【表紙 題箋】 すゝりわり  上 【資料の整理番号のラベル】 JAPONAIS 4260 1 【右丁 表紙裏 文字無し】 【左丁 白紙 整理番号のラベルあり】 JAPONAIS 4260 1 【右丁 白紙】 【左丁】 いつれの御代にかかしこきみかとにつかへたて まつり給ふ大なこんときとものきやうと申 公卿おはしけるさいかくゆうちやうにして詩 哥みちにちやうし【長じ】給へは君の御おほえも めてたくわたらせ給ふされはこの人はたい しよくはん【藤原鎌足】よりも九代のそん【孫】せうせんこう【昭宣公=藤原基経の諡号】の 一男后宮の御せうと【兄人=姉妹からみた兄弟】左大臣ときひらの卿 の御まこにてそおはしけるたい〳〵せつ しやうかういの家にしてまつりことを御 かさとり【嵩取り】世のおほえすくれてめてたくさかえ 【右丁】 給ふきたの御かたはふちはらのなかふさ のきやうの御むすめにておはします御 とし十七さいのころよりむかへさせ給ひて あさからぬ御なからひ【仲らい=間柄】にてそ侍りける春 は花のもとにてなかき日のつれ〳〵もな くかたらひくらし秋分月にうそふきて なかきよのふけゆくそらをおしみうたを よみ詩をつくりくわんけん【管絃】をともとして とし月をすこさせ給ふほとにすてに 御としははしめのおひに【初めの老い=初老=四十才の異称】にあまらせ給ひける 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 しかれとも男子にても女子にても御子 ひとりもいてきさせ給はねはこれをの みあけくれなけかせ給ひけるあるとき ときとものきやうは北のかたにうちむかひ おほせられけるはすてにわれ〳〵は大しやく はんの御すゑとしてせつろく【摂籙=摂政・関白の異称】ちう代の家 たりこのときにあたつて一人もすゑをつく へき子のあらされはたちまち家のたえなん ことこそなけきてもあまりありいかなる 人の子をもやういくしてしそんをたえ 【左丁】 さしとおもふはいかゝはんへるへきとうち なけきのたまへはきたの御かたはきこしめ し【お聞きあそばし】されはこそみつからもこのことをこゝろ くるしくあちきなくおもひ流れしかあれ はとていまさら人の子をやしなひたてん もほいなしねかはくはほとけ神にもいの りてそれかなはすはいかにも御はからひ あるへきことはこそおもひ侍れと仰られけ れは大なこんとのきこしめしまことにこれは しかるへき御はからひにこそあれしからはい 【右丁】 つれの神ほとけをたのみ奉るへきそやされ はことよはつせのくはんおんはいこく【?】國まて も聞えさせ給ひたるれいけんなれはよも わか國のしゆしやう【衆生】のねかひはすてさせ給は しいさらせ給へはつせへまいりていのりたて まつらんとの給へは吉日をえらひて大なこん 殿ふうふ御こしにめしさうしき【ぞうしき(雑色)。「ざっしき」ともいう。雑務に従事する下級の官人】御すいしん【御随身】 めしつれはつせにまうて給ひふつせんに むかひて三十三とのらいはいを奉りそも〳〵 たうしの御なそんはわか家のなうそ【曩祖(のうそ)=祖先】春 【左丁】 日大明神てんたい大しと御こゝろをあはせ て十一めんの御そうをさなくましましまつ せ【末世】濁あく【注】の衆生をさいとおはしましり しやうちうへんをめくらしみらいはふたらく せん【補陀落山=観音の浄土】のしやう公にいんたう【引導】し給へとふかく きせい【祈誓】をこらし給ひけるとかやその御願い かてむなしかるんしかれはわれらに 一人のそ【先に書いた文字の上に「そ」を書く】うしをあたへさせ給ひなうそ の家をつかしめたまへとかんたんくたき【肝胆砕き…精根をつくす】 いのらせ給ひけるすてに一ち日にまんする 【注 じょくあく(濁悪)=人心がけがれ、悪が満ち満ちていること。】 【右丁】 あかつきくはうみやう【光明】を十方にてらし【照らし】いき やう【異香(いきょう)=極楽浄土の芳香】はなはたくんし【薫じ】いとけたかき御こゑ きこえてなんち【汝】ふうふに子といふもの はあらねともわかちかひむなしからんも ほいなし又あまりになけくをみるもたえ かたけれはこれをこそあたゆるなりとて るり【瑠璃】のかうはこ【香箱】ひとつたまはると      おもへはゆめにて             ありけり                ふうふ 【左丁】     のひと〳〵          は           よろこひ給ひて            