【表紙】 【国立国会図書館デジタルコレクションに別本あり】 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288378 【右上】 Japonais 4500 【文字なし】 【文字なし】 それ我てうと申はあまつこやねのみことの“ あまのい はとををしひらき“ てる日のひかりもろともに“ かすか の宮とあらわ【「は」とあるところ】れてこつかをまほり給ふなり“ されは にやかすかを春の日とかく事は“ 夏の日はこくねつ す“ 秋の日はみしかし“ ふゆの日はさむけし“ 春の日は のとけくしよくはんふつ【万物】をしやうちやう【生長】す“ 四きに ことさらすくれ“ めい日なるによりつく“ 春の日とかき たてまつてかすかとなつけ申なり“ かの宮のうち子 は藤はらうちにておはします“ 藤はらのその中に 大しよくわんと申は“ かまたりのしんの御事なり“ はしめ はもんしやうせう【文章生】にて御さ【ござ】ありけるか“ いるかのしんを たいらけ” 大しよくわん【大織冠】になされさせ給ふ” そも此くわんと 申は” 上代にためしなし” さてまつたいに有かたきめ てたきくわんとなりけり” 是によつて此君をはふひ とうとも申” いつもかまをもち給えはかまたりのしんと も申す” されはにやかすかの宮にさんろう有て” あま たのくわんをたてさせ給ふ” 中にもこうふく寺【興福寺】の こんたう【金堂】を” さいしよにこんりう有へしとて” しやう こん【荘厳】七ほうをちりはめ” しやこんたう【社金堂】をたてさせ 給ふ” くはほうは夫よりもあまくたり” 国のなひき したかふ事は” ふる雨のこくとをうるほし” たゝさうよ う【草葉】の風になひくかことし” きんたちあまたおはし ます” ちやくによ【嫡女】をはくわうみやうくわうくう【光明皇后】と申た たてまつつて” しやうむ天わう【聖武天皇】のきさきにたゝせ 給ふ” しによ【二女】にあたり給ふを” こうはく女となつけて 三国一のひしん【美人】たり” 《割書:かゝる| 》しかるに【右に彼ひめきみのゆふに【優に】や さしき御かたち” たとへをとるにためしなし” かつらの まゆ【桂の眉=三日月のような美しい眉】は” あほふしてゑんさんににほふ” かすみに” 《割書:ふし| 》もゝの こひ【百の媚】あるまなさきは” せきやうのきりのまに” ゆみは り月のいるふせい” ひすひ【翡翠】のかんさしは” くらふしてなか けれはやなきのいとを” 春風のけつるふせひにこ とならす”《割書:ことは| 》 すかたは三十二さうにし” なさけは天下に ならひもなし” かゝるゆふなる御かたちの” いこくまても きこえのあり” 七つかとのそうわう” たいそうくはう てい【太宗皇帝カ】はつたへきこしめされ” 《割書:いろ| 》見ぬこひにあこかれ 雲の上もかきくもり“ 月のともゝおのつからひかりを うしなひ給ひけり“《割書:ことは| 》しんかけいしやう【臣下卿相】一とうに“ そうもん 申されけるやうはぎよくたいの御ふせい“ よのつねな らすおかみ申て候“ 何をかつゝませ給ふへき“ おほしめさ るゝ事のさうはぢしんの中へせんしあれとそうし申 されたりけれは“《割書:いろ| 》御門【みかど】ゑいらんまし〳〵てあらはつかしや“ つゝむにたえぬ花のかの“ もれても人のさとりける か“ いまは何をかつゝへき“ 是よりとうかいすせんり【数千里】“ 日本ならのみやこすむ“大しよくわんかおとひおとひめを 風の《割書:ふし| 》たよりにきくからに“ みぬおもかけの“ 立そひてわ すれもやらていかゝせん《割書:ことは| 》しんかけいしやううけ給て“ 是はなによりもめてたき御しよまうにて候物かな” ちょくしをたてゝりんけん【綸言】にてむかへとらせ給ひ” えい らん【叡覧】あれとのせんきにて"うんかと申つは物をちよくし にたてさせ給ふ” うんかすてに太そうの” きんさつ【金札 注①】をた まはりすせんばんり【万里】のかいろをすき” 日本ならのみや こにつき” 大しよくわんの御本【みもと】にててうさつ【注②】をさゝく” 大しよくわんは御らんして” 《割書:かゝる| 》我は是しゝいきとて小国の わうのしんかとし” いかにとしていこくの大王を” さうなく【左右無く】 むこにとるへきと《割書:つめ| 》一とはちょくしをしたいある” ちよくし 立もとつて” 此むねをそうもんす” 太そういとゝ あこかれ” 二とのちよくしをたてさせ給ふ” しやうむ くはうてい【皇帝】きこしめし” なさけは上下によるへからす小 国のしんかの子なりとも” そのはゝかりは有へからす” 凡返 【注① 金札 帝王の書状を敬っていう語。勅書。】 【注② 朝札=朝廷からの書状。】 てう【牒】をいたすとて” かたしけなくもくわうていの” ゐんはん【印判】 をなされけれはちよくしめんほくほとこして” いそきた ちもとつて” 返てうをさゝくれは” 太そう大きに ゑいりよ【叡慮】あり” きち日ゑらひさう〳〵に” むかひ舟 をそこされける” こんとのむかひのちよくしには” たち はなのあつそんにう大しんほうけんなりそもほん てうと申は” 小国なりとは申せとと【もヵ】” ちゑたい一の 国なり” みれんのいてたちかなふまし” けつこう あれとのせんきにて” むねとの【主だった】大せん三ひやく そう” きさきの御舟をは” りようたうけきし う【龍頭鷁首】となつけて” しゆだんをもつてかたとり” えには わふむのかしらをまなひともにくしやくのおゝ たれたり” 舟のうちににしきをしきぢんたん【沈檀】をまし へ【交え】” くわうようらんけい【光耀蘭閨】みかきたて” 玉のはた【幡】をは 風になひきこかねのかはらは日にひかりぐせい【弘誓】の舟 ともいつつへし?” はつひ【半臂のこと】天くわん【冠】玉をたれ”身を かさつたるによくわん【女官】しによ【侍女】” 三ひやく人すくつて” 是はせんちうの御かいしやく【介錯】のためにとて” かさり舟 にそのせられたりけるしゝいきよりももろこしま て” すせん【数千】はんり【万里】のかいしやうの” 御なくさめのそのため に” をんかのまひあるへしとて” ちこ百人すくって” 身をかさつてそのせられたる” すてにふ月の すへつかたどもつなとひておしいたす” あまのか はせ【注①】にあらねともつまこし舟【注②】のほをあけたり” 【注① 天の川瀬=天の川の川瀬。牽牛がここにさおさして織女のもとに渡るという。】 【注② 妻越舟=妻迎え舟に同じ。妻を迎えに行く舟。】 かくてなみ風しつかにて” 舟はほんてうつの国や” なん はのうらにつきしかは” ちよくしはならの京につ く” 大しよくわんはうけとつて” 一つはいこくのきこへ といひ” 又一つは本てうの” いくわうのためそとおほし めされさんかいのちんくわ【山海の珍菓】を山とつみ” 五千人の 上下を” そのとしの八月中はより” あくるう月はし めまてもてなし給ふ大しよくわんくわほうの程 のめてたさよ《割書:ことは》う月もやう〳〵すへになりゆき けれは” きち日をゑらひ玉のみこしをたてまつり” なんはのうらへ御出あり” それよりもりようたうけ きしう【龍頭鷁首】にめされじゆんふうにほを上けれは” 舟はほと なく大たうのみやうしうのみなとにつかせ給ふ” 大 王にきこしめされて” すわやこくむ【国母】のきやうけい よ” いさ〳〵御むかひまいらんとて” ひたりみきの 大しん” によくわんところ百くわん【官】けいしやう【卿相】” くわん人 しちやうにいたるまてのこるところはなかりけり” そも 〳〵大国の” 国のかすを申に一千四百四十こく” こう りのかすを申に九まん八千よくん” 寺のかすを申 に一万二千六ヶ寺” いちのかすを申に一まん二千 八百” ちやうあんのいちと申は” さいけのかすは百まん けか” 人のかすを申に五十九おく十まん八千人た ついちなり” ちやうあんしやうのみなとよりとをの みちわかてり” けんろけんなんたうとはたつみをさ してゆくみち” 三十五にふみわけり” おくなんた うと申はひつしさるへゆくみち” 五十九にふみわけり” さいけいたうと申はにしをさしてゆくみち” 廿六に ふみわけり” かうほくたうと申はきたをさしてゆ くみち” すえはたゝふたつ” 《割書:いろ| 》とうやうたうはふなちに てすゑは日本につゝけり”《割書:ことは| 》 かゝるみち〳〵よりもして 御つき物をそる人きさきをおかみたてまつる” あら有かたや” たゝ一めおかみ申人たにもひんく をのかれたちまちに” ふつきのいゑとなる” されは にやくはうてい【皇帝】もりようかんにしたしみ” なれちか つかせ給へば” しよひやうをいやしたちまちに”《割書:いろ|  》 やう しやうのたいゐにあへる心ちして” 五ちのあひた世 すなをに” たみのかまともゆたかなり《割書:ことは| 》かくてうちす きゆく程に” きさきの宮おほしめす” 我はこれ小国のも のと有なから大国のきさきにそなわりたる” そのこう めいを日本に” のこしてこそとおほしめし” 御ちゝの大 しよくわん” こうふくし【興福寺】のこんたう【金堂】” おなしきしやか【釋迦】のれ いさう【霊像】を” 御こんりうある人たに” かのみたう【御堂】のせにう【施入】 に” ふつく【仏具】ほうく【法具】をおくつて” まつたいのしるしとも” な さやはやとおほしめしそろへ給ふたからにはまつ” 《割書:つめ》くはけんけい【華原磬 注①】しひんせき【泗浜石 注②】” くわんけんけい【注③】と申は” うち ならしてのそのゝちに” こゑさらになりやます とゝめんと思ふ時には” 九てうのけさおゝふなり” し ひんせきはすゝり” かのすゝりのとくゆふは” 水なくして すみをすつて心のまゝにつかふなり” ほんほん【梵本 注④】の 【注① 中国陝西省の原産の石で作った磬。】 【注② 中国の泗水という河の岸から出るという石。磬や硯をつくるのに用いるという。】 【注③ かげんけい(華原磬)の変化した語】 【注④ ぼんぽん=梵字で書かれた書物。】 ほけきやう【法華経】はたらよう【多羅葉】にてあなんそんしや【阿難尊者】のあそは したるしちしやうるり【瑠璃】の水かめ” しやくせんたん【赤栴檀】のけい たい【磬台】” へいるり【注①】の花たて” せんたん【栴檀】のけうそく【脇息】” にく たんしゆ【?】のしゆす【数珠】一れん” くわふこのとらのかは” こんし きのしゝのかは” くはそ【注②】のかは三まひ” かゝるたからのそのな かに” しやくせんたんのみそき【注③】にて” 五寸のしやかをつ くりたて” にくしき【肉色】の御しやりを御しん【身】につくりこ めなからほう八寸のすいしやうのたう【水晶の塔】のなかにおさめ て” むけほうしゆとなつけて” 是を一のてうほう【重宝】にし おくり文をへつしにかきいしのはこにおさめて” おくらせ給ひけるとかや” 此玉はすなはち” こうふく 寺のほんそんしやか仏のみけんに” ゑりはめ給ふへき 【注① べいるり(吠瑠璃)=七宝の一つ。青い石の宝石。】 【注② 火鼠(かそ)=その皮で火浣布(かかんぷ)という不燃性の布を織るとされ、中国南部の深山にすむと考えられた鼠。ひねずみ。】 【注③ みそぎ(御衣木)=神仏の像をつくる材料となる木。】 なりとかきこそおくり給ひけれ” 《割書:ことは| 》さてしもかゝるてう ほうを” たれかはしゆこしておくるへき” きりやうのしん をめせとて” つはものともをめさるゝに” 大こくのなら いにて” 百人か大しやうを百こといひ” 千人か大しや うを千こといひ” 万人か大しやうを万ことなつく” かうほくたうのすゑ” うんしうといふ国に” 万こしやう くんうんそうとて大かうのつは物あり” おとらぬ程の つはものを” 三百人あひそへて” みやこをたつて大 たうの” みやうしうのみなとより” 一ようの舟にさ ほさし” おひての風にほをあけてすせんはんり をおくりけり” 《割書:ことは| 》かいていにすみ給ふ” 八大りうわうのそ う王” 玉の日本へわたること事を” しんつう【神通】にてきこし” めしもろ〳〵のりうわうたちをあつめておほせら れけるは” 《割書:いろ| 》われらはすてにかいていのりうわうたりと いへと” 五すい【衰】三ねつ【熱】ひまもなくおつこう【億劫】にもあひ かたき” 《割書:ことは| 》しやくせんたんのみそきにて” 五寸のしやか【釋迦】のれ いふつ【霊仏】の” 此なみの上に御さあるを” いさ〳〵うはひと つてわれししやうかくなるへし” もつともしかるへしと て” 八大りうわうのなみ風あらくたて給えは” 舟ひよ うたう【漂蕩】し地さんし” なみちもしつかならさりき” さり ともきとくふしきの” ほとけのめしたる御舟なれは” しやうかいの天人は雲をしのき” ふつほうしゆこのや しやらせつはなみ風をみつめさせ給ひ” 舟にしさい はなくしてみつは【三羽】の” そや【征矢】をゐる【射る】ことく” ことさらおひ てとなりにけり”《割書:ことは| 》 りうわういとゝいかりをなし” なみ風にて とゝめすは” おさへて【注①】うはひとるへし” さ有らん程にいこ くの物” さためてつよくふせくへし” りうくうのけん そく【眷属】に” しかるへき物はなし” しゆらはたけき物なれは” た のう【みヵ】てみんとの給ひて” あしゆらたちをそたのまれ ける” かのしゆらともの大しやうまけいしゆら【注②】” もろ〳〵の しゆらともを” ひきくしてこそ出にけれ” もとよりこのむ たうしやうなれは” もゝてにやつかんのけんそくともを” いきやういるい【注③】に出たゝせ” ほこ【矛】たうしやう【刀杖】をとり もたせ” てきはすまんきくとも” いくさはいゑの物なれ は” 玉におひてはうはひとつて” 《割書:かゝる| 》まいらせんと申て” 日本とたうとのしほさかひ” 《割書:ふし| 》ちくらかおき【注④】に” ちんを 【注① 強引に。】 【注② 摩醯首羅=仏法を守護する神。】 【注③ 異形異類=普通と異なったもの。又人間ではない異様な姿をしたもの。】 【注④ ちくらが沖=韓(から)と日本の潮境にあたる海。】 とり万こか舟をまちいたり” 《割書:ことは| 》是をはしらて万こは” しゆんふうにほを上て心にまかせふかせゆくに” 日 ころ有へしともおほえぬところに” しま一つうかへ り見れははたあしひるかへし” くろかねのたてのあひ【間】 よりも” つるきやほこのいなひかり” たうしやうのかけ ともか” うんかのことく【注】に見えけれは” あれは何といへるしさ いそや” いかなる事の有へきそと心もとるゝ思かれけ れとも” さあらぬていにふかせゆくに” かのしゆらともの 大しやうまけいしゆら” 一ちんにすゝみ出” 天をひゝかす 大をんにて” たゝ今此おきにせきをすへたるつは物を いかなる物と思ふらん” しゆらといへる物なり” かいていのり うわうたちをみつけんため” それをいかにと申に” 御 【注 雲霞の如く=大衆・兵士など人の群がり集まるさまが、雲や霞が沸き起こるようである。】 