さくらのちうしやう 【右丁文字なし】 【左丁】 月日のかすをかうふれはことし もすてにくれなんとするとかな しくおほしめすおなしならひに おはするをたかひにしらせ給はて ひめ君はさらに世になからふへき 心ちもし給はすあけくれたゝふし しつみておはしけるなからんあと のかたみにもとてかくそかきおき たまへる   いにしへを  おもひいつれは   いとゝしく  うかりける身を   いつまてか  おなしうき世に   ありそうみの ありとはかりは 【右下Acg.2001-09】 【赤丸の中BnF MSS】 【右丁】 しりなから  なとあふことの まれにたに  とふ人もなき あしのやに  ひとりぬる夜の ゆめにたに  あふとはみえす ひこほしの  あふ夜をまつは うらやまし  いつとたのめぬ 中たえて   人はあはれと いふたすき  たゝあすまての さためなき  いのちつれなし なからへは  ゆめにも君を みるやとて  風のたよりを まつのとに  あけくれ物を 【左丁】 おもひつゝ  ことしもくれて くれはとり  あやうき世をも すきゆけは  おかのまくすの うらみわひ  人に心を おきつ風   身にしむよるの とりのねに  したふこゝろの つれなさよ  さらはといへは わすられて  おもふこゝろの くるしさを  せめてはきみに しらせはや  すきわかれにし みとりこの  つるのけころも ほしあへぬ  そてのなみたを つゝみかね  こゝろはかりは 【右丁】   ふるさとへ  かよふおもひの   かひもなく  わかうへをきし   ふるさとの  のきのしのふや   ひめこまつ  おひゆくすゑを   いつかみむ  たゝあけくれて   こひしさの  そてにも身にも   あまりつゝ  さためなき世は   中々に    またはたのみの   ありあけに  うちもねられぬ   よる〳〵は  いのちつれなく   なからへて  あひみる事も   ありやせん  おもひきえなは   なきあとに  もしもたつぬる 【左丁】   人あらは   なからんのちの   かたみともなれ かやうにふてもしとろにかきみたし 給ふひめ君は神な月のすゑつかた よりたえぬ御物おもひにしつみ 給へは月日のゆくにそへていとゝ 御心ちもなやましくなりまさり 給て一かたならぬ御おもひなれは御 いのちもあやうくみえさせ給ふ 【右丁絵】 【左丁】 すけは此御ありさまいかにせんとそ なけきかなしみけり御心もたゝよ はりまさり給へはわれなくなりなは いかにすけかなけかんすらんとそれ のみ心にかくり心くるしさもやるかた なしとの給ひてそてを御かほに をしあてゝなみたにむせひ給へは すけいかならんみちにもすてさせ 給ふなとてなきかなしむ事かきり なしたゝみやこの人々のこひしさ わか君のしのはしさうつれはかはる 世のならひとはおもへとも中将の御 事もさすかにこひしきそとよ 【右丁】 いかにもすへきことのはもなきわか 身のありさまそやさきの世に いかなることのあるやらんいまかゝる おもひをすかむしろしきたへのま くらもうくはかり御なみたのひま もなしとかきくとき給ひていまは つゆのいのちもいとゝをきところ なきそとよなとせんかたなけに みえさせ給へはすけなく〳〵申 けるはあな御うたてのありさまや それにつけても御心をつよく もたせ給ていま一たひこひしき 御かた〳〵をも御らんし候へと申けれは 【左丁】 うちなき給ひていまはたゝわか身の 事はこひしき人々ゆへにたのみも なけれはそれをこそふかくのちの 世まてもたのむそよわれはか なくなりたらはそれにはいのちを なかくして中将のかたみの物わか 君の御くそくなといろ〳〵とり 出てこれをこそ此ほとはみてなく さみつれともむなしくなりなは うき世はくるまのわのことしめくり あひまいらせ給はゝこと〳〵くかへし まいらせ給へとて此御かたみともを 御かほにをしあてゝ又なきかなしみ 【右丁】 給ふ事かきりなし日かすのふる まゝにいとゝおもひのかすそひて 御身もしたいによはりたまひて なからへてあるへしともおほしねは とて御ふみとりのあとのやうに かきおき給へりすけにむかひて もしふしきにも中将にあひたて