【表紙】 【外題(題箋)剥落】 【右頁 白紙】 【左頁】 究理智慧之勧巻之二         東京 東岸舎纂輯    ○寒暖計(かんだんけい)の叓 前(まへ)の冊子(さうし)にていへる如(こと)く萬物(ばんぶつ)温氣(うんき)を受(うく)れ ば脹(ふく)れて其容(そのかさ)を増(ま)すものなり此(この)理(り)より寒(かん) 暖(だん)計(けい)とて寒(さむ)さ暑(あつ)さの度(ど)を測(はか)る器械(きかい)を発明(はつめい) せり其(その)製方(せいはう)は筆(ふで)の管(くだ)の如(ごと)き硝子(びいどろ)の管(くだ)に小(ちひ) 【右頁】 き球(たま)を附(つ)け中(なか)に水銀(みづかね)をすこし入(い)れ置(お)き其(その) 水銀(みづかね)の昇(のぼり)降(くだ)りを見(み)て寒暖(かんだん)の加減(かげん)を知(し)るも のなり扨(さて)暖氣(だんき)ませば水銀(みづかね)は脹(ふく)れて其容(そのかさ)を 増(ま)し管(くだ)の内(うち)に昇(のぼ)り温氣(うんき)減(げん)ずれば水銀(みづかね)収縮(ちゞみ) て下(した)に降(くだ)る其(その)傍(かたはら)の板(いた)に記号(しるし)を附(つ)けて寒暖(かんだん) の度(ど)を定(きざ)む其(その)仕方(しかた)は先(まづ)小球(こだま)のところに水(みづ) 銀(かね)を入(い)れ之(これ)を沸湯(にへゆ)に挿(さし)こみ中(なか)の水銀(みづかね)の昇(のぼ) り詰(つめ)たるところに記標(しるし)を附(つ)け□□管(くだ)の上(うへ) 【左頁】 の穴(あな)を封閉(ふさ)ぎ又(また)之(これ)を氷(こほり)の粉(こ)に塩(しほ)を交(まぜ)たる ものゝ内(うち)にさし込(こ)めば管(くだ)の中(なか)の水銀(みづかね)は容(かさ)を 【寒暖計の図】 減(げん)して十 分(ぶん)に降(くだ)るその降(くだ)りつめたる処(ところ)に 記標(しるし)を附(つ)けて之(これ)を零度(れいど)となす此(この)氷(こほり)と塩(しほ)と 交(まぜ)たるものは世界中(せかいちう)にて極(ごく)つめたきもの 【右頁】 にて氷水(こほりみづ)より三十二 度(ど)下(した)なり扨(さて)此(この)零度(れいど)と 一番上(いちばんうえ)の標(しるし)の間(あひだ)を二百十二 度(ど)に分(わか)ち其(その)間(あひだ) の度(ど)にて寒暖(かんだん)の加減(かげん)を知(し)るものなり之(これ)を 「ハァレンヘイト」の寒暖計(かんだんけい)といふ◯此(この)度(ど)の盛(もり)か たに二様(にやう)あり仏蘭西國(ふらんすこく)の「レアウミュル」といふ 人(ひと)は水(みづ)の氷(こほ)るところを零度(れいど)となし一 番上(ばんうへ) の標(しるし)までを八十 度(ど)に分(わか)ちたれどもこれに ては零度(れいど)の下二三 度(ど)に水銀(みづかね)降(くだ)らざれば水(みず) 【左頁】 の氷(こほ)ることなきゆへ意太理亜國(いたりやこく)の「ハト【ーヵ】レン ヘイト」といふ人(ひと)はこれを二百十二 度(ど)に分つ の法(ほう)を発明(はつめい)せり方今(たうじ)日本にきたるも大抵(たいてい) この「ハーレンヘイト」の寒暖計(かんだんけい)なり     ◯潮(しほ)の満干(みちひ)の叓 扨(さて)ものと物(もの)とはたがひに相引(あひひき)互(たが)ひに近(ちか)よ らんとする力(ちから)あるものにて物(もの)を高(たか)きとこ ろより放(はな)せばみな地(ち)に向(むか)つて落(おつ)るは則(すなは)ち 【左頁】 地球(ちきう)の中心(まんなか)に引力(ひくちから)ありて自分(じぶん)のかたへ引(ひき) 寄(よせ)るゆへなり此(この)引(ひ)く力(ちから)を引力(いんりよく)といふこの 