【表紙 題箋】 絵本時世粧 坤 【資料整理ラベル】 JAPONAIS  632  2 【資料整理ラベル】 JAPONAIS   632  2 【下部の手書き文字】 Dom.7605 二八佳人巧様粧 洞房夜々換新郎 一隻玉【𤣪ヵ】手千人枕 半点朱唇万客嘗 【頭部欄外 手書き文字】 JAPON. 632(2) 【大がっこで括る】 《割書:其|続》仲街(なかのてう)茗舎図(ちややのづ)    《割書:附り》芸者仁和歌 《割書:其|次》河岸見世(かしみせ)《割書:此外は略す》 【文字無し】              歌川豊国作 北方(ほつほう)に佳人(かじん)あり一(ひと)たび笑(ゑめ)【㗛は笑の俗字】ばその城(しろ)を傾(かたふ)け二(ふた)たび 歓(よろこ)べはその国(くに)を傾(かたむ)くとす美女(びぢよ)を賞(ほめ)たる詩(からうた)を今の 遊女(ゆうぢよ)の名(な)に呼(よ)ぶを契情(ちぎるなさけ)と更(あらため)しはわが 本邦(ひのもと) のいさほ【?】しなり或(あるひ)はたはれ女(め)。うかれ女(め)と云(い)ひ或(あるひ)は 傀儡(くゞつ)あそび女(め)と。名(な)はかはれども川竹(かはたけ)の。流(なかれ)のふし のうき枕(まくら)いづれをいづれ定(さだ)めなくかはす枕の 一夜妻(ひとよつま)げに梵悩(ぼんのう)の虚(うそ)の闇(やみ)実想(じつれう)の誠(まこと)の月(つき)迷(まよ)ふ も悟(さと)るも此君(このきみ)にして江口(ゑぐち)神崎(かんざき)のむかし行く高尾(たかを) うす雲(くも)の後(のち)の世にいたるまで身(み)は中流(りう) の船にひとしくてくだの帆足(ほあし)をかけつ はづしつ客(きやく)の機嫌(きげん)をとりかぢおもかぢ 地色(ぢいろ)の暴風(はやて)にそらされて終(つい)には密夫(まぶ) のふかみにはまりておのが身(み)をはたす事 しばらく也 是(これ)を思へば板(いた)子 一枚上(いちまひうへ)の住居(すまゐ) 凡 蒲団(ふとん)三ツの上(うへ)のくらしもおなじ道理(どうり) にこそあれ花(はな)はさかりの仲(なか)の町(てう)月(つき)は隈(くま) なき茶屋が二階にのみ見るものかは色(いろし) 客(きやく)のもの思ひにうちしほれたるすがた を見ては心のくもりに泪(なみだ)の雨(あめ)を催(もよほ)すなどさ ながら月花(つきはな)の詠(ながめ)にやまさるべきされば紅粉(かうふん) におもてを粧(よそほ)ひ錦繍(きんしう)にすがたをかざり 琴棋書画(きんぎしよぐわ)に心(こゝろ)をゆだねてヲスザンスの 里(さと)なまり雲(うん)上に高(たか)くして甚(はなはだ)世事に 疎(うと)し常(つね)に伴新(ばんしん)の言(こと)を守(まも)りて魂胆(こんたん)手 くだのかけひきをおぼへ内 所(しよ)やりての 気兼(きかね)気(き)つかひ茶屋に宿(やど)のつけとゞけ 仮令(たとひ)ゆもじははづず【ママ】とも傍輩(ほうばひ)の義理(ぎり)は たゞしく昼(ひる)見世の座(ざ)は乱(みだ)るゝとも交(つきあひ)の 礼(れい)をみださず四時(しいじ)の苦労(くらう)十年の辛抱(しんぼう) やりてがしかる言(ことば)に似(に)て実(じつ)にあまくちの 事にあらずそも〳〵大 堤(てい)羽織(はおり)と俱(とも)に ながく又 客(きやく)の鼻毛(はなげ)に似(に)たり鼻 唄(うた)うたふ 日 