【表紙】 【書入れ「yapon 1195 154」】 【丸ラベル「JAPONAIS 119」四角ラベル「154」】 書目略 【上段】 和歌桐火桶《割書:定家卿|作》  二冊 新花つみ 《割書:蕪村著|月渓画》  一冊 《割書:蕪村の夏(ゲ)かき日次発句諸国行脚の怪談|雑談をあつむ画は彩色にして面白き図也》 ばせを翁発句解《割書:蓼太|著》 二冊 《割書:おきな一世の発句のうち初心のさとし|がたき句をひろひて手みぢかに注尺す》 同拾遺       二冊 《割書:右にもれたる発句をこと〳〵くあつめて|注すべきを注し注解なきは替の詞を加ふ》 其角雑談集     二冊 《割書:宗鑑をはしめ諸俳人の伝《割書:并に》俳諧の心得になる|べき事をあげ終りに発句歌仙を附録す》 同五元集      四冊 《割書:晋子一世のうち五たび改元あり其時〳〵にて|正風の変化ありしを時代に分ちて発句を集む》 続五元集《割書:右に遺る|を集む》   四冊 【中段】 俳諧小づち《割書:小本》   一冊 《割書:四季門部分季寄去嫌切字懐紙短|冊百韻歌仙の式《割書:并》俳席心得諸流発句を記》 同まかりがね《割書:千代尼|著》《割書:全》一冊 《割書:四季を十二月に部を分いろは引にして|甚だ見やすからしむ》 同四季部類《割書:二柳庵|閲》《割書:全》 一冊 《割書:四季を四段にしてその内にて去嫌ひの|部をわかち一時に見らるゝ大近道の書也》 同拾遺《割書:同人著|新季寄》《割書:全》   一冊 《割書:部立を前書にならひて古来季寄なくて|しかも季なるべき事をひろひあつむ》 同/小竹瓮(こたつべ)《割書:槐亭|著》《割書:全》   一冊 《割書:美濃風季よせ世間通用に誤り来る|事をたゞし知れがたきを注して頭書にす》 同極秘伝承抄《割書:鷺水|著》《割書:全》 一冊 《割書:四季よせさりきらひ切字歌仙付あひ|の式《割書:并に》句数その外俳諧心得数多入》 【下段】 瓢水発句集《割書:四季分にて|日次の句を|あつむ》 二冊 蕪村発句集《割書:夜半亭》  二冊 はせを翁付合集《割書:蕪村著》二冊 二柳菴句集     二冊 画賛集       二冊 俳諧分類      六冊 《割書:四季恋雑の題をくはしくあつめ各趣向の立べき|文章発句を加へ頭書は詞よせにて俳諧の題林也》 発句手引草《割書:全》   一冊 《割書:五七五の句三ツに分け季と切字にしるしを|つけ四季分にし古人の発句の例をあぐ書がてんの書》 すり火打《割書:絵入季|よせ》《割書:全》  一冊 毛吹草《割書:古人発句|四季寄》《割書:全》  一冊 片歌道の始《割書:涼帒|著》   一冊 同 二夜回答《割書:同人|著作》  一冊 【上蘭の付箋「154.Anonyme.Nijushiko.Vingt-quatre excmples de piété filiale en Chine./Pas de préface. Fin datée 4(4の右上にe) de Kwansei(1782).Editeur Shioya Chubei et/relieur Maékawa Genshichiro,tous deux á Osaka./I vol.contenant 24 Pages de gravures en noir coloriées á la main.」】 二十四孝  【書入れ「飯ヶ谷氏」】 虞舜  孝感動天 漢文帝 親嘗湯薬 曽参  噛指痛心 閔損  単衣順母 仲由 為親負米 董永 売身葬【塟】父 剡子 鹿乳奉親 江革 行傭供母 陸績 懐橘遺母 唐夫人 乳姑不怠 呉猛  恣蚊飽血 朱寿昌 棄官尋母 王祥  臥氷求鯉 郭巨  為母埋児 【上欄書入れ「2」】 楊香  搤虎救父 庾黔婁 嘗糞憂心 黄香  扇枕温衾 姜詩  湧泉躍鯉 老莱子 戯綵娯親 蔡順  拾椹供親 王裒  聞雷【靁】墓 丁蘭  刻木祀親 孟宗  泣竹生笋 黄庭堅 滌親溺器 【上欄書入れ:3】    虞(ぐ)舜(しゆん)  孝感(かうかん)動(うごかす)_レ 天(てんを) 有(いう)‾虞(ぐ)‾氏(し)。帝(てい)舜(しゆん)。姓(せい)は姚(えう)。名(な)は重華(ちようくわ)。黄(くわう)‾帝(てい)の後(のち)なり。父(ちゝ)を瞽(こ)‾瞍(さう)といふ。 幼(いとけなう)して母(はゝ)を喪(うしな)ひ給ひ。父(ちゝ)後(のちの)_母(はゝ)を娶(めとり)て。弟(おとうと)象(しやう)を生(う)む。父(ちゝ)頑(かたくな)に。母(はゝ)嚚(ひすかし)く。 象(しよう)傲(おご)れり。父(ちゝ)後(のちの)_母(はゝ)と象(しよう)とに迷(まよ)ひて。しば〳〵舜(しゆん)を殺(ころ)さんとす。しかれ どもあやふきをのがれて。あつく孝行(かう〳〵)を尽(つく)し給へり。いまだ童(わらは)にてお はせし時(とき)。歴山(れきさん)といふ所(ところ)に。農(のう)‾作(さく)し給へるに。人(ひと)_皆(みな)畔(くろ)とて。己(おのれ)が田(た)の界(さかひ)を 譲(ゆづり)て争(あらそ)はず。或(あるひ)は大(だい)‾象(ざう)来(きた)りて。鼻(はな)を以(もつ)て田(た)をかへし。諸(しよ)鳥(てう)くだりて。 草(くさ)をくひきり。其(その)たすけをなし奉(たてまつ)るなど。孝(かう)‾徳(とく)の感(かん)‾応(おう)甚(はなは)だ多(おほ)し。時(とき) に帝(てい)尭(げう)。舜(しゆん)の聖徳(せいとく)をきこしめされ。御(おん)_子(こ)八‾人ましませども。万民(ばんみん) の為(ため)に。御位(おんくらゐ)をゆづりて。娥(が)‾皇(くわう)女(ぢよ)‾英(えい)といふ御(おん)むすめを后妃(こうひ)に立(たて)給(たま)ひ けり。但(たゞ)し御歳(おんとし)二十九にて登(あげ)_庸(もちひ)られ。六‾十‾二にて御(おん)_位(くらゐ)に即(つき)。在(ざい)‾位(ゐ) 四‾十八‾年(ねん)。御(おん)_寿(ことぶき)百十/歳(さい)にて崩(ほう)じ給へり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    漢(かんの)文(ふん)‾帝(てい) 親(みつから)嘗(?)【こころむヵ】_二湯(たう)‾薬(やく)_一 漢(かん)の文(ぶん)‾帝(てい)。諱(いみな)は恒(かう)。高祖(かうそ)の中(ちう)‾子(し)。御(おん)_母(はゝ)を薄(はく)大夫人(たいふじん)といふ。はじめ 代(だい)-王(わう)に封(ほう)ぜられ給(たま)ふ。恵(けい)‾帝(てい)崩(ほう)じて子(こ)なく。呂(りよ)‾后(こう)崩(はう)じて後(のち) 諸(しよ)大(たい)‾臣(しん)むかへて。