引(ひ)く力(ちから)は只(たゞ)ちかき物(もの)のみならず遠(とほ)き日月(じつげつ) 星辰(さいしん)もみな互(たがひ)に相(あひ)引合(ひきあ)ふものにて月(つき)は地(ち) 球(きう)をひき地球(ちきう)は月(つき)を引(ひ)き又 日輪(にちりん)は地球(ちきう)や 月(つき)を引(ひ)くしかれども其(その)強(つよ)弱(よわ)は物(もの)の大小と 遠(とほ)近(ちか)とによつて相違(さうゐ)ありまたものを重(おも)し といひかろしといふも皆(みな)地球(ちきう)の引力(いんりよく)に由(よつ) 【右頁】 て然るなり其(その)證拠には硝子(びいどろ)の筒(つゝ)に金(きん)の玉(たま) と鳥(とり)の羽根(はね)と入れおき中(なか)の空氣(くうき)を抜出(ぬきだ)し て地球(ちきう)の引(ひ)くちからを 断(たち)ば金(きん)の玉(たま)も鳥(とり) 【ガラスの真空管の図】 の羽根(はね)も一所(いつしよ)に落(おつ) るものなりまた地(ち)を離(はな)るゝ こと漸(たん)〻(〳〵)遠(とほ)ければひくちからも漸(たん)〻(〳〵)薄(うす)く なるものなり今(いま)水靣(すいめん)にて千斤(せんきん)のものも高(たか) 【右頁】 き六十丁 程(ほど)の山(やま)の上(うへ)にて掛(かけ)れば凢(およ)そ二 斤(きん) ほど輕(かる)くなるものなり 右(みぎ)は引力(いんりよく)の講釈(かうしやく)のみなれども潮(しほ)の満干(みちひ)も 矢張(やはり)日月(しつげつ)の地球(ちきう)を引(ひ)くよりおこるものな り次(つぎ)の圖(づ)にて[日]は日輪(にちりん)なり[月]は月なり其(その)              間(あひだ)にある地球(ちきう)即(すなは)ちこの世界(せかい)なり先(まづ)世界(せかい)の 周囲(まはり)には水(みづ)あるものとし而て月[イ]の處(ところ)に あるときは[上]の水(みづ)これに引(ひき)あつめられて 【左頁】 満潮(みちしほ)となり又(また)地球(ちきう)の囘(めぐ)るにしたがひ十二 時(じ)《割書:昼夜四十四時の|改正時を用ふ》を經(へ)て月めぐりの処(ところ)に來(きた)れば 【潮の満干と天体の相関図】              水(みづ)こゝに満潮(みちしほ)              し[上下]は干汐(ひきしほ)              となるこれは              [上下]の水を[右]              の一所(いつしよ)に引(ひき)聚(あつ)              むればなり又 【文中の[文字]は四角でかこまれた文字 例:[月]は🈷】 【右頁】 月[ハ]の処(ところ)に來(きた)れば[左右]の水を引あつめて [上下]また満潮(みちしほ)となる環海(うみちう)の水(みづ)十二 時(じ)毎(ごと)に 満干(みちひ)するは日月の引(ひ)く故(ゆへ)なり但(たゞ)し日月 同(おな) じ方(かた)に在(あ)る時(とき)は日月 諸共(もろとも)に引(ひく)ゆへ其(その)満干(みちひ) 別(べつ)して大ひなり之(これ)を大潮(おほしほ)といふ扨(さて)月の海(かい) 水(すゐ)を引(ひい)て髙(たか)くするは凡(おほよ)そ六尺 位(ぐらゐ)ゆへ日月 共(とも)に引(ひき)聚(あつ)むる大潮(おほしほ)の時(とき)は十丈二尺 位(くらゐ)満干(みちひ) すへき筈(はづ)なれども日は月より遠(とほ)きゆへ其(その) 【左頁】 引(ひ)く力(ちから)も弱(よわ)く唯(たゞ)二尺のみを引(ひ)くゆへ合(あは)せ て大潮(おほしほ)の時(とき)は八尺くらい満干(みちひ)するものなり又 日月 