和下駄(よりげた)の音(おと)は按摩(あんま)の笛(ふゑ)をあらそひ 宙(ちう)を飛(と)ばす𫅋(よつで)駕籠(かご)は田町を上つて より寛(ゆるやか)なり茶屋が床机(せうぎ)に物あんじ なるはせかれし内の首尾(しゆび)をおもふやと しのばしく夕(ゆふべ)は衣紋(えもん)坂にかたちを繕(つくろ)ふ て悦(よろこ)ひ顔(かほ)なるも見 返(かへ)り柳(やなぎ)の糸(いと)にひかるゝ きぬ〳〵のおもひげにや喜怒哀楽(きどあいらく)の四 の街(ちまた)行(ゆ)くも帰(かへ)るもわかれてはしるもしら ぬも大門に入り来(く)る客の心といふは千 差(しや) 万 別(べつ)さま〳〵なれども皆惚(みなほれ)られたる心にて 色男きどりならぬぞなきすなはち是(これ)が たのしみの要(かなめ)にて野暮(やぼ)もなければ粋(すい)も わからず粋(すい)がなければ野暮(やぼ)もわからず只 何事も入我我入漢字(にうががにう)の粋(すい)不 粋(すい)意気(いき)と不 意気(いき)を噛分(かみわけ)てはりといきぢのよし原 に禿立(かふろだち)から見ならへる情(なさけ)の切売(きりうり)恋(こい)のせり 売 強飯(こはめし)くさき頃(ころ)よりもこわきやりてが目 をしのびてしのび〳〵のさゝめことも浮虚(うはき)の 風に吹(ふき)ちらされて果(はて)は折檻(せつかん)のからき目 見るなど勤(つとめ)の内のたのしみとそいゝながら 跡(あと)の苦(くる)しみいかばかりぞや早(はや)つき出し【注】の 【注 十四、五歳の娘が買い取られて、禿にならずにいきなり遊女の勤めに出されること。また、その遊女。】 身となりては百 倍(ばい)の辛苦(しんく)筆(ふで)にもつきず いつまでか斯(かく)内所(ないしよ)がゝりにて住果(すみはつ)べくも あらじと為(ため)になる客(きやく)にたのみごとして 心に思はぬ指切断髪(ゆびきりかみきり)空誓(そらせい)文の千 枚起請(まいきせう)【注①】 は烏(からす)につもらるゝも恥(はづか)しながら義理(ぎり)に せまりし不 心実(しんじつ)をまざ〳〵しく【本当らしく】いつはり あるひはかき又はのぼさしめて夜具(やぐ)は 誰(たれ)人敷初(しきぞめ)【注②】の蕎麦(そば)【注③】はぬしさん新 造出(ぞうだ) し【注④】は何某(なにがし)の君(きみ)と夫〳〵にくゝり付る 【注① 非常に多くの起請文。「起請文」とは、江戸時代、男女の愛情のかわらないことを誓った文書。】 【注② 江戸時代、吉原で、遊女がなじみの客から贈られた三つ蒲団、夜着などを、娼家の店頭に飾り披露した後、その夜具を敷いて初めて寝ること。また、その披露。】 【注③ 敷き初めの蕎麦=敷き初めのとき、妓楼内や茶屋などに配るそば。】 【注④ 「新造」=江戸中期以降の吉原では、姉女郎の後見つきで新しくつとめに出た禿上りの自分の部屋をもたない若い遊女をいう。    「新造出し」=新造として遊客に応対させる】 それか中にも何屋の誰と名たかき契情(きみ) は殊更(ことさら)に出せわしく跡(あと)より追(おは)るゝ心地(こゝち)して 紋日物日の胸(むね)につかへて癇癪(かんしやく)の病(やま)ひ間(ま) なく時なく発(おこ)り待(まち)人の呪(まじなひ)をたのみに 思へとも畳算(たゝみざん)【注】あたるも不 思議(しぎ)あたらぬも又不 仕合の紋日前は上 手(ず)ごかしに逃(にげ)らるゝあれば 色 仕掛(じかけ)に捕損(とらへそこな)ふ事あり朝精進(あさせうじん)は親(おや) のために堅(かた)くつゝしみ塩(しほ)物 禁(だち)は色男 の為に守(まも)る事きびしきも彼(かの)川柳点(せんりうてん)の 【注 占いの一。