【表紙 題箋】 ほうらい山 《割書:下》 【題箋下部の手書き資料整理ラベル】 jap 23(2) 【見返し 右丁 資料整理ラベル】 SMITH-LESOUEF JAP 23(2) 1517 F 1 【見返し 左丁 文字無し】 【右丁 白紙】 【左丁】 かゝるめてたきくすりなれはきく人ことに うらやみてもとむるといへともたよりは さらになかりけりもろこし秦(しん)の始皇(しくはう)のとき 天下こと〳〵くおさまり始皇みつから御身の えいくはたとへんかたもなかりしにつら〳〵 心におほしけるはたとひ天下をはたなこゝ ろのうちにおさむるとも年かさなれはよはひ かたふき老(おひ)か身のはてしにはむなしくならん はうたかひなしねかはくはよはひかたふかすい のちかきりなき長生(ちやうせい)不死(ふし)の仙術(せんしゆつ)をつたへ 【右丁】 ほうらいさんのふらう不死のくすりをもとめ てあたふる人やあると天下の諸国をたつね られしに徐福(ちよふく)と云 道士(たうし)ありてみかとに そうもん申すやう我ねかはくは君のために 不死のくすりをもとめえてたてまつるへしし からは此くすりは大 海(かい)のうちにほうらいさん とて神山(しんせん)ありこのうちにこそあるなれは此 山にいたつてとるへしたゝし風あらく波たか けれはたやすくはいたりかたし十五いせんの子 ともをおとこ女をの〳〵五百人を舟にのせて 【左丁】 子々孫々(しゝそん〳〵)あひつきてつゐには山にいたるへし やかてとりえて       たてまつらん            と申              けれ                は 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 それこそねかふところなれとみかと大によ ろこひ給ひて大船をこしらへ千人の子とも をのせ徐福(ちよふく)これにとりのりて大かいにこそ うかひけれ風あらく波たかくめには蓬莱(ほうらい)の山 をみれともきしによるへきやうもなし波 ふねをあくるときは天上の雲にものほるへ く波よりふねのをるゝときはりうくうの底(そこ) にもいたるへししかも蛟龍(かうりう)【注】と云おそろしきもの 其舟につきしかは舟さらにはたらかす徐福(ちよふく) すなはちこれをしたかへんとて舟はたに五 【注 「蛟」が「魚」偏に見えるが誤記と思われる。蛟龍(こうりょう)は中国こだいの想像上の動物。水中に潜み、雲雨に会えばそれに乗じて天上に昇って龍になるとされる。】 【右丁】 百の強弩(きやうど)をしつらひかうりうのうかひあかる をあひまちけり有ときかうりう水のうへに うかひ出たりかうへは獅子(しゝ)のかしらに似(に)て 角(つの)おひ髪(かみ)みたれまなこは又かゝみのおもて に朱(しゆ)をさしたることくなりうろこさかしま にかさなり六【?】のあしは爪なかくふしたけ【臥長】は 百 余丈(よぢやう)にもあまりたり徐福(ちよふく)これをみてもと より待まうけたることなれは五百の連弩(れんと)の石 弓を一とうに【いちように】はなちたれはかうりう是に うたれつゝかうへくたけ腹(はら)やふれてたちまち 【左丁】 にむなしくなる大海の水この故に血(ち)に へんしてこそみえにけれしかれとも徐福(ちよふく)は なをも山にはゆきつかてふねにのせたる 童男丱女(とうなんくはんぢよ)【注】はいたつらにおひおとろへふねは 風にはなされて       行かたなく           こそ            なり             に              けれ 【注 丱女=髪をあげまきに結った少女】 【両丁 絵画 文字無し】 【右丁】 またもろこし漢(かん)の武帝(ふてい)はこれも長 生(せい)不 死(し) のみちをもとめて西(せい)わう母(ほ)といふ仙人をま ねきしやうしてせんしゅつ【仙術】をまなひ給ふ わう母すなはち勅におうして禁中(きんちう)にさん たいし七 菓(くわ)の桃(もゝ)をたてまつり丹砂(たんしや)雲母(うんほ)玉(ぎよく) 璞(はく)をねり紫芝黄精(ししわうせい)の仙薬をとゝにへつゐ にほうらいのふしのくすりをたてまつりき それより唐(たう)の世にうつりて玄宗皇帝(けんそうくはうてい)の 御とき楊貴妃(やうきひ)の魄(たま)のゆくゑをたつねまほし くおほしめし方士(はうじ)【注①】におほせてもとめ給ふに 【注① 「ほうじ。