市 場 通 笑 著 思 事 夢 の 枕            全 安永十年印本 (印)(印)   思事夢乃枕 【上段】 爰に夢中庵ねぼうといふものあり 一生はゆめのことしとさとりよのなかを ぬらりくらりとへめくりあるきうたか はいかいのあんぎや【行脚】といふみぶりにていかめしく いでたちけれどもなか〳〵にたところてはなし しをからこへて【塩辛声で=しわがれ声、かすれた声で。】はなうたさへいかすはいかいも そのとふり五もじとさへふくろばかりもち とんといかぬしろものなれども とりへにはおふちやくな心 なく  れいのことくしよこくを ある  きさんちう【山中】にてせんにん【仙人】と おぼし き人にでやい【出会い】ひとつの 箱を さづ かり けり 【下段】 見かけとは □□し□ き□□い ちかい  じや 【右丁】 ねぼけは おもいも よらす せんにん【仙人】 より かん たんの まくら【邯鄲の枕】を さづかり犬も あるけばぼうに あたるとはおふ ちかいうりもの に しても ひとかぶ【一株=一財産】 にはなり そふな ものと心 やすきもの をたのみ かまくら 【左丁】 あたり のおだい みやうへ 五百両 斗【ばかり】にうる つもりにて 二三げんも おめに かけけれは 百両も すれはおなぐさみにおかい上に なれともすこしねうちかかふぢよ く【「高直」=「こうじき」とも「こうちょく」ともいう。】とて下りそのはづのこと なにもおたいみやうに ゑいくわ【栄華】の 夢もいらぬ 事おた のしみは ふだんのと ゑいくわをしたに かたりもの【騙り者=詐欺師】にはかねが なくかねが あれはまくらにもおよはぬとわろふ 【右頁】 かんたんのまくら【をう】りものにしてみた れともはか〳〵ともいかすてまへにてためし てみたところかとほふもない ことそれからのおもいつき にてにぎやかなるところへ たなをかりさきの望み しだいのゆめをみせたつた ひとつのまくらを 外にるいなし【類無し=くらべるものがない。では?】 かんばんをいたし けれはおひゝ たゝしくひやう ばんこれはなに をおいてもみすは なるまいといふ ものばかりちか ころのおもいつき なんでもぢきに おつかぶせる よのなか なれ共 【左頁】 にせも まねも ならぬ ことこれ でまくら かとふ計【斗とも読めそうですが?】 もあろう なら たち まち かど やしき ても かはれ そうな こと なり 【左頁画中】 栄華の夢 うたゝ寝 百銅 ひととき 弐百銅 御泊 金百疋 右之通御座候以上 夢中庵 【右丁 上部】 日〳〵のおふひ【やう】 はんねにくるもの ひきもきらす【絶え間がない】 され共まくら 【ARC古典籍DBで「ま」を確認】 一ツにてもど かしくたゝ ねなどはこと わりをいゝ ひとゝきね はかり一日に 七ツならでは きやくも とらすそれ からとまり を壱分 とりなか〳〵 てまへでなと はつねの ゆめより ほかはみた 事もない くらいの 【左丁 上部】 ことかほみ せのさじき のよふに十日も さきへいゝこみ【言い込み=申し込み】か ありくるとはきやく かねるゆへなんの せわもなくくる ものもてまへの おもふ事を二百 ばかりでみよふ ならうまい ものそのうへひるか なしにする ものもあり まつひとゝき〳〵 おむかいを   かける 【右丁 下部】 ちやは あがり ます  な  ね  そ びると ごそん  じや 【左手 下部】 ごを〳〵 【右丁】 一はんにねたる 男としのころ 四十ばかりて しごくりちぎ にみへとこのたれ ともなもしれすふところ よりかみ入をだしいつ いれたかおほへぬかねか壱分 ありこれはふしきな どふも あろふはづかないかてん【がてん(合点)】かいかぬ といろ〳〵にしあんしていつそ ないものにしてとみのふた【富の札】を 一まいかおふあたらぬときは おはつに上たとおもへば よしといちまい かつてみた ところだい 一ばんにて百両是は 【左丁】 けし からぬ おれいの ため又一両て四枚かつてよもやと おもいついた日にもいかす十日斗【ばかり】 過てみにゆけば四まいの 札か一二三とはなまであた りつかもなく【つがもなく=とんでもなく】かねかでき どうしてかうして とたのしみ いる内もふお ひんなりませ【「お昼成りませ」の変化した語。