まつりなはこれをまいらせよとて たひはさてもいかならんあとまても 心うかりつる事ともいかならん世 まてもわすれかたくこそおほゆれ されはうき世にはかたときもなから へたくはなけれともわか君のこひし 【左丁】 さにつゆのいのちもおしきなり たとひむなしくなりぬともこの おもひよみちのさはりとなりぬへし くちおしくこそおほゆるれとて御ま くらのしたはうくはかり御なみたそて もせんかたなくそみえさせたまふ いつよりもこよひは心ほそく人々 もこひしくかなしく思ふとてたかひ にかたりあかし給ふすけ申けるは さりとも中将殿はわすれさせ給ふ へきさりともひめ君たちののたま はぬ事はよもあらしさしも御心 さしふかくわたらせ給ひし物をと 【右丁】 わか君たにもおはしまさはいます こしはなくさみ給ふへき物をなと 申ほとにあかつきになりてひめ 君すこしまとろみ給ひけりすけは この御ありさまいかにせんと思へは つゆまとろます松風さよちとり いそにつなみのをとにひめ君おと ろき給ひてたゝいまゆめに中将 度のれいのところよりかへりたる 心ちしていつよりもこよひはあ まり物うくてあかしかねてこそ まちつれ御身のおもひもたゝ おなしなみたなりとてそてを 【左丁 しほり給ふほとにわれもともに かきくとく此ほとのうらみをいふ まてもなくてうちおとろきつる よとてなみたにむせひ給へはこそ かく御らんしつらんと申ひめ君御 なみたのひまよりかくなん  つゆの身のいまを     かきりとおもふにも   たゝこひしきは      みやこなりけり 夜あけぬれはかきをき給ひて わかなからんのちのかたみにと 【右丁】 の給ひけるわれなくなりなはいか はかりすけなけかんすらんとそれ のみ心くるしくこそみやこのこひし さにもしゆめにもみるやとて又 うちふし給へともねられぬとて かくなん  ふるさとをゆめに     見は又なくさまて   なとあやにくに     こひしかるらむ たとひはかなくなるともわか君 をいま一め見はやとおもふにおもかけ にたちそひていかにすへしとも 【左丁】 おほえす又かえす〳〵すけになこり いかゝすへきとて御そてをかほに をしあてゝくれたゝたえ入給へは すけもあま君もこはいかにや 中将殿の御いてにて候と申け れは■ 【右丁】 絵のみ文字無し 【左丁】 ひめ君とりなをし給ひけりあはれ 之御事やこひしき人の御ことを申 たれは御心をとりなをし給ひたる御 事のうれしさよと申ほとにひめ 君御心をしはしとりなをして中将 度のはとの給へはいま二三日のほとに御 入候はんするに御いのちをなからへて またせ給へと申せはさらはまちて こそ見めおさあひ人もくるかと の給へはみな〳〵これへ御入候と申 けれはひめ君はいかにして此人には おはしますそやうれしくは思へとも いまは身もよはくなりてまちつけ 【右丁】 たてまつるへき心ちもせすとて なき給へはすけをはしめてなくより ほかの事そなきひめ君の給ひ けるは此日ころまちつるよりもなを 心くるしきそとよつゆのいのちの きえはてゝおはしたらはなにゝかは せんこの世のうちにあるときこそ 見たけれ中〳〵むなしくなりはては そのかひあるましわか身の事はこよひ のうちもあすのほとはすきしと おもふそとよはや〳〵おはせよかし 見たてまつりて心やすくしなんと いきのしたにの給へはあはれにはか 【左丁】 なく御心をつくさせたてまつる 中〳〵御いたはしく思ひなからしはしの 御いのちもやとてたゝいま〳〵と申 のへつゝかなしき御事中〳〵申せは おろかなり夜あけはかならすおはし なんと申けれははや此夜のとく あけよかしとまち給ふほとにひめ 君はよはり給へりすけあま君もろ ともに中将殿よわか君よとこゑを あけて申けれはとかくこたへ給へとも うなつき給ひてなみたのみこほし 給へはかきりと見まいらせてすけも 【右丁】 あま君もねんふつをすゝめ申せは いきのしたにて十へんはかり申 給ひてまとろむ人のやうにきえ 入給ひぬすけもあま君もこゑを あけてなきかなしむ事かきりなし すけ御まくらによりてこはいかにや これまてつきそひまいらせてくたり て候へはかへす〳〵かなしき事も御身 