ほうしともいう。方術、すなわち神仙の術を行う人。道士】 【左丁】 方士すなはち勅銘をうけたまはり十 洲(しう)三 島の間をあまねくたつねめくるところに かのほうらいの山のうち太真宮(たいしんきう)【注②】にてたつね あふ七月七日 星合(ほしあひ)の夜のひよくれんり【比翼連理=男女の間の睦まじいこと】のか たらひねんころなる私語(さゝめこと)おはしけりと云 事は此時にそしりにけるやうきひと申す もほうらい宮(きう)の神仙(しんせん)にてかりに人けんに あらはれて玄宗(けんそう)くわうていにちかつき 花清宮(くはせききう)の御遊(きよゆう)にも仙家(せんか)のきよくをまひ たまふけいしやう羽衣(うい)のきよくとは是 【注② 「太真」は楊貴妃の号】 【右丁】 天しやうの神仙(しんせん)よりつたへたりし舞楽(ぶがく) なりかれといひ        是といひ    まことに        たつとき            事             とも               也 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 こゝに紀伊(きい)の国 名草(なくさ)の郡(こほり)に安曇(あつみ)の安彦(やすひこ) とて釣するあまの有けるか春ものとかに うらゝかなる波にうかへる小船(せうせん)に棹(さほ)さして 沖(おき)のかたにこき出し魚(うを)をつるところに にはかに北風吹おちて波たかくあかりつゝ 雪の山のことくなり安彦こゝちまとひて舟 をなきさによせんとすれとも風はいよ 〳〵はけしう吹なみはます〳〵あらう打 けれはちからなく風にまかせ波にひかれ てみなとをさしてはせてゆくかくてゆく事 【左丁】 とふかことく一日二日とはするほとにい つくとはしらすひとつの山にふきよせ たり安彦すこしこゝちなをりてふねより あかり山のていを心しつかにみわたせは 金銀すいしやうはきしをかさり草木の はなも世にかはりきゝなれぬ鳥のこゑ なにゝつけてもさらににんけんのさか ひともおほえすこはそも九野(きうや)八 極(きよく)をへた てし乾坤(けんこん)の外なるらんとあやしくおもひ てたちやすらふ【立ったまま、ぐずぐずと事をのばす】ところに年のころはた 【右丁】 ちはかりの女房たち七八人なきさにそふ ていはまをつたひあゆみきたりしありさ ま雲のひんつら【鬢ずら】かすみのまゆひすいのかん さしたまのやうらく【瓔珞】花をかさりしよそほ ひ心もこと葉もをよはれすらうたく【可憐でいじらしく】う つくしうみえけるか安彦を見たまひ大に おとろきのたまふやうそも〳〵こゝはほう らいの山とてはるかに人けんをへたてた るしやう〳〵【しょうじょう(清浄)】の仙境(せんきやう)なれはたやすく人のか よふへきところならすなんちいかなる 【左丁】 ものなれは是まてはきたりけるやらんと のたまふ安彦うけたまはりかうへを地につけ 手をあはせて申すやうそれかしは是より 大日本紀伊の国 名草(なくさ)のこほりにすまゐして うらへ【浦辺】にふねにさほさしてたまもをひ ろひいそ菜(な)【磯にあって食用になる海藻】をとり又つりさほをたつさへ て魚をとりて世をわたるいやしきあまの たくひなりしかるに我一えう【葉=小舟を数えるのに用いる】のふねに棹(さほ) さして沖に出て魚をとらんとせしところ ににはかに大風吹おちて波にをくられ風 【右丁】 にはせられて心ならす此地にきたれり ねかはくはめくみをたれてたすけさせた まへと申す女房たちのたまふやうみつから をの〳〵よのつねの人けんにても侍へらす おなしく仙家(せんか)のかすにありされはなんちら にこと葉をもかはすへきことならねともな むち【汝】おもひかけすこの地にきたるも又故 ありむまれてよりこのかた心にいかりを わすれ欲(よく)すくなくしやうちきにして物を あはれみ慈悲(じひ)ふかきそのまこと天理(り)にかなひ 【左丁】 