天(てん)‾子(し)とあふぎ奉(たてまつ)れり。御母(おんはゝ)につかへて御孝(ごかう)‾ 行(かう)にまし〳〵ける。御母(おんはゝ)かりそめの御病(おんやまひ)に臥(ふし)給(たま)ひ。已(すて)に三年(さんねん) に及(およ)べり。帝(みかど)其(その)_間(あひだ)。衣冠(いくわん)を解(とき)給(たま)はず。昼(ちう)‾夜(や)御(おん)目まじろかず。 睡(ねふり)をわすれて。御看(ごかん)‾病(びやう)まし〳〵。御(おん)_薬(くすり)。又(また)は朝(あさ)_夕(ゆふ)の供御(くご)をも。 御(おん)みつから嘗(なめ)こゝろみ給(たま)はざれば。すゝめ奉(たてまつ)らせ給はざりけり。 天子(てんし)のたふとき御身(おんみ)にて。かく御看(ごかん)‾病(びやう)せさせ給(たま)ふを以(もつ)て。 其(その)平(へい)‾日(じつ)の御孝行(こかうかう)をおもふべし。さればかくありがたき御(ご) 孝徳(かうとく)を内(うち)にをさめ。外(ほか)仁(じん)‾政(せい)を天下(てんか)に施(ほどこ)し給(たま)ひ。めでたき御(み) 世をしろしめす事(こと)。いにしへの尭(げう)舜(しゆん)と等(ひとし)く称(しよう)し奉(たてまつ)りけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    曽(そう)‾参(しん)  噛(かめば)_レ指(ゆびを)痛(いたむ)_レ心(むねを) 曽(そう)‾参(しん)。字(あさな)は子(し)‾輿(よ)。魯(ろ)の南(みなみ)。武(ぶ)‾城(じやう)の人(ひと)なり。孔(こう)‾子(し)の御弟(おんてい)‾子(し)にて。 道(だう)‾統(たう)の伝(でん)をつぎし人(ひと)なり。其(その)孝心(かうしん)あつきを以(もつ)て孔(こう)‾子(し)。 これが為(ため)に老(らう)‾経(きやう)を授(さづ)け給(たま)へり。或(ある)_時(とき)。曽(そう)‾参(しん)。山中(さんちう)へ薪(たきゞ)を採(とり)に 行(ゆか)れしあとへ。母(はゝ)のしたしき人(ひと)来(きた)りければ。母(はゝ)もてなしたく おもひ給(たま)へども。曽(そう)‾参(しん)家(いへ)にあらざれば。こゝろにまかせざるが ゆゑ。我子(わがこ)はやくかへれかしと思(おも)ひつゝ。何(なに)となく。自(みづか)ら 指(ゆび)を噛(かみ)給(たま)ひけるに。山(さん)‾中(ちう)にありし曽(そう)‾参(しん)。たちまち心(むね)_痛(いたみ) けるにおどろき。母(はゝ)の御身(おんみ)の上(うへ)。こゝろもとなく。薪(たきゞ)もうちすてゝ。 いそぎ帰(かへり)見(み)るに。客(きやく)は既(すて)にかへり。母(はゝ)まちわび給(たま)へるさまなり。 曽(そう)‾参(しん)心(むね)の痛(いたみ)し故(ゆゑ)。はやくかへれるよし申(まう)されければ。母(はゝ)はあ りし次(し)‾第(だい)をかたり。孝(かう)‾子(し)の親(おや)を忘(わすれ)ざる。誠(まこと)の志(こゝろざし)を感(かん)じ給ひけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    閔(びん)‾損(そん) 単(たん)‾衣(い)順(じゆんにす)_レ母(はゝを) 閔損(びんそん)字(あざな)は子(し)‾騫(けん)は。孔(こう)‾子(し)の御弟(おんてい)‾子(し)。十(じつ)‾哲(てつ)の一(いち)‾人(にん)にて。孝(かう)なる哉(かな)。 と。孔(こう)‾子(し)のほめさせ給(たま)へる人(ひと)なり。幼(いとけなく)して母(はゝ)におくれたり。後(のちの)母(はゝ) 二(に)‾人(にん)の子(こ)ありて。己(おの)が子(こ)を愛(あい)し。閔(びん)‾損(そん)を悪(にくみ)て。冬(ふゆ)の裘(きるもの)には。芦(あし)の 穂(ほ)を綿(わた)として着(き)せけれども。いさゝかも恨(うらみ)とせず。専(もつは)ら孝(かう)‾敬(けい)を尽(つく)さ れける或(ある)_日(ひ)父(ちゝ)他(よそ)へ行(ゆく)に。閔(びん)‾損(そん)に御(ぎよ)とて。車(くるま)のわきに傍(そひ)て。馬(うま)を 御事(つかふこと)を命(いひつけ)しに。肌(はだへ)寒(こゞり)てつとむる事あたはざりしより。其(その)衣(きるもの) 薄(うす)く。芦(あし)の穂(ば)【ほヵ】を綿(わた)としたるを見て。大(おほい)に怒(いか)り。継(まゝ)_母(はゝ)を去(さら)んといふに。 閔(びん)‾損(そん)父(ちゝ)をいさめて言(まうし)けるは。母(はゝ)いませば。我(われ)一(いち)‾人(にん)寒(さむ)くて二(に)‾子(し)は温(あたゝか)に。 母(はゝ)もしいまさゞれは。二(に)‾子(し)を養(やう)‾育(いく)するものなくて。三(さん)‾子(し)ともに寒(さむ) からんと。とゞめければ。父(ちゝ)も其(その)理(ことわ)りを聞(きゝ)_入(い)れ。母(はゝ)も愧(はぢ)_悔(くやみ)て。三子(さんし)をひ としく慈(じ)‾愛(あひ)しけるとなり。是(これ)至(しい)‾孝(かう)の人(ひと)を感(かん)ぜしむる所(ところ)なり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    仲(ちう)‾由(いう) 為(ために)_レ親(おやの)負(おふ)_レ米(こめを) 仲(ちう)‾由(いう)字(あざな)は子(し)‾路(ろ)。泗(し)‾水(すゐ)の人(ひと)。其(その)_性(うまれつき)勇(ゆう)をこのむ。孔(こう)‾門(もん)十(じつ)‾哲(てつ)の一‾人也。 家(いへ)_貧(まづ)しうして。常(つね)に藜(あかさの)藿(まめのは)を食(しよく)とし。人(ひと)にやとはれ。百里《割書:凡(およそ)此(この)_方(はう)の|十‾里/余(よ)也》 の遠(とほ)きよう。米を負(せお)ひはこび。身(み)を苦(くる)しめ。其_賃(ちん)をとりて。両(ふた)_ 親(おや)を養(やしな)ひけり。父(ちゝ)_母(はゝ)没(ぼつ)して後(のち)。楚(そ)‾国(こく)につかへ。大(だい)‾功(こう)を立(たて)て。 富貴(ふうき)の身(み)となり。常(つね)に鼎(かなへ)をつらねて食(しよく)し。粟(あは)を積(つみ)_蓄(たくは)ふ 事(こと)万(まん)‾石(こく)に及(およ)び。出(いづ)るに百(ひやく)‾輛(りやう)の車(くるま)をしたがへ。居(ゐ)るに錦(にしき)の菌(しとね)【茵ヵ】 を重(かさ)ね。栄(えい)‾耀(えう)こゝろにかなはざる事(こと)なし。しかれどもこれを よろこびとせず。