お目覚めになる、お起きになる意の女房詞。】 【右丁 右下部の布に】 大願成就  □喰□□ 【右丁 中段の立札】 御富 来ル廿六日興行 【右丁 中段石灯篭の脚】 奉(納) 【右丁】 つぎのおきや【くはいな】かの人かおやしき しれすひさしいねかいにてめしか こわめし【もち米を蒸籠(せいろ)で蒸したり釜で炊いたりした歯ごたえのある飯】汁かむつ【魚の名。冬に美味。】にとふふ【豆腐】のこく せう【「濃漿」こくしょう=料理の一種。肉や魚などをよく煮込んだ濃い味噌汁。】むきみ【蛤や浅蜊などの貝類の殻をとった中の肉】のぬたにとうからしを したゝか入やつとひつたてるやうな まぐろのやきものとくりにさけを一升をき たとへとのやうなしんだい【「身代」=身分、地位、暮らし向き】になつてもも此上 ののそみはなしよの中でもこふ ゆふりやうりは しらぬか定メて お大名はこんな物 をあがるてあろうだい みやうにはなにかなる やらとひとりこと はしも とらすにためつすがめつ【あちこちの向きからよく眺めるさま。】 ながめいれば 〽モシ〳〵 ひさしい【時間が長く経っている】ねやふ【寝様】だ  おきなさへよ 【左丁 上部の大部分が消えているので、見えている部分だけを翻刻する】 【つぎのおきやく】はつりすきとみへてねる□ 【そのまゝとり】かぢ〳〵とねごとを  【「とりかじ(取舵)」=船首を左へまわすことをいう船方言葉。】 【いゝこのころにな】いであてたとん 【でもないよいなきた】とかしをふり【「舵を振り」か、「楫(かぢ)」カ】 【はりをおろすとそ】のまゝにたいやさん 【ねんくらいはめつらしくも】なし十年にも 【なるかつうのやうな】きすくふほほと【「ほふど」=困惑するほど】に  【「かつう」=「かつお(鰹)の変化した語。】 【かゝるほとにふねにおき】どころもない 【くらいこれはえさがた】りぬは〳〵と 【そのことばかりくろう】にしてまつ 【おふや様へにほんとなり】とあにきの【大家様へ二本、隣と兄貴の】 【ところとあすこへも】こそふ【小僧】か 【せわになるからやろふ】ほんに 【むかふのこんれいきす】でもよか 【ろうかすこしは】やいがたな 【うけへもせつく?】やろふ   【店請け人のこと。=店子の身元保証人。】 【のこつたのをかう】あ□?と 【ふねからあがら】ぬ 【うちに】 【〽おひん】 【なれよ】   【右頁】 つぎの おきやくは とふらく らしく も ないふ男 ついにあ そひに いつても もてたこともなく せめてふられぬように たちまわりどんな ふいひきなしろ物でも よくさへしてられれば ためにもなるきで□に かいのところとほふもない うつくしいのを□□なむ さんほふとおもいのほか つかもない上□ゆひゆめては ないかとゆめ のうちに思ひ またこの 【左頁】 ころといへとも ちきにあす にもくるき にてかへろふと いへともかへさず しよかひなれ共 二三人はなし にきてな なん ぞはなしを しなんしとお なじやふにとめ是は まあとふゆうことた そかの十郎かかち わらげんたか とふいふりくつか わからすかけにいつた そんもなしこれては □ふもかへられぬ とまつてていかふ 〽もしへ〳〵 おひんなれ もふ□□が ねよふ 〽今日は跡か つかへております 【右上】 次のおきやくはめつらしい十四 はかり【歳が十四ぐらいの】のやぶり【「やぶいり(藪入り)」の変化した語。