《題:《割書:百人|一首》小倉の山ふみ 全》 をくらの山ふみの序 此百首はたかきみしかき世に しらぬ人なく女わらはへもよく おほくしりたるさるはたゝひたふ るによみならひおほゆる世のなら ひにてもてあそひものゝやうにな りもて行つゝ哥の心はいかにとも 思ひたとらす又まれ〳〵其意を しらまほしくおもふも常に物ま なはぬ人は註釈なと見むもこと〳〵 しくはた心得かたきところもおほ からんをこの元義ぬしの物せられ たる小倉の山ふみは古今集の 遠鏡にならひてその心をかたは らに書たれは見るにいとかやすく【「か易し」=容易である】 さとひ【里び】言にしあれは聞々かたき ところ有へくもあらすわらはへなと のもてあそひよみならはむにも かたはらふとみられつゝおのつから そのこゝろもきこえゆくへく又もの よくまなひ哥よく見しらむ人 なりともよく其意をえて露た かふ事なくよくうつされた れは一たひよみあちはへなはえ おもひすつ【思ひ捨つ】ましくかた〳〵たより いとよきふみになむありけるこた ひある人の桜に覚のせむとて 花もにほはぬおのかつたなきこと のはを書そへてよとこふま まにかくなむ           本居春庭 百人一首   後撰集秋 題しらず   天智天皇 秋の田のかりほの廬の苫をあらみ我衣では露にぬれつゝ  ○秋ノ田ノ稲ヲ刈タリホシタリスルタメニ田ノハタニタテタ庵ハカリニ   チヨツトフイタ物ナレバ其苫ガアラサニ我 ̄カ キルモノハ ヒツタリト   露ニヌレタ此ヤウニ濡 ̄レ ナガラモ長ノ夜ヲ守リ明 ̄ス ハ詫   シヒコトカナ   万葉集巻一 題しらず   持統天皇 春過て夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香く山  ○春ガスギテハヤ夏ガ来タ ソウナ(らし)アノカグ山ヘアレ白イ衣ヲホシタ   拾遺集恋 題しらず   柿本人麿 足曳乃山鳥の尾のしだりをのなが〳〵し夜を独かもねむ  ○上【四角囲い文字】ナガ〳〵シイ夜ヲ思フ人ニモアハズニ独寝ルコト カナ(か)マア(も)   新古今集冬 題しらず   山邊赤人 田子の浦ゆうち出でてみれば 真白にぞ冨士の高ねに雪は降ける  ○田子の浦 ヨリ(ゆ)ズツト出テミレバハヽア真ッ白ニ ̄サ富士ノタカネニ   雪ガフツタ ワイ(ける)   古今集秋 是貞のみこの家の歌合の哥   猿丸大夫 おく山に紅葉ふみわけなく鹿の声きく時ぞ秋はかなしき  ○秋ハ惣体悲シイ時節ヂヤガ其秋ノ内デハ又ドウイフ時ガイツチ   悲シイゾトイヘハ紅葉モモウ散テシマウタ奥山デ其チツタ紅葉   ヲ鹿ガフミ分テアルイテ鳴声ヲキク時分ガ ̄サ秋ノウチデハイツチ悲イ   時節ヂヤ ふみわけは鹿の踏わける也   新古今集冬 題しらず   中納言家持 かさゝぎのわたせる橋におく霜の白きをみれは夜ぞ更にける  ○ハヽアイカウ夜ガ ̄サ フケタワイアノカサヽギノ橋ノ上ニ   真白ニ霜ノオイタヲミレバサ   古今集羇旅 唐にて月をみてよみける 安倍仲麿 天の原ふりさけみれば春日なるみかさの山に出し月かも  ○今カウ空ヲツヽト遥ニミワタセバアレ〳〵海ノ上ヘ月カ出タ    アヽヽアノ月ハ故郷ノ三笠山ヘ出タ月デアラウ カイ(か)マア(も)    古今集雑 題しらず   喜撰法師 わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり   ○ワガ廬室ハ京カラ辰巳ノ方遠カラヌ宇治山と云処ヂヤ外(ホカ)ノ人ハ    此山ニ住デミテモ京ガ近イ故ヤツハリ世ノウイコトガアツテドウモ    スマレヌ山ヂヤト云ヂヤガ拙僧ハコレ此通(しかぞ)リニ ̄サ年久シウ住デ居ル    古今集春 題しらず   小野小町 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに   ○ヱエヽ花の色ハアレモウウツロウテシマウタワイナウ一度(いたつらに)モミズニサ    フシハツレソフテヰル男ニツイテ心苦ナ事ガアツテ何 ̄ン ノトンヂヤクモナカツタ    アヒダニ長雨ガフツタリナドシテツイ花ハアノヤウニマア    世にふるとは男女のかたらひするをいふ也遠鏡にいへるが如し    後撰集雑 逢坂の関に廬室をつくりて住侍り         けるにゆきかふ人を見て                   蝉丸 これやこの行くもかへるも別れてはしるもしらぬも逢坂の関   ○イク人モ帰ル人モ知ル人モ知ラヌ人モ分カレテハ逢ヒ逢テハ分 ̄レ    スルハ コレガカノ(これやこの)逢坂ノ関ヂヤカ    古今集羇旅 隠岐の国にながされける時に舟に乗て出          たつとて京なる人のもとに遣しける                     参議篁 わたの原八十嶋かけてこぎ出ぬと人にはつげよ海士の釣船   ○ユクサキハイクラトモナク段々ニアマタアル嶋々ヲ過テイクベキ海上ヘ    今出船シタト云コトヲ故郷ノヒトニハシラシテクレイコレアノアチヘ帰テ    イクアマノツリフネヨ    古今集雑 五節の舞姫をみてよめる 僧正遍昭 天津風雲の通ひぢふきとちよをとめのすがたしばしとゞめむ   ○アノ天女ノ舞ノスガタガキツウ面白イコトデ残リオホイニ空ヲフク風ヨ    