猶(なほ)昔(むかし)のごとく。藜(れい)藿(くわく)を味(あぢ)はひ。わつかの賃銭(ちんせん)に 身(み)を労(らう)しつゝ。父母につかへ奉(たてまつ)りたく思(おも)へとも。是(これ)のみ心(こゝろ)にかなはず と。常(つね)に涙(なみだ)を流(なが)してなげかれけり。孔(こう)‾子(し)これを聞(きこし)_召(めし)て。生(いけ)るにつ かふるに力(ちから)を尽(つく)し。死(し)せるにつかへて思(おもひ)を尽すもの也と。称(しよう)‾美(び)し給(たま)ひけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    董(とう)‾永(えい) 売(うりて)_レ身(みを)葬(をさむ)【塟】_レ父(ちゝを) 後(ご)‾漢(かん)の董(とう)‾永(えい)字は延(えん)‾年(ねん)は。はやく母(はゝ)を喪(うしな)ひ。常(つね)に人(ひと)に傭(やと)はれて。父(ちゝ) を養(やしな)ふ事(こと)。孝(かう)‾心(しん)の誠(まこと)を尽(つく)せり。父(ちゝ)死(し)して葬(をさ)むべき便(たより)なく て。日(ひ)_比(ごろ)傭(やとは)るゝ主(しゆ)‾人(じん)の家(いへ)に至(いた)り。銭(ぜに)十(じつ)‾貫(くわん)‾文(もん)を貸(かり)て。身(み)を売(う)り。 永(なが)く其(その)_家(いへ)の奴僕(しもべ)とならんと約(やく)‾束(そく)し。銭(ぜに)を得(え)て。其(その)_礼(れい)を完(とゝのへ)。 主(しゆ)‾人(じん)の家(いへ)に還(かへ)らんとする路(ろ)‾次(し)にて。美(うるは)しき女(をんな)に遇るに。女(をんな) 強(しひ)て妻(つま)とならん事(こと)を求(もと)め。共(とも)に主(しゆ)‾人(じん)の家(いへ)に至(いた)りて。董(とう)‾永(えい)が 暇(いとま)を乞(こひ)けるに。縑(きぬ)三(さん)‾百(びやく)‾匹(ひき)を織(おり)たらん後(のち)ゆるさんといへるに。此(この)女(をんな) 三(さん)‾百(びやく)‾匹(ひき)の多(おほき)を。僅(わつか)一(いち)‾月(げつ)の中(うち)に畢(をは)れり。主(しゆ)‾人(じん)是(ぜ)‾非(ひ)なく放(ゆる)し ければ。夫(ふう)‾婦(ふ)喜(よろこ)び連(つれ)て。はじめ遇(あひ)たる地(ところ)に至(いたり)て。董(とう)‾永(えい)に対(むか)ひ。我(われ) は天(てん)‾帝(てい)の織(おり)_姫(ひめ)なり。君(きみ)が至(しい)‾孝(かう)を天(てん)‾帝(てい)感(かん)じ給(たま)ひて。我(われ)に命(めい)じ。 債(おひめ)を償(つくなは)せ給(たま)ふと。語(つげ)_訖(をはり)。雲(くも)に乗(のり)。虚(おほ)‾空(そら)を凌(しのぎ)て。別(わか)れ去(さり)けり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    剡(せん)子(し) 鹿(ろく)‾乳(にう)奉(たてまつる)_レ親(おやに) 剡(せん)‾子(し)は其(その)_名(めい)‾字(じ)時(じ)‾代(だい)を詳(つまびらか)にせず。相(あひ)_伝(つたへ)て孝(こう)‾行(〳〵)の名(な)を 称(しよう)せり。父(ちゝ)_母(はゝ)老(としより)て眼(まなこ)を患(わづらひ)ければ。剡(せん)‾子(し)かなしみ。医(い)‾療(れう)を 尽(つくし)けるに。鹿(しか)の乳(ちゝ)‾汁を用(もちふ)れば癒(いゆ)べしとをしへける故(ゆゑ)。是(これ)を 得(え)ん事をおもへども。鹿(しか)を殺(ころ)して乳(ちゝ)の出(いづ)る事あらざれば。 身(み)に鹿(しかの)_皮【(かは)ヵ】を蒙(かうふ)り鹿(しか)の群(むれ)たる中(なか)にまじりて。乳(ちゝ)‾汁を うかゞひ求(もとめ)けるを。猟(かり)_人(うと)実(まこと)の鹿(しか)とおもひ。間(ま)_近(ぢか)く来(きた)りて。 射(い)とらんとしけるに。剡(せん)‾子(し)声(こゑ)をあげて。しか〳〵のよしを 述(のべ)て。なげきわびければ。たけき猟(かり)_人(うど)も。さすがに孝(かう)‾心(しん)を 感(かん)じ。弓箭(ゆみや)をふせて通(とほ)りけるとなん。かくをさなうあ やふき事(こと)をなせしも。親(おや)をおもふ孝(かう)‾子(し)の志(こゝろざし)を天(てん)の見(み) そなはして。必(ひつ)‾死(し)の鏃(やじり)を免(まぬが)れしめ給(たま)へるなりけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    江(こう)‾革(かく) 行(かう)‾傭(ようして)供(きようす)_レ母(はゝに) 後(ご)‾漢(かん)の江(こう)‾革(かく)字(あざな)は次(じ)‾翁(おう)。斉(せい)‾国(こく)臨(りん)‾淄(し)の人(ひと)なり。幼(いとけなう)して父(ちゝ)に おくれ。母(はゝ)につかへて孝(かう)‾行(〳〵)の聞(きこ)えあり。其(その)_比(ころ)天(てん)‾下(か)乱(みだ)れけれ ば。母(はゝ)を背(せ)に負(お)ひ道(みち)すがら艱(かん)‾難(なん)経(へ)て。やう〳〵に栖(すみか)を。も とめけり。つねに身(み)は裸(はだか)に。足(あし)は跣(はだし)にて人に傭(やとは)れ。其(その)賃(ちん)を とりて母(はゝ)をやしなひなぐさめけり。世(よ)をさまりて故郷(こきやう)へ かへりけるに。車(くるま)をかりてのせ参(まゐ)らせ牛(うし)馬(うま)にてはおどろき給(たま) はん事をおそれて。みづから身(み)を轅(ながえ)の中(うち)へ入(いれ)て引(ひき)けるな ど。すべて心(こゝろ)を用(もちふ)る事(こと)此(この)たぐひなり。よつて世(よ)に江(こう)‾巨(きよ)‾孝(かう)と名(な) 付(つけ)てこれを称(しよう)‾歎(たん)しけり。巨(きよ)‾孝(かう)とは。大(おほい)なる孝(かう)‾子(し)といふ事(こと)也(なり)。 かく其(その)_名(な)世(よ)にあらはれたるを以(もつ)て。朝(てう)‾廷(てい)へめされ。高(かう)官(くわん)を拝(はい) し。行(ゆく)末(すゑ)めでたく終(をは)られけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    陸(りく)‐績(せき) 懐(ふところにして)_レ橘(たちばなを)遺(おくる)_レ母(はゝに) 陸(りく)‾績(せき)字(あざな)は公(こう)‾紀(き)は。三(さん)‾国(ごく)の時(とき)。呉(ご)の孫(そん)‾権(けん)につかへし人(ひと)なり。