春と秋の二回あった。】つねはお こされるものか七ツまへから めをさまし ほふひき【「ほうびき(宝引)」…福引の一種。数本の縄をたばね、その中の一本に橙(だいだい)の実(胴ふぐり)をつけてそれを引き当てた者に賞をだすもの。銭をつけて引かせることもあった。中世から近世にかけて、正月の遊戯として行なわれ家庭で行なうほかに、辻宝引、飴宝引などの賭博的なものもあった。】にかつた 弐百【価格から「ひととき寝」】でねてみれは おさだまりに ゑんまさまにまいり あさくさのくわん おんさま かめゐど五百ら かんそれから うざえもんへはいる あきたい【飽き、退屈】 【左丁】 くつをするほどみて そとへてた所かまた はやいからめくろへ参り かへりにこひき丁【木挽町=東京都中央区銀座の歌舞伎座付近の旧地名。江戸時代、森田座、山村座など多くの芝居小屋があったため、それをさしていうことが多い。】 をひとまく【一幕】みて又 さかい丁【「堺町」…東京都中央区日本橋人形町のあたりにあった地名。江戸時代の芝居街で葺屋町の市村座に対して中村座があった。】かんさ【「かんざ(勘三)」…歌舞伎やその劇場をいう言葉。(歌舞伎俳優中村勘三郎の略称で、初代が江戸歌舞伎の創始者であるところから転じた語)】へはいり これもしたゝかみて にんきやうしばいみなん たとひせんみ?てこれから 両国【江戸時代に火除地となり、芝居茶屋、飲食店の並ぶ盛り場であった。川開きに催された花火でも有名。】へいかふかまつ内【料理屋の屋号か】へいつて なんそうまいものをくおう 内てもねたりおきたりして あそひぬすつとに?て も七日斗り□ものは ありよく〳〵の ことてまへのほう からめをさま せは まだおまへはや      い に よ 【右丁】 つぎのおき【文字が消えていて判読不能だが、推定で翻刻】やくは しばいすきとみへ てまつているうちから しばいのひやう ばんはるきやう げんのそがは かほみせから たのしみたれが なにこれが あれとしわすの うちからむな さんにやう【「むなざんよう(胸算用)に同じ。】初日 をまちかね 見物にゆけば さじきのもふせん 切おとし【「切落」…江戸時代の歌舞伎劇場で平土間の大衆席。仕切りがなく大勢詰め込んだので追込場、大入場ともいう。】のわり こみ【「割込」=劇場などで、土間や桟敷の一枡(ひとます)の中に、連れ以外の人と同席して見物すること。またその枡。】らかん【「らかんだい(羅漢台)」の略。…江戸時代江戸の劇場で、舞台の下手(しもて)の奥、花道の先端からさらに入り込んで、一段高く柵のように設けられた下等の見物席。客は役者の演技を背後から見ることになる。中村座、市村座だけにあり、森田座にはない。土間から見ると羅漢が並んでいるように見えるところからいう。】 には 人の山これまで にない大入 一ばんのたい めんのところ 左エ門祐経 【左丁】  尾上菊五良【郎】 八わたの三良 本□京の三良   市川團十郎 近江の小藤太   中村仲蔵 曽我の十良  松本幸四良 五良ときむね 市川門之助 小林の朝いな 中嶋三甫右エ門 伊豆の次良  尾上松助 梶原源太   中嶋勘左エ門 大いそのとら 瀬川菊之丞 けわい坂のせう〳〵 岩井半四郎 鬼王新左エ門 坂田半五郎 同 団三良  大谷友右エ門 これはまあ とんだおおきい たいめんだたにんに みせるものではないと よろこびこれより 第二ばんめはじまりと まくをひけば ぞく〳〵して たのしみければ 〽申し〳〵 おひんなれ 【これ以後数字分消えていて判読不能】      のけぞりてよふだ   【右丁】 つきの【数字分消えていて判読不能】おふくろさまだんきまいり【「だんぎまいり(談義参)=寺院に参詣して法話を聴聞すること。】