《題:西行法師 上》 【挿絵】 春の雪つもりたる山のふもとに河なか れたるところをかきたるに   ふりつみしたかねのみゆきとけにけり    きよたき川の水のしらなみ 山里のしはの庵にひしりのゐて梅を詠 するやうをかきたるを見て   とめこかし梅さかりなる我がやとを    うときも人はおりにこそよれ     花の下にて月をなかむるおとこをかき たるところを かくうらやますといふ事なし我身にも 生界(しやうがい)のめんほくなに事かこれにしかん こんしやうのしうしん          いよ〳〵             ふかく               やと                 そ             おほし                ける 【挿絵】 も今さらかゝる事をかたるはいかならんす るやらんとむねうちさわきたかひにたも とをしほりけるさて憲清(のりきよ)はあしたはたれ もいそき鳥羽殿(とはとの)へまいるへきなりうちよ りさそひ給へとて         七/条(でう)大/宮(みや)に              とゝまり                 けり 【挿絵】 そも〳〵此人は憲清(のりきよ)には二年のあにゝて二 十七そかしらうせうふちやうのならひとい ひなからあわれにおほして   こえぬれはまたもこの世にかへりこぬ    しての山路そかなしかりける   世中を夢と見る〳〵はかなくも    なをおとろかぬ我こゝろかな   とし月をいかてわか身にをくりけん    きのふ見し人けふはなき世に ことにきらめきてまいりたりけれはおり さま〳〵にかたれともなをかへることもせ す大かたほいなくはおもへとも             とゝまるへき        みち          ならねは            こゝろ              つよく               おもひ                 切て 【挿絵】 世をすつる人はまことにすつるかは  すてぬ人をそすつるとはいふ 世をいとふ名をたにも又とめをきて  かすならぬ身の         おもひ            出             に              せん   【挿絵】 しはのあみ戸のあけくれは仏の御むかひを いつならんとまちたてまつるにさもあら ぬむかしの友花見にとてあつまり次に もなにとなきむかしかたりにもこゝろの みたるゝかたも有けれはよしなしとお もひ   花見にとむれつゝ人のくるのみそ    あたらさくらのとかには有けり ゆかしさに      此のふせやにとゝまりけり   ひとりぬる草のまくらのうつりかは    かきねの梅のにほひなりけり   山かつのかたをかゝけてしむる野の    さかひに         たてる             玉のを                 柳 【挿絵】 京中もなにとなくそう〳〵なることのみ 有て心みたれけれは   はるかなるいはのはさまにひとりゐて    人めおもはて物おもはゝや   あはれとてとふ人のなとなかるらん    物おもふやとのはきのうは風    しほりせてなを山ふかくわけいらん    うきこときかぬところありやと 大/内右近(うちうこん)のをすくとて見いれたてまつれは 鳥羽院(とばのゐん)の御ときにもにすかわりはてたり 【挿絵】 讃岐国(さぬきのくに)にくたり付て新院(しんゐん)の御有さまたつ ね申に後世(ごせ)の御つとめなんともわたらせ 給ひけるよしきゝて若人不嗔打以何修(にやくにんふしんちやくいかしゆ) 忍辱(にんにく)と申ておくに   世中をそむくたよりやなからまし    うきおりふしに君かあはすは 新院(しんゐん)はやかくれさせ給ひぬと聞になみた もとゝまらす四五年はかりありて讃岐(さぬき)の 松山といふ所に付てわたらせ給ひける所 をとふにあともなかりけれは 【挿絵】 その日にもなれはかみなとあらひてまつ ほとにむかへのくるまよせたりけれはすて に出んとしたりけるにいかゝおもひけんし はらくとてうちへ入/冷泉殿(れいせんとの)をつく〳〵と まもりてなみたくみて出にけりさて待 かねて冷泉殿よりむかへにやりたりけれ ははやさまかへて出にけりと聞えてこの児(ちこ) 