【資料整理ラベル 右肩】 特1 2835 【同 左側 ラベル上段 右より】 残跡菴藏書 類別 史伝 冊数 壱 番号 九、九 函 六十六 【表紙 題箋】 儒医東西 【右丁 白紙】 【左丁】 東大関   蕃山熊沢二六八 関 脇   徂来荻生惣右衛門 小 結   広沢細井次郎太夫 前 頭   玉山秋山儀右衛門 蒙御覧 西大関   白石新井筑後 関 脇   仁斎伊藤源佐 小 結   南郭服部小右衛門 前 頭   周南山縣少助 【90度反時計回りに回転】 【上頁右枠】 前頭   藤樹中江与右衛門 前頭   惺窩藤原歛夫 前頭   東涯伊藤元蔵 前頭   一本堂香川太仲 前頭   観海松崎才蔵 前頭   鳩巣室新助 【上頁中央枠】 元禄年中ゟ天明八年迄 日本/博士(はし)書籍院にて角力 興行仕候 【上頁左枠】 前頭   錦里木下須菴 前頭   南学南村梅軒 前頭   明霞宇野三平 前頭   東洞吉益周助 前頭   兼山片山冬蔵 前頭   青木文蔵 【下頁右枠上段】 同   熊耳大内忠太夫 同   闇齋山崎嘉右衛門 同   太庚赤松弘 同   名古屋玄醫 同   子寧鵜殿左膳 同   香月牛山 同   白駒岡太仲 【下頁右枠下段】 同   美仲坂倉安右衛門 同   山鹿高祐 同   三浦平太夫 同   稲若水 同   貝原好古 同   多田兵部 同   戸田齋宮 同   南宮弥六 同   服部原卿 【下頁中央枠】 行司 舜水 桃花老人 羅山 世話役 【下頁左枠上段】 同   灊水宇佐美恵助 同   中村惕齋 同   中西曾七郎 同   今大路道三 同   仲英服部多門 同   北山壽菴 同   平河源内 【下頁左枠下段】 同   金花平野源右衛門 同   藤井瀬斎 同   井上東渓 同   松岡玄達 同   榊原玄輔 同   新井白蛾 同   望月三英 同   伊藤才蔵 同   和智子蕚 【右頁は90度回転】 【右頁右枠上段】 同   渡部友節 同   安藤仁右衛門 同   蓮池親実 同   河口静斎 同   浅見絅斎 同   烏石葛辰 同   神田白竜子 同   関思恭 同   谷口氏四郎 同   木村高救 【右頁右枠下段】 〃   村井昌弘 〃   竹中通庵 〃   野三竹 〃   植照武 〃   小山惕益 〃   岡島冠山 〃   寺嶋良安 〃   中村永昌 〃   西川求林斎 〃   高瀬斈山 〃   井沢長秀 〃   佐々木玄龍 〃   物部道斎 【右頁中央枠】 貝原篤信 太宰徳夫 毛利貞齋 勧進元菅家 差添大江家 【右頁左枠上段】 同   森司馬 同   筑波山人 同   宇津宮由迪 同   谷素斉 同   佐藤剛斎 同   源川親和 同   川村瑞軒 同   平林荘五郎 同   松下見林 同   玉木芦斎 【右頁左枠下段】 〃   堀玄厚 〃   黒川道祐 〃   中根玄桂 〃   下津春抱子 〃   日向英俊 〃   翠竹庵 〃   岡本一抱子 〃   林春斎 〃   北村李吟 〃   ???【井】義【茂】智 〃   日向繁斎 〃   佐々木文山 〃   太宰弥三郎 【左頁】 角力勝負附評判 尤勝負なしの分は後日勝負 附に出し申候 岡白駒         行司 平河源内 【囲み】見物 西の方は勿論(もちろん)東のほうも爰へ出る角 力では無ひ。出来秋に田舎へまわつたら。 見る人も有ろふ。モツト引下ヶろ【囲み字】行司爰 が角力の見ところ。男のよひやひいきの多(おゝい) ばかりではござらぬ。