【タイトル】富士山頂上八峯内院        并諸国遠見図 富士山は駿河国に在り 其峯雲際に聳 え高サ一万四千百七十尺 其ノ形四面皆同じく 山巓四時雪を戴き 十三州よりこれを 望む皇国第一の高山なり 其の登岳 の路次四所あり 表面を大宮村山口と 云ひ南面を須山口と云ひ 東面を須 走口と云ひ 北面を吉田口と云ふ抑 山頂に鎮座せらるゝ大神を木花 之佐久夜毘賣命と称し大山津見 神の御女也 此の大神は容貌の麗 美なるのみならず 其の神徳亦艶 美なるを以てサクヤの《割書:サクヤは|開光映(サキハヤ)也》神号 あるなり 嘗て天皇迩々 杵命遊幸 して笠沙御崎(カサイサミサキ)に至り 大神に行き逢 ひ玉ひ其鮮姸なるを喜び 将に娶ら んとなし玉ふに 大神 輙ち諾せずして曰 く 父あり宜く垂問すべしと天皇即ち 使を大山津見神に遣し 固く娶らんと 乞ひ玉ひ立て 皇后と為す後 大神娠め るあり 産月に臨み天皇宜く 汝娠める 子 吾が子に非ず 必ず国ッ神の子ならん と 大神聞 且つ怨み無戸室を造り 其 内に入り玉ひ誓て曰く 吾が娠む所若 し天孫《割書:迩々杵命|を称す》の胤に非ざれは当に焦 滅すべし 実に天孫の胤なれば火も損害 する能はじと 則 火を放ち室を焼くに 果 して損害あらず 烟煙中二皇子を生み玉 ふ これ則 大神の安産火難を守護防 禦し給ふの原因とする所なり夫れ皇 別の諸姓は 皆 大神の末流にして 其ノ 子孫は 則 大神の遠孫也 嗟夫(アゝ)諸国の 人民歳々相増し 年々相加し 陸続参拝 する所以のものは 其の余沢の万分の一 を謝せんと欲する所 乎余嘗て聞く群 参中道路旧跡に 鮮明ならず山頂に彷 徨するもの往々これあると 甚遺憾 にたえず為に 聊か知る所を図し以て 登岳の階梯に備ふとしか云    明治十年六月二十日 版権免許 【本文左下、図の左署名】 静岡県平民  著者土屋勝太郎   駿河国富士郡第二大区   二小区厚原村二番地住 静岡県平民  出版人冨士神一郎   駿河国富士郡第二大区   四小区大宮町九十六番地住