岩代國 磐梯山(ばんだいさん)噴火(ふんくわ)の圖(づ) 福嶋縣下岩代國 耶麻(やま)郡(ごほり)盤梯山(ばんだいざん)一名會津冨士と 云は海面より高さ三千六十尺 絶頂(ぜつちやう)に雪(ゆき)斷(たえ)ず南 の麓(ふもと)一里半程に猪苗代(ゐなはしろ)の湖水(こすい)あり噴火(ふんくわ)山なる 事は明(あきら)なれと本年七月十五日午前七時三十分 ごろ突然噴火して害を被りし家屋百九十五戸 二丈餘の下に埋没せし戸數四十四個潰家四十 三戸半潰十二戸死亡せし者凡五百名餘死躰發 顯の者四百七十名余負傷して目下治療中の者 三十七名餘 斃馬發顯の類四十五頭餘は明瞭ならす 仝山噴火せし事物に見えず今より三百年前慶 長十六年に此地方大 地震(じしん)あり山崩れ川溢れた りといへど詳細を知らず此(この)山脈(さんみやく)は西に延て猫(ねこ) 魔(ま)山北に連(つらな)りてアラヽギ峠若松近きに䀋川夫 より西に大䀋と云所有て井䀋を出す檜原(ひばら)と云 鑛山有コガイ村は硫黄(いわう)を出す山の西南の廻り に沼尻(傍線)、横向(傍線)、川上(傍線)なんと四所の温泉あり里程 は若松より六里本宮停車塲より八里なり 噴火(ふんか)の模樣(もよう)は御前七時三十分ごろ轟然(ぐわうぜん)たる音(おと) 響(ひゞ)けり此響 雷鳴(らいめい)ならんと云或は山鳴にて地 震(しん) の前兆ならん云合りしところ西北の山間より 鋭(するど)き靑黑き雲現れ暫時(しばらく)の間に雲先放(くもさきはな)れ其形次 第に圓(まる)く笠の如く薄黑(うすぐろ)き雲となり跡の雲は擴 かるに隨ひ灰白色となり芥子粒の如き物降り しかは仝八時ごろ其大きさ一寸四方へ一個位 の割石ふり留りたる跡は粉末状(こなよう)のもの頻り降 草木の葉は恰も積雪の如く本宮より北に降ら ず南に多く安積(あさか)郡田村郡へも次第にふる笠の 如き形せし雪は消て全く降り止みしは同十時 ころなりと山の麓は如何なりけん噴出せし土 砂の為に川流止り檜原は沼となり噴火震動今 に止まず該山(このやま)ニ里四方は噴火 灰燼(くわいじん)の為(ため)に草木(さうもく) 枯死(こし)長瀬川 流滯(りうたい)してニ里四方に溢(あふ)れ因(よつ)て直ち に防禦(ばうぎよ)に力を盡(つく)せる人民の慘状目も當られぬ 有様なり   東京京橋區西紺屋町秀英舎印行 明治廿一年七月十八日印刷 仝  年 仝月  日出版 印刷兼 發行者 京橋區尾張町 二丁目壱番地 佐々木豊吉 幾英筆