【外表紙】 【表紙見返し】 日本語 347 【表紙見返し】 1801 【表紙、題箋】 繪本前太平記 一 【付箋】 「 3  Je hon Zen dai Fei Ki    Illustrations de l'Histroire  de la Maison Dai Fei des   Japon    Ohosaka 1824, 5 Vol,」 【熟語、名詞、人名の中央、右旁、左旁に棒線あり、これを略す】 近代丹靑 ̄ノ諸家。和漢雜出 ̄シ。 萬象子細極 ̄メテ_レ竒 ̄ヲ盡 ̄シ_レ精 ̄ヲ競 ̄テ 為(ナス)_レ巧 ̄ミヲ。然 ̄レトモ筆勢繊弱 ̄ニシテ而 失(ウシノフ) 古法 ̄ヲ_一者不 ̄ル_レ鮮 ̄ナカラ矣。今乃(イマシ)江南 法橋岡田玉山 ̄カ所 ̄ロノ_レ製 ̄スル繪本 前太平記。衣冠甲冑。各〳〵用 ̄ヒ_二 古代之製 ̄ヲ_一。戦争角逐。凛乎 ̄コトシテ 如 ̄シ_レ生 ̄スルカ_レ風 ̄ヲ可 ̄シ_レ謂 ̄ツ善 ̄ク合 ̄スル_二 天機 ̄ニ_一 者 ̄ナリト也。聊 ̄カ記 ̄シ_二其 ̄ノ概 ̄ヲ_一應 ̄スト_レ需 ̄ニ云 寛政甲寅仲冬   平安  荼蘼園主人        【角印】 【肖像画あり】 清和(せいわ)天皇(てんわう)第六(だいろくの) 宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう)正(しやう)四(し) 位(い)上(じやう)貞純(さだずみ)親王(しんわう) 【幡、剱を受ける図】 抑(そも〳〵)源家(けんけ)の濫觴(らんしやう)を尋(たつぬる)に人 王(わう)五十六 代清和天 皇(わう)第(たい)六の宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう) 貞純(さだずみ)親王(しんわう)と申たてまつるは 一条大宮 桃園(ももその)の宮(みや)に住(すま)せ玉ふ 御 子(こ)經基(つねもと)王(おヽきみ)は第六の皇子(わうじ)の御(おん) 孫(まご)なるにより六 孫王(そんわう)と称(しやう)し 奉(たてまつ)る延喜(ゑんき)七年十月五日御年 十五 歳(さい)にて御 元服(げんぶく)あり右馬介(むまのすけ) に任(にん)し正(しやう)六位(ろくい)上(せう)に叙(じよ)せらる 此時 始而(はしめて)源(みなもと)の姓(せい)をたまはり 日本の大(だい)将軍(しやうぐん)武士(ぶし)の棟(とう) 梁(りやう)たるべしとて白 幡(はた) 一ながれ螺鈿(るてん)の 御剱(きよけん)一 振(ふり)を相(あい) そへて下(くだ)し 玉わりける 【剱を授ける貞純親王】 經基(つねもと)王(きみ)謹(つヽしん)で 頂戴(てうだい)あり大 将軍(しやうぐん)の職(しよく)は 臣(しん)が才(さい)にあ らすと再(さい)三 謙辭(けんじ)し 給(たま)へども勅(ちよく) 命(めい)已(やむ)ことな く領掌(りやうじやう)ある まことに由々(ゆヽ)敷(しく) こそ見へにける是(これ) 則(すなわち)源氏(げんじ)の大 祖(そ)一 流(りう)  の正統(しやうとう)もつとも   かくこそあるへけれと    称嘆(しやうたん)せぬは     なかりける 【出産の祝いの使者たち】 經基(つねもと)の王(おヽきみ)の御(ご)簾中(れんちう) は武蔵(むさしの)守(かみ)橘(たちはな)の敏有(あつあり) の御むすめなり 懐妊(くはいにん)の御気(みけ)しき まし〳〵月(つき)満(みち)て延(ゑん) 喜十二年四月十日 西(にし)八 条(じやう)の宮(みや)にて 御産(ごさん)恙(つヽが)なく御 男子(なんし)誕生(たんじやう)まし 〳〵ける後(のち)に 多(たヾ)田の満仲(まんぢう)と て文武(ぶんぶ)兼備(けんひ)の 良将(りやうしやう)は此(この)若(わか) 君(きみ)の御(おん)事なり 祖父(そふ)の親王(しんわう)父(ちヽ)の 王(おヽきみ)は申も愚(おろか)なり 【御所の様子】 御(こ)所中(しよちう)のよろこ び御 門葉(もんよう)はいふ にをよばす諸国(しよこく) の大 名(めう)小名(しよふめう) より綾羅(りやうら) 金銀 馬(むま)鞍(くら) など我(われ)おと らしと舁(かき) 續(つゞけ)させ賀(が)し 申されけり 誠(まこと)に源(げん)家 繁榮(はんゑい)の相(そう)  なりとめで   たかりける    ことども       なり 【夢を見る氏光】 同十六年五月七日 貞純(さたすみ) 親王(しんわう)桃園(もヽその)の宮にて薨(こう) じさせたまひける爰(こヽ) に府生(ふしやう)紀(きの)氏光(うぢみつ)といふ もの夢(ゆめ)に朱樓(しゆらう)金(きん) 殿(でん)いらかをなら べたる仙 室(しつ)に いたるに其(その)長 十丈 計(はかり)の威(ゐ) 神(しん)貞純(さたつみ)親王(しんわう) にむかひて曰(いわ)く 我(われ)汝(なんじ)をして 此(この)粟散(そくさん)國に生(しやう)せ しめ王法(わうはう)佛法(ふつほう)を 護(まも)らしめんと約(やく)し ぬ汝(なんし)今(いま)已(すで)に子孫(しそん) 【水面の龍の図、◆白龍ではない】 ありて金 闕(けつ)の守(まもり) にたれりはやく 去(さつ)て本土(ほんど)に帰(かへ)る べしとの給へば貞 純親王の御 姿(すがた) 忽(たちまち) 五丈 餘(あまり)りの白 龍(りう)と 成(なつ)てしら波(なみ)を巻(まき) かへし水 底(そこ) に入たもふと 見てゆめ覚(さめ) たり氏 光(みつ)奇(き) 異(い)のおもひをなし 桃園(もヽその)の宮にいたり みれば親王(しんわう)已(すで)に 薨去(こうぎよ)し玉へり不思(ふし) 儀(ぎ)なりし事とも也 【牡鹿に向かおうとする武者の図】 六十一代 朱雀(しゆじやく)帝(てい)と 申たてまつるは醍醐(たいこ)天 皇(わう)第十一の皇子(わうし)延(ゑん) 長八年十一月御 年八 歳(さい)にて御 即(そく) 位(い)あり年号(ねんごう)を 承平(しやうへい)と改元(かいげん)あ る其二年の 秋(あき)貞觀(じやうくはん)殿(てん)の 築(つき)山にいづく ともなく牡(を) 鹿(しか)一 疋(ひき)躍出(おとりいで) 玉体(きよくたい)に飛(とび)かゝ る殿上人(てんしようひと)達(たち) あわて騒(さわき)我(われ)も 〳〵と太刀(たち)引 【射られて倒れる牡鹿】 抜(ぬき)て払(はらひ)玉へば 庇(ひさし)の上(うへ)にとびあ がり鏡(かヽみ)の如(こと)き眼(まなこ) を開(ひら)き皇居(こうきよ)を にらんでゐたりける 經基(つねもと)かぶら矢(や) 打(うち)つかひしばし たもつて發(はな)ち玉ふ 矢坪(やつぼ)をたかへず ひだりの耳根(みヽね)より 右(みぎ)の草分(くさわけ)まで矢(や) しりしろく射(い)出(いだ) したり鹿(しか)はたまらず どふと落(おつ)れは堂上(どうしやう)堂下 ゐたり〳〵と称(ほむ)る声(こへ)し ばしは鳴(なり)も止(やま)ざりけり 【平貞盛の行列】 爰(こヽ)に桓武(くわんむ)天皇(てんわう)曽孫(そうそん)前(せん)将軍(しやうぐん) 良将(よしまさ)の男(なん)瀧口(たきくち)小(こ) 二郎(じろう)相馬(そうま) 将門(まさかど)といふもの あり其(その)為人(ひとヽなり)狼戻(ろうれい)に して礼法(れいほう)をしらず 将門(まさかど)が従弟(いとこ)に平(たいらの)貞盛(さだもり) といふものあり仁和寺(にんわじ) にもふでけるが供人(ともひと) あまた引具し行(きやう) 列(れつ)あたりを拂(はらつ) て来(く)るもの有(あり) 親王(しんわう)摂家(せつけ)の 公(きん)だちにてや あらんと道(みち)の 傍(かたわら)に蹲踞(そんこ)し 【将門に話しかける従者】 てちかくなりて よくみれば小二郎 将門(まさかど)なり穴(あな)ふ しぎや分限(ぶんげん)不(ふ) 相應(そうおう)の行粧(きやうそう)こ そ意得(こころへ)て疑(うたかい)な く逆心(きやくしん)の色(いろ)あ らわれたりと殿下(てんか) にまふし奉(たてまつ)り早(はや) く誅伐(ちうばつ)あるべし と再四(たび〳〵)申すヽめけれ ども唯(たゞ)一 門中(もんなか)の不(ふ) 和(わ)より私(わたくし)の偏執(へんしう)なら んと許容(きよよう)さらになかり しか後(のち)にぞおもひ合(あわ) されたり 【純友と将門】 又 伊豫掾(いよのせう)藤原(ふしわら)の 純友(すみとも)といふ ものあり在(ざい) 京(きやう)の時(とき)比叡(ひへい) 山(ざん)に詣(もふで)ける中堂(ちうとう) のまへにて将門(まさかど) にあひたり 互(たがい)にもたせし 破子(わりご)など 取(とり)ちらし 酒宴(しゆえん)を 催(もよふ)しけるが 将門はるかに 平安城(へいあんせう)を 見おろし 暫(しばらく)ため息(いき) 【将門と純友】 つぎてゐ たりければ 純友(すみとも)怪(あやし)みてその故(ゆへ)を 問(と)ふに将門か曰(いわく)抑(そも〳〵)此(この)平(へい) 安城(あんぜう)は桓武(くはんむ)天皇(てんわう)延暦(ゑんりやく) 十二年 此地(このち)に移(うつ)されてより 連枝(れんし)相續(あいつゞき)て位(くらい)を踏(ふむ) 我(われ)も桓武(くはんむ)の流(なが)れに生(むま)れ なから奴僕(ぬほく)と同しく枯(くち) はてんはくちおしきこと也 我 