正写相生源氏  中 正うつ   し 相生 げん  し   中之巻 浅 〽アレ御ぜんさま  あなたはまア   どうしてこんなに    おじやうずで     いらツしやるか      わたしは       どうも       よくツて〳〵         しに        さうで         ござい           ます みつ 〽をはり   はつもの   なか〳〵に   としの    ゆかぬ     もの    から     見る      と     その     あぢは      かく       べつ       じや       フウ        〳〵〳〵 みつ 〽かうしてこゝへとまるのも  そなたとふたりで       ねたいばかり   ちつとこちらを     むいてもよからう    またをすぼめて       ちからをいれるは     こんな事がいやなのか      それでも         おぬしは      さつきらうかで        おれがする          とほりに       なつたではないか       ナニいつそ          はづかしい         ほんにまだ          をぼこじや             なア おとせ 〽まアちつと  おまちあそばして    くださいまし  なんだかいつそ   むねがどき〳〵  いたして    なりません  アレおてが    よごれる       から     およし      あそ       ばせヨ さぐり よしみつの  こはいろにて 〽どうぢや    ゆふべとは  またちがふだらう   ソレどうぢや      またいゝか  おれはある   仙人からでんじゆを        うけて  するたびに     やうすを   ちがはせる事に    めうをえて      ゐるから   ゆふべはゆふべ  こよひはこよひ    そのあぢが     ちがはうがノ 浅 〽どうやらゆふべ       より    おだうぐが     ちひさう   なつたかと     おもひますが   よい事はこよひの         はうが     十ばいでございます        さつきから         モウいき            つゞけで          アレモウまた              それ               フウ〳〵〳〵〳〵              スウ〳〵〳〵 〽よくなつたら   ゑんりよはない        から  ちからいつはい   だきつくがよい  アゝこのしまりの      よい事は    サア〳〵おれも     いきさう        じや      フウ〳〵〳〵〳〵 おとせ 〽あれモウ    なんだか   からだぢうが   ふるへるやうに      なりました   これがきこゆうが    いくので     ございますか        ねへ こそめ 〽こゝは大(おほ)かた     うたの道(みち)をならつて   をるとぞんじませうに  思ひもよらぬ     とんだ御伝授(ごでんじゆ)   しかし光(みつ)さま         たうぶんの  おなぐさみではおうらみで      ございますヨ みつ 〽ひとの   むすめを  なぐさみ   ばなしに  するやうな   ふじつは     ない 三鳥三木(さんてうさんぼく)の  でんじゆより   三てう     つゞけの   でんじゆが     かんじん   ようおぼえ       て    わすれ     まい      ぞや ○こゝの画(ゑ)のわけ 古今伝授(ここきんでんじゆ)は  下(げ)の巻(まき)の    始(はじ)めに       あり 浅 〽アレおよしあそばしまし   こんな事がしれますと    はうばいどもが         あてこすり     ねたみそねみも         あらうかと      こゝろづかひで           ございます      わたくしもつね〴〵から         あなたのやうな       けだかいおかた        どうかなるなら          うれしからうと           思つては            をります             けれど 〽これ浅香まア     まちやれ  こゝにすこし     用がある  そちがやうな    やさかたで  あいけうのある      をなごを  たゞとほすことは       ならぬ  しやじんの   ゐくわうを     かさにきて  むりをいふでは    なけれども  おれもよければ    そちもよし  まんざら    いやでも     あるまいが ○過去(こしかた)の物(もの)        がたり   文(ぶん)にあはせて     見(み)給ふべし 〽あれサしづかにをしヨおぢやうさんが道具さんに   水あげをしておもらひだつサいやだノウ   あんなぢいさんとなんする事は  それでもよいさうでいつそ   いく〳〵とおいひだはホヽヽヽ 〽どれ〳〵モウ   はじまつたかへ  わちきにも   見せておくれな  おまへもまことに     すけべゑだヨ  しらんかほをして   さきへきてサ    にくらしい 正写(しやううつし)相生(あひおひ)源氏(げんじ)中の巻                東都  女好菴主人著       第四  返花(かへりはな)のまき 百年(もゝとせ)に一(ひと)とせたらぬ九十髪(つくもがみ)とは。かの業平(なりひら)をしたひぬる。老媼(おうな)に対(たい)してよみ給ふ。夫(それ)には あらねど美女(たをやめ)も。いつか四十(よそぢ)に近(ちか)つきては。顔(かほ)の小皺(こじは)の目(め)に立(たち)て。肌(はだ)も荒(あら)びつ髪(かみ)さへも 荊(いばら)ならねど霜(しも)はたび。おける尾花(をばな)に髣髴(さしもに)ツヽ。見所(みどころ)はなきものながら春宵一刻(しゆんせういつこく)千金(せんきん) とは普通(ありふれ)たる人情(にんじやう)にて。花(はな)と月(つき)とを賞(しやう)せしなれど。また霜葉(さうえふ)は二月(じげつ)の花(はな)より。 紅(くれなゐ)なりと賛(ほめ)たるは。少(すこ)しひねつた騒(さは)がしき、春(はる)より秋(あき)の閑清(かんせい)をよしといひたる人々(ひと〴〵)の心々(こゝろ〳〵)の 世(よ)の中(なか)にて。たとへは鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)は。厚味(うまい)の極(きは)みなりといへど。日々(ひゞ)三回(さんど)ツヽ喰(くい)せられては。鼻(はな)につき てその香(か)を厭(いと)ふ。砂糖屋(さとうや)の丁稚(でつち)甘(あま)きを好(この)まず鰻(うなぎ)屋の猫(ねこ)馨(かんば)しきを。嫌(きら)ふといふも こゝならん。されど室町(むろまち)の吉光君(よしみつきみ)は艶々(つや〳〵)麗々(みづ〳〵)としたる年(とし)若(わか)き。