六の年よりかたときたちはなるゝこと なくてたくひなくこそおもひしにわか おもふほとはなかりけりとうらみ給にけり 【挿絵】 しつかにむかしをおもへは生年(しやうねん)廿五のとし 仙洞(せんとう)の北面(ほくめん)を出て妻子珍宝(さいしちんほう)をふりすてゝ 仏前(ぶつぜん)にむかひてたふさをきりつるに火(くわ) 宅(たく)を出てみやまのおくのいほりをたつね て心を八功徳水(はつくどくすい)にすましおもひを九ほんの 浄刹(じやうせつ)にかけき後(のち)には諸国(しよこく)を頭(づ)陀(だ)【陁】し山林(さんりん) 斗薮(とそう)の行(きやう)を立て平等(へうとう)一/子(し)のおもひに住(ちう) してしゆしやうの機(き)にしたかひて教化(けうけ)を あたへきつねにしひのたもとのうへには くわんきのなみたをのこひにんにくのころも さて高野(かうや)のふもとあま野に有ける西行 かとうきやうのあまは父にははるかにまさ りたる心つよきものにておとこしゆつけ のときやかてさまかへあま野といふ所に こもりこきやうのつてたよりをきく事 をいとひつねにはむこんをおこなひかの むすめのあまをせんちしきとしてをはり をかねてよりおほえねんふつやむことなく ねふるかことくしてわうしやうをとけに けりむすめのあまも一しやう不犯(ふぼん)の身 神路山のあらしおろせはみねのもみち葉 みもすそ川のなみにしきにしきをさら すかとうたかはれ御かきの松をみやれは 千とせのみとりこすえにあらはるおなし みやまの月なれはいかに木の葉かくれも なんとおもふことに月のひかりもすみの ほりけれは   神路山月さやかなるちかひにて    あめのしたをはてらすなりけり   さかきはに心をかけんゆふしてを【下句-おもへは神もほとけなりけり】 花のさかりにもなりけれは神路山のさくら よし野(の)の山にもはるかにすくれたりけれは 神官(しんくわん)ともみもすそ川のほとりにあつま りてゑいしけるに   岩戸(いはと)あけしあまつみことのそのかみに    さくらをたれかうへはしめけん   神路山見しめにこもるはなさかり    こはいかはかりうれしかるらん 風の宮の花ことにわりなくさきみたれ たるを見て なれちきりし人々あつまりて夜もすか ら名残をしみて弦(けん)【絃】歌(か)のきよくに心を とゝめたかひに袖をしほりけり              おりふし          その夜の月              おもしろ                かりけれ                   は   君もとへ我も忍はんさきたゝは    月をかたみにおもひ出つゝ 【挿絵】 この同行のにうたうも西行かそのかみ の有さまともおもひ出てかゝることをみて 心うくおほえけるもことはりとこそあは れなり西行心つよくも同行の入道をは おひすてたりけれともとしころあひな れしものなれはさすか名残(なこり)はおしかり けれともたゝ一人/小夜(さよ)の山中ことのま の明神の御まへに侍りて若以(にやくい)色/見我以(けんかい) 音声求我是人行邪道不能見如来(いんせいいくかせにんきやうしやたうふのうけんによらい)と らいはいしてさやの山中をこえてかくなむ 此春しゆきやうしやのくたりてありしか この御たうにていたはりをしてうせ侍し をいぬのくいみたして侍りきかはねはち かきあたりに侍るらんといひけれと尋る に見えさりけれは   かさはありその身はいかに成ぬらん    あはれはかなき          あめのした              かな 【挿絵】 山里は    秋のすゑにそ          おもひ            しる かなし    かりける       木からし           の            風 【挿絵】  あなうの世やとさらにいとはん 秋はたゝ     こよひはかりの            名なり              けり  おなし     雲井に        月は          すめ            とも 【挿絵】 【上句-たのめぬに君くやとまつよゐのまの】  ふけゆかてたゝあけなましかは あふまての命もかなとおもひしは  くやしかりける我こゝろかな 【挿絵】 【裏表紙】