聊(いさゝか)おもひ立事の候 与(くみ) し給(たび)てんやと申けれは純 友 欲心(よくしん)熾盛(しせい)のぶこつもの なれば早速(そうそく)に領掌(りやうじやう)しより〳〵 叛謀(むほん)の計(はかりこと)を企(くはたて)ける後(のち)将門 同時(とうじ)に兵(へい)を起(をこせし)は此時(このとき)よりの根ざし也 【荒夷の着なれぬ衣冠姿】 将門(まさかと)は下總國(しもをさくに) 猿(さな)【ルビ画像不鮮明】しまの 郷(ごうに) 大裏(たいり)を建(たて)て南北 三十六丁 東西(とうざい)二 十丁七十二の前(ぜん) 殿(でん)三十六の後(こう) 宮(きう)何殿(なにてん)何 門(もん) 軒(のき)をならべさ しもいみじく 作(つく)りたり自(みつから) 平親王(へいしんわう)と号(ごう)し 百宦(ひやくかん)をそなう 衆職(しうしよく)を置(をき)その 闕(かけ)たるは只(たヽ)暦博士(れきはくし) ばかりなり頑(かたく)なる 荒夷(あらえびす)ども着(き)なれ ぬ衣冠(いくわん)をちやくし 【倒れ伏すぶざまな荒夷】 横(よこ)さまにかむりを 引立または前軀(ぜんぐ)の 者(もの)の裾(きよ)をふまへ覆(うつぶし)に たをすもあり或(あるい)は 何某(なにがし)の大納言(だいなごん)のもとに 今宵(こよい)褒貶(ほうへん)のうたあ わせあつてまかるなんど こと〴〵しくのヽしりてさ まよひありくさてもいか 成うたをか詠(よみ)けん何事(なにこと)   をか云(いヽ)けんつたへ   聞(きく)さえ恥(はづ)かしヽいと   むくつけきふるまひ     やと心(こころ)ある人(ひと)は     みなまゆをぞ     ひそめあひけり 【諫言して腹を切ろうとする公連】 さるほどに将門(まさかと)は一 族(そく)良從(らうじう)を あつめて謀叛(むほん)の企(くわだて)評議(へうぎ)しける か異見(いけん)區々(まち〳〵)にてさらに一 定(しやう) せずときに将門が従弟(いとこ)に六郎 公連(きんつら)といふものあり末(はつ) 座(ざ)よりすゝみ出(いで)泪(なみだ)を はら〳〵と流(なが)し穴(あな)浅(あさ)ま し斯(かヽ)る忌(いま)わしき企(くわだて)こそ 候はね天地(てんち)開(ひらけ)け【「け」重複】始(はじまり)てより 以来(このかた)君(きみ)を弑(しい)して宗廟(そうひやう) をたもちしもの和漢(わかん)とも にいまだきかず今(いま)無為(ぶい) の浪(なみ)四海(しかい)に溢(あふ)れ万民(ばんみん)其(その) 化(くわ)に誇(ほこ)るの時(とき)みだりに干(かん) 戈(くわ)を邦内(ほうだい)に動(うごか)さんこと 恐(をそ)るへし〳〵 【公連を苦々しく見る将門】 當家(とうけ)のめつ 亡(ほう)を見(み)んより は身(み)をいさぎ よくして死(し)せ んかはとて押(をし)はだ 脱(ぬき)て左(ひだり)の小脇(こばら) に刀(かたな)を突立(つきたて) 右(みぎ)の傍腹(そばばら) まで切目(きりめ)長(なが)く 引廻(ひきまは)しはら わたをたぐり 出(だ)しうつぶしに 臥(ふし)て死(しヽ)たりける 満座(まんざ)是(これ)に興(けう)さ めてその日の評(へう) 儀(ぎ)はやみにける 【天変地異、異形の物を見て怪しむ人々】 承平(しやうへい)四年五月二十 七日 洛中(らくちう)旋風(つぢがぜ)おびた たしく吹(ふき)て沙(いさこ)を巻(まき) 石(いし)を走(はし)らせ咫尺(しせき)の 中をも見えわかず いか成(なる)變異(へんい)申らんと 怪(あやし)みおもふ処(ところ)に坤(ひつじさる)の方(かた) より艮(うしとら)へさして大地(だいち)も 崩(くづるゝ)はかり震動(ふるひうこき)民屋(みんおく) はさらなり厳(おごそか)に建(たて)な らべたる神社(しんしや)佛閣(ぶつかく) のこりなくぐづれて また俄(にはか)に水(みづ)涌(わき)い でゝ天(てん)にみなぎり 山(やま)さけて谷(たに)を埋(うづ)む する墨(すみ)を流(なが)せし 【空に現れた怪異におびえる人々】 大空(おゝそら)に長(なか)さ三十丈 もやあるらんと覚(おぼへ)し き蛟(みつち)のことく成(なる)異(い)形(ぎやう) のものふたつ現(あらは)れつく 息(いき)は炎(ほのふ)にてその鳴(なり)はた めくこと百千の雷(いかづち)の 一どにおちかゝるかと あやしまる人々 肝(きも)を冷(ひや)し 魂(たましい)を飛(とば)しいかなる前表(ぜんひやう) にやと悲(な)しまぬ ものはなかりけり 是(これ)則(すなはち)朝敵(てうてき)蜂起(はうき) すべき気(き)ざし   なりとおそ    ろしかりき     ことどもなり 【純友の船を離れる海賊】 藤原(ふじわら)の純友(すみとも)は本國(ほんごく)伊豫(いよ)へ下(くだ)るとて 播州(ばんしう)室(むろ)の海上(かいじやう)にて風(かぜ)を見(み)合(あわせ)いた りしが純友(すみとも)を始(はじ)め良從(らうじう)のこらず 船(ふね)にゆられ前後(ぜんご)もしらず寐(ね) 入たり爰(こゝ)に海賊(かいぞく)数(す)十人 商人(あきうど) 船(ふね)とやおもひけん屋形(やかた)の内(うち)へ入 きたり金銀(きんぎん)衣服(いふく)調度(ちやうど)まて のこりなく奪(むば)ひ取(とり)おのが ふねにはこひ入ゆくえもし れず去(さ)りにけり賊首(ぞくしゆ)なる もの唯(たゝ)二人あとにのこりて 純友か秘藏(ひそう)せし藤(ふじ) 丸(まる)といふよろいの有(あり) けるをうばひ とらんとて誤(あやまつ)て うつふしにたおれ 【強盗を組伏せる純友】 ける純友 是(これ)にめ覚(さめ) たれと燈(ともしび)きえて 真暗(まつくらかり)足音(あしおと)をしる べに無一(むず)と組(くん)て揉(もみ) 合(あい)しか賊(ぞく)は二人 純(すみ) 友(とも)はたゝ壱人にてあ しらいかねて強盗(ごうとう)を くみとめたり起(おき)よ者(もの) どもと呼(よば)るに良等(ろうどう)若(わか) 黨(とう)をき合(あわせ)て折重(おりかさなり)て高(たか) 手 小(こ)手にからめける扨(さて)燈(ともしひ)を 点(てん)じて屋方(やかた)の内(うち)をみれば 調度(てうど)金銀(きんぎん)のこりなく盗(ぬすみ)とら れたれば純友大きに怒(いか)り強(つよく)   いましめて本(ほん)ごくへ      とそ帰(かへ)りける 【紀淑人図】 武内(たけのうちの)大臣(だいじん) 十八 世(せの)孫(そん) 紀(きの)長谷雄(はせを) 之(の)男(なん)式部(しきふの) 少輔(しやうゆう)伊豫(いよの) 守(かみ)紀(きの)淑人(よしひと) 【白紙、下に朱蔵書印】 【裏表紙、藍色紙】 【表紙、題箋】 繪本前太平記 二 【見返し、白紙】 【平将門図】 桓武(くわんむ)天皇(てんわう)之(の)曽孫(そうそん)前(せん) 将軍(しやうぐん)良将(よしまさ)之(の)男(なん) 瀧口(たきくち)平(たいらの)小二郎(こしろう) 相馬(そうま)将門(まさかと) 【庭に引きだされた海賊たち】 純友(すみとも)は本國(ほんごく)に歸(かへり)てより 晝夜(ちうや)隠謀(いんぼう)の企(くわたて)に心(こころ)を くるしめけるが吃(きつ)とを をひ出し彼(かの)船中(せんちう)にて 生捕(いけどり)し海賊(かいそく)を庭上(ていしやう)に引(ひき) 出(いた)し面(おもて)を和(やわ)らせて申けるは 平 親王(しんわう)将門(まさかと)東国(とうごく)にて義兵(きへい) を揚(あげ)られ威勢(いせい)関(くわん)八州(はつしう)に普(あまね) し我(われ)この君(きみ)にたのまれま ゐらせ當國(とうごく)にて旗上(はたあげ)せん とす汝等(なんじら)後日(ごにち)の富貴(ふうき) をおもはゞ徒黨(ととう)をまねき あつめ軍忠(くんちう)を 盡(つく)すべし親王(しんわう) より下(くた)し玉はる 令(りやう)旨 謹(つゝじん)で拝(はい) 【令旨を捧げる純友】 聴(ちやう)せよとかねて 拵置(こしらへおき)し令旨(りやうし) とり出しよみ 聞(きか)せければ 貪欲(とんよく)ふてき の海賊(かいぞく)ども 小おどりして よろこひ我々(われ〳〵) は国(くに)〳〵に相觸(あいふれ)れ【ママ】 与力(よりき)の軍勢(くんぜい)驅(かり) 催(もよふ)し不日(ふにち)に馳参(はせさんす) べしと子細(しさい)なく 領掌(りやうしやう)しければ純(すみ) 友(とも)大きに悦(よろこ)ひ黄(わう) 金(ごん)十兩(ちうりやう)太刀(たち)をあた【へ脱ヵ】 て打(うち)たゝせける 【七言律詩を賦す有智子内親王】 承平(せうへい)六年(ろくねん)春(はる)三月 紫(し) 宸殿(しんでん)にて花(はな)の宴(ゑん)を もふけらる抑(そも〳〵)花(はな)の 宴(ゑん)とまふすは異國(いこく)の 對策(たいさく)及第(きうだい)にな ぞらへて嵯峨(さが)天皇(てんわう) 弘仁(こうにん)三年 神泉(しんせん) 苑(ゑん)に御幸(みゆき)あつて 花(はな)のもとにて宴(ゑん) を開(ひら)かる其(その)頃(ころ)加 茂(も) 齋院(いつきのみや)有智子(ゆうちし)内親(ないしん) 王(わう) 塘光行蒼(とうこうこうそう)の韻(いん) を得(ゑ)て七 言律(ごんりつ)の 詩を賊(ふ)【賦】せらる 寂々幽荘【牀、有智子内親王漢詩により誤りを正す】迷【水】樹 裏仙輿一降一池 【宴に集う人々】 