美女(たをやめ)のみを抱寝(だきね)して 味(あぢは)ひ鰻(うなぎ)に等(ひと)しけれど。また邂逅(たま〳〵)には鯷(ひしこ)の卯花漬(うらづけ)。煎菜(いりな)に油揚(あぶらげ)これも妙(めう)と。換(かは)つた 物(もの)の珍(めづ)らしく。年(とし)こそ少(すこ)し萎(すが)れたれ。その取(とり)まはし詞(ことば)の端(はし)。賤(いや)しからず野暮(やぼ)からぬ。浅(あさ) 香(か)を鳥渡(ちよつと)一口(ひとくち)と。心(こゝろ)の裡(うち)の目算(もくさん)に。今宵(こよひ)は此処(こゝ)へお泊(とま)りと。神輿(みこし)を居(すえ)ての大酒宴(おほさかもり)。春(はる)の 夜(よ)いとゞ更安(ふけやす)く。はや子刻(こゝのつ)に程近(ほどちか)く。浅香(あさか)は女児(むすめ)が帰(かへ)らぬを。心裡(こゝろのうち)に案(あん)じ侘(わ)び 畢竟(ひつきやう)斯(かう)して貴人(あてびと)の。かゝる白亭(くさのや)へ来(き)給ひしも。女児(むすめ)音勢(おとせ)が故(ゆゑ)なるに。今宵(こよひ)も帰(かへ)りも 来(こ)ずは。不興(ふきよう)ならんと思(おも)ふにぞ。飲(のん)だる酒(さけ)も裡(り)におちて。快(こゝろよ)くは発(はつ)しもせず。たゞ人(ひと)しらぬ 気(き)あつかひも。みな画餅(むだ)ごとに更闌(かうたく)る。浅香(あさか)は婢女(はした)にいひつけて。たしなみの夜具(やぐ)とり出(だ)させ。 穢(むさ)くるしくもこの所(とこ)へ。お寝(よら)せませうと佐栗(さぐり)へ商議(さうだん)。表座敷(おもてざしき)へしき伸(のぶ)る。綾(あや)の蒲団(ふとん)に純子(どんす) の横(よぎ)。お前(まへ)はこゝへお憩(やす)みと。一間隔(ひとまへだ)てし納戸(なんど)へは佐栗(さぐり)が床(とこ)を敷(しき)のぶる。吉光君(よしみつぎみ)は浅香(あさか)が案(あん) 内(ない)に。表座敷(おもてざしき)へ入(いり)給ひ。蒲団(ふとん)の上(うへ)に肘枕(ひぢまくら)。酔(ゑふ)た〳〵と寝(ね)給へは。浅香(あさか)は側(そば)に手(て)をつかえ。 浅〽御前(ごぜん)さまそのまゝでは。お召物(めしもの)が皺(しは)になり。見苦(みくる)しうございますサア〳〵是(これ)を召(めし)かえ ませ。お腰(こし)なり御足(おみあし)なり。お摩(さす)りでもいたしませうトいへば吉光(よしみつ)起(おき)なほり。浅香(あさか)の手(て)をひつと らへ《割書:光|》〽何処(どこ)も按(もむ)には及(およ)ばぬからマアこゝを摩(さす)つてみやれト手(て)を持(もち)そへてあてがひ給ふ を。着物(きもの)の上(うへ)から徐々(そろ〳〵)と。摩(さす)つてみればき木(き)のやうに。しやツきり勃起(おゑ)たる大業(おほわざ) もの。股(また)の間(あひだ)へ横(よこ)たはる。その手障(てざはり)の心(こゝろ)よさ。浅香(あさか)はしばし按摩(なでさす)り。握(にぎ)つてみれば其(その) 太(ふと)さ。着物(きもの)の上(うへ)とは言(いひ)ながら。凡(およ)そ八寸胴(はつすんどう)がへしとも。いふべき程(ほど)にてピン〳〵と。押(おさ)へる手(て)さへ 反(はね)かへす。威勢(いきほひ)尖(する)どきありさまに。忽地(たちまち)気(き)もちあぢになり。吾(われ)をわすれてぬら〳〵と。吐婬(といん) 出(いで)しや。内股(うちもゝ)もやがてびた〳〵するばかり。この時(とき)吉光(よしみつ)手(て)を伸(のば)し。浅香(あさか)が顔(かほ)を引(ひき)よせて。 口(くち)を 吸(すは)んとし給へば《割書:浅|》〽アレ勿体(もつたい)ないお止(よし)遊(あそ)ばせ。憚多(はゞかりおほ)うト半(なかば)もいはせず《割書:光|》〽ハテ野暮(やぼ)なことをいふ。 恋(こひ)に貴賤(きせん)の隔(へだて)があらうか。 夫(それ)とも其方(そち)が否(いや)ならばトわざとぢらして手(て)を放(はな)し。 身(み)を 引(ひき)給へば。《割書:浅|》〽アレ御前(ごぜん)さま。何(なん)で否(いや)でございませう。しかしながら遥々(はる〴〵)と。 是(これ)まで入(い)らせられ ましたは。女児(むすめ)音勢(おとせ)を御覧(ごらん)のため。生憎(あいにく)留守(るす)で竟(つひ)になう。 泊(とま)りとみえてまだ帰(かへ)らず。 思(おぼ)し召(めし)が何様(どのやう)であらうと。気(き)を操(もん)でをりますヨ《割書:光|》〽ハテ往水(ゆくみづ)と飛(と)ぶ鳥(とり)は。 何処(どこ)へゆくか誰(たれ) もしらず。 居(を)らぬものが何(なん)とならう。 夫(それ)より其方(そなた)側(そば)へきて。 自己(おれ)が思(おも)ひを晴(はら)さして。くりや れトいひつゝ引(ひき)よせられ。浅香(あさか)は久(ひさ)しく男(おとこ)の傍(そば)を。 遠(とほ)ざかりつることなれば。 とし年(とし)はとつても何(なん)と なく。初々(うゐ〳〵)しさに気(き)もときめき。自由(じゆう)になれば吉光(よしみつ)は。やがて抱(だき)しめ手(て)をやつて。山繭(やままゆ)の 腰(こし)まきを。探(さぐ)りひらきて内股(うちもゝ)へ。わり込(こ)み給へば思(おも)ひの外(ほか)。肌(はだ)ざはりさへすべ〳〵し。毛(け)は ふつさりと房(ふさ)やうじを。並(なら)べていぢる如(ごと)くなる。だん〴〵奥(おく)へさしこむ手先(てさき)に。紅舌(さね)はさはれど この辺(あた)り。吐婬(といん)ぬら〳〵溢(あふ)れ出(で)て。滑(ねめ)りて紅舌(さね)もつまゝれず。況(まし)て陰門(いんもん)の両淵(りやうふち)は。流(なが)るゝば かりのありさまに。吉光(よしみつ)もはや堪(たま)りかね。両手(りやうて)でぐつと内股(うちもゝ)を。おし広(ひろ)げて足(あし)を割込(わりこみ)。 鉄火(てつくわ)に等(ひと)しき一物(いちもつ)を。あてがひて二腰(ふたこし)三腰(みこし)。おせば下(した)より持(もち)あげる。はづみにぬる〳〵毛(け) 際(ぎは)まで。何(なん)の苦(く)もなく押(おし)こめば。その開中(かいちう)の温(あたゝ)かさは。いふも更(さら)なり忽地(たちまち)に。子宮(こつぼ)ひらけ て鈴口(すゞぐち)を。しつかと噬(くわ)えて内(うち)へひく。その心(こゝろ)よさ気味(きみ)よさは。何(なん)に喩(たと)へんものもなく。 吉光(よしみつ)は目(め)を細(ほそ)くなし。 口(くち)をすぽ〳〵吸(すひ)ながら大腰(おほごし)小腰(こごし)九浅(きうせん)一深(いつしん)。上(うへ)を下(した)へとつき立(たて)給ふに 浅香(あさか)は子供(こども)を二三人 産(うみ)たる開(ぼゝ)にてさま〳〵の道具(だうぐ)だてさへ多(おほ)ければ雁首(かりくび)より胴中(どうなか)へ。ひら〳〵 したもの巻(まき)ついて。出(だ)しいれのたび玉茎(たまぐき)をしごくやうにてえも言(いは)れず。