の よふに□□□んとふにてとしよりには めつらしくねつきよくまことに ねむるかごとくびやふ〳〵たる【びょうびょうたる(渺渺たる)=広く果てしないさま。遠く遥かなさま】と ころへいでふしきやいきやふ【「異香(いきょう)=普通と異なるよいかおり】くんじて【「薫じて」=かおって、ただよって】 おんかく【音楽】きこへそれはねりくよう【練り供養…法会で、奏楽、稚児などをまじえて練り歩く儀式】 のやうてもあり又としま丁の とふしんではなしさては へいせい【へいぜい(平生)】ねがふこしやう【後生=極楽に生まれること】 ゆへこくらく【極楽】へおふじやふ【往生】 するとみへたりありかたや とおもふところへ向ふより ちぞふほさつ【地蔵菩薩】きたり たまいおふくろまだ こつちからむかいも やらぬによふきどう【「詭道=近道、抜け道」あるいは「鬼道(餓鬼道)」か】 にてやしやつた【「出やしゃった=お出になった】 二十人のほさつも けふはほかへむかい にまいったゆへまづ とうもん【東門=極楽の東門】まてはわし ひとりてとふ〳〵【同道】し ましやうごせう【後生…死後極楽に生まれること】ねかい かおゝいゆへごくらく 【左丁】 □【?】こみやい【混み合い】ますかきさま などはたやう【?】の二三 のうちへわりこん でやりませう こふてごさるよつ てはかわることもこ さらぬかと なにから なにまで きつい【大した、大変な】おせは【お世話】 おふくろに おひんなりませ めをさまし やれ〳〵 ありかたや ゆめで あつたか まづゆめ    も ましか 【右丁】 つきのおきやくは しとゝみしめな むすこおせい かやましい とこかへてとう せいもなく おさたまり のなり おふくろのない しやう にて若 け【若気=いかにも若そうなさま】のはひ とつきやい【人付き合い】も あるものと とひいろ【鳶色=茶褐色】のみつもん のはおりころものやうに大 きくしてちやかへし【茶返し=濃い茶色】の小袖に ひとんす【緋緞子=緋色(鮮やかな赤)の緞子(地が厚く光沢の多い絹織物。多くは紋織。)】のおひ【帯】やわたくろ【八幡黒=黒く染めた柔らかな革。】の さんまいうら付【?】にておやしきの まとした【窓下】をとふれは女中の こへにてやくしやかとふります といへは外の女中いへやくしやては ござりませぬとふりもの【通り者=世情・人情に通じた人。粋な人とやら いふとやうてござりますときてやれはおもひ三枚うら付【?】けにて  これから深川の方へまいろふとおもふ門〽あに様におひんなり 【左丁】 つきのおきやくも □□【?】きひしき人 なにかしあんかほ にてふらう?く【「ぶらから」とか「ふらつら」、「ぶらりからり」という語はあるが、ここはどう読むのか?】 あるきけれは人 通りもなき所に 千両ばこ三箱 あたりをみれは 人もななしいや〳〵 あとでしう【「主」あるいは「衆」か】の きく事になる しん【以下数字分判読不能】 のかね□□か□ かまをほり□□ たものもありて さつかるものお【以下数字分判読不能】  けのさた とおり 【以下数字分判読不能】      をたし 千両  【以下数字分判読不能】        また ひとなとを 【以下数字分判読不能】     はこ てはいこか 【以下数字分判読不能】    もたれ  もせずたる□の 【以下数字分判読不能】   せう のはしやうたりて□むなしく  かへるかさんねんなとときむねか    たいめん【曽我物狂言で曽我兄弟が工藤祐経と対面する場面で、慎重な兄十郎祐成に対して弟五郎時致(ときむね)が、血気にはやった行動をとろうとしたこと】のしうちどうした       ものとおもふうち         〽おひんなりませ       【右丁】 つきのおきやくはむすめを三人もち しまんこゝろ【自慢心】にてまりうた【鞠歌…歌舞伎下座音楽の一つ。