【収蔵用外箱・表紙】 養生一家春 【収蔵用外箱・背表紙】 養生一家春 【背表紙下部 整理ラベルあり。】 【ラベル外枠】 京 大 図 書 【ラベル内側】 冨士川【次のコマのラベルの記載で推測】本 ヨ 68 【収蔵用外箱・表紙】 養生一家春 【整理ラベル・富士川本/ヨ/68】 養生一家春   再刻   完 【右頁】 百瀬養中先生著 養生一家春   容安居蔵 【頭部欄外に横書き】 文政庚寅春再刻 【左頁】 幸(さいわい)に有難(ありがた)き 聖代(せいたい)に生(むま)れ仁澤(じんたく)の深(ふかき)に浴(よく)し農(のう)は耘耕(うんかう)に懈怠(けだい)なく商(しやう)は 交易(かうゑき)を平直(へいちよく)にして各々(おの〳〵)其(その)業(げう)を勤(つと)めおの〳〵其(その)天命(てんめい)を 尽(つく)す吾儕(わなみ)醫(い)を業(げう)として耕(たがへ)さずして児(こ)餒(う)へす織(おら)すして 妻(つま)凍(こゞ)えず枕(まくら)を高(たか)ふして臥(ふ)し几(おしまづき)に𠙖(よ)つて眠(ねむ)るいかがして 国恩(こくおん)の渥(あつき)に報(むく)ひ奉(たてまつ)りいかがして天命(てんめい)の厳(をごそか)なるに答(こた)へ奉(たてまつ) らん哉(や)恐(おそ)れても又(また)おそるべし爰(ここ)におもへらく四民(しみん)各(おの〳〵)其(その)業(げう) を勤(つと)むるに病(やまひ)無(な)くして壮健(さうけん)ならざれば勤(つと)め行(おこな)ふ事(こと)あた はず故(かるがゆへ)に古(いにしへ)より醫薬(いやく)の設(もふけ)有(あ)りて小伎(しようき)なりと云(い)へとも 天職(てんしよく)に列(つら)なれりしかれば天下(てんか)の人(ひと)に病(やま)ひ無(なか)らん事(こと)をのみ 【朱印・京都帝国大学図書之印】 【朱印・富士川游寄贈】 【黒印・187256 大正7.3.31】 【右頁】 醫(い)の本意(ほんい)とすべし予(よ)小少(しよう〳〵)より醫(い)を業(げう)として常(つね)に其(その)恐(おそ)る べきをおそれ只管(ひたすら)古醫聖(こいせい)の規則(きそく)を守(まも)る事(こと)既(すで)に三十又(さんじうゆう) 餘年(よねん)一(ひと)つの成(な)せる功(こと)なし始(はしめ)は栄勢(ゑいせい)の利(り)を遂(お)ひ巧拙(かうせつ)の 名(な)を競(きそ)ひ病(やまひ)を治(ぢ)するの方(はう)を求(もと)め孜々(じゞ)として自(みつから)強(つと)めしに 中比(なかころ)賢者(けんしや)の教策(けうさく)に触(ふ)れ利(り)に依(よ)り名(な)を尚(たうと)ふの己(おのれ)を克し 人(ひと)の病(やまひ)を見(み)て躬自(みづから)病(や)むが如(こと)く気(き)を屏(しりぞ)けて病(やまひ)を胗(しん)するに 微(すこ)しく分(わか)り方(はう)を處(しよ)するに偶々(たま〳〵)中(あた)る事(こと)を覚(おぼ)ゆ十年前(じうねんぜん) 実(じつ)に文化(ぶんくわ) 元年(ぐわんねん) 甲子春(きのへねのはる) 豁然(くはつぜん)として古醫聖(こいせい)の方法(はうはう)深切(しんせつ) 著明(ちよめい)なる底(ところ)を窺(うかが)ひ得(ゑ)て是(こゝ)に於(おい)て病(やまひ)を治(ぢ)する事(こと)の 難(かた)きに非(あら)ずして生(せい)を保(たも)ち天年(てんねん)を全(まつた)ふするの実(じつ)に難(かた)き 【左頁】 事(こと)を辨(べん)じ夫(それ)より五七年来(ごしちねんらい)薬(くすり)を忘(わす)れて薬(くすり)を御(ぎょ)【左に「ツカヒ」と傍記】し病(やまひ)を 忘(わす)れて病(やまひ)を治(ぢ)するの義(ぎ)に通(つ)ふずる事(こと)を得(ゑ)たり此(この)義(ぎ) 筆舌(ひつぜつ)に尽(つく)しがたき所(ところ)有り其(その)旨(むね)を序(じよ)するのみ古醫聖(こいせい)の 方法(はうはう)全(まつた)く生命(せいめい)を全(まつた)ふするの一(いつ)を以(もつ)て貫(つらぬ)く事(こと)を知(し)る生(せい)は 実(まこと)に天地(てんち)の大徳(たいとく)なり誰(たれ)か是(これ)を好(このま)ざらんや誰(たれ)か是(これ)を愛(あい)せ ざらんやしかるに已(すで)に病(やむ)の病(やまひ)を患(うれ)へて未(いま)た病(やま)ざるの病(やまひ)を治(ぢ)する 事は世人(よのひと)と醫(い)と倶(とも)に是(これ)を忽諸(ゆるかせ)にする事(こと)怪(あや)しむべし故(かるかゆへ)に 三四年来(さうしねんらい)予(よ)通家(つうか)【昔から親しく交わってきた家】の人々(ひと〳〵)へ切(せつ)に生(せい)を養(やしな)ふの方(みち)を語(かた)りすゝ むるに是を用(もち)ひて行(おこな)ふ人(ひと)旧瘕(きうか)【左に「シヤク」と傍訓】の聚(じゆ)【左に「シコリ」と傍訓】を痊(いや)し宿癥(しゆくちやう)【左に「ツカヘ」と傍訓】の結(けつ)【左に「ムスボリ」と傍訓】を 解(と)き漸(やうや)く生(せい)を養(やしな)ひ得(ゑ)て無病壮健(むびやうさうけん)にして業(げう)を楽(たの)しむ 【右頁】 人(ひと)多(おゝ)し其(その)人々(ひと〳〵)此(こ)の道(みち)をしるしくれよと需(もとむ)るに應(おうず)る事 左(さ)の如(ごと)し 太平(たいへい)の人(ひと)に水飲(すいいん)の病(やま)ひ多(おゝ)し其(その)根本(こんぼん)を尋(たづぬ)るに期(ご)せずして 生(せう)ずるの患(うれ)へにして人々(ひと〳〵)是(これ)を忽諸(ゆるかせ)にし醫(い)も又(また)是(これ)を等閑(なをざり) にし其(その)原(もと)を探(さぐ)らずして妄(みだり)に薬(くすり)を與(あた)へこも〳〵誤(あやま)り遂(つい)に 一家(いつか)の痼癖(こへき)【左に「ヂヒヤウ」と傍記】と成(な)りて頗(すこぶ)る生気(せいき)を害(がい)し天年(てんねん)を損(そん)する 人(ひと)少(すくな)からず予(よ)治療(ぢりやう)に心(こゝろ)を潜(ひそ)むる事(こと)三十又餘年(さんしうゆうよねん)にして 診(しん)し得(う)る所(ところ)を演(の)ぶ庶幾(ねがはく)は蔑(ないがしろ)に視(み)給はずして返(かへ)す〳〵も 生(せい)を養(やしな)ふの方(はう)を得(え)給え太平(たいへい)の人(ひと)勤(つとめ)に怠(おこた)り易(やす)く楽(らく)に 逸(いつ)【左に「ハヤリ」と傍記】し易(やす)し是(これ)より此(この)患(うれ)へを生(せう)す 【左頁】 勤(つと)めに怠(おこ)たる人(ひと)は身(み)を動(うこか)さずして心気(しんき)を労(らう)し胃(ゐ)の気(き)亢(たかぶ)るが ゆゑに常(つね)に膏梁(かうりやう)滋味(じみ)【左に「ムマキシヨクモツ」と傍記】を貪(むさぼ)り重滞(ぢうたい)【左に「トゞコヲリ」と傍記】して留飲(りうゐん)【左に「タン」と傍記】を生(せう)ず此人 必(かな)らず忿怒(ふんと)【左に「イカリ」と傍記】の気(き)多(おほ)し心胃(しんゐ)の火(ひ)たかぶる故(ゆゑ)也 