【題箋】 《割書:訓蒙|画入》究理智惠のすゝめ   壹 【右下に図書標】 TIAII 42 A99 青山 教科書DB入力 【見返し】 【左頁】 【頁下枠外に番号】 18204770     緒言 此書は元来童蒙婦女子をして早く萬 物の理を知らしめむと欲し究理書中 目前手近き事柄を極浅く飜譯した るものにて必竟猿蟹の合戦かち〳〵 山の泥船等草雙紙の代に供する ものなれば體裁の鄙俚を厭はず唯解 【右頁】 易きを趣とす世の賢童早く活用の 書に就て文化の進捗を扶け 皇國の 美名を海外に轟かさばまた 皇國の人たるに足らむ是此書を譯 するの徴意なり 明治癸酉早春 譯者しるす 【左頁】 訓蒙究理智慧之勸巻之一     目 録  ◯雲(くも)之 事  ◯雨(あめ)之 事  ◯雷(かみなり) 之 事  ◯露(つゆ)霧(きり)霜(しも)之事  ◯雪(ゆき)霰(あられ)之事  ◯火(くわ)山(さん)之事 【右頁】  ◯地(ぢ)震(しん)之事  ◯温氣(うんき)之事  ◯寒暖計(かんだんけい)之事  ◯汐滿干(しほみちひ)之事  ◯光(ひかり)之 事  ◯風(かぜ)之 吹(ふ)く事  ◯重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)之事 【左頁】 《割書:訓蒙|画入》究理智慧の勸巻之一        東京   東岸舎纂輯      ◯雲(くも)霧(きり)の事 雨降(あめふり)の後(のち)路(みち)の乾(かは)き旱魃(ひでり)に池(いけ)や田(た)の水(みづ)のな くなり洗濯物(せんたくもの)の乾(かは)くは其水(そのみづ)如何(いか)になりて       いづれに行(ゆき)しやと尋(たづ)ぬるに皆(みな)温氣(うんき)の為(ため)に 湯気(ゆげ)の如(ごと)く空中(くうちう)に蒸騰(むせのぼ)りしものなり温氣(うんき) 【右頁】 つよければ其(その)蒸(むせ)騰(のぼ)ることも甚(はなは)だ多(おほ)し湿(ぬれ)た る手拭(てぬぐひ)を火(ひ)にてあふれば目(め)の前(まへ)に乾(かわ)くを 以(もつ)てしるべし斯(か)く昼夜(ちうや)海川(うみかは)土地(とち)より騰(のぼ)り たる水氣(すゐき)も温氣(たんき)を含(ふく)みたる間(あひだ)は空氣中(くうきちう)散(さん) じて見(み)えざれども空中(くうちう)少(すこ)し冷(ひ)ゆる時(とき)は忽(たちま) ち水気(すゐき)相聚(あひあつま)りて雲霧(くもきり)の状(かたち)となり人(ひと)の目(め)に 見(み)ゆるものなり只(ただ)高(たか)く天(てん)にあるを雲(くも)とい ひ近(ちか)く地辺(ちへん)に濛々(もや〳〵)したるを霧(きり)と云(いふ)なれと も其実(そのじつ)は同(おな)じものにて少(すこ)しも異(かは)ることな し冬(ふゆ)の朝(あさ)人(ひと)の呼吸(ゑき)のよく見(み)ゆるは寒(さむ)さに て口(くち)より出(いで) たる息(いき)の直(たゞ) ちに凝結(むすび)て 霧(きり)の状とな る故(ゆゑ)也(なり)雲(くも)は 即(すなは)ち此(この)水気(すゐき) 【右頁】 と知(し)るへじ【べしの誤ヵ】    ◯雨(あめ)の降(ふ)る叓(こと) 前(まへ)にいへる如(ごと)く雨(あめ)の後(のち)に路(みち)の乾(かは)き旱魃(ひでり)に 池(いけ)の水(みづ)のなくなる理合(りあひ)にて昼夜(ちうや)海川(うみかは)土地(とち) より水気(すゐき)立昇(たちのぼり)て少(すこ)しも止(やむ)む叓(こと)なし此(この)水気(すゐき) 空中(くうちう)に騰(のぼ)りて寒(さむ)さに遇(あへ)ば結(むす)びて雲霧(くもきり)の状(かたち) となる理(り)は前(まへ)の雲(くも)の処(ところ)にて云(いへ)る如(ごと)し此(この)雲(くも) 