舟にまします” しやくせんたん【赤栴檀】のみそき【御衣木】にて” 五寸のしや かのれいふつ” よのたからほしからす” そのすいしやうの玉” すみやかにわたされ候へ” さらすは一人もとをすまし いと申” 万こ此よしきくよりも” 舟のへいた【舳板】につつ たち【突立ち】あかりて” あらけう〳〵しのいきをいさうや” さては をとにうけ給る此あしゆらたちにてましまする” 我 大こくのならひにて” 百人か大しやうを百ことなつけ くはん人といふ” 千人か大しやうを千ことなつけしゆり やうといふ” 万人か大しやうを万ことなつけしやうくん と是をいふ” かい〳〵しくはなけれとも” 一万人の大し やうなれは” 万こしやうくんうんそうとはそれかしか事 にて候” もつともりうくうよりの御しよまうにした かつて” すいしやうの玉” まいらせたくは候へとも” 七御門の 中よりも” きりやうのしんとゑらはれ” 日本のちよくし を” 給る時の日よりもして” いのちをはわか君のおんの ためにたてまつる” されはめいのかろき事は” 此きによ る事なれは” いのりのあらんするかきりは” 玉にをひては とゝるましひそ” 《割書:かゝる| 》けにと玉かほしくは万こをうつて とれやとてから〳〵とそわらひける” しゆらとも此よし をきくよりも” さらはてなみ【手並み】を見せんとて” てつしやう【鉄杖ヵ】 らんは【藍婆】のつるきをひつさけうんかのことくせめかゝる” まん こ是をみて” しやうそくをそきたりける” 万こかその日の しやうそくに” しんつうゆけ【神通遊戯】のうてかねさはんやつかん のすねあてし” めうほうれんけのつなぬきはき” にんに くしひ【注①】のよろひを” くさすり【注②】なかにきくたしてあの くたら三みやく三ほたひ【注③】の五まいかふと【五枚兜】をいくひに き【注④】” しのひのを【注⑤】ゝそしめたりける” かうまりけん【注⑥】のた ち【大刀】【「ろ」に見えるが誤記ヵ】” まん十もんし【真十文字】にさすまゝに” 大たうれんといふつ るき” あしをなかにむすんてさけ” けんみやうれんと いふほこもつて” 舟のへいた【舳板】につつたちあかる三百 よ人のつはものとも” 思ひ〳〵にいてたつて” はし舟【注⑦】お ろしおしうかへすてにかけんとしたりけり” たうのい くさのならひにてみたんに【みだりにヵ】かくる事はなし” てうし【調子】を とつてかく【楽】をうつてひやうしにあはせかけひくせい そろへの大こは” らんしよ〳〵しよつてうし” かけよと 【注① にんにくじひ(忍辱慈悲)=さまざまの侮辱や迫害を耐え忍んで慈悲深いこと。】 【注② 草摺=鎧の胴の下に垂れて、大腿部を覆うもの。】 【注③ 阿耨多羅三藐三菩提。完全な悟り。】 【注④ 猪首に着=兜を逆さにあお向けて深くかぶること。】 【注⑤ 忍びの緒=兜の緒に対する近世の通称。】 【注⑥ 降魔利剣=悪魔を降伏させるという剣。】 【注⑦ 端舟(はしぶね)=本船に付属して、その用事をする小舟。】 うつ大こは” さそう〳〵とうつなり” ひけよとうつ大こは” をつてうこつとうつなり” くんてくひをとれとは” つるて うこつとうつなり” かなはぬ時のせんには” しはうてつは うはなし” みたれひやうしきりひやうし” きうにおよふ 時には” ちをはたきとなかして” かうへをつかにつめよ とうつ” しゆらたう人のたゝかいは” むかしも今もため しなし” その上しゆらかたゝかひに” くはえん【火炎】の雨をふ らし” あくふう【悪風】をふきとはせ” はんしやく【盤石】をふらすこ とは雪の花のちることくつるきをとはせほこを なけ” とく【毒】のやをはなす事まなこをまくかことし” 身 をかくさんと思ふ時” けしの中へわけていり” あらはれん とおもふときしゆみにもたけをくらふへし” かゝる しんつうめいよをまのまへ【目の前】にけんし” 【現じ】こゝをせんとゝたゝ かへは” すてにはやたうしん” 心はたけく【猛く】いさめ【勇め】と” 此いき をひにおされてのかれかたくそ見えにける”《割書:ことは| 》 さる あひた万こは” みかたのくんひやう【軍兵】ともをあつめて 申けるやうは” とてもかなはぬ物ならは” しゆらか大しやう四 五人” そこのみくつ【注①】となしてこそ” いこくのきこへはしる へけれ” 我と思はんする人々は” ともをしてたへやとて” こんこん【「う」の誤記】かいのまんたら【注②】” たひさうかいのまんたら【注③】を” ほろにかけてふきそらし”【注④】ふなそこよりもめいは ともを” そのかすあまたひきいたす” 万こかひさう のめいはに” しんつうあしけ【神通葦毛】となつけ【名付】て” 七き八ふんあ け六さい” おかみ【尾髪】あくまてあつうして" 《割書:いろ| 》おつさま【注⑤】む 【 注① 底の水屑=水死する。】 【注② 金剛界の曼荼羅。】 【注③ 胎蔵界の曼荼羅。】 【注④ 吹き反らす=風に翻す。】 【注⑤ 追様=馬などの尻のほうから見た姿。この言葉から次のコマに続く語は馬の吉相を表現する常套語。】 かふよこはたはり【横端張り】【注①】” をくち【尾口 注②】そうとうつまねのくさり” しゝあひ【注③】ほねなみ【注④】よめのふし【注⑤】はつくりつけたること くなり” 《割書:つめ| 》らんてん【注⑥】のくら【鞍】をゝきしよつかうのにしき【注⑦】の うはしき” こん〳〵ぬつたるりのあふみ【鐙】りきしゆのち からかは【注⑧】をは” しやう〳〵のち【猩々の血】にてそめたりけり” おなしき おもかい【面懸】をかけさせ” こかねのくつは【銜】かんしと【注⑨】かませにし きのたつな【錦の手綱】よつてかけ” 万こゆくりとうちのつて” な みにしつまぬうくくつ【浮く沓 注⑩】を”四ツのあしにかけたれは” なみの上をはしる事はへいろ【平路】をつたふことくなり” 三百よ人のつは物とも” いつれと【「も」の誤記(別本より)】むま【馬】にのつたれ とも” みな〳〵うくくつかけたれは” 雲ゐにかり【雁】のと ふやうに” 一むらかりにさつとちらししゆらかちんへきつ 【注① 追様向う横端張り=(馬の体格が)尻のほうから見ても、真向いから見ても、横幅の広いこと。馬の吉相の一つとされた。】 【注② 「をぐち」とも言う。馬などの尾の付け根。】 【注③ 肉合い。ししおき(肉置き)に同じ。肉付き。】 【注④ 骨並み。骨合いに同じ。骨組みの具合。骨格の様子。】 【注⑤ 夜目の節=馬の前脚の膝上の内側にある白い節状のもの。これのある馬は夜間によく走るとされる。】 【注⑥ 「らでん」の変化した語。螺鈿。】 【注⑦ 蜀江の錦。中国明代を中心にして織られた錦。日本には多く室町時代に渡来。】 【注⑧ 力革=馬具の名。鞍橋(くらぼね)の居木(いぎ)と鐙(あぶみ)の鉸具頭(かこがしら)とをつなぐ革。】 【注⑨ がんじと=動かないように堅く締めるさまを表わす語。】 【注⑩ 「うきぐつ(浮沓)」に同じ。これを付けると、馬が自由自在に水上を走ることができると信じられていた、架空の浮き具。】 【別本のURL】 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288378 ている” しゆらとも是を見て” 一ひき二ひきのみならす” 三百ひきのむまともか” いつれもなみをはしるこ とはふしきなりときもをけし” か程にいさむしゆ らともゝにけまなこ【注①】にそなつたりける” 大しやうのう しあしゆら” すゝみ出ていひけるはなふこゝさうそか ねてより” 申せし事のちかはぬなふ” めたれかほ【注②】のす くやかし【注③】” おもてかほくせ【注④】めにすみたていらんあらそ ひあらかふき【儀】にはに【似】ましき事にて候そや” てを くたかてはいかにとして” かうみやうふかくか見えはこそ” 一かつせんせんとて” 出たつたりしありさまは” おくこうしん ゐのよろひをき” むみやうけんこのかふとのをゝ しめ とうしやうむさんのほこつゐて” しんゐくちのはた 【注① 逃げ眼=逃げようとする目つき。】 【注② 目垂れ顔=卑怯な振る舞いををする時の顔つき。】 【注③ したたかである。】 【注④ 顔癖=人の表情にあらわれる癖。】ゝ さゝせ” もゝてにやつかんのけんそくともをあひしたかへ” しきりに時をつくれは” へきてんやふれはしやう【波上】に をちかいていをうこかしなみ【波】をあけ” こくう【虚空】さなから とうようして月のひかりもうつもれて一ゑに【ひとへに】ちやう 夜となつたりけり” 此程をと【音】にうけたまはる” 万こうん そうにけんさん【見参】をせんといふまゝに” 万こを中にと りこめたり” 万こかつはものとも” こゝをせんとゝきつ たりけり” ら五あしゆら【注】三百人からこんらあしゆら 五百人” てをくたいてそきつたりける” 万こはめいよ のむまのり” うみの上にてのるたつな” さうかひふと りうはいふ” のりうかへたるむまのあし” ゆんて【弓手(左手)】の物を つくとき” わうきやうのたつなきつとひきめて【馬手(右手)】のも 【注 羅睺阿修羅(らごうあしゅら)=日月を覆って蝕(しょく)を起こすといわれる悪魔の名。】 