【函?】 【白紙】 【表紙】 【題字】きふね 上 【管理タグ】 JAPONAIS 5331 1 中ころの御かとをはてんへいほうわうとそ 申けるそのころうちの大しん殿とておはしける か御とし二十五にてけんふくしせうしやうより 中将にならせ給ひてさたひらとそ申けるよう かんよにすくれてわかてうにならひなきほとの ひなんとそや有けるさる程に御かとの御おほし たくひなふして御身をすこしもはなし給ふ 事なかりけりあるよ中しやういつよりも心を すましてふえをそふかれけるほうわうよりちゝ の大しんをめしておほせけるはいつとなく中 しやうかやうに心をすましよをうきやうにおほ ふるなるいかならん人をもたつねて心をもなく さめよかしとせんし有けれはちゝの大しんよろ こひてそのころ天下に見めかたちいつくしきと いふほとのひめきみなんとをむかへとりくきやうてん しやうをきらはすしてむかへてみせまはらせ給ひ けれともさら〳〵御心にもあひ給ふ人もなしさて もむかへてはをくり〳〵なんとし給へりさらはたゝも をくりたまはすしてさうをつけてそをくられける せいのたかきはみやま木のさういろのくろきはう しのさうさのみしろきはおめたるさうかみのなかきは しやしんのさうみしかきはきしんのさうとてをくり 給ふさら〳〵御心にあふ人なかりけりちゝはゝこの事を のみ心くるしくおほしけるそのおりふし御かとには あふきあはせの有へきよしせんしなりけれは公卿 てん上人おもひ〳〵にあふきをたしなみ給ふなり なかにもうちの大しんの御ためには御おとゝちう しやうにはおちなりをゝとのはこゝろきゝにておは しけれはしろかねのゑりほねにはこかねのかなめ をそさせられけるか日ほん一のゑしにこかね十両 とらせてようかんいつくしき女はう一人かたを給ふ 心をつくして卅日はかりにかきたてけるかのねう はう三十二さうをかきあらはし見れはたゝわらひ ものをいふやうにていかなるおにかみなりとも いかてかこれにめてさるへきとそ見■さる程 にあふきあはせの日とも成けれはめん〳〵に あふきをいたし給へともこのあふきにならふは なかりけり さてもこのあふきを御かとゑひらんまし〳〵て めしをかれけるあるときほうわう中しやうに此 あふきをたひにけりちう将このあふきをつく〳〵 とみていかなる人をえしかみて此女はうをかき たるらんいかなるさたひらなれはおほくの人をみし かともこのゑににたる人もなしにんけんとしやう をうけなんしの身とうまれなはかやうの人に ちきりをこめ一夜なりともなれこそめてこそ 世にあるかひとも有へきにとおほしめすよりも 恋となるこそかなしけれ百二日とすき給ふ程に さらにゆみつをたにものみたまはすちゝはゝこれをは しらすしていかなる心やらんとてきそうかうそう をしやうし大ほうひほうをつくし給へともさらに そのかひこそなかりけれ御かとも御心くるしく おほしめしてさま〳〵の御くわんともたてさせ 給ふこそ有かたき事ともなりと人々申あへり されともそのしるしもなかりけりおちおほい殿 中しやうをつく〳〵と御覧してこれはいかさま たゝのやまうにてはなしよしなき人を一め見て かなはぬ恋となり給ふへしたらひぬしある人なり とも人をたすくるならひなれは昔も今もれい おなしなとかなはてさふらふへき心中をのこしたま はすかたり給へと仰けれは中しやうそのときさた ひらてんかにかくれなきひしんときこえし人々を かすをつくしてみせ候へはたれをか心にかけさふ らふへきさりなからいつそやのあふきを御かとより 給りてつく〳〵とみておもひしやうはあはれにん けんとむまれるはかやうの人を見候はゝやと思ふ よりむねふさかり心もわつらひこれよしなき事 とおもひ候へともさら〳〵わすれ候はぬこれこそはみぬ 恋と申ものにて候らんわれなからおこかましく おもひ候へとも心は身にもしたかひ候はすとのた まひけれはおほいとのうちわらひ給ひまことに わかき人そやかゝるはかなき事をおもひ給ふ物かな こひのみちは色〳〵ありと申せともみぬこひを めさるゝ事のいとをしやこれはそも日ほん一の ゑしの上すかゑのくにてこゝろをつくしてかき たるめ夢をみて身をいたつらになし給ふこそふし きなれいかにこひ給ふともなにとしてかなはせ給ふ へきそ人き■んもしかるへくはおはしまさぬそ おもひとゝまりて心をももちなをし給ふへしと かへす〳〵けうくん申させ給へともけにもと おもふけしきはなかりけり いよ〳〵よはり給ふほとにはやくひやうこうの 人そかしとてなけき給ひけり中将の給ひ けるはわれもよしなき事とおもへともわすれ もやらすこれもせんことならぬ事なりちからをよ はすとてふし給ふとても有へきいのちならね はかつうは御ゆるしも有へしをそれいり候へと もなをもむかしかいまの御物かたりけん御きかせ 候へとちゝはゝの給へはおほい殿もとよりさいかくけん しんふさうの人なれはむかしかとのおもしろきもの かたりみめよき人の物かたりをその給ひける中 にむかしにもあらすこのちより下にあたりて国 ありなをはきこくといふ大わうをはらんはそう わうといふきさきをはひらんは女といふむすめ 二人ありあねをは十らこせんと申いもうとをは えつ女のみやと申なりこれは十五に成けるかみめ のよき事は中〳〵をろかなりかんかほんてうにも 有かたしひしやもんのいもうときちしやうてん 女と申ともこれにはをよひかたし卅二さうの かたちにてあふきのゑなんとはいかゝならふへきに あらすたゝしこれもわかてうにあらすおにの むすめされはをとにきゝたるはかりなりあはれ このよの事ならはいかなる事なりともいかてか 中〳〵をろかにあはさせ申さるへきたゝわらひ 事なりとそかたり給ひける中しやうこれを きゝ給ひてとても我か身はうすへき露の身 のなかれはつへきよにあらすいかなる神ほとけ にもきせい申さはやとおもひたち給ふこそ かなしけれとおほい殿はもしもやこの事やみ なんとむかしかいまの物かたりし給へともその かひそなかりける中しやうちゝはゝに仰せ けるはさたひらとてもすつへきいのちにて候へは 御ゆるさせ給ふへきたゝわらひ事なりとそ かたり給ひける中しやう是をきゝ給ひて とてもわか身にはいとまをたまひ候ていかなる 神ほとけにもきせい申もしおもひなをし候て かへり申へしとの給ひけれはもしもなくさみて なをる事もやありなんとおほしめしともかく もと有けりほうわうもこのよしきこしめし てちからなしなくさみてとく〳〵かへり候へきとの せんしなりけりさて中将は人二三人めしくし てきやう中のかみほとけにこもりねかはくはき こくのおにかむすめこんつ女のみやを一めみせ 給ひ候へときせい申されけるさるほとに秋も すきふゆのはしめに成けれはやまとのかたへ まいりてはせのくわんをんに三七日こもりてき せいを申されけれは三七日にまんする夜すみそ めのころもをめしたるらうそうのかせつえにす かりて仰られけるはわれはこれ卅三しんに身 をへんしてしゆしやうのねかひをみせんと思ひ しかともあふみの水うみ七とまて山となるは見 しかともなんちにこひをはいさしらすきこくへ ゆく事なしこんつ女とやらんもみすおにのす みかへ行事なれはそのむすめとやらんをみたる事 はなけれともなをもこひしくは京へのほりてくら まへ参りひしやもんにきせひを申給へもし もやあるへきとの給ひてかきけすやうにうせ給ふ 中将うちおとろきてふしきなるゆめかなと思ひ てさてわか申事かなふへき事すこしたのもし くてよろこひのらいはいまいらせてけかう申 されけり 御ともの人々をもこれより都へかへるへしわれは ならのかたへまいり候てそのゝちみやこへ帰るへし との給ひけれは御ともの人々はいまゝて御とも 申候ていまさらかへり候事はゆめ〳〵候ましき よしかたく申されけれはもつともそれはことはり なれともたゝみなかへるましきならはこゝにて さたむるなりとの給ふほとに御ともの人々は心 ならすみな〳〵宮こへそかへりけるしん中はしつた たいしのそのむかしたんとくせんに御ともせし しやのことねりか心のうちをもいまこそおもひ しられけりさて都へかへりて大しん殿にこのよし くはしく申けれはいかゝならんとて人をはみな〳〵 かへしけるそやとていまさらなけきかなしみ給ふ 事かきりなしさても中しやうは身をやつし むさうのことくにくらまへ参り給ひける一七日に もしけんなし二七日にもしるしなしすてに三七 日にもをよひけれは中しやううらめしのたもん てんやなほんほう七まんさはうあひたに卅六てん のふつほうのひやうしをし給ひて一さいしゆしやうの ねかひをみてんとこそうけたまはり候に此くわん をしめたまはぬかなしさにけに〳〵かなはぬものならは