上下(うへした)にあるときは互(たが)ひにめい〳〵の方(かた) へ引(ひ)くゆへ水も双方(さうはう)へ引(ひか)れて一所(いつしよ)に聚(あつま)る ことなし是(これ)則(すなは)ち小潮(こしほ)なり    ◯光(ひかり)の叓 光(ひかり)の深因(もと)はいまだ詳(つまびらか)ならざれども其(その)用(よう)に 至(いたつ)ては甚(はなは)だ大(おほ)ひなりもし光(ひかり)なければ金銀(きん〴〵) 【文中の[文字]は四角でかこまれた文字】 【右頁】 の貴(たつと)きも玩(もてあそ)ぶべからず百花(ひやくくわ)の美(び)も見(み)るべ からずまた光(ひかり)ありとも目なければ其(その)光(ひかり)も 用(よう)をなさず故(ゆへ)に光(ひかり)と目(め)と相應(あひおう)じて其(その)用(よう)を 為(な)す其(その)光(ひかり)に六(むつ)の源(みなもと)あり則(すなは)ち。日(ひ)の光(ひかり)。火(ひ)の光。 鱗(りん)【燐ヵ】の光。汐(しほ)の光。虫(むし)の光。電光(いなびかり)。等(とう)これなり 右の通(とほ)り光に六の根元(もと)あれども其うち電(でん) 光(びかり)と日の光と火の光との三(みつ)は正(たゞ)しき光(ひかり)に てその精(せい)輕(かろ)く真直(まつすぐ)にきたりて早(はや)したゝ硝(びい) 【左頁】 子(どろ)や清水(せいすゐ)を透(とほ)せばかならず折(を)れ曲(まか)りて斜(なゝ) めにすぐるものなり其(その)證拠(しようこ)には碁石状(ごいしなり)の 【硝子で光の束を一点に収束させる図】           硝子(びいどろ)を以(もつ)て光(ひかり)を           受(うく)ればその光(ひか)り           かならず硝子を           過(すぎ)て一所(いつしよ)に聚(あつま)り           尖(とがり)をなすを以て           光の曲る知(しる)べし 【右頁】 光(ひかり)の清水(せいすゐ)を透(とほ)す時も矢張(やはり)折(を)れて斜(なゝ)めに入(い) るものなり河中(かわなか)に游(およ)ぐ魚(うを)をつく者(もの)は其(その)理(り) をしらずして自然(しぜん)にこれを識(し)るといふ今 魚の在(あ)る所(ところ)を突(つか)ばかならず其魚に當(あた)るこ となし其 故(ゆへ)は今いへる如(ごと)く光(ひか)りの水中(すゐちう)に 入(い)りて斜(なゝめ)に折れるゆへ目(め)の見(み)るは真(しん)の魚 にあらずして虚象(かけ)の魚なり真(しん)の魚は少(すこ)し わきの方に在り然(しか)し水の深(ふか)浅(あさ)によつて其 【左頁】 距離(へたゝり)に多少ありその理(り)を見(み)んとなれば茶(ちや) 【川の中の魚の虚像の図】                碗(わん)の中(なか)に                一片(いつへん)の銭(ぜに)                を入(い)れそ                の銭(ぜに)の見(み)                えさる所(ところ)                まで退(しりぞ)き                然(しか)る後(の)ち 【右頁】 【人物が水中の虚像を観察の図】            人(ひと)をして茶碗(ちやわん)の            内(うち)に水(みづ)を少(すこ)し入(いれ)            しめなば少(すこし)く銭            の端(はし)を見(み)るべし            漸(だん)〻(〴〵)水(みづ)を入(いれ)るに            