のゆへそかしうき事もわすれ つゝいとけなくわたらせ給ひしとき よりかけのことく御身にそひたて まつりてかたときもたちはなれ まいらせすいまをかきりの火の中 【左丁】 みつのそこまてもをくれさきたゝ しとこそおもひまいらせ候しかひ もなく御ひとりをきまいらせんにて もさふらはす御ともにくしておはし ませのこしをかせ給ふなともたへこ かれてなくありさまこれもたす かるへしともみえすあるしのあま 君あな心うやいかゝしたてまつ らんと二人の人をかゝへてなき かなしむ事かきりなし 【右丁】 絵のみ 【左丁】 かくしつゝすみよしには中将殿よる ひるつゆもまとろみ給はす此君 にあひみすはこのうみのそこのみ くつとなりてこんよのあまとも なりなんとねんしおはしますほとに まほろしとやいはんいみしくとし おひたるおきなのかみひけしろ きか中将を見たてまつりてうや まひたるけしきにていとおしや 君のこひわひ給ふ人はすてにめい とくはうせんのみちにをもむき給ふ なりさりといへともこひゆへしぬる 人をはによいりむくはんをんのあはれみ 【右丁】 給ふよへにこたうにさきたちゆきて くはんをんゑんまわうにこひうけ たてまつらんとすかなはすはこの おきなか身にかはりていま一と 君にあひみせたてまつらんたゝし あすのむまのときにたつねあひ みたてまつらすはいかゝあるへからん とて  たつね見よなにはの    あまのぬれころも   このすみよしの      松とたのみて はや〳〵とて此おきなはかりきぬの 【左丁】 そてをむすひてかたにかけいそ きいて給ふとおもへは心ちくれ〳〵と してうつゝともゆめとも思ひわけ 給はすむねうちさはきてさては みやうしんの御しけんなりとたつ とくたのもしく思ひていそきみ やしろをたちいて給ひてなには といふところをゆめにまかせてたつ ねみんとおほせらるれは 【右丁】 絵のみ 【左丁】 はりまのかみうれしく思ひてまいり けるほとになにはとはかりたつね きたれともいつくをさしてそことも しらすいりえ〳〵につくりかけたる あしの屋のいやしきしつかすま ゐなりうはのそらにまよひあり き給ふほとに日もくれにけりあや しきしつかふせやにやとをかり ふして日ころは物を思ひけりいかに なりぬることそすみよしのみやう しんたすけさせ給へと夜もすから きせいし給ふほとにあけかたにす こしまとろみ給へはくれないの 【右丁】 はかましろきぬ七はかりに松に もみちのうちきあおいろのから きぬきてあふきさしかさしたる 女はうありひきむけてみれは 大みやのひめ君なりゆゝしき めをわれにみせ給ふ物かないつくに おはするそとの給へはうらめしけ にて物もの給はすなみたを をさてかくなん  おもひきやなにはも      ゆめとしりなから    身をうきくもに       たくふへしとは 【左丁】 ほのかにの給ふとおもへはうちおと ろきぬされははや此世の中には おはせぬ人にこそとあさましく 心のうさもいふはかりなくかなしくて  なけきつゝまとろむ     ほとのゆめさめて   あはぬうつゝに       きえぬへきかな ものをおもへは身のくるしさにおかさ れてまうさうにこそみゆなれ たとひ此世におはせすともこけの したまてもなとかはたつねみさらん と心をつよくもちてしゆすを 【右丁】 をしもみ給てねんしゆをふかく し給へはあるしのおきなねさめ してねんふつなと申てあないと おしや此御たひ人はさらにまとろみ 給はすねんしゆのおこゑみゝに そみてたつとく思ひたてまつり候 おひをとろへてけふあすをもしら ぬせうなとかうちとけてぬる事 のあさましさよといひてさても 御たひ人はいかなる人にてまします そやこゝにあはれなる事の候この 川なみをへたてゝむかひのきしに ほそみちのおくなるいゑは京のあま 【左丁】 君と申かみやこよりとてうつくし き女はう二人なかされ人にておは せしかおもひにはしなぬとは申せとも みやこに殿も御こもある人とて あけくれ御むねをこかしなき かなしみ給ひ候かとひくる人も侍らす いよ〳〵日かすのふるまゝにおもひの かす〳〵うちそひてきのふのひる ほとにこひしにゝしなせ給て候 