楽(らく)に逸(いつ)する人(ひと)は體(たい)を労(らう)せずして腎気(じんき)を動(うご)かし脾(ひ)の気(き) 行(めぐ)らざるゆゑに旨酒(ししゆ)甘醴(かんれい)【左に「ヨキサケ」と傍記】に酖(ふけ)り蓄聚(ちくじゆ)【左に「タクハヘアツマリ」と傍記】して宿水(しゆくすい)と成(な)る 此人(このひと)必(かな)らず情欲(じやうよく)多(おほ)し脾腎(ひじん)の気(き)固(かた)からざるゆゑなり 右/水飲(すいいん)の病(やまひ)諸病(しよひやう)に変化(へんくわ)して尤(もつとも)生気(せいき)を害(かい)し天寿(てんじゆ)を 損(そん)する事(こと)多(おほ)し夫(そ)れ病(やまひ)の生(せう)ずる由(よし)を辨(べん)ぜずして徒(いたづら)に 生命(せいめい)を養(やしな)はんと欲(ほつ)するは譬(たとへ)ば波瀾(はらん)【左に「ミツコヽロ」と傍記】を知(し)らずして舟揖(しうしう)【左に「フネカチ」と傍記】を 操(と)【左に「ツカフ」と傍記】るが如(ごと)し故(かるがゆへ)に今(いま)水飲(すいいん)の病(やまひ)を挙(あ)げて生(せい)を養(やしな)ふの義(ぎ)【左に「ワケ」と傍記】を 【右頁】 喩(さと)す人々(ひと〳〵)此(この)患(うれひ)をまぬかれんと欲(ほつ)せば夙(つと)に起(おき)て調息(てうそく)し 夜(よは)に寐(いね)て調息(てうそく)して《割書:調息(てうそく)の法(ほう)|後(のち)に演(の)ふ》心腎(しんじん)【左に「コヽロ」と傍記】を安定(あんてい)【左に「ヤズン」と傍記】し身體(しんたい)【左に「カラタ」と傍記】を運(うん) 動(どう)して業(げう)をつとめ各々(おの〳〵)強弱(きやうじやく)【左に「ツヨキヨワキ」と傍記】の分(ぶん)を量(はか)りて飲食(いんしい)を節(せつ)に すべし《割書:諺(ことわざ)に命(めい)は食(しよく)に有(あ)りと実(じつ)に然(しか)り食法(しよくはう)殊(こと)に多(おゝ)しくだ〳〵しき|ゆへ爰(こゝ)に略(りやく)す大抵(たいてい)三時(さんじ)は古今(こゝん)の通礼(つうれい)也/慎(つゝしん)て時(とき)ならざるに食(しよく)する》 《割書:事(こと)なかれ二椀(にわん)三椀(さんわん)にかぎり過(すぐ)すべからず|病(やまひ)は口(くち)より入(い)り禍(わざはい)は口より出(いづ)るといふもむべ也》はやく怒(いかり)に懲(こ)り堪(た)へ忍(しの)ぶ べし常(つね)に欲(よく)を塞(ふさ)ぎて敬(つゝ)しみ慎(つゝし)むべし《割書:敬(つゝしむ)はつちにしまると云(いふ)|訓(おしへ)なりと深(ふか)き義(ことは)り有べし》 しかる時(とき)は心腎(しんじん)交(こも)〴〵堅固(けんご)にして脾胃(ひゐ)互(たが)ひに運轉(うんてん)【左に「メグリ」と傍記】し 留滞(りうてい)【左に「トヽコフル」と傍記】の飲(いん)なく蓄聚(ちくじゆ)【左に「タクハヘアツマル」と傍記】の水(みづ)なく気血(きけつ)分布(ぶんふ)【左に「ワケシク」と傍記】するがゆゑに陰(いん) 陽(やう)調和(てうくわ)す陰陽(いんやう)調和(てうくわ)【左に「トヽノヒ」と傍記】するがゆへに精神(せいしん)安寧(あんねい)【左に「ヤスラカ」と傍記】也/精神(せいしん)安寧(あんねい) なるがゆゑに呼吸悠長(こきうゆうてう)【左に「イキナガク」と傍記】なり呼吸悠長(こきうゆうてう)なるがゆゑに天地(てんち)の 【左頁】 生気(せいき)と同(おな)じく長(なが)く我(わが)天年(てんねん)を全(まつた)く保(たも)つべし然(しか)れども 此(この)理(ことわり)は幽玄(ゆうげん)【左に「ヲクフカキ」と傍記】にして会得(ゑとく)【左に「ガテン」と傍記】しがたき底(ところ)あるべし只管(ひたすら)是(これ)を事業(じげう)【左に「ワザ」と傍記】 に勤(つと)め行(おこ)なひて日々(にち〳〵)壮健(さうけん)なる事(こと)を覚(おぼ)えて顕露(けんろ)【左に「メノマヘ」と傍記】に自知(じち)自得(じとく) すべし《割書:行(おこなひ)は己(おの)がこゝろむなしといふ訓(おしへ)也と少(すこ)しにても私(わたくし)の念慮(ねんりよ)を|まじへず此(この)養生(やうぜう)の道(みち)を勤(つと)め行(おこな)ひ給ふ事(こと)を希(こひ)ねがふのみ》 調息(ちやうそく)は養生(ようぜう)第一(だいいち)の義(き)也/嘗(かつ)て聞(き)く命(いのち)は呼吸(いき)の中(うち)と云(い)ふ訓(おしへこと)也 と生(せい)も亦(また)呼吸(いき)の義(ぎ)なるべし故(かるがゆへ)に呼吸悠長(こきうゆうちやう)【左に「イキナカク」と傍記】なる人(ひは)【「ひと」の誤ヵ】は生命(いのち) 必(かな)らず長(なか)し調息(ちやうそく)と云(い)ふ事(こと)は夙(つと)【左に「アサハヤク」と傍記】に起(おき)て目(め)さまし盥(てあら)ひ 漱(くちそゝ)ぎして東(ひがし)の方(はう)にむかひ《割書:其時(そのとき)と所(ところ)により|方(はう)にかゝはらず》吸(ひ)く息(いき)を悠々(ゆう〳〵)と いかにも長(なか)く口(くち)へ吸(ひ)き納(い)れ呼(は)く息(いき)を舒々(じよ〳〵)といかにも静(しづか)に 鼻(はな)へ呼(は)き出(いだ)し再次(ふたゝび)吸(ひ)く息(いき)を舒々(じよ〳〵)といかにも静(しづか)に鼻(はな)へ 【右頁】 吸(ひ)き納(い)れて呼(は)く息(いき)を悠々(ゆう〳〵)といかにも長(なが)く口(くち)へ呼(は)き出(いだ)し 此(かく)の如(ごと)くする事(こと)三五十息(さんごじつそく)すべし数多(かすお)ふきほどよししかし 其時(そのとき)と所(ところ)により数(かず)にかゝはるべからず夜(よ)寝(いね)て又(また)必(かな)らず此(かく)の 如(ごと)くすべし唯(ただ)に朝(あさ)と夜(よる)とのみにかぎる事(こと)にあらす時々(じゝ) 刻々(こく〳〵)調息(ちやうそく)すべし纔(わづか)に二三息(にさんそく)しても佳(か)【左に「ヨシ」と傍記】也(なり)就(なかん)_レ 中(づく)酒(さけ)に酔(ゑ)ひ 食(しよく)に飽(あ)き或(あるひ)は思慮(しりよ)【左に「ヲモイ」と傍記】に心労(こゝろつか)れ又(また)は忿怒(ふんど)【左に「イカリ」と傍記】に気(き)滞(とゞこふ)る時(とき)は必(かな)らず 調息(ちやうそく)すべし必(かな)らずしも数(かず)にかゝはらす自然(しぜん)に胸中(けうちう)【左に「ムネノウチ」と傍記】/爽朗(ほがらか)に 臍下(さいか)充実(じうじつ)【左に「ミチミチ」と傍記】する事(こと)を知(し)るべし鵠林禅師(こくりんぜんじ)の常(つね)に臍輪(さいりん)【左に「ヘソ」と傍記】以下(いか) 腰脚(ようきやく)【左に「コシアシ」と傍記】足心(そくしん)【左に「アシノウラ」と傍記】まで気(き)を充(みた)しめよと教(おしへ)給ふ事(こと)実(まこと)に生(せい)を 