【表紙 題箋】 散花養生訓    全 【資料整理ラベル】 1594   1 【同】 852    37 【蔵書印】 松山 池内氏 藏梓 【右丁】 【朱印】  天教保  幼托茲  仁獣   伯巖【落款】 【左丁】   【牛の画】        琢斎【落款】 【右丁】       松山藩 石井喜太郎 うゑもせぬたねこそ身にはおひ にけれおひすはわれもうゑまし             ものを               義郷 きみか手に    たねとり   なく成に    そめし    ける哉   えひす草      うゑぬひと  清臣       同藩 西村弥四郎 【左丁】 散花養生訓   【印=遠加文庫】 【印=木邨氏図書記】 松山   池内蓬輔 記   総論(そうわけ) 嘉永二年の夏/和蘭船(おらんだぶね)齎来(もちわたり)しより今に至(いた)つて七 年の間/各国(くに〳〵)行(おこなわ)るゝ種痘(うへほうそう)は牛痘(うしのほうそう)の苗(たね)にて/古(ふる)く行 ひ来りし人痘(はやりほうそう)とは苗の元素(おゝもと)大に異なり人痘の 苗にて種(うゆ)る法(ほう)数術(かづ〳〵)有りといへとも危嶮(あやうきこと)多きゆ へ牛痘法/始(はじまり)しより絶(たへ)て行(おこの)ふ人なし此(この)牛痘法は 一人も命(いのち)を誤(あやま)らす麻面(じやぎ)畸醜(かたわもの)とならず古今(こゝん)の妙 【右開】 術なり医(い)法の中にも痘(ほうそう)に鈎(かぎ)らす妙術奇法(みようじゆつきほう)と唱(となへ) る法は多くあれども此法に及ふ法なしいかな る妙術奇法といへども一人に功あれば一人に 害(がい)あり一病に得(う)る事あれば一病に失(しそこない)あり百的(ひやくにんが) 百中(ひやくにん)の金功をうること能(あた)わす故(ゆへ)に此牛痘法は 古今/無二(ふたつなき)の法なる事を知るべし其無二の法な る事を一諸侯(あるおだいみよう)深(ふか)く感(かん)じ玉ひて厚(あつ)き仁恵(おめぐみ)より和 蘭人に嘱(おゝせつけ)られて痘苗を貢舶(もちわた)り皇国(につほん)の重宝(たから)と なれり其由来(そのゆらい)は既に芸州(あきのくに)の種痘家(うへて)三宅氏の著(あらわ) せる引痘喩俗草(うへぼうそうさとしぐさ)と云(い)へる小冊子(こざうし)に見えたり其(その) 【左開】 略(りやく)に曰(いわ)くヿ此引痘の種は元来(くわんらい)西国(さいこく)の或る御大名 の御骨折りにて和蘭より御取奇に相成それを其 姫君(ひめぎみ)にうゑさせ玉ひて其種を末〳〵へ下された るより日本国中に/弘(ひろ)かりたるものなり種とい ふは即(すなわ)ち発出(はへいで)たる痘(ほうそう)の良漿(よきうみ)なり己(わ)が子も人の この漿を種として大厄(だいやく)を逃(のが)れたれは又人の子 にも己が子乃漿を伝うべき道なり且(そのうえ)是を採(とり)て 一切/害(さわり)にならぬ物なれば醫もそれを採(とり)伝(つた)へて 始終(しじう)たえぬ様にする事なり万一その子に毒(どく)な どありて種にならぬもあればとりて人々に傳 【右丁】 ふる程の良漿(よきうみ)ならばその父母/喜(よろこ)び勇(いさ)むべき事 なるに中には可愛(かわい)子の漿を破(やぶり)り採(と)ることは醫 にもさせぬなど理不尽(りふじん)に言(いひ)て種の絶(たへ)るを気毒(きのどく) にも思はぬ人なり是は人情(にんじやう)も恩儀(おんぎ)もしらぬ人 なり其上是を採(とり)て為にならずば高貴(たつとき)御方は猶 更末々へ下されぬはつ醫も亦せぬ筈なり是等 を考(かんがへ)見るべし」とあるを見ては其仁恵のありが