【表紙 整理番号のラベルあり】 JAPONAIS 5619  【この物語の題箋は無いがお伽草紙『御曹子島渡』と思われる】 【文字無し】 大 王(わう)きこしめし。いかなる事 ぞや。み給はんとて。八十二けん のひろえんまで。よびたま ひければ。やがてまいり給ひ て。大王の出させ給ふすがたを み給ふに。五 色(しき)をひやうし出 立て。十六ぢやうのせいにて。 手足(てあし)は八つ。つのは三十あり て。よばはるこゑは百里が間も ひゞきわたる也。きもたま しゐも身にそはず。大王は 大のまなこにかどをたて。日 本あしはらこくよりわたり たる。くはんきよとはなんぢが 事かとの給へは。まなこはあ さ日のかゝやくごとくなり。 なんぢは。たけとやらんを。なら すときく。ふけきかんと云(いひ) し有 様(さま)。おそろしき事は かぎりなけれ共。思ひまうけ【心の中で準備する】 たる事なれば。たいとう丸 をとり出し。にしきのゆ たんはづし。ねとり【音取り=音程をきめる】すまし 給ひて。がくはさま〳〵多(おほ)け れども。それ天ぢくにては。 しゝとりへいとりとくてんと 【右丁】 やかてんりんせいさうふれん しゆみやうわうにちはんらく そよやけいしやう。うゐのきよ くと申せしがく。爰(こゝ)をせん どゝふき給ふなり。大王うつ く〳〵と聞給ひて。なのめ ならずよろこび。さてもき どくにならすものかな。よき にくはんきよはこれまでわたり たり。三百 年(ねん)いぜんに。あしは らこくよりわたり。たちまち みちにていのちをうしのふも のこそが 【絵画 文字無し】 なんぢは是まで。難(なん)なう 来るふしぎさよ。のぞみの 有て来りけるか。かくさず 申せと有しかば。御ざうし聞 召。おそれがましき事なれ ども。此だいりに大 日(にち)のひやう ほうのましますよしかね□□ をよび是までさ□□□□□□ さふらふ也。御なさけ□□□ へ有て給はり候へか□□□□ ば。大 王(わう) 聞召(きこしめし)。あら□□□□□ わんきよが心ざし□□□□□ 是まて来□□□□□□□□□ やくとなのるぞや。七しやうの ちぎり也。一じ千金字(せんきん)のことはり。 ししやうのをんは七百さいと とかれたり。されば御 身(み) 渡(わた)り て河(かは)のあんないしりたるらん。 その河をば。かんふう河と申也。 水(みづ)のそこより大かぜふき。白 なみたちて。あしはら国(こく)の氷(こほり) に。百子まさりつめたかるらん。 その河にて。あさ三百卅三ど。 夕に三百三十どこりを取。 三年三月しやうじんをして。 八月十五日に一 度(と) 習(なら)ふ大 事(じ)也。 あしはらくに国の大天(てん)ぐ。太郎坊(たらうぼう) もわがでし也。四十二くわんのま き物を。さうでん【相伝】せんと申せし が。やう〳〵に廿一くわん。いのほう までをこなひて。それより すゑはならはぬなり。もしそ れをならひてや有らん。それ をならひて有ならば。われ〳〵 が目(ま)のまへにて。こと〴〵くかた るべし。そのゝち大事をつた ふべしと。の給ひければ。御ざう しは聞召(きこしめし)。もとよりくらまそ だちの事なれば。びしやもん天 わうのけしん。もんじゆのさい たんにてましますうへ。もんじ にくらき事ましまさず。く らまのおくにてならはせ 給ひし。四十二くはんのまき物 をこと〳〵くをこなひ給ふ。大 わう御らんじて。まことになん ぢは。心ざしふかきものなり。神(しん) 妙(べう)なりとおほせ有て。さらば ゆるし申さんとて。していのけ いやくをなし給ふ。先(まつ)りんしゆ の法(ほう)かすみのほう。こたかのほう きりのほう。雲(くも)ゐにとび去(さる) とりのほうなどを。御つたへ有(あり)。 是よりおくはむやくなりと て。御ざしきをたゝせ給ひに けり。御ざうしはたゞ一にん。 ひろ庭(には)におはしまし。とやせん かくやあらましと。たゝずみ たまへば。大わうは。ゑしやきと いふものをつかひにして。くわん きよは。いづくに有ぞみてま いれと有しかば。ゑしやきたち 出みて。もとのところに有ける を。よく〳〵みてぞ      かへりける 【絵画 文字無し】 大わうにかくと申けれは。だい わうきこしめし。さてはふしぎ のものかな。さらば出てさかも りして。たけをならさせ聞ん とて。今度(こんど)はすがたをひきかへ て出ばやとの給ひて。あほう らせつ【阿傍羅刹…地獄の鬼】を千人ばかり引ぐして。 出させ給ふ。大わうの出たちには。 としのよはひ四十ばかりの男に いてたち給ひ。ゑぼしじやう ゑを引(ひき)つくろひ三でう重(かさね) のたゝみの中ほどに。むずと なをり。御ざうしを。ゆんでの方(かた)へ よびよせなをらせ給へば。まへ 見しすがたはかはりけり。御 さかづきはじめ給ふ。くはんき よはたけをならせとの給へば。 たいとう丸(まる)をぬきいだして。 くはひはいらくといふがくを ふかせ給へば。おもしろいぞや くはんきよ。くはひはいがくといふ がくは。さかづきをめぐらすと云(いふ) かくなり。さらばさかづきめぐら せとて。じゆさけんぎやくなりと さすほとに。さけもなかばと みえしかば。大わうあふぎ取 なをし。にしきののうれん かきあげて。あさひ天女(てんによ)は きくかとよ。あしはらこくの くはんきよが。たけをならすが おもしろきに出てきけやと の給へば。天女はきこしめして。 出まじき物とは思へども。父(ちゝ)の 仰にて有ければ。出ばやとお ぼしめし。出たち給ふ御しや うぞく。しげまきぞめ【注①】の花 のやうなるに。からまきぞめ【注②】 きくがさね。【注③】むらがさね【調べがつかず不明】このは がさね【注④】やへがさね。【注⑤】からあやおり【注⑥】 【注① 繁巻染め=織物の染色法の一つ。巻き染め(絞り染め)の緒の数を多くして染め上げたもの】 【注② 唐巻染め=唐風の絞り染めという】 【注③ 菊襲(かさね)=襲の色目。表が白、裏が蘇芳のものをいう】 【注④ 仮想の襲の色。朽葉(くちば)襲からの連想か】 【注⑤ 八重重ね=八枚重ねの衣(きぬ)】 【注⑥ 唐綾織=公家の装束に用いる浮織物(うきおりもの)に対する通称】 て一かさね。十二ひとへを引(ひき)かさ ね女ばうたち十二人ひきつ れ。七重(なゝへ)のびようぶやへのき ちやう。九重(こゝのへ)のまん【幔】の内(うち)より 出させ給ふ。御有さまを物に よく〳〵たとふれば。十五 夜(や)の 月の。山のはをほの〴〵いで し御すがた。ませ【籬】のうちの やへぎく。たいゆふれんい【大庾嶺のことか】のむ めのはなかとうたがはれ。いで させ給ひて。ちゝ大わうの めて【右側】のわきに         なをらせ【お座りに】たまふ 【絵画 文字無し】 御すがたをみたてまつれば。 三十二さう【注①】。八十すいかう【注②】のか たちをもたせ給ひたる。ひめ 君(きみ)にてこそおはしけれ。御 ざうしは御らんじて。たとひい のちはすつるとも。一 夜(や)なり ともなれてこそ。此世のお もひ出とも成べしと。こゝろ そらにあこがれて。がくはさ ま〴〵おほけれども。おとこは をんなをこふるがく。女(をんな)は男(おとこ)を こふるがく。さうふれん【注③】といふが くをふかせ給へば。天女はこれを 【注① 三十二相…女性の容貌・姿形などの一切の美しい相をいう】 【注② 八十随好=八十種好に同じ。仏の身に備わる、それとはっきり見ることのできない微細な八十の特徴】 【注③ そうふれん(相府蓮・想夫憐・想夫恋)。雅楽の曲名】 きゝとゞめ。くはんきよがみづか らを心にかける。やさしさよ とおぼしめす。大わう仰(おほせ) けるやうは。あのひめは去年(きよねん) 三月にはゝにはなれ。こゝろ なぐさむかたもなし。たけを ならしてきかせよと仰有(おほせあり)。 さけもすぐれば。大わう御ざ しきをたち給へば。天女も共 にたち給ふ。御ざうしもした ひゆかせ給ひ。一日二日と思へ共。 日かずつもりければ。天女もい はき【岩木】ならねばなびかせた まひ。あさからずちぎりを こめ。心うちとけ給ふ時。御ざう し天女にの給ひけるは。われ あしはら国より。のぞみあり てまいりたり。かなへ給はゞゆめ ばかりかたり申さんと仰ければ。 天女はきこしめし。何事成共(なにごとなりとも) かなへ申さん。はやとく〳〵と有 ければ。此だいりに。大日の兵法(ひやうほう) のましますよしうけ給はる。 一めみせ給へと。の給へば。