博学(はくがく)多(た)‾ 識(しき)にして。星(せい)歴(れき)算(さん)‾数(すう)をも兼(かね)_通(つう)じたり。はじめ六(ろく)‾歳(さい)の時(とき)九(きう)‾江(こう)郡(ぐん) といふ所(ところ)なる。袁術(えんじゆつ)とて。当(その)_時(ころ)威(ゐ)‾勢(せい)あるものゝ方(かた)へ行(ゆき)けるに。橘(たちばな)を出(いだ) しもてなしければ。陸(りく)‾績(せき)ひそかに三(み)‾枚(つ)を懐(ふところ)にす。帰(かへ)る時(とき)。腰(こし)をかゞ め礼(れい)‾拝(はい)するとて。地(した)におとせり。袁(えん)‾術(じゆつ)これを見(み)て。貴(き)‾方(かた)は賓(ひん)‾客(かく)とな りて。いかにかく尾(び)‾籠(ろう)の事をし給ふとはずかしめければ。陸(りく)‾績(せき) 跪(ひさまづき)て。児(わ)が為(ため)に出(いだ)し給(たま)ふ珍(ちん)‾果(くわ)を。むげにくらはん事をしみ。持(もち) がへり。母(はゝ)におくらんと存(ぞん)してなりと。をとなしくこたへければ。袁(ゑん) 術(じゆつ)をはじめ。満(まん)‾座(ざ)の人(ひと)_々(〳〵)幼(をさな)きものゝ。孝(かう)を含(ふく)んで。其(その)ことわりを 述(のべ)。且(かつ)長(ちやう)‾者(しや)に対(たい)するの礼(れい)を知(しり)て。跪(ひさまづ)き答(こた)ふる。其(その)孝悌(かうてい)の天(てん)‾性(せい)な る事(こと)を感(かん)じけり。さればこそ千(せん)‾載(ざい)の後(のち)までも。孝(かう)‾子(し)の名(な)を施(し)しける 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    唐(たう) 夫(ふ)‐人(じん) 乳(にうして)_レ姑(こに)不(ず)_レ怠(おこたら) 唐(たう)‾夫(ふ)‾人(じん)は。唐(たう)の博(はく)‾陵(りよう)なる崔(さい)‾南(なん)といふ人の妻(つま)にて。姑(しうとめ)の長(ちやう) 孫(そん)夫(ふ)‾人(じん)につかへて孝(かう)を尽(つく)せり。姑(しうとめ)年(とし)_老(おい)歯(は)なくて。食(しよく)‾事(じ)心(こゝろ)のまゝ ならざるか故(ゆゑ)。朝(あさ)_夕(ゆふ)乳(ち)をふくめて。心(こゝろ)を尽(つく)し養(やしな)ひけるによ り。無(む)‾病(びやう)にして寿(ことぶき)をたもたれける。後(のち)長(ちやう)‾孫(そん)夫(ふ)‾人(しん)病(やまひ)に臥(ふ)し ければ。子(し)‾孫(そん)諸(しよ)侄(てつ)をあつめて。我(われ)かく天(てん)‾寿(じゆ)を全(まつた)うして。 終(をはり)をやすくする事(こと)。偏(ひとへに)唐(たう)‾夫(ふ)‾人(じん)が多(とし)‾年(ごろ)の供(きやう)‾養(やう)怠(おこた)りなき によれり。只(たゝ)此(この)_恩(おん)を報(むくひ)ずして。今般時(いまはのとき)に及(およ)べるを懴(うらみ)とするの みと。感涙(かんるい)を流(なが)し。唐(たう)‾夫(ふ)‾人(じん)を拝(はい)‾謝(じや)し。願(ねがは)くは子(し)‾孫(そん)のともがら 此(この)夫(ふ)‾人(じん)の孝(かう)‾心(しん)を学(まな)び行(おこな)はゞ。ゆくすゑ繁(はん)‾栄(えい)なるべしと。遺(ゆゐ) 言(げん)し。さもうれしげに終(をは)られけるとなん。いにしへより婦(ふ)‾姑(こ)【左ルビ「よめしうとめ」】勃(ぼつ)【左ルビ「いさ」】 磎(けい)【左ルビ「かふ?」】とて。中(なか)あしきならはしなるに。かく睦(むつまじ)きは。千載(せんざい)の美(び)‾談(たん)ならすや 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    呉(ご)‐猛(まう)  恣(ほしいまゝに)_レ蚊(かに)飽(あかしむ)_レ血(ちを) 呉猛(ごまう)は。いづれの時(とき)の人(ひと)といふ事(こと)を詳(つまびらか)にせず。八(はつ)‾歳(さい)にして。孝(かう)‾行(〳〵) の名(な)。世(よ)に高(たか)し。其(その)_家(いへ)もとより貧(まづし)く。夏(なつ)の比(ころ)。蚊(か)‾帳(ちやう)をたるゝ事(こと) だになければ。父(ちゝ)_母(はゝ)の蚊(か)になやみ給はん事(こと)をかなしみ。衣(きるもの)を 脱(ぬぎ)て。父(ちゝ)_母(はゝ)にきせまゐらせ。赤(あか)_裸(はだか)になり。かたはらにうづくまり。 通(よも)_夜(すがら)口(くち)の中(内)にて唱(とな)へ云(いひ)けるは。虫(むし)‾類(けら)たりとも心(こゝろ)あらば。父(ちゝ)_母(はゝ)を 噬(くらふ)事(こと)をゆるせよかし。父(ちゝ)_母(はゝ)は年(とし)_老(おい)て血(けつ)‾気(き)うすく。我(われ)はやう〳〵に みちさかんなれば。あくまで我(われ)をくらふべしとて。ちひさき身(み) の。はだへも見えぬまで群(むら)がれども。身(み)をうごかしては。父(ちゝ)_母(はゝ)の方(かた)へ飛(とび) 行(ゆか)んを恐(おそ)れ。ほしいまゝに蚊(か)にあたへけり。わづか八(はつ)‾歳(さい)にて。かくま で心(こゝろ)を用(もちふ)る事(こと)。ありがたくあはれなりけり。今(いま)此(この)_伝(でん)をよみ。此(この)_ 絵(ゑ)を見(み)て。涙(なみだ)を流(なが)さゞるものは。其(その)_人(ひと)必(かなら)ず不(ふ)‾孝(かう)の者(もの)なるべし 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    朱(しゆ)‾寿(じゆ)‾昌(しやう) 棄(すてゝ)_レ官(くわんを)尋(たづぬ)_レ母(はゝを) 宋(そう)朱(しゆ)‾寿(じゆ)‾昌(しやう)七(しち)‾歳(さい)の比(ころ)。父(ちゝ)新(あらた)に美(び)‾女(ぢよ)を娶(めとり)て。寿(じゆ)‾昌(しやう)が母(はゝ)を去(さり) ける。それより母(はゝ)を見ざる事をかなしみなげきて。一(いち)‾日(にち)もわす れざりけり。しかれども父(ちゝ)又(また)後(のちの)_母(はゝ)につかへて。孝(かう)‾道(だう)を尽(つく)し。父(ちゝ)存(ぞん)‾ 生(じやう)のうちは。一(いつ)‾旦(たん)離(り)‾別(べつ)し給(たま)へる母(はゝ)なれば。父(ちゝ)への無(ぶ)‾礼(れい)。後(のちの)_母(はゝ)への はゞかりをおもひ。心(こゝろ)の中(うち)にのみ。深(ふか)く慕(した)ひて。いさゝかも色(いろ)に出(いだ) さず。