たき事/言語(ことば)に尽(つく)し難(がた)し其/訳(わけ)も知らず疑心(うたがい)を離(はな) れす種々(いろ〳〵)の悪説(わるくち)を流布(いいふら)し婦女子(おんなこども)を迷(まよ)わす事/実(しつ) に天下の大/罪(とが)人/其罪(そのとが)其身(そのみ)に帰(むくい)て終(つい)に自然(しぜん)の道(どう) 【左丁】 理(り)に因(より)て愛(かわゆき)子を天痘(はやりほうそう)の為(ため)に夭傷【左=とられる】する人少から ず恐(おそ)れ謹(つゝし)むべし    種日法(うへびのわけ) ○種痘(ほうそう)を乞(こ)ふ父母の心得べきは先つ種(う)へ日(び)に 携行(つれゆ)き受痘(うへてもらい)しより第四日(よつかめ)に当(あた)る早朝(そうちよう)携(つれ)行き見(ほみ) 苗(せ)の況景(もよう)を質(ただ)【左=みてもらい】し《割書:真痘の見苗なれば此日より心まか |せに赤幣(おしめ)を張(はり)て其儀(ぎしき)の如くす》 又/第七日(なぬかめ)に携行きて起脹潅膿(やまあけほんうれ)真假(よしあし)の鑑定(みわけ)を乞(こ) ひ且(そのうへ)漿(たね)乞(このま)るゝ時は快(こゝろよ)く漿を分つべし三宅氏 も言(いへ)る如く/瑣少(すこしも)害(さわり)ある事なし《割書:予も|》七年来(しちねんらい)数百(かずの) 児(こども)に試(こゝろ)むれども一人害あるを/曽(かつ)て見聞(みきゝ)せす然 【右開】 ども其漿を採るに定法(おきて)あり譬(たとへ)は五顆(いつか)ある者は 二顆(ふたつ)の外(まか)採るものにあらず不熱(てなれぬ)の醫(うへて)は五顆/盡(みな) く採ると言へども五顆盡く漿を採りては防痘(うえほうそう) の功(しるし)少なし何(なに)ゆゑに防痘の功少なしと言へば 八九日前(ほんうれのまえ)に掻(か)き破(やぶ)れば再剃(うへなをし)するものゆゑ其功 少なし故に種痘を托(たの)む醫(い)は格別(かくべつ)に選(えら)んで托む べし鎖術(さゝいなわざ)の様(よう)に見ゆれども種法(うへかた)鑑定(みきわめ)ともに口(く) 訣(でん)もあり且つ経験(てをほへ)も多からざれば真仮の鑑定 に窮(こま)る事少なからず其種術鑑定経験/正(ただ)しから ざれば牛痘を種ゆるといへども再痘すまじき 【左開】 に非(あ)らず次の條(くだり)に真痘の一端(はしくれ)を挙(あげ)て世(せけん)の迷(まよい)を 解(と)く聊(すこし)の助(たすけ)に備(その)ふ世(よ)のひと何(なに)ごとも是非(よしあし)を正さ ず驚(おどろ)くべからざる事に驚き驚くべきに驚かず 再痘したと言(いふ)其/元(もと)を正さず漫(みだ)りに種痘は何に もならぬものにて彼(かしこ)にも再痘したり(こゝ)にも再 感せり/剩(あまつ)さゑ痘を種て后天痘に染(うつ)るときは悪(あく) 痘(とう)が発(でき)て死したり又種痘すれば夭折(わかじに)する等(など)の 空言(うそ)を信(まこと)にし狐疑猶予(うたがいみあわす)内に天痘に罹り終(つい)に取 りがゑなき一子(ひとりご)を失ひ後悔(こうくわい)するを見るに忍(しの)び ず世人は笑(わら)ふべけれども遠慮(えんりよ)なく嬰児(こども)を見る 【右丁】 毎(たび)に種痘せしめよと強(しい)て勧(すゝ)むなり種痘中醫 の誤(あやま)り或は父母の杜撰(そまつ)より合併(かふへい)と言て種痘と 天痘と一時(いちじ)に発する事なり此痘を世人再痘と 言ふ再痘にわあらず合併/或(あるいは)兼痘(けんとう)と言ゑる症(たち)な り再痘と言るものは種后十五日の経過(うんあわせ)恙(さわ)りな く痂も落て后天痘に罹らば是れ全(まつ)く再痘なり 其症あることを未(いま)だ聞(き)かず知(し)らず醫(い)の不熟か 虚説(うそ)かよく〳〵吟味あるべし尚(なを)世人/何(いつれ)の説(いふこと)を聞(き) き誤(あやま)りたるか小児/生(うま)るゝ其年は痘に感(かん)ぜぬも のなどの空言を信じ種痘の訳(わけ)を信じながら種(うへ) 