安永八 腹京師(はらのみやこ)食物(しょくもつ)合戦(かっせん) 【上部】 こゝにへびつかじやご へもんという男 ありけるうまれ つきがうせひ【強勢】 にしていたつて 大しよくにて かくの上さ ま〳〵のあく しき【悪食】をいた しけり 人々とゞめ けれとももちいず あるときせけん いゝふらす くひ 合せのどくといふ ほどのものをとりあつめてくひける いわゆるそのどくは 〽ふぐしるにもち〽うなぎにすし 〽すいくわに和中さん さつまいもに はんこん丹 〽ほうれん草に おはくろ かつをに秋かいとうの 葉をしきて くらふときはたち まち がいをなすとなり 右の くい合せの どくはあまねく 世ぞくにいひふるす所なれば 心つく【心づく=心がける】べきことなり 【下部】 ともだちども じやごへもんが あくじきを とゞめる それはほんのそとへに いふどくのく【心ヵ】見 ひらにこむ ようだ をへもたる よつて やを まもの【このあたり意味不明】 はいつた どくは ごされま せぬぞよ や心が これはおそろしい いつれやまこふへおた みせものよりきびしいほんの その□くだ【このあたり意味不明】 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/3 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/14】 【石柱】  左りみぞおちむら道 【右頁・上部】 ほうれんそうは じやごへもんがふくちうへは いり とほうにくれていたりしが さて しもあるべきことならねは そことも しらぬ はらのなかを あしにまかせて さまよいしが おもはすも はらのうちの あるじ 米つぶに行あいて ひめのやくそく有る さても蛇五右エ門がはらのうちのぬし 米つぶは よはひかたむきけれとも 子のなきこと をかなしみ みそおちむらの【動悸あるいは当帰ヵ】大明神へ くわんをかけ かんする日のかへりがけに ほう れん草に ゆ【別本にて】きあひ だん〳〵のはなしをきく わがやへともないかへり むすめにこ□【「と」ヵ】はなしにける 〽ほおむとゝひす■□いわれ子とてもなし ころはひのしろにさへあぢしで いのりしかいありてそこもと 【右頁・下部】 それはあり かたうござりますよそに たのむかたかた なきみなら こふひん【不憫】 をかけ てくだ さり ませ ゆきあふこと まことに神の おんひきあわせなれは そ□し われらところへ おこしあれは さゝ 【左頁・下部】 ふだいのさむらい むかさく むさへもん はてさて うつくしき 女しやうかな とんと きくのじやう ふたひかほと 【舞台顔ヵ】 きている われらははらが へりま大こん はやくうちへかへつて いのき【胃の気ヵ】をやしない たひ やつこあわ平 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/4 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/15】 【右頁・上部】 きたのかた しるのみ御せん よろこひ玉【別本にて】ふ 【右頁・下部】 まことにかほどめてたいことは ござりませぬ このうへは よき むこきみを おたつねなされて しかるへやうぞんじ     たてまつりまする 【左頁・右下部】 ほうれんそうひめの めのとかうもの大こん左衛門 【左頁・左下部】 さて もみの赤米つぶの太夫 みぞおちむら とうき大明じん の神とくによつて ひとりのむすめをもうけ 北のかた しるのみ御ぜん もろともに よろこひのまゆを ひらき【ホッとした顔をする】ふだいのさむらいどもをあつめ ひめに 百ひろのまきもの すじほねのしやうぞく とうをゆづり ひめもす【「ひねもす」の洒落または訛ヵ】酒ゑんにおよび けり 〽いかに かうもの 大こん左衛門をば ひめかめのとに 申つくるあいだ しよじこゝろをつけませい 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/5 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/16】 【右頁・上部】 よこはらの さと 天すう たかをの もみぢ 【左頁・右上部】 きりもちももみちけんふつに いで【別本「で」。この本は「で」の上から太く「く」と書く】ほうれんそうを見 そめる 〽アノむすめは うつくしいか こちらに いるやつは われらきつい きんもつ〳〵 松魚(かつを)はつ之助 【右頁・右下部】 ほうれんそうひめ つれ〳〵のあまり こ はらのさと てんすう たかをのもみちけん ふつとして いでられけるが かつをのうつくしさ みとれこれよりわり なきなかとなりに けり 〽これなふぐあのとのこは お名はなにというそ とうぞ きゝまして たもれ とんと 市川門之介と いふやくしやだの【「やくしやニ その」と読めないでしょうか】 まゝ■にんき 【右頁・左下部】 〽おひめさまはた【或は「さ」ヵ】り□へすはやいと わたくしも一目みるよりこいの たね あんなとのこかはらにも □□□ 【左頁・右下部】 かつをも じやごへもんがはらへ は入り とせん【徒然≒退屈】のあまり おに【「な」の誤記か】じくもみち ゆうらんにいでけるが ほうれんそう ひめをこれも見そめ あいぼれ【相惚れ=相思相愛】の なかとぞなりにける とんだうつく【注】な ものもあるもの はらのうちだとて もばか なら ぬ まつ ばや の そ め印 もそこ のけときた 〽おらが だんなが もはや 見こん だ そう だ 【注 「うつくし(美し)の「うつく」が語幹のように意識されて独立したもの。