化物小遣帳 【刷りの違う同内容の本→ https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/assets/3105bc56-d7cf-4405-ab26-3fc01d4208c0 】 寛政八       一九     九作 化物小遣帳  画作 二冊  全二冊 万物(ばんもつ)小遣帳(こつかひちやう)叙(じよ) 倹約(けんやく)と吝嗇(りんしよく)は水仙(すいせん)と葱(ねぎ)のごとく。其形(そのかたち)ひとし けれども。吝嗇(りんしよく)には悪(にくむ)へきの嗅(くさ)みあり。倹約(けんやく)には 愛(あい)すべきの花(はな)ありて。能(よ)く霜雪(そうせつ)の中にしほまず。 終(つい)に一陽来福(いちやうらいふく)の時(とき)にあへるも。目枯(めかれ)ぬ花(はな)の徳用向(とくやうむき) 始末(しまつ)をもつて趣向(しゆかう)とし。所帯(しよたい)道具(だうぐ)に目鼻(めはな)をかき。 手足(てあし)をつけるも費(ついへ)なき。小遣帳(こつかいちやう)の〆(しめ)くゝり。先(まづ) 正月のはじめに記(しる)す   寛政八 辰ノ春       十遍舎一九 題 【右頁上段】 人間 日用 なく てかな はぬものは 衣食(いしよく) 住(ぢう)の三つ なりその中にも 食は人をやしなふの とくありて天地の 正報(しやうほう)といふべし 一つさい【一切】しよ たいとうぐ【所帯道具】 そのしよくを せいし出すの 依報(ゑほう)にして みな〳〵 それ〳〵の 用 あり 一つとしてついへの事はなけれ共 なをもそまつのなきやうにと だいところをしろしめすくわうしんさま【荒神様、台所の神】 どうぐしよしきのつとめかたをいち〳〵 てうめんにしるし給ひ毎(まい)月三十日には あらため給ひてはげむものにはしやう【賞】を 【左頁上段】 あたへおこたるものにはばつをくわへてたゞ けんやくのみちをとききかせ給ふそありがたき 〽国をおさむるは小鮮をにるがことくすといへり 又家内をおさむるはぢうばこにてみそをする やうにせよとはすみ〳〵までゆきとゞかぬやうに するがよひいふ事也あまりきめこまかに するとりんしよくといふになりてけんやくとは いふべからずけんやくのみちはおごらずたかぶらず しよじついへなきやうにするをいふ なべかまといへはしよたいどうぐの かしらなれどもかねのつるより きん〴〵の花もさかずおかまをおこした ためしもなければすりばちのみそを あげるもかた口のおしやべりなるもいつしやう 入るつぼは一升にしてそのぶんげんをしるべき なり下女がしやくしあたりがよきとて これに心まよへはたちまち 山の神があれだしてはては りんきいさかひとなりて ついにすりばちすりこぎ のみにあやまちあるべし とかくけんやくをまもるは そちたちがやくめなれは 第一ばんにひのやうじん をとせいにいたしつぎには あさばんしよくもつに▲ 【右頁下段】 ▲ついへのなきやうにいたすべし とねんごろにきやうくんし           給ふ  なんのこのてやいのしつた   事てはなけれとも    じつはおこりたかる   人らへのみゝっこすり      かもしらず 〽あなたの  おことばを  そりやくに   すると  すり   ばちが  あたります 〽となた    も  とつ  くり   と  おきゝ  な  さい 【右頁上段】 なへのつるながし といへども これをたゝば はづれなん かまのはだ わるしと いへどもこれを こすらば あなあき なんもつ てうまれ たきりやう【器量】 ふきりやうは【不器量】 せひもなし こゝに一つのなべ ありあたらしき よりかなけ 出ていかやうに してもなをらず ついにたなのすみに すたりものとなりて いけるがしやうとく【生得】この なべこゝろすぐ【直】ならぬ ものにてたな中をあばれ あるきけんくわをこのみて ついにわれなへとなりそのくせ よくしん【欲心】ものにてとかくうぬが なべに入る事ばかり心がけ 【左頁上段】 くらしけるがやよひのころ ぶら〳〵としな川のしほひ【潮干】へ 出かけはまへをうろ〳〵して たのしみいたりしに はるかのおきにひかり あるをみつけふしきに 思ひよく〳〵みれば もろこしふねとみへて 中にこがねのかま一つ のりてゐたりけるが しだひにくが【陸】の かたへながれよれば なべはやがて引止 なんでもよき しろものなりと 心によろこび やうすをたづねる 