【背表紙】 官版  疫毒預防説   文久二年 【表紙】 《題:官版 疫毒預防説》 文久二年 【シール】五十年資料 67 【表紙】 《題:《割書:官|版》疫毒預防説》 B95385 《題:《割書:官|版》疫毒預防説   全》 【記述なし】 【右】 文久二年壬戌十月撮譯  《題:《割書:官|版》疫毒預防説》    洋書調所 【左】 疫毒預防説目次  疫毒預防説  コレラ病預防心法  コレラ病流行の歴由  コレラ病を治する藥  《割書:附|》コレラ経験説  検疫説  同  検疫院の説 【右記述なし】 【左】   凡例 一 安政五戌午の秋コレラ病盛に行はれ 之 ̄レが為に死せる   者江戸のみにて男女併せて二萬八千四百二十一人な   ろと云翌巳未の歳又再翌庚申の歳も此病少しづゝ流   行すれども漸く其數減して萬延元辛酉の歳には絶て   少も其病なきに至れり然るに今茲文久二年壬戌の夏麻   疹大に行はれて後再びコレラ病盛に行はれ今般は田   野都會の差別なく又高燥卑濕の地を選ばす之 ̄レを患事   者多く特に麻疹後の者に於て甚しく其死に至る者先   般の流行に比すれば其幾倍なるを知らず又之 ̄レが為に 【右】   全家悉く死亡し嗣を絶し産を失ふ者挙げて算ふべか   らず豈悲歎すへきの甚しき者に非ずや此に於てか  官之 ̄レを愍み給ひ吾輩をして西土諸書の中より凡 ̄ソ此病に   関係する要件を撮譯せしむ吾輩褥く其命を奉して其   流行を預防する用心の法の如きは先に鈔譯して聚珍   版となし世に公にしけるに之 ̄レを乞う者日に多くして忽   ち竭きたるを以て今又更に校正加へ其外之 ̄レ を預防   する方法より人々の心得置くき諸件に至るまで諸   書より數條を鈔譯し集て以て一篇の書とはなしぬ 一 コレラとは來吐瀉病の義にして近時流行する惡病 【左】   世俗のコロリと稱する者は西土にて亜細亜コレラと   云是れ亜細亜地方より起れる霍乱と云の義なり張氏   醫通に番沙内科新説に絞膓痧六合叢談に痧病と云も   皆此病の事なり故に篇中只痧病と記するも亦此病の   事にして他病を指すにあらず又疫と云はレハント疫   發黄熱コレラ病及び黒痘等総て傅染せる急劇病の総   稱なれば或は處によりコレラ病を指して単に疫と云   ことも之 ̄レあり讀む者宜しく混ずることなかるべし   此病の原因治法未だ詳ならされば又妙効藥と稱すべ   き者なし故に西書中其藥方を出せる者甚だ少し但 ̄シ篇 【右】   末に挙ぐ事一二方の如きは彼邦にて頗る驗を經たる   者なれは宜く信從して之 ̄レを採用すべし 一 近時我邦の賣藥者流幾群䀋を専らコレラ病の妙功藥   たるを誇張すれども未だ西書中此の如き事を載する   を見ず又之 ̄レを用ひたる患者を親驗するに佳候を呈す   るを見ず却て苦悶を増加し死に至るを見るなり學者   それ慎まざるけんや    文久二年壬戌十月五日 洋書調所教授方 謹識 【左】 疫毒預防説《割書:千八百五十六年荷蘭の醫師フロイ|ンコソスが著せる衛生全書撮譯》 當今一異種の病あり恐るべき荒亂をなすに因り衆人甚だ 之 ̄レを危懼す此病に於ては一種の傅染毒血中に生じ其毒感 受し易き體に觸るれば其曽て生じたる人の體に發する症 と全く同症を起し以て絶へず新に傅染をなすなり〇是故 に此病は人々陸續急速に相傅染し或は衆人一齋に相感染 す是を以て此病の毒は患者の血中に生ずること恰も發酵の 鋭烈液中に瀰蔓すると同一なるべしと考察せり〇但 ̄シ此傅 染毒時としては甚た揮發走竄にして病人の呼氣及び蒸發 氣より大氣中に傅送し夫より無病健全の人の吸氣に入り 【右】 更に其體に傅染すること疑を容るべからず〇史録中屢 ̄く云へり〇方今に於ても尚此の如き病屢 ̄く流行する ことありて其症二般あり即 ̄チ一は熱地に流行する症にして 之 ̄レを發黄熱《割書:ケーレコ|―ルツ》と名け一は寒國にも亦流行する症に して之 ̄レを痧病《割書:コレ|ラ》と稱す〇發黄熱は夏日の熱度寒暖計を 以て測るに其中數七十五度の地より全く外に出でず阿非 利加及び西印度は其最 ̄モ甚しき地方なり〇痧病は昔時亞細 亞に限れる病なりし[其本名を亞細亞霍亂《割書:コレラア|ヂアチカ》と云も 之 ̄レに因る]然ども此症近時は西土及び他の温道諸地にも夥 