のをつく時” ふきやうのふ【別本「む」】ちをちやうとうつ” にくる【逃ぐる】物をお ふときには” せんきやうあをりのあふみのふ【別本「む」】ちをき よくしんたい【注①】にのつたりけり” にしからひかしへきつてと をる時には” 三百よ人かあとにつゐてこゝをせん とゝきつたりけり” いれかへ〳〵たゝかへはしゆらかいく さはこたれ【注②】かゝつてかなふへしとも見えさりけり” さう 大しやうのまけいしゆら” 八めん八ひを” ふりたてゝやつ したのほこをうちふり” うちしにこゝなりとおめき【注③】さ けんてかけにけり” 万こ是を見て” かなふ【叶ふ】へきやう あらされは” うしほゝ【「を」の誤記】むすひてうつ【手水】とし” しよ天【注④】に ふかくきせい【祈誓】する” しかるへくはくはんせをん【観世音】ひくはん【悲願】 かな【別本「たか」】へ給ふな” ふいくんちんちう” ねんひくはんをんり【注⑤】 【注① 曲進退=軽快に前後へ自在に動く事。またそのさま。】 【注② こだれる=勢いがゆるむ。】 【注③ 「わめき」に同じ。】 【注④ 諸天=神々。】 【注⑤ ねんびくわんをんりき(念彼観音力)=観音の力を念ずること。】 き”しゆをんしつたいさん” ちかひ今ならては” しゆらかお そるゝけまんのはたを” たゝさしかけよ〳〵とけち【下知】 すれは” けまんらんはう玉のはたを” まつさきにさゝせ” 我をとらしとせめかゝる” 万こかつは物” かつにのつて” おつふせ【注①】〳〵きつたりけり” しんりきもつきは て” つうりき【通力】ひきやうも” かなはすしそこのみくつと なりにけり” いきのこるしゆらともすみか〳〵にかくれけ り” 万こかちときつくりかけ” もとの舟にとりのり” しゆらたうしんのたゝかひにかちぬや〳〵といさみを なしたうとかうらひはしりすき日本ちかふそなり にける”《割書:ことは| 》さる間りうわうたち【龍王達】” 是をはさていかゝはせんと そせんき【詮議】せられける” その中にとつても” なんた【注②】り 【注① おっぷせ=「おしふせ(押し伏せ)の変化した語。押倒す。ねじ伏せる。】 【注② 難陀龍王のこと。八大龍王の一。跋難陀龍王と兄弟で、つねに摩伽陀(まかだ)国を護るという。】 う王のたまはく” それにんけんの心をたはからんには見め よき女によもしかし” こゝをもつてあんするに” り う女をもつて此玉をたはかつてとるへきなり” し かるにりうくうのをとひめにこひさひ女と申て” ならひなかりしひしん【美人】たりしを” 見めいつくしく【注①】かさ りたて” うつほ舟【注②】につくりこめ” なみの上におしあく る” 是をはしらてまんこは” しゆんふうにほをあけて 心にまかせふかせゆくに” 《割書:いろ| 》かいまん〳〵【注③】としては又はしやうちゝむたり” へき天のをきぬく風くわう 〳〵としては又いつれのほくさうにかこゑやとさん” かしらなしをふかわらきとのしま” もろみのしまもめい しま” さつまのくにゝきかいかしま” ゆきのもとをり 【注① 美麗に。】 【注② うつほぶね(空舟)=丸木の内部をえぐって作った舟。】 【注③ 海漫漫=海が広いさま。】 つしまのない” 事ゆへなくはしりすき” 九国の地をはゆん て【弓手=左手】にみてさぬきの国にきこへたるふさゝきのお きをとをりけり”《割書:ことは| 》 かゝりけるところになかれき【流木】一ほん うかんてあり” すいしゆ【水手】かんとり【注①】是をみて” こゝにきた いなる木こそ候へ” 此程の大風に” 天ちくたうとのちん かう【沈香】はしふかれてなかるゝやらんと” 人々あやしめたり けれは” 万こ是をみて” 何のあやしめ事そとりあ けよとけち【下知】をする” 御ちやう【注②】にしたかひはし舟お ろしとりあけ見るに” ちんかうにてはなし” あやしや わつて見よとて此木をわつてみるに” 何とこと はにのへかたきびしん一人おはします” すいしゆかん とり是をみて” おのまさかりをなけすてゝあつと 【注① かんどり=「かじとり」の変化した語。舵取り。】 【注② 御諚=貴人の仰せ。】 はかり申” 万こ此よし見るよりもいかさまにも御身は 天まはしゆん【天魔波旬】のけけん【化現】にて” しやうけ【注①】をなさんその ためな” あやしやいかにといひけれは” 《割書:いろ| 》何と物をはいは すしてたゝなみたくみたる計なり” 万こかさね て申けるはいや” 何とたるませ【注②】給ふとも” せひにつけ ておほつかなし”【注③】たゝかいていにしつめみくつにせよ といさみをなせは” あらけなき【注④】つはもの御手に すかつてうみへ入れんとす”《割書:くとき| 》りうによ【龍女】はいとゝあ こかれてあらうらめしの人のことはや” のにふし山を いゑとする” こらう【注⑤】やかん【注⑥】のたくひたにもなさけは あるとこそきけ” みつから【注⑦】と申はけいたんこく【契丹国】の大王 の” いつきのひめにてさふらふなるか” あるきさきの 【注① しょうげ(障礙)=悪魔・怨霊などが邪悪をすること。】 【注② 油断させる。】 【注③ 不審だ。】 【注④ 荒々しい。】 【注⑤ 古狼=年をとったオオカミ。】 【注⑥ 野干=狐の異名。また、中国では狐に似た伝説上の悪獣。よく木に登り、夜鳴く声が狼に似ているという。】 【注⑦ 一人称。私。】 さんにより” うつほふ舟につくりこめさうははんり【蒼波万里】へなかさるゝ” たま〳〵きとくふしきに” しんりんのたくひにあひ たれは” さりともとこそ思ひしに” 何のつみに二たひう きかいていにしつむへきそ” うらめしさよとかきく とく” みたれかみをつたいて《割書:ふし| 》なみたの露の” こほるゝ はつらぬく玉のことくなり” しもをおひたるおみな へし” したはしほるゝふせひし” せいしかやさう にすてられてひしき物【注①】には袖しほれ” ほす日も なしと” わひけるも今こそ思ひしられたれ” かつらを かけしまゆすみ” はちすをふくむくちひる” もゝの こひ【注②】ますあひきやうなみとなみたにうちぬれ” 物おもふ人のふせいかや” うちむつけたる【注③】” 御ありさ 【注① 引敷物=しきもの。】 【注② もものこび(百の媚)=様々な媚態。】 【注③ 「うち」は接頭語。むつけたる=腹を立てている。すねている。】 まよその見るめもいたはしやさしもに【注①】かしこき万こ とは申せともやかてたるまかされ【注②】” けに〳〵【注③】さそおはす らん” それ〳〵とうせん【登舟】申せとて” やかて舟にのする” りうわう【龍王】のわさなれはむかふさまに風ふひて” ふ さゝきのおきに十日はかりとうりう【逗留】す” さなきたに【注④】 りよはく【旅泊】はことに物うきに” 万こあまりにたへか ねて” 風のたよりにかよひきて” いねかりそめのうたゝ ねは” 何となるこのをとたかく” よにもすゝめのすみう きにおとろかさんかいたはしさに《割書:いろ| 》あふきをあ けて是をたとへ” 風大きよにやみぬれは木をう こかして是ををしゆ《割書:ことは| 》あひみる人をこふるには” 【注① いかにも。】 【注② だるまかす=だまくらかす=だます。だるまかされ=だまされ。す】 【注③ げにげに=たしかに。】 【注④ さなきだに=そうでなくてさえ。】 