〽もろこしの郭巨(くわくきよ)がほりし こがねのかまは舟ゆさん【舟遊山】に 出けるがなんぷうにあひて たゞひとり日本品川の おきへたゞよいきたりわれ なべにあひてさいなんにあひ しやうすをかたりなになにとぞ せわしてもろこしへ かへしてくれよとたのむ 【右頁下段】 〽こいつはきんねんのほり出して なんでもよしはらへうつて やつたらほんのいりまめに           花た 【煎り豆に花】=とうてい期待できそうにないことが         現実に起こるたとえ 〽おことばは わかり ませぬが 大かた こくせん や【国姓爺】の じやう るりに ある せんだん によ【栴檀女】のやうな 御みのうへで ござり  ませう しよじ われら のみこみ  〳〵 【左頁下段】 こかねのかま曰 〽ちゝんぷい〳〵とら にやん〳〵うんきん だらりんかんきん  ちりりんたんこの   てんぷら    くひたひ      パア〳〵 評に曰 〽かまといへは おとこで ありしふな  ものだが どふして  女だの さくしや 〽ゴウ   〳〵  〳〵〳〵  さてもわれなべは こかねのかまを つれだち内へ かへりなんでも よいかね もうけに なりそふ なしろ ものと 日本ふうの 大ふりそて をきせてかくまひ おきけるを女ぼう とじふた りんきをして たがいにいひ つのり大けん くわとなりければ あいだなのすりはちや すりこぎがかけつけ とりさへけるに きゝ入れず 女ぼうを りゑんせんと いぢばり出し ければすりばち なためてひつきやう なへもふたがあるゆへ ものをにらるゝなり りやうけんし給へと 【左ページへ】 たまし かゝれば なるほど そこもあれば ふたもなければ ならぬとやう〳〵 なつとくしてしつまる 〽あれなべはこかねの かまをけいせに うつてやるつもり にてよしはらの 女郎やみたをしやへ かたへかねて人を やつたるゆへさつそく ていしゆはかりが そうだんにきたる 〽とかくせけんにても われなべにとぢぶたの ふうふ中はいざこざの たへぬものにて けんくわをする たびことに□つも【一つも】 とくのつく事はなし けんやくの道を まもるてやいには けつしてなき事也 つゝしむべし〳〵 【右ページ下】 〽こかねのかまは此所に ゐそうろうとなり いたりしが又しても ふうふけんくわを きのどくがる 〽人のけんくは なら おれから さきへ ぶちこわ   して しまふ   だろう 〽はやく出て うせやァ    がれ うぬがいぬ とう なすの よごしを くわずに ゐやう    か 【左ページ下へ】 〽なんぞと い うと われなべ こゑを 出して あた やかま しひ くその にへた   も しりも せいで 【中ほど、ページのさかいめ】 〽これは又 てうしせん ばんな もう〳〵 よいかげんに くんさんせ   〳〵 【右丁】 せん ねん ひがし山 どのゝ ごひさう ありし 松風 といふ 銀の ちやかまは あまねく 世に忘られて 今はしよたひ どうぐのしはいを したそのみなに ひとつふそくなく けんぞくあまた つかひてくらしけるが たかかりをこのみ けふもたかのに【鷹野に】 いでゝ【出て】じしんに せつしやうして のへんをはいくわい せしおりか又【かの?】 こがねのかまを ちらとみそめる 〽さて〳〵  ようぎ【容儀】   けだかい  よい   かま    しや ちや  わん  御とも   する 〽いか   さま はま  むらや【瀬川菊之丞の屋号、女形役者】    の  ぶたい  かほに  その  まゝ   で  ご  ざり  ます 【左ページ】 〽こかねのかまは われなへに だまされ もろこしへ かへる事と 思ひみた おしやの はかりに いさなはれ かごにのりて よしはらへ     行く 〽かまをうり はらつたから ほんのかま はらひで ちやがまが はらふ かまとゞ まり  まし〳〵    では  どうだ 〽かま  いら   しひ  よい  との   ご   じや こかねのかまはよしはらの みたおしやへうりわた されつきたしのはじめ より大はやりにて もとよりかまの 事なればおちやを ひくといふ事も なくみたをしやの かまはこともて はやされける 〽きんのちやかま もおり〳〵は このさとへ きたりいつしか こかねのかまと ふかき中と なり いつそ みうけして うちの へつついへ かけて たのし まんと  思ふくらゐ      なり 【女郎釜の台詞】 