随(したが)ひ銭(ぜに)も漸(だん)〻(〴〵)見(み) えて水(みづ)茶碗(ちやわん)に満(みつ)る時(とき)は銭(ぜに)全(まつた)く見(み)ゆべし是(これ) は光(ひかり)の水(みづ)に入(いり)て斜(なゝめ)に折(を)れ銭(ぜに)のかたちを引(ひき) 【左頁】 あらはすゆへなり 光(ひかり)は硝子(びいどろ)や水(みづ)に入(いり)て曲(まが)るのみならず水氣(すゐき) 中にも又 折(をれ)るものなり此(この)世界(せかい)の周囲(めぐり)にも 髙(たか)さ四五十 里(り)の間(あひだ)空氣(くうき)ありて包(つゝ)む物(もの)故(ゆへ)日(にち) 輪(りん)の光(ひかり)は天(てん)より来(きた)り此氣 中(ちう)に入てより折 て斜(なゝめ)に来るもの故 吾人(われ〳〵)の見(み)る日月(じつげつ)星辰(せいしん)も 又 本来(ほんらい)の定位(ちやうゐ)にあらざる也 空中(くうちう)に水氣(すいき)多(おほ) き時(とき)は日月を始(はじ)め万物(ばんぶつ)の像(かたち)こゝに寫(うつ)り空中 【右頁】 に舩(ふね)の走(はし)ることあり 或(あるひ)は日月(じつげつ)同時(どうじ)に二三 体(たい)出(いづ)る叓(こと)あり日暈(ひがさ)月暈(つきがさ)虹(にじ)の類(るゐ)も皆(みな)是等(これら)の 故(ゆへ)なり猶(なほ)委(くはし)くは二編に出(いだ)すべし 大 洋(やう)の水(みづ)は味(あぢは)ひしほからくして苦(にが)く其(その)中(なか) に光(ひか)る物(もの)あり暗夜(やみよ)に海水(うみみつ)をかきまはせば 點(ぴか)〻(〳〵)光(ひかり)を発(はつ)して蛍(ほたる)の如(ごと)しまた風(かぜ)の起(おこ)りて 波(なみ)を飛(とば)すれば浪花(なみのはな)恰(あたか)も火花(ひばな)の如(ごと)し是(これ)水中(すゐちう) に光物(ひかるもの)あるゆへなり之(これ)を汐(しほ)の光(ひかり)といふ 【左頁】 墓所(はかしよ)刑所(けいしよ)其(その)外(ほか)濕(しめり)たる薮林(やぶはやし)などより雨夜(あまよ)な 【陰火の図】              ど青(あを)き火(ひ)の              出(いで)て空中(くうちう)に              浮(うか)ぶことあり              之(これ)を陰火(いんくわ)或(あるひ)              は人魂(ひとだま)などゝ              いふて人(ひと)〻(〳〵)              大ひに驚(おどろ)く 【右頁】 物(もの)なれども蛍火(ほたるび)朽木(くちき)生(なま)の海魚(うみうお)等(たう)の光(ひかり)と同(おな) じものにて之(これ)を燐光(りんくわう)といひ皆(みな)それ〳〵理合(りあひ) の有(ある)ことにて決(けつ)して怪(あや)しき物(もの)にあらす之(これ) 等(とう)の陰火(いんくわ)火(ひ)の玉(たま)等(とう)の訳(わけ)は二編に解(と)くべし 蟲類(むしるゐ)にて夜中(やちう)大ひに光(ひかり)を発(はつ)すものあり之 は大抵(たいてい)血(むし)の光にて其性(そのせい)熱(ねつ)なけれども毒(どく)あ  るものゆへ山家(やまが)に住居(すま)ひ又は夜行(やかう)をする 人(ひと)はよく之(これ)を慎(つゝし)み必(かなら)ず玩(もてあそ)ぶへからず 【左頁】    ◯風(かぜ)の吹(ふ)く叓 風(かぜ)といふて別(べつ)に一種(ひといろ)のものゝあるにあら ずして空氣(くうき)の流動(りうどう)するものをいふ其(その)状(さま)は 水(みづ)の流(なが)るゝに敢(あへ)てかはることなし其空氣 の流れ動(うこ)く故(ゆへ)は前(まへ)にもいへる如(ごと)く万物(ばんぶつ)何(なに) 物(もの)によらず熱(ねつ)を受(うく)れば脹(ふく)れて其 容(かさ)を増(ま)し 