文かよはねととこうるならは” 君か心をとりにくる なふ” いかに〳〵とおとろかす” りうによ【龍女】はもとより ねも入すさりなからうたゝねいりたるふせひし て” たそやゆめみる折からに”《割書:かゝる| 》うつゝともなともなきこと のはゝ” 《割書:くとき| 》ゆめのうきよのあたなれは人のことはもた のまれす” 夜のまにかはるあすか川” 水ほのあはの かりそめに風にきえぬることのはの” すゑもとを らぬ物ゆへに” あたなたちては何かせん《割書:ふし| 》中〳〵人 には” はしめよりとはれぬはうらみあらはこそ”《割書:ことは| 》その上 我はむまれてよりもかいもん【戒文】をあやまたす” むし より今にいたるまて” おゝくのしやうをうけし事” あるひは六よく【欲】ししやう【四生】にむまれ” 五すい【衰】八く【苦】のく をうけ” あるひは三つしやく【注】におち” 四たいもつのひに あへり” かゝるさいこうをふり” 今人間とむまるゝ事 もかいりき【戒力】によつて”たい一せつしやうかい【殺生戒】をたもつ て心のさうとなる” ちうたうかい【偸盗戒】をたもつてかんのさ うとなる” しやいんかい【邪淫戒】をたもつてひのさうとなる” まうこかい【妄語戒】をたもつてはいのさうとなる” おんしゆかい【飲酒戒】 をたもつてはじんのさうと是なる” これに五いんし つせいあり” いはゆるきうしやうかくちう” そうわうひ やうはん一こつ” 是又みめうのみのりとし五ちのをん せい是なり” これに五ツのたましいあり” こんしはくゐ しんありき” 此五ツのかたちをくそく【具足】するを仏と申” 《割書:いろ| 》五ツのかたちかけゐれはくちあんへいのちくるい 【注 しあく(四悪)の変化した語。人の口に生ずる四つの悪。妄語。両舌。悪口。綺語。をいう。】 たり”いかにも仏をねかはんする人はまつ” 五かいをよく たもつへし” 一つもかい【戒】をやふりなは” むそく【無足】たそ く【多足】の物となつてなかく仏になるましゐ”《割書:ことは| 》おほせは おもくさふらへと” たい三のかいもん【戒文】を” いかにとして やふらんと” なみたくみたる計にて思ひ入てそ おはしける” 万こもたいたう【大唐】そたち” ふつほう【仏法】るふ【流布】の 国なれは” あら〳〵かたり申す” あらしゆしやうやさて はこしやう【後生】の御ために” きんかい【禁戒】をたもたせ給ふか” そのかいもんの中に” ろくはらみつ【注①】のきやう【行】あり” その 中にとつてもにんにくはらみつ【忍辱波羅蜜】とは” 人の心をやふ らす” いかに五かいをたもつても” 人の心をやふりな は” 仏とさらになりかたし” されはにや仏には三みや 【注① 六波羅蜜=菩薩の六種の実践修行。】 う【三明】六つう【通】まします” 是は一ゑにくわこにして” しよはらみ つ【諸波羅蜜】をきやう【行】せし”《割書:かゝる| 》そのとく今にあらはれて仏となり 給へり” たとひ一とはたきの水” にこりてすまぬもの なりと” つゐにはすみてきよからん” 恋には人のし なぬか” さてもむなしく恋しなは” 一ねん五百しやう【注①】” けんねん【注②】むりやうこう【注③】しやう〳〵せゝ【注④】のあひたに” つきせぬうらみのふかうして” ともにしやしんとなるなら は” 仏にはならすしてしやたうになかくおつへし” かいのしなあまたあり五かいをよくたもつては” 人間 とむまれて” 五たい【体】をうくるなり” 十かいをたもつて は” 天人とむまれて” 五すいをうくるなり” 二百五 十かいは又” しやうもんとむまれて” 仏にはなりかたし” 五 【注①一念五百生=わずか一度、心に妄想を抱いただけで、その人は五百回もの回数にわたって輪廻しその報いを受けるということ。】 【注② 縣念=気がかりに思うこと。】 【注③ むりょうごう(無量劫)=非常に長い時間。】 【注④ しょうじょうせせ(生生世世)=生れては死に、死んでは生れることを永遠に繰り返すこと。世世は代々。】 百かいをたもつては” ゑんかくと是なる” これも仏にゑなら す” ほさつさんしゆ【菩薩三聚】一しんかい” 此かいをたもつてはやかて ほさつとなりつゝ” 仏とさらになりかたし” 大しやうゑん【乗円】 とんかい【頓戒】此かいをたもつてはやかて仏になるなり” 大し やう【大乗】のかいきやう【戒行】は二ねんをつかぬかいなり” しんたいは むさうにてかしん本よりしくふなり” しやうし【生死】にもつ なかれすねはんにさらにちうせす” しやしやう【邪正】すな はちきよけれは” すゝくへきあかもなし” いとふへきほん なふ【煩悩】なしねかひてきたる仏なし見る一けんをほう としきく事をみのりとす” こゝをしゝ【「ら」ヵ】ぬをまよひ とすゐんやう【陰陽】二ツわかうのみちいもせ” ふうふのなか へ” これふつほう【仏法】のみなもと” をろかにおもふへからすおな ひきあれやとそ思ふいかに〳〵と申けり” りう 女きこしめされて” それはほつしんのみのりとし” ふつほうにおひてはひさうのところなれとも” ねかふ事なくしては仏とさらになりかたし” 上 代はき【気】もしやうこん【上根 注①】にしてちゑ【智恵】も大ちゑなる へし” まつせ【末世】の今はけこん【下根】にてちゑある人もす くなし”《割書:いろ| 》むかし上代の大ちゑの人たにもいゑをい てゝさいし【妻子】をすて” のり【法】のためになんきやうす” しつた太し【悉達太子】はかういなるはんようのくらゐをふり すてわりなく契ふかゝりきやしゆたら女【注②】を よそにみ” 十九にてしゅつけをとげ” たんとくせん【檀特山 注③】 のはうれひあらゝせんにん【注④】をし【師】とたのみ” わし 【注① 根気のよいこと。忍耐強いこと。】 【注② 耶輸陀羅女(にょ)=釈尊の従妹で釈尊出家前の王妃。】 【注③ 北インドにある山。悉達太子の修行の地とする説あり。】 【注④ 阿羅邏仙人=紀元前532年頃のインドの哲学者。釋迦が出家求道のはじめに教えを請うた仙人。無所有の境地を説いたという。】 のみ山のれいほうにたき木をこ【伐】り身をこかし せんこくにむすふあかの水【注】” こほりのひまをくむ たひになみたは袖のつらゝとなる” よるは又よ もすからせんにんのゆかの上にし” させん【座禅】のとこ のふとんとなりかゝるしんくのこうをつみ” 《割書:ふし| 》まさ しくしやかとなり給ひ” 三かいのとくそん【独尊】” ししや うのゑことまし〳〵て” 一代しやうけう【聖教】を” ときひろ め給ふなり” こゝをもつてあんするに” ほんなふ【煩悩】そ くほたいしん【菩提心】” しやうし【生死】そくねはん【涅槃】とて” さいしをた いしさふらいて” 仏とやすくなるならは” なとや大し しやくそんは王のくらゐを” ふりすてゝのちをい とひ給ひけり” 其外せうくはのらかん【羅漢】たち” 【注 閼伽の水=仏に供える水。】 いつれかさいしをたいして仏となりし人やある” さて も仏の御おとゝ” なんた太子と申せしは” しつきほん なふつきすして” 女人をこのみ給ひしを” かくてはほ とけにならしとて” 仏はうへん【方便】めくらして” しやうとち こくのありさまを” そくしにみせたてまつり” つゐに しゆつけ” とけさせてなんたひく【比丘】とそなし給ふ”《割書:つめ| 》いとゝ このむしやきやうを” よしとをしへ給ふは” まふもくに あしきみちをしゆるふせひなるへし” かやうに申 せはとてもとより我は” 仏にてあるなり” こくう一し やうとう一たいかしらはやくし” みゝはなはあみた” むねはみろくはらはしや[か」こし大日によらいなりそ のほか十はう【方】のしよふつたち” もろ〳〵のほさつ とし” 我たいにくそくし” 十はうのこくうに” ほうによ として” おはしますきたりもせすさりもせす いつもたへせすましますをほつしんふつ【法身仏】と申” か たちをつくりあらはし” しやうとをたてゝ” すみか としたまふをほうしんふつ【報身仏】と申なり” 八しやう しやうたう【八相成道 注】し給ひて” のりをときすなはち” しゆ しやう【衆生】をりやく【利益】し給ふをおうしんふつ【応身仏】と申なり” 三しん【身】をとりわけ” 一心をしんするをさとりの まへのほとけなり” 三しんいつそくとくわんし” いつ れをもしんするをさとりのまへと申” 仏とならん そのため” なんきやうくきやう【難行苦行】せん物” いかてせんあく みたるへき身はいたつらになさるゝとかなふまし 【注 はっそうじょうどう=釋迦が衆生救済のために、この世に出現して示した八種の相。