〽よう おいて なん  し   た こゝに又ふんふくちや かまといふかまあり 一名とんだちやかま といゝてこれはせん ねんたぬきのばけ たるかまにてこれも 人のしるところ なりしがみたをしやの こかねのかまか ところへかよひかけ ちうやよしはらへ ばかり入りひたり いたりしに こがねのかまは ちかきうち きんのちや かまのかたへ みうけしらるゝ ときゝざんねん には思へとも もとよりこつちへ みうけするかねも なけれは一ばん あく玉と でかけうとんやの とつくりといふ あぶれものを かたらひ つきよの ばんにこかねの かまをぬすみ 出しけるぞ   ふてきなれ 〽コリヤ   こへが  たか    い チヽヽヽン     〳〵 かまとんの  大じん   おつこち    めへぞ さてもとんだちやがまは うとんやのとつくりかつぱ やのすりこきなとを かたらひつきよのばんに みたをしやへしのひ入り なんなくこかねのかまを ぬすみ出しわかやとに ふかくかくしてあさゆう いたはりあやなしかくれど とかく心にしたがはす ぎんのちやかまへしん中 だてするゆへふんふく ちやかまもいまは こらへかねふなゆさんに ことよせりやうごく 川へいでゝこかねの かまをなぶりころしに せんとする 〽きんのちやがまの【銀の茶釜の】 かたにはこかねの かまのゆくゑしれさるを やすからず思ひおそば さらずのちやわんにいひ付 こかねのゆくゑをせんぎ          させる 【段をさげて書いてある台詞はあとで読む】 【左ページ】 ちやわんは いろ〳〵に 身をやつし こかねの かまを たつね 出さんと けふはさるぼう まわしとなり ふねへ出けるに むかふにつなぎし やかたにてこかねの かまのなんぎを みつけそれと いわずにいろ〳〵 わび事して とう〳〵金子 千両にかいとる 【茶碗の台詞】 〽ソレかねの入つてある おはぐろつぼ しろものと 引かへにいたし      ませう 【右ページ段差下してある文福の台詞】   〽にくさもにくしさげ切と     思つたがかいてのあるにて       さいわい千両なら        まんざらでも          ないやつさ 【右ページ、黄金の釜の右脇】 かましや   〳〵 【左ページ下、文福の台詞】 さるぼう まわし のちやわん おやぢ かねは ある まいと 思ひの ほか むけんの かねで    も つい たか うら ねば こつ ちが そん ぢや  よ ナア とんだちやがまは千両の かねの入しおはぐろ つぼをもちかへり ふたをあくればかねには あらですみけしつぼ なりうちより けふりのごとくなる もの立のほると ひとしくとんだ ちやがまたちまち やくわんとなりしは ふしきともいふ はかりなし【り?】 〽ときにさいほうの しやくしによらい うんちうに あらわれ つけてのた まわく なんぢ もと 千 ね ん としふる たぬきの ばけたるなり 【左ページへ】 ちくるいのぶんと して人けんの とりあつかう しよたいどうぐの 中にまじはりわれを わすれあくじを なせりすみけし つぼの火気にふすへられてたぬき たぬきのせうをあらわしたりやくわんは きんたまのかたちなれは これすなはちたぬきなりしかし こかねのかまをぬすみ出したるも ひんのぬすみてはなくてこひの ぬすみなればわかげのあやまり までにて大さいといふにあらず よつてなんぢをやくわんおやぢと なしたるなりとしはすなはち くすりにてきやうかう いろにまよふ事なから しめんがための ほうべんなり いらいをきつと つゝしむへしこの しやくしかことはを じやうぎとしてかならす うたがふ事なかれとひうち いしをかち〳〵とうたせ給ひ くわうめうをてらして    さらば〳〵と      うせ給ふ 【右ページ中段、すりこ木ととっくりの台詞】 しやく によらい    を だれぞ たのんだか しらぬ 大きに おせはだ 【右ページ下段】 かつ はや のす りこ ぎ うとん やの とつ くり こ の て いを みて あき れる これもやくわんの ていとかわりま すればひを ともし 御目に  かけ   ます 【左ページ下段】 〽おきやァがれ しやれ所 じやァねへ これから又 どうこ【銅壷】に でも ならねば   いゝ やくわん どうこ なをし   だ  から ぶんぶくちやがまにけがはへたと おふことわざありとんだ ちやがまやくわんとなり たるをいよ〳〵いきどをり