もしさやうの事やしらせ給ひて候 そなたさまの人にてもやわたら せ給ふらんこひしてしにたる人は さうなくたましゐさりはてす 【右丁】 たとひむなしくなりたる人も 神ほとけの御はうへんにて いきかへるとうけたまはり候おもふ人 にてなくはそのつかひともなのり てくすりをあたへてみるとよき たまはりをよひ候と申けれは 【左丁】 絵のみ 【右丁】 中将殿これをきくよりむねうち さわきてされはこそわかたつぬる 人にておはしませとおもへともはや はかなくなり給ひけん事のあさ ましさよと思ひてなみたををさへ てまことにあはれなる事にて侍り けりと思ひてとひ給ふやうは せう殿はそのくすりやしらせ給て候 そのかたのものにては侍らねとも あまりにきくもいたはしくおもひ まいらせ候といへはおきなかむかし おく山へたきゝきをこりにまかりて みちにふみまよひてはるかにひん 【左丁】 かしをさしてゆくほとに日かすをへ ておもひのほかなるせかいにまかりて 侍りしとき此くすりをたまはりて をこなひ人のありしかやくしによ らいの御つかひなりとの給ふほとに これをとりておもふ所へかへりにけり としころのうはおきなかわかれを かなしみておもひしにゝして七日と 申にかえりきてくすりをあたへ 侍りつれはいきかへりしなりまことに やくしの十二大くはんいわうゑんてん へんしやくちやうせいふらうふしの くすりとおほし侍るとてたてまつり 【右丁】 ぬうれしくおもひてかれをとりて いてんとすれはいゑもなき松の したにていまゝて物いひつる おきなもなかりけりさてはこれも すみよしのみやうしんの御おしへ なりといよ〳〵たのもしくてこの るりのつほをとりて川なみを こえて松のあるところをたつ ねてあんしつのまへにおはし たてはたゝこえ〳〵に人のなくのみ きこえあはれさはかきりなし はりまのかみたちよりて物申 さんといふときうちよりゆゝしく 【左丁】 なきたるすかたにて女はうたそと いふこれにみやこの人やおはしますと いふときあま君まいりてすけか ふしたるまくらによりてかゝる事 こそ候へいてゝ見給へと申けれは 【右丁】 絵のみ 【左丁】 すけなく〳〵おきあかりて身んと するにめもくれ心もきえてあしも さたかにたゝねともやう〳〵いてゝ みれははりまのかみなりいかにや御身 はかりかといへは中将殿もこれへ御入候 と申すけこれをきゝてとにかくに 物をはいひえすしてまつさめ〳〵と そなきにけりいかにやうれしくあひ みたるにこはなに事そとの給へは あな心うや〳〵とはかりにてきえ入 けしきなりあるしのあま君まいり てとく〳〵とひめ君のはかなくなり 給へるところへ中将殿の御手を 【右丁 ひきていれたてまつるすけまいりて なみたのひまよりいかにや中将殿 のまいらせ給ひて候たとひかきりの 御みちなりともしはしたちとゝまら せ給へとこゑもおしますさけひ けれともらつくわえたをさつて 二たひさくならひなしさんけつ にしにかたふきて又なかそらに かへるならひなけれはゆきのことく なる御むねのあたりもひえはてゝ 一たひゑめはもゝのこひありし御 まなこもふさかりてこときれたる 御ありさまたとへんかたそなかり 【左丁】 ける中将これを御らんして心もきえ はてゝはたへに御はたへをそへて あたゝめていま一たひかはらぬ御 かほをみせ給へあなうらめしの御 ありさまやわれをもくしておはし ませとてなきふし給ふ御事かきり なしほんてんたいしやくてんしん ちしんたゝわれらかいのちをめされ ていま一たひかはらぬすかたをみせ させ給へとなきかなしむ事かきり なしはりまのかみまいりてあな あさましけさの御くすりをまいらさせ 給へと申せはそのとき中将ちからを え給ひてけに〳〵とてとりいたし これをひめ君の御くちにいれて 見給へはあま君すけもろこゑに 中将殿御入にて候しらせたまはぬ にやと申中将もさしよりていか にやわれこそまいりたれとの給へは すこしめをみあけ給ひて御かほを つく〳〵と御らんして御なみたを なかしつゝ又きえ入給ふこゑをあけ てよひたてまつり御くすりを くちへいれまいらせけれは又御心 とりなをし又きえいりたひ〳〵 し給ひてしたいに御心をとり 【左丁】 