【表紙 資料整理ラベル】 141 3 H 【右丁】 【蔵書印】 姫路高等学校 24275 図書登録番号 【下部落款】 《割書:内|田》本清 【左手書】 本清 ものおぼへ本 【左丁 右上に右丁と同じ落款】 物覚秘伝序 善(よく)忘(わす)るゝ者は。家(いへ)を移(うつ)して妻(つま)を忘(わすれ)。 馬(むま)を下(くだ)りて矢(や)をあやしむ。世(よ)に かゝる人もありけるにや。その身を わすれ。国家(こくか)を忘(わす)るゝは。忘(わす)る事の 至(いたつ)て大なる者と謂(いふ)べし。四 書(しよ)六 経(けい) 其(その)記臆(きおく)の書(しよ)とやいわむ。かの酒家(さかやの) 【右丁】 薄(ちやう)をそらんじ。庭上(ていしやう)の棗(なつめ)を記(き)し。 眼(まなこ)月の如(ごと)く。八 行共(ぎやうともに)下(くた)り。日(ひゞ)に万言(まんげん)を 試(こゝろ)むるは。天賦(てんふ)なるへし。子産(しさん)張華(ちやうくわ) も。記臆(きおく)なくして。奚(いつくん)ぞ博物(はくぶつ)の名(な)を 得(ゑ)んや。此 冊子(さつし)は極(きわ)めて卑近(ひきん)の術(しゆつ)也。 しかれ共。蒭蕘(すうじやう)の言(ことは)をも癈(すつ)べからす。 雑劇(きやうげん)《割書:萩大名|》伝奇(じやうるり)《割書:物くさ|太郎》も。意(こゝろ)を留(とむ)れは。 【左丁】 記臆(きおく)有益(ゆうゑき)の具(ぐ)となる。意(こゝろ)を留(とめ)ざれは。 四 書(しよ)六 経(けい)も。長物(ちやうぶつ)たらん。それ道(みち)は 邇(ちかき)にあり。若(もし)人此 冊子(さつし)にこゝろを留(とゝめ)。 日就月将(につしうげつしやう)の功(かう)あらは。揚門(やうもん)に酒(さけ)を 不(す)_レ載(のせ)して。恵子(けいし)が五車(ごしや)を傾(かたむ)くへし 辛卯冬日      三璧外史撰 【落款二つ】 【右丁】 頭角崢嶸神化弁謄鰲龍上 筆花絢彩光芒冝射斗牛間 【右丁】 序 四十年前。予(よ)が髫齢(てうれい)のころ。師(し)に従(したかつ)て 読書(とくしよ)を日課(につくわ)す。生質(むまれつき)魯訥(ろどつ)にして。朝(あした)に よめるは夕(ゆふべ)に忘(わす)る。たゞ氷(こほり)に鏤(ちりば)め。水に 画(ゑがく)がことし。老師(らうし)教(おしへ)に倦(うみ)て。終(つゐ)に此 記臆(きおく) の法を口授(くじゆ)せられぬ。是より漸(やうや)くに進(すゝ)みて。 或は一 句半章(くはんしやう)を。暗誦(あんしやう)する事を得(ゑ)たり。 此法。今を以て観(み)るに。老師(らうし)より始(はしま)るに 【右丁】 あらず。其後 往々(ところ〳〵)に聞伝(きゝつた)ふ。その来(きた)る 事 久(ひさ)し。しかれ共。その法あるひは同(おな)じく。 或は異(こと)なり。をの〳〵其(その)区別(くへつ)ありといへ共。 記臆(きおく)するの徳(とく)に至(いたつ)ては。同(おな)じく一本に 帰(き)す。一日門人来りて曰(いわく)。頃日(このころ)此法を 秘(ひ)して。 口授(くじゆ)する人ありと云。これを 学(まな)ぶ人。裨益(ひゑき)なきにあらず。しかれども。 遠境辺鄙(ゑんきやうへんひ)の人。あるひは老人(らうじん)婦人(ふじん)など。 【左丁】 往(ゆき)て学(まな)ぶ事を得(ゑ)ず。ねがはくは。師の 伝ふる所の術(しゆつ)を。世(よ)に公(おほやけ)にして。千 里(り)の 遠(とほ)きに及(およ)ぼし。あまねく童蒙(どうもう)に示教(じけう) して。読書(とくしよ)の一 助(じよ)ともなさば。