吉光(よしみつ)あまたの側(そば) 室(め)を抱(かゝ)へ。種々(いろ〳〵)楽(たのし)みたりといへど。かゝる稀代(きたい)の上開(じやうかい)は。いまだ覚(おぼ)えぬばかりにて。それいく〳〵アゝ またいくと。浅香(あさか)が脊中(せなか)へ手(て)をまはし。力一(ちからいつ)ぱい抱(だ)きしめて。嬌(よが)り給へはさらぬだに浅香(あさか)は 誠(まこと)に久(ひさ)しぶり。殊(こと)には太(ふと)く逞(たく)ましき。 一物(いちもつ)に突(つき)たてられ。ヒイ〳〵フウ〳〵ムヽ〳〵と。声(こゑ)をも立(たて)ず最初(はじめ) から。精(き)をやりつゞけて息(いき)もはづみ。正体(しやうたい)もなき折(おり)からに。アヽソレいくよまたいくよと。男(おとこ)に嬌(よが) りたてられて。何(なに)かは以(もつ)てたまるべき。五臓六腑(ごさうろくぶ)を絞(しぼ)るばかり。陰水(いんすゐ)どろ〳〵ずる〳〵と限(かぎ)り もならず流(なが)れ出(で)て。昔(むかし)を今(いま)にかへり花(はな)たのしく其(その)夜(よ)を明(あか)したり     第五  過去(こしかた)のまき そも〳〵これなる浅香(あさか)といへる。女(をんな)の素性(すじやう)を索(たづ)ぬるに。この北嵯峨(きたさが)に年(とし)古(ふる)き。郷士(ごうし) 何某(なにがし)の女児(むすめ)おりしが。まだ年(とし)ゆかぬそのころより。色気(いろけ)沢山(たつぷり)前尻(まへじり)を。按(なで)つ摩(さす)りつとり形(なり)も。 年(とし)にはませたいやらしさ。蔭(かげ)では譏(そし)る人(ひと)あれど。親(おや)は却(かへつ)てまた恍惚子(おぼこ)と。心(こゝろ)を寛(ゆる)すその眼(め) を竊(ぬす)み。傍(ほとり)近(ちか)き弱官(わかうど)と。ちゝくりあひて世間(せけん)の評(ひやう)も。騒々(さう〴〵)しきに心(こゝろ)づき。何時(いつ)までも児(こ) 供(とも)ぢやと。思(おも)ふは世(よ)にいふ親破家(おやばか)なり。はや十五にもなるなれば。男欲(おとこほし)さの春心(あだごゝろ)。出(で)る のも道理(だうり)何事(なにごと)もないうちに躾(しつけ)のため。御所(ごしよ)さまがたの行儀(ぎやうぎ)作法(さほふ)を。見習(みなら)はするが身(み)の 薬(くすり)と。夫(それ)より近(ちか)しき人(ひと)を恃(たの)み。奉公口(はうかうくち)を尋(たづ)ぬれど。生憎(あやにく)この節(せつ)御所(ごしよかた)には。然(しか)るべき 口(くち)もなく。甘泉寺(かんせんじ)の大納言蟻盛卿(だいなごんありもりきやう)のお傍(そば)勤(つとめ)。年恰好(としかつこう)もちやうどよしと。世話(せは)する人の あるに任(まか)せ。まづ〳〵それへ上(あげ)たりしが。浅香(あさか)は色(いろ)の味(あぢ)をさへ。覚(おぼ)えし身(み)なればその男(をとこ)と。別(わか)るゝ 怨襟(つら)さに人しれず。血(ち)の涙(なみだ)をば流(なが)せども。年(とし)ゆかぬ身(み)は赧然(はなしろみ)て。男(をとこ)にそれといは躑躅(つゝじ)。いはねば こそあれ恋(こひ)しさを堪(こら)えて出(いづ)る宮仕(みやづかへ)。男(をとこ)も本意(ほい)なく思(おも)へども。互(たがひ)に親(おや)のあるほどは其身(そのみ)一(ひと)ツ も自由(じゆう)にならず今日(けふ)と過(すぎ)ツヽ翌(あす)の夜(よ)を。明(あか)してみれば去(さ)るものは。日々(ひゞ)に疎(うと)しの慣(なら)ひにて。心(こゝろ)の 裡(うち)は忘(わす)れねど始(はじめ)のごとくもおもほえず。況(まし)て浅香(あさか)は浮(うき)たる性(さが)にて。蟻盛卿(ありもりきやう)は御年(おんとし)も。まだやう〳〵 に二十三四(にじふさうし)。桜(さくら)は公家(くげ)と喩(たと)へたる。その類容(やさかた)に心地(こゝち)まどひ。前(さき)の男(をとこ)の事などは。夢(ゆめ)の端(はし)にも思(おも)ひは 出(だ)さず。いかにもしてこの刀祢(との)と。添臥(そひぶし)したらと旦暮(あけくれ)に。おつな目(め)つきと口元(くちもと)の。愛敬(あいけう)もまた陋(いや)しから ねば。蟻盛卿(ありもりきやう)も若(わか)ざかり。いまだ定(さだ)まる北(きた)の方(かた)さへ。在(いま)さずして閨淋(ねやさび)しさに。ちよつと浅香(あさか)が手(て) をとりて。戯(たは)ふれ給へば追風(ゑて)に帆(ほ)の。弥武心(やたけごゝろ)をじづと堪(こら)え。否(いな)めるさまも憎(にく)からず情(なさけ)の言葉(ことば) 種(さま)〴〵に。心(こゝろ)は解(とけ)し帯紐(おびゝも)や。肌(はだ)どはだとをぴつたりと。慈(いと)し可愛(かあい)の睦言(むつごと)に。はや明(あけ)ちかき 鶏(とり)鐘(かね)を。恨(うら)みながらの起(おき)わかれこれより後(のち)は夜毎(よごと)〴〵に。人目(ひとめ)忍(しの)ぶの関(せき)越(こえ)て。深(ふか)くも契(ちぎ)り 参(まゐ)らしツゝ。露(つゆ)の情(なさけ)のたゝまりて。何嵩(いつ)しか腹(はら)のふくらかに。なりしと聞(きい)て蟻盛卿(ありもりきやう)は心(こゝろ)苦(くるし)く思(おぼ)せとも。 初子(うゐご)となれば安(やす)〳〵と。産(うま)せてみたき心(こゝろ)もしつ雑掌(ざつしやう)なる某(なにがし)に。その事 蜜(ひそか)にかたらひて。浅香(あさか) が親(おや)へそのよしいひ。側室(そばめ)の披露(ひろう)し給はんと思(おぼ)しにけれど先頃(さきごろ)より。裏藤家(うらふぢけ)の姫君(ひめきみ)を。 迎(むか)へ参(まゐ)らす契約(けいやく)あり。近(ちか)きほどに輿入(こしいれ)と。彼方(かなた)よりも言越(いひこし)給ひつ。されば北(さた)の方(かた)の在(おは)せぬ程(ほど) に。さる事あらんは聞(きこ)えも悪(わろ)し。胎孕(みごもり)たるまゝ浅香(あさか)をば親元(おやもと)へ返(かへ)すに如(しか)しと雑掌(ざつしやう)等(ら)か計(はか) らひを。了得(さすが)亜相(あしやう)《割書:大納言(たいなごん)の|唐名(からな)也》も否(いな)みがたく。不便(ふひん)やるかたなけれども。数多(あまた)の黄金(こがね)を手充(てあて) して。浅香(あさか)に身(み)の暇(いとま)を賜(たま)はり。産(うま)れたる子(こ)は男(おとこ)にまれ。また女(をんな)にまれよき様(やう)に。計(はか)らふべしとの 事なれば。浅香(あさか)は只管(ひたすら)うちなげけど。力(ちから)に及(およ)ぶへきならねば。泣々(なく〳〵)親里(おやさと)へ皈(かへ)り来(き)て憂(うき)月(つき) 日(ひ)を重(かさ)ぬるうちに。月数(つきかず)みちて産落(うみおと)せしは。即(すなはち)今(いま)の音勢(おとせ)なり。されば浅香(あさか)が父母(ちゝはゝ)も筋(すぢ)よ き子(こ)にはあらねども。