御両人ともに手は きたなきけれども能く利(きい)た御手際(てぎは)。しつ かりとおもしろみが見へます。サレド平河 には。仕まひの一手に土俵(どひやう)へ出られ うろ〳〵致されたれば勝はひがし の方。白駒〳〵    香月牛山    北山寿菴 【囲み字】行御両人ともにむかし〳〵の手取たち 香月の食鏡今もつてくすり箱の 引出しよりさし合に手きわが見へ ます。先は大功〳〵小児必用記ハは御 傅(もり) 役の六韜(りくとう)三略(さんりやく)能く手が廻りました。 北山の口決集(くけつしう)。重宝(てうほう)いたします。御力 はとも有れ勝は牛山   鵜殿子寧   服部仲英 扨々両君ともに。贔屓多ひ御方。仲英に は。子寧の麾(ぶ)下(か)に伯(はく)鸞(らん)たりしより。 蘐園(かやば)の独角力(ひとりすまふ)。それより飛入段々と 御出世。韜海集(とうかいしう)のあら波きびしき 御手きは。心ある人は。外題にきもを 消します。【囲み字】ワル口 西のみやの先生ゆへ。神 力が有るかしらず。口ほどに無ひ呑倒(のみたを)れ。 晋人(しんじん)の風をおかしく取られた【囲み字】行司 東の 方も飛入よりの御出世。ちからはとも あれ。めづらしい御手 際(きは)。文集どう なつたか。残念(ざんねん)〳〵。是も東の方か 勝と見へます   名古屋玄医   今大路道三 御両君のころと違ひ。今は療治の 風もかわりましたが。今大路の先生 御勝と見へます   赤松弘   中西曽七郎 御両人とも。力はおなじ相老どし 【囲み字】ひいき大庾には。うたひなら鞁なら。俳 諧に至るまで。能く致された。【囲み字】わる口 なんだそんな事は乞食でもする。豆 と徳利はどふだ。出来たか【囲み字】行司 なる程 御両人の御あらそひも。御もつとも な事。大庾には何事によらず。技芸(ぎげい) によく。わたられたと申事なれど。爰 では徳か智か。又は豪勇(がうやう)か志の事を 評じますれば。ぐだ〳〵と。小間物みせの やふに引出すにもおよびませぬ。一寸 論じます所が。赤草紙の八人芸。 能く。俗にとれる御趣向。素読(そどく)が済(すむ)か すまぬに。見識(けんしき)だてをなさる二本 棒(ぼう) より。一日の論ではござらぬ。九述の 中孝経論語は見ましたが。あとの 七述はどふあるやら【囲み字】わる口 妹の御かげ で出世したといふ風説(ふうぜつ)【行司】いか さまその評判も。一 盤(はん)に有つたれども 人の口には戸が立られず。訳の有る事 と見へます。此時は物徂徠の光りに 恐れ。海内の人物。有智無智。来翁に 従ひたれど。此先生心有る人と存じ られます。中西には江戸入りそう〳〵。贔 屓多く。御門人如来にも日々の 御出ッ世。阿弥陀の光りも建立(こんりう)次第(しだい) とやら。能ひ御弟子有つて大慶 〳〵。まづは西の御勝    山崎闇齋    中村愓齋 東の方山崎には。すつたり詰たり はやかわり。木(ゆ)綿 襷(たすき)かけて。柏掌(かしわで) の趣向(しゆこう)唐(から)士も日本(やまと)も胡椒(こしやう)丸呑(まるのみ)。 やらずのがさね御手ぎは。能ふはやり ました。中むらには呉ふく屋よりの 出世。二礼童覧の御 深切(しんせつ)。今は見 る人も無けれど。厚(あつ)ひ思しめし。 南郭集(なんくわくしう)のぬき取。李王の跡(あと)を なめる御方の口で。なにさあれはと は。あまりもつたいなひ事。まことの 君子でござる。山崎が勝と見へます。   兼山冬蔵   観海才蔵 近ごろめさましき御両人。御 出情(しゆつせい) 次第。関まても昇(のぼ)られますに。