五(ご)‾十(ぢふ)‾年(ねん)を経(へ)て。官禄(くわんろく)をすて。天(てん)に誓(ちかひ)て謂(いへら)く。我(われ)若(もし)母(はゝ) のながらへ在(いま)さすして。逢(あひ)奉(たてまつ)らずば。再(ふたゝ)び家(いへ)にかへり。世(よ)に交(ましは)るべ からずとて。行(ゆく)_方(へ)をもとめけるに。からうじてたつね逢(あひ)けり。 此(この)_時(とき)母(はゝ)の齢(よはひ)七(しち)‾十(ぢふ)を踰(こえ)けれども。猶(なほ)寿(ことぶき)をたもちて。めぐり逢(あひ) ける事。孝心(かうしん)のまめなるが故(ゆゑ)ならずや。遂(つひ)に朝(み)‾廷(かど)に聞(きこ)えて。 顕(けん)‾官(くわん)厚(かう)‾禄(ろく)を賜(たまは)りしとなん。実(じつ)に神(しん)‾宗(そう)皇(くわう)‾帝(てい)熈(き)‾寧(ねい)‾中(ちう)の事(こと)也(なり) 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    王(わう)‾祥(しやう)  臥(ふして)_レ氷(こほりに)求(もとむ)_レ鯉(こひを) 晋(しん)の王(わう)‾祥(しやう)字(あざな)は休(きう)‾徴(ちよう)。天(てん)‾性(せい)至(しい)‾孝(かう)の人(ひと)なり。継(まゝ)‾母(はゝ)不慈(ふじ)【左ルビ「にくむ」】なれども。恨(うらみ) とせず。愈(いよ〳〵)恭謹(たいせつ)にせり。父(ちゝ)母(はゝ)疾(やまひ)ある時(とき)は。昼(ちう)‾夜(や)側(かたはら)にありて。帯(おび)を解(とか) ず。湯(たう)‾薬(やく)をも先(まつ)嘗(なめ)味(あぢ)はゝざればすゝめざるなり。寒(かん)‾天(てん)の比(ころ)。母(はゝ)の生(なま) 魚(うを)を食(くら)はんといへるに。水(みづ)凍(こほ)りて魚(うを)を取(とる)べき便(しかた)なけれども。其(その)望(のぞみ) を遂(とげ)ざらん事(こと)をなげき。池(いけ)に臨(のぞ)みて。魚(うを)を求(もとめ)ん為(ため)に衣(きるもの)を脱(ぬぎ)て氷(こほり) の上(うへ)に臥(ふ)し。身(み)の温(あたゝま)りにて。氷(こほり)を剖(さか)んとす。其(その)_志(こゝろざし)の篤(あつ)き感(かん)‾応(おう)にや。さ しもはりつめたる厚(あつ)_氷(こほり)。忽(たちま)ちに解(とけ)て。双(ふたつの)_鯉(こひ)躍(をどり)_出(いで)たり。母(はゝ)又(また)黄(くわう)‾雀(じやく) の炙(あぶりもの)を求(もとむ)るに。これを奉(たてまつ)らん事(こと)を欲(おも)へば。黄(くわう)‾雀(じやく)数(す)‾十(しふ)飛(とび)入(いり)ける など。其(その)孝(かう)‾感(かん)の致(いた)す所(ところ)を。郷(きやう)‾里(り)の人々(ひと〳〵)親(まのあた)り見(み)_聞(きゝ)て歎(たん)‾美(び)【左ルビ「ほめる」】せり。又(また) 庭(てい)‾前(ぜん)に柰(からなし)ありて丹(あか)く実(みの)れり。母(はゝ)愛(あい)してこれを守(まも)らしむ。風雨(ふうう) 発(おこ)る時(とき)は。樹(き)を抱(いだき)て泣(な)く。其(その)孝徳(かうとく)天(てん)‾下(か)にあらはれ。遂(つひ)に三(さん)‾公(こう)に至(いた)れり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    郭(くわつ)‐巨(きよ)  為(ために)_レ母(はゝの)埋(うづむ)_レ児(こを) 後(ご)‾漢(かん)の郭(くわつ)‾巨(きよ)。字(あざな)は文(ぶん)‾挙(きよ)。家(いへ)_貧(まづし)ければ。老(らう)‾母(ぼ)を養(やしな)ふに。其(その)_食(しよく)の 不(ふ)‾足(そく)ならん事(こと)を悲(かなし)めり。一(いつ)‾子(し)あり。已(すで)三(さん)‾歳(さい)。老(らう)‾母(ぼ)これを愛(あい)し。 我(わが)食(しよく)の中(うち)を分(わか)ちあたふ。郭(くわつ)‐巨(きよ)いよ〳〵母(はゝ)の食(しよく)の乏(とほ)しからんを 察(さつ)して。妻(め)に語(かたり)ていへるには。我(わが)_身(み)かく貧(まつしく)して。母(はゝ)に供(ぐう)する 事(こと)。心(こゝろ)のまゝならざるに。母(はゝ)の孫(うまこ)を愛(あし)して。分(わか)ちあたへ給(たま)へり。我(われ)つ くづくおもふに。夫(ふう)‾婦(ふ)の縁(えん)尽(つき)ずば。子(こ)又(また)もあるべし。母(はゝ)は再(ふたゝ)び得(う) べからず。たゞ我(わが)_子(こ)をひそかに殺(ころ)して。母(はゝ)を養(やしな)ひ奉(たてまつ)らんと。おもふは いかにといふに。さすが孝(かう)‾子(し)の妻(め)なれば。涙(なみだ)ながら。其(その)_言(こと)に従(したが)へり。さ らば一(ひと)_思(おも)ひに埋(うづみ)_殺(ころ)さんとて。坑(あな)を掘(ほ)る事(こと)二(に)‾三(さん)尺(じやく)にして。黄(わう)‾金(ごん) 一(いつ)‾釜(ぷ)《割書:釜(ふ)は金(きん)の両(りやう)‾数(すう)にて。|かまの事にあらず》を得(え)たり。上(うへ)に文(もん)‾字(じ)あり。曰(いはく)。天(てん)賜(たまふ)_二孝(かう)‾子(し)郭(くわつ)‐ 巨(きよに)_一と。此(これ)より家(いへ)富(とみ)名(な)顕(あらは)れて。孝(かう)‾道(だう)を尽(つく)し。慈(じ)‾愛(あい)を全(まつた)くせり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    楊(やう)‐香(きやう)  搤(とらへ)_レ虎(とら)救(すくふ)_レ父(ちゝを) 楊(やう)‾香(きやう)は。魯(ろの)_国(くに)にて。楊(やう)‾豊(ほう)といへるものゝむすめなり。幼(いとけなき)より孝(かう)‾心(しん) 深(ふか)く。父(ちゝ)につかへてしばらくも離(はな)れず。或(ある)‾時(とき)父(ちゝ)にしたがひて。山(やま)に 入(いり)て薪(たきゞ)を採(と)るに。大(おほき)なる虎(とら)来(きた)りて父(ちゝ)を食(くら)【くらわヵ】んとす。父(ちゝ)刀器(きれもの)をも 持(もた)ざれば。防(ふせ)ぐべき便(たより)なく。たゞ声(こゑ)をかぎりにたすけよと叫(さけ)び ければ。時(とき)に楊(やう)‾香(きやう)年(とし)十‾五なるが。父(ちゝ)の声(こゑ)を聞(きゝ)て驚(おどろ)きかけ 来(きた)り。少(すこ)しもおそれず。虎(とら)にむかひ涙(なみだ)をながし。我(われ)を害(がい)して。