清水  通夜  もの    語り /清水通夜物語(きよみずつやものがたり)序 /實(げ)にや/枯(かれ)たる/木(き)にも/花咲(はなさく)ちかひいとも/尊(たうと)くいさゝか /宿願(しゆくぐわん)の/㕝有(ことあり)て/清水(きよみづ)に/通夜(つや)しける/時(とき)しも/秋(あき)の/半(なかば)にて よもの/梢風(こずへかぜ)の/音(おと)もすさまじくもの/哀(あはれ)なるに/眠(ねむ)り/覚(さめ) あたりうち/見(み)れば十四五/人(にん)も/籠(こも)れる/人有(ひとあり)ける/上座(しやうざ)には/七十(なゝそぢ) /余(あま)りなる/其昔(そのむかし)は/時(とき)めける/方(かた)にもつかへしものゝふの/果(はて)に と/見(み)へたるひとりは/六(む)そぢばかりの/法師其次(ほうしそのつぎ)に/五(い)そぢ ばかりのくすしそれに/並(なら)べておなじ/程(ほど)なる/尼(あま)ふたりうち /見(み)へたりその/外(ほか)には/農家(のうか)の/人(ひと)と/思(おぼ)しきも/商人(あきうど)めきたるも/町(ちやう) /人(にん)と/見(み)ゆるも/打交(うちまじり)て/並居(なみゐ)たりはじめの/程(ほど)は/唐(から)のやまと の/物語(ものがたり)して/在(あり)けるが/後(のち)には/色(いろ)めかしき/噺(はな)しに/移行(うつりゆき)ぬ /其内(そのうち)ひとりが/更行(ふけゆく)まゝにねふり/気(き)ざし/侍(は)べるにいざや /夜(よ)すがら/相互(あいたがひ)に/一生(いつしやう)の/中(うち)に/有(あり)ける/恋(こひ)のおもはく/恥(はづ)かは しき/㕝(こと)なりとも/露(つゆ)も/残(のこ)さず/大悲(だいひ)の/御前(みまへ)にて/懺悔(ざんげ)し /侍(はべ)らば/罪(つみ)もほろぶるわざともなりなんと/言出(いひいで)けるに みな〳〵/実(げ)にもとすゝみ/出(いで)ひとり〳〵に/物語(ものがた)りしことの いづれもめづらかに/心地(ここち)よかりしまゝわすれぬさきにと /懐中紙(ふところがみ)にかい/付(つけ)しは/彼(かの)ほゝゑきやうのうらに/書(かき)とめけん /須磨明石(すまあかし)も/外(ほか)ならじと/兎角(とかく)するうち/朝霧(あさぎり)のまぎれ に/夜(よ)はほの〴〵と/明(あけ)はなれし     乙丑の初夏       淫水亭 【右上円窓】/於茂世(おもよ)が夫の後妻/於君(おきみ) 【右丁下】/駿河国富民某(するがのくにふみんそれがし)が/娘於茂世(むすめおもよ) 【右丁上】もや〳〵として   しづまるや    /葛(くず)の/花(はな)              嵐艸 【左丁上】/門々(かどかど)の/闇(やみ)   からふえる  おどりかな 鳥酔      /三河(みかは)の/国(くに)にて            /盆踊(ぼんおどり)の/夜(よ) 【左丁下】/大和吉野郡(やまとのよしのこおり)       /農家(のうか)の        /於讃(おさん) 【左端】/浮男(うかれを)の/會(あひ)      たる/女其名不知(をんなそのなしらず) /清水通夜物語(きよみづつやものがたり)総目録 第一 /一夜(いちや)にかきる/嫁入年(よめいりとし)は十八たわけは/天下一(てんかいち)    /再度(さいど)の/縁(えん)は/古長持(ふるながもち)に三百/両(りやう)の/附札(つけふだ) 第二 /年(とし)は/九歳(ここのつ)おとなにまさる/娘(むすめ)    /日数(ひかず)二十七日に四十六のものかずあり 第三 /東西(とうざい)〳〵/踊(おどり)くづれ/帷子(かたびら)の/裂目(さけめ)に/通(とほ)りものとしる    /形見(かたみ)の/扇(あふぎ)は/斑女(はんぢよ)もかくや/忘(わす)れがたき/歌(うた)あり 第四 おされて/通(とほ)る/胸(むね)の/済(のち)/頓死(とんし)もやがて/蘇生(そせい)の/沙汰(さた)    /還俗(げんぞく)の/医師(いし)おもふ/中(なか)に/子(こ)ども三人 第五 /袖(そで)に/縫(ぬひ)こむ/恋(こひ)のたんざく    /縁遠(えんどを)なる/娘(すむめ)は/手代(てだい)の/仕合末繁昌(しあはせすえはんじやう)の/入婿(いりむこ) 第六 /思(おも)ふ/中(なか)は/腎虚(じんきょ)の/病(やま)ひ/鹿(しか)のやりくりは/思(おも)ひの/種(たね)    /亡者(もうじや)のおすべりは/出家(しゆつけ)の/喰(くひ)もの/庄屋(しやうや)の/生針(いきばり)はつかへの/妙薬(めうやく) 第七 /長崎医者薬(ながさきゐしやくすり)の/仕(し)かけ    /一夜(いちや)の/内(うち)は/夢(ゆめ)か/現(うつゝ)かおぼへられぬ/味(あぢ)あり 第八 /紀念(かたみ)の/後家(ごけ)の/喜(よろこ)び/坊主(ばうず)のすゝめに/味(あじ)をさとる女    /寺(てら)をひらきしはからかさ/一本(いっぽん)の/持(もち)もの 第九 この/手柏(てがしわ)の/二女(にぢよ)ぐるひは/思(おも)ひもかけぬさいはひ    /姉(あね)と妹(いもと)のかたみ/替(かは)り/表(おもて)の/一面(いちめん)にかはる/情(なさけ)のかくし/裏(うら) 第十 /生(いき)ながら/畜生道(ちくしやうだう)をしたふ女    /道(みち)も世間(せけん)も/忘(わす)れはてた/迷(まよ)ひの/宿業(しゅくごう) 第十一 /月影(つきかげ)にとりちがへたる/牙(きば)のやみつき    /両度(りょうど)の/人(ひと)たがひは/思(おも)はぬかたにあやまちの/高名(かうめう) 第十二 /九十九夜(くじうくよさ)の/車(くるま)に/寄(よ)る/輪廻(りんゑ)のきづなは/絶食(ぜつしょく)のくはせ/物(もの)     とう〳〵/恋(こひ)になりすまいた /作病(さくびやう) 第十三 /見(み)るは/目(め)の/毒垣間見(どくかいまみ)の/生物見事(なまものみごと)に/過(すぎ)たるは/食客(しょくかく)の御/道具(どうぐ)     /乱(みだ)れかゝる/若後家(わかごけ)男の/心(こころ)をひいて/見(み)る/秋荻(あきおぎ)のうた/占(うら) 第十四 /血気(けつき)の/腰(こし)の/物(もの)はきたへにきたへし/六寸胴(ろくすんどう)がへし     /姪(めい)女の/身替(みがは)りに/立奧(たつおく)づとめの/伯母(おば) 第十五 /猛(たけ)き/心(こころ)をもやわらぐる/歌(うた)の/徳(とく)は/膳輩(げぐ)の/知(し)らぬ事     ましてや/是(これ)は三てうの/傳(でん)に/主従(しう〴〵)かけてにい/枕(まくら)    以上十五回目録終              淫水亭 恋川笑山編集 /清水通夜物語(きよみづつやものがたり)初篇上之巻   /一夜(いちや)にかぎる/嫁入年(よめいりとし)は十八たわけは/天下一(てんかいち)   /再度(さいど)の/縁(えん)は/古長持(ふるながもち)に三百/両(りやう)の/附札(つけふだ) /中秋(ちうしう)の/月(つき)あかき/夜(よ)に/月夜烏(つきよがらす)の/声(こゑ)かしましく/心耳(しんに)を/澄(すま)せる/清水(きよみづ)に /通夜信心(つやしん〴〵)の/輩懺悔(ともがらざんげ)のためとて/先(まづ)としごろ/六(む)そぢばかりの人/語(かた)られ けるは/世間(せけん)ひろしといへとも/浮世(うきよ)に/又(また)たぐひあるまじき/珍事両度(ちんじりやうど)まで