若くて 残念(ざんねん)〳〵。東の方兼山には。手は利(き) かねども。大力のかたづくり。とり組で はまけの無ひ大 丈夫(じやうぶ)。西の方観 海にも。手利の上のしつかりと力も 有れど。相手が大力故 油断(ゆだん)なさるな。 東に勝が込みまする  此処でちよつと申あげまする。  飛入の角力両人甲乙の論(ろん)は  しばらく指し置。御近所の事。  其うへ赤羽にての出会も有りし  御方故。ざつと評じます 【囲み字】見物 両人とは。誰が事だ。【囲み字】行司 外で も御ざらぬ。大坂屋の先生河保寿。天 神馬場の秋元辰之進。両人とも。誰 しらぬものもごさらぬ。【囲み字で】わる口 ウその大 坂屋とは。かうじ町で下らぬ身上。 烏(う)石流(せきりう)に入あげた馬鹿(ばか)ものか。 一生の内。天神の額(がく)が出来た計り。 能くも無ひ手跡(しゆせき)だ【囲み字で】ひゐき 志(こゝざし) の厚(あつい) 先生。からす石も先生がもとめら れた。【囲み字で】行司 何にもせよさつぱりとした 御方おはりにね入られてざんねん。 秋元氏には。御師匠より。伝 来の詩が御手に入って。当代で の先生。【囲み字で「わる口」】きやつも田舎(いなか)侍と外 は見へぬ男。折(せつ)臂(ひ)の御客とは此人 の事か。酒食(しゆしよく)におぼれ子供はどふ したか。よひ弟子もなひか【囲み字で「行司」】是 は〳〵。御わかひ御方のわる口。御まち 下さりませ力はともあれおしき 先生。此様十人も得やすからぬ 人物。追而のしやうぶにくわしく 評しませふ   鳩巣   青木 御両人とも用に立つ御学問。風(ふう) りうに心を高くし。経義(けいぎ)にしばら れる先生たちと。一ッ所には論(ろん)じられぬ 駿台雑(すんたいざつ)話や昆陽漫録(こんやうまんろく)はたが 見てもよひ御作【囲み字で「わる口」】さかなやにも。こ んな男がある【囲み字で「行司」】さればそのさかな 屋だから。なを御 志(こゝろざし)が察(さつ)しられて。 すさましひ。さつまいもの御 趣向(しゆこう)。 思ひきつた事。中〳〵当時かやう なしうちをする人はなひ。崑陽 先生の御勝と見へます。   熊耳   灊水 東の方熊耳には手取なれど綱引 天神の一手は。大東世語とは。いきぐみ も違ひあまりどつといたさぬ御手 きは。西の方灊には手はなけれど力 あり。芝のおやぢのきつゐ骨おり。 やう〳〵と来翁の校も出来るやう なられた【囲み字で「わる口」】嵯峨(さが)が嶽と御 同藩(どうはん)                       《割書:やしき| 》 ゆへか。めつたに名は高けれ共。元の 出が一 農夫(のうふ)。【囲み字で「行司」】コレ〳〵又例のわる 口。近代徂徠の餘(よ)光でかゞやかれ ました。されど勝は熊耳とそんじ られます。   東涯   明霞 御そろひなされて博物(はくぶつ)な御方。東涯 には。どなたも御存の通り。親ゆづりとは 申ながら。何もかもよく御手がまわり ました。明霞にも助字(じよし)をよく合点 いたされた。御同人片山忠蔵にも。浪(おゝ) 花(さか)にて。一人となられます。識鑒の 人あらば。追而勝負は分かりませふ。 まづはみな様御存の堀川の御勝  一本堂  東 洞 東の方一本堂大力のかたつくり。手 もよくきゝます。土俵入よりだん〳〵と いきほひよく。見へました。忌中の節 三年上下を着(ちやく)されたと世上で噂 がござる。儒を捨て医に帰し。師と あらそわぬと申説もあり。いろ〳〵咄 の有る御方。西の方東洞にも手は きゝます。