猶(なほ)一際(ひときわ)寒(さむ)さの増(ます)ときは忽(たちま)ち凝(こつ)てもとの水(みづ)に 【左頁】 返(か)へる斯(かく)水(みづ)となれば量目(めかた)重(おも)くなる故(ゆゑ)自然(しぜん)と 下(した)に降(くだ)る則(すなは)ち是(これ)雨(あめ)なり如斯(かく)下より騰(のぼ)りて はまた降(くだ)り降りてはまた騰るゆゑ神世(かみよ)の むかしより海川(うみかは)の水(みづ)の増(ま)すこともなく又(また) 減(げん)ぜしこともなけれども若(も)し唯(たゞ)降(ふ)るのみ なれば海川の水(みづ)忽(たちま)ち増して陸上(りくじやう)に溢(あぶ)るべ し暑中(しよちう)に水すくなく梅雨(つゆ)に雨(あめ)の多(おほ)きも唯 一 時(じ)のぼり降(くだり)の片(かた)よるまでにて真(しん)に宇宙(うちう)  【右頁】 の水(みづ)の増(ま)したるにも減(へり)たるにもあらざる なり蒸露鑵(らんびき)にて焼酎(せうちう)を取(と)るも熱気(ねつき)によつ て精氣(せいき)の蒸(むせ) 騰(のぼ)り冷(つめた)き所(ところ) に至(いたつ)て原(もと)の 水(みづ)に返(かへ)る理(り) 合(あひ)に基(もとづ)きた るもの也(なり) 【左頁】    ◯雷鳴(かみなり)の事 雷(かみなり)の理合(りあひ)は一 番(ばん)六(むづ)かしく西洋(せいやう)にても大古(むかし) は雷鳴(かみなり)を悪(あし)き神(かみ)の呌(さけ)びなどゝいひ人(ひと)〻(〴〵)恐(おそ)れ しものなれども次第(しだい)に其理(そのり)を究(きは)め遂(つい)に其(その) 起(おこ)る源因(もと)も明亮(あきらか)に至(いた)れり元來(ぐわんらい)雷鳴は天地(てんち) の間(あひだ)の萬物(ばんもつ)に具(そな)はりたる一種(ひといろ)の越(ゑ)歴(れき)篤(て)留(る) と云(いふ)氣(き)にて萬物(はんもつ)みな多少(たせう)此氣(このき)を持(もた)ざるは なし今(いま)紙(かみ)を三重(みゑ)四重(よへ)にたゝみ之(これ) を火(ひ)にて 【右頁】 煖(あた)ため板(いた)の上(うえ)に置(お)き手早(てばや)く爪(つめ)にてこすり 燈心(とうしん)の如(ごと)き軽(かる)き物(もの)に近(ちか)よせなば燈心(とうしん)忽(たちま)ち 紙(かみ)に引附(ひきつく)べしこれは紙の越歴(ゑれき)人身(ひと)の越歴 に感(かん)じて陽(やう)の気(き)となり燈心の隂(いん)の越歴(ゑれき)に 合(あ)はんとする故(ゆゑ)なり總(すべ)て越歴は陽(やう)と隂と 相(あひ)合はんとする性質(もちまい)あるものゆゑ合(あへ)ば静(しづ) まりて現(あら)はれずと虽(いへど)も離(はな)るれば動(うご)きて合 はんとす此(この)理合(りあひ)より陽(やう)の越歴を起(おこし)たる雲(くも) 【左頁】 と隂(いん)の越歴(ゑれき)を起(おこ)したる雲(くも)との間(あひだ)に越歴の 移(うつ)り通(かよ)ふ時(とき)火花(ひばな)を発(はつ)し脉(みやく)の一つ打間(うつま)に一 十八 万里(まんり)余(よ) の遠路(とほさ)を馳(は) するもの故(ゆゑ) 空(くう)の氣(き)俄(にはか)に 其(その)行跡(ゆきあと)の空(すき) 所(ま)を填(ふさ)がん 【右頁】 とするより響(ひゞき)を發し大(おほひ)なる声(こゑ)をなす則(すなは)ち 雷鳴(かみなり)なり雲(くも)髙(たか)ければ唯(たゞ)遠(とほ)く雷鳴を聞(き)くの みなれども雲(くも)低(ひく)くして移行(うつりゆ)く雲(くも)のなき時(とき) は其(その)越歴(ゑれき)地(ち)に移來(うつりきた)る叓(こと)あり雷(かみなり)の落(おち)ると云(いふ)は 