其功(そのかう)あに 鮮(すくな)からんやと。是を請(こ)ふ事 再四(さいし)に 及べり。予こゝにおゐて。黙止(もくし)にたえず。 先師(せんし)の口授(くじゆ)せるまゝ。一小 冊子(さつし)となし。 これをあたふ。但(たゝ)し。言(こと)は意(こゝろ)を尽(つく)さずと 【右丁】 いえり。此 冊子(さつし)を読(よみ)たまふとて。俄(にはか)に 記臆(きをく)つよく成(なる)にはあらず。たゞ師(し)に従(したかつ)て 修行(しゆぎやう)するにはしかず。一日は一日の功(かう)あり。 一月は一月の験(しるし)あり。なを奥(おく)ふかき事 もありぬべし。其くわしき事は。この 書(しよ)に本(もと)づきて。此 道(みち)にかしこき。明師(めいし) に往(ゆき)て。問(とひ)給ふべしと。云爾(しかいふ)。 明和辛卯冬十月天台山叟【落款二つ】 【左丁】 物覚秘伝(ものおほへのひでん)  青水先生口授    藤逸章 較 ある童子(どうし)。論語(ろんご)の学而第一(かくじていゝち)といふ。学而(かくじ)の 二 字(じ)をおぼえず。師(し)のおしえにしたがつて。 一旦は読(よむ)といへども。師(し)をはなれては。又 忘(わす)る。 その時 師(し)の曰(いわ)く。かくじとは。字(じ)をかくと 心得よと。おしえられたり。是よりふたゝび。 わするゝ事なし。たゞ忘(わす)れやすく。おぼえ 【右丁】 かたきは読書(とくしよ)なり。年来(としころ)小児(せうに)に読書(とくしよ)を 日課(につくわ)せしむるに。かたのごとく魯鈍(ろどん)の小児と いへども。此 法(ほう)を用(もちゆ)る時は。おぼへずといふ事 なし。たゞ童子(どうじ)の耳(みゝ)にも入(いり)よく。さとしやすき たとへをとりて。おしゆる時は。再三(さいさん)熟読(しゆくとく) するに及ばす。しかも終身(しうしん)記臆(きおく)して。わす るゝ事なし。是等(これら)の事は。しれたる道(みち)なれ共。 その術(しゆつ)甚(はなは)だ卑近(ひきん)【左ルビ「いやし」】なるを以て。学者(がくしや)の 【左丁】 口(くち)より。発(はつ)する事を恥(はづ)。此書(このしよ)に示教(じけう)する ところは。少(すこし)も高遠(かうゑん)【左ルビ「むつかしき」】の術(しゆつ)にあらず。もし 高遠(かうゑん)【左ルビ「むつかしき」】ならば。いかんぞ幼蒙(ようもう)に達(たつ)せんや。故(かるがゆへ)に。 その卑近(ひきん)【左ルビ「こゝろやすき」】なるを主(しゆ)として。教(おし)へたるもの也。 しかれば。いやしき俗話(ぞくわ)俗諺(ぞくげん)【俗諺左ルビ「たとへ」】。及(およ)び。小児(せうに)の 訛言(かたこと)までも。取拾(とりひろい)て。此術の助(たすけ)となす ときは。無用(むやう)の用(やう)あり。此術を。ゆるかせに せずして。久(ひさ)しく修行(しゆぎやう)せば。其 功益(かうゑき)。大(おほひ)なる 【右丁】 べし。しかれば。独(ひと)り小児(せうに)読書(とくしよ)の。一助(いちじよ) のみならず。或(あるひ)は。途中(とちう)馬(むま)駕籠(かご)にて。筆紙(ふでかみ) の備(そなへ)なく。或はその場(ば)に臨(のぞ)んで。記臆(きおく)せざれば。 成(なり)がたき時。皆(みな)此 法(ほう)を用(もち)ゆべし    依託(ゑたく)  種子(たね) 此 法に。依託(ゑたく)あり。種子あり。たとへば。学而(かくじ)の 縁(ゑん)を借(か)りて。字(じ)を書(かく)といふに取(と)る。是を依託(ゑたく) といふ。詩(し)の賦(ふ)比(ひ)興(きやう)のこゝろなり。又依託のうちに 【左丁】 一二三四 等(とう)の次第(しだい)あり。