【表紙 題箋】 住吉物語 《割書:下》 【資料整理ラベル】 SMITH-LESOUEF JAP 177 1 【右丁 文字無し】 【左丁】 それわかてうはそくさんへんち【粟散辺地】の 小こくたりと申せとも大こくに まさりて人のちえもかしこく くにもめてたくさかへゆく事は しんこくとして三千七百よしやの 大小のじんぎみやうたう【神祇冥道】ひかりを やはらけおうこし給ふによつてなり 中にももつはらわうしやうをまもり たまふは二十二にえらはれたまふ 又ぎよくたいにちかつきてまいにち ちんご【鎮護】したまふをは三十ばんじん【番神】と さため給ふちはやふる神のちからは まち〳〵なりと申せとも津のくに 【右丁】 つもりのうらすみのえにあとをたれ【注】 たまふすみよし大みやうしんのれい げんことにすくれてあらたなりされは 大こくのえひすら日ほんは小こく なりとあなとりうちとらんとする 事七かどにおよびしかとも一ども くにのなんなかりける事はひとへに すみよしの大みやうしんあらみさき【荒御先】と なり給ふゆへなりそも〳〵たうしや すみよし大みやうしんと申たてまつ るはぢじんだい五だいうかやふき あはせずのみことのすいしやく【垂迹】し給ふ とそきこゑけるむかしいんやういまた 【注 「迹を垂る」=仏が仮に神の姿となって現れる】 【左丁】 わからさるときはこんとんにして 雞子(けいし)のことくなりしにすめるものは のほつて天となりにごれるものは くたつてちとなりけるその中に かみうまれたまふかたち鶯(ろ)【鷺?】牙(げ)の ことしともいへりうをのみづにうかみ あかれるにもにたり人とならせ給ふ てはみくし八ツてあしも八ツおはし けるが大じやのことくなるおもあり けるとかやこれをすなはち天じんの さいしよくにとこたちのみことゝ申 たてまつるあるときにみことあまの とほこをおろしてこのしたにくにあらん 【右丁】 やとて大かいのそこをさくり給へとも くになかりしかはほこをあ【ママ】きあけ うかひ【浮かび】けるにそのほこのしたゞりお ちとゞまりこりかたまりてしまと なるかるかゆへにをのころしまと 申なり此あきつす【秋津洲のこと】のちくへきせん ひやうにや大かいのなみのうへに大日と いふもじうかめりもんしのうへにほこ のしたゞりとゝまりてしまとなる かるかゆへに大日ほんこくといへり さてくにとこたつのみことてんじやう し給ひしかはくにさつちのみことあら はれ出たまひてこつかをかため給ひ 【左丁】 けり百おくまんざいをへたまひて のちとよくんぬのみことあらはれ給ふ よにふによう【豊饒】のたねをまき給ふは このみことのはからひとかや以上三だいは おがみ【男神】にておはしましけりそのゝち おがみにうはそにのみことこくどに つちをまき給ふめがみ【女神】にすいちにの みことこくどにいさご【砂子】をまきたまふ ともに二百おくまんざいをへ給ふ とかやそのゝち又おがみに大とのちの みことめがみに大とのへのみことくに のさかひみちをさためたまひけり つぎにおがみにおもたるのみこと御さう 【右丁】 ぎやう【相形=顔つき】うつくしくおはしますめがみに かしこねかしこねのみこと御こゝろねかしこくおはし ますともに二百おくまんさいをへた まひけり以上三だいはなんによのかた ちましますといへともいまたふうふ こんかうのみちはなかりけりだい七だ いにあたらせ給ふいざなぎのみこと いざなみのみことニはしらおつとめと ならせたまひつゝ一ツのくにをうみ たまふにいまのあはちのしまこれなり このくにあまりにちいさかりしゆへに 吾恥国(あはちのくに)とはのたまひける二はしらかの くにゝあまくたらせ給ひつゝいつかはのに 【左丁】 いてゝみすかくさをくひそめたまふ これいまのわらひといへるものなりのに あるものをくふ事はこれよりはしま れりかくてこのくにのありさまを見 たまふにあしはらをひしけるとて ところもなかりけれはとてこのあしを ひきすて給ふところにあしをおきたる ところはやまとなりひきすてたる あとは川となりけりかゝりしかとも いんやうわがそのみちをはしりたまは さるところににはくなふり【庭くなぶり=鶺鴒(せきれい)の古名】といふとり