則(すなは)ち此氣(このき)の地(ち)に届(とゞ)きたるものなり前(まへ)に云 通(とほ)り此(この)越歴(ゑれき)は鉄炮玉(てつはうだま)より数百倍(すひやくばい)はやきも の故(ゆゑ)家(いへ)も抜(ぬ)け大木(たいぼく)も折(をれ)るなれども決(けつ)して 雷獣(らいじう)抔(など)と申(まうす)ものゝあるにあらず 【左頁】    ◯露(つゆ)霧(きり)霜(しも)の叓 露(きり)【つゆヵ】は夏(なつ)の日(ひ)雨降(あめふり)の後(の)ち天氣(てんき)快晴(くわいせい)なれば其 夜(よ)かならす多(おほ)く降(ふ)るものなり是(これ)は前(まへ)に云 へる如(こと)く池(いけ)沼(ぬま)濕地(しめりち)等(とう)より蒸騰(むせのほ)りたる水氣(すゐき) 昼(ひる)の間(あひだ)は大陽(たいやう)の温(おん)を受(うけ)て融化(ゆうくわ)し其状(そのかたち)を現(あら) はさゝれども日(ひ)落(おち)て温気(うんき)減(げん)ずれば忽(たちま)ちその 状(かたち)を変(へん)じ元(もと)の水(みづ)に返(かへ)り空中(くうちう)に濛(もや)〻(〳〵)として 人(ひと)の目(め)に見(み)ゆる是(これ)則(すなは)ち霧(きり)なり此(この)霧(きり)降(ふ)りて 【右頁】 木(こ)の葉(は)に滴(したゝ)るもの是(これ)を露(つゆ)といふ◯晴(はれ)たる 夜(よ)は露(つゆ)多(おほ)く曇(くもり)たる夜に露(つゆ)少(すくな)きゆへは晴天(せいてん) の夜(よ)は地面(ぢめん)の冷(ひゆ)ること早(はや)きゆへ雲(くも)の溜(たま)る ことも多(おほ)く天(てん)曇(くも)りたる時(とき)は恰(あたか)も地面(ぢめん)に雲(くも) の衣服(いふく)を着(きせ)たる如(ごと)くゆへ土地(とち)の温氣(うんき)を咄(はき)【吐ヵ】 出(いだ)すこと少(すくな)く夜中(やちう)十分(じふぶん)に冷(ひ)へざるゆへ露(つゆ) の生(しやう)すること少(すくな)し又(また)池(いけ)沼(ぬま)等(とう)の水(みづ)は陸地(くがち)よ り蒸騰(むせのほ)ること多(おほ)きゆへ夜(よ)に入(い)れば其上(そのうへ)に 【左頁】 水烟(みづけむり)を見(み)る  もの也(なり)是(これ)は 池(いけ)沼(ぬま)等(とう)より 騰(のぼ)りたる水(すゐ) 氣(き)寒(さむ)さの為(ため) に忽(たちま)ち水(みづ)に 返(かへ)りし故(ゆへ)也 此(この)水氣(すゐき)は遂(つい) 【右頁】 草木(さうもく)の葉(は)に溜(たま)り草木(さうもく)を濕(うる)ほして乾枯(かれ)ざら しむ◯露(つゆ)は春秋(はるあき)多(おほ)くして夏(なつ)は少(すくな)き物(もの)なる が其故(そのゆへ)は春(はる)と秋(あき)とは昼(ひる)暖(あたゝか)にして夜(よ)に至(いた)れ  ば寒(さむ)さ厳(きび)しき故(ゆへ)昼(ひる)の間(あひだ)に蒸騰(むせのぼ)りたる水氣(すゐき) も夜(よ)に入(い)れば忽(たちま)ち冷(ひへ)る故(ゆへ)也(なり)又(また)露(つゆ)はよく萬(ばん) 物(もつ)を濕(うるほ)して草木(さうもく)を養(やしな)ふ亜非利加(あひりか)洲(しう)のうち 「エジフト」といふ國(くに)抔(など)は四季共(しきとも)雨(あめ)の降(ふ)ること 稀(まれ)なれども天(てん)の惠(めぐ)みとや云(いは)ん露(つゆ)多(おほ)くして 【左頁】 草木(さうもく)之(これ)がため繁殖(はんしよく)すといふ◯前(まへ)にいへる如(こと) く水氣(すゐき)凝(こ)りて霧(きり)となり霧(きり)草木(さうもく)の葉(は)に溜(たま)り て露(つゆ)となり露(つゆ)又 厳(きび)しき寒(さむさ)に逢(あ)へば尚(なほ)凝(こり)て 