アノ天女ガ雲ノ中ヲ通(トヲリ)テ天ヘイヌル道ヲ吹トヂテイナレヌヤウニシテ    クレイソシタラモウシバラク留メテオイテマソツトアノ舞ヲミヤウニ    後撰集恋 つりどのゝみこにつかはしける                   陽成院 つくばねの峯よりおつるみなの川恋ぞ積りて渕となりぬる   ○ツクバ山ノ嶺カラ落ル僅ナ水ガツイ下(シモ)デハミナノ川と云    深イ川トナルヤウナモノデ恋モ ̄サ ツモリ〳〵テハ渕ノヤウ    ニフカウナルワイ    古今集恋 題しらず   河原左大臣 みちのくのしのぶもぢすり誰故にみだれむと思ふ我ならなくに   ○一二【四角囲い文字】誰故ニ外ヘ心ヲチラサウゾオマヘヨリ外ニ心ヲチラスワシヂヤ    ナイゾヘ    古今集春 仁和の帝みこにおはしましける時に人に         わかな給ひける御哥   光孝天皇 君かため春の野に出て若菜つむわが衣でに雪はふりつゝ   ○ソコモトヘ進ゼウト存シテ野へ出て此若菜ヲ摘ダガ殊ノ外    寒イコトデ袖ヘ雪ガ降リカヽツテ扨々難成ヲ致シテ摘ダ若菜デゴザル    古今集離別 題しらず   在原行平朝臣 立わかれいなばの山の峯におふるまつとしきかば今かへりこむ   ○今此方ハ京ヲ立テ別レテ因幡ノ国ヘ下ルガ其国ノ因幡山    ノ峯ニハエテアル松ノ谷ノ通 ̄リ ニソナタガ此方ヲ待ツト聞タナラ    ヂキニ又カヘツテコウハサテ    古今集秋 二條の后の春宮のみやす所と申ける時に         御屏風に立田川に紅葉流れたるかたをかけりける         を題にてよめる     在原業平朝臣 ちはやぶる神代もきかず立田川からくれなゐに水くゝるとは   ○此立田川ヘシゲウ紅葉ノ流ルヽトコロヲミレバトント紅鹿子(ベニカノコ)紅シボリ    トミヘルワイサテ〳〵奇妙ナコトカナ神代ニハサマ〳〵ノ奇妙ナコトガ    アツタヂヤガ此ヤウニ川ノ水ヲ紅ノクヽリゾメニシタト云コトハ神代ニ    モ一向キカヌコトチヤ《割書:千秋云くゝりぞめは令式なと|にもみへて纐纈といへる是なり》と遠鏡にみへたり    古今集恋 寛平の御時后宮の歌合の御哥   藤原敏行朝臣 すみのえの岸による浪よるさへや夢の通路人めよくらむ   ○昼ホンマニ通フ道デハ人目ヲハヾカルモ其ハズノコトヂヤガ 一二【四角囲い文字】夜    夢ニ通フトミル道デマデ人目ヲ憚テヨケルヤウニミルノハドウシタコトヂヤヤラ    新古今集雑 題しらず   伊勢 なにはがたみじかき芦のふしのまもあはて此世を過してよとや   ○難波ノ浦ニ生ル芦ノ短イ節ノ間ホトモ逢ズニ此世ヲスゴ    シテシマヘト云コトカサテモ〳〵ツレナイ人カナ    後撰集恋 こと出来て後京極のみやす所に         つかはしける    元良親王 わひぬれは今はた同し難波なるみをつくしても逢むとそ思ふ   ○恋ニけさニ難成ヲ【このあたり意味不明】スレバ今テモ身ヲ亡シタモ同じコト    ヂヤニ 三【四角囲い文字】身ヲ亡シテヾモ逢ハウト ̄サ思イマス    古今集恋 題しらず   素性法師 今こむといひしばかりに長月の有明の月を待出つる哉   ○オツヽケソレヘ参ラウト云テオコシタバツカリニ此九月ノ末ノ夜ノ    長イニサテ待ホドニマツホドニオソイ有明ノ月ガハヤモウ出タワイ約束モセナンダ    有明ノ月サヘ待チダシタニソレニサ待ツ人ハ扨モ〳〵コヌコト哉是ハマアドウシタコトゾ    古今集秋 是貞親王の家の哥合の哥 文屋康秀 吹からに秋の草木のしをるればうべ山風をあらしといふらむ   ○フクト其侭秋ノ草木ガアノヤウニシヲレヽバ尤(うべ)ナコトヂヤソレデ山ノ風ヲ    アラシトハ云デアラウ    古今集秋 是貞のみこの家の哥合によめる 大江千里 月みればちゞに物こそかなしけれ我身ひとつの秋にはあらねど   ○月ヲミレバオレハイロ〳〵ト物ガ ̄サ悲シイワイオレヒトリノ秋デハナケレド    古今集羇旅 朱雀院の奈良におはしましける時に    手向山にてよめる   菅家 このたびはぬさもとりあへず手向山紅葉の錦神のまに〳〵   ○此度ノ旅ハ御供ユヱヌサモえ【「得」え+打つ消し表現=よう…せぬ】用意致サナンダソレ故/神(五)ノ御心マ    カセニト存ジテ即此山ノ紅葉ノ錦ヲソノマヽ手(三)向マスル    後撰集恋 女のもとにつかはしける 三条右大臣 名にし負はゞ逢坂山のさねかづら人にしられでくるよしもがな   ○名ニ負テヰル通リナラバ逢坂山ノサネカヅラヲクリヨセルヤ    ウ人ノ知ラヌヤウニ思フ人ガ来ルヤウニシタイモノヂヤ    拾遺集雑秋 亭子院大井川に御幸ありて行幸もあ          りぬべき所なりとおほせ給ふに此よし奏          せむとまうして   貞信公 をぐら山峯の紅葉ば心あらば今一度のみゆきまたなむ   ○小倉山ノ峯ノ紅葉バヨ心ガアルナラハモ一度ノミユキヲチラズ    ニマツテヰヨ    新古今集恋 題しらず   中納言兼輔 みかの原わきて流るゝいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ   ○上【四角囲い文字】イツ見タトテカヤウニ恋シイコトヤラ    古今集冬 冬の歌とてよめる   源宗于朝臣 山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬとおもへば   ○山里ハイツデモサビシイガ冬ハ ̄サ ベツシテサビシサガマシタワイ人ノコヌコトヲ人目    ガカレノト云ヂヤカ今マデハタマ〳〵ミエタ人目モカレル草モ枯 ̄レ タニヨツテサ    かれぬとおもへばはたゞ枯ぬればといふに同し思に意なしと遠鏡ニ云リ    古今集秋 白菊の花をよめる   凡河内躬恒 心あてにをらばやをらむ初霜のおきまどはせるしらぎくの花   ○アノヤウニ初霜ガオイテ花ヤラ霜ヤラシレヌヤウニマガウテミエル白イ葉ノ花ハ    タイガイスイリヤウデ折ラバヲリモセウカナカ〳〵ミワケラルヽコトデハナイ    古今集恋 題しらず   壬生忠岑 有明のつれなくみえし別れより暁ばかりうきものはなし   ○マヘカタ女ト暁ニ別レタ時ニ有明ノ月ヲミタレバシキリニアハレヲ催シテアヽヽアノ月    ハ夜ノ明ルノモシラヌカホデアノヤウニジツトユルリトシテアルニオレハ夜カアケレハ帰ラネ    バナラヌコトトテ残リ多イトコロヲ別レルコトカヤトミニシミ〳〵ト思ハレタガ其時カ    ラシテヨニ暁ホドツイライ物ハナイヤウニ思フ    古今集冬 大和の国にまかれりける時に雪のふりける         を見てよめる   坂上是則 朝ぼらけ有明の月とみるまでによしのの里にふれる白雪   ○カウ夜ノクワラリト明タ時ニミレバテウド有明ノ月ノ残ツタ朝ト    ミヘルホドニ吉野ノ里ヘ雪ガフツタ    古今集冬 志賀の山越にてよめる   春道列樹 山河に風のかけたるしがらみはながれもあへぬ紅葉なりけり   ○山川ヘアレ風ガモテキテシガラミヲカケタトミエルノハエナガレモセズニトマツテアル    紅葉ヂヤワイアレハ風ガ吹 ̄ツ テアマリシゲウ紅葉ガチツテセキカケ〳〵ナガレテ    クルニヨツテサラ〳〵ト下ヘエ流レテハイカズニアノ通リニシガラミノヤウニヨドムヂヤ    古今集春 桜の花のちるをよめる   紀友則 ひさかたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ   ○日ノ光ノノドカナユルリトシタ春ノ日ヂヤニドウイフコトデ花は此ヤウニ    サワ〳〵ト心ぜ【「ゼ」の誤記】ワシウチルコトヤラ    古今集雑 題しらず   藤原興風 たれをかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに   ○オレハ此ヤウニキツウ年ガヨツテ今デハモウ同シコロアイノ友モ子カラナイ    ガ誰ヲマア相手ニセウゾ山ノ上ノ松ガ年久シイ物ナレドソレモ昔カラノ友    デナケレバ相手ニハナラヌモウ松ヨリ外ニオレガクラヰ年ヘタ物ハトントナイ    古今集春 はつせにまうづるごとにやどりける人の家に久しくや         どらで程へて後にいたれりければかの家のあるじかくさだか         になむやどりはあるといひ出して侍りければそこにたてりける         梅の花をゝりてよめる   紀貫之 人はいさ(御)【「御」を「さ」に脇書】心もしらずふる里は花ぞむかしの香ににほひける   ○人ハトウヂヤヤラ心モカハラヌカカハツタカシラヌガナジミノトコワハ梅ノ花ガ ̄サ    ワシガキタレバコレ此ヤウニ前カタノ通リノ匂ヒニ相カハラズニホフワイノ    古今集夏 月の面白かりける夜暁かたによめる   清原深養父 なつの夜はまだ宵ながら明ぬるを雲のいづこに月やどるらむ   ○アヽヨイ月デアツタニ夏ノ夜ノ短イコトハマダヨイノマヽデフケルマモナシニ    ハヤ明タモノ此夜ノ短サデハ月ハ西ノ方ノ山マデイキツクマハアルマイガ    アノ暁ノ雲ノドコラニトマツタコトヤラ    後撰集秋 延喜の御時哥めしけれは   文屋朝康 白露に風のふきしく秋の野は貫きとめぬ玉ぞちりける   ○秋ノ野ノ草ノ葉に白露ノ置ワタシタノヲ風ガ頻(しく) ̄リ ニフイテク    レバヌキトメヌ玉ガサハラ〳〵トチルワイ    大和物語 男のわすれじとよろづのことをかけて誓ひ         けれどわすれにける後にいひやりける                       右近 わすらるゝ身をばおもはずちかひてし人の命のをしくも有かな   ○忘レラレタワガ身ハドウナラフトモカマハヌガワスレマイトチカフ    タ男ノ命ガウセルデアラフソレガマア惜イコトカナ    後撰集恋 人に遣しける   参議等 浅茅生の小野のしの原忍れどあまりてなどか人の恋しき   ○一二【四角囲い文字】カクセドモカクシアマツテ人ガ恋シイ何トテ此ヤ    ウニ恋シイコトゾイ    拾遺集恋 天暦御時歌合   平兼盛 しのぶれど色に出にけりわが恋は物や思ふと人のとふまで   ○ワシガカノ人ヲ恋シウ思フノハ随分カクスケレドソチハ物思ヒヲス    ルカト人ノ問 ̄フ/ホド(まで)ニ顔ノ色ニ顕レタワイ    拾遺集恋 天暦御時哥合   壬生忠見 恋すてふわが名はまだき立にけり人しれずこそ思ひそめしか   ○恋ヲスルト云ワジ【ママ】ガ名ハマダ云出シモセヌサキニハヤ立タワイ    人ニシラサズニ ̄サ思ヒソメタノニソレニマアドウシテ人ガ知タコトヤラ    後拾遺集恋 心かはりける女に人にかはりて   清原元輔 ちぎりきなかたみに袖をしぼりつゝ末の松山浪こさじとは   ○フタリガ互ニ涙ヲナガシテ袖ヲシボリ〳〵イツマデモ心ハカハルマイ    若シ心ガカハツタラアノ高イ末ノ松山ヲ波ガ越ルデアラフドノヤウ    ナコトガ有テモアノ高イ末ノ松山ヲ波ガ越ルト云コトハナイコトヂヤスリヤ    互ニ心ノカワルト云時節ハトントナイナドヽハヨウモ〳〵約束(一)ハシタナア    古今六帖雑思 はじめてあへるあした   権中納言敦忠 あひみての後の心にくらぶればむかしは物をおもはざりけり   ○一度逢テカラ後ノ心ニアハヌサキノ物思ヒヲクラベテミレバ逢ハ    ヌ昔ノ物思ヒハ物思ヒヲシタト云モノデハナカツタワイ逢テカラ    カヘツテ思ヒガナ双倍ニモナツタ    拾遺集恋 天暦御時歌合に   中納言朝忠 あふ事のたえてしなくば中々に人をも身をも恨ざらまし   ○世ノ中ニ男女ノ逢ト云コトガトント ̄サ ナイ物ナラバカヘツテ人ヲ恨ム    ト云コトモ我身ヲ恨ムト云コトモアルマイニ    拾遺集恋 ものいひける女の後につれなくなりて更に         あはず侍りければ   謙徳公 あはれともいふべき人はおもほえで身の徒になりぬべき哉   ○我身ハ今恋死デモ誰モアハレトモ云テクレソウナ人ハ覚エ    ネバイタヅラニ死ルハ悲シイコトカナ    新古今集恋 題しらず   曽禰好忠 ゆらのとを渡る船人かぢをたえ行へもしらぬ恋の道かな   ○上【四角囲い文字】ユクスヱナントナルコトヤラシラヌ命限 ̄リ ノ恋ノ道カナマア    拾遺集秋 河原の院にて荒たる宿に秋来ると         いふこゝろを人々よみ侍るに                      恵慶法師 八重葎しげれる宿の淋しきに人こそ見えね秋はきにけり   ○七重八重葎ガシゲツテサビシイ家ナレバ人コソコネサビシサノ    添フ秋ハ来タワイ    詞花集恋 冷泉院東宮と申ける時百首の哥         奉りけるによめる   源重之 風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな   ○風ガツヨサニ岩ニ打ツケル波ノ砕ルヤウニサキノ人ハ気ヅヨ    ウテコチバカリワレクダケテ物思ヒヲスルコトカナ    詞花集恋 題しらず   大中臣能宣朝臣 御垣守衛士のたく火のよるはもえ昼はきえつゝ物をこそ思へ   ○御門ニ衛士ノタク火ノヤウニ思ヒニ夜ルハムネガモエ昼ハ心    モキエ入テ/ジヤウ(つゝ)ヂウ物ヲサ思ヒマス    後拾遺集恋 女の許より帰て遣しける 藤原義孝 君がためをしからざりし命さへながくもがなと思ひける哉   ○アハヌウチハオマヘノ為ニナラヲシウモナカツタ命サヘ今デハ    タント長イキシテヰテイツマデモ逢タウ思フコトカナマア    後拾遺集恋 女にはじめて遣しける 藤原實方 かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆる思ひを   ○心ノホドヲカウトサヘエイハネバ三【四角囲い文字】コレホドニ思ヒガモユルトハエ    シラシヤルマイ    家集 女の許にまかり初て朝に遣しける 藤原道信朝臣 明ぬればくるゝものとはしりながら猶うらめしき朝ぼらけ哉   ○夜ガアケレバマタクレル物ト云コトハヨウ知テヰナガラ/ヤツハリ(なほ)    別レル朝ボラケハウラメシイコトカナ    拾遺集恋 入道摂政《割書:兼家|公》まかりたりけるに門をおそく         あけゝれば立わづらひぬといひいれて侍りければよみて         いだしける   右大将道綱母 なげきつゝ独ぬる夜のあくるまはいかに久しき物とかはしる   ○オマヘヲ少シノウチマタセタレバ其ヤウニ仰セラルヽガワタシガマタ毎    夜ナキ〳〵独ネテヰル夜ノ明ルマデハドノヤウニ久シイ物ヂヤト思シカロゾ    新古今集恋 中の関白通ひひそめ侍りける頃 儀同三司母 忘れじの行すゑまではかたければけふをかぎりの命ともがな   ○イツマデモ忘レマイトノ約束ハタノモシイケレドモ其約束ノユクスヱマデハト    ゲニクイ物ナレバ今其詞ノサメヌウチニワシガ命ハ今日限ニタエテシマヘバヨイ    拾遺集雑 大覚寺に人々まかりたりけるにふるき         滝を見てよみ侍りける   大納言公任 瀧のおとは絶て久しく成ぬれど名こそ流て猶聞こえけれ   ○此瀧ノ落ルノガ絶テカラハモウ久ウナルケレド其谷ハサ今ノ世マデ    ツタハツテ/ヤツハリ(なほ)人ガ皆ヨウ知テヰルワイ    後拾遺集恋 こゝち例ならず侍りける頃人の許へ遣しける 和泉式部 あらざらむ此世のほかのおもひでに今一度の逢事もかな   ○ワシハカヤウニ病気ユヱオツヽケ死ルデアラウガ死デカラメイドデノ思ヒ    デニドウゾママ度逢フヤウニシタイコトカナ    新古今集雑 はやくよりわらは友だちに侍る人の年頃へて          行あひたるがほのかにて七月十日頃月にきほひて          帰り侍りければ   紫式部 めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにしよはの月哉   ○昔ノ友ダチニ久シブリデメグリ逢テミタノハソウデアツタカソウデ    ナカツタカハツキリトワカラヌウチニ十日ノ月ノ夜ナカニ雲ニカクレタノト    一緒ニ見失フテシモウタ残念ナコトカナ    