とりなをし給へり中将御そはにおはし て御ゆをとりよせてまいらせ給へは 御くしをすこしもちあけて御ま いりありて御ひさをまくらにして 又ふし給へりいまたたのみなく そみえ給ひける 【右丁】 絵のみ 【左丁】 御心くるしくて中〳〵物もきこえす なとの給ひけるとかくあつかひ給へは したい〳〵に御心ちとりなをし給へり あま君もすけもそのときすこし 心いてきて中将殿にもはりまの かみにもくこんとりいたし御さかな いろ〳〵にこしらへてまいらせけり 中将殿ひめ君にはわれたてまつ らんとてすこしまいらせ給へは御心 つくまゝにいとゝ御はつかしくおほし て此ありさまにてみえたてまつる 事よとおほしめしうちそはみて 物ものたまはすうらめしくおほしめす 【右丁】 そととひ給へはうちうなつき給ひて さめ〳〵となき給ひてわか君はいか にとの給へはたゝいまこれはまいり候と の給へりさても御身ゆへにおほく の心をつくしてなをさりなる御事 にあひみたてまつるとやおほし けんさなからすみよしの御たすけ なりとてなをしの御そてを御かほ にをしあてゝさめ〳〵となき給へは ひめ君御心をとりなをし給ひて いつくともしらぬみちにまよひ候 ほとにすけもみえす心すこき 事かきりなかりしにとしおひたる 【左丁】 おきな一人きたりてなんちこの たひはかへり給へ御身のつまわれに 心さしふかくきせいして大くはんを たてゝあひみん事をいのるゆへに これまてきたる事なんちかため なりされはほんてんたいしやくゑん まわうくしやうしんしみやうし ろくに申うくるなりはや〳〵かへり 給へとてそてをひかへてたかき所へ ひきあけ給ふと思ひつれは人々の 御こゑみゝにかすかにきこえつる なり中にもすけかこゑときくに ちからをつけて御こゑをきゝつるに 【右丁】 中〳〵きもきえてうれしきにも なをくるしくありつるよわか君の こひしさはたとへんかたなき物を 御身は又大かた殿より御つかひあらは まいり給ふへしわか君をはわれに たへつゆのいのちのきえんまても 身にそへてみんとてこゑを あけてなき給へは中将かゝへたて まつりてよし〳〵いまはわれも たちはなれたてまつるましきそ わか君もいまおはしまさんする なとこま〳〵とこしらへてこし かたゆくすゑの御物かたりとも 【左丁】 かきくときかたり給ひてたかひ にそてをしほりたまひける かくしつゝすきゆくほとに 【右丁】 絵のみ 【左丁】 としもたちかへりぬみやこへはり まのかみまいらせていつくの うらにもすみ侍りなんわかきみ をはたまはらんと申させ給ひてのほ せ給ひけれは京には中将のいつくへ おはしぬらんとあさましくおほして らくちうらくくわいそのほかてら〳〵 山〳〵に人をつかはしてたつねたて まり給へともおはせぬとて大将殿 も御思ひにしつみ給ひてさまをも かへていかならん山のおくにもとち こもりてほたいをもねかはんとし 給ひけるところへはりまのかみ 【右丁】 まいりてしか〳〵と申けれはゆめか うつゝかとてよろこひ給ふことかきり なしさてきたの御かたに此ほとの しきくれ〳〵申たりけれはふしき の事ともや神たにも御なうしう おはしましけるをいかてあはれと おほささらんなに事も中将を思ふ ゆへにこそとかきくときの給へは 大将殿まことにことはりなりとて いまの御しよをさなからゆつり 給ひて御身はへちの御しよへうつらせ 給ひてやかてすみよしへ御むかひ に御むまくるまにておひたゝしく 【左丁】 まいらさせ給けり又みかとより中将 のゆくゑありときこしめして九 てうのない大しん殿を御むかひに まいらさせ給ひけりめんほくの いたりせひなかりけりをの〳〵よろ こひ給ひて御むかひともまいらさせ 給ひけりかやうにあれとも中将は ちゝはゝのあまりに御うたてしき 事ともをふかくうらみ給ひてかへり まいり給はす大りよりかさねて 御つかひありて正月十一日にみや こへかへり給へと御つかひしきりに くたりけり又ちゝ大将殿よりはわか 【右丁】 君をはみやへのほりて見給へと おほせられてとゝめ給へり中将は ゆゝしきものなるとて又せん しをなされけれはかたしけなく かほとのおほせにまいらてはかな はしとて正月十日になにはを