霜(しも)となる故(ゆへ)に露霜(つゆしも)はかならず上(うへ)より計(ばか)り 降(くだ)るものにあらず由(よつ)て植木(うゑき)などの霜枯(しもがれ)を 防(ふせ)ぐにはまるで木(き)を包(つゝ)み䨱(おほ)ひ其木(そのき)の固有(もちまへ) の温氣(うんき)を吐出(はきいだ)さぬやうにすべし 【右頁】    ◯雪(ゆき)霰(あられ)の叓 水氣(すゐき)空中(くうちう)に騰(のぼ)りて寒(さむ)さの為(ため)に凝(こ)りて已(すで)に 雨(あめ)に化(くわ)せんとする時(とき)其(その)寒氣(かんき)別(べつ)して厳(きび)しけ れば雨(あめ)とならずして雪(ゆき)となる其(その)雪(ゆき)の形(かたち)も 東風(ひがしかせ)と東北風(ひがしきたかぜ)の時(とき)は別(べつ)して美麗(びれい)なるは此(この) 時(とき)空中(くうちう)越歴(ゑれき)を発(はつ)すること最(さ)も多(おほ)き故(ゆへ)也(なり)雪(ゆき)も 唯(たゞ)見(み)ては白(しろ)く綿(わた)のやうなれ共(ども)よき目鏡(めがね)に て寫(うつ)し見(み)ればかならず左(さ)の圖(づ)の如(こと)く六葉(ろくまい) 【左頁】             【上段 雪の圖の説明 四圖あり】  ◯雪の状六葉なる圖           【下段 以下の文は前頁の続き】 の状(かたち)をなせるものなり 又(また)霰(あられ)は空中(くうちう)に蒸騰(むせのぼ)りた    る水氣(すゐき)寒氣(かんき)のために凝(こり) て雨(あめ)となり上(うへ)より降(ふ)る 途中(とちう)にて寒氣(かんき)格外(かくぐわい)厳(きび)し ければ其(その)雨(あめ)の滴(しづく)氷【(こ)脱ヵ】結(ほ)り て霰(あられ)となる其(その)降(ふ)る途中(とちう)に猶(なほ)水氣(すゐき)あれば之(これ) に附着(ひきつ)きて大塊(おほかたまり)となることあり此(この)大(おほひ)なる 【右頁】 霰(あられ)を雹(へう)といふ此(この)霰(あられ)は寒中(かんちう)より却(かへつ)て夏(なつ)の方(かた) 多(おほ)き訳(わけ)は夏(なつ)は空中(くうちう)に越歴(ゑれき)を起(おこ)すこと多(おほ)く して空中(くうちう)殊(こと)に厳寒(げんかん)を生(しやう)ずること冬(ふゆ)より多(おほ) きに由(よ)る若(も)し水氣(すゐき)極髙(ごくたか)く騰(のぼ)り化(くわ)して雨(あめ)と なりて降る途中(とちう)此(この)厳寒(げんかん)に逢(あ)へば則(すなは)ち氷(こほ)る 斯(か)空中(くうちう)に暖(あたゝか)なる処(ところ)と厳寒(げんかん)の処(ところ)とある故(ゆへ)霰(あられ) の降(ふ)る時(とき)は一時(いちじ)大風(たいふう)を起(おこ)し或(あるひ)は雷雨(らいう)の変(へん)  をあらはし空中(くうちう)常(つね)ならざるものなり 【左頁】    ◯火山(くわさん)の叓 日本(につぽん)の淺間嶽(あさまがだけ)伊豆大嶋(いづのおほしま)の如(ごと)き烟(けむり)を噴出(はきいだ)す 山(やま)世界中(せかいじう)に三百余(さんびやくよ)もあり之(これ)を火山(くわざん)といふ これは山中(さんちう)の石(いし)と石(いし)との空隙(あひだ)に多(おほ)く硫黄(いわう) 水素(すゐそ)温素(おんそ)抔(など)といふ氣(き)を含(ふく)みし處(ところ)稀(まれ)に破烈(はれつ) して孔(あな)を生(しやう)じ空中(くうちう)に在(あ)る酸素(さんそ)といふ燃(もゆ)る 氣(き)に觸合(ふれあひ)て火(ひ)を発し烟(けむり)は升(のぼ)りて天(てん)を衝(つ)き 其状(そのさま)実(じつ)に恐(おそ)るべく或は焼石灰(やけいしはい)の類(るゐ)を投出(なげいだ)  【右頁】 し田畑(たはた)をうづめ 