それは是 よりうしとらの方(はう)より。七 里(り) おくに。だんをつきしめをはり。 いしのくらにこめをき。金(こがね)の はこにおさめつゝ。たゞよのつ ねのことならず。ことさら女 のまいる事。中〳〵ならざる所 なり。その事ばかりは。おもひも よらぬ事とぞ仰ける。よし つねきこしめし。こゝにたとへ の候ぞや。父(ちゝ)の恩(をん)のたかきこと。 しゆみせんよりもなをたかし。 母(はゝ)のをんのふかき事は。大 海(がい)よ りもなをふかしとは申せ共。 おやは一世のむすび也。ふしぎ なりとよ。ふうふは二世のち ぎりぞかし。一夜(や)のまくらを ならべしも。百しやうのちぎ りにて侍(はんべ)る也。御身とわれ とはことさらに。さうは万里(ばんり) をへだてたれども。まことに たしやうのちぎりふかきこと なり。何とぞあんをめぐらして。 かのまき物を。一めみせてたべ とぞ仰ける。天女は此よし聞(きこし) 召(めし)。おもふ中の事なれば。父(ちゝ)の かんどうはかうふるとも。みせば やとおぼし     めし 【絵画 文字無し】 ふしやうなる身ながらも。ま ほり【「まもり」に同じ】がたなをもち給ひ。七里 山のおくにをしいらせたまひ。 七重のしめをひきはらひ。い しのとさうをみ給へば。もんじ 三ながれあり。是にりやうと いふ字(じ)をかきて。こそうのてん をうち給へば。いしのどそうは ひらけにけり。こがねのはこの ふたをひらき。ふしやうの手(て) にとり。わがやにかへり給へば。御 さうしなのめならずにおぼし めし。三日三夜にかきうつし 給ふ。きどくのひやうほうなれ ば。あとはしらかみとぞなり にける。天女み給ひ。いかにや御 身きゝた給へ。此まき物のしら かみに成うへは。さだめてしるしあ るべし。大事(だいじ)のいできぬその さきに。はや〳〵かへり給へとぞ 仰ける。よしつねきこしめし。 大 事(じ)出来(いでき)御身の命(いのち)のがれ ずは。われもともに御身のごと く成べし。さらずはあしはら国(こく) へいさらせ給へ。御とも申さんと ありければ 【絵画 文字無し】 天女是をきゝ給ひ。あしはら 国(こく)へまいる事。ゆめ〳〵ならざ る事にて有。なごりおし みの物がたりに。此ひやうほうの いとくをかたりきかすべし。御み を返(かへ)し申さんに。さだめて討(うつ) 手(て)むかふべし。そのときゑん さんといふほうを。をこなひうし ろへなげさせ給ふべし。うみの おもてに。しほ山いできあひ へだゝるべし。山をたづねんそ のひまに。にげのびさせたまふ べし。第(だい)三のまき物に。らむ ふうひらんふうといふほうを。 をこなひ給ふものならば。日本(にほん) の地(ち)に程(ほと)なくつかせ給ふべし みづからがことをおぼしめし給 はゞ。大日の一のまきに。ぬれ てのほうと申ををこなひた まひて。けんさん【建盞=中国、宋・元時代建窯で作られた天目茶碗】にみづをいれ。 あふむといふもじをかきてみ 給はゞ。その水(みづ)に。ち。うかひ申 べし。そのときちゝの手(て)に かゝり。さいごぞとおぼしめ し御きやうよみて    とふらひたまへ 【絵画 文字無し】 大 事(じ)いできぬそのさきに。 とく〳〵かへり給へとて。天 女(によ)は うちに入給ふ御ざうしはしのび てだいりを出させ給ひ。かんふ う川へ御ふねをのり出させた まへば。あん【案=予想】にもたがはず。た いりには火(ひ)のあめふり。いかづち なり【鳴り】くらやみにこそなりに けれ。大(だい)わう大(おほ)きにおどろき。 ついぢにこしをかけたまひ。 つく〴〵物をあんじ。かのくはん きよがひようほうを望(のぞみ)て。 これまでわたりしを。ゆるさ ずして有つるが。天女があ りどころををしへとらせけ るぞとおもへば。たちまち しらかみのまき物。二三ぐわん 御まへにふきぐたる。あんにも たがはざれば。をつかけよとあ りしかば。あはうらせつ【注】の鬼(おに) ども。千(せん)人ばかり出(いで)あひて。我(われ) さきにといそぎつゝ。てんくはん のぼうにぶすのやをはめて。 うきぐつ【浮沓=馬にはかせる水上歩行の靴】といふむまなどに。 うちのりてこそをつかけゝ る。御ざうしあとをきつとみ。 