のおをつちにたゝきけるをみ給ひて 二はしらはじめてとづく【「とつぐ」の誤記ヵ】事をならひ 【右丁】 たまひあなうれしやうましおとめに あひぬとよみたまふこれわかのはしめ なりにはくなふりをいなをせとりとも いふなりしんめいの御うたに   あふ事をいなをふせとりのをしへすは    人はこひぢにまよはさらまし かくて二はしらくにのかすをつくりさん せきさうもくをうへ給ふかよのぬし なからんやとて一によ三なんをうみ たまふ日のかみ月のかみひるこのみこと そ【ママ】さのをのみことこれなり日のかみと 申はあまてらすおほんかみの御事なり 月のかみと申は月よみのみことなり 【左丁】 この御かたちあまりにうつくしくお はしまし人のたぐいに見えたまはね ばてんにのほらせ給ふとかやいまのき しうかうやさんにふの大みやそしんこ れなりひること申たてまつるは ゑびす三郎とのゝ御事なりうまれ たまふてのち三とせまて御あし たゝすしてかたわにおはせしかは あまのいはくすふね【磐櫲樟船 注】にのせてうみに はなちたてまつるこきんしう大え のまさひらうたに   かそいろ【かぞいろ=両親】はいかにあはれとおもふらん   みとせになりぬあしたゝすして 【注 「いわ」は堅固の意。樟で作った堅牢な船】 【右丁】 とよめるはこれなりつゐに津のくに むこのうらになかれよらせ給ひつゝうみ をれうする神といはゝれたまふ           にしのみや        大みやうしんと      かうし【号し】        たてまつると             かや 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 そ【ママ】さのをのみことは御こゝろあらふ してくさきをからしきんしう【禽獣】 のいのちをうしなひたまふによつて ふけう【不孝】せられ給ふかてんしやう大じん 二はしらの御ゆづりをうけこのくにの あるしとならせたまふ事をいかり てわれくにをとらんとていくさをおこ しさばべ【「へ」とあるところ。濁点は誤記】なさんと一千のあくじんを うつしてやまとのくにうたのに一千の つるぎをほり立(たて)てじやうくはくとして たてこもりたまふ天しやう大じん これをよしなき事におほしめして やをよろづの神たちをひきぐし 【左丁】 かづらきのあまのいはとにとぢこ もらせたまひけれはくにのうち みなとこやみになりてけり此とき にしまねみのみことこれをなけきて かく山のしかをとらへてかたのほねを ぬきはわかの木【葉若木=榊(さかき)の異名】をやきてこの事 いかゝあるへしとうらなはせたまふに かゝみをいていはとのまへにかけうた をうたはば御いてあるへしとうら【占】に いてたり  かくやまのはわかのもとにうらとけて   かたぬくしかはつまこひなせそ とよめるうたはすなはち此心なり 【右丁】 さてしまねみのみこと一千の神 たちをかたらひてやまとのくにあま のかくやまににはびをたき一めん のかゝみをいさせ給ふ此かゝみはおもふ やうにもなしとてすてられぬい まのきしうにちせんくうのしんたい これなりつぎにいたまひしかゝみ こそよかるへしとてさかきのえた につけて一千のかみたちをせうじ【招じ】 てうしをそろへかみうたをうたひ 給ひけれは天しやう大しんこれに めて給ひていはねたちからをのみこと にあまのいはとをすこしひらかせて 【左丁】 御かほをさし出させたまへはせかい たちまちあきらかになりてかゝみ にうつらせたまへる御かたちなかく きえたまはすこのかゝみをなつけて やたのかゝみとも又はないしところとも かしこ所とも申なり天しやう大じん あまのいはとをいてさせたまひて のちやをよろつのかみたちをつかはし うだのゝじやうにほりたてたる 一千のつるぎをみなけやぶつてすて たまふこれよりしてちはやふるとは 申つゞくるなりこのとき一千のあく じんはさはべとなりてうせにけり 【右丁】 そ【ママ】さのをのみことはいつものくにになか され給ふこゝにかいしやうにうかんで なかるゝしまありみこと御てにて なでとゞめてすみ給ふたましまと 申候これなりこゝにしてはるかに 