【左】 しく流行せり〇右の二病共に血中に含める毒氣を以て各 個の生器を虚衰せしむることをなし特に消毒諸器を甚しく 損害す〇發黄熱に於ては胃より半ば腐敗せる血を混じた る膽汁を吐出し痧病に於ては胃及び諸膓の血一個の分泌 機を起して其流動分《割書:即 ̄チ血中|の水分》のみを上下に泄出するを以て 全體の血中には復 ̄タ運輸すべからざる稠厚の物質より留る ことなきに至れり 葢 ̄シ傅染病は其毒蔓延して静定せる氣中に蓄積するときは 特に其荒亂をなすこと大なりとす〇是を以て傅染病を預防 するには新鮮の大氣を流通せしめて自在に之 ̄レを居室中に 【右】 容れしむるより他に伎漏あることなし〇常に大氣通暢する 室内に在るとは患者の周圍一二歩の所に在る傅染す ること殆ど稀なり〇發黄熱は[多く卑濕の地に於て發する なり]寒冷の時に於ては全く瀰蔓すること能はず而して此熱 も痧病も不潔の氣ある所には甲處より乙處に漸々蔓延せ り〇是を以て身體衣服及び居室を清潔にし且 ̄ツ大氣を常に 流通せしむるの注意は常に此病を預防する的實の藥劑な り  注に曰居室を清楚にし新鮮氣を流通せしむる法を恐怖  すべき病既に目前に在る時のみ行ふは實に嘆息すべし 【左】  然れども時としては一瞬時の驚駭其既に久しく民間に  行はしむるを要する良藥《割書:居室の清潔新鮮|氣の流通を指す》を始めて理解  せしむることあり  荷蘭に於ても痧病の流行を防ぐに身體衣服及び居室を  浄潔にすること新鮮氣を交換することの二法甚だ偉功ある  ことは實に的切の例證を得たり〇此病許多の都邑に於て  必ず人家比々密接する處に起れり然るに少く意を用ゐ  て護身(ヤウジヤウ)の法則を行ひしときは其運行著しく減却せり〇  其諸般の例證の如きは井ンドゲンス[政管(スターテンゼイラール)の第二院に於  て]著述せる各地健全論と題せる有名なる書中に詳な 【右】  り又其事實は宜く荷蘭醫家七値日刊紙を参看すべし 飲食を適度にし身體を浄潔にし且 ̄ツ無病の人は大抵此恐る べき惡病者の側に至るも妨げなし[但シ其人直 ̄チに病人の口よ り其毒氣を吸入し或は傅染せる蒸氣を含蓄せる室内に入 る時の如きは自ら別なりとす]〇此惡病者の側に居るは甚 た宜からざる事なれども實驗に據るに無病健全の人身體 を清潔にし飲食を適度にするときは全く痧病の惡病なる 毒に感するを防ぎたり 今上件を總括して孝定するときは自ら身體諸部及び其機 關を考究して左の法則の無病健全を保つに要須なるを知 【左】 るべし  食味は單純なるべし  鋭烈飲料《割書:酒の|類》を廢すべし  常に新鮮氣を吸入すべし  日々大氣中に運動すべし  冷水若くは微温湯を以て全身を洗浄すること數回なるべ  し  適宜に筋骨を労すべし  己が力に應する諸件に精神を用ゐて懈怠なかるべし  一晝一夜中太約四時の間寝息すべし 【右】  身體熱し且 ̄ツ労倦するときは俄漸共に冷又濕を避くべし 看に右の所件は各人之 ̄レを行ふを要し又習慣し易きことな るを       杉田玄端謹譯 【左】 コレラ病預防心法《割書:千八百五十五年版シカツトカ|―ムル第十巻二十四葉に出づ》 膓中異常に緩縦《割書:下痢する|の意なり》なるを覚ゆるときは速に醫家に 至り胗を乞ふべし是 ̄レ此の如き事よりしてコレラ病となる ことあるを以てなり又醫家の命なければ䀋劑及び其他の劇 藥を用ふることなかるべし又麦酒葡萄酒若くは強烈の飲液 を多く用ふること勿れ誤用するときは此病を起すことあるべ し又腐敗せる肉腐敗未熟の果物陳腐の魚菜を食ふこと勿れ 又断食すること久しかるべからず食事適量なるべし又甚し く労倦することなく熱より急に寒に移ることなかるべし又濕 りたる衣を久服すべからず又體を浄潔にし且 ̄レ努めて足を 【右】 温保すべし又室を清楚にし且 ̄レ白色になすべし努めて窓を 開帳し不潔の物あらば速に之 ̄レを去るべし又有害の臭氣を 避くる適當の藥劑を用ふるべし又住宅の近傍に糞壤其他不 潔の汚積あり又汚臭の水嫌惡の氣若くは有害の諸物あら ば速に之を除却すべき權ある其他の長官に之 ̄レを訴ふべし       杉田玄端謹譯 【左】 コレラ病流行の歴由《割書:千八百五十三年版シカットカー|ムル第八巻八十一葉に出づ》 近時殆ど欧羅巴全州を荒亂せし傅染病の再流行は自然に 