春色閨望月  上 三途(さんづ)の川(かは)もこれ此(この)やうに。手(て) を引(ひき)あふて往(ゆく)ものは。かくの如(ごと)きか 恋(こひ)の渕(ふち)。にてなるをの浜千鳥(はまちどり)。 なきずゝりする心地(こゝち)よさ。そのみな もとを尋(たづ)ぬれば。神代(かみよ)のむかし二柱(ふたばしら) の。神(かみ)にをしへし教鳥(をしへどり)。にはくなぶりの なぶられたさを。身(み)の願(ねがひ)なるはかなさも 好男(すいたをとこ)の噂(うはさ)ゆゑと思(おも)へどいざやしらぬ火(ひ)の。 筑紫(つくし)のつびに伊勢(いせ)のまら。世(よ)に聞(きこ) えしも事(こと)ふりて。今(いま)は水道(すゐど)の水(みづ)                        序一 清(きよ)き。吾妻男(あづまをとこ)に京(きやう)女郎(ぢようろ)。恋(こひ)にはや せの里(さと)そだち。鄙(ひな)に似(に)げなきみめ かたち。ひく手(て)あまたの双玉(ふたたま)づさ。読(よま) ずにわかる枕(まくら)の冊子(さうし)。春(はる)はあけぼの やう〳〵に。あけてみ給へ絵(ゑ)にかける。 女(をんな)ばかりか男(をとこ)とともに。取(とり)みだしたる 筆(ふで)のあや。誰(たれ)か心(こゝろ)をうごかさゞらんや。 喜(よろこ)び永(なが)き宿(やど)さがり。その湯(ゆ)あがり の折(をり)からに。ゆげの酒(さか)まら。出(で)あひの 席(せき)に筆(ふで)をとる。               序二 春色 閨 望 月 おかめ 〽 与兵衛さんはたしやアおもわぬ  嫁入するわいなアまゝならぬ浮世と  かんにんして思ひきつて下されや 与兵衛 〽コレおかめきしにせいしも  取かはし深くおもわせ  今さらに嫁入する         とは  口おしや   月夜斗のやみまき 〽このゑは  たがいに  はないき     の  あひ   ばかり  いゝ   ぐさ    は  なん   にも  なし そういふそなたのこゝろなら、このまゝ死(し) ぬるはほいない縁(え)にし、とてもしぬ身(み)のお もひでに、どこぞでチヨツト二世(にせ)のかため、 〽(おかめ)う れしうござんす、そんなら死(しな)ぬそのさき に、〽(与兵衛)つきぬなごりを、 〽(かめ)与兵衛(よへい)さん、〽(与兵衛)おかめお じや、トたがひに手(て)に手(て)を取(と)りあひて、行(ゆ)きな がら、〽(かめ)ヨウ与兵衛(よへい)さん、これからどこへ行(いく)つもりだ、 〽(与)どこへとツて、おれが行(い)くところへ、一所(いつしよ)に 行(い)きせへすリヤア、いひじやアねへか、〽(かめ)それだツ ても、その往(いく)とこが、どんなうちかしらねヘ が、大(おほ)かた気(き)がつまるだらふから、サア二世(にせ)のか ためをしておくれナ、〽(与)二世(にせ)のかためは、ど うするつもりだ、〽(かめ)ナンダしれたことヲしらア きつて、サア〳〵、〽(与)するのか、〽(かめ)そうサ、〽(与)この原(はら) 中(なか)でどうなるものか、〽(かめ)ナニおめへこんな ところへ誰(だれ)がくるものか、わたしやアヽモウ よひの昏礼(こんれい)さわぎに、気(き)をもんだもの だから、マダ落(おち)つかねへ、どんなさわぎだとお もひなさる、聟(むこ)がいま来(く)るのなんのと、ソリヤア おほさわぎサ、そン中(なか)でにげ出(だ)したものヲ、 あとのことはしらへが、おもひやられるのヨ、 〽(与)おめへかけ出(だ)さねへで、まごついて居(ゐ)やう ものなら、今夜(こんや)今(いま)時分(じぶん)は、一番(いちばん)されると ころだ、その時(とき)アどんな顔(かほ)だらふ、みてエ ようだ、〽(かめ)ナアニ誰(だれ)がさせるものか、このほう はぴんとこゝろに、錠(ぢやう)をおろしてあります