塘棲【栖】林孤鳥識 春澤隠澗寒光具【花見】 日光泉聲近 報新【初】雷響山 色高明【晴】旧【暮】雨行 從此更知恩顧 渥生涯何以 答穹蒼 とぞ聞(きこ)へける時に 御 年(とし)十七にぞなら せられける其(その)後(のち) 此(この)例(れい)にて今(いま)の御宇(ぎよう) までもとしごとにおこな はるゝことに       なん         あり          ける 【書状を読む平忠平】 花(はな)の御遊(きよゆう)も事(こと) 終(を)り各(をの〳〵)禄(ろく)玉 わりて退去(たいきよ) せんとし玉 ひし処(ところ)へ 伊豫(いよ)の 国(くに)より ■(ひ)【にくづき+布】力(きやく)到(とう) 着(ちやく)す 藤原(ふじわら)の 純友(すみとも)山陽(さんよう) 南海(なんかい)西海(さいかい)の 海賊(かいぞく)をかたらひ 千 余艘(よそう)の兵舩(ひやうせん) をつらね狼藉(らうぜき) におよひ候 早(はや)く 【命を承る紀淑人】 国司(こくし)を下向(けこう) させられ追(つい) 罰(ばつ)あるべくと 注進(ちうしん)す摂政(せつせう) 忠平(ただひら)公(こう)聞(きこ)しめし おどろき玉ひいそ ぎ守護(しゆご)を下し 制(せい)せらるべしとて在(ざい) 京(きやう)の武士(ぶし)の中(なか)に式部少輔(しきぶのせうゆう) 紀(きの) 淑人(よしひと)は武勇(ふゆう)のほまれ 高(たか)ければ則(すなはち) 伊豫守(いよのかみ)に    任(にん)じふ日(じつ)に下向(けこう)し  純友(すみとも)を退治(たいし)すべしと仰(おゝせ)    ありけれは淑人 眉目(ひもく)    施(ほこ)し喜(よろこ)ひて    退出(しりそいで)られける 【指揮を執る紀淑人】 去(さる)ほどに紀(きの)淑人(よしひと)は兵舩(へうせん)を 艤(ふなよそおひ)して明石(あかし)の戸(と)まで下(くだ) りけるが賊(そく)の舩(ふね)と見へ て色(いろ)〳〵の旗(はた)立(たて)ならべ 二三百 艘(そう)さゝえたり すわや敵(てき)よと見る ところに小舩(こぶね)一 そう国司(こくし)の舟(ふね) を目(め)かけて漕(こぎ) きたり申けるは 抑(そも〳〵)我(わか)輩(ともから)純友(すみとも) 恩顧(おんこ)のものにも あらず只(たゞ)一旦(いつたん) の催促(さいそく)にし たがひ命(いのち)を 助(たすか)らん為(ため)斗(ばかり) 【淑人に申し開きをする者】 にて候いかでか 國司(こくし)にたひし 弓(ゆみ)を引(ひき)候わん 已後(いこ)朝家(てうか)の御(おん) 為(ため)に身命(しんめう)を なげうち軍忠(ぐんちう)を 励(はげむ)べきあいだ一 旦(たん) の罪(つみ)を免(めん)ぜられ候へと いんぎんにのべにけり 淑人(よしひと)許容(きよよう)ありて則(すわち) 手下(てした)に属(ぞく)せしめけれ ばそれよれ後(のち)敢(あへ)て 海路(かいろ)をさえぎる敵(てき)も  なくて四月二十日と   いふに伊豫國(いよのくに)にそ     つきにける 【奮戦する藤原純友】 廿一日のまだしのゝ めの頃(ころ)よりも 淑人千八百 余(よ) 騎(き)にて純友(すみとも)かこ もりたる高縄(たかなは) の城(しろ)へおしよする たかひに鯨(とき)の 声(こへ)を合(あわし)討(うち)つ うたれつ時(とき)う つるまで戦(たたかい) し に 純とも 精好(せいこう)の大(おゝ) 口(くち)に黒糸(くろいと) おどしの 鎧(よろい)を着(ちゃく) 【奮戦する純乗、純行兄弟】 十一丈 余(あまり)の樫(かし)の 棒(ぼう)を輕(かろ)〳〵と打振(うちふり) 舎弟(しやてい)純乗(すみのり)同純行 主従(しう〳〵)三十七 騎(き)轡(くつはみ) をならへ打ていて追(おふ)つ かへしつ七八 度(ど)ほともん たりける宦軍(くはんくん)是に碎(へき) 易(えき)してしどろになつて 見へける処(ところ)にからめての寄(よせ) 手(て)城内(しようない)にまぎれ入 火(ひ)を かけて切(きつ)て出(いつ)れは純(すみ)とも いまは是までと一 方(はう) を打破(うちやふ)りかけぬけて 落(おち)たり其(その)のち生死(しようし) をしらずなりにけり 【斬り結ぶ敵味方】 純友(すみとも)か弟(おとゝ)八郎 純業(すみなり)といふ者 三百五十 余騎(よき)のつわものを 引卒(ゐんそつ)し讃岐路(さぬきち)より来(きた) りしが高縄(たかなは)の城(しろ)没落(ほつらく) して敵(てき)の火をかけたる を味方(みかた)の相圖(あいづ)の けむりぞと心(こころ)えて 揉(もみ)にもんで馳(はせ)たり ける宦軍(くわんぐん)の御内(みうち) に波多野(はたの)右衛門(ゑもん)五 百 騎(き)にてふせぎ たゝかふ純業(すみなり)血気(けつき)  の若武者(わかむしや)なれ   ば真先(まつさき)に     すゝんて    馳(はせ)たる処(ところ)に 【胸を射抜かれる純業】   たれが    射(い)るとも      しらぬ   なかれ矢(や) ひとつ   胸板(むないた)を ぐさと  射(い)ぬき     たり 大事(たいじ)の手(て)なれ は馬(むま)より倒(さかしま) におつれば宦軍(くわんぐん)勝(かつ) にのつて懸立(かけたつ)るそ 大 将(しやう)をうたれ何(なに)かは もつてころふべき さん〳〵に成(なつ)て落行(おちゆき)ける 【闘鶏に興じる人々】 紀(きの)よし人(ひと)はすみともち くてんして國中(くにちう)の 賊徒(ぞくと)を討降(うちくだ)るものは 仁愛(じんあい)をもつてなつけ けれは国中 無事(ふし)に 治(おさま)りける扠(さて)も都(みやこ) には純友(すみとも)ちくてん のよし聞(きこ)えければ 上下 安堵(あんど)のおもひ をなしけるに同七年 四月の比(ころ)より地震(じしん)を びたゝしく彗星(すいせい)夜(よる) 〳〵あらわれければ天(てん) 文(もん)博士(はくし)を大内(をゝうち)にめされ 占(うらなは)せらるに逆臣(けきしん)蜂起(ほうき) すべき前瑞(せんすい)なりとて 【闘鶏】 よろづの御つゝしみ大 かたならず其頃(そのころ)都(と)下 の貴賤(きせん)もつはら 闘鶏(とうけい)の戯(たわむれ)をな しけるがしだい 〳〵増長(そうちやう)して鶏(にはとり) あまた飼立(かいたて)四本(しほん) 柱(はしら)の土俵場(どひやうば)をかまへ 日毎(ひごと)に鶏(にはとり)をもち きたりて闘(たゝかは)す一鶏(いつけい)の 價(あたへ)万銭(まんせん)に下(くだ)らず漸(やう〳〵)に 家業(かぎやう)を忘(わす)る諸卿(しよきやう)僉儀(せんぎ) ありてかゝる奇事(きじ)の流行(りうこう) するも乱(らん)起(おこる)べき前表(ぜんへう)なりとて かたく此(この)戯(たわむれ)を停止(てうし)せられ年(ねん) 号(こう)を改元(かいけん)有(あり)て天慶(てんけい)に移(うつ)されたり 【命を承る御厨三郎将頼ヵ】 東國(とうごく)には平(たいら)将門(しやうもん)逆心(きやくしん)日(にち)〱(〳〵)に増長(そうぢやう) し先(まつ)隣國(りんこく)を討ほさんと宗徒(むねたう) の一 族(ぞく)を集(あつめ)合戦(かつせん)の評定(ひやうちやう)區々(まち〳〵)也(なり) 爰(こゝ)に平の兼任(かねとう)といふものあり 常陸(ひたち)の大掾(だいじやう)国香(くにか)の三 男(なん)貞盛(さだもり)の 弟(をとゝ)将門とはいとこなりかゝる 企(くはだて)ありとはしらず催(もよふ)しに 隨(したが)ひ列座(れつさ)してゐたりしか 評議(ひやうぎ)終(おわり)て皆(みな)〱退去(たいきよ)す 兼任(かねとう)も何気(なにき)なき体(てい)にて 去 出(いで)て心(こころ)によろこび駒(こま)を はやめて常陸(ひだち)に帰(かへ)りぬ あとにて将門(まさかど)申けるは今日(けふ) の参會(さんくわい)に諸人(しよにん)のまうす 異見(いけん)を申 出(いで)ら るゝに独(ひと)り兼(かね) 【下知を与える平将門ヵ】 任(とう)のみ一 言(ごん)の いらえなく 立帰(たちかへ)りしは 二心(ふたこゝろ)あるに必(ひつ) 定(でう)せりはやく 討(うた)ずんばゆゝ しき大事(だいじ) におよぶべし と舎弟(しやてい)御(み) 厨(くりや)三良 将頼(まさより) に国中(こくちう)の軍(くん) 勢(せい)二千五百  余騎(よき)をあた   え常陸(ひたち)の    国へと押(おし)     よする 【奮戦する平繁盛、兼任】 平(へい)三(そう)兼任(かねとう)は父(ちゝ)の居城(きよしやう)土浦(つちうら)に きたり将門(まさかど)がむほんいさゐに 語(かた)りけれは父 国香(くにか)大きに おどろき 事(こと)の微(び)なる うちに退治(たいぢ)すべし と国中(こくちう)の軍勢(ぐんぜい)千(せん) 三百 余騎(よき)をあつめ 長男(ちやうなん)貞盛(さだもり)は 在京(ざいきやう)にて居(ゐ)あわ さず二男(じなん)繁盛(しげもり) 三男 兼任(かねとう)を兩(りやう) 大将(たいしやう)として城(しろ)より 三 里(り)いでゝ陣(じん)をとる 繁盛(しげもり)は態(わざ)と五十余丁 退(しりそき)て兵(へい)を伏(ふせ)てぞ待(まち) かけたり御厨(みくりや)三郎 将(まさ) 【奮戦する御厨三郎将頼】 