是を種(たね)といふ。依託(ゑたく) すといへども。種子(たね)なくしては。繁文(はんぶん)を臆(おく)す べからず。次第(しだい)を知(しる)べからす。然れば依託(ゑたく)せんと 欲(ほつ)せば。あらかじめ。種子(たね)を記臆(きおく)すべし。 種子(たね)といふは。体(てい)なり。依託(ゑたく)は用(よう)なり。種子(たね)の 体(てい)は静(しつ)かにして動(うご)く事なし。依託(ゑたく)の用(よう)は。 千変万化(せんへんばんくわ)して。はたらくものと知(しる)べし 種子(たね)とは。たとへば。人身(じんしん)の正面(しやうめん)にかたどりて。頂(いたゞき)を 【右丁】 第一とし。額(ひたい)を第二とし。眼(め)を第三とし。鼻(はな)を 第四。口(くち)を第五。喉(のど)を第六。乳(ち)を第七。胸(むね)を第八。 腹(はら)を第九。臍(へそ)を第十とす。又 人体(にんたい)の右辺(うへん)【左ルビ「みぎ」】に とりて。右の鬢(びん)を第一とし。右の耳(みゝ)を第二とし。 右の肩(かた)を第三とし。右の臂(ひじ)を第四。右の手(て)を 第五。右の腋(わきのした)を第六。右の脇(わきばら)を第七。右の股(もゝ) を第八。右の膝頭(ひざがしら)を第九。右の足(あし)を第十とす。 又 人体(にんたい)の左辺(さへん)【左ルビ「ひたり」】にとりて。左の鬢(びん)より。左の足(あし)に 【左丁】 至(いた)る事。右辺(うへん)におなじ。以上正面十。右辺 十。左辺十。すべて三十 則(そく)を。よく覚(おほ)え居(ゐ)て。是を 依託の種子(たね)とするなり     依託(ゑたく)の法 たとへば。何によらず。暗誦(そらおぼへに)すべき事。品々(しな〳〵)十 ヶ條(でう)もあるとき。人身(じんしん)正面(しやうめん)にていはゞ。第一の 種(たね)は頂(いたゞき)なり。此 頂(いたゝき)へ。何(なに)にても。第一條の品(しな)に。 縁(ゑん)あるべき事を思慮(しりよ)して。たとふる也。さて 【右丁】 第二の種(たね)は。額(ひたい)なり。此ひたいへ。何(なに)にても。第二條 の品(しな)に。縁(ゑん)あるべき事を思慮(しりよ)して。たとふる也。 第三の種(たね)は眼(め)なり。此まなこへたとふる事。 前に同(おな)じ。かくのごとく。第四。第五。第六。第七。 第八。第九。第十の臍(へそ)までにて。十ヶ條の品々(しな〳〵)を。 こと〳〵く。たとへ終(おは)れり。其たとふる事は。凡(およ)そ 世間(せけん)にあらゆる事を観念(くわんねん)し。或(あるひ)は俚諺(ことはざ)。 写白字(あてじ)。うたひ。浄留利(しやうるり)。はやり辞(ことば)。なにゝ 【左丁】 よらず卑俗(ひぞく)なる事をも論(ろん)ぜす。或は 心中にて絵様(ゑやう)をつくり。或は眼中(がんちう)に 土地(とち)の景色(けいしき)を観(くわん)じ。その品々の縁(ゑん)を とる也。これ自身(じしん)の。心裏(しんり)に含(ふく)める 合符(あいもん)にして。他人(たにん)に言聞(いひきか)すべき事に あらねば。人々の才智(さいち)才覚(さいかく)にて。千変(せんべん) 万化(ばんくわ)。かずも限(かぎ)りも。なき事なるべし 【右丁】 人身正面種子図【囲みあり】 項(うなじ)一   口(くち)五   腹(はら)九    眼(め)三   乳(ち)七 【図】    鼻(はな)四   胸(むね)八 額(ひたい)二   喉(のんど)六   臍(へそ)十 【左丁】 人身左辺種子図【囲みあり】右辺の図は左辺に準ず 左 鬢(びん)一   左 臂(ひじ)四    左 膝頭(ひさかしら)九    左 肩(かた)三    左 手(て)五 【図】     左 腋(わきの下)六   左 股(もも)八 左 耳(みゝ)二   左 脇(よこはら)七   左足十【横書】 【右丁】    器物験證 こゝに老人(らうじん)あり。