見たまへはすがのさとのおくひのかは かみといふところに八いろのくもたち けりみことあやしくおほしめして ゆきて見給へはおきなうは二人う つくしきをとめを中にをきてなき かなしむ事せつなりみことあはれと おほしめしいかなるゆへにかくなけく そととひたまへはおきなうはこたへて 【左丁】 申やうおきなはてなづちうばをはあし なづちと申てふうふにてはんべるなり 又これなるひめはわれらかひとりむすめ にてことしはすてに八さいにまかり なり侍るかなをばいなたびめと申候 このあたりにやまだのおろちとて 八ツのかしらあるおろちやまのお七 たにはひわたつて候かまい夜人を もつてじき【食】とし侍るあいたねん〳〵に のみつくされし人おやは子をさきたて かなしみこはおやにをくれてなけく ほとにや人そんらう【村老】みなくひつくさ れていまはわつかにわらはとものみ 【右丁】 いきのこりて侍るかこよひしも このむすめをおろちのために のまれん事のかなしさけふを かきりのやるかたなさにかやうに     なけき        侍るなりと      かたり        申けれは 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 みこといよ〳〵あはれみ給ひていなた ひめをわれにえさせよはかり事を めくらしかのをろちをたいぢして ひめかいのちをたすけなかくくにのな げきをやめてとらすべしとの給ひ けれはおきなおほきによろこひて たとひおろちはうちたまはすともひめ がいのちをたすけたまひ候はゝおほ せにしたかひ侍るへきところに ましておろちをたいぢしたま はん事こそうれしけれとて ひめをみことにたてまつるみこと なのめによろこひ給ひてすなはち 【左丁】 おろちをほろほさるへきはかり ことをそしたまひけるかのいな たひめにうつくしきしやうぞく せさせ四ツのつまぐし【爪櫛】を八ツつ くりてもとゝりにつけさせ ゆかのうへにたゝせたりつまぐしを さす事はあくまをふせがんため なりゆかのまはりにはひをたき たりひよりそとには八ツのもた ひ【瓮=水や酒を入れる器】をこしらへさけをたゝへてそ あひまちたまふ夜はんすくる ほとにあめあらくかせはげ しくふきすぎてみやまのことく 【右丁】 なるものうこききたれるものあり なるかみいなづましきりにて おそろしなんといふはかりなし ひかりのかげにこれを見れは八ツ のかしらにをの〳〵二ツのつの ありてあはひにまつかや【松・榧】をいし げりたり十六のまなこは日月 のひかりにことならすのどの したなるうろこはゆふ日をひた せる大ようのなみにことならす ゆかのうへにひめありと見けれ はこれをのまんとしけれとも 四はうに火をたきまはしけれ 【左丁】 は   よるへき       やうも         なかり           けり 【両丁絵画 文字無し】 【右丁】 おろちひめをのまんとおもひかなた こなたをまはりけれとも四はうの たき火におそれしはしときうつす ところにもたいの中にひめのすかた のうつりけるを見ていなたひめこゝ にありとやおもひけん八のかしらを 八ツのもたひにひたしつゝあくまで さけをのみたりけるはしめよりの はかりことにさけのみつくさはこ なたよりながしいれんとてもたひ にかけひをかけてをかれけるより なかしこみけるほとにおろちたち まちのみえひてほれ〳〵として 【左丁】 ふしたりけるそのときみことけんを ぬきおろちをづだ〳〵にきり給ふ ところにおにいたりつるぎのやいば そむしてきれすあやしくおほ しめしけんをとりなをしおを たてさまにさきてみたまへば おの中に一ツのけんあり此おろちと 申はふうすいりうりうのあまくたり 給ふなれはかしらよりあめをふらし およりかせをいたすこのけんおに ありしとき御手にくろくもおほ ひしゆへにみことけんのなをむら くものけんとなつけ給てなづちは 【右丁】 ひめのたすかりたる事をおほきに よろこひみことへひめをたてまつる いなたひめはかしらにさしし四ツの つまぐしをうしろさまにまふけて みことの御まへにまいりけるこれを わかれの     