後拾遺集恋 かれ〴〵なる男のおぼつかなくなどいひたるけるに          よめる   大貳三位 在馬山ゐなのさゝ原風ふけばいでそよ人を忘れやはする   ○上【四角囲い文字】サアソレヨ其コトイノオマヘコソ忘レサツシヤレワシハ少モ忘レハ    イタサヌ其ヤウニ約束シタ人ヲ忘レマセウカイ    後拾遺集恋 中関白少将に侍りしときはらからなる人に          物いひわたり侍りけりたのめてこざりける          つとめて女にかはりてよめる 赤染衛門 やすらはでねなましものをさよ更てかたふく迄の月をみし哉   ○カヤウニコヌト云コトヲ知タナラミアハセテ待テヰズニネタラ    ヨカツタモノヲヂツトオキテヰテ夜ヲフカシテ月ノ入ルノ    マデ見タコトカナ待タネバヨカツタニ    金葉集雑 和泉式部保昌に具して丹後の国に侍り         ける頃都に哥合のありけるに小式部内侍         哥よみにとられて侍りけるを中納言定頼         局のかたにまうで来て哥はいかゝせさせ給ふ         丹後へは人遣しけむや使はまうでこずやいかに         心もとなくおぼすらむなどたはふれて立けるを         ひきとゞめてよめる   小式部内侍 大江山幾野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立   ○丹後ノ国ヘハ大江山ヤ幾ツモ野ヲコエテユク遠イ道ナレバ    フミモマダキマセヌ まだふみもみずという詞に天の橋立もまだ踏(フミ)みぬ事を兼たり    詞花集春 一条院の御時奈良の八重桜を人の奉り         けるを其をり御前に侍りければ其花を題         にて哥よめと仰ことありければ【字母は「婆」】                        伊勢大輔 いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな   ○昔ノナラノ都ノ八重桜ノ花ガ今日ハ此九重ノ内裏ニ匂フコトカナ    後拾遺集雑 大納言行成物語などし侍るに内の御物いみ         にこもればとていそぎかへりてつとめて鳥の声に         もよほされてといひおこせ侍りければ夜ふかゝり         けるとりの声は函谷関のことにやといひ遣し         たりけるを立かへりこれは逢坂の関に         侍るとあればよめる   清少納言 夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ   ○夜ブカニ鶏ヲダマシテソラネヲナカセタコトハ昔カラノ函谷関ト云    関所デハ有タコトデ其関ヲユルシテ通シタト云コトデゴサレトモソンナ    コトシタトテ今男女ノ逢フ逢坂ノ関ハエユルシマスマイ    後拾遺集恋 伊勢の斉宮わたりよりのぼりて侍りける人に忍び          て通ひける事をおほやけもきこしめして守りめ          などつけさせ給ひて忍びにも通はずなりにけれ          ばよみ侍りける   左京大夫道雅 今はたゞおもひ絶なむとばかりを人づてならでいふよしもがな   ○今ハモウ思ヒ切リマセウト云コトバカリタツタ一言人ヅテヾナシ    ニドウゾスグニ云ヤウニシタイコトカナ    千載集冬 宇治にまかりて侍りける頃よめる                     権中納言定頼 朝ぼらけ宇治の河霧たえ〴〵に顕れわたる瀬々のあじろぎ   ○夜ガクワラリト明ケタレハ宇治ノ川ニ一面ニ立ツテアル霧ガアソココヽ    トギレガ出来テ其間カラ川ノ瀬々ニ立テアルアジロギガ段(わたる)々ト    顕レテクルサテモ面白イケシキヤ    後拾遺集恋 永承六年内裏哥合に   相模 うらみわびほさぬ袖だにある物を恋にくちなむ名こそ惜けれ   ○恨ンデモ其カヒモナケレバキツウ難成ニ思テ渡ニ袖ノカハク隙    モナウテ朽ルサヘアルノニ其上ニ此侭デ恋ニ朽テシマフ名ガサ    イカニシテモヲシイワイ    金葉集雑 大峯にておもひかけずさくらの花の咲たり         けるを見てよめる   大僧正行尊 諸ともにあはれと思へ山ざくら花よりほかにしる人もなし   ○山(三)ザクラヨソチモ互(一) ̄ヒ ニアヽハレイトシヤト思テクレイ此奥山ヘキテハ其    方ヨリ外ニワシガチカヅキト云モノハナイワ【「ソ」か】レデワシハ其方ヲキ    ツウアハレト思フワイ    千載集雑 きさらぎはかり月のあかき夜二条院にて人々         あまた居あかして物語などしけるに周防内侍         よりふして枕をがなとしのびやかにいふをきゝて         大納言忠家これを枕にとてかひなをみ         すのしたよりさし入 ̄レ て侍りければよみ侍りける                      周防内侍 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたゝむ名こそ惜けれ   ○春ノ夜ノ此短イ夢ノ間ホドノ手枕ヲシテ何ノカヒモナイコトニ    ウキ名ノタネマスノハ ̄サ ヲシウゴザリマスワイナ    後拾遺集雑 例ならずおはしまして位などさらむとおぼし召          