器物(うつわもの)の名目(めやうもく)を人の語(かた)れる まゝ。たゞ一度 聞(きゝ)て。よく暗誦(そらん)ぜり。その器物(うつわもの)とは。  手拭(てのごひ) 火鉢(ひばち) 毛氈(もうせん) 硯箱(すゝりばこ)  琴(こと)  末広(すへひろ) 文箱(ふみばこ) 鏡(かゞみ)  鍋(なへ)  茶椀(ちやわん) 以上十 種(しゆ)。いかゞして記臆(きおく)せりやと問(と)ふ。答(こたゑ)て曰。 第一の頂(いたゝき)に。手拭(てのこひ)を置(をく)とたとへ第二の額(ひたい)に。火鉢(ひばち)の 【左丁】 火をたとへ。第三の眼(め)に物見せる。もうせんとたとへ。 第四の鼻(はな)に。すゝばな。すゞりとたとへ。第五の口に。 ことばの琴(こと)をたとへ。第六 喉(のんど)に。のどを通(とほ)れば。末(すへ)は ひろしとたとへ。第七の乳(ち)に。文箱(ふみばこ)にふさあり。乳(ち) ぶさとたとへ。第八の胸(むね)に。むねの鏡(かゞみ)とたとえ。 第九の腹(はら)に。鍋(なへ)一 盃(はい)の食(しよく)は。腹(はら)ふくるゝとたとへ。 第十の臍(へそ)が茶(ちや)わかすとたとへ。  《割書:第一いたゝき  第二ひたい  第三目    第四はな》   手拭   火鉢   毛氈   硯箱 【右丁】  《割書:第五口   第六のど     第七乳    第八むね》   琴   末広扇   文箱   かゞみ  《割書:第九はら   第十へそ》   なべ   茶椀 右のごとくにして記臆(きおく)せりといふ。皆々(みな〳〵)大に絶倒(せつとふ)す。 これ。一二三の次第は。頂(いたゝき)の次は額(ひたい)。ひたいの次(つき)は目。 目の次は鼻(はな)といふ。ならびを以て知なり。其ならび を。下よりかぞふれば。へそに茶椀(ちやわん)は十番目。腹(はら)に 鍋(なべ)は九番目などゝ。さるさまにも知るなり。およそ 箇条(かでう)の次第あるものは。いづれも是に準(なそらへ)知(しる)すべし。 【左丁】 又物数おほく。二十品もあらば。左辺のたねを 用(もち)ひて。左(ひたり)の鬢(びん)を。第一とすべし。卅品ならば。 右辺の種(たね)を用ゆべし。又 手拭(てのこひ)を頂(いたゝき)に置と たとへ。火鉢(ひはち)に額(ひたい)とたとふる類は。その人々の 心中にての臆符(おくふ)なれば。たゞ。いかやう成とも。 おぼへよき様に。たとふるを肝要(かんやう)とす    心法 その箇條(かてう)の。色々(いろ〳〵)品々(しな〳〵)を。他(た)の人に言(い)はせ。我(われ)は 【右丁】 その言葉を聞居て記臆(きおく)す。もつとも一條一種 を聞とても。眼(め)をとぢ雑念(ぞうねん)を生(しやう)せず。心胸(しんけう)【左ルビ「むね」】の 間(あいだ)を晴朗(せいらう)【左ルビ「きよくほからか」】にして。安静(あんしやく)【左ルビ「やすくしつか」】ならしむべし。是を 覚心(かくしん)といふ。さて其種へ其 品(しな)をたとへ終(おは)る までは。次(つき)の品を聞(きく)べからず或は其 種(たね)に。一 向(かう) たとへの工夫(くふう)つかぬもあり。然れ共。能々(よく〳〵)臆度(おくど) すれば。つゐにたとへの縁(ゑん)いづる也。其時 次(つぎ)の 品を聞べし。幾品(いくしな)ありとも。末迄(すへまて)かくのごとし。 