その内の「成道(悟りを開いて仏陀となること)」を特に重んじていう。】 とそおほせける” さる間万こは” 事のほかにはらをた て” いかにや〳〵きこしめせ” 仏をねかふ人はみな” た う【道】とちゑとしひしん【慈悲心】一ツかけてもなりかたし” たうといつは【注①】きやうたい【行体 注②】” ちゑといつはさとりの 心” しひ【慈悲】といつは一さいの” しゆしやう【衆生】をふかくあはれ みて” 人の心にしたかへり” たい一しひのかけては仏と さらになりかたし” しよせん物を申せはこそ” ことはも おほくつくれ” 今は物を申まし” かくてこゝにひ れふし” 思ひしにとなつて” 此世のちきりこそあさ くとも” ちこく【地獄】かき【餓鬼】ちくしやう【畜生】しゆら【修羅 注③】にんてん【人天 注④】に” むま【生】 れかはりし【死】にかはり” 六たう【注⑤】四しやう【注⑥】のそのうちを” くるり〳〵とおいめくつて” うさもつらさものちの世 【注① 「言っぱ」=「言うは」の転。】 【注② 修行のかたち、方法。】 【注③ 阿修羅の略。常に帝釈天と戦っている悪神。須弥山の下の海底に住むという。】 【注④ にんでん=人間界の人間と天上界の天人。】 【注⑤ 六道=すべての衆生が生前の業因によって生死を繰り返す六つの迷いの世界。すなはち、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上をいう。】 【注⑥ 四生=生物をその生れ方から四種に分類したもの。胎生、卵生、湿生、化生の四種の生まれ方。】 に” 思ひしらせ申さんとそのゝち物をはいはす” りう によはもとよりかやうにめされんため” たはかりす まさせ給ひて” 玉をのへたる御てにて” 万こかた もとをひかへさせ給ひなふ” いたふなうらみさせ 給ひそよ” まことに心さしのましまさは” みつから かしよまう【所望】をかなへてたへ” 草の枕のうたゝねの” 露のなさけはゆめはかりちきりなん” 万こあまりの うれしさにかつはと起て身をいたきなふ” こは まことにて御さ候か” 二つとなきいのちをもまいらせん と申” いやそれまてもさふらはす” けにやらんうけ たまはれは” しやくせんたん【赤栴檀】のみそき【注】にて”五寸のしや か【釈迦】のれいふつのましますよしを” 舟のうちにてうけ 【注 御衣木=神仏の像を造るのに用いる木。】 給る” そのすいしやうのたま” みつからに一夜あつけさせ 給えどもかくもおほせにしたかふへし” 万こ此よし きくよりも” あらしやうたいなや” よのしよまうか とこそ思ひつるに” 此すいしやうの玉にをひては” 中〳〵思ひもよらぬ事なるへしと” ふつと思ひき りけるかいや” 何ほとの事の有へきそと思ひ なをし” さても〳〵御身は” 何として御そんし候ひ けるそ” やさしくも御しよまう候物かな” さらは そと【注①】” 《割書:かゝる| 》おかませ 申さんとて” くろかねしやう【錠】をさ しいんはんをもつてふうしたる石のからうと【注②】の中 よりすいしやうの玉をとりいたし《割書:つめ| 》りうによのか たへわたす” けいせいとかひては” みやこかたふく 【注① 少し。】 【注② 「からひつ(唐櫃)」の音便形「からうつ」の転じた語。】 とよまれしも今こそ思ひしられたれ” かくてしうあ ひ【執愛】れんほ【恋慕】のわりなきちきりと見えつるか” 三日も すきさるにかきけすやうにうせぬ” 玉はと人に 見せけれはとりてうせぬと申” 《割書:いろ| 》たゝはうせん【呆然】と” あ きれはて” こくうにてをこそたゝたくすれ《割書:ことは| 》あらくち おしや” りうくうのみやこよりたはかりけるをし らすして” とかう申におよはすとて” のこるたからを さきとして” いそきみやこにのほり” さま〳〵のたから 物を” とりいたし大しよくわんにまいらせあくる” 大 しよくわんは御らんして” おくり文のその中に” だい一 のたから物” すいしやうの玉の見えぬは” いかにとたつ ねよひ給ふ” つゝむへきにて候はす” ありのまゝに 申” 此玉をとらんとてりうわうとくにしよまう【所望】する” おしみてさらにいたさす” しゆらをかたらひはわんと す” ぢんのたゝかひをのつから” ことはにものへ【述べ】かたし 筆にもいかてつくすへき” おほくのしゆらをうちと つてりうわうなふをやすめ” いまはと心やす くして” さぬきの国ふさゝきのおきをとをり し時” なかれ木一ほんうかんてあり” すいしゆ【水主】かんとり【舵取り】あ やしみをなし” とりあけわつてみるに” 天下ならひ なき天によあり” うみにいれんとせし時” りうて いこかれかなしむを” あまりみれはかわゆさに” たゝ 一夜とうせん【登舟】す” ひまをうかゝひしのひ入てとり てうせぬと申す” かまたりきこしめされて” あま り思えはむねんなるに” せめて我をくそくし” そのう らのありさまを我にみせよとおほせけれは” うけ 給ると申して” もとりの舟にのせ申” ふさゝきのお きへおしいたしてこゝなりと申す” たゝはう〳〵【茫々】と したるなみの上を御らんしてむなしくもとり 給ふ”《割書:いろ| 》みちすからおほしめすさもあれむねんなる 物かな” 三国一のてうほう【重宝】をわかてう【我朝】のたからと なさすして”いたつらにりうくうのたからとな しけんくちおしさよ” 《割書:ことは| 》よく〳〵物をあんするに” り うくうかいは六たう【道】にをひてもちくしやうた う【畜生道】のうち” にんけんのちゑにははるかおとるへき 物を” さあらん時は何としてたはかられけんふし きさよ” われ又せんきやうはうへんしいかにもあん をめくらし” 此玉にをひては” とらふす物とおほし めしみやこにかへり給ひて” てうせき【朝夕】あんをめ くらし” 玉をとるへきはかりことくふうまし〳〵 けれとも” さすかかいちうへたゝつて” たしう ゑんたうならされは舟のかよひちあらはこそ” し かりとは申せとも” しんそくにをいてをや” たいせ 太し【大施太子 注】はかたしけなく女い【如意】の玉をとらんとて” ゑんし のかいをもつて” きよかいをはかりつくしつゝつゐに ほうしゆゑたまへり” 大くわんとしては又つゐに むなしき事あらし” 我らもちかひてねかはくは 《割書:しほる| 》しやう〳〵せゝのあひたにこの玉にをひては 【注 〖大施太子〗=謡曲。観世小次郎信光作。大施太子は国の貧民を救うために梵天を祈り、龍宮の如意宝珠を授かったので、国民に望をかなえてやると告げる。集まった民の中に龍女の化身がいて、宝珠を奪うが帝釈天に取戻される。】 