そのやかんのもじの まんなかへけがはへて やけのかん八となりて ぎんのちやかまが かたにこかねの かまのいる よしをきゝ いだしすぐに なりこみかまを こつちへわたせと ねだりかゝれどもと よりぎんにちやかま かたにはみたをしやへ みうけきんをわたし おいたる事なれば とんたちやかまへ わたすへきやう なしとりくつを いへともきゝいれずあばれ出して大さはぎ をやりければぎんのちやがまが あたまへひもを つけ石はらを引きずり まはすぞ心ちよき 【左ページ】 〽われなべも こかねのかま がうけ出されたる 事をきゝ ぎんのちやがま かたへいじりに きたりければ ちやわんがはからひ にてわらを とりよせわれなべが あたまの中にて わらをたかせければ これよりこのなべに かなけ出すして ほんとうのなべと なり世に出けるも ひとへにぎんの ちやがまがなさけ なりやくわんも われなへか心を あらためしを 見てそのみて せんぴ【先非】をくやみ これもほんとうの やくわんおやじと なりおとなしく なりけるそ   やさしき 【右ページ台詞】 〽おもひ しつたか しんぼう して こらへろ 〳〵 〽しりにひが ついてきた のじやァねへ あたまに ひがもへて きた 〽かねの むしん にきて こつち のかな けを ぬかれ るとは どう いふ としの まはり やはせ だ 【左ページ台詞】 〽やくわんましい やつだはへ 〽あつちは われなべ わたくしは 石はらを やくわん 引づる やう な こへ  で ごめん 〳〵 さてもしやくし如来は ちとおほしめす 事ありてぎんの ちやがまがゆめの 内にらはれ 給ふはづ なれとも 御いそかしければ さきに御手 にふれさせ 給ひしひうち と【之=の?】いしをめう【火打ち(金)と(火打ち)石では?】 だいに出し給ふ ゆへきんの ちやかまがゆめの 中にこの 手合があら われていわく 〽さてこれまでのいつけんは みなあいすみたりこれから ちとそのほうかあふらを とるなりなんちせんねん ひかし山とのにてうほう しられしみをたかぶり すでに此度 こがねのかまを うけ出したり女郎の 二人や三人うけだしたり 【左ページへ】 とてさのみいたみにも【然のみ痛みにも】 ならぬしんだいなれとも それではかないが おさまらぬなりなんぢが 目よりわれ〳〵がひうち はこにてとしをとるを こしぬけとや思ふらん 百万こくをれうしても ざするたゝみいちしやうなり われ〳〵もわづかの内にくらせども 心のたのしみはなんぢがみのうへに かわる事なしやぶれたるものをきて にしきをかざる人とおなしやふに ならんでもかたちをもつて はぢとせず心をもつて はぢとするなれば これより おごる 心をやめ けんやくを 第一と まもらは しゝそん   〳〵 まても めでたく さかえん事 うたかひなし きつとわれ     〳〵  うけ合     なり なんとせけんの御子さまがた   御かてんか〳〵 【右ページ下】 〽きんのちやがまは ゆめ■【さ】めてこれ よりおこる 心をあらため けんやくを もつはらと    して すへなかく さかへける     ぞ めて  たし   〳〵 【囲み内】一九画作 高尾(たかを)船字文(せんじもん) 《割書:全部五冊|曲亭馬琴》 此書は先代萩(せんだいはぎ)のしやうるりに水滸伝(すいこてん)の 耳ちかき所をとりかへみめづらしきしゆ かうにて御子様方の御なくさみに可成書也【お子様方のおなぐさみになるべき書(しょ、ふみ)なり】 怪談(くわいたん)清書帳(せいしよちやう) 二冊 化物(ばけもの)小遣帳(こつかひちやう) 二冊 《割書:化|物》年中(ねんぢう)行状記(ぎやうぢやうき) 二冊 花闘(はないくさ)梅魁(むめのさきかけ) 二冊 兵夫(つはもの)酒醼栄(しゆゑんのさかへ) 二【醼=酉+燕】 星兜(ほしかぶと)八声凱(やこへのかちとき) 二冊 昔語(むかしかたり)狐娶入(きつねのよめいり) 三冊 四篇摺(しへんすり)心学(しんがく)草紙(さうし) 三冊 龍宮(たつのみやこ)劬界(くかいの)玉手箱(たまてはこ) 三冊【劬=句+力、劬界、苦界のこと】 身代(しんだい)開帳(かいちやう)略縁記(りやくゑんぎ) 三冊 《割書:落し|咄し》胡盧(ころ)〻〻(〳〵)笑(ゑみ) 全 《割書:おとし|はなし》春(はる)の山(やま) 全 《割書:落し|咄し》嗚呼(あゝ)可笑(おかし) 全 《割書:おとし|咄し》糠分類(ぬかぶるい) 全