【左丁】 又第一の種は頂(いたゝき)なり。此種に。その品の縁(ゑん)を設(もう) けて。既(すで)に頂(いたゝき)へあづけたれば。是にて。第一の 種の役(やく)はすむなり。たとへば。器物(うつわもの)に物入て。錠(じやう)を おろし。あづけ置たる心もち也。若(もし)おぼつかなく 思(おも)ひ。半場(なかば)に及(およ)び。跡(あと)へかえし見る事あしく。 惣じて。記臆せんと欲せば。始終(ししう)両眼(りやうがん)を閉(とぢ)て 心を丹田(たんでん)におとし。臆念(をくねん)する事 肝要(かんやう)なり   形有(かたちにあり)_二有無(ゆふむ)_一 【右丁】 惣じて。万種(まんしゆ)の無形(むきやう)のものを記臆するには。有形(うきやう) のものにてたとへ。又 有形(うきやう)の物(もの)を記臆するには。 無形(むきやう)のものにてたとふる也。是(これ)此 道(みち)の一大 緊要(きんやう)の秘策(ひさく)なり。有形(うきやう)の物とは。人倫(じんりん)。鳥獣(てうしゆ)。 器財(きざい)。草木(さうもく)。衣食(ゐしよく)。宮室(きうしつ)の類。しかと眼(め)に見る ものを言。無形(むきやう)の物とは。言語(けんぎよ)。数量(すりやう)。時候(じかう)。虚態(きよたい) 門の類の。目に見へざるをいふ    繁文(はんぶん) 【左丁】 繁文(はんぶん)とは。箇條(かでう)数多(あまた)あるをいふ。王代(わうだい)及(およひ)年号(ねんかう)の 列名(れつみやう)。あるひは人数(にんじゆ)の列名(れつみやう)。或は源氏六十四 帖(でう)の 外題(けだい)。あるひは蒙求評題(もうぎうのひやうだい)。及び六十四 卦(くわ)の名(な) などは。無形(むきやう)のものにして。しかも前後の次第 あり。是等(これら)を記臆(きおく)せんとならば。人体(にんたい)にては。種(たね) すくなし。故(かるかゆへ)に種(たね)を広(ひろ)くとる事 肝要(かんやう)なり。 人家(じんか)の屋造(やつく)り等を。用(もち)ひて可(か)なり    人家種子 【右丁】   惣廓(そうくわい)一  門(もん)二  中間部屋(ちうげんへや)三 玄関(けんくわ)四 襖(ふすま)五  使者間(ししやのま)六 広間(ひろま)七 大座敷(をほざしき)八  床(とこ)九  違棚(ちがひたな)十   右第一節  障子(とうじ)一  椽側(ゑんがわ)二 廊下(らうか)三 茶室(ちやしつ)四 坪内(つほのうち)五  手水鉢(てうつはち)六 飛石(とひいし)七 柴垣(しばがき)八 樹木(じゆもく)九 雪隠(せつゐん)十   右第二節 右の類。其 餘(よ)はこれに準知(じゆんち)すべし。惣(そう)じて自己(じこ)の 居住(きよぢう)。先(さき)に見る所を第一の種(たね)とし。その次(つぎ)に見(み)る 【左丁】 所を第二とし。其次を第三第四とす。かくのごとく 平生(へいせい)居室(きよしつ)の具(ぐ)を用ひて。記臆(きおく)の種(たね)とせば。 幾品(いくしな)幾 色(いろ)もあるべし。但(たゝ)し動(うご)かざる道具(どうく)を 用ゆ。こゝかしこへ持(もち)あるく道具(どうぐ)などを。とりて 種(たね)とせば。次第(しだい)みだれて。悪(あ)しきなり    源氏(けんじ)験證(けんしやう) たとへば。源氏(けんじ)六十四 帖(でう)の名目(みやうもく)を暗記(あんき)【左ルビ「そらおほへ」】せんとせば 先第一は惣廓(そうくるは)なり。その廓(くるは)の傍(そば)に。壺(つほ)に桐(きり)の 【右丁】 木を植(うへ)たりとたとへ。第二は門也。門に内に箒木 有よと覚へ。第三は中間 部屋(べや)也。