くしと申なり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 かくていつものくにに大みやつくり したまひていなたひめをつまと してこんかうし給ひつゝかくそよみ たまひける  やくもたついつもやへかきつまこめに   やへかきつくるそのやへかきを これ三十一じにさたまりたるうた のはしめなりみことの御こゝろに 大じんぐうと中あしくてはよし なき事とおほしめされけるにや かのおろちのおよりとりいたし給ひ たるあまのむらくものけんを大じん ぐうへたてまつりふけう【不孝】はゆるされ 【左丁】 たまひけり大じんぐうこのけんを見 たまひてこれはむかしわれたかまが はらよりをとしたりしけんなり とその給ひける此けんすなはち だい〳〵みかとの御たからとなりて ほうけんと申たてまつるなりかく て天しやう大じんそ【ママ】さのをのみことゝ みとのまくばい【「みとのまぐはひ」の変化した語。男女の契りを結ぶこと】ありてやさかにのくま たま【八尺瓊の曲玉】をねぶり給ひしかはいんやう せいじやう【生成】してまさやかかつ〳〵はやひ あまのほしほにのみこと【正哉吾勝々速日天忍穂耳尊】をうみたまふ これぢじん【地神】だい二の御かみなりだい 一じん天しやう大じんはやまとのくに 【右丁】 かたくらべのさとに御こうなりてみ とりくさをきこしめしはしめたまふ これいまのせりなりさとのものゝくひ はしめはこれなり又あまのいはとより いでさせ給ひてかくやまにみゆきし 給ふときしゐのみをきこしめすこれ やまのものゝきこしめすはしめとの給ひ けりかくて廿五まんさいをへたまひ しのちは天にあからせたまひけるが 又にんわう十一だいのみかどすいにん天 わう廿五ねん三月のころてんしやう 大じんやまとひめのみことにをしへて のたまふやうかみかせの伊勢のくには 【左丁】 すなはちとこよのなみのしけなみ【重波】 よするくになれはかたくに【片国=中心地から外れた所にある国】のうまし くになりこにくににおらんとおもふと つけさせ給ふゆへにやまとひめしんちよ く【神勅】にしたがひかみよよりのしんきやう しんけんをとりていせのくにうぢの かはかみにちんざし給ふそのかはをみも すそがはとも申又はいすゞがはとも 申なりいまのないくうこれなり そのゝちにんわう廿二だいみかとゆう りやく天わう廿二ねん御たくせん によりてたんばのくによさのこほ りよりとよげ大みやうじんをむかへ 【右丁】 たてまつりていせのくにわたら ひのこほりやまだのはらに くわんじやう【勧請】したてまつる    これはてんじん七だいの           はしめ      くにとこたちの           みことにて        おはします  すなはちいまのげくうと申は        これなり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 そ【ママ】さのをのみことはそのまゝいつもの くにゝしてかみとならせたまひ けれは大やしろきねつき大みやう じんといはゐたてまつる十月はこの みやうじんかくれたまふ月なれは 神なし月と申なり又いつものくに にかみありのうらといふところあり としことの十月に日ほんこくの 神〳〵かのうらにらいりんある そのしるしにはさゝぶねいくらとも なくなみのうへにうかふとなり これによつていつものくには 十月をかみあり月とも申なり 【左丁】 さてもをしほにのみことはたかんみ むすふのかみ【高御産巣日神】の御むすめたくはゝ【ママ】ちゝ のひめ【たくはたちぢひめ(栲幡千千姫)のこと】とちきりをこめさせ給ひつゝ あまつひこ〳〵ほにゝきのみこと【天津彦彦火瓊瓊杵尊】を まうけ給ふ天しやう大しんたかんみ むすふのみことゝ御こゝろをおなしう して御まこのにゝきのみことに 三じゆのじんぎをあひそへげかいに あまくたらせ給ふときやをよろつの 神たちしんちよくにしたかひあめ みまこ【天孫】とおなしくあまくたりた まふ中に三十二じんの上しゆお はしますその中に五ぶのかみと 【右丁】 申たてまつるはあまのこやねのみこと【天児屋命】 