たゝわかいのちをめしてたひ給へとかんたんをくたき 申されける程に三七日にまんする夜ひしやもん御 出ありてゆめともうつゝともなく中しやうにのた まひけるはなんちかこひかなしむ女はうのちゝは らんはそうわうといふおに也たけは十六ちやう おもては八はい大たうれんといふつるきのことし くちよりふきいたすいきは百里千里のことし あかき事はひにもすくれたり物をいふおり八の 口より出るこゑはなるいかつちのひやくせん里をなり まはることし人とめみえんのち命有へからすか やうのおにのむすめをこひていのちをうしなはん やとのたまへは中しやう申させ給ふやうあはても うすへきいのちにて候へはかの女はう一めなりとも みていかにもなり候はゝやと申されけれはひしや もん此よしきこしめし此うへはちからなしなんちか まいりし日よりこのこんつ女はにしのつまと にこもりてありゆきてふさいとさためよとてかき けすやうにうせ給ふさて中将うちおとろきて 夢かうつゝかとよろこひのらひはいまいらせてつ ま戸をあけて御らんをれはとしのほとは十五六 かとおほしき女はうのこうはいの五つかさねの つまをとりたゝ一人そたち給ひける中しやう うれしくおほしめしむねうちさはきたちよりて いつくよりの人にてましませはこのやまにたゝ ひとり御まいり候やらんとの給へはかのねうはうかほ うちあかめて申やうわれはきこくのものにて候 ほとに人をもつれ候はす候との給へはちう将この 三七日こもりまいらせ候也こん夜のしけんにけさみ たてまつらん女はうをふさいとたのめとの御をしへ也 ほとけの御はからひとしてなにかくるしく候へき御 とも申候はんとの給へはこんつ女きこしめし わらはかすみかと申はふつほうもなし人もなしか やうにおそろしきところへわたらせ給ふへきやと 申されけれはちうしやうおほせはさる御事にて 候へとも心しつかに物かたり申てきかせ申候へし とてこしよりあふきをとり出しこのあふきを みそめしよりみぬこひにまよひすてにいのちうせ なんとせしに御身の事を人の物語せしにすこし なくさみてさくらをかさす春よりも雪ふるとしの くれまてもふつしんにかんたんのくたきみをいた つらになしきせひ申せし事はかた時もおこたら すふつしんもあはれとやおほしめしけん御みに あひたてまつる事も仏しんの御はからひなり 心つよくわたらせ給ふかとてあふきをみせ給へは こんつ女申させ給ふやうわれくらまへまいりしに かのゑしか此ゑをかゝんとてくらまへまいり一七日 こもりきせいを申せしにわらはをゆめにみて かきたりとてひきたまひ候へはちうしやうゑの 女はうとかのねうはうをみくらへ給へはゑ女はうは ことのかすにてかすならすいかゝ心つよくまします そかのねうはう申やうさなきたに女はこしやう さんしゆの五のまき大はほんにもとかれたり 一しやふてさほん天わう二しやたいしやく三 しやまわう四しやてんりんしやうわう五しやふつ みんともとられたりこつしやうのくもはれやらて けんねんむりやうこうとて人のねんのかゝる女は 五百しやうかそのあひたうかむ事なしときくなれ はかすならぬ身をはおしみ申さねとも御身をみ たてまつるにちゝにもはゝにもひとりこなり御 としもいまた十七にこそならせ給へわらはにとも なひておはしまさはちゝ大わうしらせ給ひて十日 ともなからへ給ふへからすたゝしかるへくは此事御 とゝまり給ふへし中将の給ふやう御身ゆへに わらはかいのちをすつる事は露ちりよりもおし からすしかるへくは御とも申候はんとの給へは此うへは ちからなしいらせ給へとてくらまのおくそうしやうか たにのおくに大なる岩あな有ける此所へいりたる 物ふたゝひかへる事なしこれまてにてこそ候へ然へ くは御かへり候へとわらはつねにくらまへまいり候 そのときあひはんへり候へしとの給へはちうしやう 御身になれまいらせていのちこの世にあらはこそ とて御そてにすかり給ひてうちへいり給ふ かのいはあなのうちへいるよりも月日のひかりの なけれはちやうやのやみのことしあんけつたうも かくやとおもひけるそれを十五日はかりかほととをり たるとおほしくてみれは大なるくにこそあるらんと おもふにみやのたまひけるは御身は我につき給ふ ゆへにくにをも見せまいらせ候へともくるしからす 候とてたかき所へつれてあかりみせ給ふに日本 