家宅(かたく)を壊潰(つぶ)し人(にん) 畜(ちく)をうしなふこ と少(すく)なからず去(さ) れども此害(このがい)は一(いつ) 國(こく)あるひは一村(いつそん) にすぎず殊(こと)ににはかに起(おこ)るものにもあら ざれば隨分(ずゐぶん)さぐることを得(う)べし世界中(せかいぢう)億(おく) 【左頁】 兆(てう)の人民(じんみん)安樂(あんらく)にこの世(よ)を渡(わた)るも火山のた めなり其故(そのゆへ)は地(ち)の下(した)一靣(いちめん)火(ひ)にして其(その)火氣(くわき) の出(いづ)る処(ところ)なく之(これ)が為(ため)に地(ち)を吹破(ふきやぶ)り 屢(たび)〻(〳〵)大(おほ) 地震(ぢしん)を起(おこ)すべぎ【きヵ】なれども此(この)火山(くわざん)の息(いき)ぬき にて地下(ちか)の湯氣(ゆげ)を大空(おおそら)に吹出(ふきいだ)し其害(そのがい)を避(さ) く実(じつ)に火山(くわざん)は莫大(ばくだい)の功(こう)あるものなり    ◯地震(ぢしん)の叓 地震(ぢしん)は万人(ばんにん)の知(し)る如(ごと)く地変(ちへん)の大(おほひ)なるもの 【右頁】 なれども往古(むかし)より其理(そのり)を詳(つまびらか)にせずあるひ は地(ち)の底(そこ)に雲(くも)を生(しやう)じ越歴(ゑれき)を発(はつ)するより震(しん) 動(どう)を起(おこ)すといひ或(あるひ)は地(ち)の底(そこ)に數多(あまた)の大(おほ)な る穴(あな)有(あり)て其(その)一ツには水(みづ)を充(み)て又(また)一ツの穴(あな) には硝石(せうせき)珫黄(いわう)の如(ごと)き燃(もゆ)るものを充(み)て地底(ぢそこ) の火(ひ)の為(ため)に燃(も)へ水(みづ)を暖(あたゝ)めて湯氣(ゆけ)となし其(その) 蒸騰(むせのぼ)る氣(き)より起るといひ其説(そのせつ)區(まち)〻(〳〵)にて眞(しん) に其理(そのり)も知(し)れがたき物(もの)なりしが近代(きんだい)究理(きうり) 【左頁】 【地震の惨状の挿絵】 の学(がく)次第(しだい) に開(ひら)け凢(およ) そ天地(てんち)の 万物(ばんぶつ)変異(へんい) 一(いつ)として 其理(そのり)の知(し) れざる物 なきに至(いた) 【右頁】 れり先(まづ)此(この)世界(せかい)の底(そこ)は一靣(いちめん)火(ひ)にて其上(そのうへ)に種(いろ) 〻(〳〵)の岩(いは)あり又(また)其上(そのうへ)に土地(とち)を戴(いたゞ)き草木(さうもく)茲(こゝ)に 生(しやう)じ人畜(にんちく)爰(こゝ)に住(すま)ふ扨(さて)此土地よりしみ込(こ)み たる水(みづ)は岩の閒隙(すきま)より漏(も)れて火(ひ)の中(なか)へ流(なが) れ入(い)り火の為(ため)に蒸(む)されて湯氣(ゆげ)となり其湯 氣 積溜(つみたま)りて出んとすれども出口(でぐち)なく其 㔟(いきほ) ひにて震動(しんどう)を起(おこ)し大地(だいぢ)を震(ふる)ふ之(これ)則(すなは)ち地震(ぢしん) 也(なり)其湯氣の強盛(きやうせい)なるは蒸氣車(じようきしや)蒸気 舩(せん)にて 【左頁】 知(し)るべし蒸氣車(じようきしや)も蒸氣舩(じようきせん)も皆(みな)纔(わつか)の水(みつ)を蒸(む) し其(その)湯氣(ゆげ)の吹出(ふきぜ)【でヵ】る力(ちから)にて走(はし)るなれとも実(しつ) に人目(ひとめ)を驚(おどろか)す程(ほど)なり是(これ)を推(おし)て考(かんが)ふれば地(ち) 下(か)に漏入(もれいり)たる數多(あまた)の水(みづ)蒸(むさ)れて湯氣(ゆげ)となれ ば此(この)世界(せかい)を吹破(ふきやぶ)る叓(こと)は最易(いとやす)き理(り)也(なり)然(しか)るを 前(まへ)に云(いへ)る如(こと)く天(てん)より火山(くわさん)を所(しよ)〻(〳〵)に造(つくり)て其(その)  氣(き)を漏(もら)すか為(ため)其(その)災(わざはひ)も稀(まれ)也◯扨(さて)地震(ぢしん)にも種(いろ) 〻(〳〵)ありて或(あるひ)は左右(さいう)に動(うご)くあり上下に動(うご)く 【右頁】 あり或(あるひ)は旋(まは)すものあり其内(そのうち)にも旋(まは)す地震(ちしん) は強(つよ)からざるも却(かつ?)