海外人物小伝  《割書:五》   《割書:海外|治乱》繍像人物小伝巻之五       第五回 俄羅斯帝(おろしやてい)/伯徳琭(ぺいとる)/初世(しよせ)「アレキシーウィッツ」は/才徳万(さいとくばん) 人(にん)に傑出(けつしゆつ)【「スグル」左ルビ】するを以(もつ)て臥盧的(ごろうで)と尊号(そんごう)し「カサール」 《割書:漠に称して|察汗汗と云》の位(くらい)に即(つい)たる俄羅斯(おろしや)の帝(てい)なり俄羅(おろ) 斯(しや)の版図(はんと)【「レウブン」左ルビ】今(いま)の如(ごと)く鉅大(おほひ)なるは此帝(このてい)の力(ちか)らに由(よ) れり紀元(きげん)一千六百七十二年/我国(わかくに)の延宝元(えんぽうくはん)/癸丑(みつのとうし) 年(どし)/莫斯科窪(もすこう)《割書:都府|の名》に生(むま)る父(ちゝ)は「カサール」《割書:位の|名》「アレ キセイ。ニカイロウィッツ」母(はゝ)は「アレキセイ」帝(てい)の次配(しはい) 「ボヤール」《割書:俄羅斯の官名|猶諸侯の如し》「ナリスキレ」《割書:人|名》の女(むすめ)「ナタ リアキリコウナ」なり帝(てい)その幼(いとけ)なき時(とき)鞠養訓導(きくやうくんだう)【「ソダテオシヘミチビク」左ルビ】 の法(ほう)。師友(しゆう)の道(みち)皆(みな)備(そなは)らずといへども聡明叡敏(そうめいえいひん)既(すで) に臥盧的(ごろうで)と称すべき徳(とく)を備(そな)へり故(ゆへ)に父王(ちゝわう)遺命(いめい) して帝(てい)の兄(あに)「イワン」《割書:人|名》を踰(こ)へて大位(たいゐ)を嗣(つ)がしむ 此(こ)れ実(じつ)に一千六百八十二年/我国(わがくに)の天和(てんわ)三/癸亥(みづのへい)【ママ】 年(どし)に丁(あた)れり時(とき)に帝(てい)年(とし)十一/歳(さい)然(しか)るに帝(てい)の女兄(おぢ)「ソ ヒア。アレキシウナ」《割書:人|名》政権(せいけん)【「マツリゴト」左ルビ】を専(もつは)らにせんとする 心(こゝろ)あり窃(ひそか)に国内(こくない)「ストレリッツ」《割書:地|名》一部(いちぶ)の兵(ひやう)を嗾(そう)【「ツカヒ」左ルビ】し て乱(らん)を興(おこ)さしめ因(よつ)て帝(てい)を要(おびやか)し退(しり)ぞけて自(みづか)ら「メ ーデレゲント」《割書:幼主を補(ほ)|弼(ひつ)する宦》となり其(その)幼中(ようちう)【「イトケナシ」左ルビ】なるの間(あいだ) 擅(もつぱら)に朝(てう)に臨(のぞ)み政(まつりごと)を掌(つかさど)る帝(てい)年(とし)甫(はじめ)て十五/歳(さい)隠然(いんぜん)と して邦家(はうか)を厳備(げんび)せんと欲(ほつ)する心(こゝろ)あり乃(すなは)ち陣法(ぢんぱう) に従事(しうじ)し兵卒(へいそつ)を練(ね)り患難(くはんなん)に処(しよ)して少(すこ)しもその 志(こころざ)しを撓(たゆ)まさず爰(こゝ)に至(いた)つて兵(へい)を起(おこ)して「ストレ リッツ部(ぶ)《割書:地|名》を討(うつ)て危難(きなん)に逢(あ)ふこと数度(すど)にして遂(つい) に之(これ)を降(くだ)し収(おさ)めて己(おの)れが兵(ひやう)となす帝(てい)の兵(ひやう)みな 勇偉(ゆうい)遇(あ)ふ者(もの)辟易(へきえき)せざることなし越(こへ)て三年/帝(てい)歳(とし) 十八/英明(えいめい)衆(しゆ)に超(こ)ゆ早(はや)く「ソヒア」が陰(ひそ)かに党(とう)を結(むす) び反逆(ほんぎやく)を企(くはだ)てんとする心(こゝろ)あるを察(さつ)し収(おさ)めてこ れを一寺(てら)に幽(ゆう)【「ヲシコム」左ルビ】す初(はじ)め「ソヒア」《割書:人|名》帝(てい)の伝統(でんとう)【「アタリマヘ」左ルビ】の次(し)【「シダイ」左ルビ】に あらずして位(くらゐ)を嗣(つ)ぐを拒(こば)んて帝(てい)を廃(はい)せんと欲(ほつ) する心(こゝろ)ありて乃(すなは)ち帝(てい)の兄(あに)「イワン」《割書:人|名》を立(たて)て帝(てい)と なす是(こゝ)に於(おい)て一国(いつこく)両帝(りやうてい)あり是(こゝ)に至(いたり)て「イワン」《割書:人|名》 をして位(くらゐ)を避(さけ)しめ初(はし)めて俄羅斯(おろしや)全州(せんしう)を領(れう)する ことを得(え)たり乃(すなは)ち倍々(ます〳〵)こゝろを専(もつぱら)らにして海軍(かいぐん) を備(そな)へんとす初(はじ)め俄羅斯(おろしや)の宝庫(ほうこ)【「タカラクラ」左ルビ】に英吉利(えげれす)の故(こ) 船(せん)一隻(いつそう)を蔵(ぞう)【「オサム」左ルビ】す蓋(けだ)し先帝(せんてい)の珍異(ちんい)なりとして貯(たくは)へ し所(ところ)たり帝(てい)一日(あるひ)宝庫(ほうこ)を閲(けみ)し其船(そのふね)を観(み)て感賞(かんしやう)し 