養(やしな)ふ確実(かくじつ)【左に「キツトシタ」と傍記】の善教(ぜんけう)【左に「ヨキヲシエ」と傍記】なり此(かく)の如(こと)く養生(やうしやう)する人(ひと)は三十日(さんじうにち)又(また)は 【左頁】 五十日(ごじうにち)にして必(かな)らす胸中(けうちう)空洞(くうとう)【左に「ムナシク」と傍記】として物(もの)なく臍下(さいか)瓠然(こぜん)【左に「フツクリ」と傍記】と して気(き)の充実(じうじつ)する事(こと)を覚(おぼ)へ永(なが)く行(おこな)ふ時(とき)は飲食(いんしよく)の分布(ぶんふ) 滞(とゞこふ)る事(こと)なく經絡(けいらく)【左に「スヂミチ」と傍記】の運行(うんかう)【左に「メグリ」と傍記】/支(さゝ)ふる事(こと)なく心神(しんじん)安寧(やすらか)に 一点(いつてん)の 薬(くすり)を服(ふく)せず一炷(いつちう)の艾(もぐさ)を用(もち)ひずして長(なが)く病(やまひ)無(な)くして天年(てんねん)の 寿(じゆ)を保(たも)つ事/疑(うたが)ひをいれずして決(けつ)して薬(くすり)に泥(なず)み灸(きう)に癖(へき)【左にクセツキ」と傍記】し て生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)を誤(あやま)る事(こと)なかるべし 夫(そ)れ生(せい)を養(やしな)ふの本(もと)は一元(いつけん)陽気(やうき)を養(やしな)ひ得(え)て相続(さうぞく)するの道(みち) なり病(やまひ)は来(きたつ)て元気(げんき)を害(そこな)ふの賊(ぞく)也/故(かるがゆへ)に病(やまひ)を治(ぢ)する事(こと)は微少(みしやう)【左に「スコシ」と傍記】の うちにおそれはやく療(りやう)ずべし緩(ゆるかせ)にする時(とき)は進(すゝ)む事はやく 凝(こ)る事(こと)革(すみやか)なり譬(たと)へば不善(ふせん)【左に「ワルキコト」と傍記】を行(おこな)ふ人(ひと)身(み)を亡(ほろ)ぼすが如(ごと)し 【参照 京都大学附属図書館富士川文庫所蔵本 請求記号ヨ/70 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100316911/viewer】 【右頁】 易曰(ゑきにいはく)霜(しも)を履(ふ)み堅氷(けんへう)至(いた)る【霜が降る時期が過ぎれば、堅い氷の張る季節が来る。物事が起こるには、まずその前兆があるというたとえ】と陰(いん)の始(はじめ)て凝(こる)の象(しやう)【左に「スガタ」と傍記】なり病(やまひ)をおそ るゝ事(こと)微少(ひしやう)のうちに消(け)し堅氷(けんへう)に至(いた)らしむる事(こと)なかれ生(せい)を 養(やしな)ふ事(こと)は確乎(かくこ)【左に「シツカリ」と傍記】として動(うこ)かず長(なが)く勤(つと)め行(おこな)ふべし生(せい)を養(やしな)ふ 道(みち)は譬(たと)へは善(せん)を行(おこな)ふ人/身(み)をつゝしみ徳(とく)を積(つ)むが如し陰陽(いんよう)の理(り) 善悪(ぜんあく)の義(ぎ)と生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)病(やまひ)を治(ぢ)するの術理(じゆつり)二(ふた)つならざる 事(こと)を世(よ)の人々(ひと〳〵)と醫(い)を業(ぎやう)とする人々(ひと〳〵)深(ふか)く是(これ)を辨(わきま)へおそれつゝ しみて一箇(いつこ)小天地(しやうてんち)【左に「ヒトノコト」と傍記】の元陽(げんやう)一気(いちき)を害(そこな)ひ給ふ事(こと)なかれ然(しか)【左に「ソウヨ」と傍記】り 如(かくの)_レ是(ごとし)【左に「ソウシヤ」と傍記】と一縁(いちゑん)ひき出(いだ)しておもひつき給ふ人あらばそでひちて結(むす) びし水(みづ)の氷(こほ)れるを春(はる)たつけふの風(かぜ)や解(とく)らん陽気(やうき)自(おのつか)ら復(ふく)【左に「カヘル」と傍記】 するの義(ぎ)【左に「コトハリ」と傍記】を古哥(こか)の意(こゝろ)に取(と)りて確(かた)く生(せい)を養(やしな)ふ人は愛(めで) 【「そでひちて~」は、古今和歌集に収録される紀貫之の和歌】 【左頁】 たき天寿(てんじゆ)の域(かぎり)に躋(のぼ)らん事(こと)疑(うたが)ひなし今茲(ことし)文化(ぶんくわ)十二年(しうにねん) 乙亥(きのとのい)の新春(しんしゆん)生養(せいよう)の風(かぜ)に御(ぎよ)して博(ひろ)く四方(しはう)の君子(くんし)に生(せい)を養(やしな)ふ の術(じゆつ)をすゝむる事(こと)只管(ひたすら)世(よ)の人々(ひと〳〵)病(やまひ)なくして壮健(さうけん)なら ん事(こと)を庶幾(こひねがふ)のみと云(いふ)こと尓(しか)り   世(よ)に愛(めで)たき人(ひと)の有(ある)ものにて天稟(てんりん)幸(さいわ)ひに厚(あつ)く飽(あく)まで   食(しよく)し痛(いた)く飲(のみ)て生(せい)を養(やしな)はざれども偶々(たま〳〵)無病(むびやう)壮健(さうけん)なる人(ひと)   あり必(かな)らず天稟(てんりん)【左に「ムマレツキ」と傍記】をたのみ暫時(ざんじ)の勢(いきほ)ひに誇(ほこ)り災害(さいがい)【左に「ワザハイ」と傍記】を   招(まね)き給ふ事(こと)なかれ人々(ひと〳〵)もまた是(これ)を羨(うらや)み給ふ事(こと)なかれ跡(せき)が   富(とめ)る跡(せき)が壽(いのち)ながきは我(われ)におゐて求(もと)むる所(ところ)にあらず   毎年(まいとし)冬(ふゆ)十一月(じういちぐわつ)冬至(とうじ)より正月(しやうぐわつ)雨水(うすい)の節(せつ)まで毎朝(まいちやう)酒(さけ)を呑(の)む 【右頁】   べし分量(ぶんりやう)は其/人々(ひと〳〵)によるべし微酔(びすい)【左に「スコシヱフ」と傍記】を度(ほど)とす夏(なつ)五月(ごぐわつ)夏(げ)   至(し)より七月/処暑(しよしよ)の節(せつ)まで毎朝(まいちやう)塩湯(しほゆ)を呑(の)むべし凡(をよそ)茶(ちや)   椀(わん)八九分(はつくぶ)を度(ほど)とす此(この)法(はう)甚(はなは)だ理(ことはり)有(あ)る事にて勤(つと)め行(おこな)ふべし   手(て)の曲池(きよくち)足(あし)の三里(さんり)《割書:五壮(いつひ)|七壮(なゝひ)》毎日(まいにち)灸(きう)すべし冬(ふゆ)の内(うち)は腰眼(ようかん)【左に「イノメ」と傍記】の穴へ   時々(とき〳〵)灸(きう)すべし夏(なつ)の内(うち)は天枢(てんすう)【左に「ヘソノワキ」と傍記】の穴へ時々(とき〳〵)灸(きう)すべし   養生(やうじやう)の道(みち)をかける書(しよ)和漢(わかん)その数(かず)多(おゝ)し七八(しちはち)は醫家(いか)より出(いで)て   其(その)三四(さんし)は黄老家(くわうらうか)の説(せつ)なり事(わざ)に泥(なづ)み術(じゆつ)に拘(かかは)りて誤(あやま)り説(とく)事(こと)   少(すくな)からす心得(こゝろえ)て是(これ)を読(よ)み撰(ゑら)みて是(これ)を用(もち)ゆべし夫(それ)仁義(じんぎ)の   