ありけることを/語(かた)り申すべし/其生国(そのしやうこく)は/駿河(するが)の/者(もの)なり/親(おや)は/人並(ひとなみ) の/百姓(ひやくしやう)にて/兄(あに)は/外(ほか)に/家(いえ)を/持(もた)せ/我(われ)は/親(おや)と/一所(いつしよ)にかせぎし/内(うち)に/父(ちゝ)には おくれ/母(はゝ)ばかりになりて/身上(しんしやう)も/次第(しだい)〳〵におとろへ/手元(てもと)とてもよろし からずかゝりし/所(ところ)に/隣郷(りんごう)に/手前能者娘(てまへよきものむすめ)をひとり/持(もて)りしなかたちは 十人/並(なみ)に/勝(すぐ)れて/能(よき)きりやうなれども/心(こゝろ)大だわけなりと/云(いひ)ふらし    /取(とり)むかゆる人もなく十八の/年(とし)まで/縁(えん)もなし/親(おや)も/是(これ)を/憂(うき)ことにおもひ 人々にもたのみ/明暮苦(あけくれく)にやみて/神(かみ)いのりのみしける/折節(おりふし)もの/詣(まうで)の/帰(かへ)る さに/大勢(おゝぜい)ひとの/嫁(よめ)むすめうちつれ/通(とほ)りしにゆき/合(あひ)ぬあの/先(さき)より 三/番目(ばんめ)の/娘(むすめ)はたれやらんと友にたづねしにあれこそ/彼名(かのな)取のたわけ よトおしへけるかく/云(いひ)たれどもそのおもかげ/美(うつく)しくわすれがたかりけるゆへ /其夜朋友(そのよほうゆう)の/方(かた)へまかりて/今日見(けふみ)しおもかげ/何(なに)ほど/云(いひ)こなされても/忘(わす)れ がたしあの/容貌(きりやう)にてはたとへたわけにてもくるしからずまして人のいふ ほどにはよもあるまじといへばかの/友聞(ともきい)て/扨(さて)はまことに/執心(しうしん)なるや/云(いは)るゝ ごとくたわけ〳〵と人/毎(ごと)に云けなせど/手前(てまへ)かき人の/子(こ)なれば/誰(だれ)もしか とは/知(し)らず/実(げ)にや人の/云(いふ)ほどにはなきものなりさいはひなるかなその /方呼(ほうよび)むかへ給はゞ/兼々(かねがね)の/仕度(したく)のうへ/少々(せう〳〵)は/持参(ぢさん)もするやう/我等肝煎(われらきもいり) 申べしとてわれらの/親兄弟(おやきやうだい)に/談合(だんかふ)すれば/本人合点(ほんにんがてん)にてのぞみのうへは /脇(わき)よりとかく申へきにあらず/首尾能(しゆびよき)ようにと/頼(たのみ)ければそれより/彼娘(かのむすめ) の/親(おや)のもとへゆき/談合(だんかふ)しけるに/聟(むこ)にふ/足(そく)なし/兎角(とかく)の/思案(しあん)にも/及(およ)ばず /金子(きんす)五拾/両附(りやうつけ)て/遣(つか)はし申べしと/相談(さうだん)とゝのひ二三日のうちに/結納(ゆいのう) /取(とり)かわし/善(ぜん)はいそげとて/某(それがし)二十三の/年(とし)八月/中旬(なかごろ)によびむかへぬさて その/夜祝言(よしうげん)すみて/部屋(へや)に/入(い)り/床盃(とこさかつき)もすみ/燈火(ともしび)かすりに/置(おき)て/互(たがい)の /縁浅(えんあさ)からずしてかく/夫婦(ふうふ)となるうへは/何(なに)事もむつましくかたらひ 給はれとよりそひけれどもあへていらへもなければ/心(こゝろ)せきもだへてふと ころの/内(うち)へ/手(て)をさし入れ/抱(いだ)きつけば/其手(そのて)をふりはらひそのやうな 事よして下されとけん〳〵として少しも愛らしき/情(なさけ)の/風(ふ)せいなけれ どもそれがし若くはありいかにもこらへがたく/下地(したぢ)より/馬鹿者(はかもの)と/聞(きゝ)しが /阿房娘(あはうむすめ)を /娶初床(めとりはつとこ)に /困(こう)じて/無躰(むたい) に/水揚(みづあげ)を するの/図(づ) /馬鹿(はか)りちぎに/色(いろ)の/品(しな)をわるびれる/物(もの)と/心得(こころえ)しものならんもはや 十八なれば/押付(おしつけ)わざしたりとて/気(き)づかひなる事もなしかの/所(ところ)にはうる ほひはあらんものをと/是非(ぜひ)を/云(い)はさず/組(くみ)ふせおしはだけてぬッとさし こみてあいた〳〵といふをもかまはず/心(こころ)の/侭(まゝ)に/埒(らち)をあけ思ふぞんぶんに/気(き) をやりて事すみけれどもぐす〳〵ト泣あかし/夜明(よあけ)たらばはゝさまに/云(いふ)べし /此(この)やうなむたいな事をするものかなトすり/上(あげ)〳〵なき/居(ゐ)るに/興(けう)さめて 夜も/寝(ね)られすそのうちにしら〳〵と/夜明(よあけ)たり/翌朝(よくてう)は/隣家(となり)あ たりのうば/嗅目出(かくめで)たやとて/寄合(よりあひ)ければ/母(はゝ)もとく/茶(ちや)など/煮(に)させ /茶(ちや)のここしらへもてなし/嫁子(よめこ)は/何(なに)とて/出(いて)て茶のみもいぬ/近所(あたり)の/衆(しゆ) も/見舞(みまい)れしに/出(いで)合給へと/四五度(しごど)のつかひにて/皃府(かほはら)し出けるゆへ/母(はゝ) 見て/何(なに)とせしぞ/気合(きあう)にてもありきや/心(こゝろ)すまぬなりやト/問(と )はれて/嫁云(よめいひ)けるは /母(はゝ)さま/聞(きい)て/下(くだ)され/夜前息子(ゆふべむすこ)とのゝせう事かせまい事か毛のはへし志ゝを /無理(むり)むたいに/押(おし)こまれけるほどにあいた〳〵といへばいふほどくどくぬいつ /差(さい)つしてあげくのはてには/鼻(はな)たれのやうなもの/出(だ)してあたらしき/二布(ゆぐ) もなにもみなよごしそのうへ/今朝(けさ)は/小便(しゝ)がしみていたくてどうもなり ませぬトしく〳〵と泣けるに/母(はゝ)をはしめ/人々(ひと〴〵)もその/座(さ)にたまりかねて ひとり/逃(にげ)ふたりにげこそ〳〵ト/逃帰(にげかへ)りけるわれもたまらす/中立(なかだち)の/友(とも)を /呼(よ)びその/日(ひ)の/暮(くれ)るを/待(まち)かねて/暇(いとま)とらせ何も/角(か)も/送(おく)りかへしけれども/母(はゝ)を はじめ/諸人(しょにん)へ/面向(かほむけ)なりがたく/二三日(にさんにち)の/支度(したく)にて/江戸(えど)へ/逃下(にげくだ)り/麹町(こうじまち)の/伯(お) /父(ぢ)をたのみ/商(あきな)ひはじめけるに/仕合(しやは)せよくてよほど/江戸馴(えどなれ)たる/時分(じぶん)さる おやしき/方(かた)に/金子(きんす)二三十両つけて/町人(ちうにん)へ/遣(つか)はしたしと/思(おぼ)し/召腰元(めすこしもと)あり しかもみめかたちたぐひなしと/肝煎(きもいりて)人のありしに/前(さき)にも/妻(つま)もとめて /再度美貌(ふたゝびびぼう) /嬋娟上開(せんけんじやうかい) の/妻(つま)をむかへ て/偕老(かいろう)の /思(おも)ひをなす /古郷(こごう)をはなれし/身(み)の/焼(やけ)ど/火(ひ)にこりずとかやそれ/肝煎(きもいり)て給へと/伯父(おぢ)を /親分(おやぶん)にたのみてやつて/能表店借(よきおもてだなかり)て/取(とり)むかへける/実(げ)にや/聞(きゝ)しにまさり て/色(いろ)よき女なりとしは/二十才(はたち)との事にて/利発(りはつ)にあまりける/者(もの)ゆへ/世(よ) には/掘出(ほりだ)しもあるものかなトよろこび/浅(あさ)からずかたらひけるかの/所(ところ)も