遂(つい)に海軍(かいぐん)を備(そなふ)る志(こゝろざし)を立(た)つと云(いふ)然(しか)れども俄羅斯(おろしや) の地形(ぢぎやう)は止(た)だ一方(いつぽう)海(うみ)なるを以(もつ)て其(その)船(ふね)の佳悪(よしあし)を 知(し)る者(もの)なし且(か)つ此州(このくに)従来(しうらい)一隻(いつそう)の船(ふね)をも造修(ざうしふ)【「ワ(ツヵ)クリ」左ルビ】し 出(いだ)すこと能(あた)はざれは帝(てい)と共(とも)に此(この)秘器(ひき)【「フヱ■(ネヵ)」左ルビ】を視(み)し者(もの) 皆(みな)惘然(まうぜん)【「アキレ」左ルビ】として望(のぞ)みを絶(た)ち敢(あへ)て其(その)航海(かうかい)の一精品(へ(いヵ)つせいひん)【「スグレタレ(ルヵ)シナ」左ルビ】 たるを仰(あふ)ぐ者(もの)なし然(しか)るに帝(てい)天資(むまれつき)穎異絶特(えいゐぜつとく)【セカイノヒトニスグレ(ルヵ)コト■■(ナリヵ)】己(おの)れ か鬱(うつ)する所(ところ)を覈知(かくち)【「キワメレル」左ルビ】せんとする心(こゝろ)深(ふか)く独(ひと)り私(ひそ)に 惟(おもへ)らく海舶(かいはく)を備(そな)ふるときは山岳(さんがく)に登(のほ)り川沢(て(せヵ)んたく)を 渉(わた)るの労(らう)なく直(たゝ)ちに積水(せきすい)【「ウミカノ(ワヵ)」左ルビ】を横絶(わうぜつ)【「ヨコワタシ」左ルビ】して学術(がくしゆつ)隆盛(りうせい)【「サカエ」左ルビ】 治教休明(ちきやうきうめい)【「チセイノハウリツニアキラス」左ルビ】の諸国(しよこく)と声息(せいそく)【「ヨシミ」左ルビ】を通(つう)じて斯民(このたみ)を稗益(ひえき)【「タスケマス」左ルビ】す べしと云(い)ひ乃(すなは)ち船隻(ふね)を造修(さうしゆ)【「ツクリ」左ルビ】し英吉利舶(えげれすふね)を本国(ほんごく) に来(きたら)す労略(てたて)を施(ほとこ)す此時(このとき)邦内(ほうない)尚(なを)未(いま)た一隻(いつそう)の「フレ 俄羅斯帝(おろしやてい)の  女兄(きさきのあに)ソヒア 帝(てい)の兄(あに)  イワンと ひそかに  ストレリッツの 兵(ひやう)をすゝめて  反逆(ほんきやく)を企(くわだて) んと謀(はか)る図(づ) ガット」艦(ふね)を備(そなへ)ざるに先(ま)づ一員(ひとりの)大将(たいしやう)を選(えら)んで「アト ミラール【」】《割書:舶軍|都督》に任(にん)ず初(はじ)め先帝(せんてい)「アレキセイ」和蘭(おらんた) の舶匠(ふなだいく)を召(めし)て一隻(いつそう)の戦艦(いくさふね)を造(つく)らしめ北高海(きたかうかい)に 泛(うか)んで百爾西亜([ペ]るしや)と交易(かうえき)せんとす既(すて)にして船(ふね)な る名(な)づけて「アーデラール【」】と云(いふ)航(ふなて)して亜斯答臘(あすたら) 罕(かん)に到(いた)らんとす同河(とんが)の哈薩克人(こさつけんしん)攻(せめ)て之(これ)を燬(や)く 士卒(しそつ)敗(やぶ)れ走(はし)る中(なか)に和蘭人(おらんだじん)二名(ふたり)ありて莫斯科窪(もすこう) に走(はし)り返(かえ)る其(その)一人(ひとり)は「コンスターペル」《割書:舶上打礫|手の官名》 名(な)は「カルステンフランド」と云(いふ)是(こゝ)に至(いたつ)て帝(てい)また 擢(あけ)て一位(いちゐ)造艦大匠(ふなたいくのとうりやう)と為(な)し大(おほい)に舟楫(ふね)を造修(さうしゆ)【「ツクル」左ルビ】す時(とき) に一千六百九十三年我国の元/禄(ろく)七甲戌/年(とし)「フラ ンド」《割書:和蘭人|の名》をして自(みづか)ら造(つく)りたる軍/艦(かん)【「イクサブネ」左ルビ】に駕【「ノリ」左ルビ】して 「アルカンゲル」《割書:国|名》に到(いた)り本/州軍(しうくん)人の須(もち)ふる哆囉(ラシ) 羢(ヤ)を貿易(かうえき)せしむ 帝又/国(こく)内の民庶(たみ)野鄙(やひ)無術(むじゆつ)逸惰性(いつだせい)【「ウシナイヲコタル」左ルビ】を成(な)せる陋俗(ろぞく)【「イヤシキナラハシ」左ルビ】 を一/洗(せん)せんとし乃ち僅(わづ)に数(す)年にして数(す)百年来 汙染(おぜん)の悪習(あくしう)夷風(いふう)を丕変(ひへん)【「オホヒニカハル」左ルビ】するに至(いた)れり初(はじ)め帝(てい)謂(いへ) らく俄羅斯(おろしや)は欧邏巴洲(えうろつはしう)内にありと雖(い)へども餘(よ) 国(こく)の如(こと)く諸科(もろ〳〵)の学術(がくじゆつ)未だ盛(さか)んに興(おこ)らず宜(よろ)しく 大に他/国(こく)の学(がく)者を招(まね)き其/道(みち)を講(かう)明すべしとて 乃ち多く天下(てんか)の碩儒(がくしや)名士を会集(くはいしう)す中に就(つい)て赫(へ) 