初孫(うゐまご)といひ清(きよ)らかなる。女(をみな)の児(こ)は愛(あい)らしさも。また一入(ひとしほ)に思(おも)ひツゝ。二(ふた)とせ 三年(みとせ)を送(おく)るほどに。浅香(あさか)を何時(いつ)まで独住(ひとりずみ)にて。置(おき)給んも快(こゝろよ)からず。他(ほか)に跡(あと)とる男(おのこ)もなけれ ばよき婿(むこがね)に偶(あは)せんと。思(おも)ふほどに親(した)しき人(ひと)の。媒妁(なかだち)するを僥倖(さいはひ)に。迎(むか)へて浅香(あさか)と夫婦(ふうふ)に なしつ。老(おい)の安堵(あんど)に做(な)さんとせしが。この婿(むこ)は性善(きがよか)らぬものにて。浅香(あさか)母子(おやこ)はいふも更(さら)なり。 父(ちゝ)母(はゝ)にも当(あた)り悪(わる)く。邪慳(じやけん)放逸(はういつ)なるにより。斯(かく)ては末(すゑ)〴〵治(をさま)りがたし。わが眼(め)の黒(くろ)き裡(うち)ならば。 進退(しんたい)すべて自在(じざい)なりと。父(ちゝ)某(なにがし)が計(はか)らひにて。この婿(むこ)を離縁(りえん)なしつ。浅香(あさか)も元来(もとより)さの みには。思(おも)はぬ婿(むこ)のことなれば。結句(けつく)僥倖(さいはひ)に思(おも)ひとり。夫(それ)より後(のち)は寡婦(やもめ)にて。明暮(あけくら)す ほどに。父(ちゝ)母(はゝ)もおひ〳〵に辞世(みまがり)つ。今(いま)は母子(おやこ)の侘住居(わびずまゐ)。始(はじめ)の巻(まき)にいへるがことし。 されば音勢(おとせ)が風俗(ふうぞく)の。並(なみ)に勝(すぐ)れてみえぬるはその素性(すじやう)によるものなるべし      第六 変詐(たばかり)のまき うら若(わか)みねよげにみゆる若草(わかくさ)を。むすぶ縁(えにし)の緒(いとぐち)や。今朝(けさ)より雨(あめ)の小止(をやみ)なら。軒端(のきば) をめぐる玉水(たまみづ)の。音(おと)は寝耳(ねみゝ)にひゞきツヽ吉光公(よしみつこう)は目(め)を覚(さま)し。見(み)給へば暁(あかつき)まで。添臥(そひぶし)したる 浅香(あさか)も居(を)らず雨降(あめふり)ながら日高(ひたか)きにや。雨戸(あまど)屏風(びやうぶ)は建(たて)こめて。手元(てもと)はいとゞ暗(くら)けれど。 櫺子(れんじ)は映(かゞや)くばかりなるに。こは昨夜(ゆうべ)の労(つか)れにて。寝忘(ねわす)れたりと起(おき)あがり。手(て)をほと〳〵と 鳴(な)らし給へば〽ハイと回答(いらへ)て徐々(しづ〳〵)と。屏風(びやうぶ)を明(あけ)てはいるは浅香(あさか)。寝乱(ねみだ)れ髪(がみ)もはや繕(つくろ)ひ。きく 童(どう)やらん薄(うつ)すりと。紅(べに)鉄漿(かね)さへも程(ほど)のよく。嗟(あゝ)惜(をし)むべしこの女(をんな)。今(いま)十年(じふねん)も若(わか)からば。比(たぐ)ひもあら ぬ美人(びじん)ぞと。見蕩(みとるゝ)ばかりの婀娜(あた)造(づく)り。手(て)をつかへ頭(かうべ)をさげ《割書:浅|》〽モウお目(め)が覚(さめ)ましたか 今日(けふ)は生憎(あやにく)大雨(おほあめ)で。とても館(やかた)へお帰(かへ)りは。なりにくからうと佐栗(さぐり)どのも。申すによつてその まゝに。静(しつか)にいたして居(をり)ました《割書:光|》〽左様(さう)で有(あつ)たかいかにも大雨(おほあめ)。しかし浅香(あさか)そなた宜(よう)早(はや)く起(おき) たの。おりや大分(だいぶ)労(つか)れたさうで。夫(それ)から後(のち)は一向(いつはり)しらず。今(いま)やう〳〵目覚(めがさめ)た《割書:浅|》〽ホヽヽ私(わたくし)も 貴君(あなた)のお蔭(かけ)で。體(からだ)はぐんにやり筋骨(すぢほね)を。抜(ぬか)れたやうに成(なり)ましたが。兎角(とかく)するまに烏(からす)の 声(こゑ)。佐栗(さくり)どのに見付(みつか)つては。貴君(あなた)のお恥(はぢ)にならう歟(か)と起(おき)て納戸(なんど)へ参(まゐ)つても頭上(つむり)が ぶら〳〵ぐら〳〵と。眩暈(めまひ)がいたすやうで有たを堪(こら)え〳〵て容子(やうす)にも。気(け)どられまいと いたした折(をり)は。どんなに苦(くる)しうございましたらう《割書:光|》〽どうだモウ一遍(いつへん)苦(くる)しい思(おも)ひをする気(き)はないか 《割書:浅|》〽ハイ随分(ずゐぶん)宜(よう)ございますねホヽヽヽ好(すき)な奴(やつ)と。さぞおさげすみ遊(あそ)ばしませう《割書:光|》〽大かた懲々(こり〳〵)した らうノ《割書:浅|》〽イエ懲(こり)はいたしません《割書:光|》〽懲(こり)ずばこゝで迎(むか)ひ酒(ざけ)サア来(き)やト手(て)をとり給へば浅香(あさか)は莞爾(にこ〳〵) と。後(うしろ)をむき《割書:浅|》〽誰(たれ)ぞ参(まゐ)ると悪(わる)うございます《割書:光|》〽主(ぬし)ない其方(そなた)と寝(ね)てゐる所(ところ)へ。誰(た)が来(き)たと ても構(かま)ひはあるまい。夫(それ)とも何(なん)ぞやかましく。いふ人(ひと)でも内証(ないしよ)にあるのか《割書:浅|》〽ホヽヽヽどう致(いた)して 此様(こん)な老婆(ばゝあ)を。御慈悲(おじひ)深(ふか)い貴君(あなた)なればこそ。気休(きやす)をめ放仰(おつしやつ)て下(くだ)さるけれど誰(だれ)も構(かま)ひ人(て)は ございません《割書:光|》〽人(ひと)が何様(どう)だか何処(どこ)までも。自己(おれ)は構(かま)ひ通(とほ)す気(き)ぢやトいひツゝ引(ひき)よせ口(くち)と口。チウ〳〵〳〵 スハ〳〵〳〵。と吸(す)ひながら内股(うちもゝ)へ手(て)を入(いれ)て見(み)給へは。汐干(しほひ)にみえぬ沖(おき)の石(いし)。かわく暇(ひま)なくびた〳〵〳〵と。 潤(うるほ)ふ陰門(いんもん)さながらに。ほか〳〵ほてる心(こゝろ)よさ。二本(にほん)指(ゆび)をさしいれて。子宮(こつぼ)をくり〳〵いらひ 給へば。浅香(あさか)は目(め)をねぶり吾(われ)をわすれフウ〳〵〳〵と鼻息(はないき)は。軒端(のきば)の雨(あめ)の音(おと)に紛(まぎ)れて。聞(きこ)え ねばこそ僥倖(さいはひ)なれ。折(をり)から屏風(びやうぶ)の外(そと)よりして〽ハイ慈母(おつかあ)さん只今(たゞいま)帰(かへ)りましたト音勢(おとせ)が声(こゑ) に心(こゝろ)つき。忽地(たちまち)飛退(とびの)き前(まへ)を合(あは)せ《割書:浅|》〽よくこの降(ふる)のに帰(かへ)つたノ。昨夜(ゆふべ)帰(かへ)らない位(くらゐ)だか ら。大(おほ)かた今日(けふ)も逗留(とうりう)か。モシ左様(さう)ならば駕(かご)を舁(かゝ)して。迎(むか)ひを遣(やら)うと思(おも)つて居(ゐ)たヨ《割書:おとせ|》〽ヲヤ 左様(さう)でございますか。今(いま)聞(きゝ)ましたら昨日(きのふ)から。お客(きやく)さまがあるとのこと。