たち給ふひめ君すけあま君 御ともにまいりふねにのりて のほり給ひけり 【左丁】 絵のみ 【右丁】 みちすからおもしろくあそひ給ひ てかゝるみちの御つゐてまれなる 御事なるへしとて松のこかけに ふねさしとてめてよものけしきを なかめ給ひて日をへてあそひ 給ふほとに十一日にみやこへいらせ 給ふめてたき事かきりなし これにつけてもすみよしのみやう しんの御ありかたさたとへんかた なかりけりみやこにかへりすみ給 てのちひめ君まうけ給ひて とし月ふれはねうこにまいり給ふ そのゝちわか君ひめきみあまた 【左丁】 いてき給ひぬこかの御いもうとの ひめ君たちはかやうに大みやの ひめきみのめてたくさかへさせ給ふ を人しれすうれしくおほしけるさて とく大し殿のひめ君には御なさけ をかけ申させ給ひけりわかおもひし 事をおもひあはすれは人の心も いとほしくとの給ひけり中将は ついにおはせす大将殿もそのちは おはしませともおほせられさりけり わか君たちあまたいてき給ひて 御よろこひ申さんためひきくし てすみよしへ御まいりありけるその 【右丁】 御よそほひこそむかしえんしの 大将のまいり給ひけるもこれには まさり給はしとおほしたりあま君 なさけありてはくゝみ給ひし 事なれはよろつの事をあま君 にうちまかせ給ひけりすみよしへ の御ともにはくるまにてまいり けるいみしかりけるありさまいふはか りなしひかるけんしのいにしへはもしほ たれいみしきたみのうきねをな きてゆきひらの中なこんのせき ふきこゆるといひけんうらなみの よる〳〵いとちかくきこえてなみたゝ 【左丁】 こゝもとにたちくる心ちするとな かめ給ふほとにりうしんめをおとろ かしてむかへたてまつらんとするなみ 風のあらきをすみよしのみやう しんたすけ給へるむかしの事まて 思ひいてゝいまもむかしも心あらん 人はすみよしみやうしんをたのみ たてまつるへしことにこひする人を あはれみ給ふとこそうけたまはるなと さま〳〵中将ふねのうちにてもみや しろにても人に物申やうにみやう しんにふかくきねん申てきんたち のひめ君すけのつほねあま君 【右丁】 うかりしむかしの事をおもひいつれ は神の御めくみのたのもしくこそ おもひ給ひけれうらふく風をきくに すきにしかた思ひいてられけるかみ のいかきにはふくすもあをみわ たりてをとにもあきをきかぬかほ なれはいにしへ人のことをもいまのやう にそおほしいてけるさま〳〵の大 くはんともみなはたし給ひてぬさたて まつるほとにさかきのしたにつけ たるしての風になひくさまそゝろ さむくたつとき事かきりなしすゝ のこゑかくらのをといみしく夜もす 【左丁】 からつとめてみや人のかふりすかた なとめもあやにめてたきけしきを みやうしんもさこそ御なうしうある らんとよろこひのなみたせきあへす ころは神な月のはしめの事なれは 松にをとするこからし身にしみて おほしたりいと御なこりおしく思ひ まいらせなからをの〳〵けかうし 給へりあるしのあま君のくるまに ひめ君の御かたより  たのみこし神の     いかきをきてみれは    ときはにさかふ       松のむらたち 【右丁】 あま君やかて御返し  よそならぬ身にも    あはれをしらするは   松のうはゝを     わたるかみ風 かくてみやこへけかうし給て御ゆく すゑめてたくさかへさせ給ひて たのしみ日にまさりいよ〳〵はん しやうさせ給ふ御事さなからめて たかりける御事ともはつくしかた くてかきとゝめ侍るなり 【左丁】 絵のみ 【右丁】 これにつけても神ほとけにしんを いたせはあまねく御めくみにあつかる のみならすこしやうにてはせんしよに むまれこんしやうにてはゑいくわに ほこり給ふなりかへす〳〵此さうしを 御らんせん人々はかみほとけを たつとみ給ふへし此けちえんにて 二しんしやうりやうしやうとう しやうかくとんせうほたいと御ゑかう あるへし  すきにける     そのふることをみてもなを   神のちかひを       いかてわすれん 【文字無し】 【裏表紙】 【草紙の箱?】 【白丸ラベル】 JAPONAIS 5345 1-2 GRANDE RESERVE 1517 F.III