簪を畳の上に落し、その脚の向き方、または落ちた場所から畳の縁までの編目の数の丁半によって吉凶を判じる】 むべなるかな孝行(〳〵)にこられつる身もすん〳〵は 不孝の人にゝけ出(いだ)さるゝ一生(いつしやう)の貧福(ひんぷく)は悉(こと〴〵) く定(さだま)りありといへども羅綾(らりやう)【美しい衣裳】のたもといつしか つぎ合(あは)せたるつづれをまとふもあればさ迄 よき位(くらひ)にもあらぬ局(つぼね)見世の流(なが)れのすへに 黒鴨(くろがも)【注】つれたる玉(たま)の輿(こし)に乗(の)るも諺(ことはざ)に云へる 人の行ゑと水(みづ)の流(ながれ)はしれがたきものなり こゝにある大人(うし)のよみ給へる哥とて吉原 の春の夕 暮(ぐれ)来(き)て見ればはりあひの鐘(かね) 【注 江戸時代、大家出入りの仕事師や職人、あるいは従僕などの称】 に花ぞ咲(さき)けるとなむ花の色 香(か)をうばひ たる道中すがたのたをやかなるは天乙女(あまつおとめ)の くだれるかとうたがひつん〳〵【とりすまして、あいそのないさま】たるおいらん 中 眼(がん)【目を半分開いていること】にすましてその内に愛敬(あいきやう)こもりたる さま田舎道者(いなかどうしや)のきもをおびやかすもことはり なるかな両てんのかんざし【注】禿(かふろ)のおもたげに ふりかへる姿(すかた)はた右と左りにきらめき渡(わた)る さまは空(そら)にしられぬ雪(ゆき)の降(ふり)たるやと思ふ 若者が肩(かた)にかゝりて威風(いふう)りん〳〵【凜々】たる鉄(かな) 【両天の簪=江戸末期の婦女の髪飾りの一種。笄(こうがい)の代りに平常用いるもので、二本の棒の端に一対の定紋や造花をつけ、二本の棒を中央で差し込んで用いる】 棒(ぼう)五町分の提灯(てうちん)さきを払(はら)ふがごとし箱 てうちんは若者より大くして茶屋の送(おく)り物 に行違(ゆきちが)へて頭上(かしら)にさゝげくり出(いだ)す外(そと)は文 字蹴出(じけだ)し【裾除け】褄(つま)の縫模様(ぬひもやう)翩飜(へんぽん)とひるがへり 駒下駄(こまげた)の音(おと)は両 側(かは)にひゞきておいらん お目出たふの声(こえ)門竝(かどなみ)に繁(しげ)し茶屋の 御 亭(て)さんは江戸へ行なんして内の事に かまはずおかさんの挨拶(あいさつ)かん高にてう〳〵 しき【軽薄で馴れ慣れしくお世辞たっぷりである】を真向(まむき)にうけこたへて客人を横に 見て行くは世利売【せり売り=行商】か 自惚(うぬほれ)のふたつなるべし たいの末社(まつしや)が口(くち)〳〵にきつい御勿体(ごもつたい)とはお定 の愛相(あいそう)に極(きはま)りいざこちらへをにつしりに【とっくりと】見 しらせて【見てわからせて】客の脇(わき)に座(すは)るあれば袖引煙草(そでひきたばこ)【注①】 によんどころなく横(よこ)に背(そむ)きて腰(こし)をかくれば 伴新(ばんしん)【注②】うしろの襟(ゑり)を直(なを)して万事(ばんじ)しこなし て風(ふう)ありおいらん長煙管(ながきせる)を捻(ひねり)てお客のお噂 べん〳〵と【注③】ながし禿(かふろ)が口上(こうぜう)アノネ〳〵を禁(いまし)むる 時は一言(ひとこと)も用(よう)を弁(べん)ぜず風呂鋪包(ふろしきつゝみ)の早(はや) 【注① 遊女などが、客を招く手段として、タバコに火をつけて差し出すこと。