道(みち)礼楽(れいがく)の教(おし)へは大中(だいちう)至正(しせい)にして貫通(くわんつう)せざる事(こと)なければ   聖賢(せいけん)の書(しよ)は云(い)ふも更(さら)なり道家(どうか)の道(どう)を説(と)き禅門(ぜんもん)の禅(ぜん)を 【左頁】   話(かた)る其(その)端(はし)を異(こと)にすといへども頗(すこぶ)る其(その)理(り)を明(あきら)かにする事(こと)多(おほ)し   輓近(ばんきん)【左に「チカコロ」と傍記】の人にしも袁了凡(ゑんりやうはん)か陰騭(いんしつ)を録(ろく)せる徳(とく)を養(やしな)ふの方(はう)【左に「テタテ」と傍記】   捷径(せうけい)【左に「テバヤク」と傍記】にして鵠林師(こくりんし)の参玄(さんげん)【参玄:仏道を修行すること】を話(かた)る性(せい)を養(やしな)ふの理(り)卓越(たくゑつ)【左に「タチコヘタリ」と傍記】   なり況(いはん)や赫敬山(かくけいざん)が養気(やうき)を解(と)き貝原翁(かいはらおう)の養生(やうせう)を訓(おし)   ゆる気(き)を養(やしな)ひ質(しつ)を養(やしな)ふの説(せつ)丁寧(ていねい)にして頗(すこぶ)る采(と)り用(もち)ゆ   べき事(こと)あり是(これ)等(ら)は世(よ)に多(おほ)く見(み)易(やす)き書(しよ)にしあれは是(これ)を挙(あげ)る   のみ凡(おふよそ)書(しよ)は道(みち)を載(の)するの器(うつはもの)なれば心得(こゝろえ)て善(よ)く見(み)るときは   縦(たと)ひ十全(じうぜん)【左に「トウマツタキ」と傍記】の書(しよ)は稀(まれ)なりとも豈(あに)一得(いつとく)の益(ゑき)無(なか)らんや只(ただ)泥(なづ)ま   ん事(こと)を恐(おそ)れ癖(へき)せん事(こと)を厭(いと)ふのみ故(かるかゆゑ)に心(こゝろ)を正(たゞし)くし意(こゝろばせ)を誠(まこと)にし   善(よ)く書(しよ)を見(み)る人(ひと)は必(かな)らず道(みち)を得(え)て心(こゝろ)広(ひろ)く体(たい)胖(ゆたか)ならん生(せい)を 【右頁】   養(やしな)ふの良方(りやうはう)也/心(こころ)正(ただ)しからず意(こゝろばせ)誠(まこと)ならずして書(しよ)に見(み)らるゝ人(ひと)は   徒(いたつら)に精神(せいじん)を費(ついや)し驕慢(けうまん)の気(き)日(ひゞ)に長(てう)じて身(み)を終(おふ)るまで道(みち)を   得(う)る事(こと)あたはず遂(つい)に生(せい)を亡(ほろぼ)すの毒(どく)と成(な)る事(こと)譬(たと)へは酒(さけ)は天(てん)の美(び)   禄(ろく)にして百薬(ひやくやく)の長(てう)とす実(じつ)に生(せい)を養(やしな)ふの佳品(かひん)【左に「ヨキシナ」と傍記】なるに酒(さけ)に呑(のま)るゝ   人(ひと)は心(こゝろ)を乱(みだ)し腸(はらわた)を腐(くさら)して遂(つい)に性(せい)を伐(き)るの斧(おの)と成(な)るが如(ごと)し   医(い)を業(げう)として養生(やうじやう)の道(みち)を誤(あやま)り説(とく)事(こと)あるは他(た)なし事(わざ)に泥(なづ)み   術(じゆつ)に拘(かゝは)りて究竟(きうけう)【左に「ツマルトコロ」と傍記】其(その)道(みち)に明(あき)らかならざるが故(ゆゑ)なり譬(たと)へば碁(ご)を   囲(かこ)む人(ひと)局【左に「バン」と傍記】に当(あた)【左に「ムカフ」と傍記】る者(もの)は昧(くら)く傍(かたはら)に観(み)る者(もの)は明(あきら)かなる如(ごと)し儻(たま〳〵)其(その)道(みち)   明(あき)らかに其(その)術(じゆつ)精(くわ)しく碁(ご)の極(きよく)【左に「ゴクイ」と傍記】に詣(いた)れる人(ひと)碁(ご)を囲(かこ)む時(とき)は傍(かたはら)に観(み)る   人(ひと)幾千万人(いくせんまんにん)力(ちから)を戮(あは)すといへども争(いかで)か是(これ)に敵(てき)せんや医(い)もまた其(その)道(みち) 【左頁】   明(あき)らかに其(その)術(じゆつ)精(くわ)しく医(い)の極(きよく)【左に「ゴクイ」と傍記】に詣(いた)りて是(これ)を説(とく)人(ひと)あらは誰(たれ)か   是(これ)に勝(まさ)らんや古今(こゝん)其(その)人(ひと)少(すくな)し特(ひと)り漢(かん)の長沙(てうしや)の大守(たしゆ)南陽(なんやう)の 張仲景(てうちうけい)氏(し)方法(はうはう)を建(たて)て治療(ぢりやう)を論(ろん)じ万世(ばんせい)医(い)の規則(きそく)【左に「ノリ」と傍記】と成(な)   れる其(その)論中(ろんちう)を尋(たづ)ぬるに一(ひと)つも養生(やうじやう)の辞(ことば)を措(おか)ずして治法(ぢほう)一(いつ)と   して貫通(くわんつう)せざる事(こと)なく実(しつ)に存(そん)して議(き)せざるの聖経(せいけい)宜(むべ)なり医(い)   中(ちう)の聖人(せいじん)と称(しやう)する事(こと)医(い)を業(げう)とする人々(ひと〳〵)長沙(てうしや)の聖流(せいりう)を汲(く)み其(その)   道(みち)を明(あき)らかにし生(せい)を養(やしな)ふの理(り)を辨(わきま)へ給へ病(やまひ)を治(ぢ)するの術(じゆつ)は是(これ)を掌(たなこゝろ)に   視(み)るが如(こと)くならん歟(か)庶幾(こひねがはく)は医(い)の不養生(ふやうぜう)と云(い)ふ諺(ことわざ)に陥(おちい)る事(こと)なかれ     信山(しんざん)の無名(むめい)逸医(いつい)東都(とうと)におゐて杏露(けうろ)の春園(しゆんゑん)に                         しるす 【左頁】 ある人(ひと)の云(いは)く去年(こぞ)の春(はる)杏霞(けうか)の芳園(はうゑん)に遊(あそ)ひ生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)を 得(え)しより神(しん)旺(わう)【左に「サカン」と傍記】し気(き)豁(かつ)【左に「ホカラカ」と傍記】なる事(こと)を覚(おぼ)えて旧来(きうらい)の癥(やまひ)【左に「ヂビヤウ」と傍記】を忘(わす)るゝ 事(こと)半(なかば)に過(すき)ぬ愈(いよ)〳〵此(この)道(みち)を守(まも)り長(なが)く此(こ)の術(じゆつ)を修(しゆ)さば必(かな)らす 天寿(てんじゆ)を保(たも)たん事(こと)疑(うたが)ひなし敢(あへ)て問(と)ふ養生(ようぜう)の道(みち)男女(なんによ)其(その)差別(さべつ)あ りや否(いなや)と嗚呼(あゝ)君(きみ)学(まな)ぶ事(こと)篤(あつ)く思(おも)ふ事(こと)の深(ふかき)にあらずんは争(いかで)か 此(こ)の博愛(はくあい)の問(とひ)に及(およ)ばん哉(や)予(よ)謹(つゝし)んで其(その)概(おふむね)をしるし答(こた)へて云(いは)く 春雨(はるさめ)の別(わけ)てそれとは降(ふ)らねどもうへる草木(くさき)の己(おの)がさま〴〵古歌 生(せい)は万物(ばんぶつ)一体(いつてい)なれども各(おの)〳〵/禀(うく)る所(ところ)の器(うつは)に随(したがつ)て柳(やなぎ)は緑(みど)り花(はな)は 紅(くれな)ひの色々(いろ〳〵)に其(その)養(やしな)ひの道(みち)を異(こと)にするのみ夫(そ)れ人(ひと)は万物(はんぶつ)の霊(れい)に 【右頁】 しあれば其/養(やしな)ひに理(ことは)りある事(こと)嘗(かつ)て演(のぶ)る所(ところ)の如(ごと)しそれが 中(なか)に男女(なんによ)の稟賦(りんふ)【左に「ムマレツキ」と傍記】は固(もと)より天命(てんめい)にして其(その)道(みち)を同(おなじ)くせさる所(ところ)あり 男(をとこ)は純(もつは)ら陽徳(ようとく)を根(もと)とし常(つね)に剛健(かうけん)【左に「スコヤカ」と傍記】にして善(よ)く養(やしな)ふ時(とき)は其(その)気(き)和平(くわへい) にして遊蕩(ゆうとう)【左に「ウワツカズ」と傍記】せず血脈(けつみやく)【左に「チ」と傍記】おのづから治(をさま)りて耗散(かうさん)【左に「ヘリチラス」と傍記】する事(こと)なく手足(しゆそく) 康健(かうけん)に耳目(しもく)爽朗(さうらう)【左に「サワヤカ」と傍記】なり孟子(もうし)善(よ)く浩然(かうぜん)の気(き)を養(やしな)ふと謂(のたま)ひ しも是(これ)なり女(をんな)は純(もつぱ)ら陰徳(いんとく)を本(もと)とし常(つね)に柔順(じうじゆん)【左に「ヤワラカ」と傍記】にして善(よ)く 養(やしな)ふ時(とき)は其(その)血(ち)調和(てうくわ)【左に「トヽノヒ」と傍記】して凝結(げうけつ)【左に「ムスホラス」と傍記】せず気分(きぶん)おのづから開(ひ)らきて鬱(うつ)【左に「トヾ」と傍記】 滞(てい)【左に「コウラ」と傍記】する事(こと)なければ種々(くさ〳〵)の病(やまひ)を生(せう)せず長(なが)く天年(てんねん)を全(まつと)ふ すべし 血(ち)に余(あま)りあるは女(おんな)の質分(しつふん)【左に「ムマレツキ」と傍記】なれば血(ち)常(つね)に閉(とち)易(やす)く気(き)は常(つね)に 【左頁】 塞(ふさ)ぎ易(やす)し故(かるかゆへ)に喜怒(きど)に触(ふ)れて堪(た)へ忍(しの)ぶ事(こと)あたはす情欲(じやうよく)に 泥(なづみ)て推(を)し開(ひら)く事(こと)あたはず呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】滞(とゞこ)ふり血脈(けつみやく)【左に「チノミチ」と傍記】運(めく)らずして遂(つゐ)に 病(やまひ)を生(せう)し生命(せいめい)【左に「イノチ」と傍記】を短(みじかく)する人(ひと)多(おゝ)し早(はや)く此(こ)の理(ことは)りを辨(わきま)へ養生(ようぜう) の道(みち)を守(まも)り安(やす)らけく楽(たの)しみ給ふこそ最(もつと)も愛(めで)たかるべし 故(かれ)女(をんな)の生(せい)を養(やしな)ふ方(みち)は血(ち)を調(とゝの)ゆる事(こと)を本(もと)とすべし然(しか)るに心(しん)の 臓(さう)は血(ち)の海(うみ)と云(い)ふ事(こと)の有(あ)れば先(まづ)心気(しんき)を安(やす)らかにおし鎮(しづ)めされば 血(ち)の調(とゝの)はざる理(ことはり)あり能々(よく〳〵)是(これ)を辨(わきま)へ知(し)りて事(わざ)に誘(ひ)かれ物(もの)に犯(をか) され覚(おぼ)へず喜怒(きど)のために心気(しんき)を乱(みだ)す事(こと)なかるべし心気(しんき)を乱(みだ)る 時(とき)は血(ち)の動(うご)く事(こと)譬(たと)へば心(こゝろ)に怒(いか)りを含(ふく)めば面(おもて)の色(いろ)赤(あかき)が如(こと)し 体用(ていよう)源(みなもと)一(いつ)なれば気(き)と血(ち)との間(あいだ)に糸髪(しはつ)【左に「ケスジ」と傍記】を容(い)るべからすこも〴〵 【右頁】 調和(てうくわ)【左に「トヽノヘ」と傍記】して生(せい)を養(やしな)ふべし其(その)質(しつ)【左に「カタチ」と傍記】に就(つい)て暫(しばら)く先後(せんこう)【左に「アトサキ」と傍記】を序(じよ)【左に「ツイデ」と傍記】し 其(その)方(みち)を異(こと)にするのみ 敬(つゝ)しみは朝夕(あさゆふ)なるゝことの葉(は)のかりそめ草(ぐさ)のうへにこそあれ 《割書:又|》つゝしみを人(ひと)の心(こゝろ)の根(ね)と知(し)ればこと葉(は)の花(はな)もまことにぞ咲(さく) 《割書:二首古歌|》婦(をんな)の長(ながき)舌(した)とは詩(し)【左に「カラノウタ」と傍記】にも戒(いまし)めおかれし事(こと)聞(きこ)へぬ兎(と)にかくに 古賢(こけん)の教(おしえ)は事理(じり)相当(あいあた)りて我(わ)が養生(ようぜう)の道(みち)にもかなへる事(こと)也 深(ふか)く監(かんが)み法(のつと)るべし 性情(せいじやう)【左に「コヽロ」と傍記】より分(わか)れ出(いづ)るなれば言(ことば)は常(つね)に慎(つゝ)しみて多(おほ)く言(ものい)ふ事(こと) なかれ多(おほ)く言(ものい)ふ時(とき)は気(き)耗(か)れて血(ち)調(とゝの)はず生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)に あらず 【左頁】 血脈(けつみやく)より生(お)ひ出(いつ)るものなれば髪(かみ)は日々(ひゞ)に梳(くしけづ)り乱(みだ)さざれば血(ち)の 運(めぐ)り逆(くるは)ずして心気(しんき)もおのづから直(すなほ)なると知(し)るべし 聖人(せいじん)四(よつ)の教(おしへ)を立(たて)給ふにも婦言(ふけん)【左に「ヲンナノモノイヽ」と傍記】婦容(ふよう)【左に「カタチ」と傍記】を先(さき)とし給へり歩行(あゆむ)こと 緩(ゆる)やかにすべし気(き)おさまりて血(ち)調(とゝの)ふ飲(の)み食(く)ふ事(こと)は過(すご)すべか らす形軀(かたち)を養(やしな)ふ事(こと)を要(むね)とすべし 見(み)るにひかれ聞(きく)にさそはれて養(やしな)ひの道(みち)を誤(あやま)るべからす花(はな)に鳴(な)く うぐゐすを聞(きく)水(みづ)に澄(すめ)る月(つき)を詠(なが)むるさへに心得(こゝろえ)有るべし況(いわん)や 目(め)を奪(うば)ふ俳優(わざおき)【俳優:さまざまな芸をして神の心を慰めたり、人を喜ばせたりすること。また、それをする人】/耳(みゝ)を乱(みだ)る糸竹(いとたけ)【糸竹:「糸」は琴、三味線などの弦楽器、「竹」は笛などの管楽器。管弦】の伎(わざ)はこれを見(み)ずこれを聞(き)か さるにしかじ千早振(ちはやふる)神楽(かぐら)と云(い)へる事(こと)はふさぐ気(き)を開(ひら)き滞(とゞこ)ふ る気(き)を抜(はら)ひ不祥(さがな)き心(こゝろ)をすぐしめ給ふよし唐(もろこし)虞舜(ぐしゆん)【虞舜:中国、古代の伝説上の天子、舜の別名】と云(い)へる 【右頁】 帝(みかと)五弦(ごげん)の琴(こと)を造(つく)らせ給ひて南風(なんふう)の薫(かほり)兮【注:語勢を強める助辞。