たぐひなくて/一物(いちもつ)を/吸(す)ふやうに/覚(おぼ)へ/気(き)のゆくときはたへがたきよでに よきものなればひとしほ/愛(あい)まさりて/又(また)なきものに/思(おも)ひぬしかるに /此大屋(このおほや)のひとり/息子(むすこ)としごろ廿五六に/見(み)へけるが/妻(つま)にはなれ さびしき/折(をり)のゆへにや/我女房(わがにようぼう)に/首(くび)たけうち/込(こみ)たる/風情(ふせい)なるが/某(それがし)も /伯父(おぢ)の/二番息子(にはんむすこ)そのころ十八になるを/子(こ)にもらひ/商(あきな )ひ/相手(あいて)にしけるとの ものに/心(こゝろ)をつけてあやしき事あるや/我(わが)るすよくせしにト/云(いひ)ふくめけるに いつのほどに/出来(いでき)し事なるにやそれがしとまりがけの/商(あきな)ひに/出(いで)ける/夜(よ) はかの/大屋(おゝや)の/息子(むすこ)うら/口(ぐち)より/忍(しの)びけるふぜいあるよしを知らせける/程(ほど)に たしかに/様子見届(やうすみとゞ)けたく/思(おも)ひ/我養子(われやうし)と/心(こゝろ)をあはせある/時(とき)又/泊(とま)り がけに/在郷(ざいごう)人あきなひに/行(ゆく)とて/家(いへ)を/出暮(いでくれ)あひ/過(すぎ)にしのびて/店(みせ)の /戸棚(とだな)にかくれ/夜更人(よふけひと)しづまりてそろりと出/閨(ねや)の口へよりそひ/立聞(たちきゝ) せしに/寢(ね)もの/語(がた)りの/声(こゑ)ひそ〳〵しけるあいださてこそと思ひ/壁(かべ)に /耳(みゝ)をつけて/聞(きく)に/女房(にようぼう)の声にて/亭主(ていしゆ)けふとまりがけに/商(あきな)ひに/行(ゆき) けるいつ/帰(かへ)るべきもしれずとて/夜前(ゆふべ)ふたつ/交(かし)ける/後(のち)のはあきはて けれどもいやと云はゞ/気(き)をまはし/侍(はべ)らんかとおもひ/是非(ぜひ)なく/入物(いれもの) /貸気(かすき)になつて/外(ほか)事おもひ〳〵ようやく男に/埒(らち)あけさせぬ/今宵(こよひ)そ さまと/寝(ね)て/是(これ)にてはや/四度(よたび)なれども/腠(あく)事はさておきはやく/埒(らち)の /明(あく)がのこりおゝしかまへて/是(これ)ぎりにてはすまさぬぞへなど/云(いひ)てせか /後妻夫(ごさいをつと)の /留守(るす)に/密(みつ) /夫(ふ)を/引入他人(ひきいれたにん) に/肌(はだ)を/合(あはせ)て/度(ど) /数(すう)を/犯(おか)さす つきぬる/声(こゑ)の心地よく聞へひし〳〵としめあふけわいしけるは女房も男 もたがいに/気(き)をやる/最中(さいちう)よとさつしいるに/常(つね)ならぬ/息(いき)ざしにて男の /云(いひ)けるはこれほどたのしみに思ひあひぬる中をよそに見て/暮(くら)さん事の /心憂(こゝろよ)さよ/金子(きんす)百五十両は/某(それがし)人に/借(かし)おきぬ/親父(おやぢ)が/苦労(くらう)にもならぬ 事その/金(かね)を/出(だ)して/隙(ひま)もらふ事はなるまいかトいふ/声(こゑ)しける/扨(さて)もにくき 事かなふすま/蹴(け)はなし/二人(ふたり)ともかさねて/置(おい)て/切伏(きりふせ)ふかと思ひしが/待(まて) しばし/町人(てうにん)の/手柄(てがら)だて/詮(せん)なき事それよりはすべきやうあらんトとくと /思案(しあん)してやかて/門(かど)の口へ/忍(しの)びより表より帰りたる/風情(ふせい)して/内(うち)より戸を /打(たゝ)き/爰明(こゝあけ)よと声かくれば/相図(あいづ)の/養子(やうし)心得たりとて/戸(と)を明/何(なに)とて /只今(たゞいま)ごろ/帰(かへ)り給ふといへば用ありて/帰(かへ)りたり/是(これ)は/店(みせ)も/奧(おく)も/行燈(あんどう)が/消(きへ)て ある/女房(にようぼ)どもはや/火(ひ)をともせといへば女房は/肝(きも)をつぶしあんどうはとぼ /後妻情通(ごさいじやうつう)の /最中夫(さなかをつと)の戻(もどり)に おどろき/濡茎(ぬれまら) の/侭密夫(ままみつふ)を /長持(ながもち)の内(うち) へかくす /怒(いかり)を /忍(しのび)て/夫入(をつといれ) /浸(びたし)にし/陰茎(へのこ)の/限(かぎり) /終夜交合(よもすがらまじはり)て長(なが) /持(もち)の/内(うち)の/密(みつ) /夫(ふ)に/聞(きか)す さずして/長持(ながもち)の/錠(ぢやう)をあけ/中(なか)へ/何(なに)やらん/入(い)れぬる/音(おと)し/侍(はべ)るさて/灯(ひ)をともし ける/間裏(あいだうら)の/口(くち)そこらの/戸尻片隅(とじりかたすみ)までねんごろに/見廻(みまは)しけるに/別義(べつぎ) なし/扨(さて)は/長持(ながもち)へ入れたるにうたがひなしと/思(おも)ひやがて/長持(ながもち)の/鍵(かぎ)を/腰(こし)に つけ長持の錠は/何(なに)とてあいてあると/問(と)へば/着物(きもの)とり出すとて/明(あけ)たりと いふさても/由断(ゆだん)なる事やと/其侭錠(そのまゝぢやう)をぴんとおろし/女房(にやうぼう)にも/何(なに)こゝろ つかぬ/体(てい)にもてなさん/手立(てだて)に/閨(ねや)へよび/今宵(こよひ)われ等/在郷(ざいがう)にて/山賊(おひはぎ)に あひ/金子(きんす)のこらず/取(と)られ/生(いき)がひなき/身(み)となりぬ/明(あけ)なば/家(いへ)をもしまひ /其方(そち)とも/別(わか)れ〳〵にならずはなるまいかと思へば/残(のこ)り/多(おゝ)や/夜(よ)の/明(あけ)ぬ/間(ま)の なごりをしみにとて/寝間着(ねまき)のまへまくりあげさしあてけるに/宵(よひ)のほどより /四度五度(よついつゝ)も/交過(とりすぎ)たるあとならん/其処(そこ)ら/一(いち)めんにぬる〳〵としてわけ なしこれは/何(なに)とてかやうなるぞト/問(と)へば女申ける/今宵(こよひ)はさびしさの あまり/夜前(ゆうべ)の事を/思(おも)ひ/出(いだ)しとろ〳〵と/寢入(ねいり)たる/夢(ゆめ)にそさまと/抱(だか)れ /合(あひ)て/此(この)事する〳〵とおもひ/心(こゝろ)よく/侍(はべ)りし/折節門(おりがらかど)の/戸(と)をたゝかれける /音(おと)に夢さめ/肝(きも)をつぶしおきあがり/夫(それ)よりぬぐふ/間(ま)もなしと/云(いひ) ければ/扨(さて)もおそろしやとおもひながらも/結構(けつかう)に/埒(らち)あけべき/上(うへ)はと /思(おも)ひたがはに/深(ふか)き/中(なか)は/其様(そのやう)なるものなりと/云(いひ)て/怒(いか)りの/心(こころ)をやめければ /宵(よひ)に/聞(きゝ)ぬる/物(もの)がたり思ひやられて/気味(きみ)あひよければ/是(これ)を/肴(さかな)にして いつもよりもゆるり〳〵とつゞけ〳〵抜もせずきこんよく抜つさはつするうち 女房もまた三四度もたしかにやりし様子にてくたびれつかれしあり さま見へたりその/間(あいだ)にわれも/三度(みつ)まで気をやりければからす/告(つげ)わた りて/夜(よ)ははや/明(あけ)はなれし/扨商売(さてしやうばい)の/為(ため)に/買置(かひおき)ける/品々(しな〴〵)六七十両/程(ほど) の/物(もの)をもとをはづして/朝五ツ過(あさいつゝすぎ)までの/内(うち)に/賣拂(うりはら)ひ五十四五両の金 