【左丁】 ずして流行痘を感じて死するを毎次(おり〳〵)見聞きせり 小児/生下(うまるゝ)四五十日を経(すぐ)れば種(うゆ)べし空言に迷ふ べからす必らず予が億説(ひがこと)に非ず和蘭に於(おき)て此 の如き種法なる事/引痘諸書(うへぼうそうのほん)に見(みへ)たり痘を種て 真痘を得(ゑ)て十五六/若(もし)くは十七八日を過(すぎ)る迄(まで)は 天痘を恐るゝ事/疫癘(じゑき)を恐るゝ如くすべし其(その)体(からだ) の痘を感(う)ける感受力(かんじゆりよく)と言るもの全(じゆう)く(ぶんに)脱(ぬ)けず 《割書:委しくは種痘|小言に見たり》天痘の毒気(どつき)は風につれ又は衣裳(きるい)に染(つき) て五里十里の遠路(ゑんぱう)も飛ひ行きて人に伝染(うつる)もの なり古人(こじん)も十五日を過るまでは合俗を恐るゝ 【右開】 る実に疫病を遁(よけ)るが如くす   真痘弁(しんとうのわかち) ○真痘の次序(したい)は種日より第三日の夜又は四日 の朝に至つて蚤(のみ)の咬(かみ)たる如く淡紅色(はなりあかく)に顕(みへ)るは 真痘の見苗(ほみせ)なり 《割書:種る翌日大豆大さに赤く腫れ|上るは仮痘の見苗なり》夫(それ) より経過して第八区日に至れば満漿(けんうれ)して葡萄(ぶどう) のよく熟(うれ)るに似(に)て痘の周囲(まわり)に紅単(こうこん)とれ赤き糸 の如く輪(わ)を廻(まわ)し痘の頂(いただ)き少し凹(くぼ)み流行痘の 面部(かほ)に四五(よついつゝ)顆を発したる善痘(ぜんとう)に異ならず又九 日十日に至れば掀衝(きんしやう)とて一様(つつたり)に痘と痘との間 【左開】 赤く腫(は)れ《割書:いわゆる|じばれなり》脇下(わきのした)腫れ面色埃淡(かほいろあをざめ)て心中(きげん)爽(さわや)か ならず熱(ねつ)の発作(でいり)ありて天紙(うすれいき)によりては頭痛(づつう)吐(と) 瀉(しや)又は不食(ふしよく)すること有り是(これ)真痘の徴候(しるし)なり仮(か) 痘(とう)には此の如き諸症(わずらい)なし若(も)し仮痘なれば幾度(いくたび) も種直(うへなを)すべし真痘といへるものは其/年齢(としかす)によ りては一点(いつてん)まても諸症/備(そなわ)るときは種痘の功(さるし)あ ることなりたとへ数点(かず〳〵)発出(てきる)とも真仮分明(よきわるきたゝか)なら ざる時は其功なし故に携れ来る日記(やくそくに)は風雨寒(あめかぜあつさ) 暑(さむき)多事匁肥(いそがわしき)且(か)つ遠近(とをきちかき)をゑらばず種痘醫の家に 行こと是父母たるものゝ専務(うんよう)なり尚種痘中は 【右開】 食傷風邪(しょくたりかぜひき)其他(そのほか)を発せざると夜分(やぶん)掻き破らぬ ようとに心を配(くば)る事是又油断あるべからず天 痘の如く昼夜看病(よるひるかいほう)の苦(くる)しみもなく神佛(かみほとけ)を祈り 或は大金を費(つい)やす等の配慮(いんぱい)なければ乳児(ちのみご)は母 の食物(くいもの)を淡簿(さかりとしたもの)にし十二日の間は堅(かた)く慎むべし 乳(ちゝ)汁の性(あじ)を変紋(かわら)し其乳汁を嚥(の)ましめば其児/種(いか) 引の病を発する事ありて痘に拘(かわ)なぬ症にて命 を検(そん)ずるあり古人のいへるにも人命(じんめい)は朝露(あさつゆ)の 如く危(あやう)きものにて無病(つね〴〵)平全の時と雖(いゑ)ども何ん 時病を発して死すましきにも非らずいわんや 【左開】 種痘中/他病(ほかごと)にて死るも婦女子は種痘のゆゑと 疑心を起(おこ)し悪評(わるくち)を流布して此の良法(りようほう)を汚(けが)す事 少なからす   