こと故【事故=差しさわり】なくこのところにもきたることをえ たる也さらは仙境(せんきやう)の有さまをみせ侍らんに まつ溟海(めいかい)の水に浴(よく)せよとの給ふやすひこ 水に浴(よく)すれはかしけ【かじけ=やつれること】くろみしはたえ【皮膚の表面】はたち まちに色しろくこまやかにわかやきたり 又一りう【粒】のくすりをあたへてのましめた まふに安彦(やすひこ)をろかなるまよひのむねたち まちに霧はれてさやかなる月にむかふ かことくにて自然智(しねんち)【じねんち=自然に悟りをひらいた智】をそさとり     ける 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 かくて安彦は七人の女仙にともなひてほう らいきうのあひたをめくりてこれをみるに まことにみめう【微妙=不思議なほど素晴らしいこと】きれいなりかゝるところは むまれてよりこのかた目にみしことはいふ にをよはす耳(みゝ)にきゝたるためしもなし みれとも〳〵いやめつらかにあきたる事さら になし又かたはらよりひとりの仙人たち出 て心もこと葉もをよはぬほとのいしやうを あたへ天のこんすけんほ【玄圃】の梨こんろん【崑崙】の なつめなとさしもに【あれほどに】めつらしきものをあたへ 【右丁】 たれはいよ〳〵心もさはやかにとひたつはかり におほえたちそれよりふらうもん【不老門】のうち 長生殿(ちやうせいてん)につれゆきて此仙人かたりけるは いかにこれこそはなんちもさためてきゝを よひけん不老不死(ふらうふし)のくすりはこの宮中(きうちう)に こめられてたやすく人にはほとこしあたふ ることなけれともなんちか心のしひふかく 正ちきにしておやにかうあるその心さしを かんする故にこれをなんちにあたへんとて すなはち是をとりいたし瑠璃(るり)のつほのうち 【左丁】 より七ほうのうつはものにうつしいれて安 彦にたひ【お与えになる】てけり安彦これを給はりて今は いとま申て二たひ故郷にかへらんと申すさ らは心にまかせよとてやかて舟にをくり のせ給ひけれは七人の仙女も岸まてたち出 給ひて東門(とうもん)の瓜(うり)南花(なんくは)の桃(もゝ)玄雪(けんせつ)の煉丹(れんたん)【注】を 安彦に給はりぬかくてともつなをときめい海(かい) にうかひけれはみなみの風 徐々(ぢよ〳〵)と吹て          日本の岸(きし)につきに                 けり 【注 古代、中国で、道士が辰砂(しんしゃ)をねって不老不死の妙薬を作ったこと、またその薬】 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 きのふけふとはおもへとも故郷は山川ところ をかへしれる人はさらになし晋(しん)のわう質(しつ)か 仙家よりかへりし事水のえのうらしま子か りうくうよりかへりたりしむかしのためしに 露たかはす安彦もやうやく七世の孫(まこ)に尋ね あひたりいま安彦も三百 余(よ)年をすきにけり みかと此事をきこしめしをよはせ給ひちよくしを たてゝめされけり安彦ちよくにしたかひて いそきさんたいつかまつりほうらいさんの ありさまつふさにそうもん申つゝふらう 【右丁】       不死の          くすり             を         みかとに            これ              を            たて              まつる 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 みかとえいかんあさからす安彦(やすひこ)やかて一とうに 三位の宰相(さいしやう)になし下されみつから薬字(くすり)をなめた まへはみかとの御よはひわかくさかりに立かへり 長 生不死(せいふし)の御ことふきをたもち給ふ安彦は又 七世の孫(まこ)もろともに通力自在(つうりきじざい)の仙人となり いまはこの人 界(がい)もわかすむところにあらす とてそらをかけり雲にのりて天上の仙宮(せんきう) にのほりけるとそめてたけれ 【左丁 見返し 文字無し】 【裏表紙】