を/腰(こし)に/付其後(つけそのゝち)かの/長持(ながもち)を/曳出(ひきいだ)しければ/女房色(にようぼういろ)をかへ/夫(それ)をいづくへと/問(とひ)しに /此内(このうち)には/大切(たいせつ)の/物(もの)ばかり/入置(いれおき)たり/然(しか)れども/此仕合(このしはあせ)のうへは/拂(はら)はねばならず さりながら/明(あけ)て/内(うち)を見るにおよばず/長崎荷物(ながさき)のごとく/買人(かうひと)もある べしとて此長持の内に/某(それがし)が/一跡(いっせき)の物あり/代金(だいきん)三百両と/張紙(はりがみ)して/店(みせ)へ /引出(ひきいだ)し/置(おき)ける/近所(きんじよ)の/輩(ともがら)あつまつて/不仕合(ふしあはせ)の事あるよし/笑止(せうし)なりとて /寄合(よりあひ)けるが/長持(ながもち)の/内(うち)に/大屋(おほや)の/惣領(そうれう)ありと女房の/知(し)らせけるにやあらん /隣家(りんか)の/人買手(ひとかいて)になりて此長持三百両にてはあまり/高直(かうちよく)なり百五十両 にまけ給へといふイヤ壱両かけてもならぬなりいつまでも/賣次第(うれしだい)に せんとさし/置(おき)けるにはや/昼過(ひるすぎ)よりは貳百につけるいや/少(すこ)しもまけは しないといへば貳百三十両より五十両までに/買(かひ)あげけるまゝさらば /金子(きんす)をわたし給へやすくはあれどもまけて/進(しん)ずべしとて/夕七(ゆふなゝ)ツの/鐘(かね) つくころ弐百五十両の/金子受取長持(きんすうけとりながもち)の/鍵(かぎ)をわたしうりはらひ /女房(にようぼう)の/道具(だうぐ)はのこらずあらため/媒人(なかうど)のなにがしをも/呼(よび)てみやげ の金子三十両わたし/倦(あき)あかれぬ/中(なか)にてはべれとも/私(わたくし)ふしあはせ なる事ありて/身躰(しんだい)しまひ申ゆへいとまとらせ申とてその/日(ひ)に 女房の/埒(らち)を明(あけ)けるさて/自分(じぶん)の/諸道具(しよだうぐ)のこらずあつめ/車(くるま) につみて/麹町(かうじまち)の/伯父(おぢ)がもとへゆき/件(くだん)のあらましものがたりし ければさりとては/波風(なみかぜ)もなく人に/疵(きず)もつけずよく/仕(し)まふたり この/金(かね)にては/身過(みすぎ)もこゝろやすかるべしとてあるおやしき/方(がた)の はし〴〵の/御用(ごよう)うけたまはりけるに/次第(しだい)〴〵に/知(し)る人なじみ の/方(かた)も/多(おほ)くなりけるまゝ/江戸(えど)に/居(ゐ)て/人(ひと)のさげすみにあひ てもうるさしとおもひ/伯父(おぢ)と/談合(だんかう)してもらひ/置(おき)し/伯父(おぢ)の /子(こ)を/連(つ)れ/尾張(をはり)へのぼりあきなひしけるにうちつゞき/仕合(しあは)せよく もはや/我等(われら)は/妻(つま)にこりはて/三度目(さんどめ)の/必至(ひつし)とこゝろえて/養(よう) /子(し)によめとりて/家(いへ)をわたしける/我身(わがみ)はひとり/暮(くら)しこゝろ/安(やす)く かげまぐるひにつかへをはらし/今(いま)は/楽(らく)の/身(み)にて暮しはべる /侍(はべ)るこのたびそこの/江戸衆(えどしゆ)にさそはれふと/京(きやう)のぼりして/日々(ひゞ)に /名所古跡(めいしよこせき)を/見物(けんぶつ)して/今夜(こよひ)はからずめづらしき/人々(ひと〴〵)に/出合過(ではひすぎ)にし むかしの/恥(はぢ)をさらし/侍(はべ)る/所謂他生(いはゆるたしやう)の/縁(えん)にこそと/汗(あせ)ぬくび〳〵/語(かたり)ける /清水通夜物語(きよみづつやものがたり)初篇上終