ける頃月のあかゝりけるを御覧じて 三条院 心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべきよはの月哉   ○今ハ此世ニヰルモ心ナラネドモシ心ノ外ニナガラヘテヰタナラバコヨヒ    ノ月ノサヤカナ願バカリハ恋シウ思ヒ出スデゴザラフ扨モヨイ月カナ    後拾遺集秋 永承四年内裏哥合に 能因法師 嵐ふくみ室の山の紅葉ばはたつたの川の錦なりけり   ○ミムロ山ノ紅葉バヲアラシガフケバ麓ヨリ流ルヽ立田川ヘミナ    チリコンデトント錦ヂヤワイ 《割書:師云此ウタ訳シガタシ|古哥ノ例ニタガヘリ》    後拾遺集秋 題しらず   良暹法師 さびしさに宿を立出てながむればいづくも同じ秋の夕ぐれ   ○アマリサビシサニ宿ヲ立出テナガメレバイヤモウ秋ノ夕暮ト云    モノハドコモカモ同シサビシサヂヤ    金葉集秋 師賢朝臣の梅津の山里に人々まかりて         田家の秋風といへることをよめる                    大納言経信 夕されば門田のいなば音づれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹   ○夕グレニナレバ風ガ前ナ田ノ稲ノ葉ニソヨ〳〵ト云テマヅ案内    ヲシテソレカラ芦バカリデ作ツタ百姓ノ家ヘ ̄サ吹テクル物サビ    シイケシキヂヤ    金葉集恋 堀川院の御時艶書合によめる 祐子内親王家紀伊 音にきく高師の浜のあだ浪はかけじや袖のぬれもこそすれ   ○音ニキコヘタ高師ノ浜ニタツアダ波ノヤウニ名高イアダ人(゛)ニ思ヒハ    カケマスマイカノアダ浪ニヌレルヤウニ思ヒニ袖ガヌレルコトモアラウスリヤ    何ノカヒモナイコトデゴザルワイナ    後拾遺集春 内のおほいまうちきみの家に人々酒たうべ          て哥よみけるにはるかに山のさくらを望といふ事を          よめる   権中納言匡房 高砂のをのへの桜さきにけりとやまの霞たゝずもあらなむ   ○遠イ山ノ峯ノ上ナ桜ガサイタワイドウゾアノコチラナ山〳〵ノ    霞ハマアタヽズニアレカシ    千載集恋 権中納言俊忠家に恋十首哥よみ         ける時祈不逢恋といへる心を                   源俊頼朝臣 うかりける人をはつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬ物を   ○ツレナカツタ人ヲドウゾナビカセウト思フテ初瀬ノ観音ニイノツタレバ    カエツテ山オロシノ風ノヤウニハゲシウ成タ扨々ツライコトヂヤハゲシ    ウナレトハイノリハセヌ物ヲキコエヌ観音ヂヤワイ    千載集雑 僧都光覚維摩会の講師の請を度々         もれにければ前太政大臣にうらみまをし         けるをしめぢが原と侍りけれどまた其年         ももれにければ遣しける 藤原基俊 契おきしさせもが露を命にてあはれことしの秋もいぬめり   ○御約束申シ置タサシモ草ノ御詞ノ露ヲ命ニオモウテ頼    ニシテヰマスルノニ今ニ何ノ御沙汰モナイハアヽハレ今年ノ秋モ    亦ムナシウスギルヤウスニ思ハレマス    詞花集雑 新院位におはしましゝ時海上遠望と         いふ事をよませ給ひけるによめる                    法性寺入道前関白太政大臣 わたの原こぎ出てみれば久かたの雲ゐにまがふおきつ白浪   ○海上ヘ舟ヲツヽト漕出シテ向ヲハルカニミレハ三【四角囲い文字】雲ノ末ガ海ノ上ヘサ    ガツテアルヤウデ其雲ト沖ノ白浪ガヒトツニマガフヤウニ見エル    詞花集恋 題しらず   崇徳院 瀬をはやみ岩にせかるゝ瀧川のわれても末にあはむとぞ思ふ   ○川ノ瀬ガ早サニ岩ニセカレテワレクダケテ流ルヽ滝川ノ水ノヤウニ    ワリナウドウシテナリトモ末デハ是非ニ逢フトサ思フ       又 滝川ノ水ノヤウニワレテ分レテモ末デハサ是非ニ逢フト思フ《割書:師云|コレモヨシ》    金葉集冬 関路の千鳥といへる事をよめる 源兼昌 あはち嶋通ふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬすまの関守   ○淡路嶋ヘナイテイク千鳥ノ声ニイク夜〳〵目ヲサマシタゾ    スマノ関守ハ    新古今集秋 崇徳院に百首の哥奉りけるに 左京大夫顕輔 秋風にたなびく雲の絶間よりもれ出る月の影のさやけさ   ○タナビイテアル雲ノ秋風デトギレタ間カラモレテ出ル月影ノ      アノマアサヤカナコトハイ   千載集恋 百首の哥奉りける時恋の心をよめる                  待賢門院堀川 長からむこゝろも知らず黒髪のみだれてけさは物をこそおもへ  ◯末ナガフソフコトカソハヌコトカ男ノ心モシラネバ朝ノ黒髪ノ乱レタ   ヤウニモヤ〳〵ト心ガ乱レテ今朝ハキツウ物思イヲサイタシマス   千載集夏 暁聞く郭公といへる心をよみ侍りける                  後徳大寺左大臣 ほとゝぎす啼つるかたをながむればたゞ有明のつきぞ残れる  ◯今時鳥ガナイタユヱ其鳴タ方ヲナガメレハ時鳥ハカゲモ   カタチモナウテタヾ有明ノ月バカリガサ残テアルドチヘトンデ   イタコトヤラ   千載集恋 