かさねて               らいはいを         まいらせて              御けかう                 ある 【両丁 絵画 文字無し】 きたのかたれいならぬ御心ちまし〳〵てあた る月には何の御いたつき【病気】もなく御さんのひ もをとかせ給ふとりあけ御らんすれはま ことに玉をのへたることくなるわかきみにて そおはしましける父母の御よろこひかきりな くめのとかいしやくの人えらひてあまたつけた まひいつきかしつき給ふことかきりなしかく てあけぬくれぬとそたて給ふほとにはや 五さいにもならせ給ふ御はかまきせ給ひて てんしやう【殿上=昇殿】せさせ七さいにてうゐかうふり【初冠】 【左丁】 ありてしゝうのきみ【侍従の君】とそ申たてまつりける そのゝちわかきみの御つきにひめきみいくき させ給ふこれもいつきかしつき給ふことわかき みにもおとらせ給はすせいたんにしたかひて 御かたちひかるやうにそみえ給ふ抑この大納言 殿の御家にちう代【重代】つたはりたるてうほう【重宝】 にひとつのすゝりありこのゆらいをつたへきく にむかしみけこの大将の御ちやうしにかまたり【中臣(藤原)鎌足】 の大臣と申おはしますちよくめいをうけたま はりているか【蘇我入鹿】の臣と申けきしん【逆臣=主君に反逆する家臣】をほろほし 給ふこのいるか【(蘇我)入鹿】の大臣と申は二さうをさとる【注①】 ほとの人なれはてうてい【朝廷】をかたふけまいら せてわれはんせうのくらゐ【万乗の位=天子の位】にならんとふる まひしによつてかまたり【(藤原)鎌足】に仰つけらるゝ されとかれをほろほさんこと人のちからに をうふへからすとおほしめしてなうそ【曩祖(のうそ)=先祖】春日の 明神とすみよしの大みやうしんへふかくき せい【祈誓】をかけさせ給ふにそのしるしけんちう【厳重…神仏の霊験があらたかな様子】 にしてみとせかほとになんなくほろほし 給ふ君のえいかん【叡感=天子・上皇などの感嘆・賞讃】あさからすしてそのちう 【左丁】 しやう【忠賞=忠功のあった人に褒美を与えること】に大しよくはん【大織冠】のつかさをそ給はりけ るまことにためしなきことともなりさてかま たりは御よろこひにすみよし大明神に まいらせ給てさま〳〵のたからも【「たからもの」カ】をさゝけ きくはんのほうへい【祈願の宝幣】を奉らるいよ〳〵当家 るいそん【「累孫」カ】にをいてなかくくはんろく【官禄=官位と俸禄】をまも らせ給へとてせい〳〵をいたししん〳〵【信神】のかうへ をかたふけ【注②】給ふかたしけなくも明神はかりに すかたをらうをう【老翁】にへんしたつとき御声 にてなんちちよくめい【勅命】にしたかひうちかたき 【注① 二相を悟る=外面によって内面をおしはかり知る】 【注② 頭を傾け=深く信仰するさま】 【右丁】 けきしん【げきしん(逆臣)=主君に反逆する家臣】をほろほししんきん【宸襟=天皇の御心】をやすめ奉る もつともそのこうふかしるいそんなかくさか ゆへしまたしそんにいたつてつかさくらゐ【官職】を たまはらんおりふしはこのすゝりにてしるしを くへきなりさあらはしそんにをいてくはん ろく【官禄=官位と俸禄】つかさふそくあるましとしめし給ひ てひとつのすゝりをそへたされける大しよ くはんはなゝめならすによろこひくはい ちうすると思へは夢はすなはちさめたり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 うちおとろきおきあかりみたまへはけに もうつゝにすゝりありけりこはありかたき御 ことかなとてすなはちいたゝきまつりて家 にかへりてにしきのふくろにおさめ八重の しめをかさりてあかめをき御しけん【示現】にまかせ 代〳〵くはんろく【官禄】たまはるおりふしはこの すゝりをとりいたししるし給ふにこゝろに かならすといふことなしさるよつてたう けだい第一のたからとそ聞ゝしあるときれい ならん殿ふしきの夢をそみたまひける 【左丁す】 ところはくはう〳〵【「荒荒」カ】としてさしもいみしき 庭前にしよく【卓】にかゝりてふみをひろけて みてくたんのすゝりにてすみをするおはし けるにいまゝてせいてんにはれらかなりし 日のたちまちそらかきくもり雨しやちく をなかし【車軸…車軸のように雨あしの太い雨が降りしきる。】