生憎(あやにく)留守(るす)でさそお困(こま)りと 半(なかば)いはせて《割書:浅|》〽左様(さう)サ〳〵。実(じつ)は昨夜(ゆふべ)も待(まち)かねたヨ。今(いま)御前(ごせん)にも丁度(ちやうど)お目覚(めざめ)。マア其方(そつち)へいつて 休息(きうそく)しな。今(いま)に御目見(おめみへ)させませうトいへば音勢(おとせ)はハイ〳〵と彼方(かなた)の院(ざしき)へ立(たつ)てゆく。浅香(あさか)は 莞爾(につこり)吉光(よしみつ)が顔(かほ)をみあげて〽彼(あれ)だから昼(ひる)は油断(ゆだん)がなりません。どうて今日(こんち)は御逗留(ごとうりう)。晩(ばん) に寛(ゆつ)くら殺(ころ)すとも。活(いが)すともして下(くだ)さいましト膝(ひざ)を突(つゝ)けば吉光(よしみつ)も。本意(ほい)なき容(さま)に 起出(おきいで)給ふ。浅香(あさか)は婢女(はした)を呼(よび)たてゝ。屏風(びやうぶ)を片(よせ)よせ夜(よる)のもの。畳(たゝみ)て雨戸(あまと)くらすれば。忽地(たちまち)変(かは) る昼(ひる)の体(てい)。漱(うがひ)浄水(ちやうづ)を参(まゐ)らせツゝ。准備(ようい)なしたる朝餉(あさがれい)。あたゝめ直(なを)して持出(もちだ)す膳部(ぜんぶ)。其(その) 配膳(はいぜん)には丁度(ちやうど)よき。女児(むすめ)音勢(おとせ)が役(やく)まはり。跫然(しと)やかに出来(いできた)り。御 目通(めどを)りをなしければ。吉光(よしみつ) 熟視(つら〳〵み)給ふに。聞(きゝ)しに倍(まさ)る艶(あて)やかさ。その品形(しなかたち)のしほらしさ。花(はな)を索(たづ)ねて舞胡蝶(まふこてふ)。露(つゆ) を含(ふく)める海棠(かいどう)の。花(はな)の姿(すがた)も何(なに)ならず。吉光(よしみつ)はやゝ見蕩(みとれ)。持(もち)たる箸(はし)をわれしらず。はた りと膳(ぜん)へをちこちの。人(ひと)や見(み)なんと顔(かほ)少(すこ)し。赧(あか)らめ給ふ御在(おんあり)さま。色(いろ)白(しろ)くして眉秀(まゆひいで)。眼(め)は 清(すゞ)やかに鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。朱(あけ)の唇(くちびる)たをやかに。業平(なりひら)源氏(げんじ)の君(きみ)なんどは。物(もの)の本(ほん)にてみた るのみ。かゝる艶(やさ)しき風流士(たはれを)の。また両個(ふたり)とは世間(よのなか)に。あるべうもなき御姿(おんすがた)に音勢(おとせ)も 見蕩(みとれ)赧然(はなしろみ)て。胸(むね)少(すこ)し得(どき)つくを。じつと定(しづ)めてさし俯(うつぶ)くは。籬(まがき)に咲(さけ)る姫百合(ひめゆり)の。露(つゆ)重(おも)げ なる其(その)風情(ふぜい)。吉光(よしみつ)はたゞ髪髴(はうほつ)と。砕(ゑふ)るが如(ごと)くに思(おぼ)し召(めし)。程(ほど)なく御膳(ごぜん)も果(はて)ければ。雨(あめ)は ます〳〵小止(をやみ)なく。降(ふり)しきりて何(なに)となく。淋(さび)しさ倍(まさ)る庵(いほ)のうち。浅香(あさか)は徐々(そろ〳〵)御前(おまへ)へ出(いで)〽生憎(あやにく) のこの雨(あめ)で。さぞ御退屈(ごたいくつ)でこさりませう。何(なに)はなくとも御酒(ごしゆ)一(ひと)ツと。言(まう)しつけたもまだ参(まゐ)らず 夫(それ)までの御慰(おなぐさみ)。この頃(ごろ)女児(むすめ)が些(ちと)ばかり。習(なら)ひ始(はじ)めた一中節(いつちうぶし)。下々(した〴〵)では流行(はやり)ますが。上(うへ)ツ方(がた)の御耳(おみゝ) には。如何(いかゞ)であらうか存(ぞんじ)ませぬど。モシ鄙(ひな)びたる一節(ひとふし)でも。苦(くる)しうないと思(おぼ)し召(め)さば。御笑(おわら)ひ種(ぐさ)に いたさせませうトいへば吉光(よしみつ)きゝ給ひ〽いかにも都(みやこ)一中(いつちう)とやらが。近曽(ちかごろ)弘(ひろ)めた唱歌(しやうか)の一曲(いつきよく)。おもし ろいものといふ事(こと)じやが。まだ聞(きい)た事(こと)はない。それは僥倖(さいわひ)はやう〳〵ト仰(おふせ)について穴沢佐栗(あなざはさぐり) も。お傍(そば)に在(あり)しが膝(ひざ)を進(すゝ)め〽女児御(むすめご)の一曲(いつきよく)なら。天津乙女(あまつをとめ)が影向(えうかう)にも。猶(なほ)ました事(こと)であらう。 殊(こと)に流行(はやり)の一中節(いつちうぶし)。サア〳〵早(はや)くお聞(きか)せなされトいふに浅香(あさか)は嗜(たしな)みの。三味線(さみせん)とり出(だ)し。音勢(おとせ)が 前(まへ)へおし居(すえ)て〽サア何(なん)なりとお慰(なぐさ)みの弾(ひき)がたり。一(ひと)ツ二(ふた)ツお聞(きゝ)に入(いれ)やれ《割書:音勢|》〽ホヽヽまだこの頃(ごろ)。やう〳〵 始(はじ)めたばつかりでト跡(あと)は口隠(くごも)る処女(をとめ)の慣(なら)ひ母(はゝ)は只管(ひたすら)すゝめたて。よく出来(でき)ぬのもまた一興(いつきやう)。 サア〳〵といふほどに。音勢(おとせ)は是非(ぜひ)なく膝(ひざ)におく。三(み)すぢの調(しら)べ一筋(ひとすぢ)に。思(おも)ひ初(そめ)たる色糸(いろいと) の。心(こゝろ)のたけを夕(ゆふ)がすみ。男(おとこ)の顔(かほ)を睨(ながしめ)に。一度(いちど)二度(にど)なら三度(さんど)笠(がさ)。声(こゑ)よく唄(うた)ひ手(て)も濃(こまやか) に。いとも妙(たえ)なる一曲(いつきよく)に。吉光(よしみつ)主従(しゆうじう)を始(はじ)めとし。その座(ざ)の人々(ひとびと)一容(いちやう)に感(かん)を催(もよふ)す斗(ばか)りなれば。 吉光(よしみつ)は扇(あふぎ)を披(ひら)きて。ヤンヤ〳〵と讃(ほめ)たまひ標数(きりやう)といひ芸(げい)といひ。また類(たぐ)ひなき処女(むすめ)ぞと。 漫(すゞろ)に恋(こひ)のせめくれば。直(すぐ)に舘(やかた)へ連戻(つれもど)り。傍(かたへ)におきて楽(たのし)まばやと。心(こゝろ)もこゝにあらぬまで。 気(き)さへ急(いそ)がれ給へども。降(ふる)雨(あめ)の頻(しき)りにて御 迎(むか)ひの御供(おとも)も参(まゐ)らず。されば今宵(こよひ)はまたこの 家(や)に。一宿(いつしゆく)なしてかの処女(むすめ)と。契(ちぎ)らばやと設計(もくろみ)給へど。また思(おも)ひ返(かへ)さるゝに処女(むすめ)は頓(とう)よう 傍仕(そばづかひ)にと。約諾(やくだく)なれば仔細(しさい)なけれど。われいちはやくもその母(はゝ)なる浅香(あさか)に手(て)を つけ渠(かれ)もまた。吾(われ)を慕(かた)ふ風情(ふぜい)なれば。今宵(こよひ)この家(や)に卧(ふし)たりとも。音勢(おとせ)を手(て)に入(いる) ることの難(かた)からん。いかゞはせんと考(かんが)へ給ひつ。こゝに一(ひと)ツの謀計(はかりごと)を。