あまのほそめのみこと【「あまのうずめのみこと(天鈿女命)」のこと】いはこりひめ のみこと【「いしこりどめのみこと(石凝姥命)」のこと】たまやのみこと【たまのおやのみこと(玉祖命)」のこと】あまのふとたま のみこと【天太玉命】これ五じん【神】なりあまのこや ねのみことはかすか【春日】大みやうしんの御 事なりあまのふとたまのみことは かんどり大みやうしんの御事なり この二じんこそもつはらしんちよく をかうふりあめみまこをたすけて あまくたらせ給ひけりされは りやうつばさのことくなるべし 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 かくてにゝきのみことはひうかのくに にあまくたらせ給ひしかみやまの かみの御むすめこのはなさくやひめと 御ちきりをこめさせ給ひつゝ御こたち あまたうみ給ふ三十一まんざいを へたまひてのちひこほゝてみのみこと【彦火火出見尊】 にくにをゆつらせ給ひつゝてんに あからせ給ひけりひこほゝてみのみこと のみこのかみほのすそりのみこ【火闌降命】は御 おとゝ【弟】のみことにくらゐをこえられ 給ふ事をやすからすおほしまし けれはつねは御中よからすいかに もして御おとゝのみことをうしなはんとそ 【左丁】 おほしめしける御おとゝのみことは御 あにのみことの御心のかくわたらせ給ふ 事はつゆしろしめさゞりけるにや あるときあにのみことのひさう【秘蔵】し給ふ こかねのつりはりをからせたまひてあを うみにのぞんてつりをたれ給ふところに いかゝし給ひたりけんうをにつりばりを とられたまひけりみこと大きに なけき給ひつゝかなたこなたを もとめありき給へともうをのとりて かいていにいりし事なれはつゐに ゆくゑはなかりけりみことせんかた なくてあにのみことにかくとの給ひ 【右丁】 けれはほのすそりのみことなのめ ならす御いかりありてそのつりはり と申はむかしよりつたはりてめて たきたからなりいそきたつねも とめて返し給ふへしとおほせ けれはおとゝのみことのたまふやうは われはそのつりはりをさやうにひ さうし給ふとは思ひもよらすかり そめにつりをたれて侍れはうをに とられて侍るなりしよせんいまは たつぬるところなし御かはりを たてまつるへしそれにて御はら いさせたまへとのたまひけれは又 【左丁】 あにのみことのたまふやうたとひ 百千万のかはりをはたまはるとも かのつりはりにくらへかたしわか身に かへてもおしきたからなれはなを さりにばし【ばし=上のことばを強調する語】おもひ給ふなうをがと りてうせし事ならは天にも あかるましちにもいるましわだ ずみのなみのそこにそあるらん なんじうみに入てすみやかに たつねて返し給へとよつりはり を御返しなきならはちゝのみかと のゆつらせ給ふあしはらこゝをは おさへてたまはるへしとのたまひ 【右丁】 けるほとにおとゝのみこと大きに御 なげきありてけにもうみをはな れてことところへはかくれましあを うなはらをあまねくさかしもとめん にはしかじとおほしめし御ふねに めされつゝうみのおもてにのそみ たまふときにうみづらにはかに げきらう【激浪】しゆきのやまをなし けれはみかとあやしくおほしめす ところにおきな一人あらはれて なみのうへにうかみいてたりその かたちにんげんにはようかはれり いかなるものそととひ給へはこれは 【左丁】 かいていにすみ侍るしほつゝをのかみにて 侍るなりさてみことはいかなる事にか 一人このなみのうへにおはし ますそととひたてまつりけれは みことこのよしきこしめし われこのかみのみことのつりはりを かりてうみにのぞんてつりをたれ しところにうをにつりはりを とられたりあにのみこときこし めしぜひにもとのつりはりを かへすべしとのたまふほとに せんかたなさにもしつり はりをはみしうをのうみに 【右丁】 うかみあかることもやと          おもひつゝ    いま こゝ に           ありて       まつなり           とそ        のたまひ           ける 