新に當時の用心を起すに至れり千八百二十年に始て痧病 を發すること印度に於けるが如し此病は印度より起りて裏 海黒海の中間なる波斯彎を過き俄羅斯に到りて全欧羅巴 洲を一周し千八百二十七年/慕尼克(ミュニセン)及び其近傍にて始て消 滅するに至れり今其再流行は如何なる事を生すべきや預 め知るべからず然れとも千八百三十年の同日に没斯科(モスコウ)に 到りしことは我輩粗 ̄く之 ̄レを知れり孟加拉(ベンガラ)は年々多少流行す るを以て此病の本地に屬す此地にては千八百四十五年春 【右】 分の頃一時/痧病(コレラ)蔓延して最 ̄モ凶暴の性を顕はせりバロニの 祭禮は例年其参詣する者夥しきに當年全く廃するに至る は其明證となるべし但 ̄シ其道路諸處に死人多して原野に在 るものは狗及び蟻の食餌となれり又千八百四十六年の夏 に於ては此病/阿富汗(アフガニスタン)亞喇伯(アラビー)波斯(ベルシー)亞爾美尼亞(アルメニー)美索不迷亞(メソポタニー)叙(シー) 里亞(リー)小亞細亞に流行し其後印度大陸の諸地更に南部なる 錫蘭(セイロン)島に流行せり其證何れの地に行はるゝも皆惡性にし て阿富汗のキュラツシにては二萬五千人の居民其半ばを𠤭 失しバクダットに於てはリマサンの祭禮の節暫時間に七千 人を𠤭失せり又佛哈刺(ボカラ)威聊(ラヘラット)及び波斯より黙加(メッカ)の方に到る 【左】 参詣の侶約するに六萬人全く死するに至れりコレラ病右 の如き告知ありて後は暫時其萬延の勢を止めて千八百四 十七年の第五月得勒(チブリス)に於て稍 ̄く甚しく現れ終に欧羅巴 俄羅 斯 没斯科にまで萬延するに至れり而して千八百二十九年 及び千八百三十年に於けるが如く両地界即 ̄チ俄倫堡(オーレンビュルグ)鎮の西 界と裏海の西岸とを超へて窩瓦(ヲルガ)河に沿ひ行けども北北西 に至ることなく却て時々岐路に走り又其萬延至て徐々なれ ども往時の如く河邊に進むこと多く以て特に河邊の地を荒 亂せり但 ̄シ高燥の地は印度にても猶 欧土の如く或は全く之 ̄レ を免かれ或は流行するも甚しきことなし又此病の流行以來 【右】 其發源用藥及び其傅染の有無に就き種々の説起ること固よ り論なし其傅染の如きは特に俄羅斯に於て其實驗あること を證せり葢 ̄シ此病の萬延は大氣中に傅染毒を含有するに歸 すること切實なりと伝説あるを以て醫家に在ては之 ̄レを防 ぐが為に衛護の兵隊を設くべきや又は検疫院を建てべき やの疑問を解くこと甚だ難しとす但 ̄シ政府にて大切とし行 ふべきはコレラ病将に流行し來らんとするときは衆人に 適當の攝生法を行はしめて其傅染の一分を減じ又貧民に も最 ̄モ急速に醫療を加ふるを得せしむるに在りコレラ病に は特異の妙藥なし是を以て其妙藥を要求せんとするの惑 【左】 たることは此病も亦他の諸病の如く其症種々にして又他病 と合併することあるを知るには頗る明白なるべし是故に 此病起るときは其症状に拘はらず總て賣藥者流に任する ことなく最初より直 ̄チ良醫の救治を乞ふことを命すべし      杉田玄端謹譯 【右 記述なし】 【左】 コレラ病を治する藥《割書:千八百五十六年版シカットカー|ムル第十一巻四十九葉に出づ》 得勒(チブリス)に於てコレラ病流行の時用ゐて良効ありし水劑は左 方の如し   磠砂  龍脳  強水  白ラフタ《割書:白色にして香気|ある土油を云》   硝石  赤胡椒 右六味醋に焼酒を加へたる者の中に入れ混合し日輝若く は温處に侵出し滴々に用ふ 又此病に少く罹れるを驗する者には一塊の氷糖上に薄荷 ■■滴より十滴に至るを用ゐて預防することを得たり但 ̄シ病 者は■褥若くは室内に在て欇主を厳にし飲料を減ずるを 【右】 ■すべし ■■水はコレラの妙藥なる事《割書:同書第四巻|五葉に出づ》 荷蘭領印度に於てはコレラに水を試用し大に利益を得た り其法は患者を水に浸せる絨被を以て厳しく巻纏するの み此の如くするときは患者の頻に飲服する氷水にて蒸發 氣を催すこと甚し濕絨を以て厳しく巻纏し且冷水を飲むこと 二三回なるときは患者復 ̄タ危篤を免かるべし カンスタット著す所の治療書第一冊四百九十三葉コレラ病 編の注に曰く コレラ病流行の時は宜く人々阿片小量の甘汞に大黄を加 【左】 ふる者及び吐根を貯ふべし又所謂コレラドロッペル一に俄 