て害(がい)をなすこと多(おほ)し扨(さて)一(ひと) 度(たび)の地震(ぢしん)大抵(たいてい)一分時(いちぶんじ)の間(あひだ)より長(なが)きはなき ものなれとも折重(をりかさね)て震(ふる)ふことある故(ゆへ)稀(まれ)に は長(なが)きものあり地震(ぢしん)の為(ため)には田畑(たはた)埋(うづ)み或(あるひ) は一國(いつこく)一村(いつそん)人畜(にんちく)とも全(まつた)く地下(ちか)に陥(おちい)りし叓(こと) あり或(あるひ)は陸(りく)を変(へん)じて海(うみ)となし又は嶋なき 海中(かいちう)に嶌(しま)を湧出(わきいだ)す等(とう)其(その)変(へん)実(じつ)にいひ難(がた)し 【左頁】    ◯温氣(うんき)の叓 温氣(うんき)は世上(せじやう)になくて叶(かな)はぬ最要(さいえう)の物(もの)にて 萬類(ばんるい)皆(みな)温氣(うんき)の為(ため)に生発(おひたつ)ものなり若(も)しも温(うん) 氣(き)なくば万物(ばんぶつ)忽(たちま)ち其形(そのかたち)を変(へん)ずべし例(たと)へば 水(みづ)も温度(うんど)の適宜(てきゞ)より其形(そのかたち)を存(そん)して流動(りうどう)す るなれとも若(も)しも温氣(うんき)の減(げん)じなば 氷(こほり)とな り又 温氣(うんき)の増(ま)す時(とき)は蒸気(しようき)となりて空中(くうちう)に 立昇(たちのぼ)る其(その)温氣(うんき)に六の源(みなもと)あり 【右頁】 第(だい)一は太陽(たいやう)の熱(ねつ)にて光(ひかり)と温氣(うんき)と並(なら)び行(おこな)は れ光(ひかり)の至(いた)る処(ところ)は則(すなは)ち熱(ねつ)あり其(その)光(ひかり)よく清水(せいすゐ) 硝子(びいどろ)に透(すきとほ)り生類万物(せいるゐばんぶつ)を長養(やしな)ふ今(いま)硝子(びいどろ)の鏡(かがみ) を以(もつ)て太陽(たいやう)の 光(ひかり)を受(う)け其熱(そのねつ) を一所(いつしよ)に集(あつ)む れば物(もの)を焼(やく)に 至(いた)る卜筮者(うらないしや)の 【左頁】 天火(てんひ)を取(とる)といふも熱氣(ねつき)を一所(いつしよ)に集(あつめ)る迄(まで)也 第二 火熱(くわねつ)は物(もの)の燃(もゆ)るより起(おこ)り光(ひかり)と熱(ねつ)と並(なら?) び起(おこ)れども大 陽熱(やうねつ)の如(ごと)く光の届(とど)く処(ところ)まで 熱の達(たつ)するものにあらず例(たと)へば燈(ともしび)の光は 一室(いつしつ)に充(みつ)るといへども其(その)光明(ひかり)る所(ところ)皆(みな)暖(あたゝか)な るにあらず然(しか)れども其力(そのちから)よく物(もの)を焼(や)く其 㔟(いきほ)ひまた大(おほひ)なりとす 第三 越歴熱(ゑれきねつ)は物(もの)と物との間(あひだ)に越歴を起(おこ)し 【右頁】 火(火)と熱(ねつ)とを發(はつ)するものなり此(この)越歴(ゑれき)と云(いふ)は 萬物(ばんぶつ)に具(そな)わりたる一 種(しゆ)の氣(き)にて其(その)陽(やう)の氣               と陰(いん)の気と相(あひ)               