題しらず      道因法師 おもひわびさても命はある物をうきにたへぬは涙なりけり  ◯思ヒニサシツマツテ難儀シテモ ソレデモ(さても)命ハヤツハリコタヘテ死モセヌ   モノヲ兎角人ノツレナイノニエコタヘズニ出ルモノハ涙ヂヤワイ   千載集雑 述懐百首のうたよみ侍けるとき鹿の        哥とてよめる    皇太后宮太夫俊成  世の中に道こそなけれおもひいる山の奥にも鹿ぞなくなる  ◯此ノウキ世ノ中ヨマアドコヘイテミテモウイコトヲノガレルトコロハ トントド   コニモナイワイ 山ノ奥デハウイコトハアルマイト思テ山ヘ入テミレド山ノオクニ   モヤツハリウイコトガアルカシテサ 鹿ガナクハアレ    新古今集雑 題知らず         藤原清輔朝臣 なからへば又此頃やしのばれむうしとみし世ぞ今は恋しき   ◯ツライ〳〵ト思フタ昔ノ世ガサ今デハナツカシイスリヤナガイキシテヰ    タラバマタ後ニハ此ツライト思フ今ガマタナツカシウナルデアラフカイ    千載集恋 恋の歌とてよめる       俊恵法師 夜もすがら物思ふ頃は明けやらぬねやのひまさへつれなかりけり   ◯ツレナイ人イハレニ夜通シ物思ヒヲシテヰル頃ハ早ウ夜ガアケイデ    〳〵トマチカネテミレドモ〳〵人バカリカね屋ノスキマサヘツレナウテナン    ボウニモシラマヌワイ     千載集恋 月前の恋といふ心をよめる   西行法師 なげゝとて月やはものをおもはするかこちがほなる我涙かな   ◯月ヲミレバトカクナミダガコボレルナゲゝト云テ月ガ物思ヒハサセル    カ月ハ物思ヒヲサセルモノデハナイニソレニマア月カ物ヲ思ハセルヤウニ    カコツケガマシウワシガナミダハコボレルコトカナ    新古今集秋 五十首歌奉りし時      寂蓮法師 むら雨の露もまだひぬまきのはに霧たちのぼる秋の夕暮   ◯ヒトシキリ村雨ガ降テ槙ノ葉ナドニ其露モマダカハカヌウチニハヤマ    タ霧ガ立ノボルアゝ深山ノ秋ノ夕暮れハ格別サビシイコトヂヤ    千載集恋 摂政右大臣の時家の寄合いに旅宿    逢恋といへるこゝろをよめる                      皇嘉門院別当 なには江の芦のかりねの一夜ゆゑみをつくしてや恋渡るべき   ◯一アシノ【4文字は四角囲い文字】カリニチヨツトヒトヨネタバカリノチギリヂヤニ此ヤウニシテ    シヌルマデ恋シタウテ月日ヲタテルコトカヤ    新古今集恋 百首の歌の中に忍恋を 式子内親王 玉の緒よ絶なばたえねながらへば忍ぶる事のよわりもぞする   ◯此命ヨマア絶ルナラバイツソタエテシマヘ長イキシテヰタラバシノビ    カクスコトガヨワツテサアラハレルコトモアラウニ    千載集恋 哥合し侍りける時恋の歌とてよめる 殷富門院大輔 見せばやなをじまの海士の袖だにも濡にぞ濡し色はかはらず   ◯此ナミダニ色ノカハツタワタシガ袖ヲツレナイ人ニミセタイナア    ヲシマノアマノ袖デサヘモヌレニヌレテモサ色ハカハラヌニ此ワシガ袖ハコレコ    ノヤウニ色ガカハツタ    新古今集秋 百首歌奉し時 後京極摂政前太政大臣 きり〴〵すなくや霜夜のさむしろにころもかたしき独かもねむ   ◯キリ〳〵スガナイテ霜夜ノキツウサムイニムシロノ上ニキルモノヽ    片一方ヲ敷テ今宵モ独リネヲスルコトカイマア    千載集恋 寄石恋といへる意を 二条院讃岐 我袖はしほひにみえぬ沖の石の人こそしらねかわくまもなし   ◯ツレナイ人ヲ思ヒマスル故ワタシカ袖ハ汐干ニモ出ヌ沖ノ底ニアル石    ノヤウニ人コソシリマセネ涙ノカワクヒマト云ハゴザリマセヌ    新勅撰集羈旅 題しらず      鎌倉右大臣【源実朝】 世の中は常にもがもな渚こぐあまのを船【「船」に濁点あり】の綱てかなしも   ◯此世ノ中ハ常ヂウ【常住=いつも】死ナズニヰルモノナレバヨイ渚ヲコグアマノ綱手デ    舟ヲヒイテイクアノケシキガサテ〳〵面白イコトヂヤハマアアマリ面白サ    ニ命マデオシマレルヤウニ思ハレル    新古今集秋  擣衣のこころを       参議雅経 みよし野の山の秋風さよふけてふる里寒く衣うつなり   ◯古里ノ吉野ノ里ニヰテヨフケテ山ノ秋風ノサムイニアレ衣ヲウツワア    ノオトヲキケバ別シテサムイ    千載集雑   題知らず        前大僧正慈圓 おふけなくうき世の民におほふかなわが立杣に墨染の袖   ◯此ヒヱノ山ニ住デヰテワガコノ墨染ノソデヲ浮世ノ多クノ人ニオホヒ    テスクワウトスルヂヤガ是ハ屓気ナキコトデワガ身ニハ似アハヌコトカナ       新勅撰集雑 落花をよみ侍ける  入道前太政大臣【藤原公経】 花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆく物は我身なりけり   ◯庭ノ花ノ嵐ニサソワレテチル其花ノ雪デハナウテ年〳〵ニフルビユク    モノハワガミヂヤワイ    新勅撰集恋 建保六年内裏歌合恋哥 権中納言定家 こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほのみもこがれつゝ   ◯キモセヌ人ヲ毎夜〳〵ユフグレニナレバ待ノデ松帆ノ浦ノ夕方風ノ    ナイ日ニヤク藻塩ノヤウニ身モ思ヒコガレテキツウクルシイワイ    新勅撰集夏 