とらふす物とおほしめし” みやこのうちをしのひ いてかたちをやつし給ひて又ふさゝきにく たらるゝ” 《割書:ことは| 》かのうらにつきたまひ” うらのけしきを 見給ふに” あまともおゝくあつまつてかつきする 事おひたゝしく” かのあまの中にとしのよわ【ママ】ひ はたちはかりに見え” みめかたちもしんしやう【尋常】な るか” ろすいにもつれてあそふ事はたゝやいろを つたふことくなり” かまたり見こめ【込め】給ひてかのあ まのとまやにやとをかり” 日かすをおくらせ給ひ けるにあまにもいまたつまもなし”《割書:かゝる| 》かまたりたひのひ とりねのとこもさひしき事なから” こゝにて日をや かさねけん” ねかたけれともひめ松のはやうら風にうち なひく” なにはもつらきうらなからそよよしあしとい ひかたりて” ふたりあれはそなくさみぬ” 《割書:ふし| 》うきねの とこのかちまくら【注①】” なみのよるにもなりぬれは” ともゝ なきさのさよち鳥【注②】” ふきしほれたる” うら風にこ ゑをくらふるなみのをと” すさきの松に” さきあれ は” こすへをなみの” こゆるにゝてしほやのけふり一 むすひ” すゑはかすみにきえにほひ”ゆめち【夢路】に にたる” うたかたの” なみのこし舟かすかにて” からろ【注③】の をとの” とをけれは花に” なくねのかりかね” 我もみ やこのこひしさにこゑをくらへてなくはかり” うきみ なからもまき【注④】のとを” あけぬくれぬと” すきゆけ はみとせに” なるはほともなし” 《割書:ことは| 》かくてなんによのなか 【注① 楫枕=楫を枕として寝る意から舟の中に泊まること。船旅。】 【注② 小夜千鳥=夜鳴く千鳥。】 【注③ 唐艪=中国風の艪。】 【注④ 真木=すぐれた木の意。杉や桧などの木の称。】 らへわりなき中のちきりにや” わかきみいてき給ふ” 今はたかひに何事をも” うちとけたりし色み へたり” かまたりみこめ【注】給ひて” 今は何をかつゝむへ き” 我こそみやこにかくれもなき” たんかいこうふひ とう” 大しよくはんとはわか事なり” 心にふかきのそ みのありて” 此程是にありつるそ” しかるへくは身つ からかしよまうかなへてたひてんや”《割書:ととき| 》 あま人うけた まはりなふ” こはまことにて御ささふらうか” あらはつ かしや四かいに御な【名】かくれもなき” かゝるきにん【貴人】にした しみ申けることよ” 一ツはみやうか【冥加】つきぬへし” 一ツはは はく女けせん【下賤】にてはたへはなみのあらいそたちゐは いそのなかれ木” こゑはあらいそにくたくるうつせなみ 【注 見込め=その人の価値を十分に認識する。】 のをと” かみはやしほに” ひきみたすつくものことくなる 身にて” みやこの雲の” うへ人に” おきふしひとつ” とこに してみゝへぬるこそはつかしけれ” しかしたゝ身をな けてしなんとこそはくときけれ《割書:ことは| 》かまたりおほせける やうはとてもしせんいのちを” わかためにあたへ” りうく うかいへわけ入て” たつぬる玉のありところを見て かへれとの御ちやう【諚】なり” かいしん【海人】うけたまはつて” りうくうかいとやらんは” ありとはきひていまた 見す” ゆきてかへらん事はかたかるへし” たとひい かなるおほせなりとも” いかてかそむき申【別本】へき” かま たりにいとまをこひ” 一ようの舟にさほゝさし” おき をさいてこきいたし” なみまをわけてつつといる” 一日にもあからす” 二日にもあからす” 《割書:いろ| 》三日四日もはやす きて七日にこそなりにけれ”《割書:ことは| 》かまたり御らんして” あら むさんやかのものは” うをのゑしきともなりけるか” あやしやいかにおほつかなしと” 心をつくさせ給ふ ところに” よみかへりたるふせひにて” もとの舟に そあかりける” いかにととはせ給へはしはしは物を申 さす” やゝありて申けるはなふ” 此とよりりうくう かいへゆく道は” 事もなのめならす【注①】” 一つのかしらを さきとして” くらきところをまもつて” ちいろ【注②】の そこへわけて入” うしほのろすいのつきぬれは” く れなひのいろの水そあり” なをし【注③】そこへわけゆくに” こ かねのはまちにおちつく” 五しきのれんけをひふし” 【注① なのめならず=普通でない。ひと通りでない。】 【注② 千尋=きわめて深いこと。】 【注③ 猶し=ナホに強めの助詞シが付いた語。それでも。】 あをきくちなはおゝくしてれんけのこしをまとへり” なをしさきを見わたすに” れいかきよくなかれ” 水の色は五しきにてさうかんたかくそはたてり” 川に一ツのはしあり” 七ほうをちりはめ” 玉のはた ほこたてならへ風にまかせてへうよう【飄揺】す” かのはし をわたるに” あしすさましくきもきへ《割書:つめ| 》ゆめうつゝとも わきまへす” なをしさきを見わたすに” ろうもん 雲にさしはさみ” 玉のまくさ【注①】はかすみのうち” こ かねのかわらは日にひかり” そうてんまてもかゝやけ り” 三ちうのくわいらうに” ししゆのもんをたてたる” 一つの大りおはします” りうくうしやう是なり けり” へいるり【注②】のはしらをたて” めなうのゆきけ 【注① まぐさ(楣)=窓や出入口の上に水平に渡した横木。】 【注② べいるり(吠瑠璃)=七宝の一つ。青色の宝石。瑠璃。】 たに” はりのかへをいれにけり” ししゆのまんしゆの やうらく玉のすたれをかけならへ” ちやう【帳】にも あやをかけつゝ” とこににしきのしとねをしき” ちん たん【注①】をましへ” なをらんけい【注②】をみかきたつ” かゝるめ てたききうたゝに” しやかつらりうわう【注③】はしめ とし” わしゆきつりう【注④】にいたるまて” ほうさ【法座ヵ】をかさり” さ【座】せらるゝ もろ〳〵の” せうりうとくりう” こかねのよろひかふ とをきて” 四ツのもんをまほれ【注⑤】り” さてもたつぬる 玉をは” へちにてんをつくつて” たからのはたをたて ならへ” かうをもり” 花をつみ二六しちうにはんを もり” いねうかつかう【注⑥】中〳〵に申におよはさり けり” 八人のりうわうしゝこく〳〵【時々刻々】にしゆこしすれは” 【注① ぢんだん(沈檀)=沈香と白檀。】 【注② 蘭閨=后妃の寝室。】 【注③ 沙竭羅龍王=八大龍王の一つ。海に住み水をつかさどる神】 【注④ 和修吉龍王のこと。八大龍王の一つ。九頭の龍という。】 【注⑤ まほる=まもる(守る)】 【注⑥ 囲繞渇仰(いにょうかつごう)=周囲をめぐって深く信仰礼拝すること。】 此玉をとらん事” こんしやう【今生】にてはかなふましましてみ らいてとりかたし” おほしめしきり給へ我君とこそ 申けれ”《割書:ことは| 》かまたりきこしめされて”さては玉のあり ところをたしかに見つる物かな” ありとたにも思ひ なはとりゑん事はし【別本は「けつ」】ちやう【注①】なり” りうともゝはかり 事をめくらしてたはかつてとりたれは” 我もたく みをめくらしてたはかつてとるへきなり” 《割書:いろ| 》それり うしんと申は五すい【注②】三ねつ【注③】ひまもなくくるしみお ほき御身なり” 此くるしみをまぬかる事は” しらめ【別本「へ」】 のをとによもしかじ” 《割書:ことは| 》こゝをもつてあんするに” り うわうをたはかるならは” まひ【舞】とくわんけん【管絃】にてたは かるへし” 此うみのおもてにごくらくしやうと【極楽浄土】をま 【注① けつぢやう(決定)=疑いない。】 【注② 五衰=天人が死ぬときに現れる五種の衰えの相。】 【注③ 三熱=龍蛇の身が受けるという三種の苦しみ。一は熱風、熱砂のために身を焼かれること。二は悪風のために住居や衣服を失うこと。三は金翅鳥(こんじちょう)に襲われて食われそうになること。】 なふへし” 玉のはたほこ百なかれ【注①】たてならへ” さて又 かく屋【注②】をさうにかさつて” ひたりみきのけんくわん をしらへすまし” そのみきん【注③】にみめよきちこをそ ろへ” をんかくをそうする物ならはたゝ天人ににたるへ し” さあらん程に大そうしやう【僧正】” からりん【注④】をうちならし” 上天けかい【下界 注⑥】のりうしんをくわんしやうするほとならは すゝめによつて神ほとけ” のそみらいりんまし まさは” りうくうのみやこより” はつたいりうわう【八大龍王】 さきとして” そくはく【注⑤】のけんそくともを” ひきくし ていてらるへし” そのあひたはりうくうのみやこに は” りうひとりもあるましきそ” るすのまをう かゝつて” そろりと入てぬすみとつてやあたへ 【注① 流れ=旗などを数える語。】 