【上段】 【タイトル】 嘉永七年甲寅四月六日 午刻(ひるとき)出火 《割書:上京|火災》  町家(てうか)雑具(ざつく)損亡(そんはう)考記(かうき) 翌(よく)七日卯刻 鎮火(しづまる)昼夜九の時(とき)也 【内容】 ○町数凡弐百十五町 町々木戸并神事用具  壱町に付金五十両として   此金壱万○七百五拾両也  かまど数九千弐百軒 但表家之分 六千七百弐十軒 残りはうら家也   壱軒に付金六十両として    此金五拾五万二千両也 但 御宮社(おんみややしろ)御寺院(おてらがた)御やしき方は量(はか)り知(し)る事かたく 只(たゞ)町家(まちや)ばかり大家(たいか)小家(せうか)平均(へいきん)して雑具(さうぐ)の 焼失(しやうしつ)損亡(そんばう)をおしはかり記(しる)すは諺(ことはざ)に塵(ちり)つもりて 山といへるがごとく纔(わつか)古下駄(ふるげた)古草履(ぞうり)までも其 費(つゐへ) 高大(かうだい)なれば此有増(このあらまし)をつもりて火用心(ひのようしん)恐(おそ)れ慎(つゝしま)しめんとす へつい  壱軒家 拾七匁四分ならしにて 但大へついとも      凡造酒やとうふやそばや ねりものや其外大家の分 凡千百軒に立      此銀百六拾貫○○八拾目 米(こめ)    壱軒家弐斗六升ツヽならし 石九十目立      合弐千三百九十二石 但米や酒や其外 はり物やのり米迄      此銀弐百拾五貫弐百八拾目 疊(たゝみ)   壱軒家十六畳半ならし 一畳九匁八分立      合十五万千八百畳 七分やけ三分のこるとして      此銀千四百八十七貫六百四十目 障子(しやうじ)  壱軒家四くみツヽにならし 壱くみ 十六匁立 ふすま   合三万六千八十組 七分やけ三分のこるとして      此銀五百八十八貫八百目 あんどう 壱軒家四ツ半ならし 一ツ六匁四分立       合 四万千四百 但しつりあんとうとも 七分やけ三分残      此銀弐百六十四貫九百六十目 日がさ  壱軒家弐本ならし 一本弐匁四分立       合壱万八千四百本 子どもかさとも 七分やけ三分残      此銀四十四貫百六十目 雨がさ  壱軒家四本ならし 壱本 弐匁五分立       合三万六千八百本 七分やけ三分残 但し小どもかさとも      此銀九十弐貫目 ふとん  壱軒家百八十一匁余り但人数わり 着るい   合人数八万八千六百人 壱人前 十八匁八分ツヽ      此銀 千六百六十五貫六百八十目 【下段】 酒    壱軒家弐斗七升ならし 一升弐匁かへ       合弐千百八十四石 造酒三十一軒 清酒五十軒      此銀四百九十六貫八百目 たらい  造酒家清酒や凡八十軒 舟之桶るい おけ    合弐百十四貫百目       町家の分七万九千四百桶百五十八貫八百目      此銀合三百七十弐貫九百目 醤油   壱軒家壱斗八升立 一升 壱匁かへ       合千六百五十六石商売向棒たる共七分やけ三分残り      此銀百六十五貫六百目 あぶら  壱軒家壱升五合立 一升四匁五分かへ       合百三十八石 商売向とも      此銀六十弐貫百目 柴    壱軒家 八束立 一束壱匁壱分七り 割木    合七万三千六百束 商売向大わりとも      此銀 八十六貫百十弐匁 炭(かたすみ)   壱軒家二俵半立 一俵四匁かへ くらま   合弐万三千俵 但し炭やくはしやふろやとも      此銀九十弐貫目 下駄   壱人前七足半立 六十六万四千五百足 さうり  人数〆八万八千六百人 わらじ  此銀千○廿四貫三百八十目 漬もの  壱軒家 四挺ならし 但□□□□ 合しさし引して       〆三万六千八百挺      此銀三百六十八貫目 下糞   壱軒家 半荷ツヽ代五分ツヽ立      此銀 四貫六百目 小便   壱軒家 たこ共代 壱匁立      此銀 九貫弐百目  合 金五拾六万弐千七百五十両と    銀六千九百八十六〆百九十弐匁 代十万七千五百両  惣合高金六拾七万○弐百五十両也 土蔵凡 千八百七十三ケ所之内     九百四十一ケ所 焼失 仏だん屏風かけ物脇さし手道具家具おゝ道具 たんす長持なべかま其外せとものるい 此等は迚も広大之事にて量がたしよつて 此金高の外なる事をしるへし 右金高わづか九(こゝ)の時(とき)之 間(ま)に灰燼(くわいじん)と成事 可恐(おそるべき)事也 故につね〳〵火用心(ひのようじん)ゆだんし給ふべからずいさゝか田葉(たば) 粉(こ)の火も万民(はんみん)の歎(なげ)きを発(おこ)す基(もとゐ)也くれ〳〵昼夜(ちうや) 暫(しはら)くもゆだんなすべからず慎(つゝしむ)へき第一也尤 追々(おひ〳〵)もとの 住所(すみか)とするは又 倍々(ばい〳〵)の入用(いりよう)考(かんか)へ知べし