寛喜元年女御入内の御屏風に  従二位家隆 風そよぐならのを川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける   ◯風ノソヨ〳〵トナラノ葉ヲフク夕暮ニナラノヲ川ヘキテミレバキツウスヾシウ    テトント秋ノヤウデ御祓ヲシテヰルバカリガサ夏ノシルシヂヤミソギハ    六月晦日ニスル物ナレバサ    続後撰集雑  題しらず         後鳥羽院 人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふ故に物おもふみは   ◯セウコトモナイニガ〳〵シイ世ノ中ナレバオモフタトテ無益ナコト    ヂヤニ世ノ中ノコトヲ思フ身ハ惜イ人モアリウラメシイニクイ人モアル    アヽ口(クチ)オシイコトヂヤ    続後撰集雑   題しらず       順徳院【前村上天皇】 百しきや古き軒端のしのぶにも猶あまりある昔なりけり   ◯此禁裏ノ内モイカウフルビテノキバニシノブ艸【「艸」に濁点 】ガハエタコレニツケテ    ムカシヲオモヒ忍ブニモ マダ(なほ)オモヒアマツテイフニモイハレヌコトヂヤワイ 百人一首小倉の山踏   人つてはなほたど〳〵し小倉山    ふみわけて見よ花ももみぢも 此書は。 吾(わが)鈴の屋うし【鈴屋大人】の著し給へる。古今集遠鏡といふ書に倣ひて。百人一首 の哥どもを。今の俗言に訳せるなり。抑【そもそも】古の百人一首といふものはあまねく世に。 弄ぶ書にしあれば。註さくしたる書どもゝ亦世にあまたあれど。そは遠鏡にもいへりしごとく 註釈といふ筋は。譬えば遥なる所の事どもをそ【指示・教示の助詞「そ(ぞ)だと思います。】所の人つてにかたるが如くに聞たるが如くえいかに委く【くわしく】 語りきかせたらむにも。まのあたり行てみるには。猶にるべくもあらず。さるを世の俗言に訳して。 味はへ云る時は。もはら其所に行て【「て」と「見」が一部重なっている】見るにひとしくて。こまかなるこゝろばへのたしかに侍らるゝ 事。此訳にしくものなし。されど【「杼」は万葉仮名で「ど」の音字】そは吾 ̄カ大人のごと。古の意言葉を。己が腹のうちの 物となしつる人のしわざにて。おぼろけの人の。かりにもものすべきわざには あらぬを。己おふけなくまねびみつるも。もはら大人のさとしによりつく是は己が歌学に のたすけにもなりなむと思ひよりけるになむ。さるをこたみ。或人の板にゑりてむ事をこ ひけるに。いなみの里のいなみがたくて。かくは物しけるになむ ◯てにをはのと。ぞもじは訳すべき詞なし。がといふて聞ゆる所もあれど。殊に力を入れたる ぞもじは。がとのみいひては事たらずよりて。今はサといふ詞を添へて訳す。こそは俗言にも こそといふて聞ゆる所もあれど。またぞと同じ様【「格」では】に訳して聞ゆるところもあり。 ◯んは。俗言にみなうと云。来ん。ゆかむ【右脇にレ?】を。コウ イカウといふ類なり。 ◯らんの訳はくさ〴〵あり。デアラウ。カシラヌ。ヤラ。などゝうつす。此カシラヌ。のカもじ。 ヤラのヤ文字は。皆疑のヤカにて。らむと合せていふなり。 ◯らしは。サウナと訳す。サウナはサマナルと云事なるを。音便にしかいへるなり。 ◯哉は。俗言にもかなといへば俗言のまゝにてはうときが多ければ。詞をかへ。あるいは下上におき かへなどして訳す。此詞は 歎息(ナゲキ)の詞にて。こゝろをふくめたる事多けれは。其詞をも加ふ ◯つゝはいひ続て上へかへらざるは。テと訳して。下に含たる意の詞を加ふ。 ◯けりけるけれは皆ワイと訳す。語の切レざるなからにある。けりけるけれは。殊に訳さず。 ◯なりなるなれは。皆ヂヤと訳す。ヂヤはであるのつゞまりてル のはぶかりたるなり。東の国 などにてダと云と同し。又古里寒く衣搗也などのなりはヂヤと訳しては聞えず。是等は衣うつはアレト訳す様なり。 ◯ぬ。ぬる。つ。つる。たり。たる。など。皆タと云 なりぬをナツタ。来つるを。キタと云がごとし ◯あはれを。アゝハレと訳す処多し。かく訳す故は。あはれはもと歎息く声にて。 アゝヨイ月ヤ。ハレ見事ナ花ヤ。などいふ。アゝとハレとを。つらねていふ詞なればなり。 ◯枕ことば序など。歌の意にあづかれる事なきは。すてゝ訳さず。 ◯万葉集なる哥をこゝかしこ。てふをはなとをかへて入れられたるは。すべて万葉集のまゝにて訳す。 ◯此書の書るやう。訳語は皆片カナを用ふ。訳の傍に平がなして書るは。其歌の中の詞の。これ にあたるといふ事をしめせるなり。数の文字は其句とにしたるなり。またかたへに筋をひきたる は。歌のうちにはなき詞なるを。添えていへる所のしるしなり。【四角の中に数字】一二三などしるせるは。一の句 二の句三の句などの。訳をはぶける所をしめせる也。【四角の中に「上」】上とあるは上の句也。猶 つばら【詳しい】なる事 は。かの遠鏡に譲りて。こゝにはもらしつる事も多ければ。遠鏡を見てわきまへしるべし。             伊勢国松坂のほとりなる垣花里人中津元義      享和二年九月八日松蔭の屋の窓下に書をへつ 【左頁】  享和三年癸亥三月発行        伊勢津          大森傳右衛門        尾張名古屋   弘所      風月孫助        伊勢松阪          柏屋兵助