勿萋亜部(るしやぶ)内「ゼネーヘ」《割書:地|名》の人(ひと)列福耳多(れほると)といへる 大/賢(けん)其/徴(めし)に応(おう)ず其/人(ひと)齢(よわい)尚(なを)弱冠(じやくくはん)【「ワカシ」左ルビ】帝(てい)と交を訂(はかつ)て友 と為り常に帷幕(ごぜん)に参(さん)じて帝を輔弼(ほじく)し大/業(げう)を賛(さん) 成(せい)せり其初めの政(まつりごと)に先(ま)づ当時(とうじ)本州の兵/制(せい)を変(へん) じて欧邏巴(えうろつは)風と為(な)すはじめ仏蘭西(ふらんす)「ヒユゲノーテ ン【」】人/種(しゆ)乱(らん)を為す其/起(おこ)りは仏蘭西ナンテス府(ふ)の 政官(せいくはん)【「グキヤウ」左ルビ】一禁令(いつきんれい)を出すに其/人種(じんしゆ)肯(あへ)て従(したが)はすして遂(つい) に逃(にげ)て俄羅斯(おろしや)に来る者/数萬(すまん)人是に至て皆(みな)之を 軍/伍(ご)【「イクサナラブ」左ルビ】に編入(へんにう)【「アミイレル」左ルビ】し三萬人を得(え)たり之に因て列福耳(れほる) 多([と])「ゴルドン」《割書:我国の番|頭の類》二人をして之を統帥(しはい)せし め陣法を操練(さうれん)【「ケイコ」左ルビ】す幾(き)ならずして部伍(りうご)厳整(けんせい)【「ヨクトヽノイ」左ルビ】進退法(しんたいほう) あり皆用るに足(た)るに至る 帝/曽(かつ)て謂(いへ)らく土/俗(ぞく)を丕変(ひへん)【「オホヒニカ」左ルビ】し文化を開(ひら)くは交易 を四(し)方に広く通(つう)ずるより善(よ)きはなし窩々所徳(おゝすと) 海/黒海(こくかい)は俄羅斯(おろしや)大河の通ずる所(ところ)なれば舟楫(ふね)を 此大河に通ずるを便宜(びんぎ)なりとす後ち都爾其(とるく)と 戦ふに及んで帝(てい)自(みづか)ら同河(どんが)に到(いた)り「アソフ」《割書:地|名》を取 て貿易(かうえき)諸(しよ)物の放地(おきば)と為(な)し以て黒海(こくかい)の互市(かうえき)に便 せんと欲(ほつ)し乃ち兵を率(ひい)て「アソフ」城を囲(かこ)む城/堅(けん) 固(ご)にして急に陥(おとし)入(い)ること能(あた)はず兵(へい)を収(おさ)めて莫(も) 斯科窪(すこう)に帰(かへ)る此時に丁(あた)つて俄羅斯(おろしや)飢歉(きけん)す「リガ」 「ダンチク」二地の粟(あわ)を糶(いだ)し之を本/州(しう)の賣舶(かはく)にて 海運(かいうん)し国中の餓莩(がひやう)【「ウヘジニ」左ルビ】を救済(きうさい)【「スクフ」左ルビ】す又 和蘭(おらんだ)「オヽステン レイキ」「ブランデンヒュルグ」《割書:以上|国名》より築(ちく)城【「ナワバリ」左ルビ】の学(がく)に 熟(じゅく)し大/熕(づゝ)を点放(てんはう)【「ウツ」左ルビ】するに慣(なら)ふ人材(ひと)を援(ひ)き軍/卒(そつ)を 訓練(くんれん)す是(こゝ)に於て軍備(ぐんび)倍々(ます〳〵)整(とゝな)ふ一千六百九十六 年 我国(わがく[に])の元/禄(ろく)十丁/丑(うし)年/新(あらた)に同河(どんが)の側(かたはら)に造船場(さうせんば) を置(お)き一/隊(たい)二十三/隻(そう)の「ガレイエン【」】船及び「ガイ ルラスセン」船二/隻(そう)焼舸(せうか)四隻を造(つく)り出せり乃ち 此(この)水軍(すいぐん)を率(ひき)ひて都爾其(とるく)と「アソフ」に戦て之を敗(やぶ) り此年六月「アソフ【」】城(じゃう)を取(と)る此城(このしろ)は黒海(こくかい)の鎖鑰(さやく)【「ノドクビ」左ルビ】 たるを以(もつ)て此地(このち)を堅固(けんご)になさんと欲(ほつ)し軍艦(ぐんかん)五 十五/隻(そう)を造(つく)り築城学家(ちくじやうがくか)【「ナワバリノガクシヤ」左ルビ】「ブラーケル」に命(めい)じて仏(を) 兒格河(るかか)と同河(どんが)の交会(かうくはい)に大渠(おほみぞ)を鑿(うが)たしめ且(かつ)壮年(さうねん) の貴官(きくはん)数員(すにん)を和蘭(おらんだ)意太利亜(いたりあ)に遣(やつ)て造船(ざうせん)の法(ほう)を 講習(かうしう)せしめ又(また)貴官(きくはん)輩(はい)を黄祁(どいつ)に遣(つかは)して兵事(へいじ)をま なばしむ 一千六百九十七年/我国(わがくに)の元禄(げんろく)十一/戊寅(つちのへとら)年(どし)「スト レリッツ」《割書:地|名》の兵(ひやう)及(およ)び大臣(たいしん)数輩(すはい)乱(らん)を作(おこ)し帝(てい)を殺(しい)せ んと謀(はか)る帝(てい)又(また)其乱(そのらん)を平(たい)らぐ爾後(しかるのち)外国(ぐはいこく)に遊歴(ゆうれき)し 諸事(しよじ)を試(こゝろみ)んと欲(ほつ)し「ブリンス【」】《割書:爵|名》「ロマノトウスキ ー」及(およ)び「ボヤーレン」《割書:俄羅斯の宦名猶諸侯のこと〳〵|国政の機務をこと〴〵く参知す》 三員(さんにん)に朝政(てうせい)を委(ゆだ)ね身(み)を外藩(くはいばん)使者(ししや)に扮(やつ)す蓋(けだ)し俄(お) 羅斯(ろしや)の旧制(きうせい)常(つね)に使令(しれい)を外藩(ぐはいこく)に発(はつ)す故(ゆえ)を以(もつ)て帝(てい) 其(その)装(しやうぞく)を扮(ふん)【「キル」左ルビ】して諸国(しよこく)の風(ふう)を観(み)ると云(いふ)是(こゝ)に於(おい)て「エ ストランド」「リーフランド」「ブランデンビュクル」「ハ ノーフル」「ウェストハーレン」《割書:以上|地名》を歴(へ)て「アムステ ルダム」《割書:地|名》に来(きた)り又(また)転(てん)じて「サーンダム」《割書:地|名》赴(おもむ)き和(おら) 蘭製(んだせい)の衣服(いふく)を穿(うが)ち名(な)を伯徳琭密加越羅夫(べいとるみかえろふ)と更(あら) ため身(み)を匠作(しやうさく)に扮(やら)【「やつ」ヵ】して名(な)を工役(こうえき)名簿(めいはく)【「ナイヤシ」左ルビ】に署(しる)し遂(つい) に其地(そのち)の一小屋(いつしやうおく)【「コイエ」左ルビ】に寓居(ぐうきよ)【「カリスマイ」左ルビ】し躬親(みみつか)ら食(しよく)を作(つく)る其本(そのほん) 国(ごく)の政宦(せいくはん)と書牘(てがみ)を往来(わうらい)し手自(てみづか)ら匠斧(しやうふ)を操(と)り帆(はん) 桅龍骨(きりうこつ)を断(き)る而(しか)して後(のち)又(また)「アムステルダム」に返(かへ) り親(みづか)ら監視(かんし)【「サシツ」左ルビ】して六十/門砲軍艦(もんはういくさぶね)を造(つく)らしめ已(すで)に 成(なつ)て海運(かいうん)して「アルカンゲル」に輸(ゆ)【「オクル」左ルビ】す又(また)意(ころ)【「こゝろ」ヵ】を諸学(しよかく) 術(じゆつ)に留(とゞ)め一芸(いちけい)の微(び)といへども徒(いたつ)【「ら」脱ヵ】に看過(かんくは)【「ミスゴス」左ルビ】する事(こと) なくかならず手自(てみづか)ら之(これ)を験(こゝろ)み或(あるひ)は外科諸術(ぐはいくはしよじゆつ)を修(おさ) むるに至(いた)る又(また)はなはだ航海(かうかい)の技(ぎ)【「ゲイ」左ルビ】を嗜(たし)【「な」脱ヵ】み海上(かいしやう)の 情状(ありさま)を熟知(じゆくち)せんと欲(ほつ)する心(こゝろ)尤(もつとも)深(ふか)し「ウイルレム【」】三 俄羅斯(おろしや)の   水軍(すいぐん)  都爾其(とるく)と   アソフ城(じやう)に     戦(たゝか)ふ図(づ) 世王(せわう)帝(てい)を要して蘭噸(ろんどん)に来(きた)らしむ是(こゝ)に於(おい)て英吉(えげれ) 利(す)の船卒装(せんそつのよそほい)を為(な)して王船造場(わうせんのさいくば)に寓(ぐう)す常(つね)に曰(いわ)く 若(もし)俄羅斯(おろしや)帝(てい)ならざりせば願(ねかは)くは英国(えいこく)の「フロー トホーグト」《割書:艦隊|将校》と為(な)らんと云(い)へり此/土(ど)に在(あ)る 間(あい)だ帝(てい)に給仕(きうし)する者(もの)六百/余人(よにん)皆(みな)軍校(ぐんかう)築城学士(ちくじやうがくし) 砲手(はうしゆ)外科(ぐはいくは)等(とう)一芸(いちげい)に長(ちやう)ずる人(ひと)なりと云(いふ)諸(もろ〳〵)の帝(てい)と 交(まじは)る者(もの)その材器(きりやう)を賞(しやう)せざるはなし「ヲキスホル ト」《割書:地|名》の大学校(だいがくかう)より特命褒書(とくめいほうしよ)【「タグイナキメイノホメジヤウ」左ルビ】をあたふ居(お)ること 三月にして英吉利(えげれす)を去(さ)り和蘭(おらんだ)を過(す)ぎ「デレステ ン」《割書:地|名》を経(へ)て「ウエーネン」《割書:府|名》に赴(おもむ)き意太里亜(いたりや)に到(いた)ら んと欲(ほつ)す然(しか)るに「ストレリッツェレ」《割書:地|名》の兵(ひやう)又(また)乱(らん)を作(おこ) し帝(てい)を廃(はい)せんと謀(はか)る故(ゆへ)を以(もつ)て一千六百九十八 年/我国(わがくに)の元禄(げんろく)十二/己卯(つちのとう)年/彼(か)の九月/帝(てい)急(きう)に莫斯(もす) 科窪(こう)に返(かへ)る此時(このとき)俄羅斯(おろしや)の「ゴルドン」《割書:人|名》すでに其(その) 乱(らん)を平(たい)らぐ然(しか)れとも帝(てい)の怒(いか)り猶(なを)未(いま)だ霽(は)れず反(はん) 賊(ぞく)を収(おさ)めて盡(こと〴〵)く惨刑(さんけい)に処(しよ)せんとし十月に迨(およ)ん で日々に罪人(ざいにん)を刑戮(けいりく)す血浪(けつらう)【「チノナミ」左ルビ】之(これ)が為(ため)に平地(へいち)に泛(ぼう)【「アフ」左ルビ】 