羅生斯液と名くる方は先 ̄ツ一回下痢せる者に用ゐて甚だ適當 せり其方   纈草丁幾劑《割書:十六一戔|》吐根酒《割書:八戔|》舎電阿芙蓉液《割書:三分三輪|》   薄荷油《割書:五滴|》 右混和し一小時若くは二小時毎に二十滴より二十五滴に 至る 【右記載なし】 【左】 附 コレラ経験説并治法 コレラは地氣中に混ずる一種の瘴毒にして未 ̄タ其質の何 物たるを知ることなしと雖も其人を犯すこと先づ呼吸に随 て入り血中に混じ就裡後脳と脊髄の上部を毒するなら んか洋人コレラの病屍を解剖するに惟後脳脊髄漲溢の 血痕あるを視ると云へり夫 ̄レ内臓滋養の器殊に腸胃の機 能を主宰するは迷走神経と脊髄より發する感傅神経に 在り故にコレラは胃腸の機能異常に亢盛し吐瀉して淡 水を漏すこと甚しきを以て血中の水分夥しく耗失し表部 【右】 の細管其力を失ひ血液■■内部に灌漑するが故に四肢 身體厥冷して表皮弾力を失ひ腕脚皺襞を生じ指にて撮 て之 ̄レを放てども尚其故に復すること無に至る其甚しき者 は手足の静脉梢に血欝滞し蒼色を現する者あり所謂シ アノチセコレラ是なり《割書:其流行する時に當ては人皆此患|に犯されざる者なし唯發因を得》 《割書:て輙 ̄チ真証を發するなし其感|じて病さる者是を假証と云》 [療法]従来緒家の論説する所紛々一定することなしと雖も 多くは衝動鎮痙麻酔等の方を施す外に出です余埼陽に 在て朋百(ポンペ)に従學する時之 ̄レに處するに左の方を以てす  方 【左】   第一號   クュイニエ ラウダニュム ホフマン液   第二號散  龍脳 麝香    同水藥   磠沙精   第三號   吐根 モルヒネ 龍脳 當時長崎鎮臺岡部駿河守民人の夭折を憐み余に託して 其治を施さしめ徧く部下に令して治を請しむ是に於て 子弟相謀り西奔東走七八月中治を施すこと大凡一千八百 餘人流行既歇に及で屬吏をして其籍を閲せしめ之 ̄レを方 函こと校ふるに第一號を用ゐて治する者其數の半に出で ず第三號これに次き第二號は効ある者あるも脳肺等の 【右】 證を遺し終に不治に陥る者多し《割書:龍脳麝は脳を害し磠|砂精は肺を傷ふ》初に クュイニネを投し次てラウダを與ふる者就中効あり若 ̄シ初 にラウダ モルセイ等を將て少く効を得る者次でクュイニ ネを用ふれども更に効あるを見ず吐下止て命脉絶す朋 百曰余がラウダを用ゐるは吐瀉して多く其養液を失ふ を惧れ己むことを得ずこれを行ふ敢て主藥となすに非ず と云へり次年十一月和蘭にても此病亦大に流行せるを 以て彼諸大家皆朋百の法に依てクュイニネを用ゐ大ひに 其功を得たり然れとも阿芙蓉は棄て用ふることなく却て 書を以て朋百を誥れり余是を以て其麻酔藥の用ふべか 【左】 らさるを断決せり〇外治は浴法、按摩、芥子泥、テレビン油、 カヤフーテ油の如き皆各 ̄く多少の効あり就裡全身熱浴の 如きは體中徧所至らざる所なく熱を以て表神を鼓舞し 温蒸を以て克く行血を促し其他垢膩を去り氣孔を開く 等其功諸藥の決して及さる所にして其効驗能く内服の クュイニネに優れり故に今歳《割書:文久二|年 壬戌》の流行には余惟クュイ ニネと全身浴を以てこれを治せり其法  先 ̄ツ浴場を造り患証の程限を襗ばず徧身を浴場中に没  し粗布を以腕手背胸を摩すること十二秒時更に硫酸クュ イニネ《割書:四十勺|》水《割書:一合|》希硫酸を以て容化し浴中に在て 【右】  頓服せしめ次で浴を出しめ拭乾し褥中に温保し頻に  冷水少許を以て唇舌を濕さしめ温沙嚢を以て脚を  温め次で我一時半を経て後クュイニネ六勺を元となし  頓服せしむ 〇クュイニネは其功殊に脊髄後脳に達し其緩怠せる機能 を鞭撻するが故に初量二十勺にて眩暈耳鳴を發する者 多し是即 ̄チ其功を奏する一佳徴なり然れども其苦味甚し きが故に患者これを服して吐出すること多し故に浴場中 に在て之 ̄レを服さしむれば多くは克く堪へ服す此益 ̄シ浴場 にて胃腑の痙攣を鎮静するが故に因るなるべし若 ̄シ尚吐 【左】 して止まざる者は只管(ヒタスラ)強てこれを與へ終に服し得るに 至らしむべし〇コレラは萬病中血中の水を耗失すること 最多きが故に冷水を以て口舌を濕すを殊に良とす〇或 云クュイニネは獨 ̄リ卑溼沼泥の地に在ては即 ̄チ佳なり乾燥の 地の如きは必し之 ̄レを要せずと云へり然れどもコレラ 