父(ちゝ) を助(たす)けくれよと。猛(たけ)く怒(いか)れる。虎(とら)の首(くび)_筋(すぢ)に飛(とび)かゝり。いだき付(つき) ければ。虎(とら)敢(あへ)て食(くらは)んともせず。かへつておそれふりはなち逃(にげ)たり けりとぞ。其(その)_所(ところ)の太(たい)‾守(しゆ)孟(まう)‾肇(てう)‾之(し)といふ人(ひと)。此(この)_事(こと)を聞(きゝ)て。大(おほき)に 称(しよう)‾歎(たん)し。楊(やう)‾香(きやう)に米(こめ)をあたへ。其(その)名(な)をあらはされけり。誠(まこと)に孝(かう)‾子(し) の志(こゝろざし)には猛(たけ)き獣(けもの)も敵(てき)する事(こと)あたはざるは。天(てん)の擁(おう)‾護(ご)し給(たま)へる故(ゆえ)也(なり) 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    庾(ゆ)‐黔(きん)‐婁(る) 嘗(なめて)_レ糞(ふんを)憂(うれふ)_レ心(こゝろを) 庾(ゆ)‾黔(きん)‾婁(る)は。南(なん)‾齋(せい)の時(とき)の人(ひと)なり。出(いで)て扇(せん)‾陵(りよう)といふ所(ところ)の令(れい)とな れり。いまだ十(とを)‾日(か)も過(たゝ)ざるに。忽(たちま)ちむなさわぎしきりにし て。身(み)より汗(あせ)_出(いで)ければ。これたゞ事(こと)にあらず。故(こ)‾郷(きやう)の父(ちゝ)の病(やまひ) に臥(ふし)給(たま)ふなるべしと。即(そく)‾日(じつ)官(くわん)を棄(すて)て。昼夜(ちうや)をわかず。急(いそ)ぎ 帰(かへり)けるに。果(はた)して。父(ちゝ)重(おも)き疫(えき)‾痢(り)を患(うれ)ひ。親(しん)‾族(ぞく)集(つどに)て看(かん)‾病(びやう)せり。 其(その)黔(きん)‾婁(る)が帰(かへ)る事(こと)の甚(はなは)だ早(はや)きを怪(あやし)むに。黔(きん)‾婁(る)其(その)よしをかた り。父(ちゝ)の病(やまひ)重(おも)く。命(いのち)の危(あやふ)からん事(こと)をかなしみて。医(い)に其(その)生(しやう)‾死(じ)を 問(とふ)に。これを知(し)らんと思(おも)はゞ。糞(ふん)を嘗(なめ)て。味(あちはひ)苦(にが)くば愈(いゆ)べく。甘(あま)きは 愈(いゆ)かべらずといへるに。即(そのまゝ)これをこゝろむるに。甘(あま)かりけれは。猶々(なほ〳〵) 心(こゝろ)を苦(くる)しめ。夜々(よな〳〵)北(ほく)‾辰(しん)に祈(いの)りて。己(おの)が身(み)を以(もつ)て代(かは)らんと願(ねが)へ るに。さしも必(ひつ)‾死(し)の症(しやう)も。漸(やう〳〵)に愈(いえ)て。己(おのれ)も恙(つゝが)なかりしとなん 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    黄(くわう)‐香(きやう)  扇(あふき)_レ枕(まくらを)温(あたゝむ)_レ衾(ふすまを) 後(ご)‾漢(かん)の黄(くわう)‾香(きやう)字(あざな)は文(ぶん)‾強(きやう)は。経(けい)‾典(てん)を学(まな)び。道(だう)‾術(じゆつ)を究(きは)め。文(ぶん)‾章(しやう)を 能(よく)するを以(もつ)て。其(その)_名(な)高(たか)し。九(く)‾歳(さい)の時(とき)。母(はゝ)を失(うしな)ひ。其(その)_悲(かなし)みに。や せおとろへ。命(いのち)も危(あやふ)きに至(いた)れり。素(もとよ)り家(いへ)_貧(まづしう)して。婢(めし)‾僕(つかひ)なければ。 父につかへて。躬(みづか)ら力(ちから)を竭(つく)し。夏(なつ)の暑(あつ)き頃(ころ)は。夕(ゆふべ)に床(とこ)を扇(あふ) ぎ。枕(まくら)を涼(すゞ)しくし。冬(ふゆ)の寒(さむ)き夜(よ)は。床(とこ)のひやゝかならん事(こと)を おもひ。身(み)を以(もつ)て床(とこ)。又(また)は衾(ふすま)をあたゝめて。父(ちゝ)を臥(ふ)さしめ。うし ろをつくろひ。すそをおさへ。夜(よ)の中(うち)には。二三/度(ど)もおきて。これ をうかゝふなど。侍(じ)‾養(やう)するを以(もつ)て。其(その)_名(な)世(よ)にかくれなく。朝(てう)‾廷(てい)に つかへて。尚(しやう)‾書(しよ)‾令(れい)魏(ぎ)‾郡(ぐんの)太(たい)‾守(しゆ)に至(いた)り。子(こ)の黄(くわう)‾瓊(けい)。其(その)子(こ)‾孫(うまご)みな高(かう)‾ 官(くわん)に昇(しよう)‾進(しん)せり。礼(らい)‾記(き)に。為(たる)_二 人(ひとの)_子(こ)_一之(の)_礼(れい)。冬(ふゆ)_温(あたゝめ)而/夏(なつは)_清(すゞしくし)。昏(ゆふべに)_定(しづめ) 而/晨省(あしたにみまふ)矣といへるは。孝(かう)‾子(し)勤(つとむ)る所(ところ)にして。黄(くわう)‾香(きやう)の如(ごと)き是(これ)也(なり) 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    姜(きやう) 詩(し)  湧(わきて)_レ泉(いつみ)躍(をどる)_レ鯉(こひ) 後(ご)‾漢(かん)の姜(きやう)‾詩(し)は。母(はゝ)につかへて至(しい)‾孝(かう)なり。其(その)_妻(つま)龎(ほう)‾氏(し)も。亦(また)姑(しうとめ)の 意(こゝろ)に順(したが)ひ。逆(さから)ふ事(こと)なし。母(はゝ)。井(ゐ)の水(みづ)をきらひ。江(えの)_水(みづ)をのむ 事(こと)を好(この)めり。姜(きやう)詩(し)が家(いへ)近(ちか)く清(きよき)_江(え)なきにより。龎(ほう)‾氏(し)日(にち)‾々(〳〵)遠(とほ)き に至(いた)り。清流(きよきながれ)を汲(くみ)かへりけり。或(ある)_日(ひ)風(あめ)‾雨(かぜ)はげしくして。遅(おそ)くか へりければ。姑(しうとめ)。以(もつ)ての外(ほか)怒(いか)りのゝしりける故(ゆゑ)。姜(きやう)‾詩(し)。其(その)_怒(いか)りを休(やす) めんがため。妻(つま)を追出(おひいだ)しけり。龎(ほう)‾氏(し)これを恨(うら)みとせず。父(ちゝ)_母(はゝ)の家(いへ) にもかへらず。隣(りん)‾家(か)の老(らう)‾婆(ば)をたのみて。昼(ちう)‾夜(や)紡(うみ)_績(つむぎ)を事とし。姑(しうとめ) の好(この)めるものを調(とゝの)へ。老(らう)‾婆(ば)に托(たく)して。度々(たび〳〵)おくりけれは。後(のち)には姑(しうとめ)も これを知(しり)て。我(わが)短(たん)‾慮(りよ)を悔(くい)て。