美しいさま。】 【左頁左端】 きりもち角弥 けらい  からし門 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/6 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/17】 【右頁上部】 きりもちも ひ そかにしのびきた りけるが はや かつをにせんを こされ むねん がる 〽けちいま〳〵しい【非常にいまいましい】 もう口切を させた かつを ほうれんそうと ふかきなかと なり こしもとおふぐが手引にて しのびきたり 人しれす ちきり をこめ みづもらさぬなかとぞ なりにける ほうれんそうねやにて かつをゝまちわびる 【右頁下部】 かつを ほうれん そうがねやへ し のびきたる 〽こわたのさとに むまはあれと【馬はあれど】 きみをお もへは かちはたし【徒裸足】 われをまつゝ のかたゝみ ざん【占いの一つ。】とんと【?】 われらがみは う【「か」ヵ】ちはら【?】 けん大しきだ【?】 【左頁上部屏風】 ほうれんそうのちゝ みのまへは らうねんと いゝいねのやま ひにてもつての外 すくれす【すぐれず】 いろ〳〵と りやうし【療治】をつくせ どもしるしなし あるいし 金子二百 りやうほどせんじ のまは さつそくに なをらんとなり し か れ と も なか〳〵の びやうき にて さいかく できず あんじ わづらひいる所へ きりもち きたり 二百両かしけるゆへ 【左頁下部】 きりもちは かつをにひめ をねとられ いろいろとあん じけるが しよせん おや みの 米になん おかけ ぎ りつめに □□はん と大 金を 用だつ 〽この 金をせんじ て おも ちいなさ るゝと さつそく なをります またしやう文は この月ずへのへんさい いたしましやう みの米なゝめならずよろ こひける 【右頁上部】 さてもみのまへは きりもちにかりたる 金をせんじのみし よりびやうき よくなりしかとも ひさ〴〵の びやうきにていろ 〳〵 もの入ありしゆへ みぎの金子みな つかひしまひぬ しかると ころか きりもちは こゝぞの ぞむところぞと おもひて みの米がところへ きたり 金子さいそくし けるに かへすことならす よつて 金のかわりなりと りふ ぢんにほうれん草 ひめを ひきたてゆく 〽なんでも金がで きずはおすましなさるまで ほうれんそうをば おれがつれていつて くげあく【公家悪(歌舞伎の役柄)ヵ】ではなひがねやのはなに             するは みの米金をかへす ことならす きり もちに ちやうちやく にあいむねんかる 【右頁下部】 ほうれんそうひめ 手ごめにあい なんぎの てい しかるところへ ひめがめのと かうのものかけ つけてきり もちをなた める 〽まつ〳〵 それはこた んきかり そめなが ら みの米が むすめ あと より吉日 をゑらみ きつと ひめを しん上い たしま しやう 【左頁右上部】 きりもちがけらい すいくわなれはきり つふす【?】のりものから つん出たおたふく そもまあうぬはなに やつだ 〽みの米がかしん かうの ものがかたよりも やくそくのことく ほうれんそう ひめをのりものにておくり しゆへよろこびのりものよりいだせば 【左頁左上部】 こしもとのおふぐゆへ きもをつぶし 大きに いかり しよせんぐんぜいをもつておしよせ 一かつせんして うでさき【腕ずく】にてうばひとらんと       おもひつく 【左頁下部】 こしもとおふぐ かうのものにたの まれ ほうれんにな りかわりきた り きり もちに ぬれる【媚びる】 〽かすなら ぬわたくし をおほし めし さ りとは あり かたう そんじ ます このみは ひふぐ【干河豚=河豚の干物】 なりとて も ちつとも いとひはし やんせん ほうれんそうだとおもつていた にけうけげん【稀有怪訝】なやつがつんでゝ【つん出て】此上に すゝでもおちるがさいご はらのみやこの おいとま ごいだ 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/8 /九州大学所蔵本 右頁 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/19 左頁 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/5】 【左右頁上部】 みの米 かしん かうのものか はかりことにて きりもちをまん まとたはかり いまはこゝろやす しと吉日を ゑらみ かつを初の助を■【「こ」ヵ】よひむかへ ほうれんそうひめと こんれいを とゝのへけるこそ めでたけれ 【右頁下部】 ひめの めのと かうの もの むこぎみ かつをの おとも して ざし きへ ともなひ申 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/9 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/6】 【右頁上部】 みの米がたてこもるはとむねのしろ にははんこん丹和ちうさんかうもの むぎあわひへのたくひ 一きとうぜんの つわものどもしろの風 門をおし ひらきどつとおめいて たゝかいける 【右頁下部】 ゑりどもはかり でも たかゞさつま いも 此やりでいも ざしにして とう がらしみそお つけるぞ おれはきり山 三りやう【注】が はつかだは    やい へんてこめ 【注 桐山三了=江戸室町(東京都中央区日本橋室町)にあった薬商。