが あたまは じやまに なりやすから かへり やせうか 【左ページ下段、狸の台詞】 なるほど どうも おもしろい しゆこうも みへぬの きつねはかぶ【株=得意】の大ふりそでにばけくつと おちをとるきでたしなみの 大もやうにふさちりめんの をびいまどきはみせものも こんなねじれものはきずしちや もふるぎやもぶいき〳〵と【不意気〳〵と】 いふてふまぬ しろものをきて まいこ【舞子】のふりてやつて みればどんなものが みてもきついばけもの とうせいのふりそての きん〳〵とは大ちがいいきななかへこういふ なりででかけるはおもへは〳〵ほんの ばけものといふものは さりとは やほでりちぎなものなり ゆきゝの人みな〳〵ふりかへらぬ ものはなしてまへのきではばかした きなれどはけん□れてのばけものなり やぼななりに ばけおつたなせ うろつくの じや やれ〳〵 きの どく な あれ こん〳〵をみや どう しやう ね きつねは大ふりそでのしよさごと でもいつはいくらふものがなし てまへのほうがうつ〳〵とぶら つききつねにはかされたやうに なりいるはたわけなものきん ねんはゑとへ【江戸へ】はじめてきた ものもおこはにかけられる【御強に掛けられる(騙される)】 ものはなしばかそう【化かそう】といふは きついりやうけんちがひなかま のきつねむかいにきたりつれたつて かへらんとはなしなからかへればしはわらに【?】二三人 としまや【豊島屋=白酒で有名な酒屋】の三升だるをまんなかにおきひつこ ぬいてもきづかいないわきさしをさしてよい きげんにてたのしみいればせめてこれでも けふのしごとにせんと おもひもしおあいを いたしやしやうといへば したじはすき なりぎよいは【下地は好きなり御意は良し】 よしゆめかうつゝ【夢か現】 かとよろこび さへつおさへ つよねん なくたの しめば してやつ たりと女 のともあつ きもちを あかりませ【女の供「小豆餅をあがりませ」】 とさしいだ せはなかに すばやき おりすけ といふもの こういふ ところで あづきもち とはかてん もゆかぬ やつらと 二人ともに ひつしばる 【中段】 ふりそでにて さくらのきへしばられ しんかうき【(祇園祭礼)信仰記】の四段めゆきひめが あしにてねづみをかいて【足にて鼠を描いて】 なわをときしを おもひいたしねづみをかいて なわよりもはらがへつた ゆへしよしめる【せしめるの意】つもりこの ねづみはなぜてぬぞ こま太夫【二代目豊竹駒太夫か?】が上るりはないか せめてめりやすで【めりやす、愁嘆場で流れる長唄】 しうたんが【愁嘆が】 したい 【下段、台詞】 おれはげこゆへ一つくつた たれぞげどくは もたぬか げろ〳〵か でそうだ いまとき そばきりや あつきもちで いゝものか さあ どうだ ちく しやうめ きつねがかへりの おそきゆへたぬき むかいにいでそここゝと 人だちのおゝきところを のぞきあるけばもみぢの すいものほたんのすいものと あり うまい〳〵 として やるをみて さて〳〵おれか むかしばゞあ をしるに してくつ たとは きついちがひ おらがなかまは 人をあたま からしほをつけて くうものが人に くわるゝとは きついちがひと おそれをなして ふけゆき ける 【下段、台詞】 ちとあたゝま ろうか かもよりは ありがたいな 【左ページ】 ばけものなかま そうだんにあくみ はてなんでも かでも人げんにせん をとられとく【とて?】人の こゝろをしら ねばならずいまゝで のそうだんにねつみ ばかり一どもてずこれ は人のいへにすまひを するものことにしそうをさとり きうそかへつてねこをはむ【窮鼠かへつて猫をはむ】 ねこはばけてもおどりが大きな ことねこも人のうちにはいれど へつついの下へそさふを【粗相を】 してはなをこすられ ねづみもめしびつをかぢるゆへ ぢごくをこしいわみぎんざんのうれいは あれども大こくさまのおすきとて もちひられることありよつてじん かをはなれずとかくねづみと そうだんをたのむ 【下段】 みな〳〵の そうだんにたぬきは すこしもしあん なきゆへ いねむりて ゐるなり 此ときより たぬき ねいりとは いふ也 きつねはねつみといろ〳〵そうだんをすれば なるほどおまへのようにふりそでゞも いまどきあのやうなやぼなことではいかぬ わしがたなからみていればむかしと ちがひてきついしやれやうこどもでも もゝんぢいいつても こはからずからいといつてもうそだと おもふなんでもおさだまり のことではいかずおにむすめ【鬼娘=両国で有名だった見世物の鬼娘】 のしやうじん【正真】がでるとじきにまがへが【=まがいが、似たような物が、偽物が】 でるはかたのをびが二分【?】