觸(ふる)れば感(かん)じて               火(ひ)を発(だ)し熱(ねつ)を               起(おこ)す例(たと)へば暗(くら)               き所(ところ)にて猫(ねこ)の               脊(せ)を強(つよ)く數(たび)囘 【左頁】 逆(さか)さに磨擦(こす)りなばぴか〳〵火(ひ)の出(いつ)るを見(み)る べし是(これ)則(すなは)ち越歴(ゑれき)の火(ひ)なり雷火(かみなりひ)にて物の燃(も) ゆるはすなはち越歴熱(ゑれきねつ)の一例(いちれい)なり 第四 肉身熱(にくしんねつ)とは人(にん)畜(ちく)魚(ぎよ)虫(ちう)等(とう)萬物(ばんぶつ)固有(もちまへ)の血(ち) 熱(ねつ)にて大陽(たいやう)の温氣や火の温(おん)をからずとも 自(みつか)らもちまへの温氣(うんき)有もの也 然(しか)れ共(ども)其 㔟(いきほ) ひに限(かき)りあり其 性(せい)光(ひかり)なし◯此 地球(ちきう)にて固(もち) 有(まへ)の温(おん)ありて他(た)の熱(ねつ)をからずとも自(みづか)ら暖(あたゝか) 【右頁】 なるものなり湯治塲(とうぢば)に温泉(おんせん)の沸出(わきいづ)るも其 證拠(しようこ)なり 第五 調合熱(てうかうねつ)は物(もの)と物との調合より温気(うんき)を 生(しやう)するもの也 例(たと)へば石炭(せきたん)に水をかければ 熱氣(ねつき)起(おこ)り掃溜(はきだめ)の暖(あたゝか)なるも此理(このり)なり又 薪(たきゞ)の 燃(もゆ)るも矢張(やはり)物の調合(てうがう)より起(おこ)るものにて其 訳(わけ)は薪(たきゞ)の内に具(そなは)る炭素(たんそ)と水素(すいそ)といふ氣と 空気中(くうきちう)にある酸素(さんそ)といふ気を相合(あひぐわつ)して火 【左頁】 を発(おこ)すものなり夫故(それゆへ)此(この)三ツ品物(しなもの)の内(うち)一品(ひとしな) 欠(かけ)れば火(ひ)も燃(もゆ)ることをなし例(たと)へば空氣(くうき)のなき 処(ところ)にては合藥(ゑんしやう)も火の點(つく)ことなし火消壺(ひけしつぼ)の    内(うち)の火(ひ)の消(き)へるも上(うえ)に いふ三品(みしな)の内(うち)の酸素(さんそ) といふ氣(き)のなく なる故(ゆへ)なり又(また) 團扇(うちわ)を以(もつ)て 【右頁】 あふげば火㔟(くわぜい)の盛(さか)んになるは酸素(さんそ)の多(おほ)く 送(おく)り込(こ)むゆへなり 第六 相撃熱(さうげきねつ)とは二(ふたつ)の物(もの)相打(あひう)ち又は摺合(すれあひ)た り熱(ねつ)を起(おこ)し火(ひ)を發(はつ)するをいふ例(たと)へば火打(ひうち) 石(いし)の火(ひ)を出(いだ)し石(いし)と石(いし)と打合(うちあい)すれば火(ひ)の出(いづ) るも則(すなは)ち此(この)理(り)也又 物(もの)と物(もの)と擦(こす)れば熱(ねつ)を生(しやう) ずるものにて氷(こほり)を二片(ふたきれ)摺合(すりあは)すれば其氷(そのこほり)の 解(とく)るは則(すなは)ち熱(ねつ)を生(しやう)するゆへなり 【左頁】 扨(さて)温氣(うんき)は互(たがひ)に平均(へいきん)して同(おな)じ暖(あたゝか)さにならん とする性質(せいしつ)の物(もの)故(ゆへ)熱物(あつきもの)と冷物(つめたきもの)と觸合(ふれあは)ば熱(あつき) 物(もの)の熱(ねつ)を冷物(つめたきもの)に傳(つた)へ平均(へいきん)して一様(いちやう)の温度(うんど) と成(なる)ものなり去(さ)れとも此(この)熱(ねつ)を傳(つた)へるに速(はや) き物(もの)と遲(おそ)き物(もの)とあり金(かね)の類(るゐ)は熱(ねつ)を傳(つた)ふこと 速(はや)く草木(さうもく)毛(け)綿(わた)の類(るゐ)は遲(おそ)し例(たと)へば火箸(ひばし)の先(さき) を火(ひ)にて焼(や)けば持(もつ)たる手元(てもと)まで熱(あつ)けれ共(ども) 木(き)の類(るゐ)は先(さき)の燃(もゆ)るとも手元(てもと)の熱(あつ)きことなし 【右頁】 銕瓶(てつびん)の絃(つる)に藤(ふぢ)を巻(ま)くも熱(ねつ)を傳(つた)へること遅(おそ) きゆへ手(て)の熱(あつ)からさる為(ため)なり 人の躰内(た?