地黄丸などの薬や、養生糖などの薬菓子で知られた。】 なんちしらずやわれは これ 上かたにては大つの しゆく むさしにてはかな 川かわさきのあいた 大森 に名のたかいおとこだぞ ちかよるともどすか くだすか ふたつのうち かさいふねへ さらいこむ ぞよ 【左頁上部】 きりもち けし なす ものないわせそ ふみつふし【別本にて】て かつを のしほからに しろ〳〵 【左頁下部】 きりもちはこし元ふぐにて あざむかるゝのみならず ほうれん草の かたへ はや むこ入も すみたる よし むねんこつずいにてつし【無念骨髄に徹し】 このうらみむさんせんと【この恨み無散せんと】 くい合せのしよくもつの わるもの さつまいも すい くわ うなぎ べつして ほうれんそうか きらいのおはくろ などを いんそつして せほねとうけをう ちこへけん ひさの なんじよをしのぎ みの 米がたてこもる はとむね の城のふう門までこそはし よせける 〽はんこん丹め うぬこのなき なたでまけたぞよ おれは これで□□り うて【?】いもた 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/10 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/7】 【右頁上部】 おゝきついじや きちや かさねて からあくじき【空悪食=無暗な悪食】はこむ       やう〳〵 へびつかじや五右衛門は一たん【一旦=一時】のけつき【血気】に まかせどくといふ どくくひけれはなほ かわかつてたまるへきはらのうちにて いくさはよとほとなくつた□ん【意味不明】 かへは そのはらのいたさはかぎりなし 【左頁上部】 よつてせんかたつきて はりいの めいじん ちく市といふ ざとう【座頭】 をよび見せけるに つく〳〵 かんがへ これまつたく くひ あわせのどくふくちう にてたゝかうなり われ よくするほうありとて はりを二三ぼんたて げどくといへる大きなる 丸やくをあたへける 〽ちくいちどのましない あくじき をいたせしゆへに 此くるしみなるほど おゝせのとうり はらのうちにて いくさが あるそうで ときのこへ【鬨の声=合戦の始に全軍で発する掛声】 矢さけび【矢叫び=矢が命中した時にあげる射手の声】 のおと 手に とるやうに きこへ ます 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/10 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/8】 【右頁右上部】 さるほどに 両ちん此みだれたゝかいけるに 手おひし人 おひたゝし きりもちも大わらはになり たゝかいけれども じや五へもん ぐわんらい下戸なりけるゆへに はらのうちの あんないをろくにしらず かつほは 米つぶむぎいね とうがおしへにて よくしつたり はいのぞうをまわつ ては 心のぞうへうつていで かたきぢん【腎】のぞうに ぢんをとれば 火をたかぶらせて 水ぜめになし けるゆへに きりもちも いまはわづかにうち なされ かつをとさしちがへて しなんと おもひすでにちかつき すでに かうよとおもふところ ざとう ちくいちか うつはり 切もちが よろひのあげまきづけより せんだんのいたまで ぐさと つきぬき はりのさき白く いでければ なにかはもつて たまるべき そくざに むなしく なりに ける 【右頁左上部】       よゝ      むねんなは     なしほうれん     草とかつほが    ふうふになつてすむ   ものはほんのうそた  から なんともおも わぬやつさ 【左頁右上部】 なんと見たり よいきみ〳〵 おのれかつみおのれを せめるのだは われらは あとにて ほうれん そうと ゆるりと たのしみ じるし うまい〳〵 【左頁左上部】 みのまへがふだい ころよりのかしん むぎあわひへ かうのものとう こゝをせんどゝ【先途と】 たゝかう 【右頁下部】 おはくろつぼにげる なむさんほう【南無三宝】おらが おやかたはしてやられた 一ぢんやぶれてざんとう まつたからず【注】といふ たとへのことくに にけま  しやう 和ちうさん ふみつけられる なむさんむ ねんな ゆるせ〳〵 【注 『太平記』巻九・「六波羅攻事」に「一陣破て残党全からざれば、六波羅の勢竹田の合戦にも討負け」とあることを引いている。】 【左頁下部】 うぬかくごを ひか【「ろ」ヵ】げ あんまり さけのみのむね のやけるやうに した むくいだ   ぞ 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/12 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/9】 かくて きりもちはほろひけれども いまだ手したの しよくどくのこりいて せめたゝかうところに ふしぎや みかたの はたの上に けどく丸 あり われ いで 五臓(ぞう) 六 腑(ふ)を かけま わると 見へしが あらゆるしよくどく 一どにどつとはとむね城 のしたなるかう門谷に なだれおちてこと〴〵く かさいのもくすと□て ければ みの米の一そく あんどのおもひをなし 天下 たい平 はらつゝみのひゞくを きいてくらしけるこそ目出たけれ 【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/13 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/10】 【文字無し】