輕(かろ)くなるものなり空氣も温(あたゝか)なる処(ところ)にあり て熱を受れば稀薄(うすく)なりて上に昇(のぼ)る理(り)なれ 【右頁】 ば熱(ねつ)を受(うけ)たる空氣(くうき)は頻(しきり)に上へ昇(のぼ)り跡(あと)は空 氣のなき処(ところ)となるゆへ其(その)周圍(まわり)の冷き(つめた)き厚(あつ)き 空氣(くうき)は其 空隙(すきま)を填(うつ)めんと頻に動(うご)きて其(その)所(ところ) を換(か)ふる是(これ)則(すなは)ち風(かぜ)なり例(たと)へば浅(あさ)き葐(ぼん)【蓋ヵ】に水(みづ) を入(いれ)おき其水の一部(いちぶ)を茶碗(ちやわん)にて汲取(くみと)れば 跡(あと)の水は其 汲(くみ)とりたる跡を填(うづ)めんと流(なが)れ 來(きた)る空氣は人(ひと)の目(め)に見(み)えざれども風の吹(ふく) もこれと同(おな)じ理合(りあい)にて風呂(ふろ)の鉄砲(てつはう)の火(ひ)の 【左頁】 さかんなるも鉄砲筒(てつばうつゝ)の中 空氣(くうき)は 温氣(うんき)を受(う)けてしきりに上へ のほり筒の中は空氣の なきところとなる【盆の水をすくう小児の図】 ゆへ其(その)間隙(すきま)うづ めんと下より空氣の おし入(い)り其はいる㔟(いきほ)ひ にて火(ひ)のおこすゆへなり風(かぜ)なき 【右頁】 時(とき)も火事塲(くわじば)に風(かぜ)の強(つよ)き則(すなは)ち火事塲にあ る空氣(くうき)は熱(ねつ)を得(え)て立昇(たちのぼ)るゆへ其(その)周囲(めぐり)の空 氣は其立昇りたる跡(あと)へ押來(おしきた)る故(ゆへ)なり 右は只(たゞ)目前(もくぜん)の證拠(しようこ)のみなれども世界(せかい)に風(かぜ) の吹(ふ)くも此(この)理(り)にて一所(いつしよ)の空氣 日輪(にちりん)の熱(ねつ)を 受(うけ)て立昇れば地所(ぢしよ)の冷(つめ)【「た」の欠落ヵ】き空氣は其 塲(ば)を填(うづ) めんと流(なが)れ耒つて其塲を換(か)ふ斯様(かやう)に空氣 の流動(りうどう)するを風といふ 【左頁】 風(かぜ)は吹(ふ)く方角(はうがく)にも極(きま)りなく強弱(きやうじやく)にも限(かぎ)り なけれども季候(きこう)と其(その)土地柄(とちがら)とによつて大(たい) 抵(てい)は定(さだま)りたる風のあるものなりゆへに此(この) 風のもやうを三に區別(くべつ)す 日輪(にちりん)の直下(ちよくか)に赤道(せきだう)といふ処(ところ)あり此(この)辺(へん)は春(はる) 夏(なつ)秋(あき)冬(ふゆ)四季(しき)とも他所(たしよ)より暑(あつ)さ厳(きび)しきゆへ 此辺の空氣(くうき)は絶(た)へず温氣(うんき)を受(う)けて立昇(たちのぼ)り 他所の冷(つめた)き空氣は矢(や)の向(むき)に年中(ねんじう)赤道の方(かた) 【右頁】 【赤道と風の方向の関連図】           に流(なが)れ來(きた)るゆへ風(かぜ)           は四 季(き)ともに絶(たえ)す           一方(いつはう)より吹(ふ)き來る           依(よつ)て之(これ)を定風(ちやうふう)と云(いふ) ◯又(また)印度(てんぢく)辺(へん)の國(くに)〻(〴〵)は赤道(せきだう)の近所(きんじよ)ゆへ一年(いちねん)       のうち或(ある)月の間(あひだ)は日輪(にちりん)北(きた)の方(かた)にあり又或 月の間は南(みなみ)の方にあり日輪北の方にある 【左頁】 間(あひだ)は北(きた)の方(かた)の空氣(くうき)温氣(うんき)を受(う)けて立(たち)昇る故 南(みなみ)の方(かた)より冷(つめた)き空氣 吹(ふ)き來(きた)り又 日輪(にちりん)南の 