男はでつふり仁王立ち何共 ひるまぬ大丈夫。紫岡下し。宜【瞑ヵ】眩く 【右頁】 るまの二手はすさましき御手きは 最初江戸にては誰もしらぬ角力 なれど。京へ上りてより。段〳〵と御 出世今ては何所の田舎も吉益流。ば ばもおやぢも傷寒には先生がよひと 申まする。しばらくの取組なれど。東 の方土俵へ出られ。たれは。勝は東洞 【左頁】 去る御方より。芸州牡蛎百箇東洞へ 下されました    惺窩    南村 東西同し大男土俵入りつはて御さる 東の方惺窩には仏を破し儒に 【右頁】 帰すとやら。ゑいざんおろしの一手は かく別な御手きは。勝は東にこみます    藤樹    錦里 あまり人は御存なけれど。藤樹の学風 は格別な御見識。錦里にもよひ 【左頁】 御第子あつて。御指南のほども 知れ奥(おく)ゆかしく御ざる。勝は錦里と 見へました    玉山    周南 東の方玉山力も有り。手もきゝます。 【右頁】 ぬけめのなひ御方。老鶴の篇の 抜手よふ出来ました。御門人少く しる人まれにて残ねん。西の方周 南にも。明論館の御手きは。近国 まで。靡(び)然となひきました御両 人の仕うちは。学問の真面目。二国 のおだやかになるは御両人の御余光 【左頁】 どちらも大丈夫と見へます。勝負は しばらく預ります    廣澤    南郭 御両人とも。すさましき御手きゝ。力 もあり。誰ならぶ方も御ざらぬ【囲み字】わる口 【右頁】 コレ広澤はこゝへ出る角力じやあ無ひ。 行司の目はどこへ附て居る。【囲み字】行司 何を おふせられます。おまへがたの目が曲つたか 手跡ばかりではござらぬ。学才も有 算術もよし。生れてゟ人が別で 御ざる。今日の用に立大功が度〳〵。 手跡が秀たればみな様手跡斗で 【左頁】 御論じ被成ますか。遠州より出られ さま〳〵の険阻艱難(けんそかんなん)をなめられ。 よく人情に渡られました。今時の 書家とやらわざ〳〵ならい込んで。 先生に成られるとは違ひ。余力に 学はれたる事にて。人がおして師 といたしたので。唐様の先生と自 【右頁】 かんばんを出されるとは天地の違(ちがい) ナント分りましたか。近ごろ観鵝(くわんが)百 談(たん)を駮(はく)【左ルビ:うつ】して批評とやら申小冊 が出ましたが。象(ぞう)のからだに蚤(のみ)しらみ いらぬ御世話と存られます。ナント 是で御合点が参りましたか。その 外さま〴〵の功があれど識者には 【左頁】 御そんじの事なれば。くだ〳〵しく申 にも及びませぬ。南郭にも今の 詩人とは格別。よく世とおしう つるとは。此御方の事でござろふ。経 義のさばき方も商売けんくわの 先生たちとは違ひ。広ひ事で ごさる。春台と取組をみな様 【右頁】 御このみなれど。それは学問一通りの 事御器量の論では。信州の先生 は偏なやうに存しられます去りながら 諸侯の大伝にはよき御方【囲み字】見物 夫は こゝでいふに及ばぬ。両人の勝負は どふだ【囲み字】行司 いかさま是はそさふで あつた。廣澤の勝と見へますれど 【左頁】 御見物様には足が土俵へ出たやう に仰られますれば。しばらく後の君 子をまつまて。預ります    徂来    仁斎 【囲み字】見物 東の先生をなせ大関に出さぬ 【右頁】 五百年来の滅学を起された。【囲み字】行司 しばらく御まち被成ませ。御合点の 参るやふに述ませふ。東の方徂来 には大力なるうへの手きゝ弁道 弁名のおひなげは思ひ切つたる 御手きは【囲み字】わる口 先生の論語徴は 千百年眼の抜取きたなひ手で 【左頁】 御かち被成た。