よ、〽(与)ソウサ腰(こし)から下(した)はあけばなしか、〽(かめ)何ヲ いひなさる、ソリヤア大(だい)かぐらのおかめサ、それ とはおかめがちがひますヨ、ソンナむた口(くち)はお きにして、はやくしておくれナ、ヨウ〳〵ト、いは れて与兵衛(よへい)も、さすが岩木(いはき)にあらざれど、 かの一物(いちもつ)は、岩木(いはき)の如(ごと)くしやツきりト、 〽(与)そんならこゝでトいひながら、おかめがう へにのりかゝれば、おかめはとくより待(まち)もう けて、はや出(だ)しかけし陰水(いんすい)に、まだ手(て)いら ずのあらばちも、なんの苦(く)もなくおし込(こめ) ば、下(した)から持(もち)あげ、上(うへ)からつき、ピチヤ〳〵グシヤ〳〵、 おもふほど、こゝろのまゝに気(き)をやりて、物(もの) をもいはず、たゞスウ〳〵と鼻息(はないき)ばかり、〽(与)ヤレ〳〵〳〵 がツかりとした、サア〳〵これで気(き)がすんだ、 サアいかう、〽(かめ)マアおまちナ、おみナ、このいくちの ねヘなりヲ、よくしたくして行(いく)はなト、身ごし らへしてたちつれだち、与兵衛(よへい)とともニたど〳〵 と、足(あし)にまかせて行(ゆく)ほどに、とある百姓家(ひやくしやうや) にいたり、門(かど)の戸(と)をほと〳〵とおとづれて、〽(与)モウシ 少(すこ)しおたのみ申します、トいへば内(うち)より、 しはがれたる声(こは)ねして、〽どなたへトこたふる こゑもおぼつかなく、〽(与)与兵衛(よへい)でござります、 夜(よ)ふけてあがりおきのどくながら、チヨツトこゝ をあけて下(くだ)さりまし、トいふにいらへて門(かど) 口(ぐち)を、あくるをみれば、はや七十(なゝそじ)にちかき婆(ばゞ)ア、 〽(ばゞ)ヲヤどなたかとおもツたら、めづらしいお客(きやく)さま、 大(おほき)に御無沙汰(ごぶごぶさた)申しました、何(なに)しに今(いま)時分(じぶん) 御出(おい)でなすツた、ヲヤおつれがござらツしやる かへ、〽(与)アイ女(をんな)づれサ、〽(ばゞ)ヲヤツかな、今(いま)時分(じぶん)、マアこちら へとの言葉(ことば)をしほに、二人(ふたり)とも内(うち)に入(い)れば、 〽(ばゞ)ヤレ〳〵おくたびれでござらツしやらふ、この 通(とを)りの田舎(いなか)、そのうへ夜(よ)ふけで、何(なん)にもあげ るものはごぜへましねエ、御馳走(ごちそう)は明日(あす)の こと、夜(よ)のあくるにはマダ間(ま)もあり、マア〳〵御二(おふた) 人(り)ともおやすみなせへ、ト夜着(よぎ)とふとんを取(とり) 出(だ)して、奥(おく)の一間(ひとま)へ入(い)りにけり、あとに 二人(ふたり)は顔(かほ)みあはせ、〽(与)ヤレ〳〵〳〵よう〳〵のことで 気(き)がおちついた、サア寝(ね)ようト床(とこ)をしき、 二人(ふたり)は一所(いつしよ)にひとつ夜着(よぎ)、おびもこゝろもう ちとけて、ひツたりとあふ肌(はだ)と肌、〽(与)原中(はらなか)とは 違(ちが)ツて、これではゆツくりとして心(こゝろ)もちが いひト、たがひに息(いき)もつきあへず、雲(くも)となり雨(あめ) となり、臼(うす)となり杵(きね)となり、腰(こし)のつゞかん かぎりはト、おもふまゝなる床(とこ)の中(うち)、前後(ぜんご)も しらず一(ひ)ト寝入(ねい)り、はやくも婆(ばゞ)はおき出(いで)て、 飯(めし)ごしらへの釜(かま)の下(した)、ちからまかせにうつ 火打(ひうち)、カチ〳〵〳〵トいふ音(おと)に、二人(ふたり)はふつと目(め)が さめて、〽(与)おかめ夜(よ)があけたゼ、〽(かめ)ナアニまだ烏(からす)も 啼(なか)ねへに、はや過(すぎ)るはナ、もう一番(いちばん)とだきし めて、又(また)すツぽりと夜着(よぎ)のなか、宵(よひ)のつか れにおもはずも、又(また)うと〳〵と両(りやう)ねむり、いか なる夢(ゆめ)をやむすぶらん、