一行目から二行目「解く」までは『十八史略』巻一 太古・三皇五帝の「南風の詩」からの引用】わが民(たみ)の慍(いきどを)りを 解(と)くとの玉(たま)へり凡(おほよ)そ礼楽(れいがく)の教(おしへ)は陰陽(いんやう)を和順(わじゆん)し気血(きけつ)を調和(てうくわ) して民(たみ)の視(み)聴(きく)を易(か)へ邪曲(よこしま)なる心(こゝろ)を退(しりぞ)け正直(すなほなる)に移(うつ)らしむる 道(みち)也と聞(きこ)へぬしかるに悪(にく)むべきは耳(みゝ)を乱(みだ)り目(め)を奪(うば)ふの伎(わざ) ならめしかれども世(よ)の玩(もてあそび)と成(な)り来(きた)る事(こと)久(ひさ)しく絶(た)へて見(み)聞(きゝ)せ ざる事(こと)のなりがたければ古(いにしへ)の教(をしへ)を心(こゝろ)に心得(こゝろえ)て須臾(しばらく)も心(こゝろ)を放(はな)【左に「トリニガス」と傍記】つ べからす 形(かたち)に暇(いとま)あれば心(こゝろ)に思(おも)ひを生(しやう)ずるものなれば織(を)り縫(ぬ)ふ事(こと)はいふも 更(さら)なり朝(あさ)け夕(ゆふ)けのものまでに心(こゝろ)を用(もち)ひて形(かたち)に暇(いとま)なかるべし 聖人(せいじん)四(よつ)の教(おしへ)に婦功(ふこう)婦徳(ふとく)を立(たて)玉へり此(この)ゆへに視(み)る事(こと)聴(きく)く事(こと)に心(こゝろ) 【左頁】 を用(もち)ひ言(い)ふ事(こと)動(うご)く事(こと)に敬(つゝ)しみを加(くわ)へ我(わ)が気(き)の儘(まゝ)にせず己(おの)が心(こゝろ) に思(おも)ひを止(とゞ)むべからず 嘗(かつ)て聞(き)く女(をんな)とは己(おの)れむなしと云(い)ふ訓(おしへ)也と常(つね)に己(おの)れを虚(むな)しく して仮(かり)にも世(よ)の善悪(ぜんあく)を云(い)はず人(ひと)の是非(ぜひ)を語(かた)らず物(もの)ごと争(あらそ)ふ 心(こゝろ)なく専(もつは)ら内(うち)を守(まも)るべし女(をんな)の名(な)の上(うへ)にかの字(じ)を冠(かふむ)らしむる 事(こと)其(その)始(はしめ)を知(し)らず其(その)由(よし)を分(わか)たずと云(い)へども世(よ)に賢(かしこ)き人(ひと)の語(かた)られ しに陽(を)に従(したが)ふと云(い)ふ義(ぎ)【左に「コヽロ」と傍記】也とありしがむべさもあるべき事也 聖人(せいじん)の教(をしへ)にも三(みつ)の従(したか)ひ《割書:家(いゑ)に有(あ)る時(とき)は父母(ふぼ)に従(したが)ひ嫁(か)しては|夫(おつと)に従(したが)ひ老(おい)ては子(こ)に従(したが)ふ》と云(い)ふ事 あれば思(おも)ひあわせて己(おの)れをむなしくするこそ女(をんな)の道(みち)と知(し)るべし しかも且(かつ)【左に「ソノウヘ」と傍記】幽玄(ゆうげん)の道理(だうり)【左に「コトワリ」と傍記】ある事(こと)ならんなれとも偏(ひとへ)に道理(だうり)に 【右頁】 泥(なづ)むときは却(かへつ)て心得(こゝろえ)たがふ事あるものなれば養生(やうぜう)の道(みち)には 唯(たゞ)血(ち)は気(き)に従(したがつ)て順行(じゆんこう)【左に「メグル」と傍記】する物(もの)とのみ心得(ころえ)て喜怒(きど)情欲(じやうよく)を心(こゝろ) にとゞめずして我(わ)が気(き)の儘(まゝ)にせさるこそ己(おの)れを虚(むな)しくする也 と思(おも)へば気(き)に滞(とどこ)ふる事(こと)なく塞(ふさ)ぐ事(こと)なくして血(ち)はおのづから調(とゝな)ふ ものなり日々(ひゞ)に我(わ)が気(き)にまかせぬ事(こと)の折(おり)にふれては心(こゝろ)に思(おも)ひ をとゞめざる事(こと)譬(たと)へば鏡(かゞみ)の影(かげ)をうつし物(もの)去(さ)れは跡(あと)なき如(ごと)くなる べし其(その)上(うへ)鏡(かゝみ)は己(おのれ)の美醜(びしう)【左に「ヨシアシ」と傍記】を照(て)らし見(み)る具(ぐ)【左に「ダウグ」と傍記】にして人(ひと)のよしあしを 見(み)る器(うつはもの)にあらざる事(こと)を知(し)りかれこれを深(ふか)く考(かんが)へ見(み)て鏡(かゞみ)は実(じつ) に婦人(ふしん)生涯(せうがい)の守(まも)りとせば生(せい)を養(やしな)ふ道(みち)の源(みなもと)に逢(あふ)ふべし   鏡(かゞみ)を常(つね)に曇(くも)らし又(また)は麤忽(そこつ)【左に「ヲロソカ」と傍記】にあつかひし人(ひと)必(かなら)らず思(おもひ)を労(らう)し 【左頁】   或(あるひ)は心(こゝろ)を狂(くる)はし又(また)は災害(さいかい)【左に「ワサワイ」と傍記】を招(まね)きし事(こと)を伝(つた)へ聞(き)きぬ予(よ)も   また面(まのあた)り見(み)し事(こと)あり恐(おそら)くは其(その)咎(とがめ)ならん歟(か)別(わけ)て是(これ)を爰(ここ)に   しるし置(を)くも世(よ)の人々(ひと〳〵)慎(つゝし)んて是(これ)を守(まも)り給ん事(こと)をねがふのみ 女(をんな)に血(ち)の余(あま)り有(あ)るは子(こ)を育(いく)【左に「ソダツ」と傍記】すべき自然(しぜん)の生得(せうとく)【左に「ムマレツキ」と傍記】なれば月々(つき〳〵)の 経行(けいかう)【左に「メグリ」と傍記】最(もつと)も調養(てうよう)【左に「トヽノエ」と傍記】すべき事(こと)也/血(ち)は気(き)を得(ゑ)て運(めぐ)る物(もの)なれば経行(けいかう)【左に「メグリ」と傍記】 の中(うち)は格別(かくべつ)に喜怒(きど)に犯(をか)されす情欲(じやうよく)にひかれず飲食(いんしよく)を節(せつ)にし 坐臥(さぐわ)を慎(つゝし)しみて心気(しんき)を正(たゞ)しく守(まも)る時(とき)は経行(けいかう)順(じゆん)にして血(ち)の瘀(を)【左に「トヾコヲルと傍記】 する事(こと)なく唯(たゞ)病(やま)ひを生(しやう)ぜざるのみにあらす妊娠(にんしん)【左に「ハラメル」と傍記】の時(とき)必らす 堅固(けんご)にして産(さん)の前後(せんご)かならず安寧(あんねい)【左に「ヤスラカ」と傍記】なり 女(をんな)の天命(てんめい)はそも〳〵妊娠(にんしん)【左に「ハラム」と傍記】にある事(こと)也/嗣(よつぎ)を得るの至(いたつ)て重(おも)き事 【右頁】 なればなり胎養(たいよう)の道(みち)は殊更(ことさら)に慎(つゝし)むべし夫(それ)胎内(たいない)の児(こ)は母(はは)の呼(こ) 吸(きう)とともに消息(せうそく)して生成(せいせい)するものなれば胎養(たいよう)の道(みち)は慎(つゝしん) で心得(こゝろゑ)べき事(こと)なり《割書:胎養(たいよう)の概(おふむね)を後(のち)に附録(ふろく)す|》 先(まづ)心意(しんい)【左に「コヽロ」と傍記】を正(たゞし)くし気血(きけつ)を調和(てうくわ)して胎養(たいよう)の道(みち)に随(したが)ふ時(とき)は妊娠(にんしん) 