濫(らん)【「レル」左ルビ】す帝(てい)反賊(はんぞく)の巨魁(ちやうぼん)は帝(てい)の女兄(おぢ)「ソヒア」ならんと疑(うたが) ひ嚮(さき)に徙(うつ)したる寺前(てらのまへ)に縊台(えきだ[い])【クビク[ク]ルダイ」左ルビ】を建(たて)て一百三十人 を縊死(しめころ)す内(うち)三人は「ソヒア」を勧(すゝ)めて反逆(ほんぎやく)を企(くはだ)て しめんと欲(ほつ)し一書(いつしよ)を修(したゝ)めて深閨(ゐま)の窓(まど)より「ソヒ ア」が手(て)に交(わた)せし罪(つみ)を以(もつ)て亦(また)此(この)刑(けい)に処(しよ)す其(その)五百 人/放流(はうりう)【「ナガシモノ」左ルビ】す「スーレリッツ」隊兵(たいへい)を緝捕(しうほ)【「カラメトリ」左ルビ】して盡(こと〴〵)く屠戮(とりく) し一千七百五年/我国(わがくに)の宝永(ほうえい)三/丙戌(ひのへいぬ)年/其(その)余兵(よへい)を 亜斯太臘竿(あすたらかん)に流(なが)し新(あらた)に二十七/列細緜屯(れじめんと)の歩兵(ふへい) 二/列細緜屯(れじめんと)《割書:一列細緜屯は一|千ニ百九十六人》の「ダラゴンデル」《割書:事|宜》 《割書:に応して或は騎し|或は歩する軽兵を云》を設(まう)く両隊(りやうたい)合して三万三千 余人(よにん)摻練(さんれん)【「ケイコ」左ルビ】すること三月/皆(みな)善(よ)く練熟(れんじゆく)して進退(しんたい)規(き) 矩(く)に中(あた)る此時(このとき)に丁(あたつ)て帝妃(きさき)「エウドキシア」《割書:妃|名》閨房(けいぼう)【「マジハリ」左ルビ】 を奉(う)るを悪(にく)む帝(てい)因(よつ)て其(その)反賊(ほんぞく)に党(くみ)することあらん を疑(うたが)ひ「スユスダル」《割書:地|名》の寺(てら)に移(うつ)し其(その)名(な)を易(かえ)て「ヘレ ナ」といひ帝妃(きさき)の位(くらゐ)を奪(うば)ひ庶(つね)人の衣(ころも)を服(き)せしむ」 此(この)騒乱(そうらん)の際(あいだ)に帝(てい)の二友(じゆう)列福耳多(れほると)《割書:人|名》「ゴルドン」《割書:人|名》 も亦(また)死(し)す「メンシコフ」《割書:人|名》と云(いふ)者(もの)あり元(も)と卑賤(ひせん)な れども才智(さいち)衆(しゆ)に超(こ)へ力(ちから)を王事(おうじ)に竭(つく)すを以(もつ)て帝(てい) 大(おほひ)に之(これ)を擢用(てきよう)【「アゲモチフ」左ルビ】し恩寵(おんてう)優渥(ゆうあく)【「フカクアツシ」左ルビ】なり帝(てい)已(すで)に数々(しば〳〵)反乱(はんらん) の変(へん)に遇(あ)ひ自(みづか)ら謂(いへ)らく国(くに)を治(おさ)め民(たみ)を安(やすん)ずるは 尤(もつとも)急務(きうむ)なりとし精(せい)を励(はげま)し治(ぢ)を図(はか)る心(こゝろ)愈(いよ〳〵)切(せつ)なり 是(こゝ)に於(おい)て国中(こくちう)の貢税(ねんぐ)を減(げん)じ「ボヤーレン」《割書:諸|侯》の鹵(ろ) 簿(はく)の数(すう)を省(はぶ)かしめ又(また)国益(こくえき)を開(ひら)くが為(ため)に外藩(くはいばん)に 出游(しゆつゆう)し聚珍版(うへじばん)【注】を創(はじ)め有用(うよう)の書(しょ)を購求(かうきう)【「アガナヒモトメ」左ルビ】し国中(こくちう)の 大府(たいふ)ごとに学校(がくかう)を建(たて)て新(あらた)に寺觀(てら)の律令(おきて)を定(さだ)め 欧邏巴(えうろつば)諸州(しよしう)より兵学(へいがく)に精通(せいつう)【「クワシクツウズ」左ルビ】し諸術芸(しよしゆつげい)を覈明(かくめい)【「キワメアカス」左ルビ】す る人(ひと)及(およ)び諸工匠(しよこうしやう)を招(まね)き邀(むか)へ国(こく)中の土民(どみん)を召(めし)て 告(つげ)て曰(いは)く汝等(なんじら)をして皆(みな)其(その)処(ところ)を得(え)て富殖(ふしよく)ならし め土地(くに)を衛護(えいご)【「マモリ」左ルビ】して争乱(そうらん)の患(うれ)へなからしめんと 約(やく)し竟(つい)に其(その)言(こと)を践(ふん)で金坑(かなやま)を開(ひら)き又(また)家畜(かちく)を蕃殖(はんしょく) し耕耘(かうさく)を勧(すゝ)め輿地(よち)築城(ちくじやう)二科(にくは)学者(がくしや)を四方(しはう)に遣(つか)は して封内(ほうない)諸州(しよしう)の地図(ちづ)を作(つく)らしめ兵器(へいき)を造(つく)る鍛(か) 治場(ぢば)諸器什(しよきじう)の工作場(こうさくば)を設(まう)く已(すで)にして「オヽステ 【注 振り仮名の意からすると「植字版」で、活字を組んで作った印刷版のこと。漢字の訓みは「しゅうちん版」。中国、清朝時代、活字版の別称。