此部屋に人なし。 蝉(せみ)のぬけがらとたとへ。第四は玄関(げんくわ)なり。これへは 使者(ししや)の顔(かほ)の出る所とおぼゆ。其餘は是に準知(しゆんち) すべし。しかれば。第一にきりつぼ。第二にはゝきゞ。 第三にうつせみ。第四に夕顔(ゆふがほ)と知(し)る。是は我(わか)居住(きよぢう) の第一には惣廓(そうくるは)あり。其次には。わが屋敷(やしき)の門有り。 その次には。中元部屋あり。そのむかひは玄関(げんくわ)也と。 【左丁】 素(もと)より覚(おほ)へて居(ゐ)る所へ。今の名目(みやう[もく])の縁(ゑん)を とりて。心覚(こゝろおほ)へして。それ〳〵へ。あづけたる故。 おのづから。一二三の次第。みだるゝ事なく。逆(さかさま)に 成共。又は一(ひと)つはざめに成とも。自由自在(しゆうじだい)に。記臆(きおく) せらるゝなり    種 ̄ニ有_二多少【一点脱】 種に取べきものは。我(わが)面部(めんぶ)手足(てあし)の親(した)しきに しくはなし。是にても不足(ふそく)ならば。自分(しぶん)の居住(きよじう) 【右丁】 を用ゆ。商家(しやうか)【左ルビ「あきんと」】などは。一を入口(いりくち)。二を敷居(しきゐ)。三を中庭(なかには) 四を中戸(なかど)。五をあがり口などゝ取也。その箇條 あまた有とも。十 種(しゆ)を一 節(せつ)とし。又その次の 十 種を二 節(せつ)とし。三節四節と。十 種づゝに 限(かぎ)るべし。自分(じふん)の家(いへ)にて不足(ふそく)せば。よく〳〵 案内(あんない)を知(しり)たる。他(た)の家(いへ)をも目付(めつけ)として。不足(ふそく)を 補(おぎな)ふ也。あるひは。町々 竪横(たてよこ)の名(な)。或は壱町の内 にて売(ばい)人の隣(となり)ならび。米屋酒屋等。又はその 【左丁】 土地(とち)の名所(めいしよ)旧跡(きうせき)寺社(じしや)等。東西南北のならび。 又は江戸(ゑと)海道(かいどう)五十三 駅(ゑき)の次第等を。よく覚へ たる人ならば。それを目付(めつけ)の種(たね)に用べし    総論(そうろん) 《割書:ツ ロ レ|■ ニ 山》女■■■ 惣じて物事書付にして記臆し。又は書籍(しよぢやく) などにあづけ置(をき)。それを暗誦(ちんしやう)【ママ】せんとする事。 却(かへつ)て遅(をそ)し。たゞ他人の誦(しやう)するを自身(じふん)聞居(きゝゐ)て。 眼(まなこ)を閉(とぢ)。心を沖寞(ちうばく)にして。此 教(おしへ)のごとくなす 【右丁】 ときは。早々 暗誦(あんしやう)すといえり 附録    物見知(ものみしり)の秘伝(ひでん) たとへば。広間(ひろま)に客(きやく)十人 列座(れつざ)す。ある人一 見(けん)して。 次の間(ま)に入。屏風(びやうぶ)を隔(へだ)てゝ。その人数(にんしゆ)の。座(ざ) 並(ならひ)又その人の紋(もん)衣服(ゐふく)の色(いろ)をいふ。或は。上座(かみさ) より下(しも)へ五 番目(ばんめ)の客(きやく)は。桐(きり)の紋(もん)に花色(はないろ)の衣(ゐ)服。 下 座(ざ)より上へ三 番目(ばんめ)は。柊(ひらぎ)の紋(もん)に萌黄(もへぎ)の衣服(ゐふく)。 【左丁】 などゝいふ。是(これ)を見(み)るに。果(はた)して違(たか)ふる事なし。 人々。不思議(ふしぎ)に思(おも)ひしと也  此法は。前(まへ)の器物(うつわもの)。十 種(しゆ)の記臆(きおく)のことし。  第一の客(きやく)。紋(もん)と色(いろ)とを頂(いたゝき)とし。第二 座(さ)の  紋(もん)と色(いろ)を。額(ひたい)とし。三 座(さ)は眼(め)四座は鼻(はな)と。  