土風に因て其病性を同せず其患症を異にせば則可なり 然 ̄ラざれば豈地の卑高を以て其性功を異にする理あらん や      松本良順記    醫官松本良順、奉_二 幕命_一、蘭醫朋百_一、學_二醫科諸門広、頗通_一 【右】   其學、値安政戌午、亞細亞霍亂流行、長崎最甚、鎮台岡部   駿河守、惻然不_レ忍、命良順_一救治、良順乃謀_二之朋百_一施_レ療、救   拯極多、今年壬戌、良順歸_二東都_一、自_レ夏迄_レ秋、麻疹挟_二霍乱_一又   大行、都下死𠤭相望、君亦救治活_レ人、其功不 ̄レ尠、値本館活_二   刷霍乱説_一、□儒乃請筆_二其略説_一、附_二該□譯文之後_一、以公_二子   世_一、亦求_レ備之微意見耳、      文久二年壬戌初冬   箕作□儒謹識    【左】 檢疫説(キュランタイニ)《割書:千八百四十年版プラクチカーン、セーファ|―ルトキュンデ上巻第二葉に出づ》  案ずるにキュランタイニは四十日の義なり原註に云く  佛朗察人は此語を傅染病即 ̄チ疫の預防法の意に用ゆ葢 ̄シ傅 染病ある地より來りて四十日の間健全無事なる者は疫 を傅染せざる者と為すを以てなり 航海に因て此地より彼地に傅ふることあるべき陸地の大患 即 ̄チ傅染病流行病疫病の類を預防する為に諸所開化せる人民 には預防法あり之 ̄レを守るが為にに諸川の入口或は外端の番 所に有司を置くなり〇指揮官は最 ̄モ注意して絶て随意なる ことなく此法及び受けたる命令を破り或は恣にすることなく 【右】 殊に其法制を知らざる異域に於ては一時己が輩は他國人 たるを以て或は宥恕あるべきを思ふことあるとも決して是 法を忘るゝこと勿るべし〇或地方にては法則を犯す者あれ は多分の罸金を要し船及び載貨を没入し殆ど死の罰若く は死罪に處する事あるを常に服膺して忘るゝ勿るべし〇 方今尚世に行はるゝ千八百零五年第一月十日の公令〇第 二、三、及び四章千八百十九年第十一月十九日王家の議定第 四十七號預防法の條并に千八百二十七年第五月二十一日 哥羅生凝俺(コロニンゲン)州の選官に告る令文を参考すべし 故に諸指揮官は放恣或は輕浮なる事なく厳に預防法を守 【左】 るべし入港すべき地にて妨障せらるゝ事無らん為に諸出 帆する地より健康の送状を携へ出るを宜しとす 然れども入港したる地にて健康の 送状を出すことを一二日 遅滞し出帆せんとすれども之を請取らざる時は忍でこれ を待べし何となれば此時宥恕を受け又は辨説するを得ざ ればなり 他國に入ては入港の免許を得且 ̄ツ建康送状の法に背かざる 事を領承せられざれば彼此の事件ありとも決して直 ̄チに上 陸する事なかるべし 上に云ふ千八百零五年第一月十日の公令〇第十八章に據 【右】 れば下に記する諸物品は傅染を致し又萬延せしむる者と す 一 諸木綿/利諾布(リノフ)、毛布、羅沙、及び他の織物類 二 諸工製し或は工製せざる毛糸、麻苧、駱駝、毛、兎、及び他の   毛類 三 諸工製し或は工製せざる蠶糸総て蠶糸にて製造せる   諸品皆之 ̄レに屬す 四 諸皮類 五 諸帆布及びテールを塗らざる網 六 諸皮革、毛刷毛、席、蝋燭 【左】 七 コセニルレ《割書:猩く緋を染|る虫の名》長くして且 ̄レ多く毛ある諸生獣  羽ある鳥、羽毛、鐵筆、紙、書冊 八 傅染病ある地方若くは疑はしき國より輸し來る諸貨   幣 又同上公文第十九章に據れば下に記する諸物品は傅染病 を致す事なく又之 ̄レを萬延せしむる事なきものとす 一 諸飲料、食料、䀋藏若くは烟肉及び魚、新鮮乾燥せる果實、   例するに蒲桃、栗、粟、無花果、乾蒲桃、小乾蒲桃、圓豆、長豆、諸類   加加阿(カカオ)、叔固刺的(ショコジーデ)、枸櫞、香橙、橙、キュラカオ實、酥、加菲、骨喜、茶、   米、大麥、諸穀類、酒、火酒リュム《割書:酒精|の名》亞刺幾《割書:天竺|酒》蒸餾水、蒸 【右】   餾諸液蜜、麤糖、製糖、 二 諸乾藥香竄品所謂コロイトニールスワーレン《割書:芳香|品》例   するに扁桃、桂、格墨因(コメイン)、府利(フーリー)、洎芙蘭(サフラン)、胡椒、李の類 三 諸木皮、木根、醫用に供する物品 四 硝子壜、土製壜或は桶に貯へたる諸油、諸液、 五 諸染料膠類 六 諸䀋類 七 諸灰、剥篤亞斯(ポットアス)、 八 諸木材、乃 ̄チ フラシリ木、《割書:染|料》柘植木、坎百設(カンペセ)木等 九 鯨鬚、鯨髭、象牙 【左】 十 諸製造せる羊角  十一 諸金屬及び半金屬礦屬但 ̄シ疑はしき國若くは傅染病あ    る地方より輸來したる貨幣は之 ̄レを除く 十二 諸/鑚石(ヂアマント)及び他の精巧なる儀石即 ̄チ陶器、硝子器、土器の類 十三 諸粉末、櫧(チヤン)、テール、蝋、硫黄、石鹸、煤類 十四 諸獣脂、猪脂、羊脂類 十五 諸捲煙、管煙、 又同書第二十章にいふ前章《割書:第十|九章》に記せざる諸物品は未 ̄ダ詳 ならされば傅染を輸す物品なりと思ふべし      坪井信良謹譯 【右記述なし】 【左】 檢疫説《割書:千八百四十六年版イ、ハン、エイ■著アルゲメーンエ|―テンシカッペレイキ、ヲールデンブック第三巻四百六》    《割書:十六葉|に出づ》 キュアランタイニとは凡 ̄ソ流行病あらんと疑へる國地より來 れる船舶及び旅客を用心の為め其地に交通せしめず別に 之 ̄レが為に建築せる館に趣き居らしむる時限をいふ此時限 中は貨物及び書簡も烟を以て之 ̄レを薫すレハント或は阿非 利加地方より來れる船には特に之 ̄レを行ふ    《割書:千八百二十五年版紐氏韻府|第五巻五百九十四葉に出づ》 キュアランタイニとは流行病ある地より來れる旅客其病を 發すること無きやを驗せんが為に一病院中に入れ衆人と離 【右】 別せしむること四十日と定むる時限を云なり    《割書:千八百三十八年版紐氏韻府附|録第五巻三百二十三葉に出づ》 キュアランタイニ〇荷蘭のキュアランタイニの場所はイーリ ンゲン及びデ、チイン、ゲメーテンなり此場所は千八百三十 一年及び千八百三十二年の両年間亞細亞/霍亂(コレラ)荷蘭の海岸 に近寄りし頃専ら之 ̄レが用をなせり其建築の規制頗る整ひ て遺憾となすこと甚だ少し此一時外國人を鎖閉するの制度 は荷蘭に在て交易を妨げ且 ̄ツ夥しく失費をなすこと甚しかり し此費用は猶他の諸國の如く政府より之 ̄レを清算すべきを 希へり是衆人の為なるを以てなれとも金庫は之 ̄レが為に定 【左】 額外の失費を受けたり 方今文明の諸國は勿論土耳其すらキュアランタイニ建設の 要需たるを知れり是を君子但丁(コンスタンチノペル)《割書:土國|の都》より千八百三十 八年第八月六日に出せる報文に左の如く明白に記載せり」 外國事務宰相ミュスターハ巴札(パシヤ)より同年第七月一日と日附 したる覚書を外國の公使に渡せり曰く キュアランタイニを一決して取用ゐしより遂之 ̄レに相應せ る場所に病院(ラサンレッツ)の建設を要とするに至り又アレキサンドリ ―及び叙里亞(シーリー)に疫毒流行するといふ報文を得たるに因り止 む事を得ず地中海より來れる船舶は最 ̄モ精細に撿査すること 【右】 となりたり 此目的を達せんが為め政府に於ては他太尼里(タルタネルレン)にキュアラン タイネの場所を設け此地に總裁官醫官其他此場に入用な る人々を置けり總裁官は己が取計を以て既に船舶の出帆 し來れる地の養生及び病人取扱ひの諸法を新に變覺して 版本を澤山に造り出せり 土耳其船にても或は外國船にても指揮官は其總裁官より 其版本一葉を受取るべし其乗組の者を多島(アルシベル)海及び亞細亞 并にロマニアの海岸に送るべし 諸國の領事官副領事共に此法則を遵用するの扶助をなす 【左】 頼みを受けたり 今其版本の旨意を茲に述んとす 第一條 船々/他太尼里(タルタネルレン)に到着するときは健固送状を差 出すべし 第二條 埃及(エヂツト)叙里亞若くは地中海の疫毒流行する地より 來る船々は必ず土耳其領の堺に於てキュアランタイネの改 を受くべし 第三條 右の地方より出たる船にして其中に疫毒の患者 を乗せたる者は其病回復するか又は死するに至るまで これを停め置き之 ̄レに關かれる醫者より最 ̄モ近日の病者回復 【右】 し又は死せりといふ日を始としてキュアランタイネに算入 すべし 第四條 健固送状を以て船中病氣にて一人死せりと告る 者は十日のキュアランタイネを行ふべし 第五條 一地方より出帆の節其他に疫毒流行したりしが 旅中一人も船中にて死せる者なき船は七日のキュアランタ イネに屬し且 ̄ツ到着の日も七日の内に入れ算すべし 第六條 船出帆の時疫毒の流行なく又旅中一人も病者な