乾隆帝が四庫全書中の善本の活字版にこの名を賜うたのに始まる。】 ンレイキ」《割書:国|名》と兵(へい)を搆(かま)ふ「カルロウィッツ」《割書:地|名》に盟(ちか)ふ後(のち) 両国(りやうこく)兵(へい)を釈(と)く一千七百七年/我国(わがくに)の宝永(ほうえい)五/戊子(つちのへね) 年(どし)帝(てい)和睦(わぼく)の期(き)を延(のべ)て三十年と為(な)さんと約(やく)す然(しか) れども雪際亜王(すうへしやわう)加列兒(かれる)十二/世(せ)自(みづか)ら兵(へい)を将(ひき)ひて 俄羅斯(おろしや)を伐(う)つ是(これ)を波羅尼亜(ほろにや)の「ネルファ」《割書:地|名》と云/処(ところ) に迎(むか)へ戦(たゝかふ)て敗(やぶ)らる然(しか)れども帝(てい)恐怖(きやうふ)の色(いろ)なく英(えい) 気(き)已(すで)に雪際亜(すうへしや)を呑(の)む帝(てい)嘗(あへ)て曰(いは)く必(かなら)ず敵(てき)より我(わ) が戦(たゝか)ひ克(か)つの陣法(ぢんぼう)を訓(おし)ふべし少(すこ)しも撓(たる)むこと なかれと以後(いご)戦(たゝか)ひ敗(やぶ)るゝ毎(ごと)に大将(たいしやう)に近(ちか)づく事(こと) 一歩(いつぽ)なる迄(まで)淬(ふかく)励(はげま)して此(これ)に克(か)つべき方略(てだて)を設(まう)く 已(すで)にして帝(てい)加列兒(かれる)が波羅尼亜(ぼろにや)に在(あ)るを伺(うかゞ)ひ虚(きよ) に乗(じやう)して「インゲルマンランド」「クールランド」及(およ) び「リーフランド」《割書:以上|地名》の一部(いちぶ)を取(と)り一千七百九 年/我国(わがくに)の宝永(ほうえい)七/庚寅年(かのへとらどし)「ヒニ【ュ?】ルタワ」の地(ち)にて加列(かれ) 兒(る)が兵(ひやう)を殲(ほろぼ)す哈薩克(こさつかん)の酋(かしら)「マスセッパ」《割書:人|名》初(はし)め加列(かれ) 兒(る)に属(ぞく)し已(すで)にして又(また)俄羅斯(おろしや)に従(したが)ふ帝(てい)善(よ)く駕馭(かきよ)【「シノギオサム」左ルビ】 す是(こゝ)を以(もつ)て恐怖(きやうふ)して其(その)帝(てい)に事(つかふ)ること加列兒(かれる)より も謹(つゝし)めり乃(すなは)ち其(その)兵(ひやう)を部伍(はうご)に編入(へんにう)し俄羅斯(おろしや)の兵(ひやう) 倍々(ます〳〵)驍勇(きやうゆう)と為(な)る遂(つい)に兵(へい)を発(はつ)して急(きう)に雪際亜(すうへしや)を 襲(おそ)ひ一千七百十年/我国(わがくに)の正徳(しやうとく)元(くわん)辛卯(かのとう)年(どし)更(さら)に「リ ーフランド」《割書:地|名》の余部(よぶ)「ウィビュルグ」「ケロルム」《割書:以上|地名》の 二地(ふたところ)を取(と)る 加列兒(かれる)十二/世(せ)は俄羅斯(おろしや)の敵(てき)しがたきを察(さつ)し援(すく) ひを都兒其(とるく)に請(こ)ふ都兒其(と●く)兵(へい)を進(すゝ)めて俄羅斯(おろしや)を 伐(う)つ其(その)兵(ひやう)俄羅斯(おろしや)より多(おゝ)きこと四倍(しばい)一戦(いつせん)に俄羅(おろ) 斯(しや)を鏖殺(みなころし)にせんとする勢(いきほ)ひあり此時(このとき)俄羅斯の 兵糧(ひやうらう)未(いま)だ備(そなは)らず然(しか)れとも帝(てい)「プリュット河(が)【」】を済(わた)り都(と) 兒其(るく)の【「】大フィシール」《割書:【「】大フィシール」は甲|胄兵隊の総将》を「プリュット」《割書:地|名》 に迎(むか)へ戦(たゝか)ふ帝(てい)の全軍(せんぐん)重囲(ぢうゐ)【「カサナルカコヒ」左ルビ】に陥(おちい)り出(いづ)ることあた はず此時(このとき)継妃(きさき)加太理那(かたりな)一世(いつせ)都兒其(とるく)の人【「】フインー ル」に和(わ)を納(いれ)る于時(ときに)一千七百十一年/我国(わかくに)の正徳(しやうとく) 二/壬辰年(みづのへたつどし)和盟(わぼく)成(なつ)て乃(すなは)ち囲(かこ)みを解(とき)て帝(てい)生還(いきかへ)る ことを得(え)たり是(こゝ)に於(おい)て嘗(あへ)て取(と)る所(ところ)の「アソフ」城(じやう) 及(およ)び黒海(こくかい)諸城(しよじやう)を都兒其(とるく)に返(かへ)し納(いれ)る帝(てい)已(すで)に都兒(とる) 其(く)と和(くは)し力(ちから)を専(もつば)らにして雪際亜(すうへしや)を攻(せ)め肥良的(ふいんらん) 亜(ど)。