三味線と唄でにぎやかな正月の気分を表わす。】を おもひたしひとりのあねき【姉貴…「あねぎみ(姉君)」の変化した語か】は たいこをならわせそのつき にはつゝみをならわせ ことさみせんといふ 所をあしな【味な=気が利いて意外なこと】 おもひつきなり ばつし【末子=末っ子】のむ すめきたてな ことかすき ゆへこうせいに【豪勢に?】 こしらへむらさき ちりめんにひわ ちや【「ひわちや(鶸茶)」なら萌黄色の黄ばんだ色、「びわちや(枇杷茶)」なら黄のくろずんだ色。】のうらふし いろのむく【無垢=同色の無地】きん なしのしんおり【新織=新たに織り出した織物】 のおひした【帯下=搔い取り(着物の褄や裾をからげて裾が地に引かないように引き上げること、またその姿。)を着るときに使う小袖】やいちばんたてしや【伊達者=派手な服装で粋なことを好む人】て こさるくらいては なしさかひ丁【堺町=東京都中央区日本橋人形町のあたりにあった地名。江戸時代の芝居街で中村座があった。】ても 深川【東京都江東区西部の地名。安永・天明年間(一七七二~八九)には深川遊里がさかえた】ても橘丁【橘町=東京都中央区東日本橋三丁目付近の旧地名。江戸時代踊り子と称するいわゆる転び芸者が多く住んでいたという。】へ てもどうぼうまち【同朋町】ても まけぬきにてきやう たいのたいこつゝみの 【左丁】 しやうづ【上手】にておつり【余分、それ以上】 ないかとほめるもの かあれはこゝにいる とまかりいて ほしかるところ も山〳〵あれは しうとはひとり かふたりか むこはりかうか へらほう【「べらぼう(便乱坊)」=江戸時代、寛文(一六六一~七三)末年から延宝(一六七三~八一)にかけて見世物で評判をとった奇人。】の しばいは月にいくたひ み付け□?たね□□よるか とうしやう【以下数字分判読不能】 ぬかすととりかへす のなんのかのとてりくつ はり【「理屈張り」=ひどく理屈を言い張る。】またやう〳〵 十四をかしらにして 十一ト八ツ 〽やうおひん   なりませ とほうもない ひるまねことを   おつしやつた   【右丁】 つきのおきやくは なんてもちよさい【如才】 はなさそふな いきなおとこ ふらり〳〵と のかけ【のがけ(野掛け)=野あそび】にいて【いで(出で)】 はなのさう【「花の相」=花の姿、形】 をなかめたの しみまことに のとかなるひよ りはなくもり のようではなく ゆふたちのけ しきなれさん ほふ【「さんぼう(山房)」=山荘か】といふまも なくふつてくる しりをからけて やう〳〵とはなれや まてかけつけし はし【しばし=少しの間】くもきれ【「くもぎれ(雲切れ)=雲の晴れ間】を またんとさし のそき【差し覗き=覗いて見る】すこし こめんなされ ませといへば としのころ 二十八九の 【左丁】 にやうぼう ぞつとするほと うつくしきのかたゝ ひとりよほとよき すまひなれとも ほかに人もみへす 扨はきつねではないか とおもふくらいのと 女房はたはこぼん【煙草盆】 をいたし【い出し】きつい【ひどい】 おぬれなされ よふだこの ゆかたをめし ておかたひら【お帷子=ひとえの着物】 をちつと ほしてあけ ましやうと きかへさせひつしより【びっしょり】 ぬれしゆへ少しさむく なれはひるうち【昼内か】こ たつへおあたりな されませとあたらせ おふつめたいと女房も あたれは   〽もしおい〳〵おひん     なりませ 【右丁】 つぎのおきやくはひとつ 長屋【同じ長屋】にいる佐次平と いふものこの男せう とく【「しょうとく(生得)=生まれつき】よくとうし【欲どうし】き ものにてねほう【ねぼう(寝坊)】 せんせい【先生】も枕か はやりてひね【賽銭や祝儀などを紙で包んで、紙の端の部分をよじり合わせたもの。