人身(しんしん)の種子(たね)にたとへ託(たく)して。第十 座(さ)臍(へそ)に  終(おわ)る。但(たゝ)し。記臆(きおく)の術(しゆつ)は。眼(め)を閉(とち)て黙観(もくくわん)する  のみ也。此 物(もの)見しりは。目(め)を開(ひら)き。見るうちに。 【右丁】   一 物(もつ)二 種(しゆ)といふ簡法(かんほう)あり。是 物(もの)を見しる  秘伝(ひでん)なり    一 物(もつ)二 種(しゆ) それ。諸物(しよふつ)の数々(かず〳〵)あるを一覧(いちらん)して。逐一(ちくいち)つま びらかに。見認(みとめ)んとする事。よろしからず。たとへ 見 認(とめ)たりとも。やがて紛(まき)るゝなり。こゝを以て。見 しるべき物を。二色(ふたいろ)に極(きわ)むべし。もはや三四色に 及べば必(かなら)ず忘(わす)れやすし。其 物数(ものかす)は幾品(いくしな)有とも 【左丁】 たゞ二色(ふたいろ)を目印(めしるし)とす。是を一 物(もつ)二 種(しゆ)と云。 その二色(ふたいろ)は。大(おほ)じるし。小(こ)じるし也。たとへば海上(かいしやう)に。 同(おな)じ(やう)なる船(ふね)あまたあり。陸(くが)には。同(おな)しやうなる 騎馬(きば)。あまたあり。但(たゝ)し。船(ふね)には船(ふな)じるし馬(むま)には 馬じるしあり。是 大(おほ)じるし也。其 大(おほ)じるしの うちにて。自分(じふん)の心覚(こゝろおほ)へなれば。舟(ふね)にては。幕(まく) のぼりの類(るい)。馬(むま)にては。手綱(たつな)鞍(くら)鐙(あふみ)の類(るい)にて。 いづれ成とも。一色(ひといろ)に見しりを付(つく)る。是を小(こ)じるし 【右丁】 といふ。その小印(こじるし)は。舟(ふね)は幾艘(いくそう)ありとも。或は幕と 極(きわ)め。馬(むま)は何疋(なんひき)ありとも。或は手綱(たつな)と極(きはむ)る類を いふ也。此一色づゝは。甚(はなは)だ見覚(みおほ)へやすき事なり。 是を人家(しんか)の種子(たね)なとにたとふる也。右の客(きやく)十人 列座(れつさ)するには。大じるしなし。ケ(か)様(やう)なるは。何(なに)にても。 二色づゝのしるしを見て。人身の種(たね)にたとふる也。 これ大印(おほじるし)なき時の法なり。扨又。紋(もん)と色(いろ)とに 限(かぎ)らず。あるひは紋(もん)に柄糸(つかいと)。又は柄糸(つかいと)に帯の類。 【左丁】 何(なに)にても心に任(まか)すべし。たとひ。紋(もん)も色(いろ)も相(あい) 同(おな)じき人ありとも。種子(たね)のたとへ所(どころ)。ちがひ あるゆへ。紛(まぎ)るゝ事なし。其 餘(よ)は。なを口決(くけつ) 多(おほ)し。凡(およ)そ一 切(さい)目(め)に見る物。此 心得(こゝろへ)を用(もち)ゆる 時は。能(よく)物(もの)を見 知(しる)といえり。             種徳堂  《割書:倘無此印|者係偽本》 物覚秘伝終 【右丁】 明和八年辛卯十二月         西堀川高辻下ル町           八尾 清兵衛  京都書肆 【囲み内二列】 《割書:後|編》物覚秘伝《割書:詩歌并に銭|銀目等の覚様》 物見知秘伝 全一冊 【囲み下】 嗣出 【左下朱印】 原符第24275号 購入【横書き】 昭和13年5月16日 【左丁】       進次殿        善五郎     三■■       善五郎 善六     申正月廿三日       進次殿        善五郎       長四郎【見消ち】       進次殿        善五郎 【裏表紙】