【注② 楽屋=楽人が舞楽を演奏する所。】 【注③ みぎん=みぎり(砌)の転。】 【注④ 唐鈴=唐様の鈴(りん)。読経の折に用いる仏具で、小鉢形の鐘。】 【注⑤ 沢山。】 【注⑥ 龍宮など、海中にあると考えられる想像上の世界。】 かしとこそおほせけれ” あま人うけ給り” あらゆゝしの 君の御たくみやさふらふ” かゝるせんきやう【善巧】なくしては いかてたやすくとりゑなん” たゝしるすのあひた なりとも玉のけいこ【警護】はあるへし” たとひむなし くなるとも玉にをひてはしさひなく” とりあけ きみにまいらすへきか” もしもむなしくなるな らは” またたらちを【ママ】のみとり子のちふさをはな るゝ事もなし” きみならては後の世を” あはれ む人のあるへきかとて” なくよりほかの事はなし” 《割書:ことは| 》かまたりきこしめされて” 心やすく思へ” もしもむ なしくなりたらは” けうやう【孝養】のそのために” ならのみや こに大からんをこんりうすへし” 又そのわかにをひ ては” いまたようちなりといふとも” みやこへくそく し【注】天下の御めにかけ” ふさゝきの大しんとかうし ふちわらのとうりやうたるへきよしを” こま〳〵にの たまへはあま人うけたまはつてよろこふ事はかき りなし” やかてみやこへししやをたて” まひのしを めしくたし” あたりのうらの舟をよせ” しゆたんをも つて色とれる” ふたいをこそはりたてけれ” 十てう【丈】 のはたほこ百なかれたてならへ” 風にまかせてひる かへせはさうかいはやかてしやうと【浄土】ゝなる” ひたりみきの かくやに” かさりたてたる大たいこ” まんまくを上させ” しゆれんに玉のすたれをかけ” ほうさ【法座】をさうにか さらせて” うけん【有験】ちとく【智徳】の大そうしやう” 《割書:かゝる| 》からりんを 【注 具足す=伴い連れること。】 うちならし” 上天下かいのりうしんをおとろかししや うすれは” 八たいりうわうしゅつらい【出来】してせんき まち〳〵なりけり” なんせんふしう【注①】” ふさゝきのうら にしてほうさをかさりちようしやうある” いさやら いり【来臨】んやうかう【注②】なつてちやうもんとせんと” せんき してそくはく【注③】のけんそくともをひきくしてこそ いてられけれ” すてにりう神出給へは” こくちう【国中】の ちこたち” 身をかさりまうけ” こゝをせんと【先途】ゝまい 給ふたゝ天人のことくなり” さる程にりうしん五 すい三ねつ【注④】たちまちまぬかれ給ひけるあひた” 何事もうちわすれまひに見とれたまひてふ さゝきに日をそおくらるゝ”《割書:ことは| 》すはやひまこそよけ 【注① 南瞻部洲。「南閻浮提(なんえんぶだい)に同じ。須弥山の南にある閻浮提の意。人間世界の称。】 【注② 影向(やうがう)=神仏が仮にその姿を現すこと。】 【注③ 沢山。】 【注④ コマ59の注②、注③を参照。】 れとて” あまをいてたちをかまへけり” 五しきのあや をもつて身をまとひ” やくわう【夜光】の玉をひたい にあて” ぬのつなのはしをこしにつけ” かねよきかた なはりはさみなみまをわけてつつといる” たと ひなんし【男子】の身なり共” 一人うみへいらんする事は とゝのうほりようかめ” 大しやのおそれもあるへきに” 申さんや【注】女の身とあつて” 一人うみへ入事は たくひすくなき心かな” すせんはんり【数千万里】のかいろをす きりうくうのみやこにつきにけりやくわうの玉 にてらされて” くらきところはなかりけり” 見をき たりし事なれは” まようへきにて候はす” りうくうの ほうてん【宝殿】にあかめ【崇め】をく” すいしやうの玉” 思ひのまゝにぬ 【注 いわんや(況や)を丁寧に、また改まった口調でいうもの。まして申すまでもなく。】 すみとつて” こしにつけたるやくそくの” ぬのつ【「す」は誤記ヵ】なを ひけは” せんちう【船中】の人々” あはややくそくこゝなりと てんてにつなをひきにけり” あまはいさみてかつ けは” 上よりもいとゝひきあくる” 今はかうよと思ひ けるに” 玉をまほる【注①】せうりう【小龍】” 此よしを見つけ” あと をもとめておうことは” たゝみつはのそや【注②】をいるこ とく” せんちうの人々” あはやほのかにみゆるは”《割書:つめ| 》 くりあ けよとけちするに” あまのあとにつゐては” 一つの 大しやおうてくる” たけは十しようはかりにてひれ につるきをはさみたてまなこはたゝせきみつ の” 水にうつろふことくなり” くれないのことくなる” した のさきをふりたてゝ” すきまなくおつかくる” あま 【注① まぼる=まもる(守る)。】 【注② 三羽の征矢=三枚の矢羽を付けた征矢(実戦用の矢)。早く飛ぶので、非常に早いことのたとえに用いられる。】 かなはしと” 思ひけるあひたかたなをぬいてふせき けり” せんちう【船中】の人々此よしを御らんしててをあか き身をいたきおつつふいつころんす” あはや〳〵 とおほせけり” かまたり御らんしきよけんをぬき ゑうちのときゝつねのあたへたひたる” 一つのかまに とりそへ” とんていらんとし給ふを” せんちうの人々” ゆんてめてにすかつてこはいかにとてとゝめけり” す てにはや此つなのこりすくなく見えしとき” 大しや はしりかゝつて” なさけなくもかのあまの二つの あしをけちきれ【注】は水のあはとそきへにける《割書:くとき| 》むな しきしかひ【死骸】をひきあけ” しよにんの中に是を をき一とにわつとさけふ” かまたり御らんして 【注 けちぎる=食いちぎる。】 玉はとりえぬ物ゆへに二せ【世】のきゑん【機縁】はつきはてぬ” むねのあひたにきすあり” 大しやのさけるのみな らすと” あやしめ御らんありけれは” 此きすの中 よりもすいしやうの玉出させ給ふ” 大しやのおひか けしときかたなをふると見えしは” ふせかんために なくし” 玉をかくさんそのために” わか身をかひし けるかとよ” せめて此きすをわか身すこしおいた らは” かほとに物は思ふましきををんなははかなき ありさまかな” をつとのめいをちかへしとていのちを すつるはかなさよ” 《割書:ふし| 》ともし火にきやる” よるのむしは つまゆへその身をこかすなり” ふゑによる” 秋の しかははかなきちきりにいのちをうしなふ” それは みな〳〵しうあいれんほ【執愛恋慕】のわりなき” ちきりとは いひなから” かゝるあはれはまれなるへし” 我には二 せの” きゑんなれは” 又こんにもあひ見なん” なんちは いまこそかきりなれ” わかれのすかたをよく見よ とて” いとけなき” わかきみをしかい【死骸】におしそへたり けれは” しゝたるおやとしらぬ子の此ほとはゝには なれつゝ” たまにあふたるうれしさに” むなしきち ふさをふくみつゝ” はゝのむねをたゝくを見て” 上下はんみん” おしなへてみな” なみたをそな かしける” 《割書:つめ| 》あまはむなしくなりたれと” かしこきせん きやうはうへんによつて” りうくうかいへうはわ れしむけ【注】ほうしゆ【宝珠】をことゆへなく” うはひ返し給ふ 【注 むげ(無価)=値段をつけることができないほど高価なこと。または貴重なこと。】 事ありかたしとも中〳〵に申におよはさりけり” 此玉はすなはち” おくりふみにまかせ” こうふくし のほんそん” しやかほとけのみけんに” ゑりはめ給ひ けるとかや” しやうしんのれいさう” しやくせんたん【赤栴檀】の みそき【御衣木】にて五寸のしやかをつくり” にくしき【肉色】の御 しやり御しん【身】につくりこめなから方八寸のすいしや うのたう【塔】のな中におさめ” むけほうしゆとなつけて” 三国のてうほう” りうわうのおしみ給ひしこと はりとこそ聞こえけれ 【白紙】 【白紙】 【裏表紙】 【冊子の背】 【冊子の天或は地】 【冊子の小口】 【冊子の天或は地】 【帙を開いた表側】 【帙を開いた内側】