いない)には前(まへ)にもいへる如く固有(もちまへ)の温氣(うんき) 有(あり)て常(つね)に體外(たいぐわい)の空氣(くうき)より暖(あたゝか)なる物(もの)故(ゆへ)冬(ふゆ)は 綿入(わたいれ)の衣服(いふく)を着(き)て我(わが)體内(たいない)の温氣(うんき)を外(そと)へ出(いだ) さぬ様(やう)にし夏(なつ)は麻(あさ)の如(ごと)き熱氣(ねつき)を傳(つた)ふる物(もの) を着(き)て我(わが)體内(たいない)の熱氣(ねつき)を導(みちび)き出(いだ)すまでのこと にて綿入(わたいれ)の暖(あたゝか)なるにはあらざるなり 【左頁】 總(すべ)て何物(なにもの)によらず熱氣(ねつき)を受(うく)れば脹(ふく)れて容(かさ) を増(ま)し熱(ねつ)を失(うしな)へば縮(ちゞ)む物(もの)也(なり)就中(なかにも)水類(みずるゐ)氣(き)の 類(るゐ)は其(その)脹(ふく)るゝこと最(もつと)も多(おほ)し例(たと)へば燗徳利(かんどくり)に 酒(さけ)を一㮎(いつはい)入(い)れ燗(かん)をすれば 口(くち)より溢出(こぼれいづ)るは熱氣(ねつき)に て容(かさ)を増(ま)したる證拠(しようこ) なり又(また)容(かさ)を増(ま)せば軽(かろ) くなる物(もの)ゆへ上(うえ)に浮(うか)び 【右頁】 重(おも)き物(もの)は沈(しず)む物(もの)なり風呂(ふろ)の湯(ゆ)も下(した)より火(ひ) を焚(たき)上(うえ)より湯(ゆ)のわくは風呂(ふろ)の底(そこ)にある水(みず) 熱(ねつ)を受(うく)れば其水脹れて容を増し輕くなり て上(うえ)に浮(うか)び上(うえ)より冷(つめ)たき水(みづ)の下(した)へ沈(しづ)む故(ゆへ) なり又 竹(たけ)を焚(たく)とき音(おと)のするは何(なに)故(ゆへ)ぞや則(すなは) ち竹(たけ)の節(ふし)の間(あいだ)に籠(こもり)たる空氣(くうき)の脹(ふく)れて竹(たけ)を 吹破(ふきやぶ)る音(おと)なり又 寒中(かんちう)など冷(つめた)き茶碗(ちやわん)に沸湯(にへゆ) を入(い)れて破(わる)ることあり是(これ)も熱氣(ねつき)にて物(もの)の 【左頁】            脹(ふく)るゝ故(ゆへ)にて元来(がんらい)            瀨戸物(せともの)は熱氣(ねつき)を            導(みちび)くこと遲(おそ)き物(もの)            なるに熱物(あつきもの)を入(いれ)            れば茶碗(ちやわん)の内靣(うちつら) は熱(ねつ)して急(きふ)に脹(ふく)れんとすれども外靣(そとつら)はい まだ其(その)脹(ふく)るゝ間合(まあひ)なくして破(やぶ)るなり又薄 き茶碗(ちやわん)の破難(われがた)き故(ゆへ)は内外(うちそと)一時(いちじ)に熱(ねつ)を得(え)て 脹(ふく)るゝによる◯寒暖(かんだん)の加減(かげん)を測(はか)る寒暖計(かんだんけい) といふ器械(きかい)も熱氣(ねつき)にて物(もの)の脹(ふく)るゝ理(り)に基(もとづ) きたるものなり其(その)理合(りあい)は次(つぎ)の册子(さうし)にて委(くわ) しく説(とく)べし 訓蒙究理智慧■【勧ヵ】巻之一終 【裏表紙】