かせ大木をたをしいかつちなりは ためき天地とうよう【動揺】することおひたゝし こはいかなることやらんと身のけよたちて おそろしく思ひわけたるかたもなくてあき れはてゝおはしますところにくものうちよ りそのさますさましきなにのかたちなる ものあらはれ出て身より火えんをはなし こほりのことくなるつるきをよこたへていふや うはなんちはわれにあたをなしゝものゝす へなりいまわれにくたりてしんするものなら はあくしんをえるかへしてなんちかいへを まもるへしさらすは【然らずは=そうでなければ】ちかきほとになけき をいたくへしとたからかにのゝしりて又 もとのことくくものうちにしりそきぬ あはやいかなることやらんとゆめこゝろに 【左丁】 も身のけたちてひやゝかなるあせ出ゆめ うちさめぬ 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 そのゝちも人こゝちあらさりしかなをも心 もとなくて北の御かたにかゝるゆめをなん見 つることこそおほつかなけれとてかたらせた まひけるかゝるところにみかとよりちよくし ありしよきやうのくわいかうのしたいありをの 〳〵まいりたりはやかくさんたいあるへしと なりこれによりて大なこんとのとるものも とりあへす出給ふこゝに大なこんとのゝ家 の子に仲太の■■【「ちゝ」カ】よしひさといふもの有 これはせんそなかふとのきやうふよしかぬと 【右丁】 いふものゝしそんにて代〳〵この家につかへ けるか大なこんとのゝ御ちやくししゝうのきみ 御とし八さいのころなるにいたきたてまつり て花そのに出てなくさめ奉る木々のこ すゑにさきみたれたる花にたはふれて もゝちとり【百千鳥=いろいろな小鳥】のとひかふをおかしとうちなかめ あそひ給ふかわか君おほせけるはいかにちう 太ちゝうへのかくもん所のしつらひをみはや とありけれはうけたまはりて御手をひ きさしいりかなたこなたのしやうしをひき 【左丁】 あけ〳〵入けれは一まなる所にからやまと のふみともを四はうにつみかさねてありと あるたなのうへにひとつの箱ありいかにも ふつかうにこしらへてしめをひきたる ありなにゝかあるらんとあやしみみけれ はかの御すゝりを入たるはこなり仲太わか君 に申けるはこのすゝりは御家につたはりたる みたからなり我代〳〵当家にめしつかはる るといへともつゐにこれをおかむことはん へらすと申けれはわかきみきこしめしそ 【右丁】 れかしもいまたみることなしそれとり出せ かしすこしみはやとおほせけるほとに仲太 はよきついてなりと思ひかしこまりてしめ をはつしてとりいたしみけれはにしきの ふくろ七重につゝみていみしくしたゝめ 給へりしをとりいたしわかきみにまいら せけれはかしこくもをしいたゝかせたまひ とりなをしつく〳〵と御らんしてそのゝち仲 太によく〳〵おかむへしいまならてはいかて 又もみるへきとてわたさせたまへは仲 【左丁】 太たまはりてこつといたゝくとせしかあや まちておとしたるに下に石のうつはものゝ ありけるにあたりてあやまたす【予想どうりに】ふたつに われけるこそなさけなけれ 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 仲太はこれをみてこはいかにゆめかやあさ ましやかゝるあやまちしけることよとて あまりのことのあきれはてたるはかり なりわかきみもこれを御らんしてとかく のこともおほせられす色をへんしてお はしますちう太申けるはあらくちおし やこれひとへにそれかしかわさにはあらし たゝてんまはしゆん【注】のしよい【所為】なるへしさら すはしんりよ【神慮=神のみこころ】のとかめなるへしそれを いかにといふにこのすゝりと申はかたしけ 【注 天魔波旬(てんまはじゅん)=欲界第六の魔王。人が善事をなそうとするとき邪魔をするという】 【右丁】 なくもすみよしの大明神より当家の せんそ大しよくはんにたまはらせ給ひたる ごてうほう【重宝】なりされはわかきみたにもた やすく御らんすることなき神器なるを われこときのいやしきものの御ゆるされ もなくてなをさりにあつかひけかした てまつるその御とかめにかくそんし給へる にこそあらめたゝいまにも大なこんとのか へらせ給ひなはいかなるうきめにあふへ きかなしさよせんするところ【所詮=結局】かへらせ給は 【左丁】 ぬさきにしかい【自害】をせんとおもひそのきそく あらはれるれはわか君御らんしてありふ ひん【不憫】のありさまやさのみなゝけきそしぬ るまてのことはあらすちゝの御らんしていか らせたまひなんみつからかみるとてあや