全国(せんこく)を取(と)り数々(しば〳〵)雪際亜(すうへしや)の兵(ひやう)を破(やふ)る一千七百 二十一年/我国(わがくに)の享保(きやうほう)七/壬寅(みづのへとら)年/雪際亜(すうへしや)力(ちから)屈(くつ)して 和(わ)を乞(こ)ふ終(つい)に「ネイスタッテル」《割書:地|名》に盟(ちか)ふ是(こゝ)に於(おい)て 「インゲルマンランド」「エストランド」「リーフラン ド」及(およ)ひ「ウィビュルクスレン」「ケロルムフレン」《割書:以上|地名》の 一/部(ぶ)を取(とつ)て永(なが)く俄羅斯(おろしや)の版図(りやうつ)に帰(き)す初(はじ)め加列(かれ) 兒(る)十二/世(せ)と戦(たゝか)ふごとに二人/皆(みな)士卒(しそつ)と倶(とも)に単身(たゞひ[と]り) 戦陣(せんぢん)の中(なか)に進(すゝ)み其(その)衣(ころも)銃丸(てつほうたま)に中(あた)りて穿破(せんば)する者(もの) 数処(すしよ)一日(あるひ)加列兒(かれる)戦(たゝか)ひ破(やぶ)れて独(ひと)り逃ぐ日(ひ)已(すで)に黄(たそ) 昏(がれ)なり帝(てい)雪際亜(すうへしや)の「ゼネラール」《割書:大|将》を見(み)て謝(しや)して 曰(いわ)く汝(なんち)王(わう)の訓(おしへ)を得(え)て戦勝(せんしやう)を習(なら)ふ事(こと)を得(え)たりと 又/北辺(ほくへん)の兵乱(いくさ)結(むすん)で解(とけ)ざること二十一年/是(こゝ)に至(いた) て其(その)乱(らん)初(はじ)めて定(おさま)る帝(てい)。兵(ひやう)を出(いだ)すこと此(かく)の如(こと)く久 しうして国財(こくざい)匱乏(きぼう)【「トボシ」左ルビ】することを告(つ)げず国勢(こくせい)愈々(いよ〳〵) 昌盛(はんじやう)せりと云 【右丁】 俄羅斯帝(おろしやてい)独(ひと)り雪際亜王(すうへしやわう) 【左丁】 加列兒(かれる)を追(お)ふ図 帝(てい)已(すで)に雪際亜(すうへしや)に戡(か)つ是(こゝ)に於て天(てん)を祀(まつ)り大(おほ)ひに 天下(てんか)に赦(しや)す惟(これ)人(ひと)を殺(ころ)せる者(もの)盗賊(とうぞく)の自(みづか)ら過(あやま)ちを 悛(あらた)むることを知らざる者(もの)は此(この)列(れつ)にあらず且(か)つ 一千七百十七年/我国(わがくに)の享保(きやうほう)三/戊戌(つちのへいぬ)年(どし)に至(いた)るま で晋(すゝ)みたる爵位(しやくゐ)を天(てん)に告(つ)ぐ政宦(せいくはん)諸宗僧(しよしうそう)皆(みな)闔国(ろうこく) 人民(にんみん)の望(のぞ)みに副(そへ)て尊号(そんがう)を上(たてまつ)り父国(ちゝくに)《割書:西洋人は本|国を称して》 《割書:父国|と云》の慈父(じふ)俄羅斯皇帝(おろしやくはうてい)と云ひ副号(ふくがう)を上(たてまつ)りて臥 盧的(ろうで)と云一千七百二十一年/我国(わかくに)の享保(きやうほう)七/壬寅(みずのへとら) 年(どし)彼(か)の十月二十二日/大平(たいへい)の祭(まつ)りを行(おこな)ひ帝国(ていこく)の 位爵(ゐしやく)を天下(てんか)に布告(ふかう)【「シキツグ」左ルビ】す孛漏生(ぷろいせん)和蘭(おらんた)雪際亜(すうへしや)先(ま)づ其(その) 命(めい)を允(いん)【「シタカフ」左ルビ】し余国(よこく)も亦(また)続(つゞい)で尊号(そんがう)を称(しやう)するを准(しゆん)ず帝(てい) 既(すて)に闔国(かうこく)の民俗(みんぞく)を移(うつ)し王化(わうくは)に丕変(ひへん)【「オホヒニカハル」左ルビ】せしめ大(おほい)に 其(その)国(くに)を隆興(りうかう)す因(よつ)て謂(いへ)らく斯(この)国(くに)を挙(あげ)て闇劣不学(あんれつふがく) なる「レケンテン」《割書:輔弼|の宦》の手(て)に委(ゆた)ぬるに忍(しの)びずと 一千七百二十二年/我国(わがくに)の享保(きやうほう)八/癸卯(みづのとう)年(どし)彼(か)の二 月二十二日/帝(てい)嗣(し)を立(たつ)るの律(りつ)を定(さだ)めて曰く皇帝(くはうてい) の択(えら)び立(たて)たる君(きみ)宜(よろし)く国政(こくせい)を行(おこな)ふべしと乃(すなは)ち群(くん) 臣(しん)を盟(ちか)はしむ 初(はじ)め帝(てい)久しく兵(へい)を百爾西亜(へるしや)に進(すゝ)めんと欲(ほつ)す是(こゝ) に至(いた)つて遂(つい)に百爾西亜(へるしや)を征(せい)し交易(かうえき)を北高海(きたかうかい)に 通(つう)ぜんとす一千七百二十三年/我国(わがくに)の享保(きやうほう)九/甲(きのへ) 辰年/彼(か)の九月二十三日/両国(りやうこく)和(わ)を講(かう)じ「デルベン ト」「ハッキュ」の二府「シラン」「マサンデラン」「アスタラバッ ト」《割書:以上|国名》等(とう)の州(くに)を俄羅斯(おろしや)に割(さき)与(あた)ふ既(すて)に百/爾西亜(るしあ) より凱旋(かいせん)【「カヘリ」左ルビ】し宦員(くはんいん)の邪曲(じやきよく)なる者(もの)を厳鞠(げんきく)【「コウモン」左ルビ】して惨(さん)【「イカル」左ルビ】刑(けい) に処す「フィセカンセリール」《割書:第一椅に座して|礼典を説く官》名(な)は 