【注 阿傍羅刹  阿傍=地獄の獄卒。羅刹=人をたぶらかし、血肉を食うという悪鬼。阿傍羅刹とは阿傍の暴悪さは羅刹に等しいところからいう】 あんにもたがはず天地(てんち)をひ びかしをつかけゝる。すてに 御ふねまぢかくみえしかば。天女 のをしへ給ひし。ゑんまんの法【意味不明】 ををこなひ。うしろへなげさせ 給へば。へい〳〵たりしうみ【波のない穏やかな海】 のおもてに。しほのやま七ツ までこそいできたれ。この山 をたづぬるそのひまに。早(はや)かぜ のほうををこなひつゝ。さきへ なげ給へば。にはかに大かぜふき 来(きた)り。四百三十 余日(よにち)に          わたりしを 【絵画 文字無し】 七十五日と申には。日本(にほん)とさ のみなとにつき給ふ。さる程(ほど) に鬼(おに)ども。御ざうしをみうし なひ。せんかたなくてたち帰り。 此よしかくと申せば。大わう大 きにはらをたて。天女がくはんき よに心をあはせたる事。うたが ひなし。天女がしわさなれば。た すけをきてせんなしとて。 花(はな)のやうなる天女を。八ツに さきてぞすてたりける。この 天女の本地(ほんぢ)を。くはしくたづぬ るに。日本さがみの国(くに)ゑのし まのべんざいてんのけしん也(なり)。 よしつねをあはれみ。げんじ の御よになさんため。おにのむ すめにむまれさせたまひ。兵(ひやう) 法(ほう)つたへんそのため。かやうの方(ほう) 便(べん)有とかや。さるほどによしつ ね。ひやうほうのまき物 取(とら)せ 給ひて。とさのみなとへつき 給ふ。あふしうにくだりたまひ。 ひでひらにかくと仰ければ。 ひでひらはうけ給はり。さても 御いのちはてさせ給ふかと。 あんじ申ところに。兵法伝(ひやうほうつた)へ かへらせ給ふ事。日本はやす〳〵 きりとらせ給ひ。源氏(げんじ)百 代(だい)の 代(よ)とならんことうたがひなし とて。よろこぶ事かぎりなし。 是ほどの君はあらじとて。いね うかへかう申けり。さる程に よしつねすこしまどろみ給 へば。天女 枕(まくら)がみにたちそひて。 の給ふやう。御身は何共(なにとも)なくわ たらせ給ふ物 哉(かな。)みづからはだい わうの手(て)にかゝり。空成(むなしくなり)候へ共。 御身ゆへの事なれば。いのちは つゆもおしからず 【絵画 文字無し】 二 世(せ)のちぎりはくちせじと。な みだをながし給ふかとみえさ せ給ひければ。御ざうしかつは と【かっぱと】おきさせ給ひ。いかにやと。い はんとし給へども。ゆめにて 有。あはれとおぼしめし。なみ だをなかし給ひ。あまりのふ しぎさに。天女いとまごひ有 し時(とき)の給ひけるごとく。けん さんに水(みづ)を入。大日のほうの一 のまきに。ぬれてのほうを行(をこなひ) て。あふむの二 字(じ)をかきてみ給 へば。やくそくにたがはず。 血(ち)一てきうかひたり。さてはう たがひなしとて。なげき給ふ 事かぎりなし。さて御そうを くやうし。御きやうをよみ。さま ざまとふらはせ給ひけり。昔(むかし)よ りいまにいたるまで   ふうふの中ほど     せつなる  事は   よも     あらじ   かくて      ひやうほうゆへ        日本国を   おもひの     まゝに    したがへて      げんじの     御代と    ならせ     たまひ      けり 【朱の印影⒈ 二文字くらいの楕円判(読み取り難い)の真上に押印】 長相■ 【朱の印影⒉ 二行書きの左三文字を消してある様。】 學■【「會」カ】■■ ■■■印 【文字無し】 【裏表紙 文字無し】 【和綴じした冊子の背側からの写真】 【和綴じ冊子の頭側(天)の写真と思われる】 【和綴じ冊子の背と反対側(前小口)の写真】 【和綴じ冊子の地からの写真と思われる】 【帙の表側 整理番号のラベルと冊子の題名を手書きしたラベル】 JAPONAIS 5619 御曹子島渡下 【帙の内側 書店のラベルと手書きの蔵書の整理番号】 奈良絵丹緑本 御曹子島渡巻下 寛文頃刊 室町物語 絵8図         一冊      ¥  東京・神田 玉英堂書店 ☎03(3294)8045 JAPONAIS 5619