方にある間は南(みなみ)の空氣温氣を受(う)けて立昇 るゆへ北の方より冷(つめた)き空氣(くうき)吹(ふ)き來る右(みぎ)の 次第(しだい)により季候(きこう)を定(さだ)めてかならず或(ある)月(つき)の 間(あひだ)は北の方より吹(ふ)き又或月の間は南(みなみ)の方 より吹(ふ)き耒(きた)るよつて之(これ)を䂓風(きふう)といふ ◯又 陸地(くがち)と海靣(かいめん)と寒温(かんうん)の不同(ふどう)とによつ 【右頁 図】 佃島(つくだじま) 佛曉(ふつけう)      出舩(しゆつせん) 之(の)景(けい)                軟(そよ〳〵)風(かぜ)の海(うみ)に                向(むかつ)て吹(ふ)くこと                あり又は海                靣(めん)より陸地(くがち)                の方(かた)に吹(ふく)こと                あり此(この)風は                我(わが)東京(とうけい)辺(へん)に                も三月(さんぐわつ)頃(ころ)よ 【左頁】            り夏(なつ)の間(あひだ)は甚(はなは)だ多(おほ)しよく考(かんが)ふべし三月頃 よりの風(かぜ)は天氣(てんき)穏(おだや)かなれば大抵(たいてい)は夜明(よあけ)前(まえ) より朝(あさ)八時半 頃(ごろ)迄(まで)は陸地(りくち)より海(うみ)に向(むかつ)て吹(ふ) き夕陽(ゆふかた)は余程(よほど)強(つよ)く吹くもの也其 訳(わけ)は日輪(にちりん) の温氣(うんき)冬(ふゆ)より厳(きび)しくして日中(につちう)は陸地を温(あたゝむ) む【「む」の重複】るゆへ陸上(りくじやう)の空氣(くうき)は漸(だん)〻(〳〵)温(うん)を受(う)けて立(たち) 昇(のぼ)る由(よつ)て海上(かいしやう)より冷(つめた)き空氣陸地に向(むかつ)て吹(ふ) き來るものなり然(しか)れども日(ひ)落(おち)てより夜(よ)に 【右頁】 【上段】 入(い)れば陸地(りくち) の方(かた)忽(たちま)ち冷(ひへ) 却(かへつ)て海上(かいやう)【「し」脱ヵ】の かた温氣(うんき)増(ま) す故(ゆへ)海上の 空氣(くうき)は立昇(たちのぼ) りて其(その)跡(あと)へ 陸地より冷(つめた) 【下段図右から左へ読む】 芝浦辺夕陽入舩之景 【左頁】 き空氣(くうき)の吹(ふ)き往(ゆ)く故(??)なり東京(とうけい)辺(へん)は南(みなみ)の方(かた) に海(うみ)あるゆへ朝(あさ)は北(きた)より南の海上(かいしやう)に向(むかつ)て 吹く之(これ)を北風(ならい)と唱(とな)へ出舩(でふね)の風なり夕陽(ゆうかた)は 南(みなみ)の海上より北の陸地(りくち)に吹(ふ)き來(きた)る則(すなは)ち入(いり) 舩(ふね)の風(かぜ)なり但(たゞ)し此(この)風は海(うみ)と陸(りく)との違(ちが)ひに 由(よつ)て吹くもの故(ゆへ)西(にし)に海ある國(くに)は夕陽 西(にし)よ り吹(ふ)き耒(きた)るべし ◯又 変風(へんふう)とて時候(じこう)方角(はうがく)に極(きま)りなく數日(すじつ)一(いつ) 【右頁】 方(ぱう)より吹續(ふきつゞ)くる叓(こと)あり或(あるひ)は一日(いちにち)のうちに も東変(とうへん)西囘(さいくわい)することあり温帶(おんたい)寒帶(かんたい)の國(くに)〻(〴〵) には此(この)変風(へんふう)多(おほ)く熱帶(ねつたい)中(ちう)には規風(きふう)定風(ぢやうふう)多(おほ)し ◯風の早(はや)さを測(はか)る道具(だうぐ)をエネモメートル