おひねり。】 かはいり【入り】きん きんは山のことく てきれとも子 供もなくだれ にゆづろうと いふものもなし 大屋さまのおせは にて佐次平をむすこにそふたん【相談】 すれはもとより 大のよくしんもの【「欲心者」=欲深くむさぼる心をもつ者】な れはそふたんき わまり【決まる意】なるや としゆへさつそく ひつこしねほう せんせいもよろ 【左丁】 こびすくにしん だい【すべての財産】をゆづりて かぎをわたし けれはこれからはおれか しんだいずいぶん【極力。精一杯。】 かんりやく【勘略=あまり手数や金銭がかからないように節約すること。倹約】をして かねをこしらへねば ならぬよつほと金 もあれ共まだ〳〵 おやしはせにつかいか あらいそのうへある かねをもかふ【こう】あそは せておいてはすまぬ まくらもひとゝき【「ひととき寝」の代金】 弐百はあんまり安い 一本かもの【「一本」とは一文銭または四文銭をつないだ銭差し一本の意で、百文または四百文のこと。ここでは「四百文くらいの値打ち」という意か】はありそふな ものきんちよのしうへも【近所の衆へも】 さけでもふるまはすは なるまいかさかなて ももらつてからの  ことと  〽左次平さん   おきていつふく      あがれ 【右丁】 佐次平は よふ〳〵 おこされへい きにてとたな【戸棚】の かぎをあけかね をたして【金を出して】みれは ねほうせんせい きもをつぶして これもふし さじべいさん おまへはなんほ心 やすいとてぶしつけ せんばんなとふした ものてこさります といへはわしか しんたいをわしか どうしやうか いんきやう【印形=文書などの上に押した印のあと。】の なんのかまふ ことはこざらぬ いやこなさま【「こなたさま」から生じた語。あなたさま。】を こにした【子にした】覚は【おぼえは】 ないぞ覚か ないとは 【左丁】 きかちがつた かおふや様 のせわて こな【「ここな(此処)の変化した語。この】しん たいわしにくれたで はないかそのまゝ〳〵とした かほはさてはろうもん【「ろうもう(老耄)」の変化した語。もうろくすること。】でも さしつた【「する」の意の尊敬語。なさった。】かといへはいへぬし はじめながやちう よりやい【寄合】いつかふ むす子のさた もない事扨は いまゝてそん なゆめをみて ねほけていら れるとみへますと いへはねほう せんせいきんちよの もの【近所の者】ねにきた おきやくもどう おんに【「同音に」…二人以上の人が同時に同一の音声を発すること】こへをそろへ てはゝ〳〵〳〵〳〵 ほゝ〳〵〳〵〳〵 イヤハヤつかもない【「つがもない」=とんでもない。】とわろふ ねほう先生とは うきよをたわい なくくらし仙人 よりさづかりし まくらといふもゆめ のうちにてその人〳〵 のゆめのしたいをきゝ まことやおもふことかゞみに みゆるものならはさそやすがたは みにくかるべしとさとりけす【「げす(下衆)=身分や素性の卑しい人。品性が下劣であること。】の らくはねらく【寝楽=寝て楽をすること】とはたつい【達意=よくわかるように述べる】も なきことなりかほふはねてまて【「果報は寝て待て」=幸運はあせらず時機が来るのを待て】 とはこれものらくらもののいふことかほ うはねてまてなりとねほふせん せいてまへは【自分は。私は。】そくのな【「俗の名」=通称】もゆめすけと いふものおさなきかたはわがまねをせず こゝろをきれいにもちらくねする ひまあらばくさそうし【草掃除と草双紙をかけているのか】でも しろとおしやふ さまのやうに こたちを  あつめてはなし       けるなり 裏表紙にて文字無し