すれば 七りわ五じ【七匁五分ヵ】のひきふだ【引札=広告】が まはるわしもしか〳〵と みてゐればおかしい ことだらけおまへも女がたで あたりをとるきならば げいしやといふものをみて きものゝしゆかうをあんじ かみかたちくしこうがい いきなところをみならい とうせいをおもにして つうといふみで なくはいけまいと おしへる 【下段】 ねづみは おしへにまかせ おどりこを二人 たのみにやり おやしきといつわり つれゆく ばけもの やしき【ばけもの=食わせ者のこと。宝暦の流行語】 とは このこと なり ばけものやしきのおくた【さ】しきへげいしやを とうしけれはすこしのことさへおやこはと びつくりするものにみこし入どうはじめ そのほかてしたのものぞろ〳〵といで びつくりすれば入どうみてとり おまへがたなんにもこはい ことはないなんとも いたしませぬふきやを【=吹矢のからくりを】 みるとおもへばすみ ますせう〳〵わたくし どもはぬしたちに おねがいかあり とうせいとやらいきとやら そのあとでめりやすも すこしけいこが いたしたいと くびをどう へおしこみ ければやう 〳〵とこゝろ おちつきみた ところがとれも やほななりたいがいに こじつけんとのみこみ しつふか【湿深=すけべえ】なざしき おゝ なま ゑい【大生酔い=酔っ払い】 より こゝろ やすく おもふ ばけ もの ども せうじ の すき より のぞく いやはや うつくしいは〳〵 てんとたまらぬ 【下段】 のこらず まつさかさになりたのめど かつはは【河童は】うつむくとみづが こぼれるゆへてばかりつく【手ばかりつく】 【踊り子の台詞】 おまへは ぜひ大つうに してあげやしやう 【見越し入道の台詞】 それは あり かたい 【狐の台詞】 みな〳〵あねさんがたの こわがらぬやうに しほのめを【潮の目を】 しませうぞ 女げいしや のさく にて ふるめかし きしゆ かうを やめ とうせいふうの つもりになりばけものゝ おやだまさんがい【三階=楽屋?】にて入どう 大しまのぬのこをやめ はをりでもなしじつとく【十徳、医者等の礼服】でも なしころもでないねづみいろの物を こしらへ一くせあるふうにしたて きつね は ひわちやちりめんの三つもんの たけよりふりそでをながく してふじいろちりめんのうら【こしらへ?】 あさぎちりめんのむくを三つ ほどにとびいろじゆす【繻子】のをび きりむねのくしにてんひんほう のやうなべつかうのかんざしをおち そうに二三 ぼんさしこまげた のおとをがたり〳〵と するやうにとおしへ られそのとをりに こしらへければ ばけものであい きもをつぶし なるほどこれて ばかされぬもの はあるまい いきな ものだと よろこぶ まづおいらが一日やね ぶねでむかうじまと いふやつへいきたい 【猫の台詞】 かつらぶしといふ しろもの ありがたい 【鬘事(かずらごと)は芝居用語で艶事のこと。それを猫が好きなかつお節とかけた洒落】 【狸らしき化物の台詞】 かねばこ きつい もの いよ〳〵 むかし ふうの ばけもの すりこぎ にはねが はへさかつき だいや あんどうの はけ物 ふるめかしと とうせい からわたり どんぶりの ばけもの なんてもいきに ばけねば おもしろくなし まいねんの はるきやうけんそがきやうたいの びんぼうでいろおとこかぢはらか いぢわる おなじことでもしゆかうが かはるゆへしんきやうけんに なりて大入ばけものも しゆかうをかへて あてるきは きどく なり 諺野暮化物とはぐのつらでもかけると ほりの【ほかの?】めにそげることをしらずしぶいかきを くうとあまいかきのあることをしらず しよくわいのあんばいがよければしんだい にはなるゝをもしらず一つまなこで こはがればやつはり一つまなこきのふ だましたことでけふだまされる べらぼうもないものやう〳〵と ゆめのさめたるやうにとう せいにばけるつもりになり けれども人はてんちの れいなればあまつち【天地とあまっちょろいをかけている?】 ではいけずばけものら しんきやうげんなれば てまがとれ【=手間取って】はや そのうちにひかしが しらみからすの こへか かあ〳〵〳〵 ひうちいしの おとが かち〳〵〳〵〳〵 通笑作  清長画 【墨で】 七沢作之進 十四才