必(かな)らす堅固(けんご)にして決(けつ)して難産(なんさん)の患(うれひ)なし且(かつ)小児(せうに)未生(みせう)【左に「ムマレザル」と傍記】の先天(せんてん)【左に「サキ」と傍記】 より気質(きしつ)を正直(しやうじき)に稟(うく)るがゆへに已生(きせう)【左に「ムマレテ」と傍記】の後天(こうてん)【左に「ノチ」と傍記】に無病(むひやう)壮健(さうけん)なり しかのみならず心(こゝろ)に不善(ふせん)【左に「ワルキコヽロ」と傍記】を生(せう)ずる事(こと)なし爰(こゝ)におゐて其(その)理(ことわり)を 推(を)して尋(たづ)ぬるに心(こゝろ)の賢(かしこ)きも愚(おろか)なるも行(おこな)ひの善(よ)きも悪(あし)きも形(かたち) の美(うつく)しき醜(みにく)きも未生(みせう)先天(せんてん)に稟(う)けはじまる理(ことはり)あれは敬(つゝ)ん で是(これ)を罔(な)みし給ふ事(こと)なかれ是(これ)を罔(なみ)する事(こと)の已甚(はなはだ)しくは 【左頁】 盲(もう)【左に「メクラ」と傍記】聾(らう)【左に「ツンホ」と傍記】唖(あ)【左に「ヲシ」と傍記】躃(へき)【左に「イザリ」と傍記】頑質(ぐわんしつ)【左に「カタワ」と傍記】まで未生(みせう)一点(いつてん)の天命(てんめい)より稟(うけ)はじまら ざる事(こと)なし篤(あつ)く慎(つゝ)しみ深(ふか)く恐(おそ)るへき事(こと)也   胎教(たいけう)胎養(たいよう)の義(ぎ)古今(こゝん)其(その)説(せつ)多(おゝ)し其(その)詳(つまびら)なる事(こと)は儒(じゆ)   家(か)医家(いか)に問(と)ひ求(もと)むべし今(いま)爰(こゝ)にしるすは予(よ)が識得(しきとく)【左に「コヽロヲホヘ」と傍記】   せる所にして其(その)概(おふむね)を挙(あぐ)るのみ 胎養(たいよう)の略(りやく)   夫(そ)れ胎内(たいない)の児(じ)母(はゝ)の呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】と倶(とも)に呼吸(こきう)するものなれば   是(これ)を心得(こゝろえ)て常(つね)に調息(てうそく)して《割書:調息(てうそく)の事(こと)前編(せんへん)に書(しよ)せり必(かなら)ずしも|法(はう)にかゝはらず時(じ)々/刻々(こく〳〵)に調息(てうそく)すべし》   呼吸(こきう)を悠長(ゆうてう)にすべし生命(せいめい)を長(なが)くする方(みち)なり   心気(しんき)は常(つね)に静(しづか)にすべし形軀(げうく)【左に「カタチ」と傍記】は日(ひゞ)に動(うごか)すへし甚(はなは)だ喜(よろこ)び 【右頁】   甚(はなは)だ怒(いか)り甚(はなは)だ悲(かな)しみ甚(はなは)た憂(うれ)ふる事(こと)なかれ呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】滞(とゞこ)ふり   経絡(けいらく)【左に「スジミチ」と傍記】舒(のび)ずして気血(きけつ)和(くは)せざるゆへ也   物(もの)に驚(おとろ)くべからずおどろく時(とき)は肝胆(かんたん)の気(き)を損(そん)ずるゆへ也   さりながら驚(おどろ)く事(こと)は自分(じぶん)の力(ちから)に及(およば)ざる事(こと)あり傍(かたはら)の人(ひと)も又(また)心(こゝろ)   付(つけ)べき事(こと)也/万一(まんいち)驚(おとろ)く事(こと)あらば速(すみやか)に調息(てうそく)して腹気(ふくき)を調(とゝの)ふ   べし飲(の)み喰(く)ふ事(こと)に別(わけ)て心(こゝろ)を付(つ)くべし臭(にほひ)の悪(あ)しき物(もの)を   食(しよく)すれは神気(しんき)【心の働き】を穢(けが)し味(あしはひ)の悪(あ)しき物(もの)を食(しよく)すれば精血(せいけつ)【精力と血】を   濁(にご)らす甚(はなは)だ苦(にが)く甚(はなは)だ辛(から)く甚(はなはだ)酸(す)く甚(はなは)だ甘(あま)き物(もの)を   食(しよく)すれは気(き)を耗(へら)し血を散(さん)ず   耳(みゝ)に淫声(いんせい)を聞(き)く事(こと)なく目(め)に邪色(じやしよく)を見(み)る事(こと)なかるべし 【左頁】   歩(あゆ)む事(こと)は緩(ゆるや)かに言(ものい)ふ事(こと)は低(ひく)かるべし手足(てあし)を強(しゐ)て伸(のば)す時(とき)は   筋脈(すじみやく)を断(だん)【左に「キル」と傍記】ずる事(こと)有(あ)り欠伸(けんしん)【左に「アクビ」と傍記】するまでに心(こゝろ)を付(つく)へし仰(あを)ひて   高(たか)き物(もの)を取(と)るべからず俯(ふ)して深(ふか)き物(もの)を汲(く)むべからず強(しゐ)て重(おも)き   物(もの)を挙(あぐ)べからず及(およ)んで遠(とふ)き物(もの)を引(ひ)くべからす坐するに倚(かたより)て   坐(ざ)すべからず坐(ざ)して手(て)を伸(のば)すべからず臥(ふ)すに偏(かた〳〵)に臥(ふ)すべか   らす臥(ふ)して脚(あし)を伸(のば)すべからす皆(みな)是(これ)胎(たい)を安(やす)んし児(じ)【左に「コ」と傍記】を養(やしな)ふ   の方(みち)なり慎(つゝし)んで是(これ)を守(まも)るべし   妊娠中(にんしんちう)病(やま)ひをおぼへば速(すみや)かに医薬(いやく)を加(くわ)ふべし病(やまひ)なきに   決(けつ)して薬(くすり)を用(もち)ゆべからず灸(きう)すべからす勿論(もちろん)鍼(はり)は禁(きん)すべし   手(て)の曲池(きよくち)足(あし)の三里(さんり)の穴(けつ)は始(はじめ)より灸(きう)して佳(か)【左に「ヨシ」と傍記】なり気血(きけつ)を運(めぐ) 【右頁】   らし任(にん)?気(き)【左に「ハラノキ」と傍記】を動(どう)ぜざるがゆへなり五月(いつゝき)に満(みつ)るより章門(しやうもん)の灸(きう)   時々(じゝ)五壮(いつひ)七壮(なゝひ)灸(きう)すべし寒疝(かんせん)を退(しりぞ)け陽気(ようき)を運(めぐ)らすがゆへなり   淫房(いんばう)を禁(きん)ずべし五月(いつゝき)頃(ころ)より浴(よく)【左に「ユニイル」と傍記】する事(こと)を禁(きん)じ過酒(くはしゆ)を禁(きん)ず   べし是(これ)を守(まも)らざれば産後(さんご)に必(かな)らず血暈(けつうん)【左に「メマイ」と傍記】し又(また)は産後(さんご)   痿癖(いへき)【左に「アシナヘ」と傍記】の患(うれ)ひあり   産(さん)に臨(のぞ)んで心得(こゝろえ)べき事(こと)あり既(すで)に催(もよほ)しとおぼへば安臥(あんぐわ)【左に「ヤスラカニネ」と傍記】   して腰(こし)をあたゝむべし火気(くわき)のつよきを厭(いと)ふ愈(いよ〳〵)催生(もよう)しと   ならば産所(さんじよ)にかゝり体(たい)【左に「カラタ」と傍記】を正(たゞ)しく心(こゝろ)を静(しづ)かにして時々(とき〳〵)其(その)方(みち)   