よびかへしけり。又(また)母(はゝ)生魚(なまいを)の膾(なます)を このみける故(ゆゑ)。常(つね)に調(てう)してすゝめけり。後(のち)舎(いへ)の側(かたはら)に。清(きよき)_泉(いづみ)湧(わき)て。其(その)_味(あぢはひ) 江(えの)_水(みづ)に異(こと)ならず。此(この)水(みづ)より毎(まい)‾旦(あさ)双鯉出(ふたつのこひいで)て。供(きよう)‾養(ヤウ)の労(らう)を助(たすけ)けると也(なり) 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】   老(らう)‾莱(らい)子(し) 戯(き)‾綵(さい)娯(たのしましむ)_レ親(しんを) 老(らう)‾莱(らい)‾子(し)は。周(しう)の代(よ)。楚(その)国(くに)の人(ひと)なり。少(わか)き時(とき)より。孝(かう)‾行(〳〵)を尽(つく)して。 父(ちゝ)_母(はゝ)をやしなひ。甘(かん)‾脆(ぜい)とて。味(あちは)ひうまくて。老(おい)て歯(は)なきにも。こゝ ろよく食(しよく)せらるゝものをえらみ供(そな)へたり。其(その)_身(み)已(すで)に七‾十も至(いた)れども。父(ちゝ) 母(はゝ)猶(なほ)存(ぞん)‾命(めい)なりしかば。我(わが)老(らう)‾衰(すゐ)を父(ちゝ)母(はゝ)の前(まへ)にて。あらはしては。御(おん) 身(み)の老(おい)をかへり見て。はかなう思(おも)ひ給(たま)はん事(こと)をおそれて。つねに 彩(いろどり)たる小‾児の衣(き)る物を着(き)て。をさな遊(あそ)ぴの戯(たはふ)れを。親(おや)の前(まへ) にて。ふるまひ。口(くち)に老(おい)たる物_語(がた)りをせずして。娯(たの)しましめけ り。或(ある)_時(とき)食(しよく)をすゝむるとて。わざと跌(つまづ)きたふれて。小(せう)‾児(に)の啼(なく)真(ま) 似(ね)をなすなど。とかくして父_母の心(こゝろ)をなぐさめける。その志(こゝろざし)の 篤(あつ)きをおもふべし。後(のち)楚(そ)_国(こく)乱(みだ)れければ。蒙(もう)‾山(さん)の南に耕(かう)‾作(さく)し。 老(らう)莱(らい)‾子(し)といふ書(しよ)を著(あらは)して。志(こゝろさし)を述(の)べ。其(その)終(おは)る所をしらず 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    蔡(さい)‐順(じゆん)  拾(ひろひて)_レ椹(くはのみを)供(きやうす)_レ親(しんに) 後(ご)‾漢(かん)の蔡(さい)‾順(じゆん)字(あざな)は君(くん)‾仲(ちう)は。汝(ちよ)‾南(なん)の人(ひと)なり。幼(えう)‾少(せう)にて父(ちゝ)にはなれ。母(はゝ) につかへて。孝(かう)を尽(つく)せり。此(この)_時(とき)王(わう)‾莽(まう)といふ逆(ぎやく)‾臣(しん)。天(てん)‾下(か)をぬすみて。兵(ひやう)‾ 乱(らん)うちつゞき。飢饉(ききん)しければ。母(はゝ)の養(やしなひ)のために。椹(くはのみ)を拾(ひろ)へり。其(その)_器(いれもの) を二(ふた)ツ持(もち)て。実(み)の赤(あか)きと黒(くろ)きと。別(べつ)にして盛(いれ)るを。赤(せき)‾眉(び)の賊(ぞく) といへる盗(ぬす)_人(びと)ども見(み)て。別(べち)‾々(〳〵)にするは如何(いか)なる事(こと)と問(と)ふ。蔡(さい)‾順(じゆん)答(こたへ)て。 黒(くろ)きは熟(じゆく)して。味(あちはひ)甘(あま)き故(ゆゑ)。母(はゝ)の養(やしな)ひに供(そな)へ。赤(あか)きは熟(じゆく)せざるゆゑ。 己(おの)が食(しよく)とするといふに。さしもの悪(あく)‾賊(ぞく)も。孝(かう)‾心(しん)を感(かん)じて。米(こめ)二斗(にとう) 牛(うし)の片(かた)_股(もゝ)を与(あた)へて去(さり)けり。其後(そのゝち)母(はゝ)死(し)していまだ葬(をさめ)ざるに。燐(りん)‾家(か) より火(ひ)出(いで)て。のがれがたく見えければ。蔡(さい)‾順(じゆん)。棺(くわん)を抱(いだ)き。哭(なき)_號(さけ)び。天(てん) にいのりければ。火(ひ)遂(つひ)に蔡(さい)順(じゆん)か宅(たく)を越(こ)して。他(た)の家(いへ)にうつりける となん。諸(しよ)‾人(にん)其(その)孝(かう)‾感(かん)の奇(き)‾特(とく)をたふとみけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    王(わう)‐裒(はう)  聞(きいて)_レ雷(らいを)【靁】泣(なく)_レ墓(はかに) 晋(しん)の王(わう)‾裒(はう)字(あざな)は偉(ゐ)‾元(けん)。少(わか)き時(とき)より心(こゝろ)に操(みさほ)を立(たて)。博(はく)‾学(がく)多(た)‾能(のう)なる 人(ひと)なり。父(ちゝ)王(わう)‾儀(ぎ)罪(つみ)なくして。文(ぶん)‾帝(てい)に害(がい)せられしより。終身(しうしん)に西(にし)に 向(むかつ)て座(さ)せず。《割書:文帝(ぶんてい)西(にし)に都(みやこ)|するを以て也》其(その)_朝(てう)に臣(しん)たらざる事(こと)を示(しめ)し。父(ちゝ)_母(はゝ)の墓(はか) の側(かたはら)に小廬(せうろ)【庐】を造(つく)り。朝(てう)‾夕(せき)墓(はかの)_前(まへ)に至(いたり)て拝(はい)し跪(ひさまづ)き。信(しるし)に植(うゑ)た る栢樹(はくじゆ)を攀(よぢ)て。父(ちゝ)の罪(つみ)なくして死(し)せるを泣(なき)_悲(かな)しむ。涕(おつる)涙(なみだ)に て栢(はく)‾樹(じゆ)終(つひ)に枯(かれ)けり。又(また)母(はゝ)存(そん)‾生(じやう)の時(とき)。甚(はなは)だ雷(かみなり)を畏(おそ)れける故(ゆゑ)。没(ぼつ) しても雷(かみなり)の鳴(な)る時(とき)は。昼(ちう)‾夜(や)をいはず。輙(すなはち)墓(はかの)‾前(まへ)に至(いた)りて。裒(はう)こゝ にあり。裒(はう)こゝにありと云(いひ)て。生(いけ)るに事(つかふ)るがごとくせり。其(その)_身(み)隠(いん)‾居(きよ) して。経(けい)‾術(じゆつ)を生(せい)‾徒(と)に授(さづく)るに。詩(し)‾経(きやう)蓼(りく)‾莪(がの)篇(へん)の。哀(あい)‾々(〳〵)たる父(ふ)‾母(ぼ)。生(うんて)_レ我(われを) 劬(く)‾労(らうす)。といふに至(いたつ)て。三(くり)‾復(かへ)して涙(なみだ)を流(なが)されける故(ゆゑ)。