しといふといへども疑はしき地方より來れる船々は五日 のキュアランタイネに屬すべし 【左】 第七條 停められたる船々は風の都合により加利(カルリボリ)城又は 君士但丁(コンスタンチヽペル)の碇泊處にてキュアランタイネに屬すべし然れど も總て着船の節これか為に命を受けたる人を船中に入る べし 大八條 キュアランタイネを行ふ間船中にて疫毒を發する ことあらば其病者は程能く手當を以て陸に揚け天幕(テント)若くは 其他これに適する場所に送るべし 第九條 右の法則に費せる賃銀は當今欧羅生巴にて取極た る目録に従て舩々より之を拂ふべし    《割書:千八百四十三年版荷蘭ハンドルマガ|セイン第二巻九百九十八葉に出づ》 【右】 キュアランタイネ[カランタイネ]佛語キュアランタイネインリ クチングとて其他に到着せる人々はキュアランタイネを設 たる國地に入れて危難あらざるを決するまでの間居留せ しむる館第を云なり〇此館は總て人身及び品物に觸れば 傅染すべき病を防んが為めに設置せり〇此法は東方の疫 毒に於て明澄ありしが故に土耳其の諸港及び境界に接近 せる國地には之 ̄レを設置して欧羅巴の為に大に利を得たり 葢 ̄シ其他にて之 ̄レを設ること冝に適ひ且 ̄ツこれを守ること頗る厳な るに因れり〇此法これを分て海陸の二般となすべし其陸 の者を両國の交通を厳しく禁じ且 ̄ツ其境界に兵士の警衛を 【左】 置き及び厳法を立て以て之 ̄レを防ぐなり〇今此館をは両國 互に相接せざるの處に建て其人の如きは傳染毒を免かれ 國地に入るも危害なきこと疑ふべからさるに至るまで之 ̄レに 逗留すること長短の差別あり〇然れども此館の為め第一に 注意すべきは其館内に住する者をして容易に病傅染する を得べからざらしむるに在り是故に其館を分て健全の者 疑はしき者既に傅染せる者を居留せしむる三部となすを 要し且 ̄ツ防護する為の國地と一切交通を断絶するを要す又 品物は其毒を受くると受けざることに拘はらず之 ̄レを包荷と して直に病者より隔たる處に送り既に毒を受くると雖も 【右】 之 ̄レを除くべきを得るものはキュアランタイネにて其傅染毒 を除去し又除去すべからざらる品物は之 ̄レを積戻すか或は焼 捨べし〇又海のキュアランタイネにも右の如き法則を立つ べし又船々は曽て定め置きたる一港に遺し番船遠見番所 及び海岸の臺場にて其船の他地と交通するを誡むべし〇 入津の前には必ず船々より健固送状を官吏に示すを要し 其中に載する所に従て或は全く入津を許さず或は許すべ し然れども厳しき箇条に従ふべき者は一切交通を禁じ或 は固有の海キュアランタイネに送るべし此に於て行ふ諸件 に至ては陸キュアランタイネに説く所と全く同じ〇其他キュ 【左】 アランタイネはすべて之 ̄レを行ふも益なき病には用ふべか らず是此法許多の失費あるを免かれず又貿易工業の妨げ となること大なるを以てなり キュアランタイネの失費〇キュアランタイネに逗留すれば船 及び積荷に多少の大なる失費を受くるなり〇淺く考ふる ときは船々其積荷を清浄にし又風入するに因り賃銀を費 すべく見ゆれとも實は然らず〇葢 ̄シ キュアランタイネの失費 は常者と非常者とに之 ̄レを區別せり常者とは一船一旅中譬 へば地中海よりの旅中必ず定規としへき者をいふ是を以 て航海家は預めこれを見込み其荷物を積込む節その割合 【右】 を取るべし此時賃銀は航海の常費として舩々必ずこれを出 すことと定めたり又其非常者は船々若 ̄シ流行病ある地域は夫 と疑ふべき地より來れる時出すを要するの失費なり此失 費は常者よりは之 ̄レを出す間日久しく賃銀も亦大ならざる を免かれず此法は諸國の法則と風習とに従て船積荷及び 運賃に割り付て大損となるべし      杉田玄端謹譯 【左】 檢疫の説《割書:千八百四十三年版ア、マレヌヘヱイム|の著せるハンテルス、マガセイン撮譯》 凡そ檢疫院の趣意は先づ他國に惡き疫病流行して其人民 より我國民に傅染し普く國中に行渡り多くの人命を害す ることを防んが為め冝き地を選み檢疫の制を設るなり是故 に他國と盛に交通貿易をなす國は必ず此制を設置けり此 制は其船より來る者を上陸せしめず又此方より其船中へ 行くことなく又其荷物をも陸へ揚しめず但 ̄シ此日限をクワラ ンタイネと言ふクワランタイネは四十日の義なり往古は 