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 おきなこのよしうけたまはりかしこ きかみの御こゝろにもおろかなる 事も侍るかやこのあをうなはらと 申はまん〳〵としてへんさい【辺際】もなし みなそこはこんりんさいにおよび つゝ八まんゆじゆん【注】にをよべりさう かい【滄海=青々とした海】をすくれは八かい【八海=すべての海】にいり八かいを すくれはかうすいかい【香水海】にいるかほとに まん〳〵たるうみのうちへとりて かへりたるつりはりをこゝにして たつねもとめんとのたまふは大ぞら の月のかつらをまねくとやらんより もはかなき御こゝろなるへしと申 【注 由旬=古代インドで用いた距離の単位の一つ。約七マイル(十一、二㎞)あるいは九マイル(十四、四㎞)という】 【左丁】 けれはみことこのよしきこしめし われらもさやうにおもへともあ まりせんかたなきにはかりことを めくらしうみのそこへもいりなんと おもふなりとのたまへはおきな此 よしうけたまはりけに〳〵さ ほとにおほしめさはとこよのくに へみゆきありてわだづみをたのみ たまへさあらはつりはりをとり かへしたまはん事はやすく候へしと 申けれはみことうれしくおほし めしかのおきなとゝもにとこよ のくにゝみゆきし給ふとこよのくに 【右丁】 と申はりうぐうじやうの事なり そのよそほひにんげんにはよう かはりじやうらくがじやう【常楽我浄】のかせ ふきてはる三月のことくなれは かんしよ【寒暑】のくるしみなかりけり ふしやうふめつ【不生不滅】のさかひなれば しやうじやひつめつ【生者必滅】のく【苦】もなかり けりふらうふしのならはしなれ ばしく【死苦】もなしびやうく【病苦】もなし しつほう【七宝】はこゝろのごとくわきみち ければふくとくのくもなし わがたぐひならぬものもなてれ ばおんぞうゑく【怨憎会苦】といふ事もなし 【左丁】 いかひいぎやう【異怪異形】にかたちをへんずる 事じゆうなれは五せいゐんく【五盛陰苦(ごじょうおんく)のこと】も なかりけりたゞし天しやうの 五すい【衰】にんけん【人間】の八く【苦】りうくうの 三ねつ【熱】とてとこよのくににも くるしみはありとかやすてにりう ぐうじやうにつき給ひつゝ大りの ありさまを御らんずるにきんぎん をもつてたくみたるきたはし ありたかさ七十よぢやうにをよべり そのよにるりのろうもんあり ほうらいきう【蓬莱宮】といふがく【額】をうて【打て】り その中に三十よぢやうのたまの 【右丁】 くうでん【宮殿】ありろうもんよりくうでん まて七ほうのろうかくありそのほと 十よりがしたにしんしゆのいさご そまきけれはこのひかりにかゝやき てうばたま【「ぬばたま」の転。】のよるのけしきもなか りけり御てんの中わうにはぎゞ だう〳〵【巍巍堂堂=姿が堂々としていかめしく立派なさま】たる大しん【大人ヵ】ありたまのかふ り【冠】にしきのしやうそくゑにはうつ すともふでもおよひかたきほど のしょうごん【荘厳】なりこれそ此ところ の大わうとみえてうつくしくよ そをひかさりしりうによはらわた ちかこみ【?】かつがう【渇仰】のけしきに見え 【左丁】 けれはみことおきなにおほせけるは あれに見えたるいくわんたゝしく をる人はいかなる人そととひたまへは おきなこたへて申やうあれこそこの くにの大わうわたつみと申人にて 侍るなりすなはちみことこれまて みゆきなり侍るよしをつげたて まつるへしと申てやかてうちにぞ いりにけるしはらくありてわたつみ わうもろ〳〵の百くわんともをあひ ぐしきんてい【禁廷=天子の御所】にたちいでみことを むかへたてたてまつりしゝいでんに しやうじ入まいらせけりたまの 【右丁】 とこになをしたてまつりて のちようかん【容顔】びれいなるりうによ【龍女】 たちをしてせん【善】つくし【尽くし】び【美】つく し【注】たるちんぜん【珍膳】を    みことの        御まへにそ     そなへたて          まつる  そのけしき中〳〵     たとへんかたも         なかりけり 【注 綺羅の限りを尽くす】 【左丁 絵画 文字無し】 【見返し 両丁文字無し】 【裏表紙】