品字選の先かけを訳 文筌蹄にいたされた。時か時ゆへ盲 万人てあつたか【囲み字】行司 なんでも目の 附く所が御見識よく手が廻りました。 西の方手はさまできかねど。ちからは まけぬ大男千石をやす〳〵とあげ られ。たるは。五百石の御儒官より 【右頁】 は。よほどつよひ所が見へます。此度の 角力は西の方御勝。ゆだんなさると 土俵へ出ます    蕃山    白石 【囲み字】わる口 サア評判が聞たひ。大関の仕打は 【左頁】 どふだ。【囲み字】行司 そのやふに急に申ても 分らぬ事しばらく御まち被成ませ 元来この熊沢には。学風もみな様 とはちがひ志の立やふが大きひ。六経は 心の注脚と申が御学風。それゆへ 他の御方とちかひ故事を知つたの 詩文がよひのと申を自負するやふな 【右頁】 少事には心をとめられませぬ。平 生の言葉に。今日の実事におこなはぬ 事は学にあらずとの事。それはとも あれ。去る諸侯に初見のせつ漢の 酈食其高陽の一酒徒と申た趣 向あり。其後品川の駅とやら川崎の 駅とやらにて。防火の御手当まて 【左頁】 口計の儒者の及はぬ事。また何 所のか寺を破滅いたされたと申が あまりに果断なやふに論ずれど 心有りての事。何と大関に居き ました訳が分りましたか。次に白 石先生を論じませふが。是はみな様 御存の御方。幼年より一ト通りの 【右頁】 御方ではござらぬ。軍器考も重 宝いたします。此方の心まゝに いたしたら。サゾおもしろき事が御さ りませふ勝負は追而    貝原    太宰 【左頁】    毛利 御世話役の御三人。一寸論じませふ。 貝原にもよく。何かあれ是と。御世 話をやかれ。道中記まで御手かかゝり ました 【囲み字】見物 それ位の事か。温泉記 までくわしかつた 【囲み字】行司 なるほどよく 【右頁】 俗に入るやふに何もかも博ひ事 なれど。肝要の経義がすめませぬ。終 に。大疑録が出ましたは。どふかたの もしきやふなれど。生質小刀細 工と存しられます。毛利にも諺解 に心をつくされ。俗を導れたは能 やふなれど。是も同然の小刀。太宰氏 【左頁】 をこゝへ出したは。さぞ御腹の立つ御方 もありさふな物なれど。あまり世話 役が多過まして。心中が察し られます。親族正名は釈親考の むしかへし。先生の徴有れは。外伝 あり。あまり細かで有つた。去る諸侯 の待しやふが悪ひ迚出られぬは 【右頁】 尤な事なれと。此方が治られたらば 苛(から)き政に。一 間(けん)【左ルビ:へだて】と存られる。国を治(おさむ) は。小鮮を煮るがごとしとやら申せば 芝の先生の詩文に世を逃れたは 格別のやふにこさる。かやふな所か 第一なれば。是非なく御三人を並 ました御職御金【「鑒」ヵ】の有る御方は 【左頁】 御そんじても有ろふ歟    道齋    定保 一姓二度おこらずとやら。御両人とも 長者二代無しと申心歟。親ほとになひ 御手きは。道斎には位牌知行を無 くしも被成ぬが。太宰氏には。何所の 【右頁】 何国へ参られたやら。親仁の孝経は。唐 迄も渡つたと申せば。知不足斎の居候 にも成られたか。御門人がたにはさぞ〳〵。 御残念にござりませふ   右勝負附。あらまし御目にかけます   追〳〵くわしく。手を吟味いたし   勝負を分(わか)ち。御評判をねがひまする 【左頁】 損徳斎 【著述 變語(ひよんご)  近刻 論語をもぢりて 第一章より廿章まで 世話に准らへしるす 【右頁】 江戸八景 江戸繁花の地 八ヶ所を当世 晒落書に とり組 天明は 戊申初春 【左頁】 【ラベル】 徳1 2835 【裏表紙】