頼(より)敵(てき)爰(こゝ)まで出向(てむく)べし とはおもひもよらず 矢(や)合(あわせ)の鏑(かぶら)射(い)ちかふほど こそあれ射(い)しらまされ 半里(はんり)はかり退(しりぞく)処(ところ)へ伏(ふせ) いたる繁盛(しけもり)の八百 余騎(よき)横(よこ)さまに おめいて懸(かたり) 将頼を中に とりこめ余(あま) さじと攻(せめ)たり けれは将頼の 兵(へい)我(われ)先(さき)にと 迯(にげ)たりければ 討(うた)るゝものその かずをしらず 【進言する平繁盛】 御厨(みくりや)三郎 打負(うちまけ)てはう〳〵帰(かへ)り ければ将門(まさかど)大きに驚(おどろき)いまは みづから討(うつ)べしと二万五千 余騎の大軍(たいぐん)を卒(そつ)し常陸(ひたち) の国へ発向(はつこう)す國香(くにか)は此(この)よし つたへきゝ一 族(ぞく)等をあつめ 軍(いくさ)の評定(ひやうしやう)せられけるに 今度(こんど)もまた道(みち)の切(せつ) 所(しよ)に討出(うちいで)て防(ふせく)べし と定(さため)けるを繁盛(しげもり) すゝみ出(いて)て申され けるは此(この)ごろの勝利(しやうり) は敵(てき)の不意(ふい)を討(うち)し ゆへなり今度(このたび)将門(まさかど)大 軍にて攻(せめ)きたる小勢(こせい) をもつていかんぞ出(いて) 【進言を聞く国香】 て戦(たゝか)わんや只(たゝ)城(しろ)を 守(まもり)てかたく防(ふぜ)ぎ 早馬(はやむま)を以て 都(みやこ)にすくひ を乞(こひ)敵(てき)の機(き)を 見て拉(とりひしか)は必(かなら)ず 勝利(しやうり)あるべし と申されけれど いや〳〵此(この)小城(こしろ)に て大敵(たいてき)にかこま れ兵粮(へうろう)【食+良・𩛡】の用意(ようい)も なく十日ともこらへ候 まじ兎角(とかく)難所(なんじよ)に討(うつ) て出(いで)勝負(しやうぶ)を一 時(じ)に決(けつ)す へしと衆儀(しゆぎ)定(さだま)りて藤代(ふじしろ) 川(かは)を前(まへ)にあて陣(しん)を取(とり)て扣(ひかへ)たり 【平将平、将頼】 将門(まさかど)之(の) 弟(おとゝ)大葦(をゝあし) 原(わら)四良(しろう) 将平(まさひら) 同(おなしく)弟 御(み)厨(くりや) 三良 平(たいらの)将頼(まさより) 【見返し、白紙】 【紺地裏表紙】 【表紙】 繪本前太平記  三 【見返し、白紙】 【俵藤太秀郷】 大職冠(たいしよくくん)鎌足(かまたり)公(こう) 七世(しちせ)之(の)孫(そん)河内(かわちの) 守(かみ)村(むら) 雄(を)之(の) 男(なん)從(じう) 四(し) 位(い) 下(げ)下野(しもつけの)押(をう) 領(りやう)使(し)俵(たわら)  藤太(とうだ)秀郷(ひでさと) 【射抜かれた国香】 扨(さて)も将(まさ)かどか大軍(たいぐん) 国香(くにか)が勢(せい)と 藤代川(ふぢしろがは)にて 戦(たゝかい)勝負(しやうぶ)の色(いろ)は 見へざるところに 将門(まさかと)其日(そのひ)の出(いで) 立(たち)に紺地(こんぢ)の錦(にしき)の ひたゝれ赤糸(あかいと) 威(をどし)の鎧(よろい)裾(すそ)かな もの繁(しげ)く打(うち)たる を草摺(くさすり)長(なが)に着(き)く だし金作(こかねづくり)の太刀(たち)に 熊(くま)の革(かは)の尻(しり)ざやか け鷹(たか)の羽(は)にてはいだる征(そ) 矢(や)筈(はづ)高(たか)に負(おゝい)なし求(もとめ) 黒(くろ)といふ荒駒(あらごま)に白(しろ)ふく 【矢を放った将門】 りんの鞍(くら)おいて打 のり弓杖(ゆんづへ)ついて申 けるは夫(それ)に扣(ひかへ)たる武(む) 者(しや)は大将(たいしやう)国香(くにか)と見たり 矢(や)ひとつ受(うけ)てごらん あれと弦音(つるおと)高(たか)く切(きつ)て 放(はな)つ矢面(やおもて)に立(たち)たる笠(かさ) 間行(まめゆき)国(くに)か胸(むな)いたつと 射(い)ぬひて大将(たいしやう)国(くに)か の妻手(めて)の乳(ち)の したへくつ巻(まき)せめ て立(たち)たりける痛手(いたて) なれば馬(むま)よりどふど 落(おち)たりけれは将門(まさかど)が軍(ぐん) 勢(せい)一度(いちど)にどつとおめひて かけ立(たて)ければ討(うた)るゝ者(もの)数(かず)を             しらず 【土浦城にとりつく長挟保時】 繁盛(しけもり)兼任(かねとう)兄(きやう) 弟(だい)はよう〳〵に 父(ちゝ)をたすけ 城中(ちやうちう)へ迯帰(にけかへ)り さま〳〵看病(かんびやう) しけれども大(たい) 事(じ)の手(て)なれば 終(つい)にこときれた まひけり此度(こんど) の合戦(かつせん)繁盛(しけもり) の異見(いけん)の如(こと)く 籠城(ろうじやう)して 敵(てき)を待(また)ば かくむざ〳〵と 大将(たいしやう)は討(うた)す まじきを 【もぬけのからの土浦城】 是非(ぜひ)もなき事ともなり 既(すで)に大将 討(うた)れたまひければ 我(われ)も〳〵と落行(おちゆき)て今(いま)は此(この)城(しろ)にて敵(てき) にあたらんと叶(かのふ)まじく旗(はた)斗(はかり)を 櫓(やぐら)に結(ゆひ)つけ夜(よ)にまぎれて落行(をちゆき) けり将門(まさかど)は大軍(たいぐん)を引卒(いんそつ)し押(おし)よせて鯨(とき) の声(こへ)を揚(あげ)しかど城中(しやうちう)さらに音(をと)もせず よせ手(て)も左右(さう)なく寄(より)つかず打(うち)かこんて詠(なかめ)ゐ たり安房国(あわのくに)住人(しうにん)長挟(なかさ)七良 保時(やすとき)といふ者(もの) 出(だ)し屏(へい)の下(もと)に立(たち)よりて見(み)あげたれば 櫓(やぐら)の上屏(うへへい)の小間(こま)に鳥(とり)の羽(は)たゝく 音(をと)しければさればこそ人もなき空城(あきしろ) なりと楯(たて)の板(いた)を梯(はしご)とし屏(へい)のうへにさら〳〵 とのぼりしづ〳〵と城中(しやうちう)を見 廻(めぐ)りたれ と敵一人もあらざれは城戸(きど)押開(をしひ)らぎ味方(みかた) 勢(せい)をまねきけれは大軍(たいくん)城中に入て宿(しゆく)しける 【国司を詰問する勅使】 国香(くにか)討(うた)れ玉ひて土浦城(つちうらしやう) 没落(ほつらく)ときこへけれは近国(きんこく) の軍勢(くんせい)我(われ)先(さき)にと馳(はせ)あ つまり雲霞(うんか)の ごとくなりにけり かゝるほどに下(しも) 野(つけ)の国司(こくし)の方(かた)へ 勅使(ちよくし)下向(げこう)の由(よし) のゝめきけれ ば国司(こくし)うや〳〵 しく出迎(いでむか)ふ勅 使(し)の行粧(きやうそう)異体(いてい) にて上卿(じゆうけい)と覚(をぼ) しき人 衣冠(いくわん)の 下(した)に服巻(はらまき)を着(ちやく) しさま〳〵に鎧(よろふ)たる 【畏まる国司】 武者(むしや)二百騎はかり 庭上(ていしやう)に列坐(れつざ)すときに 上卿(じようけい)申けるは平親王(へいしんわう)き のふ當国(とうごく)に御着(おんちやく)有(ある)ところ 今に國司(こくし)ふ参(さん)の条(ちやう)誅伐(ちうばつ) を加(くは)へらるべきか否(いな)の勅答(ちよくとう) 申されよと宣(のへ)たりける国司(こくし) おもひ煩(わつら)へる氣色(けしき)に見へけるを 執事(しつし)入道(にうとう)某(それかし)きと目くわせ したりけれは国司(こくし)其(その)意(い)を さとり謹(つゝしん)て領掌(りやうしやう)し一 族(そく) 等(とも)に相觸(あいふれ)れ【ママ】時日を移(うつ)さず 参上(さんじよう)いたすべきよしいらへければ 穴賢(あなかしこ)疎略(そりやく)のふるまひ有へから すとていかめしくひぢをはり 供(とも)人ひきつれかへりけり 【酒色に耽る平将門】 下野(しもつけ)の國司(こくし)は執事(しゆつし)入道と 計(はか)りてその夜(よ)ひそかに北(ほく) 国(こく)さして落(おち)ゆきけり かゝるほどに将門(まさかど)は関(くわん)八 州(しう)に敵(てき)答(とふ)ものなく気(き) ゆるまり軍(いくさ)のこと は忘(わすれ)たるごとく 晝夜(ちうや)酒色(しゆしよく)に のみふけり美(み) 目よき女を国(くに) 〳〵にもとめけ る何(なに)をがな氣(け) 色(しき)にゐらんとする 大名(だいめう)国司(こくし)我(われ)おとらじ と容色(ようしよく)勝(すぐ)れし女 を撰(ゑら)び五人十人つゝ 【酒宴に侍る美女】 贈(おく)りけるほどに余(あま) 多(た)の美女(びしよ)花(はな)をかざり 錦(にしき)をよそをひ綾(りやう) 羅(ら)の袖(そで)をかへし頻(びん) 蛾(が)の音(こへ)を和げ郢(ゑい) 曲(きよく)謳歌(おうか)せしありさま は蜀山(しよくざん)の阿房宮(あぼうきう)に 三千の美女(びしよ)嬋娟(せんけん)を 争しことかくやとおもふ ばかりなり或(あるひ)は父母(ふぼ)の 睦(むつ)びを引分(ひきわか)ち夫(ふう) 婦の契(ちぎ)りを おし離(はなさ)れあらぬ 別(わか)れをかなしむ 美女幾百人(いくひやくにん)といふ かずをしらず 【魅かれ合う男女―男図】 中(なか)にあわれをとゞめしは上野(かうつけの) 國(くに)沼田(ぬまた)の荘(せう)になにがしか女(むすめ)は 二八の春秋(はるあき)をかさね来(き)て紅(こう) 