門(もん)‾人(じん)皆(みな)此(この)_篇(へん)を 除(のぞ)きけるとなん。素(もとよ)り富(ふう)‾貴(き)を願(ねが)はず。躬(みつから)耕(たがへ)して。其(その)_操(みさほ)を守(まもり)けり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    丁(てい)‐蘭(らん)  刻(きさみて)_レ木(きに)祀(まつる)_レ親(しんを) 漢の丁(てい)‾蘭(らん)は。河(か)‾内(だい)の人(ひと)なり。少(わかう)して父(ちゝ)_母(はゝ)を喪(うしな)ひ。思(し)‾慕(ぼう)のふか きより。木(き)に刻(きざみ)て其(その)かたちを造(つく)り。これに事(つかへ)ること生(いけ)るに つかふるがごとく。朝夕(てうせき)定省(ていせい)のつとめおこたらざりけり。隣(りん)‾ 家(か)に張(ちやう)‾叔(しゆく)なるものありて。常(つね)にこれを嘲(てう)‾弄(らう)しけるが。或(ある)_ 時(とき)。丁(てい)‾蘭(らん)が留(る)‾守(す)をうかゞひ。つと木(もく)‾像(ざう)の前(まへ)に至(いた)り。大(おほい)に罵(のり)。杖(つゑ) を以(もつ)て。其(その)_頭(かうべ)をうちけり。丁(てい)‾蘭(らん)かへりて。いつもの如(こと)く。木(もく)‾像(ざう)を 拝(はい)しけるに。其(その)面(おもて)よろこびざる色(いろ)あり妻(つま)亦(また)其(その)_事(こと)を告(つげ)けれ ば。丁(てい)‾蘭(らん)大(おほい)に怒(いか)り。張(ちやう)‾叔(しゆく)を打(てう)‾擲(ちやく)して。傷(きすつけ)るにより。官(くわん)‾人(にん)来(きた)り。から めとり。獄(ごく)に下(くだ)さんとす。丁(てい)‾蘭(らん)木(もく)‾像(さう)に別(わか)れを告(つぐ)るに。木(もく)‾像(ざう)涙(なみだ)を 流(なが)しければ。官(くわん)‾人(にん)あはれに思(おも)ひ。其(その)よし言(ごん)‾上(しやう)しけるに。孝(かう)‾心(しん)の 誠(まこと)。神(しん)‾明(めい)に通(つう)じたるを御(ぎよ)‾感(かん)ありて。其(その)罪(つみ)をゆるし給(たま)ひけり 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    孟(まう)‾宗(そう)  泣(ないて)_レ竹(たけに)生(しやうず)_レ笋(たかんなを) 呉(ご)の孟(まう)‾仁(じん)《割書:本(もと)の名(な)は|宗(そう)といふ》字(あさな)は恭(きよう)‾武(ぶ)。江(こう)‾夏(か)の人(ひと)なり。少(わかう)して学(がく)をつとめ。 孫(そん)‾皓(かう)につかへて司(し)‾空(こう)となれり。呉(ご)滅(ほろび)て晋(しん)に降(くだ)り。監(かん)‾池(ち)司(し)‾馬(ば) とて。池(いけ)奉(ふ)‾行(きやう)となるにより。手(て)づから網(あみ)して魚(うを)を捕(とり)。鮓(すし)に調(とゝの) へ。母(はゝ)におくりけるに。母(はゝ)うけず。推(おし)_還(かへ)していはく。其(その)奉(ぶ)‾行(ぎやう)し守(まも) る所(ところ)の魚(うを)を捕(とり)。我(われ)におくれる事(こと)。他(た)‾人(にん)は官(こうぎ)の魚(うを)を盗取(ぬすみとり)たりなど。 疑(うたがひ)を生(しやう)ずべし。已後(いご)其(その)_職(しよく)に居(ゐ)る間(あひだ)は。かゝるものをおくるべか らずといましめたり。賢(けん)‾母(ぼ)といふべし。此(この)母(はゝ)。笋(たかんな)を食(しよく)する事(こと)を 好(この)みけるが。冬(ふゆ)の比(ころ)病(やまひ)に臥(ふし)。熱(ねつ)におかされて。すゞろに是(これ)を望(のぞみ)_聞(きこ)ゆ るにぞ。孟(まう)‾宗(そう)孝(かう)‾心(しん)深(ふか)き人(ひと)故(ゆへ)。遠(とほ)く竹(ちく)‾林(りん)を求(もとめ)_入(いり)。雪(ゆき)に立(たち)。天(てん)に祈(いのり)て。 泣(なき)くどきしかば。忽(たちまち)笋(たかんな)雪(ゆき)をつらぬいて生(しやう)じけり。喜(よろこ)ひ堀(ほり)_得(え)て。 調(てう)しすゝめければ。さしもの老(らう)‾病(ひやう)も即(やがて)愈(いえ)けりとなん 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】    黄(くわう)‐庭(てい)‐堅(けん) 滌(あらふ)_二親(みづから)溺(によう)‐器(きを)_一 宋(そう)の黄(くわう)庭(てい)‾堅(けん)字(あざな)は魯(ろ)‾直(ちよく)自(みづか)ら山(さん)‾谷(こく)道(だう)‾人(じん)と号(がう)す。幼(えう)にして警(けい)‾ 悟(ご)。博(はく)‾学(がく)にして。文(ふん)‾章(しやう)をよくし。尤(もつとも)詩(し)に長(ちやう)ぜり。東(とう)‾坡(ば)の門に遊(あそ)ぶ といへども。其(その)_名(な)を等(ひとし)くして。蘇黄(そわう)と称(しよう)せられ。天下(てんか)の文‾宗たり朝(てう) につかへて官(くわん)高(たか)く。家(いへ)富(と)み。親(おや)に孝(かう)を尽(つく)せり。母(はゝ)病(やまひ)に臥(ふし)給(たま) ふ時(とき)は。其(その)看(かん)‾病(ひやう)をつとめらるゝ事(こと)。最(もつと)も篤(あつ)く。昼夜(ちうや)かた はらに侍(はべ)りて。衣(ころも)帯(おび)を解(と)かず。薬(くすり)を煎(せん)じ。食(しよく)をすゝむる より。大小(だいせう)‾便(べん)をとりて。清(きよ)き水(みづ)を汲(くみ)。其(その)_器(うつは)を滌(あら)ふなどに 至(いた)るまで。みなみづからせられける。これを以て。其(その)孝(かう)‾心(しん) の程(ほど)をおもふべし。もとよりあまたのめしつかひ有(ある)。富(ふう) 貴(き)の身(み)にして。其(その)_労(らう)を厭(いと)はれざる事。ありがたき志(こゝろざし)ならず や。学(がく)‾問(もん)して。道(みち)を知(し)りたる人(ひと)ならでは。此(こゝ)に至(いた)りがたし 【挿絵】【楕円印朱 MSS / NATIONALE・BIBLIOTH.】 塩屋忠兵衛 寛政四壬子年五月      心斎橋通北久太郎町南 大坂書林       塩屋忠兵衛 【書入れ「Kansei/4■■■■■■1792」】 製水処   大阪心斎橋通北久寶寺町         四丁目十八番地      前川源七郎 【裏表紙】 【背】 【小口】 【前小口】 【小口】