の薬(くすり)を服(ふく)すべし既(すで)に産(さん)あらば産婆(さんは)【左に「トリアゲバ」と傍記】の挙作(とりあげ)すみて後(のち)   必(かな)らす早(はや)く坐(ざ)を移(うつ)すべからず一二時(いちにとき)許(ばかり)りやはり其儘(そのまま)に 【左頁】   体(たい)を正(たゞ)しく心(こゝろ)を鎮(しづ)めて焼塩(やきしほ)かつをぶしにて少(すこ)しばかり   湯(ゆ)づけ飯(めし)を食(しよく)し能々(よく〳〵)気血(きけつ)の運(めく)りを定(さた)め坐(ざ)を移(うつ)し物(もの)   ごと慎(つゝし)むべし枕(まくら)を高(たか)くすると低(ひき)くするとは産婦(さんふ)の   安(やす)んずるに随(したか)ふべし   産後(さんご)の調護(てうご)【左に「トヽノヘ」と傍記】を専(もつぱ)らとすべし熱飲(ねついん)【左に「アツキユ」と傍記】を禁すべし冷水(れいすい)を   飲(の)む事(こと)最(もつとも)禁(きん)すべし冷水(れいすい)にて手(て)洗(あら)ふ事(こと)三七日(さんしちにち)も禁(きん)す   べし其外(そのほか)飲食(いんしよく)に禁(きん)ずる品(しな)多(おゝ)し数多(あまた)なるがゆへに是(これ)を   略(りやく)す時医(じい)【はやり医】に尋(たづ)ね問(と)ひ飲食(いんしよく)すべし中(なか)にも柿(かき)鰻鱺(うなぎ)を食(しよく)し   忽(たちまち)異変(いへん)を生(しやう)ぜし人(ひと)多(おゝ)し七十日(しちじうにち)も是(これ)を禁(きん)すべし甚(はなはだ)しき   毒(どく)にして世(よ)の人(ひと)心得(こゝろえ)ざる事(こと)あるゆへに是(これ)をしるす 【右頁】   初生(しよせい)の小児(せうに)とりあげて後(のち)風(かぜ)を厭(いと)ひ静(しづか)なる所(ところ)に臥(ふ)さしめ   世(よ)にまくり【新生児の胎毒を下す薬。乾燥した海人草と甘草を湯に浸した液】と唱(とな)ふる薬(くすり)を時々(より〳〵)あたふべし早(はや)く乳(ち)につける   事(こと)を厭(いと)ふ凡(おふよ)そ一日(いちにち)一夜(いちや)乳(ち)につけずしてまくりを吞(の)せ穢(ゑ)   物(ぶつ)を下(くだ)すべし乳(ち)につける事(こと)早(はや)ければ穢物(ゑふつ)残(のこ)り乳(ち)と倶(とも)に   化(くわ)して胎毒(たいどく)となるが故(ゆへ)なり乳(ち)をつけて後(のち)も七日(なのか)程(ほと)はまく   りを吞(のま)すべし臍(へそ)の帯(を)おつる跡(あと)へ直(すぐ)に七八壮(なゝひやひ)或(あるひ)は十壮(とひ)も灸(きう)す   べし熊胆(くまのゐ)或(あるひ)は麝香(じやかう)の類(るい)を付(つく)る人(ひと)あり苦(くる)しからざれとも灸(きう)   にはしかじ灸(きう)は必(かな)らず灸(きう)すべし○父(ちゝ)教(をし)え母(はゝ)養(やしな)ふて子(こ)を育(いく)する   事(こと)は最(もつと)も至要(しよう)【左に「ダイシ」と傍記】の理義(りぎ)【左に「コトハリ」と傍記】を存(そん)する事(こと)にして心得(こゝろえ)有(あ)るべきの   道(みち)なれども爰(こゝ)に雑(まじ)ゆべき事(こと)ならねば聊(いさゝ)か初生(しよせい)の挙作(きよさく)【左に「トリアゲ」と傍記】と臨(りん) 【左頁】   産(さん)の消息(せうそく)【左に「ヨウジヨウ」と傍記】と産後(さんご)の調護(てうご)【左に「トヽノヘ」と傍記】との三条(さんでう)を併(あわ)せ挙(あげ)て略(ほゞ)其(その)   心得(こゝろえ)をしるし胎養(たいよう)の後(のち)に附(ふ)するのみ 去年(こぞ)の春(はる)通家(つうか)の人(ひと)の需(もとめ)に応(おう)じてかひもらしぬる一家(いつか)の春(はる)の 台(うてな)に登(のぼ)りし人々(ひと〳〵)熙々(きゝ)として生(せい)を養(やしな)ひ給ふこそ世(よ)に病(やま)ひなく 人(ひと)の寿(いのちなが)からん事(こと)を庶幾(こひねが)ふ私(わたくし)の願(ねが)ひに愜(かな)ひしに今茲(ことし)また常磐(ときは) なる松(まつ)が枝(え)を連(つら)ねて今(いま)一(ひと)しほの愛(めでた)さを世(よ)に博(ひろ)くせんとある人(ひと)の 問(と)ひ給(たま)へるに答(こた)へしを騫(かけ)ず崩(くず)れすみよし野(の)のさくら木(き)に 寿(いのちなが)くせんと望(のぞ)む人(ひと)にまかせて愚(おろか)なるを忘(わす)れ拙(つたな)きを顧(かへり)みず 梓弓(あつさゆみ)春(はる)たつ日(ひ)霞(かすみ)の園(その)に筆(ふで)をとれば巻(まき)の第(ついで)にあたる二(ふた)ま きとなれり 【左頁】 跋 先師(せんし)百瀬(もゝせ)養中(ようちう)先生(せんせい)諱(いみな)は正春(しやうしゆん)字(あさな)は雲明(うんめい)杏霞園(きやうかゑん)主(しゆ) 人(じん)と号(がう)す信州(しんしう)松本(まつもと)の人(ひと)なり資性(しせい)豪励(がうまい)【劢】にして博(ひろ)く 群書(ぐんしよ)に渉(わた)り最(もつとも)医療(いりやう)の術(じゆつ)に精(くは)し京師(けいし)何某(なにかし)家(け)の 後見(こうけん)したまひし時(とき)《割書:予(よ)|》遊学(ゆうがく)して其(その)門(もん)に入(いり)東都(とうど) に下(くだ)りたまひても猶(なを)親(した)しく随従(ずいじう)し諸(しよ)門人(もんじん)の中(うち) にも殊(こと)に《割書:予(よ)|》が弱劣(しやくれつ)なるを憐(あはれ)み居恒(つね〳〵)諭(さと)し置(おか)れ たることゞもをおもひ出(いづ)れは胸(むね)にみち心(こゝろ)に溢(あふ)れて 忘(わす)るゝに暇(いとま)なしされば師(し)の恩(おん)は天(てん)なを低(ひく)く海(うみ) なを浅(あさ)かるべし《割書:予(よ)|》わかゝりし時(とき)は殊(こと)に虚弱(きよじやく)に 【右頁】 して多病(たびやう)なりしが先師(せんし)専(もつは)ら説(とき)示(しめ)したまひし調息(てうそく) の法(はふ)冬(ふゆ)の酒(さけ)夏(なつ)の塩湯(しほゆ)等(とう)を勤(つと)め行(おこな)ひ無病(むびやう)壮健(さうけん)の 身(み)となり病(やまひ)を胗(しん)し薬(くすり)を売(う)るの業(げう)を勤(つと)め膝(ひざ)を 容(い)るゝの茅屋(ぼうおく)に安住(あんぢう)し粗羹(そかう)淡飲(たんいん)に老少(らうしや)数口(すこう)を 養(やし)ふことを得(ゑ)たり去年(こぞ)の除夕(しよせき)【大晦日】暫時(しはらく)丹竈(たんそう)【仙薬をつくること】の煙(けふり) をとゞめ夜(よ)も半(なかば)過(すぎ)て丑(うし)みつのころ老少(らうしやう)閨(ねや)を閉(とぢ) 僮僕(どうぼく)厨下(ちうか)に眠(ねふ)れば独(ひとり)灯前(とうぜん)に閑坐(かんざ)しけるに先師(せんし) 忽然(こつぜん)と来(きた)り薬架(やくか)の下(もと)に坐(ざ)し《割書:予(よ)|》を喝(かつ)して曰(いわく)汝(なんぢ)を