といふ扨(さて)一時(いちじ)に一里(いちり)位(ぐらい)行(ゆく)風(かぜ)は草木(さうもく)の葉(は)を 動(うご)かすに足(た)らず一時に五里(ごり)行(ゆく)風(かぜ)を軟風(そよ〳〵かぜ)と いふ一時に百里(ひやくり)以上 行(ゆ)く風は稀(まれ)なれども 暴風(ばうふう)は家木(かぼく)を吹倒(ふきたを)し一時に害(がい)をなすこと 【左頁】 多(おほ)し去(さ)れども市(いち)街や溝(みぞ)等(とう)の敗氣(はいき)を吹(ふき)散(ちら)し て山野(やまの)の新氣(しんき)を入(いれ)換(か)え人畜(にんちく)の健康(けんかう)を守(まも)り 或(あるひ)は車(くるま)を旋(まは)して人力(にんりよく)を助(たす)け或は舩艦(せんかん)を送(おく) りて交易(かうえき)の物貨(ぶつくわ)を萬國(ばんこく)に通(つう)ずる等 其利(そのり)は 勝ていひ难(がた)し   ◯重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)之叓 前(まへ)にも云(いへ)る如(ごと)く此(この)世界(せかい)の中心(ちうしん)には引力(いんりよく)と て引(ひ)く力(ちから)あり夫(それ)が為(ため)に万物(ばんもつ)地(ち)に向(むかつ)て落(おちる)も 【右頁】 のなり今(いま)物(もの)を重(おも)しといひ輕(かろ)しといふも皆 世界(せかい)の引力(いんりやく)の強く働(はたら)くと弱(よわ)く働くとに由(よ) るなり此(この)引力の理合(りあひ)は二編にて解(とく)べし扨(さて) 物の重き力(ちから)は其体の中心(ちうしん)の一所(ひとつところ)に有物(あるもの)故(ゆへ) 其 一所(ひととこ)を抏(さゝゆ(ママ))ゆれば全体(ぜんたい)其所に止(とどま)るもの也 之(これ)を重力(ちようりよく)の中心といふ何(なに)ものにても此(この)中(ちう) 心(しん)を抏(さゝ)ゆれば止(とどま)るなれども其中心 少(すこ)し曲(まが) れば其 体(たい)必(かなら)ず倒(たふる)るもの也故に基礎(どだい)の廣(ひろ)き 【左頁】 物(もの)は倒(たふ)れ難(がた)し其(その)倒(たふ)ると倒(たふ)れざるの理(り)は前(まへ) にいふ重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)より下(した)へ線(すぢ)を引(ひ)き其線 【三本の棒の重心を示す圖】             其 基礎(どだい)の内(うち)に在(ある)             時(とき)は其 体(たい)決(けつ)して             倒るゝことなし例(たとへ)             ば上(うへ)の図(づ)にて             [一圖]は重力の線             其 体(たい)の基礎の内 【右頁】 に在(ある)故(ゆ )【「へ」の消滅?】倒(たふ)れる叓(こと)なし然(しか)れども[二圖]の俸(ばう)【棒】は 重力(ちようりよく)の線(すぢ)其(その)体(たい)の基礎(どだい)の外(そと)に落るゆへ其(その)体(たい) 必(かなら)ず倒(たふ)る夫(それ)ゆへ只(ただ)歩行(ある)く人は真直(まつすぐ)に立(たつ)な れども片手(かたて)に重荷(おもに)を持(も)てば身体(からだ)の重力(ちようりよく)の 線(すぢ)は足(あし)の外(そと)に落(おち)て身体(からだ)は倒(たふ)れんとする故(ゆへ) 必(かなら)ず明手(あきて)を差出(さしいだ)し身体を傾(かたむ)けて重力(ちようりよく)の線(すぢ) を足(あし)のうちに落(おつ)る様子(ようす)故に倒れる叓(こと)なし 綱渡(つなわたり)をするも度(たび)〻(〳〵)の馴(なれ)にて身体の重力(ちようりよく)其(その) 