まちてわりたるよしを申てとかをはうくへき そこゝろやすくおもへとおほせけりそやさ しけれ仲太は御ちやうをうけたまはりて さても〳〵ありかたしやさしき御こゝろさしか なそれかしかあやまちを主君にをはせた 【右丁】 てまつらんこともてんのとかめおそろし身 の後の世もいかゝせんさりなからこれは御て うあいのわかきみなれはすこしは御いかり もあさからんかとのちのわさはいをもわす れてたうさのおほせのかたしけなけれは なみたををさへてすゝりをはもとのことく したゝめて大なこん殿の御かへりをまつほ とはちゝに物をそおもひけるそのこゝろの あやうきことはたゝしんえんにのそんてはく ひようをふむ【注】にことならすさるほとに 【左丁】 大なこんはみかとの御まへにちもく【ぢもく(除目)】のことに よりて一の人の御子に大なこんあきたかの卿 とさうろんのこといかめしくなりてすてに こといてくへきありさまに見え給ふときの くはんはくにておはしますひてふさのこう このひやうきこと大義なり当座にすむへき にあらす後日のさたしかるへしとて座 をたゝせ給へはをの〳〵かへらせ給ひけるかしる ことによりて御きしよくよからすしてかへ り給ふしかれはみうちの人〳〵いつにかはり 【注 深淵に臨んで薄氷を踏むがごとし=危険な立場にあることのたとえ】 【右丁】 をそれをなしつゝしんてそゐたりけるされは おくにつといらせ給ひてかくもん所にいりて御 らんすれはよろつとりちらしたるありさま也 こはいかにとおほしめし御すゝりのはこをとり おろしたま給ふにありしさまにもみえされは あやしくていそきひらき御らんすれはふた つにわれてありされはこそすきしゆめの さとしはこれにやあるらんと大きにおとろ き給ひこのところへはいかなるものゝいりき て家のてうほうをひきいたしあまつさへ 【左丁】 うちわりけるそ心えねとこそいからせ給ひ けれみうちの人〳〵されはこそ御きしよく【顔色、様子】 のあしきうへにかゝる大事のあることよとい よ〳〵つゝしんていらへ申ものもなかりけり 大なこんとの仲太はいつくにあるそとてめ しよせられなんちなしてはこのことし るへからすときしよくへんしておほせられ けれは仲太はこのありさまをみてとても のかれぬみちなりかくあるへきことはもとより こしたることなれはありのまゝに申あけて 【右丁】 ともかくも【どうにでも】ならはやとおもひすまして御 せんちかくすゝみよる所にわか君はする〳〵と はしりよらせ給ひて仰けるはいかに父うへ そのすゝりは何ともしらすわれ〳〵かとり出 し見侍るとてとりおとしてわりはんへる なり仲太はいかてかそんすへきと申させ 給へは大なこんとのきこしめしもとより 御きしよくあしきうへなれはいよ〳〵御け しきそんしてなんてう【なんじょう=何を言うか】あのすゝりはほん ふ【凡夫】のみることにてはあらすわれよう〳〵の 【左丁】 あるおりふしもまつ七日かほとしやうしんけつさい してつかふことなるかたやすくさかしいたして かゝる家のてうほうをうしなふことこそ心えね なんちはわか代をつくへき子にはあらす家を ほろほへきかたきのうまれきたるにこそあ らめとて御はかせを【守り刀の刀剣】引ぬきてあへなくかはし 給ふそむさんなる御ちゝうへもめのともはし りよりあはてさはき御しかい【死骸】にいたきつき【抱きつき】 これはゆめかやうつゝかとしはしたえいり給ひ 【絵画 文字無し】 【右丁】 やゝありてなみたのひまよりあゝなさけな のちゝうへやたゝひとりあるこのわかはわしか子 なからも大かたならす【並み大抵でない】なき子をはつせの くはんせをんにきせい【祈誓】して申たまはりし なりたとへはなにたるあやまちありとも一と はゆるし給ふへきことなりことにおさなき ものゝななれはなとかはいのちをたつほ とのことのあるへきそよその聞しもつき〳〵 しあゝうらめしのちゝうへやとりうていこかれ【流涕焦がれ=涙を流し大そう悲しみ】 てなき給ふもことはりとこそおほえたれ御 【左丁】 めのともわれ〳〵ちのうち【乳のうち=乳飲み子】よりやういく【養育】しまい らせてにはのまつのすゑひさにおひたち給 ふをまつこゝろへんくわかたまのおもひをなし よるひるいたきかゝへしにいまよりのちたれ をかいたきたてまつらんあゝなさけなの御あ りさまやないま一とめのとかと仰いたされ よかしと御しかい【死骸】にとりつきてなきこかるゝ ありさまはよそのみるめもあはれなり 【両丁 白紙】 【両丁文字無し】 【裏表紙 文字無し】