心(こゝろ)に設(まうけ)て佐栗(さぐり)をめし。耳(みゝ)に 口(くち)をさし倚(よせ)て。箇様(かよう)々々(〳〵)に計(はか)らへと。仰(おふ)せ給へば点頭(うなづき)て。首尾(しゆび)よく仕遂(しとげ)いはんと。いふ に依(よつ)て吉光(よしみつ)は。その日(ひ)の暮(くれ)るを待給ふ程(ほど)なく浅香(あさか)が誂(あつらへ)の。酒(さけ)と殽(さかな)も調(とゝの)ひぬれば。 御ン前(まへ)へ持出(もちいで)て。上下(じやうげ)ざゝめきわたりツゝ。その日(ひ)薄暮(ゆふぐれ)の比及(ころほひ)まで。酌(くみ)かはして遊(あそ)ひ給ふ。 このとき吉光(よしみつ)厠(かはや)へとて。座(ざ)を立(たち)給へば御跡(おんあと)より。音勢(おとせ)は自(みづか)ら湯桶(ゆたう)と手拭(てぬぐひ)。両手(りやうて)に捧(さゝ) げて持(もち)ゆきけるが。折(おり)ふしこゝに人(ひと)もなし。吉光(よしみつ)はふり向(むい)て〽ヲゝ音勢(おとせ)か太儀(たいき)〳〵。まア其(その) 品(しな)は下(した)におきや。鳥渡(ちよつと)おぬしに用(よう)がある。こゝへ来(き)やれと手(て)を把(とつ)て。引(ひき)よせ給へば 可得(さすが)は恍惚子(おぼこ)。胸(むね)得々(どき〳〵)と赧(あから)む顔(かほ)。吉光(よしみつ)ぐつと引(ひき)よせて顔(かほ)と顔(かほ)とをおしつければ。 伽羅(きやら)の油(あぶら)に白粉(おしろい)の。麝香(じやかう)の薫(かほ)りも床(ゆか)しくて。此方(こなた)も渾身(みうち)ぞつとしつ。物(もの)をもいは ず口(くち)と口。音勢(おとせ)はこの頃(ごろ)道足(みちたる)に。恋(こひ)の初訳(しよわけ)を教(おし)へられ。生(うぶ)の女児(むすめ)にあらざれば。怖々(こわ〴〵) なから舌(した)のさき。一寸(いつすん)ばかりを出(いだ)すにぞ。吉光(よしみつ)はスパ〳〵と。吸(すひ)給へともまだ縡足(ことた)らず。 衿首(えりくび)じつと〆(しめ)つけて。舌(した)を強(つよ)くからみ給ふ。その勢(いきほ)ひに音勢(おとせ)が舌(した)の。根(ね)の限(かぎ)り吸(すひ)こみて。猶(なほ) スパ〳〵と吸(すひ)たてられ。音勢(おとせ)はたちまち上気(じやうき)して。耳(みゝ)と頬(ほう)とを真赤(まつか)になし。自由(じゆう)になつて 在(あり)ければ。吉光(よしみつ)いとゞ可愛(かあい)さに。衿(えり)にかけたる手(て)をしめつけ。左(ひだ)りの手(て)をさし伸(のば)して。前(まへ)を まくり徐々(そろ〳〵)と。さし入(いれ)て見(み)給ふに。いまだ十四の処女(をとめ)にて。玉門(おんこと)の額際(ひたひぎは)に。薄毛(うすげ)少々(せう〳〵)指(ゆび)の先(さき) に。さはるやうにて定(しか)とはしれず。両(りやう)の渕(ふち)はやわ〳〵と。蒸(むし)たての饅頭(まんぢう)を。二(ふた)ツ合(あは)せし如(ごと)くとは。 例(いつ)もかはらぬ喩(たと)へにて。その肌(はだ)ざはりえもいはれず。吉光(よしみつ)いとゞたまりかね。この所(ところ)へおし 転(こか)してとは。思(おも)ひ給へどそれもまた。いと仂(はした)なき所為(わざ)のみならず。間(ひま)とらば人(ひと)も来(こ)んと。思(おも)へば是(これ) さへ心(こゝろ)に任(まか)せず。そのうへ音勢(おとせ)が気(き)あつかひ〽アレ誰(たれ)か参(まい)るさうで。足音(あしをと)がいたしますト恐(おそ) るゝ処女(をとめ)が心(こゝろ)さへ。汲(くみ)とるものから手(て)を放(はな)し《割書:光|》〽夫(それ)なら晩(ばん)におれが往(いく)から。その積(つも)りで待(まつ)て 居(ゐ)やヨ《割書:おとせ|》〽ハイト言(いつ)たばかり。口(くち)を袖(そで)にてうち覆(おほ)ひ。莞爾(につこり)として嬉(うれ)し気(げ)なり。吉光(よしみつ)はその まゝに。厠(かはや)に入(い)りて程(ほど)もなく。頓(やが)て元(もと)の席(せき)へ来(き)給ひつ。なほ種々(さま〴〵)の戯(たは)ふれに。其日(そのほ)もやゝ 暮(くれ)果(はて)て。人々(ひと〴〵)も酔蕩(ゑひとろ)け。戌刻過(いつゝすぎ)にもなりければ。はやお憩(やす)みが宜(よか)らんと。浅香(あさか)は予(かね)て 吉光(よしみつ)と。今宵(こよひ)も飽(あく)まで楽(たの)しまんと。思(おも)ふものから婢女(はしため)に。いひつけて己(おのれ)が卧房(ふしど)と。音勢(おとせ)が 卧房(ふしど)は二間(ふたま)を隔(へだて)また吉光(よしみつ)の御ン卧房(ふしど)は。己(おの)が上(かみ)の間(ま)にお床(とこ)をしかせ。それより以下(いか)は 夫(それ)〴〵の。子舎(へや)に床(とこ)を敷(しか)せツゝ。程(ほど)なく君(きみ)をはじめとして。各(おの〳〵)閨(ねや)へ入(いり)にけるが。音勢(おとせ)は。吉(よし) 光(みつ)が艶(やさ)かたなるに処女(をとめ)心(こゝろ)の惑(まど)ひツゝ。今(こ)よひ忍(しの)ぶと宣(のたま)ひしが。若(もし)実言(まこと)なら人々(ひと〴〵)の。寝(ね)る をや俟(まち)て在(おは)すらん。と思(おも)へばその身(み)も眠(ねふ)られず。故意(わざ)と燈火(ともしび)を細(ほそ)くして。心(こゝろ)も心(こゝろ)なら ぬまで。嬉(うれ)しくもありまた怖(こわ)く。間睡(まとろみ)もせで在(あり)けるが。吉光(よしみつ)は浅香(あさか)か心(こゝろ)を。粗(ほゞ)しり 給ひて昼(ひる)のほど。佐栗(さぐり)としめし合(あは)せし事(こと)あり。浅香(あさか)は是(これ)を知(し)るよしなく。はや 君(きも)の在(おは)すらん。さきに君(きみ)の仰(おふ)せには。今宵(こよひ)忍(しの)ばんその折(おり)に。燈火(ともしび)の晃々(きら〳〵)しくては。四辺(あたり) みらるゝ心地(こゝち)なり。と宣(のたま)ひしは燈火(ともしび)を。消(けし)ておけとのことならん。その心(こゝろ)して上(かみ)の間(ま)へ。 お寝(よら)せまうせばわが閨(ねや)へ忍(しの)ぶに惑(まど)ひ給ふことはあらじ。と頓(やが)て燈火(あかし)をふき消(けし)つ。今(いま)か〳〵 と俟(まつ)をりから。間(あはひ)の隔紙(からかみ)徐(そろ)りと明(あけ)て。来(く)る人(ひと)あるは定(たし)かにそれと。浅香(あさか)はやをら身(み)を起(おこ)し 〽ハイこゝでございますト小声(こゞゑ)でいふを導(しるべ)にて。手(て)をさし伸(のは)し探(さぐ)り倚(よ)る。その手(て)を捕(とら)へ 夜着(よぎ)の裡(うち)へ。ひき入(いれ)られてそのまゝに。浅香(あさか)が衿首(えりくび)しつかと押(おさ)へ物(もの)をもいはずに口(くち)を吸(す)ふ。 浅香(あさか)は俟(まち)に待焦(まちこが)れたる。ことにしあれば是(これ)も同(おな)じく。男(おとこ)の衿(えり)をしつかと抱(だき)しめ。