【左頁】 【綱渡の図】           綱(つな)の外にはづれ           ぬやうにする迄(まで)           の叓(こと)にて別(べつ)に法(ほう)            のあるにあらず           子供(ことも)の獨(ひと)り立(たち)し           て歩行(あるか)んとすれ           ども倒(たふ)るゝは其(その)中(ちう)           心(しん)を取(と)るに馴(なれ)ざ 【右頁】 る故(ゆへ)也大 人(おと)の(こ)倒(たふ)れ难(がたき)は子供(こども)の時(とき)より思(おも)は ず知(し)らず其(その)中心(ちうしん)を取(と)り馴(なれ)たる故(ゆへ)也子供が   指(ゆび)の先(さき)に棒(ぼう)を立(たて)るも指(ゆび)にて其(その)棒(ぼう)の中心を 外(はづ)れぬ様(やう)に平均(つりあは)する故なり盆(ぼん)の上(うえ)に鶏卵(たまご) を立(たて)る術(じゆつ)あり是(これ)も重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)の理合(りあひ)にて 鶏卵の黄肉(きみ)は白肉(しろみ)より量目(めかた)重(おも)し其(その)重き黄(き) 肉(み)は真中(まんなか)にある故(ゆへ)只(たゞ)立れば其中心は其(その)基(ど) 礎(だい)の外(そと)に落易(おちやす)し由(よつ)て倒(たふ)れ易(やす)けれども其 鶏(たま) 【左頁】 卵(ご)を以(もつ)て強(つよ)く振廻(ふりまは)し其後(そのゝち)暫時(しばらく)の間(あひだ)静(しづ)めて 【卵を立てる図】         置(お)けば黄肉(きみ)は重(おも)き故(ゆへ)下(した)         におち附(つ)きて重力(ちようりよく)の中(ちう)         心(しん)は下(した)に降(くだ)り其(その)基礎((どだい)の         そとに外(はづ)るゝことなき         故(ゆへ)鶏卵(たまご)は倒(たふ)るゝことなし         又 鉄砲玉(てつぱうだま)の如(ごと)き円球(まんまる)な         物(もの)は何(いづ)れの方(かた)に轉(ころ)がり 【右頁】 ても重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)は必(かなら)ず其(その)基礎(どだい)の内(うち)に在(ある)故(ゆへ) 止(とゞま)るなれども其(その)基礎(どだい)至(いたつ)て僅(わづ)かなる物(もの)ゆへ 少(すこ)しさわれば容易(たやす)く動(うご)くは其基礎の狭(せま)く して重力の中心 外(はづ)れ易き故也 遊具(おもちや)の達磨(だるま) は何(いづ)れを向(むけ)ても必(かなら)ず起(おき)るは重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)其(その) 体(たい)の一方(いつぱう)の端(はし)に在(あ)る故(ゆへ)也 此(この)外(ほか)究理(きうり)には奇(き) なる叓【事】 多(おほ)けれども猶(なほ)次編(じへん)に出(いだ)すべし 究理智慧の勧巻之二終 【左頁】 【上段】 東京 【蔵書印】 出□蔵書 書肆 【中下段 住所+氏名】 日本橋通一丁目  須原屋茂兵衛 同   二丁目  山城屋佐兵衛 芝神明前     和泉屋市兵衛 本石町 二丁目  椀屋喜兵衛 両國吉川町    大黒屋平吉 馬喰町 二丁目  山口屋藤兵衛 同        森屋治兵衛 松島町      若林喜兵衛   通旅篭町     袋屋亀次郎 南傳馬町三丁目  近江屋半七 神田今川橋    近江屋岩治郎 【裏表紙】