此院中に入るべき日限を凡四十日と定めしに因り此名目 あり然れども當今は其模様に従て日限を取定めたり 【右】 土耳其の海港及び其近隣の地方にては檢疫院を設け傅染 するを防ぐを以て欧羅巴の為に大益を得たり且 ̄ツ レファント 《割書:地中海の東隅|小亞細亞の濵》の貿易は日増に盛んなり是故に地中海の諸 港にも亦此院を設け東國にて流行する疫病の歐羅巴諸國 へ傅染する害を防ぎたり當今其制を改革するに因り其益 を得ること甚だ多し〇是班牙(イスパニア)にて往 ̄キに二三個年の間發黄熱 流行せし時此制を設く總て歐羅巴國中これを設る所多し て他國より來る疫病を防ぎたり〇檢疫院の始はレファント 及び巴巴黎亞(バルバレー)《割書:地中海の南岸亞|弗利加の一部》の為に地中海に設けたり〇 此制を海陸二種に分別し陸上に居る者は両國の人民互に 【左】 交通するを許さずして其國界に番兵を備へ且 ̄ツ厳重の法度 を立て交通することを防ぎ又海上の者は入港する船既に定 置たる港内に入來る時此所に番船及び燈明臺幷に大場等 ありて其船を引止め他所へ行かざらしめ入港する船は其 以前に此地の役人に健全の書状を出すべし又役人は其書 状に據り或は入港を許し或はこれを厳しく禁制せり〇其 院中に入るもの疫毒に感ずるを恐るゝ故に院中各 ̄ク其居間 を別にして疫毒あるもの或は無きもの又は其有無の知れ 難き者等を各 ̄ク別間に入置けり〇傅染毒を含まざる荷物は 取集てこれを包み速に他所へ移置くべし若 ̄シ其毒氣を除く 【右】 能はざる物はこれを其儘焼捨つべし 歐羅巴に於ては馬塞里(マルセール)《割書:佛蘭西|の邑》の檢疫院を最大一と為せり 〇其法則は他港より來る船の中殊にレファレト及び巴巴黎 亞より來るもの若 ̄シ健全の書状を携へざれば絶て港内に入 ることを許さず又其書状中に述る事柄の相違なき證據には 其船の出帆せし港に在留する公使或は船役人の記せる姓 名書を差出さしむ〇扨又書状の様子に據て其船をポムメ クェといふ島《割書:馬塞里|近傍》の港へ入らしめ此所にて之 ̄レを吟味し夫 より彼馬塞里の檢疫院に入らしむる日限を取定む尤両國 の人民互に交通することを許さず〇總て其船役人の携來る 【左】 書類等は能くこれを薫し酢を注ぎて之 ̄レを差出さしむ〇積 來る荷物の品柄に因て檢疫院に入るべき日限には長短有 り其故は荷物の多少有ればなり〇入津する船旅中にて煩 ふ者あらば委しく其病症を吟味す〇檢疫院に入るべき日 限等定りされば其船をして大畧定めたる場所に碇泊せし め又入港する船あれば速に番船を出し他所へ通行すること を禁し船中入用の品物は別の小舟にて長き棒を以てこれ を請取らしめ又船中乗組の者には毎日其健全なることを我 方へ告げ知らしむ〇船中に居ることを欲せざる旅客は先づ 彼ポムメクェ島の院中に入置けり其島は此院を大小二個所 【右】 に別ち健全なるものは大院に入れ煩ふ者は小院に入らし む但 ̄シ此周圍に高さ二十五尺の土塀を造り斷へず番人をし て其周を見廻らしめたり〇又更に其大院中を別て二個所 とし壮衰の容體により狭き室中に居らしめ夜分は其戸を 閉ぢ白晝は開きて番人を置き此所へ其病院にて試驗せら るゝ船に乗組せる旅客は時として來ることを差許せり〇船 中にて疫病の萌ある者は速に小院に入らしめ醫師格子を 隔てゝ其容體を窺ひ果して疫症なれは番人たりとも之 ̄レに 接することなく藥劑其外飲食の類は長き棒にて與へたり〇 若 ̄シ煩ふ者死する時は其死骸を鐵製の鉤竿にて車に載せ網 【左】 を付け之 ̄レを引出し深き穴中に埋め其上を石灰にて覆ひ少 くも三十年の星霜を過ぎされば必ず之 ̄レを開くことなし〇其 煩ふ者の室内に在る諸品物は悉く焼捨て酢を以て其跡を 洗ひ清浄にして空氣をよく通はしむ假令煩ふ者本復する とも病症僅にても存すれば之 ̄レを健全の者として取扱ふこと なし〇總て病人を運送する船は斷て此所に入るを許さず 尤 ̄モ馬塞里の如く之 ̄レを許すものは其禁法を厳しくするを肝要 とす可し                                                    子安鐵五郎謹譯 【右、記載なし】 【左】  發閲目録 舶來番書類 官版原書類 同翻譯書類  老皂館  東都堅川三之橋         萬屋平四郎 【記載なし】 【裏表紙】