舌(した)を長(なが) くさし出(だ)して。ペチヤ〳〵スパ〳〵〳〵と良(やゝ)しばらく吸(すひ)あふほどに。心地(こゝち)は更(さら)に天外(てんぐわい)へ飛去斗(とびさるばかり)の 思(おも)ひにて。吐婬(といん)はびた〳〵両股(りやうもゝ)へ。つたふ斗(ばか)りに潤(うるほ)へば。浅香(あさか)はしきりに腰(こし)を動(うご)かし。 顔(かほ)をしかめて抱(いだ)きつく。男(おとこ)は徐々(そろ〳〵)手(て)を入(い)れて。まづ紅舌(さね)がしらを撫(なで)まはし夫(それ)より 陰門(いんもん)へ二本(にほん)ゆびを。さし込(こみ)てみるにびた〳〵〳〵と。泡立(あわだち)ばかりに吐婬(といん)ながれ。両(りやう)の渕(ふち)は ふくれあがり。紅舌(さね)はひく〳〵動(うご)き出(だ)して。まち兼(かね)る景勢(ありさま)に。こなたは猶(なほ)も気(き)を静(しづ) め。玉門(ぎよくもん)の上下(うへした)を。数十(すじう)ぺん指(ゆび)にてこすり。または深(ふか)くさしいれて。子宮(こつぼ)をぐり〳〵指(ゆび)の 腹(はら)もて。こそぐるやうになしければ。浅香(あさか)は堪(こら)えずアゝ〳〵と。声(こゑ)を立(たて)ツゝ股(また)をひろげ。夢(む) 中(ちう)になつて抱(いだ)きしめ。子宮(こつぼ)ひらけてどろ〳〵〳〵と。熱湯(ねつとう)のごとき婬水(いんすい)を。しきり に流(なが)して鼻息(はないき)荒(あら)く。男(おとこ)の股(また)へ手(て)をいれて。木(き)の如(ごと)くなる男根(なんこん)を。握(にぎ)りつめての 嬌(よが)り泣(なき)。男(おとこ)も今(いま)は脉(こら)へかね。そのまゝに両足(りやうあし)を。衝(つ)と割込(わりこん)で一物(いちもつ)の。頭(あたま)を玉門(ぎよくもん)にあて がへは。浅香(あさか)は得(え)たりと腰(こし)をひねる男(おとこ)もぐつと一突(ひとつき)に。突(つゝ)こむ互(たがひ)の勢(いきほ)ひに。毛際(けぎは)ま でさし込(こめ)ば。いきり切(きつ)て暉々(てら〳〵)と。光(ひか)るばかりの陰茎(へのこ)の亀頭(あたま)。子宮(こつぼ)へぐりゝと障(さは)るや 否(いな)や。浅香(あさか)はヒイと声(こゑ)立(たて)て。しがみ付(つき)ツゝ腰(こし)をもちあげ。正躰(しやうたい)なくも精(き)をやつたり。 男(おとこ)も名(な)におふ上開(じやうかい)に。矯(よが)り立(たて)られソレいくと。いふまもあらずヅキ〳〵〳〵。ドキン〳〵と龍吐水(りうどすい) にて。弾(はぢ)き出(だ)したる水(みづ)の如(ごと)く。五體(ごたい)を絞(しぼ)つて腎水(じんすい)を勢(いきほ)ひ強(つよ)くはじき込(こめ)ば。子宮(こつぼ)に 臨(のぞ)みし女(おんな)の婬水(いんすい)。これが為(ため)におし戻(もど)され。子宮(こつぼ)の中(うち)にて交(まじは)りあひ。陰陽(いんやう)微(げき)して 水闘(すいとう)の。勢(いきほ)ひをなしければ。その心(こゝろ)よさは喩(たと)へんかたなく。命(いのち)もこゝに終(をは)るべき。心地(こゝち)に なりて眼(め)もみえず。耳(みゝ)も聾(しい)たるごとくなり。却説(さても)吉光(よしみつ)は四辺(あたり)を伺(うかゞ)ひ。時分(じふん)はよし とたち出(いで)給ひて。かねて目当(めあて)の音勢(おとせ)か閨(ねや)。こゝぞと外面(そとも)に徨(たゝず)みて。裡(うち)のやうすを窺(うかゞ) ひ給ふに。いまだ寝(いね)ずや身(み)を動(うご)かす。音(おと)の聞(きこ)えて小(ちい)さき咳(しはぶ)き。一(ひと)ツ二(ふた)ツするほどに。さて こそ此処(こゝ)に疑(うたが)ひなし。と障子(しやうじ)をそろりと明(あけ)て見(み)るに。燈火(ともしび)幽(かすか)に消残(きえのこ)り。屏風(びやうぶ)をぐる りと引巡(ひきめぐ)らし。その裡(うち)に卧(ふし)たる容子(やうす)。吉光(よしみつ)やをらその屏風(びやうぶ)を。静(じつか)に手(て)をかけ 引除(ひきのけ)給へば。音勢(おとせ)はそれと起直(おきなほ)り。嬉(うれ)しさ身(み)には余(あま)れども。まだ恋(こひ)なれぬ心(こゝろ)には。 何(なに)といふべき言葉(ことば)なく。さし俯(うつふ)きて居(ゐ)る風情(ふぜい)。猶(なほ)うちつけにかやかくと。いふには倍(まし)て しほらしく。吉光(よしみつ)そこへ倚(より)そひ給ひ《割書:光|》〽大(おほ)かた待(まつ)て居(ゐ)るだらうと。先刻(さつき)から来(き)たかつたが。まだ 衆人(みな)が寝(ね)ぬやうす。他(ひと)は兎(と)もあれ浅香(あさか)にはチトさし合(あひ)のこともあり。よく寝(ね)させてと 俟(まつ)うちに。遅(おそ)くなつてさぞ待遠(まちどほ)。しかし永(なが)く俟(また)せたかはり。夜(よ)の明(あけ)るまで寝(ね)かしはせぬ ぞや。枕(まくら)はないかト見廻(みまは)し給へば。音勢(おとせ)は後(うしろ)へ手(て)をやつて把出(とりいだ)したるは下着(したぎ)の小袖(こそで)を。くる〳〵倦(まき) て紙(かみ)をあて。鹿(か)の子(こ)のしごきで結(むす)びしは。その間(ま)を合(あは)す気転(きてん)の手細工(てざいく)《割書:光|》〽ヲゝこれはよく 出来(でき)た。二人(ふたり)が縁(えん)の結(むす)びめは。下(した)へまはすが寝宜(ねよか)らう《割書:おとせ|》〽モシこれが遊(あそ)ばし憎(にく)くは不躾(ぶしつけ)ながら 私(わたくし)の。此(この)木枕(きまくら)をあげませうか《割書:光|》〽木枕(きまくら)より願(ねが)はくは。斯(かう)して其方(そなた)の手枕(てまくら)をトいひつゝ音(おと) 勢(せ)が手(て)を把(とつ)て。その身(み)の衿(えり)にあてがひつ。その侭(まゝ)其処(そこ)へ寝(ね)給へば。音勢(おとせ)も倶(とも)に横(よこ)になる。 その衿元(えりもと)へ手(て)をかけて。じつと引倚(ひきよ)せ口(くち)と口。すふ間(ま)もあらず手(て)をやつて。内股(うちもゝ)へ 入(い)れ給へば。音勢(おとせ)は思(おも)はず窄(すぼ)める股(また)を。またおしひらき掌(てのひら)を。額(ひたひ)へあてゝ指(ゆび)を伸(のば)し。紅舌(さね) より徐々(そろ〳〵)玉門(ぎよくもん)を。探(さぐ)り給ふにいさゝかは。潤(うるほ)ひ出(いで)し容子(やうす)にて。指(ゆび)の股(また)がびた〳〵すれば。吉光(よしみつ) 左右(さう)なく指(ゆび)をいれず。猶(なほ)三四(さんし)へん五六(ごろく)へん。指(ゆび)のさきを動(うごか)しツゝ。試(こゝろ)み給へば次第(しだい)〳〵に。吐婬(といん) うるほひ両渕(りやうふち)まで。少(すこ)しびた〳〵する程(ほど)に。頓(やが)て中指(なかゆび)壱本(いちほん)を。徐(しづか)にいれて上下(うえした)を。あ しらひ給へば身(み)を縮(ちゞ)め。顔(かほ)を男(おとこ)の胸(むね)にあて。