禁戒(いみごと) ○種后(うつてのち)風呂(ふろ)に浴(い)る事/先輩(せんせいだち)の法悦(かんがく)ありて適不適(よしあし) あれども過半(たいてい)浴(いら)ぬ方/宜(よろ)しく半身浴(はんしんよく)とて腰以下(こしよりしも) を四時(なつふゆ)とも洗(あら)ひ其他(そのほう)は手巾(てぬぐい)にて拭(ぬぐ)い置(お)くべし 随痘(なちにより)其人に指揮(さしず)すべし ○剃髪(さかやき)は種后/五六日(いつゝむやう)の間(うち)は害(さわり)なし七八日より 濃熱(のうねつ)とて熱を発(おこ)すゆく十二日の后/剃(そ)るべし 【右開】 ○灸火(やいと)は種后宜しからず十二日の后すゆべし 元来灸火の効用(こうのう)は衝動(しやうどう)とて筋肉気血(そうしん)を動(うご)かし て病を治(なを)すものゆゑ症(たち)によりては大小害あり 十二日の后すゆべし ○衣類(きもの)は寒辺(かんちう)といへども法外(ほうぐわい)の重服(かさねぎ)は宜しか らず近時(ちかころ)行(はや)る筒袖(つゝそで)《割書:一に鉄他袖と|いゑるもの》/痘中(うへてのち)甚だ不便利(ふべんり) なり年常(つね〳〵)といへども嬰児には不養生(ふようじやう)の服(きもの)なり 用ゆべからず ○禁食(どくいみ)は用飲膳(まいにちそへもの)に供(そなへ)るの品(もの)甚だたし盡(ても〳〵)く此 に書記(かきしる)す事/能(あた)わず漸(やうやく)く二三品(すこしばかり)を次に記(しる)せりは 【左開】 とも其(その)天賦(うまれつき)と貴賤(うへ〳〵しも〴〵)都(みやこ)鄙(いなか)との少差(ちがい)もあれば委し くは醫に問て用ゆべし  青色(あをいろ)の魚類(うをるい) 脂肪(あぶら)多(おゝ)き魚鳥(うをとり)又/獣類(けだもの)の肉(にく)  塩蔵(しほくら)の魚鳥 総(すべ)て難消化(こなれにく)き食物(くいもの) 油酒  酸味(すのけ) 餅(もち) 烏賊(いか) 章魚(たこ) 海老(えび) 蒟蒻(こんにやく)  南瓜(かぼちや) 茸類菓(たけるいなり)ものゝ諸品(るい)善悪あれども惣て  食せざるべし豌豆蚕豆(えんどうこやまめ)の二品(ふたつ)大害(だいどく)あり痘  に痒(かゆ)みを生(おこ)して十に八九は掻き破るなり  落痂(うわおちこ)の后も暫時(しはらく)食すべからず摩蛹(たゞ)れて痘(あ)  痕(と)久しく乾(かわ)かざる事なり是予が経験す 【右開】 事/所(ところ)なり ○神祭(まみまつ)りは醫(い)法にあづからぬ事ゆへ其心に任(まか) すべし種痘は一切(いつせつ)忌憚(いみきらい)なきを妙とす只/痘漿(たね)の 善悪に因(より)て痘の染不染(つくふかぬ)あり故(ゆへ)に種痘に念(こゝろ)ある 人は醫の動(すく)むる時は前に言る如く大凡(たいてい)の差(さ)し 合(あい)は捨(す)て置(おき)て種(う)ゆべし惣て種痘醫は漿の続(つい)く を専(もつぱ)らとし棚(あわれと)塩(おけふ)の術(わざ)を行(おこな)う心(こころ)上より嬰孩(えどりご)を愛(あい) する事/親疎(しんそ)の別(わかち)なく当(しかも)大陽(にちりん)の六合(せかい)を照臨(てらし)たも ふが如とし 散花養生訓 終 【左開】 ○此の散花養生訓(かへそうそういやうじやうくん)は種痘中/摂生(やうしやう)の次第(くわい)を 問るゝに人毎(それ〳〵)に答るに迎(ひま)あらず且つ言語(いふこと) は聴聞(きくように)の間(より)誤(あやま)りなき事能わず故に至要(うんよう)の 一二言を綴(つゞ)り傍(かたわ)ら答訓(こたへ)の労(めんどう)も劣(はぶ)くが為に 木(はん)に上(ほり)し家塾(いへ)に蔵(おさ)めり必ず公にするに非 らず尚種痘の委曲(くわしきこと)は予が耕(つヾ)り作(な)す種痘(しうとうせう)に 言(げん)に見へたり他日(ちか〳〵)夜々梨(はんにほること)を果(はた)さば諸君子の 槃生を希ふと伝 角  安政二年未巳外秋日 散花堂施印 【記述なし】 【裏表紙】