をいくつあはせてもかくひろくは有へきとおほ えけるそれよりおもてへゆきみれは大なる川 ありおもしろきはしをそかけたるそれをうち わたりはるかに行てみれはくろかねのついちを たかさ十ちやうはかりつきたりおなしくくろかねの もんをそたてたりけるあれはいかゝととひ給へは これこそちゝ大わうのそうもんとの給ひてうち へいりはるかに行てみれはしろかねのついちを 十ちやうはかりにつきておなしくもんをそたて たりけるこれは中もんなりまたそれを辺に 行てみれはこかねのついちをおなしことくにみかきて もんをそたてたるその中をみまはせは心こと はもをよはすこん〳〵にみかきたりかたはらに みやのすみかへくしまいらせける中将御らんして わかてうのみやこはことのかすにてかすならす こかねしろかねにてみかゝせかゝみにかけのうつる かことしかんやうきうもかくやらん四十八てんにも すくれたりこかねのとひら七えのびやうぶ八え のきちやうのうちにひよくのかたらひあさからすし ておはしけるこそはかなけれみや中将にの給ひ けるは御身ははなのみやこの人けんけつけいうん かくあひそえてしひかくはんけんのあそひして 日をくらし給ふへき人のよしなきわらはへにあひ そひて人もなきおにのすみかにおはしますこそ かなしけれいさいらせ給へ四きのていをみせ申 さんとていさなひ給ひてまつひかしを見るに 春のけしきとうち見えてむめはちりさくらは さきみたれかすみたなひきとを山のうくひす ちかくをとつれて心ことはもをよはれすまた みなみを御らんすれはなつのけしきとうちみえ ていけのふちなみしまのきしにそかゝりける とこなつ山ふきさきませていけの水にやうつる なるにしをはるかに見給へはあきのけしきと うち見えてなかむる野へのはきのはなみたれあひ ぬるいとすゝき月ふきしけるをはなかともしをん りんたうをみなへし露をもけなるけしきなり むしのねすこく色〳〵に秋のあはれやしらるらん 又きたをはるかになかむれは冬のけしきと うち見えてうきくものあらしはけしきこすゑ まて雪ふりつもるとを山のふもとはいけのこほり にとちうきとりさむくとひちかひあそひける きこくとはいひなからかゝるめてたき有さまなりと 御覧しけるに みやの給ふやうこなたへいらせ給へやくものけし きかせのふきやうちゝ大わうの御かたより御つ かひありとおほゆるなりしはらくかけにて御 覧せよとてひやうふのうちにかくしけりすこ しあけて御らんすれはなるいかつちのをとして 大わうの御つかひきたりけりそのたけは五ちやう はかりなるかまなこ三つつきてくちはみゝのきはま てひろくしてつるきをならへたることくにはを くいちかへてみやの御まへにひさまつひてそゐたり けるか申やうは大わうおほせ候はん事の候そとく 〳〵御出候へとの御つかひにて候と申けれはみや おほせらる候やうこのほとくらまへまいり候てけ かうして候やかてまいり候はんと申候へと仰けれは かのつかひかへりけるかかとのあたりよりもとりて 申やうは此御所のうちはかいせん人くさく候日ほん より人つきてまいり候はゝたまはり候へこのほと 大わう御かさけに御入候にゑにたてまつらんと申 けれはみや此よしきこしめしなにしにか日本より われに人のつきてはきたるへき此程わらはふつ ほうちかき人の来りあつまり候くらまへまいりつる程 にみつからか身こそは人くさく候はんとの給へは さにては候はすかいせん人くさく候物をとつふや きてそかへりけるそのゝち中将ひやうふのうち より出たまひいまの御つかひはなにと申おにゝて 候ととひ給へは大わうのつかひ給ふみつしのむすめ にてをとわかとてしやうねん九さいになり候との 給へは中将きゝ給ひてこれさへかゝるけしきなるに のこりのきしんいかはかりとの給へはみやきこしめし をろかの仰やなはしめより申せし事をいまさら おとろき給ふかやわらは大わうにまいりたらんには いしのからひつに百いろ千いろいれまいらせてうつむ ともきしんともさかしいたさんにはかくれなし せめてかなはぬまてもくしたてまつりてこそと おほしめし四くはんちやうといふつえにて中 しやうをさすり給ふこのつえは人を大きにな さんとおもへは大きになる又ちいさくなさんと思へ はちいさくなる也これにてさすり給へは中将 三すんはかりになり給ふ 【裏表紙】