粉(ふん)のいろを借(から)ずしておのづ から芙蓉(ふよう)のかほばせ柳の まゆ視(みる)もの心をなやまし ぬおなじ国(くに)玉村(たまむら)といふ所に 一人の男(おとこ)あり此(この)むすめを 垣間(かきまに)見(み)てそゞろにあく がれ去年(こぞ)の冬(ふゆ)の中比(なかば) よりことしの秋(あき)の末(すへ) までも露霜(つゆしも)にし ほたれ雨(あめ)風を凌(しの)ぎ 夜(よ)ごとにかよひ詣(もふ)で 来(き)ぬれは今は女も いなにはあらで早(はや) 【魅かれ合う男女―女図】 下紐(したひも)の打(うち)とけて 深(ふか)き中とぞ成(なり)に けり女の親(をや)此事(このこと) をゆるして調度(てうど) なと取したゝめ 玉村の里(さと)へ送(おく)り けり男も女も世(よ) に嬉(うれ)しくて輿(こし) に打(うち)のせ行道にて 兵(つはもの)あまた出来り是(せ) 非(ひ)なく女を奪(うばひ)とり 将門が旅館(りよくはん)にいたりぬ 女は目(め)くれ心も消(き)へ絶入(たへいる) ばかりなきくづれたるを ひざもとにひき寄(よせ)て是(これ)を 酒宴(しゆゑん)の興(けう)にそなへける 【指揮を執る源経基王】 六孫王(ろくそんわう)源(みなもと)経(つね)基王(もとわう)は去年(きよねん) より武蔵守(むさしのかみ)を兼(かね)て武州(ふしう) 箕田(みた)の城にぞおわしける将 門(かど)が弟(をとゝ)大葦原(をゝあしわらの)四良将平 二万 余騎(よき)を引卒(ゐんそつ)し わつかなる小城を十(と) 重(へ)二十重(はたへ)に取(とり)か こみ息(いき)をもつがず 攻(せめ)たりけりされ ども城中すこしも 騒(さわ)がず雨のごとくに 射けるほどに寄手(よせて) 毎日三百五百づゝ討(うた)れ 攻(せめ)あぐんで見へにける城中 には此ていを見て物馴(ものなれ)た る足軽(あしがる)五十人敵の陣中 【忍びの者を捕える武士たち】 へ入置風はけしき夜(よる)火(ひ)のて を揚(あげ)させ城中ゟ切て出んと斗(はかり) けるがいかゞしてけん此(この)計(はかりこと)も れ聞へければ扨は敵方ゟ 城中へ忍びの者有と 覚ゆ割符(わりふ)を以(もつ)て 捜(さぐ)るべしと其手(そのて) 〳〵を改らる惣而(そうじて) 此城中の掟(おきて)に長 二尺幅五寸の白布(しらぬの) にて割符(わりふ)をこし らへ鎧(よろい)の上帯(うはをび) に納置(おさめをき)て味方(みかた)の 隠符(いんふ)とせられけるが 果(はた)して是をもたざる もの十二人までぞゐたりける 【堀の掘削、櫓高塀構築に従事する人々】 やがて忍(しの)びの奴原を搦(からめ)とり首を 刎(はね)んとひしめきけるを經基(つねもと)君(きみ)とゝ め玉ひ彼等(かれら)がいましめをときて 引出物(ひきでもの)など給り汝等(なんじら)か勇壮(ゆうそう)を かんじ味方(みかた)に扶助(ふじよ)したく思(おも)へ ども敵(てき)は日々に勢(せい)加(くわゝ)る味方(みかた)は 既(すで)に兵粮(ひやうろう)つき今は此(この)城(しろ)こらへ がたし今宵(こよい)何方(いつかた)へも落(おち)ゆ きてかさねて勢(せい)催(もよふ)し朝敵(てうてき) を追伐(ついばつ)すべしとおもふあいだ そのときみかたに馳(はせ)さんじ 軍忠(ぐんちう)をつくすべしとその まゝにて城中(じやうちう)に置(おか)れ其中 に小山忠太といふもの城中 をのがれ出(いで)大将(たいしやう)将平(まさひら)に かくと告(つけ)しらせければ 【工事人夫を監督する侍】 すは城兵(しやうへい)は落行 ぞ用意(ようい)せよとて軍勢(ぐんせい) を所々へ分ち落ゆく 敵を討(うた)んとす城兵は おもふ圖(づ)に敵を十方に 分(わか)ち遣(や)り本陣(ほんぢん)をめがけ 切(きり)てかゝる将平(まさひら)おもひよら ざることなればさん〳〵に成(なり) て迯失(にけうせ)けり将門また 大軍(たいぐん)を卒(そつ)して攻(せめ)きたる よし聞(きこ)へければ箕田城(みたのしろ)には 堀(ほり)をふかくほらせ出(た)し櫓(やくら)高(たか) 塀(へい)などげんぢうにかまへ城(しろ)の四 方(はう)の在家(ざいけ)ども二里(にり)があいだ燒(やき) はらひきびしく柵(さく)を結(ゆわ)せ今(いま)や きたるとまちゐたり 【君恩に報じる討死を決意して落涙する武士】 さても将門(まさかど)は八万 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し 箕田城(みたのしろ)へおしよせ四方(しほう)八面(はちめん)にとりまきて 食攻(じきせめ)にこそしたりける城中(しやうちう)是(これ)に 力盡(ちからつき)いまは快(こゝろよく)討死(うちしに)せばやと皆(みな)甲(かつ) 冑(ちう)を帯(たい)しさわぎける渡辺(わたなべ) 仕(つかふ)といふ士(し)夜廻(よまわ)りするとて 此ていを見てその故(ゆへ)を問(と)ふ 皆(みな)答(こたへ)ていふ城中(しやうちう)兵粮(ひやうりう)既(すて) につき外(ほか)にすくひの 勢(せい)もなく此 侭(まゝ) にて飢(うへ)て死(しな)ん より心よく討(うち) 死(しに)して君恩(くんおん)を 報(ほう)ぜんと仕はら〳〵と 泪(なみた)を流(なが)し有難き かた〳〵の御志やさらば 【落涙の訳を問う渡辺仕】 我(わか)計(はかりこと)にて一先(ひとまつ)この城(しろ) を落(おと)しまゐらせかさねて 計策(けいさく)をめぐらさんとて 城中(しやうちう)にかへり忠(ちう)のもの有 よしにて敵将(てきしやう)多治(たし)經明(つねあきら) が方(かた)へ内通(ないつう)の書翰(しよかん)を贈(おく) らせ火(ひ)を揚(あぐ)るを相図(あいづ)に 寄(よせ)給(たま)へ内應(ないおう)すべきと云遣(いゝつかは)し 大将を始(はしめ)とし士卒(しそつ)までみな 笠印(かさじるし)かなぐり捨(すて)櫓々(やくら〳〵)に火(ひ) をさして五人七人 別(わかれ)〳〵に成(なり)て 騒(さわ)ぎにまぎれ都(みやこ)をさして落(おち)たり ける寄手(よせて)數万騎(すまんぎ)すわや相圖(あいづ)の 火を上(あぐ)るぞと声(こへ)〳〵に鯨(とき)をつくり 我(われ)さきにと込入(こみい)りけれど敵(てき)ははや 落失(おちうせ)てたゝ同士討(どしうち)をぞしたりける 【勢田橋に住む大蛇の化身の女】 爰(こゝ)に下野国(しもつけのくに)の押領使(おうりやうし)俵(たわら)藤(とう) 太(た)秀郷(ひでさと)といふものあり家(いへ) 冨(とみ)一 族(そく)廣(ひろ)ふして東(とう) 国(ごく)にかたをならぶる ものなし去(さん)ぬる 承平(しやうへい)のはじめ近江(あふみ) の国(くに)に住(すみ)しとき勢田(せた)の はしを渡(わた)りけるに長(たけ) 二十 餘(よ)丈(ちやう)の大蛇(だいじや)橋(はし)の上(うへ)に 横(よこ)たはり伏(ふし)たり秀(ひで) 郷(さと)すこしも動(とう)ぜす大 蛇の背中(せなか)を荒(あら)らかに ふみて過(すぎ)ゆきける 所(ところ)に美(うるは)しき女(おんな) 一人あらわれ 出(いて)我(われ)は此(この)橋下(きやうか)に 【大蛇の化身の女の話を聞く秀郷】 年久(としひさ)しく住(すみ) 侍(はへ)るもの也 年(とし) 頃(ころ)我(われ)に仇(あた)をな す敵(かたき)あり我(わか)為(ため) に討(うつ)てたび 玉ひなんやと ねんごろに頼(たの)む にぞ秀郷(ひでさと)子細(しさい) なく領掌(りやうじやう)し此(この)女を 先(さき)に立(たて)また勢田(せた)の橋に 立戻(たちもど)り湖水(こすい)の浪(なみ)を分(わけ)て 水中(すいちう)に入(いる)こと五十 余丁(よてう)忽(たちまち) 金殿(きんでん)玉楼(きよくろう)其(その)奇麗(きれい)いまだ 目(め)にもみざる一 世界(せかい)へ出(いで)たり しばらくありて衣冠(いくわん)正(たゞ)しき 大王(たいわう)秀郷(ひでさと)をむかへ客居(きやくい)に請(せう)し 【大王に迎えられる秀郷】 山海(さんかい)の珍味(ちんみ)をつらね酒(しゆ) 宴(ゑん)数刻(すこく)におよぴ夜(よ) 已(すで)に深更(しんこう)になりぬる 時(とき)すわや敵(てき)のよせ 来(く)るはと座中(さちう)さはぎ まどふ秀郷(ひてさと)一生涯(いつせうがい)身(み) を離(はな)さず持(もち)たる弓(ゆみ) 矢(や)を手挟(たばさみ)いか成(なる)ものか よせ来(く)るやと見や りたれば比良(ひら)の高(たか) 根(ね)のかたより その長(たけ)五十丈(こしうちやう) もあらんとおぼしき 百足蚿(むかで)此(この)龍宮(りうぐう) 城(しやう)をめがけて 出来(いてきた)る秀郷(ひてさと)矢(や) 【秀郷を迎える大王】 尻(しり)につばきをぬり 付(つけ)眉見(みけん)の真中(まんなか)喉(のんど) の下(した)まて射(い)つけ たり龍王(りうわう)甚(はなは)だ悦(よろこ)び 太刀(たち)鎧(よろい)巻絹(まききぬ)とり 分(わけ)て小俵(こだわら)ひとつ を秀郷(ひでさと)に与(あた)へ けり此(この)俵(たわら)の中(なか)に 金銀(きん〴〵)米銭(へいせん)かすかぎ りなく納(おさめ)入ていかに とり遣(つか)へどもつく ることなし是(これ)より 世(よ)の人 俵(たわら)秀郷(ひでさと)と云 ならわせしとぞ けにありがたき勇(ゆう) 士(し)なりけらし 【藤原純友】 房前(ふささき)大臣(たいしんの)三男(さんなん)藤原(ふぢわら) 眞楯(またて)之(の)苗裔(べうゑい)伊豫(いよの)大(たい) 掾(しやう)藤原(ふぢわら)純友(すみとも) 【裏見返し、白紙】 【裏表紙】 【表紙、題箋】 繪本前太平記 四 【表見返し、白紙】 【平貞盛】 常(ひ)陸(だち)大掾(たいじやう)國香(くにか)之(の)男(なん) 従(じう)五 位(い)下(げ)常陸 守(かみ)平(たいら) 貞盛(さだもり) 【平将門への案内を乞う俵秀郷】 秀郷(ひてさと)つく〴〵思(おも)ふよふ将門 関(くわん)八州(はつしう)を切靡(きりなひき)経基公(つねもときみ) さへ跡(あと)を失(うしな)ひ給ふ先(まつ)彼(かれ)が 館(やかた)にゆきて其(その)高喚(こうくわん)の 相(そう)ありや否(いな)を伺(うかゝ)はんと 将門(まさかど)が館にいたり案(あん) 内(ない)しければ将門大きに よろこび秀郷を客居(きやくい) に請(せう)じ折節(おりふし)例(れい)の 妓女(ぎしよ)に髪(かみ)けづらせて ゐたりけるが喜悦(きゑつ)の 餘りに乱髪(らんはつ)をも揚(あげ) ず大わらはにてゑ ぼし引入(ひきいれ)あわてさは ひで走(はし)りいでゝ 對面(たいめん)すそのいふ 【櫛けずらす将門】 詞一 言(こと)として 追従(ついせう)ならさること なし秀郷(ひでさと)いとま を乞(こい)て下野(しもつけ)に 帰(かへ)り爪弾(つまはしき)を して申けるは 凡(およそ)国(くに)に王(わう)たる人 は寛仁(くわんじん)大度(たいと)の器(き) にあらずんば人君(じんくん) たることかたし将門 が行粧(ぎやうそう)甚(はなは)だ無骨(ふこつ)也 かさねて節度使(せつとし)下 向あらば相斗(あいはかり)て誅(ちう)す べし彼(かれ)が首は我 ものぞと内(ない)〻(〳〵)便宜(びんき)の 兵(つはもの)を催(もよふ)しける 【注進を聞く源経基】 かくて都には東国 騒動(さうとう)も のよし風聞(ふうふん)ありといへども 実況(しつきう)はいまだ聞(きか)ずいかゞ あらんとおもひ玉ひける 処(ところ)に源 経基(つねもと)王(おゝきみ)都(みやこ)に上(ぢやう) 着(ちやく)し玉ひ東国(とうごく)軍(いくさ)の しだひいさひに奏聞(そうもん) し玉ふにまた西国(さいこく)の 早馬(はやむま)當着(とうちやく)して 伊豫掾(いよのせう)純友(すみとも)また 残黨(さんとう)をあつめ備(び) 前(ぜん)釜嶌(かましま)といふ ところに城を かまへ勢(いきほ)ひ近 国にふるひ候    はや〳〵 【注進を聞く天上人】 御勢(おんせい)を下し 玉(たま)はるべきよし 注進(ちうしん)す   主上(しゆじやう)を はしめ奉(たてまつ)り 國母(こくも)皇后(こうごう) 女院(によゐん)内侍(ないし) 命婦(めうぶ)女房(にようほう) までこはそも 何事(なにこと)の出来(でき)る  ぞと早(はや)    洛中(らくちう)に  敵(てき)の襲(おそい)入たる    よふに騒(さはき)     あひ給ひ       ける 【東国下向を願出る平貞盛】 平(たいら)国香(くにか)の長男(ちやうなん)上 平太(へいだ) 貞盛(さだもり)は土浦(つちうら)の城(しろ)没落(ぼつらく) して父(ちゝ)國香(くにか)討死(うちしに)のよし きゝしより晝夜(ちうや)心を くるしめ居(ゐ)たりしが舎弟(しやてい) 繁盛(しけもり)か方より書翰(しよかん)到来(とうらい) して軍(いくさ)の始終(ししう)つま びらかに申送けれ ば貞盛(さだもり)はいとゞ肝(きも) きへ心もまよひ 殿下(てんか)に集りて東(とう) 國(こく)下向(げこう)の儀を ぞねがひけるやが て此事 奏聞(そうもん)あ りて上(うえ)にも感(かん) じおぼしめし則(すなはち) 【勅許により下賜される鎧と釼】 勅許(ちよくきよ)ありて 唐革(からかは)といふ よろひ小 烏(からす) の御釼(きよけん)を賜(たまは)り はやく敵(かたき)を討(たい) 治(じ)して帰(かへ)り 登(のぼ)るべきよし  仰(おゝせ)下され   けれは     貞盛(さたもり) 心にいさみよろ   こび東国(とうこく)      下向(けこう)の   用意(ようい)をぞ    したり      ける 【大威徳の法を修する浄藏】 天慶(てんけい) 三年正月 朝敵(てうてき)追伐(ついばつ)の御いのり とて雲居寺(うんきよし)の浄藏(しやうそう)貴所(きしよ)におゝせて 横川(よこがわ)におゐて大威徳(たいいとく)の法(ほう)を 修(しゆ)せしめ給ふ不思儀(ふしぎ)や壇上(たんせう)に 将門(まさかど)が姿(すがた)弓箭(きうせん)を帯(たい)し顕(あらは)れ出(いて) くるしげに悶絶(もんせつ)して炎(ほのほ)の中(うち)に 真倒(まつさかさま)になつて躍(おとり)くるひし 有様(ありさま)を伴僧(ばんそう)の目(め)にも見へに けりいかさま朝敵(てうてき)も亡(ほろ)び 失(う)せ万民(ばんみん)泰平(たいへい)を喜(よろこ)ぶ べき奇持(きどく)にてそと  ありがたくぞ  おほえ    けれ 【壇上に現れた悶絶する将門の姿】 【清見が関の風景】 東征(とうせい)の大将軍(たいしやうぐん)には参儀(さんき)右衛門 督(かみ) 藤原 忠文(たゝぶん)副(ふく)将軍には同(おなじく) 舎弟(しやてい)刑部(きやうぶ)忠舒(ただみね)また武蔵(むさしの) 守(かみ)源 経基(つねもと)両人(りやうにん)うけ玉はる 其勢(そのせい)都合(つこう)四万六千 余(よ)き 二月二日にみやこを立て 同月十五日 駿河国(するがくに) 冨士(ふじ)のすそ野(の)に着(つき)玉ふ このところは清見(きよみ)が関(せき)とて 街道(かいとう)第(だい)一の風景(ふうけい)なり  軍監(ぐんかん)清原(きよはら)滋藤(しけとう)      口(くち)づさみに  漁舟(きよしう)火影(くはへい)  冷(さまうして)燒波(なみをやき)  驛路(ゑきろ)鈴聲(れいせい)  夜(よる)過山(やまをすぐ) 【富士山を仰ぐ陣営】 と七 言(ごん)對句(つゝく) をつゝりける 折(おり)から優(ゆう)にぞ 聞(きこ)へける 【氷川明神から飛び出る白き鳥】 上平太(しやうへいだ)貞盛(さだもり)は節(せつ) 度使(とし)に先立(さきたつ)て正 月廿四日 武蔵國(むさしのくに)に 下着(げちやく)せり舎弟(しやてい) 繁盛(しげもり)兼任(かねとう)にも たいめんし其(その) 勢(せい)八百 余騎(よき) にて打(うた)せける 氷川(ひかは)明神(めうじん)の 社(やしろ)に参詣(さんけい)し 願書(くわんしよ)をさゝげ 奉(たてまつ)り兄弟(けうたい)謹(つゝしん) で禮拝(れいはい)しける 処(ところ)に社壇(しやだん)より 白き鳥(とり)一 羽(は)とび 出て旗(はた)の上(うへ)を翩(へん)■(ほん)【扁+飛・飜(=翻)の誤記ヵ】 【白鳥を見やる繁盛、兼任兄弟】 して艮(うしとら)をさして 飛(と)びゆきけり是(これ) 當社(とうしや)明神の護(まもり)を 給ふところなりとて 諸卒等(しよそつら)勇(いさ)み       よろこび ける然(しか)る処(ところ)へ下野(しもつけの) 国(くに)俵(たわら)秀郷(ひでさと)が方(かた) より使者(ししや)到着(とうちやく)して 相供(あいとも)に力(ちから)を合(あわ)せ 朝敵(ちやうてき)将門(まさかと)を追伐(ついばつ)す べきよしまふしこしければ さてこそ白鳥(しらとり)の應(をう)い ちじるしとて直(すぐ)に    下野(しもつけ)の国(くに)へと       いそぎける 【陣を張る秀郷】 去(さる)ほどに秀郷(ひてさと)貞盛(さだもり) 合体(がつたい)して 相馬(そうま)の 将門(まさかど) を攻(せめ)らるゝ     よし聞(きこ)へ ければ當國(とうごく)はいふに およばず常陸(ひだち)奥州(をうしう) 武藏(むさし)相模(さがみ)甲斐(かい)信(しな) 濃(の)越後(ゑちご)上野(こうづけ)の   兵(つはもの)ども或(あるひ)は        千 騎(ぎ) または二千 騎(ぎ) 我(われ)も〳〵と馳集(はせあつま)り 正月二十八日の着到(ちやくとう) 都合(つこう)五万三千 余騎(よき) 【陣を張る貞盛】 とぞ記(しる)したり まことに雲霞(うんか)   のごとくにて 木(き)の下(した)    岩(いわ)の蔭(かげ)      までも  軍勢(ぐんせい)の   宿(やど)らぬ      所(ところ)も   なかりける 【東条二良兵衛入道道玄】 秀郷(ひでさと)貞盛(さたもり)合体(がつたい)して攻(せめ) 寄(よする)よし将門(まさかと)か方(かた)へ聞(きこ)へけ れば御厨(みくりや)三良 将頼(まさより)を大将(たいしやう) として安房(あは)上總(かつざ)の勢(せい)二 万五千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し 下野國(しもつけのくに)へ押寄(おしよす)る宇都宮(うつのみや)にて 互(たかい)に時(とき)の声(こへ)を合(あわせ) 火花(ひはな)を散(ちら)して戦(たゝかひ) ける秀郷(ひてさと)が陣中(じんちう) より津川(つかは)平六(へいろく)貞(さた) 