たゞスウ〳〵と息(いき)づかひ。荒(あら)くなる動静(やうす)を みて。吉光(よしみつ)は松(まつ)の木(き)の。如(ごと)くに勃起(おゑ)て竪横(たてよこ)に。筋(すじ)いと太(ふと)く逞(たく)ましき。業(わざ)ものゝ 亀頭(あたま)より。胴中(どうなか)まで唾(つばき)をぬり。また玉門(ぎよくもん)へも唾(つば)をぬりて。やがておしあてが ひ。ちよこ〳〵〳〵と。小刻(こきざ)みに突(つき)給ふに。音勢(おとせ)は眼(め)をねぶり歯(は)をかみしめ。左右(さいう)の手(て)に て吉光(よしみつ)が。脊中(せなか)をしつかり抱(いだ)きしめ。たゞハア〳〵との息(いき)づかひ《割書:光|》〽どうだ痛(いた)いか《割書:おとせ|》〽イゝエ 《割書:光|》〽モウちつと強(つよ)くしても宜(いゝ)か《割書:おとせ|》〽ハイ宜(よう)ございます《割書:光|》〽夫(そん)なら些(ちつと)持(もち)あげやれ《割書:おとせ|》〽持(もち) あげるとはどういたすのでございます《割書:光|》〽ハゝゝ何卒(どう)するとつて下(した)から上(うへ)へ持(もち)あげるのサ《割書:おとせ|》〽それ じやア斯(かう)でございますかエ《割書:光|》〽アレそりやアたゞ動(うご)く斗(ばか)りだ。マア〳〵出来(でき)ざアそれでも宜(いゝ)トいひツゝ すか〳〵突(つき)給へば可得(さすが)の大物(たいぶつ)半(なかば)を過(すぎ)て。やゝ根元(ねもと)まで入(い)らんとするとき。此方(こなた)の間(ま)にて声(こゑ) 高(たか)く〽ヲヤまアおまへは佐栗(さぐり)さん怪(けし)からない吾儕(わたし)は否(いや)だヨ。お前(まへ)はとんだ贋者(にせもの)だ。左様(さう)とは しらず取乱(とりみだ)したが。今更(いまさら)に恥(はづ)かしい。吾儕(わたし)はきかぬきゝませんト泣声(なきごゑ)出(だ)して叫(わめ)き立(たつ)るを。吉(よし) 光(みつ)不意(ふい)と耳(みゝ)にいり。扨(さて)は佐栗(さぐり)が長居(なかゐ)して。縡(こと)発覚(あらはれ)しかこは便(びん)なし。と暫時(しばし)腰(こし)を つかひ止(やめ)て。聞(きゝ)給ふほどに音勢(おとせ)も聞(きゝ)つけ。常(つね)にあらざる母(はゝ)の声(こゑ)。訝(いぶ)かれば吉光(よしみつ)が。今(いま)は包(つゝ)む によしもなく。在(あり)やうは箇様(かう〳〵)々々と。縡(こと)の稍(しだい)を告(つげ)給へば。音勢(おとせ)は聞(きゝ)ていかにせん。左様(さう)とは 知(し)らでこの在(あり)さま。母(はゝ)の男(おとこ)を寝(ね)とりたる。罪(つみ)さへ深(ふか)しとうち驚(おどろ)き。その侭(まゝ)にはね起(おき) る。吉光(よしみつ)元(もと)より音勢(おとせ)をば。側室(そばめ)となすべき筈(はつ)にして。厭(いと)ふべきにはあらねども。 うち腹(はら)たてる声(こえ)のさま。浅香(あさか)がこゝへ来(きた)らんには。いかなる恥(はぢ)をかかゝすらんと。思(おぼ)せば安(やす)き 心(こゝろ)もなし。音勢(おとせ)はいとゞ恍惚(おぼこ)気(ぎ)に。かゝる姿(すがた)をみるならば。母(はゝ)の怒(いか)りの烈(はげ)しくて。此(この)身(み) はとまれもし君(きみ)に。こよなき无礼(ぶれい)のあるならば。後(のち)の崇(たゝり)も護影(うしろめたし)。ひとまづ此処(こゝ)を退(さる)に しかじ。と思(おも)ひ詰(つめ)ツゝ庭(には)さきの。雨戸(あまど)を明(あけ)て身(み)を隠(かく)す。何処(どこ)へ往(ゆく)ぞと吉光(よしみつ)も。続(つゞい)て其(そ) 処(こ)へたち出(いで)給ふ。程(ほど)もあらせず荒(あら)らかに。障子(しやうじ)を開(ひら)きて駈入(かけい)る浅香(あさか)。女児(むすめ)もみえずき君(きみ)もなし。 こは〳〵何処(いづく)へ隠(かく)ろひ給ふ。元来(もとより)女児(むすめ)は参(まい)らすべき。筈(はづ)にはあれどいざ今日(けふ)よりと。母(はゝ)にも告(つげ)ず に戯婬(なぐさみ)給ふは。君(きみ)に似(に)げなき御ン挙動(ふるまひ)。殊(こと)に此(この)身(み)を変詐(たばかり)て。青侍(あをさむらひ)の佐栗(さぐり)をもて。身代(みがはり)に たて給ふ。然(さ)は知(し)らずして有無(うむ)にも及(およ)ばず。打解(うちとけ)たるはとの身(み)の愚(おろか)さ。とは言(いひ)ながら御 計(はから)ひ。妾(わらは)つ や〳〵心得(こゝろえ)がたし。たとへ上(うへ)なき貴人(あてびと)の。為(なし)給ふ事(こと)ながらも。こは此(この)まゝにおきがたし。何方(いづく)に在(おは)す ぞ出(いで)給へ。女児(むすめ)は何処(どこ)へ隠(かく)れたる。音勢(おとせ)〳〵と呼(よび)たつる。声(こゑ)さへ凄(すご)く聞(きこ)ゆるほどに。音勢(おとせ)は いとゞ胴(どう)震(ふる)はして。歯(は)の根(ね)もあはぬさま。吉光(よしみつ)もまたさらに。面(おも)なくて声(こゑ)を呑(の)み。霎時(しばし) ありしが兎(と)にも角(かく)にも。此(この)まゝ出(いで)んは面(おも)ぶせなり。僥倖(さひわひ)雨(あめ)はれ雲間(くもま)より。月(つき)の光(ひか)りも幽(うすか) なり。女子(をなご)ながらも二個(ふたり)づれ。一先(ひとまづ)こゝを逃出(にけいで)んと。音勢(おとせ)に低語(さゝやき)手(て)を引(ひい)て。庭(には)の切戸(きりと)をおし開(ひら) き。外面(そとも)へたちいで喘々(あへぎ〳〵)。走(はし)り行(ゆく)こと七八町(しちはつてう)。またもや雲(くも)のうち覆(おほ)ひ。頻(しき)りに降(ふり)くる雨(あめ)のあし。傘(かさ) も持(もた)ねば頭(つむり)上より。しとゞに濡(ぬ)るゝ便(びん)なきのみか。四辺(あたり)さへ暗(くら)くなり。足(あし)の運(はこ)びも覚束(おぼつか)なき に。音勢(おとせ)はいとゞ恐(おそ)れ惑(まど)ひ。たゞ吉光(よしみつ)に身(み)をよせかけ。帯(おび)の結目(ゆひめ)を緊(しつか)と押(おさ)へて。渾身(みうち)しき りに戦慄(わなゝく)のみ。吉光(よしみつ)はこれをみて。いとゞ侘(わび)しくとやかくと。みまはす傍(かたへ)に火(ひ)の光(ひか)り。人家(ひとや) やあると立(たち)よれば。軒(のき)かたふける草庵(くさのや)は。かねて覚(おぼ)えの地蔵堂(ぢぞうだう)。こゝに霎時(しばし)と身(み)を容(いれ)て。 滅残(きへのこ)る仏前(ふつぜん)の。燈明(みあかし)を掻(かき)たてつ。濡(ぬれ)たる衣(きぬ)を絞(しぼ)りなどす。音勢(おとせ)は上着(うはぎ)の小袖(こそで)を引(ひき) ぬき。君(きみ)が御足(みあし)の濡(ぬれ)たると。また汚(けが)れしをおし拭(ぬぐ)ひ。其(その)身(み)の足(あし)さへ拭(ぬぐ)ひとりたる。 顔(かほ)見(み)あはせつ諸共(もろとも)に。太(ふと)やかなる息(いき)を吻(つ)くなるべし 生写相生源氏中之巻終