またそのタバコ】 【注② 「番新」とある所。「番頭新造」のこと。吉原遊郭でおいらんについて身のまわりや外部との応対など諸事世話をする新造。袖留めをし、眉毛をそらず、紅白粉で化粧しないのが特徴。世話女郎。番頭女郎。】 【注③ むなしい行為、無用の事柄などで時間を費やすさま】 歩行(あし)は一寸やりくりの使者(ししや)と見へ内所禿(ないしよかふろ) のちよこ〳〵走(ばしり)はてれん茶屋の相図(あひづ)なるべし 大封(おほふうじ)の文(ふみ)【長文の手紙】は一座の捌役(さばきやく)にたのみて茶 屋がもとへ人を走(はし)らせ番新(ばんしん)【番頭新造】に美人(びじん)すくなく 振新(ふりしん)【注①】後世(こうせい)おそるへき有てすへ頼(たのみ)なき禿(かふろ)の ぶ人相(にんそう)【愛敬のない顔】は当(あて)のなき年明前(ねんあきまへ)の女郎と同日(どうじつ)に 論(ろん)ずべし附金(つけがね)【注②】は神棚(かみだな)のおた福(ふく)とさし向(むかひ) 棒(ぼう)のなき箱てうちんたゝむ隙(ひま)なき茶屋が にぎはひ二挺鼓(にてうつゞみ)も三弦(さみせん)もいさ発足(ほつそく)の声(こへ) 【注① 「振袖新造」のこと。江戸時代、吉原の遊郭で振袖を着て出る禿あがりの若い新造級の遊女。まだ見習い期間で、姉女郎に属して出た。部屋を持たず、揚げ代は二朱。】 【注② つけ届として贈る金銭。特に遊女が茶屋へ贈る金銭をさすことが多い。】 もろとも神をいさめのたいこもちは客 人の宮(みや)先(さ)きにたて末社(まつしや)のかみ〳〵一 ̄ト むれ に浮(う)くもうかぬもひき立(たつ)るすがゝき【和琴の弾き方の一。】の音 格子(かうし)にたへず人の心を二階(にかい)へ飛(と)ばし 大切(たいせつ)の魂(たましい)を床(とこ)の内にうばはるゝは有頂(うてう) 天(てん)にほどちかき欲界(よくかい)の仙都(せんと)昇平(しやうへい)の 楽国(らくこく)なりと彼清朝(かのせいてう)のしやれ者がいへる も尤(もつとも)なるかな女色(ぢよしよく)【女との情事】のまどひも去(さ)り かたきものぞかしよく〳〵此道に あきらかなる時はおとし穴に落(おち)いるゝ 事あるまじ近(ちか)く譬(たと)へば先(さき)に地(ぢぬ)主の くつがへるを見て後(のち)の店子(たなこ)の戒(いましめ)と                 すべし           穴(あな)かしこ              〳〵 絵本時世粧下之巻《割書:終》         式亭主人三馬閲      文画  歌川一陽齊豊国撰      剞劂  山口清蔵刀 絵本(ゑほん)時世粧(いまやうすがた)後編(こうへん) 《割書:追出| 全三冊》 《割書:前編は豊国作に御座候|後編は三馬先生の文を乞》           《割書:同画》   《割書:もとめて残りたる女画を委|しくす》 享和二稔壬戌春王正月発兌         芝神明前三島町  東都書林 甘泉堂 和泉屋市兵衛蔵版 【前31コマの裏から見た写真】 【白紙】 【裏表紙】 【冊子の背】 【冊子の天或は地の写真】 【冊子の小口の写真】 【冊子の天或は地の写真】