包(かね)と名(な)のり三尺 四寸の大太刀(をゝたち)真向(まつさき) にかさし敵陣(てきじん)を にらんでたつたり ける将頼(まさより)が陣中よ り東条(とうじやう)二良(じろ)兵衛(ひやうへ)入(にう) 【「陣」「陳」はしばしば混用されるので「陣」を用いた】 【津川平六貞包】 道(とう)道玄(どうけん)と名(な)のり 兩方(りやうはう)馬(むま)を掛合(かけあは)せ 受(うけ)つ流(なか)しつ二時(ふたとき) 計(はかり)ぞ戦(たゝかふ)たり いつまでか罪(つみ) つくりて何(なに)かせ んとてしづ〳〵と 上帯(うはおび)とき互(たがい)に 突(つき)ちがへてぞ死(しゝ) たりけり平六 貞包 行年(こうねん)五十 六 歳(さい)東条入道 六十二歳はな〳〵 しき討死(うちしに)なりと   かんせぬもの    こそなかりける 【利根川対岸の将頼陣に扇を開く常陸助玄茂】 其日(そのひ)は戦(たゝかい)くらして相引(あいひき)にぞ引たりける 丑(うし)の尅(こく)ばかりより大雨(たいう)車軸(しやぢく)を流(なが)し 次(つぎ)の日(ひ)も猶(なを)止(やま)ざりければ両陣(りやうじん)軍使(ぐんし)を 立(たて)て軍(いくさ)を休(やす)み雨(あめ)の晴(はるゝ)をまちゐ たり其夜(そのよ)将頼(まさより)が陣中(じんちう)に手(て)あや まちして役所(やくしよ)の内(うち)に火(ひ)もへ 出(いて)折節(おりふし)東風(こち)はげしく炎(ほのふ)四(し) 方(はう)へ吹飛(ふきとば)しければすわや夜(よ) 打(うち)ぞとひしめきて同士軍(としいくさ) をぞしたりけり秀郷(ひてさと) 貞盛(さたもり)是(これ)を見て敵方(てきかた)に かへり忠(ちう)のものありと覚(おほ) ゆるぞ時(とき)の声(こへ)を合(あは)せ かけちらせよと下知(けぢ) せられければ敵(てき)いよ〳〵 是に度(ど)を失(うしな)ひ 【将頼陣から玄茂に遣わされる馬】 さん〳〵に落行(おちゆき)ける 常陸助(ひたちのすけ)玄茂(はるもち)只(たゝ) 一人 利根川(とねかは)まで 落(をち)ゆきけるに 頃日(このころ)の大雨(たいう)に 川水(かはみづ)増(まさ)りわ たるべきよふ もなくはるか 向(むかふ)のきしに其 勢(せい)三百 騎(き)斗(はか)り まくを打て扣(ひかへ)たり 旗(はた)の紋(もん)をみれ ば御厨(みくりや)三良 将(まさ) 頼(より)なり玄茂(はるもち)嬉(うれ) しく扇(あふぎ)をひらき 玄茂にて候そ御(おん) 【雨の如くに射かくる矢】 馬(むま)一 疋(ひき)拝借(はいしやく)仕たしと大 音声(おんせう) にて申ければ将頼(まさより)やがて乗(のり)がへ 一 疋(ひき)川中(かはなか)へ追入(おいいれ)させければこなた のきしにて着(つき)たりける玄茂(はるもち) 喜(よろこ)び打のりてやす〳〵と川を 越(こ)し互(たかい)に無事(ぶじ)をよろこびける かゝる処(ところ)に秀郷(ひてさと)の男(なん)千晴(ちはる) 二千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し もみにもんで追来(おゝいきた)る将(まさ) 頼(より)一人 引(ひき)かへし千晴(ちはる)を 目(め)かけ組(くま)んずものと從(ぢう)【縦】 横(をう)無盡(むじん)に切(きり)まくりかけ ぬけて味方(みかた)をみれば 玄茂(はるもち)を始(はしめ)として 八十 余(よ)人 討(うた)れたり 今(いま)は是(これ)までと物(もの) 【射貫かれる将頼】 の具(ぐ)ぬぎすて 自害(しがい)せんとさし ぞへ逆手(さかて)にとり 直(なを)したるに 雨(あめ)の如(ごと)く射(ゐ)か くる矢(や)将頼が 左(ひだり)の脇腹(わきはら)にぐ さと立(たつ)元来(もとより) 戦労(たゝかいつかれ)たる上(うへ)な ればしばしも こらへず矢庭(やには)に伏(ふし) てぞ死(しゝ)たりける 千晴 敵(てき)の首(くび)ども とりあつめ勝(かち)どき つくりて本陣(ほんしん)へにそ     かへりけ李(り) 【平繁盛、兼任兄弟】 國香(くにか)之(の)二男(じなん) 上總守(かずさのかみ)平(たいらの)繁盛(しげもり) 同(おなじく)三男 上野(かうつけの) 守(かみ)平 兼任(かねとう) 【裏見返し、白紙】 【裏表紙】 【表紙、題箋】 繪本前太平記 五 【表紙見返し、白紙】 【源経基】 貞純(さだずみ)親王(しんわう)之(の)御子(おんこ)正四位上(しやうしいじよう) 鎮守府(ちんしゆふ)将軍(しやうぐん)兼(けん)太宰(ださい) 大貮(たいに)源(みなもと)朝臣(あつそん) 經基(つねもと) 王(おゝきみ) 【取り押さえられた坂上近高と藤原玄明】 坂上(さかのへ)近髙(ちかたか)藤原(ふちわら)玄明(はるあき)兩人(りやうにん)は 将門(まさかと)の腹心(ふくしん)にて将頼(まさより)か後詰(こつめ)の ため常陸國城(ひたちくにしろ)をかま えてゐたりしが味方(みかた) うち 負(まけ)て将頼 討死(うちしに) のよしきこへければ 本國(ほんごく)へ帰(かへ)らん計(はかりこと)に いやしき百姓(ひやくしやう)の女(にやう) 房(ぼう)一人かたらひ出(いた) しよき絹(きぬ)打(うち)き せ張輿(はりこし)にのせ 二人とも奴僕(ぬほく)と 身をやつし繁(しげ) 盛(もり)の役所(やくしよ)のまへをと おりける番人(ばんにん)見とがめ あやしきぞとまり 【詰問される百姓女房】 候へと声(こへ)かけければ是は 御旗本(おんはたもと)の内室(ないしつ)をぐして 参(まゐ)り候 通(とを)し給(たま)へといゝけれ ばあなけしからずや此(この)陣(じん) 中(ちう)に女(おんな)禁制(きんせい)のよし先達(さきだつ) てかたき御諚(おんおきて)なるに いかさま癖物(くせもの)なんめれからめ とれとて二三十人をり 重(かさなり)て生(いけ)どりける 件(くだん)の女を引出(ひきいだ)し事の よふをたづねければ しか〳〵のよし語(かた)りける に扨(さて)こそとて大将の 御前(ごせん)にて両人の首(くび)を 刎(はね)女にはとがなしと そのまゝに帰(かへ)されけり 【城塀にとりつく敵兵に大木、大石を投げる将門軍】 去(さる)ほどに将門(まさかと)は島廣(しまひろ) 山(やま)の要害(ようかい)に立籠(たてこも)る 秀郷(ひてさと)貞盛(さたもり)大軍(たいくん)にて おしよせ鯨(とき)の声(こへ) を揚(あげ)たりける将(まさ) 門(かと)はおもふ圖(づ)へ敵(てき)を 引よせ出(だ)し屏(へい) の上より大木(たいぼく) 大 石(せき)雨(あめ)の如(ごと)く になげ掛(かけ)け れば先(さき)にすゝ んだる兵(つわもの) 五百人ばかり 弥(いや)か上に重(かさな) りて死(しゝ)たり けり城兵(しやうへい) 【矢が飛ぶしどろの戦場】 敵(てき)のいろめく をみて城(き) 戸(ど)押開(おしひら)き一 度(ど)にどつと切(きつ) て出(いづ)れは秀郷(ひてさと)貞(さだ) 盛(もり)心は武(たけ)しと いへどもこの勢(いきお)ひ にあたりがたくしどろになつて 引しりぞく将門が大将(たいしやう)に権(ごん)の守(かみ) 興世(をきよ)手勢(てぜい)引(ひき)ぐし八 方(ほう)に切(きつ)て廻(まわ)れ ばよせ手いよ〳〵乱(みだ)れ騒(さわ)ぎ右(う) 往左往(わうざわう)ににけちりて貞盛(さたもり)秀(ひで) 郷(さと)も既(すて)に討(うた)れぬべくみへたりしを やう〳〵に切ぬけ一 里余(りあま)り退(しりそき)て 陣(ぢん)を取(とり)敗軍(はいぐん)をあつめけるに落(おち) 残(のこ)る兵(つはもの)一万にはたらざ 李(り)けり 【嶋廣山の城に向かう兼任軍の兵】 嶋廣山(しまひろやま)の城(しろ)のからめてはけんそをた のんでさらに用意(ようい)もせず兼任(かねとう)が 組下(くみした)の兵(つはもの)に岩付(いわつき)吉次(きちぢ)といふもの 三百五十 騎(き)を引(ひき)ぐし木(き)の根(ね) にとりつき岩角(いわかど)を踏(ふみ)とかく 辛労(しんろう)して髙櫓(たかやぐら)のもとまで すゝみよりたり吉次やぐら のさまに熊手(くまで)打(うち)かけさら〳〵 と傳(つた)ひ登(のぼ)り塀(へい)を飛越(とびこ)し城(き) 戸(ど)押開(おしひら)き味方(みかた)を引入(ひきいれ)役所(やくしよ)〳〵に 火(ひ)を付(つけ)たり折節(おりふし)朝嵐(あさあらし)はけしく 吹(ふき)て炎(ほのほ)天(てん)をこがしけれは三百 五十人の者供(ものども)こゝかしこに打 ちりて切(きつ)て廻(まわ)れば 寐(ね)おびれたる城(しやう) 兵(へい)甲冑(かつちう)も打(うち)すて 【櫓に熊手をかけて登る岩付吉次】 我(われ)先(さき)にて落(おち) ゆきける将(まさ)かど 從(じう)るい二百余 人 鉾先(ほこさき)を ならべ防戦(ふせきたゝかへ)ど も火勢(くはせい)盛(さかん) にして黒烟(くろけむり) 眼(まなこ)を塞(ふさ)ぎ 今(いま)は是非(ぜしひ)な く東(ひかし)の門(もん)を ひらきて落(おち)たりける 此時(このとき)諸方(しよほう)の寄手(よせて) 一 度(ど)に打寄(うちより)なば将(まさ) 門(かと)も討(うた)るへかりしを 宵(よひ)の敗軍(はいぐん)にちり〳〵に 成(なつ)てより合(ある)ざりける 【大太刀を振るう武蔵五郎貞世】 