海外人物小伝  《割書:五》   《割書:海外|治乱》繍像人物小伝巻之五       第五回 俄羅斯帝(おろしやてい)/伯徳琭(ぺいとる)/初世(しよせ)「アレキシーウィッツ」は/才徳万(さいとくばん) 人(にん)に傑出(けつしゆつ)【「スグル」左ルビ】するを以(もつ)て臥盧的(ごろうで)と尊号(そんごう)し「カサール」 《割書:漠に称して|察汗汗と云》の位(くらい)に即(つい)たる俄羅斯(おろしや)の帝(てい)なり俄羅(おろ) 斯(しや)の版図(はんと)【「レウブン」左ルビ】今(いま)の如(ごと)く鉅大(おほひ)なるは此帝(このてい)の力(ちか)らに由(よ) れり紀元(きげん)一千六百七十二年/我国(わかくに)の延宝元(えんぽうくはん)/癸丑(みつのとうし) 年(どし)/莫斯科窪(もすこう)《割書:都府|の名》に生(むま)る父(ちゝ)は「カサール」《割書:位の|名》「アレ キセイ。ニカイロウィッツ」母(はゝ)は「アレキセイ」帝(てい)の次配(しはい) 「ボヤール」《割書:俄羅斯の官名|猶諸侯の如し》「ナリスキレ」《割書:人|名》の女(むすめ)「ナタ リアキリコウナ」なり帝(てい)その幼(いとけ)なき時(とき)鞠養訓導(きくやうくんだう)【「ソダテオシヘミチビク」左ルビ】 の法(ほう)。師友(しゆう)の道(みち)皆(みな)備(そなは)らずといへども聡明叡敏(そうめいえいひん)既(すで) に臥盧的(ごろうで)と称すべき徳(とく)を備(そな)へり故(ゆへ)に父王(ちゝわう)遺命(いめい) して帝(てい)の兄(あに)「イワン」《割書:人|名》を踰(こ)へて大位(たいゐ)を嗣(つ)がしむ 此(こ)れ実に一千六百八十二年/我国(わがくに)の天和(てんわ)三/癸亥(みづのへい)【ママ】 年(どし)に丁(あた)れり時(とき)に帝(てい)年(とし)十一/歳(さい)然(しか)るに帝(てい)の女兄(おぢ)「ソ ヒア。アレキシウナ」《割書:人|名》政権(せいけん)【「マツリゴト」左ルビ】を専(もつは)らにせんとする 心(こゝろ)あり窃(ひそか)に国内(こくない)「ストレリッツ」《割書:地|名》一部(いちぶ)の兵(ひやう)を嗾(そう)【「ツカヒ」左ルビ】し て乱(らん)を興(おこ)さしめ因(よつ)て帝(てい)を要(おびやか)し退(しり)ぞけて自(みづか)ら「メ ーデレゲント」《割書:幼主を補(ほ)|弼(ひつ)する宦》となり其(その)幼中(ようちう)【「イトケナシ」左ルビ】なるの間(あいだ) 擅(もつぱら)に朝(てう)に臨(のぞ)み政(まつりごと)を掌(つかさど)る帝(てい)年(とし)甫(はじめ)て十五/歳(さい)隠然(いんぜん)と して邦家(はうか)を厳備(げんび)せんと欲(ほつ)する心(こゝろ)あり乃(すなは)ち陣法(ぢんぱう) に従事(しうじ)し兵卒(へいそつ)を練(ね)り患難(くはんなん)に処(しよ)して少(すこ)しもその 志(こころざ)しを撓(たゆ)まさず爰(こゝ)に至(いた)つて兵(へい)を起(おこ)して「ストレ リッツ部(ぶ)《割書:地|名》を討(うつ)て危難(きなん)に逢(あ)ふこと数度(すど)にして遂(つい) に之(これ)を降(くだ)し収(おさ)めて己(おの)れが兵(ひやう)となす帝(てい)の兵(ひやう)みな 勇偉(ゆうい)遇(あ)ふ者(もの)辟易(へきえき)せざることなし越(こへ)て三年/帝(てい)歳(とし) 十八/英明(えいめい)衆(しゆ)に超(こ)ゆ早(はや)く「ソヒア」が陰(ひそ)かに党(とう)を結(むす) び反逆(ほんぎやく)を企(くはだ)てんとする心(こゝろ)あるを察(さつ)し収(おさ)めてこ れを一寺(てら)に幽(ゆう)【「ヲシコム」左ルビ】す初(はじ)め「ソヒア」《割書:人|名》帝(てい)の伝統(でんとう)【「アタリマヘ」左ルビ】の次(し)【「シダイ」左ルビ】に あらずして位(くらゐ)を嗣(つ)ぐを拒(こば)んて帝(てい)を廃(はい)せんと欲(ほつ) する心(こゝろ)ありて乃(すなは)ち帝(てい)の兄(あに)「イワン」《割書:人|名》を立(たて)て帝(てい)と なす是(こゝ)に於(おい)て一国(いつこく)両帝(りやうてい)あり是(こゝ)に至(いたり)て「イワン」《割書:人|名》 をして位(くらゐ)を避(さけ)しめ初(はし)めて俄羅斯(おろしや)全州(せんしう)を領(れう)する ことを得(え)たり乃(すなは)ち倍々(ます〳〵)こゝろを専(もつぱら)らにして海軍(かいぐん) を備(そな)へんとす初(はじ)め俄羅斯(おろしや)の宝庫(ほうこ)【「タカラクラ」左ルビ】に英吉利(えげれす)の故(こ) 船(せん)一隻(いつそう)を蔵(ぞう)【「オサム」左ルビ】す蓋(けだ)し先帝(せんてい)の珍異(ちんい)なりとして貯(たくは)へ し所(ところ)たり帝(てい)一日(あるひ)宝庫(ほうこ)を閲(けみ)し其船(そのふね)を観(み)て感賞(かんしやう)し 遂(つい)に海軍(かいぐん)を備(そなふ)る志(こゝろざし)を立(た)つと云(いふ)然(しか)れども俄羅斯(おろしや) の地形(ぢぎやう)は止(た)だ一方(いつぽう)海(うみ)なるを以(もつ)て其(その)船(ふね)の佳悪(よしあし)を 知(し)る者(もの)なし且(か)つ此州(このくに)従来(しうらい)一隻(いつそう)の船(ふね)をも造修(ざうしふ)【「ワ(ツヵ)クリ」左ルビ】し 出(いだ)すこと能(あた)はざれは帝(てい)と共(とも)に此(この)秘器(ひき)【「フヱ■(ネヵ)」左ルビ】を視(み)し者(もの) 皆(みな)惘然(まうぜん)【「アキレ」左ルビ】として望(のぞ)みを絶(た)ち敢(あへ)て其(その)航海(かうかい)の一精品(へ(いヵ)つせいひん)【「スグレタレ(ルヵ)シナ」左ルビ】 たるを仰(あふ)ぐ者(もの)なし然(しか)るに帝(てい)天資(むまれつき)穎異絶特(えいゐぜつとく)【セカイノヒトニスグレ(ルヵ)コト■■(ナリヵ)】己(おの)れ か鬱(うつ)する所(ところ)を覈知(かくち)【「キワメレル」左ルビ】せんとする心(こゝろ)深(ふか)く独(ひと)り私(ひそ)に 惟(おもへ)らく海舶(かいはく)を備(そな)ふるときは山岳(さんがく)に登(のほ)り川沢(て(せヵ)んたく)を 渉(わた)るの労(らう)なく直(たゝ)ちに積水(せきすい)【「ウミカノ(ワヵ)」左ルビ】を横絶(わうぜつ)【「ヨコワタシ」左ルビ】して学術(がくしゆつ)隆盛(りうせい)【「サカエ」左ルビ】 治教休明(ちきやうきうめい)【「チセイノハウリツニアキラス」左ルビ】の諸国(しよこく)と声息(せいそく)【「ヨシミ」左ルビ】を通(つう)じて斯民(このたみ)を稗益(ひえき)【「タスケマス」左ルビ】す べしと云(い)ひ乃(すなは)ち船隻(ふね)を造修(さうしゆ)【「ツクリ」左ルビ】し英吉利舶(えげれすふね)を本国(ほんごく) に来(きたら)す労略(てたて)を施(ほとこ)す此時(このとき)邦内(ほうない)尚(なを)未(いま)た一隻(いつそう)の「フレ 俄羅斯帝(おろしやてい)の  女兄(きさきのあに)ソヒア 帝(てい)の兄(あに)  イワンと ひそかに  ストレリッツの 兵(ひやう)をすゝめて  反逆(ほんきやく)を企(くわだて) んと謀(はか)る図(づ) ガット艦(ふね)を備(そなへ)ざるに先(ま)づ