「シカフストロウ」は初(はじ)め死罪(しざい)に処(しよ)せんとし既(すで)に 刑場(しおきば)に臨(のぞ)んで遽(にはか)に宥(ゆる)して辺裔(へんえい)【「クニノスヱ」左ルビ】に流竄(るざん)【「ナカス」左ルビ】す「メンシ コフ」《割書:人|名》は二十万【「】ルーブル」を国庫(こくこ)に納(い)れて命を 贖(つくの)ひ身(み)を戕(そこな)ふ刑(けい)《割書:此方にて劓刖(はなきりあしきる)|等の刑の類》に処(しよ)す其余(そのよ)刑(けい)に 処(しよ)する者(もの)差(しな)あり一千七百二十四年/我国(わがくに)の享保(きやうほう)十 乙巳(きのとみ)年(とし)又/兵(へい)を発(はつ)し雪際亜(すうへしや)弟那瑪爾加(でねまるか)を威摂(ゐせつ)して 「ホルステイン」《割書:国|名》の赫督撫(へるとぶ)の為(ため)に和議(わぎ)を講(かう)じ遂(つい) に弟那(でね)瑪爾加王をして歳銀(さいぎん)二万五千【「】ダールデ ル」《割書:金貨|の数》を納れしめ且(かつ)雪際亜(すうへしや)の嗣(よつぎ)を議(ぎ)して「ホル ステイン」《割書:国|名》の赫督撫(へるとぶ)を立(たて)て王と為(な)す已(すで)にして 船(ふね)に駕(か)して「コロンスタット」に返(かへ)り新造船隻(しんざうぶね)の落(らく) 成(せい)を賀(が)し祭祀(まつり)を設(まう)く其船/隻(ね)は四十一/艘(そう)大/駁(づゝ)二 千一百六十六門/船卒(せんそつ)一万四千九百五十/名(にん)なり 其後(そのゝち)新/都伯徳琭(とへとる)城(しやう)に幾多(あまた)の便宜(びんぎ)を備(そろ)へ要害(ようがい)を 構(かま)へ又/新(あらた)に雪際亜(すうへしや)と交易(かうえき)の制度(せいど)を約(やく)し一千七 百二十四年/我国(わかくに)の享保(きやうほう)十乙巳年/彼(か)の五月/妃(きさき)加(か) 太里/那(な)の功(こう)を賞(しやう)して女帝(によてい)の位(くらゐ)に即(つか)しめ十一月 鍾愛(しやうあい)女子(ぢよし)「アンナ」を雪際(すうへし)亜王「ホルステイン【」】赫督(へるた) 蕪(ぶ)に嫁(か)す 已(すで)にして帝(てい)局発(きよくはつ)【「ヨルネツザス」左ルビ】の疾(やま)ひあり精(せい)力/稍(やゝ)減(げん)ずるを覚(おぼ) ふ一千七百二十四年我国の享保十/乙(きのと)巳年/彼(か)の 九月「セイステルベッキ」《割書:地|名》に幸(みゆき)し鍛治/及(およ)び鋳銃場(とうじうば) を査視(さし)す日/已(すで)に暮(く)る「ラクタ」《割書:地|名》に及んで士卒(しそつ)数(す) 名(にん)小/船(ふね)に乗(じやう)して河を渉(わた)る風(かせ)駃(あら)【駚】く波(なみ)高(たか)く岸(きし)に上 ること能(あた)はず舟(ふね)将(まさ)に覆没(ふくぼつ)【「クツカへラン」左ルビ】せんとするを見て帝 自(みつか)ら躍(おとつ)て水(みつ)に入り士卒(しそつ)二ト【十】/余名(よにん)を拯(すく)ひ出(いた)し因(よつ) て又/寒疾(かんしつ)に感(かん)じて宿痾(しゆくあ)【「ナカトヤマヒ」左ルビ】倍々(ます〳〵)劇(はけ)し一千七百二十 五年/我国(わかくに)の享保(きやうほう)十一/丙午(ひのへむま)年(とし)尚(なを)疾(やま)ひを忍(しの)んで新(しん) 禧(き)の祭祀(さいし)を行(おこな)ふこと古制(こせい)の如(こと)し二月八日/病(やま)ひ 大/漸(せん)【「オホヒニスヽム」左ルビ】となる女帝(によてい)湯薬(ゆやく)に侍し帝(てい)をして「メンシコフ」 《割書:人|名》か罪(つみ)を宥(ゆる)し其(その)宦(くはん)を復(ふく)さしむ帝(てい)竟(つい)に崩(ほう)ず寿(じゆ)五 十三/加太里那(かたりな)一/世(せ)帝位(ていゐ)を襲(おそ)ふ初(はじ)め帝(てい)太子(たいし)アレ キセイペトロウィッツを生(う)む此(この)太([た]い)子/狠戻恣睢(こんるいしさい)【「モーリフムキホシイマニタル」左ルビ】にし て其(その)人と為(な)り大/統(とう)を承(うく)るに足(た)らず又(また)帝(てい)の知(し)ら さるに乗(じやう)じ其(その)国(くに)を出奔(しゆつほん)す「ヲップルホフメースト ル」《割書:第一位|政宦》メンシコフ《割書:人|名》太子(たいし)の出奔(しゆつぽん)を讃(ある)す帝(てい)之(これ) を捕(とら)へ鞠問(かうもん)すること極(きわ)めて厳酷(けんこく)【「キヒシ」左ルビ】竟(つい)に帝(てい)の前(まへ)に て其(その)頭(かしら)を断(た)つ或(あるひ)は曰(いわ)く帝(てい)自(みつか)ら之(これ)を誅(ちう)す 《割書:海外|治乱》繍像人物小伝巻之五 終 【白紙】 【裏表紙】 【背】 【天】 【小口】 【地】