權守(こんのかみ)興世(をきよ)が一 子(し)武蔵(むさし)五良 貞(さだ) 世(よ)生年(しやうねん)十九歳きのふの戦(たゝかひ)に父(ちゝ) 興世(をきよ)生死(しやうじ)しれずなりければ 討死(うちじに)とおもひ定(さだ)め本陣(ほんぢん) に参(まい)り将門(まさかと)にいとまを 乞(こひ)て立出(たちいつ)る将門しば しと留(とゝ)め杯(さかづき)とりて 三度(さんと)傾(かたむけ)させ宿(さひ)■(つき)【鴾】 毛(げ)といふ馬(むま)を引(ひか) せてあたへける 貞世(さだよ)喜(よろこ)び陣前(じんぜん) にかけ出(いて)三尺五 寸の大太刀(ほたち)真(まつ) 向(こう)にさしかざし 八 方(はう)に切(きつ)て廻(まわ)り ければさしもの 【貞世の勢いに逃げ惑う兵たち】 大 勢(せい)貞世(さたよ)一人に きりまくられ四方(しはう) へばつとにげちりけり 貞世は討死(うちしに)とおもひ さだめたる事(こと)なれば 一足(ひとあし)も引(ひか)ずよき敵(てき)も あらば組(くま)んものと眼(まなこ)を くばり戦(たゝかへ)ども勇力(ゆうりき)に おそれ近寄(ちかよる)ものなく 唯(たゝ)遠矢(とふや)にぞ射(い)たり ける身内(みうち)に立(たつ)矢(や) 蓑毛(みのげ)の如(こと)く太刀(たち)を 倒(さかさま)に杖突(つへつき)てたち    づくみに     成(なつ)て死(しゝ)       たりける 【将門の相馬の内裏に火をかけた貞盛軍】 将門が勢(せい)次第(しだい)〳〵に落失(おちうせ) あるひは降人(こうにん)に出(いで)ければ 今(いま)ははや将門が運命(うんめい)も さばかりたもたじと覚(おぼ) えける文屋(ぶんや)好兼(よしかね)といふ ものかためゐたる濵(はま)の手(て) より軍(いくさ)破(やぶ)れて貞盛(さたもり)が 軍勢(くんせい)乱(みだ)れ入りさしも いみしく建續(たてつゝき) たる相馬(そうま)の 大裏(たいり)に火(ひ)を掛(かけ) たれば猛火(めうくは)天地(てんち) を掠(かす)め黒(くろ)けむり 東西(とうざい)を蔽(おゝ)ひ金(きん) 銀(〴〵)をちりばめ たる宮殿(きうでん)楼閣(ろうかく) 【逃げ惑う人々】 凡(すへ)て四百五十 余所(よしよ)一宇(いちう)ものこ らず灰燼(くはひじん)とな りぬ煙(きふり)に迷(まよ)へる 女(おんな)童(わらへ)火(ひ)の中(なか)剱(つるき) の上(うへ)ともいわずた おれ轉(まろ)ぶありさまは 焦熱(しやうねつ)大焦熱(たいしやうねつ)の くるしみも    かくやと      おもひ  しられて     あさまし      かりし   こと     とも      なり 【将門と六人の影武者】 将門(まさかど)は 合戦(かつせん)の 度事(たびこと)に我(われ)に 等(ひと)しき兵(つはもの)六人 一様(いちよう) の物(もの)のぐさせ同(おな)じ 毛(け)の馬(むま)に打(うち)のり 進(すゝ)むも退(しりぞく)も一体(いつたい) のごとくにていづれ を将門 何(いつ)れを 良従(らうじう)ともさらに 見分(みわけ)得(へ) さりける今(いま)も 猶(なを)その如(ごと)く七 騎(き)の将門 轡(くつは)を ならへて打せしが 手痛(ていたき)き【ママ】 【将門と六人の影武者】 戦(たゝかい)に六騎の 兵(へい)皆(みな)〳〵 討(うた)せ将門 只(たゝ)一人にて 七十 余(よ)人 切(きつ)て落(おと)し 太刀(たち)も打 おれたれば 大手(おゝで)を ひろ げて 近付(ちかつく)敵(てき)を ひきよせて ねぢ首(くひ)に  こそしたり      ける 【将門めがけて矢を射る貞盛】 平(たいらの)貞盛(さたもり)は父(ちゝ)の仇(あた) なれば将門(まさかと)を 一矢(ひとや)射(い)んと十三 束(ぞく) 三伏(みつふせ)ひきしぼつて 声(こへ)をかけて切(きつ)て 發(はな)つ将門か眉見(みけん) の真中(まんなか)を腦(のう) を碎(くたい)て立(たつ)た りけりさし も無双(ふそう)の猛(もう) 将(しやう)なれども 急所(きうしよ)なれは 眼(まなこ)くらみ馬(むま)より とふど落(おち)たり     ける藤太(とうだ)   ひでさと走(はしり)り 【眉間を射貫かれる平将門】       きて起(おこ)        しも   立(たて)す首(くび)     かき落(をと)し    たぶさつかんで      たちあがる 大軍(たいくん)いちどに楯(たて)を たゝき勝(かち)ときどつと 上(あけ)たりけり道(みち)に そむき法(ほう)に戻(もと)【=悖】れる 天罰(てんはつ)にて忽(たちまち)ほろび 失(うせ)けるこそ      日月(じつけつ)いまだ        地(ち)に落(お)ちす        奇特(きとく)のほどそ           ありかたき 【死に物狂いで戦う五郎将為】 大葦原(おゝあしわら)の四良 将平(まさひら) は将門(まさかと)うたれぬと 聞(きゝ)自害(しがい)して死(し)す 五良 将為(まさため)は死物(しにもの)ぐ るひに戦(たゝかひ)けるに 荒川(あらかは)弥(や)五郎と 名(な)のり将為と おしならべて 組(くん)で落(おち)上(うえ)を 下(した)へと揉合(もみあい) けるが将為(まさため) 力(ちから)やまさり けん弥五郎 を下(した)に組(くみ) しき首(くび)を 掻(かき)て立(たち)あがるを 【将為の首を剥んとする荒川弥八郎】 弥五郎が弟(おとゝ)荒川(あらかは)彌(や) 八良 是(これ)をみて走(はし)り きたりて将為が真向(まつこう) 五六寸 切割(きりわり)たり切(きら)れ てひるむ所(ところ)を草(くさ) 摺(すり)を畳(たゝみ)上げ三刀(みかたな) まで刺通(さしとを)し引た をして首(くひ)かき落(おと)し 味方(みかた)の陣(ぢん)へぞ入にけり    前後(せんご)十四日の     あいたたゝかひしに    将門が一門(いちもん)      從類(ちうるい)こと〴〵く        滅亡(めつぼう)し     東國(とうごく)すでに       静謐(せいひつ)せり 【興世を詮義する農民たち】 武藏(むさし)權守(こんのかみ)興代(をきよ)はさても勇(ゆう) 猛(もう)の将(しやう)なりしが運(うん)つきぬれ ば命(いのち)のおしくて何(いつ)くをあて ともなく足(あし)にまかせて落(おち)ゆき ける上総国(かつさのくに)伊北(いきた)といふ處(ところ) にて百姓(ひやくしよう)どもにみあ やしめられ いろ〳〵と わびけれど 百姓さらに 聞(きゝ)入れず似(に)せ 公家(くげ)めらおもひ しれやとて我(われ) も〳〵と農具(のうぐ) おつとり半死(はんし) 半 生(しよう)に打擲(ちやうちやく) 【引きたてられる興世】 したてにひき 横(よこ)に提(さげ)て秀郷(ひてさと) 貞盛(さたもり)の役所(やくしよ)へつれ ゆきやがて御前(おんまへ)へ 引出しけれはま ごふへくもあらぬ 權守(こんのかみ)興世(をきよ)なり けるにそのまゝ 首(くび)を刎(はね)られて    百姓どもに   引出物(ひきでもの)     給(た)びて      かえ       され        けり 【除目の様子】 坂東(ばんとう)こと〳〵く平治(へいぢ)しければ 将門(まさかど)が首(くび)をもたせ都(みやこ)へこそは 開陣(かいじん)ある則(すなはち)叙位(じよい)除目(ぢもく)あり て秀郷(ひでさと)は從(じう)四 位(い)下(け)に叙(じよ) せられ武藏(むさし)下野(しもつけ) の守(かみ)に任(にん)ぜらる 貞盛(さだもり)は從(じう)五 位(い)下(げ) に叙(じよ)し常陸(ひだち) 下總(しもおさ)を給(たまは)る 平二(へいじ) 繁(しげ) 盛(もり) は上(か) 總(つざ) 守(かみ) 兼(かね) 【除目の様子】 【上段】 任(とう) は 上(かう) 野(づけ) 守(かみ) そ の外(ほか) 軍(いくさ)の 功(こう)に 隨(したが)ひ 五 ケ所(かしよ) 十ケ所 の所領(しよりやう) をたまわり 安堵(あんど)せぬ者(もの)は なかりけり 【下段】 将門(まさかと)叛逆(ほんきやく)の 始(はしめ)承平(しやうへい)二年より 今(いま)天慶(てんけい)三年まで 九年が間(あいた)坂(はん) 東(どう)に威勢(いせい)を ふるひしこと天誅(てんちう)のがるゝ方(かた) なく一時(いちじ)にほろび失(うせ)ける こそめでたかりける       ことどもなり 【奥書】 浪華 法橋岡田玉山畫【篆印】岡田尚友【篆印】子■■ 寬政七年卯正月吉祥日         《割書: |二条通堺町東《割書:江》入町》            今村八兵衞  皇都書林    《割書: |御幸町通御池下《割書:ル》町》            菱屋孫兵衞 【ノンブル】巻五ノ十一 【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F. 【印】BIBLIOTH NATIONALE MSS 【遊び紙】 【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F. 【効き紙】 N.5 5 d■■■■■■■ 【効き紙】 【遊び紙】 【遊び紙】 【遊び紙】 【効き紙】 【裏表紙】 【背】 【天】 【小口】 【罫下】